2019年4月20日 (土)

『官邸ポリス』を読み終えて

このブログでは時々、読み終えた書籍の感想を綴った記事を投稿しています。もともと幼い頃から読書好きでしたが、ブログを始めてからは新規記事の題材になるかも知れないという意識も働き、手に取る書籍の数は増えています。今回、紹介する『官邸ポリス』もその一つでした。

元警察キャリアが書いたリアル告発ノベル!! 文科省局長の収賄や事務次官のスキャンダル、近畿財務局による国有地の不当売却、財務省の公文書改竄とセクハラ地獄、野党幹事長候補のセックス・スキャンダル……こうした事件の裏に蠢いた「最強権力」が、日本の政官界には存在した!?

東日本大震災の原発事故の際に目撃した政治の機能不全――このとき「日本国にとって必要なのは、40年間ひたむきに国家のため奉職する官僚である」と確信した警察官僚のグループが存在する。そして、政権交代が起きても常に日本国を領導し続ける組織、すなわち「官邸ポリス」が組織されていったのだ! 現在の長期政権のあと、「官邸ポリス」が牛耳る日本は、一体どのような国になるのか!?

上記はリンク先のサイトに掲げられている書籍の紹介内容です。著者の幕連さんはプロフィールとして「東京大学法学部卒業。警察庁入庁。その後、退職」だけ明らかにしています。この書籍に興味を持った理由は「本書の92%は現実」という帯封に書かれた宣伝文句です。

書籍の紹介内容にあるとおり現実に起こった事件やスキャンダルが取り上げられています。登場人物は架空な名前ですが、容易に実名に置き換えられる設定でした。ノベル、つまり小説という形式を取っているため、名誉棄損や守秘義務違反から免れる逃げ道を作っているようです。しかし、宣伝文句からすればフィクションは8%にとどまり、書かれている内容は、ほぼ事実だと受けとめさせる体裁になっています。

もう少し書籍の内容を紹介できるようネット上を検索したところ「田中龍作ジャーナル」の記事「『官邸ポリス』 安倍政権を永続させる世界最強の機関」が目に留まりました。登場人物の実名を解説した記述もありましたので、参考までに内容の一部をそのままご紹介します。

『官邸ポリス』は内閣府本庁舎6階にアジトを構える。そう。実在するのだ。元警察庁警備局長の杉田和博(作品中は瀬戸弘和)官房副長官をトップに警察官僚で固める。詩織さん事件で名を馳せた中村格(作品中は野村覚)元警視庁刑事部長・現警察庁組織犯罪対策部長らがメンバーだ。

官邸ポリスの強さの秘訣は、卓抜した情報収集力と巧みな情報操作にある。尾行、盗聴、自白の強要と何でもありの警察組織から上がってくる情報はいうまでもない。驚くのは各省庁やその出先機関にまで張り巡らしたスパイ網から、もたらされる情報だ。

官邸ポリスは見事なダメージコントロールをする。それを思い知らされる出来事があった。森友学園事件で文書改ざんに手を染めさせられていた近畿財務局職員が自殺した事件だ。父親は息子の遺書を見ていない。警察が押収したからである。遺書は改ざんの最高責任者だった財務省の佐川理財局長(作品中は佐藤)の やり口を 糾弾していた。

国会答弁でシラを切り抜いた佐川理財局長は、安倍首相を守り抜いた格好で国税庁長官に栄転したが、世論は許さなかった。税金不払い運動が起きるほど怒りは沸騰した。政権崩壊にまでつながる恐れがあった。官房副長官は、遺書の写しを兵庫県警から直接入手していた。

佐川国税庁長官を官邸の自室に呼びつけ遺書の写しを見せたが、国税庁長官は開き直った。そこで官房副長官は言った。「これを公表しようか」と。この後、佐川氏は国税庁長官を辞任する。官邸への延焼が必至だった「佐川騒動」にピリオドが打たれたのである。

相当な冊数を売り上げているはずですが、マスメディアでの取り上げ方が少ないという印象を抱いています。いくら小説という形を取っているからとは言え、登場している政治家らが反発や反論しようと考えないことも不思議でした。ほぼ事実であるため、騒ぐことで注目を集めることを避けているのか、もしくは相手にする必要のないほど荒唐無稽な話ばかりなのかも知れません。

一方で、この小説のような「官邸ポリス」が実在するのであれば、きっと「暴露本」を出す意図があったはずであり、マスメディアとの距離感なども想定しているのだろうと思っています。いずれにしてもイメージを棄損される登場人物が多い中、「官邸ポリス」そのものと現在の官邸の力だけは誇示されていくストーリー仕立てとなっていました。

読み終えたのは随分前で、このブログに取り上げるタイミングを見計らっていました。今回、そのタイミングだと判断した理由として、レイプ疑惑事件で係争中のジャーナリストの山口敬之さんが「1億3千万円の損害賠償」を求めて伊藤詩織さんを反訴したという報道に触れたからです。この問題については以前「2冊の『ブラックボックス』」という記事を投稿していました。

どのような案件に対しても事実関係の全容が明らかになっていない中、決め付けた言い方は慎まなければなりません。伊藤さんの事件の事実関係で明らかな点は「準強姦罪で検察が逮捕状の請求を認め、裁判所が許可していたのにも関わらず、逮捕予定の前日に警視庁トップからストップがかかった」という点です。このようなケースは本当に稀であり、逮捕を見送った直後、担当していた捜査員まで変えられてしまったそうです。

その時の警視庁トップは中村格警視庁刑事部長で、かつて菅官房長官の秘書官を務めていました。ここまでは紛れもない事実関係です。ここから先は疑惑の域に入る話ですので決め付けた言い方は慎まなければなりませんが、山口さんが安倍首相と近しいジャーナリストであるため、何らかの稀な判断が働いたのではないかと見られがちです。もし逮捕に値する被疑者を不当な圧力で見逃していたとしたら、たいへん憂慮すべき事態だと言えます。

これも安倍首相の「お友達」事件であるというような揶揄は不適切です。今回のブログ記事を通して強調したい点は、安倍首相を支持している、支持していない、そのようなことは関係ありません。冷静に、客観的に、物事を多面的に見ながら「おかしいものはおかしい」と言える感覚を磨くべきものと考えています。

上記は以前の記事「2冊の『ブラックボックス』」 の最後のほうに残した言葉です。ちなみにブックマークしている元アナウンサーの長谷川豊さんのブログ「本気論 本音論」では『ジャーナリスト山口敬之氏が正しい「女性がこう言ったら全部真実」と考えなしに信じ込む風潮は完全に間違いだ』という記事があります。このような主張は主張として分かりますが、事実関係をどれほど理解された上での発信なのかどうかは疑問です。

「本書の92%は現実」という宣伝文句のもと、すべてを鵜呑みにできませんが、この事件も『官邸ポリス』に取り上げられていました。そこに記された内容は、ほぼ事実に近いのだろうという印象を抱いています。最後に『官邸ポリス』の第4章「御用記者の逮捕状」の中から興味を引いた箇所を参考までに紹介させていただきます。

そのときスマホが鳴った。液晶画面には「山本記者」と表示されている。それを確認して、通話ボタンを押した。「山本さん、こんな時間に珍しいですね。どうかなされましたか?」 工藤が聞くと、その声にかぶせるように、切羽詰まった山本の声が聞こえた。「工藤さん、助けてください!実は厄介なことに巻き込まれていまして・・・・・・恥ずかしくて、いまのいままで相談できなかったのですが、私は逮捕されるかもしれません・・・・・・」

声の主は、多部総理や須田官房長官にも近い、東日本テレビ元ニューヨーク支局長の山本巧記者である。内閣情報調査室のトップとして情報を収集することを任務とする工藤にとって、米国や北朝鮮の情勢について情報をもたらしてくれる山本は、大事な存在であった。「ある女性と合意のうえに関係を持ったのですが、最近、関係がこじれてしまいまして、彼女が私に強姦されたとして警視庁に告訴したらしいのです」

倫理意識の強い工藤は、内心、そんな痴話喧嘩くらいで電話するな、と思った。もし事実なら、そんな輩は罰せられればいい。しかし、総理の盟友を無碍にするわけにもいかない。「状況がよく分かりませんので、現時点では何とも申し上げられません。もちろん、いわゆる事件のもみ消しなど、当然できませんが、少々お時間をください」 そう答えて、電話を切った。

       *                *

瀬戸は、そうそう、と言って続けた。「山本は、言ってみれば総理を宣伝する本の出版も計画しているらしい。その山本を助けられれば、ことによると官僚嫌いの多部総理も、内務官僚だけは評価してくれるかもしれない。山本みたいな人間でも、政権の広報マンとして使えるなら助けてやれ。しかし、言わずもがなだが、くれぐれも違法なことはするな。黒を白にするような無茶もダメだ」

       *                *

「逮捕状は、絶対に執行しないでください」「どういう意味ですか?」と、署長が抵抗する。野村は既に冷静な声に戻っている。「意味も何も、文字通り、逮捕状を使わないでください、ということです。釈迦に説法ですが、捜査は、任意が原則です。山本は有名人であり、逃走の恐れはありません。そして、いまさら証拠隠滅の恐れもなさそうです。逮捕しなくとも、任意で話を聞けばいいでしょう」

署長はまだ諦めない。「ただ、マメは逮捕するのが通常じゃないですか。それに山本は、被害者の女性に、介抱しただけで合意のうえだ、という趣旨のメールを送っています。これは口封じ、つまり証拠隠滅に当たるでしょう。そもそも捜査員が捜査を積み重ねて取った逮捕状を執行しないなんて、少なくとも私は経験したことがない。これは命令ですか?」 

しかし、野村は冷徹に言い放つ。「そう理解していただいても結構です。何も、彼の事件をもみ消せと言っているわけではありません。有名人物である山本については、マスコミからの反響も大きい。その捜査については特に慎重に進めるべきであり、原則に従って任意にすべきだ、と申し上げているだけです。その辺を誤解しないでください。ちなみに、政府レベルでの重要人物であることも申し添えておきます。ご斟酌ください」  野村は署長の返事も聞かずに、ここで受話器を置いた。

