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2021年6月27日 (日)

コロナ禍で問われる政治の役割

金曜日に東京都議会議員選挙が告示され、7月4日に投票日を迎えます。定数127に対し、271人が立候補しています。現在の定数になった1997年以降では最も多い立候補者数です。私が議長代行を務める連合地区協議会は2人の候補者の応援に力を注いでいます。

地区協の議長は応援のためにマイクを持つことが多くなっています。先日、事務局長から「同じ時間帯に重なることもあり、議長の代わりにマイクを持って話してもらえませんか」という依頼がありました。

文字通りの議長代行という役割を担えず、たいへん心苦しいところですが徴税吏員という私自身の立場を改めて説明し、選挙に関わる応援演説ができない事情にご理解願いました。これまで法的な制約について取り上げた「地公法第36条と政治活動」「再び、地公法第36条と政治活動」「大分県警が隠しカメラを設置」という記事を投稿しています。

地方公務員という立場上、一定の制約があることは確かですが、政治活動が一切禁止されている訳ではありません。しかしながら「ここまでは大丈夫」という勝手な解釈は厳禁であり、定められた一線を強く意識するように心がけています。そのような線引きを大前提として、あえて政治的な話題を当ブログでは頻繁に取り上げています。

公務員の政治活動のあり方について取り沙汰されがちな中、せめて正確な情報や認識のもとに評価を受けたいと願っているからです。さらに自分自身の主張を広く発信できる自分なりの一つの運動として位置付け、このブログに向き合っています。前回記事「コロナ禍が続く中での組合活動」の冒頭では次のように記していました。

国民一人一人が一票を投じるという所定の手続きを経た結果、政権与党という組織も大きな権限が託されています。政権運営を託された総理大臣をはじめ、政府与党の責任者は右に行くのか、左に行くのか、日常的に難しい判断が求められていきます。

判断の誤りが続くようであれば政権の座から下ろされる、このような緊張感ある政治的な構図が欠かせないはずです。代議制民主主義の重要な点ですが、ここから先の話は長くなりそうですので機会があれば次回以降の記事で深掘りできればと考えています。

都議選が告示されたタイミングでもあり、さっそく今回の記事で深掘りさせていただきます。コロナ禍で問われる政治の役割として、より望ましい結果を出し続けていく非常に重い責任が課せられています。平時であれば「やってる感」の政治でも一定の支持は得られていたのかも知れません。

しかし、危機管理下での政治の役割としては結果が出せなければ国民の命と暮らしを守ることはできません。コロナ禍での政治の役割に期待した記事として「政治の現場での危機管理」「都政の現場、新知事へのお願い」「コロナ禍での野党の役割」「危機管理下での政治の役割」などを投稿しています。

代議制民主主義とは、有権者が選挙を通じて政治家を選び、政治家が政策決定を行なう仕組みで間接民主制とも呼ばれます。選挙を経た議員による議会というチェック機能もありますが、多岐にわたる政策の方向性は政権与党の責任者の判断に委ねられています。その中で最も重い責任と大きな権限が託されているのは総理大臣です。

菅総理へのお願い」という記事を投稿していましたが、菅総理も「国民のため」という強い思いで政権運営に努めているはずです。自分自身が総理大臣を続けるため、総選挙で自民党が負けないため、そのような思いを優先しながら政策判断を重ねていないことを願っています。

東京五輪の開催も「国民のため」という判断基準をもとに決めているはずですが、感染を拡大させるリスクが伴っていることも留意しなければなりません。先週金曜、朝日新聞朝刊トップの見出しは『閣僚「五輪中止を」拒む首相 「やめるわけにいかぬ」いら立ちも』でした。

この1か月ほどの間に何人もの閣僚が「この状況を考えれば中止も仕方ありません」「中止で支持率はマイナスになりません」と説得し、菅総理に五輪中止を迫ったという証言が伝えられていました。しかし、菅総理は「ワクチン接種を加速させる」「感染者数は6月に減るはずだ」という決意の言葉を語り、すべて退けていたようです。

私自身、新型コロナウイルス感染症に関する様々な書籍に目を通した結果、必要な感染対策に努めながら社会生活や経済を過度に停滞させないという発想を重視するようになっています。そのため、東京五輪の開催についても「中止ありき」という訴えをしていません。感染対策に万全を尽くし、主催者が納得性の高い説明責任を果たした上で開催を決めるのであればその判断を尊重したいものと考えています。

しかし、中止しない限り、無観客だったとしても開催に伴う感染リスクがゼロになることはあり得ません。万が一、東京五輪が直接的な原因として感染拡大を生じさせた場合、菅総理の責任も免れない立場だと思っています。それにも関わらず「開催の判断はIOCの権限」という責任回避と取られるような発言が気になっていました。

そもそも昨年、2年の延長案が主流だった中、安倍前総理が1年延長で押し切ったという話が伝えられています。このような事実関係からも菅総理が第三者的な立場ではなく、日本国内で最も重要なキーパーソンであるはずです。

