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2026年5月16日 (土)

組合脱退申出への対応案

アメリカのトランプ大統領が中国を訪問し、習近平国家主席と会談しています。「中米の間には相違よりも共通の利益のほうがより大きい。ライバルではなく、パートナーとなるべきだ」という習主席の言葉に対し、トランプ大統領は「米中関係はかつてないほど良好になるだろう」と応えています。

前々回記事「平和への願い、届く言葉は?」の中で、大地震や感染症などと異なり、戦争は人間の「意思」で抑え込める、外交努力を尽くすことで脅威は変動する、このような思いを記していました。そのため、それぞれ国益や私益を念頭に置いた思惑があったとしても、両超大国同士の対話を心から歓迎し、イラン情勢の沈静化に向かうことも願ってやみません。

前回記事は「連休中に読み終えた書籍」でしたが、時事の話題も差し込む内容でした。週1回、週末に更新するペースは多面的な情報を提供する場として気に留めたニュースに触れることが多くなっています。今回は私どもの組合に関わるローカルな話題となりますが、自治労に所属する組合にとって共通の悩みだろうと考えています。

組合員数が減少している問題です。新入職員の全員加入が難しくなっている現状、組合を脱退したいという申出が目立つ現状を憂慮しています。かなり前から加入率は100%を切っていましたが、未加入者の数はわずかでした。ブログを始めた翌年4月には「組合に入らないデメリット」という記事があり、次のように記しています。

以前の記事「組合の魅力アップへ暗中模索」でも取り上げましたが、ここ数年で片手ほどの未加入者を出しています。全体的な加入率は99%を維持していますが、ここ数年の新規採用者だけ見ると加入率は95%を割り込む計算です。

その記事から20年ほど経っています。私どもの組合に限りませんが、残念ながら加入率の低下は右肩下がりです。私が執行委員長を務めていた時、毎年3月に機関誌を発行し、特集記事「春闘期、情勢や諸課題について」を担当していました。

その際、何年か続けて「役に立たない組合はいらない?」という見出しを掲げてきました。一歩間違うと大きな誤解を招き、組合をつぶそうと考えているような言葉です。決してそうではなく、組合員の皆さんに「何だろう」と関心を持っていただくための見出しの付け方でした。

そもそも組合員の皆さんに対し、まったく役に立たない組合であれば、私自身も「いらない」と思います。しかし、いろいろ力不足な点もあろうかと思いますが、一定の役割を果たしていることを確信しているため、組合は必要という認識を持ち続けています。

ただ組合役員がそのように考えていても、組合員の皆さんと認識にズレがあるようでは問題です。そのようなズレを少しでも解消するための一助になることを願いながら毎年、その特集記事に向き合ってきました。その願いがかなうかどうかも誌面に目を通していただかなければ意味がありません。

「役に立たない組合はいらない?」という見出しは、ある程度目を引いたのかも知れません。それでも委員長を退任する最後のほうでは「組合は必要、ともに考え、ともに力を出し合いましょう!」という見出しに変え、6年前にはその見出しをタイトルにしたブログ記事を投稿していました。

ここ数年、さらに組合を脱退したいという申出は増えています。その都度、脱退申出者と対応されている委員長や書記長らのたいへんさに心を痛めています。昨年11月もう一歩前へ、特別執行委員に就任」という記事のとおり特別執行委員を引き受けています。時計の針を戻さない範囲で、役に立てることがあれば、いろいろ力になれればと考えています。

そのような手助けの一つとして「組合脱退の申出を受けた際の対処方法ついて)」という資料をまとめ、直近の執行委員会に提案していました。前述したとおりローカルな話題ですが、自治労の組合役員の皆さんらに向け、その内容を参考までに紹介させていただきます。本文のゴシック体が脱退申出者に伝えたい内容の参考例です。

    ◇          ◇

1 はじめに 

組合を脱退したいという申出を受けた際、最初に名前と職場を伺います。その後、本人から脱退したい理由が述べられた場合、まず耳を傾けます。話を聞いた後、プライバシーに関わるような踏み込んだ質問は避け、メモを取ることも控えます。本人から具体的な話が切り出されない場合も下記のような要旨を同じように説明します。

