2020年1月25日 (土)

安倍政権にとっての個人情報

このブログは週に1回の更新間隔のため、取り上げる題材に事欠くことが滅多にありません。今回も当初、前回記事「会計年度任用職員制度の組合説明会」の続きに当たる内容を考えていました。結局、週末を迎え、時事の話題のほうを選んでいます。

金曜日には私どもの組合の退職者会の新年会があり、毎年、来賓としてお招きいただいています。その時の挨拶の中でも触れた話題でした。安倍政権を支持されている方々にとって、下記のような報道は揚げ足取りのような些末な話だと思われるのかも知れません。

安倍晋三首相が20日の施政方針演説で地方創生の好事例として若者の移住推進策の中で紹介した島根県江津市の男性が、昨年末に県外に転居していたことが21日、市への取材で分かった。首相は施政方針演説で、同市が進めてきた若者の起業支援に触れ、男性がパクチー栽培に取り組むため、東京から移住したことを紹介。

市が農地を借りる交渉をして、地方創生交付金の活用で男性が資金の支援を受けたとした。男性の言葉も引用し、「地域ぐるみで若者のチャレンジを後押しする環境が移住の決め手となった」と述べた。市によると、男性は昨年末に個人的な理由で関東地方に戻ったという。【東京新聞2020年1月21日

市民課に在籍した経験から参考までに一言申し添えさせていただきます。「県外に転居」と書かれていますが、住民基本台帳法上、住民票を市外に異動する場合は「転出」と記します。市内での異動の場合のみ「転居」と表記しています。菅官房長官の記者会見を報道した下記ニュースの中では「転出」という表記に改まっていました。

安倍総理大臣が20日の施政方針演説で、地方創生の成功例として紹介した男性が、移住先の島根県江津市からすでに転出していたという指摘について、菅官房長官は、「演説内容は、本人に確認したうえで記載している」として、問題はないという認識を示しました。

安倍総理大臣は、20日の衆参両院の本会議での施政方針演説で、地方創生の取り組みの成功例として、農業を起業するための資金援助などを受けて、東京から島根県江津市に移住した男性を紹介しました。

これについて、菅官房長官は午後の記者会見で、記者団から「男性がすでに転出していたという情報がある」と指摘されたのに対し、「男性は、江津市の支援を受けて2016年7月に移住して起業するとともに、3年以上にわたって居住していると承知しており、起業支援の成功例として紹介した」と述べました。

そのうえで「演説内容は、本人に確認したうえで記載しており、問題はなかったと思っている」と述べ、問題はないという認識を示しました。一方で、記者団が「安倍総理大臣が演説を行う前に男性の転出を把握していたか」と質問したのに対し、菅官房長官は「演説内容以外の個人的な情報について答えるのは控えたい」と述べるにとどめました。【NHK NEWS WEB2020年1月21日

「普通に演説を聞けば、この移住した男性の話は現在進行形のように思える」という見方はその通りだろうと思っています。人口の社会増が実現した成功例として取り上げていますので、現在、江津市から転出しているという事実関係は軽視できません。

普段から安倍政権を批判的な立場で記事を重ねているLITERAは『安倍首相が施政方針演説でフェイク!』という見出しを付けています。他意のない単純な確認ミスなのかも知れません。それでも国会の施政方針演説という重要な場で「フェイク」と批判されかねないミスは猛省すべき点ではないでしょうか。

しかし、それ以上に見過ごせない点が散見しています。安倍政権で何回も感じている既視感のある光景だと言えますが、過ちを過ちだと率直に認めない姿勢です。一つの過ちや不都合な事実関係を取り繕うため、いろいろな矛盾や不適切な対応が発生していく事例は決して少なくありません。

江津市によると、男性は昨年末に個人的な理由で関東地方に戻ったそうです。人口が増えた成功例として、すでに転出している男性を取り上げた件について菅官房長官は「3年以上にわたって移住している」とし、「市の起業支援による成功例として紹介するのは問題ない」と説明していますが、後付けの言い訳のように聞こえてしまいます。

もう一つ、今回の事例で気になったのが個人情報という言葉です。男性が現在も江津市に住んでいるのかどうか、菅長官は個人情報を理由に明らかにしませんでした。しかし、その時点で男性が江津市から転出している事実関係は周知のものであり、菅長官も現住していないことを前提に答えていた様子がうかがえたため違和感のある言葉でした。

ちなみに個人情報保護法では個人情報の定義を「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう」と定めています。

事前に当該の男性に対し、施政方針演説で取り上げる旨は伝えていたそうです。そのため、演説内容以外は個人情報という菅長官の説明をまったく理解できない訳ではありません。しかし、そもそも安倍首相は施政方針演説で男性の実名を出していました。転出が取り沙汰された報道では男性とされ、実名が控えられていますが、施政方針演説の全文を掲げた新聞記事等では実名が確認できます。

このような顛末となり、当該の男性の方が戸惑わられている恐れもあります。なぜ、誤解を生じさせないための事実関係の確認が欠けてしまったのか、このような事態を想定した場合、あえて実名を出させなくても地方創生の成功例の一つとして紹介できたのではないか、いろいろ考えてしまいます。特に個人情報の取扱いを重視している安倍政権であれば、今回のような事例で一般の方の実名を示すことは軽率だったのではないでしょうか。

昨年11月に「桜を見る会、いろいろ思うこと」「桜を見る会、いろいろ思うこと Part2」という記事を投稿しています。桜を見る会そのものに関しても様々な疑念が残されていますが、前述したとおり一つの過ちや不都合な事実関係を取り繕うため、いろいろな矛盾や不適切な対応が発生しているように見受けられて仕方ありません。

個人情報を理由に招待者名簿を破棄していると説明しています。第2次安倍政権以降、招待者が急増し、公文書に当たる招待者名簿の保存期間が「1年未満」と改められていました。公文書とは「民主主義を支える国民の財産」とされ、役所が意思決定する過程や結果を記録し、後の検証を可能にすることで行政が適正に運営されることを目的に整えられなければなりません。

それが開催後、ただちに廃棄できる「1年未満」に見直した理由が招待者の個人情報の保護だと言うのであれば釈然としません。同じ人を連続して招待しないという規定もあるようですが、前年の名簿がなくても可能なのでしょうか。さらに1956年と1957年の桜を見る会の招待者名簿は国立公文書館に保管されていたことが分かっています。60年以上の前の会は首相や自民党との近さでなく、役職や功績の有無で招待客を選んでいたことがうかがえています。 

このような事実関係を比較しながら考えていくと、安倍政権にとって守るべき個人情報とは何なのでしょうか。叙勲された方々の場合、氏名や居住している自治体名など特定の個人を識別できる情報が新聞紙面等に掲げられます。本来、桜を見る会の招待者名簿も同様な趣旨のもと公開しても問題のない情報だったのではないでしょうか。

招待された側としては誇らしいことであり、招待されたことをコソコソ隠すような類いの話ではなかったはずです。廃棄した、バックアップデータもない、ここまで頑なに招待者名簿を隠さなければならない安倍政権の対応ぶりこそ、不都合な事実関係を隠蔽するような意図を感じてしまいがちです。このような問題に際し、個々人の感じ方は様々なのかも知れませんが、個人情報という言葉から私自身の思いを綴らせていただきました。

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2020年1月18日 (土)

会計年度任用職員制度の組合説明会

前回記事「反核座り込み行動で訴えたこと、2020年冬」の冒頭、水曜夜に会計年度任用職員制度の組合説明会が予定されていることを記していました。現時点までに労使確認した内容等を報告し、さらに詰めるべき事項について意見交換をはかる機会としました。

昨年10月に基本合意した後、学校事務や学童保育所など個別の職場から要請を受け、同様な趣旨での懇談会をいくつか催してきました。11月の定期大会や12月の職場委員会を通し、交渉結果等を組合員全体に報告していますが、執行部側が呼びかけた説明会や意見交換の場も必要だと考えていました。

今回、事前の申込は不要としたオープンな形で開催しています。すでに懇談会を催した職場からの出席は多くないものと見込んでいましたが、当日の参加者数は45名でした。直接の当事者である嘱託職員以外の組合員の皆さんの参加も思っていたより多く、やはり関心の高さがうかがえる課題だと認識しています。

これまで当ブログでは「会計年度任用職員」「会計年度任用職員制度の労使協議を推進」「会計年度任用職員制度、労使協議の現況」「会計年度任用職員制度、労使合意」という記事を投稿してきました。条例が整えられ、今年4月から制度がスタートする訳ですが、まだまだ重要な労使協議課題としての対応が求められていきます。

法改正時の国会の附帯決議が公務における同一労働同一賃金に重点を置いた対応を求めていることを踏まえ、組合は嘱託職員の皆さんの待遇改善の機会として労使交渉を進めてきました。しかしながら私どもの組合にとっては非常に悩ましい事態を強いられていました。かえって法改正が逆風となり、全体を通して現行の待遇を後退させる提案内容が目立っていました。

他団体に比べて月額報酬の額が高い、他団体の非常勤職員の病休は無給である、このような点を市当局側は説明し、総務省の事務処理マニュアルに基づき他団体の非常勤職員との均衡に固執していました。月額報酬を1万円ほど下げ、休暇制度は都準拠とし、唯一改善となる期末手当支給も2年間かけて2.6月までに引き上げるという提案内容でした。

自治労都本部内の労使は9月議会までに決着をはかる中、私どもの組合のみ到底合意できる水準に至らず、12月議会に向けた継続協議としていました。10月24日深夜に及ぶ労使交渉の結果、12月議会への条例案送付に向け、期末手当や休暇制度等の取扱いについて労使合意しました。

月額報酬の引き下げを受けざるを得なかった不本意な点もありますが、基本的に休暇制度等の現行待遇は後退させず、期末手当2.6月分を支給することで年収増につなげる交渉結果を得られています。水曜夜の説明会では、このような交渉経緯を改めて報告しながら引き続き労使協議を求め、確認すべき主な事項について提起する機会としています。

なぜ、私どもの組合は悩ましい局面を強いられたのか、説明会の時に話した内容を今回のブログ記事でも取り上げてみます。まず法改正時の国会附帯決議の「公務における」という言葉は官製ワーキングプアと呼ばれがちな常勤職員と非常勤職員との待遇格差を念頭に置いたものだったはずです。

一方で、今回の法改正は任用根拠が曖昧だった非常勤職員の位置付けの明確化という目的もありました。法改正後、総務省から「会計年度任用職員制度の導入等に向けた事務処理マニュアル」が示され、その中には「他団体との均衡をはかること」という一文も盛り込まれていました。

総務省の担当者らと直接協議を重ねていた自治労本部役員からは「最低基準を示した労基法と同様、非常勤職員の待遇面が劣っている自治体の底上げを目的としたもので、すでに上回っている自治体の待遇を引き下げるものではない」という説明を受けていました。

このことは私どもの労使交渉の中で、組合から再三再四訴えてきています。それに対し、市当局側は「そのような点について具体的な文言として公式に発せられていないため、他との均衡を重視しなければならない」という立場を訴え続けていました。

これまで任用根拠をはじめ、各自治体の独自な判断で非常勤職員の待遇を決めていました。私どもの組合は非常勤職員である嘱託の皆さんが以前から直接加入しています。そのため、嘱託組合員の待遇改善が継続的な労使交渉の課題とされてきました。この労使交渉の積み重ねによって、現在の待遇が定められてきたと言えます。

それでも常勤職員に比べれば、まだまだ均等待遇からは程遠いものだと受けとめています。しかしながら全国的な平均レベルと比べた際、私どもの嘱託職員の待遇は高い水準だったことが今回の法改正を通して明らかになっていました。こちらからすると有給での病気休暇を一日も認めないことが全国標準である現状などには驚いていました。

私どもの自治体は地方交付税の不交付団体です。そのため、会計年度任用職員の期末手当支給に伴う億単位の予算は自主財源で賄わなければなりません。当初、私どもの市も下記報道にあるような年収総額の中での配分見直しを示唆していました。それこそ『「生活できなくなる」 期末手当新設で月給減… 非正規公務員の悲痛な声』という見出しのような事態を強いる発想であり、組合側は猛反発し、早々に見送らせることができていました。

