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2020年10月24日 (土)

組合役員を続けるモチベーション

前回の記事は「組合役員の立候補者を増やすためには」でした。9月末に投稿した記事「コロナ禍での組合活動、2020年秋」に寄せられたARIさんからの問いかけに答える内容を中心に綴っていました。前回の記事にもARIさんからご意見や質問がいくつか示されています。

きっと自治労に所属する組合役員の皆さん、それぞれ抱えている悩ましさだろうと思っています。せっかくの機会ですので今回の記事でもARIさんからの問いかけに答えながら私自身が考えていることを書き進めさせていただきます。

■「やらされ感」を前向きな義務感や責任感へ

組合役員は専従者ではない限り、基本的に無報酬での活動となります。無報酬という共通項で考えた時、ボランティア活動やサークル活動を思い起こすことができます。こちらの担い手は自発的な方々が中心となり、その活動自体に「やりがい」や楽しさを感じ取れているはずです。

その他にPTAや自治会の活動を思い浮かべていますが、担い手の多くは任期ごとの輪番制なのだろうと思います。組合役員の担い手の選出方法として、任意に立候補者を募るケースと輪番制を採用しているケースに分かれています。

どちらの方法も長所と短所があり、いろいろ悩みを抱えているのではないでしょうか。ただ立候補という形であっても実情は様々な経緯や「しがらみ」から渋々手をあげられて組合役員を担われている方も多いのかも知れません。

そのような場合でも一定の役割を負うことになり、労力や私的な時間を割かなければならない活動に向き合うことになります。「やらされ感」で始めていても周囲から感謝される場面ばかりであれば、ある程度モチベーションを下げずに続けられるのだろうと思います。

しかしながら前回記事の中で触れたとおり労使交渉では後退を余儀なくされる場面も多く、組合員の皆さんから叱責されがちな現状があることも否めません。書記長や副委員長など任務が重くなればなるほど矢面に立つ場面も増えていきます。

不充分な結果や連携不足だったことを理由に「組合を脱退したい」という申出を受けた時もあります。オープンショップ制の宿命的な悩ましさですが、組合役員を担っているモチベーションが一気に下がりかねない非常に残念な場面だと言えます。

加えて、組合役員が個々に割り当てられている任務や実務を充分に果たし切れていない時、執行部内から叱咤されるケースもあり得ます。「あの件、どうなったの?」という単に確認を求める言葉だったとしても、プレッシャーとなってストレスを高めていく一因になりかねません。

執行委員長という立場の私自身、強い口調で他の役員を責めるような言葉使いは慎み、パワハラにならないように注意しています。しかし、苛立ちを隠せない場面が皆無とは言えず、感情的な言葉を発してしまった時は後から深く反省しながらお詫びしています。

労働条件の維持向上という同じ目的で集いながら、組合員や組合役員同士の軋轢から心を痛めていくような関係性は絶対避けたいものです。人間関係からストレスを高め、組合役員を続けられないケースが見受けられる場合は本当に残念なことです。

組織内がギスギスした雰囲気だった場合、逃げ道の少なさから専従役員のほうがよりいっそうストレスを高めていくのかも知れません。したがって、組合役員のモチベーションを維持するための大事な点として、日常的な活動を進める上で生じがちなストレスの要因を最小化していく努力が必要です。

いずれにしても組合役員を続けていくモチベーションは金銭面の多寡よりも他者から肯定される役割であるかどうかが最も重要な点だろうと考えています。周囲から認められているという役割は「やらされ感」を前向きな義務感や責任感に変え、自己肯定感は主体的な使命感に高めていける可能性を期待できます。

組合活動に「やりがい」や面白さを見出せれば

義務感や責任感の強かったARIさんだからこそ書記長から副委員長まで担われ、様々な組合の取り組みへの参加を拒めなかったのだろうと思っています。特に組合員の皆さんに動員要請していながら組合役員が参加しない訳にはいかなくなる事情を垣間見ています。

直近のコメントから見受けられたことですが、私どもの組合に比べてARIさんの組合は活動の総量が多いのかも知れません。かつて私どもの組合も各職場何割という動員割当を要請していました。現在、動員要請という言葉自体使っていません。

広く参加者を募る集会やイベントは組合ニュースで呼びかけ、あくまでも個々人の判断での参加です。このような関係性のもと組合役員も各種集会に参加するかどうかは任意に選べるようになっています。もちろん定期大会をはじめ、主催する取り組みに対しては可能な限り参加することを申し合わせています。

ARIさんから組合活動の中で「アイデア」を出すことのお尋ねがありました。この動員要請の見直しも一つの「アイデア」だったと言えます。見直すまでの過渡期、しっかり割当要請に応える職場と応えられない職場に分かれがちでした。このような経緯も踏まえ、ARIさんらが感じられている問題意識を受けとめ、現在の方式に定着させていきました。

青年婦人部幹事から執行委員長まで本当に長く組合役員を務めてきているため、自分自身の「アイデア」を形にした事例は数え切れません。以前の記事「組合役員を続けている理由」の中でダンスパーティーを職員家族クリスマスパーティーに変えたことや機関誌にフォトストーリーという創作を連載したことなどを紹介していました。

