2008年7月 6日 (日)

過ちとその処分のあり方

土曜の夜、温暖化防止をテーマにした市主催の環境シンポジウムに参加しました。早稲田大学大学院前教授の原剛さんとNHKの気象キャスターである半井小絵さんの講演の後、市長とエコパートナー講座受講生をまじえたパネルディスカッションも行なわれました。最近の記事で書きましたが、連合三多摩の学習会で『不都合な真実』を見てから地球温暖化の問題に切迫感を抱くようになっていました。

CO2の排出をどのように少なくするかが注目を浴びがちですが、今回、地元農業の重要性を温暖化防止の視点から考えさせられました。つまり緑を多くすることによってCO2を吸収させていく、そのためにも農家の後継者や相続税の問題、地産地消の話などにも絡んでいく展開は非常に興味深く感じました。ちなみに半井さんはテレビで見るよりもスリムで、たいへん魅力的な方でした。

さて、本題です。街の壁でも新幹線でも許される落書きはありません。まして外国の世界遺産への落書きなど、もってのほかであることは言うまでもありません。岐阜の短大生によるフィレンツェの大聖堂落書き問題は、思いかげない広がりを見せました。高校野球部の監督による落書きも発覚し、次の報道のとおり監督を解任される騒ぎまで起こりました。

水戸市の私立常磐大高校(浅岡広一校長)野球部の男性監督(30)がイタリア・フィレンツェの世界遺産「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」に落書きした問題で、同校は30日、監督を29日付で解任したと発表した。同校によると、監督は2006年1月に妻と旅行で訪れた際、2人の名前を漢字で壁に書いたといい、「大聖堂入り口で現地の人に勧められてペンを購入し、軽い気持ちで書いてしまった」と説明しているという。同校は昨夏の県大会準優勝校。学校側は「教育機関にある者として恥ずべき行為」としているが、県大会の出場は辞退しない方針。【2008年6月30日読売新聞】

確かに思慮不足の許される行為ではありませんが、そこまで厳しく罰することが妥当だったのかどうかは少々疑問に思っています。イタリア側のマスコミによると「行為はひどいが、解任や停学はやり過ぎ」との論評が多く、「日本のメディアによる騒ぎは過剰だ」と批判的な論調です。

そもそも大聖堂に昇る途中の階段の壁は、様々な言語による落書きで一杯だそうです。その上、大聖堂の入口付近に「油性マジック売り」が何人もいて、観光客のカップルに「壁に2人の名前を書くと永遠の幸せが約束されるんですよ」と勧められた時、絶対、自分はその監督と違う行動が取れると言い切れるでしょうか。

基本的に完璧な人間は存在しません。時に人は過ちを犯し、その過ちに悪意がなく、意図的なものではなかったとしても、その過ちに見合った罰を受けなくてはなりません。街の美観を損ねたり、新幹線を運休させてしまうような悪質なものもあり、どのようなケースでも落書きを決して容認できるものではありません。

ただ今回の大聖堂の落書きは客観的な状況を含めて判断した場合、情状酌量の余地もあり得たのではないでしょうか。当然、何らかのペナルティは必要だったと思いますが、解任という処分は重すぎるように感じています。過去の記事「責任の処し方、あれこれ」でも記しましたが、この問題で選手たちの県大会出場の是非まで取り沙汰されるなど論外な話だと考えていました。

幸い出場辞退の選択肢は消え、監督を専業としている人ではなく、解任イコール職を失う処罰ではなかったようです。しかしながら教師として学校に残れるとは言え、熱心な指導で選手を育て、甲子園に手が届く所まで来た矢先の監督解任は痛恨の極みだったろうと思います。選手たちに与える影響も少なくないことは確かです。

この話に関連し、と言うよりも、次の報道に対しての問題意識が強かったため、今回のような記事内容の投稿に至りました。これまで何回かコメント欄に火がつく当ブログにとって鬼門と言える話題かも知れません。あえて触れるのもどうかと考えましたが、厳しい反論は反論として率直に受けとめる覚悟で、自分なりの問題意識を綴らせていただきます。

政府の有識者会議「年金業務・組織再生会議」(座長・本田勝彦日本たばこ産業相談役)は30日、社会保険庁を解体して10年1月に発足する非公務員型組織「日本年金機構」の業務や運営に関する最終報告書をまとめ、渡辺喜美・行政改革担当相に提出した。懲戒処分歴がある社保庁職員は正規職員として採用せず、期間を定めた有期雇用とする。期間も当初案は「3年以内」だったが、初回は1年に短縮。今後5年程度で完成する年金記録システムの刷新などに伴う人員削減の対象とし、機構発足後6年程度で雇用契約を更新しないと明記した。

政府は報告書の内容を、新機構の基本計画として、4日に閣議決定する。懲戒処分歴のある職員は867人。厚労省案は「不可欠な人材」のみ正職員への採用を例外的に認めていたが、「正職員への抜け道になる」といった意見が相次ぎ、例外規定を削除。有期雇用とし正職員とは退職金に差をつけるべきだとした。有期から正規への登用の道は残したものの、「第三者機関による厳正な審査」を条件とした。

人員削減面では、現在1万3113人の正規職員を機構発足時に17%減の1万880人とする。民間からの外部採用枠を1000人とするため、社保庁から移行できる定員枠は9880人で、実質25%の削減になる。一方で「宙に浮いた」年金の記録問題の解決に必要な人員には報告書では考慮せず、対応が必要な場合も、正規職員の増員ではなく、外部委託などの活用を求めるにとどめた。このほか報告書は、第三者機関が業務を監査できるよう法整備の検討を求めた。【毎日新聞2008年7月1日】

社会保険庁の不祥事と信用失墜の問題は繰り返して申すまでもありません。これまで当ブログでも数多くの記事を投稿し、たくさんの方々からコメントをいただいてきました。今回、気になった問題は1点です。犯した過ちに対し、その重さに相当する停職などの懲戒処分が課せられます。免職以外は、自分が犯した過ちを厳しく反省した後、再チャレンジが許された処分だと言えます。

それが「社会保険庁解体」というシンボリックな大きな岐路に際し、「懲戒処分歴がある職員は正規採用しない」という発想が浮上してしまいました。「不祥事を重ねてきた社保庁職員は全員入れ替えろ」との極論まで耳にする中、むしろ「手ぬるい」と思われている方々も少なくないのかも知れません。民間会社が倒産した場合、社員は一斉に職を失うことに比べたら「恵まれている」とのご意見もあろうかと思います。

それでも雇用を守る切実さを第一義に考える労働組合の役員の立場からは率直な思いとして、とても残念な動きだと受けとめています。同じ公務員であり、身内に甘い考えだとの批判を受けるのかも知れませんが、処分が二度課せられるような今回の方針に対して強い違和感を抱かざるを得ません。

憲法第39条の二重刑罰の禁止「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない」の趣旨から考えても理不尽な話だと思っています。本来、「社会保険庁解体」は組織としての問題であり、過去、電電公社や郵政の民営化にあたって基本的に職員全員が新会社へ採用されてきました。そのような前例は事業の継続性の面から効率的かつ現実的な対応だろうと見ています。

確かに社会保険庁に対しては様々な意味で、国民からの悪感情がうずまき、今回の記事のような主張を行ないづらい現状も理解しているつもりです。それでも個人的な意見を託せるのがブログの特色です。したがって、今回、過ちとその処分のあり方の是非に絞って、自分なりの問題意識を書き込んでみました。たいへん長い記事となって恐縮でしたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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2008年6月29日 (日)

新たな人事評価制度

珍しいパターンですが、最新記事「市の事業をNPOが点検」へのコメントは少なく、その前の記事「公務員賃金の決められ方」に多くのコメントが寄せられた1週間でした。やはり橋下知事と大阪府の組合との労使交渉が注目を集めた時期だったため、公務員の組合役員が運営しているブログへ一言物申したい方が少なくなかったようです。

ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、右サイドバーの「最近のコメント」覧に示されている名前をクリックすれば、そのコメント内容の箇所へ一気に飛ぶことができます。コメント欄を開いて、いちいちスクロールする手間が省けます。コメント数が多い時、便利な機能ですのでご活用ください。

さて、昨日の土曜、自治労都本部組織集会に参加してきました。以前の記事「公共サービス基本法」でも取り上げましたが、今回も民主党「次の内閣」総務大臣の原口一博さんからお話を伺う機会を得ました。講演のタイトルはその時と同様でしたが、興味深い新たなエピソードが豊富に添えられ、よりいっそう熱のこもった原口さんの語りを聞かせていただきました。

その他、人事院勧告期に向けた取り組みの提起など、朝から夕方まで盛りだくさんな内容の集会でした。日々変化し、多岐にわたる情報や情勢を整理する上で、このような集会は貴重な機会となっています。今回の記事では、自治労本部労働局の方から報告を受けた公務員の新たな人事評価制度について掘り下げてみます。

先日閉じた第169回通常国会の終盤、国家公務員制度改革基本法が成立しました。中央省庁の人事管理の一元化が盛り込まれるなど、「省益」優先の縦割り行政や天下りの解消に向けた一歩を踏み出したとの評価もあります。一方で今後、官僚の巻き返しによって骨抜きにされる懸念が否めないとも言われています。

自治労本部役員の方からは、公務員に対する新たな人事評価制度の課題を中心に話していただきました。理念法の位置付けとなる国家公務員制度改革基本法の中では「能力及び実績に応じた処遇を徹底するとともに、仕事と生活の調和を図ることができる環境を整備し、及び男女共同参画社会の形成に資すること」と記されました。