説明責任に関しても菅総理の「東京五輪の開催は新型コロナウイルスに打ち勝った証し」という言葉をはじめ、「安心・安全な五輪」という常套句から残念ながら納得性が高まるとは到底考えられません。

前回記事の最後にも記しましたが、東京五輪を中止するタイミングは逸しているものと思っています。そのため、東京五輪開催の是非について都議選の争点に掲げられることには少なからず違和感があります。この段階に至っては開催都市の責任として安心・安全な五輪に向けて、政治的な立場を超えて一丸となって協力していくことが求められているのではないでしょうか。

右か、左か、難しい判断を下す際に「国民のため」という思いを常に優先していることが伝わってくれば、その政治家に対する国民からの信頼は高まっていくはずです。逆に「自分のため」が優先された判断だと見られてしまった場合、不信感が高まっていくことになります。

難しい選択も信頼を寄せる政治家が「右に行く」と判断したのであれば国民の多くは「信じてみよう」という関係性につながるのだろうと思っています。一方で、このような報道『河野大臣“口先だけ上から目線”が招いたワクチン不足大混乱の落とし前』が重なるようであれば、その政治家に対する信頼は低下していくことになります。

ただ河野大臣だけを責められない事情も推察しています。菅総理のワクチン接種に懸ける熱意からの圧力に押され、河野大臣も突き進まなければならない立場なのだろうと見ています。しかし、そのシワ寄せは要請に応えようと努力した多くの企業が受けることになり、結果的に「国民のため」から離れた政策判断の一つだったと言えます。

都議選においては各候補者が「都民のため」をうたった政策の数々を掲げています。一般論で考えれば政党を問わず、候補者が掲げる政策を吟味し、信頼を寄せられる候補者かどうか、個々人の見識や資質を見極めていけることが理想です。その違いが明確化できない場合、候補者の所属する政党や関係団体とのつながりから判断していくことになります。

都議選が総選挙の前哨戦として位置付けられています。前述したとおり緊張感ある政治的な構図の実現のためには野党側の健闘が求められています。そのような思いのもと与野党の対立軸について昨年9月「新しい立憲民主党に期待したいこと」という記事を投稿していました。

各級議会に緊密な連携をはかれる議員の存在は貴重なことであり、連合は所属する「組合員のため」を目的に政治的な方針を定めています。産別によって様々な考え方がありますが、連合の神津会長は「組織内は基本的に一枚岩だ」と語っています。その上で共産党との連立政権に反対する立場を明らかにしています。

連合に所属する組合役員の立場として、そのような連合の基本的な方針を尊重しています。ただ個々の場面において、神津会長の指摘のとおり産別によって判断が分かれる場合もあります。都議選に臨む方針も一部の選挙区において生じがちでしたが、「一枚岩」という信頼関係を踏まえながら自治労都本部も、私どもの組合も「組合員のため」を重視した判断を下していることを最後に付け加えさせていただきます。

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2021年6月20日 (日)

コロナ禍が続く中での組合活動

前回記事「『政商 内閣裏官房』を読み終えて』のコメント欄で、れなぞさんからの問いかけに答えながら私自身の思うところを書き進めていました。今週末に投稿する新規記事「コロナ禍が続く中での組合活動」を書き始める際、その思うところを少し補足させていただきます。

それぞれの組織の構成員一人一人がまったく同じ考え方である訳ではありません。政党という組織でも個別の課題に対して構成員の間で意見が割れる時も決して少なくありません。最近の事例としてLGBT法案が自民党内での意見集約に至らず、国会提出が見送られていました。

まして労働組合という組織であれば多岐にわたる活動方針に対し、構成員一人一人が様々な評価や考え方を抱いているはずです。しかし、所定の手続きを経た上で組織としての方向性を決めることで、それぞれの組織が右に行くのか、左に行くのか、具体的な一つの意思を持つことになります。

国民一人一人が一票を投じるという所定の手続きを経た結果、政権与党という組織も大きな権限が託されています。政権運営を託された総理大臣をはじめ、政府与党の責任者は右に行くのか、左に行くのか、日常的に難しい判断が求められていきます。

判断の誤りが続くようであれば政権の座から下ろされる、このような緊張感ある政治的な構図が欠かせないはずです。代議制民主主義の重要な点ですが、ここから先の話は長くなりそうですので機会があれば次回以降の記事で深掘りできればと考えています。

今回、私どもの組合の活動について取り上げさせていただきます。前述したとおり所定の手続きを経て確立している組合の活動方針、特に政治的な方針に対し、構成員である組合員の皆さんが様々な評価や考え方を抱いているものと受けとめています。

このブログを長く続ける中で、そのことをいっそう自覚できるようになっています。コメント欄を通し、たいへん幅広い意見に触れられる機会に恵まれ、私どもの組合員の皆さんの中にも同じように感じている方が少なくないのだろうという認識を深めていました。

このような自覚が不充分なまま日常の組合活動に向かい合うのか、自覚した上で向かい合うのか、望ましいのが後者であることは言うまでもありません。定期発行している『組合ニュース』や回覧資料、私自身が担当している特集記事「組合は必要、ともに考え、ともに力を出し合いましょう!」を掲げた機関誌の発行にあたり、いつも意識していることです。

