2021年6月13日 (日)

『政商 内閣裏官房』を読み終えて

ステイホームが続く中、読み終えた書籍の数が増えていきます。最近では安達瑶さんの『内閣裏官房』、その続編『政商 内閣裏官房』を一気に読み終えていました。実在する政治家らの顔がすぐ思い浮かび、もし事実に近い話をヒントに小説に仕立てていた場合、たいへんスキャンダラスな「闇」を告発していることになります。

日本を壊したやつは誰だ!?  政官財の中枢が集う“迎賓館”の怪。裏官房は依然暗躍し、相次ぐ自死事件を追う! 新政権が発足し官房副長官の首がすげ替えられても、政府にとって使い勝手の良い裏組織“内閣裏官房”は存続していた。

彼らは新副長官の命令一下、ある民間施設で発生した怪死を穏便に“処理”すべく急行する。現場は新政権とも繋がりの深い企業が要人を接待するために設けた“迎賓館”だった!  自衛隊出身の武闘派女子上白河レイらが権力者の悪を糾す、痛快シリーズ第二弾!

上記はリンク先のサイトに掲げられた『政商 内閣裏官房』の紹介文です。あくまでもフィクションという前提で読まなければならないはずですが、周知の事実関係も背景として描かれているため、読み手側の想像力は膨らませられていきます。

登場人物から連想される関係者は激怒するのか、震撼するのか、いずれにしても黙殺したいだろうと思われる内容が随所に目立っていました。安達さんは男性と女性との合作作家ですが、政治的な立場を鮮明にした言葉を登場人物の会話の中に盛り込んでいます。

例えば「新しい総理は今度の政権を、国民に利益誘導をしてそれを支持基盤にする、古き良き遣り方に戻そうとしている。前政権に特徴的だった、愛国だ、反日だ、改憲だ!とやたら憎しみを煽る手法ではなくてね」と語らせています。

他に「前回の国政選挙で、前首相が無理やり押し込んだ候補が当選した事案があっただろう?党本部から、通常の十倍にもなる選挙資金が流れたという、あの件だ。そいつらに渡った金額を全部足しても、党本部から流れた金の三分の一にしかならないんだ。一億近いカネがどこかに消えているんだよ。そのカネが、それも前総理に近い大物政治家に還流したのではないか」という疑惑も描かれています。

登場人物の言葉がそのまま作者の考えとは限らないのかも知れませんが、現政権と対比しながら前政権を批判している箇所が目に付きました。「文書を改竄させられるような、そういう政権は願い下げですね」「室長は、新政権に持ち堪えてほしいと願っているのだ」という登場人物のセリフなどから前総理と現総理の顔を思い浮かべています。

続編には立山大祐という人物が登場します。かつて立山は金融担当大臣として不良債権処理を推し進め、「対象となった企業の三分の二は外資に食われ、残り三分の一は立山に協力的だった企業に、二束三文で買われてしまった」と書かれています。現在は大手人材派遣会社キャリウェルの会長を務め、アメリカの利益を代弁する人物として描かれていました。

自由で公平な競争を日本の社会にもたらした、と立山は豪語しているが、自分が無理やり押し付けたルールの下、立山本人がキャリウェルを立ち上げて人材派遣業で大儲けしているのだから、まさに語るに落ちる、という話だ。上品に言えば利益相反、ぶっちゃけ、出来レースでしかないだろう。

上記は登場人物の一人が立山について説明する言葉です。書籍のタイトル名の政商は立山を指し、前述したとおり実在する人物や企業名が容易に思い浮かべられます。殺人事件を絡めた物語ですので荒唐無稽な話として受けとめ、具体的な人物や企業と重ね合わせていくと誹謗中傷や名誉毀損の問題にもつながりかねません。そのため、このような書籍を読み終えたという「雑談放談」に過ぎない内容としてご理解願います。

ここまでは小説の中に記されていた内容の紹介であり、事実関係とフィクションとの線引きには慎重にならなければなりません。続いて、事実関係をもとにしたメディアの記事内容を紹介していきます。まず『パソナ1000%の衝撃!コロナと五輪でボロ儲けのカラクリ』という見出しの記事内容です。

コロナ禍に前年比1000%増――。パソナグループの最終利益が波紋を広げている。今年5月期の通期連結業績予想を上方修正。純利益は62億円と、前年の5億9400万円から実に942.3%アップ、約10倍増となる見込みだ。

大幅に利益を伸ばした事業は、官公庁や企業から業務プロセスの全てを請け負う「BPOサービス」。この中には政府から巨額で請け負ったコロナ対策関連事業も含まれるとみられる。

例えば昨年の「持続化給付金」事業だ。パソナが設立時から電通などと共に関与した一般社団法人「サービスデザイン推進協議会」が、まず769億円で受託。749億円で再委託された電通が子会社5社に流し、さらにパソナやトランスコスモスなどに計417億円で外注――と、血税“中抜き”は猛批判を浴びたが、とりわけパソナの受注費は約170億円と際立って多かった。

五輪関連事業でも「特権」を与えられている。大会組織委員会と「オフィシャルサポーター」契約を締結。先月26日の衆院文科委員会で「人材派遣サービスはパソナしか許されていない。43(の競技)会場の派遣スタッフを頼むときはパソナに(仕事を)出さなくてはいけない契約になっている」(立憲民主党・斉木武志議員)と、事実上の独占状態なのだ。

コロナで中抜き、五輪ではピンハネ? 究極の買い手市場だからか、国会審議では“ピンハネ”疑惑も浮上。パソナの五輪有償スタッフの募集要項によると、時給は1650円(深夜時間帯は125%の割増賃金)、日給にすれば約1万2000円程度だ。ところが、組織委と委託先の広告代理店との契約書や内訳書には人件費の1日単価は35万円、管理費・経費を含めると日当45万円と出てくるという。

ピンハネ率は97%。代理店からの独占委託で利益が転がり込めば、儲かるのも納得だ。コロナ不況で早期・希望退職を募る企業も増加。再就職支援事業も「好調」というから、まさに「人の不幸は蜜の味」だ。

「会長の竹中平蔵氏は菅首相のブレーン。今も国家戦略特区諮問会議や産業競争力会議の有識者メンバーです。公的機関の仕事に食い込めるのは“政権の友”への優遇ではないのか。違うならハッキリと説明すべきです。政府分科会の尾身会長の『五輪開催は普通はない』発言に竹中氏は6日、『越権行為』『ひどい』と関西ローカル番組でカミついていましたが、開催中止で利益を失いたくないようにしか聞こえません」(経済評論家・斎藤満氏) 日本にも“ぼったくり男爵”は存在する。【日刊ゲンダイ2021年6月7日

勇み足な表現もあるのかも知れませんが、基本的に事実関係を伝えた記事内容であるはずです。日刊ゲンダイの政治的な立場性や辛辣な言葉使いに嫌悪感を持たれる方々も多いようですが、このブログが多面的な情報を提供していく一つの場になり得ることを望んでいる関係性についてご理解くださるようお願いします。

次に『五輪支持の竹中平蔵パソナ会長「スペイン風邪でもやった」発言に自民党が大迷惑「援護射撃になっていない」』という見出しの記事内容を紹介します。やはり政権との距離感を明確にしたメディアの報道ですが、1920年のアントワープオリンピックはスペイン風邪というパンデミックの中でも開催されたという説明の不適切さなどが理解できる内容となっています。

東京五輪開催を支持する慶応大学名誉教授でパソナ会長の竹中平蔵氏が9日、自身のYouTubeチャンネルを更新。「竹中平蔵【東京五輪】開催すべき理由を徹底解説」というタイトルで語った。竹中氏は動画の冒頭で、「私はオリンピック・パラリンピックを是非きちっと開催してほしい」と主張。

1つ目の理由として、「オリンピック・パラリンピックは国内イベントではないということです。世界のイベントなんです。従って本来ならば日本の国内事情でこの世界的なイベントを止めるというのは、やはりこれはあってはいけないことだと思います。日本としては国際的な責任を果たすために国内事情をしっかりとコントロールしながら実行に移す責任がある。それが実は日本で開催されるオリンピック・パラリンピックの本質的な問題だという風に思うんです」と語った。

そして、2つめの理由として、新型コロナウイルスの流行が五輪を中止する根拠になりえないことを主張した。竹中氏は過去にオリンピック・パラリンピックを中止した事例として第一次世界大戦、第二次世界大戦の時を引用。「世界大戦の時はさすがに世界が真っ二つに割れているわけですから。これは国内事情ではなくて世界の事情でできないから止めているわけです」と五輪の開催中止が正当であることを強調した。

そして、今回の東京五輪の状況に類似した1920年のアントワープオリンピックを取り上げ、「1918年から数年間、世界はスペイン風邪というパンデミックに襲われました。しかしこのパンデミックの中でベルギーのアントワープでの五輪はきちっとやられました。パンデミックだからやめたということではなかったわけです」と説明した。

3つ目の理由がワクチンだ。「この数か月の間にコロナ問題に対する世界の認識は大幅に変わったということです。日本では依然として人流を抑えるためにどうこうという話をしていますけど私の認識ではイギリスやアメリカでは、もうそんな議論はしておりません」とワクチンの接種率が高い諸外国はコロナの感染が収束していることを説明。「今やるべきことはワクチンを普及させること、そして国際的責任を果たすために日本は今このオリンピック・パラリンピックを万全の対策を講じながらきっちりとやり抜くこと」と持論を展開した。

竹中氏は6日に読売テレビで放送された「そこまで言って委員会NP」に生出演した際、「世界のイベントをたまたま日本でやることになっているわけで、日本の国内事情で世界に『イベント(五輪)やめます』というのはあってはいけないと思いますよ。世界に対して、『やる』と言った限りはやる責任がある」と主張。落語家の立川志らくが「世論の6、7割が(五輪は)中止だと言っている。世論が間違っているってこと?」と質問すると、「世論は間違ってますよ。世論はしょっちゅう間違ってますから」とコメントして波紋を呼んだ。

今回の動画の内容についても、コメント欄では「コロナの感染は世界の問題であって、日本の国内事情ではありません。オリンピックを開催する責任??国外からの流入はもちろんですが、日本から世界に拡散させる可能性についてはどうなんでしょうか?日本株なんて世界に言われたらどう責任とるんでしょう?」

「ヨーロッパでのスペイン風邪感染は1920年には収束しつつある状況にあったので開催される要因の1つになったと思われます。参加国29カ国を見ても、欧米が3分の2近くを占めています。つまりスペイン風邪はほとんど影響がなかったと思います。東京オリンピックの参加予定の国・地域は200カ国。はっきり言わせていただきまして比較にならない。その200カ国の中には、感染が収まらない国・地域が多いのが現状」など竹中氏の主張に異を唱える意見が目立つ。

自民党の関係者は渋い表情を浮かべる。「竹中さんは先日の『世論は間違っている』発言で、国民にケンカを売ったように映ってしまった。今回の五輪支持の訴えも、火に油を注ぐ形になっている。参加者、参加国の規模が全く違う100年前の五輪でスペイン風邪の時に開催したことを持ち出すのは無理があるし、五輪開催に突き進む政府の援護射撃になっていません。竹中さんが会長を務めるパソナが五輪スポンサー企業であることも、政府と距離が近いという印象を与えて心証が悪い。五輪の開催を望むなら『おとなしくしてくれ』というのが政府の本音だと思います」

五輪開催まで1カ月半を切った。国民は大きな不安を抱えている。政府には丁寧な説明責任が求められる。AERA dot.2021年6月10日

『政商 内閣裏官房』を読み進めている最中に上記の報道を目にしていきました。この巡り合わせを新規記事の冒頭で少しだけ触れるつもりが、書き進めるうちに途中で「記事タイトル」を差し替えた上、パソナの竹中会長に焦点を当てた記事内容に変えていました。

このブログでは以前「李下に冠を正さず」という記事を投稿しています。私たち公務員は利益相反と見られないような振る舞いが日常的に厳しく求められています。あまりにもスケールが大き過ぎると見えづらくなってしまうのかも知れませんが、東京五輪の開催は竹中会長の利益に直結する関係性です。

上記の報道で「五輪の開催を望むなら『おとなしくしてくれ』というのが政府の本音」と伝えているとおり竹中会長の発言の数々は東京五輪の開催に向けてマイナスだったと言えます。実は前回記事「もう少し新型コロナについて」の続きとして東京五輪の開催の是非について私自身の考えを書き足すつもりでしたが、たいへん長い記事になっていますので次回以降に先送りしています。