              *                *

すぐに瀬戸に電話して、事の次第を報告する。瀬戸も安心したようだ。「とりあえず良かった。検察庁には、もうすぐ官邸に近い大物記者が送検されるけど、被害者の言い分と食い違いが多いので、証拠をきっちり吟味してほしいと伝えておいたよ・・・・・・もっとも我々ができるのはここまでだ。総理には、俺から耳打ちしておく。まあ、総理に恩を売るには十分なケースだったろう」 こうして品川中央署で取り調べを受け、後に書類送検された山本は、東京地検でも取り調べを受けたが、結局、嫌疑不十分で不起訴処分となった。

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2019年4月13日 (土)

平成の大合併、残された課題

統一地方選挙の後半、政令市以外の基礎自治体の首長と議会議員の選挙が明日日曜に告示されます。投票日は1週間後となる短期決戦です。戦後まもない1947年、新憲法施行前に自治体の首長と議員の選挙が一斉に行なわれました。その後も任期はすべて4年ですので選挙への関心を高めるため、全国的に日程を統一してきました。ただ任期途中での首長の辞職や死去、議会の解散があった場合、統一地方選の日程から外れていきます。

さらに市町村合併の広がりによって、ますます統一的な日程で実施される選挙の数は減る傾向を強めていました。今年1月の時点で総務省は、今回の統一地方選での知事選、市区町村長選、議員選は計973選挙で2015年の前回より11少なくなっていることを発表していました。全地方選に占める統一率27.21%は、過去最低だった2011年の27.40%を下回る数字です。

2012年に石原慎太郎元都知事が国政に復帰するため、任期途中で辞任しました。その結果、私が勤める自治体は都知事、都議会、市長、市議会、すべて統一地方選から外れています。それでも三多摩地区では3分の2ほどの自治体で、この時期に選挙が行なわれます。私どもの組合が発行するニュース等を通し、自治労都本部や連合東京が推薦する候補者を紹介しています。働く者の声を的確に反映できる議員が各自治体議会に増えていくことの大切さについてご理解ご協力いただければ幸いです。

火曜の朝、読売新聞の一面トップに「平成の大合併 経費削減 推計の2割」という見出しが掲げられていました。「民間委託費が大幅増」という見出しもあり、下記のような記事内容が続いていました。私自身、読売新聞の読者会員であるため、ネット上の当該記事にアクセスできます。読者会員以外に向けては1週間無料のお試しサービスもあるようですので、当該記事をそのまま転載させていただきます。

「平成の大合併」の効果として期待された市町村の経費削減について、国の研究会が、人件費など年間約1兆8000億円を削減可能と推計したものの、実際は2割にあたる約3800億円の削減にとどまることが読売新聞の調べでわかった。正規職員を減らしたことで人件費の抑制など一定の合併効果はあったが、施設管理などの民間委託費が増えていた。行政の効率化に向けた取り組みが、なお必要であることが浮き彫りになった。

正規職員や建設費は抑制 総務省の「市町村の合併に関する研究会」は2005年度、1999~2005年度に合併で誕生した557自治体の財政見通しを原則03年度決算を使って推計。「合併効果が表れるとされる10年後には、年間計約1兆8000億円の経費削減が見込める」としていた。本紙は、557自治体の17年度決算を集計。研究会が「合併による効率化が期待される」として試算した4費目を比較した。

正規職員の給与などの「人件費」は、推計の約5500億円削減には届かなかったが、合併前と比べ約3600億円減少した。学校や役場庁舎の建設費といった「普通建設事業費」も約7600億円減り、共に一定の効果はみられた。企業や団体への補助金などの「補助費等」は約1700億円増加していた。

事務用品代や職員の旅費などの「物件費」は、推計より約8200億円多い約2兆9100億円にのぼった。物件費を押し上げたのは、公共施設の管理や行政サービスの民間委託にかかる「委託料」で、合併前の約1・5倍に増えていた。合理化で正規職員の人件費を減らす一方、民間委託が進んだためとみられる。アルバイトなどへの給与に当たる「賃金」も2割ほど増えていた。

民間委託は、庁舎の清掃やごみ収集などの現業部門で始まり、90年代から拡大した。体育館・公民館の施設管理などにも広がり、窓口業務を委託する市町村も出てきた。正規職員が直接行うより経費を削減でき、民間のノウハウを生かしてサービスを向上させるのが目的だ。

自治体の財政分析を行っている「多摩住民自治研究所」の大和田一紘理事は「福祉や災害対策など正規職員しか担えない業務もあり、職員の削減には限度がある。行政サービスを維持しつつ経費を削減するには、民間委託とともに住民の協力も必要だ。合併自治体に限らず、人口減社会の中で市町村は新しい組織の在り方を粘り強く考えてほしい」と指摘している。【読売新聞2019年4月9日

多摩住民自治研究所の大和田理事の「福祉や災害対策など正規職員しか担えない業務もあり、職員の削減には限度がある」という言葉は、まったくそのとおりであり、このブログの以前の記事「激減する自治体職員と災害対応」などを通して訴えてきた問題意識につながるものです。これまで私どもの組合は防災・減災対策の視点から職員数削減を行革の最優先課題に位置付けていくことへの疑義、とりわけ避難所となる学校職員の態勢充実の必要性について訴えてきています。

リンク先の記事を改めて読み返してみると、自治体議会に緊密な連携をはかれる議員の存在の貴重さを伝える内容でもありました。労使交渉の場だけでは到底解決できない問題について、住民の皆さんにも理解を求めていく必要性があり、その一つのアピールの場として市議会での質疑があります。

いずれにしても行政の大きな方向性を決めるためには民意の後押しが欠かせません。民意を推し量る方策として、首長や各議会議員を決める選挙があり、場合によって住民投票が行なわれます。そして、それらの投票結果が最大限尊重されることこそ民主主義の基本だと言えます。

統一地方選の前半戦、注目を集めていた大阪の選挙戦は地域政党「大阪維新の会」の勝利に終わっています。知事と市長が入れ替わった選挙のあり方について「奇策」という批判もありました。とは言え、そこに暮らす皆さんの民意が明らかになったことも確かです。したがって、大阪都構想の是非を問う住民投票自体は再び行なう必要性が高まっているのだろうと思っています。

その際は当ブログの以前の記事「東京の自治と大阪都構想」の中で提起していたとおり大阪都構想が本当に望ましいものなのかどうか、具体的な推計数字や費用対効果などを示した上、理性的な議論が交わせられることを願っています。上記の報道のとおり平成の大合併は、経費削減が予想した数字の2割程度にとどまり、正規職員減の歪みなどが問題視されています。

堺市をはじめとした周辺自治体まで巻き込む形での大阪都構想には至らず、二重行政解消による財政効果も当初4千億円と言われていましたが、年間1億円程度という試算結果が明らかになっています。逆に分割にかかるコストが680億円とも言われている現状です。さらに今までの大阪市の規模で行なったほうが望ましい数多くの業務を処理するため、5つの特別区の他に一部事務組合が設置されることになっています。大阪府、一部事務組合、特別区という三層構造になり、二重行政どころか三重行政という弊害が生じる恐れもあります。

上記は以前の記事「東京の自治と大阪都構想」の中の一文です。このような試算に触れると大阪都構想に疑義が生じがちです。この問題に限らず、「バラ色の未来」が強調された聞き心地の良いフレーズは支持を得やすくなります。しかし、本当に「バラ色」だけなのかどうか、幅広い見方や情報に触れることでイメージに流されないように努め、いずれの選挙でも熟慮しながら貴重な一票を投じていく心構えが大事だろうと考えています。

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2019年4月 6日 (土)

新入職員の皆さんへ 2019

4月1日、新元号「令和」が発表されました。この話題を切り口として、いろいろ書き残したいことがあります。ただ話は広がりそうであり、中途半端な触れ方は控え、記事タイトルに掲げた内容にすぐ入ることにしました。その日、私どもの市役所は26名の新入職員を迎えています。他に文化振興財団の職員や嘱託職員の方々にも組合加入を呼びかけ、金曜夜には組合の説明会を兼ねた歓迎会を開きました。

ブログを開設した翌年の4月に「新入職員の皆さんへ」という記事があり、その後「新入職員の皆さんへ 2014」「新入職員の皆さんへ 2017」という記事を投稿しています。今回もタイトルに「2019」を付けて新規記事を書き進めています。新任研修初日の昼休み、組合として挨拶に伺うのが毎年の恒例となっています。委員長挨拶から組合の簡単な説明、そして、早期の組合加入を呼びかける場です。

今年、初めてその場に伺うことができませんでした。正午前、予定外の来庁者との相談が入ってしまったためです。定型的な内容や経緯のない相談だった場合、昼休み当番の職員にお願いすることもできます。今回、担当者が直接対応すべきケースだと判断し、新入職員の皆さんに対する挨拶は副委員長に委ねることになりました。

もともと昼休み時間に行なうため、研修初日の挨拶は非常に簡単なものにとどめています。1週間ほどの研修期間中、必ず金曜日の夜に定めて新人歓迎オリエンテーションと呼んでいる本格的な組合説明会を催しています。その会での私自身の持ち時間は10分ほど割り当てられています。定期大会や職場委員会での委員長挨拶も長くて5分以内をいつも心がけています。

このブログで様々な内容の記事を投稿していますので、挨拶する時の題材に困ることがありません。人前で挨拶する機会も多いため、檀上で緊張することはありません。原稿がなくても大丈夫ですが、話を広げてしまい、時間オーバーとならないように定期大会での挨拶は事前に原稿を用意しています。

新歓オリエンテーションでの持ち時間10分は多少ゆとりがあるため、数年前まで特に原稿は用意していませんでした。すると「そろそろ10分近くかな」と腕時計を目にした時点で、すでに2分超過していた時がありました。そのため、ここ数年は新歓オリエンテーションに向けても事前に原稿を用意するように努めています。

このブログは不特定多数の方々へ公務員組合側の言い分を発信するとともに、一人でも多くの組合員の皆さんにも読んでもらいたいと思いながら続けています。つまり新入職員の皆さんに伝えたいこと、イコール不特定多数の皆さんにも伝えたいことでもあり、今回も参考までにその会の挨拶原稿の内容をそのまま掲げさせていただきます。