重視しなければならない点として組合の役割と存在感のアピールであり、そのことを丁寧に伝えていく努力や工夫が欠かせないものと考えています。1年以上もコロナ禍が続く中、組合員の皆さんと直接相対する機会が減っているため、よりいっそう丁寧な情報伝達や意思疎通が求められています。

その一助になればと願いながら「コロナ禍での組合活動と役割の発揮」「コロナ禍での組合活動、2020年秋」「コロナ禍の中、労使協議は推進」という記事を投稿しています。基本的に労使協議は停滞させないように努めています。新型コロナウイルス感染症対策に絡む労使協議に臨みながら先送りできない必要な課題の労使協議も進めています。

今回、コロナ禍に絡んだ現況を中心に伝えながら、いろいろ個人的に思うことも書き足していくつもりです。まず「緊急事態宣言解除後も必要な感染対策の継続を コロナ禍に絡む課題等の労使協議を推進」という見出しを付けた火曜日に発行する『組合ニュース』の内容の一部を紹介します。

緊急事態宣言解除後も国民の半数程度がワクチン接種し、集団免疫が確認されるまで必要な感染対策を緩めることはできません。制約された「日常」が続く中、学童保育所の代替配置等の問題や現評独自要求書の提出など組合活動は感染リスクに留意しながら適宜対応しています。

前号の組合ニュースでワクチン接種に絡む課題を報告しました。中央の安全衛生委員会で本庁舎正面玄関に非接触型の自動検温計の設置も要望しています。当局は「発熱を理由に入庁を断れない」とし、設置には消極的です。組合は啓発的な意味合いや窓口で対応する職員の安心安全に少しでもつなげるためにも改めて検討するよう求めています。

その紙面では新型コロナにかかる結婚休暇とリフレッシュ休暇の特例措置の延長について確認したことも伝えています。前号のニュースではワクチン接種業務が多くの職場で負担を生じさせている現状を5月24日に開いた安全衛生委員会の中で組合から問題提起したことを伝えていました。

とりわけ健康推進課では深夜に及ぶ勤務も強いられていたため、市当局からは健康推進課に6月から新たに5名増配置する回答を引き出していました。いくつかの職場で年度途中に欠員が生じてしまいますが、ただちに新規採用試験を実施し、早ければ9月に補充できることをあわせて確認していました。

『組合ニュース』では「これまでも新型コロナ関連では全庁的な緊急対応で支え合っていくことを受け入れてきています。ぜひ、ご理解願えるようよろしくお願いします」という言葉も添えていました。課を越えた応援体制や年度途中の欠員を伴う異動については慎重に判断する必要がありますが、給付金事務等も緊急的な対応を受け入れてきています。

安全衛生委員会の中で、住民の皆さんからの理解を大前提に希望する職員のワクチン接種の促進に向けた努力を要請しています。特に基礎疾患を抱える職員、保育園や学童保育所の職員への早期接種の切実さを訴えています。このような要請は「3回目の緊急事態宣言 Part2」のコメント欄で、ぱわさんから寄せられた「不安感でいっぱいです」という切実な声を強く意識したものでした。

本庁舎正面玄関に非接触型の自動検温計を設置しても来庁者全員に計測を義務付けることは難しく、用事があって来庁された方に発熱だけを理由に「お帰りください」と告げられないこともその通りかも知れません。しかし、1台でも設置することで「発熱があれば外出は自粛する」という感染対策に向けた意識啓発には寄与するはずです。

さらに自ら計測された方が普段より高い体温だと分かり、万が一を警戒して自発的に帰られることも考えられます。実際、設置している商業施設や企業・行政機関も増えているようです。実効性に評価は分かれるのかも知れませんが、不特定多数の方々と応対しなければならない職員の不安を少しでも緩和する対策の一つだろうと考えています。

いずれにしても人と人との接触がある限り、感染リスクをゼロにすることは困難です。人流の抑制や営業時間の短縮などは、いずれも感染リスクを低減させる対策に過ぎません。一方で、マスク着用、手指の消毒、三密に注意していくことなどで感染リスクが下げられることも立証されています。

このような状況を踏まえ、私どもの組合の活動の線引きを判断しています。昨年11月、組合の新たな1年間の活動方針を決める場である定期大会は人数制限等の感染対策に留意しながら開きました。その方針に基づき日常の活動を進めるために判断が必要な執行委員会は対面で開催しています。

定期大会と執行委員会の中間にあたる議決機関である職場委員会の開催は見合わせています。会議室で開くため三密が避けづらく、普段会わなくても済む組合員同士の接触の機会を減らすため、そのように判断しています。執行委員会で判断したことや労使協議の結果報告を回覧資料等を通し、より丁寧に伝えていくことでご理解を得ています。