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2021年6月 6日 (日)

もう少し新型コロナについて

前回記事「コロナ禍での雑談放談」のコメント欄に勤続20年超さんの切迫した思いが伝わるご意見をお寄せいただいています。私自身への直接的な問いかけや反論ではないことをお断りいただいていますので、今回、そのコメントに沿ったレスとしての内容を書き進めるものではありません。

ステイホームが続く中、新型コロナウイルス感染症に関する著書を最近立て続けに読み終えていたことをお伝えしていました。適菜収さんの『コロナと無責任な人たち』、峰宗太郎さんと山中浩之さんの対談本『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』、小林よしのりさんの『コロナ論3』、鳥集徹さんの『コロナ自粛の大罪』です。

読み終えた著書の中で特に興味深かった新型コロナを2類相当に位置付けている問題などに関し、前回記事の中では触れられませんでした。今週末に投稿する新規記事のタイトルを「もう少し新型コロナについて」とし、これまで深く掘り下げていなかった病床数の問題なども含めて書き進めてみるつもりです。

まず病床数の問題です。日本国内の医療機関には約160万の病床があり、人口千人当たり13床は世界最多の水準です。さらに日本の新型コロナウイルスの感染者数は欧米各国に比べて桁違いに少ないのにも関わらず、病床の逼迫が常に問題視されています。緊急事態宣言も病床の逼迫を防ぐためという理由が真っ先に上げられます。

新型コロナの重症者を受け入れる病床数さえ充分確保できていれば、これほどまで社会生活や経済に影響を及ぼさずに済んでいたのかも知れません。このような事態に至っている背景として、病床の数に比べて医師など医療スタッフの数が少ないことや、感染症対策の設備が整わない規模の小さい病院の多さなどが指摘されています。

特に注目した現況として『コロナ自粛の大罪』の中に次のような事情が説明されていました。日本の医療機関は民間が8割で、公的医療機関は2割にとどまっています。民間の医療機関には国や自治体の指揮命令系統が及ばず、容易に転換できないという現状が説明され、南日本ヘルスリサーチラボ代表の森田洋之医師は次のように補足しています。

医療を競争原理に任せて運営してきたために、医療機関同士がライバルになってしまっている。平時では、それが医療の質やサービスの向上につながるけれど、有事になるとうまく連携がとれない。そうしたことを放置してきたツケが、コロナ禍になって回ってきたのだと思うのです。

日本医師会をはじめ、民間の医療機関側から新型コロナ重症者を簡単に受け入れられない理由として「院内感染が起こり、クラスターが発生すると、病院を閉鎖せざるを得ず、経営が立ち行かなくなる」という声が上げられています。倒産リスクの心配も公的医療機関であれば、ひとまず考える必要はありません。

このあたりの関係性は行政のアウトソーシング最適なあり方として別な機会に改めて掘り下げてみたいものです。今回の記事では新型コロナの問題に絞り、続いて感染症の分類の問題について考えてみます。1999年4月1日から「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に基づき感染症は下記のとおり分類されています。

  • 1類感染症 ~ 感染力や罹患した場合の重篤性など総合的な観点から危険性が極めて高く、原則的に感染症指定医療機関に入院が必要な感染症です。全例届出が必要とされています。エボラ出血熱、クリミア・コンゴ熱、痘瘡、南米出血熱、ペスト、マールブルグ病、ラッサ熱の7疾患が該当します。
  • 2類感染症 ~ 感染力や罹患した場合の重篤性など総合的な観点から危険性が高く、状況に応じて入院が必要な感染症です。全例届出が必要とされています。ポリオ、結核、ジフテリア、SARS、MERS、鳥インフルエンザの6疾患が該当します。
  • 3類感染症 ~ 総合的な観点から危険性は高くありませんが、特定の職業への就業によって感染症の集団発生を起こす可能性があるため、特定職種への就業制限が必要な感染症です。全例届け出が必要とされています。コレラ、細菌性赤痢、腸管出血性大腸菌感染症、腸チフス、パラチフスの5疾患が該当します。
  • 4類感染症 ~  蚊や脊椎動物、飲食物を介して伝播する感染症のうち人から人への伝播が比較的少なく、動物や飲食物の消毒や廃棄、移動制限などの処置が蔓延防止上有効である感染症が該当します。全例がサーベイランス報告の対象となります。A型肝炎、E型肝炎、ウエストナイル熱、オウム病、Q熱、狂犬病、鳥インフルエンザの一部、サル痘、炭疽、デング熱、ジカウイルス感染症、日本脳炎など全部で44疾患が該当します。
  • 5類感染症 ~  国が発生動向調査を行ない、必要な情報を提供・公開していくことによって発生・拡大を防止すべき感染症です。5類感染症には重症度、感染経路や感染力の強さ、発生頻度において様々なものが混在していますが、22種類の全数把握(全数届出)感染症と26種類の定点把握(定点届出)感染症の2つに大別されています。基本的に発生頻度の低い感染症を全数把握し、頻度の高い季節性インフルエンザなどは定点把握に分類しています。

新型コロナは国内での感染者が確認され始めた昨年1月、指定感染症に指定されました。当初、特徴や危険度、感染状況が見通せなかったため、既存の分類にせず、原則1年、最長2年を限度とする2類相当の指定感染症に暫定的に位置付けていました。法律上、再延長できないため、数年単位にわたる対応を想定し、年内には正式な分類を決めることになります。

2類相当に位置付けられている新型コロナが院内感染した場合、診療の2週間停止命令を受けます。ブログ『Dr.和の町医者日記』で有名な長尾和宏医師は「なんで民間病院でコロナ診ないの?」「開業医は逃げているの?」などという問いかけに対し、下記のような事情や問題意識を訴えています。

開業医の2週間停止というのは、一般労働者がコロナになったから2週間家で寝ておきなさいというのと、まったく違うんです。僕らをかかりつけにしている患者さんが何千人っているんです。さらに、うちの場合は在宅の患者600人の命を放棄することになる。停止命令を下されることは死刑宣告なんです。なぜそういうことが起こるのか。コロナが2類相当だからです。

コロナで保健所が介入して、いいことなんかありません。保健所だって2類相当だから対応している。人手が足りなくて大変なんだったら、地域の医療機関に権限を委譲したらいいじゃないですか。インフルエンザと同じように現場の医師の裁量権を認めて、週に何人コロナの患者が出たか報告させる。保健所は定点観測で感染動向だけ把握したらいいんです。毎日毎日、陽性者数を報告させて、一喜一憂する必要なんかありません。

新型コロナが2類相当であるため、厳重な感染防御が欠かせず、呼吸管理に通常の4倍程度の人手が必要とされています。季節性インフルエンザと同じ5類感染症に位置付ければマンパワー不足をはじめ、病床逼迫の問題は劇的に解決していくという主張が『コロナ自粛の大罪』の中で随所に展開されています。

そのような主張に至る大前提として新型コロナの脅威はインフルエンザ並み、もしくはインフルエンザよりも怖くないという認識があるからです。複数の専門家が科学的なデータ等をもとに断言されているのですから、ほぼ間違いのない認識なのだろうと思っています。すでに日本人は集団免疫を獲得している、このような見方も事実なのかも知れません。

ただ感染対策を緩めてはならない局面が続いていることも確かだろうと考えています。マスク着用など感染対策に努めているからこそ日本は「さざ波」にとどめられ、もし対策を一気に緩めた場合、インドのような感染爆発につながることが決して「対岸の火事」ではないものと認識しています。

そのため、2類相当をインフルエンザと同様な5類に変えることで一人一人の感染対策に向けた意識が低下することを危惧しています。現在、出遅れていたワクチン接種が加速しています。国民の半数以上がワクチン接種を受ければ集団免疫を獲得できると言われています。そのような時期を見据えながら2類相当を見直すタイミングは急がないことが適切であるように思っています。

勤続20年超さんがワクチン接種に対する危険性を強く訴えられています。ワクチン接種後の死亡例が報道され、その中には基礎疾患のない26歳の看護師の方が含まれていました。因果関係や死亡率の評価は定まっていませんが、リスクよりも接種することのメリットが推奨されています。

しかし、これまで人類が接種したことのない新しいタイプのワクチンであり、今後、どのようなリスクがあるのかどうか分からないという現状であることも確かです。したがって、ワクチン接種を拒む方々は一定の割合で増えていくはずです。その際、拒む方々が不当な差別を受け、同調圧力で接種を強要されていくような事態は避けなければなりません。

このような問題意識があるため、前回記事の中でも「ワクチン接種は希望される方々」という言葉を使っていました。このあたりはマスク着用と切り分けた考えを持っています。マスクは飛沫感染を防ぐ効果を期待しているため、人に移さないためのマナーとしても会話する時などは必ず着用して欲しいものと思っています。

最後に、今回も東京五輪について触れさせていただきます。尾身会長の「今の感染状況で開催は普通はない」という衆院厚労委員会での発言が波紋を広げています。私自身、前回記事の中で「主催者が納得性の高い説明責任を果たした上で開催を決めるのであればその判断を尊重したいものと考えています」と記しています。

尾身会長の端的な言葉が注目を集めていますが、発言の趣旨は私自身の思いと同様に説明責任の不充分さを指摘されているようです。線引きが曖昧だった人流抑制、感染対策に力を注いだ居酒屋等に対する休業要請などの対比から政府や東京都の対応が分かりづらくなっています。ある面で強い措置を課しながら東京五輪だけは「開催ありき」の姿勢が、ますます分かりづらくしていました。

どのような対策を講じても開催する限り感染リスクはゼロにならないことを率直に示した上で、最大限低減する対策を具体的に提示しながら開催することの意義等を説明していくことが必要なのではないでしょうか。このような考え方のもとに制約している要請内容を見直していく、つまり感染対策を講じることを最重視しながら経済活動の範囲を広げていくことが求められているように思っています。

東京五輪の開催にあたって注意しなければならない点として、2類相当の見直しの問題と同様、一人一人の感染対策に向けた意識の変化です。宣言が解除された後も宣言の有無に関わらず、コロナ禍が収束するまで緊急事態であるという認識を持ち続けなければなりません。東京五輪を楽しみ、必要な外出や会食の機会が増えても、マスク着用など感染対策を緩めないことが重要です。

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2021年5月29日 (土)

コロナ禍での雑談放談

このブログを長く続けられている理由はコメント欄を含め、管理人である私自身の関わりを土曜と日曜に限っているからです。日常生活に過度な負担をかけないためのメリハリとして定着しています。ただ平日も含め、毎日画面は開いています。お寄せいただくコメントの数は以前に比べて激減していますが、日々閲覧することだけは習慣化しています。

また、土曜と日曜それぞれ日程が詰まっている時などは平日のうちに新規記事の投稿作業に関わっています。このような習慣が週刊化につながり、今年2月には900回という節目を刻むことができています。さらにブログ名のサブタイトルに掲げているとおり「雑談放談」的な内容を気ままに書き込んでいることも長続きしている理由の一つだろうと考えています。

雑談とは「気楽に話すこと、とりとめのない話」であり、放談は「言いたいことを遠慮なく話すこと」という意味です。もちろんインターネット上に不特定多数の方々を意識しながら発信しているため一字一句の重みを感じています。それでも個人の責任によるブログであるため発信する内容の自由度は高く、今回のような「雑談放談」をタイトルに付けた記事を時々手がけています。

さて、東京や大阪など9都道府県に発令している緊急事態宣言が6月20日まで延長されます。緊急事態宣言が続く中、土曜と日曜に入っていた予定は軒並み手帳から消えています。5月末の出納閉鎖を控え、少しでも収納率を上げるため休日に訪問催告を行なっていた時期ですが、そのような出勤もなくなっていました。

したがって、最近の土曜と日曜は両日とも当ブログに集中できるようになっています。両日関われる週末が続く中、このところ日曜の更新が続いています。日曜の予定もなく、明日できると思うと、つい先送りしがちでした。

今週末の土曜の朝は、エンゼルスの大谷投手が先発した試合をNHK BS1で見ながらパソコンに向かっています。このままブログに集中し、久しぶりに土曜のうちに更新できればと考えていました。

