2021年9月18日 (土)

自民党総裁選と野党の立ち位置

最近、政治の話題を取り上げた記事の投稿が続いています。「信頼できる政治の実現に向けて」は「Part3」まで重ねました。さすがに今回は「Part4」としませんが、土曜の朝「Part2」のコメント欄に「それでも最近の記事に託しているような問題意識について必ず触れていくことになるはずです」と記していました。

れなぞさんから寄せられたコメントに答えたもので、その後に「れなぞさんが認識している問題意識に結び付くものなのかどうか分かりませんが、ぜひ、引き続きご注目いただければ幸いです」とつなげていました。なお、れなぞさんの問題意識とは次のような内容でした。

信頼できる政治を自民党以外の政党がやりたいというのであれば、旧同盟≒連合に阿る立憲民主党の体質を今すぐどうにかすることから始めなさい。消費税増税と財政健全化、正規公務員のみの待遇改善しか頭にない御用組合・連合は野党の足を引っ張る最大の障害物であると認識せよ。

短い内容ですが、反論や指摘すべき点が多く見受けられています。今回の記事を通し、そのような認識の相違を焦点化しようとは考えていません。れなぞさん自身、すべて事実という前提で認識されていることを個々に反論を加える場合、相応の労力が伴うことを覚悟しているからです。

その上で今回、れなぞさんのコメントを紹介した理由は次のような心得の大切さにつなげるためでした。認識の異なる方々に対し、自分自身の認識の正しさを理解してもらうためには具体的な事例を掲げながら説明していくという心得が大切です。そのような説明がなく、決め付けた事実関係を前提にした批判だった場合、相手方の反発を強めるだけだろうと思っています。

憂さ晴らしのため、単に批判を目的にしているのであれば仕方ありません。ただ誹謗中傷だと見なされた場合、ネット上での書き込みに対する規制強化の動きが進んでいることにも着目しなければなりません。念のため、れなぞさんのコメントを誹謗中傷だと決め付けている訳ではなく、もう少し書き方に注意願えれば幸いだと考えています。

このような心得は野党の立ち位置や発信力の問題としても大きな鍵になるはずです。2か月前の記事「菅内閣の支持率低迷、されど野党も」の中で立憲民主党の支持率が上がらず、政権批判の受け皿として世論の期待が集まっていない現状を伝えていました。菅総理が退陣を決め、自民党総裁選が注目を浴びる中、ますます野党側の埋没感は増しているようです。

17日告示の自民党総裁選に立候補した4氏の陣営は「初日が肝心」とばかりに党所属国会議員や党員へのアピールに躍起になった。混戦が予想される中、総裁の座へ期待と不安を抱える各陣営からは、悲喜こもごもの声が聞かれた。

「リスクを取って誰よりも早く行動を起こす『ファーストペンギン』は、紛れもなく岸田さんだ。後から改革を言うのは誰でもできる」。岸田文雄前政調会長を支持する甘利明税制調査会長は17日の会合で、菅義偉首相の退陣表明前に「挑戦」を表明した岸田氏を後押しした。「極寒の地で微動だにせずに卵を守る(ペンギンの)ように、コロナの中で国民に寄り添う」と持ち上げる一方で、「永田町以外では知らない人が多い」と課題の発信力不足も指摘した。

オンラインの出陣式で気勢を上げた河野太郎行政改革担当相には、ワクチン担当閣僚として登用した菅首相が17日に支持を明言した。石破茂元幹事長と小泉進次郎環境相の支持で党員人気に自信を深める陣営だが、4候補の出馬で「先行逃げ切りは難しい」との声も増える。陣営幹部の一人は勝利への戦略を練り直しつつ、「これで負けたら地下に2~3年こもる。(安倍政権で冷遇された)石破さんの気持ちが分かるなあ」と苦笑した。

安倍晋三前首相ら保守系議員に支援される高市早苗前総務相。支援する細田派の高鳥修一衆院議員は所見発表演説会後、「(高市氏が)国旗に一礼してから話を始めたのは好印象」と満足げだった。安倍氏が影響力を持つ細田派で岸田氏を支持するある議員は「安倍さんに『岸田さんをやるの? 困るなあ』と言われた」と明かす。高市氏の勢いに自信を示す陣営幹部が多い一方、「今日の陣営会合に代理が出席した議員は、岸田氏支持との両にらみではないか」(別の同派議員)との見方も漏れる。

野田聖子幹事長代行は、告示前日に「滑り込み」で総裁選出馬を表明した。選対幹部の渡辺猛之副国土交通相は「野田氏が悲願の舞台に立ったのが心からうれしい」と高揚した様子だった。別の選対幹部は「ある党幹部が昨夕、推薦人を翻意させようと電話をかけていた。(闘志の)ロケットに火がついた」と息巻く。ただ事前の準備不足は陣営の多くが認めるところで、届け出順で野田氏が4番目になると、支持議員の一人は「(現時点で最も劣勢という)順番通りじゃないか」とぼやいた。【毎日新聞2021年9月17日

自民党の総裁選に対し、立憲民主党の枝野代表は「国会議員の仕事は国会にある。5時以降にやっていただきたい」、福山幹事長は「新型コロナウイルス対策よりも自民党は総裁選挙にかまけており、甚だ遺憾だ」と批判しています。このような言葉は残念ながら単に批判を目的にしているように受け取られかねません。

コロナ禍が長く続く中、様々な会議や行事の開催是非を主催者が個々に判断しています。大きな影響を及ぼさないのであれば中止や延期することが最も望ましい感染対策です。中止や延期が難しい場合、必要な感染対策に留意しながら予定通り開催することになります。任期の定められた自民党総裁選が後者の判断に至ったことについて大きな違和感はありません。

ネット上から「特大ブーメラン」という声が聞こえていますが、立憲民主党も昨年9月7日に代表選の記者会見を午後1時から行なっていました。国会開会中であれば当然「5時以降にやっていただきたい」という批判が真っ当なものとなります。枝野代表と福山幹事長の発言は臨時国会の開催を拒んでいる自民党の姿勢を念頭に置いたものだったはずです。

野党側はコロナ対策として必要な法改正や補正予算に素早く対応できるよう臨時国会の召集を求めています。憲法53条で臨時国会について「いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」と定めています。野党4党は7月に衆院議員136人の連名で速やかな臨時国会召集を求めています。

その後も繰り返し召集を求めているのにも関わらず、応じていないのは憲法をないがしろにするものであり、それこそ強い批判の対象にすべきことだろうと思っています。つまり臨時国会の召集に応じない自民党を批判しているつもりだったとしても、言葉や説明が不足すると「特大ブーメラン」というマイナスの発信になりかねません。

コアな支持者向けであれば回りくどい説明は余計なことで、自民党をストレートに批判する言葉のほうが分かりやすく、喝采を浴びるのかも知れません。しかし、総選挙戦を勝ち抜くためには幅広い層からの共感や賛同の広がりが不可欠です。ぜひ、枝野代表らには立憲民主党を冷ややかに見ている方々や関心のない方々に対しても「なるほど」と納得感を得られるような言葉の発信力を磨いて欲しいものと願っています。

自民党総裁選の岸田候補について前回記事の中で少し触れました。今回、他の候補者についても触れてみようと考えていましたが、ここまでで相当な長さの記事となっています。興味深かった他のサイトの内容を紹介しながら続けると、ますます長くなりそうです。そのため、それぞれのサイトの内容のタイトルのみ紹介し、関心を持たれた方はリンク先を参照くださるようお願いします。

河野太郎大臣の“禁断動画”が拡散!「ブロック問題」で特大ブーメラン』『痛烈!!杉村太蔵氏が河野氏は「役人を怒鳴る」と追及 河野氏は顔を赤くし釈明…「平塚弁ちょっときつくなる」 識者「霞が関は戦々恐々だろう」 』『河野太郎陣営から聞こえた“意外な悲鳴”…「こんなに不人気だと思わなかった」』『「高市氏の昔を知っているよ」 総裁選候補者3人で最も優れているのに胸がザワつく理由〈dot.〉

今回、立候補されていませんが、石破元幹事長の「誰が」ではなく、「何をやるか」という言葉が印象深く、『「政治家の言葉を国民が信用しない」状況の責任は政治家にある』の中で「そもそも、政治不信とは何でしょうか。政治家の言葉を国民が信用しないということです。しかし、この事態を嘆く前に、政治家は自らに問うべきです。では、自分たち政治家は、国民を信用しているのか」と語っています。

本当のことを言っては票を減らしてしまう。お金にならない安全保障の話をしても票につながらない、といった考えで、自らが本気で信じていないような甘い言説を撒き散らかしてはいなかったか。国民を信用しない政治家が、国民に信用されるはずはありません。

消費税に対する考え方なども同様だろうと思っています。「甘い言説」ではなく、明確な理論や客観的な根拠に裏打ちされた政策であれば歓迎すべきことですが、票を集めたいだけの公約では問題です。自民党総裁選は準決勝であり、その先の総選挙を決勝戦と位置付けた野党側にも強く求められている考え方だと言えます。

1年前の記事「新しい立憲民主党に期待したいこと」の中で、立憲民主党の参院議員の江崎孝さんと衆院議員の大河原雅子さんにお会いする機会があり、率直な意見をお伝えしていました。このブログで発信している主張がSNS上にとどまらないように機会があれば政治家の皆さんに直接訴えさせていただいています。

つい最近、衆院議員の末松義規さんとも意見交換する機会がありました。末松さんは連合東京と自治労都本部が推薦する候補で、私どもの組合も推薦を決めています。お会いした際、消費税について話題になり、私から上記のような問題意識のもと丁寧な情報発信の必要性について触れさせていただきました。

最後に、今回の記事タイトルを「自民党総裁選と野党の立ち位置」としていましたが、少し散漫な内容になっていたかも知れません。ブログのサブタイトルに「雑談放談」とあるとおりですのでご容赦ください。いつも述べていることですが、実際の組合活動の中で政治的な課題の占める割合はわずかです。次回以降、久しぶりに組合活動の現況を綴っていくことを考えています。

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2021年9月11日 (土)

信頼できる政治の実現に向けて Part3

次の総理大臣を決める自民党総裁選が9月17日に告示され、29日投開票という日程で行なわれます。立候補者の顔ぶれが出揃いつつありますが、今回の記事では深掘りしないつもりです。冒頭で触れ始めると、その内容だけで話が広がり、相当な長さになるのだろうと考えているからです。

前回記事「信頼できる政治の実現に向けて Part2」の最後に予告したとおり「Part3」とし、今回は野党の話を中心に書き進めていきます。前々回記事「信頼できる政治の実現に向けて」の最後のほうでは自宅からWebで自治労大会に参加したことを伝えていました。その際、連合の神津会長と立憲民主党の枝野代表から来賓挨拶を伺う機会を得ていました。

新規記事で「野党共闘の話などを取り上げる際、この時の挨拶内容にも触れていくつもりです」とも予告していました。録音や全文をメモしていた訳ではありませんので、立憲民主党のサイト『枝野代表、自治労第95回定期大会で来賓あいさつ』も参考にしながら要旨を書き起こしてみます。

コロナの気付きによって、この20年余り続いてきた行き過ぎた新自由主義や自己責任論が、いかに誤っていたかが浮き彫りになっている。公務職場のたいへんさ、肩身の狭さ、過度の人員削減や不安定雇用への置き換えが、このコロナの不安を助長していた。

コロナの問題によって気付いたことで日本社会を改革し、持続可能な包摂社会をどう実現するか、働くことを軸とした安心社会に向けて前進できるかが重要である。立憲民主党らと連合が締結した「命とくらしを守る『新しい標準(ニューノーマル)』」が実現していれば、こんなひどい状況にはなっていなかった。

これほどの危機を迎え、分かったはずである。政治の流れを変えるべき総選挙では枝野代表を先頭に政治の流れを変えていかなければならない。来年7月に予定されている参院選挙は自治労組織内予定候補の鬼木まことさんの勝利に向け、自治労の皆さんと連合は連携しながら頑張っていきたい。

上記は連合の神津会長の来賓挨拶の要旨です。続いて、立憲民主党の枝野代表から下記のような要旨の来賓挨拶を受けていました。枝野代表の挨拶は神津会長の挨拶された時間よりも長く、なかなか力のこもった内容だったことが印象深く刻まれています。

政府が公務員削減の方針を示し続け、30年地方公務員を減らしてきた中、そのしわ寄せを最前線で受けながらコロナ対策、自然災害に対応され、医療保健、それ以外でもリモートワークが困難な職の多い自治労の皆さんに心から敬意と感謝を表したい。

政府の強権的、数の力で押し通す政治では現場の思いを実現できる政治になっていない。政治が危機感を持つこと、明確な司令塔を持つことが必要だ。都知事と大臣が違うことを発信するようでは問題である。コロナ対策においては水際対策、徹底した検査、充分な補償、この3つが必要であり、それができる政府を総選挙後に作らなければならない。

民主党、民進党と支援してもらったが、希望の党では遠心力が働いてしまった。自治労の皆さんには立憲民主党結成の時に裏方を支えてもらった。求心力を持って、小異を乗り越えて国民民主党とも衆院選協力の覚書の締結に至っている。

支え合う社会、自己責任ではなく、余力がなくては民間では持てない災害などの対応、保育や雇用など迅速に対応しなければならない役割に対し、政治が納税者との間をマネジメントしなければならない。

