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2020年11月28日 (土)

憲法論議に願うこと

前回の記事は「『ゴー・ホーム・クイックリー』を読み終えて」でした。日本国憲法がGHQから押し付けられたことは確かであり、改めて制定過程の内幕を詳しく知る機会となっていました。このような経緯に強い問題意識を持たれている方々にとって改憲そのものが目的化されがちなことの理解も深まっています。

その上で私自身、小説の最後のほうで登場人物の一人が語った言葉と同じような思いを抱いています。登場人物の名前は白洲次郎さんです。吉田茂元総理の側近で、主人公の内閣法制局の佐藤達夫さんとともにGHQとの難しい折衝役を務めた方です。その言葉を改めて紹介します。

あの憲法は、押し付け以外の何ものでもない。だがね、あの憲法は筋道が通ったものだとは思う。いまの憲法を改正するにしても、あのまま守っていくにしてもだ、日本人はしっかりとした、筋の通った物の考え方をして、地に足のついた国家観のようなものを定めなければならないはずだ。それが、本当の『ゴー・ホーム・クイックリー 』への道じゃないかな。

きっと著者の中路啓太さんも小説を通して最も訴えたかった点だったのではないでしょうか。確かに「戦勝国」それぞれの思惑が絡みながら誕生した憲法なのかも知れません。しかしながら「国際社会は、こうありたい」という理想を託した憲法であることも間違いないはずです。

1945年6月26日に採択された国連憲章の前文も日本国憲法と同様に「二度と戦争は起こさない」という誓いがにじみ出ています。したがって、決して絵空事を並べたのではなく、このような国際的な潮流のもとに日本国憲法は生み出されたものと理解しています。白洲さんの「筋道が通ったもの」という言葉はこのような点を指していたはずです。

「憲法を改正するにしても、あのまま守っていくにしてもだ、日本人はしっかりとした、筋の通った物の考え方をして、地に足のついた国家観のようなものを定めなければならないはずだ」という白洲さんの言葉、まさしく「憲法9条の論点について」の最後に記した「国民一人一人の共通理解と覚悟のもとに日本の進むべき道が決められる国民投票であることを願っています」という思いにつながっています。

憲法論議の中心は9条が焦点化されます。これまで当ブログを通して提起してきた9条に対する私自身の問題意識を改めて書き進めてみます。大前提として護憲派は平和主義者で、改憲派は戦争を肯定しているというような短絡的な二項対立の構図を問題視しています。

戦争を防ぐため、平和を築くためにどのような憲法や安全保障のあり方が望ましいのか、その方策として改憲すべきなのかどうかという論点を重視しています。仮に憲法9条を改め、いざという時に国際社会の中で認められた「普通に戦争ができる国」に近付けることで、より望ましい平和が築けるのであれば改憲の動きを積極的に支持したいものと考えています。

しかしながら軍事的な抑止力、いわわる「狭義の国防」やハードパワーを強める方向性よりも、外交関係や経済交流を活発化させるソフトパワーを強める道こそ、より望ましい選択肢だと考えています。攻められたら反撃しても、攻められない限り戦争はしないという専守防衛の原則こそ「安心供与」という「広義の国防」につながっているものと理解しています。

かつて仮想敵国だったソ連、現在のロシアとは友好的な関係を築いています。北方領土の問題は無人島である尖閣諸島とは比べられないほどの主権や元島民の皆さんの強い思いがありながらも、対話を土台にした外交関係を築いています。その結果、ロシアの核ミサイルの射程範囲に日本も入っているはずですが、北朝鮮に対するような脅威が煽られることはありません。

Jアラートが頻繁に鳴らされていましたが、2018年6月の米朝首脳会談の後、北朝鮮からのミサイルに対する警戒度は以前と比べれば下がっています。75年前まで戦争していたアメリカとは現在「同盟関係」と呼ばれるようになっています。尖閣諸島の問題を抱えていますが、中国とも外交交渉を重ねられる関係性を築いています。

防衛審議官だった柳沢協二さんは、脅威とは「能力」と「意思」の掛け算で決まると説いています。北朝鮮情勢が緊迫化していた最中、日本が考えるべきは「ミサイル発射に備える」ことではなく、「ミサイルを撃たせない」ために米朝の緊張緩和に向けて働きかけることが重要だったと語っていました。

5兆円を超えている防衛予算は年々増加しています。地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の導入費用は2基で総額6千億円以上とという試算が示されていました。今年6月15日、河野太郎防衛相(当時)は秋田県と山口県内が候補地だった「イージス・アショア」基地建設計画の停止を発表しました。「コスト、期間を考えれば合理的でない」という理由を説明していました。

それはそれで妥当な判断だったのだろうと思っています。しかし、計画を断念した後、安倍総理(当時)は代替措置として「敵基地攻撃能力を含む安全保障戦略の見直し」方針に言及していました。このあたりが非常に残念なことです。専守防衛を基軸にした憲法9条の理念を軽視した発想だと言わざるを得ません。

NHKのサイト「なぜ、いま、『敵基地攻撃能力』なのか」で、敵基地攻撃能力とは弾道ミサイルの発射基地など敵の基地を直接攻撃できる能力と説明しています。あくまでも敵が攻撃に着手した後に反撃するもので、攻撃がないにも関わらず、敵基地を攻撃する先制攻撃は含まれないと補足しています。

