コロナ禍での政治の役割
このブログをご覧になっている組合員から「レースの場合はアクセルとブレーキを同時に踏むことがありますよ」と教えていただきました。カーブを曲がった後、すぐトップスピードに戻すため、カーブを曲がる時、アクセルを踏んだままブレーキも踏み込むようです。
コロナ禍で感染対策と経済の両立の必要性を訴えた「アクセルとブレーキを同時に踏むこともある」という菅総理の言葉が実際にはあり得るという指摘でした。そのような事例を菅総理が思い浮かべた発言だったのかどうか分かりませんが、「アクセルとブレーキを同時に踏む」という表現そのものは頭から否定できないようです。
このような事例をはじめ、分かりやすく説明するために使ったはずの比喩が、かえって混乱や誤解を招くケースは少なくありません。最近では内閣官房参与である高橋洋一さんの「さざ波」という言葉が批判の対象となっていました。もともとは厚労省医系技官だった木村盛世さんが使っている言葉です。
インドや欧米各国と日本の新型コロナウイルス感染状況を比較したグラフから「大波」に対して「さざ波」と表現していたようです。文尾の「笑笑」の使い方など全体を通した書き方に注意していれば客観的なデータ上の事実関係を比喩した「さざ波」という言葉自体、それほど批判を浴びなかったのかも知れません。
このブログではパラリンピックの開催も含めて東京五輪と記しています。前回記事「3回目の緊急事態宣言も延長」に対するコメントの中で、勤続20年超さんは「東京五輪を開催するべきだと考えています」と言い切られています。世論調査では中止を求める声が多数を占めていますが、私の周囲の方々からも東京五輪の開催を当然視する声を耳にしています。
つまり東京五輪の中止はあり得ないと訴える高橋さんの意見そのものは尊重されなければなりません。ツイートの仕方の軽率さなど批判を受ける点があったとしても内閣官房参与を辞職するほどの資質を問う失態だったのかどうか疑問視しています。さらに無報酬で務めているため「国税を使って任命している」という批判も的外れとなります。
ここで最も問題視すべき点は次のような関係性ではないでしょうか。内閣官房参与は総理に直接会って助言でき、質問を受けたことに答える立場です。したがって、菅総理が東京五輪の開催に向け、高橋さんの考え方に大きく影響を受けているものと推測しています。より望ましい政治的な判断を下す際、幅広く多様な情報に触れていくことが重要です。
菅総理が高橋さんの声に耳を傾けることも重要な試みの一つです。しかし、菅総理は東京五輪の開催を懸念する声にも同じように耳を傾けていなければならず、開催した場合のリスクや感染対策に向けた準備状況を詳細に把握していなかった場合、より望ましい政治的な判断に近付けない恐れがあります。
菅総理は「専門家の意見を伺った上で判断したい」という言葉を頻繁に使っています。先週金曜、新型コロナウイルス感染症対策本部で、北海道、岡山、広島の3道県にも緊急事態宣言を発令することを決めました。『緊急事態へ、10分で方針変えた官邸 首相「専門家の結論なんだろ」』という報道のとおり政府の方針が一転した異例な事態でした。
専門家の意見が通った初めての事例であり、菅総理の多用していた言葉と裏腹にそれまで専門家の意見はあまり尊重されていなかったことが浮き彫りになったと言えます。経済との両立を意識した場合、専門家の意見をそのまま受け入れられない政治的な判断が求められていることも理解しています。
ただ政府の結論を追認するだけの専門家との会議であれば開催する意義が問われかねません。コロナ禍での政治の役割として、感染対策を重視する専門家の意見を真摯に受けとめながら持続可能な社会生活と経済とのバランスの度合いを見定めていく必要があります。勤続20年超さんのように感染対策による様々な副作用を憂慮されている方も決して少数派ではないはずです。
正解を見出しづらい緊急事態であることもよく分かっています。その上で、せめて私たち国民が納得し、信頼を寄せられる政策判断や説明責任を重ねていって欲しいものと願っています。土曜の読売新聞の社説で「感染対策は重要だが、対応がちぐはぐでは理解を得られまい。政府は、判断の根拠や対策の目的を国民にわかりやすく説明して、協力を求めるべきである」と記しています。
政府と自治体との連携不足にも触れて「都は、遊園地やテーマパークの営業は認めている。これに対し、静かに鑑賞する美術館や博物館、映画館には、感染対策を講じているにもかかわらず休業を要請している。線引きが不明確で、現場からは不満の声が上がっている」と続けていました。
1年間のインフルエンザの患者数を500分の1にしたという結果は私たち一人一人が「新たな日常」を心がけた成果であることに間違いありません、このように前回記事の中で記していました。勤続20年超さんから異なる説があることの指摘を受け、断定調な書き方は控えるべきだったものと反省しています。
