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2023年8月19日 (土)

ベーシックサービスと財源論 Part2

戦争を顧みる季節柄、前回記事は「平和の話、インデックスⅣ」でした。前々回記事「ベーシックサービスと財源論」の最後に慶応義塾大学の井手英策教授の著書どうせ社会は変えられないなんてだれが言った? ベーシックサービスという革命』を最近読み終えていることを伝えていました。

前々回記事はその著書の内容にもつなげていくつもりだっため、今回改めてベーシックサービスと財源論に関して「Part2」を付けて書き進めています。今年3月、井手教授の講演内容をもとにベーシックサービス宣言」という記事を投稿していました。

その記事の中では、ベーシックインカムとベーシックサービスの違いや消費税の引き上げについて触れています。熱意がこもった井手教授のお話を直接伺う機会を得て、ベーシックサービスのことに興味を深めていました。

実は季刊誌「とうきょうの自治」の連載記事「新着資料紹介」を担当することになりました。8月に入って発行された最新号で『足元からの学校の安全保障 無償化・学校教育・学力・インクルーシブ』を紹介させていただきました。

次回、秋の号にはベーシックサービスについて取り上げたい旨を事務局の方に相談したところ快諾を得ていました。そのような経緯があり、井手教授の著書の中で最も新しい『どうせ社会は変えられないなんてだれが言った? 』を手にしていました。

季刊誌の原稿の文体は「である調」で字数の制約もあるため、そのまま利用するものではありませんが、連載記事の内容を書き進める前の下準備として今回のブログ記事をまとめてみるつもりです。

最近、ベーシックサービスという言葉をよく耳にするようになっていますが、考案者が井手教授です。医療、介護、教育、障害者福祉など誰もが必要とされるサービスを所得制限をつけず、無償で提供するという考え方を井手教授が提唱するようになってから10年も経っていません。

このような考え方をまとめた井手教授の著書『幸福の増税論  財政はだれのために』が発刊されたのは2018年11月のことです。それ以降、ベーシックサービスという言葉がメディアや政治の場で頻繁に使われ始めていることに井手教授は感慨深く振り返られています。

今回、紹介する著書の「はしがき」の中で、井手教授は「俺が考案者だ!」といばりたいわけでなく、つくった以上、どのような考え方なのか、どのようなメリットがあるのか、皆さんに伝えなければならないという「想い」があることを記しています。

さらに「解説」ではなく、なぜポストコロナの日本でベーシックサービスが重要なのか、多くの方々に知って欲しいという熱い「想い」を託した著書であることを井手教授は説明しています。

確かにベーシックサービスの理論的な話を詳しく知りたい場合は『幸福の増税論』のほうが適しているようです。『どうせ社会は変えられないなんてだれが言った? 』は、父親のいない家庭で育ち、人生で3回死にかけたという井手教授の過酷な生い立ちや政治との関わりなども綴られています。

原体験があり、それらが土台となって理論ができ、その理論をリアルな政治に本気で突きつける、このような経験談を織り交ぜながらベーシックサービスについて語った著書だったため、自伝小説を読むような面白さで頁をめくっていました。

「政治との訣別、そして未練」という見出しの章があります。この著書の中で、井手教授は民進党の政策に大きく関わっていたことを明かしています。消費税2%引き上げ分を幼保や大学の無償化をはじめ、医療・介護の負担軽減に振り向けるというアイデアを民進党の公約議論の場で反映させてきました。

しかし、2017年9月に衆議院が解散され、民進党が希望の党に合流したため、井手教授は政治の表舞台から退くことを決めました。希望の党は消費税の増税凍結を訴え、ベーシックインカムに近い話を公約に取り入れようとしていました。

井手教授の考え方とは相反した動きであり、「希望の党を応援することだけはできない」と民進党の前原代表に伝えて政治との訣別をはかっていました。立ち消えになった「幻のマニフェスト」に対する井手教授の問題意識は次のような言葉にこめられています。

増税に反対する人たちがいます。たしかに増税がなければ、取られる分は少なくてすみますよね。だけど、それはマイナスがゼロになるということであって、増税がなくなることで、よりよい社会に変わるわけじゃありません。

ちなみに解散を宣言した日の記者会見で、安倍元総理が消費税の使い道を見直し、全家庭の幼稚園と保育所、貧困家庭の大学授業料を無償化することを訴えました。社会保障の充実よりも自助努力を重視してきた自民党が「まさか、そこまでやるのか!」と井手教授はたいへん驚かれていました。

2017年の衆院選、2019年の参院選、旧民進党系も含めた野党は増税反対を一致させて選挙戦に臨んでいます。学者生命を懸けて応援した人たちが自分とは正反対の場所に立ち、全力で闘ったはずの与党が同じ場所にいる、言葉にできない無力感におそわれたことを著書の中で明かしています。

子どもは親を選べません。なのに、貧しい家に生まれたというだけで大学や病院にいけない子どもがいます。そんな社会が「公正」な社会ですか? 生まれたときに障がいのある子がいます。それだけの理由で、一生、いろんなことをあきらめなければならない社会が「公正」な社会ですか? 