理由についてわかりました。たいへん恐縮ですが、少し私どもの考えを説明させていただいてよろしいでしょうか。

ご存じだと思いますが、公務員の組合加入はオープンショップ制で、組合加入の有無に関わらず、給与や休暇などの労働条件は同じです。組合員でなくても不利益を受けることはありません。

そのため、ここ数年、残念ながら〇〇さんと同じように組合の脱退を考えられる方が少なくありません。ただ皆さんこぞって組合をやめられてしまった場合、組合そのものが存続できません。

力不足な点もあろうかと思いますが、組合があることの大事さは皆さんからお認めいただけているものと考えています。したがって、たいへん心苦しいところですが、組合脱退のお申出があった際、このようにお時間を頂戴し、お手間を取らせてしまうことをご理解ご容赦ください。

2 組合に加入していることのメリットなどについて(参考例)

組合加入することで共済や福利厚生面でのメリットが多くあります。最も組合の重要な役割としては、労働条件の問題を労使対等な立場で交渉していけることです。このような原則のもとに現行の賃金水準や休暇制度の改善をはかってきています。

また、パワハラなど働き続ける上で困った時、組合員であれば必要に応じて組合が表に立つこともできます。このような役割を発揮できるのも市役所に働く多くの皆さんが組合に加入いただけているからです。ぜひ、組合の必要性について改めてご理解いただき、今回のお申出についてお考え直しいただけませんか。

3 脱退の意志が固いと判断した場合

慰留に努めても組合を脱退したいという意志が固いと判断した場合、直接対応した組合執行部役員がその場で次のように伝えます。

たいへん残念ながらご意志は固いようであり、申出について承知しました。脱退に関わる用紙は別途送らせていただきます。※すぐ用意できる場合はその場で渡します。

なお、脱退日を本日として承る場合も、組合規約等の絡みから今月の給与からは組合費を徴収させていただくことになる点をご容赦ください。

最後に、お願いが2点ほどあります。ぜひ、状況やお考えが変わりましたら、いつでも再加入できますので、お気軽にお申出ください。もう一つは、先ほど説明させていただいたとおり労働組合そのものの必要性については引き続きご理解賜れるよう何卒よろしくお願いします。

執行委員会の承認が必要という話は控えます。直接対応した組合執行部役員の判断を尊重し、執行委員会では氏名と職場名のみの報告を受け、追認する運びとします。このような対処方法への変更は、脱退者の再加入を願い、ことさら印象を悪くした場合の風評を避けることを目的としています。

4 組合費徴収手続きに絡む補足事項について

月末までにチェックオフ停止の手続きがされれば翌月の給与から徴収しないように対応できます。5日頃までの手続きでも対応でき、すぐ組合加入された新人の方は4月分からチェックオフが始まっています。規約上、組合費は後払いではありませんが、早めに加入されたことによる不公平感が生じないよう今後は加入日の翌月から徴収開始するように改めるべきものと考えます。

    ◇          ◇

この後「【参考】関連する組合規約」も掲げていますが、このブログ記事では省かせていただきます。ちなみに組合の脱退は規約上「執行委員会の承認を受けなければならない」とされています。そのため、入る時は簡単、ただ一度入ると簡単にやめられない、そのようなイメージを持たれがちです。

このような煩わしさが、ある面では脱退に対する抑止効果を持たせているのかも知れません。しかし、そのような見られ方が新規採用者の組合加入に対し、一つのネックになってしまっていたとしたら残念なことです。

記事タイトル「組合脱退申出への対応案」のとおり提案した段階で、次回以降の執行委員会で最終的な確認をはかる運びとしています。この対応案がベストだとは思っていませんが、特別執行委員として関わるようになっていたため、私自身の問題意識を託した資料を提案しているところです。

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2026年5月 9日 (土)

連休中に読み終えた書籍

昨年1月年末年始に読み終えた書籍」という記事を「Part2 」にかけて投稿していました。9連休の年末年始だったため5冊ほど読み終え、いつもの「『◯◯◯』を読み終えて」という記事タイトルとせず、それぞれの書籍のサワリのみ紹介しています。今回もそれにならい「連休中に読み終えた書籍」として書き始めています。

