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2025年12月27日 (土)

年末の話、インデックスⅢ

今年も残りわずかです。毎週、土曜か日曜に更新している当ブログですので、今回が2025年に投稿する最後の記事となります。個人的なブログであり、その時々、取り上げる題材は気ままに選んでいます。今回、年末にちなみながら「年末の話、インデックスⅢ」というタイトルの記事に取りかかっています。

これまでカテゴリー別に検索できる機能を使いこなせなかったため「自治労の話、2012年夏」のように記事本文の中にインデックス(索引)代わりに関連した内容のバックナンバーを並べていました。その発展形として「○○の話、インデックス」を始めています。

その記事の冒頭、インデックス記事のバックナンバーを並べることで「インデックス記事のインデックス」の役割を持たせています。カテゴリー別のバックナンバーを探す際、自分自身にとっても役に立つ整理の仕方であり、時々、そのような構成で新規記事をまとめていました。

これまで投稿したインデックス記事は「職務の話、インデックス」「原発の話、インデックス」「定期大会の話、インデックスⅡ」「年末の話、インデックスⅡ」「春闘の話、インデックスⅡ」「人事評価の話、インデックス」「図書館の話、インデックス」「旗びらきの話、インデックスⅡ」「人事院勧告の話、インデックス」「非正規雇用の話、インデックスⅡ」「いがみ合わないことの大切さ、インデックス」「憲法の話、インデックスⅡ」「原発の話、インデックスⅡ」「コメント欄の話、インデックスⅡ」「会計年度任用職員制度、インデックス組合役員の改選期、インデックスⅢ」「自治労大会の話、インデックス」「平和の話、インデックスⅣのとおりです。

「Ⅱ」以降がある場合は最新のインデックス記事のみを紹介しています。そのようなインデックス記事を最後に投稿したのは2023年8月のことでした。まさか2年以上、間隔が開いているとは思っていませんでした。自分自身の記憶力の不確かさと月日の経つ速さを改めて感じているところです。

さらに「年末の話」は初めてのカテゴリーだと思っていました。それが何と「インデックスⅡ」まで投稿していたとは、まったく記憶の彼方でした。自分の日記でも何年か経ってから読み返すと「あの時、こんなことがあったのか」と改めて思い出す時があります。このブログの以前の記事を読み返す時、そのような意味合いからの面白さを感じています。

初めて「年末の話、インデックス」に取りかかった時も、それぞれの年の最後に投稿した記事をピックアップした際に少し驚きました。毎年、その年の最後には「年末」を意識した内容を書き込んできたものと考えていました。それが最初の3年間は単にその年の最後に投稿した普段の記事の一つに過ぎず、特に「年末」を意識した内容ではなかったという顛末でした。

最初の3年間をはじめ、その年の暮れに話題になっていた内容を取り上げただけの記事もいくつかあります。いずれにしても年末に取り上げた話であることは間違いないため「年末の話、インデックスⅢ」としてまとめてみました。今回も他のインデックス記事と同様、バックナンバーの紹介だけにとどめず、年末にちなんだ話として、この1年間を振り返る内容も少し書き添えていきます。

時事の話題で言えば、前回記事「『首長たちの戦いに学ぶ』を読み終えて」の冒頭でも触れた出口の見えない兵庫憲政の混乱について年明けから立て続けに当ブログで取り上げていました。SMAPのリーダーだった中居正広さんによる女性トラブルの問題があり、2月初めに「10時間を超えたフジテレビの記者会見」という記事を投稿しています。

4月には大阪・関西万博が開幕しています。6月に東京都議会議員選挙、7月に参院議員選挙があり、「都議選が終わり、参院選に向けて思うこと」「参院選が終えて、2025年夏」という記事などを投稿していました。10月には「自民党総裁選が終わり、流動化する政治情勢」という記事で、高市早苗総理が憲政史上初の女性総理大臣に就任したことなどを伝えていました。

戦後80年砂川闘争70年、いろいろな意味で今年は大きな節目の年でした。個人的な話としては、8月にブログを始めて20年という節目を迎えていました。4月以降も市役所で働き続けられているため「これからも『公務員のためいき』」という記事があり、11月には「もう一歩前へ、特別執行委員に就任」という記事のとおりの近況となっています。

