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2025年9月 6日 (土)

ブログを始めて20年、官から民へ

ブログを始めて20年、この枕詞のもと前回「ブログを始めて20年、平和への思い Part2」まで3週間、過去を振り返りながら現在を語る内容の記事を続けてきました。そのタイトルのパターンで引っ張ろうと思えば、20年が過ぎた今年一杯使えます。さすがに極端すぎる話であり、このパターンの記事は今回で一区切り付けるつもりです。

8月16日の記事「ブログを始めて20年」で、2005年8月17日に「民主党と小泉自民党」という記事でSNSの片隅にデビューしていたことを伝えていました。最近、あまり耳にしませんが、当時は「官から民へ」という言葉が声高に唱えられていました。ブログを始めた翌月には「「官から民へ」への疑問」という記事を投稿し、その内容の一部を今年7月の『ブラック郵便局』を読み終えて」の中で紹介しています。

20年前、小泉純一郎元総理が「聖域なき構造改革」「民でできることは民で」と叫び、新自由主義路線のもと「小さな政府」が礼賛されていた時代でした。民間のノウハウを活用し、競争原理を促し、経済成長にもつなげるという考え方でした。

内閣府のホームページ「官から民への様々な手法」では、官から民に移行させる必要性やメリットの数々が掲げられています。政府としての基本的な立ち位置は20年前と大きく変わっていないようですが、自治体職員の一人として「官から民へ」の風圧が当時に比べれば、やわらいでいるように感じています。

今、労働組合の役員を長年担ってきた立場から「官から民へ」に対し、いろいろな思いを巡らすことができます。これまで地方自治体は様々な行政サービスを民間に委ねてきました。厳しい財政状況を改善するための行政改革の一環としての「官から民へ」でした。このブログでは2006年12月に「行政のアウトソーシングという記事を投稿しています。

私どもの市も同様であり、前市長は職員数の削減を公約の柱としていました。2007年9月「20年ぶりに新市長誕生」という記事を読み返すと、当時の光景を懐かしく思い出す機会を得られます。その記事の最後には労使交渉に向けた重要な心構えを綴っています。前市長の気合いを感じたエピソードとともに紹介します。

新市長の公約の重点は行財政改革であり、その一番目に「市職員100人減員」が掲げられていました。組合も行財政改革そのものを否定する立場ではありません。100人の削減など具体的な数字目標が示されるのもやむを得ないものと受けとめています。そもそも計画を立てること自体は管理運営事項であり、その政策経営判断に労働組合が直接的に口をはさめる立場ではありません。

しかし、労働条件に影響を及ぼす事項の変更については、労使交渉での決定が基本となります。その労使交渉の場では、現場職員の目線で当局の提案内容を検証することになります。自分たちの労働環境や職の確保などの視点だけではなく、これまでも組合は公的責任や市民サービスの低下につながるような職員数削減などには異を唱えながら多面的な議論を提起しています。

新市長の初登庁は今度の月曜日です。組合四役で挨拶に伺う約束を取り付けたところ、翌朝の新聞を開くと「職員労組と協議“初仕事”に意欲」との見出しが目に入りました。新市長が当選報告会で、初登庁の日に労働組合との対話の場を設定し、「初仕事が労働組合との話し合い。皆さんとの一番の約束(職員数削減)が果たせることになりそうです」と挨拶した記事が載っていました。

組合側としては儀礼的な挨拶を主に想定していましたが、真っ向から直球を投げ込むような新市長の気合いが新聞紙面から伝わってきました。「勤務条件の変更について理事者と職員組合の双方が誠意を尽くして話し合いをすることが大切と考えます」と回答書で示していただいていますので、労使の緊張感の中にも信頼関係は築いていけるものと考えています。

前市長とはゴルフ部でも懇意にお付き合いいただき、上記のとおりの真摯な労使関係のもと様々な課題に向き合えることができたものと思っています。具体的な行革課題として、市立図書館や児童館を指定管理者、学校給食共同調理場をPFI、保育園を民営化する提案が示されていました。 