この基本法に先がけ、昨年7月6日に公布された国家公務員法の一部改正で「能力及び実績に基づく人事管理」が明文化されていました。公布の日から2年以内の施行が定められているため、来年4月又は7月には施行される見通しです。同じ内容が盛り込まれた地方公務員法及び独立行政法人法の一部を改正する法律案は、昨年5月29日に閣議決定されていますが、現時点では国会での趣旨説明にも至っていないそうです。

焦点化されていた国家公務員の制度論議の区切りがついたため、次の臨時国会あたりで一気に成立する可能性が高まっています。そのような情勢を踏まえ、組織集会の中での重要なテーマの一つとなっていました。これまで「職員の給与は、その官職の職務と責任に応じてこれをなす」とし、公務員給与は職務給の原則を根本基準としていました。

成績主義の原則もありましたが、競争試験によって選抜されたことをもって能力は一律とみなされる仕組みだったと言えます。年齢や学歴区分等に応じた初任給格付けがあり、それ以降、長期間病気などで休まない限り、1年ごとに定期昇給できるのが基本でした。給料表は、部長、課長、係長などの職層に応じた等級に分かれ、昇任することによって支給される給与の額が枝分かれしていく仕組みでした。

つまり採用された後の個々人の能力の差は問わず、さらに係長としての職務はこの水準、課長はこの水準と定めた給料が支給されています。このような仕組みは「頑張っても頑張らなくても、同じ給料ならば楽をしよう」と考える職員が多く出そうな見方をされがちです。そのような職員は稀な存在だと思っていますが、頑張り方に対する個人差もあり、相対的な面から「働かない職員」が出てくるのも確かです。

いずれにしても今後の制度見直しでは、能力及び実績に基づく人事管理が徹底化されていくことになります。昇任にあたっては、職員の人事評価と能力の実証が求められます。また、日常的な職務の遂行にあたり、職員が発揮した能力や業績を評価し、昇給額や一時金の額に差がつけられていきます。1年間で1号給の昇給幅だった額が4分割された給料表への変更は、査定給制度の導入が前提であることは言うまでもありません。

地方公務員の制度変更までに少し時間があるかも知れませんが、このような大きな流れを拒むことは簡単ではありません。避けられない課題だとしたら、いかに公平公正な人事評価制度を確立できるかが重要なポイントだろうと考えています。公務における評価のあり方、最近目立ち始めた「脱成果主義の動き」などを充分検証し、組合としても人事当局へ率直な問題提起を行ない、ベターな人事制度をめざしていきます。

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2008年6月21日 (土)

市の事業をNPOが点検

金曜の読売新聞朝刊の地域版の頁を開くと「町田市事業 NPOが点検」という見出しが目に入りました。朝は出かける支度に忙しく、詳しく読まないまま記事のことは忘れていました。その夜、私どもの組合の先輩である自治労都本部委員長から電話があり、その新聞記事に関しての話題が出て、改めて朝刊を読み直す切っかけを得ました。

今後、私どもの市へも影響を受けそうな動きであり、貴重な情報を充分把握しないまま見過ごすところでした。先輩からの電話に感謝しながら今回、当ブログの題材として取り上げてみました。その記事によると町田市は、NPOが点検する必要性を判断し、点検によって示された評価は「来年度予算に反映」とも記されていました。

町田市は、市の事業が本当に必要かどうかについての評価を、政策提言をしているNPO「構想日本」(千代田区、加藤秀樹代表)に委託した。NPOの評価は、来年度の予算編成に反映させる。7月26日には、点検作業が市文化交流センターで公開される。同NPOに委託するのは都内の自治体では初の試み。石阪丈一市長が19日の定例記者会見で明らかにした。

今回の特徴は、市と利害関係がない第三者が評価すること。担当するのは、NPOが派遣する自治体職員や学識経験者ら20人。市内部や議会のチェックでは、「税金支出が法的に問題ないか」がポイントとなるが、今回は「必要性があるか」「必要なら、市で行うべきか、民間に任せられないか」「効率的に行われているか」といった視点で事業のあり方を考える。

石阪市長は「市内部の点検では、言いにくいことも、第三者機関なら、ズバリと言ってくれる利点がある」と導入の狙いを話す。評価の対象とするのは、負担額が大きい道路補修や街路樹整備、廃棄物処理、公園、図書館管理など34事業。評価者は、市担当者からの事業説明、質疑応答を通し、1事業30分程度で点検する。時間は午前9時から午後5時まで。

同NPOへの評価委託費は70万円。石阪市長は「2、3年に1回くらいのペースでやりたい」と話す。同NPOは2003年度から、横浜市や浜松市など約20市町で点検を実施している。財政的に苦しい自治体からの依頼が多く、不要事業の大幅見直しなど、厳しい提言で、自治体の財政再建を後押ししている。(2008年6月20日読売新聞)

以上が読売新聞に掲載されていた記事の全文です。委託先のNPO「構想日本」とは、「日本を生き生きした魅力ある国にしたい」という思いで政策を作り、その政策の実現するための活動を行っている非営利団体で、 1997年から活動しているそうです。詳しい活動内容や運営メンバーなどは、リンク先のホームページでご確認ください。

「構想日本」の活動理念などは高邁な雰囲気が感じ取れ、第三者機関から事業の客観的な評価を受ける町田市の姿勢も評価しなければなりません。ただ1事業30分程度でのヒアリングで判断されるとしたら問題であり、各事業の細かい背景や内容をどこまで熟知した上で一定の結論が示されるのか、非常に大事なポイントだろうと思っています。

例えば私どもの市では、市立図書館を指定管理者へ移行する計画があります。それに対して当ブログの記事を通し、様々な問題点を提起してきました。「図書館に管理者制度」「図書館に管理者制度 Part2」「図書館の役割と可能性」で訴えてきましたが、当該の図書館職員からすれば、もっともっと言いたいことがあるはずです。このように一つ一つの事業に対し、幅広い見方や評価があり得ることを常に意識しなければなりません。

また、日頃「運動」とは縁遠かった市民の皆さんが指定管理者の動きを心配し、「図書館を考える会」を立ち上げていました。この6月市議会へは「考える会」から「指定管理者導入に対する市の検討は不充分で、時間をかけて検討してほしい」と要望した陳情が出されていました。諮問機関の図書館協議会や運営に携わるボランティアらにも意見を聞いてほしいと記された陳情でした。

この陳情は文教委員会で採択された後、市議会最終日の本会議でも15対14の僅差で採択されました。今後、労使交渉の場でも徹底的な議論を重ねていく中、「慎重に検討すべき」との市議会の意思は、たいへん心強い追い風だと受けとめています。とにかく多様な声を踏まえ、多面的な検討を加えることは、市の事業の適切な方向性を判断する上で欠かせない手間ヒマだと思っています。

今後、NPOなど第三者機関が市の事業を評価する手法は、一気に広まっていくのかも知れません。しかしながら最終的な結論を導き出す過程は、市民の皆さんからの多様な声を吸い上げ、より慎重に検討していくことが肝要ではないでしょうか。一度、踏み出すと簡単に後戻りできないのが行政の習性であり、しみじみとそのように考えています。

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2008年6月15日 (日)

公務員賃金の決められ方

コメントの数が前々回記事「橋下知事の人件費削減案」に比べ、前回記事「微熱状態でのコメント欄雑記」は極端に少なくなりました。特に訪問者数が減った訳ではなく、以前にも記しましたが、記事内容を吟味した上で投稿されている読者の皆さんの心遣いを感じ取っています。これまでコメント投稿者同士の議論も歓迎し、記事内容に直接関連しない意見や質問も、当ブログの位置付けや趣旨を踏まえた内容であれば受け付けてきました。

と言うよりも、投稿したコメントは即時に反映され、まったく場違いな内容以外、後から削除することはありません。ブログによってはコメントを一切受け付けない、もしくは承認制にしている場合も見受けられます。公務員にとって耳の痛い声を聞ける場の意義を見出している中、オープンな姿勢は当ブログの生命線であり、コメント欄を閉じる時はブログそのものを閉じる時だと考えています。ぜひ、これからも皆さんのご理解ご協力をよろしくお願いします。

さて、今回の記事では、改めて公務員賃金の決められ方について綴ってみます。参考資料として、手元に3冊の本を引っ張り出してきました。自治労が発刊している『自治体労働者の賃金』と『公務員給与の回顧と変遷』、もう1冊は主任職選考などの受験勉強に必須な『自治体職員ハンドブック』です。まず客観的な位置付けを整理する上で、『自治体職員ハンドブック』から特筆すべき箇所を紹介します。

「地方公務員制度の基本理念」の項で、「勤労者としての地方公務員」の小見出の後に「地方公務員は、私企業の労働者と異なり使用者との合意によって賃金その他の労働条件が決定されるものではないが、自己の労働提供への対価である報酬によって生計を維持する勤労者である」と記述されています。

「職員の労働関係」の項では、公務員も「労働基本権の保障が原則として及ぶものと考えられている」とした上で、争議権など一部の「労働基本権が制限されている」と記されています。労使による交渉事項は「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件」としています。したがって、一定の制約はありますが、公務員の組合も賃金決定に関与する当事者であることを押さえなくてはなりません。

