2022年1月15日 (土)

間近に迫った北京五輪

前回の記事は「治療と仕事の両立支援」でした。一転して話題が変わり、今回、北京五輪について取り上げてみます。その時々に思うことを気ままに書き進めているブログですので落差の大きさについてはご容赦ください。実は年末に投稿した記事「コロナ禍が続く2021年末」の最後のほうで次のように記していました。

残念ながら2021年末、最後に投稿する記事の内容は暗い話題ばかりで締めることになります。 他にも北京冬季五輪などの時事の話題に触れるつもりでしたが、ここまでで相応な長さとなっています。中途半端に触れることは控え、機会があれば年明けの記事で取り上げてみようと考えています。

2月4日に開幕する北京五輪が間近に迫っています。史上初めて夏季大会と冬季大会が同じ都市で開かれます。オミクロン株の感染拡大の影響で無観客とするのかどうか直前まで揺れ動いています。さらに「外交的ボイコット」という言葉について後ほど触れますが、北京五輪は常に中国国内の人権問題が焦点化される引き金となります。

ちなみに1年前の記事「東京五輪の行方と都政の現場」の中で「五輪」とはオリンピックのみを指す言葉で、パラリンピックを含めていない点について説明していました。ただメディアの多くがパラリンピックも含めた意味合いとして「東京五輪」と表記していました。

そのため「本来、東京オリンピック・パラリンピックと記すべきなのかも知れませんが、このブログでも同様な意味合いで表記していくことをご容赦ください」と記していました。北京五輪という表記も同様であり、決してパラリンピックを軽視している訳ではないことを改めて釈明させていただきます。

昨年7月には57年ぶりの東京五輪が開幕」という記事を投稿し、沢木耕太郎さんの著書『オリンピア1936 ナチスの森で』について紹介していました。1940年の第12回東京大会は幻となりましたが、第11回大会はベルリンで予定通り1936年8月に開催されていました。

その年の3月、ヒトラーはロカルノ条約を一方的に破棄し、フランスとの国境に広がる非武装地帯ラインラントに大部隊を送り込んでいました。それでも1936年夏、ヒトラーはベルリン大会の開会を高らかに宣言しています。

ナチスが威信を賭けて演出した異形の大会であり、近代オリンピックの原点となったと言われています。沢木さんは、そのすべてをフィルムに焼きつけて記録映画の傑作『オリンピア』を産み落としたレニ・リーフェンシュタールさんの取材に成功しています。

激しく運命が転回した日本人選手の証言も加えながら著わした『オリンピア1936 ナチスの森で』はベルリン大会を再構築したノンフィクションでした。沢木さんの著書を読み終えた感想を添えながら私自身の五輪に対する思いを昨年7月の記事の中で次のように綴っていました。

確かにナチスの威信を賭けた異形の大会だったのかも知れませんが、非難声明を出していたフランスからも選手団が派遣され、51の国と地域から4千人の選手と2千人の役員が参加する過去最高規模の五輪となっていました。1936年8月の時点では2度目の世界大戦を回避できる可能性も残されていたのかも知れません。

オリンピックは「平和の祭典」と呼ばれています。当たり前なことかも知れませんが、戦争中であれば開催することは困難です。国連にはオリンピック停戦という原則もあり、五輪開催を通し、平和の維持、相互理解、親善という目標の推進をめざしています。いずれにしても平和だからこそ開催できる、このような思いのもとに今後の五輪開催が途絶えずに続くことを切望しています。

北京で夏季大会が開かれた2008年8月には「チベット問題とオリンピック」という記事を投稿しています。今回の新規記事「間近に迫った北京五輪」に向き合っている問題意識と当時の問題意識に変化はありません。

個々人の問題意識が容易には変わらないという当たり前な証しである一方、中国に関わる人権問題が改善されていないという残念な現状であることも省みなければなりません。その時の記事に開会式を見た後の感想を次のように残していました。

中国は56の民族で成り立っています。人口の90%以上が漢民族で、その他55の少数民族の中にチベット族やウイグル族が含まれています。北京オリンピックの開会式では、それぞれの民族衣装をまとった子どもたちが登場しました。

難しく考えずに開会式をライブで見ていましたが、この場面に対しては強い違和感を覚えました。複雑な民族問題を抱えているにもかかわらず、子どもたちの笑顔を利用し、民族の結束をアピールする欺瞞さを感じました。チベットやウイグルの人たちからすれば、最も冷ややかに見つめた映像だったのではないでしょうか。

2008年当時も北京五輪の開催に反対している人たちは少なくありませんでした。チベットやウイグルの皆さんが祖国の地で平和に暮らせることを願う私自身の気持ちは、五輪の開催を反対する人たちと大きな隔たりはないものと思っています。その上で昨年11月の記事「新疆ウイグルの問題から思うこと」に託したような問題意識を抱え続けています。

以前の記事内容をそのまま紹介していくと長い記事になりがちで恐縮です。それでも「チベット問題とオリンピック」という記事の最後に紹介したダライ・ラマ14世の印象深い言葉は改めて掲げさせていただきます。

怒りは、怒りによって克服することはできません。もし人があなたに怒りを示し、あなたも怒りでこたえたなら、最悪の結果となってしまいます。それとは逆に、あなたが怒りを抑えて、反対の態度―相手を思いやり、じっと耐え、寛容になる―を示すと、あなた自身穏やかでいられるばかりか、相手の怒りも徐々に収まっていくでしょう。

新年早々の前々回記事「虎口を脱する2022年に」の中では参院議員だった政治評論家の筆坂秀世さんの論評『なぜか支持率上昇の岸田内閣、菅内閣とどこが違うのか』を紹介しました。その論評の中で筆坂さんは次のように語っています。

12月24日、岸田内閣は、来年2月に開催される北京オリンピック・パラリンピックについて、閣僚や政府関係者の派遣を見送ると発表した。自民党内からは「遅すぎる」という批判も出ているようだが、そんなことはない。慌てる必要などもともとなかった。あえて「外交的ボイコット」という名前をつけることもしかったが、それで良い。「外交的ボイコット」など、所詮、中途半端な対応だ。やるなら選手派遣もしないくらいの強い姿勢を見せるべきだ。

あえて「外交的ボイコット」という言葉を使わなかったことを私自身も肯定的にとらえていました。欧米との足並みを意識しながら中国との距離感も見計らうバランスを重視した判断だったものと受けとめています。ただ「やるなら選手派遣もしないくらいの強い姿勢を見せるべきだ」という意見には首肯していません。

大事な目的は中国当局による香港やウイグルなどでの人権侵害行為を止めさせることです。国際社会が足並みを揃えて圧力を加え、中国を強く非難していくことで問題が解決するのであれば最適な選択肢だと言えます。しかしながら中国が反発を強めるだけで、対立が激化していくのであれば非常に悩ましい話となります。

このような悩ましさを踏まえた時、岸田政権の「対中外交の選択肢をより多く残しておく」という考え方は評価すべき一つの判断だろうと思っています。いずれにしても圧力一辺倒ではなく、相手側の言い分にも耳を傾けながら相手側の意思を変えていくためには率直な対話の場が欠かせないはずです。

対話の場を一切放棄するようであれば武力衝突の危機に近付きかねません。先週土曜に放映された『報道特集』の中で中国大使だった丹羽宇一郎さんが習近平主席の次のような言葉を紹介していました。習主席は「住所変更できないから我々は」と語り、会うたびに「隣国として良い関係を続けるべきだ」と強調していたとのことです。

このような話は「中国に籠絡されている」「綺麗事にすぎない」と見られ、「親中派」「媚中派」というレッテルを貼られてしまうのかも知れません。明らかに問題視すべき中国政府の行為を許容するようであれば批判の対象とすべきだろうと思っています。そのような点を違えないのであれば習主席と率直に話し合える場を持てるほうが望ましいはずです。

年末年始の休みに読むつもりで、いろいろな書籍をブックオフで買い込んでいました。そのうちの一冊が蓮池薫さんの『拉致と決断』でした。たいへん長い新規記事になっていますので書籍の内容を詳しく紹介できませんが、蓮池さんの拉致された24年間の辛苦は想像を絶するものです。

拉致という犯罪は絶対許せません。しかし、国家間で対話するパイプがあったからこそ蓮池さんらが帰国できたことも確かです。強い言葉で相手を批判しているだけでは事態を一歩も動かせていないという事実を直視しなければなりません。

安倍政権の末期から金正恩総書記と「条件を付けずに向き合う」という言葉が繰り返されるようになっています。その言葉の不充分さについて蓮池さんは「無条件で会うと言うのではなく、北朝鮮側に提案できるものを作り上げないといけない」と語っているようです。

自然災害や感染症は人間の手によってコントロールできません。そのため最悪な事態を想定し、普段から必要な備えを怠らず、リスクを緩和していく心構えが欠かせません。しかし、国家間の争いは「人間の意思」によって防げるはずです。

対話が途絶え、疑心暗鬼のもとに対立が激化し、武力衝突という最悪な事態に至ることを絶対避けなければなりません。最後に、間近に迫った「平和の祭典」であるべき北京五輪が国家間の争いを高める引き金にならないよう心から願っています。

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2022年1月 8日 (土)

治療と仕事の両立支援

コロナ禍が続いています。新年早々の前回記事「虎口を脱する2022年に」の中で、年賀状に「今年こそコロナ禍から脱し、平穏な日常が戻ることを願っています」と書き添えていたことを伝えていました。残念ながら年明け、日を追うごとに1日あたりの新規感染者の数が急増しています。

2年近く控えている外での会食が再開できることを楽しみにしていましたが、引き続き自重していかなければならない現状に戻りつつあります。必要な感染対策に留意している中、多岐にわたる労使課題や組合要求の前進をめざし、労使協議に関しては精力的に重ねています。

昨年末には市当局と教委当局に「人員確保及び職場改善に関する要求書」を提出しています。増員要求が示されている職場の所属長に対しては要求書の写しを渡し、要求内容の切実さの理解を求めていく行動にも取り組んでいました。今後、よりいっそう当該職場と連携を密にし、年度末まで交渉を重ねていきます。

このブログでは時々、私どもの自治体における労使課題の内容を紹介しています。積極的な情報開示は住民の皆さんとの信頼関係を高める手段だと考えています。自治体行政に限らず、労働組合と住民の皆さんとの関係も同様なことだと考えています。

労使課題において組合の要求や主張が絶対的な誤りであれば再考しなければなりません。そのような意味合いから日常的に発行する組合ニュースの内容は誰が目にしても説明責任を果たせる前提で書かれています。ネット上で不特定多数の方々に発信している当ブログの内容も同様です。

基本的な立場や考え方の違いから批判を受ける場合もありますが、そのことも貴重な機会だととらえています。どのような点が批判されるのか、どのように説明していけばご理解いただけるのか、いろいろな意味で「気付き」の機会につながるからです。

そのため、このブログに組合ニュースの内容をそのまま掲げる場合があります。今回、私どもの組合員の皆さんに対する速報的な意味合いを踏まえ、週明けに発行するニュースの内容の一部を紹介します。

ちなみに年末に投稿した記事「『うつヌケ』を読み終えて」のコメント欄で、ぱわさんに「いろいろなご意見等をお寄せいただき、問題意識を持った課題について執行委員会に諮り、1月の安全衛生委員会の議題の一つとして提起する運びとしています」とお伝えしていました。さらに下記のような思いも、そのコメント欄に記していました。

長年、組合役員を務めてきていますのでメンタル不調の方々のことを「ある程度」知っているつもりでした。しかしながら今回『うつヌケ』等に改めて接したことで、うつ病の苦しさや事例の幅広さなど認識を深める機会になったものと考えています。

例えば、これまでメンタル不調という言葉を多用してきましたが、この言葉もうつ病だった方の深刻さを希薄化しているように感じるようになっています。ただあえてうつ病と明らかにしないほうが望ましく、メンタル不調と称してきたのかも知れないことにも思いを巡らしています。

