2017年3月19日 (日)

再び、言葉の重さ

前回の記事は「森友学園の問題から思うこと」でした。安倍首相が100万円寄付したという話が浮上し、今週木曜日には籠池理事長の衆参予算委員会での証人喚問が一気に決まりました。大きな問題があるのか、ないのか、誰が真実を語っているのかどうか、事実関係が少しでも明らかになることを期待しています。その上で興味深いサイト『森友問題を最初に追及 木村真市議が語った「疑惑の端緒」』を目にしましたので、参考までに紹介させていただきます。

さて、 これまで「言葉の重さ、雑談放談」「改めて言葉の重さ」「改めて言葉の重さ Part2」という記事を投稿しています。今回、安直に「再び」をタイトルに付け、改めて言葉の重さについて考えてみることにしました。当たり前なことですが、特にインターネットを介した会話は文字のみ、つまり言葉のみで行なわなければなりません。そのため、コメント投稿に際した「お願い」をはじめ、言葉の使い方の難しさや大切さに関して、たびたび記事本文を通して掘り下げてきました。

まず言葉の使い方一つで他者に与える印象が大きく変わっていきます。その言葉から発信者の本音や資質が明らかになります。伝えたい真意がそのまま他者に正しく伝わり、目的が達成していくのであれば何ら問題ありません。真意がうまく伝わらない、誤解されてしまった、思いがけない批判に繋がってしまった、このような結果を及ぼすようであれば言葉の使い方を誤ったことになります。

何気ない一言で他者を深く傷付ける場合もあり、後から訂正や謝罪しても簡単に取り返しのつかないケースもあろうかと思います。発信者の立場やTPOによって、ますます言葉一つの重みが増してくるため、できる限り言葉の使い方や選び方には慎重になるべきものと考えています。誰もがうっかりする時があり、いつも完璧に振る舞える訳ではありません。それでも自分自身の発する言葉が他者からどのように受けとめられるのかどうか、想像力を働かせていく心構えだけは持ち続けられるのではないでしょうか。

生活保護の申請に訪れた妊娠中のフィリピン国籍の40代女性に対し、千葉県市原市の福祉担当職員が「産むの?」と問いただしていたことが分かった。女性は中絶を求められたと受け取ったという。同市は不快感を与えたとして、女性に謝罪した。労働問題に取り組むNPO法人「POSSE」が8日、記者会見して明らかにした。それによると、女性は今年1月に市原市の生活保護申請の窓口を訪問。その際に、職員から「自分の国(フィリピン)で中絶はやっていないの?」と問われた。女性が「子どもをおろせって言うんですか」と質問すると、職員は「そこまで言わない」と答えたという。申請は受理されず、その後にNPO職員が同行すると認められたという。市原市生活福祉課の担当者は、朝日新聞の取材に「状況確認のための質問だったが誤解があった。再発防止に努める」と話した。【朝日新聞2017年3月8日

このニュースを受け、私どもの市の場合はどのように対応しているのかケースワーカーの一人に尋ねてみました。すると保護費の額を決める関係上、産むのかどうかは確認しなければならないとのことでした。それはその通りだろうと思いながらも、念のため「その際は出産することを前提に言葉を選び、中絶を強要するように受け取られないことが必要だよね」と一言申し添えていました。例えば「出産予定日はいつですか?」と問いかければ中絶を考えているのかどうかは分かるはずです。

上記報道の場合で「自分の国(フィリピン)で中絶はやっていないの?」という質問は、まったく余計な一言です。誤解ではなく、生活保護を受けるのであれば出産は認めないという底意が表われてしまったと言われても仕方のない言葉でした。少し前には小田原市のケースワーカーのジャンパーに「保護なめんな」と書かれていたことが大きな問題になりました。「不正受給は許さない」という趣旨の言葉だけであれば、特段大きな問題にならなかったものと考えています。

例えば税金の収納現場では「滞納STOP」というスローガンを書いたジャンパーなどが作られる時も珍しくありません。小田原市の場合は「なめんな」という言葉も不適切さだったかも知れませんが、生活保護受給者全体に発しているようなスローガンだったため、より深刻な問題として注目を集めてしまいました。それぞれ様々な事情があり、生活が困窮し、定められた手続きを経て生活保護の受給に至っています。その中には明らかな不正受給者も紛れているのかも知れません。

しかしながら「生活保護は金額ベースで99.5%以上は適正に執行されており、ごくまれにしかないものをクローズアップして日常業務にあたること自体が、すべての受給者に不信の目を向けさせる」という指摘があるとおり生活保護受給者全体をネガティブなイメージでとらえるような言葉は、生活保護を担当する部署の職員であれば使って欲しくなかったものと思っています。いずれにしても「ナマポ」という言葉なども目にしますが、生活保護受給者全体を蔑むような意識や態度は問題視しなければなりません。

仮に生活保護受給者が盗難の容疑で逮捕され、そこに経済的な困窮という理由があったとしても「生保受給者だから」という短絡的な批判は避けるべきことです。「生保受給者だから犯罪者になりがち」という属性批判は問題であり、同様に特定の国の人間は「犯罪者やテロリストが多い」という見方は差別的な意識に偏ったものだと言えます。外国人や日本人を問わず罪を犯す者がいるだけで「〇〇国人だから」という属性批判は戒めなければなりません。

このような属性批判やレッテル貼りは、いわゆる左や右の立場に関わらず慎むべきものと考えています。沖縄で反基地運動に取り組む方々の中に外国人が含まれているから「〇〇国のための工作活動」、一部で過激な言動が見受けられるから「プロ市民や過激派による反対活動」というように運動全体にレッテルを貼り、「テロリストみたい」と胡散臭さを強調するような言葉は極めて不適切なものです。このあたりは以前の記事「沖縄で起きていること」の中で個人的な問題意識を綴っていました。

一方で、反基地運動を忌み嫌い、安倍首相を信奉されるような方々を一括りに「ネトウヨ」と決め付け、反知性主義者だと批判することも避けなければなりません。そもそも左や右の立場に関わらず反知性主義者や問題を起こす人物は存在するはずです。やはり属性で決め付けず、何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか、色眼鏡を外して物事を見ていくことが必要です。前回記事にはnagiさんから「宮古島の市議が自衛隊を完全に愚弄する投稿をしてましたが、内容は完全なレッテル貼りでしかない」というコメントが寄せられていました。

沖縄県の宮古島市議が自身のフェイスブックに「自衛隊員が来ると島で婦女暴行事件が起きる」などと投稿し、炎上。「自衛隊全体を批判しているわけではない」と再度投稿し、謝罪したものの「戦争のための軍隊という仕組みに対して(批判した)」との部分に再び批判が殺到、市議は2つの投稿を削除した。この市議は石嶺香織市議(36)。9日に1度目の投稿がされた。内容は「海兵隊からこのような訓練を受けた陸上自衛隊が宮古島に来たら、米軍が来なくても絶対に婦女暴行事件が起こる。軍隊とはそういうもの。沖縄本島で起こった数々の事件がそれを証明している」というもの。

石嶺市議は「宮古島に来る自衛隊は今までの自衛隊ではない。米軍の海兵隊から訓練を受けた自衛隊なのだ」として、陸上自衛隊がカリフォルニアでの演習に参加した際の写真を添付。さらに「私の娘を危険な目にあわせたくない。宮古島に暮らす女性たち、女の子たちも」と結んだ。これに対し、「思想信条は自由だが、自衛官を強姦魔扱いは許されない」などと批判が殺到、辞任を求める声まで上がった。石嶺市議は10日までに「3月9日夕方の投稿について」と題し、再度、釈明する文を掲載した。

「自衛隊全体を批判しているわけでも、個人を批判しているわけでもありません。私が批判しているのは、自衛隊員個々の人格に対してではなく、戦争のための軍隊という仕組みに対してです」「現在の自衛隊という組織が米軍と一体化して、専守防衛の枠を外れつつあることに強い危機感を持っています。海兵隊は人を殺すことに対して感情を殺すように訓練されています」などとして、「海兵隊に訓練を受けた陸上自衛隊が今後、米海兵隊と同質のものになる可能性があります」などと投稿した。この投稿に再び批判が殺到し、石嶺市議は2つの投稿を削除した。

石嶺市議のブログなどによると、昭和55年、福岡県生まれ。大阪外語大を中退し、大阪の障害者施設に4年間勤務。平成20年、宮古上布を学ぶため宮古島に移住。陸上自衛隊配備反対と、地下水を守ることを公約に、今年1月の市議補選で初当選したばかり。【産経新聞2017年3月12日

今回記事の主題を「言葉の大切さ」としたのは上記の事例を取り上げようと考えたからです。結論から言えば石嶺市議の「自衛隊員が婦女暴行事件を起こす」という決め付けた言葉は論外です。海兵隊が戦場で躊躇わずに人を殺せる訓練を行なっていることはその通りなのかも知れません。しかし、だからと言って海兵隊員や一緒に訓練した自衛隊員が強姦を犯しやすくなるという見方は属性批判に繋がる容認できない発言です。

石嶺市議は本気で心配し、正直な気持ちをフェイスブックに掲げたのでしょうが、市議会議員という公的な立場であれば、その言葉の重さを強く意識しなければならなかったはずです。後から「私が批判しているのは、自衛隊員個々の人格に対してではなく、戦争のための軍隊という仕組みに対してです」と釈明しても、最初に発した言葉が極めて不適切だったため、説得力に欠けてしまいます。最初の言葉に対し、他者からどのように受けとめられるのかどうか想像力が乏しかったと言わざるを得ません。

最後に、先週金曜日の夜は人員の課題での労使交渉の決着期限でした。今年も徹夜となり、土曜日の朝、午前6時前に最終合意の団体交渉に至っていました。その夜の交渉の中で、ある組合役員が「嘱託や臨時職員では個人情報が守れない」という言葉で反論する場面がありました。交渉の終わり際、その言葉に対し、私から「非常勤職員では個人情報を漏らしがちになるという意味ではなく、対象業務を担うための職責や役割について訴えた言葉」という説明を加えていました。市当局側に属性批判という誤解は与えていなかったようですが、個人情報を悪用するような不届き者は場合によって正規や非正規問わず現われるものと危惧しています。

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2017年3月12日 (日)

森友学園の問題から思うこと

今回の記事で取り上げる内容に対し、閲覧された方々、一人ひとり様々な受けとめ方があろうかと思います。決め付けた言い方は慎まなければなりませんが、やはり日頃から安倍首相を支持されている方、逆に批判的な見方をされている方、そのような立場によって受けとめ方が大きく違ってくるのかも知れません。このような点が顕著だった場合の発言内容はポジショントークと呼ばれがちです。

週に1回、このブログの更新を続けていますが、なるべくポジショントークという見られ方を避けるような記述に努めています。このあたりは「Part2」にわたって投稿した「何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか」を通して綴っていました。例えば安倍首相の言動すべてを頭から否定していくようでは適切な評価を下しにくくなります。得てして個々人の基本的な考え方や立場性の違いから他者が発している言葉の背景を先入観で推測、もしくは邪推してしまいがちです。

しかしながら適切な評価を下していくためには「誰が」に重きを置かず、その言動や判断は正しいのか、色眼鏡を外して物事を見ていくことが必要だろうと考えています。そして、物事を適切に評価していくためには、より正確な情報に触れていくことが欠かせません。誤った情報にしか触れていなかった場合は適切な評価を導き出せません。また、情報そのものに触れることができなかった場合、問題があるのか、ないのか、評価や判断を下す機会さえ与えられません。

前々回記事「非常勤職員制度見直しの動き」の中で、新聞各社の政権との距離感によって報道の力の入れ具合も極端に変わることを記していました。その記事を投稿した時点では販売部数トップの読売新聞の紙面上で、国有地の売却額が問題視されている森友学園に関する記事を探すことは難しい現況でした。実際、ある方と雑談していた時、この森友学園の問題に話題が及んだ際に「何ですか、それ?」と尋ねられてしまいました。今であればテレビでも新聞でも連日、森友学園の問題を取り上げていますので知らない方のほうが少なくなっているはずです。

