ウクライナでの戦争を受け
前回記事「抑止力と安心供与のバランス」の最後に「今回の記事ではウクライナでの戦争を受け、どのように考えるべきか、そこまで話を広げるつもりでした」と記していました。さらに最近読み終えた『橋下徹の研究』という書籍の内容について触れるつもりだったことも書き添えています。
ついに突き止めた違和感の正体!テレビばかり見ている人がこの本を読んだら100%腰を抜かします! 圧倒的影響力を誇る日本一のコメンテーター・橋下徹氏の膨大な言動をベストセラー作家・百田尚樹が魂の徹底検証!爆笑!衝撃!驚愕!これは単なる"批判本"ではない!日本に浸透する恐るべき問題を浮き彫りにする警世の書だ!
上記はリンク先の書籍の紹介文です。いつも多面的な情報に接することの大切さを意識しているため、いわゆる左か右かを問わず、私自身の考え方から離れた百田さんの著書も時々手にしています。このブログでは「『カエルの楽園』から思うこと」という記事を「Part2」にかけて綴っていました。
『橋下徹の研究』は「橋下徹さん、訴えないでください」という宣伝文句につられ、少しためらいながら書店のレジに運んでいました。「完全書き下ろし!」という言葉を一瞬「完全こき下ろし!」と見間違うほど百田さんは徹底的に橋下さんの言動を書籍の中で批判しています。
今回の記事タイトルを「ウクライナでの戦争を受け」としているとおり『橋下徹の研究』という書籍全体の紹介や感想を書き進めようとは考えていません。そのため、反論する際に相手の意見を曲解する橋下さんのストローマン(藁人形)論法の問題性などを直接取り上げつもりはありません。
「ロシアにはロシアの理がある」「戦う一択ではダメだ!」という章などを通し、百田さんと橋下さんの主張が大きく乖離していることを伝えています。現実の脅威として直面しているウクライナでの戦争を受け、どのように私たち日本人は考え、どのように対応すべきなのか、二人の対立点が絶好の題材だと受けとめています。
橋下さんはツイッターで「有事において日本の政治家たちが一般市民を犠牲にすることには断固反対するし、そのような社会的風潮にも反対する」と主張しています。このような主張に対し、百田さんは概念としての正しさを認めた上、一切の犠牲を出さないことを徹底するためには無条件降伏するしかないと反論します。
侵略戦争を仕掛けられながら抵抗もせずに無条件降伏した場合、民族そのものが滅ぼされたケースが山ほどあることを百田さんは訴えています。かつて日本は無条件降伏し、約7年間の占領下で日本人は虐殺されず、強制労働施設にも送られず、主権回復後は驚異的な復興を遂げることができました。
その結果、百田さんは「橋下さんが戦争で降伏してもたいしたことはない」という単純で楽観的な思想を持つようになっていると批判しています。ちなみにウクライナではロシアに占領された地域で、多くの一般市民が虐殺され、男性はロシア兵として徴兵されて危険な前線に送られていることも百田さんは記しています。
最近『鈴木宗男氏 岸田首相のキーウ訪問検討に「支援継続を言ったら…すべて吹っ飛んでしまう」』『森元首相、日本のウクライナ支援「こんなに力入れちゃっていいのか」』という記事を目にし、ここまでロシア寄りの立場から発言できる森元総理と日本維新の会の鈴木参院議員には、いつものことながら本当に驚かされています。
この二人とは少し異なり、あくまでも橋下さんは人命を最重視した立場からロシアの要求にも耳を傾け、ウクライナや西側諸国は「政治的妥結をはかれ」と訴え続けているものと思っています。たいへん人道的な観点からの発言であり、単刀直入に批判しにくい側面があることも確かです。
ただ私自身、実際の戦場から遠く離れた日本からの発言であり、心苦しさもありますが、やはり現段階でロシアに妥協することの危うさを感じている立場です。昨年8月の「平和への思い、2022年夏 Part2」という記事の中で「ウクライナのように攻め入られたらどうするのか?」という問いかけに次のように答えていました。
軍事進攻された時は現行憲法で認められた個別的自衛権のもとに対処することを想定しています。現在の国際社会の中で武力による領土や主権の侵害は認められません。戦争が長引く場合などは現在のウクライナと同じように専守防衛に徹しながら国際社会と連携し、そのような無法な国と対処していくことになります。
国際社会は二度の世界大戦を経験し、そこから得た教訓をもとに現在の国際秩序やルールを定めています。国際社会における「法の支配」であり、国連憲章を守るという申し合わせです。その一つが前述したとおり武力によって他国の領土や主権を侵してはならないというものであり、自衛以外の戦争を禁止しています。
このような国際的な規範が蔑ろにされ、帝国主義の時代に後戻りしてしまうのかどうか、ウクライナでの戦争は国際社会に突き付けられている試金石だと言えます。戦争が一刻も早く終わることを願いながら多くの国々が結束し、ロシアに圧力を加え、ウクライナを支援している構図は非常に重要な関係性です。
国際社会の結束は、ロシアと同じように軍事力で「自国の正義」を押し通そうと考えていた権力者の「意思」に大きな牽制効果を与えるはずです。国際社会の定められたルールは絶対守らなければならない、守らなければ甚大な不利益を被る、このことをロシアのプーチン大統領に思い知らせるためにもウクライナでの戦争の帰趨が極めて重大です。
ウクライナはロシア国内に向けて攻撃していません。国外の敵基地を標的にしていません。国際社会の中で認められた自衛の戦争に徹しています。このような関係性も含め、無法な侵略戦争を仕掛けたロシアに対し、抵抗するウクライナの正義が国際社会の中で際立ち、各国からの支援につながっているものと思っています。