「月給が減らされて生活ができなくなる」。福岡県内の自治体で非正規職員として働く女性から特命取材班に悲痛な声が寄せられた。いまや市町村で働く職員の3人に1人は非正規雇用。保育現場や図書館など住民とじかに接する職場に多く、非正規なしに公共サービスは維持できないのが実態だ。何が起きているのだろうか。

女性は週5日フルタイムで働いて月給は10万円台半ば。来春から勤務体系が見直され、月給が1万~2万円減る方向だという。「新たに期末手当(ボーナス)を出すから年収は変わらないと言われるけど、月給が減ると日々の暮らしが立ち行かない。正規職員並みの業務を担っているのに…。私たちは都合よく働くロボットじゃない」

地方の非正規職員の制度は来年4月から大きく変わる。地方自治法などが改正され、期末手当が支給できるようになる。経験年数に応じた昇給も可能だ。「同一労働同一賃金」が進む民間以上に格差が指摘される非正規公務員の待遇改善が目的だった。

給与体系を具体的に決めるのは各自治体で、制度設計が大詰めを迎えている。福岡市は期末手当を正規並みの2・6カ月分支給する。一方、月給は3万円ほど下がる職員もいる。市の担当者は「正規職員と業務内容を比較して適正な金額にした。年収で見ると改正前を下回らないようにしている」と説明する。

期末手当を支給する代わりに月給を下げ、年収は変わらない-。「全国の自治体でこうした動きが相次いでいる。年収維持か、アップしてもごくわずか。待遇改善にはほど遠い」。非正規公務員の実態に詳しい地方自治総合研究所(東京)の上林陽治さんはこう指摘する。

人件費上昇を抑えようとフルタイムをパートに切り替えるほか、正規と比べて初任給を低く設定したり、昇給を抑えたりする自治体が多くあるという。自治労総合労働局長の森本正宏さんは「年収がもう少し上がると期待していたが現状は厳しい」と話す。

自治体側にも事情がある。行政改革で正規の人員削減を求められる中、業務負担は増すばかり。人件費の安い非正規を増やすことでしのいできた。今回、国が先導する「待遇改善」だったはずだが、開始まで半年を切っても財源確保の具体的な形は見えてこない。

長崎県佐々町は非正規(192人)の割合が日本一高く、全体の6割強を占める(2016年総務省調査)。来年4月以降、期末手当を支給し、試算では最大約5500万円負担が増える。町の予算規模は約60億円。担当者は「国の補助があるのか注視している」。

他の市町村からも「財源が示されないまま待遇改善と言われても、対応には限界がある」との声が漏れるが、総務省の担当者は「補助については検討中」との説明にとどめる。

上林さんが提唱するのが、自治体の貯金とも言える「財政調整基金」の活用だ。税収減などに備えたもので、16年度末で全国の基金総額は約7兆5千億円。10年間で8割も増えた。

上林さんは「このままでは大事な役割を担う非正規職員が辞めてしまい、必要とする人に公共の支援が届かなくなる。待遇改善は公共サービスの質を維持する上での生命線だ」と強調する。【西日本新聞2019年11月4日

このような自治体の動きに対し、多くのメディアは疑問視した論調であり、「公務における同一労働同一賃金に重点を置いた対応」から真逆な憂慮すべき事態だと非難されなければなりません。「非正規公務員 一部自治体で給料減額の動き」を受け、総務省としても下記の報道にあるような通知を昨年末に発していました。

全国の自治体で働く「非正規公務員」にボーナスの支給を可能にする新たな制度が新年度から始まるのを前に、一部の自治体で毎月の給料などを減らす動きが出ていることがわかりました。総務省は財政悪化を理由にした給料の抑制などはやめるよう、全国の自治体に通知しました。

全国の都道府県や市区町村などで非常勤や臨時の職員として働く「非正規公務員」は4年前の時点でおよそ64万人に上り、正規職員と仕事の内容が同じでも、給料が低いなど待遇改善が課題となっています。

こうした中、すべての「非正規公務員」にボーナスの支給を可能にする新たな制度が新年度から始まりますが、総務省によりますと、一部の自治体ではボーナスの支給に合わせて毎月の給料などを減らす動きが出ているということです。

このため総務省は財政悪化を理由にした給料の抑制などはやめるよう全国の自治体に通知しました。通知ではフルタイムで働いていたのに合理的な理由もなく勤務時間を短くしたり、ボーナスの支給に合わせて毎月の給料を減らさないことなどを求めています。

総務省によりますと、新年度から全国のすべての自治体が「非正規公務員」にボーナスを支給する見通しで、これに伴う人件費はおよそ1700億円に上る見込みです。このため総務省はこの総額のおよそ1700億円を地方交付税として自治体に配分する方針です。【NHK NEWS WEB2020年1月4日

年明け、このNHKのニュースに接した時、3か月前に出してくれれば私どもの労使交渉で「組合側にとって追い風となったのに…」という思いを強めていました。「ボーナスの支給に合わせて毎月の給料を減らさないこと」という文言だけ受けとめれば、私どもの自治体は月額報酬を下げることを決めているため、総務省の通知に反しています。

地方交付税の不交付団体であり、財政上の理由も大きかったはずですが、もともと「他団体に比べて月額報酬の額が高い」という理由を軸にした苦汁の判断だったため、状況を一変させるほどの直接的な追い風にならないことも理解しています。それでも「月給は減らさない」という全国的な動きが大きな流れとなっていれば、私どもの労使交渉にも影響を与えていたかも知れず、「遅すぎる」という思いが強まって残念でなりません。

会計年度任用職員制度の組合説明会では主に私が説明していました。これまで労使で確認してきた内容の報告や今後詰めるべき課題の説明など多岐にわたっていました。今回の記事はここで一区切り付けさせていただきますが、「公募による再度の任用」の具体的な運用方法の確認に向けた問題意識などは機会を見て次回以降の記事で扱えればと考えています。

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2020年1月11日 (土)

反核座り込み行動で訴えたこと、2020年冬

昨年末に市当局と教育委員会当局に「人員確保及び職場改善に関する要求書」を提出しています。年明け、増員要求が示されている職場の所属長に対しては要求書の写しを手渡しながら要求内容の切実さの理解を求めていく行動にも取り組んでいます。今後、当該職場との連携を密にしながら年度末まで精力的に交渉を重ね、全力で各要求の前進をめざしていきます。

昨年10月に「会計年度任用職員制度、労使合意」という記事を投稿していましたが、1月15日には組合員を対象に説明会を開き、労使確認した内容等を報告し、さらに詰めるべき事項について意見交換をはかる運びです。このように労働条件の改善や職場課題の解決に向けた取り組みが日常の組合活動の大半を占めています。

その一方で自治労や三多摩平和運動センターが呼びかける様々な取り組みもあり、組合役員を中心に対応しています。木曜日にはターミナル駅前で反核座り込み行動があり、私どもの組合から役員3名が参加しました。2年前の記事「反核座り込み行動で訴えたこと」の中で紹介したとおり三多摩平和運動センターは6日もしくは9日、毎月、三多摩各地のいずれかの駅頭で座り込み行動に取り組んでいます。

1945年8月6日に広島、8月9日には長崎に原爆が投下されました。その日を忘れないために「核も戦争もない平和な21世紀に!めざそう脱原発社会!」と記された横断幕を掲げ、駅前のデッキ上の一画に座り込みます。その座り込みの横で、駅前を通行している方々にチラシを配布したり、拡声器を使って反核についての様々な主張をアピールするという行動です。

具体的な活動ができないままの恐縮な現状ですが、地区連絡会の代表という肩書があるため、このような行動の際、私自身もマイクを持つ一人として指名されます。そのため、今、私自身が切に願うことを原稿にまとめて臨んでいました。一人でも多くの方に伝えたい思いであり、今回のブログ記事でも反核座り込み行動の時に訴えた内容をそのまま掲げさせていただきます。

反核座り込み行動で訴えた内容

国連のグテレス事務総長が緊迫化した中東情勢について、世界は「今世紀最大の危機にある」と警鐘を鳴らしています。新しい年を迎えた早々、アメリカのトランプ大統領の命令によってイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官らがイラクのバグダッドで殺害されました。トランプ大統領は「ソレイマニ司令官はアメリカの外交官や軍人に対し、差し迫った邪悪な攻撃を企てていた」と批判し、「我々の行動は戦争を止めるためのものだった」として殺害を正当化しています。 

これまでソレイマニ司令官は「中東に展開する米軍をいつでも攻撃できる」という趣旨の発言もしてきました。しかし、いかに政治的・軍事的に目障りな存在だったとしても、超法規的に人を殺害することが許されるはずはありません。国連憲章51条も「武力攻撃が発生した場合」のみ自衛権の行使を認め、先制的・予防的な自衛権の行使は認めていません。大統領の指示による殺害行為は明白な脱法行為であり、アメリカによる国際法違反行為だと考えられます。 

このような強硬手段を勧める声はアメリカの政府部内でも少数だったようですが、仮にトランプ大統領が自らの選挙戦や弾劾裁判を意識した判断だったとしたら厳しく非難されるべき行為だと言わざるを得ません。 

イラン側は「イランに対する開戦に等しい」「国連憲章を含む国際法の基本原則を完全に侵害する国家テロだ」として強く反発しています。昨日、米軍主導の連合軍が駐留するイラク内の基地2カ所に対し、イランから十数発の弾道ミサイルが撃ち込まれました。

抑止を正当化した武力行使は武力による報復を招き、戦火はエスカレートしがちです。小規模な衝突から全面戦争に突入した事例が数多くあることを歴史から学ばなければなりません。広島と長崎に原爆投下という人類史上最悪な悲劇も、その引き金は旧満州での関東軍による要人暗殺から始まり、満州事変、日中戦争、太平洋戦争と広がっていった歴史を思い返さなければなりません。 

いずれにしても憎しみの連鎖はテロや戦争につながっていくことが明白です。このような歴史の教訓のもと国際社会で「特別さ」を誇るべき日本国憲法の平和主義が掲げられたものと私自身は理解しています。 

それにも関わらず、日本政府は中東地域に海上自衛隊を派遣する方針を崩していません。「日本関係船舶の安全確保に向けた情報収集を強化」するという名目で、防衛省設置法上の「調査・研究」を根拠として行なわれるものですが、自国船舶の防護を求めるトランプ政権の意向を受けた派遣であるという側面があることも否めません。 

日本ほどの大国で中東のエネルギーに依存する国が、中東地域の秩序維持、とりわけ海洋の航行安全確保の責任を忌避することは無責任であるという声も耳にします。国際社会の中で相応の責任や役割を担わなければならないという考え方はまったくその通りです。しかし、憲法の制約がある日本、平和国家というブランドイメージを前面に出した「特別さ」を持つ日本ならではの役回りこそ、この危機的な局面で求められているのではないでしょうか。 

今後、もし戦火が拡大し、アメリカの同盟国の一員として集団的自衛権の行使にあたる後方支援など戦闘に加担するような役割が求められた場合、日本政府は毅然と拒んで欲しいものと願っています。その上で、これまでイラン側とも対話できる関係性を築いてきた強みを活かし、両国の橋渡し役を果たせるような貢献策を日本政府には強く期待しています。 

今のところ両国とも全面的な戦争に至る事態に対し、自制的な構えを見せていますが、イラン国民の報復感情が決して沈静化した訳ではありません。そのため、これ以上、武力衝突が激化せず、平和的な解決がはかれる道筋に向け、日本が寄与できるようであれば何よりも望まれる国際貢献であるものと考えています。

このような願いについて訴えさせていただきましたが、ぜひ、お忙しい日常の中でも危機的な中東情勢について、「特別さ」を誇るべき平和憲法を持つ日本ならではの役割ついて、少しだけお考えいただければ幸いです。よろしくお願いします。

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2020年1月 1日 (水)

2020年、新たな12年の始まり

毎年、元旦に年賀状バージョンの記事を投稿していました。昨年3月に「母との別れ」という記事を綴らせていただきましたが、昨年末には喪中ハガキをお出しているところです。そのため、今年は新年を迎えた最初の記事も普段と変わらない文字だけの地味なレイアウトとしています。