ちなみに安倍首相と内閣記者クラブのキャップらが赤坂の高級中華料理店でオフレコ懇談会を開いた2月27日の夜以降、読売新聞をはじめ、マスメディアすべてが森友学園の問題を大きく取り上げるようになっていました。「安倍首相が森友学園問題の報道についてクギを刺したのは疑いようもない」という見方をネット上で目にしていましたが、結果は逆の流れになっています。ただ各メディアが気概や矜持を示したというよりも、自社だけ取り上げない訳にはいかないほど国民の関心が高まっていたからだろうと見ています。

このあたりは過去の記事「卵か先か、鶏が先か?」の中でメディアが世論を決めるのか、世論がメディアの論調を決めるのかという問題意識に繋がっています。本題に入る前に長い記事になりつつあります。前回記事「非正規雇用の話、インデックスⅡ」の冒頭で「毎日のように新たな情報を耳にする森友学園の問題は様々な切り口から論点を掘り下げることができそうです」と記していましたが、今回、前述したとおりポジショントークと見られないよう事実関係の紹介を中心に様々な論点を提起させていただくつもりです。

鑑定評価額9億5600万円の国有地が、大阪市の森友学園に実質200万円で売却された問題。森友学園はこの土地に私立小学校を新設予定で、当初は「安倍晋三記念小学校」の名前で寄付金が集められていた。しかも、昭恵夫人が新設小学校の名誉校長に就任していたため、国民の疑惑の目は当然、安倍首相にも向けられている。24日の衆院予算委員会で、安倍首相は夫人が名誉校長を辞任したことを明らかにしたが、それで済む話ではないはずだ。安倍首相は24日の予算委で責任回避に終始した。

寄付金集めに自分の名前が使われたことは「大変遺憾であり、残念であるという強い抗議をした」「大きな不信を持った」。森友学園の籠池泰典理事長に対しては、「非常にしつこい中において」とか「教育者としてはいかがなものか」とまで言っていた。17日の予算委では、森友学園と籠池理事長のことを「妻から森友学園の先生の教育に対する熱意は素晴らしいという話を聞いている」と持ち上げ、「私の考え方に非常に共鳴している方から、『安倍晋三小学校』にしたいという話があったが断った」と表明していたのに、わずか1週間で手のひら返しの迷惑顔だ。

ベストセラー「日本会議の研究」の著者・菅野完氏は、塚本幼稚園が撮影して配布した運動会のDVDの映像を見て、絶句したという。2015年に塚本幼稚園で行われた秋の大運動会の冒頭、選手宣誓で園児がこう言っているのだ。「大人の人たちは、日本が他の国に負けぬよう、尖閣列島・竹島・北方領土を守り、日本を悪者として扱っている中国、韓国が、心改め、歴史で嘘を教えないよう、お願い致します。安倍首相ガンバレ!安倍首相ガンバレ!安保法制国会通過よかったです!」子どもたちはアンポの意味も分からず言わされているのだろうが、これも教育基本法に反する政治的活動に違いない。

昭恵夫人は名誉校長を辞任し、23日には森友学園のHPから名誉校長の挨拶も削除されてしまった。「隠蔽じゃないかと思った」と国会で野党議員が発言したところ、安倍首相はマジ切れ。「隠蔽というのは、じゃあ、私が隠蔽したんですか!私が森友学園のHPに対して隠蔽しようがないじゃないですか!」「レッテル貼りだ!」「公共の電波の前で私と妻を侮辱した!」と早口でまくしたて、「(隠蔽の言葉を)取り消さないと答弁できない」「まるで私が関与しているかのごとくイメージ操作を延々と、それしかないのでしょうけど、だからあなたたち(民進党)は国民からの信用を得られないんですよ」と民進党を侮辱していた。

「問題の国有地売買に関わった財務省や国交省は、森友学園との交渉や面会の記録は破棄して残っていないと言っています。これでは隠蔽と疑われても仕方がありません。首相はすぐに『私や家内や事務所が国有地払い下げに関与していたら政治家を辞める』と逆ギレしますが、本来なら、不可解な土地取引の『真相を解明する』と宣言し、関係省庁に『調査に協力するように』と指示するのが行政府トップとしての役目でしょう。やましいことがないのなら、身の潔白を証明するためにも、首相自ら率先して真相解明に動き、国民の不信を払拭すべきです。」(ジャーナリスト・横田一氏)【日刊ゲンダイ2017年2月25日抜粋

当初、事実関係について自分自身の言葉に置き換えて書き進めることを考えました。特に『日刊ゲンダイ』の記事を引用した場合、「日刊ゲンダイだから」という先入観を持たれる方が多いようであり、上記の記事内容を掲げることは考えていませんでした。それでも「被害者ヅラ」や「なんと軽い理念の共鳴か」という安倍首相を揶揄するような言葉や推論に近い記述箇所を外し、事実関係を中心に抜粋してみると上記の内容となりました。

最後に引用した社名を紹介しなければ『日刊ゲンダイ』の記事だとは思われなかったかも知れません。実は私自身の省力化(coldsweats01)も目的にした訳ですが、「安倍首相批判ありき」と見られがちな『日刊ゲンダイ』も事実関係をもとに自社の立ち位置からの批評を交えた報道に努めていることがよく分かる機会となっていました。ただ事実関係に対する評価が私自身も含め、個々人の基本的な視点や立場から枝分かれしていきがちな点があることも押さえていくつもりです。

森友学園の問題は日々、新たな情報を耳にすることができます。小学校の建築費について、府私学審議会向けに提出した資料の中で7億5600万円、小学校の施工業者には15億5520万円、国交省には23億8464万円とする契約書を提出していました。このような差異が意図的だったかどうかは確定していませんが、厳しく問われるべき問題だろうと思っています。過熱しているメディアの報道に加え、インターネツト上にも森友学園に関する様々な情報や論評があふれています。

その中で国有地の売却額に対し、森友学園の問題と同じような疑惑のある事例が見受けられるという指摘も散見しています。もし問題があるのであれば事実確認した上、同じように追及すべき話だろうと考えています。北朝鮮の脅威が高まっている時、優先順位を無視して森友問題を取り上げることの批判意見も目にしています。もちろん政策判断において優先順位は重要ですが、「だから森友学園の問題を軽視しろ」という理屈は成り立たないはずです。いろいろな主張に接している中で、自民党の衆院議員である船田元さんのブログでの指摘が冷静で分かりやすいように感じています。

大阪府豊中市で塚本幼稚園を経営する森友学園の話題が、連日のように報道され、国会でも議論が続いている。新しい小学校を作るための国有地の払い下げ金額が、評価額に比して異様に安すぎることで、政治家の関与がなかったかどうか。また塚本幼稚園の教育内容が余りにも異常ではないか。この2点にポイントが絞られている。安倍総理大臣や昭恵夫人との関連は、自ら明らかにされることだから多くは語らないが、他の多くの真面目な私立学校が、森友学園と同類項と受け止められることは堪らず、「異常な事案」として、徹底的に事実関係を明らかにしなければならない。

私は国会議員であると同時に、作新学院という私立学校を、132年間代々稼業として経営してきた。30年ほど前に4年制大学を新設するため、約5000平米の国有地を払い下げてもらった。金額は忘れたが、関東財務局から提示された価格をそのまま受け入れた。価格面での交渉は全く行わなかった。加えて大学設置認可(文部省:当時)と農地転用(関東農政局)そして国有地払い下げ(関東財務局)の決定のどれが優先されるかで、各役所間の調整が難航し、予定よりも2年遅れでようやく開校にこぎ着けたことを思い出す。多忙とストレスで担当職員1名が体調を崩してしまったこともあった。

議員の立場を利用してはいけないと、極力関連当局には顔を出さなかったが、立場上どうしても赴かなくてはいけない時は、議員バッジを付けず、議員名刺も持たずに行ったと記憶している。だから今回の国有地払い下げにおいて、財務局の提示価格の10数%だったことや、非常に短い時間で払い下げが決まったことを聞くと、どうしても特別の力学が働いたと思わざるを得ないのである。さらに報道によると塚本幼稚園の教育は、教育勅語や、中国や韓国を敵視するスローガンを暗記させるという偏向した内容であり、幼稚園教育要領を明らかに逸脱している。国論を二分した平和安全法通過に言及させる教育を、政治的素養や能力の整っていない幼児に施すことは、極めて異常である。

私の経営する作新学院幼稚園では、決してこのような偏向した教育は行なっていない。幼稚園教育要領に則り、特に自然や人間社会との関わりを重視し、自ら考え自ら行動できる子どもたちの育成に務めている。特定の価値観を、しかも暗記という方法で教え込むことは、我々の教育とは真反対にある。過去の歴史が指し示す通り、国家の崩壊は、まず教育の崩壊から始まる。私たちは決して過去の轍を踏んではならない。

船田さんは自民党の中での存在感が薄くなっているため、ある意味でポジショントークだと言われがちなのかも知れません。とは言え、自民党の現職国会議員が上記のような主張を広く発信されたことは注目すべき出来事でした。世論の圧倒多数が徹底的な事実解明を求めています。野党側からの参考人招致に対し、自民党側は「民間人の招致は慎重にしなければいけない」という説明を繰り返しています。しかしながら民間人を招致した前例は多数ある中で、このような説明では真相の徹底解明に及び腰であると見られても仕方ありません。

たいへん長い記事となっていますが、もう少し続けます。参院予算委員会で民進党の福山哲郎さんが次のような質問を行なっていました。昭恵夫人が名誉校長だったため、安倍首相らに恥をかかせないよう近畿財務局が忖度し、国有地の売買などに影響を与えたのではないかという質問でした。この質問に対し、安倍首相は「名誉校長に安倍昭恵という名前があれば印籠みたいに恐れ入りましたと、なるはずがないんですよ」と反論しています。

さらに安倍首相は「私と妻がまるで関わっているかのごとく、まるで大きな不正、犯罪があったかのごとく言うのは大きな間違いだ」と激高していました。これに対し、福山さんは「私は『昭恵夫人は被害者かも知れない』と申し上げたんです。犯罪者扱いなんかしていない。それこそ印象操作だと私は思いますよ。何をそんなムキになっているんですか」と切り返していました。ちなみに安倍首相を信奉する山本一太予算委員長が「簡潔に答弁を」と諭す場面もあったようです。

国会での質疑の中で、安倍首相は「昭恵夫人は私人だ」と言い切られていました。公人か私人か多少幅のある話かも知れませんが、公費の充てられ方をはじめ、とても私人だと言い切れるような現状ではないはずです。いずれにしても森友学園の問題で安倍首相や昭恵夫人が贈収賄に繋がるような働きかけを関係機関に行なっていないことはその通りだろうと考えています。森友学園が経営する保育園での虐待や幼稚園児に教育勅語を暗唱させているような事例も把握していなかったのかも知れません。

それでも当初、安倍首相が森友学園の教育方針や籠池泰典理事長らを称賛していたことは事実です。最近、籠池理事長の長男が父親と安倍首相との関係性などを語っていました。双方の言い分に違いがあるため、どちらかの記憶違いなのでしょうか。最後に一言、予算委員会の質疑時間に森友学園の問題が割かれることへの批判もあるようですが、後ろめたいことがないのであれば参考人招致をはじめ、より積極的に国会の場で事実関係を明らかにする努力が安倍首相には求められているものと思っています。

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2017年3月 4日 (土)

非正規雇用の話、インデックスⅡ

皆さん、割り切れないでしょうがね…」という言葉を石原元都知事自身が残し、記者会見場を後にしたとおり豊洲移転問題に関わる疑念は晴れないままです。国有地の売却を巡って疑念が抱かれている森友学園の問題については前回記事で少しだけ触れました。この問題の報道を「読売新聞の紙面で探すことは難しい現況です」と記しましたが、先週中頃から読売新聞も連日取り上げるようになっています。毎日のように新たな情報を耳にする森友学園の問題は様々な切り口から論点を掘り下げることができそうです。

