2026年4月11日 (土)

高市総理に願うこと

前回記事「新年度に入り、多忙な日々」の冒頭でも、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃に関わる緊迫した情勢について触れていました。何とか2週間の停戦が合意され、とりあえず安堵したところですが、次のような報道のとおり予断を許さない緊張状態が続いています。

米国とイランの戦闘終結に向けた協議が11日、仲介国パキスタンの首都イスラマバードで開かれる。トランプ米大統領が停戦の条件としたホルムズ海峡の即時開放が実現しない中、事態打開に向けて双方が歩み寄れるかが焦点となる。イランはレバノンが停戦対象から除外されているのは合意違反だと反発しており、予定通りに協議が開催されるか予断を許さない状態だ。

米国はバンス副大統領が代表団を率い、スティーブン・ウィトコフ中東担当特使、トランプ氏の娘婿ジャレッド・クシュナー氏が参加する。イランはモハンマドバゲル・ガリバフ国会議長、アッバス・アラグチ外相らの出席が見込まれる。米側は協議が現地時間11日午前に開始予定と説明している。

米国とイランで合意した2週間の停戦は、双方の主張が食い違い、揺らいでいる。停戦合意がレバノンに適用されるかどうかを巡り、「含まれない」と主張する米イスラエルに対し、イラン側は合意違反と反発。ホルムズ海峡の「再封鎖」に言及するなど揺さぶりをかけている。協議では停戦の認識をすりあわせ、着実な履行に向けた方策を話し合うとみられる。

米側は敵対関係を終わらせるための包括的な合意を目指している。最大の要求はイランの核開発計画の放棄だ。第1次トランプ政権は2018年、イランの核開発を制限する合意から一方的に離脱した。今回はそれに替わる、より強力な合意を交わしたい考えで、ウラン濃縮の完全停止や核施設の解体などを要求しているとされる。

イランが事実上封鎖しているホルムズ海峡の扱いも議論される見通しだ。トランプ氏は9日、自身のSNSで、封鎖状態が続く海峡について「我々の合意とは違う」と不満を示した。イランが船舶から通航料金を徴収している「報道」があるとし、「あってはならないし、もしそうなら今すぐやめるべきだ」と主張した。【読売新聞2026年4月10日

今回の記事タイトルは「高市総理に願うこと」としていますが、イラン情勢を巡る問題は極めて密接な事例として取り上げていくことになります。少し前の記事「高市総理のカタログギフトの問題」で伝えているとおり当ブログでは「誰が」ではなく、「何が」問題なのか、具体的な言動や事例を指摘した上で「批判ありき」ではない丁寧な説明を加えていくように心がけています。

例えば、このブログでは安倍元総理に対する批判的な論評を数多く投稿してきています。それでも率直に評価すべき点は肯定的に綴っていました。より望ましい「答え」を見出すためには「誰が」に重きを置かず、二項対立的な発想は避けるべきものと考えているからでした。

2月に投稿した記事「36年ぶりの真冬の総選挙 」の中では「総理の座に返り咲いた第2次政権以降、安倍元総理は中国との関係をそれまでよりも柔軟な対応ぶりに変えていたように受けとめています」と評価し、中国に対しては頑なな姿勢を貫きがちな高市総理との違いを記していました。

2019年6月、 トランプ大統領の要請を受け、安倍元総理は緊迫するアメリカとイランとの関係の仲介役としてイランを訪問しています。現職の総理大臣としては1978年の福田赳夫元総理以来41年ぶりで、1979年のイラン革命後は初めてのことでした。日本とイランとの伝統的友好関係を活かし、緊張緩和と武力衝突回避をめざした訪問でした。

今回、パキスタンが仲介役として2週間の停戦合意などに尽力しています。『「日本の船舶はホルムズ海峡を通過させるよう調整」イラン駐日大使が語る―戦争を終わらせるために友好国・日本に求めること』(読売テレビ)という報道のとおり本来であれば、1953年の「日章丸事件以降イランと友好関係を築いてきた日本ならではの役割を発揮して欲しいところでした。

高市総理が安倍元総理を信奉されていることは有名な話ですが、決定的に異なる資質が浮かび上がりつつあります。ディリー新潮の『高市首相と「安倍元首相の側近」大ゲンカが勃発! 官邸の内幕をレポート「秘書官たちは、総理を支える気がなくなっている」』という見出しの記事の内容が衝撃的です。

側近とは内閣官房参与の今井尚哉氏のことです。経産省出身の今井氏は安倍元総理の懐刀として知られ、総理秘書官や総理補佐官を歴任し、内政のみならず外交の重要政策にも関与して「影の総理」と評されてきました。

その記事の中で、先月の日米首脳会談を前に高市総理がトランプ大統領への手土産として、ホルムズ海峡に自衛隊派遣を行なう腹積もりだったことを伝えています。それを知った今井氏が総理執務室に怒鳴り込んで猛反対し、激論の末に派遣は見送られていました。この結果に高市総理は恨み節を吐き「つらい」と弱音を漏らしながら退陣をほのめかしたことまで記されています

これまでも今井氏は高市総理に対し、昨年秋の台湾有事を巡る存立危機事態の総理答弁の明確な軌道修正を求め、アメリカによるイラン攻撃が発生した直後には首都テヘランに特使を派遣して親書を渡すよう進言してきたそうです。しかし、高市総理から一切無視されていることを今井氏は嘆かれていました。

安倍政権時代から一貫して今井氏は自らの意見をハッキリ主張し、政策判断に関与するタイプの人物だったそうです。安倍元総理は聞く耳を持っていましたが、高市総理は強い意見をぶつけてくる人物を好まず、ことごとく今井氏の進言を黙殺し、邪険に扱ってきているようです。その記事では、秘書官ら官邸官僚とまったく会話がないことも伝えています。

FRIDAYデジタルには『”令和の女帝” 高市早苗首相  ″能面の笑顔″に隠された「不安と孤独」』という見出しの記事がありました。高市総理が同僚議員や官僚とあまり交流、話さないのは自身の能力や知識レベルを知られることを懸念しているのではないかという辛辣な見られ方もささやかれ始めています。

より望ましい「答え」を見出すためには幅広い情報や考え方に触れていくことが欠かせません。そのような意味で、高市総理には今井氏の進言や部下である秘書官らの声にも率直に耳を傾けて欲しいものです。2年前の記事「総理をめざす政治家に望むこと」の最後には次のように記していました。

総理をめざす政治家に対し、「あらゆる人を “敵” と “味方” に分断する政治」とは真逆な政治的な姿勢や立場性を望んでいます。寛容さであり、包摂さです。自分自身の「答え」の正しさに自信を持っていたとしても、異なる考え方や立場も認め合いながら、最適な「答え」を見出す努力を尽くして欲しいものと願っています。

今回、自衛隊のホルムズ海峡への派遣を見送った判断は妥当だったはずです。日本のトップリーダーに上り詰め、衆院選挙に大勝した高市総理に直接苦言を呈せる人物は希少化しています。したがって、今井氏が内閣官房参与を更迭されないよう願わざるを得ません。

長い記事になっていますが、もう一つ、高市総理に願うことを書き添えなければなりません。正直であって欲しいという当たり前な願いです。高市総理は総務大臣時代「私の放送法に関する発言が事実だった場合は議員を辞める」と述べながら事実を裏付ける公文書が見つかると、その文書は「捏造」だと決め付けていました。

高市総理の「捏造」という見方を支持された方々も皆無ではなかったようですが、つい最近、既視感のある報道に接しています。高市総理はXで「参議院予算委員会の集中審議に応じない意向を示していた」と伝えられていたことなどを「事実とまったく異なる報道が増え過ぎている」と批判していました。

ただ関与を否定している「サナエトークン」の問題をはじめ、高市総理は一方通行となるXでの情報発信にとどめ、記者会見を開くなどして公に説明を行なう場は設けていません。高市総理が一貫して正直に事実関係を説明しているのであれば、このように疑惑の目を向けてしまうことは甚だ失礼なことだと猛省しなければなりません。

しかし、最近の報道全般に言えることですが、火のない所に煙は立たないという言葉があります。さらに朝日新聞の記者だった政治ジャーナリストの鮫島浩さんのブログ『高市首相、SNSでブチギレ!でも本当にヤバい報道はスルーした理由』に綴られている「反論できる案件だけを選んで否定」という見方のとおりだとも言えます。

紹介した鮫島さんのブログの最後に「高市政権は、総選挙で大勝し、高い支持率を維持している。外から見れば盤石に映る。しかし、その内実では、党内の不満や官邸内の緊張が蓄積しているとの指摘も少なくない」と書かれています。そのような現状だったとしても、高市総理がトップリーダーである限り、最適な「答え」を出し続けて欲しいものと願っています。

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2026年4月 4日 (土)

新年度に入り、多忙な日々

数日前、トランプ大統領のアメリカ国民向けの演説がイラン攻撃の終息に向かうメッセージであることを期待しました。しかし、極めて残念ながら「イランを石器時代へと逆戻りさせる」という言葉があるように戦闘終結の道筋や時期は明示されず、ますますイランとの戦争は激化する様相です。

大地震や感染症など自然界の脅威は人間の「意思」で抑え込めませんが、戦争は人間の「意思」によって抑え込めるはずです。その「意思」決定に対して強大な権限を持つ究極のトップリーダー「私に国際法は不要」と語るトランプ大統領であることは痛恨の極みだと言わざるを得ません。

ホルムズ海峡の事実上の封鎖による原油輸入停滞の長期化は、私たちの生活に直結する深刻な問題です。今後、節電や節約が求められていくことも考えられます。韓国では車両使用の規制が強まっています。私自身、自家用車で通勤し、市役所から徒歩10分弱の有料駐車場を利用しています。

これまで週4日勤務だったため駐車場の定期券は購入していませんでした。前々回記事「2026年の春闘期、気ままに思うこと」の中で伝えていたとおり4月から週5日勤務に変わっています。この機会に定期券を購入したところですが、自家用車の使用が制限されてしまうと手痛い出費となる最悪なタイミングでの切り替えだったことになります。

このような個人的な事情の話はともかく、武力での応酬が続くことによって、これからも多くの尊い人命が失われていくことに心を痛めています。中東やウクライナでの戦争をはじめ、あらゆる地域での戦火が消えることを願ってやみません。さらに本来であればイランと伝統的友好関係を築いてきた日本ならではの役割を発揮して欲しいところです。

昨年4月の「これからも『公務員のためいき』」という記事の中で、フルタイム再任用として務めていた収納課を離れ、くらし相談課に異動し、おくやみコーナーを担当することになったという近況を伝えていました。新年度に入り、くらし相談課のままですが、おくやみコーナーの担当を外れています。

今年4月1日から終活相談とともに「おくやみ・終活あんしん窓口」とし、業務を行政書士会様に委託しています。前担当者の立場から行政書士の皆さんへの業務引き継ぎにあたりながら、自分自身の新たな任務における事務等を覚えていかなければなりません。

