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2022年10月 9日 (日)

時事の話題から思うこと、2022年秋

前回記事「安倍元総理の国葬 Part2」の中で、いろいろな「答え」を認め合いいがみ合わないことの大切さを当ブログを通して訴え続けている点について記していました。自分自身の「答え」が正解であり、相手の「答え」が間違いだと考えると、交わす言葉も激しくなりがちです。

自分自身の「答え」が正しいと信じるのであれば、異なる「答え」を持つ方々にも届く言葉を探していかなければなりません。対立の果てに生じかねない物理的な力による応酬は絶対避けるべきものであり、言葉を競い合っていくことが不可欠です。

対立の果ての絶対許されない行為として殺人、テロ、戦争という非日常の事態につながる恐れがあることも絵空事ではありません。そのためにも立場や考え方を異にする方々に対しても敬意を忘れないことが肝要なのではないでしょうか。

このような点について前回記事の中で記していましたが、少し補足する必要があることを思い起こしています。今回の記事では様々な時事の話題を紹介しながら前回記事の補足につながる内容として、私自身が思うことを書き進めさせていただきます。

まず「怒ってる…真剣な表情初めて見た」炎上続く太田光の旧統一教会発言、デーブ・スペクターの追及に賞賛相次ぐ』という見出しの記事です。爆笑問題の太田さんの発言は旧統一教会を結果的に擁護しているという批判に対し、太田さん本人の言い分や批判されている理由が綴られています。

太田さんの言い分は旧統一教会側の意見を代弁している訳ではなく、旧統一教会側の主張も含めて「両方報道するべきだって僕は思ってて」というものです。番組に出演していたデーブ・スペクターさんは太田さんの言い分に対して次のように反論しています。

でも太田さん。もう毎週同じことを言って恐縮なんですけど、やっぱり公平も白黒もないんですよ、この場合は。50年前も有田さん言ってるように、説得するための大変さとか、現場は知ってる人と違うんです。太田さん忙しいからあんまりテレビとかみんなのツイートとか読んでないかもしれないけど、昨日の報道特集見ました?

TBSの報道特集で取り上げられていた息子を脱会させようとする父親の姿を語りながら「このつらいもの見れば、太田さんが少しでも今までのような言い方しないんですよ」と声を荒らげ、デーブさんは旧統一教会の問題を生半可な知識で「両方報道するべき」と語る太田さんの軽率さをたしなめていました。

番組では、2ちゃんねる開設者の「ひろゆき」こと西村博之氏が「『ひるおび!』と『ミヤネ屋』(日本テレビ系)が統一教会に訴えられて、なんで『サンジャポ』が訴えられてないの? それは統一教会にとって、そのまま続けてほしいからだと思うんですね、太田さんが今のやり方をずっと続けてくれるのは、統一教会にとってはすごくラッキーなんだと思う」と指摘した。

上記は『爆笑問題・太田光、改めて「旧統一教会寄り」を否定も…教団が「信頼できる人」として信者に紹介』の中で伝えている話です。太田さん本人が関係性を否定しても、旧統一教会側は太田さんに歓迎すべき「広告塔」の役割を負わしているようです。『爆笑問題・太田が統一教会の御用芸人になった理由が判明。有田芳生氏も困惑、サンジャポで自白した「ウソと屁理屈の発信源」とは?』の中では次のような記述があります。

「テレビは白か黒かにしたがる」「統一教会問題は白か黒かでは語れない」といった発言と恐ろしいほどに一致する。部分的に見れば、善悪二元論に危険性が潜んでいるのは事実だ。この世界は白か黒か、善か悪かで推し量れるほど単純なものではないだろう。だが米本氏も、それに心酔する太田も、統一教会の教義こそ危険な二元論の典型であるという根本の問題から目を逸らしているようでは片手落ちだ。

カルト宗教問題を扱うジャーナリストの米本和広さんは、ある時点から旧統一教会側に取り込まれて「統一教会の御用ライター」に成り下がっていると見られている人物です。ちなみに「片手落ち」は差別用語でありませんが、なるべく使わないほうが望ましい言葉であることについては留意しています。