コロナ禍でステイホームという言葉が有名になっています。緊急事態宣言について、いろいろ思うことがありますが、予定が消えた後はなるべく外出しないように心がけています。昨年5月の記事「最近、読んだ本」で伝えているとおり外出を自粛しているため手にする書籍の数が増えています。

ステイホームの過ごし方としてテレビの前にいることも多くなっています。先々週の土曜、日本映画専門チャンネルで『姉ちゃんの恋人』全話9回分が放映されました。主人公の有村架純さんらの演じる物語が面白く、見始めたところ最後までテレビの前から離れられませんでした。両親を交通事故で亡くし、3人の弟を養うため大学進学を諦めて働く有村さんの頑張りに目を潤ませる場面が何回かありました。

グリーンチャンネルで中央競馬の全レースを自宅で見ることができます。以前は競馬場に行った気分でパドックを確認しながら1レースからネット投票を楽しむ休日が少なくありませんでした。最近はメインレースのみに集中しているためグリーンチャンネルを見ることが減っていました。先日、久しぶりに1レースから挑みましたが、残念ながらIPATの残高を減らすだけのステイホームでした。

自宅のパソコンを開くと必ず麻雀ソフトで遊んでしまいます。コロナ禍で実戦からは遠ざかっていますが、日々役作りの訓練は怠っていない日常となっています。自宅のパソコンはゴルフゲームも楽しめます。RPGの要素があり、オリジナルキャラクターを成長させ、希少なアイテムを獲得することで350ヤード以上飛ばせるようになっていました。ミドルホールをワンオンできる飛距離は快感です。

せっかく閲覧くださっている皆さんにとって、どうでも良い話が長くなって恐縮です。ここからはコロナ禍の緊急事態宣言に対し、いろいろ思うことを最近読んだ本を紹介しながら書き進めてみます。前回記事「責任者は誰なのか?」の最後のほうで『ノモンハンの夏』を読んだことを伝えていました。

今年1月に亡くなられた半藤一利さんの著書です。面子を重視した対立を繰り返す陸軍参謀本部と関東軍に対し、半藤さんの苛立ちが全編を通して伝わってくる理不尽な戦争の記録でした。たびたび使われている「秀才参謀たちは」という言葉に半藤さんの冷笑や憤りが込められているようでした。

当時のソ連軍の戦力を侮る楽観論、日本が負けることはないという精神論のもとにノモンハンで戦い、たいへん多くの犠牲を強いられていました。その敗戦の総括の不充分さ、責任の所在の曖昧さなども描かれ、重い責任を問われていたはずの関東軍の参謀らが太平洋戦争開戦前、三宅坂上の陸軍参謀本部の要職に栄転していたという驚愕な史実を伝えている著書でした。

このような史実を知り、今の政府や小池都知事らの顔を思い浮かべてしまうことは失礼な連想なのでしょうか。特に東京五輪の開催に向けて最も重い責任や権限を持っている人物は誰なのか、精神論や楽観論が先行していないか、いみじくも半藤さんの著書『ノモンハンの夏』から学び取るべき点が多々あるように感じています。

ステイホームが続く中、前述したとおり読書量は増しています。このブログの題材として取り上げる機会が多くなっているため新型コロナウイルス感染症に関する著書を最近立て続けに読み終えています。適菜収さんの『コロナと無責任な人たち』、峰宗太郎さんと山中浩之さんの対談本『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』、小林よしのりさんの『コロナ論3』、鳥集徹さんの『コロナ自粛の大罪』です。

それぞれの内容を今回の記事では網羅して紹介できませんが、前々回記事「3回目の緊急事態宣言も延長」に寄せられた勤続20年超さんのコメントの内容が『コロナ論3』『コロナ自粛の大罪』を通して詳述されています。インフルエンザより怖くない新型コロナに過剰反応し、社会生活や経済を犠牲にしていることを痛烈に問題提起している著書でした。

個々人の免疫を弱体化させないためにもウイルスとの共生が必要という訴えをはじめ、「コロナ死」だけを特別視することの問題性など「なるほど」と思う内容に多く触れることができています。ただマスク着用や手指の消毒などが不要という主張も見受けられましたが、そのあたりは少し疑問に思っています。

『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』では特効薬やワクチンが普及するまでインフルエンザと峻別した対応の必要性を訴えています。さらに日本人の多くがマスク着用や三密の回避など感染対策に努めているからこそ欧米のような感染爆発に至っていないという見方を示していました。全体を通し、こちらの著書の内容が私自身の考え方に近いようです。

いずれにしてもマスク着用等の対策が100%の安全を保障するものではないことやPCR検査の誤差の多さは各著書それぞれで伝えています。菅総理は東京五輪の開催に向けて「安全安心な大会となるよう取り組みます」と言い続けていますが、開催する限りリスクゼロはあり得ないことを前提に考えなければなりません。

仮に東京五輪の中止を決めた場合、開催に伴う人流はなくなり、東京五輪に関連した感染リスクはゼロとなります。とは言え、もともと過度に社会生活や経済を痛めるロックダウンに近い抑圧策には懐疑的な立場ですので、主催者が納得性の高い説明責任を果たした上で開催を決めるのであればその判断を尊重したいものと考えています。

そのため感染対策を整えて東京五輪の開催を予定するのであれば、感染対策を整えているデパートや映画館などに規制をかけた緊急事態宣言の要請内容の一貫性のなさに違和感を抱いていました。ようやく一部緩和される見通しですが、同様に感染対策に努力してきた居酒屋等に対する規制も今回限りにすべきだろうと思っています。

人流抑制によって感染リスクの確率を下げる意味合いでの効果も認めていますが、人と人との接触を完全に断たない限り、リスクゼロはあり得ないものと考えています。ずっと家に閉じこもっていることは難しく、社会生活を営むため外に出なければなりません。新型コロナを必要以上に恐れず、ある程度の人流を認めた上、持続可能な納得性の高い感染対策に心がけていくことが重要です。

ワクチン接種は希望される方々、全員が必ず受けられるため慌てずに順番を待たなければなりません。そして、国民の半数以上がワクチン接種すれば集団免疫を獲得でき、必ず以前のような日常を取り戻せるはずです。それまで宣言の有無に関わらず、緊急事態であるという認識を持ち続けることが欠かせません。

話題が広がりながら、とりとめのない話が長くなりました。まさしく「コロナ禍での雑談放談」でした。なお、読み終えた著書の中で特に興味深かった新型コロナを2類相当に位置付けている問題などに関しては次回以降、機会を見て触れさせていただくつもりです。

最後に、東京五輪がコロナ禍に重なってしまったことは日本の運の悪さです。招致の成功を国民の多くが歓喜していた訳ですので今さら「外れていれば良かった」というのも禁句だろうと思っています。ただ2年の延長案が主流だったのにも関わらず、安倍前総理が1年延長で押し切ったという話を耳にすると結果責任としての見通しの甘さを指摘したくなります。

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2021年5月23日 (日)

責任者は誰なのか?

前回記事「コロナ禍での政治の役割」の最後に「東京五輪開催の是非など、もう少し掘り下げたい内容を書き残しています」と記していました。『IOCコーツ調整委員長、緊急事態宣言下でも五輪開催?「答えはイエス」』という報道なども耳にしているため、今回の記事でも東京五輪について触れるつもりです。

ただ今回の記事タイトルは「責任者は誰なのか?」としています。最近、いったい誰が責任者なのか、権限を持っていたのか、しかるべき責任の取り方など、いろいろ考えを巡らす事例を立て続けに目にしています。

まず『「誰かが嘘をついている」二階幹事長に続き甘利明氏も関与否定した“1億5千万円”の闇』という報道です。参院選広島選挙区の公職選挙法違反事件を巡り、自民党から河井案里陣営に1億5千万円もの多額な資金が提供されていました。

自民党の二階幹事長が「私は関与していない」と話し、会見に同席していた林幹雄幹事長代理は「実質的に当時の選挙対策委員長が広島に関しては担当していた」と説明していました。当時の選挙対策委員長は安倍前総理の盟友である甘利明税調会長でした。

その後、名指しされた甘利税調会長も1億5千万円もの選挙資金について「1ミリも、正確に言えば1ミクロンも関わっていない。関与していない以前に、党から給付された事実を知らない。これがすべてだ」と語っています。

通常の10倍だったと言われる1億5千万円という多額な選挙資金の支出について幹事長や選挙対策委員長が、まったく知らなかったとは考えられません。新聞記事の見出しのとおり「誰かが嘘をついている」と思わざるを得ませんが、本当に二人とも知らなかったとすれば役職上の管理監督責任が問われることになります。

それ以上に現場の責任者である二人に相談や報告もなく、多額な資金が支出されていた場合は組織のあり方を問題視しなければなりません。そもそもオープンにできない資金だったため、専権的な判断のもと限られた役職者のみで対応したのでしょうか。

いずれにしても幹事長と選挙対策委員長が関与できなかった問題に関与できるとしたら当時の自民党総裁、安倍前総理が責任者だったという見方につながります。有罪判決に至った問題に際し、押収品が戻った後、二階幹事長らは率先して全容を明らかにする努力を尽くして欲しいものと願っています。

続いて『署名偽造容疑で田中孝博事務局長ら4人を逮捕、全容解明へ 愛知県知事リコール不正』という報道です。愛知県の大村秀章知事のリコール(解職請求)運動を巡る署名偽造事件で、地方自治法違反(署名偽造)の疑いで元愛知県議でリコール活動団体事務局長の田中孝博容疑者ら男女4人が逮捕されています。

この問題も最も重い責任が問われなければならない「責任者は誰なのか?」という疑問を抱かざるを得ない不可解な事件です。LITERAの記事『愛知リコール不正で逮捕されたのは維新の衆院選候補、共犯も維新支部の会計責任者! 2億円選挙資金が不正の動機の見方も』の中で次のような事実関係を伝えています。

田中事務局長は逮捕前の4月21日に会見を開いているが、そのなかで、昨年10月中旬に河村氏に「署名が思うように集まらない」ことを相談したところ、河村市長から「約10年前の市議会リコールでも多数の不正、無効署名があった」と聞かされ、それを受けて今回も「白紙以外のすべての署名を提出した」と語っている。

木曜の読売新聞の夕刊には『愛知リコール、逮捕の事務局長「必要数届かなくても一定数の署名を」…実績作りか』という記事が掲載されていました。田中容疑者は「必要数集まらなければ署名簿は調べられない。選挙管理委員会は数を数えるだけだ」と話し、制度上、リコールが成立しなければ署名簿は精査されないため、「水増し」は発覚しないと考えた可能性があることを報じていました。

逮捕前に田中容疑者は「署名が順調に集まらず、高須先生に恥をかかせられないと思った」と語っていました。つまり違法性を認めながら発覚しないから「心配ない」という極めて甘い見通しで署名活動を取り仕切っていたようです。たいへん気になるのはLITERAの記事が伝える河村市長の助言の真意です。

もし田中容疑者の甘さを誘導しているような発言だった場合、河村市長の責任は非常に重いように感じています。リコール活動に費やした6千万円のうちクラウドファンディングや寄附では足りなかった分を活動団体の会長である美容外科の高須克弥医師が立て替えていました。

距離を取ろうとする発言の目立つ河村市長とは異なり、高須医師は「最終的な責任は会長である僕にあります」という発言を繰り返しています。しかしながら不正についての関与は否定し、これほど多くの「水増し」署名があったことも知らなかったという釈明に終始しています。

弁護士の澤藤統一郎さんは『高須克弥よ、大村知事リコール運動代表としての責任をどう考えているのか。』の中で「高須のいう責任とはいったい何に対するどのようなものなのか。そして、具体的にどのように責任をとろうというのか。そもそも、責任をとることが可能なのか、それを問い質したい」と厳しい口調で問いかけています。

東京五輪の話に入る前に相当な長さの記事となっていますが、もう少し続けさせていただきます。冒頭で紹介したIOCのコーツ調整委員長の緊急事態宣言下でも開催するという発言に反発する声が上がっています。コーツ調整委員長は緊急事態宣言下で5競技のテスト大会が行なわれたことを例にあげて「イエス」という答えに至っています。

NPO法人「食の安全と安心を科学する会」理事長の山崎毅さんは『東京オリパラのリスクを誰が評価したのか?~感染原因はイベント自体にあらず、感染対策の甘さにあり~』の中で楽天の三木谷会長の「開催は自殺行為だ」という批判に対し、次のように主張しています。

このニュースをみた筆者が一番疑問に思ったことは、三木谷氏がどんな手法でリスク評価をされたうえで、東京五輪のリスクがそんなに大きいと判断されたのか?ということだ。いまのところ、日本国内の都市部を中心に各種スポーツイベントが開催されており、箱根駅伝・春の甲子園大会・国際体操・バレーボール国際マッチ・国際陸上大会・ゴルフなど開催されているが、最近大きなクラスターが発生したとは聞かない。

三木谷氏がオーナーである東北楽天ゴールデンイーグルスもヴィッセル神戸も、観客をいれて試合を実施しているではないか。ソフトバンクの孫さんも東京五輪のリスクを懸念しているというが、自分たちの運営するプロスポーツの観客をいれた開催はリスクが小さく安全で、東京五輪はリスクが許容できないくらい大きいという科学的根拠は、どこにあるのだろうか?