ただ新型コロナとインフルエンザの感染経路は同一視されているため、患者数を減らせたという見方につながっています。そのため、私たち国民が新型コロナに対して留意すべき感染対策に努め、ある程度の結果を出している一方、昨春からの政治の役割の不充分さを対比した文脈で使っていました。
勤続20年超さんから「全国保健所長会は昨年12月に指定感染症2類相当の緩和を厚労大臣宛てに要望しています」という話も寄せられています。週刊新潮12月24日号の記事『保健所が厚労省に「2類指定を外して」 体制の見直しで医療逼迫は一気に解消へ』の中で、東京大学名誉教授で食の安全・安心財団の唐木英明理事長の次のような意見を紹介しています。
感染者が欧米の数十分の1なのに、日本で医療逼迫が起きているのは、ひとえに新型コロナを指定感染症の2類相当として扱っているからです。感染者数がピークでも1日2千~3千人で済んでいる日本は、5万~20万人の欧米から見れば感染対策に成功している。欧米の状況と比較するのは重要で、多くの政治判断は相対的な基準を拠り所に行われるからです。
たとえば10万人当たりの感染者数をくらべれば、2類扱いを維持すべきかどうかは明らか。2類扱いだから医療が逼迫し、指定病院は一般患者が遠のいて赤字になり、医療関係者や保健所はオーバーワークを強いられ、その家族まで風評被害を受ける。インフル同様5類にすれば受け入れ可能な病院も増えるのに、それができないのは、新型コロナは“死ぬ病気だ”という意識を国民に植えつけた専門家、テレビ、新聞のせいです。
私自身も問題意識として以前から抱えている論点です。ただ判断する時期なのかどうか迷ったままであることも正直なところです。『事実を整える』というブログを拝見すると新潮の記事によって保健所長会の要望が誤解されていることをはじめ、5類にすると公費負担や疫学調査ができなくなるという問題点などを解説しています。
いずれにしても上記は政治が判断すべき法改正を伴う問題ですが、保健所長会の要望に対し、どのような議論がされているのか、あまり伝わってきません。2類指定が病床確保の問題につながっていることも確かですが、現行制度の中で最善を尽くす責務が政治家には求められています。
大阪府の吉村知事は2回目の緊急事態宣言が2月末で解除された際、重症病床を220床程度から150床程度まで段階的に減らすことを決めました。そのまま収束に向かっていれば迅速さが評価されたのかも知れませんが、宣言の前倒し要請とともに見通しの甘さが厳しく問われる政治的な判断となっていました。
ワクチン確保の問題も政治の役割です。菅総理から「先頭に立つ」という言葉をよく耳にします。くれぐれも「先頭に立つ」という気構えが空回りして、かえって現場を混乱させる事態に至らないことを願っています。しかしながら85.6%の自治体が高齢者接種を7月末までに完了させるという話は、菅総理の決意が先走り、周囲が懸命になって辻褄を合わせている迷走ぶりを示しています。
さらに菅総理には正確な情報を伝えていない官邸内の様子がうかがえます。公明党の石井啓一幹事長らが菅総理と会談した際、公明党の地方議員らの情報として「9月、10月までかかる自治体がある」と伝えると「え、そんなに遅れる所あるの」と驚かれたそうです。大規模接種センターもトップダウンで突如発案され、各省庁に混乱や困惑を生じさせています。
大規模接種センターが自治体への有効な支援につながるようであれば結果オーライと言えるのですが、実際の運用や予約方法など不安要素が多々見受けられています。ワクチンを担当する河野大臣も振り回されている側なのかも知れませんが、「1日1万人接種は自衛隊次第」という発言などは防衛省関係者を困惑させています。
ワクチンの接種予約の申込が殺到し、他の用件でかけた電話もつながりにくくなるなど自治体の現場も混乱しています。河野大臣は「完全に僕の失敗です」と陳謝し、自治体の裁量に委ねたことを反省していました。その潔さを評価する声もあるようですが、供給計画の不明瞭さが招いた事態だと言える中、自治体の対応力の不足を非難している姿勢が気になっています。
河野太郎行政改革担当相は12日夜のTBS番組で、新型コロナウイルスワクチンの高齢者接種予約が殺到している事態について「効率性より住民の平等性を重んじる自治体が多かった。これは完全に僕の失敗だ」と陳謝した。国によるワクチンの承認手順にも言及。「平時と同じルールで承認しており、非常事態に弱い。行政も変わらないといけない」と述べ、緊急時に柔軟対応する姿勢の重要性を強調した。【共同通信2021年5月13日】
今回もたいへん長い記事になっています。それでも東京五輪開催の是非など、もう少し掘り下げたい内容を書き残しています。自治体の首長らのワクチン接種についても触れるべき時事の話題だったかも知れません。次回以降の記事ではコロナ禍での私どもの組合の動きも取り上げながら投稿できればと考えています。
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