昨年、日帰りバス旅行や職員家族クリスマスパーティーなどは中止していました。職員家族クリスマスパーティーは今年12月に開く予定で会場を予約しています。直近の執行委員会で中止するかどうか提案されましたが、キャンセル料の発生する時期はまだ先だったため、判断するタイミングを先送りしています。

ワクチン接種が進み、雰囲気がガラッと変わっている可能性も考えたからです。もちろん現状のような感染対策が必要な場合、残念ながら無理して開催すべきイベントではないものと考えています。毎年、楽しみにしているご家族が多い中、可能性があるのであれば判断時期はぎりぎりまで待とうと考えました。

委員長という立場上、組合の判断や意思は私自身の考え方に直結する場面が多くなっています。それでも執行委員会の中で多様な意見が示され、私自身の考えのほうを取り下げる時も少なくありません。そのような場合でも組織として最終的に判断したことに対し、すべて責任を負うべき立場と役割だと思っています。

コロナ禍が続く中、他の主催者が判断した取り組みに対し、その判断を尊重してきました。感染対策に留意した三多摩メーデーが開かれるのであれば主催者側の判断を受けとめながら可能な範囲内で対応しました。三多摩平和運動センターが呼びかけた行動なども同様に組合員の皆さんの参加は募らず組合役員を中心に参加するという対応でした。 

最近の記事「コロナ禍での雑談放談」の中に記した東京五輪について「主催者が納得性の高い説明責任を果たした上で開催を決めるのであればその判断を尊重したいものと考えています」という言葉は上記のような考え方に沿ったものでした。さらに「責任者は誰なのか?」という記事に託した思いも含め、東京五輪の開催に向けた迷走ぶりが残念でなりません。

もう中止するタイミングは逸しているものと思っています。今後、無観客かどうかが争点化されていくのかも知れませんが、開催する限り感染リスクはゼロになりません。そのリスクはあっても開催するという覚悟を責任者が示した上、万が一、東京五輪の開催が感染爆発を誘因する結果につながった場合、引責辞任するというような明確なメッセージが必要な局面であるように感じています。

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2021年6月13日 (日)

『政商 内閣裏官房』を読み終えて

ステイホームが続く中、読み終えた書籍の数が増えていきます。最近では安達瑶さんの『内閣裏官房』、その続編『政商 内閣裏官房』を一気に読み終えていました。実在する政治家らの顔がすぐ思い浮かび、もし事実に近い話をヒントに小説に仕立てていた場合、たいへんスキャンダラスな「闇」を告発していることになります。

日本を壊したやつは誰だ!?  政官財の中枢が集う“迎賓館”の怪。裏官房は依然暗躍し、相次ぐ自死事件を追う! 新政権が発足し官房副長官の首がすげ替えられても、政府にとって使い勝手の良い裏組織“内閣裏官房”は存続していた。

彼らは新副長官の命令一下、ある民間施設で発生した怪死を穏便に“処理”すべく急行する。現場は新政権とも繋がりの深い企業が要人を接待するために設けた“迎賓館”だった!  自衛隊出身の武闘派女子上白河レイらが権力者の悪を糾す、痛快シリーズ第二弾!

上記はリンク先のサイトに掲げられた『政商 内閣裏官房』の紹介文です。あくまでもフィクションという前提で読まなければならないはずですが、周知の事実関係も背景として描かれているため、読み手側の想像力は膨らませられていきます。

登場人物から連想される関係者は激怒するのか、震撼するのか、いずれにしても黙殺したいだろうと思われる内容が随所に目立っていました。安達さんは男性と女性との合作作家ですが、政治的な立場を鮮明にした言葉を登場人物の会話の中に盛り込んでいます。

例えば「新しい総理は今度の政権を、国民に利益誘導をしてそれを支持基盤にする、古き良き遣り方に戻そうとしている。前政権に特徴的だった、愛国だ、反日だ、改憲だ!とやたら憎しみを煽る手法ではなくてね」と語らせています。

他に「前回の国政選挙で、前首相が無理やり押し込んだ候補が当選した事案があっただろう?党本部から、通常の十倍にもなる選挙資金が流れたという、あの件だ。そいつらに渡った金額を全部足しても、党本部から流れた金の三分の一にしかならないんだ。一億近いカネがどこかに消えているんだよ。そのカネが、それも前総理に近い大物政治家に還流したのではないか」という疑惑も描かれています。

登場人物の言葉がそのまま作者の考えとは限らないのかも知れませんが、現政権と対比しながら前政権を批判している箇所が目に付きました。「文書を改竄させられるような、そういう政権は願い下げですね」「室長は、新政権に持ち堪えてほしいと願っているのだ」という登場人物のセリフなどから前総理と現総理の顔を思い浮かべています。

続編には立山大祐という人物が登場します。かつて立山は金融担当大臣として不良債権処理を推し進め、「対象となった企業の三分の二は外資に食われ、残り三分の一は立山に協力的だった企業に、二束三文で買われてしまった」と書かれています。現在は大手人材派遣会社キャリウェルの会長を務め、アメリカの利益を代弁する人物として描かれていました。