新型コロナの感染リスク低減策がしっかりできていればイベント開催は十分可能・・とリスク評価したから、国内のプロスポーツ開催は許容したのではないのか? だとしたら、東京オリパラも、いま東京五輪組織委員会が綿密にリスク評価をしたうえで、最善のリスク感染対策を施して、安全・安心な大会の運営を目指しているのを、日本の経済界のTOPがなぜ応援しないのか・・不思議だ。

山崎さんは「帰省して兄弟から新型コロナをうつされた、という場合に、帰省や旅行が原因だ・・というメディア報道にもあきれる。兄弟が隣に住んでいても感染予防が甘いとうつされるわけで、感染原因は旅行ではない」という見方も示しています。

私自身、過度に社会生活や経済を痛める抑圧策には懐疑的な立場です。そのため、山崎さんの考え方には賛同できる点が多々あり、感染リスク低減策自体を重要視しなければならないものと理解しています。一方で、人と人との接触の機会を減らすことが最も望ましい効果的な感染対策であることも確かだろうと考えています。

感染対策に留意した「新たな日常」のもとに経済を静かに回す、例えればアクセルは踏まず、車を止めないけれども、ゆっくり走行していくという「エンジンブレーキ」という発想を重視しています。そのような発想に照らした時、3回目の緊急事態宣言の目的と要請内容の中途半端さが気になっています。

野球やサッカーなどは多くの外国人選手が来日してプレーしているのにも関わらず、東京五輪中止という声が高まる理由は「嘘ばかりで信用できず、国民のほうを向いていない政府が主導しているからだ」という意見を目にしました。科学的根拠や客観性からは程遠く、感情的な意見だと言えますが、世論調査の結果を説明する見方としては的を射ているのかも知れません。

いずれにしても東京五輪の「責任者は誰なのか?」など不明確な点が多すぎます。東京五輪を「アクセル」の一つと見なすのであれば、ただちに中止を判断することが「不要不急の外出自粛」などの感染対策に大きく寄与するはずです。それでもプロ野球や大相撲などと同様、感染対策に留意しながら開催できると責任者が判断するのであれば、その結論は尊重したいと思っています。

しかしながら開催できるという説明が不充分なままであれば、ますます国民の多くから不信感は高まっていくのではないでしょうか。IOCのバッハ会長は「日本人が粘り強さや、へこたれない精神を持っていることは歴史が証明している。これまで逆境を乗り越えてきたように、五輪だって厳しい状況でも乗り越えられる」と発言し、批判を受けています。

バッハ会長の発言から最近読み終えた『ノモンハンの夏』の話につなげることも考えましたが、たいへん長い記事になっていますので機会を見て次回以降触れさせていただきます。最後に、東京五輪の責任者は誰なのか、横並びなのかも知れませんが、精神論や楽観論を排した議論のもとに開催の是非を改めて判断して欲しいものと願っています。

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2021年5月16日 (日)

コロナ禍での政治の役割

このブログをご覧になっている組合員から「レースの場合はアクセルとブレーキを同時に踏むことがありますよ」と教えていただきました。カーブを曲がった後、すぐトップスピードに戻すため、カーブを曲がる時、アクセルを踏んだままブレーキも踏み込むようです。

コロナ禍で感染対策と経済の両立の必要性を訴えた「アクセルとブレーキを同時に踏むこともある」という菅総理の言葉が実際にはあり得るという指摘でした。そのような事例を菅総理が思い浮かべた発言だったのかどうか分かりませんが、「アクセルとブレーキを同時に踏む」という表現そのものは頭から否定できないようです。

このような事例をはじめ、分かりやすく説明するために使ったはずの比喩が、かえって混乱や誤解を招くケースは少なくありません。最近では内閣官房参与である高橋洋一さんの「さざ波」という言葉が批判の対象となっていました。もともとは厚労省医系技官だった木村盛世さんが使っている言葉です。

インドや欧米各国と日本の新型コロナウイルス感染状況を比較したグラフから「大波」に対して「さざ波」と表現していたようです。文尾の「笑笑」の使い方など全体を通した書き方に注意していれば客観的なデータ上の事実関係を比喩した「さざ波」という言葉自体、それほど批判を浴びなかったのかも知れません。

このブログではパラリンピックの開催も含めて東京五輪と記しています。前回記事「3回目の緊急事態宣言も延長」に対するコメントの中で、勤続20年超さんは「東京五輪を開催するべきだと考えています」と言い切られています。世論調査では中止を求める声が多数を占めていますが、私の周囲の方々からも東京五輪の開催を当然視する声を耳にしています。

つまり東京五輪の中止はあり得ないと訴える高橋さんの意見そのものは尊重されなければなりません。ツイートの仕方の軽率さなど批判を受ける点があったとしても内閣官房参与を辞職するほどの資質を問う失態だったのかどうか疑問視しています。さらに無報酬で務めているため「国税を使って任命している」という批判も的外れとなります。

ここで最も問題視すべき点は次のような関係性ではないでしょうか。内閣官房参与は総理に直接会って助言でき、質問を受けたことに答える立場です。したがって、菅総理が東京五輪の開催に向け、高橋さんの考え方に大きく影響を受けているものと推測しています。より望ましい政治的な判断を下す際、幅広く多様な情報に触れていくことが重要です。

菅総理が高橋さんの声に耳を傾けることも重要な試みの一つです。しかし、菅総理は東京五輪の開催を懸念する声にも同じように耳を傾けていなければならず、開催した場合のリスクや感染対策に向けた準備状況を詳細に把握していなかった場合、より望ましい政治的な判断に近付けない恐れがあります。

菅総理は「専門家の意見を伺った上で判断したい」という言葉を頻繁に使っています。先週金曜、新型コロナウイルス感染症対策本部で、北海道、岡山、広島の3道県にも緊急事態宣言を発令することを決めました。『緊急事態へ、10分で方針変えた官邸 首相「専門家の結論なんだろ」』という報道のとおり政府の方針が一転した異例な事態でした。

専門家の意見が通った初めての事例であり、菅総理の多用していた言葉と裏腹にそれまで専門家の意見はあまり尊重されていなかったことが浮き彫りになったと言えます。経済との両立を意識した場合、専門家の意見をそのまま受け入れられない政治的な判断が求められていることも理解しています。

ただ政府の結論を追認するだけの専門家との会議であれば開催する意義が問われかねません。コロナ禍での政治の役割として、感染対策を重視する専門家の意見を真摯に受けとめながら持続可能な社会生活と経済とのバランスの度合いを見定めていく必要があります。勤続20年超さんのように感染対策による様々な副作用を憂慮されている方も決して少数派ではないはずです。

正解を見出しづらい緊急事態であることもよく分かっています。その上で、せめて私たち国民が納得し、信頼を寄せられる政策判断や説明責任を重ねていって欲しいものと願っています。土曜の読売新聞の社説で「感染対策は重要だが、対応がちぐはぐでは理解を得られまい。政府は、判断の根拠や対策の目的を国民にわかりやすく説明して、協力を求めるべきである」と記しています。

政府と自治体との連携不足にも触れて「都は、遊園地やテーマパークの営業は認めている。これに対し、静かに鑑賞する美術館や博物館、映画館には、感染対策を講じているにもかかわらず休業を要請している。線引きが不明確で、現場からは不満の声が上がっている」と続けていました。

1年間のインフルエンザの患者数を500分の1にしたという結果は私たち一人一人が「新たな日常」を心がけた成果であることに間違いありません、このように前回記事の中で記していました。勤続20年超さんから異なる説があることの指摘を受け、断定調な書き方は控えるべきだったものと反省しています。

ただ新型コロナとインフルエンザの感染経路は同一視されているため、患者数を減らせたという見方につながっています。そのため、私たち国民が新型コロナに対して留意すべき感染対策に努め、ある程度の結果を出している一方、昨春からの政治の役割の不充分さを対比した文脈で使っていました。

勤続20年超さんから「全国保健所長会は昨年12月に指定感染症2類相当の緩和を厚労大臣宛てに要望しています」という話も寄せられています。週刊新潮12月24日号の記事『保健所が厚労省に「2類指定を外して」 体制の見直しで医療逼迫は一気に解消へ』の中で、東京大学名誉教授で食の安全・安心財団の唐木英明理事長の次のような意見を紹介しています。

感染者が欧米の数十分の1なのに、日本で医療逼迫が起きているのは、ひとえに新型コロナを指定感染症の2類相当として扱っているからです。感染者数がピークでも1日2千~3千人で済んでいる日本は、5万~20万人の欧米から見れば感染対策に成功している。欧米の状況と比較するのは重要で、多くの政治判断は相対的な基準を拠り所に行われるからです。

たとえば10万人当たりの感染者数をくらべれば、2類扱いを維持すべきかどうかは明らか。2類扱いだから医療が逼迫し、指定病院は一般患者が遠のいて赤字になり、医療関係者や保健所はオーバーワークを強いられ、その家族まで風評被害を受ける。インフル同様5類にすれば受け入れ可能な病院も増えるのに、それができないのは、新型コロナは“死ぬ病気だ”という意識を国民に植えつけた専門家、テレビ、新聞のせいです。

私自身も問題意識として以前から抱えている論点です。ただ判断する時期なのかどうか迷ったままであることも正直なところです。『事実を整える』というブログを拝見すると新潮の記事によって保健所長会の要望が誤解されていることをはじめ、5類にすると公費負担や疫学調査ができなくなるという問題点などを解説しています。

いずれにしても上記は政治が判断すべき法改正を伴う問題ですが、保健所長会の要望に対し、どのような議論がされているのか、あまり伝わってきません。2類指定が病床確保の問題につながっていることも確かですが、現行制度の中で最善を尽くす責務が政治家には求められています。

大阪府の吉村知事は2回目の緊急事態宣言が2月末で解除された際、重症病床を220床程度から150床程度まで段階的に減らすことを決めました。そのまま収束に向かっていれば迅速さが評価されたのかも知れませんが、宣言の前倒し要請とともに見通しの甘さが厳しく問われる政治的な判断となっていました。

ワクチン確保の問題も政治の役割です。菅総理から「先頭に立つ」という言葉をよく耳にします。くれぐれも「先頭に立つ」という気構えが空回りして、かえって現場を混乱させる事態に至らないことを願っています。しかしながら85.6%の自治体が高齢者接種を7月末までに完了させるという話は、菅総理の決意が先走り、周囲が懸命になって辻褄を合わせている迷走ぶりを示しています。

さらに菅総理には正確な情報を伝えていない官邸内の様子がうかがえます。公明党の石井啓一幹事長らが菅総理と会談した際、公明党の地方議員らの情報として「9月、10月までかかる自治体がある」と伝えると「え、そんなに遅れる所あるの」と驚かれたそうです。大規模接種センターもトップダウンで突如発案され、各省庁に混乱や困惑を生じさせています。

大規模接種センターが自治体への有効な支援につながるようであれば結果オーライと言えるのですが、実際の運用や予約方法など不安要素が多々見受けられています。ワクチンを担当する河野大臣も振り回されている側なのかも知れませんが、「1日1万人接種は自衛隊次第」という発言などは防衛省関係者を困惑させています。

ワクチンの接種予約の申込が殺到し、他の用件でかけた電話もつながりにくくなるなど自治体の現場も混乱しています。河野大臣は「完全に僕の失敗です」と陳謝し、自治体の裁量に委ねたことを反省していました。その潔さを評価する声もあるようですが、供給計画の不明瞭さが招いた事態だと言える中、自治体の対応力の不足を非難している姿勢が気になっています。

