2017年6月17日 (土)

いわゆる「共謀罪」成立

前回記事「もう少し加計学園の話」の冒頭、そろそろ政治の話から離れた身近な職場課題を取り上げるつもりであることを記していました。国会の会期が延長されているようであれば今週末に投稿する新規記事は「ジタハラ」に絡んだ内容を考えていました。しかし、与党は参院法務委員会での採決を省く「中間報告」という異例な手法を強行し、組織犯罪処罰法改正案、いわゆる「共謀罪」を成立させました。このようなタイミングとなり、今回も政治の話を書き進めていきます。

犯罪の合意を処罰する「共謀罪」の趣旨を含む改正組織犯罪処罰法は15日朝の参院本会議で、自民、公明の与党と日本維新の会などの賛成多数で可決、成立した。参院法務委員会での採決を省略し、本会議で「中間報告」を行う異例の手法で、与党が採決を強行した。14日から徹夜の攻防で、抵抗する野党を押し切った。一般市民が処罰対象になったり、内心の自由が侵されたりする恐れが指摘される中、政府は同法を7月11日に施行する方針だ。採決の結果は、賛成165、反対70だった。参院で自民党と統一会派を組む日本のこころも賛成に回った。民進、共産、自由の各党は反対した。

安倍晋三首相は成立を受け「東京五輪・パラリンピックを3年後に控え、一日も早く国際組織犯罪防止条約を締結し、テロを未然に防ぐために国際社会と連携していきたい」と官邸で記者団に強調。その上で「適切、効果的に法律を運用していきたい」と述べた。民進党の蓮舫代表は、参院本会議での採決に先立つ討論で「安倍内閣に共謀罪の執行を委ねたら、どんな運営をされるかという不安は、際限なく膨らんでいる」と批判した。野党4党は成立阻止を目指し、14日夜に安倍内閣不信任決議案を出したが、衆院本会議で15日午前2時前に与党などの反対多数で否決された。これを受け同3時半ごろ、参院本会議で秋野公造法務委員長(公明)が中間報告を実施。続いて採決が行われた。

与党は、性犯罪の厳罰化を柱とする刑法改正案を16日の参院本会議で可決、成立させ、18日までの会期を延長せず国会を閉会する方針。学校法人「加計学園」問題を巡る野党の追及を避け、23日告示の東京都議選への影響を最小限にとどめる狙いがある。「共謀罪」法は犯罪の実行を2人以上で計画し、うち1人が準備行為をした場合に罰せられる内容。実行後の処罰を原則としてきた刑法体系が大きく変わる。【東京新聞2017年6月15日

上記報道のとおり「共謀罪」が成立したことで6月18日までの会期だった通常国会は延長されずに閉じられることになりました。「加計学園の問題を巡る野党の追及を避け、23日告示の東京都議選への影響を最小限にとどめる狙いがある」と記されていますが、この思惑を否定できる方は極めて少数なのではないでしょうか。ただ法案そのものの成立に関しては賛同されている方々が決して少数でないことも認識しています。例えばフリーアナウンサーの長谷川豊さんは『「共謀罪がぁ」と言って必死になって論のすり替えをしている連中に言いたい』というブログ記事を投稿されていました。

テロ等準備法について。というか「改正組織犯罪処罰法」について。必死になって「共謀罪」「共謀罪」と訴え、唾を飛ばしながら反対を唱える方々がいるが、そのロジックがこちら。「捜査機関が解釈で法に触れると判断すれば、一般市民だって捜査の対象とされて、
盗聴や監視や密告などの手段を通じ、話し会いや計画の段階から情報の収集が行われて、処罰の対象となる危険性が生まれた。これは言論・思想の自由が脅かされることに他ならない!」 おいおいおいおい。話のすり替えも甚だしい。勘弁してくれ。私のコラム読者ならもう解説もいらないだろうが、あまりにふざけているのでコメントさせてほしい。

「一般市民が捜査機関の解釈で法に触れると判断」され、その結果【捜査の対象】になることが重要なんじゃないか。それを今まではな~~~~んにもしてこなかったから、危険だって話だろ? 話のすり替えはその後だ。「処罰の対象となる危険性が生まれた!」 おい、いい加減にしろ。「捜査の対象」となることと「処罰の対象になる」は全くリンクしていない話だ。いい加減な論説を広めるんじゃあない。「捜査するぞ!」「テロ行為を準備しようとするなら、それだけでも捜査してやるぞ!」

ここが大事なんじゃないか。その捜査の結果、一般市民は何にも悪いことなどしていないし、テロの準備など全くしていない訳だ。その段階で「捜査のご協力、ありがとう」でおしまいだ。なんでこれに「一般市民」が巻き込まれるんだ?どういうロジックなんだ。それ?どうも、こういうことを必死に叫んでいる人々というのは、年末に飲酒運転の検閲を行っているあの交通安全課の取り締まりを許すことが出来ない人らしい。「何の罪もない一般人」」が「死ぬほど捜査対象になって」るが、あの息をスーハーする奴が何があっても許せないらしい。

きっと空港のサーモ検査とか、腹が立ってしょうがないのだろう。何の罪もない乗客をエックス線検査するのだから。体のラインまで分かっちゃうんだから。「容疑者」と「犯罪者」は違う。「捜査」と「処罰の対象になる」は全然違う。その程度の日本語が分かっていないらしい。「警戒」は当然必要なことだ。どの世論調査を見ても賛成多数の「テロ等準備罪」を盛り込んだ「改正組織犯罪処罰法」。安保法案の時と全く同じことを繰り返したい。こんなもん、普通だ。騒ぐだけ勉強不足がバレるだけであることを自覚した方がいい。

長谷川さんは最後に「勉強不足がバレるだけ」と記されていますが、本当にその通りなのでしょうか。言うまでもありませんが、テロを未然に防ぐための手立てを全力で構築するという考え方は誰も否定できないはずです。したがって、今回の法案がテロ防止に特化したものであれば、もっと世論調査等で賛同する声が増えていたように思っています。ちなみに金曜夜の『報道ステーション』に出演した憲法学者の木村草太さんは今回の法案とテロ対策との関係を次のように語っています。

共謀罪については、政府は2つの目的があるとずっと説明してきた訳で、パレルモ条約批准とテロ対策と言ってきた訳です。しかしパレルモ条約というのは、そもそもテロ対策の条約ではなく、マフィアや暴力団の対策のものですし、それから日本は暴力団対策も進んでいますし、重大犯罪については、予備罪が処罰され、しかも予備罪の共謀共同正犯ということで、予備行為の共謀した関わった人はみんな逮捕出来るという法律ですから、これは今回の法律が無くてもパレルモ条約に批准できるのだろうという、専門家のあの強く言われていた意見でした。

それから、やはりテロ対策の法律という点も大きな問題があって。テロ対策については、実は関連する条約に基づいて充分な立法がなされていると言われています。実際下見とか資金準備など、今回の法律で捕まえるぞという問題については、『公衆等の脅迫目的の犯罪行為の為の資金等の提供等の処罰に関する法律』というちょっと長い名前の法律があって、既に包括的に処罰対象になっていました。ですからテロ対策に、今回の法律が付け加えることは何もなかったんですね。今回テロの危険と監視社会のどっちを選ぶか?みたいな論点が形成されてたんですが、そもそも今回の共謀罪、テロ対策には使えない、使わないものな訳ですから、そういう論点の形成自体が間違っていた。

本当の論点というのは、テロ対策という政府の噓を許すかどうかという論点で。この論点であれば結論は明らかである訳ですね。やはりあの政府の目が、政府が国民を誤摩化しにきた時に、やはり多くのメディアがきちんとそれを見抜き、また有識者もテロ対策というのは噓だなということをきちんと見抜かないと、国民が正しい判断ができません。ですからやはり、メディアの側も日頃から優秀な専門家とコミュニケーションを取って欲しいと思いますし。やはり今回、あのテロ対策だからこの法律に賛成したという有識者の方は、是非本当に自分が発言した資格があったのかどうか、きちんと考えて欲しいと思いますね。

予備罪と共謀共同正犯との組み合わせでテロを計画・準備していた場合、現行法でも逮捕できることが説明されています。「テロ対策という政府の嘘」とまで言い切ってしまうのはどうかと思いますが、テロ対策を前面に押し出せば法案が通しやすいと考えたことは間違いないはずです。嘘と言えば、安倍首相は五輪招致の際に「東京は世界有数の安全な都市」と強調していましたが、「国内法を整備し、国際組織犯罪防止条約を締結できなければ東京オリンピックを開けない」と矛盾する発言に転じていました。

「安全な都市」が嘘だったのか、「国内法を整備しなければオリンピックは開けない」が嘘だったのか、どちらかが嘘だったことになります。ただ第1次政権の時から安倍首相の言動を注視してきていますが、嘘をついているという認識のないまま発言しているようにも見受けられます。話は少し横道にそれますが、安倍首相は国会で答弁中に「野次を止めてください」と発言した直後、閣僚席に戻ると自分も野次を放っていました。嘘云々以前の問題としてトップリーダーの資質が問われてしかるべき振る舞いであるように危惧しています。

これまでも当ブログの中で記していますが、安倍首相が「国民を豊かにするため」「平和を守るため」という信念のもとに様々な政策判断を重ねているものと信じています。そのため、安倍首相が進める法案だから反対するという思考は避け、何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか、色眼鏡を外して物事を見ていくように努めています。このような思考や判断基準のもと今回の組織犯罪処罰法改正案、いわゆる「共謀罪」の成立に私自身は反対していました。

一方で、パレルモ条約批准の必要性は認識していますので、その目的に特化した法整備は進めるべきものと考えています。民主党政権時代、実現できていれば今回の課題の一つは解決済みだった訳であり、たいへん残念なことだと思っています。共謀罪のある国でもテロは防げないという言い分を耳にします。しかし、どれほど法整備を進め、罰則を強めても犯罪を根絶させることは困難です。残念ながら現状ではテロも同様な見方をしなければなりません。そのような中でも可能な限りテロは未然に防ぐべきものであるため、共謀罪だと批判されないようなテロ対策に特化した法案であれば前述したとおり賛同者は多数を占めていたはずです。

法案が成立後、幅広い情報を得ることの大切さを踏まえ、ネット上で数々の意見に目を通しています。その中でも弁護士の方々が強く反対していることに着目しています。一つ一つ紹介し、私自身の拙い文章を補強したいところですが、これ以上長い記事になることも控えなければなりません。そのため、最後に弁護士であり、自民党の衆院議員だった早川忠孝さんのブログの記事「さて、こういう質問にはどうやって答えるのがいいのだろうか」に絞って紹介させていただきます。

捜査の対象になったことがない方に、警察の捜査の現場でどういうことがあるのかを理解していただくのは難しい。裁判所や検察のチェックが十分機能していれば、警察の暴走などあり得ない、何も心配しなくてもいい、ということになるのだが、私の拙い経験から言うと、裁判所は殆どチェック機能を果たしていないし、検察が警察を適正にチェック出来ているとも言い難い。検察官が捜査指揮をしているような刑事事件であれば、それなりに適正な捜査が行われている、と信頼していいケースが多いのだろうが、多くの場合は、検察の捜査は警察の捜査を事後的にチェックして起訴するかしないか決めるための上書き捜査をするだけに終わってしまうだろうから、まずは、警察の捜査がどんな風に行われているかを理解してもらう必要がある。

所詮は人間がやることだから、警察にも見込み違いや勘違いがあることは否定できない。組織的犯罪処罰法の適用となる団体について、「『団体』とは、共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって、その目的又は意思を実現する行為の全部又は一部が組織(指揮命令に基づき、あらかじめ定められた任務の分担に従って構成員が一体として行動する人の結合体をいう。以下同じ。)により反復して行われるものをいう。」と規定されているから、反復性のない一般の人にはこの法律は適用されるはずがない、と主張される方がおられるが、反復性があるのかないのかは、調べなければ分からないことだから、警察の方で反復性がありそうだ、というあたりを付けられてしまえば、とりあえずは捜査の対象になってしまう可能性は否定できない。

捜査の結果反復性がないことが明らかになれば、検察が起訴しないことは当然だが、一旦なされた警察の捜査がそれで帳消しになったり、なかったことになるようなことはない。起訴はされないんだし、裁判所で有罪の裁判を受けることにもならないのだから、それで構わないんじゃないか、と言われても、捜査の対象となった人にはとても我慢できないはずだ。テロという凶悪重大な犯罪の嫌疑をかけられたのだったら、被害の発生を未然に防ぐためだからある程度は我慢してくださいね、ぐらいのことは言えるだろうが、およそテロとは関係がない一般犯罪について、その計画に加わっただろうなどと言われて捜査の対象にされてしまうことまで甘受すべし、とはなかなか言えないはずである。

反復性が求められているのは、あくまで組織的犯罪集団そのものであって、個々の個人について計画関与の反復性まで求められているわけではない、ということにも留意しておくべきだろう。反復性が認められる組織的犯罪集団の犯罪実行計画のいずれかに関わったのではないか、という嫌疑が掛けられると、計画に関わったいずれか一人が準備行為まで行ってしまうと、計画に関わったすべての者が計画罪を行った、となってしまうところが、最大の問題点になるだろう、というのが私の見立てである。

テロ等の凶悪重大犯罪の実行を計画するような組織的犯罪集団の構成員やその周辺にいる組織的犯罪集団と密接な関係を有する人間を一網打尽にして、テロ等凶悪重大犯罪が発生する温床を根絶やしにすべし、という議論には賛同するが、テロ等の重大凶悪な犯罪を実行するような組織的犯罪集団とはとても思えないような一般の団体や企業、労働組合の様々な経済行為にまで網を拡げるようなことは止めておくべきだ、というのが私の基本的見解である。

テロ等の凶悪重大な犯罪ならともかく、著作権侵害、意匠権侵害、法人税逋脱、詐欺破産、集団的威力業務妨害などなど、そもそも犯罪になるのかならないのか境界線が不分明な行為について、その実行の計画に関与した、という嫌疑で逮捕されたり、捜査の対象になってしまうことは、さすがに行き過ぎだろうと思う。具体的にどういう風に法の執行がなされていくのか分からない状態で、政府当局の、大丈夫、大丈夫という、いささか自信なげな保証を鵜呑みにすることは出来ない。そんなことは杞憂だ、絶対にそんなことはない、と仰る方は、何を根拠にそう仰るのだろうか。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2017年6月10日 (土)

もう少し加計学園の話

このブログでは政治的な話題の投稿が多くなっています。以前の記事「組合の政治活動について」の中で説明したとおり「丁寧な情報発信」のツールの一つとして、意識的に政治に関わる内容を取り上げている傾向があります。その一方で、日常の組合活動の中で政治的な課題が占める割合はごくわずかであり、賃金や人員確保、人事評価制度の労使協議などが重要な取り組みとなっています。

