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2021年4月25日 (日)

3回目の緊急事態宣言

週1回の更新間隔は取り上げる題材に事欠きません。前回記事「今、ミャンマーで…」の続きにあたる内容を考えていましたが、今回も新型コロナウイルス感染症に関わる記事タイトルを付けて書き進めていくところです。

と言いながら『キャリア官僚志願者14.5%減 過去最大、働き方影響』という報道の紹介から入らせていただきます。省庁幹部候補としてキャリアと呼ばれる総合職の志願者の減少に歯止めがかかりません。5年連続の減少で、総合職試験を導入した2012年度以降で最大の減少幅となっています。

人事院の担当者は志願者減の要因の一つに長時間労働を強いられる「霞が関の勤務環境」の影響をあげています。要因の一つであることは間違いなく、働き方の見直しで時間外勤務は大幅に縮減していくべきだろうと思っています。しかし、官僚の長時間労働は最近になって目立つようになった訳ではありません。

NHKのNEWS WEB『なぜ?東大生の‟官僚離れ"』の中では志願者減の要因を多面的に考察しています。この10年ほどの「政治主導」によって官僚の仕事の質が激変しています。高度経済成長期からの霞が関は、官僚が政策を立案し、政治家をリードする「官僚主導」の状態でした。その変革に対する評価は様々なのかも知れません。

ただ学生の多くが官僚を志望する動機とした「働きがい」を減退させていることは否めません。さらに政治家への「忖度」などから不祥事が起きた時、各省庁が対応に追われる場面を見てきた東大生の一人は「組織全体が振り回される様子にげんなりした」と語っています。

そのような背景のもとに「待遇は大企業に比べて低いのに国民の評価は低く、報われない」という声につながっているようです。他にも「景気が回復し、就職先として民間企業の魅力が増した」という声もあり、NEWS WEBからは長時間労働だけが志願者減の大きな要因ではないという現状を把握できます。

記事タイトルから離れた話が長くなっていますが、新型コロナウイルス対策にもつながる問題意識です。要するに問題が生じている原因や背景を的確に把握できていない場合、効果的な解決策を見出しづらくなります。志願者減の問題で考えれば、時間外勤務を大幅に縮減できたとしても「働きがい」の減退した仕事に魅力が戻ることはありません。

新型コロナの新規感染者を減らすためには強制力の伴うロックダウンが効果的であることに間違いありません。中国や欧米での実例が証明しています。しかしながら国民生活や経済に及ぼす強烈な痛手がはかり知れません。欧米の感染状況を下回っていた日本が都市封鎖とも呼ばれるロックダウンに近い措置まで取らず、経済との両立を模索してきた政策判断は穏当なものだと見てきました。

このことは前々回記事「東京にも蔓延防止等重点措置」の中でも触れていました。今月初めの記事「コロナ禍での2回目の新年度」では新型コロナウイルス感染症対策に関わる私自身の考え方や『組合ニュース』を通して組合員の皆さんに周知してきた内容を掲げています。その記事の中では次のような記述も残していました。

ロックダウンに近い緊急事態宣言を短期間に集中することでコロナ禍から平穏な日常に戻れるのであれば国民の大半から最大限の協力を得られるのではないでしょうか。しかし、そのような確証がなく、コロナ禍が長く続くことを覚悟するのであれば経済や国民生活を過度に痛めない持続可能な対策に軸足を移すことは妥当な判断だろうと考えています。

今日から5月11日まで17日間、東京、大阪、京都、兵庫の4都府県を対象に3回目の緊急事態宣言が発令されました。菅総理は「ゴールデンウイークという多くの人が休みに入る機会をとらえ、 短期間に対策を集中して実施することでウイルスの勢いを抑え込む必要がある」とし、短期集中での対策の必要性を強調しています。

一方で、新型コロナウイルスに関する基本的対処方針分科会の尾身茂会長は「5月11日に無条件に解除するということではなく、ステージ3になることが一つの最低条件だ。11日までにステージ3になっていなければ延長もあり得る」という認識を示しています。ちなみに尾身会長らから最低3週間は必要という主張があり、より短い案があった中で17日間という期間に落ち着いたようです。

変異株の拡大に伴い、感染状況の懸念は高まっています。2回目よりも宣言の内容は厳しく、1回目よりも対象範囲は狭く、当初の宣言期間は最も短い今回、17日間で解除できるかどうか極めて不透明です。あまりにも中途半端な3回目の緊急事態宣言に際し、菅総理や小池都知事らに対して訴えたいことが頭の中を駆け巡っています。

私自身の言葉で訴えていくことも必要ですが、ネット上で見聞した情報を中心に紹介していきます。まず「なるほど」と思った記事として、元大阪市長の橋下徹さんの下記のような言葉を伝えた『橋下氏、吉村知事のコロナ対策に物言い「飲食店の営業時間の制限より重要なのはマスク会食や換気』があります。

「飛沫感染を防ぎたいのか、人の流れを止めたいのか、(目的が)混乱していて、みんな言うことを聞かなくなってしまう」と警告。「営業時間の制限はあんまり関係ない。営業時間が短くても、対策ができていなかったら短い営業時間内でも感染は広がる。本当に重要なのはマスク会食や換気」と指摘した。店と客が十分な対策をしている飲食店は、営業を認めてもよいのではないかという持論を展開した。

続いて、朝日新聞は『宣言要請、街にため息』を通し、「百貨店では検温や手指消毒など感染対策を徹底しているので、休業要請は必要ないのでは」「もう3回目でしょ。効果あるんですかね」「うちだけお上の要請に従わないわけにはいかない。もちろん休業要請するなら、補償体制は整えてもらわなあかんけど」などという大阪市民の声を紹介しています。