2005年8月に「公務員のためいき」を開設し、今回の記事が843タイトル目となります。必ず毎週土曜又は日曜に更新し、昨年1年間で52点の記事を投稿していました。一時期に比べ、1日あたりのアクセス数は減っています。それでも週に1回の更新にも関わらず、毎日多くの方に訪れていただいています。

これまで時々、いきなりアクセス数が急増する場合もありました。Yahoo!のトップページに掲げられた際のアクセス数23,278件、訪問者数18,393人が1日あたりの最高記録となっています。ことさらアクセスアップにこだわっている訳ではありませんが、やはり多くの人たちにご訪問いただけることは正直嬉しいものです。

特に当ブログは不特定多数の方々に公務員やその組合側の言い分を発信する必要性を意識し、個人の判断と責任でインターネット上に開設してきました。したがって、より多くの人たちに閲覧いただき、多くのコメントを頂戴できることを願っているため、毎日、たくさんの方々にご訪問いただき、ブログを続けていく大きな励みとなっています。

2012年の春頃からは背伸びしないペースとして、コメント欄も含め、週に1回、土曜か日曜のみにブログに関わるようにしています。そのことだけが理由ではないようですが、以前に比べるとお寄せいただくコメントの数も減っています。それでも記事内容によっては貴重なコメントをお寄せいただけているため、このブログをご注目くださっている皆さんにいつも感謝しています。

さて、今年はネズミ年です。12年前、元旦に投稿した記事のタイトルは「2008年、転換の年へ」でした。十二支にこだわって考えていた時、子、丑、寅…、ネズミは12年間の先頭に数えられる年であることを思い出しました。バブルが崩壊した以降、閉塞感がただよっていた日本経済、2008年、新たな一回りの最初の年として、様々な課題が好転する転換の年となるよう願いを込めました。

2008年がどのような年だったのか、翌年の元旦に投稿した記事内容から思い返すことができます。2008年の世相を表した漢字1文字は「変」でした。「Change(変革)」を訴えたオバマ候補が次期米大統領に選ばれたこと、サブプライムローン問題に端を発した世界経済の大変動などが理由としてあげられていました。

日本の政治の「Change」は翌2009年に訪れていました。民主党を中心とする政権交代が果たされた訳ですが、その直後に投稿した「新政権への期待と要望」という当ブログの記事の中でマニフェストのあり方に懸念を示していました。財源の見積もりが不充分な中、掲げたマニフェストの実現性について次のように記していました。

仮にマニフェストを軽視した場合、国民との約束を破ることとなり、一気に民主党への批判が強まっていくはずです。したがって、まずは政権公約に掲げた政策の実現に向け、全力を尽くしていくのが当たり前な話だと受けとめています。しかし、著しい歪みや将来への大きな禍根が見込まれた時は、勇気ある撤退や大胆な軌道修正も選択肢に加えて欲しいものと望んでいます。

民主党が期待されているのは、総論としての国民生活の向上であり、明るい未来を切り開くことだと思っています。党としての面子や体裁にこだわり、各論の実現を優先しすぎた結果、逆に国民を不幸せにするような事態は本末転倒なことです。公約を修正する際など、真正面から誠意を尽くして説明責任を果たしていく限り、国民からの信頼も簡単に失墜しないのではないでしょうか。

今年2月「悪夢のような民主党政権」という言葉を安倍首相が使ったことには驚きましたが、そのように認識している方々が多いことも否めないのかも知れません。危惧したマニフェストの問題をはじめ、民主党の政権運営は残念ながら多くの国民の期待を裏切ってしまいました。そして、民主党政権の最も大きな責任は政権交代のハードルを高く上げてしまったことです。

安倍政権の進めている政策等を全否定すべきではありませんが、至らない点があれば国会で厳しい指摘を受け、場合によって大胆な軌道修正がはかれるチェック機能の存在は重要です。さらに政権運営での問題点や不祥事が目立つようであれば総選挙で敗れ、再び下野しなければならないという与党側の緊張感も欠かせないはずです。

干支が一回りした12年間で政権交代という政治の大きな転換が2回ありました。世論調査の結果、現政権を肯定的に評価している方々が一定の割合で存在しています。しかし、個々の案件として桜を見る会から散見している疑念やその対処の仕方、大きなテーマとしての外交や安全保障の方向性などに対し、国民の中で様々な評価があるはずです。

政権交代の受け皿となるべき野党が不甲斐ないため、結局、総選挙では負けない、その結果をもって様々な問題点も許されていく場合は非常に残念な政治的な構図だと思っています。加えて、日本の進むべき道を左右する大きなテーマが明確な論点とされず、与野党の相対評価が軸となった選挙での勝敗によって委任されていくような動きは避けなければなりません。

したがって、国政の場で健全なチェック機能を働かせるためには「1強多弱」の勢力図を少しでも塗り替える必要性があります。ただ当たり前な話ですが、政党としての理念等が曖昧なままの単なる数合わせだった場合、それはそれで問題だろうと思っています。仮に総選挙で勝利し、政権交代を果たせたとしても、その後の政権運営に不安要素が残ることになります。

個人的な思いですが、自民党に対峙する野党には労働組合との関係性を決して負の側面だととらえず、逆に強みとし、そこを起点にした理念や政策の再構築を願っています。「働くことを軸として、安心できる社会を作っていく」という言葉などは民主党政権の時に連合と共有化していたものです。

そもそも自民党との対抗軸が曖昧なまま、野党の再編が進んでしまった場合、視点や立場の相違からのチェック機能を充分働かせられない恐れがあります。基本的な立ち位置としてリベラルな色合いを持ちながらもイデオロギーが前面に出ない政党としての存在感を高めることで、国民からの幅広い支持を得られていくのではないでしょうか。

12年の間には大きな自然災害にたびたび見舞われていました。その中でも2011年3月11日の東日本大震災は未曾有の被害をもたらしていました。さらに福島第一原発の事故は膨大な年月を要しながら対応していかなければならない深刻な問題を残しています。

国民の多数は原発に依存しない社会をめざすべきだと思っているはずですが、現政権が明確な方針を打ち出しているとは言えません。そのため、政権選択の大きな論点にすべき課題であり、野党再編のための重要な協議事項となっているようです。

私自身の問題意識は昨年7月に投稿した記事「福島第一原発の現状」の最後に記したとおり脱原発かどうかという二項対立的な図式ではなく、どのようにすれば原発に依存しない社会を築いていけるのかどうかという視点を大事にすべきだろうと考えています。このような視点を基軸に協議が進むことを期待しているところです。

今回も書き進めていくと予想以上に長い記事になってしまいました。新年早々、お付き合いくださっている皆さん、本当にありがとうございます。私が最も責任を負うべき市職員労働組合の執行委員長という立場からの思いも綴るつもりでしたが、たいへん長い記事になっていますので一言だけ申し添えさせていただきます。

年末の記事「自治労都本部組織集会 Part2」に託した思いとして、組合は大事、なくしてはいけない、そのような認識のもとに組合加入の促進や組合役員の担い手問題に対処していく決意を新たにしています。長く執行委員長を務めてきた責任を痛感しているため、何とか好転させる切っかけや兆しを見出し、次走者にバトンを渡せるよう思いを巡らしています。

最後に、このブログは実生活に過度な負担をかけないよう留意しながら引き続き週に1回、土曜か日曜の更新を基本としていきます。いつもお正月のみ少し変則な日程となっています。次回は来週末に更新する予定です。

きめ細かいコメント欄への対応がはかれずに恐縮ですが、一人でも多くの方にご覧いただければ誠に幸いなことだと思っています。それでは末筆ながら当ブログを訪れてくださった皆さんのご健康とご多幸をお祈り申し上げ、新年早々の記事の結びとさせていただきます。

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2019年12月28日 (土)

自治労都本部組織集会 Part2

今年も残りわずかです。ここ数年、年末には「2017年末、気ままに雑談放談」「2018年末、気ままに雑談放談」というタイトルを付け、その時々に思うことを書き残していました。今回、前回記事「自治労都本部組織集会」では触れられなかった分科会の内容を取り上げてみます。

午後の分科会は3つあり、私は第1分会「次代の担い手づくりと単組の組織強化」に参加しました。午前の全体会では自治労弁護団の宮里邦雄さんから「今問われている!労働組合の存在意義と役割―労働組合の再生・発展を目ざして―」という演題でのお話を伺いました。

宮里さんの総論的な提起を受け、分科会では個々の組合や職場における組織強化に向けた具体的な取り組みを知り得る機会となっていました。他の組合の興味深い報告の数々に触れることができ、いろいろ得るものがあった組織集会でした。

自治労都本部からの基調提起

最初に自治労都本部組織局次長から分科会の基調提起がありました。自治労都本部としての組織強化は3つの領域があります。①自治体単組の組織強化、②自治体関連団体・公共サービス民間労働者の組織強化、③臨時・非常勤職員の組織化です。私のような単組役員の立場からは主に①と③の組織強化が直面する課題となっています。

ちなみに②に関連した自分自身の経験を綴った過去の記事として「登録ヘルパーの組合」というものがあります。前回記事の最後にウーバーイーツユニオンのことを紹介しました。この報道に接した時、登録ヘルパーの皆さんの顔が思い浮かんでいました。雇用関係が曖昧な中、不安定な労働条件を改善するため、労働組合を結成したいう共通点があったからです。

詳しい内容に興味を持たれた方はリンク先の当該記事をご覧いただければ幸いです。いずれにしても3年半という短い期間でしたが、登録ヘルパーの皆さんと一緒に頑張れたことは自分自身にとって、たいへん貴重な経験だったと言えます。このように横道にそれながら書き進めていくと今回も長い記事内容になりつつありますが、もともと「雑談放談」をサブタイトルに掲げたブログであるためご容赦ください。

さて、①の自治体単組の組織強化の中味も3つに分類した提起を受けています。(1)新規採用職員の労働組合加入促進、(2)次代を担う組合役員の育成、(3)現業職の新規採用の実現という課題です。この分科会では全体を通して(1)と(2)の課題を中心に各組合からの事例報告や意見交換が行なわれました。

久しぶりの自治労大会」の中で伝えたような危機感は自治労都本部も同様に抱えています。基調報告の後、自治労青年部の前部長から青年部運動活性化PTの報告、3つの組合の役員から具体的な取り組みの報告が示されました。3時間にわたる分科会でしたので一つ一つ取り上げていくと相当な長さの記事内容に及びます。

そのため、新規採用職員の組合加入促進と次代を担う組合役員の育成という論点をもとに全体を通し、特に興味深かった報告内容を総括的にまとめてみるもりです。まず報告された皆さん、それぞれ組織的な問題の危機感は共通なものです。ただ直面している危機的な状況には程度の差があり、取り組みの結果、現在は好転しているという組合もあります。

それでも「自分の組合は組織的な問題で一切悩むことはない」という立場での報告はなく、何かしらの面で悩みを抱えられています。一方で、自治労都本部の基調提起では「単組の現状と課題」の一つに「役員の選出、育成が困難な状況にもかかわらず、単組内で問題が共有されていない」という問題もあげられています。

つまり危機感があるからこそ、望ましくない現状を改善していく手立てを探れることになります。しかし、現状に対する危機意識を持たない場合、立ち直す機会が訪れることはなく、組織そのものがつぶれてしまうか、看板だけ掲げる組合に至ってしまう恐れがあります。主体的に担う組合役員がいなくなり、組合員数が減少していけば、そのような事態に陥らざるを得ません。

今回の組織集会参加者の皆さんは何かしらの危機感を抱えた中で連合会館に足を運ばれているものと思っています。私自身もその一人であり、新規採用職員の組合加入率を回復させた組合、20代の組合役員が急増した組合の事例に触れることができ、たいへん貴重な機会を得られたことに感謝しています。

新規採用職員の組合加入の促進

続いて、報告された個々の具体例を紹介しながら新規採用職員の課題を書き進めてみます。地方公務員だけで構成している産別ではありませんが、自治労に結集している組合の大半はオープンショップ制をとっているものと認識していました。分科会で報告された組合の一つはユニオンショップ制であることを知り、少し意外な印象を受けていました。

