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2023年8月26日 (土)

2023年夏、気ままに思うこと

8月も下旬となっていますが、まだまだ猛暑日が続いています。週1回、土曜か日曜に更新している当ブログ「公務員のためいき」のサブタイトルは「逆風を謙虚に受けとめながら雑談放談」です。

ブログを開設した頃、強まっていた公務員バッシングという逆風に対し、謙虚に受けとめながらも主張すべきことは主張していくというスタンスで投稿を重ねていました。

あくまでも個人の責任での運営ですので肩肘張らず、気ままに思うことを書き進めるブログとしてサブタイトルに「雑談放談」という言葉を添えています。今回も「2023年夏、気ままに思うこと」という記事タイトルのとおり雑多な話題を取り上げていくつもりです。

前回記事「ベーシックサービスと財源論 Part2」は季刊誌「とうきょうの自治」の連載記事「新着資料紹介」の入稿原稿の下準備としてまとめていることを伝えていました。やはり字数を気にせず、書き進めていると400字詰原稿用紙8枚ほどの分量に及んでいました。

1頁に収まらないことを事務局の方にメールしたところ「資料紹介の頁ですから何とか収めてください」という返事をいただいていました。そのため、井手英策教授の熱い「想い」の紹介を中心に据えながら自分自身の思いを端的に重ね合わせる試みを8月末までに終わらせなければなりません(💧)。

前回記事のコメント欄には、れなぞさんから井手教授の考えを批判する意見が寄せられ、私から「井手教授は消費税を軸に所得税や法人税なども引き上げていく組み合わせの必要性を訴えています。消費税の引き上げ一辺倒ではないこともご理解ください」と答え、次の言葉につなげています。

いずれにしても個々人が正しいと信じている「答え」は千差万別であることを受けとめています。今週末に投稿する新規記事は「雑談放談」的な内容となりますが、読み終えたばかりの『ザイム真理教』についても触れるつもりです。

ザイム真理教』は経済アナリストである獨協大学経済学部の森永卓郎教授の著書です。日頃から多面的な情報に触れようと心がけているため、いつも立ち寄る書店で見かけたのでレジに運んでいました。その著書の中で森永教授は次のように訴えています。

財務省が40年間布教を続けてきた「財政均衡主義」という教義は、国民やマスメディアや政治家に至るまで深く浸透した。つまり、国民全体が財務省に洗脳されてしまったのだ。財務省は、宗教を通り越して、カルト教団化している。そして、その教義を守る限り、日本経済は転落を続け、国民生活は貧困化する一方になる。

新たに通貨を発行すると発行者が利益を得る「通貨発行益」について森永教授は詳しく説明しています。国債の発行を続けても財政は破綻しないのにも関わらず、消費税の引き上げを目論む財務省を痛烈に批判した著書です。

関心を引くためにカルト教団に例えているのかも知れませんが、私自身は逆効果だと感じています。財務省の利権の話や国家公務員人件費の高さなどにも触れながら持論の正しさを補強されていましたが、そのあたりについても大きな違和感がありました。

「なるほど」と思える箇所もありましたので、あえて揶揄した言葉は使わず、ご自身の考え方を主張されたほうが説得力は増したように思っています。特に公務員バッシング最盛期の頃の批判内容も目立ち、「何だかなぁ」という読後感の著書でした。 

そもそも井手教授も増税はせず、借金で財政をまわしていくというアイデアは「うまくいくかも知れないけれど」と述べています。一方で「たいへんなことになるかも知れない」というリスキーさを指摘し、将来への不安のない社会をつくるためには消費税の引き上げが欠かせないという考えです。

私自身も同様な問題意識があり、このところ井手教授について取り上げることが多くなっています。続いて時事の話題にも触れていきます。木曜午後、福島第一原発の処理水の海洋放出が開始されました。

このブログでは4年前に「福島第一原発の現状」という記事を投稿しています。連合地区協の視察研修に参加し、実際に見聞した内容をまとめた記事です。その中では次のような記述を残していました。

雨水や水道水、大気中にも存在しているトリチウムは今の技術では水から取り除くことができません。トリチウムだけを残した汚染水は科学的な観点から安全性が保障され、国内外の原発では海洋や大気などの環境に排出することが一般的であるようです。しかしながら事故収束の段階の福島第一原発では新たな風評被害を生んでしまう恐れがあるため、敷地内にタンクを増設しながら貯め続けている現状です。