1956年、当時の鳩山一郎内閣は、国会で、「例えば、敵基地から誘導弾による攻撃が行われた場合、座して死を待つべしというのは自衛権の本質として考えられない」として「ほかに適当な手段がないと認められる場合に限り」、「自衛権の範囲に含まれる」として憲法上、許されると説明し(昭和31年2月29日衆・内閣委)、歴代の内閣は、この見解を維持しています。

ただ、政府は、実際には、自衛権の行使として敵基地攻撃を行うことは想定していないと説明してきました。安倍総理大臣も、去年5月、衆議院本会議で、「敵基地攻撃能力を目的とした装備体系を整備することは考えていない。日米の役割分担の中で、アメリカの打撃力に依存しており、今後とも日米間の基本的な役割分担を変更することは考えていない」と答弁しています。(2019年5月16日 衆議院本会議)

上記もNHKのサイトからの引用ですが、法理上は自衛権の範囲として許容されても、敵基地攻撃を行う能力は持たないという見解を歴代内閣が維持してきたことになります。このような経緯がある中、「イージス・アショア」計画の停止を決めたタイミングで敵基地攻撃能力という言葉が浮上することに違和感を強めていました。

8月4日に自民党は「イージス・アショア」の代替機能の早急な検討を行うよう求めた上、専守防衛の方針のもと「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力」、いわゆる敵基地攻撃能力の保有も含めた抑止力の向上が必要とする提言を安倍総理に手渡していました。

その日の記者会見で河野防衛相は、記者から敵基地攻撃能力保有の検討を政府に求める自民党の提言について「周辺国、中国や韓国の理解を得られる状況ではないのでは」と問われ、「中国がミサイルを増強していく時に、なんでその了解がいるんですか」などと気色ばむ一幕がありました。

これまで政府は安全保障政策の転換期に「各国の疑問に対して丁寧に答え、誤解を解くなど透明性を持って説明していく」(安保法制審議時の安倍総理)などと周辺国の理解をできる限り得ようという姿勢を示してきました。河野防衛相は記者の質問の「周辺国の理解」を「周辺国の了解」と捉えたようですが、それまでの政府の姿勢と一線を画した対応でした。

河野防衛相の答えが真っ当であり、質問した記者のほうを非難する声も多く耳にしています。ただ私自身は日本国憲法の「特別さ」に対する思慮が河野防衛相に不足しているように感じた場面でした。さらに河野防衛相は「安心供与」という「広義の国防」について、あまり重視されていないのだろうと推測しています。

第2次世界大戦後、「ひとつのヨーロッパ」「共通の安全保障」をめざす動きが1993年11月のEU(欧州連合)の創設につながっています。「かつて戦い合っていた国々をまとめることにより、持続的な平和を築いてきました」という言葉がEUの共通安全保障・防衛政策(CSDP)を紹介するサイトのトップに掲げられています。

20世紀後半における軍拡競争の際、コストとその効果からの財政上の難しさを合理的に判断する理性的なリーダーが現れていました。米ソそれぞれ「自国の領土の大半が相手国の攻撃ミサイルに対して無防備であり、相手国を第一撃で破壊しても、相手国からの報復攻撃で壊滅させられる」という現実を認識し、様々な核軍縮条約が結ばれていきました。

EUや軍縮条約は理想のゴールまで、まだたどり着けず、道半ばという現状なのかも知れません。国連に関しても改善すべき点があろうかと思います。それでも「敵を持たない安全保障」をめざす道こそ、国民にとって最も望ましい平和で豊かな社会を保障できる選択肢なのだろうと考えています。

グローバルな話題に一言二言」の中で触れたとおり地球温暖化や感染症対策など自国中心主義では解決できない地球規模の問題に直面しています。だからこそ今、よりいっそう国際的な連帯が強く求められているはずです。そのような時、仮想敵国を刺激するハードパワーの強化よりも、対話できる環境を重視したソフトパワーを強めて欲しいものと願っています。

いつものことですが、たいへん長い記事になって恐縮です。最後に、もし改憲するのかどうかを問うのであれば日本国憲法の「特別さ」が明確な論点になることを望んでいます。そして、「特別さ」の効用や意義を分かりやすく伝えるため、これからも当ブログを通して説得力のある言葉を探し続けていければと考えています。

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2020年11月22日 (日)

『ゴー・ホーム・クイックリー』を読み終えて

前回記事「当面する労使課題について」の冒頭で、その時々で取り上げる話題の落差が大きいブログであることを記していました。やはり今回、マイナーでローカルな話題から一転します。金曜日に今国会では初となる憲法審査会が衆院で開かれました。継続審議となっている国民投票法改正案を巡って各党の主張が交わされています。

憲法改正の問題について今年8月に投稿した記事「憲法9条の論点について」を通して私自身の問題意識を綴っていました。「安保関連法が成立する前、個別的自衛権や自衛隊の位置付けを明記するための改憲発議であれば反対する声も少なかったかも知れません」という見方を示した上、その記事の最後に次のように記していました。

いずれにしても憲法9条に沿って日本の安全保障はどのようなあり方が望ましいのか明確な姿を提示した上で、憲法の文言を変える必要性があるのかどうか、まぎれのない選択肢の設定が重要です。改正条項の96条があるのですから、いつかは国民投票を実施する時が訪れるはずです。その際は、国民一人一人の共通理解と覚悟のもとに日本の進むべき道が決められる国民投票であることを願っています。