ユニオンショップ制とは「雇用された労働者は一定期間内に特定の労働組合に加入しなければならないとする制度である」と解説されています。ユニオンショップ協定を結んでいる組合の報告は「正規職員の新採加入率は100% で組織化の苦労は少ないが、自分の意思で組合員になった訳ではないため、組合員としての自覚が希薄」という話でした。そのため、次世代の担い手が見つからないという悩みは他の組合と同様なものでした。

オープンショップ制の自治体単組でも新規採用者のほぼ全員の加入を維持できている組合があります。そのような組合の特徴として、採用された初日、当局側の研修の中に組合側の説明時間が組み込まれています。加えて、その説明が終わった直後に加入届の提出を求めるため、新規採用者の大半は採用初日に加入されるそうです。

さらに当局側の人事担当者も組合費のチェックオフ手続きがあるため、提出時期について説明される場合もあるようです。このあたりは各労使間の慣行や個々の組合の考え方があり、すべて同じようなスタイルをめざすべきとは言えない側面があります。特筆すべき点としては、このように組合に加入することが当たり前という雰囲気を保っている組合は必然的に高い加入率を維持できています。

私どもの組合も全体的な加入率が100%に極めて近かった頃は新規採用者もほぼ全員加入していました。まだ100%近くという言い方はできる加入率ですが、入るかどうか、二者択一の選択肢として判断できるほど各職場に組合未加入者が目立つようになっています。職場に配属されてから組合に入っていない先輩職員がいることを知った時、入らないと決めてしまうケースもあり得ます。

1,500人の組合員数の時代、組合に入っていない職員は2人か3人だったように記憶しています。そのような中で組合加入を拒めていた職員は相応に意志の強い方だったのかも知れません。前回記事の中でJR東労組の組合員が大量脱退した話に触れましたが、入らなくて済むのであれば、そうしたいと考えている方々が多かったため、ある切っかけから雪崩を打った事態につながってしまったようです。

組合に加入していなくても労働条件は同じ、そうであれば組合費等の負担がなくなり、組合を脱退したほうが得だと考えている組合員も多いはずです。自治労青年部のPT報告では「集団としてのメリットはない。個人としての利益がメリット」「労働組合に加入しなくても恩恵を受けてしまうことに違和感がない」という青年の意識を伝えています。

分科会では「ピンチをチャンスに変えて組織強化」をはかったという報告もありました。新規採用職員の組合未加入が続いた時、月1回の定例執行委員会で毎回加入を促すための検討を重ねたそうです。その上で継続的な働きかけを途絶えさせず、組合の必要性などを丁寧に説明し、 組合役員の顔ぶれも変えながら新規採用職員との話し合いをきめ細かく試みたとのことです。

必要に応じて同じ職場の先輩組合員からも働きかけをお願いし、このような粘り強い取り組みの結果、ここ数年、新規採用職員の加入率は100%を維持できているという報告でした。このような一連の取り組みを通し、さらに成果を上げられたことで組合組織の活性化がはかれ、今年度、新たに選出された執行委員は4人になったとのことです。

組合執行部全体で危機感を持ち、きめ細かい取り組みによって成果を上げられた好事例だと言えます。一方で、現職の組合役員の負担感を考慮し、そこまで力を注げていない組合も多いのではないでしょうか。その結果、未加入者を増やし、ますます手が回らなくなる人数まで広げてしまうという悪循環に陥りがちです。

私どもの組合も同様です。一昔前、執行委員の定数が欠けることはなく、未加入者が組織全体で数名の頃、組合加入をためらう新規採用職員に対する働きかけは現在と比べられないほどのきめ細かさでした。私自身が執行委員長を務めている中で未加入者を増やしてしまっていますので責任を痛感しています。何とか好転させる切っかけや兆しを見出し、次走者にバトンを渡せるよう思いを巡らしています。

組合役員の担い手の問題

やはり組合役員の担い手の問題と新規採用職員の組合加入促進の問題は密接につながっています。幅広い職場から多くの執行委員が選出されていれば、きめ細かい働きかけがしやすくなるという側面をはじめ、労働組合の存在意義がどこまで浸透できているかどうかという問題につながっているものと考えています。

組合役員の担い手がいなければ組合活動は停滞し、組合員がいなければ組合はつぶれてしまいます。組合は大事、つぶしていはいけない、そのような認識が共有されることで、たいへんだけど組合役員を引き受けてみよう、組合には入らなければいけないという好循環につながっていくはずです。分科会の中で、特に若手組合員をどのようにして組合役員に誘っているのかどうかという報告が示されています。

前回記事の中で「午後の分科会では私自身もいくつか質問や意見を述べさせていただきました」と記していました。その一つが報告者ではなく、20代の組合役員複数名が委員長らとともに組織集会に参加されていた組合の方に質問するという異例な形を認めていただいたものです。組合役員の年齢層が若いため、新規採用職員との距離感も近く、いろいろな取り組みに多くの若手組合員が活発に参加されているようでした。

このような話を質疑応答や意見交換を通して伺ったため、若手組合員の多くが組合役員を務めるまでの経緯や工夫などを質問させていただきました。その組合の委員長からお答えいただきましたが、少し前まで「労働組合とは…」という原則を大上段に構えた組合執行部だったとのことです。そのため、若手組合員から共感を得られにくい雰囲気の転換を意識的に心がけていったそうです。

夕方、若手組合員の多くが組合事務室を訪れ、自由に語れる場所を提供したことが活性化につながる切っかけでした。書記長一人が近くにいて、何か質問があったら答える程度で基本は若手組合員同士が和気あいあいと語り合う場所と時間だったようです。この語り合いの後、毎回、場所を変えて委員長らも加わって飲食をともにしながら、よりいっそう自由な意見交換を重ねていました。

このような会を重ねる中で若手組合員の視点から組合活動について語られるようになり、しばらくして「私を執行委員にしてください」という自発的な声が上がるようになったそうです。主体的な意思で組合役員を担う若手組合員が続出しているという話は本当にうらやましい限りです。

そのような現状を整えられた委員長をはじめ、ベテラン役員の皆さんに敬意を表させていただいています。成功事例としてのプロセスを私どもの組合がどこまで参考にできるかどうか分かりませんが、主体的、自発的な意思で組合役員を担う組合員が現われることの大切さは最も重視していかなければなりません。

もう少し今回の記事は簡潔な内容になるものと考えていました。書き進めると相当な長さとなり、途中から小見出しを付けています。たいへん恐縮ながら、もう一つ、質疑時間に私から提起した論点を紹介します。

戦争を肯定という言葉に対し

自治労青年部の前部長が「普段言えない組合に対する疑問や不満が言える場が必要」と説明した際、戦争を肯定する若手組合員と話したという経験を伝えていました。この一言が気になり、私からは「戦争を肯定している人はいないのではないですか、きっと抑止力のあり方として考え方が違ったのではないですか」と問いかけていました。

前々回記事「不戦を誓う三多摩集会 Part2」に綴ったとおり戦争を肯定的にとらえている人は皆無に近く、どうしたら戦争を防げるのかという視点や立場から安保法制等を判断している自治労組合員も多いのだろうと考えています。そのため、より丁寧な説明や言葉の使い方が欠かせないことを訴えさせていただきました。前部長からは「確かに戦争を肯定とは言ってなかったかも知れない」と補足があり、私から提起した趣旨もご理解いただけたものと思っています。

いわゆる左と見らがちな自治労の運動方針に距離感を抱き、組合に入らない、組合役員を担いたくない、そのように考えている方々も多いはずです。だからこそ結論を押し付けるのではなく、「なぜ、取り組むのか」「なぜ、反対しているのか」という伝え方が組織強化のために重要であることも、この問いかけをした際に申し添えていました。

実は直近の身近な事例にも触れるつもりでしたが、相当な長さとなった今回の記事はここで区切りを付けさせていただきます。

最後に

この一年間、多くの皆さんに当ブログを訪れていただきました。本当にありがとうございました。どうぞ来年もよろしくお願いします。なお、次回の更新は例年通り元旦を予定しています。ぜひ、お時間等が許されるようであれば、早々にご覧いただければ誠に幸いです。それでは皆さん、良いお年をお迎えください。

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2019年12月22日 (日)

自治労都本部組織集会

厚生労働省が2019年の「労働組合基礎調査の概況」を発表しました。6月30日現在の単一労働組合の数は24,057組合、労働組合員数は1,008 万8千人でした。前年に比べて労働組合数は271組合(1.1%)減りましたが、労働組合員数は1万8千人(0.2%)増えています。ただ雇用者数そのものが増えているため、推定組織率(雇用者数に占める労働組合員数の割合)は16.7%で前年より0.3ポイント低下しています。

ちなみに産別ごとの結果で自治労は77万4千人、前年より1万2千人減っています。官公労組が統一し、現在の連合が発足したのは1989年で今年は結成30年という節目を刻んでいました。発足当初、自治労は100万人を超えた組織規模で連合内で最も組合員数の多い産別でした。その後、組織拡大を続けているUAゼンセン(177万2千人)には大きく離され、連合内で組合員数は2番目という位置が定着していました。

今回の調査で自動車総連が79万2千人まで増やし、自治労は3番目まで下がったことになります。「久しぶりの自治労大会」という記事の中で取り上げたとおり組合員数の減少は自治労全体で深刻な問題としてとらえています。行政改革の推進による地方公務員総数そのものが減らされてきましたが、最近の傾向は新規採用者の加入率の落ち込みが主な要因となっています。

組合員数の減少は内外に発揮すべき影響力の低下をはじめ、財政面において危機的な状況につながっていきます。同時に組合役員の担い手不足の問題も深刻化しています。組合員数の減少と組合役員の担い手不足は密接に関わる問題だと言えます。それぞれ様々な要因が絡み合い、個々の組合によって事情も異なるようですが、 労働組合の存在意義という根幹的な問題で関わっているものと考えています。

このような情勢や問題意識のもとに土曜日、自治労東京都本部の組織集会が催されました。毎年催されている集会ですが、講演や各報告に対する参加者からの質問が例年以上に数多く、より具体的で踏み込んだ内容だったように感じています。午後の分科会では私自身もいくつか質問や意見を述べさせていただきました。いろいろ得るものがあった集会であり、主催者や報告者の皆さん、ありがとうございました。

午前中の全体会は都本部委員長の挨拶の後に組織集会の基調提起があり、自治労弁護団の宮里邦雄さんの講演「今問われている!労働組合の存在意義と役割―労働組合の再生・発展を目ざして―」を伺いました。1時間ほどのお話でしたが、たいへん中味の濃い内容でした。今回のブログ記事では特に印象深かった言葉を中心にまとめさせていただきます。

宮里さんの講演資料の冒頭に「JR東労組の大量集団脱退(2018,組合員約3万人が脱退)の背景に何かあったのか。その意味するものは何か」と掲げられていました。このブログでも昨年4月「JR東労組の組合員が大量脱退」という記事を投稿しています。オープンショップ制の労働組合にとって他人事にはできない憂慮すべき事態だと見ていたため、その後、『暴君』という書籍も購入していました。

その書籍を読み、複雑な経緯や様々な事情が絡み合った事態だったことを垣間見ていました。宮里さんも背景や理由を決め付けた言い方を控えながら脱退者から聞き取った声を紹介されていました。「これで組合費を払わなくて済む」「動員に行かなくて済む」という声が多かったとのことです。組合に加入していなくても労働条件は同じ、そうであれば組合を脱退したほうが得であり、機会をうかがっていたという声が目立っていたようです。

この話の後、2003年9月の連合評価委員会の最終報告に示された「警告」を宮里さんは紹介していました。「労働運動は量的危機とともに質的危機にもさらされている」「労働組合運動が国民の共感を呼ぶ運動になっているのか、という疑問を強く抱かざるを得ない。このままでは労働運動の社会的存在意義はますます希薄化する」などと記されていました。