ほぼ安全であることは間違いないのだろうと受けとめています。そのため、安全が、より多くの人たちの安心に結び付かず、風評被害につながりかねない悩ましい現況を憂慮しています。とりわけ地元の皆さんから充分な信頼や合意を得られないままの放出は拙速感が否めなかったように思っています。

財源論の問題などでは「答え」の異なりがちな政策工房の高橋洋一会長ですが、下記に紹介するような『政治家が処理水を飲んで安心をアピール』という発想はうなづけるものがあります。

古典的手法だが、政治家が処理水を飲んで安心をアピールするというパフォーマンスがある。これは、中国は政治的に難癖をつけているのでその撃退にもなるという一石二鳥の策だ。以前2011年当時にも内閣府政務官が処理水を飲んだことがあるが、その方はいまだに健在だ。

今回は外相が飲んだらいい。と同時に中国の外相にも自分のところで放出している処理水を飲めと言えばいい。中国の外相が四の五の言って飲まなければ政治的に負け、飲んでも日本の主張を認めたことになるので、いずれにしても日本にとって不都合ではない。

今回の海洋放出にあたり、韓国政府は「過度に心配する必要はない」という立場を表明しています。日本政府との関係性が好転している証しであり、安全であるという言葉に信頼を寄せてくれている結果だろうと思っています。

強固な信頼感があれば「あの人の言っていることだから信じよう」という関係性につながります。そのためにも組織のリーダーや政治家は重責を自覚した上、普段から周囲の信頼を裏切らないような言動に努めていく必要があるのではないでしょうか。

同時に重責を担うための資質を疑問視された人物が、マイナスにつながる情報が伝わらないまま過剰に評価されていくのであれば、それはそれで問題です。一例として、最近の世論調査でも次の総理大臣候補として河野太郎大臣は上位に顔を出しています。

保険証廃止「法律で決まってる」 河野デジタル相、利点を強調』『官僚を震え上がらせる河野太郎大臣の“締め切り病” 口癖は「早くやれ」でトラブル続出』というような情報に触れた場合、とても次期総理には推奨できないように思えてしまいます。

野党の中で支持率が高まりつつある日本維新の会、馬場伸幸代表についても次のような文春の記事《音声入手》「一筆頂いて」「物忘れが激しくなった時に」  維新・馬場伸幸代表 社会福祉法人の“乗っ取り疑惑” 認知機能が衰えた理事長に…』を目にしていますが、この情報の広がりは見られていないようです。

本当に雑多な話題を気ままに書き進めているため、たいへん長い記事になっています。最後にローカルな話題となります。6月に投稿した記事労使の信頼関係について思うこと」の中でも触れた市長選の話です。明日告示日を迎え、9月3日に投開票されます。

これまで当ブログでは4年ごとに「市長選に向けた組合の対応」 「過ぎ去る夏に市長選」 「8月9日に市長選と市議補選」「2019年夏の市長選」という記事を投稿しています。立場上、選挙戦とは適切な距離感が必要ですが、重大な関心事であることには間違いありません。

現職の市長が退任されるため、新人同士の選挙戦となります。現職に257票という僅差に迫った都議が再び市長選に挑み、自民党は現職の都議を候補者に擁立しています。3人目の候補として、現職市議が都民ファーストと国民民主党の推薦を得ています。

執行委員長を退任していますので直接関わっていませんが、私どもの組合は前回までと同じ対応をはかっています。質問書を予定候補者の方々にお渡し、回答を得られた場合、原文のまま組合員の皆さんに公開するという取り組みです。

最後に、今回の記事の投稿にあたり、16年前の記事「20年ぶりに新市長誕生」を読み返していました。初登庁の日に「初仕事が労働組合との話し合い」と気合いを込められていた現市長と向き合った場面を懐かしく思い出しています。16年間、たいへんお疲れ様でした。

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2023年8月19日 (土)

ベーシックサービスと財源論 Part2

戦争を顧みる季節柄、前回記事は「平和の話、インデックスⅣ」でした。前々回記事「ベーシックサービスと財源論」の最後に慶応義塾大学の井手英策教授の著書どうせ社会は変えられないなんてだれが言った? ベーシックサービスという革命』を最近読み終えていることを伝えていました。

前々回記事はその著書の内容にもつなげていくつもりだっため、今回改めてベーシックサービスと財源論に関して「Part2」を付けて書き進めています。今年3月、井手教授の講演内容をもとにベーシックサービス宣言」という記事を投稿していました。