先月「多面的な情報の大切さ、2025年秋」という記事を投稿していましたが、木曜の朝、ネット上で次のような文春オンラインの情報に接しています。《本人直撃》「日本は核保有すべき」発言をしたのは“核軍縮担当”の首相補佐官だった! 高市首相が更迭しない理由は…』という見出しの記事です。

12月18日、官邸幹部が記者団の取材で「日本は核保有すべきだ」と語り、大手メディアが一斉にこの発言を取り上げて物議を醸している。この当該発言者は匿名の「安全保障担当の官邸幹部」等とされ、いままで明らかになってこなかったが、「 週刊文春 」の取材で、尾上定正総理大臣補佐官であることがわかった。

記者団の取材は、完オフ(内容そのものを一切報じない)ではなく、オフレコ(発言者はぼかした上で内容を報じることができる)取材であった。そのため、発言者は匿名にした上で各社が報じた。これには野党だけでなく、自民党の前防衛相・中谷元氏も「しかるべき対応を」と、更迭を促す事態に発展した。

「対立が続く中国からも批判されたが、日本維新の会や国民民主が『オフレコ破りが悪い』との論調にすり替え、首相も幹部更迭に動いていない」(政治部記者)この発言の主は一体誰なのか。名前と職掌を明らかにしなければ、問題の本質は検証できない。官邸関係者が明かす。

「発言をしたのは〈核軍縮・不拡散問題担当〉の尾上定正総理大臣補佐官です。元航空自衛官で、2023年から防衛大臣政策参与を務め、高市早苗政権で補佐官に。首相と同郷の奈良出身のお友だちで、防衛問題のブレーンです。本音では核を持つべきと考えている人物を核軍縮担当にしている時点で、適材適所には程遠い。首相の任命責任も問われる事案で、本来は更迭され得る発言ですが、その距離の近さから斬れていないのが現状です」

上記の「完オフ(内容そのものを一切報じない)ではなく 」「発言をしたのは〈核軍縮・不拡散問題担当〉」という情報などに接すると、今回取り沙汰されている問題に対する見方が変わり、適材適所という意味合いから「本来は更迭され得る発言」という訴えに首肯されていく方々が増えていくのではないでしょうか。

最後に、この1年間、当ブログを訪れてくださった皆さん、本当にありがとうございました。どうぞ来年もよろしくお願いします。これまで曜日に関わらず、必ず元旦に新年最初の記事を投稿しています。ぜひ、お時間等が許されるようであれば、早々にご覧いただければ誠に幸いです。それでは皆さん、良いお年をお迎えください。

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2025年12月20日 (土)

『首長たちの戦いに学ぶ』を読み終えて

9人が立候補した先週日曜の伊東市長選は、学歴詐称問題から信頼を失墜させていた田久保真紀前市長らを退け、元市議の新人候補が初当選を果たしました。兵庫県のような混迷に終止符を打て、市職員から「再選挙だけは勘弁して」と嘆かれていた事態を回避できたことを伊東市の多くの皆さんは安堵されたはずです。

田久保前市長と同様、自ら招いた不祥事によって辞職した前橋市の小川晶前市長も年明けの選挙に出直し立候補する見通しです。小川前市長の不倫疑惑などについて9月に投稿した問われているトップリーダーの資質 Part3」という記事の中で取り上げていました。その記事の最後には次のように記していました。

前々回記事「問われているトップリーダーの資質」で取り上げた伊東市の田久保真紀市長に対しても、学歴詐称問題そのものより正直さの欠けている姿勢が厳しく批判されているものと思っています。3回にわたってトップリーダーの資質を問う記事を投稿してきましたが、まず何よりも「嘘はつかないで欲しい、正直であって欲しい」と当たり前なことを願わなければなりません。