同じ課に所属していましたが、これまで1階と3階に分かれていたため、市民相談を中心とした業務にはまったく関わっていませんでした。机の移動も含め、任務内容がガラッと変わり、実質的には2年続けて人事異動したことになります。

使用するパソコンも変わり、初期設定等が必要とされています。初期設定用の手順やパスワードが頭に入っている訳ではなく、なかなか時間を取られる時があります。おくやみコーナーの業務は来庁者や電話がかかってくる数に大きな波があり、不急な事務作業や資料作成等にあてられる時間が日常的にありました。

4月1日と2日、久しぶりに一瞬も息つく暇のない忙しさに追われました。あっという間に正午、あっという間に午後5時という肌感覚でした。退勤時間は5時15分から5時に変わっていましたが、両日とも5時30分頃まで自席から離れることはできませんでした。

2日の夜は執行委員会にも出席しています。前回記事「労使の信頼関係について思うこと、2026年春」の最後に記していた宿題、労使関係に関する執行委員会用の資料は無事提出できました。箇条書きにした事項を参考までに紹介します。

  1. 労使対等原則のもと労働条件の問題は労使対等な立場で協議する。
  2. 労働条件の変更を伴う事項については従前通り事前協議し、合意に至らなければ一方的に実施しない。
  3. 労使の信頼関係のもと充分な協議期間を保障する。
  4. 組織改正そのものは管理運営事項だが、改正に伴う職員配置の変更は労使協議の対象とする。
  5. 行政改革に絡む計画策定やその実施に関しては当局責任の範疇となるが、それぞれの施設や事業に携わっている職員の働き方に影響を与える変更の場合、従前通り労使協議の対象とする。
  6. 人事そのものは当局のみの責任事項であるが、賃金水準に直結する人事制度や給与制度の問題は労使協議の対象とする。
  7. 職員採用に関しては当局責任の範疇であるが、欠員問題等に関わる場合、必要に応じて組合に情報提供する。
  8. 職員の安全衛生は労使の課題とし、安全衛生委員会等を通して必要な協議を進める。
  9. ハラスメント防止に向け、対策委員会の活動が中心となるが、必要に応じて労使で情報交換等に努める。
  10. 確認した事項は文書に残し、労組法上の法的拘束力がなくても信頼関係に基づき労使双方が誠実に履行する。
  11. 信頼関係を維持するためには「約束したことは守る」という土台が欠かせず、労使合意した後、著しい状況変化がない中で合意内容を覆すような対応は慎む。
  12. 約束が守れない場合、変更しなければならない場合、相手方に事情を丁寧に説明し、納得を得られるように努力する。
  13. これまでの労使確認や労使慣行から外れる可能性のある新たな案件の取扱いについては事前に協議する。
  14. 情勢の変化等によって、これまで労使協議の対象だった事項の取扱いを変える場合、対象としないという事情や理由を組合側に説明した上で同意を求める。
  15. 労使の信頼関係を維持する上で何か疑義が生じた場合、すみやかに指摘し、指摘を受けた側は真摯に対応し、お互いが納得できる対応をはかっていく。

それぞれの項目について、具体的な事例等も示しながら私から説明を加えています。今回の新規記事のタイトルは「新年度に入り、多忙な日々」という近況報告を中心としていますので、その説明内容等に関わる話は機会を見ながら次回以降の記事で取り上げていければと考えています。

3日金曜日も同じように忙しく、積み残した仕事を翌週に送らざるを得ませんでした。ただ初めて5時を過ぎ、すぐ席を離れています。午後6時30分から組合主催の新人歓迎会があり、組合関係者は早めに会場に向かう必要があったからでした。

ブログを開設した翌年4月に「新入職員の皆さんへ」という記事を投稿していました。その後「新入職員の皆さんへ 2014」「新入職員の皆さんへ 2017」「新入職員の皆さんへ 2019」という記事があります。コロナ禍となった2020年の歓迎会は中止し、再開後は委員長を退任していたため、今回7年ぶりに特別執行委員の立場で参加しています。

参加者は全体で60名ほどでした。市長にも来賓として開会から最後の記念写真まで参加いただきました。市長のご挨拶の中では組合の役割の大切さについて触れていただき、参加された新人の皆さんに向けて説得力のある言葉になっていたのではないでしょうか。

両隣同士で会話を弾ます趣向として、テーブルの右隣の方を他己紹介していく時間がありました。私の右隣は市長でした。市長の趣味がオペラ鑑賞やツーリングであることを紹介し、奥様がオペラ歌手で、その奥様が250㏄ほどのバイクを乗りこなしていた姿を以前拝見した話などにつなげさせていただきました。

たいへん盛り上がった新人歓迎会が終わった後、執行委員二人と近くの居酒屋に立ち寄っています。どうしたら執行委員の担い手を広げられるかどうかなど、この場もたいへん盛り上がりました。多忙だった日々の最後、タクシーで帰宅しています。レシートの時間は「23:32」、かろうじて金曜の夜のうちに帰れていました。

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2026年3月28日 (土)

労使の信頼関係について思うこと、2026年春

今回の記事も長くなりそうですので、時事の話題等には触れず、すぐ本題に入ります。前回記事「2026年の春闘期、気ままに思うこと」の最後のほうで、市側に最も伝えたかったのは「省みることは省みながら労使の信頼関係が損なわれないよう努めていく考えです」という言葉だったことを記していました。

労働組合という組織に限らず、誰もが日常の中で間違ったことはしていないと考えているはずです。そのため、正しいと認識していた「答え」が間違っていると指摘を受けた時、反発してしまうこともあるかも知れません。もし厳しい言葉でのやり取りになった場合、感情的な応酬につながる恐れもあります。

したがって、自らの「答え」に誤りがあるかも知れないと考え、指摘を受けた時、謙虚な姿勢で省みていくことが重要です。その結果、誤りがあれば率直に反省し、すみやかに改めていくことが欠かせません。ただ自分自身の「答え」に誤りが確認できなければ、そのことを指摘された側に説明していくことも必要です。

信頼関係を維持していくためには、このような当たり前な関係が大切だろうと思っています。すると奇遇にも数日前、プレジデントオンラインの『怒鳴ってきた相手が一瞬で大人しくなる…仕事ができる人が"厄介な反対勢力"を手懐ける「戦略的なひと言」』という見出しの記事を目にしていました。

仕事ができる人は、相手に対して「これをやらないと、こういう事態になってしまうと私は思っているんです」と冷静に伝えることで、相手の認識が変わる可能性について書かれていました。知らなかった新情報を教え合うことで、相手に対して抱いていた対立心も和らいでいくという説明の後には次のように記されています。

どちらにしても、自分が相手と対立しているのには理由があり、無意味に感情的になっているわけではないことを伝えることができます。一番いけないのは、言わないことです。自分が考えていることを相手に伝えず、相手に漠然とした嫌悪感を抱くことです。

このような心得について共感しています。指摘すること、説明すること、対話していくことの大切さに思いを巡らしています。私どもの労使関係の現状が対立気味というものではありませんが、執行委員長を退任した翌年、3年前の6月に労使の信頼関係について思うこと」という記事を投稿していました。

今回、その記事の続きにあたる内容としてタイトルに「2026年春」を付けて書き進めています。労使のOBが懇親の場を持つことになったエピソードなどについて、興味を持たれた方はリンク先の記事をご参照ください。ここでは労使関係に関わる法的な位置付けなどに絞って再掲します。

団体交渉は憲法第28条及び労働組合法第6条に定められた労働組合の権利であり、正当な団体交渉の要求を使用者側は拒否できません。私どもの組合は厳密にとらえれば職員団体で、協約締結権が認められていません。

労組法に照らして一定の制約のある組合ですが、これまで労働組合としての正当性について市側から疑義を示されたことはありません。このような労使関係の出発点となる信頼関係があり、そのことから派生する重要な確認事項がいくつかあります。

労働条件の問題は労使対等な立場で協議し、合意に至らなければ一方的に実施しないという原則です。このことについてはブログを開設した頃の記事「なぜ、労使対等なのか?」をはじめ、「労使交渉への思い」や「組合は必要、ともに考え、ともに力を出し合いましょう!」などを通して詳述しています。

事前協議の原則は、民間委託や指定管理者制度など行政のアウトソーシングに関しても同じように対応しています。5年前には組合からの要請書に対する文書回答で、行革計画の中で「労働条件の変更を伴う事項については、従前と変わらず事前協議していく」「労使の信頼関係を損ねないように取り組んでいく」ことを改めて確認していました。

かつて市議会の委員会で「行革課題を進める上で組合との協議が必要なのか?」という質問がありました。このような質問に対し、当時の副市長は「労働条件の変更が伴う場合、労使協議は必要」と答弁しています。その時の副市長が今回の会食に参加された懐かしいメンバーのお一人でした。

労使関係に関わらず、信頼関係を維持するためには「約束したことは守る」という土台が欠かせません。約束が守れない場合、変更しなければならない場合、相手方に事情を丁寧に説明し、納得を得られるように努力しなければなりません。

労使協議の対象とすべきかどうかなど、もしかすると情勢の変化によって変わる場合もあり得るのかも知れません。しかし、これまで労使協議の対象だった事項の取扱いを変えるのであれば、対象としないという事情や理由を組合側に理解を求め、同意を得ることから始める必要があります。

労使対等の原則について少し補足します。労使交渉に限らず、それぞれ考え方や立場の異なる者同士が話し合って一つの結論を出す際、難航する場合が多くなります。両者の力関係が極端に偏っていた場合、相手側の反論は無視され、結論が押し付けられかねません。そのようなケースは命令と服従という従属的な関係に過ぎず、対等な交渉とは呼べなくなります。

その意味で労使対等の原則は非常に重要であり、労使交渉の場では対等に物申すことができ、労使合意がなければ労働条件の問題は市側の思惑で一方的に変更できないようになっています。ただお互いの主張から一歩も踏み出せないようであれば交渉は成り立ちません。お互いの主張に耳を傾け、労使双方が決断を模索し、納得できる解決策を見出す努力も心がけていかなければなりません。

私の委員長時代の反省点があります。労使交渉を通して決めた事項について、押印を交わした文書を逐次残していませんでした。3年前に就任された市長と直接お話する機会があった時、そのことについて不思議がられてしまいました。もちろん団体交渉の議事録は残り、組合側は組合員に向けてニュース等で労使確認した内容を伝えています。

ちなみに口約束でも当事者の意思表示が合致すれば民法上有効な契約として成立します。そもそも法的拘束力がない中、取り交わした文書内容の履行も信頼関係が前提となります。このような考え方があり、労使確認に関わる文書の少ない事情を市長に説明させていただきました。とは言え、交渉当事者が変わっていくことを踏まえれば、重要な労使確認事項は文書として残していくべきものだったと反省しています。

実は次回の執行委員会に向け、労使関係に関わる資料をまとめる宿題を引き受けています。今回のブログ記事は、その資料を想定しながら書き進めていました。結局のところ以前の記事内容の紹介がメインとなっていますので、木曜の執行委員会に提出する内容は改めて白紙から手がけていくことになりそうです(😞)。