このような危機感を募らせた17年ほど前の組織率は19.3%、残念ながら回復することはなく、17%を割り込むまで落ち込んでいます。最終報告は「労働組合が思い切った変身を遂げる必要がある」と結ばれていながら大胆に変わることができたのかどうか、宮里さんは現在進行形の課題だろうと語られています。

宮里さんは労使関係の法的な位置付けについて、建前上は労働者と使用者が対等な関係とされているが、実相は非対等な関係になりがちな現状を説明しています。交渉力や情報格差の下で使用者に優越的地位があり、「自由な意思に基づかない合意」になる恐れを指摘しています。使用者の優越的地位を背景とする労働条件の単独かつ一方的決定、権利侵害の可能性(パワハラ、セクハラなど)は様々な裁判事件につながっています。

対等な労使関係を実効あるものとするためには労働者一人ひとり労働組合に結集することが必要であり、そのために憲法28条で団結権や団体行動権が保障されています。だからこそ労働基本権保障の具体的な内容として、刑事や民事での免責、不当労働行為の禁止が労働組合法で明記されていることを宮里さんは強調されていました。

推定組織率のピークは1949年の55.8%で、高度成長期30%台、1980年代20%台、2003年以降10%台で推移しています。組織率低下の原因として、非正規労働者の増加(全労働者の約38%)と進まない組織化、労務管理の個別化や能力主義化のもとで団結しにくい状況、労働者の個人主義的志向の強まりなどを宮里さんはあげています。

今後の課題として、宮里さんは賃金・労働条件の維持・向上、男女差や非正規との格差の是正、安全な職場環境の確保、ハラメント防止などで「労働組合力」をアピールし、労働組合の存在感と組合加入の意義(団結することの意義)をいかに高めるかが重要であると提起されています。「労働者のセーフティネット」としての労働組合の再生・発展を願う宮里さんの思いが伝わる講演内容でした。

特に印象に残った内容をまとめたつもりでしたが、ここまでで充分な長さの記事になりつつあります。午後は第1分会「次代の担い手づくりと単組の組織強化」に参加し、そこでも他の組合の興味深い報告の数々に触れることができています。宮里さんの総論的な提起を受け、個々の組合や職場における組織強化に向けた具体的な取り組みを知り得る機会となっていました。

当初、分科会の内容も取り上げるつもりでしたが、そろそろ今回の記事は一区切り付けさせていただきます。分科会の内容は機会があれば改めて取り上げることも考えています。全体会の最後にはユナイテッド闘争団の方々から特別報告がありました。ユナイテッド航空から日本人客室乗務員が国籍や組合差別によって不当解雇され、解雇撤回と原職復帰を求めて裁判闘争を進めている方々の報告でした。

地裁では原告である闘争団側の敗訴判決となっていますが、高裁ではイーブンに戻しているとのことです。裁判長が闘争団に配慮し、大きな法廷を用意してくださったため、12月23日午後3時30分から東京高裁825法廷で開かれる第2回口頭弁論日に多くの皆さんが傍聴にいらして欲しいという要請もありました。このように労働組合の力を信じ、裁判闘争に立ち向かう動きがあります。

今回の組織集会で取り上げられた事例ではありませんが、最近の動きとして注目した報道がありました。ウーバーイーツの配達員の皆さんが労働組合を結成し、団体交渉を求めているという話題です。労働組合の存在意義が問われがちな中、労働組合の必要性を実証する動きだと言えます。さらに連合が支援していることも伝える機会とし、最後に、そのことを報じた新聞記事を掲げさせていただきます。

ウーバーイーツの配達員らがつくる労働組合「ウーバーイーツユニオン」は5日午前、米ウーバー・テクノロジーズの日本法人(東京・渋谷)を訪れ、団体交渉を求める申し入れ書を手渡した。ウーバー側が一部地域で報酬体系を見直しており「一方的な切り下げ」として説明を求めている。

ウーバーイーツは11月29日、東京地区で報酬の体系を見直した。配達員の収入は、配送距離などに応じた基礎報酬に、配達回数などに応じたボーナス分で構成されている。ウーバー側はこのうち基礎報酬の単価を引き下げた。例えば、1キロメートルあたりの単価は150円から60円になった。

ウーバー側は、天引きする手数料を35%から10%に引き下げたほか、ボーナス分なども上積みしたため、「配達パートナーの皆さまの収入に影響を与えることは想定していない」と説明。料金体系の変更は「日本でビジネスを続けるために、12月から日本での事業体系を見直した」ためだとしている。

ウーバーイーツユニオンに参加する6人は、ウーバー日本法人で、団体交渉を求めたもののオフィスへの立ち入りを断られ、5日午後に会見を開いた。執行委員長の前葉富雄氏は「合理的な説明もない報酬引き下げに強く抗議し、違法な団交拒否を止めるよう求める」とした抗議声明を出した。ユニオンの弁護団は20年1~2月にも労使紛争の解決機関である労働委員会に申し立てる方針を示した。

また、同日の会見には連合の神津里季生会長も出席。ウーバーイーツの配達員について「労働者性をもった働き方で、本来団交拒否というのはありえないと思っている。連合としてもいろんな場で協力していきたい」と話した。

ユニオンはこれまでも補償制度の説明などを求め、団体交渉を申し入れていた。ウーバー側から「労組合法の上では『雇用する労働者』に該当しない」として、拒否されていた。【日本経済新聞2019年12月5日

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2019年12月15日 (日)

不戦を誓う三多摩集会 Part2

前回の記事は「不戦を誓う三多摩集会」でした。書き進めていくと思った以上に長い記事となったため、当初、ここまで盛り込もうと考えていた内容をいくつか見送っていました。そのため、今週末に投稿する新規記事は「Part2」として、前回記事に盛り込めなかった内容を中心に書き進めてみます。

東京新聞社会部の記者である望月衣塑子さんが講演の最後のほうで幣原喜重郎元首相の言葉などを紹介されたことを伝えていました。日本国憲法の平和主義は制定に関わった当時の首相だった幣原さんがGHQに提案したと言われています。

したがって、「占領されていた時代に押し付けられた憲法だ」という見方自体、間違っているという説もあります。望月さんの講演の中で、幣原さんの言葉は「問われる9条加憲」というパワポのタイトル画面の後に紹介されていました。

正気の沙汰とは何か。武装宣言が正気の沙汰か。それこそ狂気の沙汰だという結論は考え抜いた結果出ている。世界はいま一人の狂人を必要としている。自ら買って出て狂人とならない限り世界は軍拡競争の蟻地獄から抜け出すことはできまい。これは素晴らしい狂人である。世界史の扉を開く狂人である。その歴史的使命を日本が果たすのだ。

今回、望月さんが紹介した幣原さんの言葉の全文を改めて掲げさせていただきました。鉄筆文庫編集部が幣原さんの証言をまとめた書籍『日本国憲法 9条に込められた魂』の中に残されている言葉です。この後、前回記事で全文を掲げた沖縄県の翁長前知事の言葉が続いていました。前回の記事をご覧になっていない方々も多いかも知れませんので、もう一度掲げさせていただきます。

アジアの様々な国の人が行来できるような沖縄になれば良い。どこかの国が戦争をしようとしても、自国民がいるから戦争できない、平和の緩衝地帯、そんな場所にできたら

望月さんが安倍首相の「9条加憲」に反対の立場であることは明らかです。その文脈の中で幣原元首相と翁長前知事の言葉が紹介されていました。もう一人、イギリスからの独立運動を指揮したインドのマハトマ・ガンジーの次の言葉も添えられていました。

あなたのすることの殆どは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分自身が変えられないようにするためである。

なかなか哲学的で奥深い名言だったため、あえて前回記事では触れませんでした。今回の記事を通して改めて望月さんが紹介した3人の言葉の全文を掲げさせていただきました。この名言の趣旨を踏まえ、無意味かどうかは関係なく、前回記事で書き残した自分自身の問題意識を披露させていただきます。

中村さんを理不尽な凶弾から防げなかったことを悔やんでいますが、私自身の問題意識として身を守るための一定の抑止力の必要性も認めています。その上で「平和への思い、2017年冬」をはじめ、これまで投稿した多くの記事に様々な思いを託してきています。ここでは繰り返しませんが、きっと望月さんや逝去された中村さんらと基本的な思いは同じなのではないでしょうか。

上記は前回記事の中の一節です。読み返してみると、いろいろ言葉が不足した文章だったような気がしています。この箇所の不充分さも気になっていたため、「Part2」の投稿に至ったとも言えます。結局、以前の記事からの転載のような内容となりますが、私自身の問題意識を改めてお示しさせていただきます。

不戦を誓う集会などに参加し、いつも気になることがありました。まず憲法9条を変えさせない、憲法9条を守ることが平和を守ることであり、不戦の誓いであるという言葉や論調の多さが気になっていました。北朝鮮の動きをはじめ、国際情勢に不安定要素があるけれど、憲法9条を守ることが必要、なぜ、憲法を守ることが平和につながるのか、このような説明の少なさが気になっています。

問題意識を共有化している参加者が圧倒多数を占めるため、そのような回りくどい説明は不要で単刀直入な言葉を訴えることで思いは通じ合えるのだろうと受けとめています。しかし、その会場に足を運ばない、問題意識を共有化していない人たちにも届く言葉として「憲法9条を守る」だけでは不充分だろうと考えています。

平和への思い、自分史 Part2」をはじめ、多くの記事の中で綴っている問題意識ですが、誰もが「戦争は起こしたくない」という思いがある中、平和を維持するために武力による抑止力や均衡がどうあるべきなのか、手法や具体策に対する評価の違いという関係性を認識するようになっています。

つまり安倍首相も決して戦争を肯定的にとらえている訳ではなく、どうしたら戦争を防げるのかという視点や立場から安保法制等を判断しているという見方を持てるようになっています。その上で、安倍首相らの判断が正しいのかどうかという思考に重きを置くようになっています。

特に安倍首相の考え方や判断を支持されている多くの方々を意識するのであれば、安倍首相「批判ありき」の論調は控えるべきものと心がけています。そして、自分自身の「答え」が正しいと確信できるのであれば、その「答え」からかけ離れた考え方や立場の方々にも届くような言葉や伝え方が重要だと認識するようになっています。

このような点を意識し、乗り越える努力を尽くさなければ平和運動の広がりや発展は難しいように感じています。戦争に反対する勢力、戦争を肯定する勢力、単純な2項対立の構図ではとらえず、「いかに戦争を防ぐか」という具体策を提示しながら発信力を高めていくことが求められているはずです。

このような問題意識を数多くの記事を通して綴ってきています。改めて端的な言葉で語れば、守るべきものは日本国憲法の平和主義であり、個別的自衛権しか認めないという「特別さ」です。この「特別さ」を維持することで「平和主義の効用」があり、「広義の国防、安心供与の専守防衛」につながっているものと考えています。

詳しい説明はリンク先の記事をご覧いただければ幸いですが、憲法9条の条文を一字一句変えなければ日本の平和は維持できるという発想ではありません。少しだけ具体的な事例を示してみます。「何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか」という記事の中で掲げた事例です。

かつて仮想敵国としたソ連、現在のロシアとは友好的な関係を築きつつあります。冷戦が終わったからという見方もありますが、北方領土の問題は無人島である尖閣諸島とは比べられないほどの主権や島民だった皆さんの強い思いがありながらも、対話を土台にした外交関係を築いています。

核兵器の保有で言えばロシア、中国、NPT(核拡散防止条約)未加盟のインドとも対話することができています。対話できる関係、つまり今のところ敵対関係ではないため、核兵器による切迫した脅威を感じるようなことがありません。このような対話をできる関係を築くことがお互いの「安心供与」であり、「広義の国防」につながっていると言えます。

念のため、だから北朝鮮の核兵器保有も容認すべきと訴えている訳ではありません。そのあたりは「再び、北朝鮮情勢から思うこと Part2」の中で詳述していますが、圧力だけ強めていけば戦争を誘発するリスクは高まっていきます。そのようなリスクは最優先で排除すべきものであり、ミサイルを実戦使用させないためには効果的な圧力と対話の模索が欠かせないはずです。