最近ではコロナ禍での組合員の皆さんへの還元策として、2千円の労働金庫口座開設推奨金振込制度の創設、委任状を含む定期大会参加者全員を対象にした抽選会の実施などが私自身の「アイデア」を形にしたものです。組合活動のあり方についての「アイデア」も多数ありますが、別な機会に譲らせていただきます。

組合役員になったイキサツ」で伝えているとおり市役所に入った当時、私は組合に距離を置こうと考えていました。青年婦人部幹事を引き受けたイキサツも先輩から口説かれ、酔った勢いで返事したことが切っかけでした。それ以降は自分自身が判断し、ここまで長く務めてきています。

組合役員を担ったことで貴重な経験や交流を重ねられ、自己啓発の機会も数多く得られながら、「やりがい」のある任務だったものと振り返ることができます。当たり前なことですが、「やりがい」や面白さを見出せなければ、ここまで長く続けていなかったものと思います。

長く担い続けてきた自分自身の責任として

組合役員の担い手不足につながっている理由として「組合のイメージが悪い」「負担が大きい」「組合活動の成果が感じられない」という声を耳にしています。イメージを少しでも転換する方策として『闘争ニュース』を『組合ニュース』に改めたのも私自身の「アイデア」でした。イメージの転換に向けては、できることを一つ一つ地道に試みていくつもりです。

負担面の話は前述したような問題意識を持ち続けていきます。組合活動の成果は労使交渉を通して結果を出す努力を尽くしていかなければなりません。ARIさんからの問いかけに対し、すべて答え切れていないかも知れませんが、前回と今回の記事を通し、いろいろな思いを発信する機会を得られています。

いずれにしても組合役員を長く続けてきた自分自身の責任として「組合をつぶしてはいけない」という思いを強めています。それが組合役員を担い続けるモチベーションの一つであり、大仰な言葉で表わせば使命感になっています。

ここ数年、執行委員定数12名を満たすことは程遠く、年を重ねるごとに欠員の数を増やしてきました。昨年、久しぶりに前年よりも立候補者を大幅に増やすことができました。さらに今年、11名まで立候補者数が増えています。要請に応えていただいた職場の皆さん、本当にありがとうございます。

最後に、11月6日夜の定期大会に先がけ、組合役員の信任投票が実施されます。下記の文章は立候補にあたり、組合員の皆さんに回覧し、お示しする私自身の選挙広報に掲げた内容です。恒例となりつつありますので、今年も全文をそのまま紹介させていただきます。

毎年、3月末に発行する『市職労報』の特集記事の見出しに「役に立たない組合はいらない」と掲げていました。まったく役に立たない組合であれば「いらない」と思います。しかし、私自身、組合役員を長く務める中で「組合は必要、だから絶対つぶしてはいけない」という思いを強めています。そのため、持続可能な組合組織に向けた基盤を整え、次走者に安心して「バトン」を渡せるタイミングを強く意識しています。

幸いにも執行委員の立候補者が増え始めています。このような明るい兆しがある中、次年度も引き続き担うことで、よりいっそう発展していく組合活動に寄与できればと考えています。新たな一年、様々な難題に対し、引き続き組合運動の先頭に立ち、全力を尽くす決意ですので、よろしくお願いします。 

◎ 毎週1回更新しているブログ『公務員のためいき』もご覧いただければ幸いです。

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2020年10月18日 (日)

組合役員の立候補者を増やすためには

このブログの記事更新と私自身のコメント投稿は土曜日曜に限っています。開設した当初、記事本文は週に複数回更新していました。しばらくして週に1回が定着していましたが、お寄せいただいたコメントへのレスはその日のうちに対応していました。

2012年の春頃からは背伸びしないペースとして、コメント欄も含め、土曜か日曜のみにブログに関わるようにしています。このようなペースを基本としているため、ブログの更新を途絶えさせずに長く続けられているのだろうと思っています。

ただ週に1回の更新であるため、旬な話題に対応しづらくなっています。最近、非正規雇用の同一労働同一賃金を争点にした最高裁判決が立て続けに出されています。大阪医科薬科大学事件とメトロコマース事件は原告側の敗訴、その2日後に出された日本郵便の契約社員に対する判決は原告側の勝訴と明暗が分かれました。

前々回記事「菅総理へのお願い」の中で触れた日本学術会議の問題も引き続き注目しています。週に1回の更新間隔は当ブログで取り上げたい題材に事欠くことがありません。いずれにしても個人の責任で運営しているブログですので、自分なりのスケジュール感のもとに新規記事の内容を決めています。

実は最近の記事「コロナ禍での組合活動、2020年秋」のコメント欄で、ARIさんから次のようなコメントが寄せられていました。今回の記事を閲覧されている皆さんに対し、状況や論点を明確にするためにARIさんのコメント内容の全文をそのまま紹介します。

初めまして。ARIと申します。現在30代半ばの市役所職員で、約8年間自治労系単組の執行役員を務めておりました。8年間のうちの3年間は書記長、2年間は副執行委員長を務めておりました。今回、役員の活動に関する記載があったため書かせていただきます。不快にさせたり非常識ととらえられる内容でしたら大変申し訳ございません。