つまり「護憲ありき」「改憲ありき」ではなく、どのような憲法のあり方が望ましいのか、中味を重視した論議が高まることを期待しています。ただ最近、中路啓太さんの著書『ゴー・ホーム・クイックリー』を読み終えて、「改憲ありき」の方々の思いに対する理解も進んでいました。

中路さんは『ロンドン狂瀾』の著者でもあり、以前「『ロンドン狂瀾』を読み終えて」という記事を投稿しています。その書籍を通し、広義の国防と狭義の国防という言葉を知り、第1次世界大戦の惨禍を教訓化し、国際的な諸問題を武力によってではなく、話し合いで解決しようという機運が高まっていたことを伝えていました。

1930年にロンドン海軍軍縮会議が開かれました。当時の日本の枢密院においては単に兵力による狭義の国防に対し、軍備だけではなく、国交の親善や民力の充実などを含む広義の国防の必要性を説く側との論戦があったことも知り、軍国主義の時代と言われていた頃に広義の国防の必要性を説く議論があったことに驚いていました。

終戦後の昭和21年2月、内閣法制局の佐藤達夫は突然、憲法問題担当大臣に呼び出された。新憲法の日本政府案をGHQが拒否し、英語の草案を押し付けてきたという。その邦訳やGHQとの折衝を命じられた彼は、白洲次郎らと不眠不休で任務に当たる――。 現憲法の成立までを綿密に描く、熱き人間ドラマ。今こそ読むべき「日本国憲法」誕生の物語。

上記は『ゴー・ホーム・クイックリー』の紹介文です。今年9月に文庫本化され、立ち寄った書店に平積みされていました。『ロンドン狂瀾』の著者だったため、すぐレジに運んでいました。数週間前に読み終えていましたが、機会を見て当ブログで取り上げてみようと考えていました。

著書名の由来は次のような場面で伝えられています。わずか2週間という期限でGHQ案の翻訳にあたった内閣法制局の官僚である主人公は吉田茂外相と話す機会を得た時、法律の条文から逸脱した英語の草案の問題点をまくし立てました。それを聞いた吉田外相は次のように主人公に語ります。

GHQは何の略だか知ってるかね? ゴー・ホーム・クイックリーだ。「さっさと帰れ」だよ。総司令部側が満足する憲法を早急に作っちまおうじゃないか。彼らにはさっさとアメリカに帰ってもらう。じっくりと時間をかけて良き国の体制を整えるのは、独立を回復してからだ。

小説という形を取っていますが、当時の関係者の手記・回想録、各種会議の議事録、公文書、新聞記事、研究書やルポルタージュ類など多くの文献を参考にしたことを中路さんは書き添えています。したがって、重要な場面はほぼ史実に沿って描かれているものと受けとめています。

『ロンドン狂瀾』の時と同様、初めて目にした言葉や知らなかった史実に触れることができた書籍でした。知っていたつもりの史実に対する理解が深まる機会でもあり、これまでの認識とは異なる史実にも触れています。場合によって事実関係や解釈が異なる事例もあるのかも知れませんが、特に印象深かった内容の数々を紹介させていただきます。

終戦直後、GHQはポツダム宣言の降伏条件にしたがって、日本政府に「民主化」を求めていました。しかしながら1945年10月に成立した幣原喜重郎内閣は、1889年2月に公布されてから一度も改正されていない大日本帝国憲法に手を加えることに積極的ではありませんでした。

民主化にあたって憲法改正は必要なのか、必要であるとすればどの範囲であるのか、そのような視点からの有識者による憲法問題調査委員会を設置していました。名称を改正委員会としなかったことは目的が憲法改正そのものでなかった証しでした。

それに対し、GHQ側からは「象徴天皇」制や「戦争放棄」などを柱とした新憲法の草案が日本政府に示されます。国際法上、占領している国の憲法を強制的に変えることはできないため、草案を受け入れるかどうかは日本側の自由であることを伝えながらもGHQのホイットニー民生局長は次のような言葉を付け加えます。

アメリカ以外の連合国のあいだで、天皇を戦犯容疑者として法廷に立たせるべきだという圧力が次第に強くなりつつあります。このような圧力から、最高司令官は天皇を守ろうという固い決意を持っておられます。最高司令官はこれまでも、天皇を守ってまいりましたが、彼も万能ではありません。けれども最高司令官は、この新しい憲法の諸規定が受け入れられるならば、天皇の身は安泰であろうと考えています。

1946年2月21日、幣原首相とマッカーサー司令官が総司令部で通訳を交えずに会談します。日本を占領管理するために11か国の代表で構成される極東委員会での討議内容をマッカーサー司令官は幣原首相に伝えます。

ソ連とオートラリアは、日本が復讐戦をはじめるのを恐れ、それを極力防止しようと努めています。だから、憲法で戦争の放棄を規定しなければならないのです。日本が戦争を放棄すれば、ソ連やオーストラリアは日本の改憲に強く介入し、別の憲法案を押し付ける必要を感じないでしょう。しかも、戦争を放棄すると声明すれば、日本は道徳的なリーダーシップを握ることになりましょう。

翌日の閣議で揉めに揉めた末、GHQ案受諾を決めます。主眼は日本を二度とアメリカに反抗できない国に作り替えることであり、「民主化」という美名はそのための口実に過ぎない、このような認識を日本政府は抱いていました。幣原首相もその一人だったようです。

後年、「戦争放棄」を謳った憲法9条の発案者は幣原首相だったという説が唱えられています。その一番の根拠はマッカーサー司令官の回顧録の記述でした。この小説では幣原首相が「戦争放棄」に疑念をはさんでいたことを伝えています。