当たり前なことだったため、あえて前回記事「新しいリベラルの声が届く政治の選択肢を」の中で触れていませんでしたが、信頼できる政治の基盤も「正直さや誠実さ」が不可欠です。特に今回の記事で紹介するように自治体の首長の皆さんは、住民の生命に直結する重大な責任を負っていますので、そのような当たり前なことを率先垂範すべき立場だと言えます。

今回、定番化している「『〇〇〇』を読み終えて」というタイトルを付けた新規記事に取りかかっています。東京自治研究センターの季刊誌「とうきょうの自治」の連載記事「新着資料紹介」の締切が間近であり、入稿する原稿内容を意識しながら書き進めています。

これまで『足元からの学校の安全保障  無償化・学校教育・学力・インクルーシブどうせ社会は変えられないなんてだれが言った? ベーシックサービスという革命会計年度任用職員の手引き』『「維新」政治と民主主義公営競技史』『承認をひらく官僚制の作法 賃金とは何か自治体職員の「自治体政策研究」史』『新しいリベラルを紹介し、次号は『首長たちの戦いに学ぶを取り上げます。

それらの書籍を題材にした当ブログのバックナンバーは「ベーシックサービスと財源論 Part2」「会計年度任用職員制度の課題」「新着資料紹介『「維新」政治と民主主義』」「『公営競技史』を読み終えて」「『承認をひらく』を読み終えて」「『官僚制の作法』を読み終えて」「『賃金とは何か』を読み終えて」「『自治体職員の「自治体政策研究」史』を読み終えて」「『新しいリベラル』を読み終えて」という記事タイトルのものがあります。

ちなみに季刊誌の原稿の文体は「である調」で字数の制約もあり、そのまま利用できるものではありません。先にブログ記事をまとめるパターンは、いつも気ままに書き進めるため3000字以上の長文となりがちです。その内容を基本に入稿用の原稿に移す訳ですが、1300字程度に絞るこむ作業には毎回苦労しています。

今回の著書『首長たちの戦いに学ぶ』の副題には『災害緊急対応100日の知恵』と掲げられています。般社団法人NEXT代表・前長岡市長の森民夫さんが編著者代表を務めています。この著書を紹介した地域活性学会JK/実務家研究者応援サイトに次のような企画趣旨が記されています。

2024年1月に発生した能登半島地震をはじめ、近年頻発する災害に適切に対応するためには、基礎自治体の首長の強力なリーダーシップや、自治体等の関係者による住民に寄り添う現場感覚が必要不可欠である。特に、発災初期の数カ月間の対応が、その後の着実な復旧・復興の礎となる。

本書は、2004年10月に発生した新潟県中越地震において、発災時の緊急対応やその後の災害復興の最前線でリーダーシップを発揮した前長岡市長の森民夫氏を中心に、新潟県中越地震以降の大地震や豪雨などの災害と戦った首長や関係者の発災初期の経験談を収録することにより、今後予想される大規模災害に対して、最善の対応を図るための実務の参考となる書であり、少しでも被災者の苦しみを救うための決定版とすることを目的とする。

2004年の新潟県中越地震、2011年の東日本大震災、2014年の広島豪雨、2016年の熊本地震、2018年の西日本豪雨、2022年の8月豪雨、2024年の能登半島地震、7つの大規模災害と戦った首長たちの発災初期のリアルな体験談が収録されています。国や関係団体、民間企業、NPO等による支援など、関係者の経験と知恵も集約されている著書です。

リンク先の著書の紹介文では「今後発生が予想される大規模災害に向けて、最善の対応を図るための防災関係者必読の書! 災害の貴重な記録誌、ドキュメンタリーとしても読み応えあり!」と推奨されています。

他のサイトに掲げられている内容を紹介していくと、たいへんな長さのブログ記事となり、入稿原稿の字数を絞るこむ作業が一段と苦労することを覚悟しています。それでも興味深い具体的な事例の数々を伝える『首長たちの災害対応は「教訓の宝庫」最前線の体験談まとめた本出版』という見出しを付けた朝日新聞の記事内容の一部も紹介させていただきます。