そして、労働基本権制約の代償措置として人事院や人事委員会があり、「職員の勤務条件が社会一般の情勢に適応するよう随時適当な措置を講ずべきこと」とした情勢適応の原則のもと、少なくとも年に1回、公務員の賃金水準が適当かどうか勧告される仕組みとなっています。さらに均衡の原則のもとに民間賃金との比較調査が行なわれ、毎年8月以降、その調査結果に基づいたプラスマイナスの賃金改定率が示されてきました。

人事院勧告に向けた調査方法などは、人事院のホームページの中で詳しく公表されています。概要のみ紹介しますが、人事院は同種同等の原則を踏まえ、企業規模50人以上、かつ事業所規模50人以上の事業所を調査対象としています。その全部について短期間に調査することは不可能なため、毎年、標本事業所を抽出しています。昨年4月は10,154事業所の実地調査を行ない、調査実施人員428,916人、78職種、平均年齢41.4歳、平均給与月額(俸給及び諸手当の合計)401,655円の数値結果を算出しています。

なお、すべての自治体が人事委員会を置いていませんので、規模の小さい自治体は国の人事院勧告などを基本に賃金改定が進められます。私どもの市は東京都人事委員会の勧告内容を基本とし、労使交渉を経て新たな賃金水準を決めていきます。このような人事院勧告の流れなどを説明すると、特に組合が関与しなくても自動的に決定できるような印象を与えるかも知れません。

『公務員給与の回顧と変遷』の冒頭、「昭和23年以降昭和38年までの約15年間の長い間(それは我が国の戦後政治・経済の混乱期であったにせよ)、公務員にとって受難の時代が続きました」と書かれています。つまり人事院勧告の値切りや凍結が続き、代償措置としての機能を充分発揮させられなかったことを悲嘆する言葉でした。昭和30年代に入り、公務員の組合も春闘の戦列に参加し、政府や人事院との直接交渉を強めることで、ようやく「完全実施」を基本とするサイクルへの転換を果たせたようです。

この事例からも分かるように勤労者側の声を代弁する労働組合が賃金決定の過程に関われなかった場合、使用者側の都合で無原則な賃金の値切りが起こりがちです。よく「経営が厳しかったら民間では賃金カットが当たり前」との声を耳にしますが、本当にそのような実情を「当たり前」と言い切って良いのでしょうか。ここで、労働基準法による「労働者」の定義を整理してみます。ちなみに有名な八代尚宏教授の著書『雇用改革の時代』から引用しています。

「労働者」とは、「仕事上の指揮・命令を受け、勤務時間・場所が指定される代わりに、賃金を受け取る者」である。ここで「命令を受ける」という意味は、「企業経営上の責任を負わない」ことであり、「賃金」とは「企業利益の短期的変動にかかわらず固定した報酬」の意味に等しい。すなわち、経営リスクを直接負わずに安定した報酬を保障されているのが労働者であり、企業の総収入から賃金等の固定費を支払った残り分(残余請求権)を取る者が経営者・事業主である。

この理屈で考えれば、経営が厳しいから固定費である賃金をカットするという手法は禁じ手だと言えます。経費節減のために原材料費の価格そのものや税金の額を値切ることができない話と同様、本来賃金は経営者の思惑で簡単に切り込めない領域であるはずです。残念ながら「会社が潰れたら元も子もない」との言葉を振りかざされると「賃金カットもやむを得ない」と引き下がってしまう社会的な雰囲気が強まっています。

また、公務員賃金の原資は「税金」であるため、ますます大阪府の人件費削減問題で橋下知事に抵抗する労働組合側が「悪者」扱いされがちな風潮です。自治体職員一人ひとりが財政状況の厳しさを受けとめ、その再建に向けて努力することに異論を加えるものではありません。とは言え、経営リスクや責任を労働者へも転嫁する賃金カットが、どうしても避けられない場合、最低限労働組合へ提案し、労使合意の上に実施するのが筋ではないでしょうか。このことは官民を問わず、経営側が守るべき基本姿勢だろうと思っています。

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2008年6月 8日 (日)

微熱状態でのコメント欄雑感

小中学校の頃、予防接種を受ける時の問診票には必ず自分の体温を記入する欄がありました。それでも自分自身の平熱をあまり意識しないまま大人になっていたようでした。市役所に入って健康課に所属していた時、電子体温計を大量に購入しました。念のため、係員皆で欠陥品が含まれていないかどうか試してみました。

その際、私の計測値のみ常に35度前後でした。水銀体温計の目盛は35度から始まるため、電子体温計ではないと計測できない34度9分という数字まで示されていました。結局、電子体温計はすべて正常で、私自身の平熱が35度であったことを知る機会となりました。それまで36度台ならば平熱だと思っていましたが、充分熱のある状態だったことを振り返ると苦笑したことを思い出します。coldsweats01

と言う訳で、38度まで熱が上がった先週は仕事まで休むことになり、職場や組合の役職員の皆さんにはご迷惑をおかけしました。月曜の朝には100%体力を回復して出勤できるよう土日は静かに過ごしています。そのような中、先週土曜に投稿した前回記事「橋下知事の人件費削減案」に対し、毎日数多くの方からコメントを寄せていただいています。これまで一つの記事に対する最高は「公務員に組合はいらない?」へ寄せられた87件でした。

その数をすでに上回っていますが、少し傾向が異なっています。「公務員に組合はいらない?」の時は社会保険庁の年金記録漏れに端を発し、感情が先走った批判コメントが目立っていました。いわゆる「炎上」気味になっていることを心配され、ブログの休止をアドバイスくださる常連の方もいらっしゃるほどでした。今回は途中から黙考人さんの主張に対し、数人の方々がハイレベルの議論を重ねる展開となっていました。

大阪府の人件費の問題が国の経済政策のあり方などに広がり、耳慣れない専門用語も散見しながら良い意味で圧倒された一週間でした。博識の方が多いことに目を見張り、自分自身、たいへん勉強になっています。特に黙考人さんの引き出しの多さや広さには感嘆し、様々な問いかけに対する精力的な対応に頭が下がっています。本来、私自身が人勧の調査企業数の問題など答えるべき点も含め、即座に説明いただき非常に恐縮しながらも体調不良の折、たいへん有難く感謝していました。

これまでの傾向から前回のような題材は、火中の栗を拾う面があることを覚悟していました。したがって、手厳しいご意見や問いかけは予想し、そのような声を伺えることも貴重なことだと考えていました。同時にバッシング的な声だけではなく、黙考人さん、あっしまった!さん、Kさんらのようなご意見を伺えたことの意義も大きく、たいへん勇気付けられる機会となっています。

具体的な点として、人件費さんが一環して主張されている情報開示に関しては、まったくその通りだと受けとめています。言うまでもなく「ヤミ」と誤解されるような正すべき襟があった場合、直ちに襟を正していかなければなりません。その上で、賃金水準などが高いか安いかの評価に対しても、幅広い住民の皆さんから納得いただけるような説明責任を果たすべきものと思っています。

大阪府の労使交渉の場面がテレビで、たびたび流されています。また、サラリーマンさんからは“橋下知事へ「府職員も大阪府民やで!人件費カットで誰が笑えるねん!ほんまに大阪がよくなること考えて行動してや!」”というサイトをご紹介いただきました。確かに手取り35万円の職員が「削減されたら生活できない」と訴えても幅広い支持を得られないどころか、そのサイトに寄せられている声のように反発されるものと見ていました。

これまでの収入を前提に設計してきたライフプランが狂い、可処分所得が圧縮される事態を決して軽視するものではありません。しかし、「生活ができなくなる」ような時代掛かったセリフは、今回のような場面においては適切ではなく、空気が読めない言葉だったと思っています。そのような見方は当ブログを続けていることによって、肌身に接してきた一つの感覚でした。

したがって、今回の橋下知事の人件費削減提案は圧倒多数の府民の支持を得て、それに異論を唱える組合側が「抵抗勢力」として位置付けられる構図は避けられないものと思っていました。それでも「はい、分かりました」とは言えない組合側の立場も理解できます。今回の提案に対し、圧倒多数の組合員が納得していないのが見込めるからです。その声を無視し、組合執行部が最初から対立を避けた場合、怒りの矛先が組合執行部に向きかねません。

大阪府の決着が全国に及ぼす影響は大きく、私どもの組合にとっても対岸の火事ではありません。自分が反論する組合側の一人だった場合、Kさんが強調くださっている人材確保の面などを強く訴えることができますが、何よりも問いたいのは職員の思いをどう見ているのかという点です。大阪府の組合執行部も圧倒多数の府民が橋下改革を支持している情勢を踏まえ、最終的には削減案を受け入れざるを得ないはずです。

今後も橋下改革を進める上で、労使交渉の必要な場面が多く、職員一人ひとりの士気や結集力を高めることが求められているのではないでしょうか。そのように考えた時、あえて労使が真っ向から対立する場面を作り出した橋下知事の手法は残念であり、もう少し違った工夫や合意形成をはかる丁寧さが必要だったものと見ています。誤解がないよう申し添えますが、非公開で「談合」的な決着をはかるべきとの主張ではありません。

なぜ、削減が必要なのか、なぜ、その削減率なのか、そのような疑問点などが解消され、納得した上で、職員が一丸となって次のステップに向かえるかどうかは非常に重要なプロセスだったはずです。今回のように橋下知事だけ府政の「救世主」的な持ち上げられ方がされ、職員やその組合を「抵抗勢力」と際立たせた手法は多くの府民からは喝采を浴びましたが、職員の大半と深まった溝の修復には長い時間を要するものと思っています。