ブログでの題材の取り上げ方にギャップがあり、もちろん四六時中、政治的な問題に頭を悩ましている訳でもありません。不特定多数の方々が関心を寄せやすく、話題や論点も共通認識できるため、地味でローカルな話となりがちな日常の活動よりも政治的な題材を取り上げている側面もあります。さらに前回記事「一つの運動として」に記したとおり不特定多数の方々に「働きかける」という自分なりのささやかな運動と位置付け、このブログに向き合っています。

そろそろ今回は政治の話から離れた身近な職場課題を取り上げるつもりでした。それでも結局、今、最も提起したい自分なりの問題意識を書き進めることにしています。その時々に訴えたいこと、書きたいことを綴るスタイルが私的なブログを長く続ける秘訣かも知れませんのでご理解ご容赦ください。そのような中で、記事タイトルに掲げたとおり私自身が最も注目している話題は加計学園に絡む問題でした。

これまで加計学園の問題に対する私自身の認識は最近の記事「李下に冠を正さず」「共謀罪の構成要件を厳しくしたテロ等準備罪」「一つの運動として」の中で立て続けに触れていました。その中で「もし政府が解明に向けて消極的なままであればあるほど疑惑は高まっていくと言わざるを得ません」と記していました。この見通しは当たってしまい、かたくなに再調査を拒む政府に対する風当たりは強まっていきました。ようやく先週金曜、国民からの厳しい声を受け、松野文科相は省内の内部文書等の再調査に入ることを明らかにしました。

学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画をめぐり、内閣府が文部科学省に早期開学を促したとされる文書について、再調査を拒み続けた文科省が9日、ようやく重い腰を上げた。「文書の存在は確認できなかった」と言い切った調査から21日。文書の存在を認める前事務次官の証言などに追い込まれた末の方針転換で、同省の信頼は失墜した。「追加調査の必要があると国民の声が多く寄せられた。真摯に向き合い、徹底した調査を行いたい」。松野博一文科相は9日の記者会見で再調査の理由をこう説明した。だが、調査する文書の範囲や聞き取りの対象人数など具体的な方針は明らかにしなかった。

記者から「前回の調査が不十分だったのでは」などと責任を問う質問が相次ぎ、松野氏は時折首をかしげたり、聞き直したりする場面も。質問を求める手が挙がる中、「行政がゆがめられたことはない」と強調し、13分で会見を打ち切った。この日国会内で開かれた民進党のヒアリングでも、出席した担当職員が「方針を検討している」とあいまいな説明を繰り返した。今回も第三者は入れず、文科省だけで調査するという。同党の玉木雄一郎幹事長代理は「メールの確認なら半日どころか30分でできる。時間稼ぎで文書を削除しているのではないか」と批判した。

再調査の表明に、ある同省職員は「遅きに失した感はある。もし文書が見つかればさらにダメージを受けるだろう」と肩を落とす。同省幹部は「息を潜めて国会の閉会を待っていたのだろうが、官邸がもう持たないと再調査を決めたのだろう。大臣は会見で『私が調査をしたいと総理に伝えた』と言ったが、誰もそんな話は信じない」と突き放した。別の職員は「文書問題にけりをつけ、認可をめぐる行政のゆがみがあったかどうかという本質の議論に向かってほしい」と話した。

先月25日、前川喜平前事務次官が記者会見して「文書は確実に存在していた」と証言。現役職員が野党に内部告発したとみられる動きも相次いだ。一方、文科省による先月19日の調査は実質的にわずか半日で終わり、「文書の存在は確認できなかった」との結果を明らかにした。高等教育局の幹部ら7人への聞き取りと共有フォルダー内の文書を確認しただけで個人パソコンを調べない調査方法に、疑問の目が向けられていた。【毎日新聞2017年6月9日

記者会見で松野文科相は安倍首相から「徹底した調査を速やかに実施するように」と指示されたことを伝えていましたが、なぜ、もっと早い段階で安倍首相が同様な指示を出さなかったのか疑問です。「あったものをなかったものにできない」ことを覚悟されたのかも知れませんが、文書が本当にあったとしても「首相の指示はなく、加計学園への利益誘導は一切ない」という立場を貫く構えであることも報道されています。

安倍晋三首相は5日の参院決算委員会で、学校法人「加計学園」(岡山市)による国家戦略特区での獣医学部新設計画について、「(首相は)関与できない仕組みになっている。国家戦略特区諮問会議でしっかりと議論がなされ、そこで決まる。介入する余地はない」と述べ、制度上、自身が選定過程に関わることはできないと強調した。文部科学省の前川喜平前事務次官は、和泉洋人首相補佐官や加計学園理事の木曽功内閣官房参与(当時)から昨年、早期開学を求められたと主張している。これに関しても、首相は「(両氏に)私が指示したことはあり得ない」と自身の関与を否定した。民進党の平山佐知子氏への答弁。

首相はまた、前川氏が獣医学部新設を批判したことに対し、「(次官在任中に)私と会う機会があったのに、このことは一言も話さず、松野博一文科相にも全く主張していない。驚くしかない」と反論。「天下り隠蔽の責任を取って辞めざるを得なくなった方が、今になって急になぜ言うのか、当惑している」とも語った。日本維新の会の石井苗子氏への答弁。参院決算委はこの後、2015年度決算を与党などの賛成多数で可決した。【時事通信2017年6月5日

上記のとおり政府は今後、国家戦略特区法に基づき適正に手続きを進めたことをよりいっそう強調していくのかも知れません。和泉洋人首相補佐官の「総理は自分の口から言えないから私が代わりに言う」との発言などは直接指示されていない忖度であり、あくまでも安倍首相の意向も四国に獣医学部を新設することの意義を踏まえたものであり、決して知人に便宜をはかろうとしたものではない、結果的に「腹心の友」が経営している加計学園に決まった、このような説明が改めて繰り返されていくのではないでしょうか。

国家戦略特別区域諮問会議の議長は安倍首相であり、議事録に「総理のご意向」が残っていても不思議ではありません。それでは、なぜ、ただちに徹底した調査を指示できなかったのでしょうか。やはり不本意な疑惑を招かないためには「李下に冠を正さず」という姿勢が必要だったように思っています。「誰が」や「どの政党が」に重きを置かない思考に努めたいため、橋下徹前大阪市長の主張もよく目を通しています。加計学園問題における安倍政権の対応を指摘した記述の中で下記の内容には大きく首肯しています。

問題があるとすれば特区というものを活用する際に、首相と非常に近しい間柄の人に利益を与えることになる場合の政治的な振る舞い方。僕ならこういう状況では自分の友人にはあえて辞退してもらうね。どうしても親しい友人が利益を受けそうであれば、それこそ幾重にも手続きを被せて後から批判されることがないように細心の注意を払っただろう。少なくとも自分の友人だけでなく複数事業者を審査のテーブルに載せて、フルオープンの場で厳しく審査してもらうことは絶対に必要不可欠だった。今回は色々な条件が事前に付されて結局首相の友人である加計さんの学園だけが審査対象になった。これは非常にまずかった。

ちなみに加計学園の問題を追及する野党や大きく取り上げるメディアが批判される場合もあります。経団連の榊原会長も「集中して議論してほしい項目が山ほどある。優先順位からすれば加計学園ではないだろう」と苦言を呈しています。優先順位を付けて議論することは重要です。ただ疑念が解消されないまま幕を閉じれるような問題ではないはずであり、元外務官僚の天木直人さんは「これでも安倍政権を倒せないなら国民の怒りは野党に向かう」とまで指摘されています。

実は今回、もう少し加計学園の話を取り上げようと考えた理由として、次のような問題意識があったからです。政府が「あったものをなかったものにする」疑念をはじめ、そのことを文科省末端まで強要しているような現状を強く危惧しています。紹介した時事通信の記事によれば、安倍首相は「(前川前次官が在任中に)私と会う機会があったのに、このことは一言も話さず、松野博一文科相にも全く主張していない。驚くしかない」と反論しています。

確かに前川前次官にも反省すべき点があったのかも知れませんが、現職ではないからこそ覚悟を決めて詳らかにできたという側面も押さえなければなりません。つまり部下が上司に意見具申しづらくなっている政府組織に陥っていないか、安倍首相側にも省みるべき点があるはずです。そもそもトップの強い意向に真正面から反論できる官僚のほうが稀なのではないでしょうか。このような問題意識を強めた一因は下記のような報道に接していたからです。

安倍晋三政権が、慰安婦問題の「日韓合意」を順守する決然とした姿勢を示した。外務省は1日付で、森本康敬釜山総領事の後任に、道上尚史ドバイ総領事を充てる人事を発表したのだ。森本氏は今年1月、韓国・釜山の日本総領事館前に慰安婦像が設置されたことへの対抗措置として一時帰国した際、政府方針に異を唱えたとされる。事実上の更迭といえそうだ。森本氏は昨年5月に着任したばかりで、約1年での交代は異例。外務省は1日付で森本氏に帰国命令を出した。日本政府は昨年12月、釜山の日本総領事館前に慰安婦像が設置されたことを受け、長嶺安政駐韓大使と森本氏を一時帰国させた。

これは、日韓合意の交渉過程で、安倍首相が、当時の朴槿惠(パク・クネ)大統領に対し、ソウルの日本大使館前の慰安婦像の撤去を強く求めたうえで、「韓国内外の新たな慰安婦像設置も、明確な合意違反です」と伝えていたためだ。早期帰任を模索した外務省に対し、官邸は長嶺、森本両氏の「無期限待機」を指示した。森本氏は帰国後、知人との会食の席で、自身の帰国を決めた官邸の判断を批判したとされ、この話は官邸関係者の耳にも入った。森本氏は周辺に「酔って覚えていない」と話したとされるが、官邸は「一枚岩で韓国と対峙する」との方針を示しており、「韓国側に誤ったシグナルを送りかねない」と問題視していた。

その直後、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長率いる北朝鮮が、「6回目の核実験」や「ICBM(大陸間弾道ミサイル)発射」など、米国が設定した「レッドライン」を超える可能性が急浮上した。ドナルド・トランプ大統領が「斬首作戦」「限定空爆」に踏み切るとの観測も出てきたため、今年4月、「邦人保護」を優先させて、長嶺、森本両氏を帰任させていた。日韓合意は「最終的かつ不可逆的な解決」を確認したもので、慰安婦像撤去は韓国の義務だ。今回の更迭は、「極左・従北・反日」とされる文在寅(ムン・ジェイン)新政権に対し、日本の断固たる姿勢を示す意味もありそうだ。【ZAKZAK2017年6月2日

上記のケースは私的な場での発言が更迭の理由にされています。安倍首相自身は総理と自民党総裁の立場を使い分け、首相夫人は公人と私人の立場を使い分けても官僚には公私の立場を峻別させない、たいへん驚きました。一枚岩で対峙することは重要ですが、締め付けが度を越せば、組織全体が委縮し、より望ましい判断を見出すための多面的なチェック機能が働かなくなります。最後に「またか」と言われそうですが、ちょうど同じような切り口で『日刊ゲンダイ』も記事にしていましたので全文をそのまま掲げさせていただきます。

霞が関にとって、6月は人事のシーズン。「加計学園文書」の流出で官邸の怒りを買った文科省には、粛清の嵐が吹き荒れるとみられ、職員は戦々恐々となっている。文科省の前川前次官の捨て身の告発に、心ある官僚が続くことを期待したいが、現役職員は今回の騒動の“とばっちり”を恐れて逃げ腰だ。「もちろん、心情的には前川前次官に共感するところはあります。でも、官邸に牙をむくなんて、そんな恐ろしいこと、できるわけがない。この夏の人事でどんな報復が待っているか、分かったものじゃありませんから」(文科省関係者)

実際、官邸は文科省にカンカンだ。審議官や局長クラスに息のかかった経産官僚を送り込み、文科省を解体するプランも浮上しているという。「加計文書」共有の実名入りEメールを民進党に流出させた犯人捜しにも血眼になっている。例年、通常国会が閉じると、中央省庁の人事異動が行われる。安倍官邸は内閣人事局の創設で幹部の人事を掌握し、霞が関に睨みを利かせてきた。官邸の方針に逆らえば左遷、忠犬のように働けば昇進というアメとムチ。そういう情実人事で官僚機構を支配下に置き、かつては政権を潰す力をも持っていた財務省も軍門に下った。某省の幹部職員が言う。

「大臣が了承した人事案も、菅官房長官が首を縦に振らないと通らない。官邸の意向を反映するまで、何度でも突き返されます。財務省、経産省のような主要省庁だけでなく、昨年はTPP関連で、農水省人事にまで手を突っ込んで、霞が関を震え上がらせた。官邸の方針に抵抗した局長を飛ばして、経産省から幹部を送り込み、農水省を事実上の“子会社化”したのです」

安倍首相は1日、ニッポン放送の番組収録で一方的な前川批判を展開。「次官であれば、『どうなんですか』と大臣と一緒に私のところに来ればいい」「なんでそこで反対しなかったのか」などと不満をブチまけた。だが、在任中に批判しようものなら、容赦なくクビにするのが、この政権のやり方だ。1日、森本康敬釜山総領事を退任させて、後任にドバイ総領事を充てる人事が発表された。報道によれば、森本氏が知人との会食の席で、官邸の方針を批判したことが総領事交代の原因とされる。

「私的な会合での発言まで問題視するのは異常ですよ。誰が密告したのか知りませんが、審議中の共謀罪の懸念がすでに現実のものになっている。また、こういう記事が出ることで、官邸批判は絶対に許さないという霞が関へのメッセージにもなります」(元外交官の天木直人氏) しかも、森本氏はノンキャリだ。出世レースや退官後の生活で生殺与奪を官邸に握られたキャリア官僚は、輪をかけて物を言えなくなる。

「今はまともな行政を取り戻せるかの瀬戸際です。官僚機構が一致団結して抵抗すれば、政権はひとたまりもないのです。官僚は自らの保身や組織防衛より、まず国家国民のことを考えて欲しい。官邸のために体を張った財務省の佐川局長が出世し、公正公平な行政を取り戻そうとした文科省の前川一派が粛清されるようなことがあれば、この国はオシマイです」(天木直人氏=前出)霞が関の反乱を潰すために、官邸はどんな手を使ってくるのか。この夏の人事に注目だ。【日刊ゲンダイ2017年6月6日

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2017年6月 4日 (日)

一つの運動として

前回記事「共謀罪の構成要件を厳しくしたテロ等準備罪」のコメント欄で、初めて投稿くださったoyabunさんから「自分に有利な情報を優先的に選択し、反対意見を添える程度でも、公平・中立に接していますと主張は可能です」という指摘があり、そこに詐術的なモノを感じてしまうという言葉も添えられていました。誤解されている点が気になったため、私から取り急ぎ次のようにお答えしていました。