いずれにしても知識や情報は深く的確に把握できていたほうが、より望ましい「答え」を出すための議論にとって有益であることは間違いありません。そのため、ぱわさんから様々なご意見や情報をお寄せいただき、本当に感謝しています。ぜひ、これからもよろしくお願いします。

このように記したとおり労使協議の中で、いろいろ参考にさせていただいています。なお、組合員の皆さんから様々なご意見や相談が組合に寄せられます。個人的な一人の声だったとしても、その声の後ろには同じ悩みを抱える組合員の皆さんも少なくないのかも知れないという思いを巡らしています。

その上で市側と協議すべき事項なのかどうか組合役員一人ひとりの責任として判断します。さらに執行委員会等に諮り、複数の視点で取扱いを判断するという手順を踏んでいきます。つまり一人の組合員から発せられた意見だったとしても、市側に示した段階で私どもの組合の組織として責任を持つことになります。

発せられた経路が当ブログのコメント欄だったとしても同様です。加えてSNSという場だからこそ、率直なご意見やご要望がお寄せいただけているものと受けとめています。記事タイトルに掲げた本題に入る前の説明が長くなりましたが、このようなブログであることをご理解ご容赦ください。

さて、1月24日に中央の職員安全衛生委員会が予定されています。組合からは議題メモを12月24日に市当局に提出しています。治療と仕事の両立支援に向けた課題、人員要求書に掲げた安全衛生に関連する項目を提示し、委員会での議論を提起しています。今回、議題メモの中の「治療と仕事の両立支援に向けて」の内容全文(青字)を紹介します。

寄せられた組合員の声を受け、組合はメンタル不調の休職者の職場復帰プログラムについて検証し、当事者に過剰な不安を与えないような配慮を求めています。より豊かな社会を築くためにも、治療と仕事の両立に向けた職場環境や支援体制の整備が大切なことを厚生労働省も呼びかけています。今回、治療と仕事の両立支援に向けて、いくつか組合から具体的な要望と議論提起をさせていただきます。

メンタル不調者の中には、うつ病と診断されている職員が多いはずです。うつ病は誰でもかかる可能性があるため「心の風邪」と称されています。しかし、すぐに治るような病気ではなく、うつ病に苦しむ方々の悩みの深さは風邪と比べられるようなものではありません。さらに治ったと思った後に突然ぶり返しがあり、一進一退を繰り返しながら徐々に良くなる病気だと言われています。

また、がんに対する治療法が以前に比べて進歩しています。抗がん剤の投与や放射線による治療など退院後に継続的な通院を必要とするケースが増えています。このような現状を踏まえ、次の点について提案させていただきます。 

① 医師の診断や障害者手帳の所持等を前提に現行の長期通院休暇を特別休暇として確立できないか、せめて有給休暇残日数10日という条件や取得単位等を見直せないか、改善を要望します。

② かつて当市の職員が同一疾病で病休等に入る場合、一度復職していれば新たな取得として扱われていました。現在、取得期間の通算を不要とするためには1年間の勤務実績が必要とされています。クーリング期間としてとらえた場合、国の20日間に対し、非常に大きな差となっています。このような現状を踏まえ、復職後の同一疾病での再取得のあり方について議論提起させていただきます。

③ メンタル不調者が休職中に主治医から治療の一つとして気分転換のための外出等を勧められる場合もあります。また、親戚の葬儀等の用件で遠隔地に出向かなければならないケースもあり得ます。それぞれ安全衛生係に報告することが前提となるのでしょうが、どのあたりまで許容範囲となるのかどうか目安があれば望ましいという声も寄せられています。線引きは難しいと思われますが、可能であれば議論すべき事項の一つとさせていただきます。

いくつか補足させていただきます。寄せられた組合員の声とは主に「新疆ウイグルの問題から思うこと」のコメント欄で交わされた内容であり、前述したような手順のもとに執行委員会での確認を経ています。上記②③は議論提起としていますが、①は明確な要望とし、具体的な見直しがはかれるよう求めていきます。

今回の記事タイトルに掲げた「治療と仕事の両立支援」はあまり耳慣れていない言葉かも知れません。ワーク・ライフ・バランスという言葉は有名で、内閣府によると「仕事と生活の調和」と定義しています。

一人ひとりの事情に合わせて仕事とプライベートを両立させた働き方を実現するワーク・ライフ・バランスへの取り組みは、労働力が減少している現状の中で欠かせない課題となっています。人材確保の観点からも重要な取り組みだと言えます。

そのため「働き方改革」の議論の中でも「病気の治療と仕事の両立」が検討項目の一つとされていました。厚生労働省のサイト「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」の冒頭には次のように記されています。

それまで健康だった人が病気にかかり治療が必要になると、以前の通りには働けなくなるケースが出てきます。その場合、治療に専念することになるか、あるいは、治療しながら働くことができるのかはケースバイケースですが、治療しながら働くことを希望する人にとっては、治療と仕事を両立させることができるのかは大きな問題です。

一方で、働く人の職場、とりわけ、人事労務担当者や産業保健スタッフ、そして、共に働く上司や同僚にとっても、治療と仕事の両立支援は重要な課題です。治療をしながら働きたいという思いがあり、主治医によってそれが可能だと判断された人が働けるような環境の整備が求められています。

かなり前に同じ疾病での病休や休職期間の通算のあり方などを見直していました。以前、休職期間の上限が間近になった段階で復職し、また同じ疾病(主にメンタル疾患)で仕事から離れざるを得ない方々が少なくありませんでした。

結果的に10年以上休まれ、そのまま定年退職を迎えられる場合も決して稀ではありませんでした。懸命に職場復帰をめざされている方々に対して厚く配慮した制度だったものと思われます。

そのような制度や運用を見直しした際、組合にも示され、やむを得ないものと了承しています。産業医の先生との相談をもとに見直していましたが 『うつヌケ』を読み終えて」の中で取り上げたとおり暗いトンネルを抜け出すための転機として、本人のためにつながるという判断があったようにも聞いています。

ただ「公務員は恵まれすぎている」という社会的な背景があったことも記憶しています。このような社会的背景は変遷し、今「治療と仕事の両立支援」という流れが高まりつつあります。冒頭で述べたような趣旨のもと組合からの上記の要望や議論提起が不特定多数の方々からもご理解を得られることを願いながら今回の記事を綴らせていただいています。

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2022年1月 1日 (土)

虎口を脱する2022年に

あけましておめでとうございます。  Tora_2 

今年もよろしくお願いします。 

毎年、元旦に年賀状バージョンの記事を投稿しています。いつも文字ばかりの地味なレイアウトであるため、せめてお正月ぐらいはイラストなどを入れ、少しだけカラフルになるように努めています。

2005年8月に「公務員のためいき」を開設してから946タイトル目となりますが、必ず毎週土曜又は日曜に更新し、昨年1年間で52点の記事を投稿していました。一時期に比べ、お寄せいただくコメントの数が減り、1日あたりのアクセス数も減っています。

以前、Yahoo!のトップページに掲げられた際のアクセス数23,278件、訪問者数18,393人が1日あたりの最高記録です。その頃に比べると2桁違う数で推移しています。ことさらアクセスアップにこだわっている訳ではありませんが、やはり一人でも多くの人たちにご訪問いただけることを願っています。

特に当ブログは不特定多数の方々に公務員やその組合側の言い分を発信する必要性を意識し、個人の判断と責任でインターネット上に開設してきました。そのため、より多くの人たちに閲覧いただき、多くのコメントを頂戴できることがブログを続けていく大きな励みとなっています。

2012年の春頃からは背伸びしないペースとして、コメント欄も含め、週に1回、土曜か日曜のみにブログに関わるようにしています。そのことだけが理由ではないようですが、前述したとおりお寄せいただくコメントの数は減っていました。それでも記事内容によっては貴重なコメントをお寄せいただけているため、このブログをご注目くださっている皆さんにいつも感謝しています。

さて、今年は寅(とら)年です。年賀状には【「虎口を脱する」という言葉があります。今年こそコロナ禍から脱し、平穏な日常が戻ることを願っています。と書き添えていました。文字通りの意味となりますが、「虎口を脱する」とはweblio辞書で「非常に危険な状態から抜け出る」と説明しています。

前回記事「コロナ禍が続く2021年末」の冒頭に記したとおりオミクロン株の市中感染など懸念される動きがあり、一日あたりの新規感染者の数も徐々に増え始めています。引き続きマスク着用や手指の消毒など必要な感染対策に留意していかなければなりません。

ただ社会生活や経済に大きな影響を及ぼす緊急事態宣言の5回目の発令は可能な限り避け、国や自治体のすべきこと、個々人のすべきこと、それぞれメリハリのある感染対策に力を注いでいくべきだろうと考えています。昨年7月に投稿した「驚きの4回目の緊急事態宣言」のような記事を再び取り上げなくて済むことを願っています。

岸田政権は前政権までがコロナ対策で後手に回りがちだった点を反面教師とし、迅速性を重視しているようです。しかし、いったん打ち出した強硬策をすぐ修正するなど朝令暮改となるケースも目立っています。それでも岸田首相「政策ブレブレなのに支持率堅調」のなぜ』という見出しのとおり支持率は上昇傾向です。

実務を担う省庁や自治体からは「振り回されて混乱ばかり」との不満が噴出。ただ、国民の間では「岸田首相はすぐ方針を変え、信用できない」との批判がある一方で、「間違った方針に固執するよりいい」「どんどん聞く力を発揮してほしい」と評価する声も少なくない。

岸田首相は国会論戦でも「丁寧」「低姿勢」を徹底し、安倍晋三元首相や菅義偉前首相のような挑戦的態度を見せないことが、野党の追及を鈍らせているのは事実。臨時国会での予算委論戦でも、野党側が岸田首相の答弁にいきり立つ場面はほとんどない。

9年近くも続いた「アベスガ政権」で、安倍氏は予算委論戦で、野党の激しい追及にしばしば自席からヤジを飛ばし、「悪夢の民主党政権」などと敵意をむき出しにした。また、菅氏は官僚の用意した答弁メモを読み続け、「壊れたテープレコーダー」と批判され続けた。

岸田首相は「その対極の手法」(側近)で攻撃をかわしているのが特徴だ。それが「聞く耳を持たなかった前・元首相と、聞く耳を持つ岸田首相」(維新幹部)の対比を際立たせ、堅調な支持率につながっているのが実態だ。【東洋経済2021年12月18日一部抜粋

私自身が「なるほど」と思える情報や考え方に触れた際、そのサイトの内容を当ブログの中で紹介しています。興味深かった内容であれば「誰が」発信しているかはあまり問わず、参考までに拡散するように努めています。そのような意味で『なぜか支持率上昇の岸田内閣、菅内閣とどこが違うのか』も紹介させていただきます。

菅氏は官房長官時代、記者の質問にまともに答えないことが特徴だった。だが、なぜか上手に応対していると多くの人に評価されていた。私は高い評価が不思議でならなかった。

官房長官の記者会見は、記者に回答するためだけのものではない。記者の向こう側には国民がいるのだ。だが菅氏はこのことをまったく理解していなかったと思う。菅氏の会見で伝わってきたのは、国民に何かを分かってもらおうという気はさらさらないということだけであった。

菅氏が首相になるとは考えてみなかったが、あの説明能力の無さでは苦労すると思った。蓋を開けてみると案の定だった。菅氏の会見で納得感を得ることは一度もなかった。あまりにも拙いので、聞いている方が恥ずかしくなったものだ。最後の記者会見では、若い記者に「逃げるんですか」と言われる始末だった。

政治家、なかでも首相は国民に自分の思い、考えを伝える能力が不可欠なのだ。それは上手に喋るということではない。国民に理解してもらおうという必死さだ。それがあれば伝わるものだ。

一方、岸田文雄首相はどうか。内閣が発足したときの支持率は40%台という低いものだった。それが今では多くの調査で60%台に急増している。岸田首相の持ち味について、岸田氏自身が「聞く力」と「丁寧な政治」だと語っている。それが功を奏したのだろう。人の意見を聞かないのが菅前首相だと言われてきたので、ここでもその逆と言うことなのか。【JBpress 2021年12月28日一部抜粋

