新しいリベラルの声が届く政治の選択肢を
今年8月に「『新しいリベラル』を読み終えて」という記事を投稿しています。従来のリベラル派の主張が広がりを欠けている中、新しいリベラル的な価値観を持つ方々は多数であるという調査結果を伝えていました。隠れた多数派の声が届く政治の選択肢のない現状に対し、調査を行なった著者らが憂慮されていることも書き添えています。
今回の記事では、そのような問題意識を踏まえながら現在進行形の政治の動きについて書き進めていきます。もちろん前回記事「汝、隣人を愛せよ、2025年冬」の中でも記したとおり私自身の正しいと信じている「答え」が、必ずしも「正解」ではないのかも知れません。
だからこそ「批判ありき」の訴えではなく、具体的な事例を取り上げながら私自身の問題意識につなげていくつもりです。このブログを通し、背伸びしない一つの運動として、一人でも多くの方々に「なるほど」と思っていただけるような多面的な情報を発信していければと考えています。
その上で分かり合えなくても、いがみ合わないことの大切さを感じているところです。したがって、自分自身の考え方と相反する方向性の政権だったとしても、ことさら敵視することは控えるべきものと思っています。一方で、絶大な権力を握った側は国民の中に多様な考えがあることを認め、寛容な政治に努めていくことも欠かせないはずです。
今年10月に投稿した記事「自民党総裁選が終わり、流動化する政治情勢」の中で、公明党の政権離脱は野党側にとって千載一遇のチャンスという見方を示していました。さらに日本維新の会の与党化は、ますます分かりやすい政治の選択肢が実現できるような期待を広げています。
以前から立憲民主党と公明党の立ち位置は、新しいリベラルの受け皿となり得るような近さを感じていました。国民民主党のルーツは政権を担った経験のある同じ民主党です。支援を受ける団体が連合という共通項もあります。直近の動きとして『「高市色」に連合会長が反発』という報道にも接しています。
以前の記事「新着資料紹介『「維新」政治と民主主義』」で綴っているとおり立憲民主党と日本維新の会との距離感は、自民党以上にあるように思っていたため、たいへん分かりやすい政治的な対立軸を打ち出せるのではないかと受けとめています。立憲民主党と公明党などが結集することで、今回の記事タイトルに掲げたとおり「新しいリベラルの声が届く政治の選択肢を」見出せるよう願っています。
ここで多面的な情報を提供する場として『〈激化する維新内紛〉藤田氏「公金還流」疑惑…猛批判した橋下徹氏の「深刻なダブスタ」と連立入りして止まらぬ「ザ・自民党」化』『「身を切る改革」どこへ? 維新「身内」への公金支出、地方でも続々』という見出しの記事を紹介します。
日本維新の会に所属している政治家の皆さんが揃って上記のような問題を抱えている訳ではないものと思っています。それでも記事の見出しに掲げられているとおり「身を切る改革」という掛け声とのギャップが目立ち、組織としての体質や土壌に問題が散見しているように見ざるを得ません。
立憲民主党との距離感が自民党以上という指摘は、日本の平和主義に関わる立ち位置の違いです。『維新、憲法9条2項削除・国防軍を説明 自民「いきなりそこまでは」』という報道のとおり日本国憲法の「特別さ」を完全に軽視し、自民党から「いきなりそこまでは」と言われてしまうような日本維新の会の立ち位置を危惧しています。
私自身の問題意識は「Part2」にわたった「憲法9条があるから平和を保てるのか?」という記事を通して詳述しています。専守防衛を厳格化した日本国憲法の平和主義を肯定的にとらえるのかどうか、その上で今後も維持すべきかどうかを明解な論点とし、改憲議論が進んでいくことを切望しています。
高市総理の「台湾有事」に関する国会答弁が引き金となり、中国からの対日批判が高まっています。このような事態に至った背景として、質問した立憲民主党の岡田克也元外相を批判する声が見受けられています。衆院予算委員会での質疑のやり取り全文に目を通せば、そのような批判が的外れであることは理解できます。
岡田元外相は、高市総理の「世界で最も偉大な日米同盟」という言葉の意味合いから質していました。専守防衛をはじめ、集団的自衛権も限定的な行使という制約を伴う日本であるため、アメリカとの軍事的な関係において「世界で最も」という言葉に対する違和感を示されていました。