マッカーサー司令官は日本占領の成功を足がかりに大統領選に出馬したいという野望を抱いていたことが記されていました。アメリカ本国で「日本を再軍備させ、共産主義陣営の防波堤にしよう」という議論が高まった時、自分の名声に傷がつかないように「戦争放棄」の発案者を幣原首相にしたのだろうとも書かれていました。

「象徴天皇」と「戦争放棄」、それさえ盛り込めば交渉の余地がない訳ではなく、日本政府はGHQ案を基本としながらも日本側の意向を取り入れたものを起案する努力を重ねていきます。まず新しい憲法が帝国憲法の改正手続きに沿った正当な法的根拠を持つものとして、憲法改正草案要綱の発表と同時に天皇の勅語も発表します。

帝国憲法は欽定憲法の体裁を取っていたため、国民の意思によって新たな憲法を定めることを、天皇自身が望み、奨励するという勅語を出したことが綴られていました。発表された要綱がそれまで政府案として伝えられたきた内容とあまりにも違っていたため、国民は驚き、戸惑いましたが、概ね好感を持たれていたことを伝えています。

「日本政府とGHQとの言葉を巡る、息詰まる攻防」という宣伝文句のとおり小説としても非常に面白く、実務を担った一人の官僚に大きな責任を負わされていた場面の数々に驚きました。一院制を二院制に変えたこと、天皇機関説の話、「シビリアン」を巡る解釈論議など興味深い内容が数多く綴られていました。

幣原首相が「戦争放棄」の発案者ではなかったという話の他にも、これまでの認識とは異なる史実が記されていました。衆院の帝国憲法改正案小委員会で、憲法9条の草案にはなかった「前項の目的を達するため」という一文を加えました。小委員会の芦田均委員長によって修正が加えられたため「芦田修正」と呼ばれています。

この一文が入ったことで憲法9条は自衛権行使以外の武力行使を禁じているのであって、自衛のための「必要最小限度の実力」を保有することは憲法9条に違反しないという見方につながっていきます。小説では当時、芦田委員長自身、その一文の持つ意味に気付いていなかったことが書かれています。

小委員会の中で芦田委員長は「日本が積極的かつ徹底的に丸裸になる条文を作り上げようとしていた。しかもそれが、日本人の自発的な態度から生じたことを論旨明快にあらわすべく苦心していた」と記されていました。後に「自分が入れたのだ」と芦田委員長自らの功績として述懐していたことを不思議がる記述もありました。

解説の中で「著者は決して一方に肩入れしたアジテーションにならぬよう、徹底して冷静な筆致で紡いでいる」と評されています。私自身の立場は冒頭で示したとおりであり、この小説を読んだことで考え方が大きく変わった訳ではありません。多くの国民から半世紀以上支持されてきた憲法9条の理念や効用などを引き続き評価しています。

もともと制定過程の経緯を理解しながらもGHQに押し付けられたというネガティブな気持ちを抱いていません。その上で改憲を強く主張されている方々の問題意識につながる事実関係の詳細を改めて理解できる機会だったものと思っています。最後に、現在の私たち日本人が問われている言葉、小説の最後のほうで登場人物の一人が語った言葉を紹介します。

あの憲法は、押し付け以外の何ものでもない。だがね、あの憲法は筋道が通ったものだとは思う。いまの憲法を改正するにしても、あのまま守っていくにしてもだ、日本人はしっかりとした、筋の通った物の考え方をして、地に足のついた国家観のようなものを定めなければならないはずだ。それが、本当の『ゴー・ホーム・クイックリー 』への道じゃないかな。

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2020年11月15日 (日)

当面する労使課題について

このブログは組合を身近に感じてもらうための一つのツールとして毎週末に更新しています。今回も前回記事「定期大会を終えて、2020年秋」に続きマイナーでローカルな話題が中心となります。その時々で取り上げる話題の落差が大きいブログだろうと思っています。

落差の理由は組合の運動方針の中に政治的な取り組みも掲げられているからです。そのため「なぜ、取り組むのか」という問題意識を共有化するための情報発信や説明が重要だと考え、「平和の話、サマリー」「平和を考える夏、いろいろ思うこと」など労使課題からは大きく離れた話題も数多く取り上げてきています。

さらに幅広い考え方をインターネットを通して不特定多数の方々に発信できる当ブログは自分なりの一つの運動として位置付けています。加えて、このブログの閲覧者は私どもの市役所の職員よりも外部の方のほうが多いため、なるべくローカルな話題は控える意識が働き、広く知られた時事の話を選びがちとなっています。

一方で、いつも強調している点ですが、日常の組合活動の中で政治的な取り組みの比重はごくわずかです。労使協議を通して解決しなければならない職場課題が組合活動の大半を占めています。必然的に組合ニュースで平和の課題などを掘り下げる機会も少なくなるため、前述したような情報発信の必要性を当ブログで補完しているとも言えます。

さて、本題に入る前の前置きが長くなりました。11月6日に開いた定期大会では当日に配布した議案「当面する闘争方針」も確認しています。今回、その内容に沿って最新の情報を付加しながら書き進めていきます。まず当面する労使課題として、組合員の皆さんが最も関心と期待を寄せる賃金・一時金交渉の行方です。