ある中華料理店の店主は「この1年、同じことの繰り返し。何も変わってないですよ。経営をやりくりしても3人いた従業員を雇えなくなった」と憤り、店内には休日に買い集めたアクリル板が真新しいまま残っているため「休業するなら急いで買わんでよかったね」とため息をついていました。

「蔓延防止等重点措置」では何が足りなかったのか、「緊急事態宣言」に何を期待するのか、デパートなどの大規模小売店舗やカラオケ店、酒を提供する店が何故休業要請の対象となるのか、何故イベントは無観客でなければならないのか。政府はその実証的なデータに基づいた根拠を示すべきですし、メディアもこれをきちんと確認しなければなりません。

マスク着用、手洗い、消毒などを徹底したデパートやカラオケ店、声を出すことも禁止しているコンサート会場で、クラスターが発生したという話を寡聞にして聞きませんし、酔って大騒ぎをするのは駄目に決まっていても、一人または少人数での静かな食事を酒とともに提供することや、「一人カラオケ」までが何故営業停止の対象となるのか、その根拠はよくわかりません。

一方で、鬱、認知症、糖尿病、免疫力低下、家庭内暴力、「産み控え」、果ては自殺が激増し、夜8時以降の閉店・消灯によって街は暗くなり、「路上飲み」とも相まって治安の悪化や犯罪の増加も懸念されています。真摯かつ懸命に対応している政府や自治体の政策に反対するものではありませんが、やるからには説明責任を果たすべきですし、国民が納得できない政策は決して持続可能性も実効性も持ちません。

リスクとは常に相対的なものであり、問題なのは「場所」ではなく「行為の態様」なのではないかと思うところ、行政が民間に対して一律に禁止や要請をすることには少しく違和感を覚えています。

上記は衆院議員の石破茂さんのブログからの抜粋です。このような正論を発するため、石破さんが今の自民党内では非主流の立場に置かれていくのだろうと推察しています。これまでマスク会食や黙食を推奨し、飛沫感染防止や三密対策が重視されてきました。その対策のために飲食店や集客施設等はコストや労力を費やしています。

感染症対策として人と人との接触を断つことが最も効果的です。しかし、社会経済生活を維持していくために100%断つことは非現実的な話となります。人の流れを少なくすることで一定の効果は上がるものと思いますが、今回の緊急事態宣言は1回目の時と異なり、休業対象の範囲は狭まっています。

さらに飲食店を利用できないため、外で飲む人たちが増え、感染対策が怠りがちとなる家で飲む機会も多くなるはずです。日刊ゲンダイの記事『小池都政3度目緊急事態宣言へ “令和の禁酒令”踏み切る恐怖』の中で、政治評論家の伊藤達美さんは「ルールを守っている人と守っていない人を同じ網にかけようとする都の発想は明らかに間違えています」と指摘し、次のように続けています。

そもそも、お酒を一切提供できなくなってしまう居酒屋は果たして居酒屋と呼べるのでしょうか。お店の存在意義にも関わってくる問題だと思います。時短営業より、客同士の座席間隔を空けたり、入店人数を制限したり、アクリル板の設置を徹底した方がコロナ対策に有効だという指摘もあります。そうした効果をきちんと検証せず、いきなり酒類を終日禁止にするのはいくらなんでも乱暴だと思います。

この1年、国民一人一人が「新たな日常」を心がけたことで『今季のインフル患者わずか1万4000人、昨季の500分の1未満に』という結果につながっています。新型コロナウイルスに対する個々人の対策や努力が効果を発揮している証しであり、変異株に対しても同様に向き合うことで一定の成果は得られるはずです。

一方で、個々人の努力では解決できない課題に対しては政治の出番となります。しかしながら「やってる感」だけアピールしがちなワクチン接種をはじめ、医療体制の強化などに大きな進展が見られないことを非常に憂慮しています。『《コロナ医療体制は大丈夫か》東京女子医大で看護師400人が退職希望「ボーナスゼロ、給料減額では最前線で働けない」悲痛告白』という記事などを目にすると落胆します。

危機管理専門血液内科医の中村ゆきつぐさんのブログ大阪は仕方ない  でも東京はオリンピックのための緊急事態宣言? 本当に必要な医療って何?』では東京の緊急事態宣言を疑問視していました。『東京も大阪に続き「緊急事態宣言」要請へ…急展開の裏事情』という記事では3回目の緊急事態宣言に至る政治的な動きを伝えています。

東京オリンピック・パラリンピックの開催に向けて『山梨県知事「極めて常識的」 二階氏の「五輪やめなきゃ」発言に』など様々な声を耳にしています。残念なことですが、開催中止を決める判断を下した場合、一人一人の感染対策に向けた危機意識が一気に向上するのではないでしょうか。

最後に、上記以外にネット上で目に留まった記事も紹介します。授業は自宅、でも給食は学校で?宣言時の方針に不安の声』『USJ、25日から『臨時休業』 テーマパークへの”無観客”開催の要請に「意図をはかりかねている」』『ヒロミも怒り 「東京都は何にもやってないんじゃないかって…」茂木健一郎氏ら東京都の消灯要請に皮肉「消灯するのは知事室だけでいい」 』『東京と大阪のコロナ猖獗の事態は、無能な人物を首長に選んだ民主主義の劣化が招いたものだ。

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2021年4月17日 (土)

今、ミャンマーで…

少し前の記事「コロナ禍で迎えた節目の900回」の中で、不特定多数の方々に公務員組合側の考え方を発信するとともに一人でも多くの組合員の皆さんにも読んでもらいたいと願いながら当ブログを続けていることを伝えていました。このような思いのもとに組合が方針化している平和の課題について数多く取り上げてきています。

