改めて高市総理に願うこと
前回記事「時事の話題から雑談放談」の中でも高市早苗総理に関わる話が中心となっていました。振り返れば21年目を迎える当ブログは、これまで小泉純一郎元総理を皮切りに現職の総理大臣に対する批評を頻繁に取り上げてきました。
国民に対して最も重い責任を負い、強大な権限を持たれている立場であるため、必然的に注目度が高まり、要望したいことや批判すべき点を書き連ねてしまいます。民主党政権時代も、鳩山由紀夫元総理や菅直人元総理らに対し、その時々に率直な注文を付けていました。
今年4月には「高市総理に願うこと」という記事を投稿しています。その時の記事に限らず「批判ありき」ではなく、何が問題なのか、具体的な事例を示しながら私自身の考え方を記しています。高市総理を支持されている方々にとって、不愉快に思われる記述が多いかも知れません。
それでも多面的な情報を提供する場として、一人でも多くの方に「このような見方もあったのか」と思っていただけるような言葉や情報の発信を重ねています。今回の記事も、そのような点を意識しながら改めて高市総理に願うことを書き進めていくつもりです。
コロナ禍の時、私たちの生活は数々の自粛を求められ、平穏な日常から遠ざかった日々を強いられていました。新型コロナウイルスの脅威に直面した当初、安倍晋三元総理が全国の小中高校などを一斉休校するよう要請し、学校現場や保護者らは戸惑いました。
昨年3月に投稿した記事「『機械仕掛けの太陽』からコロナ禍を回顧」の中で、新型コロナウイルスは子どもの間では比較的伝播しにくいというデータがあったため、全国で休校を行なうという判断が正しかったのかどうか、そのような見方を紹介しています。
安倍元総理が医学の専門家の意見をあまり聞かず、側近である官邸官僚の声に左右されがちだったことも伝えています。布マスクを全世帯に2枚配布する施策も「国民の不安はパッと消えます」という官邸官僚の発案でした。
その後もコロナ禍は長く続き、安倍元総理の後を継いだ菅義偉元総理の時には緊急事態宣言が繰り返し発出されています。納得感の乏しい唐突な宣言も目立ち始め、政治家の「やってる感」のための自粛要請のように見受けられがちでした。このブログでは次のように訴え、社会生活を過度に制約する政治判断を疑問視していました。
ロックダウンや緊急事態宣言は避けながら「新たな日常」のもとに経済を静かに回す、このような発想が必要だったように考えています。例えれば「エンジンブレーキ」です。アクセルは踏まず、車を止めないけれども、ゆっくり走行していくという発想が望ましかったのではないでしょうか。
この当時の問題意識に照らせば、イラン情勢を受けた現状に際し、経済や社会生活を止めないという高市総理の政治判断を支持しなければなりません。前述したとおり「批判ありき」としないため、現段階では高市総理の判断を信じ、穏当な結果に行き着くことを願っている立場です。
ちなみに朝日新聞は『ナフサ供給に広がる不安 後手に回らず節約要請を始める時だ』という社説のとおり節約すべきという主張を展開し、高市総理の判断を批判しています。「ナフサは足りている」と考えられている方々からすれば、この朝日新聞の社説やTBSの報道番組は徹底的に叩くべき偏向報道だと見なされているようです。
続いて別な話題となります。先日『高市首相がイラン大統領と電話会談、米国への歩み寄り促す…「最大限の柔軟性発揮を」』という報道に接しています。高市総理はイランのペゼシュキアン大統領に対し、アメリカとの戦闘終結に向けた合意が「一日も早く得られることを強く期待している」と伝えていました。
さらに「この機会をしっかり捉え、最大限の柔軟性を発揮」するよう求め、アメリカへの歩み寄りをペゼシュキアン大統領に促したことも明らかになっています。戦争を終わらせるための高市総理の外交努力には敬意を表さなければなりません。
ただアメリカのトランプ大統領に対しても、同じように「最大限の柔軟性を発揮」するよう求めていかなければ不充分さが否めないように思っています。これまでの日本とイランとの伝統的友好関係があるため、ペゼシュキアン大統領が電話会談に応じられているのであれば、そのような役割を高市総理に願っているのではないでしょうか。