今年度の国家公務員賃金に対し、人事院は10月7日に一時金を10年ぶりに引き下げる勧告を示しました。0.05月分引き下げて年間4.45月分とする勧告内容です。新型コロナウイルス感染症の影響を受け、 月例給は別途月内に勧告するという異例な措置となり、10月28日に前年と同額に据え置く報告が示されていました。

私どもの市をはじめ、三多摩の多くの自治体が準拠する東京都人事委員会の勧告も例年より遅れていました。10月30日、国人勧と同様に一時金を先行させ、0.10月分引き下げ、年間の支給率を4.55月分とする勧告を示しました。やはりリーマン・ショックの影響を受けた2010年度以来10年ぶりの引き下げ勧告でした。

そのような中、月例給の水準維持などを求めた自治労都本部統一「2020年賃金改定等に関する要求書」を10月28日に私どもの市当局に提出し、回答指定日の11月6日、都人勧を基本に改定するという回答を受けていました。自治労都本部は第1波の統一行動日を11月13日、第2波の統一行動日を11月20日とし、状況に応じて越年闘争になることも想定しています。

私どもの市では12月議会に向けた条例案を送付する日程等を考慮し、11月11日に開いた団体交渉で一時金の取扱いに絞って基本合意しています。都人勧を上回る削減は考えていないこと、会計年度任用職員の一時金削減は継続協議していくことを確認し、自治労都本部と連絡を取り合いながら決着点と判断しました。

国をはじめ、東京都以外は0.05月分の削減幅であり、そのことの不当さを訴える組合の声もあります。ただ0.1月分下げられても年間一時金の支給率は国よりも0.1月分高く、民間の厳しい実態を踏まえれば、やむを得ないものと受け入れています。来年以降、もっと厳しい交渉になることも覚悟していかなければなりません。

引き上げ勧告の時の労使交渉結果は12月議会での条例改正が間に合わず、これまで引き上げ分の差額支給は年明けになりがちでした。下げる時は急ぐのかという見方も生じるのかも知れませんが、年明けの給料から差額分の数万円を引く手法よりもダメージは少しやわらぐものと考えました。

月例給に関しては都人勧を踏まえ、引き続き労使協議を重ねていくことになります。また、以前の記事「諸手当の見直し提案」で取り上げた私どもの市にとって継続した独自課題である地域手当引き上げ、住居手当の支給年齢見直しの課題に関しても11月11日の団体交渉の中で労使それぞれの考え方を突き合わせています。

ここまで書き進め、今回の記事も小見出しを付けようかと思い始めていました。それはそれで課題それぞれが重要であるため、付加していく内容が相当な分量になる可能性があります。そのため、これ以降は当面する労使課題の紹介程度にとどめ、機会を見ながら次回以降の新規記事で深掘りさせていただくつもりです。

続いて、2021年度人員確保・職場改善要求の取り組みです。各係・施設単位で実施したアンケートをもとに「人員確保及び職場改善に関する要求書」を集約中です。要求書案を第1回職場委員会で確認した後、市当局と教育委員会当局に要求書を提出し、年度末まで精力的に交渉を重ねながら各職場からの切実な要求の前進をめざします。

ちなみに第1回職場委員会は12月中旬、大きめの会議室を確保し、対面方式で久しぶりに開く予定でした。しかしながら最近の感染拡大の状況を踏まえ、書面開催等の方式を検討すべきではないかという意見が定期大会直後の第1回執行委員会で示されています。

2020現業統一闘争を通し、労働条件の事前協議は従前通りと確認しています。統一闘争は一つの区切りを付けていますが、新学校給食共同調理場の問題など大きな課題が継続しています。当該職場の組合員と話し合いを重ね、大規模改修によってドライ方式に移行した単独調理方式の学校は現行の方式を維持するように求めた要請書を11月12日に教育長へ手渡しています。

会計年度任用職員制度の課題は引き続き労使協議を進めています。雇用継続のあり方や代休制度の確立などを論点化しています。前述した一時金の課題に対し、会計年度任用職員の場合、都人勧の内容の反映は翌年度とすることを確認しています。都人勧は年間一時金を0.10月分引き下げる内容ですが、人事院勧告と同様、期末手当部分に限る引き下げ勧告です。

そのため、勤勉手当が支給されない会計年度任用職員にとって削減率は常勤職員の倍に相当します。そもそも期末手当のみの支給にとどめられていること自体「同一労働同一賃金」の考え方に反していることであり、翌年度以降も会計年度任用職員の賃金・一時金は現行水準を確保するよう求めています。

他にも新型コロナウイルス感染症予防対策や36協定の問題など労使課題は山積しています。組合員から直接相談を受ける案件も数多くあり、その都度迅速に対応しています。「組合に相談しても仕方ない」と思われないように努力しているところですが、大半の組合員からそのように思われてしまうようであれば組合の存在意義が問われてしまう事態だと考えています。

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2020年11月 7日 (土)

定期大会を終えて、2020年秋

記事タイトルに悩む時がありますが、今回も悩まず「定期大会を終えて、2016年秋」「定期大会を終えて、2017年秋」「定期大会を終えて、2018年秋」「定期大会を終えて、2019年秋」という5年続けた同じパターンでの記事タイトルとしています。

金曜の夜、私どもの組合の定期大会が開かれました。7年前の記事「定期大会の話、インデックスⅡ」の中で詳しく綴っていますが、組合員全員の出席を呼びかけるスタイルで続けています。ただ今年は「コロナ禍での組合活動、2020年秋」に記したとおり感染症対策に留意しながら開催しています。

