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2023年10月 7日 (土)

枝野前代表の問題意識

前回記事「政権与党に問われている重い責任」の冒頭で「なかなか秋の気配は感じられません」と記していましたが、一気にひんやりする朝を迎えるようになっています。薄着のまま寝て、風邪をひかないように注意しなければならない季節の変わり目です。

さて、前回記事の最後には「現政権の至らなさが見受けられるのであれば、次の総選挙戦で政権交代があり得るという関係性は重要です。このような緊張感があることで、政権与党は懸命に国民の声に耳を傾け、より公正な政治をめざしていくことになるはずです」と記しています。

このような個人的な思いや願いについて、「枝野前代表の問題意識」という記事タイトルを付けて掘り下げていきます。まずなぜ「政権交代」は響かない言葉になったのか…枝野幸男が考える「立憲民主党と旧民主党の決定的な違い」』というプレジデントオンラインの記事を紹介します。

「自民党政権はダメだから、政権交代しよう」ということで、2009年に民主党政権が誕生しました。でも、民主党が期待に応えきれなかったのは間違いありません。

今は永田町以上に、国民の方が「ただ政権が変わればいい、というものではない」ことを、よくわかっています。だから「政権交代」だけを掲げても、全く反応しません。

では求めているのは何か。それが3つ目に感じたことなのですが、国民が不満を抱いている本質は、目の前の一つひとつの政策課題についてではない、ということです。

例えば今だったら「紙の保険証の廃止に反対」という声があります。でも、単にそのことに対応すればそれでいいのか、というと、そうではありません。国民は、保険証問題に象徴される社会構造にいら立っているのです。だから、個別のテーマに振り回されても、国民のニーズに応えたことにはなりません。

上記の言葉の後、枝野前代表は「国民が求めているのは各論ではなくビジョン」という問題意識につなげています。個別のテーマにも対応しながら「この国全体をどうしてくれるのか」という問いに答えていかなければならないと続けています。そして、次のようなめざすべき社会ビジョンを語っています。

「まっとうな社会」とはどういう社会なのか。それが「支え合う社会」です。ここで言う「支え合い」は「あなたと私が個人で支え合う」こととは違う。「政治の力で公共サービスを充実させ、社会全体で互いに支え合う」ことです。

「まっとうな経済」とは、安心を生み消費を活性化させる経済です。富の再分配によって公共サービスの担い手を支えることで、国民一人ひとりが安心して暮らすことができ、結果として消費を生み出し、お金を循環させることができます。「まっとうな社会」と「まっとうな経済」がつながるのです。

そして、公共サービスを充実させるには、政治に対する信頼を取り戻すことが欠かせません。今は国政も地方政治も、議会によるチェック機能が働かなくなり、お金の流れが見えなくなっています。政策決定のプロセスを透明化して、議会のチェック機能を回復させることで、公正で信頼できる「まっとうな政治」を取り戻さなければなりません。

このブログでは2年前に「スガノミクスと枝野ビジョン」という記事を投稿し、その「Part2」 の中で枝野前代表の著書『枝野ビジョン 支え合う日本』の内容について取り上げていました。上記のような考えは枝野ビジョンを土台にしたものであることが分かります。

さらに最近の記事「ベーシックサービスと財源論」「ベーシックサービスと財源論 Part2」で取り上げた慶応義塾大学の井手英策教授から枝野前代表は強く影響を受けていることも推察できます。

単刀直入に言えば私自身の問題意識も同様です。めざすべき社会像も枝野前代表の考え方と概ね一致しています。したがって、早ければ年内にもあり得る総選挙戦においては、総論的な立ち位置の明確化された政治の選択肢が示されていくことを願っています。

ただ総論的な分かりやすさが必ずしも有権者の投票行動に直結するかどうか、このあたりについても課題として認識していかなければなりません。紹介したプレジデントオンラインの記事の中で枝野前代表は次のように語っています。

報道は「新しいこと」を追うのが仕事なので、同じことを繰り返し言っても、ニュースにはならないのです。それでも、例えばテレビのニュースで発言が15秒くらいで切り取られる時、そこで使われやすいフレーズを、普段から繰り返し使っていかなければいけませんでした。

このようなメディアの現状を踏まえ、伝える手段、伝える能力、伝える意欲の問題を枝野前代表は課題認識されています。少し前に『映画『国葬の日』が映し出す"曖昧な日本"――あなたは国葬に賛成だったか反対だったか覚えていますか?』という記事中の言葉に目を留めていました。