このような疑問から井手教授は「公正」な社会に向けて、ベーシックサービスの必要性を強く説いています。病気をしても、失業しても、長生きしても、子どもをたくさんもうけても、貧乏な家に生まれても、障害を抱えても、すべての人たちが人間らしい暮らしを手にできる「貯蓄ゼロでも不安ゼロ」の社会を井手教授はめざしています。

その上で「一部の困っている人」をお金で救済した場合、人間の心に屈辱を刻みこむものと井手教授は考えています。お金をサービスに置き換えていくことで、誰かを救済する社会ではなく、皆が権利として、必要な時に堂々とサービスを使える社会に変えていくべきと主張されています。

お金とサービスには決定的な違いがあることも指摘しています。お金は、すべての人たちが欲しがってしまうため、「もらえる人=受益者」と「もらえない人=負担者」の間に分断が生まれ、バラマキ批判を受けがちであることを井手教授は説かれていました。

この対立をなくすためには「みんなを受益者」にしなければなりません。やり方は二つあり、一つはベーシックインカムです。全員にお金を出すことになり、相当な費用がかかってしまいます。5万円で76兆円、7万円であれば国家予算と同程度の107兆円と試算されています。

7万円の額を支給したとしても生活扶助など社会保障の必要性が残るため、結局のところベーシックインカムの理念は薄れてしまうことになります。もう一つがベーシックサービスです。必要な人しかサービスは使わないため、コストを大幅に減らすことができます。

実現可能性の高いベーシックサービスですが、財源の問題も避けて通れません。「現代貨幣理論(MMT)」によると、いくら通貨を発行しても財政は破綻しないと言われています。増税はせず、借金で財政をまわしていくというアイデアは「うまくいくかも知れないけれど、たいへんなことになるかも知れない」というリスキーさがあります。

井手教授は「そんなギャンブルのような政治は、いくら耳ざわりが良くても、一人の国民として支持することができません」と語り、消費税を軸に所得税や法人税なども引き上げていく組み合わせの必要性を訴えています。

消費税は「ステルスタックス」と呼ばれるように目に見えにくく、負担感が少なく多大な税収を生み出します。消費税を1%引き上げると税収増は約2.8兆円、法人税は1%引き上げても5千億円程度にとどまります。

消費税を抜きにすると、実現できる政策のスケールがとても小さくなってしまうんです。ケタちがいの税収を生む消費税を選択肢からはずし、富裕層や大企業への課税のみで社会を変えようと言ってもリアリティがありません。

上記は著書の中に綴られている井手教授の言葉です。さらに消費税は貧しい人も、外国籍の人も、日本に暮らす人すべてが払う税であり、サービスを利用する権利を手に入れるための責任を果たすことになると井手教授は書き添えています。

だれもが、納税の義務を果たし、将来への不安のない社会をつくるための担い手になれる社会は、自分の属する社会というコミュニティを支えている自負をもつでしょう。それは、自分の価値を実感することができる社会でもあります。

政府は信じられない、政治家も信じられない、このような「敗北主義」に陥らず、政治をあきらめるのではなく、めざすべき社会像を語り合いながら民主主義を再生させていく道筋こそ、今、私たちに求められている責務であることを井手教授は呼びかけています。

著書のタイトル『どうせ社会は変えられないなんてだれが言った? 』につながる問題意識です。井手教授は「あとがき」の中で「僕は社会を変えたいんです。でもみんなと一緒じゃないとムリ」と語り、そのための見取り図としてベーシックサービスを提唱されています。

冒頭に記したとおり私自身、井手教授の講演を伺った以降、ベーシックサービスについての関心を高めています。そのため、ささやかな試みですが、季刊誌「とうきょうの自治」や当ブログで井手教授の著書を紹介することで、少しでも望ましい社会に変わっていけることを願っています。

最後に、その著書の最後に掲げられている井手教授の言葉を紹介させていただきます。

さあ、社会を語ろう、そして変えよう、一緒に。

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コメント

庶民から消費税を巻き上げ、経済同友会の主張通りに19%まで巻き上げ税収ガッポガッポ。ベーシックサービスの前に、救うべき低所得層が干からびてしまうだろうね。そんなこともわからないから井手は支持されないのだ。

投稿: れなぞ | 2023年8月24日 (木) 16時51分

れなぞさん、いつもコメントありがとうございます。

今回の記事本文で記していますが、井手教授は消費税を軸に所得税や法人税なども引き上げていく組み合わせの必要性を訴えています。消費税の引き上げ一辺倒ではないこともご理解ください。

いずれにしても個々人が正しいと信じている「答え」は千差万別であることを受けとめています。今週末に投稿する新規記事は「雑談放談」的な内容となりますが、読み終えたばかりの『ザイム真理教』についても触れるつもりです。

ぜひ、引き続きご訪問いただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2023年8月26日 (土) 06時08分

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