« 期待したい政治のあり方 | トップページ | 『大本営参謀の情報戦記』から思うこと Part2 »

2023年7月23日 (日)

『大本営参謀の情報戦記』から思うこと

ここ最近、信じられないような出来事が報道されています。後ほど紹介しますが、特に二つの事件です。前回記事「期待したい政治のあり方」の最後に慶応義塾大学経済学部の井手英策教授のことを思い浮かべ、めざすべき社会像の話としてベーシックサービスや財源論について次回以降の題材として取り上げてみたいと記していました。

しかし、その二つの事件があまりにも衝撃的であり、さらに読み終えたばかりの『大本営参謀の情報戦記』の内容から重なる問題意識が目に付いたため、今回の新規記事は当初考えていた題材から変更しています。ちなみに著書のタイトルには「情報なき国家の悲劇」という副題も付けられています。

『大本営参謀の情報戦記』の著者である堀栄三さんは太平洋戦争中、大本営情報参謀として米軍の作戦を次々と予測的中させて名を馳せていました。戦後は自衛隊統幕情報室長を務め、その稀有な体験を回顧しながら情報に疎い日本の組織の「構造的欠陥」について著書を通して問題提起していました。

第30刷となる文庫本の帯には「SNSやインターネットの情報に溺れかけているビジネスパーソンに読んで欲しい一冊です」と記され、リンク先の紹介文には「太平洋各地での玉砕と敗戦の悲劇は、日本軍が事前の情報収集・解析を軽視したところに起因している」という解説が掲げられています。

まえがきで堀さんは「企業の方々が読まれる場合には、戦略は企業の経営方針、戦術は職場や営業の活動、戦場は市場(マーケット)、戦場の考察は市場調査(マーケティング・リサーチ)とでも置き換えて読んでくだされば幸甚である」と語っています。初出は30年以上前ですが、まったく色褪せていない重みのある著書でした。

さて、たいへん驚いた事件の一つはビッグモーターの組織的な不正です。なぜ、このような問題が起きたのか、今年1月に設置した第三者による特別調査委員会では「不合理な目標設定」「経営陣に盲従し、付度する歪な企業風土」「現場の声を拾い上げようとする意識の欠如」などが指摘されています。

ITmediaビジネスオンラインのサイトになぜ「ビッグモーター」で不正が見つかったのか  セブン、レオパレス、大東建託の共通点』という見出しの記事が掲げられていました。その中では次のような見方が示され、まさに堀さんが太平洋戦争中に抱いていた問題意識に通じる組織的な欠陥が露わになった事件だと言えます。

太平洋戦争で戦局が悪くなればなるほど、日本軍は戦果を偽り、「世界一勇ましい日本軍の攻勢で、米国はもう降参寸前だ」と大騒ぎしていたことからも分かるように、日本型組織は苦境に立たされるほど、プロパガンダに力を入れる傾向がある。

そして、現場には理不尽な目標を押し付ける。「お国のために玉砕して、敵を1人でも多く道連れにせよ」という命令は見方を変えれば、「現場に過大なノルマを強いている」ことと同じことだ。

団塊ジュニア企業が拡大路線を突き進んで現場に不正を強いているのは、かつて日本軍が負け戦でも撤退できず、現場に「玉砕」を強いた問題の延長線上にある。つまり、日本型組織の典型的な「病」のひとつなのだ。

『大本営参謀の情報戦記』の中で、現地で見聞した情報をもとに堀さんは大本営作戦課に対し、台湾沖航空戦での海軍の過大戦果の評価の誤りなどを報告します。しかし、軍の上層部にとって不都合な情報は黙殺され、堀さんの詳細な情報分析の大半が実際の作戦に活かされていませんでした。

過大戦果の情報でとらえれば米軍の艦隊は壊滅状態だったのにも関わらず、沈んでいるはずの空母や戦艦と遭遇するような作戦では任務の遂行が難しく、数多くの将兵を海の藻屑に追いやっていました。そもそも大本営作戦課は日露戦争や中国大陸での成功体験を引きずり、陸軍は歩兵主義、海軍は大艦巨砲主義という固執がありました。

大本営作戦課や上級司令部は、米軍の圧倒的な鉄量を保持した近代化された戦力や戦法を知らず、広大な太平洋の中での密林の孤島に点化された地形に対する認識も欠けたまま、精神第一主義のもと後退を許さない無謀で非情な作戦を現地に派遣した軍隊に強いていました。