ただ今回も記事タイトルを「非正規雇用の話、インデックスⅡ」にしたとおり森友学園の問題は機会があれば次回以降の記事で取り上げてみたいものです。前回の記事を「非常勤職員制度見直しの動き」にしましたが、こちらの問題も様々な意味で現在進行形の重要な話題だと言えます。加えて、このブログのインデックス記事は「人事院勧告の話、インデックス」を最後に半年以上投稿していません。次のような便利さを個人的には意識しているため、久しぶりにインデックス記事として書き進めてみました。

カテゴリー別に検索できる機能を使いこなせず、これまで「自治労の話、2012年夏」のように記事本文の中にインデックス(索引)代わりに関連した内容のバックナンバーを並べています。その発展形として「○○の話、インデックス」を始めていました。その記事の冒頭、インデックス記事のバックナンバーを並べることで「インデックス記事のインデックス」の役割を持たせています。カテゴリー別のバックナンバーを探す際、自分自身にとっても役に立つ整理の仕方であり、時々、そのような構成で新規記事をまとめてきました。

これまで投稿したインデックス記事は「平和の話、インデックス」「職務の話、インデックス」「原発の話、インデックス」「定期大会の話、インデックス」「年末の話、インデックス」「旗びらきの話、インデックス」「春闘の話、インデックス」「コメント欄の話、インデックス」「非正規雇用の話、インデックス」「定期大会の話、インデックスⅡ」「年末の話、インデックスⅡ」「平和の話、インデックスⅡ」「組合役員の改選期、インデックス」「人事評価の話、インデックス」「図書館の話、インデックス」「旗びらきの話、インデックスⅡ」「憲法の話、インデックス」「人事院勧告の話、インデックス」で、非正規雇用に関わるバックナンバーは次のとおりです。 

さて、非正規雇用の問題は「現在進行形の重要な話題」と記しましたが、昨年末に示された「地方公務員の臨時・非常勤職員及び任期付職員の任用等の在り方に関する研究会」の報告書を受け、総務省は今国会に関連法改正案の提出を準備しています。土曜日、自治労都本部の定期大会に出席しましたが、中央本部書記長の挨拶をはじめ、都本部の議案提起や当事者である非常勤職員組合の代議員の発言の中で、この法案に絡む報告や訴えがありました。

総務省が準備している法案は地方自治体の非常勤職員の待遇を改善することを目的とし、明文規定がなかった非常勤職員の採用方法と任期を法律に明記する内容です。前回の記事に綴ったとおり事務補助職員を非常勤特別職として採用することが問題視され始めています。本来、特別職とは首長や委員等の専門性の高い職であり、地方公務員法が適用されず、守秘義務や政治的行為の制限などの制約が一般職と異なります。

地方公務員法3条3項3号を根拠に採用されている事務補助職員は全国で22万人に及びます。首長や委員等と同じ法的な位置付けになるため、特別職非常勤職員にはボーナスなど手当支給に制限を加えられていました。今後、地方公務員法に「会計年度任用職員」の規定を新設することで、非常勤の事務補助職員らにボーナスも支給できるようにする動きです。ただ「会計年度任用職員」という呼称のとおり任期は従前通り「最長1年」にとどまり、雇い止めの不安が一気に解消される訳ではないようです。

また、フルタイムとパートタイムの線引きが明確化され、手当支給を可能とするのは前者のみという話を自治労都本部の定期大会の場で耳にしました。さらに実際に支給するためには各自治体での条例改正が必要とされ、今回の法改正を即座に適用しない自治体が生じるケースも見込まれます。前回記事の中で、一生非正規さんから「雇い止めされそうです 助けて下さい」という悲痛なコメントを紹介しましたが、特別職非常勤職員という法的な位置付けで採用された方々が雇い止めを強いられるような動きにも警戒しなければなりません。

手当支給など一歩前進という意味で今回の動きは地方公務員の非常勤職員制度にとって追い風ではありますが、その動きの中で本人の意に反し、雇い止めされていく事態が生じるようでは大きな問題です。私どもの組合に加入されている嘱託職員の皆さんも地方公務員法3条3項3号を根拠に採用されています。そのため、特別職非常勤職員という立場ですが、今後、どのような動きがあろうとも一方的な雇い止めを許さない考え方で組合は対応していきます。

地方公務員の非常勤職員制度が実情に合わせて整備されていく動き自体を否定できません。しかし、働き方改革実現会議の中で「同一労働同一賃金など非正規雇用の処遇改善」を最も重要な目的にしているのですから、その目的に沿った非常勤職員制度の見直しが欠かせないはずです。いずれにしても手当支給など「追い風」は最大限利用し、労働組合側は「同一労働同一賃金」の方向性に反するような理不尽な動きには毅然と反対していかなければならないものと考えています。

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2017年2月26日 (日)

非常勤職員制度見直しの動き

より望ましい「答え」を見出すためにはマスメディアやSNSの特性や難点を的確に理解した上、一つの経路からの情報だけを鵜呑みせず、意識的に幅広く多面的な情報に触れていくことが欠かせません。このあたりは昨年末に投稿した「SNSが普及した結果… Part2」などの記事を通して訴えてきています。先日、読売新聞の見出し「正社員と非正規の賃金差、過去最少に…男女差も」に目が留まりました。

厚生労働省は2016年の賃金構造基本統計調査で、正社員の賃金は32万1700円(前年比0・2%増)、フルタイムで働く非正規労働者は21万1800円(同3・3%増)だったと発表した。正社員の月額賃金を100にした場合、非正規労働者の賃金は65・8(同1・9ポイント増)となり、統計を始めた05年以降、格差が最少になった。男性の賃金は33万5200円(増減なし)だったのに対し、女性は24万4600円(前年比1・1%増)で、男女間の格差も過去最少だった。【読売新聞2017年2月23日

新聞に限らず、見出しの言葉によって接した情報に対する印象が変わりがちです。「過去最少に」は文字通り格差是正が進んでいる印象を受けました。この調査の結果自体は肯定的にとらえるべきものですが、ちなみに朝日新聞の見出しは「非正規と正規の賃金格差が最小に 水準6割は変わらず」でした。「水準6割は変わらず」と付けることで、まだまだ格差の問題は深刻であるという印象を与えています。

今回の報道に関しては考えすぎなのかも知れませんが、新聞各社の政権との距離感によって見出しの付け方も変わってくるようです。報道の力の入れ具合も極端に変わるようであり、国有地の売却額が問題視されている森友学園に関する記事を読売新聞の紙面で探すことは難しい現況です。今回のブログ記事で直接取り上げる題材ではありませんので、参考までにブックマークし、定期的に訪問している澤藤統一郎さんのブログ「憲法日記」の最新記事や『日刊ゲンダイ』の巻頭特集の紹介にとどめさせていただきます。

さて、2年前に投稿した記事「春闘期、非正規雇用の課題」の中で綴ったとおり私どもの組合は「嘱託職員に関する独自要求書」を市側に提出し、①嘱託職員の報酬に報酬表を導入し勤務年数によって引き上げること、②嘱託職員に一時金を導入すること、③全嘱託職員に代休制度を導入すること、④嘱託職員の休暇制度を充実させること、以上4点を中心に労使協議を進めてきています。現在、国全体の動きとして「働き方改革の行方」という記事を通して伝えているとおり「同一労働同一賃金など非正規雇用の処遇改善」が大きな政治課題となっています。

その記事「働き方改革の行方」に対しては、一生非正規さんから多くのコメントをお寄せいただいていました。私からのレスの一つに「今後、正規への登用など課題によってハードルの高さが異なっていくものと思います。その中で、地方公務員の非常勤職員制度では下記報道のような追い風も吹き始めています。このような追い風を活かし、私どもの組合では嘱託職員に関する要求を2017年度から一つでも実現できるよう頑張っていくつもりです」というものがありました。

総務省の有識者会議「地方公務員の臨時・非常勤職員及び任期付職員の任用等の在り方に関する研究会」は27日、非常勤の地方公務員にボーナスを支給できるよう制度改正を求める報告書を高市早苗総務相に提出した。正社員と非正規社員の賃金格差を是正する民間の「同一労働同一賃金」と歩調を合わせる。総務省は地方公務員法の改正も視野に検討する方針だ。地方公務員の臨時・非常勤職員は2016年で64.5万人。事務補助のほか教員や保育士、給食調理員、図書館職員など分野も幅広い。

現行制度では国家公務員の非常勤職員にはボーナスを支給できるが地方公務員の非常勤には支給できない。報告書では地方公務員法に一般職非常勤職員の採用方法などが明記されていないことも問題視し、制度改正を求めた。自治体によっては、本来専門性の高い弁護士や医師らを想定する「特別職」として事務補助職員を採用するケースもみられる。特別職は育児休業の取得が認められず、出産後に退職を余儀なくされる例が目立つという。【日本経済新聞2016年12月27日

「非常勤の地方公務員にボーナス支給を 総務省研が報告書」という見出しの報道を紹介しましたが、追い風ばかりではない憂慮すべき動きも見受けられています。一生非正規さんから参考サイトの紹介とともに「働き方改革で特別職の嘱託は単なる事務補助員ということで雇い止めされそうです 助けて下さい」という悲痛なコメントも届いていました。昨年12月27日に提出された「地方公務員の臨時・非常勤職員及び任期付職員の任用等の在り方に関する研究会」の報告書を受け、紹介されたサイトの参院議員は次のように語られていました。

地方団体では、厳しい地方財政の中、多様化する行政ニーズに対応するために臨時・非常勤職員及び任期付職員などの多様な任用・勤務形態が活用され、その数は毎年増大しています。地方団体によっては、事務補助職員も特別職で採用するなど、制度の趣旨にそぐわない任用も行われています。そのため、この研究会では、臨時・非常勤職員及び任期付職員の任用の在り方を検討していました。

報告書によると、地方公務員法が適用されない特別職として全国で22万人もの非常勤職員が採用されていました。本来、特別職とは首長や委員等の専門性の高い職であり、地方公務員法が適用されないために守秘義務や政治的行為の制限などの制約が課されません。このような特別職に、単なる事務補助職員を任用するのは問題があります。しかも、特別職は、採用方法が明確に決まってないために地方団体にとっては任用しやすく、一般職非常勤職員の任用が進まないという現状があります。

一生非正規さんからの「助けて下さい」というコメントを受け、私からは「本来、非正規の方々の待遇改善を目的にした法改正等の動きの中で、ご指摘のような問題が生じかねないことを憂慮しています。一生非正規さんに対し、直接的な手助けは難しい関係ですが、私自身ができること、すべきことに力を注がせていただきます。まず何よりも私どもの自治体に雇用され、組合加入されている嘱託の方々の一方的な雇い止めを許さないこと、このような法改正等の動きについて当ブログを通して情報発信や問題提起していくことなどがあります」とお答えしていました。

「一生非正規さんからの切実な訴えに呼応できず、たいへん申し訳ありませんがご理解ご容赦くださるようよろしくお願いします」とも書き添えていましたが、これまで特別職非常勤職員という法的な位置付けで雇用し、制度が変わったから雇い止めにするような話は非常に理不尽なことです。ちなみに今後、地方自治法及び地方公務員法の改正によって手当支給を可能とする一般職非常勤職員に関しても任期は従前通り「最長1年」にとどまり、雇用不安が解消されない見通しです。

以前の記事「改正労働契約法の活用」の中で、無期労働契約への転換「有期労働契約が繰り返し更新されて通算5年を超えた時は、労働者の申込みにより、期間の定めのない労働契約(無期労働契約)に転換できる」というルールを紹介していました。さらに「労働契約法第18条に定め、2013年4月1日に施行されています。5年のカウントは2013年4月1日以降となり、申込みの方式に制限はなく、口頭でも問題ありません」という説明を加えていました。

しかしながら地方公務員については、労働契約法第22条1項で労働契約法の適用がない旨を明記し、同法第18条の適用外となっています。地方公務員の採用は相手方の同意を要する行政行為(任用)と解され、労働契約ではないと考えられています。したがって、非常勤職員が5年以上雇用されても、労働契約法による任期の定めのない職員として任用する義務が発生しないという法的な位置付けにとどまっています。