前回記事のコメント欄では、無精者さんのように初めてお目に掛かる方もいらっしゃいました。とりわけ地方公務員の働きぶりに対し、たいへん辛口な評価であることが無精者さんのコメント内容からストレートに伝わってきます。逐次反論するのではなく、ご指摘通りの至らない現状は改めていく戒めとする一方、ある意味で誤解されている先入観は拭えるような情報発信力も重要だろうと考えています。とは言え、公務員を代表している訳ではない一地方公務員の決意表明でしか過ぎませんが…。

コメント欄の議論で比重を占めていたテーマの一つとして、労働力も含めた「市場原理主義」に対する価値観が争点化されていたように見ています。私の考え方は過去の記事「公共サービス基本法」や「脱『構造改革』」宣言」で書いたとおりであり、労働力に対しては「労働ダンピング」で記したような問題意識を持っています。より強い者を強くし、結果として全体の底上げをはかるという路線に対して限界や歪みを感じています。

体調不良で安静にしていた時間を使い、与謝野馨前官房長官の『堂々たる政治』を一気に読み終えました。ご存知のとおり政権与党の中でも「上げ潮」路線の是非など、今後の「改革」の進め方についての議論が分かれています。したがって、専門に研究していない一市民の立場から簡単に結論が出せる問題ではなく、要は一人ひとりがどの方向性を支持するのかどうかの問題だと思っています。

このブログへコメントを寄せられる皆さん、本当に博識な方が多く、ご自身の主義主張に自信を持たれている方が多いのも感じています。ここで、お願いがあります。それぞれの方が書物や実体験を通して培ってきた考え方が簡単に変わるものではありません。だからこそ、その考え方は間違っていると詰問調の問いかけよりも「私はこのように考えています」とアピールし、「なるほど」と相手に思わせるような発信の仕方にご協力ください。

管理人の私自身も含め、ブログの世界が実生活に占める割合は数%でしかありません。ブログの影響力や可能性を過小評価するものではありませんが、このブログに関わることで消耗したり、不愉快な思いが残るような議論は避けなくてはなりません。そのためにも謙虚な気持ちで他者の意見に耳を傾け、自分の意に反する内容一つ一つに反証を加えるような議論は極力控えるようにご理解ご協力をお願いします。

まだ微熱状態から抜け切れず、取りとめもない記事となって申し訳ありません。以前から申し上げてありますが、コメント投稿者同士の議論も歓迎しています。したがって、前回記事で盛り上がっていた議論に決して水を差すものではありません。心構えの一つとして受けとめていただければ幸です。また、今回の記事に対しても、もっと踏み込んで具体的な話を問いただしたい箇所や異論を加えたい内容が少なくないかも知れません。

このブログは過去の記事の積み重ねの上に今回記事があるものと考えていますが、一期一会の精神も忘れていません。そして、これからもコメント欄を通した議論も大切にしていくつもりですが、時間的、体力的なペース調整にも注意しながら対応させていただく予定です。即答できない時が増えるかも知れませんが、ブログを続けていく困難さと意義を感じている中、長い目で見ていただければ誠に幸です。

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2008年5月31日 (土)

橋下知事の人件費削減案

出勤前の時間、テレビは「朝ズバッ!」を映しています。支度しながらですので、じっくり見ている訳ではありませんが、みのもんたさんの一言二言に突っ込みを入れたくなる時があります。みのさんは、安倍政権の「官邸崩壊」の立役者の一人だった井上秘書官と同じ逗子に住み、二人は居酒屋で情報交換する仲でした。みのさんの発言の影響力を高く評価していた井上秘書官は、会うたびに安倍前首相や政策の素晴らしさなどを訴えていたようです。

その努力が実ったためか、年金問題で安倍内閣に逆風が吹き荒れていた時でも、みのさんからは政権擁護の発言が目立っていました。また、公務員関連の不祥事が報道されるたび、手厳しい言葉で批判するのも定番でした。歯に衣着せずに発言するスタイルがみのさんのセールスポイントですが、もう少し基礎知識を勉強してから話せば良いのにと思う場面も少なくありません。

スポーツニュースの時間、北京五輪の出場権をかけた男子バレーボールのアジア予選で、日本と争う国はオートラリア、韓国、イラン、タイであると説明されました。その直後、みのさんは「イランもアジアなんですね」と一言発しました。思わず、それを言うのならば「オーストラリアもアジア予選なんですね」だろうと心の中で突っ込みを入れていました。

さて、とにかく著名人がテレビで発する言葉の影響力は非常に大きく、宣伝効果も抜群です。宮崎県の東国原知事がテレビ出演などを通し、もたらした経済効果は1年間で492億円と試算されています。大阪府の橋下知事のマスコミへの露出も負けず劣らず、経済効果の押し上げに一役買っているものと思いますが、マイナスイメージを発信している気配もあります。来春入庁する府職員の採用試験の申込者数が前年度より4割減となりました。

橋下知事は府職員に対して「破産会社の従業員の自覚を」と述べ、大幅な賃金カット方針を打ち出しています。やはり「破産会社」に魅力を感じる人が少ないのは当たり前な話です。それでも橋下知事は「(待遇に)不安を抱く人がいるのかも知れないが、難局を一緒に乗り切ろうと意欲を持って来てくれる学生がこれだけいるのは心強い」と話しています。一方、法政大学の早川征一郎教授は「大幅な人件費削減方針が影響し、公務員になりたい人が大阪府から他の自治体に流れたと考えるのが自然。仕事への情熱だけで優秀な人材を確保するのは難しいのでは」と評しています。

橋下知事は財政非常事態宣言を発し、2008年度予算で380億円の人件費削減を柱とする歳出削減案を掲げていました。その他に私学助成などの事業見直しで440億円の削減、府有施設売却などで280億円の歳入増を確保し、予算総額で1100億円を捻出するよう指示していました。その方針に基づき、大阪府当局は総額約350億円の人件費削減案を5月22日に労働組合へ提示しました。

警察官や教職員を含めた一般職の基本給削減率は、管理職12~16%、非管理職4~10%とし、3年間実施する案です。平均削減率は12.1%となり、退職手当も5%カットします。大阪府の給与水準は、国家公務員を100として比較するラスパイレス指数が89となり、都道府県で最下位となる見通しです。

橋下知事は「事業の見直しで、人件費にも切り込まざるを得なかった。今、手を緩めたら将来世代に大きな影響が出る。この程度は負担しなければならない」と説明しています。知事自身は、基本給(145万円)を30%、退職手当を50%カットするようです。タレントと弁護士の二束の草鞋を履き、莫大な収入を得ていた橋下知事にとって、このような削減は本当に「この程度」との認識なのだろうと思います。

さらに橋下知事が非公務扱いでテレビに出た時の出演料に対し、「私の考えとしては、非公務での出演料は個人の所得として税金を払った上で、政治活動資金にさせてもらいたい」と語っているそうです。講演についても、知事就任までは1回につき150万円ほどの講演料を受け取っていたようですが、「金額の妥当性、また、講演の対価として受けることがいいのか検討したい」と述べ、曖昧な姿勢を見せていました。

特別職である知事は出演料などの副収入を得られるのかも知れませんが、一般の職員は法的に兼業が禁止されています。もっともっと収入を得たいと思っても、公務員はアルバイトができません。それは職務に専念する義務があるからです。例えば夜間のアルバイトをして、昼間の公務に支障が出ることが絶対許されないからです。その代わり余程ぜいたくをしない限り、生活に困らない賃金が保障される処遇となっていると言われてきました。

また、公務員は労働基本権が制約されています。その代償措置として人事院勧告があり、民間の賃金水準との均衡をはかるような仕組みとなっています。公務員賃金は「高い」と言われがちですが、民間相場の反映であることを留意いただきたいものと思っています。以上のような公務員特有の制約を横に置いたまま、財政再建の一手法として賃下げ提案が強行されていった場合、際限のない公務員賃金の削減スパイラルが始まる懸念を抱いています。

職員やその労働組合が財政再建を決して軽視するものではありません。しかし、年収で平均50万円近い減額に対し、大阪府職員の「懲罰のようで、意欲まで削られそうだ」と嘆く声は他人事とは思えません。「公共サービスは赤字が当たり前、だから安直な人件費削減は問題」と反論する組合の主張は、広く共感を得られる言葉とはなり得ません。残念ながら公務員以外の住民の大半が橋下知事の掲げる賃金カット案を歓迎していく構図は避けられません。

今後、労使交渉も情報公開の対象となる動きが強まる中、今回の大阪府のようにニュースとして流れる場面が増えてくるのかも知れません。万が一、そのような席に自分自身が組合側の立場で座った際、どれだけ短いフレーズで広く共感を得られる言葉が発せられるかどうか自問自答しています。その意味で、このブログを通して公務員賃金のあり方などを深く掘り下げていければと考えています。

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2008年5月24日 (土)

たまには気ままに雑談放談

中国の四川大地震による死者は5万人を超え、日を追ってその数が増えていく悲惨な状況となっています。ミャンマーを直撃したサイクロンによる死者数は13万人超と言われていますが、軍事政権が外国人の立ち入りを制限しているため、被害状況の全容が明らかになっていない現状です。自然の猛威によって、平穏な生活が引き裂かれた被災者の皆さんに対し、心からお悔やみ申し上げます。