ある程度予想してはいましたが、この国はいまだ『分断』にすら至っていないのだと痛感しました。編集が終わった映像を見ての率直な感想は、困惑そのものでした。ひとつは賛成でも反対でもない、そもそも関心すら持っていない人の多さと、私も含めた左派・リベラルの声がその層にまったく届かなくなっているという、二重の困惑です。

ドキュメンタリー映画『国葬の日』を手がけた大島新監督の言葉です。賛成でも反対でもなく、関心すら持っていなくても、世論調査で問われれば一つの答えを選ぶことになります。選挙での投票行動も同様です。政治に対して無関心の方の多さが低投票率につながっています。

投票所に足を運ばれた方の中でも「知っている名前だから」「何となく良さそうだから」というフワッとした判断基準で投票されている方々も多いのかも知れません。いわゆる「フワッとした民意」と呼ばれるような緩やかさを伴う投票行動です。

対比した言葉として「岩盤支持層」がありますが、一つの議席を争うような選挙戦では「フワッとした民意」を味方につけられるかどうかで勝敗が左右されていくはずです。

このブログでは以前「卵が先か、鶏が先か?」という記事を投稿しています。マスコミが世論を決めるのか、世論がマスコミの論調を決めるのかという問題意識を綴っていました。

マスコミの特性と難点」という記事もあり、同じ事実を伝える際、例えばコップの中に水が半分ある時、「半分しかない」と書くのか、「半分も残っている」と書くのでは読み手の印象が変わることなども綴ってきました。

詳述する必要はないものと思いますが、ジャニーズ事務所の問題に照らし合わせれば、まさしくマスコミの特性と難点が浮かび上がってくるのではないでしょうか。

橋下徹、泉房穂前明石市長の “情けない” 発言に激怒「極めて立憲民主的」「物の言い方がある」』という記事にも目を留めていました。橋下徹氏の「極めて立憲民主的」という言葉自体、「物の言い方がある」と自分自身に跳ね返ってくる言葉であるように思っています。

とは言え、「ある意見に対して人間性を否定したり侮辱したりすること」は厳禁としなければならず、「多くの支持を受けようと思ったら物の言い方があると思う」という橋下氏の指摘はしっかり受けとめるべき心得だろうと認識しています。

「フワッとした民意」をつかむためには侮蔑的な言葉がマイナスに働くことも意識していかなければなりません。そのような観点から「素人ばかりの『第2自民党』が政権とったら大惨事」 立憲・枝野氏』という記事の見出しが気になりました。

(自民党と日本維新の会との関係について「第1自民党と第2自民党でいい」とした維新の馬場伸幸代表の発言を念頭に)「第2自民党」なら自民党でいい。だって(自民には)経験、実績がある。その方が間違いない。大臣、副大臣、政務官をやったことがない素人ばかりの第2自民党が、いきなり政権を取ったら2009年の民主党政権どころではない。大惨事が起きる。(自民と)中身が変わらず、やり方が下手になる。これでは意味がない。

自民党と何が違うか、どういう社会を作りたいか、理念は何か、(立憲民主党は)明確に訴えなきゃいけない。選挙を考えたら、できるだけ他の野党と連携できるところは最大限連携した方がいい。でも、自分の党のアイデンティティーがわからなくなるのはダメだ。どの党とどう組むとか、注目されること自体がダメ。公党間の連携だからこっそりとは言わないが、アピールせずにやらなきゃいけない。(9月30日、支持者向けの集会で)【朝日新聞2023年9月30日

記事本文まで目を通すと、それほど他党を侮蔑するような印象は伝わってきません。しかし、記事の見出しに関しては目を引かせる強い言葉が切り取られがちです。枝野前代表に限らず、支持者向けの集会などでは気が緩むのかも知れませんが、政治家の皆さんの発する言葉には慎重さが求められています。

ただ枝野前代表の日本維新の会に対する問題意識そのものは大きくうなづけるものだと思っています。岸田政権が失速しがちな中、日本維新の会が「フワッとした民意」をつかみつつあります。

しかし、弁護士の郷原信郎さんの論評『「大阪・関西万博」問題は、維新吉村知事などによる“戦後最大の自治体不祥事”』などからも日本維新の会の危うさを知ることができます。今後、マスコミの論調が変わるのかどうか分かりませんが、もう少し日本維新の会に対する情報は流されて然るべきだろうと思っています。

最後に、市議会議員を7期務め、市議会議長も担われた私どもの組合の元委員長が10月2日に逝去されました。私自身が長く組合活動を続けてきた中、最もご縁の深かった大先輩でした。本当にお世話になりました。ご冥福をお祈りし、心からお悔やみ申し上げます。

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