上記は参院議員だった政治評論家の筆坂秀世さんの論評です。菅前総理に対する見方が筆坂さんの論評のとおりでしたので、常識的な岸田総理の振る舞いに対する好感度が際立つ構図となっています。側近や官僚との関係においても「聞く力」を発揮しているようであり、政策面で望ましい結果を出し続けていくのであれば安定した支持率を維持していくのではないでしょうか。

今年7月に参院選挙があり、その選挙戦に勝利すれば岸田総理は長期政権の道が開けると見られています。今のところ岸田総理自身に大きなマイナス評価は見受けられませんが、政権与党全体に対しては長期政権の歪みのような疑惑や公明党の遠山清彦元議員ら4人を在宅起訴でうやむやになった「口利きの系譜」』など厳しく批判しなければならない不祥事が続いています。

至らない点が続けば下野しなければならない、このような緊張感のある信頼できる政治の実現に向けて、政権交代の受け皿になり得る野党の奮起を期待しています。しかし、自らの至らなさは棚に上げながら他者を厳しく批判するケースが目立ち、行政を縮小する政策の方向性を旗印に掲げ続けている日本維新の会の躍進に対しては懐疑的な見方を強めています。

半年間でどのような政治情勢に変化があるのかどうか分かりませんが、参院選挙の比例区において私どもの組合は自治労組織内候補の鬼木まことさんの推薦を決めています。参院選に向けては取り組む意義や重要性について、3年前の記事「自治労の組織内候補は岸まきこさん」に託したような問題意識を組合員の皆さんに丁寧に伝えていくことになります。

新年早々、政治の話題だけで長い記事になっていますが、個人的な抱負も一言添えさせていただきます。昨年11月の記事「定期大会を終えて、2021年秋」でお伝えしたとおり日々の組合活動に際し、今年はバトンを着実に渡すための一年であるという意識を強めながら臨んでいます。

そのために今、私自身がすべきこと、あえて任せるべきこと、いろいろな思いを巡らしながら日常的な活動に向き合っています。実務面では可能な限りマニュアルを整えようと考えています。また、定期大会で指摘された平和や人権に関わる方針議論に向け、このブログを通して培ってきた問題意識などをまとめた資料作りにも取りかかるつもりです。

最後に、いつもお正月のみ少し変則な日程となっていましたが、今年は通常の間隔通り次の土曜か日曜に更新する予定です。それでは末筆ながら当ブログを訪れてくださった皆さんのご健康とご多幸をお祈り申し上げ、新年早々の記事の結びとさせていただきます。

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2021年12月25日 (土)

コロナ禍が続く2021年末

2021年も残りわずかです。新型コロナウイルス感染症によって制約された日常、いわゆるコロナ禍が続いています。今のところ海外に比べれば日本国内の新規感染者の数は低い水準で推移しています。しかしながらオミクロン株の市中感染が確認されるなど懸念される動きもあり、まだまだ必要な感染対策を緩めることはできません。

昨年末、最後に投稿した記事タイトルは「コロナ禍の2020年末」でした。1年後には以前と同じように忘年会を開ける日常が戻っていることを期待していましたが、残念ながら人数制限の必要性などが今も求められています。そのため万が一の感染リスクを考え、職場単位の忘年会は今年も見合わせている現状です。

私自身、自宅での晩酌等を習慣化していませんが、外で飲む機会があった際は平均以上に酔うほうの部類だと言えます。また、そのような席は懇親を深め、率直に語り合うことで普段知らなった一面を垣間見ることができ、お互いの距離感を縮められる貴重な機会につながっているものと見ています。

ただ日本生命のアンケート調査で「職場での“飲みニケーション”が必要か不要か」を各年代の男女計7,774名に尋ねると「不要・どちらかといえば不要」が61.9%で、「必要・どちらかといえば必要」の38.2%を大きく上回っています。2017年の調査開始以来、初めて「不要・どちらかと言えば不要」が上回ったそうです。

さらに全年代で、ほぼこの割合であり、決して「若い人たちだけがそう言っている」という訳ではないようです。このような調査結果に対し、東洋経済は職場の飲み会「不要6割」をあおる風潮に疑問な訳 納得させられる一方で分断に乗っかっていないか』という記事を掲げています。

その記事で飲み会は「職場でのコミュニケーション」ツールの一つにすぎないものであり、仕事のパフォーマンスを上げていくために「職場でのコミュニケーション」 自体を拒むようであれば「単なるわがまま」だと評しています。このブログでも過去に「協力関係を築く評判情報」という記事でインフォーマルネットワークの大切さを伝えていました。

何か仕事で悩んでいると「それだったら、あの人に聞けばいいよ」という情報が入りやすく、メンタル面などの病気で押しつぶされる前に相談を行ないやすい利点もあげられます。 しかし、残念ながら効率性を重視する会社側のマネジメントにより、社員旅行や社内運動会などインフォーマルな活動の場は狭まってきたのが現状です。

上記は10年以上前に投稿した記事の中の一文です。社員旅行や社内運動会どころか、今、忘年会や歓送迎会も否定されていくような動きまで芽生え始めています。さらに日常的な職場の風景さえ、テレワークの普及によって、人と人が直接触れ合う機会が減りつつある流れとなっています。

コロナ禍によって人と接する機会が減っていくことで、「コロナうつ」と呼ばれる方々が激増しています。前回の記事「『うつヌケ』を読み終えて」の中では「誰もが苦しい、そんな状況の中ですが、うつ経験者のエピソードをまとめたこの本が一人でも多くの方にとって救いになることを願っています」という『うつヌケ』編集者の言葉を紹介しています。

前回記事の最後のほうでは、うつ病と自殺との密接な関係性に触れていました。そして、つらければ遠ざかる、『うつヌケ』の著者の田中圭一さんの言葉が本当に多くの方々に届くことを願ってやみません、このような私自身の思いを添えていました。この記事を投稿した翌日、下記のような訃報に接しています。

歌手で俳優の神田沙也加さんが18日、滞在していた札幌市内のホテルで倒れているのが見つかり、搬送先の病院で亡くなりました。35歳でした。関係者によりますと部屋の窓から転落したということで、警察は自殺の可能性もあるとみて調べています。【NHK NEWS WEB 2021年12月19日

神田さんはアニメ映画『アナと雪の女王』の日本語吹き替え版で主人公「アナ」の声を演じ、高い歌唱力も話題となっていました。2世タレントとしての枠組みから抜け出し、将来を嘱望されていたのにも関わらず突然の訃報に驚き、たいへん残念なことだと思っていました。事故の可能性も報じられる中、各メディアは必ず次のような案内も同時に行なっていました。

「日本いのちの電話」相談窓口◆ 厚生労働省は悩みを抱えている人に対して相談窓口の利用を呼びかけています。 ▽ナビダイヤル 0570-783-556 午前10時~午後10時 ▽フリーダイヤル 0120-783-556 毎日:午後4時~午後9時、毎月10日:午前8時~翌日午前8時

著名人の自殺後に「後追い自殺」が多くなるため、このような報道におけるガイドラインがあるようです。前回記事を投稿した前日には大阪市北区の心療内科クリニックで放火事件が起こっていました。25人もの方が犠牲になった痛ましい出来事でしたが、情報が不足している段階でしたので前回記事の中では触れていませんでした。

クリニックではうつ病などで休職した患者らの職場復帰を支援する「リワークプログラム」を定期的に実施していました。犯行は多くの患者が訪れていたその日を狙い撃ちにしたようです。犠牲になった西沢弘太郎院長は親身な相談で多くの患者の皆さんの心の支えとなっていました。

22歳の女性患者は、人と何かが違うと悩んでいた時に先生から「病気の特性だから気にしなくてよい。これから治していこう」と言われて救われた思いだったと語っています。現場を訪れた40歳代の会社員男性は「人生がこれからだって思えるのは先生のおかげ。命の恩人で感謝しかない」と話し、言葉を詰まらせています。

「職場への復帰をめざし、クリニックに集まって頑張っていた人たちが、なぜ、亡くならなければならないのか、あまりに理不尽な事件だと感じます」という声がニュースの中で伝えられています。まったくその通りであり、「なぜ、死を急ぐのか」「なぜ、無関係の人たちを巻き添えにするのか」同じような事件に接するたびに未然に防ぐことができなかったのかどうか忸怩たる思いを強めています。

残念ながら2021年末、最後に投稿する記事の内容は暗い話題ばかりで締めることになります。他にも北京冬季五輪などの時事の話題に触れるつもりでしたが、ここまでで相応な長さとなっています。中途半端に触れることは控え、機会があれば年明けの記事で取り上げてみようと考えています。

最後に、この一年間、多くの皆さんに当ブログを訪れていただきました。本当にありがとうございました。どうぞ来年もよろしくお願いします。なお、次回の更新は例年通り元旦を予定しています。ぜひ、お時間等が許されるようであれば、早々にご覧いただければ誠に幸いです。それでは皆さん、良いお年をお迎えください。

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2021年12月18日 (土)

『うつヌケ』を読み終えて

前回記事「コロナ禍の年末、雑談放談」に記したとおり忘年会等は一切予定されていませんが、なかなか多忙な日が続いていました。組合関係や個人的な予定が入っていない日は子育て世帯への臨時特別給付金の事務を応援するつもりだったため、早く帰宅できる日が皆無に近い12月上旬のスケジュールでした。

課を越えた時間外勤務での応援でしたが、当初想定したより順調に進めることができたようです。そのため、幸いにも私自身が協力できる日を迎える前に他課からの応援は不要となっていました。このようにコロナ禍が続く中、各自治体に緊急な対応が求められた際、全庁的な緊急対応で支え合っていくことを組合は受け入れています。

ただ国に対しては苦言を呈したいことが多々あります。かつてない緊急事態かも知れませんが、もう少し全体を的確に俯瞰できていれば避けられそうな迷走や混乱が目につきがちです。今回の10万円給付の問題も顕著な事例であり、自治体が必要以上に負担を強いられることのないよう万全を尽くして欲しいものです。

さて、先月末の記事「新疆ウイグルの問題から思うこと」のコメント欄で、ぱわさんから貴重なご意見や情報が数多く寄せられていました。私自身の考えや組合の対応についてはコメント欄を通してお答えしています。その中で、うつ病のことが取り上げられ、田中圭一さんの『うつヌケ』の紹介もありました。

一読を薦められ、さっそく第1話はリンク先のサイトで試し読みしていました。全話読み終えることができた際、このブログの記事本文で、うつ病について取り上げることをお伝えしていました。通勤帰りに立ち寄る書店には見当たらず、何軒か書店を回って『うつヌケ』を手にしていました。

すぐ読み終えていましたが、先週末は別な題材での投稿だったため、ようやく今回『うつヌケ』を読み終えた感想をもとに新規記事を書き進めています。リンク先のサイトには「パロディマンガの巨星がマジに描いた、明日は我が身のうつ病脱出コミック!」と紹介されています。

新型コロナウイルス(covid-19)の広がりによって今、大きな社会的変化が訪れています。外出自粛(「STAY HOME」の呼びかけ)やテレワークによる在宅時間の増加、人と接すること自体が減っていくなど、これらの変化が私たちに心理的ストレスを与えていることは間違いありません。

報道によれば、日本に限らず、世界各国で「コロナうつ」と呼ばれる方々が激増していて、いつまで続くかわからない自粛にも疲れてしまっていると専門家は語ります。誰もが苦しい、そんな状況の中ですが、うつ経験者のエピソードをまとめたこの本が一人でも多くの方にとって救いになることを願っています(2020年8月18日編集者)。

著者自身のうつ病脱出体験をベースにうつ病からの脱出に成功した人たちをレポート。うつ病について実体験から知識を学べ、かつ悩みを分かち合い勇気付けられる、画期的なドキュメンタリーコミック!