今後、地方公務員の非常勤職員制度が実情に合わせて整備されていく動きは評価すべきことです。しかし、その動きの中で一生非正規さんのような方々が本人の意に反し、雇止めされていく事態は大きな問題です。働き方改革実現会議の中での議論の柱としている「同一労働同一賃金など非正規雇用の処遇改善」が最も重要な目的であるはずであり、その目的に沿った非常勤職員制度見直しの動きが強く求められているのではないでしょうか。最後に、自治労のホームページに掲げられている直近の取り組みを紹介させていいただきます。

非正規労働者の組織化推進のため、「2017非正規労働者組織化経験交流集会」を東京・大阪・福岡で開催。全国の組織化担当者らが参加し、非正規労働者の組織化にむけ経験交流をした。2月11日の東京会場には16県本部と社保労連から88人が参加した。 冒頭、主催者あいさつに立った杣谷副委員長は「非正規労働者は自ら声をあげようとしても立ち上がれない。すべての単組でこちらから声をかけ、処遇改善にむけて組織化を進めていこう」と述べた。

本部提起では、自治体の臨時・非常勤の比率は3割に上り、多くが年間賃金200万円の低い水準にあることを紹介した上で、「非正規の労働条件を改善しなければ、全体の改善にはつながらない。任用・雇用形態の違いによって対立していては、不満が使用者に向かわず、働く者同士で対立してしまう」と雇用形態に関わりなく、全ての職員が団結することの必要性を訴えた。

また、職場にこれだけ非正規が増えたことについて、「労働組合は責任をとらなくてはいけない」とし、責任を持って非正規労働者の組織化と処遇改善に努める、という本部の方針を示した。その後参加者は、①基本的な組織化のすすめ方、②未加入者へのアプローチのしかた、の2つの分科会に分かれ、それぞれ参加型で学んだ。参加者からは「組合用語を使わないようにしなくては」「保育や看護など専門職のところに行く際には、同じ職種の役員と一緒に行ったり想定問答集を事前に作る必要があると思った」「何度も足を運んで納得頂けるまで話すことが大事」などの感想があげられた。

12日の大阪会場には74人、18日の福岡会場には250人が集まり、参加者総数は全国で412人にのぼった。 教材として使用した「臨時・非常勤等職員組織化マニュアル(2017年2月改訂版)」では、なぜ臨・非の問題に取り組むのか、その理由の解説から、実際の組織化に向けて「執行部の意思統一」から「組織化後の活動準備」までの6段階ごとに分けて具体的な解説をしている。またアンケートや規約などのひな型も収録。自治労ではじちろうネットでは、このほかにも非正規の仲間づくりに使える資料が多数掲載されている。非正規労働者の処遇改善のため、10万人の組織化達成にむけ活用してほしい。

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2017年2月18日 (土)

何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか Part2

前々回記事「改めて平和フォーラムについて」を通し、ある報道番組で知った興味深い話を紹介しようと思っていました。前回の記事を「何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか」というタイトルにしたのは、その話まで繋げる意図があったからでした。それが毎度のことですが、たいへん長い記事になっていたため、結局、その話の紹介は2回続けて見送ることになりました。

私自身にとっては非常に印象深く、いろいろな論点が思い浮かぶ話ですので今回の記事では必ず取り上げてみるつもりです。その上で今回、前回の記事内容の続きとして「Part2」を付けてみました。「何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか」というタイトルは話題を際限なく広げられます。そのため、もったいぶる訳ではありませんが、まず最近気になった話題をいくつか取り上げさせていただきます。

民進党最大の支持団体・連合の組織内議員が9日、国会内で野田佳彦幹事長と面会し、次期衆院選公約で「2030年原発ゼロ」を掲げようとしている党執行部に、慎重に判断するよう申し入れた。早期の「原発ゼロ」を打ち出したい蓮舫代表に対し、党内の原発再稼働容認派が異議を唱えた格好で、党内の温度差が浮き彫りとなった。申し入れたのは「連合組織内議員懇談会」の代表世話人である小林正夫参院議員(電力総連)ら。

民進党は3月の党大会で、これまで掲げた「2030年代原発ゼロ」から「2030年原発ゼロ」に修正し、目標時期を明示する方向で調整。党エネルギー環境調査会(玄葉光一郎会長)で具体的な工程表作りを進めている。野田氏への申し入れ書には「結論ありきで考え方の柱を見直すならば、党内の混乱を生む」と懸念を示し、「(見直しを)拙速に進めても、離れた民心を取り戻すには至らず、党勢回復には到底つながらない」と批判している。【産経新聞2017年2月9日

上記の報道内容に接し、たいへん残念な気持ちを抱きました。このブログで「原発の話、インデックス」「原発ホワイトアウト」「東京ブラックアウト」などを投稿している通り私自身、将来的には原発をゼロにすべきものと考えています。そのため、連合組織内議員が異議を唱えたことを残念に思ったように誤解されてしまうかも知れません。しかしながら今回、そのような申し入れがあったということよりも、民進党執行部の判断をたいへん残念に思っています。

そもそも「2030年代原発ゼロ」から「2030年原発ゼロ」という公約に変える意味合いがどれほど大きなものなのか分かりません。2030年代という目標であれば、2030年に達成という工程表の範囲内です。このような中味の公約変更に際し、党内に波風を立てるような進め方に残念な気持ちを抱きました。さらに何が正しいのか、どの選択肢が正しいのかという視点でとらえた場合、次のような問題意識も抱いています。

大切な目的は将来的には原発に依存しない社会の実現です。その目標に向かって、これまで「2030年代原発ゼロ」という公約を掲げてきたのであれば、まず何よりも優先すべきことは掲げた公約に対する取り組み状況の検証です。即時に原発はなくせないという党内の意見や国民の声もあるため、「2030年代原発ゼロ」という公約に至ったものと理解しています。最低限、党内の意見が一致したのであれば工程表の前倒しや見直しも意義深いものだったのかも知れませんが、逆に党内の足並みの乱れを露見させる格好となっています。

私自身の問題意識として、理想とすべきゴールを描きながらも、物事を実際に改めていくためには現状からスタートする地道な一歩一歩の積み重ねが大事だと考えています。したがって、原発を即時廃止と訴えた場合、原発は必要だと考えている方々との議論がかみ合わなくなる懸念を抱えています。本当に原発ゼロを実現するのであれば、原発を必要と考えられている方々との対話が欠かせないものと認識しています。

そのような意味合いで考えた時、連合や民進党の中では両者の立場からの意見交換を行なうことができます。それぞれの「答え」の正しさを主張し合った議論を経て、連合よりも先に民進党内で「原発ゼロ」を加速させる方向性が定まったのであれば、それはそれで評価できる動きだったと言えます。しかし、残念ながら議論そのものが不充分なままの民進党幹部の勇み足であり、党エネルギー環境調査会の会合の中で不満の声が噴出し、連合会長からも強い反発を受けているようです。

小泉元首相の「野党が一本化して原発ゼロを争点にしたら与党は負ける」という発言を耳にしていますが、政党が選挙を勝ち抜くための公約を掲げるという関係性自体は否定できません。そのような関係性を踏まえ、即時廃止と言えない中での「2030年原発ゼロ」も選挙目当ての見直しであろうことは容易に推測できます。しかし、選挙を意識しすぎたマニフェストで政権交代を果たし、その結果、たいへん苦労し、迷走した経験を民進党は決して忘れてはならないはずです。

民進党は1日、国会内で次期衆院選の公約づくりの検討会を開き、経済政策の原案をまとめた。子どもや若者、女性に重点を置いた「人への投資」を経済政策として位置付け、幼稚園などの就学前教育から大学まで授業料などを免除する「教育の無償化」を柱とした。教育無償化は旧民主党政権が進めた高校授業料の無償化に加え、小・中学校の給食費や大学の無償化、無利子奨学金の拡充などを掲げた。

検討会会長の細野豪志代表代行は「育児や教育への投資は、法人税減税や公共事業投資よりもはるかに経済波及効果が高い」と説明した。同党の試算では、教育無償化には約5兆円の予算が必要。財源は子どもに関する施策に使途を限定する「子ども国債」の発行▽専業主婦世帯などの税負担を軽減する配偶者控除の廃止▽消費税率を10%に引き上げた際の1%分の税収充当--などで捻出するとした。農家への戸別所得補償や育児休業手当の100%支給なども盛り込んだ。【毎日新聞2016年12月2日

上記のような選挙公約が「人への投資」であり、子どもや若者に重点を置いた具体的な政策として実現できれば画期的なものです。しかし、やはり財源の問題に照らし合わせた時、本当に実現できるのかどうか大きな疑問が残ります。子ども手当を月額2万6千円支給や高速道路無料化のマニフェストなど国民からの期待を膨らませながら、結局、財源の問題で実現できなかったことを省みなければなりません。

もともと民主党が政権交代を果たす前、あまりにも風呂敷を広げすぎたマニフェストのあり方を懐疑的に見ていました。このブログの記事「『政権交代論』への共感」「新政権への期待と要望」に書き残している通り数値目標を過度に強調することの問題性を訴えていました。その当時の記述を参考までに紹介しますが、たいへん残念ながら民主党政権は迷走し、国民に大きな失望感を与えてしまいました。

民主党が期待されているのは、総論としての国民生活の向上であり、明るい未来を切り開くことだと思っています。党としての面子や体裁にこだわり、各論の実現を優先しすぎた結果、逆に国民を不幸せにするような事態は本末転倒なことです。公約を修正する際など、真正面から誠意を尽くして説明責任を果たしていく限り、国民からの信頼も簡単に失墜しないのではないでしょうか。

民主党から民進党に変わっていますが、政権交代を果たし、わずか3年余りで政権の座を下りることになった反省と経験が充分活かされているようには思えません。国民から支持を得られやすいから「2030年原発ゼロ」や「教育無償化」を公約に掲げるという発想であれば、民主党時代と同じような轍を踏んでしまう危惧があります。これまで「民進党、中味に期待」「民進党に望むこと」という記事を投稿してきましたが、決してポジショントークを繰り返している訳ではありません。

何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか、そのような視点や立場から野党第一党である民進党の奮起に期待しているところです。今回も民進党に対して苦言というよりも要望という意味合いで綴っているつもりです。工程表や具体的な数字を明示できるほうが望ましいことは確かですが、政党としての理念や将来的なビジョンの競い合いだけで自民党との対抗軸は充分打ち出せるはずです。

その一つが「2030年代原発ゼロ」であり、原発を必要と考えている方々と議論し、一つ一つ乗り越えるべきハードルを越えて行った先に結果として2030年どころか、すぐ間近に「原発ゼロ」社会が実現できるのかも知れません。「人への投資」も同様です。方向性としての選択肢を示し、現実的な財源確保の問題を見定めた上、政策の優先順位を組み替えながら一歩一歩前に進めていくという約束のほうが信頼を得られやすいのではないでしょうか。

そして、憲法の平和主義の大切さをアピールできる政党であって欲しいものと願っています。自民党も平和主義の大切さを否定しないはずですが、様々な制約のある「特別さ」を誇るべきものと考えるのかどうかが対抗軸になり得るものと見ています。これまで「特別さ」を意識してきたからこそ「軍事的下心がない」と認識され、公平な国だと見られてきた平和主義の効用があったものと考えています。

いずれにしても何が正しいのかという視点を踏まえた際、憲法9条の「特別さ」が平和を築く上で有益なのか、正しい選択肢なのか、私たち国民は改めて問い返す時機に近付いているのかも知れません。民進党が公約に掲げるなど信を問う機会を設け、この「特別さ」が逆に平和を築く上でマイナスに働き、不都合なことだと国民の多くが認識するのであれば憲法96条に沿って、フルスペックの集団的自衛権を認めるような国際標準の平和主義に改めなければならないことも覚悟しています。

「何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか Part2」というタイトルを付けて書き進めてきましたが、ここまで民進党への注文が記事内容の大半を占めてしまっています。最初にお伝えした通り今回の記事では、ある報道番組で知った興味深い話を誇るべき日本の「特別さ」を考える事例の一つとして紹介してみます。シリアのアサド大統領が6年に及ぶ内戦状態に陥ってから初めて日本のメディアの単独インタビューに応じていました。1月17日にシリア・ダマスカスで行なわれたものです。