その中で、手抜き工事によって崩壊した学校が多かった問題など、社会的な理不尽さから人命の明暗を分けた悲劇は明らかに「人災」だったと言わざるを得ません。同様に国際的な援助を拒んでいたミャンマー軍事政権の姿勢も、そのことによって救われる命が手遅れとなっているのならば厳しい批判は免れません。人間が大自然の力をコントロールすることは基本的に不可能です。しかし、人間の手が届く力によって、被害を最小限にとどめることは充分可能なはずです。地震大国である日本は、とりわけ四川大地震から改めて教訓化すべき点が少なくないものと感じています。

大自然の話でつなげれば、地球温暖化の問題が避けて通れません。昨日、連合三多摩主催の政策制度学習会があり、地区協役員の立場で参加してきました。CO2削減に向けた環境問題をテーマとし、『不都合な真実』の上映を中心とした催しでした。アメリカのアル・ゴア元副大統領の講演風景を柱とし、北極や南極をはじめとした地球全体の異常な変化を映し出し、温暖化問題の切迫さを思い知らされた映画でした。

私たち人類全体の愚かさはもちろん、京都議定書の批准を拒絶し、CO2の大量排出を続けるアメリカの不当さ、さらにゴア候補がブッシュ大統領に敗れた2000年の選挙結果の重大さなど、いろいろな思いをめぐらす機会となりました。それでも「まだ間に合う」とのメッセージと合わせ、私たち一人ひとりができる小さな積み重ねの重要さも伝えてくれる映画でした。レジ袋を使わない、冷暖房の設定温度を注意する、なるべく燃費の良い車に乗るなど、身近な行動の積み重ねが地球を救い、未来を救うことを痛感しています。

さて…と話題転換する接続詞を置き、記事タイトルの内容に入るパターンの多さが当ブログの特徴です。週1回の更新ペースとなっているため、一つの記事の中に複数の話題が盛り込まれがちです。触れたい話題があるのならば、小刻みに更新すれば良いようなものですが、なかなか一度定着した投稿サイクルやスタイルを改めるのも簡単ではありません。いつも長々とした文章にお付き合いいただいている皆さんへは本当に感謝しています。

さすがに今回は、四川大地震から『不都合な真実』まで引っ張ってしまった手前、記事タイトルを途中で変更しました。変更したついでに気ままな記事をたまには書いてみようと考えました。もともと当ブログのサブタイトルは「逆風を謙虚に受けとめながら雑談放談」としています。スーパー大辞林が収録されている電子辞書で、雑談とは「様々なことを気楽に話し合うこと」、放談とは「言いたいことを自由に語ること」と書かれています。

当然、その趣旨は率直な意見交換がはかれるコメント欄を含め、当ブログ全体を通したコンセプトだと考えています。立場や視点の異なる者同士で議論できるのは貴重な機会であり、仮に接点を見出せなかったとしても、多様な考え方をつかめる場であることに意義深さを感じています。一方で、直接相対しない匿名でのコメント投稿となるため、本音の意見を聞ける反面、きつい言葉の応酬となる場面も時々あります。

そのような場合、結果として溝が深まったことになるのかも知れませんが、対話の機会を持たない限り、もともと存在している双方の溝が埋まることはあり得ません。したがって、中国の胡錦濤国家主席が来日し、福田首相と友好ムードで会談を重ねたことは歓迎すべき動きだと思っています。しかし、福田首相がチベットの人権問題などを直言しなかった点について、「媚中」外交だと批判する声も聞こえていました。

このような言われ方に対し、福田首相が敏感に反応したものと思える発言を耳にしました。「日中青少年友好交流年」開幕式で、胡主席講演の後、福田首相は「友好を深めるには相手のありのままを理解することが大事だ。特に若者はステレオタイプの国家観や国民像で満足するような知的に怠惰な姿勢ではいけない。お互い努力することで心に響く対話ができるようになる」と挨拶されたそうです。

日本と中国政府は、国内世論の排他的ナショナリズムという悩みを共有していると言われています。四川大地震後、被災地に日本の国際緊急援助隊が派遣されたことによって、中国での対日世論が劇的に改善しているようです。たいへん不幸な出来事の中で、幸な兆候だと思っています。ここでステレオタイプという言葉の意味も調べてみました。前述の電子辞書では「ものの見方・態度や文章などが型にはまって固定的であること」と記されていました。

ステレオタイプと言えば、公務員もステレオタイプの見られ方や批判を受けがちだと感じています。『公務員の異常な世界』という新書を購入しましたが、確かに面白く読める本でした。公務員以外の方が読めば、腹が立ったり、あきれたりする内容が満載だろうと思います。公務員の一人である私から見ても、あきれ果てる事例が数多くありました。つまり著者である若林亜紀さんの実体験や綿密な取材に基づき書かれている事実であることは間違いないのでしょうが、公務員職場の実態は千差万別だからです。

したがって、公務員の世界すべて、この本に書かれているように異常であるとの誤解を招きかねないことを懸念しています。公務員は一蓮托生で、大なり小なり同じようなものだと決め付けられたら身もフタもありませんが、ステレオタイプの批判につながる書かれ方には強い違和感を持っています。「たいして働かず、高給取りだ」との固定観念が非常に切なく、そのイメージの払拭に向けて地道に努力しなければならない現状です。

前回の記事「図書館の役割と可能性」のコメント欄でも、このような問題意識につながる議論の広がりが見受けられました。今回の記事は「たまには気ままに雑談放談」としましたので、あえて結論付けたまとめ方はしないつもりですが、どうも気ままに書き進めていくと話が終わりそうにありません。橋下知事による大阪府職員の賃金カット問題などにも触れてみようと思っていましたが、次回以降の記事で取り上げる予定とし、今回の記事はこの辺で終わらせていただきます。

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2008年5月18日 (日)

図書館の役割と可能性

前回記事「図書館に管理者制度 Part2」のコメント欄では図書館の話題から広がり、年収格差の問題など幅広いご意見が交わされました。当該の記事内容に直接関係しないコメントを敬遠するブログもあるようですが、当ブログはその点についてのこだわりはありません。逆に話題が広がることによって、思いがけないご意見を伺えることの意義を感じています。

また、感情的な対立が際立たない限り、投稿者同士の熱い議論も歓迎しています。本来、その議論の延長線上での新規記事の投稿が好ましかったのかも知れませんが、今回も記事タイトルのとおり図書館の問題を取り上げさせていただきます。それでも人材確保の面など、一連の議論の流れに応答する内容も含まれているものと考えています。

昨年9月、地域文庫連絡会に携わっていた皆さんが図書館民営化の動きに危機感を抱き、市民の立場から「図書館を考える会」を立ち上げていました。昨日の土曜、その会が主催した「市民にとってより良い図書館のあり方とは」と訴えた集会が開かれ、私も参加してきました。会場の椅子が不足するほどの参加者が集まり、ゆうゆうと100名は超えていたようです。

第1部は日本図書館協会理事の常世田良さんを講師として招き、「まちづくりと図書館 ―公共図書館の役割と可能性―」と題した講演会でした。第2部は市議会各会派の議員の皆さんから図書館指定管理者の問題に対するご意見をお聞きしました。文教委員会に所属されている5名の方からそれぞれのお考えを伺える貴重な機会となりました。会場内には発言者として招かれた5名の方以外にも多くの市議会議員の皆さんの顔を見かけ、この問題の注目度の高さを改めて感じ取っています。

自ら「図書館バカ」と称する講師の常世田さんは浦安市立図書館長を務めていた方で、具体的な事例を示しながら図書館の現状や可能性について熱く語られていました。このブログの直前2回の記事内容は素人なりの言葉で綴りましたが、今回、その道のプロの視点や言葉を紹介することで図書館問題の本質論を補強させていただきます。

初めに、図書館は10年間で700館近く増え、30%増となった公共施設であり、自治体の箱物建設が抑制される中で図書館だけは異例である話を伺いました。野球場やテニスコートなどは利用者が限られますが、図書館は子どもからお年寄りまで誰でも気軽に利用できる施設であり、どの自治体でも最も利用者が多い施設である説明を受けました。再開発地区の集客力を高める目玉とする場合が多いことも話されていました。

それにもかかわらず、正職の司書ゼロの自治体が30数%、1人だけが20数%という現状を常世田さんは嘆かれていました。今や司書資格を持つ図書館長は絶滅危惧種であることも付け加えていました。このような現状や指定管理者への移行が進む動きに対し、図書館を単なる「無料の貸し本屋」にとどめるのならば、やむを得ないものと語っていました。

今回の講演会の中で、常世田さんは「家に帰って野球を見て、ビールを飲んでいても生きていける社会を日本は作ってきたが、これからは、そうならない」と数回繰り返されていました。これまで日本はピラミッド型の企業系列の中で下請けも守られ、市町村も上意下達の中で判断し、住民も「お上」を信じていれば、それなりの生活が保障されてきたと述べています。職場の中でも、与えられた課題を与えられた情報や手法でこなせば評価されていた時代だったと評されていました。

それが社会全体を通して「自己判断自己責任」が問われるようになり、充分な情報が集められないと判断を誤るリスクが増大していることを語っていました。さらに「自己判断自己責任」型社会が成立するためには、正確な情報が公平に提供される必要性を訴えています。アメリカの国民は医療機関にかかるのも、銀行預金するのにも自分で詳しい情報を入手し、日本人のように「近くだから」程度の理由で決めることは絶対ないそうです。