防衛審議官だった柳沢協二さんが、脅威とは「能力」と「意思」の掛け算で決まるものだと話されています。北朝鮮情勢が緊迫化していた最中、日本が考えるべきは「ミサイル発射に備える」ことではなく、「ミサイルを撃たせない」ことであり、米朝の緊張緩和に向けて働きかけることが何よりも重要であると柳沢さんは訴えていました。

残念ながら日本が橋渡し役を果たせませんでしたが、米朝での対話の扉が開かれました。その結果、北朝鮮のミサイル発射に際し、Jアラートを鳴らし続け、あれほど脅威を強調していた安倍首相や日本政府の対応が激変していました。

平和の築き方、それぞれの思い」の中で取り上げた象徴的なエピソードですが、今年8月25日、北朝鮮がミサイルを2発発射したという情報が駆け巡りました。その際、安倍首相は「わが国の安全保障に影響を与える事態でないことは確認している」と語り、 静養先でゴルフを続けていました。

それ以降、北朝鮮の挑発的な行動が目立ち始めています。11月28日の発射の際、安倍首相は「国際社会に対する深刻な挑戦だ」と批判のトーンを以前のような強さに戻していました。確かに北朝鮮の行動は決して容認できるものではありません。しかし、直接標的にされている訳ではないため、脅威の度合いが極端に高まったのかどうかで言えば疑問です。

全面戦争に至った場合、大きな痛手を負うのは北朝鮮側であり、そのような意味で「意思」を抑止させている関係性が存在しているはずです。現実的なリスクは北朝鮮を追い込みすぎ、自暴自棄になった北朝鮮が日本を狙って核ミサイルを発射するような事態です。東京上空て核ミサイルが爆発した場合、死傷者は400万人に達すると見られています。

望月さんが講演で伝えたとおり「イージス・アショア2基は6000億円、迎撃ミサイルの弾は1発33億円」ですが、迎撃能力に100%の保障はありません。このような事実関係を踏まえ、「必要なのは対話ではない、圧力を最大限強めることだ」と繰り返し、安全保障を強い言葉で語ることが望ましいのかどうか、強い言葉によって「安心供与」とは真逆な標的になるリスクを高めていないかどうか考えていかなければなりません。

ベシャワール会の中村哲さんは危険と隣り合わせのアフガニスタンで、現地の人々との信頼関係が何よりの安全対策だとして医療や灌漑事業などの人道支援に力を尽くしてきました。アフガニスタンへの自衛隊派遣が論議された際、参考人として国会に招致された中村さんは「自衛隊の派遣は有害無益で、百害あって一利なしだ」と訴えられていました。

安全な場所からではなく、言葉よりも実際の行動で平和の築き方を考えられた中村さんの訴えだからこそ、より真摯に私たちは受けとめていかなければならないものと思っています。本来は集団的自衛権を認めず、専守防衛に徹する憲法9条の「特別さ」の効用を積極的に評価していくのかどうかが問われているのではないでしょうか。

「Part2」として書き進めてきましたが、まだまだ不充分な気がしています。このブログは単発で終わるものではありませんので、言葉や説明が不足した点などは次回以降の新規記事で補足できればと考えています。異論や反論を持たれる方も多いのだろうと思いますが、ぜひ、これからもご注目いただければ幸いですのでよろしくお願いします。

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2019年12月 7日 (土)

不戦を誓う三多摩集会

アフガニスタンで医療や灌漑事業などの人道支援に取り組むNGOペシャワール会の中村哲さんが現地で銃撃され、亡くなられました。医師という役割にとどめず、用水路建設のためには自ら重機を動かし、文字通り命を賭した活動を続けてきた中村さんの訃報はたいへん残念なことです。

10年前、ペシャワール会事務局長の福元満治さんの講演を伺う機会がありました。その中で中村さんが規格外の行動力でアフガニスタンの復興に力を尽くしている話を知りました。講演会後に投稿した記事「アフガンの大地から」で「若者がタリバン兵にならなくても豊かに暮らしていけるためにも、食糧自給率を高める必要があり、アフガンを緑の大地に再生することが求められている」という話を伝えています。

日本には国際社会の中で「特別さ」を誇るべき憲法9条があり、日本がアフガニスタンに対し、武力による脅威を一度も与えていない信頼感があるため、アフガニスタンの人たちが日本人を高く評価していると福元さんは話されていました。さらに中村さんは次のような言葉を残していたようです。

アフガニスタンにいると「軍事力があれば我が身を守れる」というのが迷信だと分かる。敵を作らず、平和な信頼関係を築くことが一番の安全保障だと肌身に感じる。単に日本人だから命拾いしたことが何度もあった。憲法9条は日本に暮らす人々が思っている以上に、リアルで大きな力で、僕たちを守ってくれているんです。

このような中村さんの言葉の重みを私たちはしっかり受けとめ、より望ましい平和のあり方や築き方を考えていかなければなりません。中村さんの訃報が知れ渡った翌日の木曜夜、不戦を誓う三多摩集会が催されていました。三多摩平和運動センターが主催し、太平洋戦争に突入した12月8日前後に毎年開いている集会であり、今年で39回目を迎えています。

組合員の皆さんには組合ニュースを通して参加を呼びかけましたが、いつもより多い参加人数を得られていました。東京新聞の記者である望月衣塑子さんの講演「破壊される民主主義~安倍政権とメディア」が注目されたからでした。当日の会場は満杯で300人ほど集まりました。催しをお知らせすることで組合員の皆さんが個々の判断で足を運び、このように盛況となる取り組みが望ましいことです。

私自身、望月さんの著書『新聞記者』を読み、機会があれば松坂桃李主演の同名の映画も見たいものと思っていました。そのため、毎年参加している集会ですが、例年とは違った楽しみが加わった組合役員としての予定だったと言えます。今年の不戦を誓う三多摩集会は主催者挨拶等があった以外、質疑応答を含め、2時間に及ぶ望月さんの講演が中心でした。

初めて望月さんを実際に拝見する機会を得られた訳ですが、思い描いていた雰囲気と大きく違っていました。語っている内容そのものは硬くても、語り口が軽快で頻繁に笑いを誘いながらお話いただきました。パワポのリモコンを片手にリズミカルなステップを踏んだステージに接した印象を得ています。暗いイメージを抱いていた訳ではありませんが、予想以上に明るく、好感度を高める意味でパワフルな方でした。

望月さんは東京新聞の社会部の記者です。森友学園への国有地売却や加計学園の獣医学部新設の問題に関心を高め、様々な疑問を安倍首相に直接聞きたいと考えたそうです。しかし、安倍首相の官邸での会見数は年に3回か4回ほどしかなく、番記者のぶら下がり質問も限られていました。そのため、定期的に数多く開かれる菅官房長官の会見に参加させてもらうようになったそうです。

そして、望月さんを有名にしたのは菅官房長官との会見での模様が伝えられるようになってからです。それまで予定調和された会見でしたが、望月さんは納得するまで質問を繰り返しました。発言している最中に「質問は簡潔に~!」という制止が入るようになり、2017年夏頃から質問制限や妨害が目立ち始めたそうです。

昨年末には官邸報道室長名の文書が東京新聞と内閣記者会に届けられていました。事実に基づかない質問を謹むように求めた文書でしたが、望月さんを標的にしながら他の記者に対しても精神的な圧力を強め、質問を委縮させる意図を感じさせる行為でした。望月さんは政府の言う「事実」を「事実」としたいのか、そのように憤られ、会見は政府のためでなく、メディアのためでなく、国民の知る権利のためにあることを強調されています。

「望月の質問だけは制限したい」と強大な権力を掌握している官邸から疎んじられながらも望月さんは特に左遷されるようなことがなく、現職の社会部記者として活動を続けられています。東京新聞の基本的な立ち位置も大きいようですが、「望月さんを外さないで」という激励の電話やメールが数多く届いていたおかげだったそうです。

最近、桜を見る会に絡む疑問点について、いろいろなメディアの記者が率直な質問を菅長官に浴びせるようになっています。望月さんが会見に顔を出すようになった頃と比べると様変わりしている兆しが見え始めているそうです。それほど公文書廃棄時期の説明などに不明瞭さが付きまとう問題だからなのかも知れませんが、2年ほど前に比べると菅長官を苛立たせる質問が複数の記者から寄せられるようになっているとのことです。

政権にとって不都合な「事実」が隠されてしまっては政権に対する正当な評価を下せません。だからこそメディアには官邸から発表される「事実」を伝達するだけの役割にとどめず、より正確な「事実」関係を掘り下げていく努力が求められています。そのためにも官邸との間の緊張感をいとわずに奮闘する記者たちを見かけた際、自分自身が助けられたように励ましの声を届けて欲しいと望月さんは語っています。

不戦を誓う集会での講演でしたので、後半は「安倍政権下で進む米国製の兵器購入と武器輸出」というパワポの画面が映し出されていきました。アメリカとのTAG物品協定後の会見でトランプ大統領は「貿易格差は嫌だと言ったら日本はすごい量の防衛装備品を買うことになった」と話していました。その結果、F35戦闘機147機、1兆5000億円の購入につながっています。

2020年度の防衛概算要求は過去最高の5兆3200億円、前年度比700億円増となっています。イージス・アショア2基は6000億円、 オスプレイ17機は3600億円です。迎撃ミサイルの弾は1発33億円で、今のところ迎撃率は33%だそうです。その一方、1台しか備えられていなかった災害対応車レッドサラマンダーは1台1億円、ようやく来年度10台増やすことを予算化したという話を望月さんは例示しています。優先順位の問題として、どうなのかという問いかけです。

望月さんから「オフショア・コントロール」という言葉が紹介されました。中国との開戦を抑止するためのアメリカの軍事戦略の考え方で、石垣島や宮古島など南西諸島に陸自部隊を配備増強し、ミサイル基地として強化する計画につながっています。中国との全面戦争を回避するため、局地戦でとどめようとする意図を持った計画だそうです。

つまり「アメリカのため」に南西諸島の住民の皆さんが犠牲になることも想定した計画だと見ざるを得ないとのことです。このような望月さんの見方や説明に異論を持たれる方も多いはずです。他国と対峙する最前線に備えを固めることを当然視される方も多いのかも知れません。それこそ平和の築き方について、どのように考えることが望ましいのかという根本的な問いかけだろうと受けとめています。

中村さんを理不尽な凶弾から防げなかったことを悔やんでいますが、私自身の問題意識として身を守るための一定の抑止力の必要性も認めています。その上で「平和への思い、2017年冬」をはじめ、これまで投稿した多くの記事に様々な思いを託してきています。ここでは繰り返しませんが、きっと望月さんや逝去された中村さんらと基本的な思いは同じなのではないでしょうか。

望月さんは講演の最後のほうで幣原喜重郎元首相の「軍拡競争の蟻地獄から抜け出すため」にも憲法9条が貴重であるという言葉などを紹介していました。できれば中村さんの言葉も紹介したかったそうですが、準備が間に合わなかったとのことでした。最後に、その時に紹介された沖縄県の翁長前知事の言葉を掲げさせていただきます。

アジアの様々な国の人が行来できるような沖縄になれば良い。どこかの国が戦争をしようとしても、自国民がいるから戦争できない、平和の緩衝地帯、そんな場所にできたら

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2019年11月30日 (土)

移動時間の時間外勤務認定基準

少し前の記事「定期大会を終えて、2019年秋」で紹介した私の挨拶の中で「移動時間の時間外勤務認定基準も労使対等原則のもとに協議を重ねた結果、今回の定期大会で一つの節目を迎えます」と伝えていました。時事の話題である桜を見る会について2回にわたって取り上げましたが、今回はローカルで地味な内容となります。

今年4月に「時間外勤務における移動時間の取扱い」という記事を投稿していました。その記事で触れているとおり事の発端は組合員からの相談です。当たり前なこととして組合員が労働条件の問題で迷ったり、困った時に組合役員に相談を持ちかけるケースは枚挙にいとまがありません。仮に組合役員に相談しても仕方ないと思われるようでは労働組合の存在意義が疑われてしまいます。

組合員の皆さんから相談を受けた際は可能な限り迅速に対応し、相談者から理解を得られる解決策を探るように努めています。今回の記事タイトルに掲げた移動時間の時間外勤務認定基準について、半年以上かかり、ようやく一つの節目を迎えていました。

