多面的な情報の大切さ
金曜の夜、冬季五輪北京大会の開会式が行なわれました。いくつかの競技は木曜から始まっているため、開会式イコール開幕という言葉が使いづらくなっています。最近の記事「間近に迫った北京五輪」の中で2008年に北京で開かれた夏季大会の開会式で抱いた違和感について触れていました。
複雑な民族問題を抱えているにもかかわらず、子どもたちの笑顔を利用し、民族の結束をアピールする欺瞞さを感じました。チベットやウイグルの人たちからすれば、最も冷ややかに見つめた映像だったのではないでしょうか。
当時も中国国内の人権問題が取り沙汰されていたため、そのような演出に力を注いでいたはずです。今回、ことさら中国国内の「民族の結束」をアピールする場面は見当たらなかったものと思っていました。
『聖火最終走者にウイグル族、「民族融和」演出し米欧の批判に反論』という場面もあったようですが、私自身、リアルタイムで視聴していた際、選手の一人を起用した流れの中で前回のような違和感は抱いていませんでした。ただ下記のような記者のルポに触れると、また異なる印象が上書きされていくことになります。
北京冬季オリンピックは4日夜、北京市の国家体育場(通称「鳥の巣」)で開会式があり、幕を開けた。政治色の強い演出が際立った異質な式典をスタンドで取材した記者が、中国の思惑を探った。
最新鋭の映像技術を駆使して開催国・中国の文化とスポーツの魅力を描いた演出に、現地で取材しながら徐々に引き込まれた。一方で国内の少数民族の人権問題に厳しい視線が注がれる五輪の幕開けで、中国側が込めた政治的なメッセージも浮かび上がった。
中国が誇る国際的な映画監督、張芸謀氏が練り上げたのは冬らしい青色と白色を基調にしたシンプルな演出だった。二十四節気の一つ「雨水」の映像から開会のカウントダウンが始まり、最後に開幕日である「立春」を迎えると会場中央に集まった人々が持った緑色に光る棒が草原のように揺れて春を告げる。季節感を大事にする中国らしい演出に周辺の欧米人記者からは拍手が聞こえた。精緻なプロジェクションマッピングを駆使した演目が次々に繰り出され、中国の技術力の高さを印象づけた。
大会の「特殊さ」を改めて思い知らされたのは、開会式のハイライトである聖火リレーの場面だ。午後10時(日本時間同11時)過ぎ、リレーは大詰めを迎え、最後に聖火を託された2人の男女の名前が会場のスクリーンに映し出された。このうちスキー距離の女子選手の名前を見て、思わず息をのんだ。新疆ウイグル自治区出身のウイグル族、ジニゲル・イラムジャン選手(20)だった。
彼女に聖火を託した五輪メダリストらと違い、決して有名な存在ではない。周囲の中国人記者に聞くとスマートフォンで名前を検索した後、「知らない」と肩をすくめた。多くのウイグル族が再教育施設に強制的に収容されているとして、欧米の国々は人権侵害を理由に外交的ボイコットを表明し、開会式に政府高官を派遣しなかった。そうした中、渦中の民族をあえて起用した中国に「ウイグル族への人権侵害など存在しない」と世界へ「民族の融和」をアピールする意図があるのは明らかだと感じた。
中国を統治する共産党は人口の9割を占める漢族と55の少数民族は一体の「中華民族」だとうたう。開会式では民族衣装などに身を包んだ人たちが国旗「五星紅旗」を一緒に掲げる場面もあった。
だが、そうした演出を目の当たりにするうちに、かつて上海に駐在し、取材で訪れた新疆で何度も見た光景がよみがえってきた。「すべての民族は家族だ」。そう書かれた街角の看板近くに設けられた検問所では、ウイグル族の人たちがスマートフォンを差し出していた。当局が「テロ」につながるとみるデータがないかチェックするためだ。その横を漢族とみられる人が通り過ぎていく。「なぜ自分たちだけが常に疑われるのか」。あるウイグル族の男性は、そう打ち明けた。
世界が注目する聖火リレーの最終走者にウイグル族の選手を起用した姿勢は、大国となった自信、そして米国などに対して人権問題で介入を許さない強烈な意思表示に映る。開会式ではジョン・レノンの「イマジン」が流れた。「想像してごらん、国境のない世界を」。ちぐはぐさを漂わせて「平和の祭典」は始まった。【毎日新聞2022年2月5日 北京・林哲平】
「イマジン」がちぐはぐさを漂わせてというシニカルな見方もあろうかと思いますが、全体を通して「民族の結束」よりも「国際強調」を願う演出が目立っていたように受けとめています。したがって、一触即発な緊迫化するウクライナ情勢を打開する糸口を見出すためにも、できれば北京五輪が対立する国家間での首脳外交を展開する場になって欲しかったものです。