自由で公平な競争を日本の社会にもたらした、と立山は豪語しているが、自分が無理やり押し付けたルールの下、立山本人がキャリウェルを立ち上げて人材派遣業で大儲けしているのだから、まさに語るに落ちる、という話だ。上品に言えば利益相反、ぶっちゃけ、出来レースでしかないだろう。

上記は登場人物の一人が立山について説明する言葉です。書籍のタイトル名の政商は立山を指し、前述したとおり実在する人物や企業名が容易に思い浮かべられます。殺人事件を絡めた物語ですので荒唐無稽な話として受けとめ、具体的な人物や企業と重ね合わせていくと誹謗中傷や名誉毀損の問題にもつながりかねません。そのため、このような書籍を読み終えたという「雑談放談」に過ぎない内容としてご理解願います。

ここまでは小説の中に記されていた内容の紹介であり、事実関係とフィクションとの線引きには慎重にならなければなりません。続いて、事実関係をもとにしたメディアの記事内容を紹介していきます。まず『パソナ1000%の衝撃!コロナと五輪でボロ儲けのカラクリ』という見出しの記事内容です。

コロナ禍に前年比1000%増――。パソナグループの最終利益が波紋を広げている。今年5月期の通期連結業績予想を上方修正。純利益は62億円と、前年の5億9400万円から実に942.3%アップ、約10倍増となる見込みだ。

大幅に利益を伸ばした事業は、官公庁や企業から業務プロセスの全てを請け負う「BPOサービス」。この中には政府から巨額で請け負ったコロナ対策関連事業も含まれるとみられる。

例えば昨年の「持続化給付金」事業だ。パソナが設立時から電通などと共に関与した一般社団法人「サービスデザイン推進協議会」が、まず769億円で受託。749億円で再委託された電通が子会社5社に流し、さらにパソナやトランスコスモスなどに計417億円で外注――と、血税“中抜き”は猛批判を浴びたが、とりわけパソナの受注費は約170億円と際立って多かった。

五輪関連事業でも「特権」を与えられている。大会組織委員会と「オフィシャルサポーター」契約を締結。先月26日の衆院文科委員会で「人材派遣サービスはパソナしか許されていない。43(の競技)会場の派遣スタッフを頼むときはパソナに(仕事を)出さなくてはいけない契約になっている」(立憲民主党・斉木武志議員)と、事実上の独占状態なのだ。

コロナで中抜き、五輪ではピンハネ? 究極の買い手市場だからか、国会審議では“ピンハネ”疑惑も浮上。パソナの五輪有償スタッフの募集要項によると、時給は1650円(深夜時間帯は125%の割増賃金)、日給にすれば約1万2000円程度だ。ところが、組織委と委託先の広告代理店との契約書や内訳書には人件費の1日単価は35万円、管理費・経費を含めると日当45万円と出てくるという。

ピンハネ率は97%。代理店からの独占委託で利益が転がり込めば、儲かるのも納得だ。コロナ不況で早期・希望退職を募る企業も増加。再就職支援事業も「好調」というから、まさに「人の不幸は蜜の味」だ。

「会長の竹中平蔵氏は菅首相のブレーン。今も国家戦略特区諮問会議や産業競争力会議の有識者メンバーです。公的機関の仕事に食い込めるのは“政権の友”への優遇ではないのか。違うならハッキリと説明すべきです。政府分科会の尾身会長の『五輪開催は普通はない』発言に竹中氏は6日、『越権行為』『ひどい』と関西ローカル番組でカミついていましたが、開催中止で利益を失いたくないようにしか聞こえません」(経済評論家・斎藤満氏) 日本にも“ぼったくり男爵”は存在する。【日刊ゲンダイ2021年6月7日

勇み足な表現もあるのかも知れませんが、基本的に事実関係を伝えた記事内容であるはずです。日刊ゲンダイの政治的な立場性や辛辣な言葉使いに嫌悪感を持たれる方々も多いようですが、このブログが多面的な情報を提供していく一つの場になり得ることを望んでいる関係性についてご理解くださるようお願いします。

次に『五輪支持の竹中平蔵パソナ会長「スペイン風邪でもやった」発言に自民党が大迷惑「援護射撃になっていない」』という見出しの記事内容を紹介します。やはり政権との距離感を明確にしたメディアの報道ですが、1920年のアントワープオリンピックはスペイン風邪というパンデミックの中でも開催されたという説明の不適切さなどが理解できる内容となっています。

東京五輪開催を支持する慶応大学名誉教授でパソナ会長の竹中平蔵氏が9日、自身のYouTubeチャンネルを更新。「竹中平蔵【東京五輪】開催すべき理由を徹底解説」というタイトルで語った。竹中氏は動画の冒頭で、「私はオリンピック・パラリンピックを是非きちっと開催してほしい」と主張。

1つ目の理由として、「オリンピック・パラリンピックは国内イベントではないということです。世界のイベントなんです。従って本来ならば日本の国内事情でこの世界的なイベントを止めるというのは、やはりこれはあってはいけないことだと思います。日本としては国際的な責任を果たすために国内事情をしっかりとコントロールしながら実行に移す責任がある。それが実は日本で開催されるオリンピック・パラリンピックの本質的な問題だという風に思うんです」と語った。