上記はリンク先の書籍の紹介文です。いつも著作権やネタバレに注意し、書籍を宣伝しているサイトに掲げられた文章をそのまま紹介するように努めています。うつ病についての説明も厚生労働省の「みんなのメンタルヘルス」というサイトに掲げられている内容の一部を紹介させていただきます。

うつ病は、気分障害の一つです。一日中気分が落ち込んでいる、何をしても楽しめないといった精神症状とともに、眠れない、食欲がない、疲れやすいといった身体症状が現れ、日常生活に大きな支障が生じている場合、うつ病の可能性があります。うつ病は、精神的ストレスや身体的ストレスなどを背景に、脳がうまく働かなくなっている状態です。また、うつ病になると、ものの見方や考え方が否定的になります。

気分障害には、うつ病の他に、うつ病との鑑別が必要な双極性障害(躁うつ病)などがあります。うつ病ではうつ状態だけがみられますが、双極性障害はうつ状態と躁状態(軽躁状態)を繰り返す病気です。うつ病と双極性障害とでは治療法が大きく異なりますので専門家による判断が必要です。

発症の原因は正確にはよくわかっていませんが、感情や意欲を司る脳の働きに何らかの不調が生じているものと考えられています。うつ病の背景には、精神的ストレスや身体的ストレスなどが指摘されることが多いですが、辛い体験や悲しい出来事のみならず、結婚や進学、就職、引越しなどといった嬉しい出来事の後にも発症することがあります。なお、体の病気や内科治療薬が原因となってうつ状態が生じることもあるので注意が必要です。

うつ病は、しっかりと休養をとることが大切です。うつ病の治療を考える前に、まず、心身の休養がしっかりとれるように環境を整えることが大事です。職場や学校から離れ自宅で過ごす、場合によっては、入院環境へ身を委ねることにより、大きく症状が軽減することもあります。精神的ストレスや身体的ストレスから離れた環境で過ごすことは、その後の再発予防にも重要です。

うつ病の治療には、医薬品による治療(薬物療法)と、専門家との対話を通して進める治療(精神療法)があります。また、散歩などの軽い有酸素運動(運動療法)がうつ症状を軽減させることが知られています。主に使われる治療薬は抗うつ薬です。抗うつ薬は、継続して服用する必要があり、服用を開始してもすぐに効果が現れません。

主治医の指示に従い、自分の判断で薬の量を増やしたり減らしたり中断したりせず、焦らずに服薬を継続してください。副作用を最小限にするためにも、主治医との良いコミュニケーションが大事です。また、うつ病では様々な身体の症状も現れますので、その症状に応じた治療薬を併用することもあります。

精神療法には、支持的精神療法と呼ばれる基本的な治療法に加えて、認知行動療法や対人関係療法などのより専門的な治療法があります。その他のうつ病の専門的治療法として、高照度光療法、修正型電気けいれん療法、経頭蓋磁気刺激法などが用いられる場合もあります。

治療を進めるうえで不安や悩みを持ったら、主治医に相談しましょう。何でも相談できる関係を主治医ともつことはうつ病治療の第一歩です。場合によっては、主治医以外の専門家の意見を聞くことも考えます。これをセカンドオピニオンといいます。複数の専門家の意見を聞くことが納得のいく医療を受ける手だてになることもあります。

少し長くなっていますが、厚生労働省のサイトに掲げられた内容を紹介することで、うつ病に対する基本的な知識についてお伝えする機会としています。ここからは『うつヌケ』の中で著者の田中さんらが体験した事例を紹介することで、うつ病に対してどのように向き合っていけば良いのか記していきます。

全体を通して興味深く、貴重な体験談ばかりでしたが、特に目に留まった箇所を中心に取り上げさせていただきます。ぱわさんもコメント欄で指摘されていましたが、うつ病を「心の風邪」と称することで誤解されがちな点があります。風邪のように誰でもかかる可能性があり、そのように称されています。

しかし、深刻さは「心のガン」と呼ぶべきレベルの病気だと認識する必要があります。すぐに治るような病気ではなく、うつ病に苦しむ方々の悩みの深さは風邪と比べられるようなものではありません。ただ過度に恐れ、悲観や絶望することも避けなければなりません。

病状を悪化させる要因となるため、決して軽視しないという意識のもとに適切な距離感で病気と向き合うことが肝要です。自己嫌悪はうつ病への引き金となり、青い空がグレイにしか見えなくなる日々、まるで電気イスに縛りつけられたような恐怖を感じる日々が続いたことを田中さんは伝えています。

そのような暗黒のトンネルから脱出できたのは、たまたま立ち寄ったコンビニで1冊の本を見つけたことが切っかけとなっていました。宮島賢也さんの『自分の「うつ」を治した精神科医の方法』という書籍でした。うつ病は「これ以上ムリをしてはいけない」という体が発する「非常ベル」という言葉に田中さんは目を留めました。

ありのままの自分を受け入れ、「ねばならない」という考えは捨て、ネガティブな言葉はやめて自分をほめる、顕在意識と潜在意識の境界があいまいになっている朝起きぬけに「自分をほめる言葉」を唱える、このようなことを3週間ほど続け、自分を好きになることで気持ちが明るくなってきたと田中さんは語っています。

しかし、うつを抜けた後、ある日いきなりぶり返しがあり、あのトンネルに再び戻るかも知れないと田中さんは心底恐怖しました。謎の現象「突然リターン」は「うつ病は急に良くなる訳ではなく、一進一退を繰り返しながら徐々に良くなる」という説明に行き着きます。さらに田中さんの場合、激しい気温差によって「うつが来る」ことを知りました。

からくりが分かったことで田中さんを覆っていた霧が一気に晴れ、好ましい存在ではないけれども付き合い方が分かれば決して怖くないと考えるようになり、「突然リターン」の数は目に見えて減っていきました。そして、うつはそのうち完全に治る、田中さんはそのように実感できるようになっていました。

上記は著者の田中さんの事例です。うつ病になった原因、「突然リターン」に至る理由、暗いトンネルから抜け出せた方法も個々人で違いがあります。著者本人以外の事例として、17名の方々に取材し、それぞれの体験談をまとめた書籍が『うつヌケ』です。自分を嫌いになる、私さえこの場からいなくなれば、本心を閉じこめてしまうなど原因は様々です。

脱出方法も様々ですが、本質的な点は同じであると記されています。仕事のプレッシャーが原因であれば遠ざかり、仕事に達成感を得られるのであれば近付く、肯定されたい、必要とされたい、このような気持ちに抗わないことの大切さを田中さんは説いています。

田中さんは転職を勧められた時、いわゆるリストラされた時、明日から「自分に向いた仕事」を探せる、「今、ボクは背中を押された」と前向きに考えることができました。その日の帰り道、夕景がキレイだったことを覚えているそうです。ほどなくしてマンガ家のキャリアとスキルを活かせる会社で働くことになっていました。

つらい仕事、きつい人間関係、本当にヤバイと思ったら仕事を辞めていいんだ、すべての苦痛から逃げて気持ちを正常に戻せば、またいい仕事はできる、自分を否定するものからは遠ざかることを田中さんは繰り返し訴えています。

そして、自分自身が1冊の本に救われたように『うつヌケ』が、先の見えない暗いうつトンネルで苦しんでいる多くの人たちにとって救いの1冊になることを願いながら執筆されています。

『うつヌケ』の内容から少し離れますが、もう少し続けさせていただきます。うつ病の診断基準の一つに「死について繰り返し考える」というものがあります。この診断項目で分かるようにうつ病と自殺は密接な関係があるため、ある意味、自殺はうつ病の症状であると言っても言い過ぎではないようです。

健康問題を原因・動機とする自殺者数の内訳として、うつ病が最も多くなっています。また、生活苦、仕事や学校での悩みという他の原因だったとしても、うつ病の疑いがあった可能性も高いのではないでしょうか。このような実情に対し、つらければ遠ざかる、田中さんの言葉が本当に多くの方々に届くことを願ってやみません。

たいへん痛ましい事例の一つとして、財務省近畿財務局の職員だった赤木俊夫さんが自死に至った経緯を忘れてはなりません。さらに妻の雅子さんが真相究明を目的にした裁判を突然認諾し、幕引きをはかる国の判断に強い憤りを覚えます。

最後に赤木雅子さんと辻元清美氏 怒りの緊急対談「(岸田首相は)誠実そうに見えたけど裏切られた」』『橋下徹氏 森友決済文書改ざん、突然の裁判終結に「国が真実を隠したいんでしょう。ひどい政府」』という記事も参考までに紹介させていただきます。

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2021年12月11日 (土)

コロナ禍の年末、雑談放談

2年前の年末であれば忘年会をはじめ、会食する機会が立て続く季節でした。昨年末に続き、今年も外で飲むことを見合わせています。東京都は「基本的対策徹底期間における対応」を示し、12月1日から1月16日まで同一グループの同一テーブルへの入店案内を8人以内とするよう協力を依頼しています。

9人以上とする場合はTOKYOワクション又は他の接種証明書等を活用することを推奨しています。証明書を持参していなくても大半の方々がワクチン接種しているため、特に協力依頼の目安を守れば、そろそろ外で飲むことを解禁しても構わないのではないかと迷い始めています。しかしながら万が一の感染リスクを考え、今のところ誘われてもお断りするようにしています。

このように考えている最中、たいへん憤るべき報道を目にしました。『維新・松井代表 衆院選の反省会で30人の宴会 「市民から見て”違う”とお叱りがあるかも」』『松井市長 30人宴会に「問題ある?」と開き直り…“自分に甘い”姿勢に批判続出』『維新・松井一郎が掟破りの「30人宴会」も逆ギレ・開き直りの噴飯会見! コロナ失策ごまかすため大阪市職員は大量処分したくせに』という見出しの報道です。

大阪府が府民に対して“会食は2時間以内”と要請していたなか、12月初めに30名ほどの宴会を行っていたことが発覚した大阪市の松井一郎市長(57)。会見での”言い訳連発”に批判が殺到している。

「FRIDAY DITITAL」によると、10月末の衆議院議員選挙の大阪14区の「祝勝会」として大阪・心斎橋で宴会が行われ、日本維新の会の代表を務める松井市長や、同会所属の衆議院議員ら30名ほどが参加。宴会は、およそ3時間続いたという。

「報道によると、アクリル板が設置され、換気のために窓も開けられていたとのことで、店の感染対策はされていたようです。しかし、参加者が次々に松井さんのテーブルに挨拶に行っていたようですから、万全とは言い難い。市民に感染対策をお願いする立場の市長としては、意識が低すぎるのではないでしょうか」(全国紙記者)

このことが報じられる前日の9日の定例会見で、松井市長は宴会の事実を自ら打ち明け、「打ち上げじゃなくて“反省会”」と釈明した。“会食は2時間以内で”という大阪府の府民への要請については、松井市長は「2時間をめどにやろ」「2時間程度っていうのが、2時間半、3時間ぐらい、そこにいたことは事実なんでね」と言い訳に終始。

さらに、“30人という規模での宴会は不適切なのでは?”という記者から指摘されると、「だって人数の上限、アッパーはないよ」「なんか問題あります?」と、悪びれる様子はなかった。

松井市長は「1テーブル4人」「マスク会食」での“反省会”だったとしており、「要請の範囲の中でやっていると自分では思ってます」と、要請に反してはいないと強調。2時間以上の滞在を認めていながらも、問題はないとの認識を示した。しかし、前出の記者は松井氏のこの姿勢について、疑問を呈す。

「大阪府と大阪市では、少人数会食などの要請に反して会食していたとして、7月に1474人の職員を処分しています。その際、松井市長は『市民を裏切る行為で申し訳ない』『言語道断』と厳しい口調で断罪していました。それだけに、今回の宴会報道は“自分に甘い”と非難されても仕方ないと思います」

職員に対しては重い処分を下していたにもかかわらず、「反省すべきとこかなぁと思ってますけどね」と述べるのみだった松井市長。SNS上では批判が続出している。

《会食ルール違反で職員を戒告処分したのに、ご自分はどうするのでしょうか?》《市の職員も反省で済ませてやればよかったのにね》《大阪府が決めた会食ルールを、大阪市長である松井一郎氏自身が守らず、約30人で2時間半超す会食をしていた。松井市長は「反省」というが、ならば職員もまた「反省」と言えば処分されなくて済むのだろうか? どうなんですか?》【女性自身2021年12月11日