4月に入所された皆さん、新たな門出おめでとうございます。1日の昼休み、急な仕事が入り、ご挨拶できず、たいへん失礼致しました。新元号が発表された日に入所されたことは印象深く、ずっと貴重な思い出として残られていくのではないでしょうか。昨年度途中、組合加入された皆さんに際しては、その都度このような会を催せず申し訳ありません。

本日は新入職員の皆さんとともに昨年度途中に入所された皆さん、新たに組合加入いただいた嘱託職員の皆さんにお声かけし、組合の説明会を開かさせていただいています。説明会の後、懇親会には昨年4月に入所された皆さんも参加します。ぜひ、いろいろな職場の方々と交流を深める機会とし、金曜の夜ですのでお時間等の許す限り、最後までお楽しみいただけれぱ幸いです。

さて、組合の執行委員長という役割上、人前で挨拶する機会が多いため、まず緊張することはありません。その上で普段から挨拶は短めにするように心がけています。この会での持ち時間は10分です。いつもより長い持ち時間を割り当てられていますが、安心して話が広がりすぎないよう事前に原稿も用意しています。

すでに皆さんにお配りしていますが、組合のことを少しでも分かってもらうため、毎年春闘期に機関誌『市職労報』を発行しています。私が寄稿した特集記事のトップ見出しには「役に立たない組合はいらない」と掲げています。一歩間違うと大きな誤解を招き、組合をつぶそうと考えているような言葉です。決してそうではなく、組合員の皆さんに「何だろう」と関心を持っていただくための見出しの付け方でした。

私自身も組合員の皆さんに対し、まったく役に立たない組合であれば「いらない」と思います。しかし、いろいろ力不足な点もあろうかと思いますが、一定の役割を果たしていることを確信しているため、組合は必要という認識を持ち続けています。そもそも組合は、一人ひとりが働き続ける上で困った時に支え合い、皆で助け合うための役割を負っています。いざという時の安心のため、つまり「保険」のような側面があります。

中には組合加入を断る理由として「困ることはない」「困った時は自力で解決する」と話される方もいます。実際、大きな支障がなく、過ごせる場合も多いのかも知れません。それでも昔から「一人は皆のために、皆は一人のために」という組合を語る言葉があるように一人の力には限りがあります。公務員にも団結権が認められ、様々な労働条件の問題を労使で協議しています。特に労働条件を決める際は労使対等の原則が働きます。

市役所の仕事において、一職員からすれば市長をはじめとした理事者の方々は「雲の上の存在」となります。それが労使交渉の場では対等に物申すことができ、労使合意がなければ労働条件の問題は当局側の思惑で一方的に変更できないようになっています。このような原則のもとに労使交渉を積み重ね、現在の労働条件が築かれていることを機会あるごとに強調しています。

仮に経営者の思惑だけで労働条件が決められた場合、昨今、問題視されている「ブラック」を生み出す土壌につながりかねません。パワハラや違法な長時間労働を常態化させるような職場は労働組合がない、もしくは組合の存在感が希薄な場合に生じがちです。ひ、このような総論的な意味合いでの「組合は必要」という見方について、ご理解いただければ本当に幸いなことです。

財源の問題をはじめ、公務員をとりまく情勢が厳しい中、直接的なメリット、いわゆるプラスの成果にかかわる話は多くありません。しかし、個別課題においても組合員の皆さんの生活を守るため、いつも全力で労使協議を尽くしています。『市職労報』の中で「ここ数年の主な労使交渉の成果」も掲げていますので後ほどご参照ください。さらに良質な住民サービスの維持・向上のためにも必要な部署に必要な人員を配置し、職員が健康でいきいきと働き続けられる職場の確保が欠かせないものと考えています。

一人の力が小さくても皆で力を合わせるという考え方は、組合間の関係でも当てはまります。職場内の交渉だけでは解決できない社会的・政治的な問題に対し、多くの組合が自治労や連合に結集することで大きな力を発揮しています。何々ファーストという言葉が流行りましたが、それぞれの立場や組織にとって、それぞれの構成員のために力を尽くすことは、ある意味で当たり前なことです。私たち労働組合は組合員ファーストであり、組合活動のすべてが「組合員のため」にとってどうなのかという視点で進めています。

労使交渉はもちろん、政治的な活動も同様です。後ほど説明がありますが、さらに全労済労働金庫の活動も「組合員のため」に進めています。それぞれ労働組合が出資し、設立した歴史があり、営利を目的にせず、組合間の相互扶助のための組織となっています。組合の説明会にそれぞれの担当者をお呼びしているのも、このような経緯があるからです。組合活動は特定の誰かや団体のために行なっているものではなく、組合員全体で方針を決め、その目的は「すべて組合員のため」につながっていることをご理解くださるようよろしくお願いします。

結局、用意した挨拶原稿にはまったく目を通さず、上記の内容の要旨を参加された皆さんにお話させていただきました。触れなかった箇所がある一方で、諸手当の見直し提案会計年度任用職員制度のことなども説明しながら話をいろいろ広げすぎてしまったため、3分ぐらい持ち時間をオーバーしてしまいました。1時間の説明会の後、会場を移動し、懇親会を催しました。途中、組合役員も含め、一人ひとり自己紹介を行なう時間があります。

改めてマイクを持った際、このブログ「公務員のためいき」について今年もPRさせていただきました。もし新歓オリエンテーションに参加された方が当ブログを訪れてくださった時、上記の文章が「あれっ、挨拶の時と随分違う」と思われるかも知れません。大切な要旨は変わっていないはずですので言い回しや例示の仕方などが若干() 異なることをご容赦ください。

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2019年3月30日 (土)

会計年度任用職員制度の労使協議を推進

私どもの組合の労使課題の論点や協議状況などは月2回以上発行する組合ニュースを通し、組合員の皆さんにお知らせしています。年に1回は『市職労報』という機関誌を発行し、組合ニュースを補う目的で諸課題を掘り下げた特集記事を掲げています。

それぞれ組合員一人ひとりに配られ、配布後の取扱いは自由です。このようなオープンな配布の仕方ですので、組合ニュースが市議会議員や住民の皆さんの目に留まることも想定しています。要するに誰に見られても困るような内容は掲げていません。

ただ交渉結果の内容や組合の考え方に対しては人によって評価が分かれ、批判の対象になる場合があるのかも知れません。それでもコソコソ隠すような労使交渉や主張は行なっていないため、「内部資料」「取扱注意」のような但し書きは一切ありません。

仮に圧倒多数の方々から問題視されるような交渉結果や組合の主張だった場合、何か改める要素があることを察知する機会にすべきだろうとも考えています。そのような意味合いからも当ブログの記事の中で、組合員の皆さんに伝えているニュースや機関誌の内容をそのまま掲げる時があります。

今回も最近発行した機関誌『市職労報』等の記事内容をもとに労使協議に関わる話を紹介させていただきます。ちなみに『市職労報』には懸賞付のクロスワードパズルの頁もあります。ここ数年、オリジナルなクロスワードパズルを私が作成しています。

22頁にわたる特集記事も私が担当していましたが、それよりも先にクロスワードパズルを早々に仕上げていました。楽しみながら取り組める作業となっているからです。今回も誌面に目を通すと、すぐ答えが分かる設問をいくつか盛り込んでいます。

ろうきんの「〇〇〇〇NISA」のご利用を、全労済の検索ワード「絆を〇〇〇」など、パズルの頁をめくると答えが見つかるようになっています。他に今回のブログ記事で取り上げる「〇〇〇〇〇〇度任用職員制度の労使協議を推進」という設問も掲げていました。

以前の記事「非正規雇用の話、インデックスⅡ」があるとおり非正規公務員の問題は当ブログで数多く取り上げています。私どもの組合には多くの嘱託職員の皆さんが加入されているため、組合活動の中でも大きな比重を占めています。当事者である皆さんの声をまとめ、市当局に対して次の4点に絞った「嘱託職員に関する独自要求書」を提出していました。
  1. 嘱託職員の報酬に報酬表を導入し勤務年数によって引き上げること
  2. 嘱託職員に一時金を導入すること
  3. 全嘱託職員に代休制度を導入すること
  4. 嘱託職員の休暇制度を充実させること

それぞれ切実な要求であり、継続した労使協議会での課題としています。しかしながら具体的な前進をはかれない状況が続いていました。そのような中、会計年度任用職員制度が2020年度から導入されます。以前の記事「会計年度任用職員」で詳述していましたが、地方公務員法及び地方自治法の一部が大幅に改正され、2020年度から臨時・非常勤職員を一般職・特別職・臨時的任用の三類型に明確化されます。

その中で一般職の非常勤職員である会計年度任用職員の規定を新たに設け、手当支給等ができるようになっています。その実施に向け、各自治体での条例化が2019年度中に必要とされています。組合は会計年度任用職員制度の導入を「追い風」とし、臨時・非常勤職員の労働条件を大幅に改善する機会につなげられるよう労使協議を進めています。

昨年6月には私どもの市に働く嘱託職員の皆さん全員に組合加入を呼びかけさせていただきました。一人でも多くの方に組合加入していただくことで、よりいっそう当事者の声を反映した労使協議につなげていけるものと考えているからです。

現在、会計年度任用職員制度の確立に向け、労使協議は大詰めの局面を迎えています。来年度に向けた「人員確保及び職場改善に関する要求書」の中では「嘱託職員等の待遇改善に向け、会計年度任用職員制度の労使協議を促進し、業務実態に見合った職のあり方を確立すること」という要求を掲げていました。

この要求に対し、市当局から「現時点での考え方は提案済み。今後、労使協議を行っていきたい」という回答が示されています。市当局の現時点での考え方として「本市の人事給与制度は東京都準拠ということで対市民(対議会)等にも説明してきており、これを基本とする考えには変わりがない」としながらも「ただし、従来から労使で確認して運用してきたことを、軽視したいとする意向があるわけではない」と説明しています。

その上で現在の嘱託職員を月給制の会計年度任用職員、現在の臨時職員を時給制の会計年度任用職員とし、それぞれ期末手当の支給は検討しています。しかし、現行の嘱託職員の報酬水準が他団体に比べて高いことや財源の問題に触れ、大幅な改善に向けた姿勢が極めて薄い不本意な考え方にとどまっています。

嘱託職員の月額報酬と期末手当の総支給額の年収ベースが現在の水準を下回らないようにしたいと述べていますが、月収が現在よりも下がるような見直しは到底認められません。新年度に入り、大詰めの労使協議を重ねていくことになりますが、現時点での労使の考え方には大きな開きがあります。

