自治労と当ブログについて
このブログでは自治労に絡んだ話を数多く書いてきました。プロフィール欄にあるとおり自治労に所属している市職員労働組合の執行委員長を務めている関係上、当たり前と言えば当たり前なことでした。インデックス代わりに過去の記事を並べてみようとも考えましたが、かなりの数にのぼるため見送っています。昨年の総選挙戦の前後には「ネガキャンの中の自治労」と「自治労都本部大会で感じたこと」という記事を投稿していました。
自治労そのものを端的に紹介した記事として、「自治労は悪役?」や「もう少し自治労の話」などがありました。そのため、今回の記事で自治労に関する詳しい説明は省きますが、もともと右サイドバーの用語解説リンクから自治労のホームページへ飛べるようになっています。なお、これまで国内最大の産業別組合(産別)と記述してきましたが、現在、その呼称はUIゼンセン同盟に譲っています。
繊維産業にとどまらず、食品流通の分野などにも積極的な組織拡大を進めた結果、UIゼンセン同盟は組合員数100万人を超す産別となっていました。一方、自治労も公共民間や非正規労働者の組織加入を進めてきましたが、職員数削減が行革の柱とされている全国的な潮流の影響は大きく、90万人を割り込んでいました。その点だけは今回の機会に改めて補足させていただきます。
さて、前回の記事「多面的な情報への思い」のコメント欄を通し、とーるさんと意見を交わしている中で私から「自治労が普通ではないという言われ方に対しては、構成員の一人として素直に肯定できない気持ちをご理解いただければ幸いです」とお答えしていました。それに対して、とーるさんからは次のような問いかけが示されていました。
自治労の主張とOTSUさんの意見は違うけれども、自治労の意見を「異常だとは思っていない」。平和行進・人間の鎖の目的意識は「PR」である。従って行進することに意義があるのではなく、人目に付くことを行うことが目的である。なにより上の方で決めたことなので一労組単位では止めるのは無理。んで、まあ一応理屈はあるので惰性で流されてます、と。
ということなので、要するに右翼団体が「宣伝カー」を走らせたり、市役所の前でがなり立てるのと同じだと理解したのですが、その活動とこの平和行進や人間の鎖と、普通の人が見ている目は「一緒」ではないかと思うんですよね。人目を引いたとして、そのやり方が「賛同」は得られるのか、と。そこで「PR=賛同」と自治労が考えるならそれはやっぱり「普通」ではないな、と思います。
沖縄平和行進や普天間基地包囲行動に自治労組合員が参加することについて、様々な評価があることを承知しています。そのことへの率直な問いかけでもあったため、とーるさんへ「少し時間が取れる土曜か日曜に改めてレスさせていただきます」と答えていました。また、機会があれば、じっくり記事本文で取り上げるべき重たいテーマだとも感じていたため、今回、上記のコメントに答えるかたちで私なりの問題意識を綴らせていただきます。
まず自治労の主張と私自身の意見が違うというご指摘ですが、広義な方向性に齟齬があるとは思っていません。とは言え、このブログが自治労のプロパガンダを目的に開設した訳ではありませんので、個別のテーマや運動の進め方について異論を唱えてきたことも少なくありません。なお、このような点は通常の組織でも当たり前なことであり、逆に組織の方針一言一句を一切批判できないようであれば非常に問題ではないでしょうか。
その常識的な範囲内で当ブログを通し、これまで様々な課題に対して個人的な見解を発信してきています。ただネット上の単なる愚痴や陰口とならないためにも、実際の機関会議の場などでも同じ趣旨の発言を行なうように心がけてきました。さらに言うまでもありませんが、仮に総論的な方向性や課題の大半が共感できなかった場合、ここまで長く自治労に属している組合の役員を続けてこなかったものと思います。
例えが適切であるのかどうか分かりませんが、仙谷由人国家戦略担当大臣は自治労組織内の協力国会議員団の団長を務めています。前原国交大臣とのつながりの深さなどから見れば、仙谷大臣と自治労との関係性に疑問を持たれる方もいらっしゃるかも知れません。それでも前述したような範疇で一致点が見出せる限り、違和感のない信頼関係が維持できていることも不思議ではありません。
このように考えていましたので、自治労が「普通ではない」と言われれば、やはり一言申し上げなければなりませんでした。その上で、具体的な沖縄での普天間基地包囲行動などへの評価ですが、反対の声がこれほど強いという直接的なアピールとなっていることは間違いありません。合わせて、沖縄県外から多くの支援者がその行動に参加することについて、地元の皆さんが心から歓迎している構図も明らかでした。