10年前の3月11日、私は官房長官として危機管理にあたった。至らない点もあったが、こんなに危機感のない内閣ではなかった。その教訓を踏まえ、もし「また国家の危機があったら」と研鑽と準備を積み重ねてきた。私に任せていただけたら、この危機を乗り越えることができると自信を持っている。

日本の未来のために、日本全体を建て直す、公共サービスを建て直す、そのために我々の仲間を支えていただき、政権を託していただき、この難局を皆さんとともに乗り越えたい。このことを自治労の皆さんに心からお願いしたい。

文意を分かりやすくするため、つなぎの言葉や言い回しは少し手を加えています。ただ枝野代表が語られていない言葉を勝手に付け加えることは避けています。文章に起こすと言葉が不足しているように感じてしまいますが、その場で伺っていた時、枝野代表の熱量が充分すぎるほど伝わってきていました。

特に『枝野ビジョン 支え合う日本』という著書を読んでいたため、枝野代表の問題意識が的確に理解できています。最近の記事「スガノミクスと枝野ビジョン Part2」の中で伝えたとおり新自由主義的な路線が「効率性に偏重した経済」を生み「過度な自己責任社会」を誘発したことを枝野代表は省みています。

「小さすぎる行政」は国民を守る力を失い、そのことが今回のコロナ対応で明らかになったと訴えています。さらに「公務員を減らせば改革だ」などという30年以上前からの発想は、もはや時代遅れとなっていることに気付かなければならないと枝野代表は著書の中で語っていました。

自治労大会での来賓挨拶という場だったとしても、神津会長と枝野代表、それぞれが同様の趣旨で私たち自治体職員らに課せられた役割や期待の高さを強調されていました。コロナ禍に直面したことで、2人とも新自由主義路線と決別する必要性が際立ったことを提起しています。ちなみに自民党の岸田前政調会長も「新自由主義からの転換」を掲げて総裁選に立候補します。

政権交代が果たされなくても与党内で大胆な路線変更をはかり、より望ましい政治が実現するのであれば国民にとっては歓迎すべきことです。しかし、それまでの路線の優位さを信じ、メリットを享受してきた政治家が多かった場合、大胆な転換は容易ではないはずです。党内での発言力や影響力の強い政治家が反対する立場であれば、ますます路線変更は難しくなります。

次回以降の記事で取り上げるつもりだった事例ですが、岸田前政調会長は森友事件の再調査の必要性を問われた際に「調査が充分かどうかは国民が判断する話だ。国民は足りないと言っている訳だから、さらなる説明をしないといけない。国民が納得するまで努力することが大事だ」と答えていました。

しかしながら数日後には「行政において調査が行なわれ、報告がなされた。裁判が続いており、これから判決が出る。必要であれば国民に説明すると申し上げている。従来のスタンスとまったく変わっていない」とトーンダウンしていました。 前者は再調査に前向きという理解でしたが、後者は明らかに再調査に対して後ろ向きな姿勢に変わっています。

どのような党内力学が働いたのかどうか分かりませんが、やはり従来の路線を変更するためには政権交代という選択肢が重要視されていくように思っています。長所を「聞く力とチーム力」とし、「怒鳴ってばかりではチーム力を発揮できない」と述べている岸田前政調会長を評価していましたが、前述したような迷走ぶりを見せられると非常に失望しています。

「信頼できる政治の実現に向けて」という記事タイトルを掲げ、「Part3」まで続けてきました。政治の外側からの立場の一人として「信頼される」という受け身の言葉ではなく、「信頼できる」という言葉を選んでいました。逆に「信頼できない政治」について、少し考えてみます。

偏った情報のみで判断し、そのように判断した根拠が曖昧で、国民が納得するような説明責任を果たせず、結局のところ望ましい結果も出せなかった、このようなことが繰り返されれば政治に対する信頼は失墜していきます。さらに自己の利益を優先した判断ではないかと疑われ、正当化するための釈明も説得力がなく、発する言葉に重みが欠けていくようであれば信頼感は皆無に近くなります。

このようなことのない信頼できる政治に向けて、与野党問わず政治家の皆さんには頑張って欲しいものと願っています。実は2回前の記事を投稿した後、立憲民主党の福山幹事長の総選挙に向けて「信頼できる政府を取り戻す」というインタビュー記事を目にしていました。全体的な方向性として評価できる内容であり、今の自民党では成し遂げられない事例も多いのだろうと見ています。

神津会長と枝野代表の挨拶の話に戻せば、めざすべき総論的な路線のあり方で連合と立憲民主党は一致しているはずです。森友学園、加計学園、桜を見る会、学術会議の問題などを巡る不明瞭さに対する問題意識も同様だろうと思っています。このような点を踏まえ、連合と立憲民主党は7月15日に政策協定を締結しています。

同日、連合は国民民主党とも政策協定を締結していました。本来であれば3者連名の締結が望ましかったのかも知れませんが、それぞれ別立ての協定書となっていました。3日前には下記のとおり野党4党間で政策協定を結んでいます。まだまだ書き足したい内容がありますが、今回の記事はここで一区切り付け、次回の内容につなげさせていただきます。

立憲民主、共産、社民、れいわ新選組の4党は8日午前、民間団体「市民連合」と参院議員会館で会合を開き、衆院選に向けた「野党共通政策の提言」を受け取った。科学的知見に基づく新型コロナウイルス対策強化、消費税減税などが柱。野党間の「政策協定」との位置付けで、立民の枝野幸男代表ら4党代表が署名した。

署名後、枝野氏は「政策で一致できた。それぞれの政党、市民の持つ強みを互いに生かして衆院選を戦えば、必ず政権を代えることができる」と強調。共産党の志位和夫委員長も「共通の政策的旗印を高く掲げて協力し、この政策を実行する政権をつくるために頑張りたい」と訴えた。

立民などは2019年参院選でも、市民連合を介する形で「政策協定」を結んでおり、衆院選もこうした形式を踏襲。れいわも初めて参加した。提言には、集団的自衛権の一部行使を容認する安全保障関連法の違憲部分の廃止や、選択的夫婦別姓制度の実現、原発のない脱炭素社会の追求なども盛り込まれた。

衆院選をめぐっては、立民、共産両党の候補者が約70の小選挙区で競合したまま。今回の協定を踏まえて、両党間の候補者調整が進むかが今後の焦点だ。市民連合は、国民民主党にも署名を呼び掛けたが、国民は「脱原発」が提言に明記されていることなどを理由に欠席した。【JIJI.COM 2021年9月8日

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2021年9月 4日 (土)

信頼できる政治の実現に向けて Part2

今回も前回の記事内容の続きに位置付け、タイトルに「Part2」を付けて書き進めていきます。まず自民党総裁選ですが、衆院解散の時期まで取り沙汰されながら様々な情報が錯綜していました。金曜の昼休み、菅総理が総裁選に出馬しないというニュースに接した時は本当に驚きました。

「一部には出馬辞退かという憶測が流れましたが、本人はそんな気は全くありません。勝つ気、満々ですよ。『岸田ノートなんてさ…』と小バカにしたように周囲に言ってました」という話が官邸関係者から明かされるなど、それまで菅総理は総裁選に向けて闘争心を高めていたはずです。

菅義偉首相(72)が3日、総裁選(17日告示、29日投開票)の不出馬を表明し、今月末の総裁任期をもって、首相を辞任する見通しとなった。昨年の発足からちょうど1年の〝短命政権〟となったが、一体何があったのか?

菅首相はこの日、「新型コロナ対策に専念したい」との理由で総裁選へ立候補しないことを表明した。このところ菅首相は前言撤回のドタバタ劇が繰り広げていた。総裁選への出馬を明言しながら、先月31日夜に毎日新聞が総裁選前に党役員人事と内閣改造に踏み切る意向が報じられた。

事実上、総裁選を先送りし、解散総選挙に出る奇策だったが、党内からは「姑息」「この国が崩壊する」と罵倒され、翌日には「解散できる状況ではない」と封じ込められた。

せめて党役員人事だけでもと、二階俊博幹事長の交代を決断したものの、後任を巡っては意中の人物が見つからずに政権浮揚につながる目玉人事も右往左往。結局、自身を支えた二階氏を切ったことで、孤立無援となり、最後の相談相手となったのは無派閥の小泉進次郎環境相だけだった。

菅首相は8年続いた安倍政権で、歴代最長の官房長官を務めた。「アメとムチで官僚人事を差配し、官邸主導でニラミを聞かせ続けた分、恨みを持つ官僚も多い。支持率低下とともに見切りをつけられ、官僚のしっぺ返しともいえるサボタージュに遭い、統制がとれなくなった面は否めない」(同関係者)

夏前にはこんな出来事も起きた。「菅首相が登庁時に寝癖で髪の毛が数本跳ね上がってしまっていたんです。寝癖は珍しくないが、あそこまでピンと跳ね上がっていたら、かっこつかない。普通は周りが進言するが、キレられるのを恐れ、誰も言えなかった」(党議員秘書) 腹の内をこぼす相手がおらず、常に緊張感でピリピリ。ある種の“恐怖政治”を強いていた分、崩れ落ちるスピードも早かった。

「もし9月中に解散総選挙に突っ込んでいたら200議席を割っていた可能性もあった。公明党との連立での過半数も無理で、維新や国民との連立政権になっていたし、来年の参院選でねじれになってもおかしくなかった。最後は菅首相自ら身を引いてくれたことで、自民党を救ってくれた」(党ベテラン)【東京スポーツ抜粋2021年9月5日

前回記事「信頼できる政治の実現に向けて」の中で「このような話が周辺から漏れてくること自体、菅総理に対する求心力や信頼感が薄れている表われなのだろうと思っています」と記していました。周辺の関係者でなければ知り得ない情報がメディアに伝わり、話の中味そのものが決して菅総理にとってプラスの評価につながらないものばかり目立っていました。

このような話を漏らせば菅総理にとってマイナスに働くのではないかと思えば必ず躊躇するような内容が、日頃の鬱憤を晴らすような語感が添えられながら語られています。2年前に「『官邸ポリス』を読み終えて」という記事を投稿していましたが、官邸側がマスメディアの情報をコントロールするという見立ては今や絵空事だったと言えます。

昨年3月には「映画『新聞記者』」という記事も投稿していました。マスメディア側が貴重な情報を操作するようでは民主主義の根幹を揺るがす話であり、紹介した小説や映画の内容があくまでもフィクションに近いことに安堵しなければなりません。

とは言え、菅総理が周辺の関係者と日頃から良好な関係を築いていれば、もう少し違った報道内容につながっているような気がしています。日テレNEWS24のサイトでは『菅総理は「河野氏を支持」の意向 総裁選』という見出しを付け、下記のような顛末を伝えています。

菅総理は週明けに党役員人事を行うために、3日、党の最高意思決定機関である総務会で一任をとりつける予定でした。しかし、総理周辺によりますと、菅総理は今回の人事への反発が強く、総務会で一任をとりつけることはできないと判断したということなんです。

これが立候補を断念する最後の決め手になったということです。菅総理は、立候補を断念することを3日まで政府や自民党の幹部にも伝えていませんでした。自民党の役員会が始まる直前に二階幹事長も知らされたということです。総理周辺は「菅総理は1人で決めた。いかにも菅総理らしい」と語っていました。

結局のところ私心を捨て、国民のために最適な判断を下した訳ではなく、本当は続投したかったけれども、それがかないそうにないため不出馬を決めたという話だったようです。そのため「コロナ対策に集中するため不出馬と言っているけれど、勝てないからでしょ。最後まで自分勝手」という批判の声も聞こえています。

私自身、出馬を予定する中でこのコロナ対策と選挙活動、こうしたことを考えたときに実際莫大なエネルギーが必要でありました。そういう中でやはり両立ができない、どちらかに選択すべきである。国民のみなさんにお約束を何回ともしています。

新型コロナウイルスの感染拡大を防止するために私は専任をしたい、そういう判断をいたしました。国民のみなさんの命と暮らしを守る内閣総理大臣として私の責務でありますので、専任をしてこれをやり遂げたい。このように思います。

上記は金曜の午後、官邸で記者団に対して不出馬の理由を説明した時の菅総理の言葉です。NHKのニュース映像でのテロップは「専任」の箇所を「専念」と伝えていました。きっと別途配布された原稿には「専念」と記されていたのだろうと思います。菅総理の言い間違いだったようですが、小学生らが「専念」の読み方を「センニン」と覚えてしまわないか少し心配しています。

私心が前面に出がちだったかも知れませんが、菅総理が感染対策に向けて長期間休日返上で取り組まれてきたことも間違いありません。本来、退任を決められた菅総理に慰労や感謝の言葉を送りたいところですが、たいへん残念ながら上記のような冷ややかな見方や問題意識が先立ってしまいます。

飲食業者「コロナ対策さじ投げたのか」菅首相退陣に怒りとため息』という見出しを付けた毎日新聞の記事の中で「自民党の次期総裁選を巡る動きは、直視すべきコロナ対策ではなく政局に力が入っているように感じる」「次に首相になるのが誰かは分からないけれど、飲食店への制約に偏った今のコロナ対策を見直し、国民に寄り添った政策を行なってもらいたい」という声を紹介しています。

かつてないコロナ禍という危機の中、総理大臣を誰が担っても苦難の連続だったものと思っています。しかし、もっと謙虚に幅広い意見や情報に接し、より望ましい「答え」を見出す努力を尽くすリーダーであれば、もう少し違った局面を迎えられていた可能性も否定できません。

