子どもの権利を守るために
木曜の午後、主催者側のプロジェクトの一員として連合三多摩ブロック地協の政策・制度討論集会に参加しました。毎年、この時期に開かれ、これまで当ブログでは討論集会で得られた内容をもとに「子ども・子育て支援新制度について」「保育や介護現場の実情」「脱・雇用劣化社会」「子どもの貧困と社会的養護の現状」「子ども虐待のない社会をめざして」という記事を綴っていました。
三多摩の地で働き、三多摩の地で暮らす組合員の多い連合三多摩は、各自治体に向けた政策・制度要求の取り組みに力を注いでいます。今年も多岐にわたる要求書を全自治体に提出します。その一環として討論集会を企画し、政策・制度要求に掲げている重点課題等について認識の共有化に努めています。
主催者を代表した挨拶の中で議長は「コロナ禍の中、今後、何が必要なのか、気持ちを一つに職場の声こそ労働運動の原点として取り組んでいきたい」という思いを訴えられていました。プロジェクトの主査からは「多摩の未来に夢を」というスローガンを掲げた政策・制度要求の取り組みについて全体会の中で報告を受けています。
今年は新型コロナウイルスの感染対策に万全を期し、直接会場に足を運ぶ参加者を絞り、 Webとの併用開催としていました。最終的に会場参加者77名、 Webでの参加者78名でした。全体会の後、参加者はそれぞれ第1分科会「子どもの権利を守るために私たちができること」と第2分科会「私たちの営みが水害リスクを増大させている~事業継続のために~」に分かれています。
私は第1分科会の内容を後日文書で報告する役割を担いました。この役割を事務局から依頼された時、毎年、ブログで討論集会の内容を取り上げていることをお伝えしていました。さっそく今週末、報告書の下敷きにすることを意識しながら第1分科会の内容を綴らせていただきます。
■子どもにとっての最善の利益を
第1分科会「子どもの権利を守るために私たちができること」の講師は「保育園を考える親の会」代表の普光院亜紀さんでした。「親の会」は1983年に働く親のネットワークとして設立され、現在、首都圏を中心に約400名の会員の皆さんが情報交換や意見表明などの活動を進めています。
連合三多摩の討論集会の前日、「親の会」は記者会見を開き、主要100自治体を対象に保育施設の整備状況を調査した結果を公表していました。認可保育所への入所を希望した児童のうち入所が決まった児童の割合を示す入園決定率は2020年度で77.5%にとどまり、依然として2割以上が希望の認可保育所に入ることができていないそうです。
全国待機児童数は減って「保育園に入りやすくなった」と言われていますが、都市部の入園決定率は横ばいであることを普光院さんは伝えています。今回の普光院さんの講演の中で、このような現状の報告を受けながら子どもの育ちに必要な支援はどうあるべきかという論点が提起されています。
子どもを支えているのは家庭以外に職場や地域、行政施策・民間による支援があります。子どもは純粋培養できず、最善の利益を考えていかなければなりません。最善の利益は、飢餓に苦しむ国の子どもと日本の子どもが違うように子ども一人一人様々です。子どもにとっての最善の利益を考える義務が大人にあることは子どもの権利条約の理念とされています。
■苦情や事故などから考える質の問題
子ども・子育て支援制度が始まり、認可外の企業主導型保育事業の導入などによって保育施設の量は満たされてきています。企業主導型などを一括りに批判しないように留意した上、普光院さんは苦情や事故などから考える質の問題を取り上げていました。
ゼロ歳児にベビーカステラを与えて喉に詰まらせ死亡させた事例、うつ伏せのまま2時間寝かして死亡させた事例など保育に携わるスタッフの認識不足から重大事故を引き起こしている現状があります。保育室の面積基準を守れない施設も多く、通報されても「基準違反ではない」と取り合わないケースもあるようです。
認可外の保育施設に預けていた子どもから笑顔が消えていました。公立保育園に移ることができ、その子どもは笑うようになって元気が出てきたという話も紹介されました。普光院さんは「質の低い保育は、子どもの心身の育ちに悪影響を与えるという点から、子どもの権利を侵害するもの」と述べています。
普光院さんは人生の始期である保育の大切さを強調されています。乳幼児期は、心身のすべての機能がその最も基本的なところから相互に触発し合って発達する時期だと言えます。英語の録音テープをずっと聴かされていた幼児が失語症になってしまいました。英語を一方的に聞かせるという試みをやめたことで、その子どもに言葉が戻ってきたそうです。
「育つ力」は何かしたい、話したい、言葉を覚えたいという気持ちが大事であり、安定した情緒のもとで子どもの主体性を尊重していくことが重要視されています。飛んだり、跳ねたりすることは運動機能の向上以外にも役立ち、子どもにとって外で遊ぶことが大切なことであるため、普光院さんは園庭保有率に着目されていました。
ただ都市部の認可保育園の園庭保有率は全体的に年々減少しているという報告を受けています。その中で伸ばしていた自治体が3市ほどあり、そのうちの1市が私どもの市だったことを知りました。そもそも地価の高い土地を容易に確保できないという事情がありますが、近隣住民にとって園児の声が騒音とされがちな現状も見過ごせない課題です。
園庭の問題は質疑応答でも取り上げられていました。保育園側と近隣住民の方々との交流する機会を増やし、子どもたちの顔を覚えてもらえれば「可愛くなって騒音ではなくなる」という普光院さんの説明にはたいへん共感しています。加えて、これから報告するような保育の重要性の理解が進めば、もともと1日のうちの限られた時間に過ぎない園庭から聞こえる声も許容されていくのかも知れません。
