ブログを始めて20年、平和への思い Part2
戦後80年という節目の夏を迎え、多くのメディアが戦争の悲惨な実相を伝えていました。つい最近、NHKプラスで 『cocoon~ある夏の少女たちより~』というアニメを視聴しています。沖縄戦、ひめゆり学徒隊の悲劇を着想に描かれた物語でした。
壕の中の病院に看護隊として動員された少女たちが、住民を守るべき軍隊から壕の外に追い出され、砲弾が飛び交う中、自力で逃げなければならなかった過酷な末路を描いています。視聴者の評判は、たいへん美しい映像を評価しながらも、ストーリーに関しては賛否が分かれていました。
私自身の評価も「今一つ、感情移入できなかった」というものとなります。物語の最終盤では手榴弾を持った少女を囲み、皆で自決しようとする光景が描かれていました。沖縄戦での史実を下敷きにし、戦争の理不尽さや悲しみを随所で伝えている作品であることは確かです。
ただ銃弾で撃たれた時の血飛沫は、カラフルな花びらが散るように描かれています。死体の描写も皆無に近かったと言えます。動画『月桃の花』の中で映し出されているようなモノクロの記録映像をはじめ、沖縄現地の記念館で当時の写真や資料等を見聞きしてきた一人として抱いてしまった今回のアニメに対する感想です。
幼い子どもたちに対し、刺激の強すぎる描写は避けるべきという考え方もあり、これまで漫画『はだしのゲン』の取扱いが議論されがちでした。このあたりについて12年前に「漫画が語る戦争」という記事を投稿し、私自身の思いを次のように書き添えていました。
戦争のことを考える時、戦争で実際に起こった事実を知ることが大切です。私自身、『はだしのゲン』の連載が始まる数年前、『ある惑星の悲劇』という漫画に出会っていました。その漫画を通し、初めて原爆のことを知りました。小学校の低学年のことでした。
原爆投下後、建物の下敷きになって、生きたまま焼かれていく子どもたちに「熱かったろうな」と感情移入していたことを覚えています。その漫画との出会いが「戦争は嫌だ、戦争は起こしたくない」という思いの原点だったかも知れません。
このような実体験があり、小学校低学年でも原爆の事実と充分向かい合えるものと思っています。そのため、NHKが放映した今回紹介したアニメも、もう少しリアルさを追求したほうが良かったように受けとめていました。
前回記事「ブログを始めて20年、平和への思い」の中で、戦争の悲惨さや実相を知り、絶対起こしてはならないという思いだけで決して戦争を抑止できないという現状の悩ましさを訴えていました。今回「とは言え」という主旨の内容を書き進めてみるつもりであり、記事タイトルに「Part2」を付けています。
2020年11月に投稿した記事「グローバルな話題に一言二言」の中では「地球温暖化や感染症対策など自国中心主義では解決できない地球規模の問題に直面している今、よりいっそう国際的な連帯が強く求められているはずです」という言葉を残していました。残念ながら真逆な流れの現状です。
前回の記事でも触れた問題意識ですが、大地震や感染症など自然界の脅威は人間の「意思」で抑え込めません。しかし、戦争は権力者の「意思」や国民の熱狂によって引き起こされるため、人間の「意思」によって抑えることができるはずです。平和を願う際、このような思いを強めています。
敗戦必至だった対米戦争も、メディアや国民の後押しする声がありました。読売新聞の『戦時中の新聞投書が伝える「平等主義」の圧力』という記事では、国民側に敵国への恐怖や憎しみがあり、「日本が負けるはずはない、勝つまで戦い抜く」という空気に覆われた時代だったことを伝えています。
現在の国際社会で、ウクライナが強いられているような自衛のための戦争は認められています。一方で、ロシアの軍事侵攻は国際法違反であり、明らかな侵略戦争です。そのため、ロシア側は「軍事作戦」と称し、さらに様々な言い分のもと自ら犯している行為の正当性を主張しています。
ちなみに1928年、日本は不戦条約に調印していました。1931年の満州事変から日中戦争に突入し、1945年8月の終戦までを十五年戦争とも呼びます。しかし、国際的には「戦争をしない」と表明していたため、1937年の盧溝橋事件以降も決して戦争と認めず、当時の日本は「事変」と称していました。現在のロシアの姿勢に重なるような詭弁でした。
1941年12月に真珠湾を攻撃した後、日本は盧溝橋事件以降を改めて「大東亜戦争」と自称するようになっています。太平洋戦争が勃発するまでのアメリカは中立政策を取っていたため、戦争当事国に石油などの物資を輸出しない方針でした。アメリカからの石油に依存していた日本は、このような事情もあって「戦争」と言えなかったようです。
週刊文春の「戦後80年を紡ぐ」という特集記事で、このような経緯などを池上彰さんが徹底解説していました。その記事の冒頭では、参政党の神谷宗幣代表が「日本は中国で自衛のために戦っていた」と発言していたことを取り上げ、驚くべき認識であると批判し、次のように語っています。
当時、日本軍は中国大陸にいたのです。なぜ日本軍は中国大陸にいたのでしょうか。中国での権益を求め、中国の関東州に軍を置いていたからです。他国の領土に、その国の許可を得ないで軍隊を送りこむことを「侵略」と呼ぶのではないですか。他国の軍隊が侵略してきたら、それに対抗しようとすることは自衛の権利です。それを神谷代表は「テロ工作」と呼んでいるようです。
参政党の他の議員も『「信じてる人がまだいるのか」参政党・初鹿野議員 国も認めている「南京事件」を否定で批判続出…専門家は「歴史事実を誤魔化してはいけない」と警鐘』という記事が伝えていますが、過去の日本の行為を全面的に肯定するような歴史認識を示しています。
歴史は変えられません。しかし、猛省すべき事例があったとすれば、二度と同じ過ちを繰り返さないよう教訓化していくことが重要です。それにも関わらず、戦争の記憶を身勝手な解釈で都合良く書き換えてしまえば、歴史から学ぶべき教訓が活かされず、過ちを繰り返していくことになりかねません。
反戦平和を唱え、戦争の悲惨さを伝えていくだけでは戦争を防げません。とは言え、実際にあった戦争による悲劇の数々を継承していく試みが途絶えれば、過去を教訓化する機会そのものが薄れていくことになります。ブログを始めて20年が過ぎ、ますます戦争の実相を知った上で、戦争について語ることが大事な時代になっているように感じています。


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