3月11日、午後2時46分、東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、職場の自席で1分間の黙祷を行ないました。3年前のその瞬間から数え切れない苦しみや悲しみが始まり、いまだ行方の分からない方は2633人、避難者生活を続ける方は26万7千人に及びます。そして、福島第一原発事故によって生じている難問への対応は、これからも引き続き途方もない年月を費やしていかなければなりません。
さて、最近、反知性主義という言葉をよく耳にしています。Wikipediaでは「本来は知識や知識人に対する敵意であるが、そこから転じて国家権力によって意図的に国民が無知蒙昧となるように仕向ける政策のことである。主に独裁国家で行なわれる愚民政策の一種」と記されています。それに対し、最近、手にした新書『知の武装』の中では次のような説明が加えられていました。
反知性主義者とは決して無知蒙昧な人ではなく、実証性や客観性より独りよがりな物語に重きを置く人を指しています。反知性主義者は独特なプリズムを持ち、自らにとって都合の良いことが大きく見え、都合の悪いことは縮小され、視界から消えてしまうという見方が示されていました。外交ジャーナリストの手嶋龍一さんと外交官だった佐藤優さんの対談本で、「反知性主義の政治学」の章に書かれていた言葉です。
いわゆる左と右、それぞれの側に散見する傾向だとも言えます。ちなみに『知の武装』の中では具体的な事例をもとに著名な政治家の名前が上がり、反知性主義について語られています。このブログで固有名詞まで示して引用すると、そのことに論点が集まり、今回の記事を通して訴えたい趣旨から離れていくような心配がありました。そのため、中途半端な紹介の仕方は避け、後ほど、最近ネット上で目にした内容の全文を掲げることで反知性主義について具体的なイメージを膨らませる一助にさせていただくつもりです。
その上で「自分の発言が対外関係の文脈に置かれた時にどう受け取られるか」という記述が反知性主義の論点でした。最近の記事「おもてなしについて、ある雑誌から」の中で佐藤さんの言葉をいくつか紹介しました。佐藤さんに対する評価は個々人で大きく枝分かれするようですが、私自身にとっては「国家の罠」や「国家の自縛」など興味深い内容の書籍を数多く綴られている著者の一人でした。佐藤さんの主張すべてが私自身の考え方と一致している訳ではなく、あくまでも「なるほど」と感じる言葉が多いという関係性に過ぎません。
私自身、反知性主義の批判を受けないためにも、言葉の一つ一つ、発言内容に注意しています。それでも思いがけない批判を受ける場合もあり、自分自身の至らなさを反省する時がある一方、モノの見方や価値観は本当に個々人によって差異があることを知り得る機会となっています。今回、これから紹介するサイトの内容は、人によって非常に不愉快なものとなるはずです。私自身の言葉に置き換えれば、そのような記述にならない箇所が数多くあります。それでも多面的な情報を提供する機会の一つとしてそのまま紹介し、評価は読み手の皆さん一人ひとりに委ねさせていただきます。
もう少しマトモな側近はいないのか。安倍首相の“身内”の言動が、立て続けに物議を醸している。衛藤晟一首相補佐官が、安倍の靖国参拝をめぐる米国の反応に「むしろわれわれのほうが失望だ」とケンカを売った動画が問題になったが、今度は安倍政権の経済政策ブレーンを務める本田悦朗内閣官房参与の発言が、国際社会に波紋を広げている。19日付の米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)電子版が「戦時中の話を熱く語るナショナリスト」として、本田氏のインタビュー記事を掲載したが、その中身たるや、日本人ものけぞるものなのだ。
<本田氏は、「アベノミクス」の背後にナショナリスト的な目標があることを隠そうとしない。日本が力強い経済を必要としているのは、賃金上昇と生活向上のほかに、より強力な軍隊を持って中国に対峙できるようにするためだと語った><神風特攻隊が米空母に体当たりするさまを頭の高さに上げた左手を落として表現した。「日本の平和と繁栄は彼らの犠牲の上にある」と、目を真っ赤にさせながら言い、「だから安倍首相は靖国へ行かなければならなかったのだ」と語った>
経済担当のブレーンが、「中国と対峙するため」とはブッタマゲだ。NHKの籾井勝人会長といい、経営委員の百田尚樹氏や長谷川三千子氏といい、安倍の周りは、そろいもそろって、こんな連中ばかりなのだ。「これでは日本が極右の国と思われてしまう。世界中が驚き、眉をひそめていると思います。欧米先進国から危険視され、価値観を共有できない国だと遠ざけられることは外交上の大きなマイナスです」(元外交官の天木直人氏) 本田氏は「発言趣旨と違う」「アベノミクスが軍事目的とは言っていない」と反論しているが、一方で、「<靖国神社とはそういうものだ>ということをオフレコでざっくばらんに説明しようと思った」とも話している。ここに、この問題の核心がある。