「公平・中立に接しています」というお話ですが、私自身の立ち位置や主張は明確にして当ブログを運営しています。私が書き込む記事本文だけで多面的な情報をいつも提供している訳ではありません。マスメディアが取り上げないような主張や情報を発信することで多面的な見方に触れていただければと思い、このブログを続けています。

つまりNHKのように当ブログが「公平・公正の立場を堅持する」という性格を打ち出している訳ではありません。より望ましい「答え」を見出すためには幅広い情報や見方に触れていくことが大切です。そのための一助になれることを願いながらマイナーな情報を提供する場として、このブログを続けています。「誰が」や「どの政党が」に重きを置かない思考に努めたいという記述が誤解を与えていた場合、あくまでも「願望」という調味料を加えず、集団心理のデメリットに陥らないための心構えを記したものです。

いきなり馴染のない言葉を並べてしまいましたが、それぞれ過去の記事タイトルだった言葉であり、リンク先で詳しく私自身の問題意識を綴っています。自分の見たいものしか見ない、自分の立ち位置に好都合な解釈を付与させがち、このような傾向を日頃から戒めています。そのため、手軽に素早くコストをかけずにアクセスできるインターネット上では意識的に幅広い情報に接するように努めています。そのような意味合いで多様な主張や意見に触れられるBLOGOSなどはいつも注目しています。

昨年末に「SNSが普及した結果…」という記事を投稿していましたが、法政大学総長の田中優子さんの「SNSが普及した結果、人は自分と同じ意見や感性にしかアクセスしなくなった。異なる立場の人々の意見と接する機会がなくなり、人々は極端な意見をもつようになっている」という言葉が意外だったことを記していました。私自身、インターネットやSNSの普及は大多数の方が「異なる立場の人々の意見と接する機会が増えている」傾向にあるものと見ていたからでした。

自分自身が正しいと信じている「答え」とかけ離れた主張や情報に触れていくことに貴重さを感じるのかどうか、確かに人によって受けとめ方は大きく分かれていくのかも知れません。このブログを定期的に訪れてくださる皆さんは「異なる立場の意見」に接することに貴重さを感じられる方が多いのだろうと思っています。単なる興味本位や冷笑の対象として当ブログを観察されている方も多いのかも知れませんが、いわゆる左や右に偏らず幅広い立場の方々からご注目いただけていることにいつも感謝しています。

このブログの管理人として、そのような関係性をたいへん貴重なことだと受けとめ、毎週末の新規記事の投稿に臨んでいます。さらに以前の記事に「運動のあり方、雑談放談」というものがありますが、私自身にとって当ブログの運営は一つの運動として位置付けています。運動という言葉を辞書で調べれば「目的を達成するために積極的に活動すること、各方面に働きかけること、選挙運動、労働運動、学生運動」という説明が加えられています。

様々なテーマごとに反対集会やデモ行進が取り組まれていますが、私自身、介護の事情があって参加する機会は限られています。そのため、自宅で取り組める私なりの運動として、このブログに向き合っているとも言えます。特に反対集会やデモ行進が異なる立場の方々に共感を呼びづらく、そこで訴える主張が広がりを得られにくくなっている中、このようなSNSを通した情報発信や意見交換の貴重さを感じ取っているところです。

余計な話かも知れませんが、このような私自身の思い入れも「自己満足な取り組み」「しょせん個人的なブログ」という見られ方をされがちです。それも非常に残念ながら同じ組合の役員からそのように見られている現状もあります。また、異なる立場の方々からすれば一つの運動という言い分に対し、「冗談ではない、そんな運動の場に踏み込んでいるつもりはない」というお叱りを受けてしまうのかも知れません。

このような私自身の言い分が不愉快に感じられるようであれば、ご訪問いただけなくなる関係性だろうと受けとめています。それでも管理人の思惑は思惑として横に置かれ、これからも多くの方々に出入り自由な場としてご訪問いただけることを願っています。 とは言え、一つの運動だと身構えてみても基本的な立場や視点が異なる方々と分かり合うことの難しさを自覚しています。このような自覚もブログを長く続けてきたことによってたどり着いた認識です。

しかしながら深い「溝」も接点を持たない限り、「溝」が埋まる可能性は皆無だと言えます。その接点の一つに当ブログがなり得ているため、これからも心が折れない限り継続していくつもりです。その上で二極化する報道が顕著な昨今、マスメディアが取り上げないマイナーな情報を提供することに力を注いでいます。安倍政権を批判、もしくは擁護する場合も、より正しく、より多面的な情報をもとに判断すべきものと考えているからです。

特に最近、政権側の情報操作や隠蔽体質が目立つようになっています。加計学園の問題に対する私自身の認識は「李下に冠を正さず」の中で綴ったとおりですが、前川前次官のスキャンダルに関しては別な案件として問題があれば処罰されるだけの話だと理解しています。しかしながら官邸側は出会い系バー通いを重視し、前川前次官の「貧困女性の実地調査」という釈明に対し、「女性に小遣いを渡した。さすがに違和感を覚えた」とし、この問題で個人的な資質を貶めようとしていることも明らかでした。ただ正直なところ前川前次官の釈明には違和感がありました。

記者会見の後、その点を知人が前川前次官に問いかけたところ「本当のことですから」と答えていたそうです。このやり取りだけを耳にすれば、ますます違和感が高まってしまいます。しかし、次のような情報に触れていくと「本当のことかも知れない」と思えるようにもなります。『週刊文春』の記事『前川喜平と出会系バーで30回超会った女性「私は前川さんに救われた」』やギッズドアの渡辺由美子さんのブログ『「あったものをなかったものにできない。」からもらった勇気』に目を通すと見方が変わります。真実は断定できませんが、前川前次官に対する印象や資質を判断するためには上記のような情報も加味しなければフェアでないように感じています。

「一つの運動として」という記事タイトルから話は広がりそうですが、もう一つだけ現政権の情報操作だと感じがちな具体例を紹介させていただきます。『国連事務総長と安倍首相会談に関する報道に疑問 特別報告者・共謀罪について、食い違うプレスリリース』というサイトで、国連事務総長は安倍首相に「特別報告者は国連人権理事会に直接報告をする独立した専門家である」と述べ、「国連の立場を反映するものではない」とまで説明していないという事実関係が綴られています。合わせて『日刊ゲンダイ』の記事も参考までに掲げますが、このような傾向が現政権には目立つことを拡散させていただきます。

これぞ“二枚舌”政権の正体見たりだ。国連人権理事会の特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏が共謀罪法案の問題点を指摘する文書を安倍首相宛てに送ったことに対し、安倍首相と菅官房長官のコンビは「国連の総意じゃない」などと猛反論しているが、「無知」にもホドがある。G7サミットでイタリア南部、シチリア島を訪れた安倍首相は、27日に国連のグテレス事務総長と立ち話。グテレス氏から「(ケナタッチ氏の)主張は必ずしも国連の総意を示すものではない」との発言を引き出してニンマリ顔。22日の会見で菅官房長官が「特別報告者は個人の資格で調査報告を行う。国連の立場を反映するものではない」という“裏付け”を得て上機嫌だったのだろうが、全く分かっちゃいない。

そもそもケナタッチ氏の指摘が現時点で国連の総意でないのは当たり前のことだ。日本のプライバシー権の保護状況を調査する義務を負うケナタッチ氏の報告を基に、人権理事会が「問題あり」と判断し、採択されて初めて「総意」となるからだ。調査途上にあるケナタッチ氏の指摘は総理や閣僚が感情ムキ出しで反論するようなことではない。しかも、政府は昨年7月15日、「世界の人権保護促進への日本の参画」と題した文書を公表し、人権理事会の調査に協力姿勢を示している。文書には〈特別報告者との有意義かつ建設的な対話の実現のため、今後もしっかりと協力していく〉と明記されているのだ。特別報告者に協力する――と約束しながら、問題提起されると「個人」扱い。世界もア然ボー然だ。

しかもだ。日本政府は今春、北朝鮮の日本人拉致などの人権問題解決に尽力し、16年まで特別報告者を務めていたインドネシア国籍のマルズキ・ダルスマン氏に旭日重光章を授与している。政権にとって都合のいい人物は絶賛するが、苦言を呈する人物はこき下ろす。まったくデタラメだ。「今回の対応は、分かりやすいダブルスタンダードで、安倍政権らしい考え方と言える。ケナタッチ氏は特別報告者として、日本社会を調査する権限を持っています。しかるべき立場の人物が調査のために送った『質問書』を『国連の総意ではない』と切り捨て、抗議するなど全くの見当外れです」(日弁連共謀罪法案対策本部事務局長の山下幸夫弁護士) 安倍政権から抗議文を送りつけられたケナタッチ氏は、「(抗議文は)中身のあるものではなかった」と憤慨。いやはや、世界中に恥をさらすのはいい加減にしてほしい。 【日刊ゲンダイ2017年5月29日

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2017年5月27日 (土)

共謀罪の構成要件を厳しくしたテロ等準備罪

このブログに向き合うことで言葉を磨く鍛錬を続けられています。自分自身の問題意識をどのような言葉に託せば不特定多数の方々にも届くのだろうか、いつも頭を悩ましています。最近、頻繁に使っている言葉として、次のような趣旨の記述があります。その時々で少し言い回しが異なっていますが、提起したい論点はいつも同じです。直近の記事「李下に冠を正さず」の本文とコメント欄に記した言葉を改めて掲げさせていただきます。

物事を適切に評価していくためには、より正確な情報に触れていくことが欠かせません。誤った情報にしか触れていなかった場合は適切な評価を導き出せません。また、情報そのものに触れることができなかった場合、問題があるのか、ないのか、評価や判断を下す機会さえ与えられません。最近、特に幅広い情報に触れていくことの大切さを痛感し、何が正しいのか、その判断は正しいのか、「誰が」や「どの政党が」に重きを置かない思考に努めたいものと考えています。

今回、上記の論点を次のような言葉に置き換えてみます。安倍政権を批判、もしくは擁護する場合も、より正しく、より多面的な情報をもとに判断すべきものと考えています。昨年11月に投稿した記事「自衛隊の新たな任務、駆けつけ警護」の冒頭で、想定外の値段だった菓子パンの話を取り上げました。475円という値段を知った上で買うか買わないかを決める、つまり駆けつけ警護とはどういうものなのか、南スーダンの情勢はどういうものなのか、できる限り理解した上で自衛隊の新任務の是非を判断する、このような情報把握の必要性を例え話として挿入していました。

今年3月には「テロ等準備罪、賛否の論点」という記事を投稿していました。以上のような問題意識があるため、「反対ありき」の内容とせず、この法律が必要であるという自民党の河野太郎衆院議員の主張なども紹介していました。ちなみに3月の時点ではテロ等準備罪と呼称してブログ記事をまとめていました。最近、テレビから共謀罪の構成要件を厳しくしたテロ等準備罪という長い呼称が耳に残るようになっています。改めて調べてみると3月の段階で、この法案の呼称を巡って各メディアの立ち位置が分かれていたようです。

21日にも閣議決定される組織犯罪処罰法改正案について、報道機関ごとに表記や説明が分かれている。毎日新聞は「『共謀罪』の成立要件を絞り込み『テロ等準備罪』を新設する組織犯罪処罰法改正案」と書き、見出しはかぎかっこ付きで「共謀罪」と表記している。一方で政府の説明通りに見出しを「テロ等準備罪」などとする報道機関もある。

与党の法案審議を報じた今月中旬の在京紙を比較すると、見出しを「共謀罪」とするのは毎日を含め4紙、読売は「テロ準備罪法案」、産経は「テロ等準備罪」だった。また、NHKもテロップに「テロ等準備罪」と表記した。法案の説明でも2000年代に3回廃案になった共謀罪との関係についての評価は各社ごとにそれぞれ差があった。説明の違いは、各報道機関の世論調査の結果にも表れるようになった。

毎日の11、12日の世論調査では「政府は、組織的な犯罪集団が犯罪を計画した段階で処罰する法案を今の国会に提出する方針です。対象になる犯罪を当初予定していた700弱から半分以下に減らしましたが、一般の人も捜査対象になるとの指摘があります」と問い、「反対」41%、「賛成」30%だった。一方「政府が、組織的なテロや犯罪を防ぐため、犯罪の実行前の段階でも処罰できるよう、『共謀罪』の構成要件を厳しくして『テロ等準備罪』を新設する法案」と説明するNHKの10~12日の世論調査では、法整備が「必要だ」45%、「必要でない」11%、「どちらとも言えない」32%となった。【毎日新聞2017年3月20日

数日前、イギリスのマンチェスターでコンサート会場を狙ったテロ事件が起きました。無差別に多くの方々を死傷させる卑劣なテロ行為は絶対許されません。このようなテロを未然に防ぐための手立てを全力で構築するという考え方は誰も否定できないはずです。上記の世論調査結果のとおりテロを防ぐための法案が必要かどうか尋ねられれば「必要だ」と答える方が多くなることは必然です。

組織犯罪処罰法改正案、共謀罪の構成要件を厳しくしたテロ等準備罪、いわゆる共謀罪、いろいろな呼び方ができますが、引き続き当ブログではテロ等準備罪と記していきます。印象を大きく左右する呼び方は非常に重要ですが、それ以上に法案の中身の是非が最も重要だろうと考えているためです。これまでも安保関連法を「戦争法」と呼ばず、安保関連法と記してきました。さすがに正式な法律名の略称かも知れませんが、頭に「平和」を付けることには抵抗感があります。

安倍首相は野党の質問に対し、たびたび「印象操作は良くない」と切り返しています。一方で法案の名称等は政府与党側が決める訳であり、テロ等準備罪一つ取っても国民から受け入れやすいように「印象操作」を行なっているように思えてなりません。そもそも2月の段階で「テロ」という用語が一切入っていない法案を準備していました。この点を指摘された後、3月になって「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」という用語を付け加えていました。

テロ等準備罪、賛否の論点」の中で様々な矛盾点を紹介しましたが、どうしてもテロ対策を前面に出すことで国民からの反対の声を緩和するという意図を推測してしまいがちです。475円の菓子パンや駆けつけ警護の問題意識と同様、共謀罪そのものが必要であるという説明を真正面から尽くし、その上で国会や国民に対して法案の可否を求める関係性が欠かせないものと強く感じています。さらに国連の国際組織犯罪防止条約に批准するための法整備ですが、国連特別報告者から「プライバシーや表現の自由を不当に制約する恐れがある」と懸念した書簡が安倍首相あてに送られていました。

19日に衆院法務委員会で可決された「共謀罪」の趣旨を含む組織的犯罪処罰法の改正について、特定の国の人権状況などを調査・監視・公表する国連特別報告者で、「プライバシー権」担当のジョセフ・カナタチ氏(マルタ大教授)が、「プライバシーや表現の自由を制約するおそれがある」として懸念を表明する書簡を安倍晋三首相あてに送った。18日付。書簡は「法案の成立を急いでいるために十分に公の議論がされておらず、人権に有害な影響を及ぼす危険性がある」と立法過程の問題にも言及している。