他のサイトの紹介が長くなりましたが、より望ましい「答え」を見出すためには多面的な情報に接していくことが重要であり、いろいろな「答え」を認め合っていくことが欠かせないという考え方は大きく変わりません。ただ明らかに問題がある「答え」に対しても、正しさが含まれているかも知れないと認め合う考え方ではありません。

主張や意見が対立した際、立場性や評価の相違によって生じている場合などは「そのような見方もあるのか」という視点の切り替えが必要だと思っています。しかし、相手側には相手側の理屈があったとしても、明らかに正しさが認められない「答え」に対しては毅然と相手側の誤りを指摘していかなければなりません。

したがって、相手側の主張も含めて「両方報道するべき」という太田さんの言い分は一般論として大切な発想ですが、今回のような旧統一教会の問題に照らした場合は出演者から強く批判されても仕方ない言動だったものと思っています。

明らかに問題がある事例として、違法行為はもちろん、誹謗中傷もその一つだと考えています。以前「批判意見と誹謗中傷の違い」という記事を投稿していました。いくつか他の記事でも取り上げていましたが、事実誤認のまま断定調の批判だった場合、誹謗中傷に当たるものと考えています。

玉川徹氏、菅前首相の弔辞に「電通」発言で全面謝罪も止まぬ批判、テレビ朝日内もザワつく“玉川発言”が犯した「3つの過ち」』という記事のとおり菅前総理の弔辞に対し、玉川さんの電通の関与を決め付けた批判が物議を醸していました。前回記事の中でも記したとおり玉川さん自身が自分の勇み足や思慮不足を猛省しなければなりません。

断定調ではなく、もう少し婉曲な言い方であれば、ここまで叩かれなかったかも知れません。ただ『玉川徹が処分されるなら貴方たちは? 玉川を攻撃する橋下徹、三浦瑠麗、ほんこんのもっと悪質なデマを垂れ流した過去』『玉川徹氏〝舌禍〟を国会追及の動き 江川紹子氏は苦言「BPOに申し立てればよい」』というような見方があることも紹介します。

権力者にとって都合の良い事実誤認の発言は大きな問題に至らず、権力者や政治家を批判した時に事実誤認があった場合、謝罪しても許されず、過度な処分が下されるようでは問題です。当たり前なこととして誹謗中傷は認められませんが、今後、権力側を批判する時の舌鋒が鈍くなる転機にならないよう願っています。

いろいろな「答え」を認め合い、立場の違いを乗り越えていく必要性は外交の場でこそ発揮していくことが求められています。最近のトピックとして、朝日新聞の記者だった鮫島浩さんの『宇宙空間を飛んでいく北朝鮮ミサイルに大騒ぎする日本政府とマスコミへの既視感』という記事に目を留めています。

その記事からも読み取れる安全保障に関わる考え方ですが、脅威とは「能力」と「意思」の掛け算で決まると言われています。核ミサイルが日本国内に落とされた時の備えよりも、撃たせないための外交努力に力を注ぎ、相手側の「意思」を取り除くことが脅威を解消していくための最も重要な道筋だろうと思っています。そのためには相手側の言い分に耳を貸すという姿勢も欠かせないはずです。

しかし、ロシアのウクライナへの軍事侵攻は、いかにロシア側にはロシア側の言い分があろうとも明らかな誤りであり、戦争状態に至っている中で耳を貸すことが難しくなっています。侵略戦争の結果を受け入れるような外交交渉は、これまで培ってきた国際社会の規範が蔑ろにされる既成事実化につながりかねません。軍事侵攻前と後では局面が大きく変わっています。

このような意味合いを考えた時、『鈴木宗男氏、広島・長崎例にウクライナに停戦求める ネット「攻めてるのはロシア」』『鈴木宗男氏 マスク氏の“ロシア寄り”和平案に「世界中から停戦に向けた動きが出ていることを歓迎」』という報道を目にすると、日本維新の会の鈴木宗男参院議員のロシア寄りの姿勢にはいつも驚かされます。

最後に、冒頭で「対立の果ての絶対許されない行為として殺人、テロ、戦争という非日常の事態につながる恐れがあることも絵空事ではありません」と記しています。このような悲劇に至る前の段階で、いろいろな「答え」を認め合い、いがみ合わない関係性を重視しながら言葉を競い合っていくことが極めて大切なことだろうと思っています。

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