2020年11月28日 (土)

憲法論議に願うこと

前回の記事は「『ゴー・ホーム・クイックリー』を読み終えて」でした。日本国憲法がGHQから押し付けられたことは確かであり、改めて制定過程の内幕を詳しく知る機会となっていました。このような経緯に強い問題意識を持たれている方々にとって改憲そのものが目的化されがちなことの理解も深まっています。

その上で私自身、小説の最後のほうで登場人物の一人が語った言葉と同じような思いを抱いています。登場人物の名前は白洲次郎さんです。吉田茂元総理の側近で、主人公の内閣法制局の佐藤達夫さんとともにGHQとの難しい折衝役を務めた方です。その言葉を改めて紹介します。

あの憲法は、押し付け以外の何ものでもない。だがね、あの憲法は筋道が通ったものだとは思う。いまの憲法を改正するにしても、あのまま守っていくにしてもだ、日本人はしっかりとした、筋の通った物の考え方をして、地に足のついた国家観のようなものを定めなければならないはずだ。それが、本当の『ゴー・ホーム・クイックリー 』への道じゃないかな。

きっと著者の中路啓太さんも小説を通して最も訴えたかった点だったのではないでしょうか。確かに「戦勝国」それぞれの思惑が絡みながら誕生した憲法なのかも知れません。しかしながら「国際社会は、こうありたい」という理想を託した憲法であることも間違いないはずです。

1945年6月26日に採択された国連憲章の前文も日本国憲法と同様に「二度と戦争は起こさない」という誓いがにじみ出ています。したがって、決して絵空事を並べたのではなく、このような国際的な潮流のもとに日本国憲法は生み出されたものと理解しています。白洲さんの「筋道が通ったもの」という言葉はこのような点を指していたはずです。

「憲法を改正するにしても、あのまま守っていくにしてもだ、日本人はしっかりとした、筋の通った物の考え方をして、地に足のついた国家観のようなものを定めなければならないはずだ」という白洲さんの言葉、まさしく「憲法9条の論点について」の最後に記した「国民一人一人の共通理解と覚悟のもとに日本の進むべき道が決められる国民投票であることを願っています」という思いにつながっています。

憲法論議の中心は9条が焦点化されます。これまで当ブログを通して提起してきた9条に対する私自身の問題意識を改めて書き進めてみます。大前提として護憲派は平和主義者で、改憲派は戦争を肯定しているというような短絡的な二項対立の構図を問題視しています。

戦争を防ぐため、平和を築くためにどのような憲法や安全保障のあり方が望ましいのか、その方策として改憲すべきなのかどうかという論点を重視しています。仮に憲法9条を改め、いざという時に国際社会の中で認められた「普通に戦争ができる国」に近付けることで、より望ましい平和が築けるのであれば改憲の動きを積極的に支持したいものと考えています。

しかしながら軍事的な抑止力、いわわる「狭義の国防」やハードパワーを強める方向性よりも、外交関係や経済交流を活発化させるソフトパワーを強める道こそ、より望ましい選択肢だと考えています。攻められたら反撃しても、攻められない限り戦争はしないという専守防衛の原則こそ「安心供与」という「広義の国防」につながっているものと理解しています。

かつて仮想敵国だったソ連、現在のロシアとは友好的な関係を築いています。北方領土の問題は無人島である尖閣諸島とは比べられないほどの主権や元島民の皆さんの強い思いがありながらも、対話を土台にした外交関係を築いています。その結果、ロシアの核ミサイルの射程範囲に日本も入っているはずですが、北朝鮮に対するような脅威が煽られることはありません。

Jアラートが頻繁に鳴らされていましたが、2018年6月の米朝首脳会談の後、北朝鮮からのミサイルに対する警戒度は以前と比べれば下がっています。75年前まで戦争していたアメリカとは現在「同盟関係」と呼ばれるようになっています。尖閣諸島の問題を抱えていますが、中国とも外交交渉を重ねられる関係性を築いています。

防衛審議官だった柳沢協二さんは、脅威とは「能力」と「意思」の掛け算で決まると説いています。北朝鮮情勢が緊迫化していた最中、日本が考えるべきは「ミサイル発射に備える」ことではなく、「ミサイルを撃たせない」ために米朝の緊張緩和に向けて働きかけることが重要だったと語っていました。

5兆円を超えている防衛予算は年々増加しています。地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の導入費用は2基で総額6千億円以上とという試算が示されていました。今年6月15日、河野太郎防衛相(当時)は秋田県と山口県内が候補地だった「イージス・アショア」基地建設計画の停止を発表しました。「コスト、期間を考えれば合理的でない」という理由を説明していました。

それはそれで妥当な判断だったのだろうと思っています。しかし、計画を断念した後、安倍総理(当時)は代替措置として「敵基地攻撃能力を含む安全保障戦略の見直し」方針に言及していました。このあたりが非常に残念なことです。専守防衛を基軸にした憲法9条の理念を軽視した発想だと言わざるを得ません。

NHKのサイト「なぜ、いま、『敵基地攻撃能力』なのか」で、敵基地攻撃能力とは弾道ミサイルの発射基地など敵の基地を直接攻撃できる能力と説明しています。あくまでも敵が攻撃に着手した後に反撃するもので、攻撃がないにも関わらず、敵基地を攻撃する先制攻撃は含まれないと補足しています。

1956年、当時の鳩山一郎内閣は、国会で、「例えば、敵基地から誘導弾による攻撃が行われた場合、座して死を待つべしというのは自衛権の本質として考えられない」として「ほかに適当な手段がないと認められる場合に限り」、「自衛権の範囲に含まれる」として憲法上、許されると説明し(昭和31年2月29日衆・内閣委)、歴代の内閣は、この見解を維持しています。

ただ、政府は、実際には、自衛権の行使として敵基地攻撃を行うことは想定していないと説明してきました。安倍総理大臣も、去年5月、衆議院本会議で、「敵基地攻撃能力を目的とした装備体系を整備することは考えていない。日米の役割分担の中で、アメリカの打撃力に依存しており、今後とも日米間の基本的な役割分担を変更することは考えていない」と答弁しています。(2019年5月16日 衆議院本会議)

上記もNHKのサイトからの引用ですが、法理上は自衛権の範囲として許容されても、敵基地攻撃を行う能力は持たないという見解を歴代内閣が維持してきたことになります。このような経緯がある中、「イージス・アショア」計画の停止を決めたタイミングで敵基地攻撃能力という言葉が浮上することに違和感を強めていました。

8月4日に自民党は「イージス・アショア」の代替機能の早急な検討を行うよう求めた上、専守防衛の方針のもと「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力」、いわゆる敵基地攻撃能力の保有も含めた抑止力の向上が必要とする提言を安倍総理に手渡していました。

その日の記者会見で河野防衛相は、記者から敵基地攻撃能力保有の検討を政府に求める自民党の提言について「周辺国、中国や韓国の理解を得られる状況ではないのでは」と問われ、「中国がミサイルを増強していく時に、なんでその了解がいるんですか」などと気色ばむ一幕がありました。

これまで政府は安全保障政策の転換期に「各国の疑問に対して丁寧に答え、誤解を解くなど透明性を持って説明していく」(安保法制審議時の安倍総理)などと周辺国の理解をできる限り得ようという姿勢を示してきました。河野防衛相は記者の質問の「周辺国の理解」を「周辺国の了解」と捉えたようですが、それまでの政府の姿勢と一線を画した対応でした。

河野防衛相の答えが真っ当であり、質問した記者のほうを非難する声も多く耳にしています。ただ私自身は日本国憲法の「特別さ」に対する思慮が河野防衛相に不足しているように感じた場面でした。さらに河野防衛相は「安心供与」という「広義の国防」について、あまり重視されていないのだろうと推測しています。

第2次世界大戦後、「ひとつのヨーロッパ」「共通の安全保障」をめざす動きが1993年11月のEU(欧州連合)の創設につながっています。「かつて戦い合っていた国々をまとめることにより、持続的な平和を築いてきました」という言葉がEUの共通安全保障・防衛政策(CSDP)を紹介するサイトのトップに掲げられています。

20世紀後半における軍拡競争の際、コストとその効果からの財政上の難しさを合理的に判断する理性的なリーダーが現れていました。米ソそれぞれ「自国の領土の大半が相手国の攻撃ミサイルに対して無防備であり、相手国を第一撃で破壊しても、相手国からの報復攻撃で壊滅させられる」という現実を認識し、様々な核軍縮条約が結ばれていきました。

EUや軍縮条約は理想のゴールまで、まだたどり着けず、道半ばという現状なのかも知れません。国連に関しても改善すべき点があろうかと思います。それでも「敵を持たない安全保障」をめざす道こそ、国民にとって最も望ましい平和で豊かな社会を保障できる選択肢なのだろうと考えています。

グローバルな話題に一言二言」の中で触れたとおり地球温暖化や感染症対策など自国中心主義では解決できない地球規模の問題に直面しています。だからこそ今、よりいっそう国際的な連帯が強く求められているはずです。そのような時、仮想敵国を刺激するハードパワーの強化よりも、対話できる環境を重視したソフトパワーを強めて欲しいものと願っています。

いつものことですが、たいへん長い記事になって恐縮です。最後に、もし改憲するのかどうかを問うのであれば日本国憲法の「特別さ」が明確な論点になることを望んでいます。そして、「特別さ」の効用や意義を分かりやすく伝えるため、これからも当ブログを通して説得力のある言葉を探し続けていければと考えています。

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2020年11月22日 (日)

『ゴー・ホーム・クイックリー』を読み終えて

前回記事「当面する労使課題について」の冒頭で、その時々で取り上げる話題の落差が大きいブログであることを記していました。やはり今回、マイナーでローカルな話題から一転します。金曜日に今国会では初となる憲法審査会が衆院で開かれました。継続審議となっている国民投票法改正案を巡って各党の主張が交わされています。

憲法改正の問題について今年8月に投稿した記事「憲法9条の論点について」を通して私自身の問題意識を綴っていました。「安保関連法が成立する前、個別的自衛権や自衛隊の位置付けを明記するための改憲発議であれば反対する声も少なかったかも知れません」という見方を示した上、その記事の最後に次のように記していました。

いずれにしても憲法9条に沿って日本の安全保障はどのようなあり方が望ましいのか明確な姿を提示した上で、憲法の文言を変える必要性があるのかどうか、まぎれのない選択肢の設定が重要です。改正条項の96条があるのですから、いつかは国民投票を実施する時が訪れるはずです。その際は、国民一人一人の共通理解と覚悟のもとに日本の進むべき道が決められる国民投票であることを願っています。

つまり「護憲ありき」「改憲ありき」ではなく、どのような憲法のあり方が望ましいのか、中味を重視した論議が高まることを期待しています。ただ最近、中路啓太さんの著書『ゴー・ホーム・クイックリー』を読み終えて、「改憲ありき」の方々の思いに対する理解も進んでいました。

中路さんは『ロンドン狂瀾』の著者でもあり、以前「『ロンドン狂瀾』を読み終えて」という記事を投稿しています。その書籍を通し、広義の国防と狭義の国防という言葉を知り、第1次世界大戦の惨禍を教訓化し、国際的な諸問題を武力によってではなく、話し合いで解決しようという機運が高まっていたことを伝えていました。

1930年にロンドン海軍軍縮会議が開かれました。当時の日本の枢密院においては単に兵力による狭義の国防に対し、軍備だけではなく、国交の親善や民力の充実などを含む広義の国防の必要性を説く側との論戦があったことも知り、軍国主義の時代と言われていた頃に広義の国防の必要性を説く議論があったことに驚いていました。