今後、必ず総理大臣が変わります。ぜひ、菅総理の至らなかった点を反面教師とし、せめて周囲の関係者とは良好な信頼関係を築ける人柄や資質を備えた方に担って欲しいものと願っています。前述した日テレの報道のとおり菅総理は世論調査で好感度の高い河野ワクチン担当大臣を支持しているようです。

ただ週刊文春の最新号で『河野太郎大臣パワハラ音声 官僚に怒鳴り声「日本語わかる奴、出せよ」』という記事が掲げられています。総裁選の出馬に当たって今のところ致命傷にはなっていないようですが、もし河野大臣が総理大臣に就任した場合、菅総理と同様な周囲との関係性を危惧しています。

今回、総裁選に名乗りを上げていませんが、小泉環境大臣の涙が注目を集めました。『菅総理との会談を終え、小泉環境相が涙「こんなに結果を出した総理はいないと思う。正当に評価されてもらいたい」』という記者団とのやり取りの中で、小泉大臣は涙を流していました。

「野党からは無責任だとか、コロナから逃げたという批判があるが、全く逆だ。総理として本気で向き合って、コロナを最優先にしたいから引くという判断をした。逃げたなんてとんでもない」と語り、菅総理を擁護する立場からの涙だったようです。しかし、上記のような経緯を照らし合わせた時、身内びいきと取られかねない見方であるように感じています。

信頼できる政治の実現に向けて、今回は野党側の話を中心に書き進めていくつもりでした。やはり菅総理の退陣という衝撃的なニュースに接し、その内容だけで相当な分量となっています。そのため、久しぶりに次回の記事には「Part3」を付け、今回の内容から野党の話につなげていくことを考えています。

最後に、その頭出しとしてTBS系「ひるおび!」の一コマを伝えた記事『田崎史郎氏、菅首相を「無責任」と批判の枝野代表に激怒「非常に酷だと思いますね。彼の言い方は」』を紹介します。田崎さんの言葉は下記のとおりですが、小泉大臣と同様、菅総理との普段からの距離感の違いによって受けとめ方が大きく分かれているようです。

「菅さんはコロナ対策に自分のエネルギーを注ぐために総裁選に出ませんと。総裁選との両立は難しいからコロナに集中するために今回は出馬しないという論理構成でしょ」と首相の意図を説明した上で「それなのに、コロナ(対策を)やってない。こんな中で辞めるのかというのは…。コロナ対策をやるために出ないわけですから、それは非常に酷だと思いますね。彼の言い方は」と声を荒らげていた。

確かに「無責任」という批判は的を射てないように思っていました。より望ましい感染対策のためにも結果を出せなかった菅総理の退陣を歓迎したい、そのような言葉とともに自分たちが政権を託された際は信頼できる政治の実現のために全力を尽くす、このような決意を枝野代表には述べて欲しかったものと思っています。

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2021年8月28日 (土)

信頼できる政治の実現に向けて

火曜の夜、パラリンピック東京大会の開会式が行なわれました。車椅子の少女が演じた「片翼の小さな飛行機」の物語の演出は好意的な評価を得ていました。運営統括の担当者は「五輪もパラリンピックもテーマは多様性。五輪は色々なものを出してそれを表現しようとしたが、パラは一つの背骨を作って式典を進めた」と解説しています。

舞台裏を明かせば『パラと五輪、開会式で出た差 「外野の注文少なかった」』という事情があったようです。いつも当ブログを通し、より望ましい「答え」を見出すためには幅広く多様な声に耳を傾けていくことの大切さを訴えています。とは言え、全体を的確に調整できる責任者がいるかどうかによって今回のように明暗は分かれがちとなります。

コロナ禍という未曾有の危機の中、最も的確な調整能力や判断力が求められている菅総理ですが、開会式での手拍子の遅れなど覇気のなさを心配する声が聞こえてきています。東京五輪の開会式では開会宣言の時、起立するタイミングが遅れたことで物議を醸していました。後から大会組織委員会がアナウンスできていなかったことを謝罪し、菅総理をフォローしていました。

ただ週刊文春では次のような顛末も伝えています。「首相は以前に増して、周囲の進言に耳を傾けなくなりました。五輪開会式では天皇陛下の開会宣言の際に起立しなかったことが批判されましたが、この直前、首相は式での陛下の動線をレクしようとした秘書官を『要らない』と一蹴した。そのため陛下のご移動にあわせて即座に起立できなかったのです」と記しています。

このような話が周辺から漏れてくること自体、菅総理に対する求心力や信頼感が薄れている表われなのだろうと思っています。このような傾向を前々回記事「スガノミクスと枝野ビジョン」の中でも伝えていましたが、菅総理は周囲の声に耳を貸さない「裸の王様」であり、自ら「官邸ひとりぼっち」の状況を作り出しているようです。

都道府県ごとの緊急事態宣言は小出しに対象地域が拡大しています。発令する際は総理記者会見が慣例となっているようです。この慣例を破ると逃げているという批判を受けるため水曜の夜も菅総理は苦手としている記者会見に臨んでいました。その会見でも菅総理の「明かりははっきりと見え始めています」という言葉が物議を醸していました。

やはり菅総理に寄せられる情報は偏在しているのかも知れません。「スガノミクスと枝野ビジョン」は「Part2」まで重ねてきましたが、めざすべき総論的な社会像や具体的な施策の優劣を競い合う以前の問題として、トップリーダーの資質や適性という側面から菅政権が続くことの危うさを強く感じるようになっています。

最近、菅総理が信頼を寄せているパソナの竹中会長は「医療ムラ解体しないと日本は良くならない」と語り、医療の逼迫に対して持論を訴え始めています。この訴えに呼応しているのかどうか分かりませんが、『コロナ患者受け入れ拒否なら『病院名公表』に現場は怒りの声も』という報道を目にしていました。

国と東京都が23日、東京都内の全医療機関に新型コロナウイルス患者受け入れを要請すると決めた。従わないと病院名を公表する“踏み絵”の強硬策にSNSを通じて現場からは怒りの声が上がっている。小説家で医師の知念実希人さんは自身のツイッターで「もうなんか、燃え尽きかけてきている医療従事者にとどめを刺しに来ましたね」と指摘。

「いま入院している患者さんを追い出して病床を作ろうが、感染拡大を止めないと焼け石に水なんですよ。1年半、命がけで頑張ってきた医療従事者をスケープゴートにするんですね」と続けた。愛知県医労連も「いま大事なことは医療機関への制裁ではなく支援です。コロナ感染爆発を引き起こした責任を、医療機関に押し付けるのですか。最悪の責任転嫁。許せません」と怒りをぶつけた。

別の医師は「もう限界」とつづり、「専門分野の診療は縮小して…給料は減って…家族との時間も減って…飲み会や会食どころか外食や私用の外出も完璧に自粛して…ただひたすら自宅と病院を往復して…さらにコロナ(患者)を受けろって」と嘆いた。他にも「医療従事者にありがとうと言いながら、後ろで首を絞めてる感じ」などと、批判のコメントが相次いだ。【中日スポーツ2021年8月23日

たいへん驚き、失望しています。以前の記事「もう少し新型コロナについて」の中で、日本国内の医療機関は世界最多水準である160万ほどの病床がありながら病床逼迫に至る事情を綴っていました。このような事情の解決に向けて政治が力を発揮しないまま高圧的な対応をはかる姿勢には非常に残念な思いを強めています。

菅総理は記者会見で「感染拡大を最優先にしながら考えていきたい」という言い間違いもしていました。その記者会見のあった週末には横浜市長選があり、菅総理の全面支援を受けた小此木八郎前国家公安委員長が立憲民主党推薦の山中竹春候補に日曜夜8時の段階で敗れています。横浜市長選の結果は『菅首相「現職総理で史上初の落選」危機! 横浜市長選で地元有権者もソッポ』という衝撃的な見出しにつながっています。

当選した横浜市立大学医学部の教授だった山中新市長にはハラスメント疑惑などを払拭できる横浜市のトップリーダーとしての心機一転した働きぶりを期待しています。もし山中新市長が横浜市民の皆さんからの期待を裏切るようであれば今後の衆院総選挙での野党共闘のあり方に影を落としかねません。

菅総理が省みるべき点は多々あるようです。親交の厚い小此木候補が圧勝すると考えていたのかも知れません。支援した候補者の勝利は自分自身の総裁選や総選挙戦に向けてプラスに働くと計算していた場合、見通しの甘さなどを反省しなければなりません。下記は朝日新聞の社説の一部からの抜粋ですが、これまでIRを推進してきた経緯からの説明責任も求められています。

首相は安倍前政権の官房長官当時からIRの旗振り役を務め、地元横浜市は候補地として有力視されていた。にもかかわらず、今回、(IR反対に転じた)小此木氏支持を打ち出したのは、市民の間に反対が強いとみて、野党系市長の誕生阻止を最優先したのだろう。

IRには、ギャンブル依存症の増加やマネーロンダリング(資金洗浄)、治安の悪化などの懸念がある。推進の林氏の得票率は13%にとどまった。首相はこの機会に、IR政策全体の見直しに踏み込むべきだ。でなければ、小此木氏支援はご都合主義の極みというほかない。

本来であれば、IR誘致をどうするのか、方針を転換するならするで、党内論議を重ね、意思統一をしたうえで有権者に提示するのが、政党としてあるべき姿だろう。自民党のガバナンスもまた問われている。

自民党の大野伴睦元副総裁は「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちれば、ただの人」という言葉を残していました。政治家の皆さんが選挙に有利か不利かという思考を前面に出してしまうことも、ある程度仕方のないことだろうと思っています。しかし、そのことを優先しすぎて長期的には全体の利益を損ねる判断に至っているようであれば大きな問題です。

さらに国民の側から「あの政治家は自分の選挙のために発言しているな」と見透かされるようであれば共感は得られにくくなります。一方で、私心を微塵も感じさせず「本当に私たち国民のために頑張ってもらっている」と思わせるような政治家も少ないため、あくまでも度合いの問題なのかも知れません。

果たして菅総理はどうでしょうか。「57年ぶりの東京五輪が開幕」の最後に紹介した下記のような内容が事実であれば非常に憂慮すべきことだと考えています。信頼できる政治の実現に向けて、最も重い責任と役割を担っている総理大臣には国民の心に響く言葉を発して欲しいものと心から願っています。

「菅首相は選挙しか興味がない」と自民党のベテラン政治家は言う。「会って飯を食っても選挙の話しかしない」と言うのだ。菅首相は、緊急事態宣言を出すかどうか、オリンピックをやるかどうか、無観客にするかどうか、もすべて「選挙に有利に働くかどうか」で決めてきたのかもしれない。

オリンピックとパラリンピックを予定通り開くことと外出自粛を求めることの納得感、飲食店が休業に応じた場合に充分な補償を得られるという安心感、病床逼迫に対する具体的な手立てなど実効ある感染対策の可視感、そして、コロナ禍での様々な要請は私たち国民のために必要なものであるという政治に対する信頼感があれば、これほどまでの感染拡大には至らなかったように思えてなりません。

最後に、水曜と木曜、自治労大会が開かれました。広島市での開催を予定していましたが、新型コロナの感染拡大に伴い、自宅からのWeb参加でした。来賓として連合の神津会長と立憲民主党の枝野代表から挨拶を受けています。次回以降の記事で野党共闘の話などを取り上げる際、この時の挨拶内容にも触れていくつもりです。

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2021年8月21日 (土)

スガノミクスと枝野ビジョン Part2

前回記事「スガノミクスと枝野ビジョン」は予想したとおり長い記事となり、読み終えた書籍『スガノミクス 菅政権が確実に変える日本国のかたち』に絞った内容で一区切り付けていました。それでも『枝野ビジョン 支え合う日本』という書籍の内容と対比した記事を考えていたため「スガノミクスと枝野ビジョン」というタイトルは変えませんでした。

今回、その記事の続きとして「Part2」を付けて書き進めていきます。今年5月に出版された『枝野ビジョン 支え合う日本』はいつも立ち寄る近所の書店には置いていませんでした。普段出向かない駅ビル内の書店で見つけ、すぐレジに運び、都議選が終わった頃に読み終えていました。手にしたのは第2刷でしたので、出足の売れ行きは好調だったようです。

「保守本流」を自称する立憲民主党の代表が、その真意と、目指す社会の未来像を提示する。明治維新以来の「規格化×大量生産社会」はすでに限界を迎えている。いま必要なのは、互いに「支え合い、分かち合う」社会だ。国民に「自助」を強いることのない、もう一つの選択肢を示す。

上記はリンク先のサイトに掲げられた『枝野ビジョン 支え合う日本』の紹介文です。ビジョンと称しているとおり枝野代表自身がめざす政治のあるべき姿を論じた一冊です。2014年頃から執筆を始め、何回も加筆修正を加えながら7年をかけて上梓しています。

「はじめに」の中で枝野代表は「政権選択選挙=衆議院総選挙までに世の中に示したいと思ってきた」と記しています。この言葉が示すとおりブログの記事タイトル「スガノミクスと枝野ビジョン」にこだわった理由は、やはり今秋までに必ず行なわれる衆議院総選挙を意識しているからでした。

私自身の問題意識として、2か月前の記事「コロナ禍で問われる政治の役割」の冒頭で「判断の誤りが続くようであれば政権の座から下ろされる、このような緊張感ある政治的な構図が欠かせないはずです」と記したとおり野党第1党である立憲民主党が政権批判の受け皿として認知されていくことを期待しています。