前回記事「個人的な失敗談から省みること」の最後に岸田総理には危険予知能力を存分に発揮して欲しいと願い、最近の記事の中で国家間の争いは「人間の意思」によって防げることを重ねて訴えてきています。このような思いに照らした時、岸田総理が「外交的ボイコット」という言葉を使わず、過度な批判や圧力一辺倒になっていない姿勢を率直に評価しています。
今回、記事タイトルを「多面的な情報の大切さ」としています。これまで「多面的な情報への思い」「再び、多面的な情報への思い」「多面的な情報への思い、2012年春」「多面的な情報の一つとして」 「多面的な情報を提供する場として」という記事などを投稿してきました。意外にも過去の記事タイトルとの重複はありませんでした。
同じモノを見ていても、見る角度や位置によって得られる内容が極端に違ってきます。一つの角度から得られた情報から判断すれば明らかにクロとされたケースも、異なる角度から得られる情報を加味した時、クロとは言い切れなくなる場合も少なくありません。クロかシロか、真実は一つなのでしょうが、シロをクロと見誤らないためには多面的な情報をもとに判断していくことが非常に重要です。
上記のような問題意識を一貫して持ち続け、このブログを長年運営しています。幅広い情報や意見に触れていくという意味で「聞く力の大切さ」というタイトルもあり得ました。ただ岸田総理の「聞く力」が注目されているため、今回の記事内容そのものの印象を左右しかねませんので、いつも使っている「多面的な情報」という言葉に落ち着いています。
先日『news23』の中で3回目のワクチン接種の遅れについて「官僚主導が弊害」と指摘し、菅前総理のリーダーシップを評価する論調での解説を耳にしました。官僚や担当大臣の意見に耳を貸さず、桁外れの目標を掲げた菅総理と対比し、現実的な対応や判断を重視している岸田総理の姿勢を批判していることに強い違和感を覚えました。
菅前総理の「ワクチンは走りながら考えるしかない」という無茶ぶりにどれほど各自治体や職域接種の協力要請に応じた企業が振り回されたのか、結果的に目標以上の接種回数でのペースとなっていましたが、あまりにも偏った見方や一方的な評価に驚きを隠せませんでした。
多面的な情報や意見を踏まえ、一つの「答え」を決めた岸田総理ですが、強い批判にさらされると一転して方針を変える事例も目立っています。そのことも岸田総理の「聞く力」という好意的な評価がある一方、やはり朝令暮改の多さは調整力や指導力の不足が批判されつつあります。
『安倍氏&高市氏に屈し「佐渡金山」世界遺産推薦 日本が払わされる“代償”を元外交官が危惧』という記事にあるような動きも気になっていました。これまでの経緯や現実的な対応を重視する立場であれば岸田総理らの当初の判断が妥当だったように思っています。
それにも関わらず、安倍元総理らの「歴史戦」などという勇ましい言葉によって方針を転換してしまったことは岸田総理の「聞く力」の失敗例だと言えるのではないでしょうか。
多面的な情報を提供する場として、最後に『佐渡金山、歴史的価値はそっちのけ 世界遺産推薦の舞台裏にただよう政局と外交の思惑』という記事内容全文を紹介します。たいへん長い記事ですが、なかなか生々しい政治的な思惑を巡る動きなどが伝えられています。私自身、特に留意しなければならないと思った経緯は参考までに赤字としています。
日本政府は1日、佐渡金山遺跡(新潟県)の世界文化遺産登録を目指し、ユネスコ(国連教育科学文化機関)に推薦することを閣議了解した。当初は推薦を見送るとしていた方針が変わったのはなぜか。関係者の証言をたどると、佐渡金山の価値などそっちのけで、政局や日韓関係を巡る思惑が優先された状況が浮かび上がる。(牧野愛博)
文化審議会は昨年12月28日、佐渡金山遺跡を推薦候補に選んだ。この時点では、文部科学省や外務省は「推薦見送りの流れ」(関係者)とみていた。推薦する場合、推薦書類を日本時間2月2日未明までにユネスコ世界遺産センターへ提出する必要がある。提出までにユネスコとの間で詳細な調整が必要になるため、「本気で推薦するときは、前年の秋までに選ぶのが通例」(同)だったからだ。
実際、文化審議会世界文化遺産部会の答申には「推薦書の提出までに、読み手にとってわかりやすい表現となるよう推薦書案の記述内容について一部修正すべきという課題はある」というただし書きもついていた。外務、文科両省は「議論を尽くすため、結果的に今回は推薦見送りになっても仕方がないという意味だ」と受け止めたという。