さらに自分自身の主張を広く発信できる自分なりの一つの運動として位置付けています。コメント欄に幅広い視点からの書き込みが多数寄せられていた頃、運動の方向性が偏っているという指摘を受ける場合もありました。一例として「なぜ、中国大使館前では抗議行動をしないのか」という指摘がありました。

そのような指摘に対し、目の前に広がる在日米軍基地の問題に対する具体的な取り組みが多くなり、自国の政府の政策判断に問題があれば抗議する運動に重点が置かれる現状などについて説明しています。特定の国には融和的で平和フォーラムや自治労の平和運動の立場性が偏っているというような見方の誤りを釈明してきました。

どのような理由があろうとも、いかなる国においても、人権を侵害することや非人道的な行為が許されるものではありません。このブログでは「拉致問題を考える」「ルワンダの悲しみ」「チベット問題とオリンピツク」など、そのような問題意識から多様な題材の記事を取り上げてきました。そして「今、ミャンマーで…」という新規記事に向き合っています。

国民による軍政への抗議運動が続くミャンマーでは27日、治安部隊が第2の都市マンダレーで重傷を負わせた住民男性を生きたまま炎の中に放り込み殺害するという惨劇が起きた。オンラインメディア「ミャンマーナウ」が複数の近隣住民の話として伝えており、男性は炎の中で「助けてお母さん」と叫んだ後に絶命したという。

ミャンマーナウによると、惨劇の現場となったのはマンダレー中心部の市街地だった。付近に住む40歳の男性は、抗議運動のバリケードに使われていたタイヤが燃えているのに気がつき、火を消そうと試みた。直後に治安部隊に撃たれ胸部を負傷したうえに、燃えているタイヤの上に乗せられたという。

この間も銃撃が続いていたため、近隣住民らは男性を助けられなかった。男性には4人の子どもがいて、米原料の飲み物「ライスドリンク」を売って生計を立てていたという。【毎日新聞2021年3月28日

同じ国の国民を生きたまま炎の中に放り込むという狂気に戦慄が走ります。『ロケット砲で80人以上が死亡 内戦の危機迫るミャンマー情勢』という報道のとおり日を追うごとに緊迫の度合いが高まっています。武器を持たない民主化を求める多くの市民が殺害されていく事態に強い憤りを覚えます。

NHKスペシャル『緊迫ミャンマー 市民たちのデジタル・レジスタンス』の中で、ミャンマーでは民間のメディアの免許が取り消されたことを伝えています。同時に「しかし国民ひとりひとりがメディアになれば国民が知らない情報はなくなるでしょう」というミャンマーの若者の言葉も紹介していました。

今、何が起きているのか、若者たちの「デジタル・レジスタンス」によって軍による弾圧の実態を全世界に発信しています。軍の非道ぶりを訴え、国際社会からの支援を求める行動です。この行動に呼応し、世界各地からキーボード戦士が続々参戦していることもNHKスペシャルでは伝えていました。

「デジタルで、海外で自分ができること、小さくてもやっていく」、日本に住むミャンマー人の言葉です。週に1回、SNSに関わっている私自身も、本当にささやかな発信媒体ですが、このブログでもミャンマーの現状を取り上げようと考えていました。前回は「東京にも蔓延防止等重点措置」という記事を先に投稿していましたが、ようやく今回、その機会としています。

ミャンマー軍は「頭や背中を撃ち抜かれる危険があることを無残な死の前例から教訓とせよ」とデモを続ける市民に対し、露骨な警告を発しています。それでもデジタルを駆使して抵抗してきた若者たちも街頭に出て抗議の声を上げていました。「仲間どうし諦めないで闘い続けよう」と励まし合っています。

これまで数多くのデモ行進に参加してきましたが、死と隣り合わせの中で民主化を求め、闘い続けるミャンマーの人たちの強い覚悟は最大限の敬意を表さなければなりません。同時に政権批判を繰り返しても生命の心配をする必要のない現在の日本の「平和」は絶対守り続けなければならないものと思い起こしています。

ジャーナリストの猪瀬聖さんは『なぜミャンマー人は日本で抗議デモを続けるのか』の中で、祖国の仲間を応援するためのミャンマーから遠く離れた日本での抗議デモは、ミャンマー国内の民主派勢力を勇気付けると同時に国際世論の喚起を狙っていることを伝えています。特に日本政府に対する期待や不満は大きいようです。

日本政府は、ミャンマー国軍とスー・チー氏ら民主派勢力の両方に太いパイプがあると繰り返し強調しながら、事態の収拾に積極的に動いている様子は今のところ見えない。軍によってすでに700人以上の市民が殺害されたとの報道があるにもかかわらず、日本政府は事実上、軍の弾圧を黙認し続けている。

先月26日には、「在日ミャンマー市民協会」などが外務省に公開質問状を提出し、日本政府がミャンマー国軍の関連企業に経済制裁を行わない理由をただすなど、動かない日本政府に対し不満を募らせている。デモに参加していたカチンの30歳の女性は「日本政府はもっとミャンマーの民主主義を応援してほしい」と訴えた。 

東京外国語大学教授の篠田英朗さんのブログ『日本が米国の同盟国であるかが問われている』では「日本がミャンマー軍を批判するとミャンマー軍がいっそう中国とロシア寄りになるなどということはない、もうとっくに寄っている」という見方が紹介されています。

篠田さんは「現場の駐ミャンマー大使が、ミャンマー国内のあらゆるリソースを活かして外交をしようとするのは当然だし、それは支援するべきだ」と述べる一方で、ミャンマー軍とのパイプを重視した結果、国際法に反した非道行為に対する批判や制裁措置に及び腰になるようでは問題だと訴えています。