200人以上入れる会場ですが、出席者が100人を超えないように事前申込制としました。来賓の方もお呼びしていません。マスク着用は必須とし、受付では検温や消毒を行なっています。例年以上に委任状での参加者が中心となるため、今回、委任状を含む定期大会参加者全員を対象に抽選会を企画しました。

この特別企画によって前日までに届いた委任状の数で大会の成立を見通せることができています。大会の成立のためには今後も有効な企画だろうと考えています。とは言え、1人でも多くの方に会場まで足を運んでもらいたいため、来年以降も続けるかどうかは議論が必要だろうと思っています。

最終的な出席者数は90名ほどです。会場内の座席は1席ずつ間を空けて座るように指定していました。途中で退席された方も見当たらず、幸いにも例年に比べて「少なかった」という雰囲気のない大会だったと感じています。

定期大会冒頭の執行委員長挨拶は、これまで以上に簡潔な内容の挨拶に努めました。ちなみに人前で挨拶する機会が多いため、檀上で緊張するようなことはありません。原稿がなくても大丈夫ですが、いろいろ話を広げてしまい、割り当てられた時間をオーバーしてしまう心配がありました。

そのため、毎年、定期大会だけは必ず挨拶する内容の原稿を用意していました。今回、方針案提起の役割も担ったため、このあたりの事情を出席者の皆さんにもお伝えしています。ここ数年、挨拶原稿のほぼ全文をブログで紹介しているため、今回も同様に挨拶した内容をそのまま掲げさせていただきます。

執行部を代表し、一言ご挨拶申し上げます。本日は第75回定期大会への出席ありがとうございます。コロナ禍の中、事前申込制など感染対策に留意した異例な節目の年の大会となっています。

さて、アメリカ大統領選が大きな注目を集めています。議案書の「とりまく情勢」で触れているとおり地球温暖化や感染症対策など自国中心主義では解決できない地球規模の問題に直面しています。自分の国だけ万全を尽くしても、すべての国で足並みが揃わなければ解決には至りません。

そのためにも対立より協調に重きを置く国際的な流れが高まることを強く願っています。アメリカの大統領を選ぶのはアメリカ国民の皆さんですが、国際協調の重要性という観点から大統領選の行方を注視しているところです。

日本国内では臨時国会が開かれています。菅総理は「国民の政権への期待もそこそこにある」と述べられていたようですが、日本学術会議の問題などを見ていると政権発足当初の支持率を今後、超えることはないのかも知れません。

菅総理に要望したいことがあります。ふるさと納税の問題を指摘した官僚が左遷されてしまいました。ふるさと納税には利点もあれば問題点もあり、最後は政治家の判断が優先されたことに異議をはさむものではありません。

しかしながら明らかに間違っている判断だったとしても周囲が政治家を制止できない関係性に至っていた場合、極めて憂慮すべき事態に陥りかねません。多様な意見が耳に入らなくなると、より望ましい「答え」から遠ざかり、結果として私たち国民に不利益が生じることになります。

より望ましい「答え」を見出すためには幅広い視点や立場からの議論が欠かせません。様々な角度からの検証やチェック機能の大切さは労使関係においても当てはまります。使用者の目線だけで労働条件を決められてしまった場合、「ブラック」な職場になりかねません。

そのような事態を防ぐために様々な労働法制が整えられ、労働条件は労使対等な立場で決めていくという原則が確立しています。私どもの労使関係も、そのような原則のもとに幅広い労使課題の解決に向け、真摯な議論を尽くしています。

具体的な内容は議案書に盛り込まれています。今回、方針案を提起する役割も負っていますので、その際、具体的な労使課題について示させていただきます。力不足な点があるかも知れませんが、執行部一同、精一杯努力し、力を出し合いながら労使協議を重ねています。

いずれにしても多岐にわたり、たいへん重要な職場課題に対応していくためには職員の大半が加入しているという結集力が欠かせず、活動を中心になって担う執行部体制の充実が欠かせません。昨年度よりも今年度、さらに新たな年度に向け、よりいっそう執行部の体制は充実することができています。様々な事情を抱えながら立候補を決意された皆さんに心から感謝しています。

私自身、たいへん長く組合役員を務めている中、組合の必要性を人一倍強く感じています。引き続き執行委員長を担うことで、よりいっそう発展し、強固な組織基盤を整えた上、次走者にバトンを渡せるよう精一杯頑張る決意です。

まだまだお話したいことが数多くありますが、皆さんからの発言の時間を充分保障するためにも、挨拶は短めにさせていただきます。コロナ禍の中、早めに終わる大会を心がけていますので、ぜひ、最後まで参加いただきますようよろしくお願いします。

方針案を提起した内容の原稿も用意しています。たいへん多岐にわたる内容で相当な長さになるため、このブログでの紹介は見送ります。委員長挨拶よりも長くはなっていますが、やはり会場からの発言時間を保障するため、簡潔さに心がけながら持ち時間の短縮に努められたものと思っています。

一方で出席者からの質問にお答えした際、当然ながら「ノー原稿」のため、簡潔さからは離れた答弁内容となっていました。ますます割り当てられた時間を厳守するためには原稿が欠かせないものと省みています。

出席者からの発言として、今回も保育士の方から「公立保育園の大切さ」のアピールがありました。この発言を受け、私からは連合三多摩の政策・制度討論集会の講演「子どもの権利を守るために私たちができること」について触れ、「保育園を考える親の会」代表の普光院亜紀さんが「保育の量と質の確保は社会全体の利益にもなる」と述べられていた話を紹介しています。