最初に読み終えたのは『風と雅の帝』で、著者は荒山徹さんです。書籍を紹介する際、いつもの「『◯◯◯』を読み終えて」と同様、 著作権やネタバレ等に注意しなければなりません。そのため、まずリンク先に掲げられている書籍の紹介文をそのまま転載します。

皇位継承が持明院統と大覚寺統で交互に行なわれていた鎌倉時代後期、量仁(光厳天皇)は持明院統の期待を背負って即位した。しかし、幕府が倒される際、六波羅探題軍とともに京都から逃れるも追い詰められ、目の前で六波羅探題ら四百名以上の武士が自刃。

捕えられた光厳は、前帝・後醍醐によって即位そのものを否定されてしまう。その後、後醍醐と敵対した足利尊氏に擁立されることで、一度は“治天の君”の座につくも、尊氏の裏切りにより、南朝の囚われの身に――。

彼を慕っていた鎌倉武士の死、宿敵・後醍醐との泥沼の闘い、吉野での幽閉の日々……南北朝の動乱の中、「天皇とは何か」を真摯に考え続け、現在の“象徴天皇”にも繋がる生き方を貫いた、“忘れられた天皇”を描く、著者渾身の歴史長編小説。

鎌倉幕府滅亡後、南朝の後醍醐天皇から「お前は天皇ではなかった」と言われた北朝の光厳天皇の視点から語られている物語です。それでも史実を下敷きにしているため、教科書等でしか知らなかった南北朝時代を生きた著名な人物の息づかいを生々しく感じ取れる歴史小説でした。

南北朝時代、平穏な世を願いながら武士たちの争いが絶えないことを憂いていた光厳天皇は、その火種の中心に天皇という御旗が常に掲げられていくことに苦悶していました。天皇はどうあるべきかと悩みながら、武力によって覇権を争う武家政権に雅と祈りで抗った光厳天皇の姿から現在に至る天皇制のあり方を考えさせられます。

以前昭和天皇物語』を紹介したこともあります。絶対的な権力者とされていながら、天皇という権力者の「意思」だけで戦争に突き進む時代の流れを止められなかった昭和天皇の苦悶が描かれています。『風と雅の帝』の最後には、光厳天皇からの流れが「令和の今上陛下へ脈々とつながる」と記されていました。

この言葉に触れた時高市首相、昭和100年祝賀式典で見せた周囲との温度差  昭和ソングの演奏でノリノリの首相に対し、宮内庁職員は一切手拍子なし』という記事が伝える場面を思い浮かべていました。主催者である政府側の判断で、臨席された天皇からのお言葉はありませんでした。

翌日、側近を通じて「過去の歴史から謙虚に学び、深い反省とともに平和を守るために必要なことを考え、将来へとつなげる努力を続けることが大切との思いで式典に臨まれた」という所感が発せられたことを紹介した記事の中で伝えています。一方、高市総理の式辞は下記のような言葉から始まり、天皇の所感に込められている基調との相違が明らかでした。

私は、日本と日本人の底力を信じてやみません。日本の誇るべき国柄を、未来を担う次の世代へとしっかりと引き継いでいく。私たちには、その大きな責任があります。今日この日を、昭和の時代を顧み、わが国の伝統や歴史の重みをかみしめながら、将来に思いを致す機会としたいと思います。昭和は、戦争、終戦、復興、高度経済成長といった、未曽有の変革を経験した時代でした。

この後「先の大戦の後、昭和天皇は、全国各地を巡幸され…」と続きます。高市総理にとって、戦前、戦中は忘れるべき忌まわしき歴史とされているのではないかと疑ってしまいます。式典を高市総理の望むカラーにしたかったため、あえて天皇からのお言葉を賜らなかったという見方は穿ちすぎでしょうか。