終戦後の昭和21年2月、内閣法制局の佐藤達夫は突然、憲法問題担当大臣に呼び出された。新憲法の日本政府案をGHQが拒否し、英語の草案を押し付けてきたという。その邦訳やGHQとの折衝を命じられた彼は、白洲次郎らと不眠不休で任務に当たる――。 現憲法の成立までを綿密に描く、熱き人間ドラマ。今こそ読むべき「日本国憲法」誕生の物語。

上記は『ゴー・ホーム・クイックリー』の紹介文です。今年9月に文庫本化され、立ち寄った書店に平積みされていました。『ロンドン狂瀾』の著者だったため、すぐレジに運んでいました。数週間前に読み終えていましたが、機会を見て当ブログで取り上げてみようと考えていました。

著書名の由来は次のような場面で伝えられています。わずか2週間という期限でGHQ案の翻訳にあたった内閣法制局の官僚である主人公は吉田茂外相と話す機会を得た時、法律の条文から逸脱した英語の草案の問題点をまくし立てました。それを聞いた吉田外相は次のように主人公に語ります。

GHQは何の略だか知ってるかね? ゴー・ホーム・クイックリーだ。「さっさと帰れ」だよ。総司令部側が満足する憲法を早急に作っちまおうじゃないか。彼らにはさっさとアメリカに帰ってもらう。じっくりと時間をかけて良き国の体制を整えるのは、独立を回復してからだ。

小説という形を取っていますが、当時の関係者の手記・回想録、各種会議の議事録、公文書、新聞記事、研究書やルポルタージュ類など多くの文献を参考にしたことを中路さんは書き添えています。したがって、重要な場面はほぼ史実に沿って描かれているものと受けとめています。

『ロンドン狂瀾』の時と同様、初めて目にした言葉や知らなかった史実に触れることができた書籍でした。知っていたつもりの史実に対する理解が深まる機会でもあり、これまでの認識とは異なる史実にも触れています。場合によって事実関係や解釈が異なる事例もあるのかも知れませんが、特に印象深かった内容の数々を紹介させていただきます。

終戦直後、GHQはポツダム宣言の降伏条件にしたがって、日本政府に「民主化」を求めていました。しかしながら1945年10月に成立した幣原喜重郎内閣は、1889年2月に公布されてから一度も改正されていない大日本帝国憲法に手を加えることに積極的ではありませんでした。

民主化にあたって憲法改正は必要なのか、必要であるとすればどの範囲であるのか、そのような視点からの有識者による憲法問題調査委員会を設置していました。名称を改正委員会としなかったことは目的が憲法改正そのものでなかった証しでした。

それに対し、GHQ側からは「象徴天皇」制や「戦争放棄」などを柱とした新憲法の草案が日本政府に示されます。国際法上、占領している国の憲法を強制的に変えることはできないため、草案を受け入れるかどうかは日本側の自由であることを伝えながらもGHQのホイットニー民生局長は次のような言葉を付け加えます。

アメリカ以外の連合国のあいだで、天皇を戦犯容疑者として法廷に立たせるべきだという圧力が次第に強くなりつつあります。このような圧力から、最高司令官は天皇を守ろうという固い決意を持っておられます。最高司令官はこれまでも、天皇を守ってまいりましたが、彼も万能ではありません。けれども最高司令官は、この新しい憲法の諸規定が受け入れられるならば、天皇の身は安泰であろうと考えています。

1946年2月21日、幣原首相とマッカーサー司令官が総司令部で通訳を交えずに会談します。日本を占領管理するために11か国の代表で構成される極東委員会での討議内容をマッカーサー司令官は幣原首相に伝えます。

ソ連とオートラリアは、日本が復讐戦をはじめるのを恐れ、それを極力防止しようと努めています。だから、憲法で戦争の放棄を規定しなければならないのです。日本が戦争を放棄すれば、ソ連やオーストラリアは日本の改憲に強く介入し、別の憲法案を押し付ける必要を感じないでしょう。しかも、戦争を放棄すると声明すれば、日本は道徳的なリーダーシップを握ることになりましょう。

翌日の閣議で揉めに揉めた末、GHQ案受諾を決めます。主眼は日本を二度とアメリカに反抗できない国に作り替えることであり、「民主化」という美名はそのための口実に過ぎない、このような認識を日本政府は抱いていました。幣原首相もその一人だったようです。

後年、「戦争放棄」を謳った憲法9条の発案者は幣原首相だったという説が唱えられています。その一番の根拠はマッカーサー司令官の回顧録の記述でした。この小説では幣原首相が「戦争放棄」に疑念をはさんでいたことを伝えています。

マッカーサー司令官は日本占領の成功を足がかりに大統領選に出馬したいという野望を抱いていたことが記されていました。アメリカ本国で「日本を再軍備させ、共産主義陣営の防波堤にしよう」という議論が高まった時、自分の名声に傷がつかないように「戦争放棄」の発案者を幣原首相にしたのだろうとも書かれていました。

「象徴天皇」と「戦争放棄」、それさえ盛り込めば交渉の余地がない訳ではなく、日本政府はGHQ案を基本としながらも日本側の意向を取り入れたものを起案する努力を重ねていきます。まず新しい憲法が帝国憲法の改正手続きに沿った正当な法的根拠を持つものとして、憲法改正草案要綱の発表と同時に天皇の勅語も発表します。

帝国憲法は欽定憲法の体裁を取っていたため、国民の意思によって新たな憲法を定めることを、天皇自身が望み、奨励するという勅語を出したことが綴られていました。発表された要綱がそれまで政府案として伝えられたきた内容とあまりにも違っていたため、国民は驚き、戸惑いましたが、概ね好感を持たれていたことを伝えています。

「日本政府とGHQとの言葉を巡る、息詰まる攻防」という宣伝文句のとおり小説としても非常に面白く、実務を担った一人の官僚に大きな責任を負わされていた場面の数々に驚きました。一院制を二院制に変えたこと、天皇機関説の話、「シビリアン」を巡る解釈論議など興味深い内容が数多く綴られていました。

幣原首相が「戦争放棄」の発案者ではなかったという話の他にも、これまでの認識とは異なる史実が記されていました。衆院の帝国憲法改正案小委員会で、憲法9条の草案にはなかった「前項の目的を達するため」という一文を加えました。小委員会の芦田均委員長によって修正が加えられたため「芦田修正」と呼ばれています。

この一文が入ったことで憲法9条は自衛権行使以外の武力行使を禁じているのであって、自衛のための「必要最小限度の実力」を保有することは憲法9条に違反しないという見方につながっていきます。小説では当時、芦田委員長自身、その一文の持つ意味に気付いていなかったことが書かれています。

小委員会の中で芦田委員長は「日本が積極的かつ徹底的に丸裸になる条文を作り上げようとしていた。しかもそれが、日本人の自発的な態度から生じたことを論旨明快にあらわすべく苦心していた」と記されていました。後に「自分が入れたのだ」と芦田委員長自らの功績として述懐していたことを不思議がる記述もありました。

解説の中で「著者は決して一方に肩入れしたアジテーションにならぬよう、徹底して冷静な筆致で紡いでいる」と評されています。私自身の立場は冒頭で示したとおりであり、この小説を読んだことで考え方が大きく変わった訳ではありません。多くの国民から半世紀以上支持されてきた憲法9条の理念や効用などを引き続き評価しています。

もともと制定過程の経緯を理解しながらもGHQに押し付けられたというネガティブな気持ちを抱いていません。その上で改憲を強く主張されている方々の問題意識につながる事実関係の詳細を改めて理解できる機会だったものと思っています。最後に、現在の私たち日本人が問われている言葉、小説の最後のほうで登場人物の一人が語った言葉を紹介します。

あの憲法は、押し付け以外の何ものでもない。だがね、あの憲法は筋道が通ったものだとは思う。いまの憲法を改正するにしても、あのまま守っていくにしてもだ、日本人はしっかりとした、筋の通った物の考え方をして、地に足のついた国家観のようなものを定めなければならないはずだ。それが、本当の『ゴー・ホーム・クイックリー 』への道じゃないかな。

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2020年11月15日 (日)

当面する労使課題について

このブログは組合を身近に感じてもらうための一つのツールとして毎週末に更新しています。今回も前回記事「定期大会を終えて、2020年秋」に続きマイナーでローカルな話題が中心となります。その時々で取り上げる話題の落差が大きいブログだろうと思っています。

落差の理由は組合の運動方針の中に政治的な取り組みも掲げられているからです。そのため「なぜ、取り組むのか」という問題意識を共有化するための情報発信や説明が重要だと考え、「平和の話、サマリー」「平和を考える夏、いろいろ思うこと」など労使課題からは大きく離れた話題も数多く取り上げてきています。

さらに幅広い考え方をインターネットを通して不特定多数の方々に発信できる当ブログは自分なりの一つの運動として位置付けています。加えて、このブログの閲覧者は私どもの市役所の職員よりも外部の方のほうが多いため、なるべくローカルな話題は控える意識が働き、広く知られた時事の話を選びがちとなっています。

一方で、いつも強調している点ですが、日常の組合活動の中で政治的な取り組みの比重はごくわずかです。労使協議を通して解決しなければならない職場課題が組合活動の大半を占めています。必然的に組合ニュースで平和の課題などを掘り下げる機会も少なくなるため、前述したような情報発信の必要性を当ブログで補完しているとも言えます。

さて、本題に入る前の前置きが長くなりました。11月6日に開いた定期大会では当日に配布した議案「当面する闘争方針」も確認しています。今回、その内容に沿って最新の情報を付加しながら書き進めていきます。まず当面する労使課題として、組合員の皆さんが最も関心と期待を寄せる賃金・一時金交渉の行方です。

今年度の国家公務員賃金に対し、人事院は10月7日に一時金を10年ぶりに引き下げる勧告を示しました。0.05月分引き下げて年間4.45月分とする勧告内容です。新型コロナウイルス感染症の影響を受け、 月例給は別途月内に勧告するという異例な措置となり、10月28日に前年と同額に据え置く報告が示されていました。

私どもの市をはじめ、三多摩の多くの自治体が準拠する東京都人事委員会の勧告も例年より遅れていました。10月30日、国人勧と同様に一時金を先行させ、0.10月分引き下げ、年間の支給率を4.55月分とする勧告を示しました。やはりリーマン・ショックの影響を受けた2010年度以来10年ぶりの引き下げ勧告でした。

そのような中、月例給の水準維持などを求めた自治労都本部統一「2020年賃金改定等に関する要求書」を10月28日に私どもの市当局に提出し、回答指定日の11月6日、都人勧を基本に改定するという回答を受けていました。自治労都本部は第1波の統一行動日を11月13日、第2波の統一行動日を11月20日とし、状況に応じて越年闘争になることも想定しています。

私どもの市では12月議会に向けた条例案を送付する日程等を考慮し、11月11日に開いた団体交渉で一時金の取扱いに絞って基本合意しています。都人勧を上回る削減は考えていないこと、会計年度任用職員の一時金削減は継続協議していくことを確認し、自治労都本部と連絡を取り合いながら決着点と判断しました。

国をはじめ、東京都以外は0.05月分の削減幅であり、そのことの不当さを訴える組合の声もあります。ただ0.1月分下げられても年間一時金の支給率は国よりも0.1月分高く、民間の厳しい実態を踏まえれば、やむを得ないものと受け入れています。来年以降、もっと厳しい交渉になることも覚悟していかなければなりません。

引き上げ勧告の時の労使交渉結果は12月議会での条例改正が間に合わず、これまで引き上げ分の差額支給は年明けになりがちでした。下げる時は急ぐのかという見方も生じるのかも知れませんが、年明けの給料から差額分の数万円を引く手法よりもダメージは少しやわらぐものと考えました。

