ギリシャの危機に思うこと
以前の記事を読み返す時も少なくありません。特に直近の記事は投稿した後、何回か読み直しています。すると言葉が不足している箇所や、このように書けば良かったと思える表現などが目に付きます。前回の記事「ブログでの発言の重さ」も、そのような点がありました。要するに個人の責任で運営しているブログだとは言え、労働組合の委員長という立場を常に意識している点を強調したかった記事内容でした。
そもそも相対的な人事評価によって「成績の悪い職員の2割はクビにしろ」と訴えられても、組合役員の立場として到底容認できるものではありません。100%仮定の話となりますが、万が一、個人的な考え方として、そのような発想を支持していたとしても、ネット上で軽々しく発言できるものでもありません。かなり自由に個人的な思いを発信しているブログですが、組合員との信頼関係を損ねるような先走りには注意している点を「発言の重さ」という表現に託していました。
前置きが長くなると、また論点が分かりづらくなるかも知れませんので、さっそく記事タイトルに掲げたギリシャの危機について触れていきます。ギリシャの債務残高は2010年末時点で3300億ユーロ(約35兆円)とGDP(国内総生産)の1.45倍に達していました。ちなみに日本の借金は2011年度末に1024兆円と見込まれ、危機感を高めなければなりませんが、以前の記事「なるほど、国の借金問題」のとおりギリシャの切迫感とは今のところ切り分けて考えられるようでした。
いずれギリシャは借金を返せなくなるという懸念が強まり、欧州全体の財政・金融危機が叫ばれるようになっていました。ギリシャが破綻すれば、ギリシャ国債を大量に保有する欧州の金融機関が破綻に追い込まれ、欧州各国の国債も一気に信用を失うという危機でした。さらにユーロ不安が世界経済の大混乱を招く恐れもあり、ユーロ圏全体の安定化のためにギリシャの救済に欧州各国が乗り出していました。
各国首脳が夜を徹して話し合った結果、ギリシャ国債を保有する欧州の民間金融機関が5割の債務を棒引きする救済策をまとめ、ギリシャの債務を大幅に削減する見通しを立てました。事実上のデフォルト(債務不履行)だとも言えますが、ギリシャのパパンドレウ首相は「これで来年は国民の肩に新たな借金がのしかからない」と安堵の表情を浮かべたようでした。 一方で、フランスのサルコジ大統領からは「ユーロ加盟を認めたのは誤りだった」という辛辣な言葉も投げかけられていました。
このような支援を受けることになったギリシャ政府は、増税や歳出削減とともに脱税取り締まりの強化などを進めていくこととなっています。緊縮財政策の中味は、公務員3万人の一時帰休、公務員給与の2割引き下げ、高額年金受給者への支給額カット、所得税の課税免除額引き下げなどでした。この関連法案に反対し、キリシャの労働組合は48時間のゼネストに突入し、警官隊と激しく攻め合った大規模なデモが繰り広げられました。
5人に1人が公務員で、50代から年金が支給される制度のあるギリシャに対し、欧州内をはじめ、世界各国から冷ややかな視線が注がれていました。「あまりギリシャ人は働かない」という見られ方があり、ギリシャを寓話『アリとキリギリス』のキリギリスにも例えられがちでした。しかしながら反緊縮のゼネストやデモに立ち上がっているギリシャの人々からは「もう限界だ。さらに財政緊縮が強化されると、生きていけない」という切実な声が訴えられていました。
デモに参加した国営大手電機メーカーの技師の月給は、財政危機が本格化した2009年以降、約1900ユーロだった額が1200ユーロまで引き下げられていました。家賃の安いアパートに引っ越したとは言え400ユーロかかり、食費も月500ユーロ以上かかるため、その技師は子どもに服も買い与えられないと訴えていました。また、高層ビルの危険な職場で働きながら、この月給であり、「ギリシャ人は怠け者という海外の批判は的外れだ」と憤られていました。