TBS『NEWS23』に映し出されたアサド大統領の「政府の役割は国民をテロリストから解放することです」「もし我々が自国民を殺していたら6年もの間、政府として、軍として、あるいは大統領として持ちこたえることができたと思いますか」「我々がここにいるのは国民の支持があるからです」などという言葉が印象深く、いろいろな思いを巡らす機会となっていました。もちろんアサド大統領の言い分だけで「正しさ」を判断することも慎まなければなりません。その上で最後に、私自身が特に印象深かった日本に向けたアサド大統領の言葉を紹介させていただきます。

何十年も前に国交を持って以来、日本はシリアなど様々な国々の発展にインフラ支援など、とても重要な役割を果たしてきました。そして、日本は中東の様々な問題について公平でした。常に国際法を重視してきました。ところが今回のシリア危機が始まると日本は初めて慣例を破り、シリアの大統領は辞任すべきだと言ったのです。これは日本の人々の価値観や倫理観に基づいたものだったのでしょうか。絶対に違います。皆、日本の市民がどれだけ道徳を重視するか知っています。

これは国際法にのっとっているのでしょうか。それも違います。我々は主権国家で誰が辞めて、誰が残るべきなどと言う権利は世界の誰にもありません。さらに日本はシリアへの経済制裁に加わりました。かつては支援してくれた日本がです。こうした制裁は日本の人々の利益や価値観、法律や憲法と何か関係しているのでしょうか、私はそうは思いません。日本は在シリア大使館を閉じ、シリアの現状を見ないままで、どう貢献するのでしょう。シリアと関係を絶った他の欧米諸国と同じように日本には何も見えていません。

だから日本は何の役割も果たせません。日本は欧米諸国から情報を得ていますが、これは我々からすれば馬鹿げたものです。シリアの再建と言いますが、経済制裁しながら再建は語れません。一方の手で食べ物を与え、もう一方でそれを取り上げるようなものです。これは日本の政治の問題です。日本は国際法に立ち返らなければならない。我々は主権国家で、日本は常にシリアを尊重してきました。

世界で日本の存在を際立たせていた、その立場に日本が戻ることを期待します。それでこそ日本は必ず和平やシリアの復興に重要な役割を果たし、人々の支援ができるでしょう。難民のほとんどはドイツやフランス、他の国々で「ようこそ」と言ってもらいたい訳ではない。自分の国に帰りたいんです。行った先の国ではなく、シリアで支援して欲しいのです。これこそが我々の考える、この先の日本の役割です。日本が過去の姿に戻ることを期待しています。

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2017年2月11日 (土)

何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか

このブログの記事本文は週に1回、土曜か日曜に更新しています。お寄せいただいたコメントへの返信も土曜か日曜に限って対応しています。時々、週末を待たずにお答えしたほうが良いような気になるコメントが見受けられます。それでも実生活に過度な負担をかけないためのマイ・ルールとは言え、決めたことは守ろうという判断が勝ってしまい、コメント欄に即応できないことを改めてご理解ご容赦ください。

今回の記事も前回記事「改めて平和フォーラムについて」に寄せられたコメントを念頭に置き、時事の話題や具体的な選択肢となり得る事例を紹介しながら私自身の問題意識を補足させていただくつもりです。書き始める際、取り上げたい内容や取り上げなければならない話など、いろいろ頭の中で錯綜しています。論点が広がり過ぎて散漫な内容にしないため、まず記事タイトルを「何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか」としてみました。

この言葉は前回記事の最後のほうに記した「平和を築くため、誰が正しいのかではなく、何が正しいのか、どの選択肢が正しいのかという判断を積み重ねていくことの大切さに思いをはせています」という問題意識を表わしたものです。「誰が」は安倍首相、民進党、平和フォーラムなど様々な人物や組織を当てはめることができます。私自身、このような問題意識を強く心がけるように努めています。

昨年9月に「『総理』を読み終えて」という記事を投稿していましたが、その中で次のような趣旨の言葉を残していました。このブログでも安倍首相に対する批判記事が結果的に多くなっていますが、「批判ありき」ではなく、具体的な言動に対して私自身の意見や感想を綴ってきているつもりです。 安倍首相が「国民を豊かにするため」「平和を守るため」という信念のもとに様々な政策判断を重ねているものと信じています。

安倍首相を嫌っている方々からすれば「甘い見方だ」とお叱りを受けるのかも知れませんが、安倍首相の言動すべてを頭から否定していくようでは適切な評価を下しにくくなります。得てして個々人の基本的な考え方や立場性の違いから他者が発している言葉の背景を先入観で推測、もしくは邪推してしまいがちです。やはり適切な評価を下していくためには「誰が」に重きを置かず、その言動や判断は正しいのか、色眼鏡を外して物事を見ていくことが必要だろうと考えています。

最新の時事の話題で言えば安倍首相が訪米し、トランプ大統領と会談しました。テロ阻止を名目にイスラム圏7か国の国民の入国を制限する大統領令について、内外から批判の声が高まっています。内政干渉云々以前の問題として、アメリカの司法も差し止めを認めている通り7か国からの入国を一律に制限する大統領令は問題だと思っています。そのようなタイミングで、日米首脳会談を持ったこと自体に賛否が分かれています。

私自身、大きなリスクが伴う可能性を覚悟した上、日米首脳会談を急いだ安倍首相の判断を批判するつもりはありません。今後、会談したことによる成果や影響は日を追って明らかになっていくはずです。その結果責任は安倍首相が負うことになりますが、首脳同士が信頼関係を高めていくために直接相対する機会を持つこと自体、私自身は肯定的にとらえています。

その意味でG7を分断という見られ方に反しながら安倍首相がロシアのプーチン大統領と会談を重ねていることも評価しています。ただ安倍首相は昨年7月のアジア欧州会議(ASEM)首脳会議において自らの言葉で「法の支配を重視し、力による一方的な現状変更を認めない」と中国の動きを意識した演説を行なっています。それにも関わらず、ウクライナからクリミア半島を強制編入したロシアのプーチン大統領に対し、安倍首相が直接いさめたという話は聞こえてきません。

もちろん北方領土問題の解決に向け、緻密で大局的な思惑があっての対応なのかも知れません。それでは、なぜ、中国との関係では原則的な強硬姿勢のみが際立ってしまうのでしょうか。安倍首相が「地球儀を俯瞰する外交」と称し、世界各国を精力的に外遊し、経済的な支援を広げていく目的も中国を意識したものが目立っています。尖閣諸島の問題など喫緊の脅威があるため、当たり前なことであり、安倍首相の行動を支持される方も多いのだろうと受けとめています。

そのような中国包囲網を大きな目的として、安倍首相は今回の日米首脳会談に臨んでいたはずです。しかしながら安倍首相とトランプ大統領との間で中国に対する思惑は少し異なっていたようです。日米首脳会談の直前、トランプ大統領と習国家主席は電話会談し、米中対立の先鋭化を避けていました。安倍首相は日米が足並を揃えて強硬路線で中国と対峙したいという思惑だったのかも知れませんが、アメリカ側には過度に中国を刺激しないよう日中のバランスを取ろうとした姿勢がうかがえました。

トランプ大統領は「今、中国と良い関係を築く過程にあり、それは日本の利益にもなるだろう」と発言しています。いずれにしても中国の脅威に対し、武力を整えて対抗すべきという考え方があります。しかし、中国を仮想敵国とし、際限のない防衛力強化に走ることの問題性や限界性も留意していかなければなりません。それこそトランプ大統領の発言の通り中国との関係性が融和されていけば安全保障面の脅威も、財政的な負担も、沖縄の基地問題も緩和されていくことになります。

中国との関係で、そのような話は絵空事だと一喝される方も多いのかも知れません。しかし、かつて仮想敵国としたソ連、現在のロシアとは友好的な関係を築きつつあります。将来、同じような関係性を中国と築ける可能性もゼロではないはずです。ロシアの場合、冷戦が終わったからという見方もありますが、北方領土の問題は無人島である尖閣諸島とは比べられないほどの主権や元島民の皆さんの強い思いがありながらも、対話を土台にした外交関係を築いています。

昨年6月に「『ロンドン狂瀾』を読み終えて」という記事を投稿していました。第1次世界大戦の惨禍を教訓化し、国際的な諸問題を武力によってではなく、話し合いで解決しようという機運が高まり、1930年にロンドン海軍軍縮会議が開かれた話を綴っていました。当時の日本の枢密院においては単に兵力による狭義の国防に対し、軍備だけではなく、国交の親善や民力の充実などを含む広義の国防の必要性を説く側との論戦があったことを紹介していました。

単行本で読み続けている『アルキメデスの大戦』第5巻の中で、満州を巡るいくつかのセリフが目に留まっていました。外務省の官僚が「権益を独占せずに他国にも開放し、米英との協調路線に切り替えるべきだ」と発言する場面があり、陸軍中枢部の軍人が関東軍の暴走を批判し、中国と戦争することを最悪の事態だと憂慮する場面が描かれていました。フィクションですが、これらの場面は史実をもとに描かれているものです。

1937年には通州事件があり、中国兵によって日本人居留民が虐殺されました。このような残虐な事件は「横暴で傲慢な支那人」をいっそう憎む国民感情の高まりに繋がっていきました。「満蒙は日本の生命線」という権益や熱狂した国民の声がある中、中国の抵抗や米英の挑発的な求めに対し、後戻りする判断を誰も下せなくなっていきました。その後の悲惨な結末は申し上げるまでもありません。さらに多くの苦難を乗り越え、生命線だった満蒙を失いながら戦後の日本が経済発展を遂げたことも周知の通りです。

中国、米英との先の戦争は「やむを得なかった」という声を耳にすることがありますが、「正しかった」とまで言い切る方は皆無に近いはずです。ロンドン海軍軍縮条約の時代、政治家も、軍人も、国民の多くも自らが正しいと信じている「答え」をもとに行動し、言葉を発しながら、あのように悲惨な戦争の結末を予想していた方は極めて少数だったのではないでしょうか。満蒙の権益の一部を手放すという考えは異端だったかも知れませんが、いくつかの局面で全面戦争を回避する選択肢があったことも確かだろうと思っています。

歴史は変えられませんが、歴史を教訓化し、未来は変えられます。いずれにしても安倍首相が戦争を望んでいるとは毛頭考えていません。軍備による狭義の国防とともに対話を重視した広義の国防も同列に意識しているのかも知れず、安倍首相の選択肢が正しい結果に繋がっていくことを願っています。それでもトランプ大統領やプーチン大統領と信頼関係を築けるのであれば、習国家出席との信頼関係の構築にも緻密な戦略を立てながら力を尽くして欲しいものと考えています。

前回記事のコメント欄に寄せられたような見方が多いことを念頭に置き、私なりの切り口や言葉で新規記事を書き進めてきたつもりですが、充分理解を得られる内容に至っているのかどうか分かりません。ますます「中国の回し者」のような見られ方をされてしまうのかも知れませんが、外交・安全保障のリアリズムを一切否定している立場ではないことも申し添えさせていただきます。最後に、何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか、それぞれの「答え」の正しさを主張し合い、他者の心に響く言葉で競い合っていけることを切望しています。

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2017年2月 4日 (土)

改めて平和フォーラムについて

前々回記事「配偶者控除や扶養手当の見直し」の冒頭に「このブログは週に1回、土曜か日曜に更新しています。コメント欄も土曜と日曜に限って対応し、難しい問いかけは記事本文を通してお答えするように努めています」と記していました。ただ時間をかけ、長文の記事本文を投稿したとしても、基本的な考え方や立場が異なる方々から理解を得ることの難しさを痛感しています。

それでも言葉を継ぎ足さなければ理解し合える可能性はゼロであり、今回の記事は前回記事「野党共闘のあり方」のコメント欄に寄せられたnagiさん、す33さんからの問いかけを念頭に置いた内容を書き進めてみるつもりです。記事タイトルを「改めて平和フォーラムについて」としていますが、す33さんからは昨年10月に投稿した記事「持続可能な組合組織に向け」のコメント欄で、次のような問いかけがあったことも忘れていません。