そのため、期待したい立憲民主党の代表がどのようなビジョンを描いているのか、しっかり把握した上で当ブログの中で論評を加えることが必要だろうと考えていました。ようやく今回、政権批判の受け皿として期待し続けることが適切なのかどうか判断していく材料の一つとして『枝野ビジョン 支え合う日本』について掘り下げてみます。

ただ立憲民主党の個別政策や総選挙に向けた選挙政策を記したものではなく、自民党に対抗しうるもう一つの選択肢として認められる上で重要な理念や哲学を示していると注釈されています。考え方を説明するのに必要な範囲で各論の記述があると枝野代表は説明しています。そのような位置付けを理解した上で、目に留まった箇所を中心に紹介していきます。

枝野代表は2017年の衆院選で「右でも左でもなく、前へ!」と訴え、ご自身の立場を「保守であり、リベラルだ」と説明してきています。有権者の皆さんから強い共感を得る一方、「何を言っているのか分からない」という批判も受けていたことを明かしています。

55年体制当時から与野党の対立を「右」と「左」、「保守」と「リベラル」という対立概念で表現されています。その「常識」に異を唱えるべく、あえてこうした言葉遣いをしていることを枝野代表は説明しています。このような考え方には強く共感しています。このブログでも二項対立の図式の問題性を以前から提起しています。

自らの考え方と相反する人たちを「敵」と見なして属人的な批判を強めることよりも、相手側の考え方や振る舞いの中で何が問題なのか、具体的に指摘していくことの大切さを意識するようになっています。「右」や「左」という立場性に関わらず、異質な考え方を尊重するという寛容さは常に求められているように感じています。

自分と異なる価値観を一刀両断で否定する姿勢は、合意形成を重視してきた日本の歴史や伝統とは異なる。自分が独善的に「正しい」と信じる社会を思い描き、あらゆる異論を排して、「この道しかない」とまっしぐらに進もうとする姿勢は、本来の「保守」主義が嫌う姿勢であり、それはむしろ「革新」に近い。

上記は著書に綴られた枝野代表の問題意識です。この前段に2001年に発足した小泉政権以降、新自由主義的な経済政策を軸に置いてきた自民党の路線を批判しています。この路線の是非については菅政権との対立軸として、総選挙戦で問われていくのだろうと思っています。ただ弱肉強食的な新自由主義という短絡的な批判にとどまるようであれば二項対立の図式に過ぎません。

選挙戦に勝利するためには明快な選択肢を示すことが欠かせず、ある面では相手方にマイナスのイメージを与える「レッテル」も必要なのかも知れません。しかし、著書の中で語っているとおり枝野代表には独善的な「正しさ」から異論を排するような姿勢に陥らないように願っています。小泉元総理や菅総理らも「国民のため」を目的にした政治に向かい合っているはずです。

その手法として新自由主義的な路線を重視してきたという見方を前提に対峙すべきなのだろうと考えています。強いものをより強くする、つまり大企業や資産家にはより稼いでもらい、多額な税金を納めてもらう、経済を活性化することで雇用を拡大する、トリクルダウンによって国民全体を豊かにするという理論の是非を問わなければなりません。

枝野代表はこれまでの路線が「効率性に偏重した経済」を生み「過度な自己責任社会」を誘発し、「小さすぎる行政」は国民を守る力を失ったと省みています。そのことが今回のコロナ対応で明らかになったとも見ています。さらに「公務員を減らせば改革だ」などという30年以上前からの発想は、もはや時代遅れとなっていることに気付かなければならないと語っています。

このような反省の上に立ち、枝野代表は著書の中で様々な考え方を提起しています。まず「支え合い、分かち合う社会」とは弱者保護を強調する社会ではないことを説明されています。病気や介護、子育てのサポートなど誰の人生にも起こりうるリスクに対し、「弱者だから」ではなく、「必要だから」サポートするという発想に改めることを提起しています。

いつか自分が同じように障がいを持ったり病気になったりすれば同様のサポートを受けられる、その安心感があるからこそ他者をサポートすることに寛容でいられる「お互い様に支え合う」リスクとコストを分かち合う社会を枝野代表は理想視されています。民主党政権で進めようとした所得制限のない子ども手当は、このような「普遍主義」の理念に基づいたものだったことも補足されていました。

老後や失業の不安、格差拡大の中で貧困に陥る不安などがなくなり、安心して子どもを産み育てることができるようになれば社会全体の安心感が高まり、消費が拡大し、少子高齢化や低経済成長という「近代化の壁」を乗り越えられると著書の中で綴っています。一見「支え合い」の直接の恩恵を受けていないように見える人にとっても明らかにメリットがあると語っています。

「安心できる支え合いの社会」を作るためには財源問題に目をつぶれないとし、再分配の財源確保のために直接税と間接税との比率や社会保険料を含めた累進性の見直しを枝野代表は例示しています。時限的な消費税の減税については「緊急時の時限的な対応」という条件を前提に全否定するものではないと記しています。

『枝野ビジョン 支え合う日本』の内容についてJ-CASTの単独インタビュ-『「皆が弱者なのだから皆で支え合うしかない」 枝野幸男・立憲民主党代表に聞く「日本の現実」』を通し、枝野代表は様々な質問に答えています。参考までにデイリー新潮取材班がまとめた記事「『枝野ビジョン』は枝野代表の政権奪取宣言かブーメランの宝庫か」も紹介します。

前回記事の中で伝えたとおりスガノミクスは成長戦略を最重視し、菅総理は新自由主義的な路線を推奨するブレーンとの親和性を高めています。めざすべき総論的な社会像としてスガノミクスと枝野ビジョンは明快な対立軸として、総選挙戦での選択肢になり得ていくものと考えています。

私自身にとって枝野ビジョンは全体を通して共感した点が多く、立憲民主党を今後も期待していくことができます。さらに立憲民主党と支持協力関係を強めている自治労に所属する組合の役員の立場からは、よりいっそう立憲民主党が政権の受け皿として広く認知されていくことを願っています。

しかし、期待している政党だから問題点を批判しない、そのように見られてしまっては当ブログを通して発信している言葉の重みが問われてしまいます。現実感を持って政権を担える政党になって欲しいという願いを込め、立憲民主党の国会議員の言動や党内ガバナンスの問題についても触れていかなければなりません。

57年ぶりの東京五輪が開幕」のコメント欄で、あっしまった!さんから立憲民主党政調会長代行の川内博史衆院議員のツイッターでの発言内容の問題性を厳しく批判するコメントが寄せられました。「陛下が開会式で『大会の中止』を宣言されるしか、最早止める手立てはない」とし、「天皇の政治利用」と疑われかねない発言の問題でした。

「川内氏の発信内容は(党の綱領にある)立憲主義に反するのではないか」という記者からの質問に対し、福山幹事長は「本人はツイートを削除し、お詫びも含めて本人の意思を発したと認識している。それ以上でも、それ以下でもない。処分などは今のところ、考えていない」と答えていました。

あっしまった!さんからのコメントを受け、私からは取り急ぎ「非常に軽率だったものと思っています。政治家としての資質や見識が問われる失態です」とお答えしていました。あわせて不適切発言で辞職した本多平直衆院議員のことも触れていました。立憲民主党ワーキングチームの会合で、本多議員は「50代の私と14歳の子とが恋愛した上での同意があった場合に罰せられるのはおかしい」と発言し、大きな問題になっていました。

問題発言だったことは間違いありませんが、発言した場面などを酌量した際、議員を辞めるところまで追い込むことが適切だったのかどうか分かりません。今回、その問題発言の時と異なり、大きく取沙汰されていません。取り上げづらい天皇制に関わる問題という性格をはじめ、あっしまった!さんが憤られているような重要な論点も一般的には理解しづらいのだろうと見ています。

波紋を広げていないことを幸いにし、ご指摘のような立憲民主党の危機感の乏しさがあるようであればそれも問題です。緊張感ある政治的な構図の必要性のために立憲民主党の奮起を期待する立場の一人として、今回のような問題についても今後記事本文で取り上げていくつもりです。

上記はその時のコメント欄に記した私自身の問題意識です。本多議員の場合、最初は口頭の厳重注意でした。当初の判断も甘かったのかも知れませんが、党内外からの批判を受けて「党員資格停止1年」という厳しい処分に変わり、最終的に議員辞職に至っています。

政治評論家の伊藤達美さんが「過剰反応は自由闊達な論議失われる」と語っていますが、そのような点についても気になった問題だったと言えます。加えて、本多議員の処分内容に比べ、川内議員が厳重注意の対象にもならなかったことに違和感を覚えていました。このあたりの判断基準の曖昧さは党内カバナンスに影響を与える問題として、しっかり総括して欲しいものと思っています。

本多発言の経緯や東京五輪の中止を求める声の迷走ぶりなどをライターの松田明さんが『立憲民主党の憂鬱――成熟しない野党第一党』という記事にまとめています。立憲民主党に期待したい立場であり、ネガティブな記事内容の紹介は残念なことですが、目に留まった最近の記事を2つ紹介します。

「動画さらすぞ」立憲民主党・石川大我参院議員が「コロナ救急搬送」強要の疑い』と『横浜市長選、山中候補の説明責任「無視」の立憲民主党に、安倍・菅政権を批判する資格があるのか』ですが、以前の記事の中に記した「政党を問わず、候補者が掲げる政策を吟味し、信頼を寄せられる候補者かどうか、個々人の見識や資質を見極めていけることが理想です」という言葉を思い浮かべています。

たいへん長い記事になりました。実は「スガノミクスと枝野ビジョン」という記事を通し、もう少し話を広げるつもりでした。『もう一隻の船を出すために 第1回/野党共闘 神津里季生・連合会長に聞く』という特集を掲げた週刊金曜日も手元に置いていました。「Part3」は考えていませんので、野党共闘の話などは機会を見て秋までに取り上げていくつもりです。

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2021年8月14日 (土)

スガノミクスと枝野ビジョン

新型コロナウイルスの感染拡大、猛暑、最終盤はトリプル台風という悪条件が懸念された中、ひとまず東京五輪は幕を下ろすことができました。直後の世論調査の結果は「開催されて良かった」が多数となっています。これから年月を重ねた後、本当に開催して良かったのかどうか歴史的な評価が定まっていくのだろうと思っています。

続いて8月24日に開幕するパラリンピックに向け、観客の取扱いから開催できるのかどうかの判断が求められています。中止した場合に「障害者を軽んじているという見方は出てくる」という声もあるようですが、リンク先のサイトで作家の乙武洋匡さんは「オリ・パラを分ける必要はない」というアイデアも添えながらパラ中止論について語っています。

さて、金曜日に全国の新規感染者数が2万人を超えました。東京五輪の閉幕後、政府や小池都知事は人流抑制を強く要請しています。一方でIOCのバッハ会長の銀座散策に対し、丸川五輪担当相は「不要不急であるかはご本人が判断すべきもの」と発言したためネット上では「外出も帰省もすべて自己判断でいいんですね」などと不満の声が高まっていました。

さらに内閣官房参与だった高橋洋一さんは「不要不急というのはもともと本人判断でしょ。何を今更。日本で外出禁止というほどの私権制限は憲法改正しない以上ないのだから」と指摘していました。高橋さんは今年5月、ツイッターでの「さざ波」が批判を受け、内閣官房参与を辞職しています。

今回の発言も現政権を擁護している立場からの率直な感想なのだろうと思われますが、大幅な人流抑制が重要な局面だと認識している政府の足を引っ張る形となっています。もちろん個々人の言論の自由は保障されなければなりません。ただ高橋さんの考え方は菅総理に大きな影響を与えていたはずであり、『スガノミクス 菅政権が確実に変える日本国のかたち』という書籍の著者の一人が高橋さんでした。

前回記事「コロナ禍での菅総理の言葉 Part2」の冒頭で伝えたとおり1か月半前に投稿した「政治家の皆さんに願うこと」の中で、その書籍のことを紹介していました。 このブログで菅政権のことを批評するのであれば菅総理を支える方々の考え方にも触れるべきだろうと思い、高橋さんらが執筆した書籍を読み終えていました。

その後『枝野ビジョン 支え合う日本』も読み終えたため「スガノミクスと枝野ビジョン」というタイトルの新規記事を投稿しようと考えてきました。1か月前の記事「菅内閣の支持率低迷、されど野党も」に託した問題意識のもとスガノミクスとの対比として枝野ビジョンを取り上げるつもりだったからです。

毎年、この時期は戦争を題材にした記事を投稿しています。昨年は2週にわたって「平和を考える夏、いろいろ思うこと」「平和を考える夏、いろいろ思うこと Part2」という記事を投稿していました。このような流れから外れますが、今回、ようやく「スガノミクスと枝野ビジョン」というタイトルを差し替えずに書き進めています。

2020年秋の「大阪都構想」では、新聞・市職員・共産党などがコスト増の数字を捏造し、住民の正常な判断を妨害した。こうした既得権を守って甘い汁を吸おうとする人たちを白日の下に晒すのが「スガノミクス」だ。本書は、著者2人が財務省と経済産業省の役人として得た知見をもとに、そして内閣官房参与として政権の内部から、菅首相が推し進める改革の中身を、国民の前に全て示していく。