月例給に関しては都人勧を踏まえ、引き続き労使協議を重ねていくことになります。また、以前の記事「諸手当の見直し提案」で取り上げた私どもの市にとって継続した独自課題である地域手当引き上げ、住居手当の支給年齢見直しの課題に関しても11月11日の団体交渉の中で労使それぞれの考え方を突き合わせています。

ここまで書き進め、今回の記事も小見出しを付けようかと思い始めていました。それはそれで課題それぞれが重要であるため、付加していく内容が相当な分量になる可能性があります。そのため、これ以降は当面する労使課題の紹介程度にとどめ、機会を見ながら次回以降の新規記事で深掘りさせていただくつもりです。

続いて、2021年度人員確保・職場改善要求の取り組みです。各係・施設単位で実施したアンケートをもとに「人員確保及び職場改善に関する要求書」を集約中です。要求書案を第1回職場委員会で確認した後、市当局と教育委員会当局に要求書を提出し、年度末まで精力的に交渉を重ねながら各職場からの切実な要求の前進をめざします。

ちなみに第1回職場委員会は12月中旬、大きめの会議室を確保し、対面方式で久しぶりに開く予定でした。しかしながら最近の感染拡大の状況を踏まえ、書面開催等の方式を検討すべきではないかという意見が定期大会直後の第1回執行委員会で示されています。

2020現業統一闘争を通し、労働条件の事前協議は従前通りと確認しています。統一闘争は一つの区切りを付けていますが、新学校給食共同調理場の問題など大きな課題が継続しています。当該職場の組合員と話し合いを重ね、大規模改修によってドライ方式に移行した単独調理方式の学校は現行の方式を維持するように求めた要請書を11月12日に教育長へ手渡しています。

会計年度任用職員制度の課題は引き続き労使協議を進めています。雇用継続のあり方や代休制度の確立などを論点化しています。前述した一時金の課題に対し、会計年度任用職員の場合、都人勧の内容の反映は翌年度とすることを確認しています。都人勧は年間一時金を0.10月分引き下げる内容ですが、人事院勧告と同様、期末手当部分に限る引き下げ勧告です。

そのため、勤勉手当が支給されない会計年度任用職員にとって削減率は常勤職員の倍に相当します。そもそも期末手当のみの支給にとどめられていること自体「同一労働同一賃金」の考え方に反していることであり、翌年度以降も会計年度任用職員の賃金・一時金は現行水準を確保するよう求めています。

他にも新型コロナウイルス感染症予防対策や36協定の問題など労使課題は山積しています。組合員から直接相談を受ける案件も数多くあり、その都度迅速に対応しています。「組合に相談しても仕方ない」と思われないように努力しているところですが、大半の組合員からそのように思われてしまうようであれば組合の存在意義が問われてしまう事態だと考えています。

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2020年11月 7日 (土)

定期大会を終えて、2020年秋

記事タイトルに悩む時がありますが、今回も悩まず「定期大会を終えて、2016年秋」「定期大会を終えて、2017年秋」「定期大会を終えて、2018年秋」「定期大会を終えて、2019年秋」という5年続けた同じパターンでの記事タイトルとしています。

金曜の夜、私どもの組合の定期大会が開かれました。7年前の記事「定期大会の話、インデックスⅡ」の中で詳しく綴っていますが、組合員全員の出席を呼びかけるスタイルで続けています。ただ今年は「コロナ禍での組合活動、2020年秋」に記したとおり感染症対策に留意しながら開催しています。

200人以上入れる会場ですが、出席者が100人を超えないように事前申込制としました。来賓の方もお呼びしていません。マスク着用は必須とし、受付では検温や消毒を行なっています。例年以上に委任状での参加者が中心となるため、今回、委任状を含む定期大会参加者全員を対象に抽選会を企画しました。

この特別企画によって前日までに届いた委任状の数で大会の成立を見通せることができています。大会の成立のためには今後も有効な企画だろうと考えています。とは言え、1人でも多くの方に会場まで足を運んでもらいたいため、来年以降も続けるかどうかは議論が必要だろうと思っています。

最終的な出席者数は90名ほどです。会場内の座席は1席ずつ間を空けて座るように指定していました。途中で退席された方も見当たらず、幸いにも例年に比べて「少なかった」という雰囲気のない大会だったと感じています。

定期大会冒頭の執行委員長挨拶は、これまで以上に簡潔な内容の挨拶に努めました。ちなみに人前で挨拶する機会が多いため、檀上で緊張するようなことはありません。原稿がなくても大丈夫ですが、いろいろ話を広げてしまい、割り当てられた時間をオーバーしてしまう心配がありました。

そのため、毎年、定期大会だけは必ず挨拶する内容の原稿を用意していました。今回、方針案提起の役割も担ったため、このあたりの事情を出席者の皆さんにもお伝えしています。ここ数年、挨拶原稿のほぼ全文をブログで紹介しているため、今回も同様に挨拶した内容をそのまま掲げさせていただきます。

執行部を代表し、一言ご挨拶申し上げます。本日は第75回定期大会への出席ありがとうございます。コロナ禍の中、事前申込制など感染対策に留意した異例な節目の年の大会となっています。

さて、アメリカ大統領選が大きな注目を集めています。議案書の「とりまく情勢」で触れているとおり地球温暖化や感染症対策など自国中心主義では解決できない地球規模の問題に直面しています。自分の国だけ万全を尽くしても、すべての国で足並みが揃わなければ解決には至りません。

そのためにも対立より協調に重きを置く国際的な流れが高まることを強く願っています。アメリカの大統領を選ぶのはアメリカ国民の皆さんですが、国際協調の重要性という観点から大統領選の行方を注視しているところです。

日本国内では臨時国会が開かれています。菅総理は「国民の政権への期待もそこそこにある」と述べられていたようですが、日本学術会議の問題などを見ていると政権発足当初の支持率を今後、超えることはないのかも知れません。

菅総理に要望したいことがあります。ふるさと納税の問題を指摘した官僚が左遷されてしまいました。ふるさと納税には利点もあれば問題点もあり、最後は政治家の判断が優先されたことに異議をはさむものではありません。

しかしながら明らかに間違っている判断だったとしても周囲が政治家を制止できない関係性に至っていた場合、極めて憂慮すべき事態に陥りかねません。多様な意見が耳に入らなくなると、より望ましい「答え」から遠ざかり、結果として私たち国民に不利益が生じることになります。

より望ましい「答え」を見出すためには幅広い視点や立場からの議論が欠かせません。様々な角度からの検証やチェック機能の大切さは労使関係においても当てはまります。使用者の目線だけで労働条件を決められてしまった場合、「ブラック」な職場になりかねません。

そのような事態を防ぐために様々な労働法制が整えられ、労働条件は労使対等な立場で決めていくという原則が確立しています。私どもの労使関係も、そのような原則のもとに幅広い労使課題の解決に向け、真摯な議論を尽くしています。

具体的な内容は議案書に盛り込まれています。今回、方針案を提起する役割も負っていますので、その際、具体的な労使課題について示させていただきます。力不足な点があるかも知れませんが、執行部一同、精一杯努力し、力を出し合いながら労使協議を重ねています。

いずれにしても多岐にわたり、たいへん重要な職場課題に対応していくためには職員の大半が加入しているという結集力が欠かせず、活動を中心になって担う執行部体制の充実が欠かせません。昨年度よりも今年度、さらに新たな年度に向け、よりいっそう執行部の体制は充実することができています。様々な事情を抱えながら立候補を決意された皆さんに心から感謝しています。

私自身、たいへん長く組合役員を務めている中、組合の必要性を人一倍強く感じています。引き続き執行委員長を担うことで、よりいっそう発展し、強固な組織基盤を整えた上、次走者にバトンを渡せるよう精一杯頑張る決意です。

まだまだお話したいことが数多くありますが、皆さんからの発言の時間を充分保障するためにも、挨拶は短めにさせていただきます。コロナ禍の中、早めに終わる大会を心がけていますので、ぜひ、最後まで参加いただきますようよろしくお願いします。

方針案を提起した内容の原稿も用意しています。たいへん多岐にわたる内容で相当な長さになるため、このブログでの紹介は見送ります。委員長挨拶よりも長くはなっていますが、やはり会場からの発言時間を保障するため、簡潔さに心がけながら持ち時間の短縮に努められたものと思っています。

一方で出席者からの質問にお答えした際、当然ながら「ノー原稿」のため、簡潔さからは離れた答弁内容となっていました。ますます割り当てられた時間を厳守するためには原稿が欠かせないものと省みています。

出席者からの発言として、今回も保育士の方から「公立保育園の大切さ」のアピールがありました。この発言を受け、私からは連合三多摩の政策・制度討論集会の講演「子どもの権利を守るために私たちができること」について触れ、「保育園を考える親の会」代表の普光院亜紀さんが「保育の量と質の確保は社会全体の利益にもなる」と述べられていた話を紹介しています。

この講演内容の報告書をまとめていたため、保育園職場から新たに3名の方が加わった第1回執行委員会で確認した上、すべての職場で回覧する予定であることをお伝えしています。公立保育園があることで、その地域の保育の質の確保・向上につながるという普光院さんの問題意識を広く共有化していく機会にできればと考えています。

他に闘争資金積立金予算の活用に向けた意見、下水道事業に携わる職員は地方公営企業職員に当たるのかどうかという質問が示されていました。修正案の提出や反対意見はなく、公平委員会の団体登録に向けて必要な規約改正案等を含め、執行部提案はすべて原案通り承認を得られました。

定期大会を区切りとして、現業評議会議長だった副委員長と執行委員の方が退任されます。たいへんお疲れ様でした。新たな執行部体制は前年度よりも3名増えます。第1回執行委員会の日に団体交渉も予定し、いきなり多忙な時期に突入していきますが、これから一年間よろしくお願いします。

定期大会が終わった後、せっかくの金曜の夜でしたが、打ち上げはなく、現地で解散しています。心置きなく、皆さんと飲み語り合える日が早く訪れることを願っています。最後に、組合員の皆さん、大会運営にご協力いただいた皆さん、新旧の組合役員の皆さん、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

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2020年11月 1日 (日)

グローバルな話題に一言二言

人事院は10月7日に一時金を10年ぶりに引き下げる勧告を示しました。0.05月分引き下げて年間4.45月分とする勧告内容です。月例給は別途月内に勧告するという新型コロナウイルス感染症の影響で一時金だけ先行させた異例な措置でした。その予告のとおり10月28日に月例給を前年と同額に据え置く報告が示されています。

私どもの市をはじめ、三多摩の多くの自治体が準拠する東京都人事委員会の勧告も例年より遅れていました。10月30日に国人勧と同様、一時金を先行させた勧告を示しています。0.10月分引き下げ、年間の支給額を4.55月分とし、やはりリーマン・ショックの影響を受けた2010年度以来10年ぶりの引き下げ勧告です。

そのような中、月例給の水準維持などを求めた自治労都本部統一「2020年賃金改定等に関する要求書」を10月28日に私どもの市当局に提出し、回答指定日を11月6日としています。組合員の皆さんからの期待や関心が高く、労働組合にとって最も重要な賃金・一時金交渉を本格化させる時期に入っています。

前々回記事は「組合役員の立候補者を増やすためには」、前回記事は「組合役員を続けるモチベーション」でした。11月6日に私どもの組合の定期大会を控え、組合役員の改選期を迎えていたため、ARIさんからの問いかけに答えながら私自身が考えていることを綴っていました。ローカルでマイナーな記事内容が続いていましたが、今回、一転してグローバルな話題を取り上げてみます。

多くの労働組合は大会議案書の中で「とりまく情勢」に触れています。数年先に組合の活動を振り返る時、当時、どのような情勢だったのか参考とすべき情報だからです。前述したとおり賃金・一時金交渉も、とりまく情勢の影響を大きく受けていきます。