そして、2つめの理由として、新型コロナウイルスの流行が五輪を中止する根拠になりえないことを主張した。竹中氏は過去にオリンピック・パラリンピックを中止した事例として第一次世界大戦、第二次世界大戦の時を引用。「世界大戦の時はさすがに世界が真っ二つに割れているわけですから。これは国内事情ではなくて世界の事情でできないから止めているわけです」と五輪の開催中止が正当であることを強調した。

そして、今回の東京五輪の状況に類似した1920年のアントワープオリンピックを取り上げ、「1918年から数年間、世界はスペイン風邪というパンデミックに襲われました。しかしこのパンデミックの中でベルギーのアントワープでの五輪はきちっとやられました。パンデミックだからやめたということではなかったわけです」と説明した。

3つ目の理由がワクチンだ。「この数か月の間にコロナ問題に対する世界の認識は大幅に変わったということです。日本では依然として人流を抑えるためにどうこうという話をしていますけど私の認識ではイギリスやアメリカでは、もうそんな議論はしておりません」とワクチンの接種率が高い諸外国はコロナの感染が収束していることを説明。「今やるべきことはワクチンを普及させること、そして国際的責任を果たすために日本は今このオリンピック・パラリンピックを万全の対策を講じながらきっちりとやり抜くこと」と持論を展開した。

竹中氏は6日に読売テレビで放送された「そこまで言って委員会NP」に生出演した際、「世界のイベントをたまたま日本でやることになっているわけで、日本の国内事情で世界に『イベント(五輪)やめます』というのはあってはいけないと思いますよ。世界に対して、『やる』と言った限りはやる責任がある」と主張。落語家の立川志らくが「世論の6、7割が(五輪は)中止だと言っている。世論が間違っているってこと?」と質問すると、「世論は間違ってますよ。世論はしょっちゅう間違ってますから」とコメントして波紋を呼んだ。

今回の動画の内容についても、コメント欄では「コロナの感染は世界の問題であって、日本の国内事情ではありません。オリンピックを開催する責任??国外からの流入はもちろんですが、日本から世界に拡散させる可能性についてはどうなんでしょうか?日本株なんて世界に言われたらどう責任とるんでしょう?」

「ヨーロッパでのスペイン風邪感染は1920年には収束しつつある状況にあったので開催される要因の1つになったと思われます。参加国29カ国を見ても、欧米が3分の2近くを占めています。つまりスペイン風邪はほとんど影響がなかったと思います。東京オリンピックの参加予定の国・地域は200カ国。はっきり言わせていただきまして比較にならない。その200カ国の中には、感染が収まらない国・地域が多いのが現状」など竹中氏の主張に異を唱える意見が目立つ。

自民党の関係者は渋い表情を浮かべる。「竹中さんは先日の『世論は間違っている』発言で、国民にケンカを売ったように映ってしまった。今回の五輪支持の訴えも、火に油を注ぐ形になっている。参加者、参加国の規模が全く違う100年前の五輪でスペイン風邪の時に開催したことを持ち出すのは無理があるし、五輪開催に突き進む政府の援護射撃になっていません。竹中さんが会長を務めるパソナが五輪スポンサー企業であることも、政府と距離が近いという印象を与えて心証が悪い。五輪の開催を望むなら『おとなしくしてくれ』というのが政府の本音だと思います」

五輪開催まで1カ月半を切った。国民は大きな不安を抱えている。政府には丁寧な説明責任が求められる。AERA dot.2021年6月10日

『政商 内閣裏官房』を読み進めている最中に上記の報道を目にしていきました。この巡り合わせを新規記事の冒頭で少しだけ触れるつもりが、書き進めるうちに途中で「記事タイトル」を差し替えた上、パソナの竹中会長に焦点を当てた記事内容に変えていました。

このブログでは以前「李下に冠を正さず」という記事を投稿しています。私たち公務員は利益相反と見られないような振る舞いが日常的に厳しく求められています。あまりにもスケールが大き過ぎると見えづらくなってしまうのかも知れませんが、東京五輪の開催は竹中会長の利益に直結する関係性です。

上記の報道で「五輪の開催を望むなら『おとなしくしてくれ』というのが政府の本音」と伝えているとおり竹中会長の発言の数々は東京五輪の開催に向けてマイナスだったと言えます。実は前回記事「もう少し新型コロナについて」の続きとして東京五輪の開催の是非について私自身の考えを書き足すつもりでしたが、たいへん長い記事になっていますので次回以降に先送りしています。

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2021年6月 6日 (日)

もう少し新型コロナについて

前回記事「コロナ禍での雑談放談」のコメント欄に勤続20年超さんの切迫した思いが伝わるご意見をお寄せいただいています。私自身への直接的な問いかけや反論ではないことをお断りいただいていますので、今回、そのコメントに沿ったレスとしての内容を書き進めるものではありません。