OTSUさん、労働組合はどれだけ中国、北朝鮮他、共産・社会主義国の野蛮な行為に抗議しましたか?中国の侵略に対して、中国大使館・朝鮮総連に対してシュプレヒコールを唱和しましたか?はっきり言って左寄りの人たちは自民党政府、米には抗議するが、共産・社会主義国の行為に対してほとんど無反応ではないですか。平和フォーラムだって単なる国内向けのポーズだけ、中国、北朝鮮にはデモすら行わない。だから左翼集会なんですよ。

私からは「す33さんからの問いかけに対しては紹介した以前の記事の焼き直しになるのかも知れませんが、じっくり腰を落ち着けて臨める記事本文で機会があれば対応させていただくつもりです」とお答えしていました。前述したとおり決して忘れていた訳ではありませんが、容易に理解し合えない論点であり、正直なところ腰が重かったことも確かです。加えて「平和フォーラムについて」「もう少し平和フォーラムについて」「再び、平和フォーラムについて」「平和フォーラム批判から思うこと」という記事などを通し、これまで繰り返し説明してきた論点であり、たいへん恐縮ながら優先順位が低くなりやすい題材だったと言えます。

ちなみに「持続可能な組合組織に向け」のコメント欄では、オブ参さんから「す33さんのコメントを読んで要は、俺はリンゴが好きだが、お前がミカンが好きだというのが気に入らん、としか言っていないように思われますね。誰も、中国の人権侵害やら拉致問題が良いことだなんて言ってないですよ」というコメントも寄せられていました。平和フォーラムに絡む一連の記事の中で、私からも同様な主旨の説明を加えていますが、オブ参さんのような端的な説明のほうが理解を得られやすいのかも知れません。

そのため、以前の記事内容を改めて紹介すべきかどうか少し迷いました。それでもリンク先を参照される方は少ないものと思われますので、やはり以前の記事の中からポイントとなる箇所を抜粋し、す33さんらに改めてご理解を求めていくことにしました。なお、私自身は「平和フォーラム>自治労>職員労働組合」という系列の中での一構成員の立場であり、平和フォーラムを代表した説明ではないことをあらかじめ申し添えさせていただきます。

よく揶揄されがちな問題の背景として、かつては社会主義の優位性を信じていた活動家が全国的に多かったことは否定できません。そのような時代には「ソ連や中国、北朝鮮は正しく、アメリカは敵視すべき国」という見方のもとに平和運動に関わっていた方々も多かったはずです。しかしながら現在、そのような思想性を残しながら平和運動に関わる方は皆無に近いものと信じています。

騒音や墜落の危険性が伴う米軍基地に反対する活動は全国各地に広がっています。それらの運動と平和フォーラムは連携し、その中でも沖縄の運動との関係性は深いものとなっています。そのため、米軍基地やオスプレイの配備に反対する具体的な活動が必然的に注目を浴びることになります。だからと言って「反米」が目的ではなく、そこに存在する軍事基地に反対する抗議活動の一つ一つだと認識しています。(以上は「平和フォーラムについて」からの抜粋)

nagiさんの目からすれば、平和フォーラムがめざす「平和」には偏った選別があり、「反米反日」であり、中国、韓国、北朝鮮には親和性が高いように映っているようです。平和フォーラムのホームページから確認できる具体的な運動内容から、そのように判断されてしまうのだろうと理解しています。しかし、平和フォーラムがめざしている「核も戦争もない21世紀」は、ある特定の国の「核の保持は正しい」などという偏った理念ではありません。

日常的な騒音や墜落の危険性の伴う米軍基地に反対する運動が全国各地にあり、確かにオスプレイの配備や原子力空母の母港化に抗議する平和フォーラムの具体的な活動に注目が集まりがちです。一方で、平和フォーラムは尖閣諸島や竹島の問題で、各大使館への抗議行動などを提起していません。この問題で、ことさらナショナリズムを鼓舞するような行動が得策だとは考えていないため、私自身にとっては違和感のない対応でした。

以前、nagiさんにお伝えしていましたが、平和フォーラムという組織の運動方針は構成員による諸手続きによって定められています。今後、構成員の意識の変化によっては、具体的な活動内容が変わることもあり得ます。いずれにしても「反日」や「親中」を目的とした組織ではないことを私自身は確信しています。(以上は「もう少し平和フォーラムについて」からの抜粋)

以上の抜粋で新規記事を終わらせてしまっては言葉を継ぎ足したことになりません。ここからは、よりいっそう個人的な見解や問題意識が強まった内容となるはずです。記事タイトルを「改めて平和フォーラムについて」としましたが、平和フォーラムからは離れ、あくまでも私自身の言葉と責任での文章になることをご容赦ください。結局のところ過去の記事を通して綴ってきた要旨なのかも知れませんが、自分自身の頭の中を整理する意味で《小見出し》を付けながら、なるべく分かりやすい言葉を見つけていければと考えています。

《侵略、虐殺、拉致、人権蹂躙、ダメなものはダメ、言うまでもありません》 具体的な抗議活動をしないから容認している、反対していない、もしくは問題性を軽視しているという見方は論外です。それぞれの組織や個人が、それぞれの優先順位や力を注げる範囲で活動すれば良いのではないでしょうか。なお、このブログでは「避けて通れない拉致問題」「拉致問題を考える」「チベット問題とオリンピック」「ルワンダの悲しみ」という記事なども投稿しています。

《左右それぞれレッテルを貼った見方は慎むべき》 いわゆる左と右、それぞれの側からのレッテルを貼った見方が巷にあふれています。中国を敵視し、韓国を蔑視する方々が増えていますが、そのような立場の方を一括りに「ネトウヨ」と揶揄し、「レイシスト」と決め付けることを慎まなければなりません。同様に憲法の平和主義を重視する方々を一括りに「ブサヨ」と揶揄し、「反日」「親中」と決め付けることも慎まなければなりません。

《事実や史実を多面的な視点で検証していく心構えが重要》 同じモノを見ていても、見る角度や位置によって得られる内容が極端に違ってきます。より望ましい「答え」を見出すためには多面的な情報をもとに検証していくことが欠かせません。マスメディアやSNSの特性や難点を的確に理解した上、一つの経路からの情報だけを鵜呑みせず、意識的に幅広い情報に触れていくことが求められています。さらに「願望」という調味料集団心理のデメリットについて留意していくことも大切です。

《誰もが自分の「答え」の正しさを信じています》 誰もが平和を願っているはずです。ただ平和を築くための考え方や具体的な選択肢は人によって大きく分かれがちです。す33さんやnagiさんらが正しいと信じている「答え」に対し、平和フォーラムや私自身が正しいと信じている「答え」は大きく隔たっているのだろうと思っています。大事な点は、それぞれの「答え」の正しさを主張し合い、相手方の心に響く言葉で競い合っていくことだろうと受けとめています。

《分かり合えなくても、それぞれの「答え」を認め合い、いがみ合わないことが最も重要》 このブログを長く続ける中で、分かり合えなくてもいろいろな「答え」を認め合いいがみ合わないことの大切さに思いを巡らすようになっています。価値観が大きく異なる他者に対し、蔑みや敵視する感情が生まれがちです。他者の「答え」や人格そのものを全否定し、いがみ合うことは絶対避けるべき関係性だろうと考えています。極端な結末として、このような関係性が暴力や殺人、果ては戦争やテロにまで行き着いてしまうものと懸念しています。

《誰が正しいのかではなく、何が正しいのか》 上記の見方は、いろいろ誤解を与えがちです。決して激しい議論を否定する考え方ではなく、すべて話し合いで解決できるという理想論を語っている訳でもありません。さらに問答無用の攻撃にさらされる場合もあり得るため、抑止力一切を否定するものではありません。いずれにしても平和を築くため、誰が正しいのかではなく、何が正しいのか、どの選択肢が正しいのかという判断を積み重ねていくことの大切さに思いをはせています。

最後に、後半の内容は記事タイトル「改めて平和フォーラムについて」から程遠いものとなってしまいました。記事タイトルの差し替えも考えましたが、前半の内容はタイトル通りであり、結局、そのまま更新させていただきました。ちなみに当初、《小見出し》の記述の後、具体的な選択肢となり得る事例を紹介していくつもりでした。ここまでで相当長い記事になっていますので、最近注目していた事例や時事の話題などを取り上げた記事は次回以降に投稿させていただくつもりです。

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2017年1月29日 (日)

野党共闘のあり方

この時期、バックナンバーに「旗びらきの話、インデックスⅡ」があるとおり新年会、旗びらき、新春の集いなどに参加する機会が多くなっています。主催者、来賓、一参加者、会によって立場は異なりますが、それらの会の中で私自身が挨拶した内容の一部を時々、このブログで紹介していました。もともとブログに取り上げた自分の主張や問題意識は、必要に応じて実際の場面の会議や懇談の場でも訴えています。

当たり前なことかも知れませんが、ネット上で「言いたいことを言うだけ」にとどめない、さらにブログでの主張と実際の場面で主張する内容が異なる、いわゆるダブルスタンダードとならないように心がけています。また、不特定多数の方々に発信できない内向きな主張であれば、広く支持を得ることが難しい論点にとどまっていくのだろうと受けとめています。先日、連合地区協議会が催した会の乾杯の際、私が発言した要旨は次のようなものでした。

最近、何々ファーストという言葉をよく耳にしています。それぞれの立場や組織にとって、それぞれの構成員のために力を尽くすことは、ある意味で当たり前なことです。私たち労働組合は組合員ファーストであり、組合活動のすべてが組合員のためにとってどうなのかという視点で進めています。春闘期の労使交渉などはもちろん、組合の政治活動も同様であり、ここにお集まりいただいた議員の皆さんらを応援することも、組合員のための取り組みだと言えます。

このような基本的な方向性のもとに自治労に属し、様々な情報交換や目的意識を一致する場が設けられています。その一つに位置付く自治労都本部の春闘討論集会が土曜日にあり、午前中の基調講演では上智大学教授の中野晃一さんから『今後の政治情勢について』という演題のお話を伺いました。副題が『憲法改正・野党共闘のあり方』『市民運動との連携および労働組合』とされ、1時間ほどの講演でしたが、たいへん密度の濃い内容でした。

つい最近、中野さんはPOSTというサイトに『連合ってなに?―民進党の支持母体の成り立ちと課題―』という内容の記事を投稿されています。その後、やはりPOSTに『連合ってなに?〜ユニオニオンくんの逆襲!?』という記事がアップされています。中野さんの記事に対し、気になったことを連合のキャラクターであるユニオニオンくんがコメントを入れる形で連合の立場や正確な事実関係について補足説明を加えていました。

連合と民進党との関係性や距離感を垣間見る参考資料として、あわせて昨年末に投稿した当ブログの記事「民進党に望むこと」も紹介させていただきます。今回の記事は土曜日に伺った中野さんの講演内容を中心に書き進めながら、私自身の問題意識も添えていくつもりです。中野さんは講演の冒頭、先日、国会の中で起きた笑い話を紹介されました。その笑い話とは次ようなものでした。

「訂正云々(うんぬん)」を「訂正でんでん」と誤読?――。安倍晋三首相が24日の参院代表質問で、民進党の蓮舫代表の質問に対し、「訂正でんでんというご指摘はまったく当たりません」と答えたことが、インターネット上で話題となっている。24日の代表質問では、首相が施政方針演説で「ただ批判に明け暮れたり、言論の府である国会の中でプラカードを掲げても何も生まれない」と述べたことに対し、蓮舫氏が「まるで我々がずっと批判に明け暮れているとの言い方は訂正してください」と問いただした。

これに対して、首相は「民進党の皆さんだとは一言も言っていないわけで、自らに思い当たる節がなければ、ただ聞いていただければ良いんだろうと思うわけで、訂正でんでんという指摘は全く当たらない」と答えた。一連のやりとりについて、ネット上では「首相が云云(うんぬん)を伝伝(でんでん)と誤読?」「訂正でんでん」などの書き込みが相次いだ。官邸幹部は「『云々』と『伝々』はよく似ている」として誤読だったことを認めた。【朝日新聞2017年1月25日