戦争の前であればロシアの言い分にも真摯に耳を傾け、政治的な妥協点を探ることが重要だったはずです。しかし、軍事侵攻した後に要求を受け入れるとしたら、それこそ弱肉強食の世界を追認することになりかねません。
このあたりについて森元総理と鈴木参院議員には理解願い、それぞれ培ってきたロシアとのパイプを活用した行動を起こして欲しいものです。そもそも今回のロシアの軍事侵攻は、2014年のウクライナ南部クリミアを一方的に併合した時の成功体験が後押ししたと見られています。
その際も国際社会はロシアに対して制裁を科していましたが、安倍元総理はプーチン大統領との良好な関係性を重視し、日本は欧米各国に比べ緩やかな措置にとどめていました。6年前の記事「何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか」の中では次のような記述を残していました。
首脳同士が信頼関係を高めていくために直接相対する機会を持つこと自体、私自身は肯定的にとらえています。その意味でG7を分断という見られ方に反しながら安倍首相がロシアのプーチン大統領と会談を重ねていることも評価しています。
ただ安倍首相は昨年7月のアジア欧州会議(ASEM)首脳会議において自らの言葉で「法の支配を重視し、力による一方的な現状変更を認めない」と中国の動きを意識した演説を行なっています。
それにも関わらず、ウクライナからクリミア半島を強制編入したロシアのプーチン大統領に対し、安倍首相が直接いさめたという話は聞こえてきません。もちろん北方領土問題の解決に向け、緻密で大局的な思惑があっての対応なのかも知れません。それでは、なぜ、中国との関係では原則的な強硬姿勢のみが際立ってしまうのでしょうか。
昨年12月の記事「『ウクライナにいたら戦争が始まった』から思うこと」の中で触れたことですが、安倍元総理は「ウラジーミル、君と僕は同じ未来を見ている」という言葉を贈るほどプーチン大統領との親密さを誇っていました。しかし、たいへん残念ながら『ウクライナ侵攻で露呈「安倍政権の対露外交」の大き過ぎる罪』という記事が伝えているとおりウクライナでの戦争を受け、安倍元総理はプーチン大統領に声をかけるような素振りも見せていなかったようです。
結果が伴わなかった場合でも、もし安倍元総理がプーチン大統領に対して即時撤兵を求め、具体的な行動を起こしていたならば幅広い層から高い評価や支持を得られていたのではないでしょうか。そのような機会を見計らっていた矢先だったのであれば、安倍元総理の非業の死は改めて悔やむべきことになります。
その一方で、防衛費のGDP比2%までの増額や敵基地攻撃能力の保有が安倍元総理の意思だったとすれば、日本の安全保障のあり方として様々な疑問を投げかけなければなりません。『「生煮えのまま43兆円の血税が」北沢俊美元防衛相~国を憂う~防衛費大幅増額「数字ありきの乱暴な議論」に警鐘』という記事にあるような懸念があります。
前回記事で提起した抑止力と安心供与のバランスの問題を考える際、再び『橋下徹の研究』の中の記述に着目してみます。橋下さんは「中国の隣にあり、軍も核兵器も持たない日本は、二階さんのような政治家を持っておくことも必要」と発言しています。
橋下さんは中国とのパイプを持つ政治家として二階さんを評価し、百田さんは「二階からおいしいエサを投げられたか。世界が中国と対決しようとしている中、『裏切り者』『売国奴』の二階を持ち上げる真意はどこに? それとも中国から援護するように指令でも受けたか」とツイートしています。
このツイートに対し、橋下さんは「餌などもらっているわけないやろ、ボケッ! 空想の世界だけで生きているオッサンには現実の政治戦略などわからんやろ」と怒りを爆発させていました。二人とも感情をむき出しにした口の悪い言葉使いは反省しなければならないはすです。その上で私自身の感想です。
前述したとおり安倍元総理がプーチン大統領と会談を重ねていたことを評価していました。そのようなパイプや信頼関係の維持が決定的な対立、つまり戦争に至らせないための安心供与という広義の安全保障につながっているものと考えているからです。そのため、私も二階さんのような政治家の存在を評価しています。
抑止力強化一辺倒ではなく、このような関係を通し、懸念している中国の動きをいさめていけることが望ましい道筋だろうと思っています。さらに信頼関係を高める中で、新疆ウイグルの問題などが解決していけることも願っています。理想論かも知れませんが、戦争を絶対回避するためにはお互いの言い分に耳を傾け、敵視し合わない関係性の構築こそ重要な選択肢であるはずです。
そして、日本国内で率直な議論を交わす際、心がけるべきマナーがあります。罵詈雑言を控えることはもちろんですが、中国に融和的な発想を持つと「中国の工作に凋落されている」と推論することの不適切さです。中には実際に凋落された人物や完全なスパイが存在しているのかも知れません。
しかし、まったく身に覚えのない場合、そのような言葉が投げかけられれば誹謗中傷の類いであり、建設的な議論から遠ざかっていくことになります。いずれにしても百田さんの推論が目立った『橋下徹の研究』を読み終えて、いろいろ後味の悪い思いを強めていました。
最後に、ウクライナでの戦争を受け、私たち日本人は今後の安全保障のあり方を深く考えるべき岐路に差しかかっています。戦争を絶対起こさないためには、どのような「答え」が正解に近付くのか、今、岸田政権の進めている動きが望ましいことなのかどうか、 私たちに問われています。
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