定期大会当日、出席者に配布する「当面する闘争方針(案)」の内容は日々動きのある最新の情勢を加えていくため、大会前日に印刷する予定です。一方で、組合員の皆さん全員に事前配布している「2021年度運動方針(案)」は外注印刷であり、入稿時期との兼ね合いから情報の鮮度が少し落ちている記述もあります。

私どもの組合の定期大会の議案書の原稿は執筆者を分担しています。分担した内容の議案は執行委員会で討議し、議案書にまとめています。その議案書をもとに組合員の皆さんと議論していく手順となっています。

今回、久しぶりに「とりまく情勢」を担当しました。執筆者が変わっても毎年、国際情勢から国内情勢、東京都、私どもの市を巡る情勢という順番で書きしるしています。綴るべき内容を広げすぎると膨大な頁が必要となりますので、執筆者の裁量で特徴的な話題を選びながらまとめています。

このブログでは「2021年度運動方針(案)」に掲げている国際的な情勢の箇所をそのまま紹介させていただきます。その後、記事タイトルを「グローバルな話題に一言二言」としたとおり私自身が、今、思うことを書き足していくつもりです。

人類の誕生とともに感染症との闘いの歴史が始まっています。中世ヨーロッパの人口の3分の1が死亡したペスト、1918年から流行した「スペイン風邪」は世界中で5億人以上が感染し、死者の数が2,000万人とも4,000万人とも言われています。ワクチンの開発や予防・治療方法が飛躍的に進歩していますが、1976年にエボラ出血熱、1981年にエイズが出現するなど新たな感染症への対応にも追われ続けています。

そして今、2020年、新型コロナウイルス感染症が世界中に拡大しています。ロックダウン(都市封鎖)をはじめ、各国それぞれの対策によって第1波を乗り越えたと見られてもウイルス自体が消えた訳ではありません。効果的なワクチンや治療薬が完成し、パンデミック(世界的大流行)の終息が宣言されるまで予断を許せない状況です。

グローバル化が進んでいる中、新型コロナウイルス感染症が世界経済に与えた打撃もはかり知れません。また、アメリカのトランプ大統領は自らの再選に向けた選挙を控え、ますます自国中心主義を打ち出しています。その矛先は中国に向かい、米中経済戦争と呼ばれるような様相を示しています。

地球温暖化の問題の深刻さも増しています。世界各地で異常気象をもたらし、海水面の上昇や生態系の変化を及ぼしつつあります。このままの経済活動を続けた場合、21世紀末には4度前後の気温上昇が予測され、取り返しのつかない事態に至ることが危惧されています。2015年のCOP21(気候変動枠組条約締約国会議)で採択されたパリ協定の発効に向け、各国が足並みを揃えていかなければなりません。

2020年1月3日、アメリカがイラン革命防衛隊の精鋭組織「コッズ部隊」のカセム・ソレイマニ司令官を殺害し、5日後、その報復としてイランがイラク国内の米軍基地を弾道ミサイルで攻撃しました。全面的な軍事衝突は回避していますが、アメリカのイラン核合意離脱以降、中東情勢の緊張は増しています。南シナ海では中国が強引に領有権を主張し、周辺国との軋轢が続いています。北朝鮮の核開発の問題をはじめ、国家間の安全保障面での情勢は緊迫化しています。

しかしながら地球温暖化や感染症対策など自国中心主義では解決できない地球規模の問題に直面している今、よりいっそう国際的な連帯が強く求められているはずです。そのような時に「平和国家」というブランドイメージを改めて磨き上げ、日本ならではの国際社会の中の役割を発揮して欲しいものと願っています。

以上が議案書に掲げている文章です。私自身の問題意識であり、私どもの組合の立ち位置として最も訴えたい思いは最後の段落です。地球温暖化の問題や感染症対策は自分の国だけ万全を尽くしても、すべての国で足並みが揃わなければ解決には至りません。

国家という枠組みをなくすことは絵空事なのかも知れません。それでも国家の枠組みがある中で上記のような問題意識を共有化し、対立よりも協調に重きを置く国際的な流れが高まることを心から願っています。

二度の世界大戦の惨禍を反省し、国連ができ、様々な国際法規が整えられています。国連の役割の不充分さを指摘する声もあります。しかし、不充分な点があれば補う努力を重ね、各国からの期待に応えられる国連の役割強化をめざすべきなのではないでしょうか。

かつて宣戦布告すれば戦争も国際社会の中で認められていました。現在、国連憲章で一部の例外を除き、戦争は原則禁止されています。たいへん残念ながら「自衛のため」という理由や集団的自衛権の行使としての戦争は続いています。それでも原則禁止としていることで、国際社会の中で一定の抑制効果は働いているはずです。

日本時間の10月25日、核兵器の開発、保有、使用を禁じる核兵器禁止条約の批准国が50か国・地域に達したことで、来年1月22日に発効することが決まりました。ICANのベアトリス・フィン事務局長は「核軍縮にとって新たなページが開かれた。長年の活動は、多くの人が不可能だと言ってきたことを成し遂げた。核兵器は禁止された」とコメントしています。

ICAN=核兵器廃絶国際キャンペーンの川崎哲国際運営委員は「条約は、原爆の被害や苦しみを二度と繰り返してはいけないという被爆国の思いが形になったものだ。被爆者が高齢になる中、核兵器をなくさなければいけないという声を国際法として残す意味がある」と述べ、唯一の被爆国、日本にとって、大きな意味を持つ条約であると強調しました。

そして、日本政府が条約に参加しない姿勢を示していることについては「大変残念で、被爆者の声を聞いてきた立場からすると本当につらいことだ。政府は条約に参加すると、核抑止力の正当性が失われると主張しているが、被爆国である日本は、核兵器は違法であるという立場に転ずるべきだ。

いきなりは難しくても、長期的には条約への参加を目指すということを明確に表現してほしい。核兵器のない世界を目指すと言っている以上、できないはずはない」と述べ、条約の発効後に開かれる締約国会議にオブザーバーとして出席し、条約への参加の姿勢を示すべきだと指摘しました。

上記はNHKの取材に対する川崎さんの言葉です。「核抑止力の必要性」や「アメリカの核の傘に入っているから」という理由から日本政府は一貫して消極的な姿勢のままです。これまでの経緯やアメリカとの関係性を軽視できない事情も分かりますが、川崎さんの言葉のとおり唯一の戦争被爆国である日本だからこそ国際社会の中で、この問題に対して存在感を発揮して欲しいものです。

4年前には「米大統領選と都知事選の違い」という記事を投稿し、次のような記述を残していました。あれから4年が過ぎ、11月3日の投開票の結果、トランプ大統領が再選されるかどうか決まります。アメリカの大統領を選ぶのはアメリカ国民の皆さんですが、国際協調の重要性という観点からの判断も得られれば幸いなことです。

今、日本に限らず排外主義やレイシズムの問題が取り沙汰されています。アメリカの大統領選、ドナルド・トランプ候補が共和党の正式な候補者に決まりました。トランプ候補の「メキシコ国境に壁を建設する」など過激な発言は排外主義という批判を受けています。とは言え、泡沫候補だと見られていたトランプ候補が共和党の代表に選ばれたという結果は、その過激な発言や考え方に共感するアメリカ国民が多いことの表われだと言えます。

最後に、政令市である大阪市が廃止されるかどうか本日の夜に判明します。「東京の自治と大阪都構想」という5年前の記事で都構想の効果や試算結果の問題に触れていました。大阪市のことは大阪市の皆さんが決めることで「グローバルな話題」から少し離れますが、『大阪市4分割でコスト218億円増”は捏造でも誤報でもない! 松井市長が市財政局長を恫喝し都合の悪いデータ封じ込め』という気になった話題を紹介させていただきます。

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2020年10月24日 (土)

組合役員を続けるモチベーション

前回の記事は「組合役員の立候補者を増やすためには」でした。9月末に投稿した記事「コロナ禍での組合活動、2020年秋」に寄せられたARIさんからの問いかけに答える内容を中心に綴っていました。前回の記事にもARIさんからご意見や質問がいくつか示されています。

きっと自治労に所属する組合役員の皆さん、それぞれ抱えている悩ましさだろうと思っています。せっかくの機会ですので今回の記事でもARIさんからの問いかけに答えながら私自身が考えていることを書き進めさせていただきます。

■「やらされ感」を前向きな義務感や責任感へ

組合役員は専従者ではない限り、基本的に無報酬での活動となります。無報酬という共通項で考えた時、ボランティア活動やサークル活動を思い起こすことができます。こちらの担い手は自発的な方々が中心となり、その活動自体に「やりがい」や楽しさを感じ取れているはずです。

その他にPTAや自治会の活動を思い浮かべていますが、担い手の多くは任期ごとの輪番制なのだろうと思います。組合役員の担い手の選出方法として、任意に立候補者を募るケースと輪番制を採用しているケースに分かれています。

どちらの方法も長所と短所があり、いろいろ悩みを抱えているのではないでしょうか。ただ立候補という形であっても実情は様々な経緯や「しがらみ」から渋々手をあげられて組合役員を担われている方も多いのかも知れません。

そのような場合でも一定の役割を負うことになり、労力や私的な時間を割かなければならない活動に向き合うことになります。「やらされ感」で始めていても周囲から感謝される場面ばかりであれば、ある程度モチベーションを下げずに続けられるのだろうと思います。

しかしながら前回記事の中で触れたとおり労使交渉では後退を余儀なくされる場面も多く、組合員の皆さんから叱責されがちな現状があることも否めません。書記長や副委員長など任務が重くなればなるほど矢面に立つ場面も増えていきます。

不充分な結果や連携不足だったことを理由に「組合を脱退したい」という申出を受けた時もあります。オープンショップ制の宿命的な悩ましさですが、組合役員を担っているモチベーションが一気に下がりかねない非常に残念な場面だと言えます。

加えて、組合役員が個々に割り当てられている任務や実務を充分に果たし切れていない時、執行部内から叱咤されるケースもあり得ます。「あの件、どうなったの?」という単に確認を求める言葉だったとしても、プレッシャーとなってストレスを高めていく一因になりかねません。

執行委員長という立場の私自身、強い口調で他の役員を責めるような言葉使いは慎み、パワハラにならないように注意しています。しかし、苛立ちを隠せない場面が皆無とは言えず、感情的な言葉を発してしまった時は後から深く反省しながらお詫びしています。

労働条件の維持向上という同じ目的で集いながら、組合員や組合役員同士の軋轢から心を痛めていくような関係性は絶対避けたいものです。人間関係からストレスを高め、組合役員を続けられないケースが見受けられる場合は本当に残念なことです。

組織内がギスギスした雰囲気だった場合、逃げ道の少なさから専従役員のほうがよりいっそうストレスを高めていくのかも知れません。したがって、組合役員のモチベーションを維持するための大事な点として、日常的な活動を進める上で生じがちなストレスの要因を最小化していく努力が必要です。

いずれにしても組合役員を続けていくモチベーションは金銭面の多寡よりも他者から肯定される役割であるかどうかが最も重要な点だろうと考えています。周囲から認められているという役割は「やらされ感」を前向きな義務感や責任感に変え、自己肯定感は主体的な使命感に高めていける可能性を期待できます。

組合活動に「やりがい」や面白さを見出せれば

義務感や責任感の強かったARIさんだからこそ書記長から副委員長まで担われ、様々な組合の取り組みへの参加を拒めなかったのだろうと思っています。特に組合員の皆さんに動員要請していながら組合役員が参加しない訳にはいかなくなる事情を垣間見ています。

直近のコメントから見受けられたことですが、私どもの組合に比べてARIさんの組合は活動の総量が多いのかも知れません。かつて私どもの組合も各職場何割という動員割当を要請していました。現在、動員要請という言葉自体使っていません。