働き方改革の柱の一つである「同一労働同一賃金」の理念のもと、国会の付帯決議を踏まえた納得できる決着点をめざし、今後の労使協議に力を注いでいかなければなりません。その足かがりとして、春闘要求の最終盤の確認の中でも会計年度任用職員制度の課題を大きな争点としていました。3月15日夜の交渉では次の2点を確認しています。

  • 現在雇用されている嘱託職員については、希望者全員の雇用継続を基本とする。来年度中に人事評価制度を導入し、最低評価ではない限り、会計年度任用職員として採用する。
  • 基本的に従前通り65歳まで雇用し、年収額や休暇制度など現在の嘱託職員の勤務条件は後退させない。
上記2点の確認を出発点とし、今後、総務省から示されている「会計年度任用職員制度の導入等に向けた事務処理マニュアル」に基づき、給料表の導入や年間2.6月分の一時金支給の実現などを組合はめざしていきます。労使協議が大詰めを迎えていく中、嘱託組合員の皆さん全体に呼びかけ、労使協議状況の報告を兼ねた懇談会を4月中に開く予定です。ぜひ、多くの皆さんの参加をお待ちしています。

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2019年3月23日 (土)

組合の運動方針の決め方

前々回記事が「母との別れ」で、前回記事が「節目の800回を迎えて」でした。今回から平常モードとし、ようやくnagiさんから示されていた問いかけにお答えする機会とさせていただきます。「神戸市職労のヤミ専従問題」のコメント欄で、nagiさんから「昨年の8月くらいにコメントした内容をコピペします」とし、次のような問いかけがありました。論点を明確化するため、なるべく寄せられた内容をそのまま紹介した上、私自身の考え方を示していきます。nagiさんからのコメントは青字、私のコメントは赤字としています。

一つ目 >さて提案ですが、自治労や平和フォーラムが行う活動で北朝鮮や中国に対して抗議活動をしない、あるいは優先順位が低い理由が明確に存在してるはずです。それはどのような議論や意見集約、優先順位を決める為の数値評価等、結論に至る過程が存在するはずです。それを教えていただければ、疑問も氷塊するのではないでしょうか。対比や検証もせず優先順位を決めることもないでしょうし、平和に脅威を与える事象はたくさんあり、その中でどれを重点目標とするかの議論も存在するでしょう。是非ご教示いただけるようお願いします。

二つ目 >きっと自治労内部の方針会議において、どのような平和活動するか熱い議論が行われているのでしょう。そして、日本、米国、北朝鮮、中国、ロシア等、どこにどのような内容に対して、どのような活動をするか、限られた財源と人材を考え、取捨選択か、あるいは多数決で決めているのでしょう。ひょっとすると中国や北朝鮮に対する抗議活動も何時間にも及ぶ議論、膨大な資料等を精査し、最終的に多数決で議決を取り、49対51で否決されたのかもしれません。そのような内容を詳らかに説明していただければ、長年の疑問も氷塊することでしょう。

一つ目も二つ目もよく似た内容ですが、以前からOTSU氏が内部手続きは問題ないと言われます。また他の方のコメントで平和活動への方針で意見を出したが黙殺されたとの内容もありました。自治労にしても某団体にしても多数の人が参加している以上、いろんな意見が存在していると思います。同じ色、同じ意見の人ばかりが参加してることはないと思います。だから内部においてどのような意見交換がされて、どのように平和に対する脅威を評価し、どの脅威から、どのような活動につなげるかが検討され議決されているのでしょう。

このコメントの最後にはnagiさんからは「是非そのあたりの詳細をレクチャーしていただければと思います。OTSU氏にとっては極々当然で不思議な点は存在しない話だと思いますが、私のように不思議で理解できないと思っている人も一定数いるので、可能ならばお願い致します」という言葉が添えられていました。取り急ぎ私からは次のようなコメントをお返ししていました。

平和に関する方針の件ですが、過去の記事本文を通して説明してきているつもりです。きめ細かい一問一答的な対応ではないため、納得いただけない「答え」は「答えていない」と同じにとられられがちな傾向もあるのだろうと理解しています。さらに長い文章は論点がぼけてしまう場合もありますが、簡潔に答えすぎて誤解を招くことも本意ではありません。したがって、たいへん恐縮ですが、やはり機会を見ながら記事本文の中で改めてお答えできればと考えています。このような点についてご容赦くださるようお願いします。

「きめ細かい一問一答的な対応ではないため」と釈明しながらも「平和に関する方針の件ですが、過去の記事本文を通して説明してきているつもりです」という返し方は不遜な言い方だったことを反省しています。たいへん失礼致しました。私自身としては過去の記事「平和な社会を築くために組合も」「政治方針確立の難しさ」「平和フォーラムについて」「組合の政治活動について」などを通し、nagiさんからの問いかけに対する「答え」に相応する内容を説明してきているつもりでした。

これまで数多くの記事を通し、労働組合が一定の政治活動に取り組む必要性を組合員の皆さんに理解を求めながら、定められた機関手続きを経て運動方針を確立しているという記述を数多く残してきました。ただ組合の運動方針の決め方について、nagiさんから示された上記のような具体的な問いかけに沿った子細な説明までは行なっていなかったことも確かです。そのため、nagiさんから下記のようなコメントも寄せられてしまっていました。

過去の記事はほとんど目を通しました。たしかに手続きに関する記載はありました。しかし議決に至る過程について詳細な説明はなかったと理解しています。また過去の記事でOTSU氏の職場でフリー懇親会をして若手と組合幹部が自由に話をする取組の紹介がありました。その中で、>女性組合員の方が「私も原発はないほうが良いと思っていますが、エネルギー問題を考えた時、脱原発という運動の難しさもあるのではないでしょうか」という言葉を選びながらも率直な問題提起を行ないました。事前の組合ニュースの例示の一つにしたほどでしたので、私としては貴重な提起をいただいたものと歓迎していました。すると複数の組合役員から「原発推進は絶対ダメ」という説得調の発言をかぶせてしまい、いわゆる二項対立的な議論の流れを強めてしまいました。

また、他のコメントでも、意見を言っても黙殺される事例が報告されています。多数の構成員がいる以上、多様な意見が存在し、それについて評価と議論が存在すると思い、その内容についてOTSU氏に聞いてみたわけです。私は某団体のように特定の思想信条に強く影響を受けたり、特定の国の影響下にあるような組織(注 コメント投稿者の推論です)とは異なり、自治労を始めとする平和運動を行う多くの労働組合は、どのように内部の意見を取りまとめているか興味がつきません。まさか日頃政権を非難するような少数意見を無視したり踏みにじったり、排除したり、最初から無かったように取り扱うことはないと信じています。そのうち教えていただければと思います。

上記コメントの前段に引用されている記述は私どもの組合の取り組みを報告した「フリー懇談会を開催」に記した内容です。その場で私から組合役員に対し、もっと注意すべきだったものと反省しながら発言された女性組合員にはお詫びしていました。ただ「他のコメントでも、意見を言っても黙殺される事例が報告されています」という文脈の中で指摘されてしまうと悩ましい点があります。他の組織の実情を詳細に把握している訳ではなく、責任を持てる立場ではありませんので、あくまでも私どもの組合のことを中心に説明させていただきます。その上で他の組織も同様だろうと推察できる点について補足していくつもりです。

まず結論から述べます。組合の運動方針を決める際、nagiさんが思い描いているような緻密な対比や検証は行なっていません。これまで積み上げてきた大きな運動方針の枠組みがあり、その範囲内で新たな要素や情勢を踏まえた議論を加え、1年単位(組織によって2年間)の具体的な活動方針を定めています。このあたりは労働組合に限らず、様々な組織一般に見られる傾向ではないでしょうか。それぞれの組織が発足した際、白紙から大きな方向性を決める議論の時、きめ細かい検討は必要だったのだろうと思います。

しかし、ひとたび組織の綱領や規約を定め、その基本的な方向性のもとに滑り出してしまうと、大きな方針転換の是非を巡る議論は滅多に見られなくなるはずです。念のため、大きな方針転換は絶対はかれないという説明を加えている訳ではありません。私どもの組合で言えば、組合員全員を参加対象としている定期大会が組合の運動方針を決める場となっています。その場で賛成が得られなければ、執行部が提案した運動方針に沿った活動は進められません。

定期大会では執行部原案に対し、出席した組合員が修正案や補強案を書面で提出し、議論を交わした上、採決に付す場合もあります。私が20代の頃、市議選を巡る方針が定期大会で否決されました。その結果、翌年の市議選に立候補を予定していた方は市議会に打って出ることを見送ることになりました。このような事態は極めて稀なことですが、組合の運動方針は組合員の意思で決めるという当たり前な事例として思い出しているところです。

もちろん定期大会に出席した際、口頭で意見を述べることで運動方針を修正や補強することもできます。定期大会の場でnagiさんのような問題意識を持たれている組合員から発言があれば、このブログに記しているような考え方をお答えしていくことになります。論点によっては平行線をたどり、受け入れるという話にならないのかも知れませんが、少数意見を黙殺や排除するという考えは毛頭ありません。

私自身、自治労の基本的な方針に賛同している立場です。そうでなければ、ここまで長く自治労に属する組合の執行委員長を務めることはできません。一方で、組合員の中には多様な考え方があり、自治労の方針や活動を冷ややかに見ている方が多いことも自覚しています。このブログの場以外でも、そのような声を直接耳にする機会があるため、私自身の責任範疇となる私どもの組合活動の中で心がけている点が多々あります。

日常の組合活動の中では職場課題が中心であること、そのことをストレートに反映した組合ニュースや機関誌の紙面作りに努めていること、政治的な課題に対しては「反対しよう!」という呼びかけよりも「なぜ、取り組むのか」という説明を重視していること、各種集会参加に対する職場割当の動員要請は行なっていないこと、それぞれ当たり前なような話かも知れませんが、20年以上前から比べれば様変わりしている点だと言えます。