ニューギニアではブナの南東支隊に対し、標高3千メートルあるスタンレー山脈を越えて南岸の主要都市ポートモレスビーの占領を命じていました。この場合の敵は米軍でも濠洲軍でもなく、道なきジャングルと雨期で増水した川の氾濫、飢餓と疲労と寒気と疫病のために兵員は10分の1となり、作戦中止を余儀なくされています。

地図では陸続きのように見えても、スタンレー山脈は厳として海のように、日本歩兵の前に立ちはだかっていた。日本軍最高司令部は東京にある大本営、米軍最高司令官はポートモレスビーにあった。どちらが戦場を知りつくしていたかは、それだけでも明瞭だった。

上記は著書の中に綴られた堀さんの言葉です。著書全体を通し、堀さんは情報が活かされず、多くの犠牲者が出ていることを憂い、大本営作戦課や上級司令部の誤謬の数々に強い憤りを訴えていました。

最近、目を引いたもう一つの報道は、母親が小学生の娘に食事を与えず低血糖症で入院させ、共済金を騙し取ったとされる詐欺容疑の事件です。共済金詐取容疑の母、学校に「娘は難病」と虚偽説明か』という記事の中では、次のような事実関係を伝えています。

大東市によると、縄田容疑者は娘が小学校に入学した2年前、学校に「(娘は)難病指定の持病を抱えているので心配だ。検査のために入退院を繰り返している」などと説明していた。一方、娘の担当医らに府警が聞き取りをしたところ、難病の持病があるという話は出てきていないという。

縄田容疑者を巡っては22年10月、匿名の通報がメールで大東市に2回寄せられていた。「子どもが入退院を繰り返している。母親が食事を与えていないのではないか」などの内容だった。市は最初のメールが届いた後に容疑者から聞き取りをしたが、学校から「娘は難病指定の持病を持っているので入退院を繰り返している」と説明されたため、入退院の件を詳しく聞くことは避けた。

近隣住民などにも確認した結果、虐待ではないと判断したという。ただし、通報が相次いだことから「軽度のネグレクト」として要保護児童に位置付けていた。市は「(入退院の)理由として疑うところはなかった。病気は繊細な話なので、突っ込まなかった」と説明したうえで、「当時の判断が適切だったか検証したい」としている。【毎日新聞一部抜粋2023年7月19日

母親の行為が問題であることは言うまでもありません。ただ今回の記事「『大本営参謀の情報戦記』から思うこと」を踏まえた際、大東市側には反省すべき点が多々あるはずです。なぜ、母親からの話を疑わずに判断してしまったのか、最悪な事態に至る前だったことが不幸中の幸いですが、この点が最も気がかりです。

業務に対する日常的な繁忙さがあり、問題がないという結論に傾きがちだったのではないか、私自身をはじめ、行政に携わる職員全体が教訓化しなければならない事件だと思っています。せっかく情報を入手しても、それを役立てることができなければ問題です。

『大本営参謀の情報戦記』を読み終えて、多面的な情報に接していくことが欠かせず、同時に情報を活かせる組織や仕組みの大切さについて改めて考える機会となっていました。

最後に、堀さんが巻末に残した言葉を紹介します。前述したとおり著書の初出は30年以上前ですが、まったく色褪せていない重みのある言葉ではないでしょうか。

日本の防衛方針が専守防衛ということであるなら、情報を措いて最重要なものはないはずである。昔ドイツで読んだある本の中に、「兎の戦力は、あの速い脚であるのか、あの大きな耳であるのか?」という設問があった。

答えは、いかに兎が速い脚を持っていても、あの長い耳ですばやく正確に敵を察知しなかったら、走る前にやられてしまう。だから兎の耳は、兎にとって自分を守るための最重要な戦力だというのである。

ますます複雑化する国際社会の中で、日本が安全にかつ確乎として生きていくためには、なまじっかな軍事力より、情報力をこそ高めるべきではないか。長くて大きな「兎の耳」こそ、欠くべからざる最高の“戦力”である。

|

« 期待したい政治のあり方 | トップページ | 『大本営参謀の情報戦記』から思うこと Part2 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 期待したい政治のあり方 | トップページ | 『大本営参謀の情報戦記』から思うこと Part2 »