「みぞうゆう」(未曾有)や「ふしゅう」(踏襲)などと麻生元首相が誤読した時はマスメディアで話題になりました。それに対し、安倍首相の印象を悪くし、不利になるような報道が控え気味になっている現況を示すエピソードとして中野さんは「でんでん」の話を紹介されました。中野さんが触れた訳ではありませんが、野党時代の自民党もプラカードを国会内で掲げていました。しかし、その認識がないまま安倍首相は施政方針演説の中で「批判に明け暮れ、国会でプラカードを掲げても何も生まれない」 と批判していたようです。

明らかに民進党を意識した演説だったはずですが、それが「民進党の皆さんだとは一言も言っていない」という後付けの説明を加え、認識不足だったことを省みる素振りは見せていません。誤読の問題よりも自己の発言は「まったく間違っていない」と正当化していく姿勢のほうが、よほど資質が問われていくように思えています。後ほど紹介する記事の中で『日刊ゲンダイ』の取材に中野さんが答えていますが、安倍首相や現政権は「言葉の言い換え」が非常に目立っています。

国民に対しての印象操作を重ね、前述したとおりマスメディアも無批判に報道しがちな現況であり、「民主党政権よりもまし」という見方が定まっていると中野さんは説かれていました。日露首脳外交の不発やアベノミクスの失敗はクローズアップされず、安倍政権に対する支持率は高いまま推移しています。さらに衆院選挙で自民党は2回大勝していますが、政権を奪われた時の得票数を下回っているそうです。多くの人が政治に失望し、低投票率に至っているため、得票数を減らしている自民党が勝ち続けている構図です。

いろいろ興味深く、具体的な話を紹介しながら講演は進み、共謀罪や憲法改正の動きなど安倍政権の危うさを中野さんは訴えていました。講演の最後のほうでは、政治のバランスを取り戻すためにも野党共闘の必要性を説かれていました。自民党は公明党と連立していながら民進党と共産党の関係を野合だと批判しています。そもそも村山政権は社会党、自民党、さきがけが連立していました。自民党は野党共闘に脅威を感じているため、野党間を分断させようとしているという見方を中野さんは示されています。

綱領や政策が違うから別な政党同士であり、違いは違いとして認め合い、柔軟性を持ってリスペクトしながら対話を行なっていけば野党共闘が実現していくはずと中野さんは話されています。例えば働き方改革で考えれば、企業のための「働かせ方」改革とせず、基本的人権を尊重した方向性を重視すべきと中野さんは提起されています。中野さんのレジュメの最後には『個人の自由や尊厳の擁護を旗頭に「リベラル左派連合」が組めるか』と記されています。

中野さんは連合の神津会長とも対談されています。その際、連合は連合としての立場や考え方があっても、野党共闘に関して「最後は民進党の判断を尊重する」と神津会長は語られていたそうです。戦略は違っても、選挙に勝ち抜くための戦術は必要という認識が一致したことも報告されました。まだまだ野党共闘のあり方について不透明な点が多いことも確かですが、中野さんの講演を伺い、思った以上に現実味を帯びていくような気配を感じ取っています。

最後に、今回の記事内容に対し、閲覧された皆さん一人ひとりの抱く印象は大きく枝分かれしていくはずです。安倍首相を強く支持されている方々にとって、冷ややかな眼差しで読み流す内容だったかも知れません。いずれにしても、より望ましい「答え」を見出すためには幅広い情報に触れていくことが大切です。そのような意味合いのもと毛嫌いされている方も多いものと思われますが、安倍政権の問題性を痛烈に批判する『日刊ゲンダイ』の記事も参考までに掲げさせていただきます。

東京は「世界で最も安全な都市」じゃなかったのか 

本気でやるつもりだ。2020年の東京五輪と抱き合わせで「共謀罪」の創設を企んでいる安倍政権。ついに国会の場で、安倍首相がその黒い野望を明言した。23日に衆院本会議で行われた代表質問で、「テロ対策の名前を借りて、一般市民に対する権力の乱用につながりかねない共謀罪を創設しようとするのは、不誠実極まりない態度ではないか」と聞かれると、この法整備ができなければ「東京オリンピック・パラリンピックを開けないと言っても過言ではない」と言ってのけたのだ。

罪の計画段階でも処罰する共謀罪が成立すれば、国家による監視が無制限に拡大しかねない。だから、過去に国会で3回も廃案になった。人権侵害の恐れが甚だしいからだ。「共謀罪」ではイメージが悪いから、今国会では「テロ等準備罪」に名前を変え、テロ等準備罪を含む「組織犯罪処罰法改正案」の形で提出するというが、表紙をスゲ替えたところで、中身は同じだ。

上智大教授の中野晃一氏(政治学)が言う。 「この政権にかかると、戦争法は平和安全法になり、武器は防衛装備、戦闘行為は武力衝突になる。お得意の言い換えでテロ対策と銘打てば、国民も反対しないと踏んだのでしょうが、実に姑息で悪辣なやり方です。テロの脅威をあおって、歴史の長い企みである共謀罪を成就させようとしている。

秘密保護法など、この間の治安立法の流れを見る限り、権力側の恣意的な判断で犯罪を立件し、言論封殺しようという意図は明らかです」 安倍政権は「国際社会と連携して五輪開催を成功させるには、国際組織犯罪防止条約を締結する必要がある」「そのために国内法を整備しなければならない」と説明するが、こんなの嘘八百だ。騙されちゃいけない。

民主主義の根幹が脅かされる 

国連が2003年に採択した「国際組織犯罪防止条約」は187の国・地域が締約しているが、条約締結で新たに共謀罪を設けたのは2カ国だけだという。日弁連も、共謀罪を新設しなくても国際組織条約の批准は可能という見解を出している。「組織犯罪は現行法の強化で対応できるし、国際テロ対策が目的なら、それに特化した法律を作ればいいのです。

『テロ等準備罪』という名称がもう怪しくて、詭弁を弄してまで法整備にこだわる本当の狙いは、テロより“等”の方にあるのでしょう。これは、共謀があったと権力側が判断すれば、政府に批判的な政党や団体を一網打尽にすることも可能な法体系です。民主主義の根幹である言論の自由が脅かされるのはもちろん、犯罪は『既遂』の行為を罰するという刑法の原則すら無視しています」(立正大名誉教授・金子勝氏=憲法) 

共謀罪の原案の対象犯罪は676に上り、その中には著作権法違反や業務上過失致死も入っている。過失をどうやって共謀するのか。今後、犯罪対象を絞り込むというが、それにしたって、何をもって「共謀」と認定するのか。過去に国会に提出された際は、「目くばせやまばたきでも共謀罪が成立し得る」というのが法務省の見解だった。おちおち恋人とアイコンタクトも取っていられない。安倍政権は昨年、刑事訴訟法を改定。司法取引や通信傍受など当局の権限を大幅に拡大した。これと共謀罪を組み合わせれば、権力側が目障りだと思う人物を片っ端から犯罪者に仕立て上げることができる。

共謀罪が「平成の治安維持法」と呼ばれるゆえんだ。テロ対策を口実に、五輪を盾にして、こんなメチャクチャな法案を政府がゴリ押しするのを黙って見ていたら、取り返しのつかないことになる。大体、五輪招致のプレゼンで「東京は世界で最も安全な都市」と言ったのは誰だ? 安倍その人ではないか。それが今になって、共謀罪が成立しないと五輪を開けないなんて、ペテンにも程がある。法制度を変えて取り締まりを厳しくしないと開けないというのなら、東京五輪なんてやめたらどうなのか。それが一番のテロ対策だ。

五輪を人質に言論封殺の悪辣 

「日本で五輪が開催されれば、国威発揚で盛り上がるでしょうが、お祭り騒ぎは一時のことです。いったん共謀罪が成立してしまえば、それは五輪後も残る。わずか1カ月足らずの運動会のために、将来にわたって国民の権利が阻害されることになるのです。福島原発の汚染水は『アンダーコントロール』と、世界中に嘘をついて招致した平和の祭典が、国民監視社会をつくるのに利用される。

当初は“復興五輪”ともいわれていたのに、資材の高騰や人手不足を招き、むしろ復興の妨げにもなっています。東北の被災地を犠牲にして、共謀罪導入の口実に使われるのでは、一体何のためのオリンピックかという話です。五輪が人質になったことで、オリンピックスポンサーである大メディアが共謀罪を厳しく批判できないとすれば、戦時中最大の言論弾圧事件である横浜事件の教訓を、何も生かしていないことになる。共謀罪が今国会に提出されたら一巻の終わりで、最後は強行採決で成立してしまう。メディアが国民世論を喚起し、提出を阻止する必要があります」(金子勝氏=前出) 

安倍をはじめとする政権幹部は、共謀罪について「一般の方々が対象となることはあり得ない」とか言っているが、これをうのみにして、「テロを起こすつもりがない自分には関係ない」と、高みの見物を決め込んでいるようでは甘過ぎる。権力にとって、五輪開催は国民を騙すのに格好の装置だ。連中が国民監視を強化し、人権制限を進めたがっていることは、自民党の憲法草案を読めば分かる。

ナチス政権下で、反ナチ運動の指導者だったマルティン・ニーメラー牧師は、こんな言葉を残した。ナチスが最初、共産主義者を攻撃した時、私は共産主義者ではないから声を上げなかった。社会民主主義者が牢獄に入れられた時も声を上げなかった。社会民主主義者ではなかったから。それから学校が、新聞が、ユダヤ人が攻撃され、そのたびに不安になったが、やはり何もしなかった。そして彼らが教会を攻撃した時、私のために声を上げる者は、誰一人残っていなかった─―。

他人事と思って傍観していると、気付いた時にはがんじがらめの監視社会で、身動きが取れなくなっている。その口実に使われる五輪は、途端にグロテスクな様相を帯びてくる。薄気味悪い偽善の祭典なんて、いらない。共謀罪とセットの五輪なら、とっとと返上してもらいたい。【日刊ゲンダイ2017年1月25日

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2017年1月21日 (土)

配偶者控除や扶養手当の見直し

このブログは週に1回、土曜か日曜に更新しています。コメント欄も土曜と日曜に限って対応し、難しい問いかけは記事本文を通してお答えするように努めています。そのため、コメント欄との絡みから当初予定した新規記事の題材を差し替える時が多くなっています。今回の題材も昨年末に投稿を予定したものであり、紹介する新聞記事の内容の鮮度が少し落ちているかも知れません。それでも「配偶者控除見直し」というキーワードをネット検索した際、愛媛新聞の社説『配偶者控除見直し迷走 「壁」取り除く政治の責務果たせ』が現在の状況や論点を分かりやすく解説していたものだったため、下書きに残していた当該の記事をそのまま掲げさせていただきます。

廃止から拡大へ。2017年度税制改正の焦点だった所得税の「配偶者控除」の見直しが迷走している。安倍政権が力を入れる「働き方改革」の目玉政策のはずが、また掛け声倒れに終わりかねないことを危惧する。政府税制調査会が、所得税改革の中間報告をまとめた。専業主婦世帯などの所得税額を軽減する配偶者控除について「見直しが適当」と明記はしたが、当初意気込んでいた「廃止」案は早々に断念。代わりに、控除になる配偶者の年収要件を現行の「103万円以下」から「150万円以下」程度に引き上げ、控除を残して適用対象を広げる案を軸に、今日から詰めの検討を始めるという。

55年前に創設された配偶者控除は、パートで働く主婦らが控除の年収要件を意識して労働時間を抑える「103万円の壁」を生じさせ、女性の働き方を制約しているとされる。既に20年前には共働き世帯が専業主婦世帯数を上回っており、時代に合致しない税制の柔軟な見直しは喫緊の課題には違いない。今回は配偶者控除を廃止し、共働き世帯に恩恵が及ぶ「夫婦控除」への転換が検討された。だが税収減を避けようと他で補う「税収中立」を目指せば幅広い世帯が負担増になるため、過去の見直し議論同様、選挙への影響を心配する与党内がまとまらなかった。