弁護士の澤藤統一郎さんは『日本政府は、ミャンマーの民衆の側に立って、実効性のある国軍批判の措置をとれ。』の中で「理不尽な国家の暴力行使に対しては、国際社会がこれを許さないとする、断乎たる意思を表明しなければならない」とし、「内政不干渉」が理不尽な国家の暴力に対する他国の批判を許さないとする理屈として使われる事態を容認してはならないと記しています。

4月8日の読売新聞の解説『混迷するミャンマー 国軍が強権支配 国家崩壊も』はミャンマーの歴史家のタン・ミン・ウーさんが寄稿していました。1988年の民主化運動の結果、四半世紀に及んだビルマ(ミャンマーの旧称)型社会主義は終わりました。国際的孤立と貧困を招いただけの専制でしたが、後継体制も国軍と民主政府が権力を分かち合う新たな軍事支配だったことをタンさんは解説しています。

選挙に勝って2016年に誕生したNLD(国民民主連盟)政権の指導者はアウン・サン・スー・チーさんです。 昨年11月の選挙でNLDが再び大勝し、国軍の威力は縮小しかねない、そのような思いに駆られて国軍がクーデターを起こしています。国軍が全土を真に統治することは難しく、少数民族の武装蜂起に直面すれば国家崩壊の可能性をタンさんは危惧されています。

タンさんの解説によると、国軍は中国を信頼していません。この10年で伸張したアラカン軍(少数民族ラカインの武装勢力)の背後に中国がいると見なしています。日本からの援助と投資があり、中国一辺倒に傾くことはなく、中国の影響力を抑えられていたことを伝えています。

現状は軍事訓練と武器供与でパイプを持つロシアが全力で国軍を支えています。アジアの大国の中国、日本、インドは今、ミャンマーへの対応を決めかねています。ミャンマーの危機対処はアジアの試金石であり、3国は協調し、ミャンマーの更なる悲劇を阻むことが重要であるとタンさんは訴えています。

日本政府が主体的な外交力を発揮し、ミャンマーに平穏な日が戻るのであれば何よりなことです。そのような外交力を期待できないのであれば国際社会の中で足並みを揃えた行動が求められています。「日本政府は軍の弾圧を黙認し続けている」という見られ方だけは絶対避けなければならないはずです。

最後に、香港における民主派への弾圧、新疆ウイグルでの人権抑圧、北朝鮮の強制収容所の問題など、世界の各所で苦難を強いられている人たちが存在しています。それらの事実が正確に伝わっていかない限り、解決の道筋を見出すことも難しいままとなります。前述したとおりの問題意識のもとに今後もSNSと向き合っていければと考えています。

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2021年4月11日 (日)

東京にも蔓延防止等重点措置

今週末に投稿する記事は「今、ミャンマーで…」を予定していました。下記報道のとおり明日から新型コロナウイルス感染症に対する蔓延防止等重点措置が東京、京都、沖縄にも適用されることになり、前回記事「コロナ禍での2回目の新年度」の続きにあたる内容を先に取り上げることにしています。

政府は9日、新型コロナウイルス対策本部を開き、東京、京都、沖縄の3都府県に対し、特別措置法に基づく「蔓延防止等重点措置」の適用を決めた。期間は東京が4月12日~5月11日、京都と沖縄が4月12日~5月5日で、大型連休も含まれる。菅義偉首相は都道府県間の不要不急の移動について「極力避けていただきたい」と記者団に語り、協力を呼びかけた。

東京は緊急事態宣言が解除されてから約3週間で再び宣言と同水準の感染防止策が実施されることになる。重点措置の適用は大阪、兵庫、宮城とあわせて計6都府県に拡大した。首相は対策本部で「新規感染者数の増加、医療提供体制の逼迫が懸念されることなどを踏まえて(適用を)決定した」と述べた。さらに飲食を中心とする対策に加え、不要不急の都道府県間の移動を極力控えるよう求めた。

変異株については「最大限の警戒を続けていく」と強調。「今後も各地で発生する波を全国規模の大きな波にしないため、地域を絞った重点措置を機動的、集中的に講じて感染を押さえ込んでいく」と語った。重点措置は政府が適用する都道府県を決めた後、知事が対象の市区町村を定める。今回、東京は23区と武蔵野、立川、八王子、町田、調布、府中の6市、京都は京都市、沖縄は那覇市など沖縄本島の9市が対象になる。

対象地域では飲食店への営業時間の短縮要請を午後8時までに前倒しするほか、店舗の巡回を強化し、アクリル板の設置や換気などガイドラインの順守を改めて呼びかける。事業規模に応じ、月額換算で最大600万円を協力金として支給する。知事は事業者に時短を命令し、応じない場合には20万円以下の過料を科すことが可能になる。イベントは都府県全体で上限を5000人に制限する。

東京都の小池百合子知事は都の対策本部会議で「これまで以上に徹底した人の流れの押さえ込みが不可欠だ」と強調。「都民には大都市圏の往来の自粛、必要最小限の外出でお願いする」と語った。【産経新聞2021年4月9日

記事タイトルに「Part2」を付けることも考えましたが、「東京にも蔓延防止等重点措置」とし、この話題に絞って書き進めていくつもりです。ちなみに産経新聞以外、大半のメディアは「まん延」と表記しています。「蔓」という字が常用漢字ではないため、そのような対応となっているようです。少し迷いましたが、このブログでは「蔓延」と表記していきます。

たいへんマイナーなブログですが、冒頭に記したとおり憂慮すべきミャンマーの現状を伝えたいと考えています。国軍の弾圧によって日々犠牲者が増え続けるミャンマーの緊迫さと比べられるものではありませんが、今回の蔓延防止等重点措置の適用に対しても訴えたいことが多くあり、新規記事に向き合っています。