率直に申し上げますと、書記長、副執行委員長の任務は苦痛そのものでした。青字の「■『たいへんだったけど、やって良かった』、組合役員OBの皆さんからよく耳にする言葉です。」の記載について申し上げさせていただきますが、私としては、組合の必要性については理解できますが、精神面で影響してしまったからかやったことを後悔しております。

記事の中に「任務の重さやプライベートな時間が割かれる面もあり、執行委員の定数を満たせない現況が何年も続いています。」ともありますが、私が所属していた単組もそのような状況でした(現在は不明です)。私も書記長時代からプライベートを割かれ散々でした。

そのため、ワークライフバランスを執行部が訴えておきながら自分たちのワークライフバランスを崩していることに矛盾のようなものを感じておりました。結果的には、プライベートが削がれリフレッシュの機会が減ってしまい、カウンセリングを受けるまでに至りました。現在は執行役員を引退しており、メンタル面も安定しましたが、副執行委員長時代の経験等はトラウマになっています。

実際、私以外にも「やらされている」という感覚が強い役員は何名かいました。そこで伺いたいのですが、
・ 役員として(組合活動等)でモチベーションを上げるには
・ ワークライフバランスを崩さずに組合役員を続けられるには
・ 組合役員に積極的に立候補する人を増やすには
についてご意見ご教示等いただけたら幸いです。このような書き込みで大変申し訳ありませんがよろしくお願いします。【投稿: ARI | 2020年10月 7日 (水) 16時24分】

先週の土曜の朝、私からARIさんのコメントに対して取り急ぎ次のようにお答えしていました。今回、たいへん長い記事になりそうですが、私からのコメントもそのまま掲げた上、補足すべき点や具体的な「答え」につなげていければと考えています。

投稿日の夜、ご指示いただいたとおり重複したコメントは削除しました。ただ右サイドバーへの反映は数日を要していたようです。また、たいへん重要な問いかけをいただきながら当ブログに関わるのは週末に限っているため、返信が遅れて申し訳ありません。

「たいへんだったけど、やって良かった」、そのように述べられる組合役員OBの皆さんが多いことも確かですが、私どもの組合でもARIさんのように苦痛な任務に過ぎなかったと思われたまま退任された方も少なくありません。

役員改選期にあたり、そのような話を告げられる時もあり、今回のARIさんのコメントに身につまされる思いを強めています。いずれにしても本務以外の組合役員を務めたことで心身に不調を来すようなことは絶対避けたいものです。

しかし、任務の重さや関与しなければならない時間の膨大さに押しつぶされそうになる現況があることを決して否定できません。さらにARIさんが経験されたように書記長や副委員長という任務の重さに比例する傾向もあります。

今回、3点の問いかけをいただきました。このコメント欄で迅速にお答えすべきなのかも知れませんが、それぞれ端的な「正解」を示すことが難しい問いかけです。そのため、記事本文を通して、私自身の「答え」を掘り下げさせていただければと思っています。

ただ今週末の記事は別な題材で投稿する運びでしたので、来週以降となることをご容赦ください。ちょうど私どもの組合の役員改選期に入るため、私自身の思いや悩みを率直に吐露できればとも考えています。

末筆となりましたが、くれぐれもお体に気をつけてお過ごしください。そして、組合役員を経験した方、誰もが「たいへんだったけど、やって良かったこともあったな」と振り返られるような組合活動にしていければと思っています。【投稿: OTSU | 2020年10月10日 (土) 06時20分】

投稿は土曜日曜に限っていますが、お寄せいただいたコメントはその日のうちに閲覧しています。ARIさんが誤って投稿されたコメントはすぐ削除しましたが、右サイドバーの「最近のコメント」でARIさんの名前が一つになるまで数日かかっていました。リニューアル後によく見かけるココログ側の不具合でした。

ARIさんからの問いかけは記事本文を通してお答えすることをお伝えしていました。先週は連合三多摩の政策・制度討論集会の内容を取り上げようと決めていたため、前回の記事は「子どもの権利を守るために」でした。遅くなりましたが、今回、ARIさんの問いかけに対する私自身の考えを示させていただきます。

役員として(組合活動等)でモチベーションを上げるには

なかなか難しい問いかけです。個々人でモチベーションの上げ方も異なるかも知れません。一般的には内発的動機(参考記事「ベターをめざす人事制度」)を高めた活動であればモチベーションは維持できるものと考えています。特に非専従の組合役員は無報酬の活動であり、「やらされている」という感覚のままであれば到底モチベーションを上げることは期待できません。

それでは内発的動機を高めるためにはどうすべきか、この点を考えてみます。最初から組合の役割を評価し、組合活動に意義を見出している方は問題ありません。積極的に手をあげた訳ではなく、義務感や順番だから仕方なく組合役員を担った方々を想定しながら考えてみます。

組合活動の面白さは組合役員一人ひとりのアイデアや企画を形にしやすく、その成果や手応えを即時に実感できる経験を積んでいけることです。そして、労使交渉を通して結果を出せた時の達成感があり、組合員の皆さんから感謝の言葉をかけられた時のうれしさがあります。

このようなプラスの成果や評価ばかりであれば「やりがい」があり、モチベーションも常に上がっていくはずです。このプラスの経験のほうが多ければ「たいへんだったけど、やって良かった」という組合役員OBの感想につながっていきます。