その記事の中では、ベーシックインカムとベーシックサービスの違いや消費税の引き上げについて触れています。熱意がこもった井手教授のお話を直接伺う機会を得て、ベーシックサービスのことに興味を深めていました。

実は季刊誌「とうきょうの自治」の連載記事「新着資料紹介」を担当することになりました。8月に入って発行された最新号で『足元からの学校の安全保障 無償化・学校教育・学力・インクルーシブ』を紹介させていただきました。

次回、秋の号にはベーシックサービスについて取り上げたい旨を事務局の方に相談したところ快諾を得ていました。そのような経緯があり、井手教授の著書の中で最も新しい『どうせ社会は変えられないなんてだれが言った? 』を手にしていました。

季刊誌の原稿の文体は「である調」で字数の制約もあるため、そのまま利用するものではありませんが、連載記事の内容を書き進める前の下準備として今回のブログ記事をまとめてみるつもりです。

最近、ベーシックサービスという言葉をよく耳にするようになっていますが、考案者が井手教授です。医療、介護、教育、障害者福祉など誰もが必要とされるサービスを所得制限をつけず、無償で提供するという考え方を井手教授が提唱するようになってから10年も経っていません。

このような考え方をまとめた井手教授の著書『幸福の増税論  財政はだれのために』が発刊されたのは2018年11月のことです。それ以降、ベーシックサービスという言葉がメディアや政治の場で頻繁に使われ始めていることに井手教授は感慨深く振り返られています。

今回、紹介する著書の「はしがき」の中で、井手教授は「俺が考案者だ!」といばりたいわけでなく、つくった以上、どのような考え方なのか、どのようなメリットがあるのか、皆さんに伝えなければならないという「想い」があることを記しています。

さらに「解説」ではなく、なぜポストコロナの日本でベーシックサービスが重要なのか、多くの方々に知って欲しいという熱い「想い」を託した著書であることを井手教授は説明しています。

確かにベーシックサービスの理論的な話を詳しく知りたい場合は『幸福の増税論』のほうが適しているようです。『どうせ社会は変えられないなんてだれが言った? 』は、父親のいない家庭で育ち、人生で3回死にかけたという井手教授の過酷な生い立ちや政治との関わりなども綴られています。

原体験があり、それらが土台となって理論ができ、その理論をリアルな政治に本気で突きつける、このような経験談を織り交ぜながらベーシックサービスについて語った著書だったため、自伝小説を読むような面白さで頁をめくっていました。

「政治との訣別、そして未練」という見出しの章があります。この著書の中で、井手教授は民進党の政策に大きく関わっていたことを明かしています。消費税2%引き上げ分を幼保や大学の無償化をはじめ、医療・介護の負担軽減に振り向けるというアイデアを民進党の公約議論の場で反映させてきました。

しかし、2017年9月に衆議院が解散され、民進党が希望の党に合流したため、井手教授は政治の表舞台から退くことを決めました。希望の党は消費税の増税凍結を訴え、ベーシックインカムに近い話を公約に取り入れようとしていました。

井手教授の考え方とは相反した動きであり、「希望の党を応援することだけはできない」と民進党の前原代表に伝えて政治との訣別をはかっていました。立ち消えになった「幻のマニフェスト」に対する井手教授の問題意識は次のような言葉にこめられています。

増税に反対する人たちがいます。たしかに増税がなければ、取られる分は少なくてすみますよね。だけど、それはマイナスがゼロになるということであって、増税がなくなることで、よりよい社会に変わるわけじゃありません。

ちなみに解散を宣言した日の記者会見で、安倍元総理が消費税の使い道を見直し、全家庭の幼稚園と保育所、貧困家庭の大学授業料を無償化することを訴えました。社会保障の充実よりも自助努力を重視してきた自民党が「まさか、そこまでやるのか!」と井手教授はたいへん驚かれていました。

2017年の衆院選、2019年の参院選、旧民進党系も含めた野党は増税反対を一致させて選挙戦に臨んでいます。学者生命を懸けて応援した人たちが自分とは正反対の場所に立ち、全力で闘ったはずの与党が同じ場所にいる、言葉にできない無力感におそわれたことを著書の中で明かしています。

子どもは親を選べません。なのに、貧しい家に生まれたというだけで大学や病院にいけない子どもがいます。そんな社会が「公正」な社会ですか? 生まれたときに障がいのある子がいます。それだけの理由で、一生、いろんなことをあきらめなければならない社会が「公正」な社会ですか? 

