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2021年2月20日 (土)

『鬼滅の刃』を読み終えて

昨年末に『千と千尋の神隠し』の記録を抜き、公開から73日間で324億円に達した映画『鬼滅の刃』が興行収入歴代1位となっています。コロナ禍の中、昨年1年間の興行収入は前年から半減し、1400億円ほどにとどまっていましたが、『鬼滅の刃』だけで全体の2割以上を占めていました。

人気漫画『鬼滅の刃』を原作にした劇場版「無限列車編」は大正時代の日本を舞台に主人公の少年が敵の鬼たちと戦いを繰り広げる物語で、前年に放送されたテレビアニメの続きが描かれています。

作品自体の面白さやアニメーションのクオリティーの高さなどに加え、「正義が貫かれるという前向きな物語が、コロナ禍で沈んだ気持ちの中で非常に受け入れやすかったのではないか」と評する声もあります。

「鬼滅の刃」ブームはどのように広がっていったのか?ツイートから分析』という記事に『少年ジャンプ』で連載の始まった2016年当時から人気があり、他の作品よりもツイートの数は多かったことが記されています。2019年のテレビアニメ化によってツイート数は伸び続け、2020年10月の映画公開が「大きな話題の山を生み出した」と分析しています。

ある一定のラインを超えるとマスコミが連日大きく取り上げるようになり、多くの人たちが話題にし、よりいっそうSNSや口コミで広がっていきます。『ダルビッシュ有が「鬼滅の刃」にドはまり、あっという間に全巻読破』という話などを耳にすると、まったく関心のなかった人たちも興味を示すようになります。

そのうちの一人が私です。ただ昨年の11月頃、店頭で手に入れることは難しく、注文しても「いつ入荷できるか分かりません」と告げられていました。手に入れることをあきらめかけていた時、通勤帰りに立ち寄った書店に全巻並んでいました。迷わず1巻から22巻まで「大人買い」しています。

12月1日、火曜の夜でした。平日に読み始めるとダルビッシュ投手のように寝不足になる心配もありました。最終巻の23巻が12月4日金曜に発売されるため、ぐっとこらえて週末まで待ち、全巻を揃えてから一気に読み進めようと考えました。

金曜の朝、すぐ売れ切れることも予想されたため、通勤途中の早い時間に近所のコンビニに寄りました。幸運にも1冊だけあり、すぐレジに運んでいます。やはり賢明な判断だったようであり、その日のうちに売り切れた書店が多かったことを夕方のニュースで伝えていました。

と言う訳で昨年12月、多くの人の関心を集めていた『鬼滅の刃』全巻を一気に読み終えていました。確かにストーリーは面白く、個性的な登場人物が多い中、ギャグ漫画の風味もあり、人気の高さをうかがい知ることができました。実は昨年末の記事「コロナ禍の2020年末」の最後に次のように記していました。

2020年末、『週刊金曜日』最新号の特集記事は「『鬼滅の刃』メガヒットの理由」でした。硬派な週刊誌の表紙に意外な見出しを目にして少し驚いていました。その内容についても触れてみるつもりでしたが、いつものことながらたいへん長い記事となっています。年明け、機会を見て「『鬼滅の刃』を読み終えて」という記事を投稿させていただくかも知れません。

『週刊金曜日』の特集記事に触発され、このブログでも「『鬼滅の刃』を読み終えて」という記事を投稿するつもりで下書きに取りかかっていました。それが年明け、緊急事態宣言が再発令されたため、コロナ禍に関わる話を先に取り上げてきました。

前回が「コロナ禍で迎えた節目の900回」となり、ようやく今回、『鬼滅の刃』を話題にした新規記事の投稿に至っています。前置きのような話が長くなりましたが、『週刊金曜日』のサイトでは特集記事を次のように紹介しています。

『鬼滅の刃』メガヒットの理由 公開中の『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の興行収入が300億円を突破し、コミックのシリーズ累計発行部数も1億2000万部を超えるなど、まさに社会現象となっている『鬼滅の刃』。映画産業の危機や出版不況が叫ばれる昨今、なぜここまで爆発的な人気を得ることができたのか、その要因を探る。

●「『鬼滅の刃』を、私はこう読む 現代人が求めている生き方の教科書」井島由佳 漫画は生き方や考え方の参考となり、生き方の教科書になると考える。すべての漫画がそうであるとは言えないが、『鬼滅の刃』はその一つとなり得る作品である。この物語は復讐劇でも単なる勧善懲悪でもない。