内容については、①法案の「計画」や「準備行為」が抽象的で恣意的な適用のおそれがある②対象となる犯罪が幅広く、テロや組織犯罪と無関係のものを含んでいる――などと指摘し、「どんな行為が処罰の対象となるのか不明確で、刑罰法規の明確性の原則に照らして問題がある」。「共謀罪を立証するためには監視を強めることが必要となるが、プライバシーを守るための適切な仕組みを設けることが想定されていない」などと懸念を示した。【朝日新聞2017年5月20日

この書簡に対し、菅官房長官は「書簡の内容は明らかに不適切だ。直接、説明する機会もなく、一方的な発出だ。外務省を通じ抗議した」と反論していました。しかし、外務省からの抗議文を受け取った国連特別報告者は「内容は本質的な反論になっておらず、プライバシーや他の欠陥など、私が多々あげた懸念に一つも言及がなかった」と指摘し、抗議文で日本側が国際組織犯罪防止条約の締結に法案が必要だと説明した点について「プライバシーを守る適当な措置を取らないまま、法案を通過させる説明にはならない」と強く批判しています。

法学者として日本のプライバシー権の性質や歴史について30年にわたって研究を続けてきているため、「日本政府はいったん立ち止まって熟考し、必要な保護措置を導入することで、世界に名だたる民主主義国家として行動する時だ」とまで語られていました。このような国連と日本政府とのやり取りがあったことをメディアによっては取り上げていない場合もあるため、国連特別報告者からの書簡の話を少し詳しく紹介させていただきました。

衆院での審議について「野党は法案の中味よりも政局を重視し、反対のための反対に終始している」というように見ている方も多いのかも知れません。ただ冒頭に記した問題意識のとおり「誰が」や「どの政党が」という前提を外してテロ等準備罪の法案を考えた時、もしかしたら別な角度からの関心や見方も芽生えていくのではないでしょうか。法案審議の舞台は参院に移していますが、衆院での審議は「充分ではなかった」60%に対し、「充分だった」16%という世論調査の結果も示されています。

このような声を踏まえ、今回のような中味のテロ等準備罪が望ましいのかどうか、正確な論点が浮き彫りになった中での国会審議を切望しています。前回の記事「李下に冠を正さず」では安倍首相と加計学園の問題に触れました。その後、『週刊文春』のスクープを皮切りに文科省の前川喜平前事務次官が加計学園に絡む省庁間の議論内容等を明らかにしました。前川前次官の発言に対し、麻生財務相は「退職した人がどう言おうと、私が関わる話ではない」とコメントしています。

しかし、現職ではないからこそ、ここまで覚悟を決めて詳らかにできたはずです。前川前次官のスキャンダルも報道されていますが、それはそれで別な案件として問題があれば処罰されるだけの話です。重要な点は明らかにされた内容が事実なのかどうか、事実だった場合、どのような問題があるのかどうかです。前川前次官は「政府の中でどのように意思決定が行なわれているのかを国民が知ることは民主主義の基本の基本だと思います」と語っています。もし政府が解明に向けて消極的なままであればあるほど疑惑は高まっていくと言わざるを得ません。

最後に、nagiさんから「加計学園問題は、本当に問題なのだろうか」というサイトを紹介いただきました。国家戦略特区という制度を利用した結果、今治市に加計学園の獣医学部が新設される、このことが問題なのだろうかという論評です。このような見方もあるため、真相が解明されるまで善悪は安易に判断できないものと考えています。しかし、特別職公務員だから利害関係者との付き合い方も「特別」で、一般職公務員に課している倫理規程を一切無視して良いという理屈ではないはずです。やはり李下に冠を正さずであり、行政のトップとしての率先垂範が安倍首相には求められていたように思っています。

| | コメント (13) | トラックバック (0)

2017年5月21日 (日)

李下に冠を正さず

SNSを利用されている方々の間で、よく使われる言葉に「拡散希望」というものがあります。自分の発信した情報を多くの方々に広めたい時に使います。広めたい言葉の前に「#」記号を付けることは「ハッシュタグ」と呼ぶそうです。その記号付の発言がツイッター上の検索画面などで一覧表示され、同じ経験や同じ興味を持つ方々が閲覧しやすくなります。最近では今村前復興相の失言を逆手に取った「#東北で良かった」が注目を集めていました。

このブログでも「拡散」という言葉を何気に使っています。前回記事「北朝鮮情勢から思うこと」の最後に『LITERA』に掲げられた記事「北朝鮮危機を煽っているのは世界中で日本の総理大臣だけ」の全文をそのまま紹介しました。その際、自分で綴る文章であれば違った表現や言葉を選んでいる箇所が多々ありますが、幅広い情報を拡散する目的のもと取捨選択等は一切しないで全文をそのまま転載した旨を書き添えていました。

安倍首相らが北朝鮮危機を必要以上に煽っているという印象を抱いています。これは私自身の印象であり、個々人で大きく違うのだろうと受けとめています。一方で国際社会の中でも突出し、北朝鮮危機を煽っているという現状は「事実」であるようです。その「事実」を不特定多数の方々に拡散する手っ取り早い記事として『LITERA』の文章が目に留まりました。このような事実関係について、もともと知っていたかのように振る舞いながら手間をかけ、自分自身の言葉の文章に置き換えることを省きがちです。

その際、最も多く掲げているのはメディアの報道記事です。メディアの中でも当ブログで『日刊ゲンダイ』の記事を紹介する時が目立っているかも知れません。大手新聞社では取り上げない独特の切り口からの記事内容が多いため、マイナーな情報を提供する場として結果的に多くなっているようです。 安倍政権を批判する内容が多く、その表現方法や言葉も激しい語り口であるため、不愉快に思われる方も多いはずです。

「日刊ゲンダイだから」という先入観を排することを目的に「森友学園の問題から思うこと」を投稿した際、一つの試みとして「被害者ヅラ」や「なんと軽い理念の共鳴か」という安倍首相を揶揄するような言葉や推論に近い記述箇所を外し、事実関係を中心に抜粋してみました。すると最後に引用した社名を紹介しなければ『日刊ゲンダイ』の記事だとは思われないような内容になっていました。事実関係の報告に限れば、どのメディアの記事内容も大差なくなることは当たり前だと言えば当たり前な結果です。

しかし、このような紹介の仕方は決して望ましくありません。一部抜粋と断り書きを入れたとしても著作権やマナーの問題として多用できないものと考えています。したがって、一度限りの試みにとどめ、少し扇情的な表現や言葉があったとしても当該のサイトに掲げられた文章をそのまま紹介することを基本としています。ちなみに当該サイトの全文が長すぎる場合、必要に応じて関連箇所のみの一部抜粋は想定しています。あくまでも文章の中から特定の言葉や修飾語を外し、原文の印象を変えるような行為は控えていくつもりです。

実は本題に入る前の前置きとして書き進めた話が、たいへん長くなってしまいました。前回記事のコメント欄で、nagiさんから「このサイトはレッテル貼りや侮蔑する発言が多いことはご存じのはずです。 それでも引用するということは、それらを許容してるあるいは受け入れていると見做すことができます」という指摘がありました。『LITERA』の記事紹介に関わる指摘でしたが、私からは「取り急ぎコメント欄でお答えすべきなのかも知れませんが、この点については新規記事の本文で考え方を伝えさせていただきます」とレスしていました。

『LITERA』のサイトはブックマークし、時々、閲覧しています。『日刊ゲンダイ』と同様、現政権に批判的な立場を前面に出し、確かに過激な言葉や表現が目立つ記事も少なくありません。もちろん私自身、誹謗中傷やヘイトスピーチを認めていません。そのような言葉が含まれていれば安易に当ブログの中で紹介しません。加えて、先入観や思い込みによるレッテルを貼った批判は控えるべきという考えを持っています。しかし、この点は私自身の考えであり、このブログを通した意見交換をされる際の「お願い」にとどまるものです。

他者が不愉快に思う言葉は侮蔑する発言と表裏一体となりがちです。むき出しの言葉による激しい応酬で感情的な対立を招き、建設的な議論につながらない場面が多々あります。一方で、直情的な言葉のほうが論点を浮き彫りにし、議論を活性化させるケースもあり得ます。異なる立場や考え方の方々に対し、感情を害させないように言葉を選び、婉曲な言い回しに終始した場合、伝えたいことが伝えられないのも問題です。

以前の記事に「批判意見と誹謗中傷の違い」というものがありますが、その峻別さえ間違えなければ、ある程度の自由さのあるほうが望まれているのかも知れません。このブログのコメント欄も「お願い」は多くても、即座にコメントは反映され、どのような辛辣な言葉や過激な表現だったとしても削除しないため、自由さの高い部類に位置付けられます。『LITERA』の件に戻りますが、私自身、たいへん恐縮ながらサイトに掲げられた記事すべてに目を通している訳ではありません。

その範囲内となりますが、前回記事の中で紹介した内容も含め、絶対容認できないという言葉は確認できていません。人によって不愉快に思われるような箇所は多いため、私自身が綴る文章であれば違った表現や言葉に置き換えるという釈明にとどまります。そのような取捨選択は前述したとおり望ましくないため、これまで『LITERA』の記事は原文をそのまま紹介しています。そもそも『LITERA』は一個人のサイトではないため、編集部の責任によるチェックが働いているはずであり、絶対容認できない言葉や表現は含まれていないものと理解しています。

いずれにしても物事を適切に評価していくためには、より正確な情報に触れていくことが欠かせません。誤った情報にしか触れていなかった場合は適切な評価を導き出せません。また、情報そのものに触れることができなかった場合、問題があるのか、ないのか、評価や判断を下す機会さえ与えられません。このブログを通し、これからも『LITERA』や『日刊ゲンダイ』などの記事も幅広い情報の一つとして紹介していくつもりです。人によっては偏った情報だとして切って捨ててしまうのかも知れませんが、どのように評価されるのかどうかも個々人の判断や選択だろうと思っています。

今回、タイミングで言えば「テロ等準備罪、賛否の論点」や「北朝鮮情勢から思うこと」の続きを取り上げることも考えていました。ここまでで相当長い記事となっていますが、安倍首相と加計学園の問題だけは少し触れてみます。国家公務員の倫理法に基づく倫理規程で、許認可等の相手方や補助金等の交付を受ける者など国家公務員の職務と利害関係を有する者(利害関係者)から金銭・物品の贈与や接待を受けたりすることなどが禁止されています。割り勘の場合でも利害関係者と共にゴルフや旅行などに行くことも禁止されています。

私どもの自治体も同様で、定年退職された先輩職員でも利害関係者にあたった場合、ゴルフに一緒に行くことも難しくなります。一般職公務員を対象にした規程であり、特別職公務員である安倍首相は対象外となります。ただ今回の記事タイトルにした「李下に冠を正さず」という言葉があるとおり誤解を招きかねない付き合い方は控えるべきだったのではないでしょうか。今のところ真相は不明瞭なままですが、東京新聞の社説「加計学園問題 首相は自ら真相を語れ」が目に留まりました。最後に、明らかになっている事実関係の情報の拡散を目的に社説の全文をそのまま紹介させていただきます。

安倍晋三首相に近い人物が経営する私立大学の学部新設に首相の意向が働いていたとしたら、権力乱用との批判は免れまい。首相は自らの関与の有無について、進んで真相を明らかにすべきである。李下に冠を正さず、という言葉は死語になってしまったようだ。学校法人「加計学園」(岡山市)系列大学の獣医学部を愛媛県今治市に新設する計画である。市と県が2007年から14年まで、15回にわたって申請しながら認められなかった獣医学部の新設が、なぜ安倍政権の下で一転、52年ぶりに、それも今治市で認められることになったのか。そこに安倍首相の意向は働いていなかったのか。不可解なことがあまりにも多い。

きのう明らかになった文部科学省が作成したとされる文書には、内閣府から「官邸の最高レベルが言っていること」「総理の意向だと聞いている」などと言われた、との内容が記載されていた。菅義偉官房長官は記者会見で文書の内容を全面否定し「首相からも一切指示はない」と強調した。しかし、にわかには信じ難い。というのも、首相と、同法人の加計孝太郎理事長とは極めて近しい関係にあるからだ。

本紙報道によれば、12年の第2次安倍内閣発足以降、首相は加計氏と13回にわたって会い、ゴルフを4回、夕食を9回ともにしている。首相自身、加計氏のことを「どんな時も心の奥でつながっている友人」「まさに腹心の友だ」と語ったことがある。首相が国会で答弁したように、本当に「加計学園から私に相談があったことや、圧力が働いたことは一切ない」のだろうか。単に否定するだけでなく、国民に説得力のある説明をすべきである。

文書の有無や真偽にかかわらず自らに近しい人物に対して、便宜を供与したように疑われる行為は厳に慎むのが、権力者としてあるべき振る舞いだろう。首相自らは仮に直接関与していなかったとしても、官僚組織に首相の意向を忖度させるようなことも、あってはならない。安倍首相夫妻は学校法人「森友学園」への格安での国有地売却をめぐっても、政治的関与の可能性が指摘されてきたが、与党側は昭恵氏の国会への招致を拒み、真相を闇に葬り去ろうとしている。権力の側にある人間は何をやっても許される、と考えているのだろうか。だとしたら、思い違いも甚だしい。【東京新聞2017年5月16日

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2017年5月13日 (土)

北朝鮮情勢から思うこと

このブログのタイトルは「公務員のためいき」です。地方公務員であることを明らかにしながらも職員労働組合の役員の立場からの内容の投稿を専らとしています。その意味で立場を使い分けていると言えます。しかし、地方公務員として問題視されるような書き込みは一切避けています。個人情報や信用失墜につながる書き込みをはじめ、特に地方公務員法36条と政治活動との絡みは細心の注意を払っています。

仮に地方公務員の立場を明らかにせず、私人の一人として匿名の書き込みだった場合でも法に抵触するような行為は慎まなければなりません。追及された際、「公務員の立場ではなく、一私人や組合役員の立場での書き込み」と釈明しても許されないのではないでしょうか。前回記事「憲法施行70年、安倍首相の改憲発言」で取り上げた安倍首相の自民党総裁と総理大臣という立場の使い分けが国会で追及されました。

この問題での質疑の中で安倍首相から「読売新聞を熟読してもらえばいい」という発言が飛び出しました。委員会室は騒然となり、予算委員会の浜田委員長から安倍首相が注意される場面もありました。最近、安倍首相の「だから民進党は支持率が上がらない」という一言を添える答弁も目立っています。このような不誠実な対応が続いても支持率に影響しないため、ますます自分の言動や判断は「すべて正しい」という驕りのスパイラルにつながっているように危惧しています。

