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2022年4月 2日 (土)

砲撃が続く中での停戦交渉

新年度を迎えた金曜の朝、市役所まで歩く道沿いの桜がきれいに咲き誇っていました。その日、ここ数年では多い数となる42名の新規採用職員が入所しています。ブログを開設した翌年4月に「新入職員の皆さんへ」という記事を投稿していました。

その後「新入職員の皆さんへ 2014」「新入職員の皆さんへ 2017」「新入職員の皆さんへ 2019 」という記事があり、今回もタイトルに「2022」を付けて新規記事を書き進めることも考えていました。前回記事「【Will】機関誌に託した思い 」に続き、ローカルな話題となるはずでした。

結局、ウクライナでの戦争を焦点化した「砲撃が続く中での停戦交渉」というタイトルを付けて書き進めています。前回の記事で紹介した機関誌は新入職員の皆さんにも配布しています。その中の特集記事「【Will】組合は必要、ともに考え、ともに力を出し合いましょう!」を通し、法的に定められている労使対等原則について説明しています。

市役所職員にとっての使用者は市長です。市役所の仕事において、一職員からすれば市長をはじめとした理事者の方々は「雲の上の存在」となります。そのため、団体交渉の場で、組合役員と市長らとの力関係を対等なものに位置付けないとフェアな労使協議となりません。

切実な組合員の声を背にした要求を実現するためには、市長側と真っ向から対立する意見も毅然とぶつける必要があります。労使交渉に限らず、それぞれ考え方や立場の異なる者同士が話し合って一つの結論を出す際、難航する場合が多くなります。

利害関係の対立はもちろん、お互い自分たちの言い分が正しいものと確信しているため、簡単に歩み寄れず、議論が平行線をたどりがちとなります。両者の力関係が極端に偏っていた場合、相手側の反論は無視され、結論が押し付けられかねません。そのようなケースは命令と服従という従属的な関係に過ぎず、対等な交渉とは呼べなくなります。

その意味で労使対等の原則は非常に重要です。労使交渉の場では対等に物申すことができ、労使合意がなければ労働条件の問題は当局側の思惑で一方的に変更できないようになっています。

上記の考え方は外交交渉の場面でも重要な要素となります。もちろん自らの要求を実現するため、相手側が承服するような理論武装や有効な情報収集に努め、巧みな話術や情に訴える熱意なども必要になる場合があります。しかし、暴力に訴えるような事態に至れば、それは交渉とは呼べません。

暴力団同士の抗争であり、かつて宣戦布告さえすれば認められていた戦争だと言えます。前々回記事「問われている平和の築き方 Part2」で触れていますが、現在の国際社会の中で戦争は原則として認められていません。ウクライナは例外として認められている自衛のための戦争に立ち上がっている構図です。

絶対的な不正義はロシアのみにあり、今回の事態で喧嘩両成敗という見方があり得ないことは衆目の一致するところだろうと思っています。ただ残念なことに少数とは言え「ウクライナ側にも戦争を回避できなかった責任の一端がある」というような声が漏れ聞こえてきます。紹介した上記の特集記事の続きには次のような記述があります。

ちなみに私どもの労使関係に完璧なシナリオはなく、どのような結論を見出せるのかどうか激しい議論を交わす団体交渉や断続的に重ねる事務折衝を通して決着点をめざしています。

ただお互いの主張から一歩も踏み出せないようであれば交渉は成り立ちません。お互いの主張に耳を傾け、労使双方が「結論なき話し合い」にとどめないための決断を模索し、 納得できる解決策を見出す努力を常に心がけています。

「ウクライナ側にも責任の一端がある」という考え方に至る背景として、ゼレンスキー大統領はロシア側の主張に充分耳を傾けていなかったという関係性を指摘する声があります。『玉川徹氏 ミンスク合意破棄目指したウクライナ大統領を疑問視「露に攻め込む口実与えた」』という記事の中で次のようなやり取りを伝えています。

「もしミンスク合意を履行されていたらこの戦争はあったんだろうかというのを考えなければいけないんじゃないか」と言及。ミンスク合意を破棄することを目指したゼレンスキー大統領を問いただすような論調を展開した。

これに対して、廣瀬陽子慶大教授は「ウクライナはまったく同意していなかった。しかし2014年の内戦は、非常にウクライナにはつらいもので、止めないと分断してしまうということで合意してしまったという経緯がある。そのときは停戦すれば挽回できるという思惑もあった」とコメントした。

玉川徹さんが「戦争という状態になっちゃったら人が死んじゃうんですよ。地獄のような状況になっちゃう」という強い危機意識から訴えていることは理解しています。私自身も戦争は絶対回避すべきという強い思いは同様です。しかしながら断続的に開かれている停戦交渉の最中でもロシアの砲撃が続いています。

そのことに対し、ウクライナのゼレンスキー大統領は「交渉はポジティブなものだと評価できるが、砲撃はやんでいない。我々を滅ぼそうとする敵側の交渉団の発言を信用する根拠はない。ウクライナには交渉の用意があり、できる範囲でそれを続ける」と語っています。

ゼレンスキー大統領のこのような発言に対しても「停戦することを第一義に考え、もっと柔軟に対応すべき」という声が発せられてしまうのでしょうか。そもそも殴り続けられている中での話し合いが対等な交渉となり得るのか、甚だ疑問です。今回はウクライナ側の徹底抗戦と国際社会の結束によって、かろうじてロシア側にも譲歩を求める関係性になっていることが一つの救いです。