前回記事「平和への願い、届く言葉は?」も同様でしたが、どうしても重い責任と権力を抱かれている高市総理に対する論評が多くなります。さらに私自身の正しいと信じている「答え」と相違しがちな高市総理に対しては、おのずから批判的な言葉が並んでしまいます。

ただ「批判ありき」とせず、必ず具体的な言動を例示しながら批評するように努めています。いずれにしても「答え」の押し付けではなく、このような見方もあったのかという多面的な情報を提供する場として、背伸びしない一つの運動として当ブログの週末更新を重ねています。

このような意味合いから次に紹介するプロパガンダゲーム  偽情報戦』は、たいへん興味深い記述が多々ありました。著者は根本聡一郎さんです。前作の『プロパガンダゲーム』も読んでいましたが、TVドラマは見逃しています。リンク先に掲げられている新作の紹介文は次のとおりです。

2025年TVドラマ化した『プロパガンダゲーム』の著者による、待望の最新作! 新聞記者をしている春名に、日本政府から奇妙な取材依頼が届いた。政府が大手広告代理店の電央堂と組んで、新組織「内閣情報局」を立ち上げるらしい。内閣情報局といえば、戦時下の日本でプロパガンダを主導した組織の名。

きな臭さを感じつつ取材へと向かった春名を待っていたのは、内閣府の採用担当者と、かつて電央堂で行われた曰くつきの採用試験「プロパガンダゲーム」だった!? AIとSNSで無限に拡散される偽情報との戦いを描いた社会派サスペンス!

あくまでもフィクションですが、「瀧内さゆり」という名前の総理大臣が登場し、郵政民営化を争点とした解散総選挙など実際の出来事や人物が重なり合っています。「実在の人物、団体などには一切関係ありません」という但し書きが、建前に近いようなリアリティさを感じながら一気に読み終えていました。

今回のブログ記事ではストーリーの本筋から離れますが、SNSを駆使した「情報戦」において登場人物が発していた言葉や考え方をを中心に紹介していきます。フェイク動画を投稿した後「やっぱり、動画のほうが写真よりも見られますね」「文字より写真が強く、写真より動画が強い」という会話が交わされます。

「日本の識字率は100%と言われていますが、それは嘘です。実際には文字を見ているだけで、文章を理解できない方が大量にいることを覚えていてください」という極端な持論を展開する人物も出てきます。そのまま真に受けるものではありませんが、文字ばかりの当ブログのアクセス数が低迷している昨今を省みてしまう見方だと言えます。

小澄慎一郎総理による郵政解散「劇場型選挙」は300議席に迫る圧勝という設定で描かれています。その勝因について「先の大戦で日本が侵略したアジアには謝罪の姿勢を取るのが当然で、それ以外の態度は許されない状態だった」という見方が示され、小澄総理は「他のアジアに謝らなかったからだ」と説明している場面があります。

信憑性の疑義はありますが、そのような要素があったことを頭から否定できないのかも知れません。このような見方を一定程度受け入れた時、高市内閣の高支持率や2月の総選挙での歴史的勝利を読み解く鍵を手にしていけるのでしょうか。さらに昭和100年の式典に際した高市総理の姿勢に喝采する方々も多いのだろうと思い返しています。

過去の戦争の謝罪は済んでいる、これ以上謝る必要がないという声は確かに少なくありません。しかし「過去の歴史から謙虚に学び、深い反省とともに平和を守るために必要なことを考え、将来へとつなげる努力を続けることが大切」という言葉のほうこそ、プラグマティズムな平和への道筋につながり、多くの方々から支持されていくことを切に願っています。

ディリー新潮の『「皇室典範」「憲法」改正に意欲も支持層の“高市離れ”じわじわと…勇ましいアピールのウラで囁かれる「高市早苗首相は本当に“保守政治家”なのか」』という記事も興味深く、高市総理の思惑が伝わってきます。保守政治家かどうかという問いに対しては、最近の記事「真の保守とは何か』を読み終えて」のとおりだと言えます。

5連休の最後の日には高一事変』を読み終えています。著者の松岡圭祐さんの著書は数多く手にしてきました。この『高校事変』シリーズは全作、実在の人物や団体と重ね合わせることはなく、小説として面白く読んでいました。『ヒトラーの試写室』『八月十五日に吹く風』は史実に沿った小説で、リンク先には当ブログの記事を掲げています。

今回の記事で『高一事変』は紹介しませんが、前掲した2作品は知らなかった戦争の実相を取り上げたブログ記事に仕上げています。興味を持たれた方はリンク先を参照いただければ幸いです。「第2次世界大戦中、スイスがドイツからの侵略を免れていた事実関係」や「キスカ島からの日本兵5千人の救出作戦」を書き留めていました。

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2026年5月 2日 (土)

平和への願い、届く言葉は?