『報道ステーション』のコメンテーターの後藤謙次さんが「安倍政権はタカが外れている」と批判されていますが、私自身も同じような問題意識を抱きつつあります。一方で、このような批判意見に対してフリーアナウンサーの長谷川豊さんは「報ステの後藤さんはそろそろ病院に行った方が良いのではないか?」というブログ記事を投稿していました。いつものことながら基本的な視点や立場が異なると同じ事象に接していても、人それぞれの感じ方や受けとめ方が大きく分かれていくことを痛感しています。

立場や視点が大きく異なるため「あの人たちと議論しても仕方ない」というように突き放した場合、それぞれの間にある「溝」が絶対埋まることはありません。違いは違いとして認め合い、お互いの正しさを主張し合う機会や接点を持つことが大切です。そのような意味で、多様な意見を伺うことができる当ブログのコメント欄は本当に貴重な場だと考えています。できれば安倍首相を批判的に見られている方も当ブログを閲覧されているはずであり、そのような視点からのコメントも増えていけば、いっそう厚みのある場になるものと見ています。

さて、前回記事に寄せられたnagiさんからのコメントに対し、私から次のようにお答えしていました。ご指摘のとおり守るべきものは「平和憲法」ではなく、「平和」であることです。そのためにどのような国のあり方が重要なのか、あらゆることを想定していかなければなりません。その「答え」は個々人で異なるのかも知れませんが、より望ましい判断を下すために多面的な見方をもとにした議論や検討が大切だろうと思っています。前回記事を通して訴えたかった点も以上のような論点でした。

重視すべきことは日本国憲法の「特別さ」であり、平和主義の効用です。このような点を広く理解し合った上で、どのような立ち位置で日本は国際社会の中で振る舞うべきか、国民一人ひとりが問われているものと受けとめています。直面している具体的な設問は北朝鮮の情勢をどのようにとらえるべきかどうかです。安倍首相は北朝鮮との関係で「対話のための対話では意味がない」と強弁しています。自分自身の職務に照らして「対話と圧力」という言葉は外交交渉において首肯できる側面があります。

しかしながら「対話のための対話は意味がない」と言い切ってしまった場合、お互いの正しさが相反する者同士、交渉のテーブルに着くことができなくなります。安倍首相、つまり日本政府は北朝鮮との対話は一切受け付けないというメッセージを与えていることになります。圧力や制裁一辺倒、もしくは軍事攻撃に積極的な姿勢を示した言葉だと指摘されても否めない語感があります。専守防衛を原則とした平和憲法を持つ日本の首相の発言として、物凄い違和感と悲しい気持ちを抱きました。

そもそも国際社会の中で中国やロシアをはじめ、周辺諸国の大半は「対話を通じた平和的解決」を求めています。空母や原潜で圧力をかけていたアメリカのトランプ大統領も「環境が整えば会談も」というメッセージを送っています。安倍首相は強い言葉を前面に出している一方で、「対話の窓口は閉ざすことなく」という言葉も付け足していると釈明されるのかも知れません。ここで以前の記事「人質テロ事件から思うこと」を思い出す訳ですが、安倍首相の強い言葉が結果として日本人に災厄をもたらしていました。

窮鼠猫を噛む、追い詰めすぎた結果、ミサイルが発射され、1発でも日本国内に着弾した場合の被害の大きさははかり知れません。安倍首相が「いかなる事態でも国民を守り抜く」という強い言葉で語られたとしても、ミサイル防御面で100%の完璧さを信頼できるのでしょうか。0.1%でも防ぎ切れない可能性が残るのであれば、絶対発射させないという方策に全力を尽くすことが最も重要であるはずです。

在日米軍基地があり、同じ民族の住む地ではない日本のほうが標的にされやすい中、相手側を挑発するような強い言葉が有益なのかどうか甚だ疑問です。そもそも日本国憲法における平和主義の効用を踏まえれば、日本は軍事攻撃を自制する側に回り、相手が対話を望む際の窓口や仲介役になれる立場をめざして欲しいものと願っています。たいへん残念ながら安倍首相はその真逆の発想で強い言葉を発し、国民に対して必要以上に危機感を煽っているように見受けられます。

北朝鮮がミサイルを1発でも実戦使用した場合、総攻撃を受け、国が滅びる事態を認識しているはずです。つまり圧倒的な軍事力の差を知らしめるだけで北朝鮮に対しては充分抑止力が働いているものと見ています。弾道ミサイルが発射された際の政府の作成した対応マニュアル等を見ると、戦時中の空襲に備えたバケツリレーの訓練風景と重ね合わせてしまいがちです。B29による大空襲の前にそのような訓練が役に立たなかったことを忘れてはなりません。

今回のマニュアルがまったく役に立たないとは言い切れないのかも知れません。あらゆることを想定し、準備できることを準備していくことも大切です。しかし、最も大切なことは発射させないことであり、追い込みすぎないことだろうと考えています。韓国国民も北朝鮮との対話を重視した文在寅候補を大統領に選びました。これからも対話だけで北朝鮮を巡る様々な問題の解決が難しいことも確かです。それでも甚大な被害が見込まれる軍事衝突は避けることを大前提に対話と経済的な圧力を駆使していくべきではないでしょうか。

北朝鮮情勢を受け、個人的な問題意識や思うことを書き進めてきました。ここまで「危機」という言葉を使っていませんが、「北朝鮮危機を煽っているのは世界中で日本の総理大臣だけ」という見方がその通りだろうと思っているからです。今回の記事、決して安倍首相「批判ありき」の内容としている訳ではありません。それでも最後に、自分で綴る文章であれば違った表現や言葉を選んでいる箇所が多々ありますが、幅広い情報を拡散する目的のもと『LITERA』に掲げられた記事の全文をそのまま紹介させていただきます。

まったく懲りないとしか言いようがない。4月29日の北朝鮮が弾道ミサイルを発射したことを受けて、またもやマスコミが大騒ぎを繰り広げた。いや、マスコミだけじゃない。東京メトロは午前6時7分から約10分間にわたって全線の運転を見合わせ。JR西日本も北陸新幹線を午前6時8分ごろから運転を一時見合わせたのだ。北朝鮮のミサイル発射なんてこれまで何度もおこなわれているのに、何をパニックになっているのか。ミサイル発射後の約40分後に運転を止めたところで、何の意味もないだろう。

しかも、一番危険な原発は止めずに、そのまま平気で放置して、国民の重要な移動手段をストップさせるという本末転倒ぶりである。何度でも言うが、仮に北朝鮮が核実験やICBMの発射実験を行ったとしても、すぐに北朝鮮から日本にミサイルが飛んでくるわけじゃない。それは米国の先制攻撃を受けての報復であり、その米国の先制攻撃の前には、米政府が20万人いるといわれる在韓米国人に退避勧告を出す。それもないのに、北朝鮮から日本にミサイルが飛んでくるなんてことはありえないのだ。日本のパニックぶりはもはや笑うしかないが、この滑稽な事態にあの橋下徹でさえ自制を促すツイートを連投した。

橋下は、ミサイル発射を受けて東京メトロが運転を見合わせたことを、滞在先の韓国から〈こちらソウルではそんなことは全くなく普通の一日〉と投稿。日本と同様に北朝鮮vsアメリカの危険に晒されているはずの韓国は平穏だと証言した。そして橋下は、このように現況への私論を投稿した。〈日本は憲法9条下の国造りでこういう事態には全く耐性がない。そんな日本が米朝のチキンレースに参加すべきではない〉〈トランプ氏や安倍首相、そして威勢のイイ面々には、狂った北朝鮮のすぐ横には我々と同じ普通の市民の大切な暮らしがあることを想像して欲しい〉 憲法改正論者である橋下の9条バッシングはさておき、そんな橋下でさえ、現在、繰り広げられている米朝の対立は〈チキンレース〉だと言うのである。

また、元防衛大臣でタカ派政治学者の森本敏・拓殖大学総長も、先週放送された『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日)のなかで、こう言いきっていた。「世界中で、朝鮮半島を煽っているのは日本のメディアと日本の総理大臣だけだと、何度も言われます」 世界のなかで「安倍首相だけ」が危機感を煽り、それにメディアが追随している──つまり世界中で日本だけが、総理が「北朝鮮が危ない!」と騒いで、メディアと国民が「怖い!」と叫ぶ「ガラパゴス」状態に置かれているというのである。

事実、安倍首相はこれまで、北朝鮮の危険性を国民に向けてさんざん煽ってきた。国民の安全を考えればトランプ大統領の北朝鮮に対する強硬姿勢を制止すべき立場にあるというのに、安倍首相は同調どころか後押しする。その一方で、「北朝鮮はサリンを弾頭につけて着弾させる能力をすでに保有している可能性がある」と言い出したり、「現実から私たちは目を背けることはできない」などと語っては、ミサイルの脅威を煽った。

さらに、先月11日には、外務省が韓国への滞在者や渡航者に対して注意を促す海外安全情報を出し、21日には内閣官房が弾道ミサイル落下時の対応について公開。自治体へも周知の徹底を呼びかけたことから、県や市町村のHPでも同様に「武力攻撃から身を守る」方法が掲載されたり、小学校などでもプリントが配布されるように。また、24日には首相官邸がメールマガジンでミサイル警戒情報を発信した。こうして国民は、「ミサイルが落ちたらどうしよう」と気が気でない日々を送ることになったのだ。

だが、どうだろう。そうやって危機を煽る本人は、北朝鮮で故・金日成主席生誕105年記念日の軍事パレードが行われた同日に、恒例の「桜を見る会」を開催。さらに今回も、昭恵夫人を伴って外遊に出かけ、滞在先のロンドンから現地時間29日午前に開かれた記者会見で「ときには仕事を忘れて休日を楽しんでいただきたい」などと悠長なコメントを発表している。この事実をひとつとってもわかるように、安倍首相はいま、日本が脅威に晒されてなどいないことをよく知っているのだ。

アメリカの先制攻撃がまだまだ現実味を帯びるところまでいっていないことを理解しているから、安倍首相は言葉とは裏腹に安穏と外遊に出かけられるのである。いや、安倍首相だけではない。このGWには、安倍首相のみならず20人いる大臣・副大臣のうち、なんと11人が外遊のために出国。4月30日から5月3日までの期間にいたっては、外交窓口である外務省の岸田文雄外相ならびに岸信夫・薗浦健太郎外務副大臣が日本に不在で、実際、岸田外相は29日のミサイル発射を受けて、訪問先のトルクメニスタンで北朝鮮を非難する声明を出した。

安倍首相を筆頭に大臣がそろって「北朝鮮が危ない!」と連呼するから国民は戦々恐々としているのに、その当事者が日本にいない。これがすべての現実を表しているだろう。まったくこの詐欺的態度には反吐が出るが、安倍首相が、ここまで北朝鮮危機を煽った最大の目的はやはり、国民の目を森友問題からそらせるためだろう。実際、森友問題はその後も、財務省と籠池理事長夫妻の面談録データ音など、新たな証拠が出てきているが、ワイドショーなどは北朝鮮危機一色でほとんどまともに取り上げなくなった。しかも、国民に有事を煽ることは、安倍首相の野望を実現させる地ならしになる。

政府が「北朝鮮の脅威に晒されている」と喧伝して、そうした不安が拡大する社会の空気をつくり出せば、9条改正も、集団的自衛権の発動も、共謀罪も、世論は「防衛のために必要」と判断する。もちろん、「強い総理」として支持率も上がる。実際、週刊誌報道によると、安倍首相は3月頃はかなり追い詰められていたが、北朝鮮情勢が緊迫してきてから「ツキが回ってきた」と俄然、元気を取り戻したらしい。世界でたった一国、この島国だけが、総理によって捏造された不安に躍らされている──その事実を国民は冷静に受け止めなくてはならない。【LITERA2017年5月1日

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2017年5月 6日 (土)

憲法施行70年、安倍首相の改憲発言

前回記事「幅広い情報を得ることの大切さ」に対し、下っ端さんから「管理人さんは、安倍首相のことが、どうしても認められないのですか?まるで、内容どうこうは関係ない、とにかく安倍首相だけは認めないと言う、某朝○新聞のように」という指摘を受けました。少し前の「何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか」という記事の中で、適切な評価を下していくためには「誰が」に重きを置かず、その言動や判断は正しいのか、色眼鏡を外して物事を見ていくことが必要だろうと記しているため、たいへん残念な見られ方でした。

昨年9月に「『総理』を読み終えて」という記事があり、その中では次のような趣旨の言葉を残しています。このブログでは安倍首相に対する批判記事が結果的に多くなっています。それでも「批判ありき」ではなく、具体的な言動に対して私自身の意見や感想を綴ってきているつもりです。安倍首相を嫌っている方々からすれば「甘い見方だ」とお叱りを受けるのかも知れませんが、私自身は安倍首相が「国民を豊かにするため」「平和を守るため」という信念のもとに様々な政策判断を重ねているものと信じています。

『総理』を読み終えて Part2」の中では具体的な事例も紹介していました。2013年8月、「シリア国内で化学兵器が使用され、子どもを含む多数の一般市民が犠牲になった」と説明し、アメリカのオバマ大統領(当時)はシリアへの軍事攻撃を行なうことを表明しました。国際社会に支持と協力を訴え、日本に対しても様々な外交ルートを通じて「空爆に着手したら即座に支持を表明して欲しい」と要請していました。オバマ大統領は安倍首相に直接電話をかけ、「アサド側が化学兵器を使った明確な証拠がある」と伝えて支持を求めました。

それでも安倍首相は「化学兵器を使用した明確な証拠の開示が必要」という対応を貫き、オバマ大統領からの要請を拒んでいました。大量破壊兵器を所有していると決め付けてサダム・フセイン政権を攻撃したイラク戦争、そのアメリカを即座に支持した小泉元首相の轍を踏みたくなかったからでした。武力によって容易に平和が築けないこともイラク戦争の大きな教訓の一つだったものと考えています。そのため、オバマ大統領の要請に対し、毅然とした対応をはかった安倍首相の判断は筋が通ったものであり、「『総理』を読み終えて Part2」の中で率直に評価していました。

しかしながら先月、アメリカがシリアを軍事攻撃した際、安倍首相は即座に支持を表明しました。国連決議などの国際法上の手続きを経ない先制攻撃であり、化学兵器を使用した明確な証拠も示されない中での支持表明でした。4年前と比べ、日本をとりまく情勢の変化が理由に上げられるのかも知れません。ただ当時の情勢や日米同盟強化の必要性にそれほど変わりはないはずであり、大きな違いは首脳同士の信頼関係だと言えます。

オバマ前大統領と安倍首相はケミストリーが合わなかったと見られていました。それに比べ、トランプ大統領との相性は良く、親密な関係を築けているようです。首脳同士のパイプの太さはメリットも多いのかも知れませんが、疑念を拭えないまま「支持ありき」に至るケースも生じかねません。適切な評価を下していくためには「誰が」に重きを置かず、その判断は正しかったのか、安倍首相とトランプ大統領との関係性から思いを巡らす機会につながっていました。