しかし、労使交渉では後退を余儀なくされる場面も多く、組合員の皆さんから叱責されがちな現状があることも否めません。書記長や副委員長など任務が重くなればなるほど結果を出せなかった場合、直接叱責される時が増え、ストレスを蓄積していきかねません。

モチベーションを上げていくためには上記のような場面を減らせるかどうかが「答え」の一つだろうと思っています。ちなみに組合員が憤る時、結果を出せなかったことよりも途中経過での連携不足を指摘されるケースが多く見受けられます。

きめ細かい連携として職場懇談会や個別相談などを頻繁に行なうためには組合役員側のマンパワーの充実が欠かせません。そのためにも組合役員の改選期、幅広い担い手を募りながら執行委員定数を充足させていくことが重要だと考えています。

ワークライフバランスを崩さずに組合役員を続けられるには

組合役員の担い手が増えれば任務分担を細分化でき、個々の担う活動領域や関与しなければならない時間も減っていきます。逆に組合役員の担い手の減少は個々の任務分担の質と量を広げるため、現職のワークライフバランスが疎かになり、ますます組合役員に手をあげることをためらわせがちとなります。

担い手が増えない場合、組合活動の総量を見直すことも必要です。私どもの組合では財政面の厳しさを踏まえ、4年前に活動全体を見直しています。持続可能な組合組織に向け、組合役員の負担面も考慮しながら大胆な見直しをはかりました。しかしながら労使課題に際しては決して手を抜けないため、劇的に軽減化されたかと言えばそうでもありません。

そのため、次に重視すべき点は執行部内での相互理解と支え合いです。組合役員それぞれの事情があることを理解し合い、執行委員会等に欠席することをとがめない雰囲気作りに努めています。場合によってプライベートな用事だったとしても、その人の優先順位を尊重し、欠席する理由は問わないようにしています。

皆さんそれぞれが限られた時間を工面しながら組合活動に関わっています。手が回らなかった場合、手助けできる人が中心になって支え合うようにしています。ここ数年、最も長く組合役員を務めている私自身が手助けしやすいため、いろいろ実務面でも支える場面が増えています。

ただ「手を出しすぎ」と言われ、「委員長がいなくなった時、どうするの」と問いかけられる時があります。言われるまでもなく、私自身が退任する時のことをずっと考え続けています。それでも今、限られた人数で組合活動に向き合っている中、手助けが必要な時、力を貸せる人がサポートしていくという関係性も大切なことだろうと考えています。

組合役員に積極的に立候補する人を増やすには

上記2点の問いかけに対する「答え」が立候補者を増やす近道になるものと思っています。内発的動機を高められる達成感のある任務だと認められ、ワークライフバランスに留意した活動であれば手をあげる人たちが増えていくのではないでしょうか。

残念ながら一足飛びにそのようなイメージチェンジがはかれないことを前提に考えていかなければなりません。最も重要な点として「組合は大事、つぶしてはいけない」という認識を組合員の皆さん全体で共有化できるかどうかだと考えています。

役に立たない組合はいらない、その通りです。しかし、私自身、組合役員を長く務める中で「組合は必要、だから絶対つぶしてはいけない」という思いを強めています。このような土台をしっかり築くことを日常的に努力する一方、組合役員の立候補に向けたハードルをどのように下げられるかどうか探り続けています。

今回、私どもの組合役員の改選期にあたり、仕組みの問題を市長らと再確認しました。その確認を踏まえ、 最近の記事「コロナ禍での組合活動、2020年秋」の中で紹介した『組合ニュース』の次の一文につなげていました。

これまで組合役員だった部課長は多く、現在の副市長は組合の会計幹事を4年間担われています。また、他の自治労単組では組合役員が係長や課長補佐に昇任する場合もあります。私どもの組合も例外ではなく、今後、組合役員を担いながら係長に抜擢されることも望ましい流れだろうと考えています。

組合は人事に関与できませんので、あくまでも仕組みの問題として以前から確認してきたことです。組合役員を務めると将来「役所の階段を上がっていけなくなる」と思われていた場合、そのような誤解を払拭するために今回から加えた一文でした。

そもそも組合役員が「やりがいのある任務」なのか、ワークライフバランスが疎かになるような「たいへんな任務」なのか、実際に経験してみなければ判断できません。そのため、活動は無理のない範囲で構わないので立候補して欲しいと要請する場合が少なくありません。

長らく執行委員定数12名を充足できていないため使える言葉ですが、次のような言葉を多用しています。「執行委員に名前を連ねてもらえれば1%から100%の幅で活動できる可能性が広がります。担ってもらえない場合は0%であり、執行委員としての役割の発揮は一切できなくなります」という言葉です。

そもそも私自身の組合役員になったイキサツを振り返りながら「1%から100%の幅」の可能性を期待しています。昨年、学校事務職場から4名の方が執行委員となりました。最初「4人で1人分ですから」と話されていましたが、執行委員会等への出席をはじめ、皆さんそれぞれが充分な役割を発揮されていました。さらに3名の方が引き続き務めてくださることを決めています。