このような疑問から井手教授は「公正」な社会に向けて、ベーシックサービスの必要性を強く説いています。病気をしても、失業しても、長生きしても、子どもをたくさんもうけても、貧乏な家に生まれても、障害を抱えても、すべての人たちが人間らしい暮らしを手にできる「貯蓄ゼロでも不安ゼロ」の社会を井手教授はめざしています。

その上で「一部の困っている人」をお金で救済した場合、人間の心に屈辱を刻みこむものと井手教授は考えています。お金をサービスに置き換えていくことで、誰かを救済する社会ではなく、皆が権利として、必要な時に堂々とサービスを使える社会に変えていくべきと主張されています。

お金とサービスには決定的な違いがあることも指摘しています。お金は、すべての人たちが欲しがってしまうため、「もらえる人=受益者」と「もらえない人=負担者」の間に分断が生まれ、バラマキ批判を受けがちであることを井手教授は説かれていました。

この対立をなくすためには「みんなを受益者」にしなければなりません。やり方は二つあり、一つはベーシックインカムです。全員にお金を出すことになり、相当な費用がかかってしまいます。5万円で76兆円、7万円であれば国家予算と同程度の107兆円と試算されています。

7万円の額を支給したとしても生活扶助など社会保障の必要性が残るため、結局のところベーシックインカムの理念は薄れてしまうことになります。もう一つがベーシックサービスです。必要な人しかサービスは使わないため、コストを大幅に減らすことができます。

実現可能性の高いベーシックサービスですが、財源の問題も避けて通れません。「現代貨幣理論(MMT)」によると、いくら通貨を発行しても財政は破綻しないと言われています。増税はせず、借金で財政をまわしていくというアイデアは「うまくいくかも知れないけれど、たいへんなことになるかも知れない」というリスキーさがあります。

井手教授は「そんなギャンブルのような政治は、いくら耳ざわりが良くても、一人の国民として支持することができません」と語り、消費税を軸に所得税や法人税なども引き上げていく組み合わせの必要性を訴えています。

消費税は「ステルスタックス」と呼ばれるように目に見えにくく、負担感が少なく多大な税収を生み出します。消費税を1%引き上げると税収増は約2.8兆円、法人税は1%引き上げても5千億円程度にとどまります。

消費税を抜きにすると、実現できる政策のスケールがとても小さくなってしまうんです。ケタちがいの税収を生む消費税を選択肢からはずし、富裕層や大企業への課税のみで社会を変えようと言ってもリアリティがありません。

上記は著書の中に綴られている井手教授の言葉です。さらに消費税は貧しい人も、外国籍の人も、日本に暮らす人すべてが払う税であり、サービスを利用する権利を手に入れるための責任を果たすことになると井手教授は書き添えています。

だれもが、納税の義務を果たし、将来への不安のない社会をつくるための担い手になれる社会は、自分の属する社会というコミュニティを支えている自負をもつでしょう。それは、自分の価値を実感することができる社会でもあります。

政府は信じられない、政治家も信じられない、このような「敗北主義」に陥らず、政治をあきらめるのではなく、めざすべき社会像を語り合いながら民主主義を再生させていく道筋こそ、今、私たちに求められている責務であることを井手教授は呼びかけています。

著書のタイトル『どうせ社会は変えられないなんてだれが言った? 』につながる問題意識です。井手教授は「あとがき」の中で「僕は社会を変えたいんです。でもみんなと一緒じゃないとムリ」と語り、そのための見取り図としてベーシックサービスを提唱されています。

冒頭に記したとおり私自身、井手教授の講演を伺った以降、ベーシックサービスについての関心を高めています。そのため、ささやかな試みですが、季刊誌「とうきょうの自治」や当ブログで井手教授の著書を紹介することで、少しでも望ましい社会に変わっていけることを願っています。

最後に、その著書の最後に掲げられている井手教授の言葉を紹介させていただきます。

さあ、社会を語ろう、そして変えよう、一緒に。

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2023年8月12日 (土)

平和の話、インデックスⅣ

前回記事「ベーシックサービスと財源論」の最後に「次回は季節柄、平和を考える題材を考えている…」と記していました。8月6日は広島、9日は長崎の原爆忌でした。15日には終戦記念日を迎えます。

毎年、8月に入ると戦争について取り上げるメディアが増えています。戦争を体験された方が少なくなる中、この時期だけでもメディアが力を注ぐことは意義深いものと受けとめています。このブログでも戦争を顧みる機会とし、8月に平和への思いを託した記事を投稿しています。