■今や全世界からこの国の知的程度が笑われている 「どんな思想信条を持とうと自由ですが、国際社会は安倍首相が戦後レジームをひっくり返すつもりなのかと危惧している。ナチス・ヒトラーと同類と見ているのです。そこに側近の物騒な発言が続けば、<やっぱりそうか>と思われる。衛藤氏も籾井会長も発言を撤回しましたが、立場のある人間が好き勝手に発言しておいて、それが問題になると<個人的見解だ>というのは国際社会に通用しません。ましてや、<偏向報道だ>とメディアに責任転嫁するのは大間違いです。発言が個人的な見解であろうと、こういう歴史観の持ち主が集まった政権だということ自体を世界は不安視しているのです」(政治評論家・森田実氏)
事実、WSJも<安倍首相は周囲に率直な物言いの側近を集めており、その多くは日本政治の右派だ。彼らは重要な問題について首相の考えを知る手がかりを提供している>と書いていた。側近の発言は、そのまま安倍の考えと受け取られる。当然のことだ。元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏は19日の朝日新聞で、安倍側近の問題発言の背景にあるのは「反知性主義」だと言っていた。自分の主義信条というか、狂信的とも思える極右思想にコリ固まり、異なる考えを排除し、物事を客観的に見ることができない。
佐藤氏は<自分が理解したいように世界を理解する「反知性主義のプリズム」が働いているせいで、「不適切な発言をした」という自覚ができず、聞く側の受け止め方に問題があるとしか認識できない>と分析する。正鵠を射た指摘だろう。取り巻きがこれだから、トップのオツムの程度も知れる。というか、首相がバカだから同じレベルの人間を集めてしまう。かくて、知性のカケラもなく、合理的な判断能力もない連中が、国の舵取りを担うことになる。ゾッとすると同時に、国民として情けなくなる。【日刊ゲンダイ2014年2月21日】
上記はいつも政権批判を前面に出しているタブロイド紙の記事内容であり、その発信元を知るだけで眉に唾を付ける方も多いのかも知れません。しかし、表現が過激だったとしても事実を繋ぎ合わせた内容であることも確かであり、「自分の発言が対外関係の文脈に置かれた時にどう受け取られるか」という論点について考えるべき事例が含まれているものと思っています。続いて、神戸女学院大学名誉教授の内田樹さんのブログからの転載となります。
3月5日の毎日新聞朝刊にインタビューが載りました。お読みでないかたのためにオリジナル原稿をアップしておきます。ちょっと紙面とは文言が変わっているかも知れませんが大意はそのままです。
ー中国、韓国との関係改善が進まず、米国も懸念しています。
内田 長い歴史がある隣国であり、これからも100年、200年にわたってつきあっていかなければならないという発想が欠けている。安倍政権は外交を市場における競合他社とのシェア争いと同じように考えているのではないか。韓国や中国との「領土の取り合い」と経済競争における「シェアの取り合い」は次元の違う話だということを理解できていないように見える。昨年12月の靖国神社の参拝も、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移転先の名護市辺野古への埋め立てについて沖縄県知事との話し合いがついた直後に行われた。米国に「貸し」を作ったので、今度は米国が厭がることをする「権利」が発生したと考えたのだ。本人はクールな取引をしているつもりだろうが、米国は同盟国としての信頼を深く傷つけられた。安倍政権はアメリカを「パートナー」ではなく、市場における「取引相手」だとみなしている。その「実のなさ」が米国を不安にさせ、苛立たせている。
ーなぜ短期的な発想になるのですか。
内田 民主主義は政策決定にむやみに時間がかかる政体である。時間がかかるかわりに集団成員の全員が決定したことに責任を引き受けなければならない。「そんな決定に私は与っていない」という権利が誰にもない。政策決定が失敗した場合でも、誰かに責任を転嫁することができない、それが民主制の唯一のメリットだということをたぶん首相は理解していない。民主制が政策決定の遅さと効率の悪さに首相は苛立っている。たぶん彼は株式会社と同じように、経営者に権限も情報も集約して、経営者の即断即決ですばやくものごとが決まる仕組みを政体の理想としているのだろう。会社経営の失敗はせいぜい倒産で済むが、国家の失政は国土を失い、国民が死ぬことさえある。その違いを理解していないのだと思う。そのような「楽観的な」政権運営を可能にしているのは国民的規模での反知性主義の広がりがある。教養とは一言で言えば、「他者」の内側に入り込み、「他者」として考え、感じ、生きる経験を積むことである。死者や異邦人や未来の人間たち、今ここにいる自分とは世界観も価値観も生活のしかたも違う「他者」の内側に入り込んで、そこから世界を眺め、世界を生きる想像力こそが教養の本質である。そのような能力を評価する文化が今の日本社会にはない。