河野太郎行政改革担当相は12日夜のTBS番組で、新型コロナウイルスワクチンの高齢者接種予約が殺到している事態について「効率性より住民の平等性を重んじる自治体が多かった。これは完全に僕の失敗だ」と陳謝した。国によるワクチンの承認手順にも言及。「平時と同じルールで承認しており、非常事態に弱い。行政も変わらないといけない」と述べ、緊急時に柔軟対応する姿勢の重要性を強調した。【共同通信2021年5月13日

今回もたいへん長い記事になっています。それでも東京五輪開催の是非など、もう少し掘り下げたい内容を書き残しています。自治体の首長らのワクチン接種についても触れるべき時事の話題だったかも知れません。次回以降の記事ではコロナ禍での私どもの組合の動きも取り上げながら投稿できればと考えています。

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2021年5月 9日 (日)

3回目の緊急事態宣言も延長

3回目の緊急事態宣言」「3回目の緊急事態宣言 Part2」と続き、新規記事のタイトルを「Part3」として書き進めることも考えました。とは言え、この記事タイトルをパターン化すると切れ目なく続きそうですので今回は「3回目の緊急事態宣言も延長」というタイトルに落ち着いています。

最初に示された17日間という期限の短さが懸念されていましたが、案の定、3回目の緊急事態宣言も延長されます。東京や大阪など4都府県に発出している新型コロナウイルス対応の特別措置法に基づく緊急事態宣言について、期限を11日から5月末まで延長し、新たに12日から愛知県と福岡県が加えられます。

1千平方メートル超の大型商業施設に休業要請していましたが、午後8時まで営業を認めるよう緩和します。ただ各知事の判断で休業要請が続けられます。そのため、東京都と大阪府は大型商業施設の休業を引き続き要請することを決めています。

酒類などを提供する飲食店への休業要請は維持し、酒の持ち込みを認めている店も新たに休業要請の対象とします。路上での集団飲酒など感染リスクが高い行動も特措法に基づいて自粛を要請します。原則無観客としていたスポーツなどのイベントの制限は緩和し、入場者を収容人数の50%を上限に最大5千人とし、午後9時までの開催を要請します。

参院議員の音喜多駿さんがブログ『「宣言延長」と「対策緩和」という矛盾。不公平感も高まる、リスクコミュニケーションの失敗』の中で「効果がなかったからやめました」「経済を重視することにします」と言ってくれれば分かりやすいですが、そうではないというので、さらに訳が分かりません、このように記しています。

今回の緊急事態宣言延長は「感染症を徹底的に抑え込むという観点からも、経済を回すという観点からも極めて中途半端な施策内容」であることを強調し、「国と地方の役割分担も相変わらず不明確で、自治体は十分な財源がないままに独自施策に走ることになる」とブログを通して訴えています。

最近、他のサイトの紹介を多用しながら様々な主張や情報を発信しています。必ずしも基本的な立ち位置が私自身と近い方々ではないのかも知れませんが、共感できる興味深い記述については情報拡散という意味合いで紹介しています。そのような意味合いから『橋下徹氏、緊急事態宣言延長方針の政府に「ハチャメチャ。ちぐはぐだらけ…国民付いて来ない」』で目にした橋下さんの言葉も紹介します。

人流抑制なのか感染リスクを抑えるのか。だいたい2つに分けて、きちっと政府は腹をくくらなきゃいけないんです。政府がもし人流抑制と旗振ったんなら、百貨店以外も全部止めないといけない。通勤も。それからオリンピックのテスト大会なんかやっている場合じゃない。

だけど、感染対策なんだと、根拠を持って感染リスクの高いところを止めていくんだっていう考え方、これは僕のもともとの持論なんですけど。そうであれば、根拠のあるところを止める、感染リスクのないところは営業させる、ここ政府がどっちか揺れ動いている。

かつてない厳しい局面が続く中、菅総理や小池都知事らが苦慮されていることを推察しています。たいへん難しい政策判断が求められ、絶対的な正解は見出しづらいことも理解できます。しかし、音喜多さんや橋下さんが問題視しているとおり基本的な軸がぶれ続けていることを非常に憂慮しています。

かさこさんのブログ『「自粛疲れ」や「我慢の限界」ではなく「無意味な感染対策」に気づいた賢い国民たち』では「抑えるべきところを抑えれば別に大丈夫だよね」って話になっているにすぎない、このような記述を目にしています。「外出するなというのはまったくのデタラメにすぎない」とし、「自粛疲れでもなく我慢の限界でもなく気をつけながらできることをしているだけ」と綴られていました。

ここで私自身の考えを改めてお伝えします。前回記事に勤続20年超さんからコメントをお寄せいただき、新型コロナウイルス感染症対策に向けた私自身の立ち位置についてお尋ねがありました。これまで17世紀のロンドンの状況を伝えた『ペスト』をはじめ、マスクも不要と訴える小林よしのりさんの『コロナ論』『コロナ論2』など様々な書籍を手にしてきました。

インターネット上からも意識的に幅広い考え方や情報に触れるように努めています。その結果、次のような考えに至っています。新型コロナウイルス対策は長丁場の取り組みが欠かせないことを覚悟しています。ワクチン接種が普及し、集団免疫ができ、パンデミックの終息が宣言されるまで一定の対策が必要だろうと考えています。

ウイルスがゼロになることはないため「ゼロコロナ」という言葉や発想に懐疑的な立場です。「ウィズコロナ」という言葉にも違和感がありますが、短期間で終息できないため必要な感染対策に留意した「新たな日常」が当分続くことを前提に考えています。不幸中の幸いにも他国に類する感染爆発に至っていない日本は社会生活や経済を大きく停滞させるロックダウンに近い措置は極力避けるべきという考えです。

長期戦を覚悟するからこそ持続可能な対策を心がけていくべきであり、例えればアクセルは踏まず、車を止めないけれども、ゆっくり走行していく「エンジンブレーキ」という発想です。このあたりの考え方については「緊急事態宣言が再延長」という記事などに書き残してきています。

具体的なイメージとして社会的な制約は2回目の緊急事態宣言レベルにとどめるべきものと考えています。その上で路上での集団飲酒の問題など改めるべき点があれば補強していきながら対処していく必要性を感じていました。人の流れを止めることの効果も認めていますが、人との接触を完全に断たない限り、他の感染対策はすべて確率の問題だと考えています。

そのため「屋外でマスクを付けていても感染が確認される」という西村経済再生担当相の発言や『「3密」でなくても集団感染の恐れ』という報道を耳にしても特に驚くことはありません。密閉、密集、密接を避ける「3密」の話で言えば、もともと「1密」でも感染するリスクを高めるのだろうと思っていました。

前回記事の中でインドを「他山の石」と記しています。インドの切迫した現況は変異株だけが主な原因でなく、やはり必要な感染対策を疎かにすると感染拡大するという趣旨です。1年間のインフルエンザの患者数を500分の1にしたという結果は私たち一人一人が「新たな日常」を心がけた成果であることに間違いありません。

同時に心がけるべき感染対策を緩めれば日本でも感染爆発の可能性があることを警戒しなければなりません。今回の緊急事態宣言の延長は大型商業施設の休業要請を緩和します。菅総理は「大型連休という特別の時期には、人流を抑える強い措置が必要と考え、幅広い要請を行ないました」と説明しています。

一理ある説明かも知れませんが、後付けのような迷走ぶりを感じています。前述したとおりメッセージの伝わり方としても分かりづらく、一部の緩和策が一人一人の心の「緩み」につながらないように願っています。政治の役割や東京五輪の開催の是非など書き足したい内容もありますが、次回以降に委ね、今回はここで区切りを付けさせていただきます。

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2021年5月 1日 (土)

3回目の緊急事態宣言 Part2

前回記事のタイトルは「3回目の緊急事態宣言」でした。最初「3度目の緊急事態宣言」としていました。緊急事態宣言の発令は「3度目の正直であって欲しい」という思いがあり、そのことを記事本文の中で触れるつもりだったからです。

書き進めるうちに本文中で1回目、2回目、3回目と表記していたため、途中でタイトルも3度目から3回目に改めていました。意味の違いはまったくありませんが、メディアによって3回目と3度目、表記の仕方は異なっています。

変異株も変異型と表記するメディアがありますが、変異種という表記は誤りとなります。変異種ではまったく違ったウイルスという意味になってしまうようです。ウイルスは感染していく中で何度も増殖し、⼀部の性質が変化していきますが、ウイルスの種類自体が変わるものではありません。

インフルエンザウイルスも同様です。頻繁に変異を繰り返し、まれにフルモデルチェンジの変異を起こします。新型インフルエンザウイルスと呼ばれ、パンデミックが起こります。ワクチンや特効薬が開発され、人々に免疫力もつくことで季節性のインフルエンザと同程度の脅威に抑え込めるようになります。

新型コロナウイルスもそのように抑え込める日が必ず訪れるはずです。その日までいかにダメージを緩和していけるかどうかが大きな鍵であり、少しでも感染を防ぐための正念場が続きます。インドでは1日の新規感染者が40万人を超え、極めて深刻な事態に至っています。

一度感染を抑制したインドが再び危機的な状況に陥っている理由の一つは変異株の出現です。加えてロックダウン解除後の緩みが指摘されています。マスク着用や社会的距離の維持を怠るようになり、宗教祭やスポーツイベント、選挙などが感染防止対策を講じずに行なわれていたようです。

インドの現状を「対岸の火事」に決してできません。感染症の問題は国境を超えて力を出し合っていく必要があります。その一方で「他山の石」として日本の現状や足元を見つめ直す機会にすべきだろうと考えています。3回目の緊急事態宣言の発令を受け、今回もネット上で見聞した情報の紹介を中心に書き進めてみます。

まず自民党内からも次のような声が示されていることに安堵しています。前回記事では石破茂さんのブログを紹介しましたが、今回、自民党の衆院議員である小倉まさのぶさんのブログ『緊急事態宣言を受けた本日の党会合での議論』から私自身の見方に近い箇所を紹介します。

今回の措置がそもそもエビデンスに十分基づいていないのではないか。一年超に及ぶコロナとの闘いの中で、今回対象の施設やその団体は感染対策を工夫してクラスターの発生を防いできた。しかし、そうした施設も今回は一律の休業要請となってしまい、これまでの努力を蔑ろにされたような無力感に襲われてしまっている。

エビデンス・ベースだけでなく、エモーション・ベースでも対応を誤っている。政府資料では、テーマパーク・遊園地に対して無観客での開催・運営を求めているように記載されているが、テーマパーク・遊園地に対して無観客での営業を認めるというのは全く現実的でない。

さらに、但し書きでは「社会生活の維持に必要なものを除く」とされていますが、名指しされている施設は「社会生活の維持に必要でない」と政府に言われているように捉えてしまうし、反対に「社会生活の維持に必要だ」と解釈して休業要請に従わないケースも出ている。なぜこのような大変苦しんでいる事業者の神経を逆撫でするような表現になってしまうのか。

国際政治学者の三浦瑠麗さんは『朝まで生テレビ!』の中で、菅総理は「緊急事態宣言延長すればするほど人気が出ると分かっちゃった」と語っています。三浦さんは各情報番組で「3度目の緊急事態宣言は政治家のアリバイ作り」とも主張しているようです。

元経産省官僚の宇佐美典也さんは『私が二階幹事長と公明党が日本のコロナ対策を誤らせたと思っている理由』の中でGoToキャンペーンという「アクセル」の拙速さを問題視していました。1回目の緊急事態宣言を解除した後、菅総理をはじめ、政府与党内で経済との両立に固執していたことは確かです。

経済ジャーナリストの磯山友幸さんは『「中国やベトナムの出稼ぎを受け入れたい」菅政権が緊急事態宣言を渋った本当の理由』を通し、菅総理の第4波に対する状況認識の甘さや危機意識の乏しさを指摘しています。「国民が危機感を抱かない背景には、政府の新型コロナ対策への不信感があるのだろう」という言葉で記事を結んでいます。

1回目に比べて人の流れが減らない理由として「コロナ疲れ」や「自粛慣れ」という国民側に責任転嫁する言葉を耳にします。特に最近の小池都知事は「自宅で過ごして」「東京に来ないで」と命令調の言葉が頻繁に発せられています。しかし、これまで感染対策に努めていれば、ある程度外出は許されるというメッセージが政府から示されてきたと理解しています。

