ブログを始めて20年
前回記事「『新しいリベラル』を読み終えて」の冒頭、「広島、長崎の原爆忌から終戦記念日を迎える時期、平和の大切さや築き方について様々な思いを巡らす機会を得ています」と記していました。特に今年は戦後80年という節目を刻んでいます。
「公務員のためいき」は2005年8月16日に開設し、今回の記事タイトルに掲げたとおり20年目を迎えています。このブログにとっても大きな節目です。ちなみに10年前、このブログでは「戦後70年、終戦記念日に思うこと」という記事を綴っていました。
10年前の当ブログの節目について、どのように触れていたのか、前掲した記事の前後も含めて読み返してみました。すると当ブログが10年目という話は、まったく見当たりません。他人事のような物言いで恐縮ですが、サワリ程度には触れているものと考えていたため、記憶の不確かさを思い知らされています。
10年という節目を忘れていた訳ではないはずです。昨年末の記事「気負わず、気ままに1100回」を通して伝えているとおり毎週末に更新し、回数を積み上げていることの意義深さを感じ取っています。労力を惜しみ、気力が萎えてしまえば更新は途絶え「開店休業」状態となります。
それ以外にも様々な事情からブログに向き合えなくなることも考えられます。それでも閉鎖しない限り、年月は流れて行きます。このような点を踏まえ、100回ごとの節目には毎回メモリアルな記事を投稿しています。
したがって、10年前は特別な節目という思い入れが薄く、前述したとおり「完全スルー」に至っていたのだろうと振り返っています。さらに振り返れば、開設してから何年という節目の記事は「ブログ開設から一年、されど靖国神社」がある程度でした。
今回、ブログを始めてから20年という長さは、やはり私自身にとって感慨深い節目であり、メモリアルな記事として書き進めています。ココログに個人の責任で運営するブログを登録した翌日、2005年8月17日に「民主党と小泉自民党」という記事をインターネット上に発信しました。
初めて自分の言葉がSNSの片隅に加わったことになります。手探りで始めていたため、トップページに今のようなイラストもなく、シンプルなテンプレートで始めています。開設当初は毎日のように投稿し、しばらくして週に数回のペースとなり、1年後ぐらいから毎週1回の週末更新を定着させています。
初回は唐突感のある内容だったため、開設2か月後に「秋、あれから2か月」という記事を「Part3」まで重ね、改めてブログを始めた経緯を伝えています。半年後、2006年2月11日には「このブログを始めたイキサツ」という記事を投稿し、より詳しくブログを始めようと思い立った動機を記していました。
リンクをはった過去の記事を紹介しながら20年間を足早にザックリ振り返ってみるつもりでしたが、「このブログを始めたイキサツ」に掲げられていた内容の一部をそのまま紹介します。ブログを始める直前の2005年の春闘時、自治労都本部の中央委員会で発言した要旨です。
最近、マスコミによる社会保険庁や大阪市へのバッシングが強まっています。そこで疑問に思うことは自治労の存在感の無さです。当該組合の判断や意向を尊重しているのでしょうか。もしくは反論することにより、火に油を注ぐという考えなのでしょうか。
例えが適当かどうか分かりませんが、「従軍慰安婦」関連の番組への政治介入問題で、現在、真っ向から対立しているNHKと朝日新聞の例を考えてみます。真実は一つなのでしょうが、どちらか一方の報道だけ見聞きすると相手が悪いとの印象を持ってしまいます。
要するに、この間の一方的な報道だけでは大多数の国民が「労働組合は悪」とのイメージを抱き、自治労の組合員さえも同様に思い込んでしまう心配があります。確かに組合側も襟を正すべき点は即座に正す必要があります。
しかし、福利厚生や安全衛生の面など組合員のために確信を持ち、労使交渉のルールの中で決めてきた事項が多いはずです。オールorナッシングで否定されていく動きは非常に憂慮すべきことだと思います。
ぜひ、このような時だからこそ、一単組だけではどうすることもできない重大な問題に対して、本部機能を発揮し、言われ放題、打たれ放題の事態から反撃してもらいたいと強く願います。
関連して付け加えさせていただきますが、組合員動員型の決起集会、地域や駅頭でのビラ配布行動も重要ですが、単組の役員や組合員の負担が大きいわりに多くの人たちへのアピール効果が薄いものと感じています。
従来型の汗をかく、体を動かす運動の大切さを否定するものではありませんが、効果的な方法によるマスコミ対策、影響力のある学者や議員団との連携、インターネットの利用など、予算を集中的、効率的に使う費用対効果を考えた運動の工夫、検討も行なっていただきたいと考えています。
上記は自治労都本部に対し、このような趣旨の意見反映を自治労本部へ行なうよう求めた発言でした。この発言内容は比較的、好感を持って受けとめていただけたようでしたが、全体的な運動スタイルに大きな変化をもたらす一石にはなり得ませんでした。
このような問題意識を強めていたため、ささやかな試みとして個人の責任でのブログを2005年8月に開設しています。本当に自己満足的な取り組みですが、「襟を正すべき点は正す」ための率直な意見を聞く場であり、「主張すべき点は主張する」ブログとして20年間続けてきています。
現在、フルオープンなコメント欄は閑古鳥が鳴き続けていますが、開設してから10数年は貴重なコメントが毎回数多く寄せられていました。不特定多数に発信しているブログであり、匿名だからこそ伺える率直な意見に触れることができ、たいへん手厳しい批判を肌で感じる機会を得られたものと思っています。
公務員やその組合に対し、そのような声があることを受けとめて日常の職務や組合活動に向き合えるのかどうかで言えば、向き合えることの貴重さに感謝してきました。「批判意見と誹謗中傷の違い」という記事があるとおり一定の線引きについてもお願いしながら、いろいろな「答え」を認め合った場として多くの皆さんから幅広い意見が寄せられることを常に歓迎しています。
20年という節目を迎え、いろいろ書き記したいことが思い浮かんでいます。ただ過去の記事内容の一部を紹介したため、いつものように長文ブログとなっています。そのため、このあたりで「ブログを始めて20年」という記事は一区切り付けます。「Part2」とするかどうか分かりませんが、この続きは次回以降の記事に託していきます。
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