この講演内容の報告書をまとめていたため、保育園職場から新たに3名の方が加わった第1回執行委員会で確認した上、すべての職場で回覧する予定であることをお伝えしています。公立保育園があることで、その地域の保育の質の確保・向上につながるという普光院さんの問題意識を広く共有化していく機会にできればと考えています。

他に闘争資金積立金予算の活用に向けた意見、下水道事業に携わる職員は地方公営企業職員に当たるのかどうかという質問が示されていました。修正案の提出や反対意見はなく、公平委員会の団体登録に向けて必要な規約改正案等を含め、執行部提案はすべて原案通り承認を得られました。

定期大会を区切りとして、現業評議会議長だった副委員長と執行委員の方が退任されます。たいへんお疲れ様でした。新たな執行部体制は前年度よりも3名増えます。第1回執行委員会の日に団体交渉も予定し、いきなり多忙な時期に突入していきますが、これから一年間よろしくお願いします。

定期大会が終わった後、せっかくの金曜の夜でしたが、打ち上げはなく、現地で解散しています。心置きなく、皆さんと飲み語り合える日が早く訪れることを願っています。最後に、組合員の皆さん、大会運営にご協力いただいた皆さん、新旧の組合役員の皆さん、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

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2020年11月 1日 (日)

グローバルな話題に一言二言

人事院は10月7日に一時金を10年ぶりに引き下げる勧告を示しました。0.05月分引き下げて年間4.45月分とする勧告内容です。月例給は別途月内に勧告するという新型コロナウイルス感染症の影響で一時金だけ先行させた異例な措置でした。その予告のとおり10月28日に月例給を前年と同額に据え置く報告が示されています。

私どもの市をはじめ、三多摩の多くの自治体が準拠する東京都人事委員会の勧告も例年より遅れていました。10月30日に国人勧と同様、一時金を先行させた勧告を示しています。0.10月分引き下げ、年間の支給額を4.55月分とし、やはりリーマン・ショックの影響を受けた2010年度以来10年ぶりの引き下げ勧告です。

そのような中、月例給の水準維持などを求めた自治労都本部統一「2020年賃金改定等に関する要求書」を10月28日に私どもの市当局に提出し、回答指定日を11月6日としています。組合員の皆さんからの期待や関心が高く、労働組合にとって最も重要な賃金・一時金交渉を本格化させる時期に入っています。

前々回記事は「組合役員の立候補者を増やすためには」、前回記事は「組合役員を続けるモチベーション」でした。11月6日に私どもの組合の定期大会を控え、組合役員の改選期を迎えていたため、ARIさんからの問いかけに答えながら私自身が考えていることを綴っていました。ローカルでマイナーな記事内容が続いていましたが、今回、一転してグローバルな話題を取り上げてみます。

多くの労働組合は大会議案書の中で「とりまく情勢」に触れています。数年先に組合の活動を振り返る時、当時、どのような情勢だったのか参考とすべき情報だからです。前述したとおり賃金・一時金交渉も、とりまく情勢の影響を大きく受けていきます。

定期大会当日、出席者に配布する「当面する闘争方針(案)」の内容は日々動きのある最新の情勢を加えていくため、大会前日に印刷する予定です。一方で、組合員の皆さん全員に事前配布している「2021年度運動方針(案)」は外注印刷であり、入稿時期との兼ね合いから情報の鮮度が少し落ちている記述もあります。

私どもの組合の定期大会の議案書の原稿は執筆者を分担しています。分担した内容の議案は執行委員会で討議し、議案書にまとめています。その議案書をもとに組合員の皆さんと議論していく手順となっています。

今回、久しぶりに「とりまく情勢」を担当しました。執筆者が変わっても毎年、国際情勢から国内情勢、東京都、私どもの市を巡る情勢という順番で書きしるしています。綴るべき内容を広げすぎると膨大な頁が必要となりますので、執筆者の裁量で特徴的な話題を選びながらまとめています。

このブログでは「2021年度運動方針(案)」に掲げている国際的な情勢の箇所をそのまま紹介させていただきます。その後、記事タイトルを「グローバルな話題に一言二言」としたとおり私自身が、今、思うことを書き足していくつもりです。

人類の誕生とともに感染症との闘いの歴史が始まっています。中世ヨーロッパの人口の3分の1が死亡したペスト、1918年から流行した「スペイン風邪」は世界中で5億人以上が感染し、死者の数が2,000万人とも4,000万人とも言われています。ワクチンの開発や予防・治療方法が飛躍的に進歩していますが、1976年にエボラ出血熱、1981年にエイズが出現するなど新たな感染症への対応にも追われ続けています。

そして今、2020年、新型コロナウイルス感染症が世界中に拡大しています。ロックダウン(都市封鎖)をはじめ、各国それぞれの対策によって第1波を乗り越えたと見られてもウイルス自体が消えた訳ではありません。効果的なワクチンや治療薬が完成し、パンデミック(世界的大流行)の終息が宣言されるまで予断を許せない状況です。

グローバル化が進んでいる中、新型コロナウイルス感染症が世界経済に与えた打撃もはかり知れません。また、アメリカのトランプ大統領は自らの再選に向けた選挙を控え、ますます自国中心主義を打ち出しています。その矛先は中国に向かい、米中経済戦争と呼ばれるような様相を示しています。