今回の記事で取り上げる改憲発言も同様ですが、安倍首相の判断や選んだ「答え」が正しいと思えるのであれば、あえて批判的な内容を綴るつもりはありません。政治家ですから支持率を意識した判断であろうと、自分自身のレガシーのために「答え」を選んでいようとも、より望ましい結果につながっていくのであれば率直に支持していくことになります。繰り返し述べているとおり何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか、「誰が」に重きを置かない熟考を重ねているつもりです。

さて、日本国憲法が施行されてから70年、5月3日の憲法記念日には護憲もしくは改憲を訴える団体が全国各地で集会を開いていました。有明防災公園では「施行70年 いいね!日本国憲法 5.3憲法集会」が開かれ、5万人以上の参加者を集めていました。日本会議が主導する「美しい日本の憲法をつくる国民の会」などが主催した改憲派集会「公開憲法フォーラム」には1,150人ほど集まり、安倍首相から下記の内容のビデオメッセージが寄せられていました。

ご来場の皆様、こんにちは。自民党総裁の安倍晋三です。憲法施行70年の節目の年に「第19回公開憲法フォーラム」が盛大に開催されましたことに、まずもってお喜び申し上げます。憲法改正の早期実現に向けて、それぞれのお立場で精力的に活動されている皆様に心から敬意を表します。憲法改正は、自民党の立党以来の党是です。自民党結党者の悲願であり、歴代の総裁が受け継いでまいりました。私が総理・総裁であった10年前、施行60年の年に国民投票法が成立し、改正に向けての一歩を踏み出すことができましたが、憲法はたった一字も変わることなく、施行70年の節目を迎えるに至りました。

憲法を改正するか否かは、最終的には国民投票によって国民が決めるものですが、その発議は国会にしかできません。私たち国会議員は、その大きな責任をかみしめるべきであると思います。次なる70年に向かって日本がどういう国をめざすのか。今を生きる私たちは少子高齢化、人口減少、経済再生、安全保障環境の悪化など、わが国が直面する困難な課題に対し、真正面から立ち向かい、未来への責任を果たさなければなりません。憲法は、国の未来、理想の姿を語るものです。私たち国会議員は、この国の未来像について、憲法改正の発議案を国民に提示するための「具体的な議論」を始めなければならない、その時期に来ていると思います。

わが党、自民党は、未来に、国民に責任を持つ政党として、憲法審査会における「具体的な議論」をリードし、その歴史的使命を果たしてまいりたいと思います。例えば憲法9条です。今日、災害救助を含め命がけで、24時間365日、領土、領海、領空、日本人の命を守り抜く、その任務を果たしている自衛隊の姿に対して、国民の信頼は9割を超えています。しかし、多くの憲法学者や政党の中には、自衛隊を違憲とする議論が今なお存在しています。「自衛隊は、違憲かも知れないけれども、何かあれば、命を張って守ってくれ」というのは、あまりにも無責任です。

私は、少なくとも私たちの世代のうちに、自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置付け、「自衛隊が違憲かも知れない」などの議論が生まれる余地をなくすべきであると考えます。 もちろん、9条の平和主義の理念については、未来に向けて、しっかりと堅持していかなければなりません。そこで「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」という考え方、これは国民的な議論に値するのだろうと思います。教育の問題。子どもたちこそ、わが国の未来であり、憲法において国の未来の姿を議論する際、教育は極めて重要なテーマだと思います。誰もが生きがいを持って、その能力を存分に発揮できる「1億総活躍社会」を実現する上で、教育が果たすべき役割は極めて大きい。

世代を超えた貧困の連鎖を断ち切り、経済状況にもかかわらず、子どもたちがそれぞれの夢に向かって頑張ることができる、そうした日本でありたいと思っています。70年前、現行憲法の下で制度化された小中学校9年間の義務教育制度、普通教育の無償化は、まさに戦後の発展の大きな原動力となりました。70年の時を経て、社会も経済も大きく変化した現在、子どもたちがそれぞれの夢を追いかけるためには、高等教育についても全ての国民に真に開かれたものとしなければならないと思います。これは個人の問題にとどまりません。人材を育てることは、社会、経済の発展に確実につながっていくものであります。

これらの議論の他にも、この国の未来を見据えて議論していくべき課題は多々あるでしょう。私はかねがね、半世紀ぶりに夏季のオリンピック、パラリンピックが開催される2020年を、未来を見据えながら日本が新しく生まれ変わる大きなきっかけにすべきだと申し上げてきました。かつて、1964年の東京五輪をめざして、日本は大きく生まれ変わりました。その際に得た自信が、その後、先進国へと急成長を遂げる原動力となりました。2020年もまた、日本人共通の大きな目標となっています。新しく生まれ変わった日本がしっかりと動きだす年、2020年を、新しい憲法が施行される年にしたいと強く願っています。私は、こうした形で国の未来を切り開いていきたいと考えています。

本日は自民党総裁として、憲法改正に向けた基本的な考え方を述べました。これを契機に、国民的な議論が深まっていくことを切に願います。自民党としても、その歴史的使命をしっかりと果たしていく決意であることを改めて申し上げます。最後になりましたが、国民的な議論と理解を深めていくためには、皆様方、「民間憲法臨調」「美しい日本の憲法をつくる国民の会」のこうした取り組みが不可欠であり、大変心強く感じております。憲法改正に向けて、ともに頑張りましょう。

今回も長い記事になりつつありますが、安倍首相の発言の全文を掲げてみました。このビデオメッセージでの安倍首相の改憲発言は大きな波紋を呼んでいます。これまで国会の議論を見守る姿勢だった安倍首相が突然、2020年という施行時期や具体的な改憲項目に言及したため、与党内にも困惑が広がっているようです。国会の憲法審査会での議論を軽視し、自民党の憲法改正草案を無視する形となっていますが、今のところ自民党内から表立って反発する声は聞こえてきません。

5月1日に開かれた超党派の国会議員による新憲法制定議員同盟の集まりでは、安倍首相から「機は熟した。求められているのは具体的な提案で、改憲か護憲かといった不毛な議論から卒業しなければならない」という発言が示されていました。改憲発議できる3分の2以上という国会における勢力図を念頭に置かれ、「機は熟した」と考えられているのだろうと見ています。しかし、メディアの世論調査の大半は改憲の必要性について賛否が割れている現状です。

NHKの調査では今年「必要」が43%ですが、2002年には「必要」が58%であり、改憲に向けた機運は低下している結果を示しています。5月1日の同じ集まりで、中曽根元首相は「国民的合意なくして改憲をしてはいけない」と訴えていたようですが、もしかしたら安倍首相の気負いを諫言するような意図があったのかも知れません。このような話を書き進めていくと、また「とにかく安倍首相だけは認めない」という見られ方につながりがちです。

決して「批判ありき」の記述ではなく、「このような見方があります」という情報や論点を提起しています。その上で、問題があるのか、ないのか、評価や判断を下すのは閲覧されている皆さん一人ひとりであり、「答え」を押し付けるような書き方にだけはならないように留意しています。さらに今回の安倍首相の発言は、たいへん緻密に練られたものだと受けとめています。改憲という結果を出すための戦略が際立った論点提起だと言えます。

憲法の平和主義の理念を堅持し、第9条に自衛隊の位置付けを加える提案です。これは加憲を推奨している公明党を意識したものだろうと思います。高等教育までの教育無償化の提案は日本維新の会との連携を想定していることも容易に読み取れます。特に前者は国民の多数も賛成できる考え方だろうと見ています。昨年5月には「憲法9条についての補足」という記事を投稿し、現憲法を本当に改める必要に迫られているのであれば憲法96条のもとに国民の意思を問うべきものと記しています。

そして、何よりも大事にすべきことは日本国憲法の平和主義であり、専守防衛を厳格した「特別さ」だと考えています。前述したとおり安倍首相の動機や本心はともかく、より望ましい結果につながっていくのであれば率直に支持していくことになります。今回、安倍首相は憲法9条の理念はそのままで自衛隊が違憲かどうかの議論は終わらせたいと説明しています。このような提案であれば私自身も含め、護憲派の集会に参加するような国民も反対できないのではないかという見方があります。

平和主義の効用を維持でき、自衛隊を追認する改憲だった場合、確かに国民の大半は賛成票を投じるはずです。しかし、集団的自衛権の問題など解釈の変更で平和憲法の「特別さ」を削ぎながら改憲発議の中味は「憲法9条をそのまま」と説明されても理解に苦しみます。それこそ善し悪しは別にして「国防軍」を明記した自民党の改憲草案のほうが明解な選択肢であり、誠実な政治姿勢だろうと思っています。また、どのような条文を安倍首相が想定しているのか分かりませんが、新たな矛盾や論争の芽を残す恐れもあります。

『朝まで生テレビ!』の中で司会の田原総一朗さんが、かなり前に安倍首相と会話した際に伝えられた次のような話を紹介していました。「首相は憲法改正に関心がなくなったらしい。改正は集団的自衛権の容認が趣旨だったが、これは米国の再三にわたる要請に基づいていた。ところが、容認の閣議決定以降、米国側は沈黙。喫緊に改正する理由がなくなってしまったそうだ」という話でした。ますます今回の改憲発言が切実な必要性よりも、改憲そのものを目的化した動きだと指摘せざるを得ません。

自衛隊を違憲とする議論があることも確かですが、そもそも国民の大半は自衛隊を違憲視していないはずです。大きな論点は自衛隊の役割であり、問われているのは日本国憲法が定めている平和主義のあり方や国際社会の中での実践ではないでしょうか。前回記事の最後に記したとおり北朝鮮情勢に絡んだ私自身の意見や思いを綴ろうと考えています。今回の記事にこそ追記すべき流れだったのかも知れませんが、たいへん長い記事になっていますので中途半端な触れ方は避け、次回以降の記事に自分自身の「答え」を改めて綴らせていただくつもりです。

| | コメント (13) | トラックバック (0)

2017年4月30日 (日)

幅広い情報を得ることの大切さ

土曜日、三多摩メーデーが催されました。今年もご家族の方を含め、私どもの組合だけで400人ほどの参加者を得られています。組合員の皆さんに配布したチラシの中で、私からの挨拶文には「組合員にとってどうなのか」という視点を大事にしながら組合活動を進めていく旨を記しています。ただ持続可能な組合組織に向け、経費節減や組合役員の任務の負担軽減も課題としています。

組合の活動全般を見直す中でメーデーも、これまでのやり方を変更した点がいくつかありました。例えば独自抽選会をやめたため、参加された皆さんにとって楽しみが一つ減っていました。それでも強い不満の声は耳にせず、幸いにも参加者数に大きな影響を与えなかったようです。一方で、組合役員側から受付や解散のタイミングなどで「やっぱりこうしたら良かったのでは?」という声が上がっていました。

従来のやり方を変更した直後、いろいろな声が上がることは当たり前です。そのような声が上がることで、改善すべき点や従来のやり方に戻すべき点があるのかどうか検証できます。様々な見方や意見が示され、それらの声を真摯に受けとめていける組織運営が規模の大小に限らず求められています。少し前に投稿した記事「森友学園の問題から思うこと」の冒頭に次のような私自身の問題意識を綴っていました。

適切な評価を下していくためには「誰が」に重きを置かず、その言動や判断は正しいのか、色眼鏡を外して物事を見ていくことが必要だろうと考えています。そして、物事を適切に評価していくためには、より正確な情報に触れていくことが欠かせません。誤った情報にしか触れていなかった場合は適切な評価を導き出せません。また、情報そのものに触れることができなかった場合、問題があるのか、ないのか、評価や判断を下す機会さえ与えられません。

いろいろな声が上がる機会としては、実際に体験した時が最も多いはずです。実際に体験していない時でも伝聞した情報をもとに物事を評価する機会が得られます。伝聞情報には口コミ、SNS、マスメディアなど多様な入手方法があります。最近、今村復興相が「東北で良かった」という極めて非常識な問題発言の責任を問われて辞表を提出しました。いみじくも前回記事の冒頭に記した「そのような資質の人物が閣僚や国会議員になってしまっているという現状」をいっそう際立たせることになりました。しかし、それ以上に驚いたのは二階幹事長の次のような発言でした。

自民党の二階俊博幹事長は26日、東京都内での講演で、東日本大震災をめぐる失言で辞任した今村雅弘・前復興相を念頭に「人の頭をたたいて、血を出したっていう話じゃない。言葉の誤解があった場合、いちいち首を取るまで張り切っていかなくてもいいんじゃないか」と語った。自らの派閥に所属する今村氏の発言を、擁護したとも受け取られかねない発言だ。

東日本大震災をめぐり「東北で良かった」などとした今村氏の発言は25日夜、報道陣が入った二階派のパーティーで出た。二階氏は「政治家の話をマスコミが余すところなく記録をとって、一行悪いところがあったら『すぐ首を取れ』と。何ちゅうことか。それの方(マスコミ)の首、取った方がいいぐらい。そんな人は初めから排除して、入れないようにしなきゃダメ」と述べ、報道陣の取り上げ方の問題だとの見方を示した。【朝日新聞2017年4月26日

今村前復興相の問題発言の深刻さを軽視するような姿勢が見受けられる一方、驚くべきことにマスコミの報道の仕方を批判し、情報を統制したいという意図が露骨に示されていました。発言の後、野党やメディア側も問題視していましたが、それほど大きな注目を集めていません。前述したとおり「情報そのものに触れることができなかった場合、問題があるのか、ないのか、評価や判断を下す機会さえ与えられません」という問題意識があるため、今回の政権与党の幹事長から発せられた言葉は極めて重く、その真意や責任が問われて然るべきものと考えています。

政治家の言動を批判的に報じるメディアには取材をさせない、との意味に受け取れる。報道の役目は何か。主権者である国民に代わって政治家の振る舞いに目を配り、国民に伝えることだ。報道の自由はそのためにある。メディアを政治家が選別するようでは政治は堕落する。国民主権が危うくなる。第2次安倍政権になって、テレビ局幹部を自民党が党本部に呼んで「事情聴取」するなど、報道に介入する姿勢が強まっている。幹事長発言はその延長線上にある。容認できない。【信濃毎日新聞2017年4月30日社説一部抜粋

ネットで検索し、上記「二階幹事長 暴言を擁護するのか」という論説を見つけ、その一部を掲げさせていただきました。実は今回の記事タイトルを決める際、少し迷いました。これから北朝鮮を巡る情勢に関連した内容を綴るつもりであり、具体的な中味が分かるタイトル名も考えました。結局、今回記事のタイトルは「幅広い情報を得ることの大切さ」とし、マスメディアではあまり取り上げられないマイナーな情報を当ブログを閲覧されている皆さんに提供することを主な目的としています。