イランに対してだけ譲歩を迫る姿勢は、公平さや公正さが問われ、これまで築いてきた友好関係や信頼関係を毀損することにつながりかねません。ぜひ、高市総理はトランプ大統領との個人的な信頼関係を活かし、アメリカ側にも戦闘終結を促す言葉を伝えて欲しいものと願っています。両国に働きかける外交努力こそ、国際社会から高く評価されていく振る舞い方であるはずです。
ここ数日、文春オンラインの記事『中傷動画に「週刊誌の記事が証拠でございますか」と反論…「サナエトークン」問題と「ネガキャン動画」疑惑で露呈した、高市首相の致命的な弱さ』が伝えるような問題で、国会での審議は紛糾しています。この問題で質問を受けた高市総理は「秘書を信じる」「私を批判する週刊誌の有料会員になりたくない」などと論点を外した答弁に終始していました。
昨日の参院予算委員会では、自治労組織内議員の岸真紀子さんが高市総理に質問しています。中傷動画に関わる公開音声を聞いた高市総理は「秘書かどうか判断難しい」と答えています。岸さんのフェィスブックには「選挙という民主主義の根幹に影響している問題だから聞いているのですが…恫喝のような答弁でした」と記されています。
高市総理は感情を露わにしながら「週刊誌が正しく、私の答弁が間違っていると印象操作している。たいへん心外だ」と反論していました。高市内閣の支持率は高水準を維持しているため「このような問題で国会審議の時間をさくべきではない」と攻める野党側を批判する声も少なくありません。
しかしながら弁護士の郷原信郎さんの『高市陣営「中傷動画」問題、犯罪成立の可能性を徹底検証する』という論評のような問題が見受けられる中、疑惑を解明する責任と役割は高市総理側が負っているはずです。道義的な問題にとどまらず、違法性が問われている疑惑に対し、本人の言葉だけで許されてしまう事案は皆無に近いのではないでしょうか。
ぜひ、高市総理には、この問題を解決するため、誠実に対応して欲しいと願うばかりです。疑惑が晴れて、濡れ衣だった場合、攻めた野党側をはじめ、とりわけ文春側は大きな責任が免れません。逆に事実だった場合、高市総理側の真摯な責任の処し方が求められていくことになります。
もう少し続けます。ディリー新潮の記事『「カルビー白黒印刷は売名」発言の“犯人探し”が… 「官邸は言論統制、恐怖支配の異様な状況にある」』も高市総理のトップリーダーとしての資質を問う内容です。「高市首相は自身に異論を唱える人物を許しません。最近では、議案の扱いなどで意見が食い違った浜田靖一氏を衆院議運委員長から更迭したのがいい例です」という話などを伝えています。
伝えている事例が本当のことであれば絶対上司になって欲しくないタイプです。少し前、もっと驚くべき事例にも接していました。ブックマークしているジャーナリストの鮫島浩さんの『政府専用機「高市首相の激高」リークが映す麻生支配の深層』という記事の中で、次のような出来事を伝えていました。
高市首相はベトナムとオーストラリアを歴訪。その帰路、政府専用機で接客を担当した女性自衛官が「総理、オーストラリアでコアラをご覧になりましたか?」と和やかに話しかけたところ、高市氏は突然、怒声を浴びせたという。
「私は遊びに行ってるんとちゃうねん!」女性自衛官は謝罪したが、高市氏の怒りは収まらず、機内は重苦しい空気に包まれた。そして帰国後、その女性自衛官は政府専用機任務から外れた――という内容だ。
もちろん、この話の真偽は確認されていない。内閣広報室も「そのような事実はない」と全面否定している。しかし、ここで重要なのは「事件があったかどうか」だけではない。政局的により重大なのは、こうした極めて限定的な空間での出来事が、なぜ外部へ漏れたのか、という点である。
その後、NEWSポストセブンも『【高市首相「コアラ事件」の内幕】女性自衛官に巻き舌で「遊びに来てるわけちゃうねん!」とブチ切れ、内閣広報室のアカウントが火消し ピリつく背景には“義理の孫の中国留学”も』という記事を発信していますので、まったくの捏造という訳ではないのだろうと推測しています。
もし事実であれば痛烈なハラスメント案件であり、女性自衛官のメンタルケアが欠かせないように思っています。火のない所に煙は立たないという言葉があります。ぜひ、高市総理には、このようなパワハラに当たる話が疑われないよう日頃から側近や部下に対し、節度ある態度や距離感を意識して欲しいものと願っています。


最近のコメント