編集したのは、新潟県長岡市長として中越地震の対応に当たった森民夫さん。旧建設官僚として、阪神・淡路大震災で被災建物の危険度判定に従事したことのある森さんも発災直後は「青天の霹靂、大慌てでした」。首長として何をすべきか、急いで資料を探したが、参考になるものは見つけられなかったという。

その後の20年で災害は続発。蓄積された教訓をまとめ、今後の備えに役立てられないか――。そんな思いが出版の動機となった。東日本大震災など7災害に関わった首長14人らが、それぞれの体験談を執筆。一部は専門家がインタビューするなどして編集を進めた。

体験談の一例として紹介されているのが、能登半島地震で岡山県総社市の片岡聡一市長と登山家の野口健さんが協力し、石川県七尾市の野球場に100張り分のテントを設営した事例だ。ボランティア活動の拠点となり、67日間で延べ5234人が986世帯で活動した。被災した同球場の外野芝生にテントを張ることには慎重論もあり、関係機関との調整に時間を要したという。

18年、総社市内で関連死を含め12人死亡の水害を経験した片岡市長は「応援するより応援を受ける方が数段高度な実力を求められる」と指摘。国や都道府県など多くのアクターが関わる災害対応について「基礎自治体の判断を最優先することが復興への最短の近道だ」と説いている。

森さんも秘話を紹介。中越地震の被災者が仮設住宅で理容業を再開したいと申し出たが、国は「あくまで住宅、店舗営業はまかりならん」。だが、森さんはコミュニティー再生にも必要だと考え、国の返答を無視して営業を認めた。

その後の東日本大震災から、中小企業基盤整備機構が事業者に無償で仮設店舗を貸し出す仕組みが根付いた。森さんは「災害のたび、制度は改善されている」と実感する。【朝日新聞2025年4月24日

ここから私自身の感想を書き添えていくことになりますが、お時間等が許される場合、もう少しお付き合いいただければ幸いです。震度6強の青森県東方沖地震が発生した翌日、注文していた今回紹介する著書が手元に届きました。北海道・三陸沖後発地震注意情報」が発表されていた最中に読み進めたため、大規模災害への現実感に対し、よりいっそう思いを巡らす機会となっていました。

より大きな地震や津波への備えを呼びかける「後発地震注意情報」の運用開始は2022年12月からですが、今回、初めて発表されています。注意情報等に接した時、災害が自分の身に起こりうるという「自分事」としてとらえ、備蓄品の準備や避難経路の確認などに努めていくことが大切です。ただ幸いにも大災害は起こらず、備えたことを無駄に思えてしまう時があるかも知れません。

そのようなことが繰り返されると「今回も大丈夫」「自分は大丈夫」という正常性バイアスが働きがちとなります。大規模災害を経験した首長たちは「いかにして実際の避難行動を引き出すか」が、大きな課題であると語っています。そのため、災害対応における空振りは、素振りだったという言葉に置き換え、災害への備えを高めるための経験を積めたととらえていくことが重要だと訴えています。

大規模災害が発生した直後、まず「自助」努力が欠かせません。次に地域の住民同士の支え合いなど「共助」が重要視されていきます。この後に行政が支援する「公助」の出番となります。この順番を福祉の分野で前面に出した場合、たいへん冷たい印象を与えかねませんが、大規模災害時では必然的な流れでの重要さだと理解しています。

「公助」において、国や県だけの動きでは適確な災害対応が難しいのは当然です。地域を熟知し、地域住民との関係の深い自治体の首長が、どのように危機に立ち向かっていくのかが問われていきます。このような問題意識のもと中越地震に対応された長岡市長だった森民夫さんが中心となって『首長たちの戦い』をまとめています。

大規模災害時には昼夜を問わず、 首長たちのリーダーシップのもとに働くのが自治体職員です。以前、このブログでは「激減する自治体職員と災害対応」という記事を投稿しています。職員数の削減が地方行革の柱とされ、どこの自治体でも職員数を減らし続けています。大規模災害に見舞われた時、通常の業務に加え、継続的に災害対応にあたることは不可能な実情です。