終戦直後、GHQによって原爆被害の実態を報じることが禁止されました。水曜の夜に放映されたNHKの『歴史探偵  消えた原爆ニュース』で、そのような時代があったことを改めて認識していました。

この話を取り上げるだけで、ブログの新規記事としてまとめられる問題の奥深さを提起した番組でした。興味を持たれた方はリンク先のNHKのサイトをご参照ください。今回の記事は「平和の話、インデックスⅣ」というタイトルを付けています。

これまでカテゴリー別に検索できる機能を使いこなせなかったため「自治労の話、2012年夏」のように記事本文の中にインデックス(索引)代わりに関連した内容のバックナンバーを並べていました。その発展形として「○○の話、インデックス」を始めています。

その記事の冒頭、インデックス記事のバックナンバーを並べることで「インデックス記事のインデックス」の役割を持たせています。カテゴリー別のバックナンバーを探す際、自分自身にとっても役に立つ整理の仕方であり、時々、そのような構成で新規記事をまとめていました。

これまで投稿したインデックス記事は「職務の話、インデックス」「原発の話、インデックス」「定期大会の話、インデックスⅡ」「年末の話、インデックスⅡ」「春闘の話、インデックスⅡ」「人事評価の話、インデックス」「図書館の話、インデックス」「旗びらきの話、インデックスⅡ」「人事院勧告の話、インデックス」「非正規雇用の話、インデックスⅡ」「いがみ合わないことの大切さ、インデックス」「憲法の話、インデックスⅡ」「平和の話、インデックスⅢ」」「原発の話、インデックスⅡ」「コメント欄の話、インデックスⅡ」「会計年度任用職員制度、インデックス組合役員の改選期、インデックスⅢ」「自治労大会の話、インデックス のとおりです。

「Ⅱ」以降がある場合は最新のインデックス記事のみを紹介しています。そのようなインデックス記事が右サイドバーの「最近の記事」から消えていたタイミングであり、久しぶりに「平和の話」のインデックス記事を投稿してみようと考えました。

直近のインデックス記事を確認してみたところ「平和の話、インデックスⅢ」を投稿したのは2018年8月5日でした。あれから5年が過ぎ、その間にはロシアのウクライナ侵略があり、未だ戦火の消える兆しが見られません。必然的に「平和の話」として加えるべき直接的な題材の投稿は数多くありました。

ブログ開設当初の記事から並べると下記のような長さの一覧となっています。新たに加える記事以外は「平和の話、インデックス」「Ⅱ」 「Ⅲ」のみを掲げて少し集約することも考えましたが、自分自身の使い勝手を優先させていただき今回も「組合の平和運動」から始まるすべての記事を掲げています。

これまで当ブログに投稿した戦争や平和のあり方を題材にした記事を並べています。それぞれの記事に私自身の平和への思いを託し、安全保障に対する考え方などを綴っています。お時間等が許され、少しでも興味を持たれた記事があった場合、ご覧いただければ誠に幸いです。

今回、5年間の記事を振り返る作業を通し、その時々の世相を反映していることを再認識しています。2021年の記事は2タイトルにとどまっています。その年の8月には直接的な題材の投稿がなかったことを思い出す機会となっていました。

コロナ禍による緊急事態宣言が繰り返されていた年であり、8月には東京オリンピックとパラリンピックが開催されていました。一転して2022年2月、ウクライナ戦争が始まった以降、平和を願う題材の記事は急増しています。

これまで「○○の話、インデックス」という記事を投稿した際、バックナンバーの紹介だけにとどめず、関連した内容も書き添えています。「平和の話、インデックスⅢ」の時も、なぜ、このブログでは「平和の話」の投稿が多いのか、そのような点について説明を加えていました。

さすがに今回は、これ以上、長々とした記事にすることは控えます。それでも当ブログの投稿を通し、最も訴えたい問題意識であり、多用している次のような言葉だけは今回のインデックス記事にも付け加えさせていただきます。

         *          *

大地震や感染症など自然界の脅威は人間の「意思」で抑え込めません。しかし、戦争は権力者の「意思」や国民の熱狂によって引き起こされるため、人間の「意思」によって抑えることができるはずです。

脅威とは「能力」と「意思」の掛け算で決まると言われています。したがって、安全保障は抑止と安心供与の両輪によって成立させることが重要です。戦争を未然に防ぐためには「攻めたら反撃される」という抑止効果とともに「先に攻めるつもりがない」という相手方を安心させるメッセージとのバランスが求められています。