つまり私自身は都合がつかず、現地に足を運んでいませんが、平和行進などの行動そのものを否定する立場ではありません。特に今回、普天間基地の問題が大きな焦点となっている中、例年以上に意義深い行動だったものと思います。ただ常々、気にかけている点として、このような行動が年間行事として恒例化し、取り組むこと自体が目的化しているような見られ方には注意を払う必要性を痛感しているところです。
貴重な組合費から多額な旅費を支出するのですから、その意義などを組合員の皆さんに伝え、理解を求めていくことは言うまでもありません。また、仕事を休んで参加する場合があるため、それぞれの職場の事情などにも配慮した上で派遣するメンバーを決めなければなりません。組合役員が参加する場合は、他の任務との優先順位なども考慮し、待ったなしの職場課題への支障が出るようでは問題です。
続いて少し広い意味合いで、あくまでも包囲行動などは手段であり、目的化してはならないものと考えている点について個人的な意見を述べさせていただきます。一連の反対行動を通し、沖縄の強烈な民意は全国民に伝わっているはずです。しかし、残念ながら鳩山政権は辺野古への移設を選択しています。結局、どのように盛り上がった反対運動でも、政府の判断を覆せるケースは皆無に近い現実があります。
政府の判断を左右できる可能性として、もちろん反対の声が強いというアピールも欠かせません。しかし、それだけでは不充分であり、現実的かつ具体的な対案の設定とその説明力が重要であり、同時に意思決定の鍵を握る人物との交渉力が求められているものと思っています。今回の問題で、鳩山首相が強い批判の矢面に立たされるのは仕方ありません。その一方で、罷免されたことを誇らしげに語るような社民党の福島党首の姿勢にも正直なところ違和感をおぼえていました。
政治家の言葉が重いことは確かですが、結果に責任を持つ重さもそれ以上ではないでしょうか。与党の一員として結果を出せなかった責任は、福島党首自身の力量不足も省みなければならないはずです。「これだけ私たちは反対した」という事実よりも、より民意にそった結果を出せたかどうかが、とりわけ政治家には強く求められている責務だろうと思っています。このような思いも運動を目的化してはならないという問題意識につながっていました。
とーるさんからの問いかけに対する答えが横道にそれがちで恐縮です。いずれにしても現在の自治労本部や平和フォーラムの役員の皆さんも、このような点は重々承知の上で様々な運動を提起しているものと受けとめています。やはり結果は出せていませんが、包囲行動の成功などは政府や与党への要請行動の際、訴えていく言葉に大きな重みを与えていたことも確かだろうと見ています。
回りくどい言い方となってきましたが、「上の方で決めたことなので一労組単位では止めるのは無理。んで、まあ一応理屈はあるので惰性で流されてます」という消極的な意味合いではなく、それぞれの組合が背伸びしない範囲内であれば、可能な限り関わっていくべき運動領域の一つだと考えています。右翼団体の街宣と比べられるのも心外ですが、平和行進などは必ず道路使用許可申請を行ない、あくまでも「表現の自由」の一環で認められた合法行為であることを強調させていただきます。
ちなみに右翼の街宣も所定の手続きを行ない、名誉毀損や騒音などの問題が生じない限り、やはり「表現の自由」が適用されるものと思っていますが…。なお、「普通の人が見ている目」に関する話ですが、この場合、「普通の人」の範囲の問題が残り、かなり主観的なとらえ方のようにも感じています。この点も含め、今回の記事内容全体を通し、とーるさんと私自身の見方の違いは大きいはずです。
今回も長い記事となっているため、そろそろまとめに入らなければなりません。自治労の主張と私自身の意見との整合性の問題でしたが、タイトルは「自治労と当ブログについて」とし、もう少し話題を広げるつもりでした。結局、それほど脱線することもなく、とーるさんの率直な問いかけに対して、私はこのように考えている、という内容を綴ってきました。後はオーディエンス、閲覧されている皆さんがどのように感じられるか、多面的なご意見を伺いたいものと願っているところです。
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