ステイホームが続く中、新型コロナウイルス感染症に関する著書を最近立て続けに読み終えていたことをお伝えしていました。適菜収さんの『コロナと無責任な人たち』、峰宗太郎さんと山中浩之さんの対談本『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』、小林よしのりさんの『コロナ論3』、鳥集徹さんの『コロナ自粛の大罪』です。

読み終えた著書の中で特に興味深かった新型コロナを2類相当に位置付けている問題などに関し、前回記事の中では触れられませんでした。今週末に投稿する新規記事のタイトルを「もう少し新型コロナについて」とし、これまで深く掘り下げていなかった病床数の問題なども含めて書き進めてみるつもりです。

まず病床数の問題です。日本国内の医療機関には約160万の病床があり、人口千人当たり13床は世界最多の水準です。さらに日本の新型コロナウイルスの感染者数は欧米各国に比べて桁違いに少ないのにも関わらず、病床の逼迫が常に問題視されています。緊急事態宣言も病床の逼迫を防ぐためという理由が真っ先に上げられます。

新型コロナの重症者を受け入れる病床数さえ充分確保できていれば、これほどまで社会生活や経済に影響を及ぼさずに済んでいたのかも知れません。このような事態に至っている背景として、病床の数に比べて医師など医療スタッフの数が少ないことや、感染症対策の設備が整わない規模の小さい病院の多さなどが指摘されています。

特に注目した現況として『コロナ自粛の大罪』の中に次のような事情が説明されていました。日本の医療機関は民間が8割で、公的医療機関は2割にとどまっています。民間の医療機関には国や自治体の指揮命令系統が及ばず、容易に転換できないという現状が説明され、南日本ヘルスリサーチラボ代表の森田洋之医師は次のように補足しています。

医療を競争原理に任せて運営してきたために、医療機関同士がライバルになってしまっている。平時では、それが医療の質やサービスの向上につながるけれど、有事になるとうまく連携がとれない。そうしたことを放置してきたツケが、コロナ禍になって回ってきたのだと思うのです。

日本医師会をはじめ、民間の医療機関側から新型コロナ重症者を簡単に受け入れられない理由として「院内感染が起こり、クラスターが発生すると、病院を閉鎖せざるを得ず、経営が立ち行かなくなる」という声が上げられています。倒産リスクの心配も公的医療機関であれば、ひとまず考える必要はありません。

このあたりの関係性は行政のアウトソーシング最適なあり方として別な機会に改めて掘り下げてみたいものです。今回の記事では新型コロナの問題に絞り、続いて感染症の分類の問題について考えてみます。1999年4月1日から「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に基づき感染症は下記のとおり分類されています。

  • 1類感染症 ~ 感染力や罹患した場合の重篤性など総合的な観点から危険性が極めて高く、原則的に感染症指定医療機関に入院が必要な感染症です。全例届出が必要とされています。エボラ出血熱、クリミア・コンゴ熱、痘瘡、南米出血熱、ペスト、マールブルグ病、ラッサ熱の7疾患が該当します。
  • 2類感染症 ~ 感染力や罹患した場合の重篤性など総合的な観点から危険性が高く、状況に応じて入院が必要な感染症です。全例届出が必要とされています。ポリオ、結核、ジフテリア、SARS、MERS、鳥インフルエンザの6疾患が該当します。
  • 3類感染症 ~ 総合的な観点から危険性は高くありませんが、特定の職業への就業によって感染症の集団発生を起こす可能性があるため、特定職種への就業制限が必要な感染症です。全例届け出が必要とされています。コレラ、細菌性赤痢、腸管出血性大腸菌感染症、腸チフス、パラチフスの5疾患が該当します。
  • 4類感染症 ~  蚊や脊椎動物、飲食物を介して伝播する感染症のうち人から人への伝播が比較的少なく、動物や飲食物の消毒や廃棄、移動制限などの処置が蔓延防止上有効である感染症が該当します。全例がサーベイランス報告の対象となります。A型肝炎、E型肝炎、ウエストナイル熱、オウム病、Q熱、狂犬病、鳥インフルエンザの一部、サル痘、炭疽、デング熱、ジカウイルス感染症、日本脳炎など全部で44疾患が該当します。
  • 5類感染症 ~  国が発生動向調査を行ない、必要な情報を提供・公開していくことによって発生・拡大を防止すべき感染症です。5類感染症には重症度、感染経路や感染力の強さ、発生頻度において様々なものが混在していますが、22種類の全数把握(全数届出)感染症と26種類の定点把握(定点届出)感染症の2つに大別されています。基本的に発生頻度の低い感染症を全数把握し、頻度の高い季節性インフルエンザなどは定点把握に分類しています。

新型コロナは国内での感染者が確認され始めた昨年1月、指定感染症に指定されました。当初、特徴や危険度、感染状況が見通せなかったため、既存の分類にせず、原則1年、最長2年を限度とする2類相当の指定感染症に暫定的に位置付けていました。法律上、再延長できないため、数年単位にわたる対応を想定し、年内には正式な分類を決めることになります。