組合の運動方針の決め方として、このような様変わりを一例として上げられます。組合の規約改正や産別選択など大きな方向性を変えるためには組合員の総意が欠かせません。場合によって無記名の一票投票が求められます。一方で、日常の組合活動を規定する年度単位の運動方針の原案は執行委員会で決めます。定期大会での大幅な修正が極めて稀な現状である中、それまでの組合の運動方針に対し、疑義や軌道修正の必要性を認識されている場合、組合役員を担うことで変革への可能性が広がります。

そのような問題意識を持たれている方が一人で執行委員会に加わっても変革は期待できません。しかし、多数を占めた場合、定期大会に提案する運動方針に軌道修正を加えられるはずです。その原案が定期大会で可決されれば、日常の組合活動も一新されていくのではないでしょうか。幅広い考え方の組合員の皆さんが組合執行部に加わっていただくことを歓迎しています。その上で運動方針を大きく変えるかどうかの議論が行なわれる場合は、私も自分自身が正しいと信じている「答え」を執行委員会の中で訴えていくことになります。

極端な事例を示したことで、nagiさんからの問いかけに対する論点をぼかしているような印象を与えていたとしたら恐縮です。この記事を通して強調したいことは、組合の運動方針は一握りの組合役員だけで決めている訳ではなく、組合員一人ひとりが関与できる機会や仕組みがあるという点です。平和や安全保障のあり方について、膨大な資料をもとに議論したい場合、定期大会で示すことも、組合役員になって執行委員会で提起する道も開けています。特に組合役員の担い手が極端に不足している中、執行委員会に参加する敷居は低く、一人でも多くの方に検討していただければ本当に幸いなことだと考えています。

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2019年3月16日 (土)

節目の800回を迎えて

記事タイトルに掲げた通り今回、節目の800回を迎えます。このブログを開設した当初は毎日のように記事本文を更新していました。しばらくして週2、3回のペースとなり、1年後ぐらいから週1回の更新が定着し、現在に至っています。実生活に過度な負担をかけないペースとして毎週1回、土曜日か日曜日に更新するようになってから1回も途絶えずに「週刊」を習慣化できていました。

元旦に新規記事を投稿しようと決めているため、年末年始だけ変則な投稿間隔となっています。それ以外は上記の言葉通り毎週末の更新を欠かすことがありませんでした。先週月曜3月11日、東日本大震災の発生から8年が過ぎました。8年前の週末は、ためらいながらも「東日本巨大地震の惨禍」という記事を投稿し、被災された皆さんへのお見舞いの気持ちなどを表わしていました。

そのようにつながってきましたが、先々週だけは新規記事の投稿を見合わせていました。前回の記事「母との別れ」に記した通り、とてもブログを更新する気にはなれませんでした。深い悲しみと落胆に沈み込んでいたことはもちろん、このような時にブログに関わることの不適切さを感じていました。

葬儀の後、自宅で喪に服していると悲しみから離れられなくなります。気を紛らわすためにも忌引きの期間を2日残し、早めに出勤していました。仕事に出れば組合活動にも関わり、一気に日常の時間が流れ出しています。先週末からは気持ちを切り替えて平常の姿に戻ることを考え始め、新規記事に向き合っていました。

それでも当ブログの普段の色合いからは離れた私的な内容を綴っていました。自分自身の気持ちの整理を付けていくための通過点であり、苦労を重ねてきた母親を偲びながら母と過ごした年月をずっと忘れないためにも「母との別れ」という記事の投稿に至っていました。コメント欄ではお悔やみの言葉をいただき、たいへん感謝しています。

今回から普段通りの記事を投稿していくつもりでしたが、ちょうど100回ごとの節目に当たっていました。そのため、「節目の800回を迎えて」という記事タイトルを付けて書き進めています。これまで100回というタイミングで記事を投稿する際、次のような言葉を必ず添えていました。

もし定期的な更新間隔を定めていなければ、日々の多忙さに流され、いわゆる「開店休業」状態が続いていたかも知れません。それでも年月は過ぎていくことになります。一方で、投稿した記事の数は自分自身の労力を惜しみ出したり、続けていく熱意が冷めてしまった場合、停滞してしまう数字です。

今回、あえて付け加えれば、不慮の事態に遭遇しても数字は滞ることになります。健康上の問題、大きな天災などに直面した場合、自分自身の意欲や労力云々以前の問題としてブログの更新どころではなくなります。そのような意味で、改めて記事の回数が100を刻んだ時のメモリアルさをかみしめています。これまで100回を節目とし、次のような記事を投稿してきました。

100回の時は、あまり投稿数を意識していなかったため、100回目の記事という認識がないまま普段通りの内容を書き込んでいました。その直後、たまたまココログの管理ページを目にした際、直前に投稿した記事が100回目だったことに気付きました。そのため、101回目という少し半端なタイミングでのメモリアルな記事内容となっていました。

毎週1回の更新が定着し、先が読みやすくなっていた200回目以降は失念することなく、上記のような記事をピンポイントで綴ることができています。訪問されている方々にとって、この記事が何回目だろうと関係ないことは重々承知しています。それでも節目のタイミングを利用し、このブログがどのような性格のものなのか改めてお伝えさせていただく機会としていました。

いずれにしても週1回の更新ペースを崩さず、継続できているのも毎回多くの皆さんが訪れてくださり、貴重なコメントをいただけていることが大きな励みとなっているからです。ちなみに500回目の頃と比べ、コメント欄の雰囲気が大きく様変わりしています。500回目の記事の中に「普段のアクセス数は千件から2千件ぐらいの幅で推移し、コメント数が100を超えた記事も数多くありました」と書かれています。

現在、寄せられるコメントの数は大きく減っています。記事本文の更新が週1回で、コメント欄での動きが少なくなっているため、アクセス数も当時に比べれば減っています。それでも毎日、多くの方々に訪れていただき、幅広い立場や視点からのコメントに触れられる機会を得ています。このような手応えがある限り、引き続き次の節目である900回をめざしていくことができます。ぜひ、出入り自由な場として、これからもよろしくお願いします。

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2019年3月 9日 (土)

母との別れ

3月1日午前2時59分、母が亡くなりました。いつの日か、この瞬間が訪れてしまうことを覚悟していたとしても、後から後から涙が流れ落ちてしまいます。眠っているような安らかな表情でした。私が小学6年の時、父親が急逝し、女手一つで3人の子どもを育ててくれました。

お通夜の前の日、戒名を決めるため、ご住職様から電話があり、母の「趣味は何でしたか」と問いかけられました。その際、旅行やスポーツなど趣味を楽しむ母の姿が何も思い浮かばず、言葉に詰まりました。趣味や娯楽とは縁遠く、苦労に苦労を重ねた人生だったのかも知れず、ご住職様に返す言葉が見つかりませんでした。

それでも母にとって自宅でテレビや本を見ている時、部屋の中を駆け回る1歳半のひ孫を目で追っている時、最も穏やかで楽しいひと時だったようです。晩年は車椅子の上から見入っている母の姿が心に刻まれています。脳梗塞を発症した後、在宅での介護生活が13年に及んでいました。その間、何回か入院しなければならない時、いつも「いつ家に帰れるのかな」と尋ねる母の言葉が忘れられません。

新しい年を迎えたばかりの1月4日、デイサービスから戻った後、母が胸の苦しさを訴えました。近くの病院に連れて行ったところ重篤な心不全という診断で、そのまま入院することになりました。急性期の病院だったため、2月に入り、療養型の病院に移っていました。2月11日には90歳の誕生日を迎え、ベッドから見れる卓上テレビを兄妹で贈りました。

転院を境に食欲が少しずつ戻り、顔色も良くなり、言葉も交わせやすくなっていました。検査数値は相変わらず深刻なものでしたが、外面上の容態は好転しているように映っていました。主治医の先生から「この状態であれば在宅での介護も選択肢として検討できます」というお話をいただいたほどでした。

主治医の先生のお話を伺った後、在宅で受け入れられるかどうか、これまで介護を一緒に担ってきた2人の妹やケアマネージャーの方とも相談を重ねていました。耳の遠い母には時々、伝えたいことを小さなホワイトボードに書いて伝えていました。母の病室で「早ければ3月中に家に帰れるから頑張って」とホワイトボードに書いたのが亡くなる5日前、日曜の午後のことでした。

その翌日、残念ながら食欲が落ちるなど容態は悪化し、在宅という選択肢は消えていました。わざわざ主治医の先生から退院という話は見送らざるを得なくなったことの連絡があり、「申し訳ありません」という一言も添えていただきました。ただ退院は遠のきましたが、病院に顔を出せば、いつでも会えることを信じていました。

月曜の夜、仕事を終えてから会いに行きました。昨日に比べると本当に苦しそうでした。我慢強く、遠慮がちな母はナースコールのボタンを押すことも控え気味だったようです。そのような母が私に「看護師さんを呼んで」と訴えるほどでしたので、この時の苦しさは相当なものだったはずです。すぐ当直医の先生にも診ていただきましたが、幸いにも深刻な容態ではなく、その時は安堵していました。

火曜の夜、昨夜に比べれば落ち着いた様子でした。時々、苦しそうな表情を見せていましたが、会話も交わせる状態でした。そのため、卓上テレビのクイズ番組を2人で見て過ごしました。その時のテレビを見つめる母の目は自宅でくつろいでいる時と同じ穏やかさが感じ取れました。「また明日、来るからね」と手を握って病室を後にしていました。

水曜の夜、点滴は外れていました。看護師さんが差し出すスプーンを口にし、食事も少しだけ取れるほどまで回復していました。1月4日に母が入院した直後、仕事以外のスケジュールはすべてキャンセルしていました。母の容態を見計らいながら徐々に必要な予定を入れるようになっていました。明日木曜の夜は予定が入っていたため、「あさって、金曜に来るからね」と別れました。

その時の別れが最後の別れになるとは、まったく想像していませんでした。今から思えば面会時間ぎりぎりまで残らなかったこと、木曜の夜に予定を入れてしまったことを悔やんでいます。木曜から金曜に変わった深夜2時過ぎ、自宅の電話が鳴り響きました。あわてて起き上がり、受話器を手にすると、やはり病院からでした。

急いで病院に駆け付けた時は、もう息を引き取った後でした。当直の看護師さんのお話では直前まで意思疎通をはかれていたそうです。何か処置を施す時間もないまま突然容態が急変したとのことです。苦しむ時間が少なく、穏やかな表情での旅立ちだったことは、母にとって救いだったのかも知れません。