今回の著書を手にし、国や都道府県、他の区市町村から被災地の自治体を支援する仕組みが、しっかり整えられていることに気付かされています。2018年に応急対策職員派遣制度が構築され、総務省と全国知事会などが連携し、大規模災害時に応援職員を被災自治体に派遣する仕組みを整えています。

不勉強ぶりを示してしまうことになりますが、今回の著書を読み始めた時、対口支援という言葉を理解できませんでした。もちろんロシアを支援するという意味には取りませんでしたが、すぐネット検索して「たいこう」支援と読むことなどを知りました。都道府県又は指定都市を原則として1対1で被災自治体に割り当てるカウンターパート方式による支援の仕組みです。

被災したA市にはB市、C市にはD市の職員を派遣すると定めることによって、円滑に継続的に連携がはかれるようになります。他にリエゾンという言葉も調べていました。フランス語で「つなぐ、橋渡し」という意味で、災害対策現地情報連絡員の呼称でした。国から情報収集や連絡要員として職員を派遣する制度で、対口支援と同様、被災自治体の負担軽減のために整えられています。

前掲した朝日新聞の記事では、球場芝生にテントを設営するまでに関係機関との調整に時間を要したこと、仮設住宅で理容業再開が認められなかったことなど、行政側に四角四面な対応ぶりがあった事例を伝えています。確かに既存のルールを守ることは重要です。

しかしながら森さんは今回の著書の中で、非常時には「臨機応変に対応すること」が、それ以上に重要であるということを身に染みて学んだと語られています。予想を超える事態は常にあり得るため、大規模災害時のリーダーには柔軟に対処する心構えが必要であると説かれています。

他にも伝えたい内容や事例が数多くあります。たいへん長い記事となっていますので、最後に、森さんが強く共感されていた言葉を紹介します。仮設住宅でもコミュニティを維持し、互いに励まし合い、帰村された中越地震被災者の皆さんの「地震の力はすさまじいけれど災害から立ち上がる人の力はもっとすごい」という合言葉です。

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2025年12月13日 (土)

新しいリベラルの声が届く政治の選択肢を

今年8月に『新しいリベラル』を読み終えて」という記事を投稿しています。従来のリベラル派の主張が広がりを欠けている中、新しいリベラル的な価値観を持つ方々は多数であるという調査結果を伝えていました。隠れた多数派の声が届く政治の選択肢のない現状に対し、調査を行なった著者らが憂慮されていることも書き添えています。

今回の記事では、そのような問題意識を踏まえながら現在進行形の政治の動きについて書き進めていきます。もちろん前回記事「汝、隣人を愛せよ、2025年冬」の中でも記したとおり私自身の正しいと信じている「答え」が、必ずしも「正解」ではないのかも知れません。

だからこそ「批判ありき」の訴えではなく、具体的な事例を取り上げながら私自身の問題意識につなげていくつもりです。このブログを通し、背伸びしない一つの運動として一人でも多くの方々に「なるほど」と思っていただけるような多面的な情報を発信していければと考えています。

その上で分かり合えなくてもいがみ合わないことの大切さを感じているところです。したがって、自分自身の考え方と相反する方向性の政権だったとしても、ことさら敵視することは控えるべきものと思っています。一方で、絶大な権力を握った側は国民の中に多様な考えがあることを認め、寛容な政治に努めていくことも欠かせないはずです。

今年10月に投稿した記事「自民党総裁選が終わり、流動化する政治情勢」の中で、公明党の政権離脱は野党側にとって千載一遇のチャンスという見方を示していました。さらに日本維新の会の与党化は、ますます分かりやすい政治の選択肢が実現できるような期待を広げています。

以前から立憲民主党と公明党の立ち位置は、新しいリベラルの受け皿となり得るような近さを感じていました。国民民主党のルーツは政権を担った経験のある同じ民主党です。支援を受ける団体が連合という共通項もあります。直近の動きとして『「高市色」に連合会長が反発』という報道にも接しています。

以前の記事「新着資料紹介『「維新」政治と民主主義』」で綴っているとおり立憲民主党と日本維新の会との距離感は、自民党以上にあるように思っていたため、たいへん分かりやすい政治的な対立軸を打ち出せるのではないかと受けとめています。立憲民主党と公明党などが結集することで、今回の記事タイトルに掲げたとおり「新しいリベラルの声が届く政治の選択肢を」見出せるよう願っています。