上記はリンク先のサイトに掲げられた『スガノミクス 菅政権が確実に変える日本国のかたち』の紹介文です。もう一人の著者は通産官僚だった政策工房社長の原英史さんで、高橋さんと各章を分担しながら執筆しています。スガノミクスという言葉は広まっていませんが、その書籍の「まえがき」の中で次のように説明しています。

既得権の打破のもと経済関係の施策に限定せず、長期政権を予想した菅政権が行なう九つの具体的な改革をスガノミクスと称したいと記されています。安倍政権は金融緩和政策、積極的財政政策、成長戦略の三つの柱をアベノミクスと称していました。

それに対し、スガノミクスは電波域帯の開放、デジタル教育、オンライン診療、オンライン行政、地方銀行の再編など個別の施策を総称したものとなっています。安倍政権を引き継いでいるため、アベノミクスの三つの柱を維持した上で菅政権は特に成長戦略を最重視しています。

コロナ禍での財政出動が欠かせない中、国債発行に躊躇する必要のない後押しとなる考え方もその書籍には書かれています。高橋さんは日銀と政府をまとめて「広い意味の政府」として連結対象のバランスシートを想定すべきと述べています。

統合政府ベースで見た時、1400兆円程度の資産のうち土地や建物など有形固定資産は300兆円弱であり、国の資産の多くが「売却可能な資産」になると説明しています。これほど多くの資産を温存しながら国民に増税を訴え、国の借金を返済しようとするのは無理筋であると主張しています。

増税に対する忌避感からも「金持ちをより金持ちにすることが社会全体の利益につながる」という新自由主義政策を推し進める立場の著者であることが分かります。新自由主義と言えば「『政商 内閣裏官房』を読み終えて』で取り上げたパソナの竹中平蔵会長が思い浮かび、やはり菅総理の有力なブレーンであり、高橋さんと同様に日本のコロナ禍を「さざ波」だと見られているようです。

成長戦略のためには九つの改革が必要であり、成長を阻害する岩盤規制の緩和が欠かせないという論調で綴られています。岩盤の中に縦割りの官僚機構の問題や既存メディアの既得権などがあり、著書の紹介文にあるとおり市職員や共産党なども「既得権を守って甘い汁を吸おうとする人たち」という2項対立の図式で描かれています。

めざすべき総論的な社会像をはじめ、個々の具体的な施策の方向性についても必ず評価すべき点と懸念すべき点が内在しているはずです。この場で逐次紹介しながら論評しませんが、『スガノミクス 菅政権が確実に変える日本国のかたち』の中で掲げられていた個別の課題に対しても同様だろうと思っています。

その上で、より望ましい「答え」を見出すための作法として非常に気になった点について指摘しなければなりません。自分たちの考えが絶対正しく、その考え方に沿って進めようとする改革に反対する勢力は「既得権を守って甘い汁を吸おうとする人たち」と決め付けて敵対視する姿勢に危うさを感じていました。

幸いにも菅総理からそのような過激な言葉は発せられていないようですが、自分が正しいと信じた「答え」に固執し、異なる意見を進言する人たちを遠ざけがちな点が見受けられています。方針決定後には従うという大前提が守られている限り、原さんは著書の中で「異論を唱えたら左遷」などということがあってはならないと記しています。

しかし、残念ながら菅総理にその言葉は届いていないようです。芥川賞の2作品が掲載されていた『文藝春秋』を久しぶりに購入しました。特集記事『「裸の王様」につけるクスリ』の中で、側近が「総理、それをやってはいけません」「この人と会わない方がいいです」と苦言を呈すると遠ざけられるという話を掲げていました。

その結果、冷遇されることを恐れ、取り巻きはイエスマンばかりが増えています。親身にアドバイスする側近はいなくなり、菅総理のそばにいるのは「知人と部下だけ」と言われながら「裸の王様」になっていることに菅総理自身は気付いていないと書かれています。

別な頁の記事には具体的な人物名も明かし、生々しい最近の出来事を伝えています。官房長官時代から連続8年半という異例の長期にわたって菅総理を支えてきた政務秘書官の門松貢さんが6月下旬、出身の経産省に戻されました。

その交代は経済政策などを巡って珍しく菅総理に意見したところ不興を買ったことが切っかけだと記されています。さらに門松さんが経産省に戻った後、親しい官僚仲間に「首相には国家観もなければ、経済に関する知見もセンスもない」と強烈な批判をぶちまけていたことも伝えていました。

菅総理は8月9日の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に1分遅刻し、「少し前に会場に着いていたが、結果的に時間管理上の問題で遅刻してしまった。心からお詫び申し上げたい」と陳謝していました。その後、政府関係者はトイレに立ち寄ったのが理由だと明かしています。菅総理と支える周辺の関係者との連携不足を危惧する事例の一つなのかも知れません。 

月刊誌『Hanada』9月号の中で、菅総理は「いまは、ただやるべきことをやるだけです。自分がやっていることは間違っていないという自負がありますから。そこは何があってもブレません」と語っています。本当に正しい判断であれば何よりなことですが、かつてない危機の中、ぜひ、異なる意見にも率直に耳を傾け、より望ましい「答え」を見出す器量を備えて欲しいものと願っています。

予想していましたが、たいへん長い記事になっています。『スガノミクス 菅政権が確実に変える日本国のかたち』に絞った記事タイトルにすべきところですが、冒頭に記したとおり『枝野ビジョン 支え合う日本』と対比した一連の記事内容を考えています。そのため、ここで今回の記事は一区切り付け、次回の記事を「スガノミクスと枝野ビジョン Part2」として続けさせていただくことをご理解ご容赦ください。

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2021年8月 7日 (土)

コロナ禍での菅総理の言葉 Part2

スガノミクス 菅政権が確実に変える日本国のかたち』という書籍を読み終えたことを紹介した記事は1か月前に投稿した「政治家の皆さんに願うこと」でした。その後『枝野ビジョン 支え合う日本』も読み終えたため「スガノミクスと枝野ビジョン」というタイトルの新規記事を投稿しようと考えてきました。

新規記事の冒頭に時事の話題を触れ始めるとその内容だけで話は広がり、途中で記事タイトルを差し替えることが続いていました。このところ新型コロナや東京五輪のことなど触れたい内容がいつもわき上がってくるからです。今回も同様なパターンになりそうですが、欲張らずに後段で「スガノミクス」だけは触れてみるつもりです。

放送プロデューサーでタレントのデーブ・スペクター氏が5日、自身の公式ツイッターで、名古屋市の河村たかし市長が、東京五輪女子ソフトボール代表の後藤希友投手(20)の金メダルにかみついた行為による謝罪会見についてつづった。

河村市長は4日に後藤の表敬訪問を受けた際、後藤の金メダルを首から提げ、いきなりかみ付く行為を行い、SNSなどで批判の的になった。河村市長は5日に謝罪会見を行ったが、紙で用意した謝罪文は棒読みだった上に、言葉まで“かんで”しまう始末だった。

この会見についてデーブ氏は、たびたび棒読みぶりが指摘される菅義偉首相の会見とかけ、「河村たかし市長の棒読みと比べて菅総理がまだアドリブに聞こえる」とツイート。2人を一気にいじり、皮肉った。

このツイートに、フォロワーからは「菅総理の方が『うまい棒』なのか」、「作文、読み慣れてるから」、「えー、棒読みの上手がいたんですね→総理がホッとしている?」と、大喜利めいたコメントが寄せられている。【Sponichi Annex 2021年8月5日

河村市長の非常識な行為は強い批判を浴び、謝罪会見の模様も上記のとおり皮肉られていました。デーブ・スペクターさんから「河村たかし市長の棒読みと比べて菅総理がまだアドリブに聞こえる」と評された菅総理はその原稿読みで信じられないレベルの大失態を犯しています。

菅義偉首相が広島市の平和記念式典で行ったあいさつの際、事前に用意した原稿の一部を読み飛ばし、野党からは6日、「非礼だ」などと批判する声が上がった。昨年9月に就任した首相にとって初めての原爆忌だったが、その後、謝罪する失態となった。

首相が読み忘れたのは「わが国は、核兵器の非人道性をどの国よりもよく理解する唯一の戦争被爆国であり、『核兵器のない世界』の実現に向けた努力を着実に積み重ねていく」などのくだり。この後の記者会見の冒頭で、首相は「あいさつの一部を読み飛ばしてしまい、この場を借りておわびする」と陳謝した。

首相周辺は「(原稿の)紙がのりでくっついていた」と釈明するが、首相は読み飛ばしの結果、前後のつながりが不自然だったにもかかわらず、そのままあいさつを続けていた。

共産党の志位和夫委員長はツイッターで「まさか読み飛ばしとは。原爆死没者、被爆者に対して礼を失している」と非難。立憲民主党幹部も「論評以前の問題。首相は心ここにあらずなのだろう」と語った。政府関係者は「準備不足だ。政治のメッセージを軽視している」と肩を落とした。

一方、自民党のベテラン議員は「言い間違いは誰にでもある。魔が差したのだろう」と首相を擁護。首相は昨年の臨時国会などでも用意された原稿の読み間違いが相次ぎ、周囲が休養を勧めたことがあった。同党幹部は「相当疲れている。ずっと休んでいないので、1日ゆっくりしたほうがいい」と語った。【JIJI.COM 2021年8月6日】 

確かに激務が続き、疲れもたまっているのだろうと思われます。しかし、首相周辺の「紙がのりでくっついていた」という釈明などは論外であり、ご自身の式典に臨む重要な立場を考え、被爆者の皆さんの辛苦に少しでも思いを寄せているのであれば絶対あり得ない失態だったと言わざるを得ません。

国民の命と生活を守るため最も重い責任と役割を負っている総理大臣は、どれほど疲労していたとしても常に最適な判断を下し続けなければなりません。仮にそのような激務が耐えられない健康状態であれば身を引くことも決断しなければならないほどの重責だろうと思っています。

たいへん残念ながら前回記事「コロナ禍での菅総理の言葉」に示したとおり菅総理の言葉は国民の心に響かなくなっています。言い間違いや読み飛ばしという問題にとどまらず、その政策判断に至った理由や真意を的確に発信できないため無用な混乱を生じさせ、本質論から外れた批判を受けがちです。

新型コロナウイルス感染者の入院を制限し、軽症なら自宅療養を基本とする政府の方針転換について、加藤勝信官房長官は3日の記者会見で「若い世代での感染が急拡大している」と危機感を示し、「重症患者が確実に入院できるようベッドを確保する」と述べた。

政府は今回の方針転換を2日の関係閣僚会議で決めた。これまで入院とされていた軽症患者らは原則として自宅療養とし、感染急増地域での入院は重症患者を基本とするよう都道府県に求める。ただ、軽症でも症状が急変するケースもあるなど、政府方針への懸念がすでに浮上している。

加藤氏は今回の方針転換について「感染者が増えており、新しい考え方を打ち出した」と説明。「すぐに入院できず自宅療養の方も増えている」として重症者向けの病床確保を急ぐ必要があると強調し、「今後は入院患者以外は自宅療養を基本とし、家庭内感染などの事情がある方には宿泊療養を活用する」と述べた。【朝日新聞2021年8月3日

上記の方針転換に関する発表に際しても物議を醸し、メディアの大半が批判的な論調で伝えています。日頃から菅政権を批判的な日刊ゲンダイは『菅政権「自宅待機」はご都合主義の極み “入院拒否なら牢屋行き”から一転の無為無策』『「入院制限」は誰の発案なのか “独断会議”の出席者は5人、与党内からも突き上げの嵐』という見出しを付けて報道しています。

政府対策分科会の尾身会長にも知らせず、与党に対する根回しもなく、唐突な方針転換でした。そのため公明党とともに自民党内からも見直しを求められ、当初の方針案の内容は一部手直しされています。今回、菅総理は「撤回しません。引き続き丁寧に説明していく」と答え続けています。

その説明の内容は「重症患者や重症化リスクの特に高い方には確実に入院していただけるよう必要な病床を確保します。それ以外の方は自宅での療養を基本とし、症状が悪くなれば、すぐに入院できる体制を整備します」とし、「感染が拡大している地域では、中等症でも症状によっては自宅療養とすることを決めました」というものです。

必要な病床を確保と言いながら絶対数を増やした訳ではありません。さらに感染拡大の地域に限るということは本来であれば受け入れたくなかった方針転換だったという説明を加えていることになります。このような説明で感染拡大地域の方々の不安が取り除かれるものと本当に考えられているのでしょうか。

このブログを長く続けている中で多面的な情報をもとに判断していくことの大切さを強く意識するようになっています。夕刊フジは『深刻、菅政権の“説得力” 自宅療養方針に与野党から反論噴出 八幡氏「広報力強化を」 木村盛世氏「極めて妥当な措置」』という少し視点を変えた記事を掲げています。

政府が新型コロナウイルスの感染拡大に伴う病床の逼迫に対応しようと、重症者や重症化のリスクが高い患者以外は基本的に「自宅療養」とする新たな方針を打ち出した。これに対し、与野党から異論・反論が噴出し、4日の国会は紛糾した。政府から与党への根回し不足は否めず、国民への説明不足もあらわになった。コロナ禍で、菅義偉政権の「説得力不足」は深刻だ。

「酸素吸入が必要な中等症の患者を自宅でみることはあり得ない。政府方針の撤回も含め、検討し直してほしい」4日の衆院厚労委員会で、公明党の高木美智代政調会長代理は、こう政府をただした。自民党のコロナ対策に関する会議でも同日、「聞いていない!」と撤回を求め、突き上げる声が上がった。