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2026年3月21日 (土)

2026年の春闘期、気ままに思うこと

6回目となるWBC、日本は初めて準決勝に進めませんでした。三冠王でベストナインに選出された大谷選手は、優勝したベネズエラとの試合でも先頭打者ホームランを打つなど活躍しています。まさかの準々決勝での敗退、特に決勝の水曜は週休日でリアルタイムで応援できる絶好の日程だったため重ねて残念なことでした。

4月以降も市役所で働き続けられますが、週4日勤務から週5日勤務に変わります。したがって、その日はラス前の水曜週休日でした。前回記事「『自治体は何のためにあるのか』を読み終えて」でお伝えした季刊誌「とうきょうの自治」の原稿をまとめ、昼過ぎにメールで入稿しています。やはり1300字程度に絞りこむ作業には苦労しました

その日のニュース番組は春闘の集中回答日であることを伝えていました。自動車や電機などの大手企業が労働組合の要求に回答を示しています。物価上昇や人手不足を背景に組合側は昨年に続き高い水準の賃上げを求め、企業側からは基本給を底上げするベースアップを含めて満額回答が相次いでいました。この後、中小企業の労使交渉が本格化します。

公務員の賃金交渉は8月に人事院勧告が示された後、秋から年末にかけて本格化していきます。春闘で賃金を決定する交渉はありませんが、私どもの組合では2月から3月にかけて次年度に向けた人員確保交渉の山場を迎えます。自治労や連合関係の春闘集会等も続くため、執行委員長時代「季節は春闘、多忙な日々」という記事があるとおり連日、この時期は組合活動に関わっていました。

当たり前なことですが、その頃に比べれば体力的にも精神的にも穏やかな日々を過ごせています。ただ特別執行委員を引き受けていますので昨年よりも負担が生じています。私が担当した資料の説明もあり、週休日にも関わらず、夕方からは執行委員会に出席していました。

今回の記事に際し、自分自身や私どもの組合に関わるローカルな話題だけでまとめることも考えていました。しかし、やはり前々回記事「イラン攻撃から思う日本の立ち位置」から前回記事の冒頭でも触れている時事の動き、特に高市総理とトランプ大統領との会談について取り上げない訳にはいきません。

朝日新聞の記事『「我々が始めた戦争ではない」ドイツ、ホルムズへの艦船派遣を否定』で、ドイツのメルツ首相が「この戦争のリスクはあまりにも大きい。軍事的な解決はなく、政治的な解決しかない」と強調し、「NATOは防衛同盟であって『介入同盟』ではない。同盟内で互いに敬意を持って接することを願う」と述べていることを伝えています。

EUの外相にあたるカラス外交安全保障上級代表は「欧州の戦争ではない」とし、加盟国海軍の派遣に否定的な考えを示しています。戦闘に巻き込まれる事態への懸念からイギリスやフランスも慎重姿勢を崩していません。それぞれ至極真っ当な立場声明だろうと思っています。

このような中、高市総理はトランプ大統領とどのように相対するのか、内外から注目が高まっていました。高市総理に対し、このブログでは批判的な論調が目立っています。ただ「高市総理のカタログギフトの問題」にも記したとおり決して「批判ありき」ではなく、具体的な言動や事例を指摘した上で、何が問題なのかという論点を示しています。

3年前には「放送法での政治的公平性」という記事を通し、高市総理の虚偽答弁やその後の不誠実な対応ぶりを綴っていました。訪米前の日刊ゲンダイDIGITALの記事『高市早苗首相、外務省のレクには耳を傾けず? トランプ大統領との"口約束"に懸念』では「外務省の熱心なレクに総理は耳を傾けず…」という高市総理の特異さを伝えています。

場合によって「脱官僚」という面でプラスに働くことがあったとしても、より望ましい「答え」を見出すためには多面的な情報等に触れていくことが欠かせないものと考えています。松本洋平文科相の不倫スキャンダルの報道に驚いていましたが、「高市さん、大っ嫌いなんだよ」と発した理由にはうなづける気がします。

高市総理が松本文科相の党務における上司だった時、部下にはパワハラ的なきつさで接し、自分よりも立場が上の人物に対してはガラリと態度を変え、媚びを売る姿を見てきたからでした。そのような振る舞い方が事実だった場合、一般的に言って嫌われる上司の筆頭に上げられる素性ではないでしょうか。

「なんでダメなの?」「私に恥をかかせるな」高市首相の言葉遣いが起こす大きな波紋』という報道のとおり閣僚らに対する言葉遣いは現在も厳しめであるようです。「立場が上の人物に対して」という事例では、真っ先にトランプ大統領との接し方が思い浮かびます。とは言え、たいへん気難しいトランプ大統領に対し、高市総理だからこその良好な付き合い方ができているのだろうと評価しています。

さて、注目を集めていたトランプ大統領との会談は『日米首脳会談、中東情勢安定へ緊密な連携で一致…トランプ氏は日本評価「NATOとは違う」』という読売新聞の見出しのとおり無難に終えることができたようです。会談の冒頭、トランプ大統領は高市総理を「選挙で勝利した偉大な女性」と持ち上げていました。

この言葉の後、高市総理は「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだと思っています。そのために私は諸外国に働きかけて、しっかりと応援をしたいと思っています。今日、私はそれを伝えに来ました」と伝えています。額面通りであればトランプ大統領を過剰に持ち上げる言葉ですが、なかなか練り上げてきた様子を深読みしています。

国際法に沿って違法の疑いが明らかなイラン攻撃を始めたトランプ大統領への皮肉は込めていないのかも知れませんが、戦争を終わらせられるのは「ドナルドだけ」というメッセージだったとも理解できます。現時点で真意は明らかにされていませんが、そのようなメッセージを込めていたことを信じたいものです。

トランプ大統領からは日本の対応について「非常に素晴らしい支援を受けている。NATOとはまったく違う」と持ち上げられています。高市総理は日本の法律で「できること、できないことを説明した」と述べていますが、その言葉をトランプ大統領がどこまで理解されたか、今後、不当な戦争に荷担させられないことを切に願っています。

会談の最後のほうで台湾問題を巡り、武力による一方的な現状変更の試みに反対することで一致したようですが、ベネズエラやイランへの攻撃との矛盾が照らし合わせられていない点には強い疑念を示さなければなりません。いずれにしてもアメリカとの関係が、この問題を通して極端に悪化しなかったことに関しては安堵しています。

訪米前、高市総理は「したたかな外交を実現する」と意気込みを示していました。厳しい会談になるとの警戒感が強かったため、政府高官が会談終了後「大成功だ。トランプ氏も満足していた」と語った言葉もその通りだろうと思っています。そこで考えてしまうことは、なぜ、中国の習主席との首脳会談でも国益を重視した「したたかな外交」を意識できなかったのか、残念でなりません。

ここまでで随分長い記事になっていますが、トランプ大統領との会談から私どもの組合のローカルな話題につなげます。昨年11月の記事「3年ぶりの団体交渉 Part2」の最後のほうで触れていた組合の定期大会を庁舎内の会議室で開催した問題です。経緯について市側に文書で報告する運びとなっていました。

委員長が文書の案を執行委員会に示した時、出席していた私がいくつか意見を述べていました。結局のところ先週、多忙な委員長から私が依頼され、改めてまとめることになりました。執行委員会で確認した翌日、委員長名で市長あてに提出しています。その文書「組合の定期大会を302会議室で開催した経緯について」の内容の全文は最後に紹介します。

内容を確認した時の執行委員会では「少し謝りすぎではないですか」という意見も出ていました。そのような点も意識しながら、かなり時間をかけて練り上げた文章であることを私から説明していました。そもそも今後の開催について、正式に承認を得るための交渉の仕方があったように思っています。

それでも定期大会以外は今まで通り使用可能と確認できているため、あえて争点化せず、早々に市側の結論を受け入れていました。他に労使で争点化されがちな重要な課題が山積しているため、この使用問題で軋轢を生むような対応は避けるべきものと考えました。文書の提出まで求められたことに違和感がありましたが、約束したからには答えなければなりません。

約束したことは守る、当たり前なことであり、労使の信頼関係の大事な基盤だと思っています。このようなことも考え、たいへん多忙な委員長と相談し、私が文書を仕上げることになりました。せっかく手がけるのであれば、いろいろな思いを込めた内容としています。最も伝えたかったのは「省みることは省みながら労使の信頼関係が損なわれないよう努めていく考えです」という最後の言葉です。

    ◇          ◇

日頃から市政運営に対してご尽力されている貴職に心から敬意を表します。まずもって求められていた本文書の提出が年度末の時期まで遅れてしまったことをお詫びしなければなりません。たいへん申し訳ありません。

組合の第80回定期大会は昨年11月7日、本庁舎302会議室で開催しています。これまで長い間、市民会館大ホールで開いてきました。組合員全員の出席を呼びかけた重要な会議であり、組合員数に見合った相応の会場規模を必要としていました。500人以上集まった時もありましたが、年々出席者数は減少していました。組合予算の負担軽減等も考慮し、2017年11月の第72回定期大会から会場を小ホールに変えていました。

コロナ禍での2020年11月の第75回定期大会は事前予約制とし、出席者を100人以内に制限しました。コロナ禍後も予約制としていますが、100人以内という制限は外しています。しかしながら出席は100人以下で推移し、第79回定期大会の出席者数は73人でした。

このような出席者数の現況を踏まえ、組合執行部は定期大会の開催を本庁舎の101会議室、もしくは302会議室に変更することを検討しました。会場使用料の負担軽減よりも本庁勤務の組合員が出席しやすくなる利便性等を重視した判断でした。

それぞれの会議室の予約状況を確認し、使用予定だった関連部署等と調整をはかりながら昨年9月8日に302会議室を予約しています。予約後、9月30日発行の組合ニュース第23号で定期大会の開催場所等を組合員に周知しました。

この組合ニュースを目にされた総務文書課長から組合に申し入れがあり、10月6日に委員長が直接お話を伺いました。定期大会での会議室利用は初めてのケースであり、庁舎管理規則に沿って使用を認められるかどうか疑義を呈されていました。1か月後に迫った今回についてはそのまま使用を認めていただきましたが、今後の使用については適否を改めて労使で協議するよう申し入れを受けました。

第80回定期大会開催後の11月21日の事務折衝で、庁舎管理規則から外れる定期大会での使用は認められないということを確認しています。その際、定期大会以外の職場委員会、職場懇談会、学習会などは今まで通り使用可能ということも確認しています。この確認を受け、12月2日の執行委員会で第81回定期大会は駅周辺の会場で開催することを決めています。

これまで職場委員会や職場懇談会等は予約状況を実務的に確認し、空いていた場合、会議室の使用を認めていただいてきました。このような労使慣行を前提に組合側は定期大会の開催をとらえていました。しかしながら確かに定期大会での庁舎会議室の使用は初めての試みでした。職員を中心とした会議とは異なり、来賓として他の組合関係者や市議会議員らも訪れるため、事前に担当部局や人事当局と相談する必要がありました。

