ベーシックサービスと財源論
前々回記事「『大本営参謀の情報戦記』から思うこと」、前回記事「『大本営参謀の情報戦記』から思うこと Part2」は時事の話題を紹介しながら自分自身の思うことを書き添えています。多面的な情報を提供する場の一つとして、いわゆるSNSによる「情報の拡散」という位置付けです。
同じモノを見ていても、見る角度や位置によって得られる内容が極端に違ってきます。一つの角度から得られた情報から判断すれば明らかにクロとされたケースも、異なる角度から得られる情報を加味した時、クロとは言い切れなくなる場合も少なくありません。
より望ましい「答え」を見出すためには多面的な情報に触れていくことが重要です。それでも個々人が積み重ねてきた知識や経験から基本的な考え方が培われ、その違いによって物事の見方や評価が大きく分かれがちとなります。
今回、取り上げる題材も人によって賛否や評価が大きく分かれる内容となるのだろうと思っています。少し前の記事「期待したい政治のあり方」の最後のほうで、慶応義塾大学経済学部の井手英策教授の講演内容をもとに綴った当ブログの記事「ベーシックサービス宣言」を紹介しました。
その記事の中では、ベーシックインカムとベーシックサービスの違いや消費税の引き上げについて触れていました。数日前には「期待したい政治のあり方」のコメント欄で、れなぞさんから辛辣な言葉で井手教授や自治労を批判する意見が寄せられています。
いずれにしても機会を見て、めざすべき社会像の話としてベーシックサービスや財源論について取り上げてみるつもりでした。そのため、今回「ベーシックサービスと財源論」というタイトルを付け、れぞなさんのような考えの方々に届けたい多面的な情報の一つとして新規記事を書き進めています。
私自身、幅広い情報や考え方に触れることを目的に多くのサイトをブックマークし、定期的に訪問しています。その一つに労働政策研究・研修機構 研究所長の濱口桂一郎さんの「hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)」があります。
少し前に『連合もなぜ自分たちの期待を裏切る人たちを文句も言わずに応援し続けるのか@井手英策』というタイトルの記事に目が留まっていました。濱口さんが「今まで民主党系の政治家に何回も裏切られてきた井出さんの心の思いが噴出するような表現が垣間見えますね」という一言を添え、井手教授の講演内容の一部を紹介したブログ記事でした。
濱口さんのブログで6月23日に開かれた連合の「政策・制度推進フォーラム」総会で、井手教授の「ベーシックサービス論 財政を鋳直し、社会のあるべき姿を構想する」という記念講演があったことを知りました。連合ニュースのサイトにその講演内容などが報告されています。
リンク先まで参照される方は多くないと思われますので、連合のサイトに掲げられている井手教授の講演内容をそのまま転載します。青字のうち後段で太字にしている箇所は、濱口さんのブログの中でも紹介されていた内容です。さらに濱口さんは強調したい文字の色を変えて斜体にしていましたので、このブログでは赤字にしています。
内閣府の国民生活調査では、「中流」と答えた人は93%で、「下流」と答えた人はわずか4%。4%が喜ぶ政策で選挙に勝てると思っていたら能天気。また、ISSPの調査によると、弱い立場に置かれている人たちに救いの手を差し伸べようという意思をこの国に住む多くの人は持っていないことがわかる。先進国で最も冷淡。「格差是正」「反貧困」ではこの国の人たちには届かないという民意がある。
しかし、World Values Surveyによると、“困っている人を助けるのではなく、自分も含めたすべての人たちが幸せになれるような社会をつくってほしい”と76%が答えている。方向性は明らか。ベーシックサービスとは「あらゆる人が生存、生活のために必要とする/必要としうる基礎的なサービス」。
また、学問的には「健康・精神的自律・社会参加」がベーシックニーズ。ただし、何が普遍的なニーズで何がベーシックサービスかは各党の理念が反映される。一つだけ、すべての人々に保障される権利だということは見逃さないでほしい。
ただし、ベーシックサービスが無償化されただけでは安心して生きていくことができない人たちがいる。したがって、もう一方の車輪として「品位ある最低保障」が必要。ベーシックサービスで中間層の将来不安をなくし、それをもって寛容さを引き出せる。あらゆる人々が直面する共通のリスクに社会全体で備え合うような状況をつくっていくことがベーシックサービスの根底にある理念。