決して「名前だけの立候補」を要請してきた訳ではありませんが、務める限りは「より100%に近い任務の重さを求めるべき」という考え方もあります。そのため、私の言葉は「頑張ろうとしている人たちに失礼で混乱させている」という指摘もありました。

そのような懸念があることも理解していますが、「より100%に近い」を原則とした結果、高いハードルだと思われて立候補を見送られてしまってはマイナスだろうと思っています。今回、保育園職場からの選出のあり方を巡り、執行部側の意見が分かれた場面もありましたが、最終的に複数名の立候補を確認できています。

残念ながら慰留できなかった組合役員が数名いますが、新たに立候補される方のほうが多くなる見通しです。一昨年まで執行委員の数は年々減り続けていました。昨年、久しぶりに増やすことができ、今年は定数12名に届く可能性もあります。いろいろ迷われながら引き続き立候補される方、新たに立候補を決意された皆さん、本当にありがとうございます。

最後に、ARIさんからの問いかけに対して充分な「答え」になったのかどうか自信がありませんが、私どもの組合の現状も含めて説明させていただきました。また何かお気付きの点がありましたらお気軽にコメントをお寄せいただければ幸いです。よろしくお願いします。

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2020年10月10日 (土)

子どもの権利を守るために

木曜の午後、主催者側のプロジェクトの一員として連合三多摩ブロック地協の政策・制度討論集会に参加しました。毎年、この時期に開かれ、これまで当ブログでは討論集会で得られた内容をもとに「子ども・子育て支援新制度について」「保育や介護現場の実情」「脱・雇用劣化社会」「子どもの貧困と社会的養護の現状」「子ども虐待のない社会をめざして」という記事を綴っていました。

三多摩の地で働き、三多摩の地で暮らす組合員の多い連合三多摩は、各自治体に向けた政策・制度要求の取り組みに力を注いでいます。今年も多岐にわたる要求書を全自治体に提出します。その一環として討論集会を企画し、政策・制度要求に掲げている重点課題等について認識の共有化に努めています。

主催者を代表した挨拶の中で議長は「コロナ禍の中、今後、何が必要なのか、気持ちを一つに職場の声こそ労働運動の原点として取り組んでいきたい」という思いを訴えられていました。プロジェクトの主査からは「多摩の未来に夢を」というスローガンを掲げた政策・制度要求の取り組みについて全体会の中で報告を受けています。

今年は新型コロナウイルスの感染対策に万全を期し、直接会場に足を運ぶ参加者を絞り、 Webとの併用開催としていました。最終的に会場参加者77名、 Webでの参加者78名でした。全体会の後、参加者はそれぞれ第1分科会「子どもの権利を守るために私たちができること」と第2分科会「私たちの営みが水害リスクを増大させている~事業継続のために~」に分かれています。

私は第1分科会の内容を後日文書で報告する役割を担いました。この役割を事務局から依頼された時、毎年、ブログで討論集会の内容を取り上げていることをお伝えしていました。さっそく今週末、報告書の下敷きにすることを意識しながら第1分科会の内容を綴らせていただきます。

子どもにとっての最善の利益を

第1分科会「子どもの権利を守るために私たちができること」の講師は「保育園を考える親の会」代表の普光院亜紀さんでした。「親の会」は1983年に働く親のネットワークとして設立され、現在、首都圏を中心に約400名の会員の皆さんが情報交換や意見表明などの活動を進めています。

連合三多摩の討論集会の前日、「親の会」は記者会見を開き、主要100自治体を対象に保育施設の整備状況を調査した結果を公表していました。認可保育所への入所を希望した児童のうち入所が決まった児童の割合を示す入園決定率は2020年度で77.5%にとどまり、依然として2割以上が希望の認可保育所に入ることができていないそうです。

全国待機児童数は減って「保育園に入りやすくなった」と言われていますが、都市部の入園決定率は横ばいであることを普光院さんは伝えています。今回の普光院さんの講演の中で、このような現状の報告を受けながら子どもの育ちに必要な支援はどうあるべきかという論点が提起されています。

子どもを支えているのは家庭以外に職場や地域、行政施策・民間による支援があります。子どもは純粋培養できず、最善の利益を考えていかなければなりません。最善の利益は、飢餓に苦しむ国の子どもと日本の子どもが違うように子ども一人一人様々です。子どもにとっての最善の利益を考える義務が大人にあることは子どもの権利条約の理念とされています。

苦情や事故などから考える質の問題

子ども・子育て支援制度が始まり、認可外の企業主導型保育事業の導入などによって保育施設の量は満たされてきています。企業主導型などを一括りに批判しないように留意した上、普光院さんは苦情や事故などから考える質の問題を取り上げていました。

ゼロ歳児にベビーカステラを与えて喉に詰まらせ死亡させた事例、うつ伏せのまま2時間寝かして死亡させた事例など保育に携わるスタッフの認識不足から重大事故を引き起こしている現状があります。保育室の面積基準を守れない施設も多く、通報されても「基準違反ではない」と取り合わないケースもあるようです。

認可外の保育施設に預けていた子どもから笑顔が消えていました。公立保育園に移ることができ、その子どもは笑うようになって元気が出てきたという話も紹介されました。普光院さんは「質の低い保育は、子どもの心身の育ちに悪影響を与えるという点から、子どもの権利を侵害するもの」と述べています。