ここで多面的な情報を提供する場として『〈激化する維新内紛〉藤田氏「公金還流」疑惑…猛批判した橋下徹氏の「深刻なダブスタ」と連立入りして止まらぬ「ザ・自民党」化』『「身を切る改革」どこへ? 維新「身内」への公金支出、地方でも続々』という見出しの記事を紹介します。

日本維新の会に所属している政治家の皆さんが揃って上記のような問題を抱えている訳ではないものと思っています。それでも記事の見出しに掲げられているとおり「身を切る改革」という掛け声とのギャップが目立ち、組織としての体質や土壌に問題が散見しているように見ざるを得ません。

立憲民主党との距離感が自民党以上という指摘は、日本の平和主義に関わる立ち位置の違いです。『維新、憲法9条2項削除・国防軍を説明  自民「いきなりそこまでは」』という報道のとおり日本国憲法の「特別さ」を完全に軽視し、自民党から「いきなりそこまでは」と言われてしまうような日本維新の会の立ち位置を危惧しています。

私自身の問題意識は「Part2」にわたった「憲法9条があるから平和を保てるのか?」という記事を通して詳述しています。専守防衛を厳格化した日本国憲法の平和主義を肯定的にとらえるのかどうか、その上で今後も維持すべきかどうかを明解な論点とし、改憲議論が進んでいくことを切望しています。

高市総理の「台湾有事」に関する国会答弁が引き金となり、中国からの対日批判が高まっています。このような事態に至った背景として、質問した立憲民主党の岡田克也元外相を批判する声が見受けられています。衆院予算委員会での質疑のやり取り全文に目を通せば、そのような批判が的外れであることは理解できます。

岡田元外相は、高市総理の「世界で最も偉大な日米同盟」という言葉の意味合いから質していました。専守防衛をはじめ、集団的自衛権も限定的な行使という制約を伴う日本であるため、アメリカとの軍事的な関係において「世界で最も」という言葉に対する違和感を示されていました。

このようなやり取りがあった中で、存立危機事態の認識に対しても自制的であるべきという主張を岡田元外相は繰り返しています。その結果、総理大臣就任前に述べてきた時と同様の認識での高市総理の「台湾有事」発言につながっていたようです。

このあたりの経緯は「スタンドプレーが起こした事故」高市首相  官僚答弁をスルーして“台湾有事”に言及したことが判明しSNS批判続出』という記事が伝えています。岡田元外相としては「日本政府の見解は従前通り」と確かめたかったところ藪から蛇を出してしまった展開だったと言えます。

中国との難しい関係性や高市総理の性格などを考慮し、このような事態が生じるのではないかと予見すべきだったことは、岡田元外相側の反省点だったかも知れません。とは言え、しっかりした質問通告を受け、問題の生じない答弁資料を手元に置きながら「戦艦を使って」などとアドリブで答えてしまった高市総理側の軽率さのほうが、やはり批判されて然るべきだろうと思っています。

2026年度の予算案で防衛費は過去最大の9兆円規模になる動きが伝えられています。国是とされてきた非核三原則の見直し武器輸出ルール「5類型」撤廃なども取り沙汰されています。

数日前の衆院予算委員会で日本維新の会の阿部圭史議員が、自民党と日本維新の会の連立政権は安全保障関係者から「日本の安全保障政策の夜明けだ」と評価されていることを誇示していました。

明るい日差しが感じられる夜明けとなっていくことを心から願っていますが、安全保障のジレンマという言葉があるとおり軍事力強化一辺倒の政策だった場合、取り返しのつかない悲劇を繰り返している歴史や現実があります。

争いの芽は人間の心の中にひそんでいます。一つ一つ迫られた選択肢に対し、争いを回避する「答え」があるはずです。逆に選択の誤りの積み重ねによって、後戻りできない対立である戦争が待ち構えている恐れに対し、責任ある政治家の皆さんは想像力や知見を高めて欲しいものと願っています。