ユネスコへの推薦は各国年1件に限られる。新潟県や県選出国会議員らは2015年度から佐渡金山の推薦を目指していたが、ずっと選ばれない状態が続いていた。佐渡金山が推薦を得られなかった理由は幾つかある。最大の理由は、日本政府がユネスコの審査制度の変更を働きかけていた問題だった。2015年、中国が「世界の記憶」(旧・記憶遺産)に申請した「南京大虐殺の記録」が登録されると、日本政府は「政治利用だ」と反発。ユネスコの分担金支払いを一時延期した。
さらに、外務省を中心に「ユネスコが政治的対立をあおる場になってはならない」として、「関係国間で政治対立がある案件の申請は受け付けるべきではない」などと求めていた。外務省は首相官邸などに「韓国が反発する佐渡金山の登録を目指せば、国際社会から、日本は二枚舌だと批判される。日本の国際社会での信用に傷がつきかねない」と説明していた。
2015年に世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」(23施設)に端を発した問題も影響していた。当時、韓国は、長崎市の端島炭坑(軍艦島)などを挙げ、日本統治時代に朝鮮半島の出身者が労働を強いられた施設が含まれていると主張した。日本は同年7月の世界遺産委員会で「意思に反して連れて来られ、厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者」がいたとし、当時の徴用政策を理解できるような措置を講じると説明。説明戦略の策定に際し「真摯に対応する」と約束した。
2020年6月、東京都新宿区の政府施設内に設けられた「産業遺産情報センター」が「明治日本の産業革命遺産」を説明する資料の一般公開を始めた。韓国側は「差別を否定する証言を紹介している」「強制連行について説明していない」などと猛反発した。結局、ユネスコの世界遺産委員会は21年7月、「明治日本の産業革命遺産」を巡る日本の対応に「強い遺憾」を表明する決議を採択。同時に、日本政府に2022年12月1日までに取り組みを報告するよう要請した。
韓国政府は「佐渡金山でも端島炭鉱と同じように、朝鮮半島出身の労働者が働かされていた」と主張していた。政府内では「佐渡金山を推薦すれば、もめている端島の問題に更に火がつきかねない」という危機感が漂っていた。政府は、産業遺産情報センターの加藤康子センター長も同じ懸念を持っているという情報を入手していた。関係者の一人は「加藤さんは安倍晋三元首相らと親しい。いざとなれば、佐渡の推薦見送りで歩調を合わせてくれるのではないかという期待感があった」と語る。
そして、ユネスコの状況を考えれば、たとえ推薦しても、佐渡金山が登録される可能性はほとんどないという見方が、政府内の大勢を占めていた。佐渡金山の登録を巡っては、世界遺産条約締約国から地域別に選ばれた世界遺産委員会で審査した後、2023年夏ごろまでに登録の可否を決める。登録には21カ国で構成する遺産委で3分の2以上の賛成が必要とされるが、実質的にはコンセンサス方式を取っている。
実際、「明治日本の産業革命遺産」の登録を巡り、2015年にドイツ・ボンで開かれた世界遺産委員会でも、議長役のドイツは水面下で日韓両国に事前合意を促していた。当時、日本は「日韓併合条約は合法だった」との立場から、ILO条約(国際労働条約)が違法と位置づける「forced labor(強制労働)」の文言を使うことを拒否。「force to work」の文言を使うよう働きかけるなど、ギリギリの調整を行った。
交渉の途中、韓国側が「forced labor」という言葉の使用にこだわったため、日本側は態度を硬化させた。このとき、一時は「投票やむなし」として、票読み作業を指揮したのが当時の岸田文雄外相だった。ただ、当時は慰安婦問題に固執していた朴槿恵政権が日韓関係の改善に向けて動き出していた時期だった。最終的に安倍晋三首相の判断で、投票に持ち込まれた場合に日韓関係に重大な影響が出るとして、妥協して合意に至った経緯があった。
こうした経緯を踏まえ、外務省は「佐渡金山を推薦しても、韓国が阻止に動くだろう。ただでさえ、端島を巡る日本の対応に強い遺憾を示したユネスコで、日本の主張が全面的に支持される可能性は低い。今年5月には韓国で新政権が誕生する。状況を見ながら、改めて推薦した方が得策だ」と政府与党内で説明していたという。
これに対し、文化審議会の答申が出るまで、佐渡金山を巡る自民党内の動きは鈍かった。政府関係者の一人は「強硬に推薦を働きかけていたのは、新潟県選出の国会議員程度だった。結果的に見通しが甘かったことになるが、当時は、これなら推薦見送りになるだろうと考えていた」と証言する。雰囲気を変えたのは、韓国外交省が文化審議会の答申を受けて昨年12月28日に出した報道官論評だった。