「所得税大改革の柱」(自民党の宮沢洋一税制調査会長)と大見えを切りながら抜本見直しに至らなかったことには、失望を禁じ得ない。現行制度を逆に拡充する形で上限を引き上げても、結局「別の壁」に変わるだけ。どの年収水準で線引きするかといった小手先の数字合わせに終わっては改革の意義は失われよう。加藤勝信働き方改革担当相は「家庭での配偶者の貢献をどう評価するべきかという議論もある」と述べた。しかし、現実には共働きでも多くの女性が家事負担を担っており、育児や介護も含めた多様な「貢献度」を、国が税制で決めつける制度は決して望ましいとは言えない。「女性の就業拡大を促す」という目的にしても、税だけでは限界がある上、「労働力確保」「成長戦略ありき」では進むはずもない。

旧態依然の与党内の考えをまず改め、多様な支援策を整えつつ、個人の生き方に中立的で、格差是正や税の再分配に資する改革を求めたい。中間報告はまた、企業の「配偶者手当」の見直しも求めた。経団連は来年の春闘で会員企業に要請する方向。女性の就業調整への影響は手当の方が大きいとの指摘もあり、減額して浮いた原資を子育てや介護手当に振り向ければ、より必要な人に届きやすくなろう。単なる人件費削減、年収減で終わらぬよう、丁寧な制度設計が欠かせない。男女や就労形態を問わず、働きたい人が働きやすくなるよう「壁」を取り除くことこそが、政治の責務。一つの控除に透ける、その姿勢を注視したい。【愛媛新聞2016年11月21日

ブックマークしている朝霞市議会議員の黒川滋さんのブログ「きょうも歩く」では「11/17今検討されている配偶者控除の見直しは身分的特典となる改悪です」という記事を投稿されていました。その中で「元々は、不合理な配偶者控除の全面廃止が課題だったはずのこの話が、いつの間にか配偶者控除の拡大が検討されて、かつてあった配偶者特別控除の復活、つまり女性はいつまでも従の立場で働きに出ることを固定化させる話になっています」と批判されていました。

前々回記事「働き方改革の行方」の中で掲げていましたが、働き方改革実現会議が検討している9項目のうちの一つが「働き方に中立的な社会保障制度・税制など女性・若者が活躍しやすい環境整備」でした。そもそも配偶者控除を廃止するだけで女性の社会進出が劇的に進むのかどうかは疑問です。控除の壁がなくなり、もっと働きたいと希望しても必ずフルタイムの勤務形態に移れるのかどうか、まして希望したからと言って容易に正規雇用になれるものではないはずです。

配偶者控除が廃止された場合、結果として世帯収入だけを減らす見直しに繋がっていたのかも知れません。結局、控除になる配偶者の年収要件を現行の「103万円以下」から2018年から「150万円以下」に改める法案が提出される運びとなっています。これまで年収103万円の壁によって、年末に近付くと収入の額を調整するパートの方々が増えています。企業によっては毎年11月から12月の時期、パートの方々のシフトを組むのに苦慮している現状が見受けられます。

このような現状を解決するためにも、壁を103万円から150万円に改めることが望まれていたのではないでしょうか。「選挙への影響を心配する与党内がまとまらなかった」という話もどうかと思いますが、「女性の活躍」が非正規雇用の枠内での勤務時間拡大という見直しにとどまりかねないことを憂慮しています。紹介した黒川さんのブログでの批判をはじめ、愛媛新聞が「掛け声倒れ」と指摘しているとおり配偶者控除の見直しは迷走していたと言わざるを得ません。

いずれにしても配偶者控除見直しの動きが安価な労働力確保という企業側の思惑に偏った目的に陥らないよう留意していかなければなりません。さらにドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の中で女性の家事労働に焦点が当てられましたが、「女性の就業拡大を促す」が家事労働を軽視した発想に繋がりかねないことも問題です。それこそ愛媛新聞の「多様な支援策を整えつつ、個人の生き方に中立的で、格差是正や税の再分配に資する改革を求めたい」という言葉がそのとおりだろうと思っています。

愛媛新聞の社説の最後のほうでは企業の配偶者手当見直しにも触れています。配偶者控除の年収要件が引き上げられても配偶者手当があることで、働く時間を変えないほうが世帯として有利であれば女性の就労を促進できません。昨年8月に「人事院勧告の話、インデックス」を投稿していましたが、その記事の中で綴ったとおり公務員の賃金や手当に大きな影響を及ぼす人事院勧告で配偶者手当の削減が示されていました。

妻の就業意欲をそぐという指摘があり、安倍首相が見直しの検討を求め、人事院は政府の要請に応えるかたちで配偶者手当をはじめとした扶養手当の見直しの勧告に至っていました。このような動きは第三者機関としての人事院の役割を損ねるものであり、民間企業の支給実態から乖離した拙速な見直し勧告でした。その時に投稿したブログ記事の中でも次のような問題意識を書き添えていました。

親の介護などの事情で働きたくても働けないような場合、配偶者手当の削減は世帯収入を純減させるだけの結果を招きます。さらに税金の控除や社会保険の被扶養者等の支給要件そのものが女性の就労抑制の一因となっているという見方も疑問です。今回の配偶者手当削減も女性の就労促進の一環として考えられているようですが、果たして「女性活躍」に向けた実効ある方策に繋がっていくのかどうか分かりません。まずは雇用環境の全体的な改善をはじめ、待機児童や介護離職の対策が先行した上で、ライフスタイルの多様さを保障していく方向性が求められているはずです。

上記のような問題意識は基本的に変わっていません。しかしながら人事院勧告と同様、東京都人事委員会も扶養手当の大幅な見直しを勧告していました。そのため、賃金改定交渉の中で扶養手当の見直しが大きな争点となっていました。年末までには決着に至らず、年が明けた先週水曜夜に扶養手当の問題で団体交渉を再開しています。もともと私どもの扶養手当の額は都より上回っていたため、この機会にすべて都と同じ額に改めたいという意向を市側は強く持っています。

しかし、地域手当に関しては都が20%に対し、私どもの市は12%であり、たいへん大きな開きがあります。したがって、組合は都と必ずしもすべて同じではない点を指摘しながら扶養手当の見直し協議に臨んできています。とは言え、たいへん残念ながら公務員全体の制度として扶養手当の抜本的な見直しが進む中、私どもの市だけ配偶者手当の額を今までと同じ水準で維持していくのは難しい現状であることも認めざるを得ません。

したがって、水曜夜の団体交渉で、組合は配偶者手当を引き下げた原資を子の額に積むという人勧等の趣旨を踏まえれば最低限、子に関しては独自な上積みをはかるべきと強く主張しています。それに対し、市側は子の手当を手厚くしていく社会的な流れも理解しているが、都を上回る自治体が見当たらない中、独自な上積みは難しいと釈明しています。今後、決着期限を1月末とし、子の額を最大の争点として労使協議を進めていくことになっています。組合員の皆さんには組合ニュースでもお伝えしていきますが、このブログでも取り急ぎ取り上げさせていただきました。

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2017年1月14日 (土)

36協定について

前回記事「働き方改革の行方」の中で「長時間労働是正の問題ですが、36協定を結べば時間外労働ができるようになり、法的には残業時間が青天井となっています。これまでも過労死を防ぐための月80時間という目安はありましたが、今後は労働基準法を見直し、明確な上限規制を設けるべきかどうかが働き方改革実現会議の中で議論されています」と記していました。

これまで当ブログで36協定について直接取り上げたことがありません。この機会に自分自身のおさらいのためにも新規記事の題材としてみます。36協定とはサブロク協定と読み、労働基準法第36条に基づく取り決めのことです。この規定によって、労働者を法定労働時間(1日8時間1週40時間)を超えて労働させる場合や休日労働させる場合には、労働組合(労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者)と書面による協定をあらかじめ締結し、労働基準監督署に届出しなければならないと定められています。

単なる上限規制ではなく、この届出がなく、1時間でも時間外労働をさせた場合、労基法違反となります。就業規則は常時10人以上雇用する使用者に作成義務を求めていますが、36協定は労働者が1人だった場合でも締結と届出を必ず行なわなければなりません。ただ厚労省の調査によると中小企業の56.6%は36協定を締結していません。加えて、そのうちの半数以上が「時間外労働や休日出勤があるにも関わらず労使協定を締結していない」、つまり「違法残業を課している」ということが判明しています。

それでも労働基準監督署からの調査や是正勧告の段階で是正すれば、上記のようなケースに対しては労基法違反で即座に罰則の適用がない現状であるようです。しかしながら最近、電通社員が過労自殺した事件での対応をはじめ、長時間労働是正に向け、労基署側が強い姿勢で各企業に臨むようになっています。先週水曜日には下記報道のとおり三菱電機が労基法違反容疑で書類送検されています。

三菱電機が、社員に労使協定を超える違法な長時間労働をさせたとして、藤沢労働基準監督署は11日、労働基準法違反容疑で法人としての同社と、社員の労務管理をしていた当時の上司の男性1人を横浜地検に書類送検した。送検容疑は2014年1~2月、同社の情報技術総合研究所(神奈川県鎌倉市)に勤務していた男性(31)に、同法36条に基づく労使協定の上限時間を超える残業をさせた疑い。同署は16年11月、男性が月100時間を超える残業をさせられ、精神障害を発症したとして労災認定し、同容疑で捜査を進めていた。

男性は13年4月に研究職で入社したが、14年1月から仕事量が増加。同4月にうつ病と診断され、16年6月に退職した。男性は、上司から残業時間を過少申告するよう指導されていたほか、パワハラも受けたと主張していた。男性は11日、「自分と似たような環境の人が他にもいると思う。今までろくな対応をしてもらえなかったが、今すぐにでも会社の労働環境を改善してほしい」と話した。三菱電機の話 真摯に受け止めており、関係者の皆様にご心配をおかけしたことをおわびします。改めて適切な労働時間管理を徹底します。【JIJI.COM2017年1月11日

上記報道は上司が残業時間を過少申告させたという悪質なケースであり、少人数の事業所で36協定を締結していない問題との重大さは異なるのかも知れません。しかし、後者も違法は違法であり、指摘を受ける前に改めていく必要性があります。例えば労働組合業務のために書記や事務局員を採用し、時間外労働が少しでもあり得る場合、例え一人職場だったとしても36協定を締結し、労基署に届出しなければなりません。

また、労基法第33条に「公務員の場合は、官公庁の事業の関係において、公務のために臨時で出勤して作業をする必要が生じた場合には、時間外労働や休日出勤を指示することができる」と明記されています。公務員として就職した時点で時間外労働や休日出勤を課される可能性を受け入れているということになり、これまで36協定は一般的に適用外とされてきました。このような関係もあり、私自身の自省をこめ、公務員の組合役員は36協定に関して理解不足な点がありました。

「官公署の事業(別表第1に掲げる事業を除く。)に従事する公務員」については残業や休日出勤を義務付けていますが、この別表第1に記載されている公務員については36協定の締結が必要となります。つまり土木関係、学校や病院・保健所などの事業で働く公務員は36協定が欠かせず、公務職場の中でも改めて36協定を結ぶ動きが広まっているのではないでしょうか。ちなみに私どもの労使の間では保育園や下水処理場などの職場を対象に締結しています。

いずれにしても36協定は締結そのものが目的ではありません。重要な目的は労働者が健康を害さないよう長時間労働を規制するためのものであり、使用者側だけの都合による恣意的な時間外労働を防ぐための制度だろうと考えています。36協定を締結していても電通や三菱電機のような実情に至ってしまっては論外な話です。決められたルールを職場の中で守っていくという当たり前な意識を使用者側も労働者側も徹底していかなければなりません。

さらに36協定を実効あるものにしていくためには労働組合を有名無実化させず、その役割が重要であることは前回記事の中でも記したとおりです。最後に、ネット上で目にした36協定や長時間労働対策に絡むサイトとして『前厚労相も疑問視した「36協定」とは何か なぜ非人道的といわれるのか』『変わる電通、変わらない社会 22時消灯の実態を社員が証言「もう逃げられない」』『「公務員は労基法適用外だから働かせ放題」は正しいのか?』を参考までに紹介させていただきます。

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