近親者だけの葬儀、いわゆる家族葬としました。私自身、組合役員を長く続けているため、名前は知られているほうであり、お忙しい多くの方々にご足労いただくことが心苦しかったからです。ただ母にとって、どうだったのか、一人でも多くの方に見送ってもらいたかったかも知れません。また、母と近しい方々に見送っていただく機会を閉ざしてしまったかも知れず、家族葬と決めてからも自問自答していました。

それでも母は面会に行った私たちに対し、いつも「もういいから早く帰って」という気遣いを見せていました。このような気遣いを思う時、お忙しい方々に負担をかけない家族葬に対し、きっと賛成してくれたものと考え直しています。近親者だけの葬儀でしたが、挨拶した際、この話を参列者の皆さんに伝えた時は思わず涙が流れ、言葉も詰まりがちでした。

「3月中に家に帰れるから」という励ましが、はからずも無言の帰宅になってしまったことは残念でなりません。一方で脳梗塞の後、それまで見ることのできなかった母の一面を見ながら10年以上も一緒に暮らせたことは感謝しなければなりません。オムツを交換している時など「長生きしてるから迷惑かけて悪いね」とよく言われてしまいましたが、「そんなこと言わないで」と必ず打ち消していました。

ただ「もっと長生きしてね、100歳まで元気でいようね」という言葉までは少し気恥ずかしくて言い足せていませんでした。今から思えば、このような言葉も、もっと重ねていれば良かったなと振り返りがちです。ちなみに火葬した後、のど仏は残らないことのほうが多いそうです。骨が丈夫ではなかった母でしたが、のど仏がしっかり残っていたことに驚きながら皆で手を合わせました。

葬儀の後、自宅で喪に服していると、どうしても悲しみから離れられなくなります。忌引きの期間を2日残し、気を紛らわすためにも水曜から出勤しています。仕事に出れば組合活動にも関わり、一気に日常の時間が流れ出します。先週末、とてもブログを更新する気にはなれませんでしたが、今週末からは気持ちを切り替えて平常の姿に戻ることも考えました。

結局、平常の姿に戻る前、このブログの色合いからは程遠い「母との別れ」という記事を投稿させていただきました。次回からは普段通りの記事を投稿していくつもりです。今回、このような私的な内容の記事を最後までお読みくださった皆さんには心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

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2019年2月23日 (土)

最近の安倍首相の言動から思うこと

このブログでは時事の話題、特に政治の話を取り上げる機会が多くなっています。自分自身の基本的な考え方や立場を明らかにした上、ブログのサブタイトルに掲げているとおり個人的な思いを気ままに「雑談放談」しています。その結果、安倍首相に対して厳しい意見や指摘が目立ってしまうようです。

一方で、多面的な情報を提供する一つの場になれることを願いながら当ブログを続けています。このような言葉が誤解を招く時もあるようですが、決して当ブログ単体で多面的な情報を提供している訳ではありません。不偏不党、中立的な立場を強調し、常に両論併記するような記事内容に努めている訳ではありません。

メディアやインターネット上に多種多様な情報があふれている中、「このような見方もあります」というニッチな情報や考え方の発信に心がけています。要するに当ブログの記事内容に限れば、ある意味で偏った一面的な見方だと言われても仕方ありません。とりわけ幅広い情報や多様な見方を紹介することを目的とし、他のサイトの内容をそのまま掲げる時も多くなっています。

明らかに不適切な言葉や表現が含まれている場合は紹介すること自体を控えているつもりですが、言葉を選ばない辛辣な批判意見が掲げられたサイトの内容に対して不快感を持たれる方も少なくないようです。ただ自分自身が綴る文章に関しては、基本的な考え方や視点の異なる立場の方々から感情的な反発を招かないように言葉や記述の仕方にいつも注意しています。

結果的に安倍首相の言動を批判することになったとしても、「批判ありき」や「批判のための批判」だと見なされるような書き方にはならないように心がけています。特にコメント投稿の際、皆さんにお願いしている関係上、私自身が率先垂範するためにも「安倍首相は戦争をしたがっている」「アメリカ大統領のポチ」「小学6年生並みだ」などという誹謗中傷の類いとなる言葉を使うことは一切ありません。

さらに多面的な情報を入手した上で安倍首相に対する評価は下すべきであり、日頃から幅広い立場から綴られている書籍にも目を通しています。以前の記事には「『総理』を読み終えて」があり、「Part2」にかけて投稿していました。安倍首相に近しい著者である山口敬之さんは『総理』の中で「立場の左右を超えて、これほど評価が分かれる首相はほかにはいないだろう」と述べられています。

私も以前の記事「改めて言葉の重さ」の中で、人によって「ドレスの色が変わる」という話題に接した時、安倍首相のことが頭に思い浮かんだ話を綴っていました。見る人によって、ドレスの色が白と金に見えたり、黒と青に見えてしまうという話を紹介し、安倍首相に対する評価や見方も人によって本当に大きく変わりがちなことを書き残していました。

最近、手にした著書として小川榮太郎さんの『約束の日』や阿比留瑠比さんの『だから安倍晋三政権は強い』があります。それぞれの書籍の中味について詳しく触れませんが、第1次政権から現在に至るまで安倍首相の資質や政策判断を絶賛している内容が綴られています。まさしく人によって「ドレスの色が変わる」という話を頭に思い浮かべながら読み進めていました。

ちなみに当ブログを通し、安倍首相に対して批判一辺倒な内容を書き残してきた訳ではありません。昨年夏、このブログを定期的に閲覧されている組合員から「安倍首相を評価できることがあれば、そのようなことを書き加えたほうが批判意見に説得力も増すのではないですか」という指摘を受けました。それまでも評価できる点は率直に評価した記述を残していましたので、新規記事の中で安倍首相を評価できる事例を改めて紹介していきました。

平和の話、サマリー Part2」では『「平和の話」の中で安倍首相を評価できること』という小見出しを付け、トランプ大統領との友好関係をはじめ、ロシアや中国と対話を進めている姿勢などについて肯定的な見方を示していました。その後の「ネット議論の悩ましさ」の中では、公務員賃金に対する安倍首相の対応について「デフレ脱却をめざす安倍政権の経済政策に照らし、一貫性のある判断であり、率直に評価できる点だと言えます」と記していました。

記事タイトルに掲げた本題に入る前までの内容が長くなって恐縮です。要するに安倍首相の言動について、すべて批判してきた訳ではありません。今回、最近の安倍首相の言動に対し、いろいろ個人的に思うことを書き進めてみます。当然、その内容に対して閲覧された皆さん個々の評価は大きく枝分かれしていくはずです。「答え」を押し付けるような意図はありませんので、「そのような見方もあるのか」と受けとめていただければ幸いです。

まず「自民党総裁として私にも言論の自由がありますから」という発言ですが、たいへん大きな違和感を持ちました。安倍首相の「悪夢のような民主党政権」という発言を巡り、下記のようなやり取りがあり、その中で発せられていました。「悪夢のような」という言い方もご自身の立場を踏まえれば、もっと他に適当な言葉があったものと思っています。しかし、それ以上に「言論の自由」発言には強い違和感を持たざるを得ませんでした。

安倍晋三首相の「悪夢のような民主党政権」発言をめぐり、12日の衆院予算委員会で立憲民主党会派の岡田克也元外相に発言撤回を求められた首相は「自民党総裁として言論の自由がある」と答弁し、撤回を拒否した。最高権力者が自身の言動を正当化する根拠としたことに「『言論の自由』の意味をはき違えている」と批判の声が上がっている。【毎日新聞2019年2月13日

安倍首相も「言論の自由」とは国民の側に保障されるべきものであり、新聞記事にも書かれているとおり最高権力者である総理大臣に与えられているものではないという認識は持たれているはずです。そのため、「自民党総裁として」という立場の使い分けを強調されたのだろうと思っています。しかしながら「自民党総裁=総理大臣」という現状の中、そのような使い分けが許されるのかどうかで言えば甚だ疑問です。

自民党総裁として、もしくは総理大臣として、ご自身としては立場を使い分けて発言していたとしても、結局のところ誰もが安倍首相の発言だと受けとめ、安倍首相の考えていることだと理解していくはずです。言うまでもなく、一国のトップリーダーの発言の重さははかり知れず、その影響力は絶大なものがあります。「忖度」という言葉も頭に思い浮かびますが、最高権力者が発する言葉の重みについて、よりいっそう自覚していただけるように願っています。

続いて「自衛隊募集に6割以上の自治体が協力拒否」という言葉が気になっていました。リンクをはった先のサイトは『LITERA』ですが、事実関係を詳述しながら率直な言葉で安倍首相を批判しています。実際は9割の自治体が協力しているため、安倍首相は事実誤認のもと「6割以上の自治体が協力拒否」と発言していた訳です。それでもご自身の認識の誤りを認めず、紙や電子媒体で提供しなければ「協力ではない」と強弁しているようです。

そもそも住民基本台帳法に基づく閲覧制度での協力が本来の姿であり、紙や電子媒体で個人情報を提供しているほうが問題視される可能性もあります。加えて、自衛隊を憲法に明記することと個人情報提供のあり方を関連付けることに論理の飛躍が見受けられます。防衛相経験者の石破茂元幹事長が「『憲法違反なんで自衛隊の募集に協力しない』と言った自治体を私は知らない」と語っているとおりだろうと思っています。

アメリカのトランプ大統領が「安倍総理大臣からノーベル平和賞に推薦された」と述べたことに関連し、安倍総理大臣は、衆議院予算委員会で、北朝鮮問題に対するトランプ大統領の指導力を評価する一方、実際に推薦したかどうかは明らかにしませんでした。トランプ大統領は15日、記者会見で、北朝鮮がかつてのようにミサイル発射実験を行わなくなった事態を受けて、「安倍総理大臣からノーベル平和賞に推薦された」と述べました。

これに関連して、安倍総理大臣は衆議院予算委員会で「トランプ大統領は北朝鮮の核・ミサイル問題の解決に向けて果断に対応しており、昨年、歴史的な米朝首脳会談を行った。その際には、拉致問題について私の考え方を直接、キム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長に伝えてもらい、その後も、拉致問題の解決にホワイトハウスを挙げて積極的に協力してもらっている。トランプ大統領のリーダーシップを高く評価している」と述べました。一方で、安倍総理大臣は「ノーベル委員会は推薦者と被推薦者を50年間は明らかにしないとしていることを踏まえ、この方針にのっとってコメントは差し控えたい」と述べ、実際に推薦したかどうかは明らかにしませんでした。【NHK NEWS WEB 2019年2月18日