広く参加者を募る集会やイベントは組合ニュースで呼びかけ、あくまでも個々人の判断での参加です。このような関係性のもと組合役員も各種集会に参加するかどうかは任意に選べるようになっています。もちろん定期大会をはじめ、主催する取り組みに対しては可能な限り参加することを申し合わせています。

ARIさんから組合活動の中で「アイデア」を出すことのお尋ねがありました。この動員要請の見直しも一つの「アイデア」だったと言えます。見直すまでの過渡期、しっかり割当要請に応える職場と応えられない職場に分かれがちでした。このような経緯も踏まえ、ARIさんらが感じられている問題意識を受けとめ、現在の方式に定着させていきました。

青年婦人部幹事から執行委員長まで本当に長く組合役員を務めてきているため、自分自身の「アイデア」を形にした事例は数え切れません。以前の記事「組合役員を続けている理由」の中でダンスパーティーを職員家族クリスマスパーティーに変えたことや機関誌にフォトストーリーという創作を連載したことなどを紹介していました。

最近ではコロナ禍での組合員の皆さんへの還元策として、2千円の労働金庫口座開設推奨金振込制度の創設、委任状を含む定期大会参加者全員を対象にした抽選会の実施などが私自身の「アイデア」を形にしたものです。組合活動のあり方についての「アイデア」も多数ありますが、別な機会に譲らせていただきます。

組合役員になったイキサツ」で伝えているとおり市役所に入った当時、私は組合に距離を置こうと考えていました。青年婦人部幹事を引き受けたイキサツも先輩から口説かれ、酔った勢いで返事したことが切っかけでした。それ以降は自分自身が判断し、ここまで長く務めてきています。

組合役員を担ったことで貴重な経験や交流を重ねられ、自己啓発の機会も数多く得られながら、「やりがい」のある任務だったものと振り返ることができます。当たり前なことですが、「やりがい」や面白さを見出せなければ、ここまで長く続けていなかったものと思います。

長く担い続けてきた自分自身の責任として

組合役員の担い手不足につながっている理由として「組合のイメージが悪い」「負担が大きい」「組合活動の成果が感じられない」という声を耳にしています。イメージを少しでも転換する方策として『闘争ニュース』を『組合ニュース』に改めたのも私自身の「アイデア」でした。イメージの転換に向けては、できることを一つ一つ地道に試みていくつもりです。

負担面の話は前述したような問題意識を持ち続けていきます。組合活動の成果は労使交渉を通して結果を出す努力を尽くしていかなければなりません。ARIさんからの問いかけに対し、すべて答え切れていないかも知れませんが、前回と今回の記事を通し、いろいろな思いを発信する機会を得られています。

いずれにしても組合役員を長く続けてきた自分自身の責任として「組合をつぶしてはいけない」という思いを強めています。それが組合役員を担い続けるモチベーションの一つであり、大仰な言葉で表わせば使命感になっています。

ここ数年、執行委員定数12名を満たすことは程遠く、年を重ねるごとに欠員の数を増やしてきました。昨年、久しぶりに前年よりも立候補者を大幅に増やすことができました。さらに今年、11名まで立候補者数が増えています。要請に応えていただいた職場の皆さん、本当にありがとうございます。

最後に、11月6日夜の定期大会に先がけ、組合役員の信任投票が実施されます。下記の文章は立候補にあたり、組合員の皆さんに回覧し、お示しする私自身の選挙広報に掲げた内容です。恒例となりつつありますので、今年も全文をそのまま紹介させていただきます。

毎年、3月末に発行する『市職労報』の特集記事の見出しに「役に立たない組合はいらない」と掲げていました。まったく役に立たない組合であれば「いらない」と思います。しかし、私自身、組合役員を長く務める中で「組合は必要、だから絶対つぶしてはいけない」という思いを強めています。そのため、持続可能な組合組織に向けた基盤を整え、次走者に安心して「バトン」を渡せるタイミングを強く意識しています。

幸いにも執行委員の立候補者が増え始めています。このような明るい兆しがある中、次年度も引き続き担うことで、よりいっそう発展していく組合活動に寄与できればと考えています。新たな一年、様々な難題に対し、引き続き組合運動の先頭に立ち、全力を尽くす決意ですので、よろしくお願いします。 

◎ 毎週1回更新しているブログ『公務員のためいき』もご覧いただければ幸いです。

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2020年10月18日 (日)

組合役員の立候補者を増やすためには

このブログの記事更新と私自身のコメント投稿は土曜日曜に限っています。開設した当初、記事本文は週に複数回更新していました。しばらくして週に1回が定着していましたが、お寄せいただいたコメントへのレスはその日のうちに対応していました。

2012年の春頃からは背伸びしないペースとして、コメント欄も含め、土曜か日曜のみにブログに関わるようにしています。このようなペースを基本としているため、ブログの更新を途絶えさせずに長く続けられているのだろうと思っています。

ただ週に1回の更新であるため、旬な話題に対応しづらくなっています。最近、非正規雇用の同一労働同一賃金を争点にした最高裁判決が立て続けに出されています。大阪医科薬科大学事件とメトロコマース事件は原告側の敗訴、その2日後に出された日本郵便の契約社員に対する判決は原告側の勝訴と明暗が分かれました。

前々回記事「菅総理へのお願い」の中で触れた日本学術会議の問題も引き続き注目しています。週に1回の更新間隔は当ブログで取り上げたい題材に事欠くことがありません。いずれにしても個人の責任で運営しているブログですので、自分なりのスケジュール感のもとに新規記事の内容を決めています。

実は最近の記事「コロナ禍での組合活動、2020年秋」のコメント欄で、ARIさんから次のようなコメントが寄せられていました。今回の記事を閲覧されている皆さんに対し、状況や論点を明確にするためにARIさんのコメント内容の全文をそのまま紹介します。

初めまして。ARIと申します。現在30代半ばの市役所職員で、約8年間自治労系単組の執行役員を務めておりました。8年間のうちの3年間は書記長、2年間は副執行委員長を務めておりました。今回、役員の活動に関する記載があったため書かせていただきます。不快にさせたり非常識ととらえられる内容でしたら大変申し訳ございません。

率直に申し上げますと、書記長、副執行委員長の任務は苦痛そのものでした。青字の「■『たいへんだったけど、やって良かった』、組合役員OBの皆さんからよく耳にする言葉です。」の記載について申し上げさせていただきますが、私としては、組合の必要性については理解できますが、精神面で影響してしまったからかやったことを後悔しております。

記事の中に「任務の重さやプライベートな時間が割かれる面もあり、執行委員の定数を満たせない現況が何年も続いています。」ともありますが、私が所属していた単組もそのような状況でした(現在は不明です)。私も書記長時代からプライベートを割かれ散々でした。

そのため、ワークライフバランスを執行部が訴えておきながら自分たちのワークライフバランスを崩していることに矛盾のようなものを感じておりました。結果的には、プライベートが削がれリフレッシュの機会が減ってしまい、カウンセリングを受けるまでに至りました。現在は執行役員を引退しており、メンタル面も安定しましたが、副執行委員長時代の経験等はトラウマになっています。

実際、私以外にも「やらされている」という感覚が強い役員は何名かいました。そこで伺いたいのですが、
・ 役員として(組合活動等)でモチベーションを上げるには
・ ワークライフバランスを崩さずに組合役員を続けられるには
・ 組合役員に積極的に立候補する人を増やすには
についてご意見ご教示等いただけたら幸いです。このような書き込みで大変申し訳ありませんがよろしくお願いします。【投稿: ARI | 2020年10月 7日 (水) 16時24分】

先週の土曜の朝、私からARIさんのコメントに対して取り急ぎ次のようにお答えしていました。今回、たいへん長い記事になりそうですが、私からのコメントもそのまま掲げた上、補足すべき点や具体的な「答え」につなげていければと考えています。

投稿日の夜、ご指示いただいたとおり重複したコメントは削除しました。ただ右サイドバーへの反映は数日を要していたようです。また、たいへん重要な問いかけをいただきながら当ブログに関わるのは週末に限っているため、返信が遅れて申し訳ありません。

「たいへんだったけど、やって良かった」、そのように述べられる組合役員OBの皆さんが多いことも確かですが、私どもの組合でもARIさんのように苦痛な任務に過ぎなかったと思われたまま退任された方も少なくありません。

役員改選期にあたり、そのような話を告げられる時もあり、今回のARIさんのコメントに身につまされる思いを強めています。いずれにしても本務以外の組合役員を務めたことで心身に不調を来すようなことは絶対避けたいものです。

しかし、任務の重さや関与しなければならない時間の膨大さに押しつぶされそうになる現況があることを決して否定できません。さらにARIさんが経験されたように書記長や副委員長という任務の重さに比例する傾向もあります。

今回、3点の問いかけをいただきました。このコメント欄で迅速にお答えすべきなのかも知れませんが、それぞれ端的な「正解」を示すことが難しい問いかけです。そのため、記事本文を通して、私自身の「答え」を掘り下げさせていただければと思っています。

ただ今週末の記事は別な題材で投稿する運びでしたので、来週以降となることをご容赦ください。ちょうど私どもの組合の役員改選期に入るため、私自身の思いや悩みを率直に吐露できればとも考えています。

末筆となりましたが、くれぐれもお体に気をつけてお過ごしください。そして、組合役員を経験した方、誰もが「たいへんだったけど、やって良かったこともあったな」と振り返られるような組合活動にしていければと思っています。【投稿: OTSU | 2020年10月10日 (土) 06時20分】

投稿は土曜日曜に限っていますが、お寄せいただいたコメントはその日のうちに閲覧しています。ARIさんが誤って投稿されたコメントはすぐ削除しましたが、右サイドバーの「最近のコメント」でARIさんの名前が一つになるまで数日かかっていました。リニューアル後によく見かけるココログ側の不具合でした。

ARIさんからの問いかけは記事本文を通してお答えすることをお伝えしていました。先週は連合三多摩の政策・制度討論集会の内容を取り上げようと決めていたため、前回の記事は「子どもの権利を守るために」でした。遅くなりましたが、今回、ARIさんの問いかけに対する私自身の考えを示させていただきます。

役員として(組合活動等)でモチベーションを上げるには

なかなか難しい問いかけです。個々人でモチベーションの上げ方も異なるかも知れません。一般的には内発的動機(参考記事「ベターをめざす人事制度」)を高めた活動であればモチベーションは維持できるものと考えています。特に非専従の組合役員は無報酬の活動であり、「やらされている」という感覚のままであれば到底モチベーションを上げることは期待できません。

それでは内発的動機を高めるためにはどうすべきか、この点を考えてみます。最初から組合の役割を評価し、組合活動に意義を見出している方は問題ありません。積極的に手をあげた訳ではなく、義務感や順番だから仕方なく組合役員を担った方々を想定しながら考えてみます。

組合活動の面白さは組合役員一人ひとりのアイデアや企画を形にしやすく、その成果や手応えを即時に実感できる経験を積んでいけることです。そして、労使交渉を通して結果を出せた時の達成感があり、組合員の皆さんから感謝の言葉をかけられた時のうれしさがあります。

このようなプラスの成果や評価ばかりであれば「やりがい」があり、モチベーションも常に上がっていくはずです。このプラスの経験のほうが多ければ「たいへんだったけど、やって良かった」という組合役員OBの感想につながっていきます。

しかし、労使交渉では後退を余儀なくされる場面も多く、組合員の皆さんから叱責されがちな現状があることも否めません。書記長や副委員長など任務が重くなればなるほど結果を出せなかった場合、直接叱責される時が増え、ストレスを蓄積していきかねません。