その上で、常世田さんはマスコミ、出版流通、インターネットの限界を次のように述べています。

  • マスコミ情報は一方通行であり、必要な時に必要な情報を取得できない。
  • 通常の書店では、売り場面積の問題などから「売れない本」は返品され、とりわけ専門書の類いは置いていない。
  • インターネットだけでは、体系的網羅的な知識やモノの考え方に関する知識などは入手できない。例えば平均的な本の頁数は200頁もあり、その分量に匹敵する情報をネット上から閲覧又はダウンロードすることは難しい。

以上の例示は本当に分かりやすく、「だから図書館が大事」との説明につながっていきます。また、何か困ったことが起こり、行政に相談しようと考えても、すぐにどこへ行けば良いのか分からない、その点で図書館は「どこにあるのか」「どんな人がいるのか」「何をしてくれるのか」分かりやすく、土日も開館しているため、、足を運びやすい公共施設であることを常世田さんは強調しています。

加えて、図書館は法律や医療など単一の問題にとどまらず、すきま情報を埋められるワンストップ窓口であるとも話されていました。このような情報提供や住民の課題解決に向けた「気付き」のサポートを適確に行なうためには、やはり図書館職員としての経験の蓄積が欠かせません。したがって、契約社員やアルバイトが中心となりがちな指定管理者では、そのような図書館員は育ちにくいと主張されていました。

特に図書館は民間企業にノウハウのない業態であり、民間には経験豊富な司書も存在しない現状を述べられていました。また、コストがかかるため、受託した企業が社員に対して高度な研修を実施することも考えられず、万が一、委託する行政側がノウハウを伝えるとしたら研修料を取るべき話だとも付け加えています。

受託企業の利益は人件費などの差額から捻出されるため、同一の職員態勢であれば、直営の方が低コストとなる説明もその通りだと思いました。例えば時給800円のアルバイト賃金に必ず受託会社の利益分が乗せられ、市へ請求されることになります。従来通り市が直接雇用した場合、アルバイトの賃金800円そのものが市からの支出であり、その面では指定管理者イコール低コストの構図とはなり得ません。

指定管理者が低コストと試算されるのは、年収を抑制した職員で構成することを前提としているからです。その結果、職員の定着率が低くなっている現状は前々回記事でも示したとおりでした。日本図書館協会は、運営形態の多様化自体を必ずしも否定していないそうです。しかし、その目的はコスト削減ではなく、サービスの質的量的向上でなければならないと提言されています。

文部科学省も「公民館、図書館及び博物館における指定管理者制度の適用については、住民サービスの向上を図る観点から、地方公共団体が指定管理者制度を適用するか否か判断するものであること」と自治体へ通知している話を常世田さんからご紹介いただきました。まだまだ興味深く参考となるお話を伺いましたが、特に私自身が印象に残った点を中心に報告させていただきました。

市議の皆さんからのご意見も、一人ひとり特色があり、興味深いものでした。たいへん長い記事となっていますので、最後に、文教委員会の委員長である女性市議の頼もしい一言だけご紹介します。図書館の指定管理者を「一方的に実施しません。皆さんと一緒に考えていきたい」と述べていただきました。反対意見を持つ参加者に対するリップサービスも多少あるのでしょうが、直営の存続に向けて貴重な発言だったものと受けとめています。

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2008年5月11日 (日)

図書館に管理者制度 Part2

アニメ調のイラストが表紙や挿絵として付いている若者向けの小説をライトノベルと言うそうです。そのライトノベルの申し子である有川浩さんの代表作『図書館戦争』シリーズは累計で70万部を突破するベストセラーとなり、テレビアニメとしても放映されています。内容はSFアクションですが、読書の自由が奪われた世界で、本を守る者と検閲サイドとの間で繰り広げられる戦闘を描いたものです。

なかなか図書館の根幹的な使命をモチーフにした作品だと思っていました。それもそのはずで、有川さんの夫が近所の図書館で「図書館の自由に関する宣言」のパネルを見かけ、「これ面白いよ」と報告してくれたのが『図書館戦争』誕生の切っかけだったそうです。その「宣言」は、戦前に図書館自らが自由を放棄していった歴史を反省し、1954年に日本図書館協会が採択したものです。1979年に改訂されましたが、図書館員の基本的な綱領として現在に至っています。「宣言」の主要な内容は次のとおりです。

図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に、資料と施設を提供することをもっとも重要な任務とする。

  1. 図書館は資料収集の自由を有する。
  2. 図書館は資料提供の自由を有する。
  3. 図書館は利用者の秘密を守る。
  4. 図書館はすべての検閲に反対する。

図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、あくまで自由を守る。

前回記事「図書館に管理者制度」を書き進める中で、上記の「宣言」にも触れようかどうか少し迷いました。話が広がりすぎる懸念もあったため、結局、記事本文では取り上げませんでした。しかしながら記事投稿後に多くの方からコメントをいただき、その意見交換の中で「宣言」の内容の一部を紹介する流れとなりました。「図書館の自由に関する宣言」の全文はリンク先でご覧いただけますが、次の一文を非常に重く受けとめています。

日本国憲法は主権が国民に存するとの原理にもとづいており、この国民主権の原理を維持し発展させるためには、国民ひとりひとりが思想・意見を自由に発表し交換すること、すなわち表現の自由の保障が不可欠である。知る自由は、表現の送り手に対して保障されるべき自由と表裏一体をなすものであり、知る自由の保障があってこそ表現の自由は成立する。

さらに前回記事のコメントで、どーもです。さんから鳥取県の片山前知事の「図書館は民主主義の『知の砦』」という記事をご紹介いただきました。今回の記事で取り上げた「宣言」の趣旨を踏まえた私自身の問題意識と一致する言葉の数々であり、その問題意識が独りよがりではないという意味で勇気付けられた記事でした。こちらもリンク先の全文をご覧いただけたらと思いますが、冒頭と結びの言葉を紹介することで、片山前知事の主張の一端をお伝えします。

民主主義の社会は、治者と被治者が同質であることを前提にして成り立っている。それは人材面だけでなく、情報面においても同様である。ところが、政府と国民の間には往々にしてとてつもなく大きい情報格差が存在する。この格差を背景に、国民が知らず知らずのうちに政府によって情報操作をされることになると、民主主義社会の根幹は揺らいでしまいかねない。

民主主義社会を維持し、その中で市民が主権者として行動するためには、客観的でバランスの取れた情報環境が常に整えられていなければならない。その機能を果たすのが図書館である。その際、現在のわが国の政府と国民との間に見られる著しい情報格差を考慮すれば、図書館には敢えて権力への知的対抗軸としての機能を期待したい。民主主義を実践するには、この知的対抗軸すなわち「知の砦」の存在が不可欠だからである。

一方で最近は、インターネットの普及によって、既存のマスコミ以外からの多様な情報が手軽に得られるようになっています。そのため、一昔前に比べれば図書館の役割も変わっているのではないかとのご意見もあります。このブログに目を通されている方は、日常的にインターネットを利用できる方々であり、そり通りだと思われるかも知れません。

しかし、パソコンを揃えるための資金、プロバイダへの使用料金などを考えた場合、ある程度経済的にゆとりがないとインターネットを利用したくても利用できない方もいらっしゃるはずです。また、経済的には問題なくても操作が不得手で、利用していない人たちも少なくないものと思っています。このように考えた場合、誰もが気軽に無料で、様々な分野の書籍や情報を手にできる図書館の役割は今後も決して極端に低下しないものと見ています。

図書館の指定管理者への移行を検討している私どもの市側の計画も、本の選定は市の職員が直接担うことを基本としています。以上のような重要さを認識した発想だと思いますが、利用者と身近に接するカウンター業務などを一連の流れの中で担ってこそ、地域に根ざした図書館サービスが展開できるはずです。さらに民主主義の「知の砦」とまで評されている図書館のあり方について、コスト面だけで論じることに改めて疑問を抱かざるを得ません。

また、無料で本の貸し出しを行なう図書館は、書店の営業を圧迫しているように見られがちです。しかし、そもそも図書館は読書の大切さや面白さを子どもから大人まで幅広く啓発する役目も負っています。したがって、図書館がそのような活動を推進することによって、読書好きの人たちの裾野を広げることになります。

本が好きな人は図書館を利用する一方、同時に早く読みたい本や手元に置きたい本は書店で購入するはずです。限られたパイの中での競合という視点ではなく、パイを大きくする図書館の役割を理解していくことによって、地域の中で「図書館は書店の商売敵」と言われない関係を築けるものと考えています。

いろいろ話が飛んで恐縮ですが、最近読み終えた「公務員クビ!論」の中でも図書館の役割への期待が書かれていました。「税金を納めているにもかかわらず、直接的な恩恵が少ない」と不満を持ちやすいのは所得面での中間層に多く、その大半がサラリーマンだと著者の中野雅至さんはとらえています。日頃、サラリーマンは地域社会との接点が少なく、唯一接点のある公的機関が図書館であると中野さんは述べていました。

さらに今後、知識経済の進展や資格習得熱などを考えた場合、ますます図書館はサラリーマンにとって重要度を高めるものと見ています。そして、中野さんは「これは役所や公務員からみても大きなチャンスです。図書館という施設を上手く活用すれば、中間層の地域への関心を高めることができるからです」とし、サラリーマンの参加意識が高まるかどうかは「図書館の質」に依存すると論じられていました。