私自身、いろいろなサイトを閲覧することを習慣化しています。その中で思いがけない情報に触れることができたり、「なるほど」という気付きの機会につながる時が数多くあります。これまで培ってきた経験や蓄積してきた知識の違いから個々人の基本的な視点や立場が分かれていくようです。基本的な視点や立場が異なると同じ文章や同じ事象に接していても、人それぞれの感じ方や受けとめ方が大きく枝分かれしていきます。

これから紹介するサイトの記述も、人によって受けとめ方は様々だろうと見ています。中には非常に不愉快に思える箇所もあるかも知れません。私自身もすべて賛意を示している訳ではなく、自分で綴る文章であれば違った表現や言葉を選んでいる箇所もあるはずです。それでも幅広い情報を拡散する目的のもと、それぞれの著者の表現を尊重し、取捨選択せずに該当サイトの全文をそのまま紹介させていただきます。したがって、たいへん長い記事になりますが、ぜひ、お時間等が許されれば最後までお付き合いください。

■北朝鮮情勢の緊迫で「ツキがまわってきた」と叫んだ安倍首相

いかにも安倍首相がいいそうなセリフだ。きょう発売の週刊現代(5月6・13日号)が、安倍官邸と外務省の北朝鮮情勢をめぐる迷走ぶりを、まるで見て来た事のように「生中継」と銘打って書いてる。そこに書かれている事はほとんど冗談のような事の数々だ。しかし、それが本当なら冗談どころではない。「北朝鮮情勢が緊迫してきてから、安倍さんはすっかり元気になって、『ツキがまわってきた』と側近たちに話しています。『安保法も集団的自衛権もやっておいてよかっただろ。シナリオ通りだよ』とも」(官邸スタッフ)というのだ。

それはそうだろう。森友問題で下がった内閣支持率を北朝鮮の危機が引き上げてくれたからだ。私が驚いたのは、ペンス米副大統領との面会後、安倍首相がますます前のめりになったと書かれているところだ。北朝鮮有事があることを前提にして準備を進めるよう谷内正太郎NSC局長に指示したと書かれているところだ。アメリカが平壌を叩けば拉致被害者保護の目的で自衛隊を派遣できる、もし本当に拉致被害者を保護できれば支持率20%アップも夢ではない、と安倍首相は考えている、と書かれているところだ。

確かに、最近の報道を見ると合点がいく。そして、私がもっとも注目したのは、今の外務省は外務次官OBである谷内正太郎NSC局長の下に、外務次官になりたい幹部がすべて安倍首相に絶対服従し、米朝開戦に向かって異様なテンションになっていると書かれているところだ。その一方で、安倍・谷内体制から外されているその他大勢の外務省キャリアたちは、戸惑っていると書かれている。私が繰り返して書いて来た通りだ。

もはや外務省という組織は、安倍・谷内と次官欲しさの幹部たちによって完全に破壊されてしまった。もと同期の私だから言うが、谷内正太郎の大罪は計り知れないほど大きい。その谷内正太郎は、外遊の公務のかたわら、安倍首相の庇護の下に、セガサミーのカジノ利権実現に走り回っていると、月刊誌テーミスが書いていた。さもありなんと思わせる記事である。権力を握った者たちのやりたい放題だ。どこまでもあさましい連中である【天木直人のブログ2017年4月24日

■日米首脳が演出する「開戦前夜」の狙い

安倍晋三首相とトランプ米大統領の「蜜月」ぶりに注目が集まっている。2月の日米首脳会談で日米同盟の重要性を確認した2人は、懸念された経済・貿易交渉といった難題は先送りし、双方が「支持」を表明し合う関係構築を急いだためだ。トランプ大統領から「100%、日本を支持する」と明言された安倍首相は、米軍によるシリア攻撃に「米国政府の決意を支持する」と応じた。過激な言動で物議を醸し、史上最低の不人気ぶりを見せるトランプ氏と、いまだ高支持率をキープして長期政権の道を歩む安倍首相。急速に築かれた「ウイン-ウイン」の裏側には何があるのか。

当初、日米関係はギクシャクすると見られていた。2014年4月に来日し、東京・銀座の高級すし店などで厚遇したオバマ米大統領(当時)は、安倍首相と「ケミストリーが合わない」(首相官邸関係者)ことで知られ、日米関係を深化できない「忍耐の時代」が続いた。その後登場したトランプ氏も大統領選で在日米軍撤退の可能性に言及し、安保条約改定を求める始末だったためだ。トランプ氏は安保面だけでなく、「日本が牛肉に38%の関税をかけたいならば、米国は日本の自動車に38%の関税をかける」と日本を揺さぶり続け、日本政府内には悲観論が充満していた。

転機が訪れたのは1月の大統領就任直後。型にはまらない「暴言王」は選挙期間中に既存勢力が吸収しきれない層から人気を集めたが、実際にTPP(環太平洋経済連携協定)離脱やメキシコの「国境の壁」建設など大統領令を乱発すると、トランプ離れが加速。40%台半ばをつけていた支持率は下降線をたどり、「史上最低の不人気大統領」と揶揄される事態に陥ったのだ。窮地を救ったのは、皮肉にもそれまで「攻撃対象」にしていた日米関係だった。風向きの変化を敏感に感じ取ったトランプ氏は「日本への抱きつき」に舵を切り、2月に訪米した安倍首相を別荘地やゴルフで歓迎した。北朝鮮のミサイル発射を受けて記者会見した安倍首相と並び、「米国は、同盟国である日本を100%支持していく」とまで表明してみせたのだ。

ある自民党幹部は「国内で高まった不信を国外に向ける必要があったのだろう。つまり『我々の敵は北朝鮮にある』とね」と語る。その「変化」は安倍首相に渡りに船だった。それまでの日米関係の懸念が払拭される上、緊張感が高まる北東アジアでの米国の関与が期待できるためだ。核・ミサイル開発を進め、拉致問題を解決しようとしない北朝鮮に対して、米国による「圧力カード」は欠かせない。加えて、学校法人「森友学園」への国有地売却問題で支持率低下に苦しんでいた政府・自民党は、ここぞとばかりに「森友問題よりも北朝鮮問題が大切だ」とボルテージを上げていった。

北朝鮮への敵基地攻撃論や制裁強化プランが矢継ぎ早に飛び出し、「開戦前夜」を思わせる雰囲気が一気に醸成されていったのだ。2人の「戦略的互恵関係」が深まる中、安倍首相は国際法上の手続きを経ずにシリアを攻撃した米国に関して「化学兵器の拡散と使用は絶対に許さないとの米政府の決意を支持する」と配慮を見せ、トランプ氏は「(北朝鮮問題は)我々が解決する」と圧力をかけ続けている。北朝鮮やシリア問題の先行きは見通せないが、ウイン-ウイン関係にある日米首脳の共通点は、時に過激な言動を見せて批判を浴びてもコアな支持層に強力に支えられている点だ。

ピンチを迎えても、熱烈な支持者がツイッターなどSNS上で活発化し、メディアでも政権の意向を「忖度」して擁護する発言を繰り広げる。そして、日本の民進党、米国の民主党という前政権を徹底的に批判し続ける。そこに共通点を見出す向きは少なくない。民進党幹部の一人は「首相は『解決させる』と言った拉致問題が進展せず、トランプ氏に賭けたのだろうが、あの盲従ぶりは危険。自分が批判されると激高するところは似た者同士で、ケミストリーは合うんだろうけどね」と語る。激動する国際情勢は、いまや2人の関係を抜きに語れなくなった。「ジョーカー」を手にした安倍首相の次の一手が注目される。【PRESIDENT Onlin2017年4月29日

■室井佑月が政府の北朝鮮への対応に「さもありなん」?

ミサイル発射という緊迫した状況が続く北朝鮮。作家の室井佑月氏は、国民を守るべき政府の対応に不満を募らせる。*  *  * おどろおどろしい音楽に乗せて、米軍の巨大な原子力空母や、北朝鮮の軍事パレードなどがテレビで頻繁に映し出される。ミサイルの種類の説明をやってたり。ほんで、安倍首相が出てきて、「いかなる事態でも国民を守り抜く(キリッ!)」みたいなCMよ。安倍さん、この台詞好きよね。あたしが知ってるだけでも、自民党の役員会と熊本の陸上自衛隊で発言しておる。んでもって、カメラの前でキリッ。決まった、って感じなのだろうか。報道じゃなく、CMだ。そこで、「どうやって守るんだよ?」という子どもでも考えられそうな簡単な質問も出て来ない。

テレビでは迎撃ミサイルのSM3やPAC3がある、と盛んに宣伝しているが、北朝鮮がこの国に向けているミサイルは1100基以上といわれている。全部、撃ち落とすのは無理らしい。おいおい、原発に落ちたらどうすんだ?玄海原発再稼働するっていってるけど、どうよ?そこで早速、もっと高度なTHAADがないと、といいだす人たちが出て来て……。またアメリカから大人買いするんかい? てか、もう買う約束していたり?もしこの国めがけてミサイルが発射されたら甚大な被害が出るわけで、安倍さんがいう「いかなる事態でも国民を守り抜く」なんて発言は、ただの軽々しい言葉でしかない。

万が一、そういう事態があったとして、マスコミは安倍さんと共に責任を取れるのか?「いかなる事態でも国民を守り抜く」というその気持ちがほんとなら、最悪なその万が一を絶対に回避するような外交をしているわな。ISISのテロに狙われる可能性が高くなったのも、北朝鮮のミサイルが飛んで来る確率が高くなったのも、誰のせいじゃ?そういうことをきちんと論じる報道はほぼ皆無。危機を煽れば煽るほどCM効果で、政権支持率は高くなる。馬鹿らしい。そうそう、4月13日の参院外交防衛委員会で安倍さんは、「北朝鮮はサリンを弾頭につけて着弾させる能力をすでに保有している可能性がある」とまでいったんだ。

国民を不安のどん底に落とし、自分はその2日後に、芸能人などを集めた「桜を見る会」を嬉々として開催した。15日は「金日成誕生日」だし、「ミサイル撃つXデー」と、マスコミはさんざん煽っていたけれど。あの方はその日、安全だと知ってたんか?だったらそういった重要な情報ひとつもらえないで、ただのCMにだけ使われて、マスコミは馬鹿にされたと思わないのか?それともグルか?ひょっとして、万が一が起きるときには、自分とその仲間だけはアメリカ様から教えてもらって大丈夫だから安心よ、ってか?森友学園や加計学園のことを考えれば、さもありなん。【週刊朝日2017年5月5-12日号

北朝鮮危機そっちのけ 大臣11人「GW外遊」に税金10億円

さんざん危機を煽っておきながらいい気なものだ――。北朝鮮情勢が緊迫する中で迎える今年のゴールデンウイーク。思い切りはしゃげない人もいるかも知れない。ところが、恒例の閣僚の“GW外遊”は相変わらず。27日、安倍首相がロシアに出発するのに続き、閣僚たちも世界各地に飛び立つ。20大臣のうち、半数の11大臣がノンビリと外遊する予定である。11閣僚の他にも10副大臣、8政務官が外遊予定。費用はVIP待遇の大臣は1回につき約5000万円といわれている。副大臣以下を半分と見積もっても、10億円を超える出費である。

外務省の日程を見て仰天した。北朝鮮との交渉窓口であるはずの外務省。大臣、副大臣が外遊に行ってしまって4日間も“空白”が生じるのだ。岸田外相は北朝鮮情勢に配慮し、サウジアラビア訪問を取りやめ帰国を早めた。ところが、安倍首相の実弟である岸信夫副大臣はカンボジア、パキスタン、薗浦健太郎副大臣は中南米を訪問する予定で、4月30日~5月3日の4日間は大臣、副大臣が全員、日本にいないことになる。外務省の大臣、副大臣が日本を離れるということは、本当は、北朝鮮危機など最初からないのか、危機などどうでもいいと思っているのか、自分だけは安全な地域に逃げようとしているのか、いずれかということだろう。

ちなみに、役に立つかはともかく、稲田防衛相と若宮健嗣副大臣は一応、国内で待機している。外務省に見解を文書で問い合わせたが、期限までに回答はなかった。政治評論家の山口朝雄氏はこう言う。「北朝鮮と難しい状況に直面している時、外務省は出払って、防衛省は待機しているというのは大問題です。これでは、外交交渉はあきらめて、戦争に備えていると言っているようなものです。それに、官邸や外務省から“空白”にするのはまずいんじゃないかと声が上がらないのもおかしい。いつもの調子でGWを迎えているのでしょう。緊張感がなさ過ぎです」 今度の閣僚の外遊先は、北朝鮮はおろか、中国や韓国も見当たらない。急いでいく必要のない“楽な出張”ばかりだ。1人ぐらい金正恩に直談判しようという大臣はいないのか。やはり、安倍政権に外交は任せられない。【日刊ゲンダイ2017年4月28日

上記の他にも北朝鮮情勢に絡んだ紹介したいサイトは多々あります。特に興味深かったサイトを選んでいますが、前述したとおり反発や批判を招く内容も多いはずです。あくまでも幅広い情報を得ることの大切さを踏まえ、このブログを閲覧されている皆さんにも拡散させていただきました。当初、以上のサイトを紹介した上で、私自身の意見や思いを綴ることも考えていました。たいへん長い記事になっていますので、今回は情報の拡散にとどめ、次回以降の記事に自分自身の「答え」を綴らせていただくつもりです。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2017年4月23日 (日)

長島昭久さんが民進党を離党 Part2

自民党国会議員の問題発言問題行動が毎日のように取り沙汰されています。一つ一つ掲げていくと、それだけで相当の分量となります。このような事態を受け、自民党の役員連絡会で高村副総裁は「政府与党に、緩み、たるみ、不届き者が出ないよう、一人一人が身を律していくことが大切だ」と述べています。ただ「緩み」というよりも、そのような資質の人物が閣僚や国会議員になってしまっているという現状ではないでしょうか。

何よりも「緩み」という言葉で真っ先に思い浮かぶのは安倍首相の最近の言動です。森友学園に対する国有地売却の政府の説明に約8割が「納得できない」とした世論調査を踏まえ、民進党の柚木衆院議員が「安倍総理から昭恵夫人や迫田英典元理財局長に説明してもらえるようご指示いただけないか」と質問しました。それに対し、安倍首相は「内閣支持率は53%で、自民党の支持率、民進党の支持率はご承知の通り」と答えていました。

国民の半数が内閣を支持しているのだから森友学園の問題は、これ以上取り上げる必要がないという不誠実な態度でした。その後、このような安倍首相の姿勢が顕著に表われた場面もありました。商業施設のオープンセレモニーの挨拶で「よく私が申し上げたことを忖度していただきたい」というジョークを飛ばしていました。ご承知の通り森友学園の問題では「忖度」という言葉が注目を集めています。