普光院さんは人生の始期である保育の大切さを強調されています。乳幼児期は、心身のすべての機能がその最も基本的なところから相互に触発し合って発達する時期だと言えます。英語の録音テープをずっと聴かされていた幼児が失語症になってしまいました。英語を一方的に聞かせるという試みをやめたことで、その子どもに言葉が戻ってきたそうです。

「育つ力」は何かしたい、話したい、言葉を覚えたいという気持ちが大事であり、安定した情緒のもとで子どもの主体性を尊重していくことが重要視されています。飛んだり、跳ねたりすることは運動機能の向上以外にも役立ち、子どもにとって外で遊ぶことが大切なことであるため、普光院さんは園庭保有率に着目されていました。

ただ都市部の認可保育園の園庭保有率は全体的に年々減少しているという報告を受けています。その中で伸ばしていた自治体が3市ほどあり、そのうちの1市が私どもの市だったことを知りました。そもそも地価の高い土地を容易に確保できないという事情がありますが、近隣住民にとって園児の声が騒音とされがちな現状も見過ごせない課題です。

園庭の問題は質疑応答でも取り上げられていました。保育園側と近隣住民の方々との交流する機会を増やし、子どもたちの顔を覚えてもらえれば「可愛くなって騒音ではなくなる」という普光院さんの説明にはたいへん共感しています。加えて、これから報告するような保育の重要性の理解が進めば、もともと1日のうちの限られた時間に過ぎない園庭から聞こえる声も許容されていくのかも知れません。

■保育の質と量の確保は社会全体の利益へ

普光院さんはペリー・プリスクールの社会実験について紹介しています。アメリカのミシガン州の貧困地域で質の高い幼児教育を実施し、受けたグループと受けなかったグループを40歳まで追跡調査していました。その結果、40歳での年収や逮捕歴の数などで受けたグループの優位さが確認されています。

この結果から経済学者のヘックマン教授は「幼児教育は国家にとって最も費用対効果が大きい教育投資である」と指摘していました。付随する研究報告として、教師が計画に沿って直接学力を上げる指導よりも、子ども自ら活動を計画して実行したグループのほうが23歳時点の追跡調査で情緒障害や学校での問題行動などは少なかったとのことです。

教師が直接指導したグループは10歳の時点で他のグループよりもIQで高い値を示しましたが、その後の到達度に大きな違いはありませんでした。直接指導は学校教育への準備として近道であっても、長期的な観点からの社会性の発達を犠牲にしているように見えると研究報告で締めくくっています。

東京大学大学院経済学研究科の山口慎太郎准教授の見解も紹介されています。社会経済的に恵まれない家庭の子どものうち2歳時点で保育所を利用していた子どもの多動性・攻撃性が、利用していなかった子どもより改善していました。そのため「保育の量と質の確保は子どもの権利を保障するとともに社会全体の利益にもなる」と説かれています。

知能指数や学力など計測可能な力が認知スキルです。社会情動的スキルとも言われる非認知スキルは、やり抜く力、意欲、自制心、協調性、社会性、自尊心などが上げられます。非認知スキルは夢中で遊ぶことで育っていきます。両方、相まって発達していくことが欠かせません。認知スキルだけ重視した保育では問題であることを普光院さんは語っています。

保育の質を支える構造として、施設や事業者の質が問われ、国や自治体の責務が重視されていきます。施設の質を左右するのは、施設長や保育士の資質など人材、設備、素材、保護者との信頼関係などが上げられます。事業者の質としては、現場の声を聞き、必要なサポートをできるかどうか求められていきます。

国・自治体は職員配置や施設設備などの適切な基準を設け、指導検査や研修の支援、公費の投入を行なうことが保育の質を支える構造につながります。普光院さんは「幼児教育の無償化も悪くないが、優先順位の問題として保育士の処遇改善が先だったのではないか」と提起しています。待機児対策のためには処遇改善によって保育士不足を解消する必要があると訴えられています。

保育所・こども園は最強の子育て支援機関

普光院さんは「生活の場」である保育所・こども園は最強の子育て支援機関であると評しています。保護者の就労を支え、子どもの日中の生活を支えます。子どもにとって学びの場であり、生活習慣や健康管理を支えることもできます。さらに家庭や子どもの変化に気付き、直接的な支援に結びつけることができる場だと言えます。

相対的な貧困の影響は子どもの貧困を招きがちです。子どもの貧困は若者の貧困、大人の貧困、次世代の貧困につながり、負の連鎖を生じさせかねません。児童虐待によって子どもの命が奪われるという痛ましい事件が後を絶ちません。児童虐待の背景には複合的な要因があるのかも知れませんが、このような負の連鎖のもとに起こっている事例も多いはずです。

普光院さんは公立保育所に求めることを3点上げています。①地域の子どものセーフティネットとして、②多様な保育の支援・指導の担い手として、③非常時の機動部隊としての責務と役割です。民間の保育所も担うべき点がありますが、公立保育所だからこそ率先垂範し、行政内部のネットワーク機能を発揮しやすくなります。