上記の記事のとおり職員には厳しく、自分自身の明らかなルール違反に対しては甘く、記者会見では「なんか問題あります?」などと居直っている態度に心底驚いています。前回記事「再び、信頼できる政治の実現に向けて」の最後のほうで国会議員の文書通信交通滞在費に絡む話なども紹介するつもりだったことを記していました。

略して文通費、国会議員になって1日だけで1か月分100万円支給されることが問題視されています。ただ必要以上に政争の具にされているような気がしています。特に日本維新の会の取り上げ方には次の記事『丸山穂高さん「それを言うたら自分もシロアリ吉村ってことに…」『シロアリ』発言の吉村知事にかみつく』のような違和感を強めていました。

自らの至らなさは棚に上げ、他者を厳しく批判する、今回の松井市長の振る舞いに見られるような体質的な問題が非常に目立ちがちです。『冨田宏治氏が喝破「大阪で維新を支持しているのは貧困層を憎悪する中堅サラリーマン層」』という記事では「身を切る改革」と称して行政を縮小する政策の方向性に対しても警鐘を鳴らしています。

松井市長の一件は強く問題提起したい事例でしたので、日本維新の会に関わる記述だけで相当な長さとなっています。今回の記事はタイトルに「雑談放談」を付けたとおり最近の出来事の紹介を中心に思うことを気ままに書き進めるつもりでした。いつものことですが長文ブログとなることをご容赦いただきながら先に進めます。

冒頭に記したとおり忘年会等は一切予定されていませんが、なかなか多忙な日が続いていました。火曜の夜は連合地区協議会の定期総会でした。長年、議長代行を務めてきましたが、副議長に替わりました。任期が2年間であり、1年後には退任する可能性があることを考慮させていただき、複数名で担っている副議長への交替でした。

したがって、議長代行として総会での閉会の挨拶は最後となります。議長と事務局長らが退任され、自分自身は継続する訳ですが、地区協の取り組みとして「拉致問題を考える」学習会を催し、2年前には「福島第一原発の現状」を視察したことなど思い出話を紹介していました。行動力のある柔軟な組織であることを伝えた上、この1年の特色ある取り組みに触れています。

8月に復興支援オンラインイベントとして南相馬市の皆さんと交流しました。観光スポットや名産品を紹介いただきながらパソコン画面を通し、懇親を深める機会でした。コロナ禍から以前のような日常に戻り、親睦を深めるために対面で語り合う場が増えることを願っています。

その一方で、オンラインであれば何百キロも離れた方々と同時進行で語り合えることの貴重さを今回のイベントを通して体感できています。このような利点はコロナ禍の後も駆使していく試みだろうと思っていることを閉会の挨拶を通して触れさせていただきました。

12月8日の水曜は太平洋戦争の開戦から80年目を迎えていました。その日、三多摩平和運動センターは「不戦を誓う三多摩集会」を開いています。東京新聞論説兼編集委員だった半田滋さんが「敵基地攻撃と日米一体化~踏み越える専守防衛~」という演題で講演されたようです。伝聞調となる訳は定例の執行委員会を前後にずらせず、残念ながら私自身は参加できていません。

協力委員の皆さんらに声をおかけし、参加された方から資料だけは受け取っていました。翌日木曜、反核座り込み行動には参加しています。マイクを持つ出番が見込まれたため、原稿をまとめて出向いていました。不特定多数の方々に発信したい私自身の率直な思いですので、最後に、駅頭で訴えた原稿の内容をそのまま掲げさせていただきます。

           ◇            ◇

1945年8月6日、広島に。8月9日、長崎に原子爆弾が落とされました。一瞬のうちに数万人の命を奪い、その後も数多くの方々が被爆によって苦しみ続けられてきました。このような悲惨な歴史を風化させないため、三多摩平和運動センターは毎月6日もしくは9日、三多摩のいずれかの地で、このような座り込み行動に取り組んでいます。

折しも昨日12月8日は太平洋戦争が始まってから80年という節目を刻んでいました。先週土曜と日曜、二夜にわたったNHKスペシャルでは太平洋戦争が開戦した当時の日本の姿を特集しています。戦時中に個人が綴った日記や手記をAIで解析した「エゴドキュメント」として、激動の時代を生きた日本人の視点から当時の戦争の姿を伝えていました。

開戦の前年、社会には戦争とは程遠い空気が漂っていました。都市部ではアメリカブームに沸き、ハリウッド映画やジャズが流行していました。国の指導者たちも、国力で圧倒的に勝るアメリカとの戦争を避けようとしていました。しかし、長引く日中戦争、アメリカなどからの経済制裁によって日本は非常に疲弊していました。

そのため、閉塞感に風穴を開けたように受けとめられた真珠湾攻撃の一報は、国民が喝采し、熱狂していたようです。その時、数年後に国が焦土と化し、広島と長崎には原爆が投下され、日本人だけで310万もの命が奪われることを予見した国民は皆無に近かったのではないでしょうか。

なぜ、悲惨な戦争を止められなかったのか、私たちは歴史から学ばなければなりません。80年経った現在、過去の過ちを教訓化できているとは思えない事例も見受けられます。いかなる国においても非人道的な振る舞いは許されません。中国の新疆ウイグルでの人権抑圧など国際社会が一致して是正を求めていかなければならない事例もあります。

しかし、北京オリンピックに際して殊更「外交的ボイコット」と声高に叫ぶことが望ましいことなのかどうか考えなければなりません。そのことによって香港をはじめ、中国国内での民主化が進むのであれば日本も率先して追随すべきだろうと思います。

また、「台湾の有事は日本の有事」「敵基地攻撃能力を備えるべき」などという勇ましい言葉も平和を保つために本当に必要な言葉なのかどうか懐疑的に見ています。

80年前、追い詰められた日本は戦争への道を選びました。中国大陸に対する利権を手放すことは10万人以上の兵士たちの犠牲を無にすることになり、自存自衛のため、やむを得ない決断だったと言われています。その決断が悲惨な結末に向かっていました。

さらにそのような決断に向け、国民からの後押しがあったことも留意しなければなりません。情報が統制され、表現や言論の自由も充分に保障されていなかった時代背景があったとは言え、NHKの特集からは国民一人一人自らの意思として開戦の報告を喜んだことも事実だったようです。

攻められない限り、武力行使しないという平和憲法の意義は敵対国に安心を与えるという広義の国防の一つだと見られています。そもそも脅威とは「能力」と「意思」の掛け算で決まるものだと言われています。

過去の悲惨な歴史を継承し、広島、長崎の惨禍を痛切に教訓化していくのであれば、今、日本に求められていることは核兵器禁止条約を実効あるものとしていく努力であり、対話による外交力を高めていくことではないでしょうか。

ぜひ、このような点について、忙しい日常の中でも少しだけ考えていただければ幸いです。よろしくお願いします。

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2021年12月 4日 (土)

再び、信頼できる政治の実現に向けて

新型コロナウイルスは一昨年12月に中国武漢市で初めて確認されたと見られています。そこから数えると3回目の12月を迎えている訳ですが、感染が世界的に拡大し、非日常を強いられているコロナ禍で迎える師走は2回目だと言えます。

前回の記事は「緩められないコロナ対策」でした。今週末に投稿する新規記事のタイトルも「コロナ禍で迎える2回目の師走」とし、コロナ禍での現況を取り上げていくつもりでした。書き始めると紹介したい時事の話題が政党や政治家の資質に絡む内容ばかり思い浮かび、早々に「再び、信頼できる政治の実現に向けて」に変えています。

「再び」としているのは8月から9月にかけて信頼できる政治の実現に向けて」というタイトルの記事を Part2 Part3」まで投稿していたからです。個人的に「信頼できる政治の実現に向けて」という言葉が気に入っているため、今回も同じタイトルに「再び」を付けて書き進めています。

実は「信頼できる政治の実現に向けて」というタイトルの記事を「Part3」まで重ねていたことを忘れていました。「Part2」については覚えていましたが、3か月前に投稿した記事にも関わらず、 すっかり「Part3」のことは忘れていました。自分自身の記憶があてにならないことを改めて思い返す機会となっています。

ご高齢の政治家の皆さんにとって、ますます記憶力の維持はたいへんなことだろうと斟酌しています。『「お金の話は誰にもするなと」“裏金要求”否定の星野氏に泉田氏が反論』という報道が注目を集めています。衆院選前に「新潟のドン」こと星野伊佐夫新潟県議から自民党の泉田裕彦衆院議員が2~3千万円の裏金を要求されたという疑惑です。

当初、星野県議は会話そのものを「事実無根だ」と否定していましたが、音声データが公開されると「すべて思い出した」と記憶をよみがえらせています。星野県議は必要経費の要求で違法性はないと説明していますが、疑惑が徹底的に解明されない限り、政治に対する信頼は失墜していく大きな問題だと言えます。

音声データに残る泉田議員の「広島で(事件が)あったでしょ?」という言葉に対し、「そんなこと言ったらきりがないから、そういう世界なんだから」という会話が「作り話」ではなく、事実であれば本当に情けないことです。同じ自民党の政治家だった河井克行元法相は買収事件で実刑判決を受けています。

それにも関わらず、違法行為に対して「そんなものはね、いいですか、はっきり言うよ。言葉の問題だけであって、実際はそんなもの気にしている候補者なんて一人もいないからね」という言葉が返されることに根深く、政治的な土壌や体質的な問題が現存していることを疑わざるを得ません。

さて、最近の記事「衆院選挙が終えて思うこと」の中で「国民からの信頼を裏切るような失態が続けば政権の座から下ろされる、このような緊張感があってこそ、より望ましい政治の実現につながっていくものと考えています。そのためにも立憲民主党の奮起を期待しています」と記し、このような思いのもとに立憲民主党の代表選の動きを注目していました。

4名の立候補者が他の候補を敵対視するような言葉を避けていた論戦だったことに安堵しています。そのことが泉健太新代表のもと立民新幹事長に西村氏、代表代行は逢坂氏…政調会長には小川氏を起用』という挙党体制につなげられているものと思っています。今後、下記の報道のとおり連合との関係が良好なものとなっていくことを期待しています。

立憲民主党の泉健太代表は3日、支援団体・連合の芳野友子会長と新体制発足後初の会談を行った。 来夏の参院選に向けて連携していく方針を確認したが、連合が否定的な見解を示している共産党との「野党共闘」のあり方については触れなかったという。

泉氏はこの日、東京都内の連合本部を西村智奈美幹事長と訪れ、芳野氏に新執行部体制などを報告。約20分の会談後、記者団の取材に応じた。泉氏は「臨時国会、参院選と共に戦っていきたいと伝えた」と説明。芳野氏が合流を求めている国民民主党については「(国民と)やりとりしていきたいと伝えた」とした一方、共産に関しては「(話題に)出なかった」と述べるにとどめた。【朝日新聞2021年12月3日

労働組合の立場からは「組合員のため」、政権をめざす政党の立場からは「国民のため」、お互い「ウインウイン」の関係に高め合えなければ残念なことだと言えます。今回は儀礼的な挨拶が中心だったのだろうと思われますが、今後、共産党との関係も納得し合えるまで真摯に話し合う必要があるのではないでしょうか。

各政党が掲げる政策や選挙協力のあり方について、すべての人からの納得は難しくても、より100%に近い人たちから「なるほど」と思えるような説明責任が政党には求められています。信頼できる政治の実現に向け、欠かせない試みであり、そのような対応が不充分だった場合、国民からの支持は限られてしまうのだろうと思っています。

このような思いを泉新代表には受けとめていただき、政権交代を現実的な視野に入れられる政党に高めて行って欲しいものと願っています。今回の記事では国会議員の文書通信交通滞在費に絡む話なども紹介するつもりでしたが、機会を見ながら次回以降の記事の中で触れさせていただきます。