モチベーションを上げていくためには上記のような場面を減らせるかどうかが「答え」の一つだろうと思っています。ちなみに組合員が憤る時、結果を出せなかったことよりも途中経過での連携不足を指摘されるケースが多く見受けられます。

きめ細かい連携として職場懇談会や個別相談などを頻繁に行なうためには組合役員側のマンパワーの充実が欠かせません。そのためにも組合役員の改選期、幅広い担い手を募りながら執行委員定数を充足させていくことが重要だと考えています。

ワークライフバランスを崩さずに組合役員を続けられるには

組合役員の担い手が増えれば任務分担を細分化でき、個々の担う活動領域や関与しなければならない時間も減っていきます。逆に組合役員の担い手の減少は個々の任務分担の質と量を広げるため、現職のワークライフバランスが疎かになり、ますます組合役員に手をあげることをためらわせがちとなります。

担い手が増えない場合、組合活動の総量を見直すことも必要です。私どもの組合では財政面の厳しさを踏まえ、4年前に活動全体を見直しています。持続可能な組合組織に向け、組合役員の負担面も考慮しながら大胆な見直しをはかりました。しかしながら労使課題に際しては決して手を抜けないため、劇的に軽減化されたかと言えばそうでもありません。

そのため、次に重視すべき点は執行部内での相互理解と支え合いです。組合役員それぞれの事情があることを理解し合い、執行委員会等に欠席することをとがめない雰囲気作りに努めています。場合によってプライベートな用事だったとしても、その人の優先順位を尊重し、欠席する理由は問わないようにしています。

皆さんそれぞれが限られた時間を工面しながら組合活動に関わっています。手が回らなかった場合、手助けできる人が中心になって支え合うようにしています。ここ数年、最も長く組合役員を務めている私自身が手助けしやすいため、いろいろ実務面でも支える場面が増えています。

ただ「手を出しすぎ」と言われ、「委員長がいなくなった時、どうするの」と問いかけられる時があります。言われるまでもなく、私自身が退任する時のことをずっと考え続けています。それでも今、限られた人数で組合活動に向き合っている中、手助けが必要な時、力を貸せる人がサポートしていくという関係性も大切なことだろうと考えています。

組合役員に積極的に立候補する人を増やすには

上記2点の問いかけに対する「答え」が立候補者を増やす近道になるものと思っています。内発的動機を高められる達成感のある任務だと認められ、ワークライフバランスに留意した活動であれば手をあげる人たちが増えていくのではないでしょうか。

残念ながら一足飛びにそのようなイメージチェンジがはかれないことを前提に考えていかなければなりません。最も重要な点として「組合は大事、つぶしてはいけない」という認識を組合員の皆さん全体で共有化できるかどうかだと考えています。

役に立たない組合はいらない、その通りです。しかし、私自身、組合役員を長く務める中で「組合は必要、だから絶対つぶしてはいけない」という思いを強めています。このような土台をしっかり築くことを日常的に努力する一方、組合役員の立候補に向けたハードルをどのように下げられるかどうか探り続けています。

今回、私どもの組合役員の改選期にあたり、仕組みの問題を市長らと再確認しました。その確認を踏まえ、 最近の記事「コロナ禍での組合活動、2020年秋」の中で紹介した『組合ニュース』の次の一文につなげていました。

これまで組合役員だった部課長は多く、現在の副市長は組合の会計幹事を4年間担われています。また、他の自治労単組では組合役員が係長や課長補佐に昇任する場合もあります。私どもの組合も例外ではなく、今後、組合役員を担いながら係長に抜擢されることも望ましい流れだろうと考えています。

組合は人事に関与できませんので、あくまでも仕組みの問題として以前から確認してきたことです。組合役員を務めると将来「役所の階段を上がっていけなくなる」と思われていた場合、そのような誤解を払拭するために今回から加えた一文でした。

そもそも組合役員が「やりがいのある任務」なのか、ワークライフバランスが疎かになるような「たいへんな任務」なのか、実際に経験してみなければ判断できません。そのため、活動は無理のない範囲で構わないので立候補して欲しいと要請する場合が少なくありません。

長らく執行委員定数12名を充足できていないため使える言葉ですが、次のような言葉を多用しています。「執行委員に名前を連ねてもらえれば1%から100%の幅で活動できる可能性が広がります。担ってもらえない場合は0%であり、執行委員としての役割の発揮は一切できなくなります」という言葉です。

そもそも私自身の組合役員になったイキサツを振り返りながら「1%から100%の幅」の可能性を期待しています。昨年、学校事務職場から4名の方が執行委員となりました。最初「4人で1人分ですから」と話されていましたが、執行委員会等への出席をはじめ、皆さんそれぞれが充分な役割を発揮されていました。さらに3名の方が引き続き務めてくださることを決めています。

決して「名前だけの立候補」を要請してきた訳ではありませんが、務める限りは「より100%に近い任務の重さを求めるべき」という考え方もあります。そのため、私の言葉は「頑張ろうとしている人たちに失礼で混乱させている」という指摘もありました。

そのような懸念があることも理解していますが、「より100%に近い」を原則とした結果、高いハードルだと思われて立候補を見送られてしまってはマイナスだろうと思っています。今回、保育園職場からの選出のあり方を巡り、執行部側の意見が分かれた場面もありましたが、最終的に複数名の立候補を確認できています。

残念ながら慰留できなかった組合役員が数名いますが、新たに立候補される方のほうが多くなる見通しです。一昨年まで執行委員の数は年々減り続けていました。昨年、久しぶりに増やすことができ、今年は定数12名に届く可能性もあります。いろいろ迷われながら引き続き立候補される方、新たに立候補を決意された皆さん、本当にありがとうございます。

最後に、ARIさんからの問いかけに対して充分な「答え」になったのかどうか自信がありませんが、私どもの組合の現状も含めて説明させていただきました。また何かお気付きの点がありましたらお気軽にコメントをお寄せいただければ幸いです。よろしくお願いします。

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2020年10月10日 (土)

子どもの権利を守るために

木曜の午後、主催者側のプロジェクトの一員として連合三多摩ブロック地協の政策・制度討論集会に参加しました。毎年、この時期に開かれ、これまで当ブログでは討論集会で得られた内容をもとに「子ども・子育て支援新制度について」「保育や介護現場の実情」「脱・雇用劣化社会」「子どもの貧困と社会的養護の現状」「子ども虐待のない社会をめざして」という記事を綴っていました。

三多摩の地で働き、三多摩の地で暮らす組合員の多い連合三多摩は、各自治体に向けた政策・制度要求の取り組みに力を注いでいます。今年も多岐にわたる要求書を全自治体に提出します。その一環として討論集会を企画し、政策・制度要求に掲げている重点課題等について認識の共有化に努めています。

主催者を代表した挨拶の中で議長は「コロナ禍の中、今後、何が必要なのか、気持ちを一つに職場の声こそ労働運動の原点として取り組んでいきたい」という思いを訴えられていました。プロジェクトの主査からは「多摩の未来に夢を」というスローガンを掲げた政策・制度要求の取り組みについて全体会の中で報告を受けています。

今年は新型コロナウイルスの感染対策に万全を期し、直接会場に足を運ぶ参加者を絞り、 Webとの併用開催としていました。最終的に会場参加者77名、 Webでの参加者78名でした。全体会の後、参加者はそれぞれ第1分科会「子どもの権利を守るために私たちができること」と第2分科会「私たちの営みが水害リスクを増大させている~事業継続のために~」に分かれています。

私は第1分科会の内容を後日文書で報告する役割を担いました。この役割を事務局から依頼された時、毎年、ブログで討論集会の内容を取り上げていることをお伝えしていました。さっそく今週末、報告書の下敷きにすることを意識しながら第1分科会の内容を綴らせていただきます。

子どもにとっての最善の利益を

第1分科会「子どもの権利を守るために私たちができること」の講師は「保育園を考える親の会」代表の普光院亜紀さんでした。「親の会」は1983年に働く親のネットワークとして設立され、現在、首都圏を中心に約400名の会員の皆さんが情報交換や意見表明などの活動を進めています。

連合三多摩の討論集会の前日、「親の会」は記者会見を開き、主要100自治体を対象に保育施設の整備状況を調査した結果を公表していました。認可保育所への入所を希望した児童のうち入所が決まった児童の割合を示す入園決定率は2020年度で77.5%にとどまり、依然として2割以上が希望の認可保育所に入ることができていないそうです。

全国待機児童数は減って「保育園に入りやすくなった」と言われていますが、都市部の入園決定率は横ばいであることを普光院さんは伝えています。今回の普光院さんの講演の中で、このような現状の報告を受けながら子どもの育ちに必要な支援はどうあるべきかという論点が提起されています。

子どもを支えているのは家庭以外に職場や地域、行政施策・民間による支援があります。子どもは純粋培養できず、最善の利益を考えていかなければなりません。最善の利益は、飢餓に苦しむ国の子どもと日本の子どもが違うように子ども一人一人様々です。子どもにとっての最善の利益を考える義務が大人にあることは子どもの権利条約の理念とされています。

苦情や事故などから考える質の問題

子ども・子育て支援制度が始まり、認可外の企業主導型保育事業の導入などによって保育施設の量は満たされてきています。企業主導型などを一括りに批判しないように留意した上、普光院さんは苦情や事故などから考える質の問題を取り上げていました。

ゼロ歳児にベビーカステラを与えて喉に詰まらせ死亡させた事例、うつ伏せのまま2時間寝かして死亡させた事例など保育に携わるスタッフの認識不足から重大事故を引き起こしている現状があります。保育室の面積基準を守れない施設も多く、通報されても「基準違反ではない」と取り合わないケースもあるようです。

認可外の保育施設に預けていた子どもから笑顔が消えていました。公立保育園に移ることができ、その子どもは笑うようになって元気が出てきたという話も紹介されました。普光院さんは「質の低い保育は、子どもの心身の育ちに悪影響を与えるという点から、子どもの権利を侵害するもの」と述べています。

普光院さんは人生の始期である保育の大切さを強調されています。乳幼児期は、心身のすべての機能がその最も基本的なところから相互に触発し合って発達する時期だと言えます。英語の録音テープをずっと聴かされていた幼児が失語症になってしまいました。英語を一方的に聞かせるという試みをやめたことで、その子どもに言葉が戻ってきたそうです。

「育つ力」は何かしたい、話したい、言葉を覚えたいという気持ちが大事であり、安定した情緒のもとで子どもの主体性を尊重していくことが重要視されています。飛んだり、跳ねたりすることは運動機能の向上以外にも役立ち、子どもにとって外で遊ぶことが大切なことであるため、普光院さんは園庭保有率に着目されていました。

ただ都市部の認可保育園の園庭保有率は全体的に年々減少しているという報告を受けています。その中で伸ばしていた自治体が3市ほどあり、そのうちの1市が私どもの市だったことを知りました。そもそも地価の高い土地を容易に確保できないという事情がありますが、近隣住民にとって園児の声が騒音とされがちな現状も見過ごせない課題です。

園庭の問題は質疑応答でも取り上げられていました。保育園側と近隣住民の方々との交流する機会を増やし、子どもたちの顔を覚えてもらえれば「可愛くなって騒音ではなくなる」という普光院さんの説明にはたいへん共感しています。加えて、これから報告するような保育の重要性の理解が進めば、もともと1日のうちの限られた時間に過ぎない園庭から聞こえる声も許容されていくのかも知れません。

■保育の質と量の確保は社会全体の利益へ

普光院さんはペリー・プリスクールの社会実験について紹介しています。アメリカのミシガン州の貧困地域で質の高い幼児教育を実施し、受けたグループと受けなかったグループを40歳まで追跡調査していました。その結果、40歳での年収や逮捕歴の数などで受けたグループの優位さが確認されています。