突然の入院基準の転換に、国民の間には「単身の場合、療養中に容体が急変すれば、誰がどう入院のタイミングを計るのか」「家族がいれば家庭内感染を広げかねないのでは」などと不安が広がっている。

これに対し、田村憲久厚労相は前出の衆院厚労委員会で、「一定程度、ベッドに余裕がないと急遽、搬送ができない。重症化リスクが低い人は在宅でということを先手先手で打ち出した」と理解を求めた。

菅首相も4日夜、「必要な医療を受けられるようにするためだ。丁寧に説明して理解してもらう」と、官邸で記者団に撤回しない意向を示した。対象地域も「東京など爆発的感染拡大が生じている地域で、全国一律ではない」と説明した。

医療行政の専門家はどう見るか。元厚労省医系技官の木村盛世氏は「これまで軽症・無症状でも入院させてきたことが問題だ。いまや高齢者へのワクチン接種も進み、重症化率は下がっている。今回の措置は極めて妥当であり、医療体制も改善される。むしろ、遅すぎたくらいだ。病院に行かなければ酸素吸入ができないというのは誤解だ。在宅医療もかなり進み、実施可能だ。あとは医師会が頑張れば問題はない」と語った。

ならば、これは政府の「説明不足」「説得力不足」ではないのか。評論家の八幡和郎氏は「政府の対応が、狙いとは反対の意味で国民に取られ、誤解が生じることがある。今回は『あくまで訪問看護の充実を目指すものなのだ』と強調すべきだ。菅政権には、コピーライター的な才能を持つスタッフがいない。急いでそろえ、広報・発信機能を強化すべきだ」と語っている。【ZAKZAK2021年8月5日

参考にしたサイトの内容をそのまま掲げていくと、それだけで相当な長さの新規記事となります。今回も「スガノミクス」に触れることは避け、途中で記事タイトルを前回の内容から連なる「コロナ禍での菅総理の言葉 Part2」に変えています。いつも余計な話を差し込み、たいへん恐縮です。もう少し続けます。

木村元技官の問題意識を踏まえた措置であれば「もう少し新型コロナについて」の中で示した感染症の分類見直しの問題につながることになります。そうであれば法的な改正論議が必要とされ、全国一律に適用されていく見直しの問題です。このような背景を菅総理らは理解した上で方針転換をはかったのか、単なる急場しのぎの苦肉の策なのかどうか分かりません。

そもそも今回の政治的な判断の方向性が望ましいものだったのかどうか分かりません。いずれにしても救える命が救えなくなるような医療崩壊は何としても防いで欲しいものと願っています。最後に、今回の問題で「なるほど」と思えたサイトの記事を紹介させていただきます。『Dr.和の町医者日記』で有名な長尾和宏医師の「自宅療養者にも在宅主治医と必要な薬を」です。

国は180度方針転換したが、説明不足なので国民の反発と不安を煽る恰好になっている。3つの前提条件をちゃんと説明するべきだ。たとえば坂上忍さんは、こう発言している。「政府が医療逼迫を認めたに等しい」と。 →こちら

在宅療養に対して洪水のような疑問や反論が出ているが政府の説明不足であり、今からすぐに追加説明すべきだ。政府の代わりに僕が、医療タイムスの8月6日号に書いた。

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医療タイムス2021年8月6日号  在宅療養者全員に主治医と薬を   長尾和宏

8月2日、BSフジのプライイムニュースに2時間生出演した。「開業医による早期診断と早期治療」、「抗体カクテル療法を施設や在宅でも使えるように」、「軽症者の自宅管理は保健所ではなく在宅医が担う」、「五輪後は五類感染症に」など、多くの提案をした。

翌8月3日、さっそく菅総理と田村厚労大臣は「軽症者は自宅療養が基本」と記者会見し、日医の中川会長も同調した。これまでの病院を柱にしたコロナ政策が180度転換されたわけだが、基本的な説明が抜けているために各界から大きな反発が起きている。  政府が早急に国民に説明すべきは以下の3点かと思われる。

1) すべての自宅療養者に地域の在宅主治医をつける。24時間の連絡体制を構築したうえで毎日のオンライン診療を必須とし、必要なら医師の往診や訪問看護を提供する。

2) 軽症ないし中等症Ⅰの患者さんにも必要な医療を提供する。対症療法だけでなく、保険請求できるイベルメクチンや少量のステロイドも使用する。また、感染予防体制などの施設基準を満たした診療所には厚労省が直接、抗体カクテル(商品名ロナプリーブ)を送り在宅で点滴できる体制を整える。対象は50歳以上の基礎疾患を有する軽症患者である。肥満や喫煙などハイリスク者の認定は在宅医が行う。

3) 保健所の指示がなくても開業医がコロナ医療を提供できる。また重症化しそうであれば開業医が直接病院と交渉するなど通常の病診連携をできる体制を整える。そのためには、COVID19の位置づけを現在の「新型インフル等感染症」から「5類感染症」に早急に移行させるため国会審議が必要がある。強制入院の1類相当と整合性が失われるので当然だ。

以上の3点が、「在宅療養を基本とする」の前提条件となる。しかしそのような説明が無いので野党の反発や市民の不安を煽っている。厚労省は自宅療養者への往診に加算を設けた。しかしこれも肝心の前提条件が抜けている。ただただお金で開業医を誘導しようとしても前提条件が整わないと机上の空論になる。在宅療養者全員に在宅主治医と必要な薬を提供することが、在宅療養の大前提である。

さて、今後の開業医はこうした政策転換に乗るのか乗らないのかに迫られる。ただ第四波と第五波の大きな違いは、医療従事者が既にワクチンを打ち終えていることである。それでも感染する可能性はあるが、もし感染した場合は労災適応とともにその日のうちに抗体カクテル療法を提供することを確約すれば新たにコロナ診療に取り組む開業医が増えるのではないか。

内科系開業医の半数以上がコロナ診療に取り組めば感染者が増えても対応できるはずだ。毎日発表される新規感染者数にみな驚くが冷静に考えて欲しい。重症者数や死亡者数はそれほどではない。インフル蔓延時はもっと大きな数字になる。しかも5類ならば定点観測だけで充分だ。また開業医で診断・治療できるので、感染者が増加しても医療崩壊に至らないことを思い出して欲しい。インフルと同様な対応をすることで、「コロナ=死ぬかもしれない怖い病気」という市民の洗脳を解くことができる。また開業医もクラスターや風評被害を心配しなくてもよくなる。

大きな第五波こそ5類への移行のチャンスだと思う。できれば五輪後すぐにやって欲しい。「5輪後は第5波を克服するために5類へ」と、「3つの5」をテレビで提案したが、まずは賛同してくれる医師が増えることを期待する。

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朝からいくつかのメデイアから問い合わせが殺到している。今週、またテレビなどで以上のような説明をすることになりそうだ。

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2021年7月31日 (土)

コロナ禍での菅総理の言葉

前回の記事は「57年ぶりの東京五輪が開幕」でした。その記事の最後のほうで「やはり日本人選手を中心に応援したいものと考えています」と記したとおりメダルがかかった瞬間をテレビで連日観戦しています。同じカンセンでも新型コロナウイルスの感染は非常に憂慮すべき事態が拡大しています。

東京都の感染者数は3日連続で3千人を超え、ついに土曜日には4千人を超えています。金曜の夜、大阪、埼玉、千葉、神奈川の4府県に対する緊急事態宣言の発令に伴い菅総理の記者会見が開かれました。同席した政府の分科会の尾身会長は「危機感を国民が共有できていないのが最大の問題」と訴えています。この記者会見の模様はリアルタイムで視聴していました。

日頃から菅政権を批判的な立場のメディアであるAERAdot.は 『意味不明のガースーはぐらかし首相会見を徹底検証 記者席からは大きなため息も』という見出しの記事を発信しています。数日前、東京五輪の中止の可能性について尋ねられた際、菅総理は「人流も減っていますし、中止しません」と即答していました。

このことについてフジテレビの記者から「東京オリンピックを中止しない理由として、人流が減っていると述べたが、その認識は変わりないか」「ワクチン接種も進み、人流も減っているのであれば、首都圏でここまで感染が急拡大することはないのではないか、という指摘もありますが、見解は」という質問がありました。

この質問に対し、菅総理は「開催するにあたりIOCに対して18万人くらい、選手や関係者が日本に来る予定でしたが、それを3分の1にお願いさせていただいた」「視聴率は非常に高いようで、ご自宅でご覧になっている方が多分たくさんいらっしゃるのだろう」「それとこの大会を無観客にして開催をさせていただきました。そうした点から私が申し上げたところです」と答えています。

私自身も視聴していましたが、記者の質問に的確に答えていないやり取りが目立っていました。「ワクチンの効果ばかりを発言して国民の危機感の欠如につながっているのではないか」という質問に対しては「ワクチン接種こそが決め手」と改めてワクチンの効果を強調していました。このような噛み合わなさから前述した見出しに至っているようです。

「もし感染の波を止められず、医療崩壊して、救うべき命が救えなかった時、首相を辞職する覚悟はあるか」という問いかけに対し、菅総理は「水際対策をきちっとやっています」と答え、辞職の覚悟については触れませんでした。質問した記者が再び「辞職の覚悟について教えてください」と尋ね、菅総理は「しっかりと対応することが私の責任で、私はできると思っています」と発言しています。

総理大臣の職責の重さを考えれば「救うべき命が救えなかった時は辞職します」と軽々に答えられないのかも知れません。ただ国民に対する強い決意や覚悟を伝える機会として、もう少し違う言葉を発せられなかったのかどうか物足りなさを感じています。

「そうならないように全力を尽くすことが私の責務であり、結果が伴わなかった場合、最も重い責任は私自身が負うべきものと考えています」というような覚悟が前面に出た言葉を示して欲しかったものと思っています。先々の出処進退を縛られるような言質を残したくないという警戒感から曖昧にしたとすれば感染拡大を阻止する自信のなさの表われのようにも見られてしまいます。

大言壮語は似合わない菅総理の実直さの表われなのかも知れませんが、確かに「これでは会見の意味がない」と批判されても仕方のない記者会見だったと言わざるを得ません。しきりにオリンピックを自宅でテレビ観戦することを推奨されていますが、そもそも関係者以外はテレビでしか観れませんので「外出は控えて」という言葉を必ず前に添えなければ感染対策としてのメッセージ性は薄れがちです。

記者会見での「新たな日常を取り戻すよう全力を尽くしてまいります」という言葉も気になりました。記者との質疑応答ではなく、読み上げた冒頭発言の中のものです。「以前のような平穏な日常を取り戻す」ではなく、マスク着用等が欠かせない「新たな日常」であれば残念な目標であり、「取り戻す」という表現も適切ではありません。

菅総理は「感染拡大とオリンピックとの関連性はない」と言い切られています。この発言も説明が不足し、国民の多くから共感を得られるような言葉ではありません。入国にあたっての水際対策をはじめ、選手や関係者をバブル方式で行動制限するなど対策を講じているため、感染拡大の直接的な原因にはなっていないという説明であることを理解しています。

しかし、それらの対策が万全だったのかどうか問われています。さらに少し前の記事「責任者は誰なのか?」「コロナ禍での雑談放談」「もう少し新型コロナについて」の中で訴え続けてきたことですが、開催する限りリスクゼロはあり得ません。一方で東京五輪の中止を決めた場合、開催に伴う人流はなくなり、東京五輪に関連した感染リスクはゼロとなります。

このような点を踏まえれば「関連性はない」と言い切ることに違和感が生じてしまいます。少し前の記事の中では「もともと過度に社会生活や経済を痛めるロックダウンに近い抑圧策には懐疑的な立場ですので、主催者が納得性の高い説明責任を果たした上で開催を決めるのであればその判断を尊重したいものと考えています」と記しています。

あわせて感染対策を整えて東京五輪の開催を予定するのであれば、感染対策を整えているデパートや映画館などに対する規制を緩和しなければ一貫性がなくなることも指摘していました。同様に感染対策に努力してきた居酒屋等に対する規制も緩和すべきものと考えていました。もちろんマスク着用など必要な感染対策は緩めず、コロナ禍が収束するまで緊急事態であるという認識を持ち続けることの重要性も訴えています。

しかしながら驚きの4回目の緊急事態宣言が発令される事態に至っていました。東京五輪は予定通り開催しながら緊急事態宣言を発令するという支離滅裂な動きでした。残念ながら緊急事態という政府や自治体からのメッセージは色あせ、その効果が期待できなくなっています。「五輪をやっていることが、外出自粛とは逆のメッセージに受け取られている」という指摘のとおりの事態だと言えます。

感染拡大と東京五輪との直接的な関連性は確かに薄いのかも知れません。しかし、東京五輪の開催が国民の意識の変化に影響を与え、個々人の感染対策の緩みをもたらしていることも確度の高い見方だろうと思っています。したがって、菅総理の「感染拡大とオリンピックとの関連性はない」という言葉は勇み足な印象を抱いていました。

「中止はあり得ない」という考え方に固まっているため、東京五輪の質問に限ってはとっさに断定調に答えてしまうのかも知れません。菅総理の心の奥底には日本の感染状況が海外に比べれば「さざ波」に過ぎないというとらえ方を秘めているのだろうと推測しています。実は今回も「スガノミクスと枝野ビジョン」という記事タイトルは早々に差し替えています。