蔓延防止等重点措置の適用について「政府の対応が遅く、緊急事態宣言解除も早かったのではないか」と国会の場で野党側は追及しています。毎週ブログを更新しているとその時々の個人的な感想の備忘録となっています。少し前の記事「コロナ禍の緊急事態から非常事態に」の中で「このまま緊急事態宣言を継続することが持続可能な対策だったのかどうか疑問視しています」と書き残していました。

要するに私自身が「解除は早かった」と批判した場合、それこそ結果論からの批判となってしまいます。もしくは菅政権「批判ありき」のポジショントークだと見られてしまいかねません。個人の責任によるブログだったとしても、その時々に書き残した言葉を忘れず、継続性に留意しながら責任ある対応に努めていく考えです。

前々回記事「言葉の使い方から思うこと」の中で、緊急事態宣言を解除という言葉は文字通り受けとめれば「これまで我慢してきたけれど少しぐらい羽目を外してもいいかな」という理解に至ることを危惧していました。実際、大学の卒業式が多かった金曜日の夜、大勢の若者が駅前に集い、缶ビールを片手に盛り上がり、厚労省職員が深夜遅くまで送別会を開くという「緩み」につながっていました。

リバウンド防止が強調されていましたが、言葉の使い方として「緊急事態から非常事態に」が適切だったものと思っています。法的な位置付けの「緊急事態」という期間が終わっても、引き続き平時ではない非日常が続くという意識を持ち続けるために「非常事態」であることを宣言し、様々な感染対策に留意しながら静かに経済を回していく局面だったはずです。

結果論としての訴えではなく、緊急事態宣言を解除する際、このブログを通して発信してきたものです。言葉の使い方にとどまる「非常事態」宣言という法的拘束力のない要請では不充分だった場合、そのまま蔓延防止等重点措置に切れ目なく移行させることが望ましかったように考えています。

そのタイミングで飲食店等の営業時間を午後9時までに延ばすか、そのまま午後8時までとするという選択肢もあり得たはずです。飲食店側の負担や混乱を考えると3週間だけ午後9時まで延ばし、また午後8時に戻すという展開は最悪な政策判断だったように感じています。1時間の差にどれほど効果の違いがあるのかどうか分かりませんが、飲み過ぎて感染対策を疎かにしないことが大事な点だろうと思っています。

今年1月に再発令された緊急事態宣言期間中も、明日から適用される蔓延防止等重点措置においても「不要不急」の移動は控えることが要請されています。しかしながら昨年春のように全面的な休業要請がされている訳ではありません。したがって、一人一人が感染症対策や地域ごとに定められたルールを守りながら必要に応じて外出し、必要とする買い物や外食を続けなければ経済は回りません。

スポーツや娯楽施設に関しても同様です。店を開けていながら客足が途絶えるようでは深刻な経営危機につながります。昨年春のようなロックダウンに近い緊急事態宣言が発令されるのであれば、もちろん「不要不急」の範囲を厳格にしなければなりません。経済との両立も重視し、個々人の行動の「緩み」を警戒した措置であるため「極力」という枕詞が付いているものと理解しています。

このように理解している中、小池都知事らの「都県境を越えた外出自粛」という言葉には違和感を持ちました。再発令された緊急事態宣言の期間中にはあまり耳にしていませんでした。私の住む市は埼玉県と隣接しているため、たいへん気になる要請内容だと言えます。そもそも対象地域の住民に絞って要請しているように理解すべきなのでしょうか。

三多摩地区は6市のみ適用されますが、蔓延防止等重点措置の対象地域の決め方自体に科学的な知見がどれほど働いているのか疑問です。どこかで線が引かれ、不合理さが生じることは避けられません。それでも下記報道のとおり三鷹駅の南北問題は「何だかなぁ」という思いを強める事例の一つです。

東京都では7、8日と連続して新規感染者数が500人を超え、8日に政府へ適用を要請。9日も537人で3日連続で500人台となった。その東京都の重点措置対象地域は23区と八王子、立川、武蔵野、府中、調布、町田の6市。しかし、武蔵野、三鷹両市の境に位置するJR三鷹駅で「南北問題」が発生、線引きの在り方が議論を呼んでいる。

北口は武蔵野市で対象地域。飲食店の営業時間は今より1時間早い午後8時までと要請され、命令に応じない場合は最大20万円の過料を科される可能性も。南口は三鷹市で対象外。飲食店の営業は午後9時までOKだ。しかも、簡易裁判所など官公庁やビジネスホテルがある北口に対し、飲食店が多いのは南口。駅ビルは専有面積が多い三鷹市との扱い。分かりにくく、不公平感が生じかねない線引き。

加藤勝信官房長官は会見で「線を引けば、どこかで(そうした地域が)出てくる」とした上で、重点措置の制度として「どう切り分けるかは各都道府県の判断」と話した。切り分けの責任者である小池百合子都知事は会見で、市街地が連なるエリアとして北区赤羽と都県境を越えた埼玉・川口を例に挙げ、「これはどうなんだ、と。それはどこでもある」と指摘。6市の切り分けは店舗数、感染者数などを総合的に判断したと説明した。

北口にある飲食店の店主は「過料の問題はあるが、今度は(要請、命令に)従えないかもしれない。吉祥寺があるから武蔵野市が対象になったのだろうが、線路を挟んだ向こう側に人が流れるだけだ」と、客離れとともに南口での人流増加を懸念。南口のラーメン店「グラバー亭」の新井健志店長(47)は「こちらの方が飲食店が多いのに、対象外なのはおかしな感じだ。我々としてはホッとした面があるが、北口のお店はかわいそう」と複雑な心境を明かした。【Sponichi Annex2021年4月10日