もちろん、財源が必要。皆さんは日本を愛しているか。自分は愛している。すべての個人が人間らしく生きていけるための統一的な条件をつくっていくために理想を掲げて政治をやっているのではないか。「人間らしく」「人間性」という言葉を胸に刻んでほしい。“借金して返済に60年”という無責任の人たちの中に人間性は見出せない。日本を愛するからこそ、きちんと財源の話をしてほしい。
自分は、大学・医療等の無償化などに加えて住宅手当をずっと提案している。この社会は消費税が6%あれば実現する。2019年10月に消費税率が10%になったが、実施前後で賛否がひっくり返った。幼保無償化と一部大学無償化があったから。政策パッケージを上手に出せば半数近い人が賛成するのは明らか。自党の支持率より明らかに多くの人たちが応援してくれる政策をなぜ採用しないのか。
消費減税ほど理解が難しい政策はない。5%減税で富裕層には年間23万円が戻り、低所得層には8万円だけ。なぜ金持ち擁護のようにしか映らない政策を選択するのか。理由は野党共闘。選挙区調整はやればよい。しかし、なぜわざわざ「野党共闘」という名前をつけて一蓮托生みたいなアピールをしないといけないのか。タチのよくない政策に揃えて勝とうする姿を国民はどう見ているか。
社会保障と税の一体改革で民主党はバラバラに。消費税がトラウマというのは理解できるが、学者としては一体改革のスキームは完璧。ところが、財務省との関係か、借金返済を高めたために大きな悲劇を生んだ。このスキームしかないのだから堂々と自信を持ってほしい。もう一つ、連合もなぜ自分たちの期待を裏切る人たちを文句も言わずに応援し続けるのか。
組織内議員もいるだろう。政党を割ってほしい。連合新党をつくってほしい。連合も“その人たちしか応援しない”とはっきり言ってほしい。皆さんにとっての理想とともに闘う仲間を増やしていくことが一番大事ではないか。2017年の(民進党の)マニフェストを議論していた時点では我々が最先端に立っていた。まだ間に合う。連合の選挙総括の中にだけは自分が訴え続けた魂が生きている。皆さんで共有してほしい。
政治の本質は極に走ることではなく、極と極の中庸を模索すること。人類の歴史において、喜びだけを分かち合うことで成立したコミュニティはない。ともに痛みを分かち合ってでも満たさなければならない何かがあったから。消費税は貧しい人も払わなければならない。だからこそ、堂々とサービスを受け取る権利を手にする。
何がベーシックサービスか、どの税で・だれに・何パーセントということを全部話し合わないといけない。国民がほしいものをバラまくなら国会も財政も要らない。必要なものを議論して財源を議論するから、議会、民主主義が必要。義務と権利、受益と負担の間の中庸を模索することが皆さんの使命。“とって使う”という当たり前のことを言えない政治、リベラルに未来はない。
今年3月に投稿した記事「ベーシックサービス宣言」を通し、私自身、ベーシックサービスという考え方に理解を深めつつあることを伝えています。以前の記事「消費税引き上げの問題」や「政策実現と財源問題」に記しているとおり消費税の引き上げの必要性についても認めている立場です。
したがって、井手教授の政策提言の方向性に関しては強く共感しています。ただ連合新党の話などは少し違和感があります。それこそベーシックサービスや消費税の問題に対し、幅広い支持を得られるように力を尽くし、賛同者を広げていくことが重要だろうと思っています。
連合が支援する政党自体、井手教授が理想視する社会像をめざす政策集団になり得るよう願っています。「今まで民主党系の政治家に何回も裏切られてきた」という濱口さんの一言のような経緯があるのかも知れませんが、大きな塊を作らなければ政治は変わりません。
もっと言えば与党も含め、めざすべき社会像のあり方を巡り、個々の政治家がシャッフルされるような政党の再編を望んでいます。昨日から読売新聞の朝刊に『岸田政権の課題』という連載が始まっています。第1回目は自民党の谷垣禎一元総裁で、積極財政派の声が高まっていることに対し、次のように語っていました。
財政規律を全部外すというのはいけない。国債を少子化対策に活用する余地はあるかもしれないが、何でもかんでも国債に頼るわけにはいかない。(財源の議論から)逃げてはいけない。