このようなやり取りがあった中で、存立危機事態の認識に対しても自制的であるべきという主張を岡田元外相は繰り返しています。その結果、総理大臣就任前に述べてきた時と同様の認識での高市総理の「台湾有事」発言につながっていたようです。
このあたりの経緯は『「スタンドプレーが起こした事故」高市首相 官僚答弁をスルーして“台湾有事”に言及したことが判明しSNS批判続出』という記事が伝えています。岡田元外相としては「日本政府の見解は従前通り」と確かめたかったところ藪から蛇を出してしまった展開だったと言えます。
中国との難しい関係性や高市総理の性格などを考慮し、このような事態が生じるのではないかと予見すべきだったことは、岡田元外相側の反省点だったかも知れません。とは言え、しっかりした質問通告を受け、問題の生じない答弁資料を手元に置きながら「戦艦を使って」などとアドリブで答えてしまった高市総理側の軽率さのほうが、やはり批判されて然るべきだろうと思っています。
2026年度の予算案で防衛費は過去最大の9兆円規模になる動きが伝えられています。国是とされてきた非核三原則の見直し、武器輸出ルール「5類型」撤廃なども取り沙汰されています。
数日前の衆院予算委員会で日本維新の会の阿部圭史議員が、自民党と日本維新の会の連立政権は安全保障関係者から「日本の安全保障政策の夜明けだ」と評価されていることを誇示していました。
明るい日差しが感じられる夜明けとなっていくことを心から願っていますが、安全保障のジレンマという言葉があるとおり軍事力強化一辺倒の政策だった場合、取り返しのつかない悲劇を繰り返している歴史や現実があります。
争いの芽は人間の心の中にひそんでいます。一つ一つ迫られた選択肢に対し、争いを回避する「答え」があるはずです。逆に選択の誤りの積み重ねによって、後戻りできない対立である戦争が待ち構えている恐れに対し、責任ある政治家の皆さんは想像力や知見を高めて欲しいものと願っています。
そのような重い責任を担っている小泉防衛相の最近の振る舞いが気になっています。『小泉防衛相“覚醒”は幻だった!《自己アピールの要人ヘリ要請、インド国防大臣との会談ドタキャン、カンペを忘れて…》』『やはり進次郎氏は「防衛相」不適格…レーダー照射めぐる中国との反論合戦に「プロ意識欠如」と識者バッサリ』という見出しの記事を紹介します。
中国軍機によるレーダー照射の問題を公表するにあたり、防衛省・自衛隊内では当初、慎重論があったようです。日中両機の距離が、1回目の照射は約50キロ、2回目は少なくとも100キロ以上と離れ、高度差もありました。
ただちに衝突するような状況ではなかったため、自衛隊制服組を中心に「危険度合いとしてはそこまで高くなく、必要なのか」という意見が示されていました。しかし、小泉防衛相が公表に前向きで、中国側に抗議と再発防止を申し入れることを決めていました。
防衛省出身で内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)を務めた柳沢協二さんは「日中の政治的緊張が高まる中、制服組は公表すれば対立を深めかねないと判断したのでしょう」と語り、12月7日の緊急発表で小泉防衛相がレーダーを照射した中国軍機と自衛隊機との位置関係など当時の状況説明を避けたことも問題視していました。
「照射の事実と共に、自衛隊機がさほど危険な状況になかった旨も冷静に伝えるべきでした。エクスキューズの足りない説明が、結果的に世論の嫌中感情をあおり、中国の態度も硬化。軍事現場の緊張をますます高めています。自衛隊を預かる防衛省のトップが、政治的緊張を軍事的緊張に直結させてはいけません。小泉大臣は安全保障のプロ意識に欠けています」と評しています。
上記の記事の最後には「中国への弱腰批判を恐れてか、進次郎氏の“ドヤ顔”反論にはパフォーマンス臭も漂う。今は高市首相の支持層に好かれることが何よりも大事といった浅はかな発想なら、やはり防衛相には不適格である」と書かれていました。最後に、このような判断に対する評価も多面的な情報に触れていくのかどうかで変わっていくのだろうと思っています。
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