2類相当に位置付けられている新型コロナが院内感染した場合、診療の2週間停止命令を受けます。ブログ『Dr.和の町医者日記』で有名な長尾和宏医師は「なんで民間病院でコロナ診ないの?」「開業医は逃げているの?」などという問いかけに対し、下記のような事情や問題意識を訴えています。

開業医の2週間停止というのは、一般労働者がコロナになったから2週間家で寝ておきなさいというのと、まったく違うんです。僕らをかかりつけにしている患者さんが何千人っているんです。さらに、うちの場合は在宅の患者600人の命を放棄することになる。停止命令を下されることは死刑宣告なんです。なぜそういうことが起こるのか。コロナが2類相当だからです。

コロナで保健所が介入して、いいことなんかありません。保健所だって2類相当だから対応している。人手が足りなくて大変なんだったら、地域の医療機関に権限を委譲したらいいじゃないですか。インフルエンザと同じように現場の医師の裁量権を認めて、週に何人コロナの患者が出たか報告させる。保健所は定点観測で感染動向だけ把握したらいいんです。毎日毎日、陽性者数を報告させて、一喜一憂する必要なんかありません。

新型コロナが2類相当であるため、厳重な感染防御が欠かせず、呼吸管理に通常の4倍程度の人手が必要とされています。季節性インフルエンザと同じ5類感染症に位置付ければマンパワー不足をはじめ、病床逼迫の問題は劇的に解決していくという主張が『コロナ自粛の大罪』の中で随所に展開されています。

そのような主張に至る大前提として新型コロナの脅威はインフルエンザ並み、もしくはインフルエンザよりも怖くないという認識があるからです。複数の専門家が科学的なデータ等をもとに断言されているのですから、ほぼ間違いのない認識なのだろうと思っています。すでに日本人は集団免疫を獲得している、このような見方も事実なのかも知れません。

ただ感染対策を緩めてはならない局面が続いていることも確かだろうと考えています。マスク着用など感染対策に努めているからこそ日本は「さざ波」にとどめられ、もし対策を一気に緩めた場合、インドのような感染爆発につながることが決して「対岸の火事」ではないものと認識しています。

そのため、2類相当をインフルエンザと同様な5類に変えることで一人一人の感染対策に向けた意識が低下することを危惧しています。現在、出遅れていたワクチン接種が加速しています。国民の半数以上がワクチン接種を受ければ集団免疫を獲得できると言われています。そのような時期を見据えながら2類相当を見直すタイミングは急がないことが適切であるように思っています。

勤続20年超さんがワクチン接種に対する危険性を強く訴えられています。ワクチン接種後の死亡例が報道され、その中には基礎疾患のない26歳の看護師の方が含まれていました。因果関係や死亡率の評価は定まっていませんが、リスクよりも接種することのメリットが推奨されています。

しかし、これまで人類が接種したことのない新しいタイプのワクチンであり、今後、どのようなリスクがあるのかどうか分からないという現状であることも確かです。したがって、ワクチン接種を拒む方々は一定の割合で増えていくはずです。その際、拒む方々が不当な差別を受け、同調圧力で接種を強要されていくような事態は避けなければなりません。

このような問題意識があるため、前回記事の中でも「ワクチン接種は希望される方々」という言葉を使っていました。このあたりはマスク着用と切り分けた考えを持っています。マスクは飛沫感染を防ぐ効果を期待しているため、人に移さないためのマナーとしても会話する時などは必ず着用して欲しいものと思っています。

最後に、今回も東京五輪について触れさせていただきます。尾身会長の「今の感染状況で開催は普通はない」という衆院厚労委員会での発言が波紋を広げています。私自身、前回記事の中で「主催者が納得性の高い説明責任を果たした上で開催を決めるのであればその判断を尊重したいものと考えています」と記しています。

尾身会長の端的な言葉が注目を集めていますが、発言の趣旨は私自身の思いと同様に説明責任の不充分さを指摘されているようです。線引きが曖昧だった人流抑制、感染対策に力を注いだ居酒屋等に対する休業要請などの対比から政府や東京都の対応が分かりづらくなっています。ある面で強い措置を課しながら東京五輪だけは「開催ありき」の姿勢が、ますます分かりづらくしていました。

どのような対策を講じても開催する限り感染リスクはゼロにならないことを率直に示した上で、最大限低減する対策を具体的に提示しながら開催することの意義等を説明していくことが必要なのではないでしょうか。このような考え方のもとに制約している要請内容を見直していく、つまり感染対策を講じることを最重視しながら経済活動の範囲を広げていくことが求められているように思っています。

東京五輪の開催にあたって注意しなければならない点として、2類相当の見直しの問題と同様、一人一人の感染対策に向けた意識の変化です。宣言が解除された後も宣言の有無に関わらず、コロナ禍が収束するまで緊急事態であるという認識を持ち続けなければなりません。東京五輪を楽しみ、必要な外出や会食の機会が増えても、マスク着用など感染対策を緩めないことが重要です。

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