論評は、佐渡金山の推薦候補選定について「非常に嘆かわしく、直ちに撤回を求める」と訴えた。韓国政府関係者によれば、韓国では従来、「強制連行された朝鮮人労働者が佐渡金山で働かされていた」という主張が社会的に大きく取り上げられたことはなかった。この関係者は「軍艦島(端島)を巡る韓日合意が守られないうちに、同じような案件を進める日本の姿勢が問題視された」と語る。
韓国も2015年当時、「明治日本の産業革命遺産」の登録を巡る日韓対立の際、端島の朝鮮人労働者の実態を詳しく調査して臨んだわけではなかった。韓国の市民団体の突き上げを受け、真相究明よりも、日本の登録を阻止することが重視された。日本も登録が最優先課題だった。このため、外交上の妥結が優先され、真相究明が後回しにされた。日韓が15年当時、お互いに納得しないまま合意したことが、佐渡金山の推薦で再び、日韓対立が再現される結果を招いた。
それまで、佐渡金山に大きな関心を示さなかった自民党保守派からも、韓国の反応を契機に、強硬な意見が上がり始めた。安倍晋三元首相が顧問を務め、自民党の保守系議員らがつくる「保守団結の会」は1月18日、政府に早期推薦を求める決議をまとめた。安倍氏は20日、自らの派閥で「論戦を避ける形で登録を申請しないというのは間違っている」と語った。高市早苗党政調会長も19日の記者会見で「日本国の名誉に関わる問題だ」と主張した。
こうした主張の背景には、韓国に対する不満以外の事情もあった。高市氏は24日の衆院予算委員会で佐渡金山問題を取り上げたが、林芳正外相に答弁を求める場面が目立った。自民党のベテラン議員は「高市と林は次のリーダーを争うライバル関係にある。高市にしてみれば、佐渡金山を取り上げれば、保守派の支持が増えるし、林の人気も下がるから一石二鳥だ」と話す。
政府関係者も「佐渡金山で閣議了解を求める担当は文部科学省。でも、高市さんが何度も林さんの答弁を求めるところに、政局のにおいがする。末松信介文科相は安倍派だから、いじめないということだろう」と語る。予算委を注視していた外務省内では「自民党がまるで野党みたいな質問をしている」という声が上がった。
別の関係者は、佐渡金山を巡る保守派の動きについて「北京五輪で外交ボイコットを政府に求めた時と同じ、ポジショントークだ」と語る。尖閣諸島や徴用工判決などを巡り、世論の中韓両国に対する反発は根深く、中韓に対する強硬論は支持を得やすい。同時に保守派を結集する軸にもなりうる。
先の自民党ベテラン議員は「安倍さんは、岸田さんの安全保障政策は評価しているが、リベラルな外交を警戒している。閣僚人事への不満もあって、岸田さんや林さんへの批判的な主張につながっている」と語る。別の議員は「安倍派は所属議員が100人近い。あれだけの大所帯をまとめるためには、常に発信して求心力を保つ必要があるんだろう」と話す。
自民党保守派からの突き上げは激しかった。佐渡金山の推薦を強く働きかけていた新潟県選出議員ですら、政府関係者に「保守派が騒ぎ出して、手がつけられなくなった」と漏らすほどだった。首相官邸の空気も「もう面倒だから、推薦しよう」という雰囲気に傾いた。
そんななか、最後まで悩んでいたのが岸田文雄首相だった。岸田首相は2015年以降のユネスコを巡る経緯が十分頭に入っていた。「登録を実現することは何よりも大事。何が最も効果的なのか、しっかり検討していきたい」という国会答弁も、「今、無理に推薦しても登録は難しい」という外務省の説明を受けたものだった。
岸田氏は安倍氏に電話するなど、散々悩んだ末、1月28日夜、佐渡金山を推薦する考えを表明した。「申請を行うことを決定した。変わったとか転換したとの指摘は当たらない」とも語った。記者団とのやり取りを聞いていた政府関係者の一人は「総理の頭の中は、夏の参院選まで、どうやって政権を持たせるかでいっぱいだ。ここで政局になれば、予算案審議などを巡って自民党保守派が野党化しかねないと危惧したのだろう」と語る。
韓国政府は岸田首相が自ら推薦決定を表明したことで、「ただちに抗議する必要がある」と判断。その夜のうちに相星孝一駐韓大使を呼び、厳重に抗議した。韓国政府は関係部署による対策チームを作り、佐渡金山の登録を阻止する方針も決めた。
外務省関係者は「日本が圧倒的に不利な状況。結局、外務省がババを引いたということだ。今後、結果が出なければ、責められるのは外務省と林大臣だから。保守系の政治家やメディアからは、中国や韓国の意見が通るユネスコなんて脱退しろという声も聞く」と語る。この騒動の間、佐渡金山の価値について真剣に考えた政治家は一体、何人いたのだろうか。【朝日新聞2022年2月3日】
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