森友学園の問題の不明瞭さを深刻に受けとめているのであれば、とても「忖度」という言葉をジョークとしては使えないはずです。何があっても国民の半数は自分を信じてくれている、だから森友学園の問題は終わった、このような安倍首相の「緩み」が気になっています。記事タイトルから離れた話が長くなっていますが、後述する「いつでも政権交代できる緊張感や対抗軸を持つ野党の存在が必要」という論点につながる「緩み」の話だと見ています。

さて、前回の記事タイトルは「長島昭久さんが民進党を離党」でした。「離党ではなく、除籍だ」という指摘もあろうかと思いますが、長島さんが民進党を離れたという事実は除籍でも除名でも基本的に変わりありません、ただ自ら辞める、自分から党を離れる、これが離党であり、失態を犯したので党から追い出されたというのが除籍となります。経歴に差が生じる程度だろうと見ていますが、離れた後の古巣との関係性には大きな違いを与えていくものと理解しています。

前回記事の最後のほうで「ここから先に書き足そうと考えていた内容や論点は、あえて1週間送り、次回の記事で取り上げさせていただきます」と予告していたため、今回の記事は「Part2」を付けて書き進めています。あえて1週間送った理由は、関係者の間では周知の事実だったとしても重要な情報をブログに先走って掲げることを控えたからです。もう一つ、このブログのことは組合員の皆さんに宣伝していますが、即時に閲覧される方は少ないため、組合ニュースの発行と同じタイミングで私自身の考え方を伝えるべきものと考えたからでした。

組合が推薦している衆院議員の長島昭久さんが共産党との共闘方針に反発し、離党届を提出した結果、民進党から除籍されました。この長島さんの動きを受け、やはり組合が推薦している当市選出の都議会議員も離党します。さらに民進党の市議会議員5名全員も離党するという話を耳にしています。私どもの市における非常に激しい政治情勢の変化に際し、取り急ぎ組合員の皆さんに状況の報告とともに今後の組織議論に向けた論点等を提起させていただきます。最終的な方針等は5月11日に開く第4回職場委員会で確認する運びとしています。

「組合員のため」を主目的とした組合活動も、職場内の閉じた活動だけでは結果としてその目的が達成できない恐れもあります。特に公務員の組合にとって各級議会に緊密な連携をはかれる議員の存在は貴重なことであり、これまで自治労や連合に結集しながら一定の政治的な活動に取り組んできています。ただ組織内議員でない限り、組合方針の大半が一致できる候補者は極めて限られています。

大きな方向性が合致した上で、基本的な信頼関係を築けるかどうかを大事な点として、推薦の取扱いを判断しています。長島さんの考え方も、すべて私どもの組合方針と一致していた訳ではありませんが、以上のような経緯のもと推薦関係を築いてきました。そして、推薦関係があるからこそ、これまで私自身は自治労に所属する一組合の立場や要望を長島さんに直接訴える場を数多く持ち得ることができていました。

また、与党の行き過ぎをチェックするためにいつでも政権交代できる緊張感や対抗軸を持つ野党の存在が必要だと考えています。その存在感ある野党に民進党が返り咲くためには「リアリズムとリベラリズム」を兼ね備えた長島さんのような政治家が欠かせないものと思っていました。そのような意味合いで長島さんが民進党を去られたことは残念であり、そこから波及した当市における動きは民進党にとって極めて大きな痛手につながるものと見ています。

一方で当たり前なことですが、労働組合は政治団体ではなく、組合員のためにある組織です。組合員にとってどうなのかという判断のもとに政治との距離感を見極めていくことになります。7月の都議会議員選挙に向け、連合東京は都民ファーストの会と政策合意しました。これまでも連合は産別単組や各地域の事情を踏まえ、所属する政党に縛られずに推薦関係を判断しています。今後、都民ファーストの会の登場で、その範囲が一気に広がる見通しです。

連合東京に加盟している自治労都本部ですが、都民ファーストの会の理念や政策について議論が不足しているため、支持・協力政党という認識にまで至っていません。ただ民進党を離れた候補者であっても、自治労都本部は政策協定を交わせるのであれば引き続き推薦する幅を残しています。

都民ファーストの会に対する評価は不明瞭という意味合いで私どもの組合も自治労都本部と同様ですが、都議選に向けては公務員や労働組合を敵視した構図が喝采を浴びるような「劇場型」選挙に警戒していかなければなりません。このような懸念に関しては連合東京が政策合意を交わしたことで顕著にならないことを期待しているところです。

以上のような情勢を受け、自治労や連合の方針を踏まえ、より具体化した都議選に臨む私どもの組合の考え方を第4回職場委員会で提起する予定です。いずれにしても組合員にとってどうなのかという基本的な視点のもとに判断していきます。そして、もともと選挙に関わる方針は組合員の皆さんに対し、その重要性などを訴え続けることによってご理解やご協力を求めていくものだと考えています。 

以上の内容は「長島昭久さんの民進党除籍問題及び都議選に臨む考え方」という見出しを付け、A4判の組合ニュース裏面に掲げた私自身の記名原稿です。長島さん以外に固有名詞で記している箇所もありますが、このブログ投稿の目安に沿って一部書き直しています。執行委員長の肩書きを付けた記名原稿ですが、あくまでも私自身の責任で言葉を選んでいる文章です。執行委員会での本格的な議論も経ていないため、抽象的で分かりにくい箇所が多いものと思っています。

このブログを通し、行間に込められた自分自身の思いを補足しようかどうか少し迷いました。結局、補足する記述を重ねていけば、今後の組織内での自由闊達な議論に影響を与える懸念もあります。そのため、今回のブログ記事は組合ニュースと同じ内容の文章の掲載を中心にしたものにとどめさせていただきます。いずれにしても労働組合にとって「組合員にとってどうなのか」が大事な判断材料であり、かつ何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか、幅広い視野で物事を見ていくことも重要だろうと考えています。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2017年4月16日 (日)

長島昭久さんが民進党を離党

前回記事「新入職員の皆さんへ 2017」の最後に「私どもの組合も推薦している衆院議員の長島昭久さんが民進党を離党することになりました。これまで当ブログで長島さんとの関係などを数多く取り上げてきています。 前回記事のコメント欄でも記しましたが、この件に関しては機会を見て新規記事を通して私自身の受けとめ方などを綴らせていただくつもりです」と記していました。さっそく今回、その件について新規記事の題材として取り上げてみます。

民進党の長島昭久元防衛副大臣(衆院比例東京)は7日、東京都内で開いた支持者らとの会合で、近く同党を離党する考えを表明した。10日に記者会見する。党関係者が明らかにした。無所属で活動しながら、小池百合子都知事との連携を模索するとみられる。党内きっての保守派で次期衆院選に向け、共産党との共闘路線に傾く蓮舫執行部に反発を強めていた。

長島氏は東京都議選(7月2日投開票)をめぐり、党都連に都連幹事長の辞表届を6日、正式に提出した。36人の公認予定者のうち、長島氏の元秘書を含めて7人が離党表明するなど、深刻な党勢低迷が続いていることも背景にありそうだ。長島氏は当選5回。昨年9月の党代表選で、共闘路線見直しを争点に立候補したいとの意向を示したが、出馬に必要な20人の推薦人を確保できなかった経緯がある。【産経新聞2017年4月7日

すでに関心のある方は目にされている報道内容の紹介とともに地元関係者の間では明らかになっている事実関係を少し補足していきます。上記報道にある支持者らとの会合とは「長島昭久後援会緊急集会」のことであり、案内文には「この度は国政選挙および7月の都議会議員選挙に関する重大なお知らせがあり、緊急に後援会の皆様との懇談の場を持ちたいと存じます」と呼びかけられていました。

民進党を離党する考えを表明する場として緊急集会を開くことに関し、支持協力関係のある地元の連合関係者には事前に伝えられていました。離党するという決断に対し、賛同されたかどうか役員一人ひとりの評価は分かれているのかも知れません。緊急集会の開催前はもちろんですが、今のところ長島さんとの今後の支持協力関係をどのように位置付けていくのかどうか組織的な結論は見出していません。

現時点までの関係性で言えば政治家が下した重大な決断を尊重した上で、その事実が明らかになった後、組織的な議論に入ることになっていました。連合東京や連合三多摩の段階では、ほぼ対応方針が決まりつつあるのかも知れませんが、地区協としては4月24日に開く幹事会で取扱いを議論する予定です。連合や自治労の対応方針を見定めながら、私どもの組合も執行委員会で議論し、5月連休明けに開く職場委員会で組合員の皆さんに考え方を示す運びとしています。

民進党の長島昭久・元防衛副大臣が共産党との共闘方針に反発し離党の意向を固めたことについて、蓮舫代表は8日、「考え方が違う」と述べ、不快感を示した。蓮舫氏は「衆院選勝利に向けて、野党で連携していく方針は党大会で確認されている。これから1年間の党の活動方針だ」と強調した。東京都内で記者団の質問に答えた。また、野田幹事長は奈良市内で記者団に「本人に会って聞いてみないと、考え方が分からない」と述べるにとどめた。

長島氏は10日に野田氏と会い、離党の意向を正式に伝える考えだ。一方、かつて同じグループに所属し、外交・安全保障政策でも考え方が近い前原誠司・元外相は、静岡県熱海市内で記者団に「長らく親しくやってきたので大変残念で、大事な仲間を失ったことは痛恨の極みだ」と述べた。【読売新聞2017年4月9日

地元関係者とは事前に相談を尽くしていたようですが、上記報道を額面通りに取れば民進党内での調整は皆無だったように見受けられます。もともと長島さんは野田幹事長の派閥だった関係もあり、意外な印象を受けていました。4月10日、離党届を提出するため、野田幹事長と会った際のやり取りを見ると、やはり民進党執行部にとって「寝耳に水」の衝撃だったようです。実は昨年、野田幹事長の説得で長島さんは離党を一度踏みとどまっていました。

自分自身の決意の固さとともに事前に相談することで、かえって野田幹事長に迷惑をかけてしまうという長島さんとしての配慮だったのかも知れません。しかし、野田幹事長からは「長島氏は、比例代表で当選しているので、議員辞職が筋ではないか。離党届が正式な受理とならなければ、除籍処分以外の選択肢はない」と強い反発を受ける結果を招いています。実際、長島さんは離党ではなく、除籍という処分を受け、民進党を去ることになりました。

民進党の松原仁都連会長は11日、離党届を提出した長島昭久元防衛副大臣に対し、同党執行部が除籍処分の方針を固めたことについて「自民党はあれだけ対立している東京都の小池百合子知事を除名せず、懐の深さを示している。民進党も懐が深い政党として、さまざまな力を総合する力が必要だ」と述べ、不満を示した。党本部で記者団に語った。松原氏は「考え方が違う人間がいるのは当たり前だ。それをまとめていくのが執行部だ」とも語った。【産経新聞2017年4月11日

松原さんと長島さんが政治信条的に近しいため、このような発言に至っているように見られがちです。さらに自民党と小池都知事との関係は「懐の深さ」というよりも、小池都知事の「したたかさ」に翻弄されている、もしくは除名しないほうが有利であるという自民党側の「したたかさ」を感じ取っています。いずれにしても後ほど触れますが、民進党執行部の除籍処分という判断が適切だったかどうか迷うところです。

東京都議選(7月2日投開票)で、民進党の支持組織である連合東京(岡田啓会長)が、小池百合子知事が率いる地域政党「都民ファーストの会」と政策合意をして、公認候補者の一部を支援することが4日、関係者の話で分かった。民進の公認候補も従来通り支援するが、離党届を出しても支援を受けられるため、民進に離党届を出す候補がさらに増える可能性がある。関係者によると、連合東京は、既に民進に離党届を提出し、都民ファーストから公認を受けた元都議などを中心に支援する方針という。

連合東京の幹部は「今年度予算を決める都議会定例会なども注視してきたが、小池知事の労働政策は我々の主張と大きな違いはない」などと、小池氏を評価。「我々がこれまで応援してきた候補者には、民進を離れても引き続き頑張ってもらいたい」と述べた。一方、民進の公認候補への支援もこれまで通り続ける考えだという。民進は公認候補が36人いたが、都民ファーストからの出馬を目指した7人が既に離党届を出している。【毎日新聞2017年4月4日

連合東京が都民ファーストと政策合意したという話を耳にしても驚きませんでした。昨年末に投稿した「民進党に望むこと」の中で、このあたりの関係性についても綴っていました。連合の神津会長は「私たち連合は、はなから無条件で民進党を応援しているわけではない。あくまでも自分たちの持っている政策が民進党の考え方と最も近いから応援しているにすぎない」と語り、自治体で言えば自民党色の強い首長とも連合の各地域協議会は可能であれば積極的に政策協定を交わしています。

当たり前なことですが、労働組合は政治団体ではなく、組合員のためにある組織です。組合員にとってどうなのかという判断のもとに政治との距離感を見極めていくことになります。ただ連合東京の上記の動きは民進党都議候補を離党させる後押しに繋がっていることが明らかです。まず自分自身が選挙戦で勝ち残れるのかどうか、最も大事な点になることも心情的には理解できます。議員でなくなってしまうと、都民のため、選挙区の住民のために充分働けなくなってしまうという言い分も一概に否定できません。

このような流れの中、長島さんの地元の都議選各選挙区の候補者が都民ファーストと連携し、民進党を離党しています。その候補者らを表立って応援するためにも都議選前のタイミングが欠かせなかったのではないでしょうか。もちろん長島さんにとってご自身のブロク『翔ぶが如く』等に記しているような決意が最も大きな理由になるのでしょうが、「なぜ、今なのか」という問いかけに対しては都議選を控えたタイミングが決断の後押しになったものと見ています。

事実関係を中心に書き進めてきたつもりですが、所々に私自身の見方を添えてしまいました。ある程度見込んでいましたが、ここまでで相当長い記事になっています。長島さんが除籍になったことを紹介した際に「後ほど触れますが」と記していました。当初、ここから先、私自身の受けとめ方や問題意識を書き足していくことを考えていました。単に長くなったからという理由だけではありませんが、ここから先に書き足そうと考えていた内容や論点は、あえて1週間送り、次回の記事で取り上げさせていただきます。

最後に、このブログを長島さんも閲覧され、私自身がどのような考え方や主張を発しているのか、気にされているという話を伺っています。「市井の声」をリサーチする一つの機会として利用されているものと思われますが、これまで「もう少し集団的自衛権の話」「憲法の平和主義と安保法制」に対して長島さん自身からコメントもお寄せいただいていました。たいへんお忙しい方ですので常時閲覧されていないものと思っていますが、長島さんに見られている、見られていない、どちらであろうと遠慮せず、主張すべきことは主張するというスタンスで次回以降の記事にも向き合っていくつもりです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

日記・コラム・つぶやき