今年3月、組合員から次のような問いかけがありました。時間外勤務(休日含む)における庁舎外での会議やイベント等に参加した際、会議等の開始と終了までの時間のみを時間外勤務手当として申請すべきという考え方が正しいのかどうかという質問でした。

会議等の開始と終了までの時間のみ申請すべきという考え方も間違いではありませんが、実際の拘束時間でとらえた勤務命令を発すべきという点が基本だと私から答えていました。

年に数回、時間外勤務の申請方法等を組合ニュースを通し、組合員の皆さんに周知しています。この問いかけがあったため、時間外勤務の申請方法に対する目安として次のような例示を組合ニュースに付け加えていました。

(例1) 平日の午後6時から8時まで庁舎外で会議があった際、その場所までの移動時間を含め、5時15分から時間外勤務とします。ただし、その45分間に個人的な買い物等を行なう自由時間があった場合、勤務時間に当たらなくなります。

(例2) 休日の朝、職場に集合し、当日2回以上の会議やイベントに出席した場合、出勤から退勤までが拘束時間であれば、その時間が時間外勤務となります。途中に昼食休憩等の時間があれば、その時間は除きます。

(例3) 休日、イベント等の会場に自宅から直行直帰だった場合、その移動時間は通勤時間に相当するため、当該の場所への集合時間から解散時間までが時間外勤務となります。

事前に市当局側とも確認した上で周知したはずでした。しかし、ニュースが配布された後、市当局から横浜地裁の裁判例(日本工業検査事件)を示し、上記(例1)の下線(下線は後から追加)の箇所が誤りであるという指摘を受けました。休日や遠方への出張時と同様、平日の夜であっても正規の勤務時間帯以外での移動時間は労働時間ではないという解釈でした。

裁判例は「出張の際の往復に要する時間は、労働者が日常出勤に費やす時間と同一性質であると考えられるから、右所要時間は労働時間に算入されず、したがってまた時間外労働の問題は起こり得ないと解するのが相当である」と記されています。

さらに「出張中に正規の勤務時間を超える時間に移動した場合、単なる移動時間については超過勤務手当は支給することはできない」という解説文も示していました。「移動時間中に、特に具体的な業務を命じられておらず、労働者が自由に活動できる状態にあれば、労働時間とはならないと解するのが相当」という解釈を組合も否定していません。

言うまでもありませんが、法令遵守は当然です。市側の指摘のとおり明らかに違法だと判断されてしまうのであれば素直に従わなければなりません。そのため、私どもの組合の考え方が移動時間に関する時間外勤務の認定基準として正当なのかどうか、4月下旬、顧問契約を交わしている法律事務所の弁護士と相談しました。

結論として、移動時間の取扱いについて様々な見方や解釈があることを前提にした所見でしたが、組合ニュースの上記(例1)に「自由時間があった場合、勤務時間に当たらなくなります」という但し書きもあるため、問題ないのではないかという説明を受けていました。

弁護士からは移動時間に関する資料のコピーをいただきました。その資料には移動時間について労働基準法・労働基準法施行規則に特段の定めがないため、1984年8月28日の労働基準法研究会第2部会中間報告で「次のような考え方に立って労働省令で定めるものとする」という提言のあったことが記されていました。

結局、これまで省令は定められていませんが、中間報告には移動時間の取扱いについて参考とすべき考え方が示されていました。「移動時間の取扱い」という項目の中には「労働時間の途中にある移動時間は労働時間として取り扱う」と明記されていました。この一文を参考にすれば組合ニュースの上記(例1)が必ずしも誤りではないため、市当局側に相談結果等を報告した上、労使で見解が相違した点について改めて協議を進めてきました。

組合の考え方

労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間です。移動時間について「通勤時間と同質であり、労働時間ではない」とする考え方がある一方、「使用者の支配管理下にある移動時間は労働時間である」という説があります。

取り上げられている横浜地裁の裁判例として、出張中の往復時間は労働時間ではない、出張中に正規の勤務時間を超えても時間外勤務手当は支給できないと示されています。そのため、休日に会議やイベント等に出席する場合、自宅から現地までの往復時間は労働時間に当たらないことは理解できます。

当たり前なこととして、上記(例1)に掲げているとおり午後6時の会議等の時間まで自由時間ということであれば労働時間ではありません。しかし、正規の勤務時間帯から連続した平日の夜、庁舎外に移動する時間まで「労働時間ではない」と見なすのは不合理だと言えます。あくまでも会議等の時間まで勤務命令を受けた拘束時間として必要な業務に当たり、移動は必要最低限の時間を想定しています。

市当局の解釈が正当なものと判断した場合、正規の勤務時間帯以外に災害や道路補修のため、庁舎から現場に向かうまでの時間も労働時間から除くべきという考え方に至ってしまいます。したがって、正規の勤務時間帯の移動時間が労働時間に当たるように正規の勤務時間帯から連続した平日の夜であれば、使用者の指揮命令下での拘束時間に当たるものと解釈することが妥当であるものと組合は考えています。

もともと労働時間の範囲を巡り、紛争になることがしばしば見られ、これまで様々な裁判例があります。労働基準法上の労働時間とは前述したとおり使用者の管理・監督の下にある時間です。一般的に次の時間が労働時間に当たります。

  1. 実労働時間(実際に仕事に従事している時間)
  2. 手待時間(いつでも就労できる状態にある時間)
  3. 準備時間や後始末の時間(更衣時間や片付けの時間)

休憩時間は労働時間に当たりませんが、何らかの事情で使用者の管理・監督の下に置かれていた場合(例えば電話や来客があった際にはすぐ対応するよう命令されていた場合)に労働時間に該当するという見方もあります。

最高裁の判例は労働時間の意義について「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」(三菱重工長崎造船所事件・最大判平12・3・19)としています。

最高裁が判示したとおり、どこまでを労働時間として扱うかは、実質的客観的に判断されなければなりません。法律相談を受けた多くの弁護士は、やはり移動時間について正面から規定した法律がないことを注釈した上、1984年8月の労働基準法研究会第2部会中間報告の下記の内容「イ 労働時間の途中にある移動時間は労働時間として取り扱う」を示しながら移動時間も労働時間になるケースが多いことを説明しています。

その中間報告には「16移動時間 (1)移動時間 ①移動時間の取扱い」の項目に下記の内容が記載されています。

ア 始業前、終業後の移動時間

(a) 作業場所が通勤距離内にある場合は、労働時間として取り扱わない。

(b) 作業場所が通勤距離を著しく超えた場所にある場合は、通勤時聞を差し引いた残りの時間を労働時間として取り扱う。

イ 労働時間の途中にある移動時間は労働時間として取り扱う。

市当局は「ア 始業前、始業後の移動時間」の項目として「イ 労働時間の途中にある移動時間は労働時間として取り扱う」が並べられていないため、イは正規の勤務時間内の移動時間の説明だと解釈しています。しかし、そもそも正規の勤務時間内での移動時間を労働時間から除くべきかどうかという争点はなく、弁護士の一般的な説明のとおり理解すべきだろうと組合は考えています。

例えば会社の命令で作業現場に出動させられ、会社に戻ることを余儀なくされていた場合、指揮・監督化にある労働時間に当たり、残業時間の算定の基礎に含めるべきという考え方が妥当視されています。つまり正規の勤務時間内かどうかに関わらず、労働時間の途中にある移動時間は労働時間として取り扱うとしているため、あえて「ア 始業前、始業後の移動時間」の項目に含めなかったと解釈することが適切であるはずです。

したがって、通勤時間と同質とは言えない労働時間の途中にある移動時間は次のように理解すべきだと組合は考えています。労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれ、時間的場所的に拘束され、次の業務のために準備している行為であり、移動時間も労働時間に当たるものと考えています

勤務時間外に公用車で移動する際、運転手以外、労働時間に当たらないという市当局側の解釈もありましたが、組合は疑問を呈していました。上記の解釈に照らせば、勤務命令を受けた上、労働時間の途中に庁舎外の勤務場所に向かうまでの移動時間は労働時間として取り扱うべきであり、同乗者にも時間外勤務手当を支給すべきものと考えています。

この考え方を基本とすれば、道路、防災、課税、収納業務等の時間外勤務における移動時間の認定基準も明確化され、ケースバイケースで判断し、場合によって移動時間分を時間外勤務手当の算定基礎から外すような不合理な問題が解消されていきます。

前述したとおり出張中の往復時間については争点化していません。次の勤務場所に集まる時間まで自由時間とした場合、労働時間に当たらないことも理解しています。しかし、単なる移動時間かどうかというよりも、上記の赤字のような考え方に沿った解釈をもとに移動時間に関する時間外勤務を認定すべきものと組合は考えています。

労使協議を推進し、具体的な事例を整理

7月の団体交渉で、このような組合の考え方を市当局側に改めて訴えました。市当局側としても顧問弁護士と相談するという説明がありました。その上で、解釈が分かれがちな具体的な事例を労使で突き合わせた上、合理的で納得性の高い認定基準に向けて整理していくことを団体交渉の中で確認しました。

一方で、その日の団体交渉の中で課税課の現地調査や収納課の訪問催告における移動時間に関しては、これまでと同様、時間外勤務として認めていく事例であるという考え方を改めて確認していました。

その後、引き続き労使協議を重ねていき、ようやく11月の定期大会の当日配布議案の議題の一つとして下記内容の労使協議結果を報告できました。最後に、その内容を掲げ、地味でローカルな記事を終わらせていただきます。

組合は法律相談等を踏まえ、通勤時間と同質とは言えない労働時間の途中にある移動時間は次のように理解すべきだと考えています。労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれ、時間的場所的に拘束され、次の業務のために準備している行為であり、移動時間も労働時間に当たるものと考えています具体的な事例について、労使協議を重ねた結果、次のとおり整理をはかっています。

■ 時間外勤務として認定しない場合

(例1)平日の午後6時30分から始まる会議が庁舎外であり、会議開始時間まで自由時間とした場合は移動時間を含め、その時間帯は時間外勤務として認定しない。

(例2)休日に会議やイベント等に出席する場合、自宅から現地までの往復時間は時間外勤務として認定しない。

■ 時間外勤務として認定する場合

(例1) 平日の午後6時30分から始まる会議が庁舎外であり、引き続き5時15分以降も必要な業務として所属長の命令による指揮命令下にある場合、その場所まで要する移動時間も含めて連続した時間外勤務として認定する。

(例2) 自宅から出張先までの往復時間中でも「物品の監視などあらかじめ命じられた用務」があれば時間外勤務として認定する。

(例3) 休日の朝、職場に集合し、当日2回以上の会議やイベントに出席した場合、出勤から退勤までが所属長の命令による指揮命令下にあれば、その時間帯(休憩時間を除く)を時間外勤務として認定する。

(例4) 課税課、収納課、防災課、道路課など日常の職務として移動が伴う場合、平日の夜や休日の時間帯でも移動時間を時間外勤務として認定する。ただし、所属長の命令による指揮命令下にあることを条件とし、その都度判断する。

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2019年11月24日 (日)

桜を見る会、いろいろ思うこと Part2

少し前の記事「メディアリテラシーの大切さ」の冒頭で今年3月にココログのシステムが全面リニューアルしたことを伝えていました。リニューアル後、投稿したコメントが即時に反映されないなど、いくつか不具合が続いていることを記していました。そのような不具合も最近、ようやく修復されたようです。

このブログのコメント欄は制約の少ない場としています。承認制となっているような誤解を与えがちだったため、リニューアル前と同様、投稿されたコメントが即時に反映される仕組みに戻り、安堵しています。批判意見も含め、幅広い視点や立場からご意見をいただける貴重さを重視しているため、これからも寄せられたコメントはそのまま受けとめ、そこに投稿された思いをくみ取っていければと考えています。

一方で、実生活に過度な負担をかけず、このブログを長く続ける方策としてコメント欄も含めて平日の投稿は見合わせています。前回記事「桜を見る会、いろいろ思うこと」に対し、いくつかコメントをお寄せいただいていました。私自身のレスは週末と遅くなる中、 Alberichさんから私がお答えすべきことを適宜コメントいただき、たいへん感謝しています。