長々と綴ってきましたが、前回記事に引き続き、図書館は単なる無料の「貸し本屋」ではない点を訴えさせていただきました。いずれにしても行革計画は現場最前線で働く職員の声が届かず、策定されていく傾向が顕著です。したがって、これから正念場を迎える労使交渉を通し、様々な角度からの問題点を真摯に議論していくことが非常に重要だろうと考えています。

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2008年5月 3日 (土)

図書館に管理者制度

祝日だった先週火曜日、読売新聞多摩版のトップ見出しは「図書館に管理者制度」でした。私どもの市立図書館の経営効率化に向け、8つある地区図書館への指定管理者制度の導入を柱とした「図書館見直し方針」に関する記事内容でした。市側は「見直し方針」策定の主眼として、運営コストの7割以上が人件費で占め、現行の直営体制では柔軟な経営的視点を持った運営が困難であると説明しています。

例えば今後、住民要望の高い開館時間の延長に際し、2時間の延長で人件費だけで年間約1800万円増加する試算を示しています。さらに地区図書館で導入した後、購入すべき本の選択など行政が担うべき業務を残した上、最も利用の多い中央図書館の指定管理者への移行も方針化しています。なお、その新聞記事のリードの部分では「数年ごとの契約で事業の継続が確保されないため、図書館の運営は民間になじまないとの声もあり、議論を呼びそうだ」とも書かれていました。

すでに組合への提案があり、当該職場の組合員も多数参加した交渉を重ねながら指定管理者移行に伴う問題点などをただしているところです。組合の最も重要な役目は、組合員の職や労働条件を守ることです。同時に現場を熟知した職員の目線で、行革提案をチェックすることも組合の大事な役割だと考えています。そのことが結果として、住民サービスの維持向上につながるものと確信しています。

市側の提案、つまり図書館に指定管理者制度を導入する計画の是非を検証するにあたり、改めて図書館法などを調べてみました。まず図書館設置の目的は「国民の教育と文化の発展に寄与すること」とされています。また、図書館のサービス内容は「土地の事情及び一般公衆の希望にそい、更に学校教育を援助し得るように留意し…」と書かれ、次のとおり多岐にわたったものです。

  1. 郷土資料、地方行政資料、美術品、レコード、フィルムの収集にも十分留意して、図書、記録、視覚聴覚教育の資料その他必要な資料(以下「図書館資料」という。)を収集し、一般公衆の利用に供すること。
  2. 図書館資料の分類排列を適切にし、及びその目録を整備すること。
  3. 図書館の職員が図書館資料について十分な知識を持ち、その利用のための相談に応ずるようにすること。
  4. 他の図書館、国立国会図書館、地方公共団体の議会に附置する図書室及び学校に附属する図書館又は図書室と緊密に連絡し、協力し、図書館資料の相互貸借を行うこと。
  5. 分館、閲覧所、配本所等を設置し、及び自動車文庫、貸出文庫の巡回を行うこと。
  6. 読書会、研究会、鑑賞会、映写会、資料展示会等を主催し、及びその奨励を行うこと。
  7. 時事に関する情報及び参考資料を紹介し、及び提供すること。
  8. 学校、博物館、公民館、研究所等と緊密に連絡し、協力すること。

以上のような規定をながめた時、本の貸し出しだけが図書館のサービスではないことが一目瞭然です。その趣旨を踏まえ、私どもの市の図書館はレファレンスサービスや読書会など、貸し出し以外のサービスにも力を注いできています。地元商工会議所らとも連携したビジネス支援サービスは好評を博し、30年の歴史を積み重ねた地域行政資料の蓄積も3万3千点に及びます。

日本図書館協会からは「1970年前後に多摩地区の図書館は、それまで研究者らの利用に限られていた図書館を市民に開放したパイオニア」と評されるなど、多摩地区の図書館は全国的にも質の高いサービスを展開してきました。そのため、図書館に対する市民からの愛着も強いと言われています。ある近隣市が図書館の民間委託化を検討した際、市民から数多くの反対意見が寄せられ、民間委託を断念した例もありました。

このような経緯の中、アウトソーシングが進んだ東京23区に比べ、多摩地区は直営図書館が圧倒多数を占めていました。私どもの市の図書館のサービスは、レベルの高い多摩地区の中でもトップクラスの評判を得ていました。それにもかかわらず、今回、多摩地区初の指定管理者導入という「パイオニア」となるかどうかの局面を迎えています。当該職場の組合員の皆さんは、これまでの努力に冷や水を浴びせるような提案に憤り、たいへん残念な気持ちを抱いています。

日本図書館協会は公立図書館への指定管理者制度の適用について、事業の継続性や専門性という観点などから「基本的になじまない」との見解を示しています。「図書館職員は10年たって1人前、3年から5年で契約を終える民間に任せて大丈夫なのか」との疑問の声も頻繁に耳にしています。さらに司書資格の有無ではなく、図書館経験の豊富な職員がどれだけいるかで、その図書館の実力が決まっていくとも言われています。

当然、厳しい財政状況を考えれば、経費節減の課題は避けて通れません。開館時間や開館日の拡充に向けた要望に対しても、充分応えられるよう検討していかなければなりません。市側は「それらの課題を解決するためには直営では無理だ」と決めつけています。それに対し、組合側は「直営でも一定の経費節減や開館時間の延長などにも応えられるはず」「指定管理者ありきの方針は問題だ」と反論を加えています。

そもそも人件費の課題は、最近の記事「直営責任と格差是正」で記したような問題意識を持っています。指定管理者を導入した自治体の実態を見た場合、契約期間が限定されるため、企業は正規社員の雇用を絞りがちとなっています。契約社員、派遣社員、パート、アルバイトでの運営が主体となり、社員の入れ替わりも激しく、この点からもスタッフの経験の蓄積が不足していく構図となっていきます。

特に図書館は無料の原則があり、企業の利益は市からの委託費の中から捻出するしかありません。そうすると必然的に人件費の圧縮が企業努力の対象とされる懸念も否めません。誤解がないよう申し添えますが、決して指定管理者制度そのものや民間企業へのアウトソーシングを全否定している訳ではありません。公立図書館への指定管理者制度の導入に関しては、日本図書館協会の見解と同様、基本的になじまないものと考えている立場です。

とりわけ全国的にも導入例が少ない中、より慎重に多面的な検討の必要性を痛感しています。一度、踏み出してしまうと簡単に後戻りできないのが行政の習性であり、その意味合いからも図書館の指定管理者問題は徹底的な議論を尽くしていくつもりです。そして、今回の記事で示したような内容に対する共感の輪が広がっていくのかどうか、今後の労使交渉の結果を左右する大事なポイントの一つだろうと思っています。

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2008年4月27日 (日)

新型インフルエンザ

前回記事「『実は悲惨な公務員』を読み終えて」に対し、再び著者の山本直治さんからトラックバックをいただきました。ご自身が運営するブログ記事「あとがきのあと…誤解は解けるか?」へのリンクでした。その記事を読ませていただきましたが、どうも私の前回記事で暖かい目で見守る「太陽」との記述は、山本さんの真意を正確につかめていなかったようです。

山本さんの意図した「太陽」とは、灼熱の日差し(これも叱咤)を指されているとのことでした。「当事者にプレッシャーをかけることで物事を実現させる場合、プレッシャーのかけ方にもやりようというものがある。押してもだめなら引いてみなということだ」と書かれていました。「北風」一辺倒の問題点は理解していたつもりでしたが、山本さんの真意を充分くみ取れず、たいへん申し訳ありませんでした。

さて、水曜の夜、連合地区協議会の幹事会に出席しました。その会議の冒頭、地元選出の衆議院議員の一人である民主党の末松義規さんから国会情勢などの報告を受けました。短い時間でしたが、衆院山口2区補選の状況などタイムリーな話題が盛りだくさんでした。その中で特に注目したのが新型インフルエンザの問題でした。

新型インフルエンザウイルスとは、動物、とりわけ鳥類のインフルエンザウイルスが人に感染し、人の体内で増えることができるように変化し、人から人へと効率良く感染できるようになったもので、このウイルスが感染して起こる疾患です。人間界にとっては未知のウイルスで、ほとんどの人は免疫を持っていません。このウイルスは容易に人から人へ感染して広がり、急速な世界的大流行(パンデミック)を起こす危険性が指摘されています。

WHO(世界保健機構)は「新型インフルエンザは、起こるか起こらないのかの問題ではなく、いつ起こるかの問題だ。明日起こっても不思議ではない」と警告しているようです。新型インフルエンザは飛沫感染のため、1人の患者から10日間で10万人へ感染し、死亡率は60%と見込まれています。日本だけで死亡者は17万から64万人と推定されています。過去、1918年にスペインかぜが流行した時は約39万人が死亡し、世界全体では約4千万人の死者を出しました。

その当時より大幅な人口増、都市への人口集中、飛行機などの高速大量交通機関の発達などから短期間に地球規模での蔓延が懸念されるため、推計以上の被害の可能性も否定できないそうです。そのため、WHOは1999年にインフルエンザパンデミック計画を策定し、2005年には世界インフルエンザ事前対策計画を改訂し、各国における対応を要請してきました。

日本も内閣官房を中心に関係省庁からなる「新型インフルエンザ及び鳥インフルエンザに関する関係省庁対策会議」を設置し、2005年12月には「新型インフルエンザ対策行動計画」を取りまとめています。2007年3月には新型インフルエンザ対策専門家会議において「新型インフルエンザ対策ガイドライン(フェーズ4以降)」を策定していますが、アメリカなどに比べると危機意識が薄くテンポも遅いようです。