最後に、最近明らかになった上記の報道について少しだけ触れてみます。安倍首相はノーベル委員会の方針を引き合いに「日本を代表して」推薦したという事実関係を曖昧にしています。ノーベル平和賞にトランプ大統領を推薦したという過去を隠したいと考えているのかも知れませんが、取って付けたような理由で明確化しないのはいかがなものかと思っています。

いずれにしても総合的に判断すればトランプ大統領がノーベル平和賞に相応しいとは思えません。しかし、北朝鮮との武力衝突を避け、対話の道を開いた点だけを評価すれば候補者の一人に目しても良いのかも知れません。このような点を踏まえ、安倍首相が推薦していたのであれば、北朝鮮との対話を強硬に忌避していた自分自身の過去の言動を総括した上での判断だったのだろうと推察しています。

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2019年2月17日 (日)

神戸市職労のヤミ専従問題

前回の記事は「沖縄の県民投票」でした。沖縄の県民投票は木曜日に告示され、来週日曜2月24日に投票日を迎えます。このブログを開設した趣旨を踏まえれば、神戸市職労のヤミ専従問題などは真っ先に取り上げていくべき話だと考えています。一方で、先送りしていた沖縄の県民投票に関しては告示日前までに取り上げようと考えていたため、ヤミ専従の問題が今週末の投稿となっています。

実は昨年9月に投稿した記事「多様な考え方を踏まえた場として」の冒頭でも神戸市職労のヤミ専従問題について触れていました。その後、調査を続けていた神戸市は2月6日に組合役員や市側の人事担当者ら189人を懲戒処分したことを発表しました。そのため、下記報道のとおり改めて全国的に注目を浴びるようになり、このブログの最近のコメント欄でも取り沙汰されていました。

神戸市職員労働組合(市職労)の役員らが正規の手続きをせず組合活動をした「ヤミ専従」問題で、市は6日、労組役員や人事部門職員ら計189人を同日付で処分した。うち戒告以上の懲戒処分は、同市で過去最多の73人。市は過去約5年間に労組役員ら28人が不当に受け取った給与を算定し、約1億7560万円の返還請求も行った。189人のうち退職者の52人は「処分相当」として発表。懲戒処分(相当含む)の内訳は、停職4人(うち退職者2人)▽減給33人(同14人)▽戒告36人(同5人)。

停職には元市職労委員長や、人事部門責任者の元行財政局長を含む。労組役員らの上司109人(同31人)も管理責任を問い、訓戒とした。久元喜造市長は給与30%(3カ月)、岡口憲義副市長が給与25%(同)を減額。前市長の矢田立郎氏も久元市長の減額分と同等額を自主返納する。

ヤミ専従問題を巡って今年1月に市に提出された最終報告書では、人事部門の深い関与などを指摘。久元市長に加え、矢田氏ら歴代3市長について「管理責任を免れない」としていた。久元市長は「心からおわびする。要因として閉鎖的な組織風土や前例踏襲の風潮が挙げられる。信頼回復を図りたい」とのコメントを出した。【毎日新聞2019年2月6日

10年前の記事(農水省の「ヤミ専従」疑惑)の中でも、今回の問題と同様な論点について取り上げていました。その記事の中では下記のような記述を残した上、過去の遺物となるべきヤミ専従の問題が「今、批判の対象となる事態は非常に残念な話です」「これまでの組合側の認識の甘さなども厳しく総括し、改めるべき点は直ちに改めていくことが急務だろうと思っています」という言葉で記事を結んでいました。

「ヤミ専従」のような存在が昔は許されていたと述べるものではありません。違法なものは今も昔も違法であり、駄目なものは駄目であったことに変わりありません。しかしながら幅に対する解釈問題として、労使関係の中で「ヤミ専従」的な存在も暗黙の了解としてきた場合があったのかも知れません。言うまでもなく公務員に対する厳しい視線が強まる中、「ヤミ専従」は絶対許されるものではないはずです。仮にかつて存在していたとしても、過去の遺物となっているものと思っていました。

農水省のヤミ専従が取り沙汰されてから10年も経っていながら同じ問題で批判を受けている神戸市職労の感度の鈍さは非常に残念な話であり、改めるべき点は即刻改める必要があるものと考えています。なぜ、神戸市は今まで改められなかったのか、ここで農水省の時と同様な押さえるべき背景があるようです。農水省の組合は「霞が関最強組合」と呼ばれ、労使の力関係の対等さに問題があったように評されていました。

現代ビジネス」のサイトの記事『神戸市を揺るがすヤミ専従…なぜ「亡霊」はこの街で生き残ったのか』から神戸市職労の影響力の強さがうかがえます。現在、そこまで影響力を発揮できる組合は極めて稀だろうと考えています。以前、大阪市や社会保険庁も同じような構図だったようですが、使用者側よりも組合の力が強く、労使の自主的な判断のもとに改めるべき点を大胆に改めていく機会を逸していました。

外部から強く批判される事態に至り、労使協議を基礎にした自主的な解決をはかることが難しくなっていました。その結果、時間内活動の問題にとどまらず、労使関係において正当に認められている組合費のチェックオフ等の見直しまで取り沙汰されるようになっています。 さらに日頃から組合の政治活動を批判的な立場の方々からは、ますます活動そのものを否定するような声が上がりがちです。

もっと深刻な事態としては、このような機会に組合員の組合離れ、つまり脱退者が増えていくことに注意していかなければなりません。外部からの強い批判にさらされた事態に至った時、それこそ日常的な組合の活動全般が組合員の皆さんから、どのように評価されているのかどうかが試されていくのかも知れません。このような点について私どもの組合も常に意識し、よりいっそう内外から信任される組合活動に努めていくつもりです。

かなり昔は、私どもの市でも勤務時間内の組合活動が非常に幅を持って、労使慣行として認められていました。その当時も条例に定められていた時間内活動は労使交渉に限られていたはずですが、交渉のための準備行為という解釈が広がっていたようです。厳しい批判を受けるヤミ専従のような極端な問題も、この解釈の延長線上にあったものと見ています。

しかし、このような解釈の幅は時代の変遷とともに改まっていく場合があります。そのような時、「今までは許されていた」「皆が同じようにやっていた」というような言い訳は通用しなくなります。したがって、「ここまでは許される範囲」などという勝手な解釈は慎まなければならず、情勢や社会通念の変化にも適宜対応できる組織的な体質が求められているものと考えています。

地方公務員法第55条に「適法な交渉は、勤務時間内においても行うことができる」と記されています。同時に私どもの市をはじめ、「職員が給与を受けながら、職員団体のためその業務を行い、又は活動することができる」ことを大半の自治体が条例で定めています。前述したとおり「適法な交渉のため」という法的根拠が時間内活動の幅を広げ、例えば組合の会議も「交渉のため」に必要な準備行為だと解釈されていたことなども耳にしていました。

かつて私どもの労使交渉も条例に基づき勤務時間内で行なう機会を多く設けてきました。組合役員側が職場を離れづらくなってきたため、かなり前から現在は勤務時間終了後に行なっています。数年前、久しぶりに勤務時間内での開催を組合側から申し入れた際、事前に出席予定者を書面で提出するように求められました。今まで一度も求められたことはなく、条例で認められた交渉であり、不要ではないかと組合は反論していました。

人事課長からは総務省からの指示もあり、絶対必要という返答でした。このようなやり取りがあり、結局、いつものとおり時間外での開催となっていました。その時は「歴代の人事課長に比べ、杓子定規に受けとめすぎているのではないか」という印象を抱いたことを覚えています。確かに以前は口頭で済ましても問題ありませんでした。

しかし、2004年に大阪市のヤミ専従問題が批判された以降、総務省が条例適用の厳格化を求めるようになっていたようです。そのため、人事課長の対応が適切なものであり、「杓子定規」という印象を抱いた私のほうが情勢の変化に対応できていなかったことを反省しています。一方で、「これまでは口頭で認められていた」とゴリ押しして、強引に組合側の言い分を認めさせるような労使関係であれば、それはそれで問題だったのだろうと思っています。

神戸市職労のヤミ専従問題を受け、決して「対岸の火事」としないように自らの足元を見直す機会につなげています。今後、もし勤務時間内に労使交渉を行なう場合、当たり前なこととして事前に書面を提出していくつもりです。さらに「これまでは問題なかった」という幅についても情勢や社会通念の変化に対応できているのかどうか、これからも継続して検証していかなければなりません。公務員の組合活動そのものが全否定されないためにも、襟を正すべき点はしっかり正すという思いを改めて強めています。

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2019年2月10日 (日)

沖縄の県民投票

前回記事「コメント欄の話、インデックスⅡ」のコメント欄で、改めてnagiさんからの問いかけにお答えしていました。「特定の人物や団体を誹謗中傷するような書き込みは慎むようにお願いします」という従来からの「お願い」をもとにした注意喚起だったことを説明させていただいています。また、関係者からすれば誹謗中傷の類いと見なされるような揶揄した書き方は説得力を低下させ、感情的な反発を招く恐れがあることも申し添えていました。

さらに「この問題を新規記事で直接的な取り上げ方はしない予定ですが、少しだけ関連させながら私自身の問題意識を盛り込むことも考えています」と予告していました。その時点で新規記事は「沖縄の県民投票」を取り上げることを決めている中での予告でした。どのように関連するのかは後述させていただくつもりですが、まず下記の報道を紹介します。

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画をめぐる県民投票(14日告示、24日投開票)が1日、全県で実施されることに決まった。条例改正後、態度を表明していなかった沖縄、宜野湾、石垣の3市長が1日、実施する意向を表明した。これで全41市町村で足並みをそろえて実施される。

宜野湾市の松川正則市長は、市議会の会派代表者会議の後、記者会見して参加を表明した。「県議会で条例改正案が可決されたことが参加を決断した理由になった。会派代表者会議で説明し、理解をいただいた」と述べた。沖縄市議会は臨時会を開き、県民投票の経費を含む一般会計補正予算案を採決。賛成多数で可決した。桑江朝千夫市長は可決後、記者団に「議会の意思も、私の意思も同一。速やかに予算を執行するよう指示する」と述べた。