年金生活者の受給額は財政危機で月1500ユーロまで引き下げられ、さらに今回の緊縮策で減らされる見通しであり、「ギリシャの年金暮らしは、外国人が思うほど優雅ではない」と反論する声も上がっていました。反緊縮のデモには労働組合員に限らず、生活苦と将来への絶望感を抱いている数多くのギリシャ市民も結集されていたようでした。このような声を耳にしていくと、ギリシャのゼネストなどは追い込まれた労働者がやむにやむれず決起したものであることを感じ取れます。
さらにアテネ在住特派員の有馬めぐむさんの記事「財政危機はなぜ起こったのか?」によれば、閣僚の汚職や特権階級的政治が繰り広げられていたことに対する国民の怒りも理解できます。冒頭に記したとおり私自身が労働組合の役員であるため、ゼネストを打たざるを得なかった側の視点なども含めて概要を綴ってきました。ここまでで充分長い記事となってきましたが、記事タイトルのとおりギリシャの危機に接し、自分なりに思うことを少し付け加えさせていただきます。
これから書き進める内容は、前々回記事 のコメント欄で紹介した「特殊勤務手当の見直し」の中に記していた問題意識に繋がるものでした。まず普通に考えれば、少しでも給料や手当の額は「高いほうが良い」と大多数の方々が望まれているのではないでしょうか。中には報酬よりも「働きがい」や「誇り」を重視される方もいらっしゃるのかも知れませんが、積極的に「少なくて良い」と要求される方は少数だろうと思っています。
組合員の賃金や労働条件の改善をめざすのが、労働組合の本務です。その役割や立場を逸脱し、経営側の視点のみに傾いた賃下げや雇用軽視の姿勢はあり得ません。過酷な労働条件変更の提案を突き付けられた時、労働組合が無抵抗だった場合、組合員から失望されることは必至です。拳を振り上げるべき局面で、拳を振り上げなければ、労働組合の存在意義が厳しく問われることになります。
今回のギリシャのゼネストは当事者の方々にとって、そのような局面だったのだろうと見ています。一方で、労使間での自主的な交渉の幅が持ち得ない局面まで至らせたギリシャ当局の責任も重く、労働組合側も忸怩たる思いを抱いているのではないでしょうか。これまで日本の労使関係の中で、「組合が強くて、改める提案ができなかった」という当局側の言葉を耳にする時がありました。
20年前、10年前であれば、ある程度容認されていた話が時代情勢の変化の中で、批判の対象となる事例が少なくありませんでした。すでに他の団体が改めていた労使確認内容などを改めるタイミングを逸し、一気に表面化した際、強い批判にさらされた労働組合がいくつか頭に思い浮かんでいます。それぞれ「強い」と言われていた組合が多かったようでした。ギリシャの公務員組合も構成員が多いことからも、そのような「強さ」を備えていたのだろうと思います。
いずれしても労使自治が発揮できなくなる事態に追い込まれないよう改めるべき点は改めていくという姿勢は労使双方に求められ、情勢認識を磨く努力も欠かせないものと考えています。その意味で、私的なブログとは言え、たいへん幅広い視点や立場の方々から歯に衣着せぬ意見や批判が伺える場は貴重だと考えています。一つ一つの声に対し、すべて受け入れるような「答え」は前述したとおり難しい現状があります。
しかし、様々な批判の声があることを把握できることは、今後、どのように対応すべきか、組合で議論していく際の判断材料の一つになっていくことは間違いありません。また、「公務員は恵まれている」と思われている方からすれば、組合を抵抗勢力と見ているのでしょうが、組合員の皆さんからは「あまり物分かりの良い組合になって欲しくない」「組合費を払っている分だけ頑張って欲しい」という率直な声が上がりがちな現状も受けとめているところでした。
最後に、「襟を正してきた具体例」という以前の記事の中で、「組合員の目の前の利益を守ることが労働組合の重要な役割であることも間違いありません。しかし、とりまく全体的な情勢を見誤り、時代状況の変化に対応できなかった場合、より大きな組合員の利益を損ねる可能性もあり得ます」と記していました。今回の記事も長くなりましたが、言葉が不足している点なども多いはずです。これからも辛口なコメントが寄せられるのかも知れませんが、ぜひ、思い込みによる決め付けた批判だけは避けて欲しいものと願っています。
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