『安倍晋三 回顧録』と『国策不捜査』
コロナ禍が続く中、私どもの市役所では今年も歓送迎会などを催す話を今のところ耳にしていません。それでも最近、少しずつ社会的な雰囲気が変わり始めているため、外で会食する機会が増えつつあります。外で飲んだ時、終バスの時間を逃せばタクシーを利用します。
先日、タクシーで帰宅する際、自宅に近付いたため「ここで止めてください」と告げた瞬間、ワンメーター料金が上がりました。もう1秒、早めに告げれば良かったと省みながら久しぶりに乗ったタクシー料金の高さに驚いていました。
このようなタクシー料金をはじめ、外で飲み会があるたびにかかっていた費用はコロナ禍の3年余り、節約できたことになります。おのずから自宅で過ごす時間も増えているため、コロナ禍での読書量は増えています。以前、千円を超えるハードカバーの書籍は専らブックオフで購入していました。
ここ数年は外食費が節約できている分、興味を持った書籍はハードカバーだったとしても迷わず購入しています。『安倍晋三 回顧録』は2月8日の発売日にすぐ手にしていました。このブログを通して安倍元総理の言動について、いろいろ批評してきているため、たいへん興味深い新刊本でした。
時系列にまとめられた内容であり、当時のブログ記事を思い起こしながら読み進めていました。予想以上に面白く、読みやすい書籍でした。前回の記事は「会計年度任用職員の課題」でしたが、再び今回、『安倍晋三 回顧録』を読み終えた感想をもとに政治的な話を中心に書き進めてみます。
2022年7月8日、選挙演説中に凶弾に倒れ、非業の死を遂げた安倍元首相の肉声。なぜ、憲政史上最長の政権は実現したのか。第1次政権のあっけない崩壊の後に確信したこと、米中露との駆け引き、政権を倒しに来る霞が関、党内外の反対勢力との暗闘……。乱高下する支持率と対峙し、孤独な戦いの中で、逆風を恐れず、解散して勝負に出る。
この繰り返しで形勢を逆転し、回し続けた舞台裏のすべてを自ら総括した歴史的資料。オバマ、トランプ、プーチン、習近平、メルケルら各国要人との秘話も載録。あまりに機微に触れる――として一度は安倍元首相が刊行を見送った、計18回、36時間にわたる未公開インタビューを全て収録。知られざる宰相の「孤独」「決断」「暗闘」が明かされます。
上記はリンク先に掲げられた書籍の紹介文です。読売新聞は「最長政権の軌跡 安倍晋三 回顧録」という連載記事を7回にわたって朝刊の政治面に掲載していました。第1回目の『中曽根康弘・元首相の「教え」、心にきざみ』をはじめ、ネット上からも当該記事の全文を読むことができます。
最終回の『多角的検証 真実迫る 早期の出版「美化」防ぐ』は今のところネット上に掲げられていないようですが、聞き手を務めた読売新聞の橋本五郎特別編集委員のインタビューを通して『安倍晋三 回顧録』を世に出した意義などを伝えています。その中で次のような言葉に目を留めていました。
今回の回顧録は、あくまで安倍氏が自らの目線で振り返ったものだ。別の人には異なる景色が見えていたはずで、当然、反論も出る。多くの関係者が健在なうちに回顧録を「さらす」ことで、その内容を多角的に検証し、重層的に真実に迫る必要があると考えた。
以前のブログ記事「改めて言葉の重さ」の中で、人によってドレスの色が変わるという話を紹介しました。見る人によってドレスの色が白と金に見えたり、黒と青に見えてしまうという不思議さと同様、安倍元総理に対する評価や見方も人によって本当に大きく変わりがちなことを綴っていました。
このような特性があることを前提に橋本さんも「別の人には異なる景色」という言葉を発せられていたはずです。橋本さんは安倍元総理の実績や政治家としての資質を高く評価している立場ですが、インタビューの中で次のような注文や苦言も呈していました。
国会審議中に野党にヤジを飛ばすような態度は避けるべきだった。安倍氏は回顧録で「ファイティングポーズを見せなければならない」と説明しているが、対立が激化しても泰然と構え、野党を包容するぐらいの余裕もほしかった。「森友・加計学園」問題は、批判的な意見や報道への過剰反応で複雑化した面がある。
まさしくその通りであり、森友学園の問題は後ほど改めて触れることになります。回顧録には安倍元総理の行動原理の出発点となる逸話が書かれています。中曽根元総理から受けた「自分が正しいと確信がある限り、常に間違っていないという信念でいけ」という助言を心に刻んでいたという話です。
このような助言に対し、私自身は功罪が伴う表裏一体の危うさを感じています。真逆の言葉として「もしかしたら間違っているかも知れない」という謙虚な心構えを持つことで大きな過ちを回避できる場合もあります。もしくは途中で修正をはかることでダメージを減らすこともできるはずです。