初めて取扱う事案として、あらかじめ適否について労使協議を通して確認できなかったことを省みています。決して庁舎管理規則等を軽視していた訳ではありません。これまで認められてきた会議室使用の範疇として、定期大会の開催を考えていたことからの行き違いであることをご理解ください。いずれにしても貴職に対し、余計な心配やお手を煩わせてしまったことをお詫び申し上げます。

今後、このようなことが繰り返されないよう注意していきます。もし認識の相違や至らない点があった場合、今回のように率直にご指摘いただければ幸いに存じます。真摯に受けとめ、省みることは省みながら労使の信頼関係が損なわれないよう努めていく考えです。よろしくお願いします。

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2026年3月14日 (土)

『自治体は何のためにあるのか』を読み終えて

前回記事はイラン攻撃から思う日本の立ち位置」でした。3月中に高市総理は訪米し、トランプ大統領と会談する予定です。1月末の記事「36年ぶりの真冬の総選挙 」の中で伝えていましたが、 中国の習主席との初めての首脳会談で高市総理は香港や新疆ウイグル自治区などの人権問題について少しも遠慮せず正論を述べていました。

この後、台湾有事に関する高市総理の国会発言があり、その時の首脳会談が現状のような悪化した日中関係に至る伏線となっていました。同じように正論となる「法の支配」から逸脱したイラン攻撃の問題性を指摘できれば、トランプ大統領は激怒するはずですが、日本に対する国際的な評価は高まるはずです。

トランプ大統領との関係性が悪化したとしても不当な戦争からは距離を置け、これからも問題点を率直に諫言できる深化した日米関係に高められる機会になり得るかも知れません。このような立ち位置こそ日本国憲法の平和主義に軸足を置いた対応であり、国際社会と連携しながら今回のアメリカの不当さを指摘していくことが、長期的な意味合いでの国益につながっていくのではないでしょうか。

ただ残念ながら「法的評価は差し控える」という言葉を繰り返す高市総理にそのような期待を託すことは「ないものねだり」なのだろうとも思っています。せめて不当な戦争に荷担させられるような「宿題」だけは負わされないことを切に願っています。

緊迫化した時事の動きを受け、記事タイトルとは離れた内容が広がりがちですが、今回は定番化している「『〇〇〇』を読み終えて」というタイトルを付けた新規記事としています。実は今回の書籍自治体は何のためにあるのか』は2週間以上前に読み終えていました。

前々回は高市総理のカタログギフトの問題、前回はイラン攻撃に接し、そのことに絡む内容を先に取り上げてきました。ようやく今回、東京自治研究センターの季刊誌「とうきょうの自治」の連載記事「新着資料紹介」の締切が3月末に迫っているため、入稿する原稿内容を意識しながら書き進めています。

これまで『足元からの学校の安全保障  無償化・学校教育・学力・インクルーシブどうせ社会は変えられないなんてだれが言った? ベーシックサービスという革命会計年度任用職員の手引き』『「維新」政治と民主主義公営競技史』『承認をひらく官僚制の作法 賃金とは何か自治体職員の「自治体政策研究」史』『新しいリベラル』『首長たちの戦いに学ぶを紹介し、次号は『自治体は何のためにあるのかを取り上げます。

それらの書籍を題材にした当ブログのバックナンバーは「ベーシックサービスと財源論 Part2」「会計年度任用職員制度の課題」「新着資料紹介『「維新」政治と民主主義』」「『公営競技史』を読み終えて」「『承認をひらく』を読み終えて」「『官僚制の作法』を読み終えて」「『賃金とは何か』を読み終えて」「『自治体職員の「自治体政策研究」史』を読み終えて」「『新しいリベラル』を読み終えて」「『首長たちの戦いに学ぶ』を読み終えて」という記事タイトルのものがあります。

ちなみに季刊誌の原稿の文体は「である調」で字数の制約もあり、そのまま利用できるものではありません。先にブログ記事をまとめるパターンは、いつも気ままに書き進めるため3000字以上の長文となりがちです。その内容を基本に入稿用の原稿に移す訳ですが、1300字程度に絞るこむ作業には毎回苦労しています。

今回の著書『自治体は何のためにあるのか』 の副題には『〈地域活性化〉を問い直す』と掲げられています。著者の今井照(あきら)さんは福島大学行政政策学類教授だった方で、現在、地方自治総合研究所の特任研究員を務められています。表紙カバーの袖やリンク先の著書の紹介文には次のとおり記されています。

地方自治の空洞化が加速している。「地方創生」の名のもとに、「稼ぐ」ための地域活性化を煽られ、コンサル会社による行政の“分捕り”や、国からの新たな統制が広がっている。人口の縮減、デジタル化の進展など、社会が大きく転換するいま、自治体の存在意義を根本から考える。市民が自治体を使いこなすために。

著書のはじめに「身近で遠い自治体」という小見出しが付けられています。「日頃はあまり、自治体や地方自治のことを考えたことがない方に向けて、現在はこんなことになっています、どうしましょうか、と関心を持ってもらうために書いています」という言葉から始まっています。

第1章は「稼ぐ」地方創生の末路として、福島県国見町で起きた企業版ふるさと納税が悪用された事件を伝えています。ある企業グループが町に4億円ほどを寄付し、税制優遇の恩恵を受けていました。企業グループは町のコンサル的業務にも関わり、その後の業務受注で資金を回収していたという不公正な関係性が問われた事例です。

官製談合の疑いをかけられた事件ですが、著者の今井さんは「完全に法に反していると疑われる点は、ごく限られた行為だけなのです。むしろ概ねは、現在の国の政策や制度を最大限利活用している」とし、「仮に事件の真相が明るみに出なければ、町も事業者も、国政の先端を担っていると高く評価されていたかも知れません」と語っています。

この事件を報道した河北新報の記者は『過疎ビジネス』という自著を通し、過疎にあえぐ小さな自治体の苦悩と「地方創生マネー」をビジネスチャンスとしてとらえている企業との関係を「コンサル栄えて、国滅ぶ」という言葉で問題提起しています。

このような構図があることを今井さんは認めながら「不正は不正として批判されるべきですが、町や人々、あるいは事業者を貶める意図は毛頭ありません」という立場であることを述べています。国がお金を用意して、自治体に「稼ぐ」ことを求めれば、このようなことが起こる可能性の高くなる構造的な問題を批判しています。

自治体側の必然性や不可避性から立ち上げられた事業ではなく、国からくるお金を使うために編み出された経緯や背景を今井さんは問題視しています。ノウハウのない小規模な自治体は計画策定からコンサル会社に依存することになり、そもそも地域社会を維持するために「稼ぐ」ことを求めている国の政策や価値観に警鐘を鳴らしています。

入稿用の原稿は1300字程度にも関わらず、第1章だけで相当な分量の内容を紹介しています。それだけ今井さんの著書の中味が濃く、掘り下げていくと非常に重要な問題提起に気付かされるからだと言えます。自治体に関心のない方々に向けて書かれているとされていますが、私自身をはじめ、自治体職員にとって必読の書であることに間違いありません。

駆け足となるかも知れませんが、第2章以降も興味深い箇所を紹介していきます。2000年の分権改革で国と自治体は「対等」の関係になったはずです。しかし、その後の三位一体の改革、市町村合併、東日本大震災の復興過程や地方創生政策などを経ながら「自治・分権」は制約されてきていると今井さんは見ています。

機関委任事務制度の時代は通達による行政統制が中心でしたが、自治事務と法定受託事務に移行した後、立法を介した自治体に対する計画策定要請によって国からの統制が強められています。このことを今井さんは「計画統制」と名付け、国が自治体の活動を実質的に制約し、特定の方向に誘導している現状を憂慮されています。

国の地域政策は「地域活性化」から「地域再生」を経て、近年の「地方創生」に至っています。「地方創生」という造語はアベノミクスの成長戦略を大胆にパワーアップするという文脈で出てきました。今井さんは成長戦略のテコ入れとして地方を利活用することを明確に否定し、次のように説明しています。

自治体の中には、大都市部のように、自治体が関わらなくても、経済活動が自律的に「稼ぐ」地域もありますが、「稼ぐ」環境に恵まれていない自治体のほうが圧倒的に多いのです。こうした条件の差を調整して、どの地域にいても最低限の生活を維持できるようにするのが国の役割なのです。

今井さんは「人口減少」→「地方消滅」→「自治体消滅」というロジックそのものが間違っていると提唱されています。このロジックに至るまでの国の進めてきた政策の問題性を著書の中で綴っています。

自治体側が使途を国に制約されない財源を望んだ結果、2002年から2006年にかけて国税の一部を地方税へ移し、補助金交付金と地方交付税は削減するという三位一体改革が進められました。増えるべき税収の少ない自治体にとって、財政面で深刻な不安を強いられることになりました。

同じ時期、国が市町村合併を促進させていたため、三位一体改革によって動揺していた少規模な市町村は合併を受け入れる動きを活発化させていきました。この「平成の大合併」は地方自治にとって相当に歪な構造を生み出しました。

合併は、まるで地域社会から役所が逃げ去ったかのようでした。なぜなら、合併によって広域化し、周縁地域になってしまった旧市町村では、市民生活を見守り、地域課題に対処するべき役所も議会も中心部に行ってしまったからです。合併後、このような地域の多くで人口減少が加速します。

著書の中には「合併すれば効率化するという理屈は、経済活動では成り立つかも知れませんが、自治体の行政活動では成り立ちません。自治体の行政活動は、そこにいるすべての人を対象にしなければならないからです」という記述もあります。今井さんは「稼ぐ」という発想をはじめ、一般的な経済活動のロジックを自治体の政治行政に持ち込もうと企図しがちな国の動きを一貫して危惧されています。

長いブログ記事となっていますが、もう少し続けます。2024年に地方自治法の一部が改正されました。2000年の分権改革によって「上下・主従」が「対等・協力」という関係となり、この改正では「協調・連携」という言葉に置き換えられています。今井さんは改正の柱として次の3点を上げています。

  1. デジタル化(全体の「最適化」)
  2. 国と自治体との関係の特例(「補充的」指示権)
  3. 公共私連携(指定地域共同活動団体制度)

それぞれ問題性が指摘されていますが、ここではデジタル化についてのみ紹介します。私自身、マイナンバーカードを所管する部署の近くで執務しているため、今回の著書に接し、肌感覚で最も共感を覚えた箇所でした。今井さんはデジタル化そのものは社会の趨勢であることを認めながらも、国の進めているデジタル化のチグハグさを指摘しています。

たとえば、マイナンバーカードは、暗証番号の更新のために、少なくとも5年に1回は老若男女を問わずに役所の窓口に出向くことが大きな負担になっています(代理人手続きもありますが、相当に煩雑です)。デジタル化によって、役所に出向く回数が増えるとは、何かが間違っているとしか思えません。

当然、市町村にとっても新たな負担となり、作業量の増加はもとより、人員や財源の確保が必要になっています。しかもこの事務は導入期の一時的な増加ではなく、現在の制度が続く限り永遠に続く事務量の増加です。したがって、市町村によっては、新しい組織を作り、別に事務所を借りて対応しているところもあります。これらを国全体で積み上げたら、相当大きな負担増になっているに違いありません。