地球温暖化の問題の深刻さも増しています。世界各地で異常気象をもたらし、海水面の上昇や生態系の変化を及ぼしつつあります。このままの経済活動を続けた場合、21世紀末には4度前後の気温上昇が予測され、取り返しのつかない事態に至ることが危惧されています。2015年のCOP21(気候変動枠組条約締約国会議)で採択されたパリ協定の発効に向け、各国が足並みを揃えていかなければなりません。

2020年1月3日、アメリカがイラン革命防衛隊の精鋭組織「コッズ部隊」のカセム・ソレイマニ司令官を殺害し、5日後、その報復としてイランがイラク国内の米軍基地を弾道ミサイルで攻撃しました。全面的な軍事衝突は回避していますが、アメリカのイラン核合意離脱以降、中東情勢の緊張は増しています。南シナ海では中国が強引に領有権を主張し、周辺国との軋轢が続いています。北朝鮮の核開発の問題をはじめ、国家間の安全保障面での情勢は緊迫化しています。

しかしながら地球温暖化や感染症対策など自国中心主義では解決できない地球規模の問題に直面している今、よりいっそう国際的な連帯が強く求められているはずです。そのような時に「平和国家」というブランドイメージを改めて磨き上げ、日本ならではの国際社会の中の役割を発揮して欲しいものと願っています。

以上が議案書に掲げている文章です。私自身の問題意識であり、私どもの組合の立ち位置として最も訴えたい思いは最後の段落です。地球温暖化の問題や感染症対策は自分の国だけ万全を尽くしても、すべての国で足並みが揃わなければ解決には至りません。

国家という枠組みをなくすことは絵空事なのかも知れません。それでも国家の枠組みがある中で上記のような問題意識を共有化し、対立よりも協調に重きを置く国際的な流れが高まることを心から願っています。

二度の世界大戦の惨禍を反省し、国連ができ、様々な国際法規が整えられています。国連の役割の不充分さを指摘する声もあります。しかし、不充分な点があれば補う努力を重ね、各国からの期待に応えられる国連の役割強化をめざすべきなのではないでしょうか。

かつて宣戦布告すれば戦争も国際社会の中で認められていました。現在、国連憲章で一部の例外を除き、戦争は原則禁止されています。たいへん残念ながら「自衛のため」という理由や集団的自衛権の行使としての戦争は続いています。それでも原則禁止としていることで、国際社会の中で一定の抑制効果は働いているはずです。

日本時間の10月25日、核兵器の開発、保有、使用を禁じる核兵器禁止条約の批准国が50か国・地域に達したことで、来年1月22日に発効することが決まりました。ICANのベアトリス・フィン事務局長は「核軍縮にとって新たなページが開かれた。長年の活動は、多くの人が不可能だと言ってきたことを成し遂げた。核兵器は禁止された」とコメントしています。

ICAN=核兵器廃絶国際キャンペーンの川崎哲国際運営委員は「条約は、原爆の被害や苦しみを二度と繰り返してはいけないという被爆国の思いが形になったものだ。被爆者が高齢になる中、核兵器をなくさなければいけないという声を国際法として残す意味がある」と述べ、唯一の被爆国、日本にとって、大きな意味を持つ条約であると強調しました。

そして、日本政府が条約に参加しない姿勢を示していることについては「大変残念で、被爆者の声を聞いてきた立場からすると本当につらいことだ。政府は条約に参加すると、核抑止力の正当性が失われると主張しているが、被爆国である日本は、核兵器は違法であるという立場に転ずるべきだ。

いきなりは難しくても、長期的には条約への参加を目指すということを明確に表現してほしい。核兵器のない世界を目指すと言っている以上、できないはずはない」と述べ、条約の発効後に開かれる締約国会議にオブザーバーとして出席し、条約への参加の姿勢を示すべきだと指摘しました。

上記はNHKの取材に対する川崎さんの言葉です。「核抑止力の必要性」や「アメリカの核の傘に入っているから」という理由から日本政府は一貫して消極的な姿勢のままです。これまでの経緯やアメリカとの関係性を軽視できない事情も分かりますが、川崎さんの言葉のとおり唯一の戦争被爆国である日本だからこそ国際社会の中で、この問題に対して存在感を発揮して欲しいものです。

4年前には「米大統領選と都知事選の違い」という記事を投稿し、次のような記述を残していました。あれから4年が過ぎ、11月3日の投開票の結果、トランプ大統領が再選されるかどうか決まります。アメリカの大統領を選ぶのはアメリカ国民の皆さんですが、国際協調の重要性という観点からの判断も得られれば幸いなことです。

今、日本に限らず排外主義やレイシズムの問題が取り沙汰されています。アメリカの大統領選、ドナルド・トランプ候補が共和党の正式な候補者に決まりました。トランプ候補の「メキシコ国境に壁を建設する」など過激な発言は排外主義という批判を受けています。とは言え、泡沫候補だと見られていたトランプ候補が共和党の代表に選ばれたという結果は、その過激な発言や考え方に共感するアメリカ国民が多いことの表われだと言えます。

最後に、政令市である大阪市が廃止されるかどうか本日の夜に判明します。「東京の自治と大阪都構想」という5年前の記事で都構想の効果や試算結果の問題に触れていました。大阪市のことは大阪市の皆さんが決めることで「グローバルな話題」から少し離れますが、『大阪市4分割でコスト218億円増”は捏造でも誤報でもない! 松井市長が市財政局長を恫喝し都合の悪いデータ封じ込め』という気になった話題を紹介させていただきます。

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