前回記事「プラグマティズムと穏健保守」の冒頭で「ゴールデンウイークの初日にあたる土曜日、連合の三多摩メーデーに参加」と記していましたが、祝日の4月29日からゴールデンウイークと称している声のほうが多いようです。暦通りに働く私自身にとっては本日の土曜から5連休となります。

連合の中央メーデーは4月29日に開かれ、高市総理も来賓として呼ばれていました。前々回記事「真の保守とは何か』を読み終えて」からプラグマティズムという言葉を多用しています。理論や信念よりも「実際に役立つかどうか」で物事を判断する実用的な思想です。

連合と政府との関係が良好であり、メーデーに高市総理が出席されることで、総論的な方向性として広く労働者のメリットにつながっていくことを期待しています。このようなプラグマティズムの視点からは高市総理の出席に違和感なく、受け入れられる立場だと言えます。

つい最近、高市総理陣営が野党政治家や自民党総裁選での対立候補に対し、SNSで中傷動画を立て続けに投稿していたことが明らかになっています。週刊文春の編集部が高市総理に質問状を送付すると「ネガティブな情報を発する、あるいはそのような動画を作成して発信するといったことは一切行なっておりません」と否定しています。

最近の傾向として、高支持率の高市総理を真正面から批判するマスメディアが少なく、週刊誌のスクープは後追いされることなく、いつもボヤ程度にとどまっていきます。マスメディアの特性を取り上げた過去の記事「卵が先か、鶏が先か?」を思い出しながら、最近の記事「高市総理に願うこと」に託しているような問題意識は強まりつつあります。

前回記事の中で、考え方や立場の異なる方々に「なるほど」と思ってもらえるような言葉を探していく試みこそが極めて重要であると記しています。「戦争反対!」という訴えの後に「それでは、どうすべきなのか」という言葉が、よりいっそう必要な局面を迎えています。

プラグマティズムに沿った平和主義のあり方について、憲法記念日を迎える今週末の記事で改めて掘り下げていきます。明日、有明防災公園で「2026憲法大集会」が開かれます。執行委員長時代、ほぼ毎年、その大集会か、地元で開催される憲法集会のどちらかに参加していました。

4年前はオンラインでの参加でしたが、リアルタイムで視聴した後に「日本国憲法施行から75年」という記事を投稿しています。同じような考え方の人たちが多く集まった会場内では、自民党政権や総理大臣らを批判する舌鋒鋭い言葉は喝采を浴びます。

ただ運動の広がりと実効ある成果を見出していくためには、その会場に足を運ぶことのない人たちに向けた言葉が必要です。そのような意味合いから上智大学教授の中野晃一さんの言葉が私自身にとって最も共感し、4年前のブログ記事を通して中野さんの発言内容の一部を紹介していました。

政府が旗を振り「抑止」一辺倒ですが、安全保障政策は武力だけだと誤解されています。安全保障政策は「安心供与」と「抑止」がセットでないと不充分です。戦争を未然に防ぐためには「先に攻めるつもりがない」というメッセージが重要です。

9条をなくせば無限の軍拡競争につながりかねず、「安心供与」を疎かにする政治こそ日本本土が標的にされてしまうリスクを高めかねません。9条を守って「安心供与」を維持することで、初めて安全保障政策として成立することも合わせて伝えていきたいと思っています。

このブログのバックナンバーには「広義の国防、安心供与の専守防衛」という記事があり、中野さんの問題提起を詳述した内容です。そもそも「憲法9条を守れば平和が続く」という言葉は短絡的すぎて批判を招きがちです。守るべきは「平和主義の効用であり、これまで「憲法9条の論点について」という記事も投稿しています。