2008年7月の「最適な選択肢の行政改革とは?」という記事の中で、私どもの組合が『良質な市民サービスに向けた行政改革とは? ~最適な選択を行なうための一資料として~』と呼びかけたチラシを新聞折込で全戸配布したことを伝えています。当該職場の組合員、連合三多摩の皆さんらにも素案をご確認いただき、次のような訴えをチラシのリードに掲げていました。

私どもの組合は、日頃から職員の労働条件と市民サービスの維持向上について、どちらも欠かすことができない車の両輪だと考えています。同時に厳しい市財政を踏まえ、行政の効率化をめざすことに対し、私たちも積極的に賛同する立場です。しかしながらコスト削減が優先されがちな行政改革に対しては、日常的に市民の皆さんと身近に接する機会が多い現場職員の目線に誇りを持ち、労使交渉の場で市側へ様々な懸念点を訴えています。

上記のような基本的な考えを示した上、現在の状況に連なる「官から民へ」の問題意識を書き添えていました。行革計画の内容も含め、興味を持たれた方はリンク先の記事をご参照ください。全戸配布チラシの文章は当該の記事に全文を掲げています。ここからは今回の「ブログを始めて20年、官から民へ」という記事を通し、特に訴えたかった内容を書き添えていきます。

行政サービスは無料又は非常に廉価で提供するものが大半である中、受託企業の利益は委託費から人件費等を引いた額の範囲で捻出されることになります。したがって、人件費が同一の態勢であれば、直営の方が低コストとなる計算が成り立ちます。民間への委託化などが低コストと試算されるのは、賃金水準を抑制した従業員で構成することを前提としているからだと言えます。

今年2月の記事『賃金とは何か』を読み終えて」の中で、労働者(正社員)の賃金水準が全然上がっていない「失われた30年」について触れています。小泉政権以降、労働者派遣の対象範囲の拡大などによって非正規雇用も増えていきます。このような時代背景のもと年功給を柱とする正規公務員の「賃金は高い」という見られ方が顕著になっていました。

20年前「公務員バッシング」という言葉も、よく耳にしていました。恵まれた待遇にも関わらず「公務員は働いていない」という批判意見が当ブログのコメント欄に多く寄せられていました。そもそも公務員の賃金水準は人事院等の勧告による民間準拠と定められています。それでも「高い」という指摘に押されながら労使交渉を通し、私どもの組合も様々な見直しを受け入れてきました。

ちなみに人事院は、給与を決める際に比較する企業規模を2006年に100人以上から50人以上に見直し、賃金水準の抑制をはかりました。数年前から政府が経営側に賃上げを求めるような時代に変わり、国家公務員のなり手不足も深刻化しているため、人事院は今年から対象の企業規模を100人以上に戻しています。

公務員賃金の「高い」という見られ方が薄らいできた中、今度は国策として労働者全体の賃上げが求められるようになっています。「失われた30年」という意味合いで考えた時、公務員の賃金水準を下げ続けるのではなく、もう少し早く社会全体の底上げが議論されて然るべきだったのではないかと顧みています。

このような時代背景の変化の中で「官から民へ」の論点に照らした時、人件費の比較で「民間ならば安上がり」という構図から抜け出していかなければなりません。さらに公共サービスの重要性として、利益の有無に関わらず、持続しなければならない使命があることです。

ごみ収集事業者や保育園を営む会社が倒産すれば、多大な迷惑をかけてしまいます。そのような緊急時の代替措置を整えておくことも自治体の責務だろうと思っています。同時に「官から民へ」に対しては、このようなリスクがあることを踏まえ、より慎重に検討していかなければならないはずです。

コロナ禍においては『「維新」が壊した大阪の医療 コロナ禍があぶり出した厳しい現実 病院・保健衛生機関の統合民営化』という長周新聞の記事が伝えているとおり過度な「官から民へ」によって、多くの府民の生命が脅かされたことを忘れてはなりません。本来であれば、政治の場で公共サービスのあり方について、もっと議論を深めていくことが欠かせないはずです。

以上のような個人的な思いを巡らす中で、20年前に比べると「官から民へ」の風圧が、やわらいでいるように感じています。同時に「公務員バッシング」という逆風も、やわらいできたように受けとめています。最後に、民間に比べて突出した待遇は問題だったとしても、仕事のあり方をはじめ、公務員の職場の魅力を上げていくことは労使共通の課題だろうと思っています。

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