取り沙汰されているミンスク合意そのものが結ばれた経緯や内容について大きな問題を残すものでした。2014年春、ロシアがウクライナ南部のクリミア半島を併合した後、親ロシア派武装勢力がウクライナ東部の一部地域を占拠して始まった戦いで犠牲者が増えていました。

そのため停戦合意が急がれ、2015年2月、ウクライナの隣国ベラルーシの首都ミンスクで結ばれています。ミンスク合意はロシアの意向が強く反映された項目があり、「急ごしらえの結果、ウクライナとロシアの立場は大きく異なり、矛盾した条項が含まれている」と指摘されていました。

上記の記事で廣瀬陽子教授がコメントしているとおりウクライナはまったく同意していなかったという経緯もあったようですが、ミンスク合意は国連に登録した国家間の条約になっていました。ウクライナ情勢、解決の鍵を握る”ミンスク合意”を佐藤優が解説』という記事の中で、佐藤優さんは大統領が変わっても「外国と約束したことは守らないといけない訳ですよ」と指摘していました。

ロシアがウクライナに侵攻する前、2月18日に放送されたラジオ番組での発言でした。その時点での指摘としては理解できますが、「だからロシアの武力侵攻はやむを得ない」というロジックにつなげることの危うさは佐藤さんも充分認識しているはずです。

繰り返し述べていることですが、戦争は絶対回避するという目的を最優先事項として相手方の主張にも耳を傾けていくという姿勢が一定の範囲で必要とされていくものと思っています。しかし、現在進行形として武力によって領土を侵攻している相手方の主張に耳を貸していくことは外交交渉の延長線上としての戦争を肯定するような話になりかねません。

ミンスク合意の問題性を教訓化し、弱肉強食の世界を否定している国際社会の普遍的な原則を今後も堅持していくためにも、ロシアの暴挙を容認しない形での決着が求められています。このような私自身の問題意識は『「ロシアもウクライナも両方悪い」は不適切。細谷雄一教授の連続ツイートが「WEBで読める決定版と言える論考」と反響』という記事からも確証を得ることができます。

最後に、その記事の中に掲げられた細谷雄一教授の連続ツイートの全文を紹介します。国際政治学者の立場から細谷教授は「ロシアの行動が国際秩序の根幹を揺るがすもの」と厳しく批判しています。リンク先の記事には今後の中国の動きを警戒した一問一答なども掲げられています。

なぜ「ロシアもウクライナも両方悪い」という議論が適切ではないのか。それは国際社会にもルールや規範があるから。ロシアの行動は、国連憲章2条4項の国際紛争解決のための武力行使を禁ずる国際法違反。ウクライナの行動は、同51条の個別的自衛権行使に基づくもの。国連総会も日本政府も、それに賛同。

ウクライナにネオナチがいるとかゼレンスキー大統領に問題があるとか、そういったプーチンや反米親露のメディアや知識人の主張に耳を傾ける前に(基本的に武力行使禁止の免責条項にはならない)、まずは国際法上違法性の高いロシアの武力攻撃が、どういう論理で合法性の担保が可能か考えるべきでは。

あらゆる戦争が悪であると述べることは、正しいようでありながらも、20世紀の国際法と国際的規範の歩みを全否定すること。道徳的な高みになって、「あらゆる戦争は悪であってどちらが正しいというわけではない」と論じることは、20世紀の平和への努力を蹂躙すること。

国際法を無視した侵略的な武力攻撃、さらには無差別な一般市民の殺戮は悪であるが、そのような侵略から国民の生命を守るために自衛的措置をとる行動は、合法であり正当な行動であるということを理解してほしい。だからウクライナの行動が国際的に支持され、国際社会から支援されている。

これらの前提を知らずしてか、無視してか、「ロシアもウクライナも、戦争をしているのはどちらも悪いのであって、片方を支持するべきではない」というのは、国際的には全く共感されず、単なる国際法の無知とされてしまう。

もちろん、より重大な問題として、常任理事国が拒否権を持ち、ロシアの妨害で国連安保理決議が採択されないこと。だからこそ、ゼレンスキー大統領は日本での演説で、国連改革の必要を解き、イギリス政府は国連安保理からのロシアの除外を求めている。現状の国際社会は完璧ではないが、法と規範も存在。

とはいえ、もちろん、国際法は「白と黒」で分かれているのではなく、多くのグレーゾーンがある。また、冷戦後の30年間で、アメリカが国際法や国際的な規範を踏み躙るような行動を幾度もおこない、アメリカへの不信感や、国際法の信頼性が大きく後退したのも事実だと思う。その隙間をついたのがプーチン。

なので今回のロシアの行動を放置すると、国際法や国際的規範に基づいた国際秩序が瓦解すると思う。そうなれば、「法の支配」ではなくて核兵器の数によって国際紛争が解決される時代へ。アメリカ、ロシア、中国がこれまで以上優位に立ち、日本の主張は悉く無視され主権と利益が侵害されるはず。

言い換えれば、アメリカもロシアも中国も自らの圧倒的な数の核戦力に基づく軍事力で自国の主権や利益を守れるが、そうでない中小国はウクライナの例のように、自国の主権や利益を守れなくなる。そうなれば、世界中が核開発競争になる。そして平和国家の日本の主権と利益は蹂躙され続けるだろう。

結論。なので私は、情緒的及び感覚的に「戦争はどちらも悪い」と論じることは適切ではないと考えている。また、テレビなどのメディアに携わる方、発信する方も、そのような国際法上の武力行使の合法性をぜひ理解した上で主張してほしいと思う。言論の自由のある日本では多様な主張が可能だが。

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