土曜夜に投稿したコメントで「私からも補足すべき点などについて、この週末に投稿する新規記事の中でまとめてみるつもりです」と一言添えていましたので、今週末の新規記事は「桜を見る会、いろいろ思うこと Part2」として書き進めていきます。私自身の問題意識は前回記事に託したとおりですが、寄せられた問いかけにお答えすることで的確に伝え切れなかった論点を補足させていただきます。

まず転勤中のT市民さんからの問いかけですが、前回記事を改めてお読みいただければお分かりのとおり桜を見る会に参加した方々を批判していません。その会の位置付けの問題性に疑問を持った方が政治家をはじめ、ほぼ皆無に近かったことの残念な経緯を感じていますが、参加された方がどなたであろうとも非難する考えはありません。

続いてyamamotoさんから 「限りなくクロでありながら」という言葉の意味のお尋ねがありました。直前に記した限りなく「クロ」に近付いた時という言葉のつながりから、そのような言葉を使ってしまいました。すでにAlberichさんから解説いただいたとおり「クロ」かどうか現段階では確定していないことを前提にした仮定形の文脈で記したつもりです。

「クロ」よりも「クロ」、真っ黒という意味合いで理解され、安倍首相の法違反を断定しているような言葉だととらえられてしまったとすれば申し訳ありません。より慎重に「仮にクロでありながら」という言葉を使えば良かったのかも知れません。不特定多数の方々に発信しているブログですので言葉の使い方に注意を払ってきているつもりでしたが、今後、よりいっそう注意していきます。

おこさんからは次のような問いかけがありました。民主党については「自主返納」で済む話のように考えておられるようなので、与党に対する責任追及もせいぜい「自主返納」が上限とお考えなのでしょう(でないと相手には厳しい一方で身内には甘いということになる)。その程度の問題なら他に議論すべき問題は山ほどあるように思うのですが、という問いかけでした。

桜を見る会に支援者を招待したことの問題性を指摘するのであれば民主党政権時代の顛末も検証し、真摯に総括すべきだろうと思っています。過去のことで民主党自体が存在していない、安倍首相の招待客数に比べれば規模が小さい、そのような言い分は正直なところ説得力を欠きがちです。

総括した結果、問題点が認められた場合は責任の所在を明らかにした上、招待客数分の経費を個々の国会議員が自主返納するような対応も検討すべきではないでしょうか。このような対応を同時に進めることで安倍首相に対する追及の迫力が増すはずであり、国民の多数から支持を得られていくように考えています。

前回記事では上記のような私自身の問題意識を示していました。野党側が安倍首相を追及するのであれば、民主党政権時代の桜を見る会のことを棚上げできないという問題意識です。その上で自主返納が上限なのかどうかは断定していません。しっかり総括し、問題点が認められた場合は責任の所在を明らかにすべきという点を主眼としています。

公職選挙法や政治資金規正法の疑いから閣僚の辞任が相次いでいます。個々の事例によって責任の処し方の軽重も問われていくのかも知れませんが、同様なケースで閣僚は辞任に相当しても総理大臣であれば許される、そのような関係性では問題だろうと考えています。

問題点を検証した結果、仮に辞任に相当する責任の処し方が必要とされる場合、鳩山元首相は公職から離れています。そのため、鳩山元首相を筆頭に支援者を招待した政治家は、せめて自主返納という責任の処し方を提起しながら追及すべきではないかという問題意識でした。

もし自主返納という責任の処し方が妥当だと判断された場合、それこそ招待客数に比例したケジメの付け方もあり得るのだろうとも考えています。いずれにしても第2次安倍政権以降、桜を見る会の参加者数が年々増えていたことは確かに問題ですが、選挙区の支援者を招待したことが法的な論点とされる場合は数を問わずに総括すべきものと思っています。

他に議論すべき問題は山ほどあるように思うのですが、という問いかけについては前回記事の中で記した「確かに優先順位の高い重要な課題の議論が疎かになるようでは問題ですが、行政府の最高責任者が定められたルールを守れているかどうかという問題を曖昧にすることはできません」という問題意識に変わりありません。

桜を見る会やその前夜祭の問題に対し、普段から安倍首相を支持されている方々との温度差が目立ちがちです。当たり前なことですが、安倍首相自身が最も「他に議論すべき問題は山ほどある」という認識を強め、とにかく幕引きを急がれているようです。しかしながら今回の問題が取り沙汰された後、たいへん残念な既視感のある場面を見聞きしています。

安倍首相は11月8日の参院予算委員会で「招待者の取りまとめ等には関与していない」と答弁していました。それが20日の参院本会議では「内閣官房や内閣府が行なう最終的な取りまとめプロセスには一切関与してない」と言い回しを軌道修正し、ご自身の事務所から相談を受ければ推薦者について意見を述べていたことを認めています。

内閣府は、安倍晋三首相が主催した今年4月の「桜を見る会」の招待客名簿を、野党議員が国会で関連質問をするために資料提供を求めた5月9日に、廃棄したことを明らかにした。野党側は、政府が会に関する詳しい説明を避けるため、意図的に捨てた可能性を指摘している。資料請求したのは、共産党の宮本徹衆院議員。宮本氏は5月9日に「委員会質問を念頭に置いた勉強用資料」として、内閣府などに桜を見る会の参加人数や選考基準、費用などに関する資料を要求した。

宮本氏は5月に国会でこの問題を追及し、内閣府は名簿などの関連資料を「破棄した」と説明。今月14日の野党会合で、5月9日に招待客名簿を廃棄したと明かした。内閣府は今月18日の野党会合では、招待客名簿の電子データを消去した時期を「把握できない」と話した。一方、招待客名簿を作成する基となる推薦人名簿のうち、内閣府分を一部保管していることを認めた。

内閣府は、招待客名簿の保存期間を「1年未満」と定めた経緯を巡っても、有識者から整合性を問われている。今月13日の野党会合では、1年未満にした時期を2018年4月からと説明。野党側にその根拠を問われると、今年10月28日に改定された規則を挙げた。行政文書の管理に詳しいNPO法人「情報公開クリアリングハウス」の三木由希子理事長が、こうした矛盾を指摘している。【東京新聞2019年11月19日

なぜ、名簿の廃棄が5月9日だったのかという質問に対しては「シュレッダーが空くまでに時間がかかった」と内閣府の担当者が説明しています。公文書の保存期間が「1年未満」という規定も釈然としませんが、廃棄したタイミングの理由がシュレッダーの順番を待ち、たまたまその日になったという説明に納得する人がいるのでしょうか。このような苦しい説明をしなければならない担当者も気の毒だと思っています。

もちろん安倍首相が政府関係者一人ひとりの言動を細かく指示している訳ではないことを承知しています。さらに国会での答弁や前夜祭の参加費の説明について安倍首相自身は真摯に対応しているつもりなのかも知れません。それでも違和感のある事案が目立ちすぎるため、桜を見る会の問題から「国民に対して正直であることが信頼できるトップリーダーの資質であって欲しいものと願っています」という政権全体に対する思いを強める機会につながっています。

ここまで前回記事に綴った言葉を赤字で改めて紹介しながら「Part2」をまとめてみました。桜を見る会そのものの問題性について、人によって評価が分かれていることを認識した上で綴らせていただいています。加えて、安倍首相一人の責任として批判することも筋違いな点もあろうかと思います。そもそも安倍首相のリーダーシップや自民党一強による「決められる政治」によって、より望ましい暮らしや社会に至っているとお考えの方も多いはずです。

そのような根強い評価があるからこそ、首相在職日数の歴代最長記録の更新につながっているものと受けとめています。ただ安倍首相を支持している、支持していないという立場性を超え、私自身も含め、個々の事案に対する問題点の有無を客観的に見定めていければと考えています。そのようなことを考えながら興味深い情報の一つとして、最後に『官邸官僚1強の礎 首相に忠誠、即断即決 安倍政権最長へ』という見出しが付けられた新聞記事を紹介させていただきます。

歴代最長となる長期政権を実現した安倍晋三首相の政権運営は、首相への忠誠心が厚い「官邸官僚」と呼ばれる側近たちの存在を抜きに語れない。彼らは菅義偉官房長官らとともに政局や世論に目を光らせ、政策立案から選挙戦略まであらゆる局面を主導。

その方針は「首相の意向」として発信され、迅速な意思決定につながっている。だが官邸官僚による側近政治は「異論封じ」や「忖度」といった弊害をもたらした。「桜を見る会」開催見送りのように、疑惑封じを狙って強引に幕引きを図る事例も後を絶たない。

既定路線と思われた政策に、官邸官僚が「待った」をかけた。1日に発表された大学入試の英語民間検定試験導入延期は、だれがどう安倍政権の意思決定を担っているのかを示す象徴的な出来事だった。

萩生田光一文部科学相の「身の丈」発言が飛び出したのは10月24日だった。受験の公平性への疑念が一気に広がったとはいえ、民間試験導入は政府の教育再生実行会議が2013年に提言し、文科省が粛々と準備してきた政策。

首相官邸はそれまでほとんど関与していなかった。官邸官僚の動きは早かった。菅氏と歩調を合わせ、杉田和博官房副長官と今井尚哉首相補佐官が10月末、それぞれ個別に文科省幹部を呼び出した。文科省は「延期すれば民間試験の実施団体から損害賠償請求される」と抵抗した。

3氏は「制度は穴が多すぎる」と一喝した。発言はインターネットで現役高校生らに拡散していた。「安倍政権を支える若い世代の支持が一気に離れかねない」。事態を収束させるため、文科省から政策判断の主導権を奪った。文教族議員だけでなく、岸田文雄政調会長ら与党幹部への「根回し」もない即断即決。首相は側近たちからの実施延期の進言を受け入れた。内閣支持率は横ばいを維持した。

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「官邸官僚」は第2次安倍政権で生まれた言葉だ。出身省庁と縁を切り、首相への忠誠を誓った官邸スタッフを指す。ときに高圧的になる振る舞いへの皮肉も込められた呼び方で、政権内では結束力の強さと役割分担の絶妙さを自賛し「チーム安倍」と呼ぶことが多い。その中核を担うのが首相補佐官の今井氏。経済産業省出身で、第1次政権では首相秘書官だった。

第2次政権では筆頭格の政務秘書官に就き、9月から補佐官を兼務する。「1億総活躍社会」などのスローガン政治を発案した。真骨頂は16年5月、主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)での働きだった。世界経済が「リーマン・ショック前夜に似ている」とする資料を用意。首相はこれを各国首脳に説明した。世界経済の危機を理由に、消費税増税の再延期を掲げて夏の参院選に挑む戦略を演出した。

外交・安全保障を担う国家安全保障局長の北村滋氏も重要な位置を占める。警察出身で、第1次政権では今井氏と同じく首相秘書官を務めた。第2次政権では内閣情報官を経て9月から現職。日朝首脳会談の実現に向け北朝鮮と水面下で接触しているとされ、その動きは外務省も知らされていない。官房副長官の杉田氏も警察出身だ。省庁の人事権を掌握し、官邸の力の源泉である内閣人事局の局長を兼務する。

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政局観を研ぎ澄まし、第1次政権の具体的な失敗例を挙げて「状況が似ている。気を付けなければ」などと語り合うという官邸官僚たち。ただ、こうした側近政治は政権の都合が優先され、政策が独善的になったり、先送りされたりする危うさをはらむ。政府が7月に発表した韓国向け輸出規制強化は、今井氏が主導した。古巣の経産省に具体案を出させ、融和策を訴える外務省を退けた。

首相は当時、「もう韓国に折れてはだめだ。どんなに強く出てもいい」と周囲に語り、今井氏の対韓強硬策に乗った。第2次政権は近く7年になるが、官邸が熱心でない財政健全化や社会保障改革は進んでいない。官邸官僚の一人は「官僚が指示待ちになり、主体的に仕事をしなくなった。自分たちが言うのも何だが、官邸主導が強まった弊害かもしれない」と話す。【西日本新聞2019年11月18日

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