そのような重い責任を担っている小泉防衛相の最近の振る舞いが気になっています。『小泉防衛相“覚醒”は幻だった!《自己アピールの要人ヘリ要請、インド国防大臣との会談ドタキャン、カンペを忘れて…》』『やはり進次郎氏は「防衛相」不適格…レーダー照射めぐる中国との反論合戦に「プロ意識欠如」と識者バッサリ』という見出しの記事を紹介します。

中国軍機によるレーダー照射の問題を公表するにあたり、防衛省・自衛隊内では当初、慎重論があったようです。日中両機の距離が、1回目の照射は約50キロ、2回目は少なくとも100キロ以上と離れ、高度差もありました。

ただちに衝突するような状況ではなかったため、自衛隊制服組を中心に「危険度合いとしてはそこまで高くなく、必要なのか」という意見が示されていました。しかし、小泉防衛相が公表に前向きで、中国側に抗議と再発防止を申し入れることを決めていました。

防衛省出身で内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)を務めた柳沢協二さんは「日中の政治的緊張が高まる中、制服組は公表すれば対立を深めかねないと判断したのでしょう」と語り、12月7日の緊急発表で小泉防衛相がレーダーを照射した中国軍機と自衛隊機との位置関係など当時の状況説明を避けたことも問題視していました。

「照射の事実と共に、自衛隊機がさほど危険な状況になかった旨も冷静に伝えるべきでした。エクスキューズの足りない説明が、結果的に世論の嫌中感情をあおり、中国の態度も硬化。軍事現場の緊張をますます高めています。自衛隊を預かる防衛省のトップが、政治的緊張を軍事的緊張に直結させてはいけません。小泉大臣は安全保障のプロ意識に欠けています」と評しています。

上記の記事の最後には「中国への弱腰批判を恐れてか、進次郎氏の“ドヤ顔”反論にはパフォーマンス臭も漂う。今は高市首相の支持層に好かれることが何よりも大事といった浅はかな発想なら、やはり防衛相には不適格である」と書かれていました。最後に、このような判断に対する評価も多面的な情報に触れていくのかどうかで変わっていくのだろうと思っています。

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2025年12月 6日 (土)

汝、隣人を愛せよ、2025年冬

最近の記事「3年ぶりの団体交渉」「3年ぶりの団体交渉 Part2」を通し、市当局と組合側で特別執行委員の団体交渉参加を巡って認識の相違があったことを伝えています。一般論として、それぞれの認識を交わし合う中で、感情的に反発しかねない言葉のやり取りが散見する場合もあります。

正しいと信じている「答え」に照らし、そのような言葉は到底許容できないとし、もし感情が先走った言葉で応酬していけば相違点を際立たせる事態になりかねません。納得し合える「答え」に歩み寄ることが非常に難しくなり、感情的なシコリを残し、ギクシャクした関係が続いていくことになります。

私自身、完璧に感情をコントロールできる訳ではありませんので、時には瞬間的に反応し、厳しい言葉を発してしまうこともあります。それでもアンガーマネジメントの大切さを充分意識し、できる限りTPOをわきまえた自制心を保つように努めています。

認識の相違があった際、対面でのやり取りが即座にできないケースは多々あります。そのような時、取り急ぎ文書やメール等でやり取りしていくことも少なくありません。ただ文章でのやり取りは言葉や説明が不足し、真意を正確に伝えられない場合があることに留意していかなければなりません。

様々な場面で直接対話していく関係性の重要さを特筆できます。先月投稿した記事「多面的な情報の大切さ、2025年秋」の中で「懸案課題を多く抱えた中国の習近平国家主席との会談は、笑顔が少なく、緊張感に包まれていました。それでも戦略的互恵関係の重要性を双方が唱え、課題がある中で対話の場に着けたことを肯定的にとらえています」と記していました。

その後、残念ながら高市総理の「台湾有事」に関する国会答弁が引き金となり、中国からの対日批判が急激に高まっていました。もちろん中国側の過剰反応を擁護する立場ではありませんが、そのような国柄や台湾問題の難しさを理解した上で、従前にならった慎重な言葉を高市総理にも発して欲しかったものと思っています。