ロシアのように軍事力で「自国の正義」を押し通そうとした場合、国際社会で孤立し、甚大な不利益を被るという関係性を築いていかなければなりません。国際社会の定められたルールは絶対守らなければならない、このことを刻み付けるためにもウクライナでの戦争の帰趨は極めて重大だと考えています。

いずれにしても安全保障のジレンマという言葉があるとおり武力一辺倒によって平和は築けないことを普遍的な教訓としなければなりません。さらに軍拡路線は国家財政を逼迫させ、国民生活にも影響を及ぼしていくことになります。

しかしながら憲法9条さえ守れば平和が続くという考えではありません。守るべきものは日本国憲法の平和主義の効用です。攻められない限り戦争はしないという専守防衛の原則のもと安心供与という広義の国防を重視し、外交関係や経済交流を活発化させるソフトパワーに力を注ぐべきという考えです。

そして、誰もが戦争は避けたいと願っている中で、戦争を防ぐため、平和を築くための考え方に相違が生じがちな現状について認識しています。戦争のもたらす非道さや悲惨さを受けとめ、ウクライナでの戦争を現実的な脅威として、どうすれば戦争を防ぐことができるのか、このブログを通して自問自答しています。

このような考えに至っている経緯や背景について、上記に掲げた膨大な記事の一つ一つに綴っています。あくまでも自分自身が正しいと信じている「答え」の数々であり、異論や反論を持たれる方々も多いのだろうと思っています。多面的な情報を提供する場として、ご理解くださるようお願いします。

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2023年8月 5日 (土)

ベーシックサービスと財源論

前々回記事「『大本営参謀の情報戦記』から思うこと」、前回記事「『大本営参謀の情報戦記』から思うこと Part2」は時事の話題を紹介しながら自分自身の思うことを書き添えています。多面的な情報を提供する場の一つとして、いわゆるSNSによる「情報の拡散」という位置付けです。

同じモノを見ていても、見る角度や位置によって得られる内容が極端に違ってきます。一つの角度から得られた情報から判断すれば明らかにクロとされたケースも、異なる角度から得られる情報を加味した時、クロとは言い切れなくなる場合も少なくありません。

より望ましい「答え」を見出すためには多面的な情報に触れていくことが重要です。それでも個々人が積み重ねてきた知識や経験から基本的な考え方が培われ、その違いによって物事の見方や評価が大きく分かれがちとなります。

今回、取り上げる題材も人によって賛否や評価が大きく分かれる内容となるのだろうと思っています。少し前の記事「期待したい政治のあり方」の最後のほうで、慶応義塾大学経済学部の井手英策教授の講演内容をもとに綴った当ブログの記事ベーシックサービス宣言」を紹介しました。

その記事の中では、ベーシックインカムとベーシックサービスの違いや消費税の引き上げについて触れていました。数日前には「期待したい政治のあり方」のコメント欄で、れなぞさんから辛辣な言葉で井手教授や自治労を批判する意見が寄せられています。

いずれにしても機会を見て、めざすべき社会像の話としてベーシックサービスや財源論について取り上げてみるつもりでした。そのため、今回「ベーシックサービスと財源論」というタイトルを付け、れぞなさんのような考えの方々に届けたい多面的な情報の一つとして新規記事を書き進めています。

私自身、幅広い情報や考え方に触れることを目的に多くのサイトをブックマークし、定期的に訪問しています。その一つに労働政策研究・研修機構 研究所長の濱口桂一郎さんのhamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)」があります。

少し前に連合もなぜ自分たちの期待を裏切る人たちを文句も言わずに応援し続けるのか@井手英策』というタイトルの記事に目が留まっていました。濱口さんが「今まで民主党系の政治家に何回も裏切られてきた井出さんの心の思いが噴出するような表現が垣間見えますね」という一言を添え、井手教授の講演内容の一部を紹介したブログ記事でした。

濱口さんのブログで6月23日に開かれた連合の「政策・制度推進フォーラム」総会で、井手教授の「ベーシックサービス論 財政を鋳直し、社会のあるべき姿を構想する」という記念講演があったことを知りました。連合ニュースのサイトにその講演内容などが報告されています。

リンク先まで参照される方は多くないと思われますので、連合のサイトに掲げられている井手教授の講演内容をそのまま転載します。青字のうち後段で太字にしている箇所は、濱口さんのブログの中でも紹介されていた内容です。さらに濱口さんは強調したい文字の色を変えて斜体にしていましたので、このブログでは赤字にしています。