このブログの中で取り上げる予定の『スガノミクス 菅政権が確実に変える日本国のかたち』という書籍の著者の一人は内閣官房参与だった高橋洋一さんです。今年5月、高橋さんはツイッターでの「さざ波」が批判を受け、内閣官房参与を辞職しています。菅総理が高橋さんと同じような見方を強めていれば東京五輪を中止するという選択肢はあり得ないのだろうと想像できます。

ここまで感染者数が増えてしまうと強いブレーキも必要なのかも知れません。今さらながら2回目の緊急事態宣言を解除した頃の対応が岐路だったように思っています。東京五輪は感染対策に万全を尽くしながら開催することを宣言し、社会生活や経済に過度な痛手を生じさせる人流抑制策を緩和しながら必要な感染対策の継続を訴え続けたほうが、現状のような急激な感染拡大は防げたように思えてなりません。

菅総理が懸命に動いていることも承知しています。このブログは菅総理を支持している方々もご覧になっていることを念頭に置きながら書き進めています。安倍前総理のことを取り上げる時も意識していたことですが、誹謗中傷に近い個人攻撃や「批判ありき」の記述は避けるように努めています。

私自身の責任で綴る文章であれば「何が問題なのか」、なるべく具体的な事例を示しながら「だから、このようにして欲しい」という懇願的な内容を投稿してきています。今回の記事内容も菅総理に対して僭越で、辛口な論評だったはずです。より望ましい政治の実現を期待するからこそのお願いであり、次回以降「スガノミクス」を改めて紹介しながら、よりいっそう深掘りできればと考えています。

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2021年7月24日 (土)

57年ぶりの東京五輪が開幕

金曜の夜、1964年の第18回夏季大会以来、57年ぶりの東京五輪が開幕しました。新型コロナウイルスの影響で無観客でしたが、マスクを着用した選手団のリラックスさが伝わる開会式だったことに安堵していました。史上初めて1年延期された後、緊急事態宣言下での異例の幕開けとなっています。開催までの異例さや迷走ぶりを上げれば枚挙に暇がありません。

振り返れば大会のエンブレムは変わり、国立競技場のデザインも変更されました。今年2月に組織委員会の森会長、3月には開閉会式のクリエーティブディレクターだった佐々木宏さん、開会式直前には楽曲制作担当の小山田圭吾さんが辞任し、ショーディレクターの小林賢太郎さんは解任されています。

過去の振る舞いや発言が問題視され、責任を問われているケースが目立っています。「問題のない人なんているのかな」という声もあるようですが、国際的な注目を集める舞台に携わる立場の方々である限り、過去の話だったとしても取り沙汰されたような瑕疵は許容できない問題だったと言えます。

宮崎県知事だった東国原英夫さんは小林さんの解任に対して「過去も含め、清廉潔白でならないといけない」と発言しています。その東国原さんはフライデー編集部襲撃事件の際に暴行罪で現行犯逮捕されて不起訴処分、他にも別な傷害事件では罰金刑を受けています。それでも県知事や衆院議員となり、現在もタレントとして活躍中です。

麻生財務相は「ナチスの手口を学んだらどうかね」と語ったことがありましたが、すぐ撤回したことでその後も重責を担い続けています。このように以前の過ちや重大な失態が致命傷にならず、堂々と人生を歩み続けられる場合もあります。今回のケースは東京五輪という世界的な大イベントに向け、本人たちの認識の甘さや組織としてのマネジメントの拙さが顕著だったものと思っています。

前回記事「菅内閣の支持率低迷、されど野党も」の最後に次回以降「スガノミクスと枝野ビジョン」という内容を取り上げたいと記していました。今回、最初の段落を書き始めた時点で新規記事のタイトルは「57年ぶりの東京五輪が開幕」に差し替えています。いつものことながら「東京五輪」を切り口に話が広がりつつあります。

広がりついでとなりますが、夏季五輪が開催された時、このブログの中でどのように取り上げていたのか遡ってみます。たいへん長く続けているブログですが、下記のとおり3大会となり、直接的な題材として取り上げたのは北京大会だけでした。リオディジャネイロとロンドンの時の内容(赤字)も含めて紹介します。

2016年8月6日 (土) もう少し選挙制度ついて

リオディジャネイロ五輪が始まりました。ブラジルとの時差は12時間ですので、テレビの前に釘付けになって寝不足に悩まされる方も多いのかも知れません。4年後の五輪開催を控えた首都東京の知事選挙は事前の予想通りの結果となりました。東京都知事としては初めての女性知事となる小池百合子候補が圧勝し、自民党と公明党が推薦した増田寛也候補、野党統一候補の鳥越俊太郎候補らを退けました。

2012年7月29日(日)  断定調の批判に対する「お願い」 Part2

最後に、ロンドンオリンピックが開幕しました。土曜の夜、柔道や重量挙げなどを観戦し、各選手の活躍に明暗が分かれる姿を見届けながら、このブログの更新に至っていました。ちなみに「議論の3要素」の話まで広げる内容を考えていましたが、結局、前回記事のタイトルに「Part2」を付けるだけの題材に絞り込んでいました。できれば次回以降の記事の中で、そのような話も取り上げられればと考えています。

2008年8月10日 (日) チベット問題とオリンピック

金曜の夜、中国の威信をかけた壮大な開会式が演出され、17日間にわたる北京オリンピックが開幕しました。民族浄化や人権蹂躙を続ける中国政府に対する抗議の意をこめ、オリンピックを観戦しないと話す人たちがいます。個々人の考え方があって、観る観ないも人それぞれの判断だろうと思っています。

「チベット問題とオリンピック」は冒頭のみ紹介しています。さらに横道にそれますが、紹介した2012年7月29日の記事に145件、その前は52件、前々回は102件ものコメントが寄せられていました。現在も多くの方々に訪れていただいていますが、コメント欄の雰囲気は様変わりしています。

2013年9月8日(日) 2020五輪は東京開催

自分自身、正直なところ淡々とした思いで決定の瞬間を目の当たりにしていました。東京で開催できる喜びよりも、よりいっそう国際社会の中で日本は重い責任を負ったという思いを強めていました。ブエノスアイリスで開かれた直前の記者会見の場で、海外メディアから福島第一原発の汚染水漏れの問題が繰り返し指摘されていました。もともとオリンピックは好きなほうであり、汚染水の問題がなければ、もっと素直に東京開催を喜ぶことができたのかも知れません。

上記はIOC総会で東京五輪の招致が決まった直後のブログ記事からの一文です。最終プレゼンに出席した安倍前総理は「(福島第一原発の)状況はコントロールされている。東京にダメージが与えられることは決してない」と強調していました。2年前の記事「福島第一原発の現状」で伝えたとおり汚染水は処理水と呼べるようになっているものと認識しています。

ただ8年前の時点で、汚染水の問題は風評被害にとどまらない現実的な脅威として内外から見られていたことも確かでした。そのため、私自身も安倍前総理の「アンダーコントロール」という言葉には違和感を抱いていました。たいへん残念ながら東京五輪に関わる言葉の違和感や現実との乖離はその後も続きます。「コンパクト五輪」をめざしていたことは忘却の彼方に消え去り、「復興五輪」のかけ声も空しく響いています。

「新型コロナに打ち勝った証」という言葉も完全無観客に至り、もはや打ち負かされないよう無事に終えることだけが最大の目的となっているように思えてなりません。滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」という言葉と現状との乖離が最も空しく、ここまで不安視され、不完全な形で開催を迎えていることに忸怩たる思いを強めています。

開会式の前日、NHKの大河ドラマ『いだてん』総集編が放送されました。日中戦争の勃発で国際世論の日本に対する批判が厳しくなる中、国威発揚に五輪を利用しようとする政府の方針に反発し、主人公はIOC委員の恩師に「今の日本は、あなたが世界に見せたい日本ですか?」と開催返上を訴えます。結局、第2次世界大戦に突入し、1940年の東京五輪は中止となります。

敗戦を経て、主人公らは再び招致に動き、1964年の東京五輪が実現します。それまでの慣例を破り、閉会式は選手が自由気ままに入場する形に変えていました。国籍、人種、性別、宗教、あらゆる壁を乗り越え、選手たちが笑顔で手と手を取り合って入場する姿は感動を呼び、それ以降の閉会式の定番となっていました。

『いだてん』の最終話では閉会式の様子がたっぷり描かれ、涙ぐむ主人公が映し出されます。そこに幽霊となった恩師が現れて「これが、君が世界に見せたい日本かね?」と問いかけ、主人公は「はい」と微笑みながら胸を張って答えます。戦争中の幻となった東京五輪への批判の言葉が、今度はオリンピックの理念を具現化した閉会式への賞賛の言葉として最終話によみがえっています。

昨日、沢木耕太郎さんの『オリンピア1936 ナチスの森で』を読み終えました。1940年の第12回東京大会は幻となりましたが、第11回大会はベルリンで予定通り1936年8月に開催されていました。その年の3月、ヒトラーはロカルノ条約を一方的に破棄し、フランスとの国境に広がる非武装地帯ラインラントに大部隊を送り込んでいました。

1936年夏、ヒトラーはベルリン大会の開会を高らかに宣言した。それはナチスが威信を賭けて演出した異形の大会にして、近代オリンピックの原点となった――。著者は、そのすべてをフィルムに焼きつけて記録映画の傑作『オリンピア』を産み落としたレニ・リーフェンシュタールの取材に成功する。さらに、激しく運命が転回した日本人選手の証言によって大会を再構築した傑作ノンフィクション!

上記は著書を紹介する説明文です。確かにナチスの威信を賭けた異形の大会だったのかも知れませんが、非難声明を出していたフランスからも選手団が派遣され、51の国と地域から4千人の選手と2千人の役員が参加する過去最高規模の五輪となっていました。1936年8月の時点では2度目の世界大戦を回避できる可能性も残されていたのかも知れません。

オリンピックは「平和の祭典」と呼ばれています。当たり前なことかも知れませんが、戦争中であれば開催することは困難です。国連にはオリンピック停戦という原則もあり、五輪開催を通し、平和の維持、相互理解、親善という目標の推進をめざしています。いずれにしても平和だからこそ開催できる、このような思いのもとに今後の五輪開催が途絶えずに続くことを切望しています。

沢木さんのルポはナチスが支配する異形さを伝えている一方、日本人選手を中心に各競技での勝者や敗者の素顔を丁寧に書き記しています。そのような頁を読み進める中において世界大戦を間近にした緊迫感はなく、あくまでもスポーツを通した力や技の競い合いの奮闘ぶりが描かれています。

前畑ガンバレ」を連呼したラジオの実況放送はベルリン五輪の時のものでした。それでも戦争の影を感じる箇所も多く、活躍した選手が数年後に戦地で亡くなったことも子細に書き残されています。さらに朝鮮出身のマラソンの代表選手が表彰台の一番高い所に上がれたことを喜ぶ一方で「君が代」が流され、「日の丸」が掲げられることの無念さなども沢木さんは伝えていました。

今回の東京五輪もコロナ禍の中で開かれる異例な大会となっていますが、選手の皆さんは普段通りの舞台のもとで普段通りの力を発揮して欲しいものと願っています。様々な懸念がありますが、私自身、開幕した後の東京五輪はテレビで観戦し、やはり日本人選手を中心に応援したいものと考えています。そして「今の日本は世界に見せたくなかった」と悔やまないような閉会式を迎えられることを祈念しています。

話を広げすぎて今回も長い記事になって恐縮ですが、もう少し続けます。沢木さんの文庫本の「あとがき」はⅠからⅢまで掲げられています。2021年4月の「あとがきⅢ」には、東京五輪の延長をIOC側が2年後という案を呑むことを辞さない態度だったと言われていながら、安倍前総理がかなり強引なリーダーシップを発揮して1年後にしたことを伝えています。

沢木さんは「安倍氏の側にそうしたい事情、たとえば1年後ならまだ首相として開会式に臨めるだろうという期待、のようなものがあったからではないかと思えなくもない」と苦言を呈しています。選手のことや施設跡地の問題など総合的に判断されたのかも知れませんが、2年の延長案が主流だった中、安倍前総理が1年延長で押し切ったという話は事実であるようです。

この時期に「新型コロナに打ち勝った証」として完全な形で開催できていれば安倍前総理の判断が称賛されていたことになります。ここは結果論としての政治責任を問われる局面であり、あまり強く批判できるものではありません。しかしながら「歴史認識などで一部から反日的ではないかと批判されている人たちが、今回の開催に強く反対している」という決め付けた認識はいかがなものかと思っています。

その安倍前総理は開会式に欠席することを決めていました。東京五輪は菅総理にとって安倍前総理から引き継ぎ、必ず開催しなければならない重要な課題の一つだったはずです。それでも現在、最も重い責任と役割は菅総理に託されています。最後に、経済ジャーナリストの磯山友幸さんの 『「残念ながら最悪のシナリオを辿っている」東京五輪後に国民が被る大きすぎる代償』の中で気になった箇所を紹介します。

「菅首相は選挙しか興味がない」と自民党のベテラン政治家は言う。「会って飯を食っても選挙の話しかしない」と言うのだ。菅首相は、緊急事態宣言を出すかどうか、オリンピックをやるかどうか、無観客にするかどうか、もすべて「選挙に有利に働くかどうか」で決めてきたのかもしれない。菅首相からすれば、ワクチン接種を進めて「ゲーム・チェンジャー」にして、オリンピックを実施し、成功裏に終わらせれば、内閣支持率は一気に回復すると期待したのだろう。だが、残念ながら菅首相の思うようには進んでいない。