この結果から経済学者のヘックマン教授は「幼児教育は国家にとって最も費用対効果が大きい教育投資である」と指摘していました。付随する研究報告として、教師が計画に沿って直接学力を上げる指導よりも、子ども自ら活動を計画して実行したグループのほうが23歳時点の追跡調査で情緒障害や学校での問題行動などは少なかったとのことです。

教師が直接指導したグループは10歳の時点で他のグループよりもIQで高い値を示しましたが、その後の到達度に大きな違いはありませんでした。直接指導は学校教育への準備として近道であっても、長期的な観点からの社会性の発達を犠牲にしているように見えると研究報告で締めくくっています。

東京大学大学院経済学研究科の山口慎太郎准教授の見解も紹介されています。社会経済的に恵まれない家庭の子どものうち2歳時点で保育所を利用していた子どもの多動性・攻撃性が、利用していなかった子どもより改善していました。そのため「保育の量と質の確保は子どもの権利を保障するとともに社会全体の利益にもなる」と説かれています。

知能指数や学力など計測可能な力が認知スキルです。社会情動的スキルとも言われる非認知スキルは、やり抜く力、意欲、自制心、協調性、社会性、自尊心などが上げられます。非認知スキルは夢中で遊ぶことで育っていきます。両方、相まって発達していくことが欠かせません。認知スキルだけ重視した保育では問題であることを普光院さんは語っています。

保育の質を支える構造として、施設や事業者の質が問われ、国や自治体の責務が重視されていきます。施設の質を左右するのは、施設長や保育士の資質など人材、設備、素材、保護者との信頼関係などが上げられます。事業者の質としては、現場の声を聞き、必要なサポートをできるかどうか求められていきます。

国・自治体は職員配置や施設設備などの適切な基準を設け、指導検査や研修の支援、公費の投入を行なうことが保育の質を支える構造につながります。普光院さんは「幼児教育の無償化も悪くないが、優先順位の問題として保育士の処遇改善が先だったのではないか」と提起しています。待機児対策のためには処遇改善によって保育士不足を解消する必要があると訴えられています。

保育所・こども園は最強の子育て支援機関

普光院さんは「生活の場」である保育所・こども園は最強の子育て支援機関であると評しています。保護者の就労を支え、子どもの日中の生活を支えます。子どもにとって学びの場であり、生活習慣や健康管理を支えることもできます。さらに家庭や子どもの変化に気付き、直接的な支援に結びつけることができる場だと言えます。

相対的な貧困の影響は子どもの貧困を招きがちです。子どもの貧困は若者の貧困、大人の貧困、次世代の貧困につながり、負の連鎖を生じさせかねません。児童虐待によって子どもの命が奪われるという痛ましい事件が後を絶ちません。児童虐待の背景には複合的な要因があるのかも知れませんが、このような負の連鎖のもとに起こっている事例も多いはずです。

普光院さんは公立保育所に求めることを3点上げています。①地域の子どものセーフティネットとして、②多様な保育の支援・指導の担い手として、③非常時の機動部隊としての責務と役割です。民間の保育所も担うべき点がありますが、公立保育所だからこそ率先垂範し、行政内部のネットワーク機能を発揮しやすくなります。

安定した雇用を前提にした公立保育園のベテラン保育士らが巡回支援指導員となり、地域の各施設を訪ねながら質の確保・向上に努めていくことも普光院さんから提案されています。熊本震災の時の公立保育園の活動の紹介もありました。避難所に出向いて絵本を読み聞かせた出前保育、臨時預かり保育、心のケアに関する研修などを行なっていました。

講演の最後に普光院さんは「子どもの権利を保障するために」という見出しのパワポ画面を映しています。そこには「格差、相対的貧困、虐待から子どもを守る」、同調圧力の強いムラ意識や性別役割分担を脱し、多様性を認めた「地域に新しいコミュニティを」、自粛警察や保育園建設反対という声に対して「子ども理解を広げる」、子ども中心、子どもの主体性、子どもの権利の視点を持った「保育・教育の質の確保・向上」と記されています。

そして「大人(事業者や保護者)にお金をばらまくことよりも、子どもが必要とする環境を等しく得られるような施策を。」という言葉で結ばれていました。この後、Web参加者も含めた5名の方からの質疑応答がありました。連合三多摩への報告書には質疑応答の内容も加える予定ですが、このブログ記事はこのあたりで一区切り付けさせていただきます。

最後に

全体を通し、たいへん中味が濃く、貴重な講演の機会に恵まれました。お話を伺いながら「『霞保育園で待っています』を読み終えて」という記事のことが頭に浮かんでいました。私自身も民間で保育園を運営できないと考えている訳ではなく、質の高い民間保育園が少ないと見ている訳でもありません。その上で今回、公立保育園の役割について考えを深められる意義深い講演内容でした。

私どもの市では今年4月、労使合意していた最後の5園目が民営化されました。今後、残された6園の存続に向け、よりいっそう公立保育園の大切さや役割をアピールしていく活動が求められています。そのための参考材料となるお話を伺え、たいへん勇気付けられています。

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2020年10月 4日 (日)

菅総理へのお願い

このブログをいつもご覧になっている方の助言もあり、まだ何も具体的な結果が出ていない新内閣に対し、あれこれ批判するのは早計かも知れないと考えていました。いずれにしても自民党政権だからという条件反射的な批判は控えてていくつもりでした。

以前から述べているとおり「誰が」に重きを置かず、批判するのであれば「何が問題なのか」という具体的な言動や事例を示しながら問題提起や要望を記すように努めています。もちろん私自身の問題意識そのものが必ずしも正しいとは限らず、読み手の皆さん個々人の評価は様々なのだろうという前提での提起やお願いだと言えます。

このあたりについては少しの前の記事「安倍首相へのお願い」の中でもお伝えしていました。また、より望ましい「答え」を見出すためには多面的な情報に触れていくことが欠かせません。そのような意味で、このブログが幅広い情報や考え方を発信していく一つの場になれることを願っています。

前回記事は「コロナ禍での組合活動、2020年秋」というマイナーでローカルな話題でした。今回、再び一転して不特定多数の方々も目にしている時事の話題を取り上げます。トランプ大統領の新型コロナウイルス感染という衝撃的なニュースから私たち公務員にとっての関心事である人事院勧告の最新情報が伝えられていますが、下記報道の話題が最も気になっています。

政府から独立した立場で政策提言をする科学者の代表機関「日本学術会議」が新会員として推薦した候補者105人のうち、6人を菅義偉首相が任命しなかったことが明らかになった。「学者の国会」と呼ばれ、高い独立性が保たれる学術会議の推薦者を首相が任命しなかったのは、現行の制度になった2004年度以降では初めて。

政府は拒否した理由を明らかにしていないが、6人の中には、安全保障関連法や「共謀罪」を創設した改正組織犯罪処罰法を批判してきた学者が複数含まれている。関係者の間では、学問の自由への政治介入との見方が広がっている。

日本学術会議法は「優れた研究、業績がある科学者のうちから会員候補者を選考し、首相に推薦する」と定めており、推薦に基づき首相が会員(210人)を任命する。任期は6年で3年ごとに半数を改選している。

関係者によると、推薦されながら任命されなかったのは、小沢隆一・東京慈恵会医科大教授(憲法学)▽岡田正則・早稲田大教授(行政法学)▽松宮孝明・立命館大教授(刑事法学)▽加藤陽子・東京大教授(日本近代史)▽宇野重規・東京大教授(政治学)▽芦名定道・京都大教授(哲学)――の人文・社会科学系の6人。

学術会議は今年9月末で会員の半数が任期満了を迎えることから、8月31日に6人を含む計105人の推薦書を首相あてに提出したが、9月末に学術会議事務局に示された任命者名簿には6人を除く99人の名前しかなかったという。新会員99人は1日付で任命された。

1日に東京都内で開かれた学術会議総会で、9月30日付で退任した山極寿一・前会長は「(1949年の)創立以来、自立的な立場を守ってきた。説明もなく任用が拒否されることは存立に大きな影響を与える」と危機感をあらわにした。9月30日に、菅首相に対し文書で理由の説明を求めたという。

一方、加藤勝信官房長官は1日の記者会見で「個々の選考理由は人事に関することでコメントを差し控える。直ちに学問の自由の侵害にはつながらない」と述べた。【毎日新聞2020年10月1日

1983年、中曽根元総理は「政府が行なうのは形式的任命にすぎない」と答弁していました。内閣法制局の『法律案審議録』にも「推薦に基づいて会員を任命することとなっており、この任命は形式的任命である」と記され、形式的任命は内閣法制局の審査によって確定された政府統一見解でした。

当時の国会答弁を加藤官房長官は認識しているとした上で、それ以降「専門領域の業績のみにとらわれない、広い視野に立って、総合的・俯瞰的観点からの活動を進めていただくため、そうした改正がなされてきた。そうしたことを踏まえて、これまでもそうしたスタンスに立って任命してきた。今回、結果において推薦に比べて任命された人数が少なくなってきているということだ」と説明しています。

加藤官房長官、学術会議の任命拒否理由を問われ“不明瞭な”答弁(会見詳報)』を確認する限り、納得できる説明責任を到底果たしているとは思えません。加藤官房長官は「政府として判断させていただいた。この判断を変えることはない」と押し通し、菅総理のコメントも「法に基づいて適切に対応した」という一言にとどまっています。

この問題こそ「誰が」どのような主張をしているかどうかではなく、「何が問題なのか」が重要であるため、参考になるサイトの記事タイトルだけ紹介していきます。お時間等が許される際、ぜひ、リンク先のサイトもご覧いただければ幸いです。

学術会議人事介入を重大問題と受けとめる感性を』『菅義偉さん、日本学術会議に介入して面白がられる一部始終』『菅首相が安倍時代もしなかった言論弾圧、「学問の自由」侵害! 日本学術会議の会員任命で安保法制や共謀罪を批判した学者を拒否』『皆さん、この問題を日本学術会議の民営化などの問題にすり替えたり、矮小化したりしないでくださいね』『菅総理による日本学術会議メンバーの任命拒否問題、その論点はどこか?切り分けて整理してみる

仮に日本学術会議側に何か改めるべき問題点があるのであれば、今回の任命拒否を行なう前にしっかり意見交換すべきだったはずです。まして任命のあり方が「形式的」でなくなっていた場合、その時点で合意形成をはかっていなければ不誠実な対応だったと言わざるを得ません。

そもそも内閣法制局とも協議した上、法解釈の変更があったのであれば当事者間の問題にとどまらず、国会への報告も含めた情報公開が求められています。菅総理は国民に丁寧に説明していくことを重視されています。ぜひ、日本学術会議への回答ととも国民に対しても充分な説明責任を果たされるようお願いします。

前々回記事「新しい立憲民主党に期待したいこと」の中で、週刊文春の記事『「菅義偉さん、やっぱりあなたは間違っている」…“左遷”された総務省元局長が実名告発』と慶応大学名誉教授の小林節さんの『「政治に抵抗する官僚は更迭して当然」という大きな誤解』という見解を紹介しました。

左遷された局長は「ふるさと納税の際にはまだ検討の過程で見過ごせない重大な問題があることが分かり、意見を申し上げた次第で菅首相がそれを“政府の政策に反対する官僚”というのであればまともな検討さえもできません」と指摘しています。小林さんは官僚が「政権の下僕」でなく、次のとおり緊張した関係性であることを説いています。

政権交代した与党が、憲法以下の法令と社会状況が変更されていない状況下で、いきなり政策の変更を指示したら、官僚としてはまず「仕事」として抵抗するのが自然である。つまり、政治としては、まず社会状況の変化に関する自己の認識を開陳し、現場の実情を熟知している官僚と合議する必要がある。