私たち一人一人が「新たな日常」を心がけたことで『今季のインフル患者わずか1万4000人、昨季の500分の1未満に』という結果につながっています。新型コロナウイルスに対する個々人の対策や努力が効果を発揮している証しであり、変異型に対しても同様に向き合うことで一定の成果は得られるはずです。

一方で、個々人の努力では解決できない課題に対しては政治の出番となります。1都3県の緊急事態宣言を解除する際、菅総理はリバウンド対策の5本柱として①飲食を通じた感染の防止策継続、②変異ウイルスの監視体制の強化、③感染拡大の予兆をつかむための戦略的な検査、④安全・迅速なワクチン接種、⑤次の感染拡大に備えた医療体制の強化を掲げていました。

宣言解除から3週間では短すぎると言えますが、昨年春の緊急事態宣言からは1年が過ぎています。平時であれば「やってる感」の政治でも一定の支持は得られていくのかも知れませんが、危機管理下での政治の役割は増しています。コロナ禍という深刻な危機の中では着実な結果が求められ、政治家の資質や判断能力が厳しく問われています。

最後に、国民や都民から「どのように見られるか」という判断基準を重視しながら振る舞うことは政治家の習性として、ある程度やむを得ないものと思っています。しかし、かつて経験したことがなかったレベルでの非常事態において、くれぐれもそのような判断基準が優先されていないことを願ってやみません。

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2021年4月 3日 (土)

コロナ禍での2回目の新年度

今年も4月1日に新入職員を迎え、新任研修初日の昼休みに組合として挨拶に伺っています。昨年の記事「新入職員の皆さんへ 2020」を読み返してみると、組合の説明会を兼ねた歓迎会が催せず、配属先の職場での歓送迎会も同様な対応であることを新入職員の皆さんに伝えていました。

皆さんが入所した時は「たいへんだった」と過去形で語れる時が早く訪れることを願ってやみません、そのような言葉を私からの挨拶の中で申し添えていたことが記されています。たいへん残念ながらコロナ禍での2回目の新年度を迎えています。今年の新入職員の皆さんにも同じような言葉を添えなければなりませんでした。

厚労省官僚「銀座で0時頃まで23人宴会」のあぜん  時短要請の21時を過ぎても帰らず、店に残り』という最近の報道にも触れ、同期の皆さんと会食を重ねたいところですが、しばらくは我慢が必要であることをお願いしています。ただ必ず終息する日が訪れるはずであり、その時は思いっ切り飲み語り合いましょう、そのような一言も添えていました。

さて、厚労省職員の深夜遅くまでの送別会の話には本当に驚いています。真っ先に「なぜ?」という疑問符が頭の中を駆け巡りました。昨年末、同じように驚いた話があります。「コロナ禍の2020年末」の記事の中で次のように書き残していました。

3月以降、飲食を伴う歓送迎会や親睦会などは一切開いていません。忘年会の季節を迎えていましたが、私の周りでは開けないことが当たり前な雰囲気でした。菅総理の5人以上の忘年会が批判を招いた後、自民党の忘年会が次々中止になったというニュースを耳にしました。国民に対して多人数での会食の自粛を求めながら自民党の国会議員の皆さんは開く予定だったことに驚きました。

私自身、もう1年以上、居酒屋にも行っていません。「静かに経済を回すべき」という問題意識もあるため、そろそろ少人数であれば行ってみたいという気持ちも芽生え始めています。それでもアルコールが入ると自制心をなくす可能性もあり、まだまだ時期尚早だと思い返しています。

そのため、厚労省職員が送別会を開いたことは不思議でなりません。ネット上を検索し、心理カウンセラーの西川佳宏さんの『厚生労働省職員の宴会ニュースをテーマに境界線を考える』という記事を見つけました。西川さんは厚労省職員の過労死ラインを超える残業の実態を背景として指摘しています。

「ここまでがんばって仕事をしていたら、一息ついて打ち上げしたくなるのは人として当然の心境でしょう。飲み会でもしないとやってられないと思います。ある意味、必然的に起こったことだと思います」という見方などを西川さんは示していました。

その日も残業で遅くなる可能性があったため、あらかじめ「遅くまで開いている店を探せ」という指示があり、19時スタートで21時までの予定でしたが、時間を延ばせないかと店側と相談していました。当日は15分遅れで開会し、宴は盛り上がり、最後までの参加者は23時50分まで居残ってしまったようです。

厚労省“銀座大宴会”エリート課長は酒好き 無言の圧力と断り切れなかった裏事情』という記事では、課長が「送別会をやらないか」と発案したことを伝えています。出席者の中には「この時期に行ったらマズイ」と思っていても「雰囲気を壊したくなかった」「みんな行くのだったら」という理由で参加していました。

いろいろな事情があったとしても、感染症対策や厚労省の社会的な立場に対する認識の甘さが招いた不祥事だと言えます。率直な意見を訴えづらい組織的な土壌の問題もあったのかも知れませんが、課長の発案を押しとどめられなかった側の責任も否めません。もちろん最も重い責任は課長が負わなければならないものと見ています。

認識の甘さが酌量される訳ではありませんが、緊急事態宣言が解除されていなければ送別会は中止していたのではないでしょうか。前々回記事「コロナ禍の緊急事態から非常事態に」から「言葉の使い方から思うこと」という記事につなげていました。厚労省職員の送別会の報道を耳にし、改めて前回記事に綴ったような問題意識を強めています。

緊急事態宣言を解除という言葉は文字通り受けとめれば「これまで我慢してきたけれど少しぐらい羽目を外してもいいかな」という理解に至ります。大学の卒業式が多かった金曜日の夜、大勢の若者が駅前に集い、缶ビールを片手に盛り上がっていた光景を報道番組では伝えていました。