「自分が正しいと確信がある限り、常に間違っていないという信念でいけ」という助言を踏まえ、憲法解釈の問題で顕著な事例があったことを安倍元総理は回顧しています。読売新聞の記事『安保法制整備、固い決意…支持率低下「承知の上」』で取り上げている集団的自衛権の行使容認の問題でした。
2013年8月に内閣法制局長官を外務省出身の小松一郎氏に交代させる異例の人事で、憲法解釈の変更に布石を打っていました。「憲法上認められない」とする従来の主張に固執する法制局に対し、安倍元総理は「国滅びて法制局残る、では困るんですよ」と反論したことを語っています。
憲法を改めるほうが遙かにハードルは高いため、国民の生命と財産を守る責任がある政治の責任として押し切ったことを誇らしく伝えていました。このような話も人によって大きく評価が分かれるはずです。集団的自衛権行使そのものの是非とともに「憲法を軽視している姿勢の証し」だと批判することができる事例だと言えます。
長期政権となった第2次以降、安倍元総理は側近の言葉には耳を貸し、硬軟自在のリアリストとして国内外の課題に対処していました。トランプ前大統領との蜜月関係など外交面で存在感を高めてきたことも確かです。ただロシアとの北方領土の問題をはじめ、目に見えた解決がはかられることはありませんでした。
ウクライナでの戦争が始まる数年前に行なったインタビューからは、ロシアによるクリミア半島併合という暴挙に対する怒りがあまり伝わってきません。「国際法上決して許されることではありませんが」という前置きをした上、安倍元総理がプーチン大統領の立場や考え方を淡々と解説する場面を伝えていました。
2019年にフランスで開かれたG7サミットで、ある首脳からの「クリミアを侵略したという一点をもって、ロシアを非難しなければならない」という提案がそのまま受け入れられなかったことも回顧録の中で伝えています。クリミア併合が絶対許されず、国際社会の中での著しい孤立化をロシアに刻み付けていれば、もしかしたら今回の侵略を踏みとどませることができていたのかも知れません。
労働組合の役員だった一人として、気になった場面の回顧がありました。働き方改革実現会議の中で、安倍元総理が連合の神津前会長に「労使で一致しなければ意味がない。労働側が評価しないのであれば、この案はなくなりますよ」と迫ったことを伝えていました。
神津前会長が賛成かどうか明言していなかったことに対し、安倍元総理は「果実だけをいただこうという姿勢は、ご都合主義が過ぎるでしょう」と非難していました。「結局、神津さんが賛成を表明してくれたので、罰則付きの残業時間の上限規制導入が決まりました」と回顧録で語っています。
以前の記事「働き方改革の行方」「働き方改革への労組の対応」を通し、「連合として批判もたくさんあるが、働き方改革の方向性は一致している」という立場で神津前会長が働き方改革実現会議に臨んでいることを伝えていました。このような神津前会長の苦汁さを慮れない安倍元総理の決め付けた言い方に違和感を覚えた箇所でした。
500頁近くのボリュームで興味深い内容が多い書籍であり、今回のブログ記事も長くなるものと思っていました。それにも関わらず、記事タイトルは「『安倍晋三 回顧録』と『国策不捜査』」としています。こちらのハードカバー『国策不捜査 「森友事件」の全貌』はブックオフで購入していました。
たまたま読み終えた時期が重なっていた訳ですが、森友学園の問題を安倍元総理の言葉で振り返る際、一方の当事者である籠池泰典元理事長の回顧も併せて紹介すべきものと考えました。やはり相当な長さの新規記事になっていますので、この続きは次回「Part2」として改めて書き進めてみるつもりです。
予告的な話で言えば、安倍元総理は自分の過ちを一切認めていません。悪いのは籠池元理事長であり、自己の言動をすべて正当化する回顧録となっています。しかしながら『国策不捜査』のほうで綴られている詳細な内容と対比した時、何が問題だったのか、誰が悪かったのか、事実関係は揺れ動いていくことになります。
安倍元総理が「常に間違っていないという信念」の真骨頂を発揮したような事例であり、人によって「異なる景色」を見せられていた問題だったように思っています。最後に、同じような信念を持つ政治家の話題として『河野大臣、「所管外」12連発に批判殺到 野党が激怒するかつての“特大ブーメラン“質問』という記事を紹介させていただきます。
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