加えて3回目の緊急事態宣言は全面的な休業要請に至っていません。営業を続けている店舗等に誰も足を運ばなくなれば休業補償もなく、経営を圧迫させることになります。このような経緯や感染対策の向上を踏まえれば、街の風景が1回目と違うことも必然なのだろうと思っています。

はてな匿名ダイアリーに投稿された内容を加筆修正された記事『自粛疲れは甘え?緊急事態宣言に慣れた?→(政府に)呆れ果てただけだよ』に掲げられているような声に菅総理や小池都知事らは真摯に耳を傾けなければならないはずです。その上で国民が納得し、信頼を寄せられる言葉で訴えかけて欲しいものと願っています。

プチ鹿島さんは『「欲しがりません五輪開催までは」 唐突な緊急事態宣言に感じる“リーダーの説明不足”』で厳しく政治家の姿勢を批判しています。前回記事の最後のほうで東京オリンピック・パラリンピックの開催中止を決める判断を下した場合、一人一人の感染対策に向けた危機意識が一気に向上するのではないでしょうか、そのように記していました。

1回目の緊急事態宣言時との決定的な違いは東京五輪との向き合い方です。昨年は中止を決めた直後の緊急事態宣言でした。今回は開催を予定したまま各地で聖火リレーも取り組まれています。このような違いが個々人の「不要不急」を判断する幅を広げているようにも見ています。

膳場貴子アナ、緊急事態宣言や東京五輪に向けた政府の対応をバッサリ。「全て代弁してくれた」と話題に』や『都に苦言の丸川五輪相 開会式迫るも「当事者意識0」の声』では東京都、組織委員会、政府の間で責任を擦り付け合っている現状を伝えています。アスリートや関係者の皆さんには申し訳ありませんが、本当に開催できるのか、このまま開催して良いのかどうか疑問視しています。

たいへん長い記事になっていますが、もう少し続けます。ワクチン接種の問題です。明石市の泉房穂市長が自治体へのワクチン供給の問題を厳しい言葉で訴えています。少し激しすぎるのかも知れませんが、『明石市長激白!吉村知事批判の真意とワクチン供給の問題点』に掲げられた泉市長の次のような言葉は多くの自治体の首長や担当者の声の代弁だろうと思っています。

訪米してアメリカに媚を売っとる暇があったら、ちょっとぐらいワクチンもらってこいっていう話です。ワクチンは全然、現場には届いていないわけですよ。明石市だって医療従事者の半分ぐらいしか打ててない。高齢者の分も来ていない。ワクチンは国の責任なのに、やるべきことをやってなくて、ムチャクチャ遅いわけですよ。

にもかかわらず「やったフリ」をしたいから、市に段ボール1箱だけ送ってきた。段ボール1箱だけ送ってこられたって、200人、300人が接種したところで何の意味もない。それって現場に混乱をもたらすだけなんですよ。国が「皆さん始まりますよ」って言っちゃうから、各自治体はとりあえず200人でも500人でもって、高齢者の予約を取ろうとするから混乱が起こる。

それで「あとは地方の問題です」って現場の責任にするわけですよ。1箱だけ送られてきたって、どないせえっていう話です。あえて混乱をもたらすような情報発信をしている。それって、国はちゃんとしてますよっていう「アリバイづくり」なんです。もっとマジメに政治をやれと。こんな国難の状況の中で、いつまで自分の保身とアリバイづくりに走ってんねんと。

菅総理が訪米しながらファイザー社のCEOとは電話会談にとどまりました。やはり『菅義偉首相が外務官僚に怒号…?ワクチン外交「失敗」の裏側』で伝えているとおり「やってる感」を重視していたようです。最後に『菅総理”乱心”でワクチン1万人接種センターぶち上げ クラスター、人手不足など問題山積み』という記事を紹介しますが、「苦肉の策」が吉と出ることを願わざるを得ません。

3度目の緊急事態宣言下の4月29日、東京と大阪で新型コロナウイルスの新規感染者が1000人超えとなった。遅々として進まない高齢者(約3600万人)のワクチン接種に業を煮やした菅義偉総理は1万人が接種できる大規模接種センターを東京都などに設置するよう指示した。期間は5月24日から3カ月間だという。28日には東京都千代田区大手町の合同庁舎に設けられた接種センターのガランとした映像がマスコミに公開された。

「菅総理は国政選挙で3連敗して以降、乱心気味です。人気挽回策として側近の官邸官僚・和泉洋人総理補佐官と北村滋国家安全保障局長のトップダウンで大規模接種センター案が唐突に決まりました。厚生労働省の田村憲久大臣は蚊帳の外。関係省庁との調整は全くなされていない状態でマスコミにリークされ、話が進んでいます。全国的なコロナ蔓延で東京五輪開催に対し、国民の風当たりが強い。ワクチン接種にしか支持率回復の望みを持てない菅政権の焦りのあらわれです」(厚生省関係者)

大阪、兵庫、京都などにも65歳以上の高齢者を中心に1日約5000人が接種できる大規模センターを政府が設置するという。そもそもワクチン接種は「予防接種法」で住民票のある市区町村で受けるのが原則だ。実施主体は市町村とされており、各自治体でようやく接種予約が始まったばかり。政府が接種に乗り出すというのは極めて異例の判断だ。

「政府が直営で1日1万人規模の接種を行うとぶち上げましたが、接種する人員をどう確保するか。自衛隊の医師を活用するというが、全国で約1000人しかいません。新型コロナの患者を受け入れている病院の通常の任務もあるのに、強引な要請です。防衛省と厚労省など関係省庁の調整も進んでいません。そして1日1万人分のワクチンをどうやって確保するのか。ファイザー製は在庫がないので、国内未承認のモデルナ製を使うという話ですが、5月24日設置に間に合わせるなんて性急過ぎます」(政府関係者)

各自治体は苦心をしつつ様々な接種会場を確保し、人流の分散にも努めているが、今回のような1万人規模の接種会場となれば、クラスター発生のリスクが高まるという懸念もある。

「一か所に集めれば接種が進むだろうというのは、机上の思い付きに過ぎません。都内の高齢者を1日1万人単位で大手町に集めるというのは、外出抑制を促す政府の方針とも矛盾し、高齢者を感染リスクに晒すことになります。5月24日から始めるとぶち上げたが、準備期間がなさすぎる。ワクチン接種体制の確保といっても、注射ができる医療スタッフだけいればよいという問題ではない。会場整理の人員はもちろん、受付方法や動線の設定、ワクチンの配送・保管などロジの詰めも不可欠です。しかし、それらを誰が担うのか、人員をどう確保するのか。政府にはワクチン接種会場整備のノウハウが全くありません」(前出の厚労省関係者)

菅官邸トップダウンの珍プランに防衛省、厚労省、内閣官房など関係省庁は頭を抱えているという。「自治体から受け取った接種券を会場に持参すれば、いつでも予約なく接種できるようにすると耳障りのよいことを言っているが、見込み数を把握しないでどうやってワクチンを準備するのかすら検討されていません。ワクチンを大量に用意しても、実際に打つ人がわずかしか来なかったら大量の廃棄が生じてしまうだけ。逆に希望者が殺到してしまったらどうするのか。政府に何らノウハウもありません」(同前)

菅政権の命運は「東京五輪」「ワクチン頼み」であるものの、ワクチン確保に失敗し、接種率が世界的にも大きく立ち遅れている惨状が明らかになりつつある。菅官邸が思い付きで打ち出した「苦肉の策」は吉と出るのか、それとも……。(AERAdot.取材班)

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2021年4月25日 (日)

3回目の緊急事態宣言

週1回の更新間隔は取り上げる題材に事欠きません。前回記事「今、ミャンマーで…」の続きにあたる内容を考えていましたが、今回も新型コロナウイルス感染症に関わる記事タイトルを付けて書き進めていくところです。

と言いながら『キャリア官僚志願者14.5%減 過去最大、働き方影響』という報道の紹介から入らせていただきます。省庁幹部候補としてキャリアと呼ばれる総合職の志願者の減少に歯止めがかかりません。5年連続の減少で、総合職試験を導入した2012年度以降で最大の減少幅となっています。

人事院の担当者は志願者減の要因の一つに長時間労働を強いられる「霞が関の勤務環境」の影響をあげています。要因の一つであることは間違いなく、働き方の見直しで時間外勤務は大幅に縮減していくべきだろうと思っています。しかし、官僚の長時間労働は最近になって目立つようになった訳ではありません。

NHKのNEWS WEB『なぜ?東大生の‟官僚離れ"』の中では志願者減の要因を多面的に考察しています。この10年ほどの「政治主導」によって官僚の仕事の質が激変しています。高度経済成長期からの霞が関は、官僚が政策を立案し、政治家をリードする「官僚主導」の状態でした。その変革に対する評価は様々なのかも知れません。

ただ学生の多くが官僚を志望する動機とした「働きがい」を減退させていることは否めません。さらに政治家への「忖度」などから不祥事が起きた時、各省庁が対応に追われる場面を見てきた東大生の一人は「組織全体が振り回される様子にげんなりした」と語っています。

そのような背景のもとに「待遇は大企業に比べて低いのに国民の評価は低く、報われない」という声につながっているようです。他にも「景気が回復し、就職先として民間企業の魅力が増した」という声もあり、NEWS WEBからは長時間労働だけが志願者減の大きな要因ではないという現状を把握できます。

記事タイトルから離れた話が長くなっていますが、新型コロナウイルス対策にもつながる問題意識です。要するに問題が生じている原因や背景を的確に把握できていない場合、効果的な解決策を見出しづらくなります。志願者減の問題で考えれば、時間外勤務を大幅に縮減できたとしても「働きがい」の減退した仕事に魅力が戻ることはありません。

新型コロナの新規感染者を減らすためには強制力の伴うロックダウンが効果的であることに間違いありません。中国や欧米での実例が証明しています。しかしながら国民生活や経済に及ぼす強烈な痛手がはかり知れません。欧米の感染状況を下回っていた日本が都市封鎖とも呼ばれるロックダウンに近い措置まで取らず、経済との両立を模索してきた政策判断は穏当なものだと見てきました。

このことは前々回記事「東京にも蔓延防止等重点措置」の中でも触れていました。今月初めの記事「コロナ禍での2回目の新年度」では新型コロナウイルス感染症対策に関わる私自身の考え方や『組合ニュース』を通して組合員の皆さんに周知してきた内容を掲げています。その記事の中では次のような記述も残していました。

ロックダウンに近い緊急事態宣言を短期間に集中することでコロナ禍から平穏な日常に戻れるのであれば国民の大半から最大限の協力を得られるのではないでしょうか。しかし、そのような確証がなく、コロナ禍が長く続くことを覚悟するのであれば経済や国民生活を過度に痛めない持続可能な対策に軸足を移すことは妥当な判断だろうと考えています。

今日から5月11日まで17日間、東京、大阪、京都、兵庫の4都府県を対象に3回目の緊急事態宣言が発令されました。菅総理は「ゴールデンウイークという多くの人が休みに入る機会をとらえ、 短期間に対策を集中して実施することでウイルスの勢いを抑え込む必要がある」とし、短期集中での対策の必要性を強調しています。

一方で、新型コロナウイルスに関する基本的対処方針分科会の尾身茂会長は「5月11日に無条件に解除するということではなく、ステージ3になることが一つの最低条件だ。11日までにステージ3になっていなければ延長もあり得る」という認識を示しています。ちなみに尾身会長らから最低3週間は必要という主張があり、より短い案があった中で17日間という期間に落ち着いたようです。

変異株の拡大に伴い、感染状況の懸念は高まっています。2回目よりも宣言の内容は厳しく、1回目よりも対象範囲は狭く、当初の宣言期間は最も短い今回、17日間で解除できるかどうか極めて不透明です。あまりにも中途半端な3回目の緊急事態宣言に際し、菅総理や小池都知事らに対して訴えたいことが頭の中を駆け巡っています。

私自身の言葉で訴えていくことも必要ですが、ネット上で見聞した情報を中心に紹介していきます。まず「なるほど」と思った記事として、元大阪市長の橋下徹さんの下記のような言葉を伝えた『橋下氏、吉村知事のコロナ対策に物言い「飲食店の営業時間の制限より重要なのはマスク会食や換気』があります。