内閣府の国民生活調査では、「中流」と答えた人は93%で、「下流」と答えた人はわずか4%。4%が喜ぶ政策で選挙に勝てると思っていたら能天気。また、ISSPの調査によると、弱い立場に置かれている人たちに救いの手を差し伸べようという意思をこの国に住む多くの人は持っていないことがわかる。先進国で最も冷淡。「格差是正」「反貧困」ではこの国の人たちには届かないという民意がある。

しかし、World Values Surveyによると、“困っている人を助けるのではなく、自分も含めたすべての人たちが幸せになれるような社会をつくってほしい”と76%が答えている。方向性は明らか。ベーシックサービスとは「あらゆる人が生存、生活のために必要とする/必要としうる基礎的なサービス」。

また、学問的には「健康・精神的自律・社会参加」がベーシックニーズ。ただし、何が普遍的なニーズで何がベーシックサービスかは各党の理念が反映される。一つだけ、すべての人々に保障される権利だということは見逃さないでほしい。

ただし、ベーシックサービスが無償化されただけでは安心して生きていくことができない人たちがいる。したがって、もう一方の車輪として「品位ある最低保障」が必要。ベーシックサービスで中間層の将来不安をなくし、それをもって寛容さを引き出せる。あらゆる人々が直面する共通のリスクに社会全体で備え合うような状況をつくっていくことがベーシックサービスの根底にある理念。

もちろん、財源が必要。皆さんは日本を愛しているか。自分は愛している。すべての個人が人間らしく生きていけるための統一的な条件をつくっていくために理想を掲げて政治をやっているのではないか。「人間らしく」「人間性」という言葉を胸に刻んでほしい。“借金して返済に60年”という無責任の人たちの中に人間性は見出せない。日本を愛するからこそ、きちんと財源の話をしてほしい。

自分は、大学・医療等の無償化などに加えて住宅手当をずっと提案している。この社会は消費税が6%あれば実現する。2019年10月に消費税率が10%になったが、実施前後で賛否がひっくり返った。幼保無償化と一部大学無償化があったから。政策パッケージを上手に出せば半数近い人が賛成するのは明らか。自党の支持率より明らかに多くの人たちが応援してくれる政策をなぜ採用しないのか。

消費減税ほど理解が難しい政策はない。5%減税で富裕層には年間23万円が戻り、低所得層には8万円だけ。なぜ金持ち擁護のようにしか映らない政策を選択するのか。理由は野党共闘選挙区調整はやればよい。しかし、なぜわざわざ「野党共闘」という名前をつけて一蓮托生みたいなアピールをしないといけないのか。タチのよくない政策に揃えて勝とうする姿を国民はどう見ているか

社会保障と税の一体改革で民主党はバラバラに。消費税がトラウマというのは理解できるが、学者としては一体改革のスキームは完璧。ところが、財務省との関係か、借金返済を高めたために大きな悲劇を生んだ。このスキームしかないのだから堂々と自信を持ってほしい。もう一つ、連合もなぜ自分たちの期待を裏切る人たちを文句も言わずに応援し続けるのか

組織内議員もいるだろう。政党を割ってほしい。連合新党をつくってほしい。連合も“その人たちしか応援しない”とはっきり言ってほしい。皆さんにとっての理想とともに闘う仲間を増やしていくことが一番大事ではないか。2017年の(民進党の)マニフェストを議論していた時点では我々が最先端に立っていた。まだ間に合う。連合の選挙総括の中にだけは自分が訴え続けた魂が生きている。皆さんで共有してほしい。

政治の本質は極に走ることではなく、極と極の中庸を模索すること。人類の歴史において、喜びだけを分かち合うことで成立したコミュニティはない。ともに痛みを分かち合ってでも満たさなければならない何かがあったから。消費税は貧しい人も払わなければならない。だからこそ、堂々とサービスを受け取る権利を手にする。

何がベーシックサービスか、どの税で・だれに・何パーセントということを全部話し合わないといけない。国民がほしいものをバラまくなら国会も財政も要らない。必要なものを議論して財源を議論するから、議会、民主主義が必要。義務と権利、受益と負担の間の中庸を模索することが皆さんの使命。“とって使う”という当たり前のことを言えない政治、リベラルに未来はない

今年3月に投稿した記事ベーシックサービス宣言」を通し、私自身、ベーシックサービスという考え方に理解を深めつつあることを伝えています。以前の記事「消費税引き上げの問題」や「政策実現と財源問題」に記しているとおり消費税の引き上げの必要性についても認めている立場です。