井島さんの他に渡辺水央さんの「時代の気分との符合」、内田樹さんの「街場の『鬼滅の刃』論」という記事も掲げられています。『週刊金曜日』本誌も手にし、それぞれの記事に目を通しています。執筆者の皆さんは『鬼滅の刃』をしっかり読み込んだ上で論評していることが分かります。

『週刊金曜日』の特集記事の中から興味深い記述を紹介していくと、ますます長い新規記事になってしまいます。そのため、ここからは私自身が『鬼滅の刃』を読み終えて、いろいろ感じたことを「全集中の呼吸」で書き進めていきます。 

まず作者の呉峠 呼世晴さんのことです。「ごとうげ こよはる」と読み、男性だと思われていましたが、昨年春に女性であることが公表されています。『鬼滅の刃』が初めての連載作であり、作者自身、ここまでのメガヒットをまったく想像されていなかったようです。

第1巻のカバーのそでには「本を出していただきました。ありがとうございます」と作者からの率直な感謝の言葉が添えられています。巻が進むたびに同様な感謝の言葉があり、4巻には「夢のようです。もう腹痛です」とも書かれています。

2月7日の読売新聞の社説にも『鬼滅の刃』のことが取り上げられていました。『メガヒットをどう生み出すか』という見出しのもと「漫画界の特色は、若い才能の発揮に力を入れてきたことだ」「他の分野でも、新しい世代を育てる姿勢は大切にしてほしい。長期的に見れば、文化産業の発展につながるはずだ」と綴っています。

特に『少年ジャンプ』編集部は昔から新人を育て、メガヒット作品を世に送り出してきていることを思い出しています。昨年末に『鬼滅の刃』を手にし、新しい巻が出るたびに添えられている呉峠さんの初々しい感想と社会現象と呼べるほどの熱狂的な支持を得ている現状とのギャップを興味深く感じていました。

続いて「コロナ禍だからこそ、よりいっそう人気が高まった」という見方についてです。本作の舞台だった大正時代、スペイン風邪が全世界で猛威をふるっていました。ウイルスと鬼を重ね合わせ、時代の気分とマッチしたタイミングだったため、ヒットしたという論評を目にしています。

そのような見方を一概に否定しませんが、あまり難しく考えず、たいへん面白い物語だったものと思っています。例えればドラクエのようなロールプレイングゲームと同じ面白さを感じていました。最初、まったく歯が立たなかった相手だったとしても、主人公が経験値を積むことで撃破していける爽快感や成長の物語に面白さを見出しています。

このように個人的な感想を記していくと際限なく続きそうですので、次に最も訴えたかった特徴点に触れていきます。作品全編を通し、主人公である竈門炭次郎の優しさや正義感が伝わってきます。仲間や鬼となった妹に対しても、ひたすら信じ続けていく姿勢を崩しません。

敵である鬼を倒した後に「鬼であることに苦しみ、自らの行ないを悔いている者を踏みつけにはしない、鬼は人間だったんだから、俺と同じ人間だったんだから」という言葉を炭次郎は訴えます。人間を喰らいながら生き続ける鬼に対し、鬼になった事情や背景があることを作者の呉峠さんは丁寧に描いています。

炭次郎の言葉の奥深さが示すとおり短絡的な勧善懲悪ではない物語であり、そのような関係性に感情移入できるため、多くの人が『鬼滅の刃』に魅力を感じているのではないでしょうか。このような関係性について現実の問題に照らしながら語ることもできますが、話が広がりそうですので別な機会に譲らせていただきます。

最後に、前述した「ある一定のラインを超えると」というキーワードに改めて着目してみます。どのように素晴らしいコンテンツだったとしても、広く認知されなければ人気は出ません。マスコミが注目し、SNSや口コミでの話題が広がり出した時、『鬼滅の刃』のようなメガヒットが生まれるものと思っています。

一方で、バッシングも同様です。マスコミで取り上げられ、SNSや口コミでの話題が広がり出した時、より強い批判の嵐にさらされることになります。過去の記事「卵が先か、鶏が先か?」に記したマスコミが世論を決めるのか、世論がマスコミの論調を決めるのかという問題意識にもつながります。

さらに選挙戦の最終盤におけるバンドワゴン効果という言葉も頭に浮かんでいます。バンドワゴンとは行列の先頭の楽隊車のことであり、先行者に同調する傾向が強まる効果を指します。勝ち馬に乗るという言葉と同じ意味合いとなります。『鬼滅の刃』を読み終えて、政治の場面をはじめ、様々な事象において生じがちな傾向を感じているところです。

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