「飛沫感染を防ぎたいのか、人の流れを止めたいのか、(目的が)混乱していて、みんな言うことを聞かなくなってしまう」と警告。「営業時間の制限はあんまり関係ない。営業時間が短くても、対策ができていなかったら短い営業時間内でも感染は広がる。本当に重要なのはマスク会食や換気」と指摘した。店と客が十分な対策をしている飲食店は、営業を認めてもよいのではないかという持論を展開した。

続いて、朝日新聞は『宣言要請、街にため息』を通し、「百貨店では検温や手指消毒など感染対策を徹底しているので、休業要請は必要ないのでは」「もう3回目でしょ。効果あるんですかね」「うちだけお上の要請に従わないわけにはいかない。もちろん休業要請するなら、補償体制は整えてもらわなあかんけど」などという大阪市民の声を紹介しています。

ある中華料理店の店主は「この1年、同じことの繰り返し。何も変わってないですよ。経営をやりくりしても3人いた従業員を雇えなくなった」と憤り、店内には休日に買い集めたアクリル板が真新しいまま残っているため「休業するなら急いで買わんでよかったね」とため息をついていました。

「蔓延防止等重点措置」では何が足りなかったのか、「緊急事態宣言」に何を期待するのか、デパートなどの大規模小売店舗やカラオケ店、酒を提供する店が何故休業要請の対象となるのか、何故イベントは無観客でなければならないのか。政府はその実証的なデータに基づいた根拠を示すべきですし、メディアもこれをきちんと確認しなければなりません。

マスク着用、手洗い、消毒などを徹底したデパートやカラオケ店、声を出すことも禁止しているコンサート会場で、クラスターが発生したという話を寡聞にして聞きませんし、酔って大騒ぎをするのは駄目に決まっていても、一人または少人数での静かな食事を酒とともに提供することや、「一人カラオケ」までが何故営業停止の対象となるのか、その根拠はよくわかりません。

一方で、鬱、認知症、糖尿病、免疫力低下、家庭内暴力、「産み控え」、果ては自殺が激増し、夜8時以降の閉店・消灯によって街は暗くなり、「路上飲み」とも相まって治安の悪化や犯罪の増加も懸念されています。真摯かつ懸命に対応している政府や自治体の政策に反対するものではありませんが、やるからには説明責任を果たすべきですし、国民が納得できない政策は決して持続可能性も実効性も持ちません。

リスクとは常に相対的なものであり、問題なのは「場所」ではなく「行為の態様」なのではないかと思うところ、行政が民間に対して一律に禁止や要請をすることには少しく違和感を覚えています。

上記は衆院議員の石破茂さんのブログからの抜粋です。このような正論を発するため、石破さんが今の自民党内では非主流の立場に置かれていくのだろうと推察しています。これまでマスク会食や黙食を推奨し、飛沫感染防止や三密対策が重視されてきました。その対策のために飲食店や集客施設等はコストや労力を費やしています。

感染症対策として人と人との接触を断つことが最も効果的です。しかし、社会経済生活を維持していくために100%断つことは非現実的な話となります。人の流れを少なくすることで一定の効果は上がるものと思いますが、今回の緊急事態宣言は1回目の時と異なり、休業対象の範囲は狭まっています。

さらに飲食店を利用できないため、外で飲む人たちが増え、感染対策が怠りがちとなる家で飲む機会も多くなるはずです。日刊ゲンダイの記事『小池都政3度目緊急事態宣言へ “令和の禁酒令”踏み切る恐怖』の中で、政治評論家の伊藤達美さんは「ルールを守っている人と守っていない人を同じ網にかけようとする都の発想は明らかに間違えています」と指摘し、次のように続けています。

そもそも、お酒を一切提供できなくなってしまう居酒屋は果たして居酒屋と呼べるのでしょうか。お店の存在意義にも関わってくる問題だと思います。時短営業より、客同士の座席間隔を空けたり、入店人数を制限したり、アクリル板の設置を徹底した方がコロナ対策に有効だという指摘もあります。そうした効果をきちんと検証せず、いきなり酒類を終日禁止にするのはいくらなんでも乱暴だと思います。

この1年、国民一人一人が「新たな日常」を心がけたことで『今季のインフル患者わずか1万4000人、昨季の500分の1未満に』という結果につながっています。新型コロナウイルスに対する個々人の対策や努力が効果を発揮している証しであり、変異株に対しても同様に向き合うことで一定の成果は得られるはずです。

一方で、個々人の努力では解決できない課題に対しては政治の出番となります。しかしながら「やってる感」だけアピールしがちなワクチン接種をはじめ、医療体制の強化などに大きな進展が見られないことを非常に憂慮しています。『《コロナ医療体制は大丈夫か》東京女子医大で看護師400人が退職希望「ボーナスゼロ、給料減額では最前線で働けない」悲痛告白』という記事などを目にすると落胆します。

危機管理専門血液内科医の中村ゆきつぐさんのブログ大阪は仕方ない  でも東京はオリンピックのための緊急事態宣言? 本当に必要な医療って何?』では東京の緊急事態宣言を疑問視していました。『東京も大阪に続き「緊急事態宣言」要請へ…急展開の裏事情』という記事では3回目の緊急事態宣言に至る政治的な動きを伝えています。

東京オリンピック・パラリンピックの開催に向けて『山梨県知事「極めて常識的」 二階氏の「五輪やめなきゃ」発言に』など様々な声を耳にしています。残念なことですが、開催中止を決める判断を下した場合、一人一人の感染対策に向けた危機意識が一気に向上するのではないでしょうか。

最後に、上記以外にネット上で目に留まった記事も紹介します。授業は自宅、でも給食は学校で?宣言時の方針に不安の声』『USJ、25日から『臨時休業』 テーマパークへの”無観客”開催の要請に「意図をはかりかねている」』『ヒロミも怒り 「東京都は何にもやってないんじゃないかって…」茂木健一郎氏ら東京都の消灯要請に皮肉「消灯するのは知事室だけでいい」 』『東京と大阪のコロナ猖獗の事態は、無能な人物を首長に選んだ民主主義の劣化が招いたものだ。

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2021年4月17日 (土)

今、ミャンマーで…

少し前の記事「コロナ禍で迎えた節目の900回」の中で、不特定多数の方々に公務員組合側の考え方を発信するとともに一人でも多くの組合員の皆さんにも読んでもらいたいと願いながら当ブログを続けていることを伝えていました。このような思いのもとに組合が方針化している平和の課題について数多く取り上げてきています。

さらに自分自身の主張を広く発信できる自分なりの一つの運動として位置付けています。コメント欄に幅広い視点からの書き込みが多数寄せられていた頃、運動の方向性が偏っているという指摘を受ける場合もありました。一例として「なぜ、中国大使館前では抗議行動をしないのか」という指摘がありました。

そのような指摘に対し、目の前に広がる在日米軍基地の問題に対する具体的な取り組みが多くなり、自国の政府の政策判断に問題があれば抗議する運動に重点が置かれる現状などについて説明しています。特定の国には融和的で平和フォーラムや自治労の平和運動の立場性が偏っているというような見方の誤りを釈明してきました。

どのような理由があろうとも、いかなる国においても、人権を侵害することや非人道的な行為が許されるものではありません。このブログでは「拉致問題を考える」「ルワンダの悲しみ」「チベット問題とオリンピツク」など、そのような問題意識から多様な題材の記事を取り上げてきました。そして「今、ミャンマーで…」という新規記事に向き合っています。

国民による軍政への抗議運動が続くミャンマーでは27日、治安部隊が第2の都市マンダレーで重傷を負わせた住民男性を生きたまま炎の中に放り込み殺害するという惨劇が起きた。オンラインメディア「ミャンマーナウ」が複数の近隣住民の話として伝えており、男性は炎の中で「助けてお母さん」と叫んだ後に絶命したという。

ミャンマーナウによると、惨劇の現場となったのはマンダレー中心部の市街地だった。付近に住む40歳の男性は、抗議運動のバリケードに使われていたタイヤが燃えているのに気がつき、火を消そうと試みた。直後に治安部隊に撃たれ胸部を負傷したうえに、燃えているタイヤの上に乗せられたという。

この間も銃撃が続いていたため、近隣住民らは男性を助けられなかった。男性には4人の子どもがいて、米原料の飲み物「ライスドリンク」を売って生計を立てていたという。【毎日新聞2021年3月28日

同じ国の国民を生きたまま炎の中に放り込むという狂気に戦慄が走ります。『ロケット砲で80人以上が死亡 内戦の危機迫るミャンマー情勢』という報道のとおり日を追うごとに緊迫の度合いが高まっています。武器を持たない民主化を求める多くの市民が殺害されていく事態に強い憤りを覚えます。

NHKスペシャル『緊迫ミャンマー 市民たちのデジタル・レジスタンス』の中で、ミャンマーでは民間のメディアの免許が取り消されたことを伝えています。同時に「しかし国民ひとりひとりがメディアになれば国民が知らない情報はなくなるでしょう」というミャンマーの若者の言葉も紹介していました。

今、何が起きているのか、若者たちの「デジタル・レジスタンス」によって軍による弾圧の実態を全世界に発信しています。軍の非道ぶりを訴え、国際社会からの支援を求める行動です。この行動に呼応し、世界各地からキーボード戦士が続々参戦していることもNHKスペシャルでは伝えていました。

「デジタルで、海外で自分ができること、小さくてもやっていく」、日本に住むミャンマー人の言葉です。週に1回、SNSに関わっている私自身も、本当にささやかな発信媒体ですが、このブログでもミャンマーの現状を取り上げようと考えていました。前回は「東京にも蔓延防止等重点措置」という記事を先に投稿していましたが、ようやく今回、その機会としています。

ミャンマー軍は「頭や背中を撃ち抜かれる危険があることを無残な死の前例から教訓とせよ」とデモを続ける市民に対し、露骨な警告を発しています。それでもデジタルを駆使して抵抗してきた若者たちも街頭に出て抗議の声を上げていました。「仲間どうし諦めないで闘い続けよう」と励まし合っています。

これまで数多くのデモ行進に参加してきましたが、死と隣り合わせの中で民主化を求め、闘い続けるミャンマーの人たちの強い覚悟は最大限の敬意を表さなければなりません。同時に政権批判を繰り返しても生命の心配をする必要のない現在の日本の「平和」は絶対守り続けなければならないものと思い起こしています。

ジャーナリストの猪瀬聖さんは『なぜミャンマー人は日本で抗議デモを続けるのか』の中で、祖国の仲間を応援するためのミャンマーから遠く離れた日本での抗議デモは、ミャンマー国内の民主派勢力を勇気付けると同時に国際世論の喚起を狙っていることを伝えています。特に日本政府に対する期待や不満は大きいようです。

日本政府は、ミャンマー国軍とスー・チー氏ら民主派勢力の両方に太いパイプがあると繰り返し強調しながら、事態の収拾に積極的に動いている様子は今のところ見えない。軍によってすでに700人以上の市民が殺害されたとの報道があるにもかかわらず、日本政府は事実上、軍の弾圧を黙認し続けている。

先月26日には、「在日ミャンマー市民協会」などが外務省に公開質問状を提出し、日本政府がミャンマー国軍の関連企業に経済制裁を行わない理由をただすなど、動かない日本政府に対し不満を募らせている。デモに参加していたカチンの30歳の女性は「日本政府はもっとミャンマーの民主主義を応援してほしい」と訴えた。 

東京外国語大学教授の篠田英朗さんのブログ『日本が米国の同盟国であるかが問われている』では「日本がミャンマー軍を批判するとミャンマー軍がいっそう中国とロシア寄りになるなどということはない、もうとっくに寄っている」という見方が紹介されています。

篠田さんは「現場の駐ミャンマー大使が、ミャンマー国内のあらゆるリソースを活かして外交をしようとするのは当然だし、それは支援するべきだ」と述べる一方で、ミャンマー軍とのパイプを重視した結果、国際法に反した非道行為に対する批判や制裁措置に及び腰になるようでは問題だと訴えています。

弁護士の澤藤統一郎さんは『日本政府は、ミャンマーの民衆の側に立って、実効性のある国軍批判の措置をとれ。』の中で「理不尽な国家の暴力行使に対しては、国際社会がこれを許さないとする、断乎たる意思を表明しなければならない」とし、「内政不干渉」が理不尽な国家の暴力に対する他国の批判を許さないとする理屈として使われる事態を容認してはならないと記しています。