もちろん政策が決定した後、その方針に従わないような官僚だった場合、左遷されても仕方ありません。しかし、より望ましい「答え」を見出すための不可欠な議論の過程において異論を唱えたことで、左遷されてしまうようであれば誰も意見具申できなくなります。ふるさと納税には利点もあれば問題点もあり、最後は政治家の判断が優先されたことに異議をはさむものではありません。

しかしながら明らかに間違っている判断だったとしても周囲が政治家を制止できない関係性に至っていた場合、極めて憂慮すべき事態に陥っているものと考えています。そして、多様な意見が耳に入らなくなると、より望ましい「答え」から遠ざかり、結果として私たち国民に不利益が生じることになります。

日本学術会議の任命に際し、政府の考え方に異論を唱えていた候補者を拒んでいた場合、上記のような視点からも非常に残念なことです。加えて、法的な経緯や多様な情報を持っている官僚が声を上げられなくなっているため、このような重大な問題が表出しているのであれば様々な意味で危うさを感じています。

今回の記事を書き進める前に『したたか 総理大臣・菅義偉の野望と人生』を読み終えていました。「はじめに」の4頁が編集部の手で書き加えられた緊急出版であり、本文は2015年以前の内容となっていました。その中で「私は周りにいつも、『耳触りのいい話は上げなくていい。手厳しい話こそ上げてくれ』と言っているんだ」という言葉が目に留まりました。

2013年の年の瀬、著者の松田賢弥さんが取材した時、官房長官だった菅総理が語った言葉です。菅総理へのお願いです。その時、語った思いに偽りがなかったものと信じています。ぜひ、国民のためにも多様な声に耳を傾ける姿勢を強め、官僚や有識者が手厳しい話を萎縮せずに訴えられる懐の深さを示されるよう切に願っています。

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2020年9月27日 (日)

コロナ禍での組合活動、2020年秋

前回記事は「新しい立憲民主党に期待したいこと」でした。今回は一転してマイナーでローカルな話題となります。2か月ほど前に「コロナ禍での組合活動と役割の発揮」という記事を投稿していました。今回、その続編となる私どもの組合活動の「今」を書き残しておこうと考えました。

そもそも当ブログでは政治的な話題を取り上げることが多くなっていますが、日常の組合活動は身近な職場課題や労働条件の改善に向けた取り組みが大半を占めています。取り上げ方が非対称となっている理由の一つは不特定多数の方々に発信しているため、誰もが知り得ている時事の話題を選びがちとなるからです。

さらに私自身の背伸びしない一つの運動として、あえて人によって評価が分かれがちな情報や問題意識を訴え続けています。このような理由があり、政治や平和の話を取り上げた記事が多くなっています。一方で、そのような話題ばかり目立ってしまうと日常の組合活動の中味そのものが誤解される心配もあり、今回のような内容の記事もしっかり書き残すように努めています。

さて、昨年8月末、私自身にとって久しぶりの自治労大会に参加していました。新型コロナウイルス感染症拡大がなければ今年は愛知県で開かれる予定でした。コロナ禍の中、第93回定期大会は署名審議とウェブ開催による代表代議員会議に切り替えていました。自治労中央執行委員長の挨拶の冒頭の内容は次のとおりでした。

労働組合は、多くの人間が集い、ともに声を発することによって力を発揮できる組織です。そのため、「他人との距離を保つ」「できるだけ会話は控える」などの、いわゆる「新しい生活様式」は、労働組合の根本に対する挑戦であるとも言えます。だからこそ私たちは、現状に流されてしまうのではなく、何ができるのか知恵を絞る必要があります。

「挑戦」という言葉は試練に挑戦するという意味で理解し、「知恵を絞る必要があります」という訴えはまったくそのとおりだと思っています。昨日土曜の自治労東京都本部第69回定期大会は収容人員の多い会場を確保し、検温や消毒など感染症対策に留意しながら開かれました。

私どもの組合の第75回定期大会は11月6日午後6時30分から予定通り市民会館小ホールで開きます。「密閉」「密集」「密接」という3密が避けづらいため、3月以降、会議室で開く職場委員会は取りやめています。定期大会の会場は200人以上入れるため、3密に注意することができます。

これまで一人でも多くの方の出席を呼びかけてきましたが、残念ながらコロナ禍の中、事前申込制として出席者が100人を超えないように留意していきます。したがって、例年以上に委任状での参加者が中心となります。

コロナ禍での組合活動と役割の発揮」の中で、コロナ禍での組合員の皆さんに対する還元策として2千円の労働金庫口座開設推奨金振込制度を創設したことを紹介していました。今回、コロナ禍での特別企画として委任状を含む定期大会参加者全員を対象に抽選会を行ないます。

  • 1等  ロボット掃除機ルンバ(1名様)
  • 2等  1万円相当のお肉ギフト(1名様)
  • 3等  コンパクト超音波加湿器(1名様)
  • 4等  温度が選べる電気ケトル(1名様)
  • 5等  パワフル風量サーキュレーター(1名様)
  • 6等  プレスサンドメーカー(1名様)
  • 7等  ハンディーアイロン&スチーマー(1名様)
  • 8等  5千円相当のスイーツギフト(1名様)
  • 9等  クオカード3千円分(5名様)
  • 10等  書籍『霞保育園で待っています』(5名様)
  • 11等  石けんシャンプー&リンス(5名様)

賞品は上記のとおりですが、総額10万円ほどの予算で取り組めます。組合員一人100円ほどの負担で大きな楽しみが生み出せるため、スケールメリットの一例として紹介することもできます。当選者は後日『組合ニュース』紙面で発表します。ちなみに大会出席者には組合規程に基づく日当千円を支給するほかに当選確率を2倍にします。

次年度の「運動方針(案)」は組合員全員に事前配布し、経過報告や資料が掲載された「定期大会議案書」は職場回覧します。組合員全員を対象にしたお楽しみ企画があることで、硬い議論を必要とされている定期大会への関心が少しでも高まっていけば、たいへん幸いなことだと考えています。

私どもの組合の機関紙は月に2回発行し、『闘争ニュース』というタイトルが付いていました。このブログで『闘争ニュース』というタイトル名で取り上げたことはなく、組合ニュースと記してきています。「タイトルが付いていました」と過去形で改めて紹介した訳は次のような経緯があったからです。

老朽化した印刷機を8月末に入れ替えました。コピー機と一体化し、機能面の向上とともに運転コストも縮減できます。入れ替えに伴い、1回の印刷でカラー刷りも可能となっています。これまで赤色のニュース題字だけ別原稿でしたが、印刷機の入れ替え後、題字もニュース本文のレイアウトに組み込むことになりました。

レイアウトとデザインを刷新する機会に『闘争ニュース』というタイトルを『組合ニュース』に改めました。労働組合にとって「闘争」という言葉は重く、これからも状況に応じて毅然と闘うという姿勢は待ち続けなければなりません。その上で組合員の皆さんから親しみを高めていただくためにも、シンプルなニュース名に改めることにしました。

コロナ禍が続く中、ますます紙面を中心に組合活動をきめ細かく伝えていくことが重視されています。そのため、ニュース名の変更を機会によりいっそう親しみと存在感が発揮できる組合活動に向けて努力していくことを『組合ニュース』に改めた9月8日発行の初回号で強調していました。

12月に予定していた職員家族クリスマスパーティーは残念ながら取りやめています。定期大会の事前申込制など組合員同士が直接交流する機会は控えていきますが、様々な課題の解決に向けた労使交渉能力はしっかり維持し、具体的な成果を上げることで、よりいっそう存在感が発揮できる活動をめざしています。

人員確保・職場改善要求の取り組みは例年通り進めます。各係・施設単位でアンケートを実施し、要求書をまとめ、年度末まで労使交渉を精力的に重ねていきます。会計年度任用職員制度に関する労使協議会を開いていますが、市当局側と組合の主張との隔たりは大きいままです。組合の要求の切実さを訴え、引き続き労使協議を重ねていくことを確認しています。

2年前、組合の要請書に対する文書回答で、行革計画の中で「労働条件の変更を伴う事項については、従前と変わらず事前協議していく」ことを確認していました。さらに労使の信頼関係を損ねないように取り組んでいくという確認もあり、その確認に沿った必要な対応を市当局に求めています。

コロナ禍における執務環境や昼食時の感染防止策、時間外勤務縮減の課題など労使協議すべき事項は多岐にわたっています。定期大会に先がけ、組合役員選挙が10月に実施されます。様々な課題に対して着実な成果を上げていくためにも執行部の体制充実が欠かせません。

最後に、『組合ニュース』の裏面に「組合は大事、だから幅広く、多くの担い手が必要です! 同時に貴重な経験を積める組合役員、ぜひ、手をあげてみませんか?」という見出しを掲げた記事内容をそのまま紹介させていただきます。 

定期大会から定期大会までの1年間が組合役員の任期です。今年も11月6日に第75回定期大会が開かれるため、その直前に組合役員の選挙が行なわれます。詳しい日程等は選挙委員会から改めてお知らせしますが、あらかじめ組合役員、とりわけ執行委員の担い手の問題について、組合員の皆さん全体に呼びかけ、ご理解ご協力を訴えさせていただきます。

■ 執行委員長、副執行委員長2名、書記長、書記次長、執行委員が定例執行委員会の出席対象であり、様々な組合課題の進め方等を議論しています。ここ数年、執行委員会の開催は隔週水曜夕方が定着していますが、年度ごとに調整可能です。執行委員の定数は12名です。任務の重さやプライベートな時間が割かれる面もあり、執行委員の定数を満たせない現況が何年も続いています。

■ 組合員から人員アンケート等で寄せられる組合への期待は非常に大きなものがあり、よりいっそう労使交渉の大切さが高まっています。組合の責任や役割を充分に全うしていくためには日常的な組合活動を担う執行部の充実が欠かせません。逆に万が一、担い手がいなくなれば組合活動は停滞し、つぶれてしまいます。職場委員同様、職域ごとに選出する方法に切り替える他の組合もありますが、次年度に向けては従来通りの選出方法で組合役員の立候補を募っていく予定です。

■ 「たいへんだったけど、やって良かった」、組合役員OBの皆さんからよく耳にする言葉です。組合役員を担うことで、日常的な仕事だけでは経験できない貴重な機会や幅広い情報が得られます。団体交渉など労使協議の場では副市長や教育長らに対し、自分自身の考え方や思いを直接訴えることができます。幅広い職場や世代の声、会計年度任用職員の皆さんらが、それぞれ抱えている悩みや要望を率直に伝えていける役割だと言えます。

■ 自分の職場以外の組合員の皆さん、さらに私どもの市役所以外の方々と交流できる機会が増えます。コロナ禍が終息した後であれば、限られた予算の範囲内で全国各地に出向く機会もあります。組合役員一人ひとりのアイデアや企画を形にしやすく、その成果や手応えを即時に実感できる経験を積んでいけます。何よりも組合員の皆さんから「組合があって助かりました。ありがとうございました」という声をかけられる時も少なくありません。

■ もちろん組合役員を担ったからと言って仕事の上で不利益になることはありません。ずっと組合役員として頑張り続けることも、組合役員を何年か担った経験を活かして役所の階段を上がっていくこともできます。これまで組合役員だった部課長は多く、現在の副市長は組合の会計幹事を4年間担われています。また、他の自治労単組では組合役員が係長や課長補佐に昇任する場合もあります。私どもの組合も例外ではなく、今後、組合役員を担いながら係長に抜擢されることも望ましい流れだろうと考えています。

■ このような点について少しでも関心を持たれた方は気軽に組合役員までお声かけください。なお、こちらから個別にお話をさせていただくこともありますのでご理解ご協力よろしくお願いします。

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