それぞれの内容の主旨にあたる箇所を掲げていくだけで、たいへんな長さの記事になってしまいます。関心を持たれた方はリンク先の記事を参照いただければ幸いです。ここでは「平和への願い、届く言葉は?」という記事タイトルを踏まえ、なるべく簡潔な言葉や参考となる事例に絞って紹介していきます。

これまで多用してきている言葉として、大地震や感染症など自然界の脅威は人間の「意思」で抑え込めませんが、戦争は人間の「意思」によって抑え込めるという見方があります。さらに脅威とは「能力」と「意思」の掛け算で決まると言われています。

中野さんの言葉のとおり安全保障は抑止と安心供与の両輪によって成立させることが重要です。戦争を未然に防ぐためには「攻めたら反撃される」という抑止効果とともに「先に攻めるつもりがない」という相手方を安心させるメッセージとのバランスが求められています。

抑止力の強化を優先した場合、ますます強硬な姿勢に転じさせる口実を相手に与えてしまいがちです。外交交渉の場がなく、対話が途絶えている関係性であれば、疑心暗鬼が強まりながら際限のない軍拡競争のジレンマにつながります。

国家財政を疲弊させ、いつ攻められるか分からないため、攻められる前に先制攻撃すべきという発想になりかねません。そのような意味で、攻められない限り戦わないと決めている日本国憲法の専守防衛は、他国に対して安心を与える広義の国防の究極の姿だと考えています。

アメリカとイスラエルによるイランへの攻撃が象徴的な事例だと言えます。イランにとって抑止力を強化するための核開発が、攻められる前に先制攻撃というアメリカ側の身勝手な口実を与えていました。付け加えれば、トランプ大統領が返り咲いていなければ、このような理不尽な「意思」のもとの戦争はあり得なかったはずです。

現在、高市政権による抑止力強化や日本国憲法の平和主義を変質させていく動きによって、中国からの身勝手な批判のトーンが高まりつつあります。中国側に問題が多々あったとしても、高市総理の「意思」は結果的にプラグマティズムにつながる平和主義のあり方から遠ざかっているように思えてなりません。

安倍元総理とプーチン大統領が友好関係を築いていた時、ロシアからの脅威が取り沙汰されることはありませんでした。2019年8月の記事「平和の築き方、それぞれの思い」の中では、北朝鮮のミサイル発射に際してJアラートを鳴らすことなく、安倍元総理がゴルフを続けていたことを伝えています。

アメリカと北朝鮮での対話の扉が開かれ、北朝鮮側の「意思」の変化を確かめられた後であり、脅威が減少していたからです。外交努力、ソフト・パワーを尽くすことで脅威は変動する事例として紹介していました。

数日前には出光タンカーはなぜ海峡通過できたのか… イランの思惑は? 日本政府の動きは?』という報道に接しています。IDEMITSU MARU」が通過するタイミングで駐日イラン大使館は、出光興産がイランからの石油製品を輸入した1953年の日章丸事件について「友情の証し、遺産だ」という言葉をSNSに投稿していました。

このような日本とイランとの伝統的友好関係がありながら、日本がパキスタンのような役回りを果たせないことが残念です。いずれにしても権力者の「意思」を左右できるのも、民主主義社会であれば国民一人一人の「意思」の積み重ねによる結果だと考えなければなりません。

簡潔な言葉でまとめるつもりでしたが、やはり長文なブログとなっています。考え方や立場の異なる方々に「なるほど」と思ってもらえるような届く言葉かどうか分かりませんが、今回、とりわけ強調して伝えたい言葉を赤字にしてみました。

最後に、私の住む自治体の「市議会だより」で目にした画期的な動きを紹介します。『非核三原則の堅持と「5類型撤廃」による武器輸出の全面解禁の中止を求める意見書』が可決され、高市総理らに提出しています。平和国家のあり方を変えるものであると批判し、現在の高市政権の志向性を真っ向から否定する内容でした。

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