安定した雇用を前提にした公立保育園のベテラン保育士らが巡回支援指導員となり、地域の各施設を訪ねながら質の確保・向上に努めていくことも普光院さんから提案されています。熊本震災の時の公立保育園の活動の紹介もありました。避難所に出向いて絵本を読み聞かせた出前保育、臨時預かり保育、心のケアに関する研修などを行なっていました。

講演の最後に普光院さんは「子どもの権利を保障するために」という見出しのパワポ画面を映しています。そこには「格差、相対的貧困、虐待から子どもを守る」、同調圧力の強いムラ意識や性別役割分担を脱し、多様性を認めた「地域に新しいコミュニティを」、自粛警察や保育園建設反対という声に対して「子ども理解を広げる」、子ども中心、子どもの主体性、子どもの権利の視点を持った「保育・教育の質の確保・向上」と記されています。

そして「大人(事業者や保護者)にお金をばらまくことよりも、子どもが必要とする環境を等しく得られるような施策を。」という言葉で結ばれていました。この後、Web参加者も含めた5名の方からの質疑応答がありました。連合三多摩への報告書には質疑応答の内容も加える予定ですが、このブログ記事はこのあたりで一区切り付けさせていただきます。

最後に

全体を通し、たいへん中味が濃く、貴重な講演の機会に恵まれました。お話を伺いながら「『霞保育園で待っています』を読み終えて」という記事のことが頭に浮かんでいました。私自身も民間で保育園を運営できないと考えている訳ではなく、質の高い民間保育園が少ないと見ている訳でもありません。その上で今回、公立保育園の役割について考えを深められる意義深い講演内容でした。

私どもの市では今年4月、労使合意していた最後の5園目が民営化されました。今後、残された6園の存続に向け、よりいっそう公立保育園の大切さや役割をアピールしていく活動が求められています。そのための参考材料となるお話を伺え、たいへん勇気付けられています。

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2020年10月 4日 (日)

菅総理へのお願い

このブログをいつもご覧になっている方の助言もあり、まだ何も具体的な結果が出ていない新内閣に対し、あれこれ批判するのは早計かも知れないと考えていました。いずれにしても自民党政権だからという条件反射的な批判は控えてていくつもりでした。

以前から述べているとおり「誰が」に重きを置かず、批判するのであれば「何が問題なのか」という具体的な言動や事例を示しながら問題提起や要望を記すように努めています。もちろん私自身の問題意識そのものが必ずしも正しいとは限らず、読み手の皆さん個々人の評価は様々なのだろうという前提での提起やお願いだと言えます。

このあたりについては少しの前の記事「安倍首相へのお願い」の中でもお伝えしていました。また、より望ましい「答え」を見出すためには多面的な情報に触れていくことが欠かせません。そのような意味で、このブログが幅広い情報や考え方を発信していく一つの場になれることを願っています。

前回記事は「コロナ禍での組合活動、2020年秋」というマイナーでローカルな話題でした。今回、再び一転して不特定多数の方々も目にしている時事の話題を取り上げます。トランプ大統領の新型コロナウイルス感染という衝撃的なニュースから私たち公務員にとっての関心事である人事院勧告の最新情報が伝えられていますが、下記報道の話題が最も気になっています。

政府から独立した立場で政策提言をする科学者の代表機関「日本学術会議」が新会員として推薦した候補者105人のうち、6人を菅義偉首相が任命しなかったことが明らかになった。「学者の国会」と呼ばれ、高い独立性が保たれる学術会議の推薦者を首相が任命しなかったのは、現行の制度になった2004年度以降では初めて。

政府は拒否した理由を明らかにしていないが、6人の中には、安全保障関連法や「共謀罪」を創設した改正組織犯罪処罰法を批判してきた学者が複数含まれている。関係者の間では、学問の自由への政治介入との見方が広がっている。

日本学術会議法は「優れた研究、業績がある科学者のうちから会員候補者を選考し、首相に推薦する」と定めており、推薦に基づき首相が会員(210人)を任命する。任期は6年で3年ごとに半数を改選している。

関係者によると、推薦されながら任命されなかったのは、小沢隆一・東京慈恵会医科大教授(憲法学)▽岡田正則・早稲田大教授(行政法学)▽松宮孝明・立命館大教授(刑事法学)▽加藤陽子・東京大教授(日本近代史)▽宇野重規・東京大教授(政治学)▽芦名定道・京都大教授(哲学)――の人文・社会科学系の6人。

学術会議は今年9月末で会員の半数が任期満了を迎えることから、8月31日に6人を含む計105人の推薦書を首相あてに提出したが、9月末に学術会議事務局に示された任命者名簿には6人を除く99人の名前しかなかったという。新会員99人は1日付で任命された。

1日に東京都内で開かれた学術会議総会で、9月30日付で退任した山極寿一・前会長は「(1949年の)創立以来、自立的な立場を守ってきた。説明もなく任用が拒否されることは存立に大きな影響を与える」と危機感をあらわにした。9月30日に、菅首相に対し文書で理由の説明を求めたという。

一方、加藤勝信官房長官は1日の記者会見で「個々の選考理由は人事に関することでコメントを差し控える。直ちに学問の自由の侵害にはつながらない」と述べた。【毎日新聞2020年10月1日