リバウンド防止が強調されていますが、言葉の使い方として「緊急事態から非常事態に」が適切であるように感じています。法的な位置付けの「緊急事態」という期間が終わっても、引き続き平時ではない非日常が続くという意識を持ち続けるために「非常事態」であることを宣言し、様々な感染対策に留意しながら静かに経済を回していく局面ではないかと考えています。

漫画家の小林よしのりさんは『コロナ論』『コロナ論2』の中でインフルエンザの脅威に及ばない新型コロナウイルスに過剰反応し、「経済を止めるな!」という主張を貫いています。「なるほど」という記述も多かった書籍でしたが、私自身、飛沫感染防止のためのマスク着用は必須だと考えています。

小林さんの主張の中で、日本は欧米のような厳格なロックダウンを避けても新型コロナウイルスと向き合っていけるという点について共感していました。具体的な事例として台湾の対応を知り、ロックダウンに近い緊急事態宣言を懐疑的に見るようになっていました。

経済との両立を重視している菅総理も同様な見方に近かったはずです。そのため、昨年春の緊急事態宣言に比べ、今年1月初めに再発令された宣言の中味は大きく異なっていました。その判断を私自身は支持していましたが、昼間は休業要請をしていないのにも関わらず「全日、最大限外出は控えて」という言葉には違和感がありました。

ロックダウンに近い緊急事態宣言を短期間に集中することでコロナ禍から平穏な日常に戻れるのであれば国民の大半から最大限の協力を得られるのではないでしょうか。しかし、そのような確証がなく、コロナ禍が長く続くことを覚悟するのであれば経済や国民生活を過度に痛めない持続可能な対策に軸足を移すことは妥当な判断だろうと考えています。

私自身の「慌てない」という言葉は「無理をしない」という意味も込めています。一人一人が心がけるべき点については、今回の記事の最後に紹介した「新型コロナ感染症対策におけるお願い」に託しています。 緊急事態が解除されても非常事態であることを肝に銘じながら静かに経済を回すため、個人的には次のように考えています。

外出自体、禁止されていないのですから各自が必要とする買い物や外食は過剰に自粛しなくても良いのではないでしょうか。スポーツや娯楽施設に関しても同様です。店を開けていながら客足が途絶えるようでは深刻な経営危機につながります。もちろん一人一人、感染症対策や地域ごとに定められたルールを守りながらの外出等が前提です。

一方で非常事態であることを常に意識し、感染リスクの可能性が伴う集会やイベントについては慎重に判断していくべきものと考えています。例えば前述したとおり送別会や新人歓迎会などがあげられます。なお、主催者が慎重に検討し、開催を決めた判断は尊重していく立場です。

ただ私どもの組合のコロナ禍における判断として、組合員の皆さん全体に参加を呼びかけることは控え、組合役員中心に対応していきます。規模を縮小して2年ぶりに開催される三多摩メーデーをはじめ、三多摩平和運動センターの集会の呼びかけなどに対し、たいへん恐縮ながら代表参加にとどまることをご容赦ください。

最後に、毎年3月末に発行している組合の機関誌に特集記事「春闘期、情勢や諸課題について」を掲載しています。特集記事は私が担当し、昨年と同じ『組合は必要、ともに考え、ともに力を出し合いましょう!』という見出しを付けています。今回「はじめに、コロナ禍の中で」という小見出しを付けた3頁ほどの内容から書き進めていました。

組合員の皆さんに向けた「新型コロナ感染症対策におけるお願い」という参考資料も囲み記事として再掲していました。その参考資料は機会を見て当ブログの中で紹介したいものと考えていました。たいへん長い新規記事となっていますが、「はじめに、コロナ禍の中で」と参考資料の内容全文を紹介します。

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はじめに、コロナ禍の中で

新型コロナウイルス感染症によって、これまで経験したことがなかった「日常」を強いられています。はじめにコロナ禍の中で思うことを少し書き進めさせていただきます。

今年は丑(うし)年です。年賀状に「『牛も千里、馬も千里』という諺があります。早くても遅くても、上手でも下手でも行き着く結果は同じだから慌てるなという意味です。2021年、慌てず、コロナ禍から必ず平穏な日常に戻れる日が来ることを待ち望んでいます」と書き添えていました。

第75回定期大会議案書の情勢の冒頭で「人類の誕生とともに感染症との闘いの歴史が始まっています」と記しています。ウイルスに完全敗北を喫することはなく、これまで感染症との闘いから人類は立ち直ってきています。世界中で5億人以上が感染した 「スペイン風邪」は1918年から流行し、感染拡大は翌年に収束していました。

年賀状に一言添えたとおりコロナ禍から必ず平穏な日常に戻れる日が来るはずです。その日が早く訪れることを切望していますが、慌てないことも肝要です。すぐに収束しないことを覚悟し、長丁場の闘いとして持続可能な対策を心がけていくことが欠かせないのだろうと考えています。

菅総理は「アクセルとブレーキを同時に踏むこともある」と語っていました。医療と経済のバランスを保ちながら舵を取ってきたことは理解していましたが、パンデミックの終息が宣言されるまでGoToというアクセルは「慌てすぎ」だったものと思っています。

再度の緊急事態宣言は避けながら「新たな日常」のもとに経済を静かに回す、このような発想が必要だったように考えています。例えれば「エンジンブレーキ」です。アクセルは踏まず、車を止めないけれども、ゆっくり走行していくという発想が望ましかったのではないでしょうか。

結果論からの批評ではなく、隣国である台湾が新型コロナ対策の成功国として国際的に評価されています。その台湾を手本にできなかったことが残念だと思っています。これまで台湾はロックダウンのような措置はせず、出入国制限や日本でも励行している生活様式の徹底化を国民に求める程度の対策にとどめ、経済を過度に停滞させていません。