最後に、もう一つだけ『維新の会「党の正職員」募集に「パソナから採れよ」とツイッターユーザーが怒りのツッコミ』という話題を紹介します。日本維新の会を痛烈に批評する声が興味深かったため、このブログで紹介しようと考えていた記事内容であり、全文をそのまま掲げます。ちなみに衆議院選挙 投票マッチング」の結果、私の意見に最も遠かったのが維新の会でした。

先の衆議院選挙で議席を伸ばした「日本維新の会」の公式アカウントが11月25日に投稿した「党の正職員」を募集するツイートが話題になっている。

《【求人募集開始のお知らせ】 日本維新の会では、党の正職員の募集を開始いたします。我が党の活動を職員の立場で支えていきたいとお考えの方からのご応募をお待ちしております。詳細に関しては、下記URLにてご確認ください。https://o-ishin.jp/recruit/ (募集締切)令和3年12月10日(金)まで》

文面的には、どこもおかしいところはないが、投稿直後からツッコミが殺到した。《正職員という「既得権益」になりたい人を募集されています》《正社員いらんやろ 普段と同じようにパソナから派遣職員募れよ》《パソナから採りゃいいじゃん。正社員は既得権なんでしょ?》《職員は、是非パソナからの派遣で工面してください。だって、正社員は既得権益で打破しないといけないんですもんね》

正社員という既得権? 同党所属の足立康史衆議院議員が、9月28日にツイッターユーザーとのやり取りで「正社員」を〝既得権〟と表現し、炎上していたからだ。《小泉-竹中路線の労働市場の流動化が上手くいかなかったのは、正社員という既得権に切り込めなかったから。改革が中途半端だったからです。労働市場改革をやり過ぎたのではなく、足りなかった。何が足りなかったかと言えば、正社員の既得権に切り込めなかった》

これに、ツイッターユーザーから《正社員の既得権って何ですか?》と質問され、足立議員は《雇用です》と回答。大論争を巻き起こしていた。《さて皆さん。「正社員(正規雇用)は既得権」だそうですよ。今、正規雇用されている人たちは、かつて既得権者としてバッシングされた人たちと同じ目にあうという事です》

《「正社員という既得権」とかヤバすぎでしょ。労働者からこれ以上何を奪おうっていうの?それより非正規雇用の不安定な立場を何とかしなさいよ。こんなのが国会議員とかマジ勘弁してほしい》《「正社員という既得権」すっげーパワーワード来たな こりゃ労働市場に革命が起きるでぇ 雇用新時代の到来やー》

「維新の会代表の松井一郎氏が市長を務める大阪市と、副代表の吉村洋文氏が知事をしている大阪府は正職員をリストラして、代わりにパソナからの派遣社員に切り替えています。今では北区、都島区 、福島区、此花区、中央区、西区、港区、大正区、天王寺区、浪速区、西淀川区の窓口業務はほとんど派遣社員に切り替わっており、委託業者としてパソナグループの名前が入っているほどです」(地元記者)

ちなみに、募集要項には給与などの待遇については一切の記述がない。採用されたら〝やりがい搾取〟されそうだ。

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2021年11月28日 (日)

緩められないコロナ対策

新型コロナの新規感染確認者の数は激減しています。東京都内の先週水曜の感染確認は5人で今年最も少ない数となっていました。8月には5千人を超える日が続いていましたので最近の推移から見れば収束に向かっていることを期待したい傾向です。しかし、まだまだ安心できない現況であることを下記のような報道から認識しなければなりません。

新型コロナウイルス特別措置法に基づく緊急事態宣言を9月30日までで解除してから、間もなく2カ月となる。南アフリカなどではインド由来のデルタ株を上回る感染力を持つとの見方がある変異株「オミクロン株」が確認された。韓国では新規感染者数と重症者数が過去最多を更新、医療体制は逼迫し、欧州でも感染が再拡大している。政府や専門家は「第6波」の到来に警戒を強めている。

ワクチン接種が進めば新規感染者が増加しても、重症者数を抑えられ、社会経済活動を続けることができる-。ワクチン効果として指摘されるそんな見方は韓国では通用しなかった。韓国はワクチン接種率が8割近くになり、今月から飲食店の営業時間制限を撤廃した。だが、24日の発表では新規感染者が4115人と初めて4000人を超え、過去最多を更新。25日の発表では重症患者数が過去最多の612人に上った。2回接種した人が感染する「ブレークスルー感染」が相次いだとされる。

感染再拡大は欧州でも広がっており、脇田隆字国立感染症研究所長は「ワクチンの効果が落ちてきているのだろう」と分析。欧州や韓国では英アストラゼネカ製のワクチンが広く使用されたことなどを日本との違いに挙げる。実際、アストラゼネカのワクチンは米ファイザー製に比べ、効果の持続期間が数カ月短いとの指摘がある。

一方、南アなどで検出されたオミクロン株は香港などでも感染が確認されており、ワクチン効果を低下させる可能性が指摘されている。松野博一官房長官は26日の記者会見で、「ワクチン効果に与える影響などを評価していくことが重要だ」と述べた。

政府は12日、コロナ対策の全体像を決定した。今夏の第5波の感染力が2倍になっても対応できる病床確保策などを盛り込んだが、「2倍」というのは、第5波でワクチン効果が十分あったと仮定した場合の2倍だ。実際に発生した感染者数の2倍ではない。ブレークスルー感染が相次ぐ事態となれば、全体像で示した確保病床数では足りなくなることも考えられる。各都道府県と医療機関とで行う病床や医療人材をめぐる調整も容易ではない。

また、北海道で飲食店や医療機関などでクラスター(感染者集団)が発生している。こうした中、医療従事者は12月、高齢者は来年1月から追加接種が始まる。追加接種の間隔は2回目から原則8カ月以上だが、クラスターが発生した医療機関や高齢者施設の利用者や医療従事者は、例外的に6カ月に前倒しできる。

ただ、今後の感染状況次第では、前倒しできる対象の拡大を求める声が強くなる可能性がある。新型コロナ対策分科会のメンバーでもある医療関係者はオミクロン株についてこう語る。「南アではデルタ株からかなり置き換わったという情報がある。置き換わるということは感染力が強く、ウイルスとして勢いがあるということだ。侮れない」【産経新聞2021年11月27日

前回記事「新疆ウイグルの問題から思うこと」から話題が変わり、新型コロナに絡む内容を書き進めています。日本はワクチン接種が遅れていたため、再拡大の時期が海外に比べて遅くなっていると見られています。もしくはマスク着用や手指の消毒など必要な感染対策を緩めていないことが再拡大を防いでいるという見方もあります。

いずれにしても新型コロナに関しては「これが正解だ」と断定的に語れない点が多々見受けられています。このブログを開設してから意識的に幅広い情報や考え方に触れるように心がけています。最近、新型コロナ関連の書籍を2冊読み終えています。1冊は小林よしのりさんの『コロナ論4』です。

マスク不要と訴え続ける小林さんの『コロナ論』『コロナ論2』『コロナ論3』すべて目を通しています。そのため最新刊を書店で見つけた時は迷わず手にしていました。新型コロナはインフルエンザよりも怖くない、子どもの死亡者はゼロであり、若者の死亡者も極めて少ないというデータを示しながら小林さんは持論を展開しています。

インフルエンザワクチンは5千万人に接種して死亡例は数人に対し、コロナワクチンは4千万人に接種して夏の段階で751人が亡くなっているというリスクを強調されています。このようなリスクを明らかにせず、ワクチン接種を強く推奨している国の対応を小林さんは厳しく批判していました。

さらに井上正康大阪市立大学名誉教授の「日本人は既に新型コロナの集団免疫を獲得しており、もともと感染しにくい子どもはもちろん、大人も接種する必要はない」という言葉も『コロナ論4』の中に掲げられています。このような疑義がある中、ワクチンの効果が薄れるから3回目の接種も必要という発想に小林さんは警鐘を鳴らしています。

『コロナ論4』に登場されている訳ではありませんが、このあたりについてブログ『Dr.和の町医者日記』で有名な長尾和宏医師が最新記事「貴方は自分の免疫を持っている!」を通して問題点をまとめられています。転載や引用ができませんので、ぜひ、興味を持たれた方はリンク先をご参照ください。

もう1冊は『日本の聖域 ザ・コロナ』です。会員制の月刊誌「選択」の連載記事「日本のサンクチュアリ」を中心にまとめた書籍で、今回が第6弾となっています。新型コロナに絡む内容は25本の記事のうち前半の8本でしたが、幅広い情報に触れられる機会につながったことは確かです。

人命を脅かす疫病を前に、己の利のみ追及し甘い蜜を吸う輩が存在する。感染症対策そっちのけでワクチン利権拡大に勤しむ国立感染症研究所。人流減しか提言できない専門家会議の実態。カネを独占するため異常に抑制されたPCR検査……。国民生活に密接する国の中枢で何が行われているのか?

上記はリンク先のサイトに掲げられている書籍の紹介文です。日本のコロナ敗戦の軌跡として、行政の意図的怠慢、真の専門性を有する専門家の不在、大手メディアの科学的リテラシーの欠如、 この3点が集約できると「はじめに」の中に記されています。全体を通して「なるほど」と思える箇所も少なくありませんでしたが、次のような感想を抱いていました。

前述したとおり新型コロナに関して不明瞭な点が多い中、政治家や官僚、専門家の皆さんらが試行錯誤を繰り返されたことは間違いありません。ただ意図的な怠慢や私益を優先して対応された方は皆無に近かったのだろうと思っています。もちろん的外れな判断を重ねていた場合、そのことに対する責任や総括は厳しく問われなければなりません。

当初、PCR検査が増えなかったことについて厚労省関係者は「民間の検査会社や大学に頼めば、PCRはいくらでも増やせたのにカネと情報を独占するため、あえてやらなかった」と打ち明けていることを伝えています。そのままの発言であれば大きな問題ですが、一方でPCR検査自体の精度や必要性を疑う考え方があったことも留意しなければなりません。

2回目の緊急事態宣言を発出する際、1回目の時に近い営業自粛要請の対象範囲を検討していながら業界団体の陳情で方向転換したという与党議員の声も伝えています。そのためマスクなしの会話をしがちな飲食店に絞った要請となっていました。クラスターの発生率が飲食店は高いというエビデンスをもとに結論付けたと政府は説明していました。

しかし、書籍の中で「これはデタラメだ」と指摘しています。保健所の実務的な負担を減らすため、濃厚接触者の定義を「1メートル以内の距離で、マスクなしで15分以上会話した者」としていました。したがって、マスクを外すことのない施設はクラスターを発見するための積極的疫学調査の対象になりません。

濃厚接触者にならなければPCR検査の対象となりませんので、飲食店での会食によるクラスターの発生率が高くなる点について伝えていました。『ザ・コロナ』では「GoToトラベル」で全国にウイルスをばらまいたりせず、大学病院の重症患者受け入れ数を増やすだけで医療崩壊を回避できたのに不要な緊急事態宣言を発出し、日本に大きなダメージを与えたことを批判しています。

繰り返しになりますが、新型コロナを巡り、様々な考え方が散見しています。マスクの効用、三密を避けることの有用性、ワクチンの効果やリスク、いずれも人によって評価の分かれる場合があります。また、感染対策の大半は、あくまでも感染リスクを低減させるかどうかの問題だろうと思っています。

人との接触を完全に断ち、ウイルスの侵入を防ぐ生活が送れるようであれば何よりです。しかしながら社会生活を営みながら新型コロナと向き合っていくためにはワクチンを接種していたとしても、パンデミックの終息が宣言されるまで必要な感染対策を緩めることはできません。幸いにも現在、日本国内で感染者が激減していることは間違いありません。

当たり前な話ですが、周囲に感染者がいない、このことが最も安全で安心な状況です。もちろんウイルスがゼロになることはなく、無症状で感染している場合もありますから油断大敵ですが、このような状況が続くのであればワクチンの効果が薄れても第6波を防げるのかも知れません。

最後に、東京五輪の開催を間近にしていた時とは異なり、オミクロン株を侵入させないための水際対策に政府は全力を注げるはずです。このあたりは個々人の努力が及ばない領域であり、ぜひとも政治の力で望ましい状況を何としても維持して欲しいものと願っています。