—ただ、中国も韓国も理解するには難しい国です。
内田 どこの国のリーダーも「立場上」言わなければいけないことを言っているだけで、自分の「本音」は口にできない。その「切ない事情」をお互いに理解し合うリーダー同士の「めくばせ」のようなものが外交の膠着状況を切り開く。外交上の転換はリーダー同士の人間的信頼なしには決してありえない。相手の「切ない事情」に共感するためには、とりあえず一度自分の立場を離れて、中立的な視座から事態を俯瞰して議論することが必要だ。自分の言い分をいったん「かっこに入れて」、先方の言い分にもそれなりの理があるということを相互に認め合うことでしか外交の停滞は終らない。
—外交において相手に譲るのは難しいことです。
内田 外交でも内政でも、敵対する隣国や野党に日頃から「貸し」を作っておいて、「ここ一番」のときにそれを回収できる政治家が「剛腕」と呼ばれる。見通しの遠い政治家は、譲れぬ国益を守り切るためには、譲れるものは譲っておくという平時の気づかいができる。多少筋を曲げても国益が最終的に守れるなら、筋なんか曲げても構わないという腹のくくり方ができる。大きな収穫を回収するためにはまず先に自分から譲ってみせる。そういうリアリズム、計算高さ、本当の意味でのずるさが保守の智恵だったはずが、それがもう失われてしまった。最終的に国益を守り切れるのが「強いリーダー」であり、それは「強がるリーダー」とは別のものである。
この他にも最近、反知性主義という言葉を取り上げた雑誌の記事なども目にしていました。際限なく続きそうですので、全文紹介は上記の2件に絞らせていただきます。いずれにしても上記2件の内容を並べたことで、その内容の是非も含めた強い批判が私自身に対しても寄せられるのかも知れません。繰り返しになりますが、上記の内容すべて私自身の考え方と一致している訳ではありません。「だったら紹介するな」という指摘もあろうかと思いますが、いろいろな見方の「拡散」という趣旨でご理解ご容赦ください。
一つ強調しなければならない点として、首相を呼び捨てにすること自体問題であり、「狂信的とも思える極右思想」や「知性のカケラもない」というような言葉も論外だと思っています。権力者への批判とは言え『日刊ゲンダイ』の記事の中には、このブログで皆さんに控えていただくようお願いしている誹謗中傷や「レッテルはり」の類いとなるような記述が気になっていました。そもそも安倍政権の支持率は高いまま推移していますが、安倍首相への行き過ぎた批判は支持されている多くの皆さんまで愚弄していく構図に繋がりかねません。
それこそ「自分の発言が対外関係の文脈に置かれた時にどう受け取られるか」という反面教師とすべき事例の一つであるように感じています。前述したとおり立場にかかわらず、反知性主義に陥らないよう常に自省していく心構えが求められているのではないでしょうか。もちろん私自身にも省みている心構えであり、一人でも多くの方が「相手を思いやる心」を大切にしていければ何よりなことです。最後に、浦和レッズのサポーターが掲げた横断幕「JAPANESE ONLY」は反知性主義を映し出した残念な事例だったと言えます。
Jリーグで史上初めて無観客試合開催処分(23日、清水戦)を受けたJ1浦和は、「JAPANESE ONLY」という横断幕を掲げたのは男性3人で、彼らを含むサポーターグループ約20人に対し、浦和戦の無期限入場禁止処分を下したと発表した。他のサポーターについてもホーム、アウェーの試合で横断幕や旗などを掲げることを禁じた。浦和の淵田敬三社長が13日、Jリーグの村井満チェアマンの後に会見した。3人は、クラブの調査に対して「最近、海外からの観光客が増えて応援の統制が取れなくなっている」「(横断幕を掲げた入り口がある)ゴール裏は『聖域』。自分たちが応援してきた場所」と掲出の理由を説明したという。3人は「差別の意図はなく、反省している」とも話したというが、クラブは「総合的にみて差別的行為」と判断したという。【朝日新聞2014年3月14日】
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