『組合ニュース』の裏面等で周知した内容は下記のとおりですが、感染しない、感染させないという一人一人の心構えが重要です。「自分は大丈夫」という過信は禁物であることを改めて心に刻まなければなりません。

組合活動への影響も考えてみます。フェースツーフェースの関係が大事な労働組合活動にとって、たいへんな残念な事態が続いています。昨年は三多摩メーデー、日帰りバス旅行、職員家族クリスマスパーティーなど多くの組合員が集う場を持てない一年でした。ただピンチをチャンスに変えるための努力や工夫もはかってきました。

執行できなかった組合予算の還元策として、労働金庫口座開設推奨金振込制度を創設しました。新規開設者だけにとどめず、すでに労金口座をお持ちの組合員の皆さんも対象にしました。充当できる予算が生まれたからこそ可能となった制度のスタートでした。

他にも委任状を含む定期大会参加者全員を対象に抽選会も行ないました。前者と後者では一桁違う支出差となっていますが、出席者数を絞らなければならなかったピンチだからこその特別企画でした。

各種行事に参加しない、もしくは参加できない組合員の皆さんに対し、組合予算を還元していく方策としてコロナ禍が収束した後も意識していくべき試みでした。コロナ禍というピンチに直面し、このような時だからこそ試すことができた点をチャンスだととらえています。

今回のクロスワードパズルの賞品総額も大幅に引き上げています。ぜひ、ふるってご応募ください。ちなみに賞品を決める際、大勢の方から意見を伺いました。個人的には意外な結果となりました。1万円以上の賞品を加えるよりも3千円のクオカードの当選者10名を30名に増やすほうの意見が多く、今回、そのように決めています。

さて、この時期に発行する『市職労報』の誌面を使い、毎年、情勢や諸課題に対する様々な思いを綴っています。日頃、『組合ニュース』の紙面だけでは、とりまく情勢などまで触れることができていません。そのような点を補う意味合いから『市職労報』を通し、少なくとも年に一回は様々な情報を発信していくことが非常に重要であるものと考えています。

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ソース画像を表示 「自分が感染しているかも知れない」という意識のもと対策に向き合ことが大事です。~新型コロナ感染症対策におけるお願い~ 

職員の安全と住民サービスの維持は優劣を付けられるものではなく、感染症対策においては表裏一体のものだと考えています。昨年5月、緊急事態宣言が延長された後、交代制勤務職場の対象が見直されました。そのことが職員の安全軽視と受けとめられないように留意し、引き続き職員の感染防止対策に力を注ぐよう市当局に要請していました。その後も感染対策について労使協議や安全衛生委員会の場を通し、組合員から寄せられた要望や意見を市当局側に伝えてきています。

感染症予防のためには人と接触しないことが最も効果的な対策です。したがって、自宅から一歩も外に出ず、誰とも接触しなければ移すことも移されることもありません。しかし、行政の仕事の大半はテレワークになじまず、エッセンシャルワーカー的な立場などがあります。完全な在宅勤務が難しい中、交代制勤務は感染確率を下げる次善の策だと理解しています。

昨年4月に発出された頃は、感染者が一人でも出た場合、周囲の職員の大半が濃厚接触者となって自宅待機に至る事態を想定していました。そのため、交代制勤務は感染者が出た場合の業務継続のための対策としても位置付けられていました。その後、感染した職員が出た後の保健所の指示は次のとおりでした。マスクを付けている時間のみの接触であれば感染者と席を隣接していたとしても濃厚接触者に当たらないというものです。

1月8日に緊急事態宣言が再び発出され、昨年春と同様の出勤抑制をはかっている自治体はごくわずかです。『都政新報』には「4月の時はコロナの全貌が全く分からない状況で感染抑止する必要があったため、全庁的な在宅勤務体制をとったが、この1年間で職場での感染防止のノウハウがある程度ついてきた」という労務担当職員の見解も紹介されていました。

このような経緯や考え方を踏まえ、組合としても交代制勤務を必須としない判断を受け入れています。感染確率を下げる対策を軽視している訳ではありませんが、それ以上にマスク着用や消毒等による対策を徹底化することに重きを置いています。

感染者がいなければ密閉されていても、密集、密接していても、新型コロナウイルスに移されることはありません。マスクをせず、大声で語り合っても問題ありません。消毒も不要です。しかし、無症状の感染者が一人でもいた場合、たいへんな事態になります。

マスクの着用や三密などの感染症対策は自分自身の予防という側面もありますが、人に移さないための守るべきマナーという側面が濃くなっています。ワクチンや特効薬が普及し、集団免疫が確認できるまで「もしかしたら自分が感染しているかも知れない」という意識のもとに行動していく必要があります。ぜひ、改めて次のような対策の徹底についてご理解ご協力くださるようよろしくお願いします。

① 飛沫感染を防ぐため、引き続きマスクの着用は徹底し、鼻と口の両方を確実に覆うようにしてください。昼食時などマスクを外した際は絶対会話しないでください。空気感染の恐れもあるため、マスク着用時も三密(密閉・密集・密接)は避けるように心がけてください。


② ウイルスは手指から侵入しませんが、付着した手で鼻や口、目などをこすると、そこから侵入します。ウイルスは生物の体内以外でも数時間は生存し、プラスチックやステンレスの表面では2日間以上経っても検出される場合もあります。そのため、建物に入った際の手指の消毒、多くの方が手に触れる箇所や物品の消毒が重要です。


③ 日常的に健康状態をチェックするように努めてください。少しでも熱があり、体調がすぐれない場合は出勤や外出を控えてください。

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