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2021年11月20日 (土)

新疆ウイグルの問題から思うこと

前回記事「衆院選挙が終えて思うこと」の中で「国民からの信頼を裏切るような失態が続けば政権の座から下ろされる、このような緊張感があってこそ、より望ましい政治の実現につながっていくものと考えています。そのためにも立憲民主党の奮起を期待しています」と記していました。このような思いのもとに立憲民主党の代表選の動きを注目しています。

昨日告示され、4名の立候補者での論戦が交わされていくことになりました。一騎打ちという構図ではなく、多様な顔ぶれでの選挙戦となったことに安堵しています。ちなみに衆院選挙での自治労組織内・政策協力議員候補は20名で14名が当選しています。自治労の機関紙を改めて確認してみたところ代表選の立候補者全員、その14名の顔ぶれの中で拝見でき、たいへん心強く思っています。

さて、前々回記事「定期大会を終えて、2021年秋」の中で、組合員から平和や人権に関わる方針案について率直な意見が示されたことをお伝えしていました。このブログを通して培ってきた問題意識であり、質問者から提起された問題は今後、しっかり組合員全体できめ細かい議論が交わせる場を設けていくことを約束しています。

さらに示された質問内容は貴重な論点提起であり、それこそ当ブログの中でも機会を見て詳しく取り上げていくつもりであることを前々回記事の中で書き添えていました。もともと今年4月に投稿した「今、ミャンマーで…」という記事の最後に次のような記述を残していたため、今回、その機会として新規記事に向き合っています。

最後に、香港における民主派への弾圧、新疆ウイグルでの人権抑圧、北朝鮮の強制収容所の問題など、世界の各所で苦難を強いられている人たちが存在しています。それらの事実が正確に伝わっていかない限り、解決の道筋を見出すことも難しいままとなります。前述したとおりの問題意識のもとに今後もSNSと向き合っていければと考えています。

私どもの組合の平和や人権に関わる方針案に拉致問題や新疆ウイグルについて触れていないことを問題視した発言が定期大会の中で示されました。人権が尊重される社会の実現をめざすという方針を掲げていますが、確かに指摘されたような具体的な言葉は記載していません。しかし、だから軽視しているという見方は当てはまりません。

あらゆる場面で人権を阻害する行為や非人道的な問題を許さず、強く抗議していく立場を包み込んだ方針だと言えます。特に「親中派だから」というような見方で切り分けられてしまった場合、ますます本質的な論点から遠ざかってしまうように思っています。どこの国の問題であろうとも「ダメなことはダメ」と指摘し、被害を受けている人たちを救うために力を出し合うことが必要です。

これまで当ブログでは「避けて通れない拉致問題」「拉致問題を考える」「ルワンダの悲しみ」「チベット問題とオリンピック」など人権に関わる問題を取り上げてきています。新疆ウイグルの問題も扱いたいと考え、かなり前に清水ともみさんの著書『命がけの証言』を読み終えていました。

ウイグル人たちの「命がけの証言」に応えて、ナチス・ヒトラーにも匹敵する習近平・中国共産党によるウイグル弾圧を、清水ともみ氏がマンガで告発。描き下ろしの新作(「日本への『夢』を奪われて……アイトゥルスン・エリさん」)に加え、楊海英氏(静岡大学教授・司馬遼太郎賞受賞者)との告発対談も収録。文化的なジェノサイド、恐るべき臓器狩り、強制収容所の実態が今明るみになる!

「絵本や漫画やアニメは日本のお家芸ですから、ウイグル問題が清水さんの手によって、こういう目ですぐに読める形で一冊の本になって本当に嬉しく思いました。この本には、ウイグル人女性(男性)などが強制収容所で受けた虐待や人体実験の生々しい証言が描かれています。ユダヤ人がアウシュビッツなどのナチスの収容所で体験したものと瓜二つ。21世紀の今、こんなチャイナチスの横暴が許されていいわけがない」(楊海英)。

「本書に出てくるウイグル人たちの証言は氷山の一角です。現状、声を発することすら出来ず、人生を踏みにじられている大勢の方の声を「伝える」ため、ひとりでも多くの方にこの本を利用していただけること、一刻も早い解放の一助になることを願っております」(清水ともみ)

上記はリンク先のサイトに掲げられている書籍の紹介文です。実名での証言は文字通り命がけであり、祖国に残っている家族が深刻な迫害を受けることになります。証言ビデオを作成した女性は実家との連絡が完全に遮断され、「私のせいで家族が酷い目にあっているのでは」とさいなまれていることを告白しています。

「でも私たち民族の経験していることを誰かに伝えなければなりません。私たちウイグル人は人間として扱われてはいない事実を」と語り、50歳までの女性全員が避妊のための検診や措置を受けさせられ、自費で麻酔なしの手術を強制されていることを伝えています。その女性は「ウイグル族と呼ぶことは私たちを少数民族と印象付けたいためであり、私たちはウイグル人です」と訴えています。

職業訓練センターと称される収容所の医師だった亡命ウイグル人は「驚いたことにメスを入れたら血が流れたのです。まだ生きている!1週間拷問を受けて傷だらけの女性の胸を麻酔なしの手術で切り開いていました。最初が心臓で、次が腎臓、手術バサミで切り取られた時、痛みで身体が痙攣しました」と証言しています。この証言を伝えた後、年間10万件以上の臓器を全世界に提供していることが著書の中に記されています。

収容所の内側の様子も描かれています。牢屋の高さ6メートル、長さ7メートル、幅3メートルぐらい、時には40人以上が押し込められていました。同時に寝る場所がなく、2時間ずつ交代で寝ます。部屋の上部にはテレビがあり、習主席の演説が流されています。ガラス張りのトイレ、トイレットペーパーは1日縦7センチ横1.5センチだけ渡されます。

朝から15時間座りっぱなしの罰を受けます。時々、全裸でおかしな格好をさせられ、屈辱的な検査を受けました。外部から取材カメラが入る時には、みんな歌や踊りを命令に従って一生懸命やりました。5つの中国語の決まった曲を覚えて取材カメラに披露しました。これらは外国へ送金した罪という濡れ衣を着せられ、収容されたカザフスタン国籍のウイグル人女性の証言です。

ここは君らウイグル人の土地だからあなたがたに任せる。私たちは協力するだけだ。経済的に豊かになったら出ていく。とても友好的できれいなことをたくさん言われ役人は信じましたが、結果それらは全部嘘で侵略のための罠でした。

そして、たくさんの漢人たちが私達の土地に入って来続け、いつのまにかウイグル人の人口と同じぐらいになって彼らは態度を豹変させましたが、その時は既に手遅れでした。人口が逆転したら、いくら私達が正しいことを言っても、もうそれは通じないのです。正しいことを言ったほうが罪人になるのです。

このような信じられない残虐な事実や理不尽な行為の数々が『命がけの証言』の中に綴られています。著者の清水さんが「本書に出てくるウイグル人たちの証言は氷山の一角です」と語っていますが、この瞬間に人権を抑圧され、生命の危機にさらされている方々が無数に存在しているはずです。

私自身、微力であり、できることも限られています。それでも当ブログを通し、まず新疆ウイグルで何が起こっているのか、どのように多くのウイグル人の皆さんが苦しんでいるのか、清水さんの著書を紹介することで一人でも多くの方々に伝えたいと考えていました。そして、私どもの組合が人権についての方針を掲げるのであれば、新疆ウイグルの問題も重視していかなければならないという思いを託しています。

つい最近、目に留まった動きを紹介します。『岸田首相“親中に変節”か 人権法見送り報道、林外相の起用…怪しい「対中姿勢」 乱れる欧米各国との歩調 識者「弱い政治のシグナルに」』という見出しの報道です。個人的には「親中に変節か」という言葉は前述したとおり違和感のある見方だと思っています。

大事な目的は中国当局による香港やウイグルなどでの人権侵害行為を止めさせることです。国際社会が足並みを揃えて圧力を加え、中国を強く非難していくことで問題が解決するのであれば最適な選択肢だと言えます。一方で、中国が反発を強めるだけで、対立が激化していくのであれば非常に悩ましい話となります。

このような悩ましさを踏まえた時、岸田総理らの「対中外交の選択肢をより多く残しておく狙い」という判断なども頭から否定できないものと思っています。圧力一辺倒ではなく、相手側の言い分にも耳を傾けながら相手側の意思を変えていくためには率直な対話の場が欠かせないはずです。

今、ミャンマーで…」でも記したことですが、日本政府が主体的な外交力を発揮し、抑圧されている方々に平穏な日が戻るのであれば何よりなことです。しかし、そのような外交力を期待できず、人権より経済を優先した判断だと見られるようであれば問題です。最後に、紹介した見出しの記事全文を掲げますが、岸田政権の対応が前者であって欲しいものと願っています。

岸田文雄政権の「対中姿勢」が怪しくなってきた。中国当局による香港やウイグルなどでの人権弾圧を念頭に、海外での人権侵害行為に制裁を科す「日本版マグニツキー法」の整備が検討されてきたが、岸田首相が当面見送る方針を固めたと報じられたのだ。第2次岸田内閣では、政界屈指の「親中派」である林芳正外相を起用した一方、法整備に積極的な中谷元元防衛相を「国際人権問題担当の首相補佐官」に登用してバランスをとったとされたが、まさか「親中・リベラル」に舵を切ったのか。

「首相、人権侵害法見送りへ」「対中外交に選択の余地」 共同通信は16日午後、このような見出しで、政府関係者が明かしたという「独自ダネ」を、次のように配信した。「岸田首相は『日本版マグニツキー法』の制定を当面見送る方針を固めた」「外為法など既存の法律を活用し、資産凍結や入国制限を可能とする方策を検討する」「対中外交の選択肢をより多く残しておく狙い」「新法制定で中国を過度に刺激するのを避ける」「岸田政権の姿勢に欧米各国の理解が得られるかも焦点」

欧米各国はすでに、人権侵害に関与した外国当局者らに制裁を科す法律や制度を整備している。記事は、中国に配慮して、欧米との共同歩調から外れる-と読める。習近平国家主席率いる中国共産党政権による人権弾圧は極めて深刻だ。100万人以上のウイグル人が職業訓練センターを称する強制収容所に送られたとされる。チベット人やモンゴル人も人権侵害に苦しんでいる。香港からは「自由と民主主義」が消えた。

岸田首相は、自民党総裁選で「日本版マグニツキー法」に賛成する姿勢を示し、「人権担当首相補佐官の設置」を目玉政策としていた。ところが、第2次内閣発足を受けた10日の記者会見では、新法制定について「超党派の議論も続いている」と明言を避けた。中谷氏も15日のBS日テレ番組で「(新法制定は)簡単にはいかない」と慎重な姿勢を示していた。

中谷氏は4月に設立された「人権外交を超党派で考える議員連盟(人権外交議連)」の共同会長を務め、与野党の有志議員の中心的存在として「日本版マグニツキー法」の必要性を訴えてきた。今回の報道をどう見るか。中谷氏とともに人権外交議連を設立し、共同会長も務めた弁護士の菅野志桜里前衆院議員(旧姓・山尾)は「事実なら失望だ」といい、続けた。

「岸田政権が、中谷氏を首相補佐官に登用したことで、欧米各国は『日本も人権外交に取り組む』と期待していた。今回、『当面見送り』という報道が出たことは大きな後退だ。今大切なのは、各国が連携して『あなたのしていることが人権侵害だ』と中国に声を上げ、行動を起こすこと。このままでは、『国際情勢の変化に対応できない日本』『外務省に飲み込まれる弱い政治』というシグナルになってしまう」

6月中旬に閉会した通常国会で、中国当局による人権侵害行為の即時停止を求める国会決議案は採択が見送られた。これに対する反発が、菅義偉前政権への逆風につながった面もある。衆院選で勝利した岸田政権だが、「親中派」林外相の起用を含め、「対中姿勢」が変化したとすれば看過できない。