4月8日の読売新聞の解説『混迷するミャンマー 国軍が強権支配 国家崩壊も』はミャンマーの歴史家のタン・ミン・ウーさんが寄稿していました。1988年の民主化運動の結果、四半世紀に及んだビルマ(ミャンマーの旧称)型社会主義は終わりました。国際的孤立と貧困を招いただけの専制でしたが、後継体制も国軍と民主政府が権力を分かち合う新たな軍事支配だったことをタンさんは解説しています。

選挙に勝って2016年に誕生したNLD(国民民主連盟)政権の指導者はアウン・サン・スー・チーさんです。 昨年11月の選挙でNLDが再び大勝し、国軍の威力は縮小しかねない、そのような思いに駆られて国軍がクーデターを起こしています。国軍が全土を真に統治することは難しく、少数民族の武装蜂起に直面すれば国家崩壊の可能性をタンさんは危惧されています。

タンさんの解説によると、国軍は中国を信頼していません。この10年で伸張したアラカン軍(少数民族ラカインの武装勢力)の背後に中国がいると見なしています。日本からの援助と投資があり、中国一辺倒に傾くことはなく、中国の影響力を抑えられていたことを伝えています。

現状は軍事訓練と武器供与でパイプを持つロシアが全力で国軍を支えています。アジアの大国の中国、日本、インドは今、ミャンマーへの対応を決めかねています。ミャンマーの危機対処はアジアの試金石であり、3国は協調し、ミャンマーの更なる悲劇を阻むことが重要であるとタンさんは訴えています。

日本政府が主体的な外交力を発揮し、ミャンマーに平穏な日が戻るのであれば何よりなことです。そのような外交力を期待できないのであれば国際社会の中で足並みを揃えた行動が求められています。「日本政府は軍の弾圧を黙認し続けている」という見られ方だけは絶対避けなければならないはずです。

最後に、香港における民主派への弾圧、新疆ウイグルでの人権抑圧、北朝鮮の強制収容所の問題など、世界の各所で苦難を強いられている人たちが存在しています。それらの事実が正確に伝わっていかない限り、解決の道筋を見出すことも難しいままとなります。前述したとおりの問題意識のもとに今後もSNSと向き合っていければと考えています。

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2021年4月11日 (日)

東京にも蔓延防止等重点措置

今週末に投稿する記事は「今、ミャンマーで…」を予定していました。下記報道のとおり明日から新型コロナウイルス感染症に対する蔓延防止等重点措置が東京、京都、沖縄にも適用されることになり、前回記事「コロナ禍での2回目の新年度」の続きにあたる内容を先に取り上げることにしています。

政府は9日、新型コロナウイルス対策本部を開き、東京、京都、沖縄の3都府県に対し、特別措置法に基づく「蔓延防止等重点措置」の適用を決めた。期間は東京が4月12日~5月11日、京都と沖縄が4月12日~5月5日で、大型連休も含まれる。菅義偉首相は都道府県間の不要不急の移動について「極力避けていただきたい」と記者団に語り、協力を呼びかけた。

東京は緊急事態宣言が解除されてから約3週間で再び宣言と同水準の感染防止策が実施されることになる。重点措置の適用は大阪、兵庫、宮城とあわせて計6都府県に拡大した。首相は対策本部で「新規感染者数の増加、医療提供体制の逼迫が懸念されることなどを踏まえて(適用を)決定した」と述べた。さらに飲食を中心とする対策に加え、不要不急の都道府県間の移動を極力控えるよう求めた。

変異株については「最大限の警戒を続けていく」と強調。「今後も各地で発生する波を全国規模の大きな波にしないため、地域を絞った重点措置を機動的、集中的に講じて感染を押さえ込んでいく」と語った。重点措置は政府が適用する都道府県を決めた後、知事が対象の市区町村を定める。今回、東京は23区と武蔵野、立川、八王子、町田、調布、府中の6市、京都は京都市、沖縄は那覇市など沖縄本島の9市が対象になる。

対象地域では飲食店への営業時間の短縮要請を午後8時までに前倒しするほか、店舗の巡回を強化し、アクリル板の設置や換気などガイドラインの順守を改めて呼びかける。事業規模に応じ、月額換算で最大600万円を協力金として支給する。知事は事業者に時短を命令し、応じない場合には20万円以下の過料を科すことが可能になる。イベントは都府県全体で上限を5000人に制限する。

東京都の小池百合子知事は都の対策本部会議で「これまで以上に徹底した人の流れの押さえ込みが不可欠だ」と強調。「都民には大都市圏の往来の自粛、必要最小限の外出でお願いする」と語った。【産経新聞2021年4月9日

記事タイトルに「Part2」を付けることも考えましたが、「東京にも蔓延防止等重点措置」とし、この話題に絞って書き進めていくつもりです。ちなみに産経新聞以外、大半のメディアは「まん延」と表記しています。「蔓」という字が常用漢字ではないため、そのような対応となっているようです。少し迷いましたが、このブログでは「蔓延」と表記していきます。

たいへんマイナーなブログですが、冒頭に記したとおり憂慮すべきミャンマーの現状を伝えたいと考えています。国軍の弾圧によって日々犠牲者が増え続けるミャンマーの緊迫さと比べられるものではありませんが、今回の蔓延防止等重点措置の適用に対しても訴えたいことが多くあり、新規記事に向き合っています。

蔓延防止等重点措置の適用について「政府の対応が遅く、緊急事態宣言解除も早かったのではないか」と国会の場で野党側は追及しています。毎週ブログを更新しているとその時々の個人的な感想の備忘録となっています。少し前の記事「コロナ禍の緊急事態から非常事態に」の中で「このまま緊急事態宣言を継続することが持続可能な対策だったのかどうか疑問視しています」と書き残していました。

要するに私自身が「解除は早かった」と批判した場合、それこそ結果論からの批判となってしまいます。もしくは菅政権「批判ありき」のポジショントークだと見られてしまいかねません。個人の責任によるブログだったとしても、その時々に書き残した言葉を忘れず、継続性に留意しながら責任ある対応に努めていく考えです。

前々回記事「言葉の使い方から思うこと」の中で、緊急事態宣言を解除という言葉は文字通り受けとめれば「これまで我慢してきたけれど少しぐらい羽目を外してもいいかな」という理解に至ることを危惧していました。実際、大学の卒業式が多かった金曜日の夜、大勢の若者が駅前に集い、缶ビールを片手に盛り上がり、厚労省職員が深夜遅くまで送別会を開くという「緩み」につながっていました。

リバウンド防止が強調されていましたが、言葉の使い方として「緊急事態から非常事態に」が適切だったものと思っています。法的な位置付けの「緊急事態」という期間が終わっても、引き続き平時ではない非日常が続くという意識を持ち続けるために「非常事態」であることを宣言し、様々な感染対策に留意しながら静かに経済を回していく局面だったはずです。

結果論としての訴えではなく、緊急事態宣言を解除する際、このブログを通して発信してきたものです。言葉の使い方にとどまる「非常事態」宣言という法的拘束力のない要請では不充分だった場合、そのまま蔓延防止等重点措置に切れ目なく移行させることが望ましかったように考えています。

そのタイミングで飲食店等の営業時間を午後9時までに延ばすか、そのまま午後8時までとするという選択肢もあり得たはずです。飲食店側の負担や混乱を考えると3週間だけ午後9時まで延ばし、また午後8時に戻すという展開は最悪な政策判断だったように感じています。1時間の差にどれほど効果の違いがあるのかどうか分かりませんが、飲み過ぎて感染対策を疎かにしないことが大事な点だろうと思っています。

今年1月に再発令された緊急事態宣言期間中も、明日から適用される蔓延防止等重点措置においても「不要不急」の移動は控えることが要請されています。しかしながら昨年春のように全面的な休業要請がされている訳ではありません。したがって、一人一人が感染症対策や地域ごとに定められたルールを守りながら必要に応じて外出し、必要とする買い物や外食を続けなければ経済は回りません。

スポーツや娯楽施設に関しても同様です。店を開けていながら客足が途絶えるようでは深刻な経営危機につながります。昨年春のようなロックダウンに近い緊急事態宣言が発令されるのであれば、もちろん「不要不急」の範囲を厳格にしなければなりません。経済との両立も重視し、個々人の行動の「緩み」を警戒した措置であるため「極力」という枕詞が付いているものと理解しています。

このように理解している中、小池都知事らの「都県境を越えた外出自粛」という言葉には違和感を持ちました。再発令された緊急事態宣言の期間中にはあまり耳にしていませんでした。私の住む市は埼玉県と隣接しているため、たいへん気になる要請内容だと言えます。そもそも対象地域の住民に絞って要請しているように理解すべきなのでしょうか。

三多摩地区は6市のみ適用されますが、蔓延防止等重点措置の対象地域の決め方自体に科学的な知見がどれほど働いているのか疑問です。どこかで線が引かれ、不合理さが生じることは避けられません。それでも下記報道のとおり三鷹駅の南北問題は「何だかなぁ」という思いを強める事例の一つです。

東京都では7、8日と連続して新規感染者数が500人を超え、8日に政府へ適用を要請。9日も537人で3日連続で500人台となった。その東京都の重点措置対象地域は23区と八王子、立川、武蔵野、府中、調布、町田の6市。しかし、武蔵野、三鷹両市の境に位置するJR三鷹駅で「南北問題」が発生、線引きの在り方が議論を呼んでいる。

北口は武蔵野市で対象地域。飲食店の営業時間は今より1時間早い午後8時までと要請され、命令に応じない場合は最大20万円の過料を科される可能性も。南口は三鷹市で対象外。飲食店の営業は午後9時までOKだ。しかも、簡易裁判所など官公庁やビジネスホテルがある北口に対し、飲食店が多いのは南口。駅ビルは専有面積が多い三鷹市との扱い。分かりにくく、不公平感が生じかねない線引き。

加藤勝信官房長官は会見で「線を引けば、どこかで(そうした地域が)出てくる」とした上で、重点措置の制度として「どう切り分けるかは各都道府県の判断」と話した。切り分けの責任者である小池百合子都知事は会見で、市街地が連なるエリアとして北区赤羽と都県境を越えた埼玉・川口を例に挙げ、「これはどうなんだ、と。それはどこでもある」と指摘。6市の切り分けは店舗数、感染者数などを総合的に判断したと説明した。

北口にある飲食店の店主は「過料の問題はあるが、今度は(要請、命令に)従えないかもしれない。吉祥寺があるから武蔵野市が対象になったのだろうが、線路を挟んだ向こう側に人が流れるだけだ」と、客離れとともに南口での人流増加を懸念。南口のラーメン店「グラバー亭」の新井健志店長(47)は「こちらの方が飲食店が多いのに、対象外なのはおかしな感じだ。我々としてはホッとした面があるが、北口のお店はかわいそう」と複雑な心境を明かした。【Sponichi Annex2021年4月10日

私たち一人一人が「新たな日常」を心がけたことで『今季のインフル患者わずか1万4000人、昨季の500分の1未満に』という結果につながっています。新型コロナウイルスに対する個々人の対策や努力が効果を発揮している証しであり、変異型に対しても同様に向き合うことで一定の成果は得られるはずです。

一方で、個々人の努力では解決できない課題に対しては政治の出番となります。1都3県の緊急事態宣言を解除する際、菅総理はリバウンド対策の5本柱として①飲食を通じた感染の防止策継続、②変異ウイルスの監視体制の強化、③感染拡大の予兆をつかむための戦略的な検査、④安全・迅速なワクチン接種、⑤次の感染拡大に備えた医療体制の強化を掲げていました。

宣言解除から3週間では短すぎると言えますが、昨年春の緊急事態宣言からは1年が過ぎています。平時であれば「やってる感」の政治でも一定の支持は得られていくのかも知れませんが、危機管理下での政治の役割は増しています。コロナ禍という深刻な危機の中では着実な結果が求められ、政治家の資質や判断能力が厳しく問われています。

最後に、国民や都民から「どのように見られるか」という判断基準を重視しながら振る舞うことは政治家の習性として、ある程度やむを得ないものと思っています。しかし、かつて経験したことがなかったレベルでの非常事態において、くれぐれもそのような判断基準が優先されていないことを願ってやみません。

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