2024年の改正で住民基本台帳や固定資産税など自治体の基幹20業務のシステムを、国が作成する標準仕様書に基づくシステムへリプレイスする義務を自治体に課しています。国全体では膨大なコスト増となり、マイナンバーカードと同様「デジタル化による行政の効率化や最適化」から程遠くなりがちな動きを今井さんは懸念されています。

今回の著書を読み終えて、今井さんの明確な危機意識がヒシヒシと伝わってきていました。それでも全体を通して抑制的な論調であり、他者を厳しく非難するような言葉は見当たりません。あくまでも具体的な事例や政策の方向性等に対し、ご自身の考え方に照らして論評するという立場で綴られています。

まだまだ紹介したい内容が多くありますが、そろそろまとめます。本来であれば国のやるべき仕事を、自治体が執行していることの多い「融合」状態であるため、海外比較から日本の自治体の事務量は多すぎると今井さんは説いています。このような現況の中、いっそう自治体の事務量を増やしがちな「分権」を問題視し、決定権の分別を進めることこそ重要であると訴えています。

「自治・分権」が社会のめざすべき理念として自治体関係者は考えてきました。しかし、今や地方自治を所管する総務省の中にも「自治・分権」を制約する考え方が広がりつつあるようです。このような現状を憂慮されている今井さんが、著書の中で強調されてきた思いを最後に紹介させていただきます。

自治体のミッションとは、何度も繰り返してきたように「今日と同じように、明日も暮らし続けられる」ことを市民に保障することです。その資源を用意するのは国の責務です。どの地域で暮らしていてもナショナル・ミニマムを享受できる条件が整っていなくてはなりません。たまたま暮らしている土地では、小学校に通えない、介護サービスを受けられない、といったことが起こっていいはずがありません。

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2026年3月 7日 (土)

イラン攻撃から思う日本の立ち位置

ロシアの侵略によるウクライナでの戦争が続く中、中東の地で新たな戦火が上がりました。2月28日、アメリカとイスラエルがイランに対し、大規模な軍事攻撃を始めています。イランの最高指導者ハメネイ師は、40人以上の体制幹部とともに最初の攻撃で殺害されています。

イラン南部の女子小学校にも攻撃があり、生徒や教師など175人が犠牲となっています。軍事施設だったデータをもとに狙ったという情報も耳にしますが、市街地への空爆は民間人も標的にした無差別攻撃だと言わざるを得ません。その後も攻撃は続き、イラン側の死者は1300人以上に及んでいます。

イラン側も反撃を始め、報復や憎しみの連鎖のもとに戦闘が長期化する可能性も指摘されています。ロシアのプーチン大統領は当初、ウクライナへの「軍事作戦」は短期間で終わらせられると見込んでいたようです。しかしながら身勝手な目論見は大きく外れ、4年を越える長期戦を強いられています。

イラン革命防衛隊はホルムズ海峡を封鎖し、通過する船舶を攻撃すると警告しています。ホルムズ海峡は世界の石油供給の2割が行き交う要衝であり、封鎖が長引けば原油の供給減少や相場上昇を通し、世界経済への影響は必至です。原油輸入の9割を中東に依存する日本にとって大きな痛手となり、物価高の厳しさを深刻化させる事態だと言えます。

今回、アメリカとイスラエルとの共同作戦です。トランプ政権は国連安全保障理事会の決議も、米議会の承認も経ていません。そもそもイランの核開発問題を巡り、アメリカとイランは交渉中でした。さらにアメリカにとって、イランの核開発は差し迫った自国に対する脅威を与えるものではないという見方があります。

それにも関わらず、トランプ大統領は国際世論や米国民への説明も不充分なまま、国際法上の正当性が疑われる大規模な軍事行動に踏み切ったことになります。『イランめぐる攻撃 止まらぬ理由にアメリカとイスラエルの“特殊”な関係 トランプ政権を支えるキリスト教「福音派」とは【news23】』では次のように解説しています。

立教大学文学部キリスト教学科の加藤喜之教授は「宗教的な背景から言うと、イランはイスラエルにとって常に脅威だった。何とかしてイランの脅威を退けたいというのが、イスラエルの願いであったし、そのイスラエルを支援するアメリカの福音派の願いでもあった」と語っています。

福音派とはキリスト教・保守派の集団で、アメリカの人口の4分の1を占めると言われ、トランプ大統領の最大の支持基盤です。攻撃の後、一部の福音派から「今回熱狂している。ついにイランというものを打ち破ってくれた。トランプこそが我々が待ち望んでいたリーダーだ」という声が上がっています。

今年11月の中間選挙を意識し、このような声を期待した判断だったという見方が、あながち的外れではないことに呆然としています。ノーベル平和賞を望みながら避けられる戦争を引き起こし、「私に国際法は不要」と語り、他国の主権を軽視するトランプ大統領が究極のトップリーダー」であることに極めて残念な思いを強めています。

今年1月にはアメリカのベネズエラ攻撃に対して思うこと」という記事を投稿しています。その時、思ったことと同じ問題意識が重なり合っていきます。アメリカとイスラエルの攻撃によって、イラン側に何の罪のない多くの子どもたちが犠牲になっています。このことをもって、どのように正当性を主張しようとも理不尽で決して許容できない暴挙だったと言わざるを得ません。

今回の軍事行動によってイランの民主化が進み、イラン国民が安寧な社会で暮らせるようになったとしても「結果オーライ」で終わらせることなく、国際法違反の行為は厳しく問い続けていく必要があります。そのような対応が不充分にとどまるようであれば、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻をとがめることが難しくなります。

さらに中国の台湾への侵攻が、ますます現実味を帯びてくる懸念さえあります。国際社会が弱肉強食、帝国主義の時代に後戻りする事態は絶対避けていかなければなりません。今回の記事タイトルは「イラン攻撃から思う日本の立ち位置」としています。ここからは日本が、どのように対応すべきなのか触れてみます。

TBS NEWS DIG高市総理がイランの行動を非難  日独首脳電話会談で』で「イランの攻撃がエネルギー施設を含む民間施設や外交施設などに及び民間人の死者が出ていることから、高市総理はこうしたイランの行動を非難するなど日本の立場を説明した」と伝えています。ベネズエラ攻撃の時と同様、今回もアメリカを非難する言葉は一切ありません。

攻撃直後、木原官房長官は「国際的な核不拡散体制の維持のためにも、イランによる核兵器開発は決して許されない。米イラン間の協議はイランの核問題の解決のために極めて重要であり、我が国としてこれを強く支持してきた。イランは核兵器開発及び地域を不安定化させる行動を辞めるべきだ」と強調しながら「事態の早期沈静化に向けて国際社会とも連携し、引き続き必要なあらゆる外交努力を行なっていく」と述べていました。

これまで日本とイランは「日章丸事件」以降、伝統的友好関係を築いてきたはずです。さらに国際社会での「法の支配」の重要性を唱えていながらアメリカの軍事行動の是非に触れず、攻撃を受けた側に責任があり、悪いのはイランであると一方のみを批判するような姿勢は残念でなりません。ちなみにベネズエラ攻撃の時は次のように思っていました。

トランプ大統領の特異な性格を考慮し、自国の国益等を踏まえ、政府としての公式見解での批判のトーンは弱めざるを得なかったように受けとめています。したがって、高市総理の攻撃直後の声明が曖昧な表現にとどまったことも、ある程度やむを得ないものと思っていました。

その上で、相手方の特異さなどを慮れるのであれば、なぜ、中国に絡む発言に対しても同じように対応できなかったのか残念でなりません。ちなみに平和フォーラムの声明では覇権主義を批判するのであれば、アメリカに対しても毅然とした姿勢で臨むべきと訴えています。いずれにしても与野党問わず、ダブルスタンダードとならない確かな軸足のもとでの外交姿勢が欠かせないのだろうと思っています。

もちろん私自身は「力による現状変更は許されない」という立場です。ただベネズエラ攻撃の時は不幸中の幸いにも戦闘の泥沼化が避けられ、日本からすれば「対岸の火事」のような距離感がありました。そのため、曖昧な表現が国益等にかなうような見方も一概に否定できませんでした。

しかしながら今回、軍事攻撃の規模が大きく、最高指導者を殺害し、戦火は周辺国まで広がり、石油に絡む世界経済への影響や長期戦となる見通しなどを鑑みた時、ここまでアメリカ擁護の立場を鮮明にして良かったのかどうか、それが国益等にかなうことなのかどうか不安視しています。

これまで友好関係を築いてきましたが、上記のような立場表明によってイランからすれば日本の船舶等は真っ先に狙うべき「敵」に見なしていくのではないでしょうか。スペイン同様「イラン攻撃は国際法違反」と明確に批判できないにしても、せめて武力行使自体を歓迎しない主旨の言葉を日本政府も発した上で国際社会との連携に努めて欲しいものです。

前回記事「高市総理のカタログギフトの問題」の冒頭で、高市総理に対する評価や見方の個人差が大きいことを記していました。私自身カタログギフト問題  説明回避、強気の首相  コラム削除でも苦しい弁明  党内「ありがた迷惑」』『”令和の女帝” 高市早苗首相  ″能面の笑顔″に隠された「不安と孤独」』『サナエトークンだけではなかった高市首相の“致命的な死角”、危機管理の拙さで想起される「森元首相えひめ丸事故」の教訓』という記事の内容に首肯しがちです。

しかし、高市総理が戦争を肯定的にとらえているような見方は一切ありません。戦争を防ぐためには、どのようにすべきか、そのために憲法9条を改めることの必要性を認識し、防衛費の増大や『「5類型」撤廃、自民提言案が判明  殺傷能力ある武器の輸出原則容認』という報道のような動きを見せているものと思っています。

衆院選で大勝した後、高市総理は「国論を二分する政策に挑戦する」と語っています。例示した課題、確かに自民党の公約等に掲げられていたはずです。ただ選挙戦を通し、国論を二分するような重要なテーマについて国民は問われていたのか、その是非について議論が交わされていたのかどうか甚だ疑問です。

「私が信任いただけるのかどうか」というフワッとした民意の結果が、自民党の歴史的な勝利につながったように受けとめています。例えば憲法9条を改めるとしても、国際標準でフルスペックの集団的自衛権を行使できる国になるのかどうか、これまでの日本国憲法の平和主義を大きく転換し、普通の国をめざすのかどうか、このような問題提起が不足しているように思っています。

一方で「憲法9条を守る」という端的な訴えだけでは不充分であることを高市政権に対峙する側も認識していかなければなりません。私自身の問題意識は「平和の話、インデックスⅣ」のとおり数多いブログ記事を通して言葉にしてきています。たいへん長い記事になっていますので、そろそろまとめますが、今回のイラン攻撃に際し、次のような思いを強めていました。