第2回目は野田佳彦元総理で、自民党内の増税不要という声に「きちんと財源の手当てをすることが基本だ」とし、「政策はメニューだけではなく、それにいくらかかるかを示して初めて国民は判断できる」と財源問題の重要性について語っています。少し横道にそれますが、野田元総理は次のような問題意識も示していました。
立民には多様性という武器があるのに、バラバラ感が目立ってしまうのは、幹部から若手まで反省しないといけない。激しい議論をするのはいいが、まとまったら、一枚岩で対応する文化を作れていないのが残念だ。
立憲民主党に限らず、多様な意見を認め合いながらも、組織として決めたことは皆が尊重していく、このような基本の大切さは言うまでもありません。多様な意見を認め合うという意味で、財政は破綻しないから通貨や国債を増発しても問題ないというMMT(現代貨幣理論)が正しく、景気浮揚のためにも消費税の引き下げは重要な政策判断なのかも知れません。
しかし、井手教授をはじめ、谷垣元総裁や野田元総理、私自身も含めて、そのような方向性に危惧を抱く人たちが多いことも確かです。いずれにしても自治労や連合、財務省などの組織が消費税引き上げの必要性を言葉にした時、「既得権を守りたいため」というような決めつけた属性批判は避けて欲しいものと考えています。
『ザイム真理教』などと揶揄した言葉や先入観を排し、多面的な情報や考え方に触れていきながら、より望ましい「答え」に近づいていこうとする謙虚で柔軟な姿勢は、誰もが求められているのではないでしょうか。このような心構えは自分自身にも常に言い聞かせている点です。
連合のサイトに掲げられている井手教授の講演内容をそのまま紹介したため、たいへん長い新規記事になっています。実は最近、井手教授の『どうせ社会は変えられないなんてだれが言った? ベーシックサービスという革命』という著書を読み終えていました。
今回の新規記事の中で、その著書の内容にもつなげていくつもりでしたが、これ以上、長い記事になることは避けます。次回は季節柄、平和を考える題材を考えているため、著書に絡む話は機会を見ながら改めて取り上げていきます。最後に、リンク先に掲げられている井手教授の著書の紹介文を転載させていただきます。
貯蓄ゼロでも不安ゼロな社会は実現できる! 著者は、2018年、「医療、介護、教育、障がい者福祉のすべてが無償。貯蓄ゼロでも不安ゼロな社会」を実現するための方法<ベーシックサービス>を発表。消費税増税の必要性に切り込み、賛否両論を巻き起こしました。本書はその入門書にして決定版。なぜ忌み嫌われる「消費税増税」が「格差なき社会」につながるのかを、軽やかにひもといていきます。
本書には、「社会」という言葉が294件も出てきます。著者は本気で、税の使い道を通じ、社会を語ろう、社会を変えよう、身近を革命しよう、と私たちに迫ります。「人口減少、高齢化、経済の長期停滞、まさに『縮減の世紀』がはじまりました。のぞましい社会を語りあうのは、いまです。いまなら間にあいます。これは、知的遊戯ではありません。僕たちの自由を守るための『静かな闘い』です」
.....東大を出て大学教授になった"勝ち組"(らしき)著者が、なぜこんな無骨なまでに熱く語るのでしょうか? ベーシックサービス理論とふかく結びつく、著者の壮絶な過去もあますところなく語られます。著者渾身の静かな、しかし胸熱の闘いに、ぜひあなたも加わってください。
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コメント
そもそも自治労組合員だけあって随分高額の所得を得ているから、消費税率アップや社会保険、住民税の値上げでコスられることで生活が苦しくなる低所得労働者の視点を全く持っていないのが井手英策。さすがネオリベ総本山の慶応というべきである。貧乏人増税に賛成するな上級国民どもめが。
投稿: れなぞ | 2023年8月10日 (木) 22時48分
れなぞさん、コメントありがとうございました。
今回の記事本文中にも記している点ですが、発信側の属性で判断することなく、その内容の是非が問われるべきものと思っています。
来週以降の新規記事で井手教授の訴えるベーシックサービスの話などは改めて取り上げるつもりです。ぜひ、引き続きご注目いただければ幸いですのでよろしくお願いします。
投稿: OTSU | 2023年8月12日 (土) 05時55分