■保育の質と量の確保は社会全体の利益へ
普光院さんはペリー・プリスクールの社会実験について紹介しています。アメリカのミシガン州の貧困地域で質の高い幼児教育を実施し、受けたグループと受けなかったグループを40歳まで追跡調査していました。その結果、40歳での年収や逮捕歴の数などで受けたグループの優位さが確認されています。
この結果から経済学者のヘックマン教授は「幼児教育は国家にとって最も費用対効果が大きい教育投資である」と指摘していました。付随する研究報告として、教師が計画に沿って直接学力を上げる指導よりも、子ども自ら活動を計画して実行したグループのほうが23歳時点の追跡調査で情緒障害や学校での問題行動などは少なかったとのことです。
教師が直接指導したグループは10歳の時点で他のグループよりもIQで高い値を示しましたが、その後の到達度に大きな違いはありませんでした。直接指導は学校教育への準備として近道であっても、長期的な観点からの社会性の発達を犠牲にしているように見えると研究報告で締めくくっています。
東京大学大学院経済学研究科の山口慎太郎准教授の見解も紹介されています。社会経済的に恵まれない家庭の子どものうち2歳時点で保育所を利用していた子どもの多動性・攻撃性が、利用していなかった子どもより改善していました。そのため「保育の量と質の確保は子どもの権利を保障するとともに社会全体の利益にもなる」と説かれています。
知能指数や学力など計測可能な力が認知スキルです。社会情動的スキルとも言われる非認知スキルは、やり抜く力、意欲、自制心、協調性、社会性、自尊心などが上げられます。非認知スキルは夢中で遊ぶことで育っていきます。両方、相まって発達していくことが欠かせません。認知スキルだけ重視した保育では問題であることを普光院さんは語っています。
保育の質を支える構造として、施設や事業者の質が問われ、国や自治体の責務が重視されていきます。施設の質を左右するのは、施設長や保育士の資質など人材、設備、素材、保護者との信頼関係などが上げられます。事業者の質としては、現場の声を聞き、必要なサポートをできるかどうか求められていきます。
国・自治体は職員配置や施設設備などの適切な基準を設け、指導検査や研修の支援、公費の投入を行なうことが保育の質を支える構造につながります。普光院さんは「幼児教育の無償化も悪くないが、優先順位の問題として保育士の処遇改善が先だったのではないか」と提起しています。待機児対策のためには処遇改善によって保育士不足を解消する必要があると訴えられています。
■保育所・こども園は最強の子育て支援機関
普光院さんは「生活の場」である保育所・こども園は最強の子育て支援機関であると評しています。保護者の就労を支え、子どもの日中の生活を支えます。子どもにとって学びの場であり、生活習慣や健康管理を支えることもできます。さらに家庭や子どもの変化に気付き、直接的な支援に結びつけることができる場だと言えます。
相対的な貧困の影響は子どもの貧困を招きがちです。子どもの貧困は若者の貧困、大人の貧困、次世代の貧困につながり、負の連鎖を生じさせかねません。児童虐待によって子どもの命が奪われるという痛ましい事件が後を絶ちません。児童虐待の背景には複合的な要因があるのかも知れませんが、このような負の連鎖のもとに起こっている事例も多いはずです。
普光院さんは公立保育所に求めることを3点上げています。①地域の子どものセーフティネットとして、②多様な保育の支援・指導の担い手として、③非常時の機動部隊としての責務と役割です。民間の保育所も担うべき点がありますが、公立保育所だからこそ率先垂範し、行政内部のネットワーク機能を発揮しやすくなります。
安定した雇用を前提にした公立保育園のベテラン保育士らが巡回支援指導員となり、地域の各施設を訪ねながら質の確保・向上に努めていくことも普光院さんから提案されています。熊本震災の時の公立保育園の活動の紹介もありました。避難所に出向いて絵本を読み聞かせた出前保育、臨時預かり保育、心のケアに関する研修などを行なっていました。
講演の最後に普光院さんは「子どもの権利を保障するために」という見出しのパワポ画面を映しています。そこには「格差、相対的貧困、虐待から子どもを守る」、同調圧力の強いムラ意識や性別役割分担を脱し、多様性を認めた「地域に新しいコミュニティを」、自粛警察や保育園建設反対という声に対して「子ども理解を広げる」、子ども中心、子どもの主体性、子どもの権利の視点を持った「保育・教育の質の確保・向上」と記されています。
そして「大人(事業者や保護者)にお金をばらまくことよりも、子どもが必要とする環境を等しく得られるような施策を。」という言葉で結ばれていました。この後、Web参加者も含めた5名の方からの質疑応答がありました。連合三多摩への報告書には質疑応答の内容も加える予定ですが、このブログ記事はこのあたりで一区切り付けさせていただきます。
■最後に
全体を通し、たいへん中味が濃く、貴重な講演の機会に恵まれました。お話を伺いながら「『霞保育園で待っています』を読み終えて」という記事のことが頭に浮かんでいました。私自身も民間で保育園を運営できないと考えている訳ではなく、質の高い民間保育園が少ないと見ている訳でもありません。その上で今回、公立保育園の役割について考えを深められる意義深い講演内容でした。
私どもの市では今年4月、労使合意していた最後の5園目が民営化されました。今後、残された6園の存続に向け、よりいっそう公立保育園の大切さや役割をアピールしていく活動が求められています。そのための参考材料となるお話を伺え、たいへん勇気付けられています。
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