石垣市議会も臨時会を開き、補正予算案を賛成多数で可決した。中山義隆市長は休憩中、記者団に「市議会で可決されたので実施する。24日の投開票で準備している」と話した。県民投票をめぐっては、沖縄、宜野湾、石垣の3市と、うるま、宮古島の2市の市長が、不参加を表明していた。だが1月29日の県議会で「賛成」「反対」の選択肢に「どちらでもない」を加えた3択にする条例改正案が可決されたことなどから、既にうるま、宮古島両市が参加を表明し、方針を転じた。【朝日新聞2019年2月1日

全県での実施の見通しが明らかになった直後、ブックマークしている弁護士の澤藤統一郎さんのブログでは「沖縄全県での県民投票実施見通しを歓迎する。」という記事が投稿されていました。昨年5月、県民投票条例制定の直接請求署名運動が始まり、9月までに必要数(有権者の50分の1にあたる2万3千筆)の約4倍にあたる92,848筆の署名を集めて県議会に提出した経緯などが綴られています。

県議会では選択肢を「賛成」「反対」の2択とした県民投票の条例案に対し、県政野党である自民党と公明党は「賛成」「反対」に「やむを得ない」「どちらとも言えない」を加えた4択とする案を提出していました。結局、4択案は否決され、2択案が賛成多数で可決成立し、県民投票条例は10月31日公布、投開票日が2019年2月24日と決まっていました。

その後、選挙事務執行のための補正予算案が市議会で否決されたため、宮古島、宜野湾、沖縄、石垣、うるま、5市の市長が県民投票に不参加することを表明していました。沖縄県の全有権者の31%に当たる約36万7千人が投票の機会を失う事態に至っていました。このような経緯から上記報道のとおり全県での実施に足並みが揃うまでの動きを澤藤さんのブログでは分かりやすくまとめられていました。

今回の県民投票の位置付けや実施方法などは沖縄県の公式サイトで詳しく説明されています。トップに「沖縄県では、普天間飛行場の代替施設として国が名護市辺野古に計画している米軍基地建設のための埋立てに対し、県民の意思を的確に反映させることを目的として、 県民投票を実施します」という目的が掲げられています。

公式サイトのQ&Aで、県民投票は地方自治法第74条に基づく住民の直接請求によって制定された「辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票条例」に基づき、実施されるという説明が加えられています。また、市町村の事務の執行に要する経費については、地方財政法第28条の規定に基づいて全額、県が負担し、市町村に交付することを説明しています。

もともと国政選挙であれば国、都道府県レベルの選挙であれば都道府県が事務経費を負担しています。したがって、補正予算案の否決は各市の財政負担の問題ではなく、県民投票の実施そのものに異を唱えた表われでした。事務の実施主体は市町村であり、「名簿の調整」「投票の実施」「開票の実施」という全般的なものを担っています。そのため、県民投票という位置付けでありながら少し前まで3割ほどの有権者が意思表示の機会を奪われるという異例な事態を招いていました。

Q&Aの5問目には全国の住民投票の実施状況についても説明していました。市町村レベルでは、日本全国で市町村の統廃合等に関連する住民投票の実施事例は多数ありますが、都道府県レベルでの実施となりますと、沖縄県が22年前の平成8年9月に実施した「日米地位協定の見直し及び基地の整理縮小に関する県民投票」のみとなり、今回が2例目となります、と解説しています。

これまで市町村レベルでの住民投票ばかりだったため、このような混乱が生じていなかったようです。通常の選挙で個々の市町村の判断で事務を協力するかしないかという問題は考えられないため、今回のような県と市におけるネジレは極めて異例な事態だったと言えます。このような異例な事態を避けられたという点において、私自身、県民投票が全県での実施に決まり、本当に良かったものと思っています。

沖縄の県民投票について取り上げようと考えたのは、やはりnagiさんからのコメントが切っかけでした。先月中旬に投稿した記事「諸手当の見直し提案」のコメント欄で、nagiさんから次のような意見が寄せられていました。そのコメントに対し、私からは「この問題も様々な見方があるようです。投票日は2月24日であり、まだ先ですので機会があれば記事本文で取り上げてみたいものです」とお答えしていました。

週末だと言うのに、沖縄は混乱してますね。予想どおりと言いますが、やはり日本型リベラルあるいは革新と呼ばれる人々はなぜ、ダブスタばかりなんでしょうか。玉城知事も国会議員当時は、少数派の声を聞け、丁寧に話し合え、強硬するなと声高に主張していました。しかし自らが権力の座につくと、県民投票が2択では問題があるとの声を無視し、強引に結果ありきで進めていますね。さらに市町村に圧力をかけている。県が決めたことに市町村は従えというのは、日頃の発言と矛盾しないのか 辺野古の埋め立ては反対で、浦添の埋め立ては環境破壊ではないのか?本当に日本や韓国には人権派と呼ばれる人物にろくなのがいない。

このブログの記事本文で取り上げる機会を先送りしてきた結果、幸いにも前述したような歩み寄りがはかれたことを伝えるタイミングに恵まれました。このような歩み寄りに至るまで沖縄県は事務を行なう「法的義務」があるという助言や勧告を各市に発しながら、玉城知事や謝花副知事は直接足を運び、各市長へ協力の要請を重ねていたようです。

同時に全県実施を求める多くの県民の声が後押しし、沖縄県の各政党や当該首長らの姿勢にも影響を与えていったことが伝えられています。玉城知事を支持する政党が多数を占める沖縄県議会での多数決で2択となった訳ですが、少数意見にも配慮し、「どちらでもない」を付け加えることで事態を打開した関係者の皆さんの努力に敬意を表しています。

私自身、このブログの中で〇か×か、容易に選べない問題が多いことを表明しています。そのため、辺野古への米軍基地建設に対し、そのように思われている沖縄県民の方々が決して少数ではないことを推測しています。県民投票にあたり、そのような方々は棄権、もしくは白票や無効票を投じるという選択肢があるのではないかとも考えていました。

それでも明確な意思表示の選択肢として「どちらでもない」を付け加えたこと自体に大きな違和感はありません。二者択一を基本としてきた住民投票の実施方法としては異例な形となりましたが、仮に「どちらでもない」が多数を占めた場合、それはそれで沖縄県民の判断だろうと考えています。しかし、そのような結果に至った場合は、辺野古への新基地建設を沖縄県民が容認した訳ではないため、改めて次善の策に向けた仕切り直しが求められていくことになります。

沖縄県の玉城デニー知事は16日、同県浦添市の松本哲治市長と県庁で会談し、那覇市の米軍那覇港湾施設(那覇軍港)を浦添市の米軍牧港補給地区沿岸に移設するための埋め立て計画について、経済波及効果など将来性を考慮すれば自然破壊はやむを得ないことなど3項目を確認した。玉城、松本両氏はこのほか、新たな施設は「新基地」ではなく「代替施設」であることも確認。那覇軍港の浦添移設が「県内移設」ではなく「那覇港湾区域内の移動」であることでも一致した。

米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設をめぐり、県は「新基地建設」として批判し、環境破壊や県内移設は認められないとしている。辺野古移設と浦添移設の違いについて、玉城氏は16日、記者団に「那覇軍港(移設)は那覇市、浦添市双方にメリットがあり、県全体の産業振興にもつながる」などと述べた。那覇軍港の浦添移設をめぐっては、翁長雄志前知事も容認していた。玉城氏が昨年10月に知事に就任したことを受け、松本氏が改めて3項目の確認を求めた。【産経新聞2019年1月16日

nagiさんのコメントにあった浦添の埋め立てとは上記の件だと思います。このような事例から玉城知事や辺野古新基地反対派が「ダブスタだ」という批判を受けがちです。このような批判意見には重要な論点が内在している可能性もあります。両者の基地問題を客観的に比較しているブログもあるようです。ただ貴重な提起も「人権派と呼ばれる人物にろくなのがいない」とまで言い切ってしまっては建設的な議論につながりづらくなることを心配しています。

実は「沖縄の県民投票」という記事を取り上げるにあたり、前大阪市長の橋下徹さんの著書『沖縄問題、解決策はこれだ!』を購入していました。通勤帰りによく立ち寄る書店で、その本を手にしてパラパラと頁をめくっていました。すると第1章の冒頭「言いっ放しの沖縄問題」という小見出しが掲げられた箇所で、下記のような記述に目を留めていました。

沖縄の米軍基地の必要性を説く人たちは、日本の安全保障を強調し、米軍基地に反対している人たちのことを「暴力集団」「沖縄県民以外の活動家」「中国・韓国人が多い」「カネをもらって動いている」と口を揃えて罵ります。他方、米軍基地を絶対反対と説く人たちは、本土は沖縄のことをまったく考えていないと憤り、日本の安全保障上米軍基地が必要なのであれば、本土に基地を構えろ!と主張します。

前回記事のコメント欄に記した話として、それぞれの主張が思い込みや憶測で語られていた場合、その説得力や発信力が乏しくなるという問題意識を示していました。事実関係を正確に把握していなければ、より望ましい「答え」から離れがちとなるはずです。そのような問題意識があるため、橋下さんの上記のような言葉に興味を覚え、書籍をレジに運んでいました。

読み終えた感想ですが、沖縄の問題を語る前提として大阪での実績が頻繁に強調されていました。そのあたりは少し違和感がありましたが、沖縄の改革・活性化案や県民投票に対する大胆な提案など興味深い箇所も多く、一気に読み終えていました。今回、たいへん長い記事となっていますので書籍の内容について詳述しませんが、最後に、基地問題に対する思いとして比較的重なり合う箇所を紹介させていただきます。

国の安全保障政策が、地方の首長選挙の結果によって左右されることは避けなければなりませんが、しかし、米軍基地の問題は、日本の安全保障政策の問題であるにもかかわらず、その現実的な不利益は地元のみに大きく覆いかぶさります。したがって地元の意思を完全に無視するわけにもいきません。僕は、普天間基地の辺野古移設は賛成と言いましたけど、後で詳しく述べますが、辺野古移設を強行に進めることに対しては反対の考えにいたりました。

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