イランの核開発も抑止力の強化を意図していたはずです。そのことが結果として、敵対する側から攻撃を受けてしまったことになります。軍事力強化一辺倒だった場合、このようなリスクと背中合わせとなりがちです。実効ある安全保障は、抑止力と安心供与とのバランスが大切であることを改めて思い起こしています。

さらに今回、戦争は権力者の「意思」によって引き起こされることを痛感しています。だからこそ人間の「意思」によって抑えることができるはずです。前述したとおり高市総理も戦争に否定的な立場だと思っていますので、一人の国民も戦火の犠牲にしないためには、どのような判断を重ねていくことが望ましいのか、ぜひとも日本国憲法の平和主義に軸足を置きながら問い返していただけるよう願っています。

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2026年2月28日 (土)

高市総理のカタログギフトの問題

逆転で金メダルを獲得したフィギュアスケート「りくりゅう」ペアの活躍などで盛り上がったミラノ・コルティナ冬季オリンピックは幕を閉じています。銅メダルを獲得した17歳の中井亜美さんのフィニッシュ直後の首かしげ、エキシビションでのあざとポーズに魅せられた方々も多かったのではないでしょうか。

ただ人によっては「あざとい」という本来の意味で見られていたかも知れません。常に笑顔を振りまいている高市総理に対しても支持率の高さのとおり好感度を高めている方々が多いのだろうと思っていますが、やはり人によっては「あざとい」という印象を強めながら見られているのかも知れません。

以前の記事「改めて言葉の重さ」の中で、人によってドレスの色が変わるという話題を紹介していました。見る人によって、ドレスの色が白と金に見えたり、黒と青に見えてしまうという話です。安倍元総理に対する評価や見方が人によって大きく変わることについて、そのようなドレスの話と結び付けていました。

高市総理に対する評価や見方の個人差は、安倍元総理以上に大きいように感じています。このような傾向を受けとめながら前々回記事「衆院選が終わり、今、思うこと」の中で、高市総理の問題点や危うさを指摘することで若年層の支持を失っていくという構図について触れていました。それでも「問題視すべきことは、しっかり今後も指摘していかなければなりません」と記し、次のような問題意識につなげていました。

その際、上から目線の「答え」を押し付けるような言動は慎み、それこそ対立を煽るのではなく、多様な考え方を認め合いながら共感を広げていくための言葉や態度が極めて大切な前提になっていくように思っています。

長年、このブログを続けてきた中で上記のような問題意識を高めています。感情が先走った言葉、思い込みが目立つ「結論ありき」の批判、人格や容姿をけなすことなどは固く禁じています。単刀直入な批判意見は、同じ考えの方々には共感を得やすいのかも知れませんが、異なる考えの方々からは反発を招きがちです。

したがって、具体的な言動や事例を指摘した上で、何が問題なのか、なぜ批判するのか、丁寧な説明を加えていくように努めています。さらに「私はこのように思っています」という投げかけを軸とし、結論を押し付ける内容にならないよう心がけています。このブログをご覧になった方が、一人でも多く「なるほど、そのような見方もあったのか」と感じていただけるような文章や情報発信に留意してきています。

前置きが長くなって恐縮です。前回記事は「消費税について雑談放談」でした。そろそろ国政の話題から離れた題材を取り上げることを考えていました。結局、記事タイトルに掲げた「高市総理のカタログギフトの問題」に接したことで、今回も国政に関わる時事の話題に向き合うことになりました。

総選挙後、高市総理が自民党の衆院議員全員315人に3万円ほどのカタログギフトを配っていました。高市総理は法令上問題ないものと認識している」とし、返還を求めない姿勢で押し通しています。詳しく解説した『高市首相のカタログギフト配布、どこが論点?』というサイトとともに時事通信の報道内容を紹介します。

高市早苗首相(自民党総裁)は25日の参院本会議で、同党の全衆院議員にカタログギフトを配布したことについて「法令上、問題はない」との認識を示した。計315人に対し、1人当たり約3万円分を配ったと明らかにした。野党は「政治とカネ」を巡る自民の体質が表れているとして批判を強めた。

政治資金規正法は、個人から政治家個人への政治活動に関する寄付を禁じている。首相は自身が代表を務める党奈良県第2選挙区支部の政治資金から支出したと説明。「政党支部から議員個人への寄付だ」と述べ、法に抵触しないとの考えを強調した。立憲民主党の田名部匡代幹事長への答弁。

複数の自民関係者によると、8日投開票の衆院選後に首相の秘書が所属議員の事務所を訪れ、カタログギフトを配布。肩書のない「高市早苗」名を記した「のし紙」が付けられていたという。首相は答弁で「厳しい選挙を経て当選したことへのねぎらいを込め、議員活動に役立ててほしいと考えた」と語った。

自民では昨年3月、当時の石破茂首相が2024年衆院選で初当選した15人に10万円相当の商品券を配布。石破氏は陳謝に追い込まれ、議員側は返却した。野党は国会で追及する構えだ。

中道改革連合の小川淳也代表は代議士会で「ギフトを党内にばらまく自民の体質は看過できない」と指摘。国民民主党の古川元久国対委員長は記者会見で「誤解を受ける軽率な行動は慎むべきだ」と述べ、首相が説明責任を果たすよう求めた。立民の水岡俊一代表は「懲りない人たちだ。政治とカネの問題をまた引き起こした」と指弾した。

自民内からも「法的に問題なければいいというものではない」(ベテラン)などと疑問の声が上がった。幹部の一人は「石破首相のことがあって1年だ。何をやっているのか」と不快感を示し、日本維新の会の幹部も「商品券問題から何も学んでいない」と語った。【時事通信 2026年2月25日

まず法的な問題です。カタログギフトと商品券は似て非なるもので、陳謝した石破前総理の時とは異なるという見方があります。政治資金規正法で個人が政治家に寄付することを禁じています。ただ当選祝いや選挙のねぎらいとして、花束やお菓子を贈ることは問題ありません。商品券は金銭に見なされますが、カタログギフトはモノであり、違法ではないという解釈です。

今回の場合、高市総理個人からではなく、カタログギフトは自民党奈良県第二選挙区支部から贈っているという説明も加えられています。このような説明によって、まったく違法性は問われないと強弁されています。しかしながら熨斗には「高市早苗」と書かれ、政党支部の表記はありません。

そもそも地方の一支部が、なぜ、衆院議員全員に贈る必要があったのか、1千万円近くとなるカタログギフトの支出を負担しなければならなかったのか、いろいろ疑問が生じます。やはり外形的には高市総理個人からの贈答であり、政党支部のお金を個人の財布代わりに使っている実態も問題視せざるを得ません。

さらに「政党交付金という公金」を充当したのではないと説明していますが、お金に色は付いていません。今後の収支報告を注目しなければなりませんが、説明通りであれば政党支部への企業献金が主な原資として自民党衆院議員に贈ったカタログギフトの代金に充てられたということになります。なかなか違和感のある構図だと言わざるを得ません。

いずれにしても法的には問題ないのかも知れませんが、社会通念上の振る舞い方や物価高に苦しむ国民感情を照らした時、1千万円近くの贈答が適切な行為だったのか甚だ疑問です。日本政治に詳しい中央大学の中北浩爾教授は「自民党には気遣いを示す『贈り物文化』がある。ただ時代の流れとともに一般常識との乖離が目立ってきた。違法性はなくとも考え直す時期に来ている」と指摘しています。

続いて、たいへん気になることがあります。最近の記事「36年ぶりの真冬の総選挙 」の中で触れた「なぜ、36年ぶりなのか、このような苦労を想像できる人物が一人でもいれば、真冬に解散する判断は見合わせてきたからではないでしょうか」という見方につながる危惧です。

自分一人で物事を判断しがちな高市総理に対し、「それはどうでしょうか」と即座に待ったをかけられる側近の存在が薄いように感じています。商品券とカタログギフト、その違いがあったとしても石破前総理の支出額150万円に比べ、今回の高市総理の大盤振る舞いぶりのほうが際立っています。

上記に示した時事通信の記事では「石破首相のことがあって1年だ。何をやっているのか」「商品券問題から何も学んでいない」と与党内からも苦言する声が上がっていることを伝えています。

このような認識や危機感を持ち、高市総理をいさめられる人物が周囲に一人でもいれば今回のような問題は回避できたはずです。今後、もっともっと重大な場面でも多角的なチェック機能を果たせないことが起きうるのではないかと危惧しています。

たいへん長い記事となっていますが、もう少し続けます。中道改革連合の代議士会で小川淳也代表が「鬼の首でも取ったかのように目くじらを立てるつもりはありません」と前置きした上で、次のように訴えていました。

「これからもいろいろな問題が出てくると思いますが、各委員会で質疑に立つにあたって、ぜひ日和ることなく、相手の政権の支持が高いとか高くないとか、人気がある政権だとか、ない政権だとかに一切左右されてはならない、我々野党第一党の矜持ですから。そこは自信と確信を持って対応をお願いしたいと思います」と述べた。

そして「関連して法案や予算の審議に、こうしたテーマをめり込ませることは必ずしも私どもも本意ではございません。仮に万一そのような扱いをせざるを得ない時は、冒頭1分なのか2分なのか3分なのか。鮮やかにキレよくさわやかに、こうした倫理観を問うということもあわせてお願いをしたいと思います。仮に重ねてこのような事態が頻発する場合、別途政治倫理を問う場は他にありますので。法案審議や予算審議に影響を与えないことに留意しつつ、不問には付さないという態度を筋道を立てながらしっかり主張していきたい」と語った。

概ね共感できる考え方だと思っています。昨日の予算委員会でも高市総理のカタログギフトの問題が取り上げられています。小川代表の質問に対し、高市総理は一人約3万円分の金額に関して「結婚式のご祝儀を参考にした」と答えています。多くの議員からねぎらって欲しいとの連絡を受け、次のように考えたそうです。

飯会苦手な女です」と話した上で「セキュリティーが確保できる個室レストランで何十回にも分けて食事会をやるとしたら、せこい話だが、お金がかかる」とし、3万円ほどのカタログギフトを贈ることを決めたと説明しています。違法性については改めて否定し、「昭和の中小企業のおやじ社長みたいなところがまだ私にはある。何らかの気持ちを示したい中で、ぎりぎりの判断だった」とも述べていました。

冒頭に記したとおり高市総理に対する評価や見方は人によって大きく枝分かれしています。このような説明によって納得されていく方、そもそも初めから問題視していない方も多いように感じています。そのため、支持率を急降下させる要因の一つとなった昨年3月の石破前総理の商品券とは異なり、しばらくすれば「終わった問題」になっていくのだろうと懸念しています。

野党側が引き続き追及していくと「しつこい、まだやっているの」「もっと重要なことがあるだろう」というような批判を受けかねないことを心配しています。しかし、今回の問題が、このまま幕引きされていった場合、ますます高市政権に対するチェック機能が低下していく引き金になるように思えてなりません。

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2026年2月21日 (土)

消費税について雑談放談

年金が支給されてから2回目の確定申告の時期を迎えていました。これまで医療費控除の確定申告以外、あまり意識する必要のない時期でした。今回、フルに1年間、年金支給されてから初めての申告であり、昨年と比べられないことは承知していました。