末松さんはオオカミ少年ならぬオオカミ中年と言われながらも、この2年間、新型インフルエンザの大流行に備えた国家危機管理体制づくりの必要性を国会の場で訴え続けてきました。最近、日本政府は医療従事者や社会機能維持者(警官やライフラインの関係者等)のみに備蓄していた1千万人分のワクチン接種を決めました。政府はプレパンデミックワクチンの有効性や副反応が確認されていないため、不必要な接種は避けることも対象者を絞る理由の一つにあげています。

それに対し、末松さんは国民の命を守るため、無用なパニックを防ぐためにも、ワクチンの製造を急がせ、希望者全員に接種すべきだと舛添厚労相へ強く迫っています。国民全員に接種しても費用はイージス艦の購入費1300億円程度であり、これで数十万から数百万人の国民の命が救われるのならば決して高い額ではないと話されています。さらに道路特定財源や埋蔵金(特別会計の30兆円ほどの余剰金)の一部を充てれば賄えるとも主張されています。

このような末松さんの孤軍奮闘ぶりが政府の重い腰を上げさせ、1千万人分のワクチンの追加製造や与野党対立の構図としない法案協議へ導いています。先週25日には、新型インフルエンザに備えた感染症法と検疫法の改正案が参議院で可決・成立しました。未発生の感染症を両法で規定するのは異例なことであり、発生直後から感染拡大を防ぐための隔離や入院などの強制措置が取れるようになります。

その他、都道府県知事による外出自粛勧告や感染の恐れがある人をホテルなどに収容できる規定が盛り込まれています。与野党の協議を通し、潜伏期間中の感染者も強制措置の対象に含められ、ワクチン開発や備蓄も努力規定として加えられています。ネジレ国会と言われ、民主党の対決姿勢が強調されていますが、国家的危機の問題に対しては迅速に法案審議している具体例の一つでした。

今回の末松さんの報告は非常に衝撃的な内容で、新型インフルエンザに対する断片的な情報を整理する貴重な機会となりました。お正月に3日連続でNHKが特集を組み、徐々に国民の間でも知れわたるようになってきましたが、マスコミの扱いは意識的に自制している気がしています。末松さんはセンセーショナルな報道は慎むべきだが、正確な情報の周知も重要であると述べられていました。私自身もその必要性を受けとめ、この間の話題の流れから逸れて恐縮ながら今回のような記事内容を投稿させていただきました。

最後に昨日の土曜日、三多摩メーデーが開かれました。過去の記事で報告したとおり全体で3万人から集まる一大イベントとなっています。さらに私どもの組合は、ご家族含めて700人近くの方々が参加しています。ますます組合への結集力が重視される中、本当に喜ばしいことです。ご参加いただいた皆さん、役員の皆さん、たいへんお疲れ様でした。

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2008年4月19日 (土)

『実は悲惨な公務員』を読み終えて

新書ブームが続いています。5年ぐらい前までは、年間販売数の上位30位に入る新書はありませんでした。養老孟司著『バカの壁』(新潮新書)が話題になった2004年に4冊が30位以内に入りました。2005年は5冊、新書最多の250万部を出版した藤原正彦著『国家の品格』(新潮新書)が書籍売り上げ総合1位だった2006年は、一挙に10冊と倍増しました。その動きに呼応し、ソフトバンク、幻冬舎、朝日新聞社、扶桑社、アスキーなど、新書市場に参入する会社も増えていました。

書店内のポジショニングも熾烈な争いがあり、入って一番目立つ場所に置かれたい、できれば平積みされたいと作者も出版社側も願っているはずです。それでも新書コーナーの書棚に1冊ずつ並べられているのが圧倒多数の作品だろうと思います。言うまでもなく注目を浴びている売れ筋の本は、黙っていても書店側が平積みし、お客の目に付くように並べるのが一般的な姿です。

最近の記事(脱「構造改革」宣言)へのトラックバックを通し、『実は悲惨な公務員』(光文社新書)という書籍を知りました。その本の作者である山本直治さんからのトラックバックであり、リンク先の「役人廃業ウェプログ Renewals」の記事では、この「公務員のためいき」をご紹介いただいていました。興味深いタイトルであり、ぜひ、購入しようと考えていました。自宅近くの書店に立ち寄った際、新書コーナーの出版社別に並べられた背表紙を目で追っていきましたが、そのタイトルの本は見当たりませんでした。

もっと大きな書店で探すしかないのかなと思い始めた時、視線を下に向けてみれば、『実は悲惨な公務員』が前述したような平積みで置かれていました。作者の山本さんには、たいへん失礼ながら何冊も平積みされて売られているとは想像していませんでした。このような公務員ネタは、マイナーな扱いだろうと勝手な先入観を抱いていたようです。ますますその中味に関心が高まり、読み進めるのが楽しみな一冊となりました。

山本さんは文部科学省のキャリア官僚でしたが、年収減をいとわず人材紹介会社へ転職された方です。日本初の公務員向け転職支援情報サイト「公務員からの転職支援 役人廃業.com」を立ち上げ、『公務員、辞めたらどうする?』(PHP新書)なども著している方です。したがって、役所の内情を詳しく把握された上、かつ民間企業側からの視点でも公務員の実態を語れる貴重な方だと言えます。

その本で山本さんは、マスコミが国民へ伝えている役所像には誤解や幻想もあり、それゆえ高い就職人気を誇る一方、理不尽なバッシングを受けている側面があることを訴えています。今回の著書の中で公務員バッシングの功罪を指摘し、叱咤と激励を使い分けた精度の高い「新時代のお役所バッシング」の必要性を説かれていました。その際、「北風と太陽」という寓話を一つのモチーフとして掲げられていました。

不祥事があるたびに厳しくバッシングする「北風思考」ではなく、役所の特性や論理を理解した上、時には根気よく暖かい目で見守る「太陽」の役割も国民が持つべきと主張されています。また、行政組織の「ガン」を治療するためにバッシングのターゲットを大きくしすぎれば、狙い撃ちすべき不祥事とは関係ない真面目な公務員のやる気にまでダメージを与え、役所組織全体の体力を少しずつ奪う懸念を示されていました。

そして、山本さんは次のように述べられています。「人間が生きていく以上、ゆりかごから墓場まで、どこかで必ずお役所の世話になります。官と民がいがみ合っている世の中は決してよくありません。的外れなお役所(公務員)バッシングを止め、賢いバッシングを実践するのはわれわれにとっても望ましいことなのです」との思いが『実は悲惨な公務員』全体を通して伝わってきました。

その思いを読者と共通理解するための手順として、「お役人の待遇は本当にオイシイのか」「お役所はなぜ税金をムダ遣いするのか」「リスクや責任をとらない理由」などを各章の見出しとし、具体的な実例や資料を掲げながら公務員の実像が分かりやすく紹介されています。たいへん興味深い内容が多く、このブログをお読みいただいている方々へも事細かくお伝えしたいところです。

とは言え、あまり具体的な記述を子細に紹介しすぎると著作権法にも問われかねません。したがって、たいへん恐縮ながらもっと詳しい内容を知りたい方は、やはり実際に購入いただければと思います。冒頭に申し上げたとおり身近な書店で比較的入手しやすい新書であることは間違いありません。最後に一言。このような新書がメジャーな扱いとなって多くの方が目を通されることは、公務員の一人として喜ばしいことだと付け加えさせていただきます。

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2008年4月13日 (日)

協力関係を築く評判情報

前回の記事は「脱成果主義の動き」とし、最近目にした雑誌や書籍の内容の一部を紹介しながらベターな人事制度に向けた議論材料を提起させていただきました。成果主義を問題視している企業が増えている点など、おおまかな雰囲気はお伝えできたものと思います。一方で、複数にまたがる情報を参考資料としたため、つまみ食い的な物足りなさがあったかも知れません。

今回は興味深く読み終えた『不機嫌な職場』の内容の中で、特に「目からウロコ」と感じた協力関係を築くために欠かせない評判情報について掘り下げてみます。評判情報とは聞き慣れない言葉ですが、その著書でギスギスした職場イコール社員同士の協力関係がない会社だと論じられていました。そして、協力関係を再構築するために必要なフレームワークは、役割構造、インセンティブ、評判情報の3点であると分析していました。

役割構造とは、社員個々人の役割や責任の定義によって協力関係を高めていく規定です。事業部制やプロジェクトチームなどに社員を位置付け、お互い協力し合っていく枠組み作りのことであり、通常の会社組織で一般的に採用されている考え方でした。ただ最近、成果主義の弊害から組織としての力が充分発揮できなくなっている傾向は前回の記事で示したとおりでした。

次にインセンティブです。よく「馬ニンジン」と呼ばれますが、営業で一定の売上げを達成したら報奨金が出るような仕組みです。本来の意味は「人に何かの行動を起こさせるための外的な刺激と、その刺激によって引き起こさせる内的な動機の変化の状態」を指すそうです。つまり単純にニンジンをぶら下げれば、馬が走る訳ではなく、ニンジンを求める馬がいるから効果が上がると言われています。

そもそも成果主義の導入は「業務の成果と金銭的報酬を直接リンクさせれば、社員はより多くの報酬を求めて仕事に没頭するだろう」と意図したインセンティブ、「馬ニンジン」そのものでした。それに対し、以前の記事「ソニーを破壊した成果主義