人権外交議連の副会長を務める自民党の山田宏参院議員は「日本政府が示すべきは、中国の人権弾圧に対する『明確な姿勢』だ。欧米と共通する『自由』『民主』『人権』といった価値観に基づき、行動しなければならない。共同通信は『外為法など既存の法律を活用して…』と報じていたが、日本には『人権』で横軸を入れてペナルティーを科す法律はない。既存の法律での対応とは似て非なるものだ。中谷氏も補佐官になった以上、法整備に向けて努力してほしい」と強調した。

米紙ワシントン・ポスト(電子版)は16日、ジョー・バイデン米政権が、中国の人権侵害を理由に、来年2月の北京冬季五輪に外交使節団を派遣しない「外交的ボイコット」を近く表明する見通しだと報じた。後手後手の日本とは温度差が生じるばかりだ。

前出の菅野弁護士は「欧米各国は『中国も経済発展すれば民主化する』という認識を改めた。中谷氏には『日本版マグニツキー法』の必要性を主張し続けてほしい。林外相は『親中派』というレッテルを貼られているが、軌道修正して毅然とした対中政策をとれば国民からも評価されるはずだ。国会での対中非難決議と、北京五輪の『外交的ボイコット』についても、先送りにせずに検討して、実行してほしい」と語った。【zakzak 2021年11月18日

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2021年11月13日 (土)

衆院選挙が終えて思うこと

10月15日の東京都人事委員会勧告を踏まえ、私どもの組合は月例給の水準の維持などを求めた自治労都本部統一要求書を10月28日に市当局に提出しました。定年引き上げに向けた統一要求書と単組独自要求書も同時に提出しています。11月2日に市当局から都人勧を基本に改定するという文書回答が示されていました。

11月10日夜に団体交渉を開き、公民格差以外を理由とする引き下げがないことの確認などを求め、早期の決着をはかっています。会計年度任用職員の場合は都人勧の内容の反映を翌年度としていますが、他団体の労使交渉の結果等を見定めた上、翌年度に向けての再協議を求める場合があることも市当局に申し入れています。

本来、労働組合にとって最も重要な賃金交渉について当ブログで掘り下げるべきなのかも知れません。それでも前回記事「定期大会を終えて、2021年秋」の冒頭に「衆院選挙に絡んだ内容は機会を見て次回以降取り上げていくつもりです」と記したとおり総選挙戦の結果を受け、いろいろ思うことを書き進めてみます。

立憲民主党は改選前の110議席を14議席減らし、96議席という結果となっています。敗因について前回「野党優位の状況だったのに…」維新は大躍進を遂げて、立民が惨敗した決定的な違い 』『立憲民主党はなぜ若者の支持を得られなかったのか?』『野党共闘はなぜ失敗したのか 惨敗の立憲民主、政治評論家が指摘した「維新との差」』という記事を紹介しています。

その後も様々なサイトの論評を目にしています。今回、特に目に留まった記事中の一文を紹介し、個人的な見方や感想を添えていく構成を考えています。まずディリー新潮に掲げられた『なぜ君「小川淳也」は野党の“希望の星”になれるか 不安要素は「消費税」と「共産党」』という記事に注目しました。

2016年の参院選、小川氏は民進党香川県連の代表として香川選挙区の野党候補を共産党候補者に一本化する先頭に立ちました。共産党候補への一本化は香川県だけで当時話題となりました。この時小川氏は共産党香川県委員会に歩み寄りを求め、「日本社会に必要なのは社会主義的変革ではなく資本主義の枠内での民主的改革」「日米安保条約の破棄や自衛隊の解消と言う政策は持ち込まない」「天皇制を含めた現行憲法の全条項を守る」などの確認書を交わしました。

私はこの小川氏の前のめりな姿勢を懸念して、議員会館を訪ねました。そして「共産党と組むと民進党がどんどん浸食され、左傾化するんじゃないか」と率直に尋ねました。それに対して小川氏は「僕は変わって行くのは共産党の方だと思う。欧州のような共産党の現実化・中道化は時代の流れでしょう。欧州も入り口は選挙協力でした。今回はその第一歩ですよ」と話していました。

映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』で一躍有名になっている衆院議員の小川淳也さんは立憲民主党の代表選挙への出馬に意欲を示しています。その映画を私も見ていますが、ドキュメンタリーとしての出来映えに感心しながら小川さんにエールを送りたくなる内容だと言えます。いずれにしても2003年10月10日の衆院解散の日からカメラを向け続けている密着ぶりに驚いていました。

欧州ではユーロコミュニズムと言われる共産党がソ連共産党と距離を置くようになり、イタリアでは1990年代に共産党が解党して左翼民主党になり、「オリーブの木」という連立政権に参加しています。このような欧州の動きを受け、小川さんは「変わって行くのは共産党の方だと思う」と語っていました。

ディリー新潮の記事中の「私」は政治ジャーナリストの青山和弘さんです。青山さんは「しかしあの参院選から5年。日本共産党は選挙協力にはさらに積極的に応じるようになりましたが、党名の変更はもちろん、綱領の抜本的な改定には踏み切っていません」と続けています。

さらに「代表選挙では共産党との共闘路線の是非が最大の焦点になります。比例代表で大きく議席を減らした今回の選挙結果を受けても、小川氏は共闘しながら共産党に中道化を求める立場を貫くのか、厳しく問われることになるでしょう」とディリー新潮の記事の中で問題提起しています。

続いて、夕刊フジの記事『立憲民主党は立ち直れるか? 問われる共産党との距離感、立証できない疑惑で騒ぐより政策重視を』を紹介します。内閣参事官だった嘉悦大教授の高橋洋一さんの論評ですが、次のような見方が気になりました。

立民が衆院選で負けた大きな要因は、共産党との選挙協力だった。いくら閣外協力といっても、自衛隊違憲、日米安保条約破棄の共産党とは組めないというのが常識だ。「立憲共産党」と揶揄され、実際、連合やトヨタ系の労働組合はアレルギー反応を示した。その結果、立民は議席を大きく減らした。

いまなお「モリカケ」優先では、さすがに国民の関心からずれてしまう。森友学園問題と加計学園問題が発覚したのは2017年2月ごろだ。森友問題では、財務省による文書改竄が明らかになったが、安倍晋三首相の関与は何も出てこなかった。むしろ、財務省による文書改竄の中で、関与していないという事実が明らかになった。加計問題も同様だ。

連合の芳野友子会長は「連合の組合員の票が行き場を失った」と語っています。結果から判断すれば共産党との選挙協力が相乗効果を生み出せなかったことは確かです。ただ小川さんの期待したような関係性や流れを強調できていれば、もう少し異なる展開もあり得たように思っています。

その上で、高橋さんが「モリカケ」の追及を立憲民主党の敗因の一つとして見ている点に関しては違和感を抱いています。少し前の記事「総選挙戦の論点は?」の中に掲げたとおり「李下に冠を正さず」という倫理観をはじめ、政治や行政に対する信頼感を失墜させていく事例として「モリカケ」等の総括が問われていたものと思っています。

NHKは選挙特番の冒頭で「自民212~253」と予想を出した。結果は、自民党が単独で過半数を大きく上回る259だった(後に261)。そして立民党は96。それが枝野代表の責任論になったわけだ。しかし、選挙戦を通じて自民党が強い危機感を持った事実、加えて、選挙を報道の最大の使命としているNHKが出した予測は軽視してはならない。どちらに転ぶかわからない選挙であり、野党共闘は有効だったということだ。

それを喝破したのは自民党で長く選挙を仕切った久米晃氏だった。西日本新聞の取材に「野党共闘は無意味ではなかったが、閣内協力か閣外協力かでもめ過ぎた。まだ政権を取れるわけでもないのにおこがましい。身の程知らずですよ」と語った。これを私がSNSで紹介すると予想通り多くの反発を招いた。しかし、選挙戦を振り返れば共産党の存在が自公からの標的となり、枝野氏も志位氏も防戦に追われた感は否めない。

仮に両者が、「政権奪取は今回は目指さず、まずは野党共闘で1強政治を終わらせて与野党が拮抗する国会を実現する。そのために選挙協力を結んだ」との姿勢を明確にしていたらどうだろうか? 自公の攻撃をかわすことができたのではないか。久米氏の指摘はそう読むべきだ。

上記は日刊ゲンダイの記事『自民党の強さは政治家ではなく党職員にある。立憲民主党は政権交代の土台づくりを』からの抜粋です。「なるほど」と思えた見方でした。自民党に比べ、野党側の土台の弱さは弁護士の郷原信郎さんの『「責任野党」は“見果てぬ夢”か ~15年前の「永田メール問題」から止まった時計』の中でも指摘されています。

野党側の政権の追及では、必ずと言っていいほど「調査チーム」「追及チーム」などが立ち上げられ、マスコミフルオープンで公開ヒアリングが繰り返されてきた。しかし、それらは、単に何人かの議員が集まって、公開の場で関係省庁の官僚や関係機関の幹部を呼び出して詰問しているに過ぎず、私が「責任野党構想」で提案した「政権追及のための調査の組織の構築」とは全く異なるものだ。

立憲民主党の政策が、十分な議論と検討を経て策定されたものであることに疑問が生じた出来事があった。今回の衆院選の投票日の3日前に、立憲民主党の代表代行(経済政策担当)として同党の経済政策を取りまとめた江田憲司氏が、BSフジ「プライムニュース」に出演し、「NISA(少額取引非課税制度)、積立NISAにも金融所得課税を課税する」と発言し、その後、訂正・謝罪に追い込まれた。

番組でのやり取りを見ると、江田氏は、そもそもNISAという制度自体を理解していないようにも見える。欧米と比較して個人の株式保有比率が低く、個人投資家の証券取引が少ない日本で、個人の証券取引を増やすことは重要な政策課題であり、NISA、積立NISAも、個人の証券取引の裾野を広げるために導入されたものだ。高額所得者の金融所得の課税の問題と、中間層への課税、少額投資家への課税、それぞれの在り方をきめ細かに議論していれば、江田氏のような失言はあり得なかったはずだ。

興味深い複数のサイトの内容を紹介しているため、たいへん長い記事になっています。衆院選挙が終えて思うこととして、立憲民主党は準備不足であり、党の土台や地力も自民党に比べれば劣っていたことを率直に認めなければならないという点です。今回の敗北を糧にして立ち直っていくのか、衰退の道をたどるのかどうか正念場だろうと思っています。

国民からの信頼を裏切るような失態が続けば政権の座から下ろされる、このような緊張感があってこそ、より望ましい政治の実現につながっていくものと考えています。そのためにも立憲民主党の奮起を期待しています。雨降って地固まる、そのような時間や機会が得られたと前向きに考えても良いのかも知れません。

今回の衆院選挙では改めて「新自由主義」という言葉が飛び交うようになっていました。 この言葉を軸に振り返った時、やはり民主党への政権交代も「時期尚早」感が目立っていたようです。その点について労働政策研究・研修機構労働政策研究所長の濱口桂一郎さんが『宮本太郎提言は“神聖なる憎税同盟”の壁を打ち破れるか』の中で語っています。最後に、濱口さんのブログの一文を紹介します。

2009年の民主党政権は、小泉政権と同じくらい「磁力としての新自由主義」を撒き散らしていたのではないか。宮本さん自身も詳しく書いていますが、2000年代前半の小泉政権は、確かに小泉・竹中の新自由主義路線でした。しかし第1次安倍政権から、福田、麻生政権と進むにつれ、自公政権は徐々に社会民主主義的な傾向を現してきました。

それが民主党政権になってもっと社民主義になったというふうに、『現代の理論』の読者は考えているかもしれませんが、私の目から見るとむしろ民主党政権で小泉政権に戻ったのです。構造改革だ、事業仕分けだと言って、無駄を全部切ればお金はいくらでも出てくると主張し、それまで自公政権末期3代で少しずつ積み上げられてきた社会民主主義的な方向が、個々の政策ではつまみ食い的に社会民主主義的な政策はあるものの、大きな流れでいうとむしろ断ち切られてしまった。

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