それでも納税すべき欄の数字を見た時、何か誤りがあったのではないかと考え、先輩職員にLINEで問い合わせてしまうほどでした。給与と年金、それぞれ源泉徴収されていましたので、ある程度形式的な申告だろうと高を括っていました。それが予想を遙かに超えた額だったため驚いていました。

給与明細等で源泉徴収された納税額を見るのとは異なり、現金を用意して納める時の痛税感の違いを認識する機会となっています。加えて、社会保険料控除額を見れば、税金以上に重い負担となっていることが一目瞭然です。先日の衆院選で多くの政党が社会保険料の軽減を公約に掲げたことも理解できます。

しかしながら税金や社会保険料を引き下げた場合、必要な社会保障等の財源をどのように確保するのか、必ず問われ続けられていく問題です。前回記事は「衆院選が終わり、今、思うこと」でしたが、中道改革連合が掲げた政策面の評価については触れていませんでした。今回の記事では消費税を巡る個人的な思いを書き進めていきます。

Newsweekに経済評論家の加谷珪一さんが『なぜ中道の議員たちによる「敗因の分析」は、これほどズレている? 最大の理由は「高市ブーム」ではない』という記事を寄せています。その中の一節を紹介しますが、私自身の問題意識と相通じる見方でした。

高市政権はアベノミクス復活と積極財政を掲げ、歴代政権が慎重姿勢を崩さなかった消費減税に言及するなど、バラまき的な方向性を強く打ち出していた。本来なら、最大野党である中道は、財政健全化や格差縮小を訴え、正面から議論を挑むべきであった。

ところが同党が出してきた目玉政策は、事もあろうに消費税の恒久減税であり、しかも財源に投資の利益を充てるという、自民党もびっくりするようなポピュリズム的内容だった。減税を主張すれば国民が喜ぶだろうという安易な発想に対し、ある種の怒りを感じた有権者は少なくなかっただろう。

実際、減税を真っ向から否定したチームみらいに相応の票が入ったことからもそれはうかがい知ることができる。この状況では、同じ減税といっても期限付き消費減税にとどめた高市氏のほうがはるかに現実的に見えてくる。

このブログでは2023年3月、慶応義塾大学の井手英策教授の講演内容をもとに「ベーシックサービス宣言」という記事を投稿しています。その年の8月には「ベーシックサービスと財源論」という記事を「Part2」にかけて綴っていました。ベーシックサービスの重要性、その財源として消費税が欠かせないという要旨の記事です。

昨年8月には『新しいリベラル』を読み終えて」という記事を投稿し、大規模な社会調査の結果、従来型のリベラルと新しいリベラルを合わせた割合は4割を超えていることを伝えていました。紹介した書籍の著者らは「新しいリベラルの声が政治の世界に届きにくいというのは今の日本社会にとって大きな損失である」と主張されていました。

物価高対策のための減税や給付金が公約の目玉とされ、新しいリベラルの声を反映した政策は争点化されていません。逼迫した現状の改善が優先されていく政治は、もちろん必要です。さらに現在世代の直接的なメリットを強調しなければ選挙戦が厳しくなることも理解しています。

それでも新しいリベラルという価値観を持った国民が多数であることを踏まえれば、中道改革連合の政策的な方向性は減税を旗印に掲げる他党との違いを際立たせて欲しかったものと思っていました。たいへん恐縮ながら中道改革連合が惨敗した結果、後付けのような論評となっていくのかも知れません。

以前の記事「消費税引き上げの問題」「政策実現と財源問題」に記しているとおり私自身、消費税の引き上げの必要性について一定認めてきた立場です。そのため、中道改革連合の食料品のみ消費税を恒久的にゼロにするという公約に対し、これまでの問題意識に照らした時、違和感があったことは確かです。

もともと昨年7月の参院選の時、立憲民主党時代から物価高対策の公約として掲げられていました。ちなみに諸外国における消費税(付加価値税)の現状は食料品の税率を軽減しているか、非課税としているケースが多いようです。したがって、ことさら中道改革連合の公約を批判するという強い思いがあった訳でもありません。

ただ物価高の大きな理由として円安があり、消費税減税は真逆の結果になりかねないという見方があることも気になっていました。このように振り返っていくと、重ね重ね中道改革連合の立ち位置や公約の掲げ方に省みるべき点が多々あったように思えてなりません。ある意味、壊滅的な敗北は立ち位置を大きく転換できるリスタートの機会につなげられるようにも思っています。

2021年11月の記事「衆院選挙が終えて思うこと」の中で、中道改革連合の小川淳也新代表が主役の映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』を紹介していました。この映画によって小川代表の考え方などを好意的に評価するようになっています。ぜひ、どん底からの立て直しに尽力されることを期待しています。

最後に「トップリーダーは正直であって欲しい」という願いから外れるような消費税を巡る動きを紹介します。高市首相、「消費税の負担は低い」主張していた過去のコラムを全削除。「悲願だった」発言との矛盾指摘後に』という見出しが付けられたジャーナリストの篠原修司さんの論評を紹介します。

2月18日、自民党の高市早苗首相の公式サイトから過去のコラムがすべて削除されていることがわかり、Xで話題となっています。プレジデントオンラインが2月17日、高市首相が公式サイトで「(消費税の)国民の負担は低い」「消費税率引き上げは結果的には全て国民に還元される」などと書いていたと指摘した翌日のことでした。

高市首相は1月の会見で食料品の消費税0%について「私自身の悲願」と語っていましたが、過去のコラムはこの発言と矛盾しており、それが明るみに出たため削除したのではないかと騒がれています。

コラムの削除について、記事執筆時点では何の説明も行われていません。公式サイトでは18日に「アルバムを更新しました」との告知がある一方で、コラムの削除については一切触れられていないのです。政策を進めていくなかで、過去の言動と一致しないことが出てくるということはあると思います。一方で、それをきちんと訂正するのか、それとも今回のように黙って削除してしまうかというのは、非常に大きな違いです。

何の説明もなく削除したとなれば、「都合が悪いから削除した」と指摘されても仕方のないことでしょう。そして今回の場合、仮に訂正したとしても、そもそも「悲願だった」という発言が過去の高市首相の考えと矛盾しているという事実は変わりません。となると、高市首相の会見での発言の信頼性が大きく揺らぐことになり、本当に食料品の消費税0%を実現する意志があるのか、疑問が残ります。

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2026年2月14日 (土)

衆院選が終わり、今、思うこと

前回「明日は衆院選、今回もバンドワゴン?」という記事を投稿していましたが、まさかここまで自民党が大勝し、中道改革連合が惨敗するとは思っていませんでした。自民党は単独政党として戦後最多となる316議席を獲得しています。日本維新の会も2増の36議席とし、352議席の巨大与党が誕生しました。

一方、公示前に両党を合わせて172議席あった中道改革連合は、わずか49議席までに激減しました。289小選挙区のうち202人を擁立し、勝ち抜けたのはわずか7人のみでした。比例名簿上位を公明党出身者28人が占めたため、比例復活した立憲系候補は13人にすぎません。

民主党政権の中枢を担った重鎮が軒並み議席を失い、小沢一郎元代表や岡田克也元外相、立憲民主党の創設者である枝野幸男元代表、中道改革連合の安住淳共同幹事長らが国会を去ることになりました。中道改革連合49議席のうち立憲民主党系は21議席にとどまり、立憲系だけが壊滅的な大惨敗を喫しています。

さらに『自民党「14議席」他党に譲る  比例代表の獲得議席、名簿人数上回る』という事態に至っていたため、本来であれば自民党と中道改革連合との差はもっと広がっていたことになります。自民党が比例代表の名簿をしっかり揃えていれば、長妻昭元厚労相も復活当選を果たすことができませんでした。

1月に入って突然の解散風が吹き始た以降「最近の選挙を巡る動きへの雑感」「衆院解散、中道改革連合に願うこと」「36年ぶりの真冬の総選挙 」という一連の記事を通し、私自身の問題意識を綴ってきました。過去の選挙直後には衆院選挙が終えて思うこと」「衆院選が終えて、2024年秋」という記事を投稿しています。

今回も似た記事タイトルとなっていますが、今、思うことを書き残していくつもりです。以前の記事の中で「国民からの信頼を裏切るような失態が続けば政権の座から下ろされる、このような緊張感があってこそ、より望ましい政治の実現につながっていくものと考えています」と記しています。

前回記事には「自民党の敗北が旧統一教会や裏金の問題などを真摯に反省する機会につながったのか、正直な政治への転換につながったのか、甚だ疑問です。今回、このまま自民党が圧勝すれば、すべて終わったことになりかねないことを危惧しています」と記していましたが、そのような懸念が杞憂であって欲しいものです。

「いつまで批判するのか」「批判ばかりしても国民の生活は改善されない」という指摘をよく耳にします。しかしながら政権に対するチェック機能も野党としての重要な役割の一つだと思っています。そもそも重大な不祥事があった場合、民間企業や自治体は第三者委員会の調査結果をもとに過ちに応じた処分を下します。

残念ながら自民党は、それぞれの問題に対して切り込み方が非常に不充分だったと言えます。加えて、高市総理に関しても新たな事実関係の疑惑が浮上しています。このような経緯のもとに新たな疑惑が発覚しながら、まったく追及しないようであれば、それはそれでチェック機能という役割の放棄にすぎません。

このような問題意識を踏まえた際、中道改革連合の惨敗は「緊張感ある政治」から遠ざかってしまう結果であり、個人的な思いとしては極めて残念なことです。なぜ、新党を結成したことで123議席も失うことになったのか、12月に投稿した記事「新しいリベラルの声が届く政治の選択肢を」のような願いにつながらず、次のような危惧が当たっていたのかも知れません。

立憲民主党と公明党の立ち位置は、大規模な社会調査の中で多数派だった「新しいリベラル」の受け皿となり得るような近さを感じていました。しかしながら「中道」という言葉と「新しいリベラル」という概念が結び付きづらいため「中道」を強調しすぎることで支持層を狭めていくように危惧しています。

他にも様々な敗因が思い浮かんでいますが、この場で具体例を上げていくことの意味はあまり見出せません。したがって、個人的な思いとしては、党名から伝わる印象がプラスに働かなかったのではないかという指摘のみにとどめます。

中道改革連合には今後、小川淳也新代表のもと「対立を煽り、分断を深める政治ではなく」という綱領を旗頭とし、改めて「新しいリベラル」の声が届く政治の受け皿になって欲しいものと願っています。

衆院選後、前回記事のコメント欄にEIさんから「中道の連中に誠実さのかけらも見えない」のが最大の要因だったという厳しい見方が示されています。さらに高市総理が討論番組を直前にキャンセルした経緯について「まあ事実ではあるんでしょうけど、それを指摘することがどういうことを招くのか、想像力が足りない、という話」という指摘もありました。