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2021年7月18日 (日)

菅内閣の支持率低迷、されど野党も

前回記事「驚きの4回目の緊急事態宣言」の中で「菅総理が懸命に動いていることは理解しています。しかし、国民から共感や信頼感を得られるような言葉が決定的に不足していることも確かです」と記していました。このような思いは広まっているようであり、土曜朝の『ウェークアップ』でアナウンサーの中谷しのぶさんの発した一言が話題になっていました。

菅義偉首相が17日、日本テレビ系朝の情報番組「ウェークアップ」にリモートで生出演した。西村経済再生相の発言に端を発した新型コロナウイルス緊急事態宣言下の飲食店酒類提供禁止に伴う一連の問題について「飲食店や酒の販売事業者に不安や混乱を与え大変申し訳ない」と発言。ワクチン接種や東京五輪への意義や9月末の任期満了に伴う自民党総裁選に立候補する意向を明かした。

首相の出演時間の最後に読売テレビ・中谷しのぶアナウンサーが「ぜひ、これからも国民の心に届くメッセージをお願いできればと思います」と要望したことがツイッターなどで話題になり「『心に届く』とかでは、それこそ菅首相の『心に届』かない。『聞かれたことに答えて』と訴えて欲しい」「テレビでこれからも心に響く発言を~とかいってたのがすごい皮肉に聞こえた」「首相への要望は『これからも』では無く『これからは』でしょう」などのコメントが寄せられた。【中スポ2021年7月17日

ちょうど私もその番組を見ていましたが、「国民の心に届くメッセージ」という言葉に対して「これからは」という中谷さんの叱咤激励の意味合いを感じ取っていました。番組の中で菅総理は酒類提供禁止に伴う一連の問題について謝罪しています。届け方の問題にとどまらず、具体的な対策に関しても迷走していると言わざるを得ません。 

酒の提供を続ける飲食店への「2つの対策」が撤回 第5波とみられる感染拡大をどう食い止めるのか?という中で出てきたのが、緊急事態宣言下でも酒の提供を続ける飲食店に対する「2つの対策」です。1つは「金融機関」などから飲食店に対して、酒の提供停止などに従うよう働きかけることを要請するというものです。

もう1つは酒類の「販売業者」に、酒類の提供を続ける飲食店への取引停止を要請するものです。これらの案はどちらも相次いで「撤回」に追い込まれました。この2案を出した責任者の西村大臣は14日、改めて国会で陳謝しました。西村経済再生担当大臣「飲食店の皆様、また酒販の業界の皆様に大変なご不安を与えることになりまして、深く反省をしております。申し訳なく思っております」

どこに問題点があったのか? まず、金融機関からの働きかけの方ですが、元々は8日、西村大臣が会見の中で、酒の提供を続けたり、時短要請に応じない飲食店に対して、取引先の金融機関から働きかけを要請するという考えを示したものでした。これは、お金を貸す立場の銀行などから飲食店への圧力を促したともとれる発言で、直後から問題視されていました。

企業経営者の団体からは「法的根拠がないなら大変まずい」という声や、強い立場の銀行などが働きかけるなら「優越的地位の乱用」につながるとの批判が相次ぎました。金融庁を所管する麻生大臣からは、「『融資してください』と言ってるのに『融資を止める』って話だろ。普通に考えればおかしい。だから『ほっとけ』と、それだけ言いました」とのことでした。

では、法的に大丈夫かという事前のチェックはしなかったのか?ということについてですが、14日になって、この要請について金融庁が事前に了承していたことがわかりました。事前にどのような検討を行ったのか、14日、国会で金融庁に野党がただしたところ、金融庁の審議官は、一般的な感染症対策を呼びかける趣旨で、特定の飲食店への融資に影響をきたすような趣旨ではない、優越的地位の乱用には当たらないと考えていたと答えました。金融庁は、新型コロナ対策の推進室と事前にすりあわせて了承していたとのことです。

業界団体から猛反発 もう一つ撤回となったのが、酒の提供を続けるお店に対して「販売業者」に「酒類の取引停止」を求める要請です。これについては、実際に今月8日付で、文書で要請が出されていました。13日、わずか6日で撤回にいたりました。「今回は堪忍袋の緒が切れた」「官ができないものを民でやらせるというのは非常にナンセンス」という、業界団体から猛反発がありました。

卸売業者も混乱 14日、赤坂にある酒の卸売業者にお話を聞きました。小林謙一店長「要請があってから各所から問い合わせが相次ぎ混乱していた」 問い合わせの内容は「買えるのですか?」「買えないのですか?」「まとめ買いしましょうか」ということです。また、今回の撤回されたことについては、「見切り発車でやっている印象を受けます。お酒が悪みたいな感じになっていて腹立たしいし、お客さんも怒っている」とのことでした。そして、緊急事態宣言で客は減っていて、撤回されたとしても厳しい状態は変わらないと嘆いていました。

業界との信頼を損なう話が、なぜ出たのか? 西村大臣は14日、「なんとか感染拡大を抑えたい、できるだけ多くの皆様のご協力をいただきたいという私の強い思いからの発言」と答えています。政府関係者からは、「言うことを聞かない店への対策としてやるなら、あれしかない」さらに「まさか、あの発言があれほどの波及力があると、みんな思わなかった」という声が出ています。

では、問題になった2つの要請は西村大臣が単独で推し進めたものなのか?14日、野党は責任の所在について追及しました。立憲民主党・今井雅人議員「(要請の前日に行われた)関係閣僚会合、いわゆる5大臣会合とおっしゃるんですかね。このときに事務方からこのことにおいて説明が行われて。やっぱりその場でみなさんが了解したんですよ。これは菅総理の責任は非常に重いと思いますよ」

西村経済再生担当大臣「具体的な要請の内容につきましては、私の責任でコロナ室が関係省庁と調整をして決定をしたというものでございます」 西村大臣は「私の責任で決定した」と強調しました。こうすることで、菅総理に責任が及ばないようフォローした形です。

今回、撤回された政府の案は、どちらも弱い立場の飲食業界の人たちをさらに追い込むようなものでした。大変な中で、なんとか頑張っている、要請を守っているお店や会社を支援する方に全力を注いでほしいです。【news every 2021年7月14日

上記はテレビ報道をテキスト化した『酒対応めぐり相次ぐ“撤回”方針転換の背景は』という解説ですが、何が問題だったのか、分かりやすくまとめられています。組織のカバナンスの問題としても強く危惧しなければならない事案でした。菅総理が事前に認めていれば西村大臣はハシゴを外されたことになり、本当に知らなかったのであればそれはそれで大きな問題だったと言えます。

前々回記事「政治家の皆さんに願うこと」の中で「正しいと信じている判断や対応も別な角度から指摘を受け、誤りに気付ける機会があれば何よりなことです。政治家の皆さんの側近にそのような進言や諫言をされる人物がいるのかどうか、たいへん重要な点だろうと思っています」と記していました。

西村大臣と部下との関係は『「パワハラ疑惑」西村康稔大臣の秘書官が6月末でまたも交代 』という報道のとおりであれば進言や諫言を到底期待できるようなものではありません。部下の意見にも謙虚に耳を傾ける素地が日常的に築けていれば、もしかしたら今回の問題も異なる展開をたどれたのかも知れません。

ワクチン供給不足で予約停止拡大 首相、自賛も見通せぬ混乱収束』という失態も一定水準の情報収集や先々を予見する能力を備えていれば、もう少し混乱を最小化できたはずです。河野大臣は全国知事会との意見交換の場で「ハシゴを外した形になってしまいまして、たいへん申し訳なく思っております」と謝っています。

一方で『河野太郎はまだ国民に謝罪していない! 新「謝ったら死ぬ病の男」がワクチン不足を隠すためについた嘘と”知の崩壊“発言を検証』という辛辣な批判もあり、自らの失態を全面的には認めない姿勢であるように見受けられます。リンク先の記事に「自分は絶対に間違えない」という無謬性を問題視する記述がありますが、そのような点については誰もが自戒していかなければなりません。

菅内閣の支持率は37%となり、昨年9月の内閣発足以降最低だった前回(6月4~6日調査)の37%から横ばいだった。不支持率は53%(前回50%)に上がり、内閣発足後で最高となった。不支持率が支持率を上回るのは今年5月から3回連続。

支持率低迷の背景には、政府の新型コロナウイルス対策や五輪対応への不満があるとみられる。政党支持率は自民党36%(前回33%)、立憲民主党5%(同5%)などの順で、無党派層は43%(同48%)だった。全国世論調査は、読売新聞社が9~11日に実施した。【読売新聞2021年7月12日

上記は読売新聞が実施した世論調査の結果です。菅内閣の支持率は前回と同じ過去最低の37%、不支持は過去最高の53%で、支持する理由は「他の内閣より良さそうだから」が50%を占めています。政党支持率は自民党36%に対し、野党第1党の立憲民主党は5%にとどまり、大きく水をあけられています。

NHKの世論調査も菅内閣の支持率は先月から4ポイント下がり、昨年9月の発足以降最も低い33%となっていました。不支持は1ポイント上がり、発足以降最も高い46%です。支持する理由は「他の内閣より良さそうだから」が41%、政党支持率は自民党34.9%、立憲民主党6%で、前回6月は自民党35.8%、立憲民主党6.4%でしたので、ともに下げていました。

時事通信は『菅内閣支持29.3%、発足後最低 初の3割割れ』と伝え、内閣支持率は30%に届いていません。立憲民主党は1.6ポイント増やしながら4.5%という数字であり、読売新聞やNHKよりも低い政党支持率です。昨日発表された毎日新聞の調査結果は「菅内閣の支持率30%、発足以来最低」という見出しを付けています。

毎日新聞の特徴的な点として政党支持率が自民党28%(前回30%) 、立憲民主党10%(前回10%)であり、他よりも立憲民主党の支持率が高めに出ています。それでも自民党との差が大きいことに変わりありません。菅内閣の支持率低迷は前述したとおり具体的な理由が列挙できます。

各メディアの世論調査で菅内閣の支持率が低迷する中、立憲民主党の支持率が軒並み1桁台にとどまっていることについて次のように見られています。政権批判の受け皿として世論の期待が集まっていないためであり、このような現状を「旧民主党政権の印象を拭い切れていない」と分析されています。

枝野代表や福山幹事長など主だった幹部の顔ぶれは旧民主党時代から代わり映えせず、2012年の野党転落以降「スキャンダル追及など政権批判ばかりで自民党に対抗する旗印がない」という声が立憲民主党内からも聞こえてきています。「立憲民主党 支持率低迷」でネット検索し、見つけた御田寺圭さんの『立憲民主党が「ただしい」のに支持されない理由』という記事の中の一文を紹介します。

立憲民主党のSNSアカウントが「きっと多くの人(とくに若者)が自分たちと同じ問題意識を持っているはずだ」と想像し、世界で話題になっている最新のエシカルなイシューを善かれと思ってクローズアップしようとしているのは理解できる。

だが、それは傍から見れば、自分たちと同質な人たちの政治的態度しか想像できず「タコツボ化」しているようにしか見えない。彼らが、自分たちと知的・経済的・社会的・文化的に同質的な者以外の姿――つまりは一般的な国民の生活や意識、価値観が見えなくなっている、あるいは想像すらも及ばなくなっている状況を端的に示しているように思える。

上記の他にも興味深い記述が多い中、「自民党やその支持者たちを知的・政治的に批判したり嘲笑したりすることばかりにかまけて、「外側」の人びとに語りかけるための言葉を忘れてしまったからだ」という言葉に注目しています。この言葉から派生していく私自身の問題意識は機会を見て掘り下げさせていただきます。

最近の記事「コロナ禍で問われる政治の役割」の冒頭で「判断の誤りが続くようであれば政権の座から下ろされる、このような緊張感ある政治的な構図が欠かせないはずです」と記したとおり野党第1党である立憲民主党が政権批判の受け皿として認知されていくことを期待しています。そのためには受け皿となる中味が肝心であり、そのアピールの仕方も重要な要素となります。

実は今回の記事タイトルは最初「スガノミクスと枝野ビジョン」でした。いつものことですが、書き進めるうちに導入部分の内容が膨らみ、すでに相当長い記事となっています。そのため、菅内閣と枝野代表の政策理念を対比した記事は次回以降に先送りしています。最後に、少しの前の新聞記事ですが、次のような見方があることも紹介させていただきます。

時の政権への信任投票となる衆院選の結果は、世論調査の数字と一致しない。世論調査では「支持政党なし」が44.9%、比例投票先で政党名を挙げなかった人は40.4%。こうした層が与野党どちらに振れるかが重要で、ワクチン接種の進展や五輪の成否に左右されるとみられる。

江田憲司代表代行は17日の記者会見で、立民支持ではないが自民党には投票したくない人が立民に投票するかどうかが結果を分けると指摘し、「いかに投票日までに積極的な支持に変えていくか。そのために骨太の政権公約を出していく」と語った。

立民は289選挙区のうち67選挙区で共産と立候補予定者が重複している。「反政権」票が複数の野党候補に分散すれば与党に有利に働くため、野党間の候補者一本化も鍵となる。【産経新聞2021年5月18日一部抜粋

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