外務省のホームページでは「台湾との関係に関する日本の基本的立場は、日中共同声明にあるとおりであり、台湾との関係について非政府間の実務関係として維持してきています。政府としては、台湾をめぐる問題が両岸の当事者間の直接の話し合いを通じて平和的に解決されることを希望しています」と説明しています。

日中共同声明の中では「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」とされています。ちなみにポツダム宣言第8項は、戦後の日本の領土範囲を定めた内容です。

現時点での日本政府の公式的な立場をはじめ、日本国憲法の「特別さ」に少しでも思いを寄せていれば、中国側を挑発することになる言葉は自制できたのではないかと見ています。やはり高市総理の政治的な資質や立ち位置が、そのような言葉に至ってしまったように思えてなりません。

前々回記事「占領下の戦時体制の継続、米軍横田基地の問題」の最後のほうで「脅威とは能力と意思の掛け算で決まる」という言葉が印象深く、友好的で有益な関係を築いていれば攻撃されるリスクは最小化されていくという話を綴っていました。核ミサイルの発射を判断するのは、その国のトップリーダーです。

経済的にお互い利する関係で、自分の国の人々が多数訪れている国に向け、戦争の引き金となるミサイルは撃ち込まないでのではないでしょうか。大地震や感染症など自然界の脅威は人間の「意思」で抑え込めません。しかし、戦争は権力者の「意思」や国民の熱狂によって引き起こされるため、人間の「意思」によって制御できるはずです。

最近ここは今から倫理です。』最終巻を手にし、主人公の倫理の授業での言葉に目が留まっていました。文化の摩擦は「他文化・他民族への攻撃へと変わってしまう事があるので注意が必要です」とし、文化を共生させる必要性を説き「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」というユネスコ憲章の前文の一節を生徒たちに教えています。

ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)が設立されたのは第二次世界大戦終結の翌年です。世界遺産登録ばかりが注目されがちですが、争いの原因には相手への無知や無理解があったことを反省し、学術や文化の交流促進を誓い、平和構築を主目的に設立された国際機関です。コミックの内容に触れたことで、ユネスコ設立の意義について改めて思いを巡らす機会となっていました。

このブログは背伸びしない一つの運動として 一人でも多くの方々に「なるほど」と思っていただけるような多面的な情報を発信しています。ただ私自身の正しいと信じている「答え」が、必ずしも「正解」ではないのかも知れません。かつて当ブログのコメント欄は、いろいろな「答え」を認め合った場として多くの皆さんから幅広い意見を頂戴してきました。

残念ながら閑古鳥が鳴き続けていますが、プロフィール欄に掲げているとおり今でもフルオープンな場であることに変わりありません。ぜひ、お時間等が許される際、お気軽に投稿いただければ幸いです。最後に、今回の記事タイトルのルーツとなっている以前の記事汝、隣人を愛せよ」の一文を紹介させていただきます。

以前の記事「分かり合えなくても」「再び、分かり合えなくても」を通し、他者を見下さないこと、異質な考え方を認め合っていくことの大切さなどを訴えていました。分かり合えなくても、いがみ合わない関係性が様々な場面で欠かせないことを問題提起してきました。

このような問題意識をいつも抱えていたため、ドラマを見ていた時、新島襄の「他者を排除しない」という言葉が強く印象に残りました。立場や考え方が異なる他者に対しても、思いやることの大切さを切々と訴える新島襄の姿に深く共感を覚え、このような心構えを機会あるごとに提起し続けていくことの必要性を改めて感じたところでした。

ただキリスト教が世界中に広く普及し、「汝、隣人を愛せよ」という教えも知れわたっているはずですが、残念ながら戦争がなくなる見通しは立っていません。自分自身を省みても、常に「汝、隣人を愛せよ」という心構えを貫けている訳でもありません。

他者を見下すことや怒りの感情をぶつける場合があります。それはそれで現実的な話として仕方ないものと受けとめながら、基本的な方向性として他者を思いやる気持ちを忘れないように努めています。

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