自分自身の信任投票のような争点を示された立場の総理大臣として、必ず出演しなければならないという強い使命感のもとに治療のスケジューリングにも配慮され、ぜひ、出て欲しかったという思いは変わりません。スピーチ当番を嫌がっての急な病休の話とは、まったく比べられるようなものではないことを一言添えさせていただきます。 

「それを指摘することが…」という話も、問題視すべき点を誰も指摘できなくなるような事態のほうこそ心配です。ただ高市総理の人気が想像以上に高いことを示した選挙結果ですので、批判するたびにその批判者が、特にSNS上で厳しい批判にさらされていくことは念頭に置き、覚悟していかなければなりません。

このような点を踏まえながら新規記事「衆院選が終わり、今、思うこと」を通し、もう少し私自身の問題意識を書き進めてみるつもりです。EIさんのお考えや認識とは異なるかも知れませんが、ぜひ、ご覧いただければ幸いです。よろしくお願いします。

上記は私自身がKEIさんにレスした内容です。武蔵大学社会学部の千田有紀教授はPRESIDENT Onlineに『「高市首相をいじめる攻撃的なおじさん集団」社会学者が見たリベラルな若者ほど"立民離れ"起こした根本原因』という見出しの論評を寄せ、「中道、特に立民の敗北は、若い世代が立民のスタイルにうんざりしていることの表れではないか」と語っています。

高市総理の問題点や危うさを指摘することで若年層の支持を失っていくという構図は、たいへん悩ましい事態です。しかしながら上記のコメントのとおり問題視すべきことは、しっかり今後も指摘していかなければなりません。

その際、上から目線の「答え」を押し付けるような言動は慎み、それこそ対立を煽るのではなく、多様な考え方を認め合いながら共感を広げていくための言葉や態度が極めて大切な前提になっていくように思っています。

読売新聞の緊急世論調査でも、今回の衆院選の結果を「よかった」とする回答が55%だったことを伝えています。このような割合や構図は、私どもの組合においても大きな違いはないのだろうと思っています。そのため、組合員の皆さんに向けた情報発信のあり方が非常に重要な試みとなります。

特別執行委員に就任していますので、私が組合ニュースの最新号の原稿をまとめ、執行委員会で確認しています。組合の取り組みや方針が、組合員の皆さんから距離を置かれる要因になることを極力避けていかなければなりません。最後に「衆院選が終わり、改めて政治に関わる組合の取り組み方針等について」という見出しを付けたその原稿の要旨を紹介します。

2月8日投開票だった衆院選の選挙事務に従事された皆さん、たいへんお疲れ様でした。1月に入ってから唐突に決まった解散、投票日まで戦後最短の短期決戦だった36年ぶりの真冬の総選挙に全国の自治体職員は本当に苦労されたはずです。選挙結果は自民党の歴史的な大勝利となっています。

この機会に改めて組合の政治に関わる取り組み方針等について説明させていただきます。組合の活動は、すべて「組合員のため」を目的としています。組合員の生活を維持向上させるという目的のためには、各級議会に緊密な連携をはかれる議員がいることの重要さを認識し、連合や自治労は政党との支持協力関係を築いてきています。

つい最近結成された中道改革連合とも綱領などを基本的に賛同できるものとし、立憲民主党の時と同様、支援する方針を確認していました。このような産別方針を受けとめ、私どもの組合は地元選挙区の中道改革連合の候補者の勝利をめざしました。その候補者は都議会議員の時から推薦していた方です。結果は残念ながら議席を得ることができませんでした。ご支援くださった皆さん、ありがとうございました。

政党の多党化が進み、組合員の政治に対する考え方が以前にも増して多様化していることを念頭に置きながら、組合は政治に関わる取り組みに対応しています。したがって、選挙に関わる方針は組合員の皆さんに対し、これまで以上に重要性などを訴え続けることによってご理解やご協力を求めていくものだと考えています。今回の衆院選にあたっては突然の解散で自治労都本部の機関手続き日程から前号の組合ニュースで、このような説明や周知ができなかったことをご容赦ください。

候補者からの要請を受け、これまでも組合は公選ハガキの取り組みに対応してきています。組合が推薦している候補者を周知し、あくまでも一票を投じるための参考情報として当該の組合員の皆さんに送らせていただいています。組合予算に負担をかけず、住所等の個人情報にも配慮した取り組みであることをご理解くださるようお願いします。

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2026年2月 7日 (土)

明日は衆院選、今回もバンドワゴン?

2013年にインターネット選挙解禁となり、現在、SNSの活用によって当落が左右されるほどネット上での選挙戦略は重要視されるようになっています。ますますネットリテラシー、フェイクに惑わされないように情報の真偽を見抜く力が求められています。

SNS界隈の片隅で当ブログは20年以上、毎週末に更新を重ねています。「公務員のためいき」という看板を掲げているため、以前の記事「再び、地公法第36条と政治活動」に記しているとおり違法性が問われかねない情報発信に細心の注意を払っています。選挙期間中は個別の候補者名の紹介を控えるなど一定の制約を課しています。

とは言え、もともと時事の話題を頻繁に取り上げているため、選挙期間中は必然的に政治に関わる話が中心となっています。政党名や政党代表らの固有名詞は示していますが、あくまでも個人的な思いの論評であり、選挙運動と峻別するような記事内容に心がけています。

明日は衆院選の投票日です。自治体職員の立場からは一票の重みを認識しながら、ぜひ、投票所に足を運ばれるようお願いしています。これから全国的に降雪の心配もありますので、土曜のうちに期日前投票を済まされることもお勧めします。

今回も他愛のない近況をお伝えします。私どもの市役所では選挙期間中、イントラネットの掲示板で地位利用による選挙運動禁止等を伝える服務規律の周知がはかられます。この掲示板を見た直後、課長から「市長から渡すように指示があって」と一言添えられ、その服務規律を掲げたペーパーを受け取っていました。

以前の記事「身近な政治、市長選の話」で伝えているとおり都議時代から私どもの組合と推薦関係があり、20年以上前から懇意にさせていただいていた方が現在の市長です。ペーパーを受け取った後、課長に対して「私に渡すように指示があったのですか」と尋ねてみました。

すると「職員全員に周知するように指示されている」とのことでした。私のことを個別に心配され、注意喚起されたのではないかと少しドキッとしましたが、自意識過剰だったようです。せっかくの機会でしたので、課長にも前述したような私自身の心がけている点をお伝えしたところです。

さて、前回記事「36年ぶりの真冬の総選挙 」の最後に「新たに結成された中道改革連合の認知度を最終盤に向けて高めていくことで、久しぶりにバンドワゴン効果ではなく、アンダードック効果が発揮されることを願っています」と記していました。残念ながら最終盤に向けた調査では、さらに自民党との勢いの差が広がりつつあります。

2009年8月の記事「ネガキャンの中の自治労」の中で、バンドワゴン効果とアンダードッグ効果という言葉を説明しています。バンドワゴンとは行列の先頭の楽隊車のことであり、先行者に同調する傾向が強まる効果を指します。勝ち馬に乗るという言葉と同じ意味合いとなります。

アンダードッグとは負け犬のことであり、劣勢だった側を応援する傾向が出てくる効果を指します。判官びいきという意味合いと同じです。「自分が投票しなくても勝てそう」「あまり勝たせすぎてもいけない」「死票は投じたくない」など、事前の選挙予想は有権者の判断へ様々な影響を与えます。

また、候補者やその陣営に対しても、楽勝予想はラストスパートの緩みとなり、苦戦予想は必死の巻き返しにつながる場合がありました。このように投票日前の予想数字は両極端なアナウンス効果を生み出すため、投票箱のフタが閉じられるまで勝負の行方は分からないと言われてきました。

しかしながら最近の国政選挙では、アンダードッグ効果が働くことは皆無に近くなり、バンドワゴン効果の傾向が強まりながら事前の情勢調査のとおりの結果につながっています。今回の唐突な解散総選挙に際して「最近の選挙を巡る動きへの雑感」から一連の記事を通し、私自身の問題意識を綴っています。

衆院解散、中道改革連合に願うこと」という記事には、かつて常連だったKEIさんから久しぶりにコメントをお寄せいただきました。「これまで当コメント欄を通し、幅広い立場の方々からの率直な意見や批判に接することができたことを本当に貴重な機会だったものと感謝しています」と伝えながら次のようにレスしていました。

私自身にとっても分かりやすい政治の選択肢ができたように受けとめています。その上で、今回の記事本文に記したように今後「対立を煽り、分断を深める政治ではなく」という方向性に進むことを期待しています。

一方で、高市総理の「働いて、働いて…」という熱い思いなどは偽りのないものだろうと理解しています。さらに高市総理に対して「批判ありき」だった場合、強く支持されている方々を愚弄することになることも強く認識しています。

このブログを長く続けてきた中で、このような問題意識を強めてきています。そのため「批判ありき」の内容ではなく、新規記事「36年ぶりの真冬の総選挙」の中でも触れているとおり具体的な事例に対して個人的な意見を添えるように心がけています。

当たり前なことですが、どのような選挙結果が示されても民意の表われとして厳粛に受けとめていかなければなりません。ただ選挙に勝てば問題視すべき事例が、すべて許されたような構図につながることには注意を払う必要があります。

3年前の記事「明日は衆院選投票日、正直な政治への転換を!」を読み返してみました。自民党の敗北が旧統一教会や裏金の問題などを真摯に反省する機会につながったのか、正直な政治への転換につながったのか、甚だ疑問です。今回、このまま自民党が圧勝すれば、すべて終わったことになりかねないことを危惧しています。

女性自身の記事『「前時代的な発想」と一蹴…高市首相の“円安ホクホク”演説にみずほ銀行が異例の“警鐘レポート”発表でネット騒然』のとおり高市総理は応援演説で、円安は「輸出産業にとっては大チャンス。外為特会(外国為替資金特別会計)の運用、今ホクホク状態だ」と発言していました。物価高を容認し、物価高であえぐ中小企業、実質賃金が下回っている庶民の苦境を理解されていないという批判を受けました。

翌日、衆院選に向けたNHKの討論番組の出演を高市総理は直前に取りやめていました。「遊説中に腕を痛め、治療に当たっているため」という説明でしたが、その日の午後には予定通り遊説しています。週刊文春の記事は『《衝撃スクープ》高市首相「日曜討論」出演キャンセルは2日前から準備していた! 官邸関係者が明かす真相「小林鷹之氏に打診したが…」』という舞台裏を伝えています。

このような報道は最終盤の選挙戦において大きなマイナスに働いていくはずですが、高市総理の支持率が下降するような気配は見られていません。やはり今回の衆院選もバンドワゴン効果の結果につながり、高市総理にフリーハンドを与えていくのでしょうか。

最後に、ディリー新潮『ハネムーン終了前の電撃解散「高市総理」を悩ませる「三つのギャップ」とは』という記事を紹介します。高市総理は官僚からのレクを受けず、情報は紙で受け取っているようです。安倍元総理の「総理といえども、一人では何もできない。チームで事にあたれば、自分に足りないところを補ってもらえる」という考え方は受け継いでいないことを伝えています。

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