したがって、井手教授の政策提言の方向性に関しては強く共感しています。ただ連合新党の話などは少し違和感があります。それこそベーシックサービスや消費税の問題に対し、幅広い支持を得られるように力を尽くし、賛同者を広げていくことが重要だろうと思っています。

連合が支援する政党自体、井手教授が理想視する社会像をめざす政策集団になり得るよう願っています。「今まで民主党系の政治家に何回も裏切られてきた」という濱口さんの一言のような経緯があるのかも知れませんが、大きな塊を作らなければ政治は変わりません。

もっと言えば与党も含め、めざすべき社会像のあり方を巡り、個々の政治家がシャッフルされるような政党の再編を望んでいます。昨日から読売新聞の朝刊に『岸田政権の課題』という連載が始まっています。第1回目は自民党の谷垣禎一元総裁で、積極財政派の声が高まっていることに対し、次のように語っていました。

財政規律を全部外すというのはいけない。国債を少子化対策に活用する余地はあるかもしれないが、何でもかんでも国債に頼るわけにはいかない。(財源の議論から)逃げてはいけない。

第2回目は野田佳彦元総理で、自民党内の増税不要という声に「きちんと財源の手当てをすることが基本だ」とし、「政策はメニューだけではなく、それにいくらかかるかを示して初めて国民は判断できる」と財源問題の重要性について語っています。少し横道にそれますが、野田元総理は次のような問題意識も示していました。

立民には多様性という武器があるのに、バラバラ感が目立ってしまうのは、幹部から若手まで反省しないといけない。激しい議論をするのはいいが、まとまったら、一枚岩で対応する文化を作れていないのが残念だ。

立憲民主党に限らず、多様な意見を認め合いながらも、組織として決めたことは皆が尊重していく、このような基本の大切さは言うまでもありません。多様な意見を認め合うという意味で、財政は破綻しないから通貨や国債を増発しても問題ないというMMT(現代貨幣理論)が正しく、景気浮揚のためにも消費税の引き下げは重要な政策判断なのかも知れません。

しかし、井手教授をはじめ、谷垣元総裁や野田元総理、私自身も含めて、そのような方向性に危惧を抱く人たちが多いことも確かです。いずれにしても自治労や連合、財務省などの組織が消費税引き上げの必要性を言葉にした時、「既得権を守りたいため」というような決めつけた属性批判は避けて欲しいものと考えています。

ザイム真理教』などと揶揄した言葉や先入観を排し、多面的な情報や考え方に触れていきながら、より望ましい「答え」に近づいていこうとする謙虚で柔軟な姿勢は、誰もが求められているのではないでしょうか。このような心構えは自分自身にも常に言い聞かせている点です。

連合のサイトに掲げられている井手教授の講演内容をそのまま紹介したため、たいへん長い新規記事になっています。実は最近、井手教授の『どうせ社会は変えられないなんてだれが言った? ベーシックサービスという革命』という著書を読み終えていました。

今回の新規記事の中で、その著書の内容にもつなげていくつもりでしたが、これ以上、長い記事になることは避けます。次回は季節柄、平和を考える題材を考えているため、著書に絡む話は機会を見ながら改めて取り上げていきます。最後に、リンク先に掲げられている井手教授の著書の紹介文を転載させていただきます。

貯蓄ゼロでも不安ゼロな社会は実現できる! 著者は、2018年、「医療、介護、教育、障がい者福祉のすべてが無償。貯蓄ゼロでも不安ゼロな社会」を実現するための方法<ベーシックサービス>を発表。消費税増税の必要性に切り込み、賛否両論を巻き起こしました。本書はその入門書にして決定版。なぜ忌み嫌われる「消費税増税」が「格差なき社会」につながるのかを、軽やかにひもといていきます。

本書には、「社会」という言葉が294件も出てきます。著者は本気で、税の使い道を通じ、社会を語ろう、社会を変えよう、身近を革命しよう、と私たちに迫ります。「人口減少、高齢化、経済の長期停滞、まさに『縮減の世紀』がはじまりました。のぞましい社会を語りあうのは、いまです。いまなら間にあいます。これは、知的遊戯ではありません。僕たちの自由を守るための『静かな闘い』です」

.....東大を出て大学教授になった"勝ち組"(らしき)著者が、なぜこんな無骨なまでに熱く語るのでしょうか? ベーシックサービス理論とふかく結びつく、著者の壮絶な過去もあますところなく語られます。著者渾身の静かな、しかし胸熱の闘いに、ぜひあなたも加わってください。

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