労使の信頼関係について思うこと、2026年春
今回の記事も長くなりそうですので、時事の話題等には触れず、すぐ本題に入ります。前回記事「2026年の春闘期、気ままに思うこと」の最後のほうで、市側に最も伝えたかったのは「省みることは省みながら労使の信頼関係が損なわれないよう努めていく考えです」という言葉だったことを記していました。
労働組合という組織に限らず、誰もが日常の中で間違ったことはしていないと考えているはずです。そのため、正しいと認識していた「答え」が間違っていると指摘を受けた時、反発してしまうこともあるかも知れません。もし厳しい言葉でのやり取りになった場合、感情的な応酬につながる恐れもあります。
したがって、自らの「答え」に誤りがあるかも知れないと考え、指摘を受けた時、謙虚な姿勢で省みていくことが重要です。その結果、誤りがあれば率直に反省し、すみやかに改めていくことが欠かせません。ただ自分自身の「答え」に誤りが確認できなければ、そのことを指摘された側に説明していくことも必要です。
信頼関係を維持していくためには、このような当たり前な関係が大切だろうと思っています。すると奇遇にも数日前、プレジデントオンラインの『怒鳴ってきた相手が一瞬で大人しくなる…仕事ができる人が"厄介な反対勢力"を手懐ける「戦略的なひと言」』という見出しの記事を目にしていました。
仕事ができる人は、相手に対して「これをやらないと、こういう事態になってしまうと私は思っているんです」と冷静に伝えることで、相手の認識が変わる可能性について書かれていました。知らなかった新情報を教え合うことで、相手に対して抱いていた対立心も和らいでいくという説明の後には次のように記されています。
どちらにしても、自分が相手と対立しているのには理由があり、無意味に感情的になっているわけではないことを伝えることができます。一番いけないのは、言わないことです。自分が考えていることを相手に伝えず、相手に漠然とした嫌悪感を抱くことです。
このような心得について共感しています。指摘すること、説明すること、対話していくことの大切さに思いを巡らしています。私どもの労使関係の現状が対立気味というものではありませんが、執行委員長を退任した翌年、3年前の6月に「労使の信頼関係について思うこと」という記事を投稿していました。
今回、その記事の続きにあたる内容としてタイトルに「2026年春」を付けて書き進めています。労使のOBが懇親の場を持つことになったエピソードなどについて、興味を持たれた方はリンク先の記事をご参照ください。ここでは労使関係に関わる法的な位置付けなどに絞って再掲します。
団体交渉は憲法第28条及び労働組合法第6条に定められた労働組合の権利であり、正当な団体交渉の要求を使用者側は拒否できません。私どもの組合は厳密にとらえれば職員団体で、協約締結権が認められていません。
労組法に照らして一定の制約のある組合ですが、これまで労働組合としての正当性について市側から疑義を示されたことはありません。このような労使関係の出発点となる信頼関係があり、そのことから派生する重要な確認事項がいくつかあります。
労働条件の問題は労使対等な立場で協議し、合意に至らなければ一方的に実施しないという原則です。このことについてはブログを開設した頃の記事「なぜ、労使対等なのか?」をはじめ、「労使交渉への思い」や「組合は必要、ともに考え、ともに力を出し合いましょう!」などを通して詳述しています。
事前協議の原則は、民間委託や指定管理者制度など行政のアウトソーシングに関しても同じように対応しています。5年前には組合からの要請書に対する文書回答で、行革計画の中で「労働条件の変更を伴う事項については、従前と変わらず事前協議していく」「労使の信頼関係を損ねないように取り組んでいく」ことを改めて確認していました。
かつて市議会の委員会で「行革課題を進める上で組合との協議が必要なのか?」という質問がありました。このような質問に対し、当時の副市長は「労働条件の変更が伴う場合、労使協議は必要」と答弁しています。その時の副市長が今回の会食に参加された懐かしいメンバーのお一人でした。
労使関係に関わらず、信頼関係を維持するためには「約束したことは守る」という土台が欠かせません。約束が守れない場合、変更しなければならない場合、相手方に事情を丁寧に説明し、納得を得られるように努力しなければなりません。
労使協議の対象とすべきかどうかなど、もしかすると情勢の変化によって変わる場合もあり得るのかも知れません。しかし、これまで労使協議の対象だった事項の取扱いを変えるのであれば、対象としないという事情や理由を組合側に理解を求め、同意を得ることから始める必要があります。
労使対等の原則について少し補足します。労使交渉に限らず、それぞれ考え方や立場の異なる者同士が話し合って一つの結論を出す際、難航する場合が多くなります。両者の力関係が極端に偏っていた場合、相手側の反論は無視され、結論が押し付けられかねません。そのようなケースは命令と服従という従属的な関係に過ぎず、対等な交渉とは呼べなくなります。
その意味で労使対等の原則は非常に重要であり、労使交渉の場では対等に物申すことができ、労使合意がなければ労働条件の問題は市側の思惑で一方的に変更できないようになっています。ただお互いの主張から一歩も踏み出せないようであれば交渉は成り立ちません。お互いの主張に耳を傾け、労使双方が決断を模索し、納得できる解決策を見出す努力も心がけていかなければなりません。
私の委員長時代の反省点があります。労使交渉を通して決めた事項について、押印を交わした文書を逐次残していませんでした。3年前に就任された市長と直接お話する機会があった時、そのことについて不思議がられてしまいました。もちろん団体交渉の議事録は残り、組合側は組合員に向けてニュース等で労使確認した内容を伝えています。
ちなみに口約束でも当事者の意思表示が合致すれば民法上有効な契約として成立します。そもそも法的拘束力がない中、取り交わした文書内容の履行も信頼関係が前提となります。このような考え方があり、労使確認に関わる文書の少ない事情を市長に説明させていただきました。とは言え、交渉当事者が変わっていくことを踏まえれば、重要な労使確認事項は文書として残していくべきものだったと反省しています。
実は次回の執行委員会に向け、労使関係に関わる資料をまとめる宿題を引き受けています。今回のブログ記事は、その資料を想定しながら書き進めていました。結局のところ以前の記事内容の紹介がメインとなっていますので、木曜の執行委員会に提出する内容は改めて白紙から手がけていくことになりそうです(😞)。


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