1983年、中曽根元総理は「政府が行なうのは形式的任命にすぎない」と答弁していました。内閣法制局の『法律案審議録』にも「推薦に基づいて会員を任命することとなっており、この任命は形式的任命である」と記され、形式的任命は内閣法制局の審査によって確定された政府統一見解でした。

当時の国会答弁を加藤官房長官は認識しているとした上で、それ以降「専門領域の業績のみにとらわれない、広い視野に立って、総合的・俯瞰的観点からの活動を進めていただくため、そうした改正がなされてきた。そうしたことを踏まえて、これまでもそうしたスタンスに立って任命してきた。今回、結果において推薦に比べて任命された人数が少なくなってきているということだ」と説明しています。

加藤官房長官、学術会議の任命拒否理由を問われ“不明瞭な”答弁(会見詳報)』を確認する限り、納得できる説明責任を到底果たしているとは思えません。加藤官房長官は「政府として判断させていただいた。この判断を変えることはない」と押し通し、菅総理のコメントも「法に基づいて適切に対応した」という一言にとどまっています。

この問題こそ「誰が」どのような主張をしているかどうかではなく、「何が問題なのか」が重要であるため、参考になるサイトの記事タイトルだけ紹介していきます。お時間等が許される際、ぜひ、リンク先のサイトもご覧いただければ幸いです。

学術会議人事介入を重大問題と受けとめる感性を』『菅義偉さん、日本学術会議に介入して面白がられる一部始終』『菅首相が安倍時代もしなかった言論弾圧、「学問の自由」侵害! 日本学術会議の会員任命で安保法制や共謀罪を批判した学者を拒否』『皆さん、この問題を日本学術会議の民営化などの問題にすり替えたり、矮小化したりしないでくださいね』『菅総理による日本学術会議メンバーの任命拒否問題、その論点はどこか?切り分けて整理してみる

仮に日本学術会議側に何か改めるべき問題点があるのであれば、今回の任命拒否を行なう前にしっかり意見交換すべきだったはずです。まして任命のあり方が「形式的」でなくなっていた場合、その時点で合意形成をはかっていなければ不誠実な対応だったと言わざるを得ません。

そもそも内閣法制局とも協議した上、法解釈の変更があったのであれば当事者間の問題にとどまらず、国会への報告も含めた情報公開が求められています。菅総理は国民に丁寧に説明していくことを重視されています。ぜひ、日本学術会議への回答ととも国民に対しても充分な説明責任を果たされるようお願いします。

前々回記事「新しい立憲民主党に期待したいこと」の中で、週刊文春の記事『「菅義偉さん、やっぱりあなたは間違っている」…“左遷”された総務省元局長が実名告発』と慶応大学名誉教授の小林節さんの『「政治に抵抗する官僚は更迭して当然」という大きな誤解』という見解を紹介しました。

左遷された局長は「ふるさと納税の際にはまだ検討の過程で見過ごせない重大な問題があることが分かり、意見を申し上げた次第で菅首相がそれを“政府の政策に反対する官僚”というのであればまともな検討さえもできません」と指摘しています。小林さんは官僚が「政権の下僕」でなく、次のとおり緊張した関係性であることを説いています。

政権交代した与党が、憲法以下の法令と社会状況が変更されていない状況下で、いきなり政策の変更を指示したら、官僚としてはまず「仕事」として抵抗するのが自然である。つまり、政治としては、まず社会状況の変化に関する自己の認識を開陳し、現場の実情を熟知している官僚と合議する必要がある。

もちろん政策が決定した後、その方針に従わないような官僚だった場合、左遷されても仕方ありません。しかし、より望ましい「答え」を見出すための不可欠な議論の過程において異論を唱えたことで、左遷されてしまうようであれば誰も意見具申できなくなります。ふるさと納税には利点もあれば問題点もあり、最後は政治家の判断が優先されたことに異議をはさむものではありません。

しかしながら明らかに間違っている判断だったとしても周囲が政治家を制止できない関係性に至っていた場合、極めて憂慮すべき事態に陥っているものと考えています。そして、多様な意見が耳に入らなくなると、より望ましい「答え」から遠ざかり、結果として私たち国民に不利益が生じることになります。

日本学術会議の任命に際し、政府の考え方に異論を唱えていた候補者を拒んでいた場合、上記のような視点からも非常に残念なことです。加えて、法的な経緯や多様な情報を持っている官僚が声を上げられなくなっているため、このような重大な問題が表出しているのであれば様々な意味で危うさを感じています。

今回の記事を書き進める前に『したたか 総理大臣・菅義偉の野望と人生』を読み終えていました。「はじめに」の4頁が編集部の手で書き加えられた緊急出版であり、本文は2015年以前の内容となっていました。その中で「私は周りにいつも、『耳触りのいい話は上げなくていい。手厳しい話こそ上げてくれ』と言っているんだ」という言葉が目に留まりました。

2013年の年の瀬、著者の松田賢弥さんが取材した時、官房長官だった菅総理が語った言葉です。菅総理へのお願いです。その時、語った思いに偽りがなかったものと信じています。ぜひ、国民のためにも多様な声に耳を傾ける姿勢を強め、官僚や有識者が手厳しい話を萎縮せずに訴えられる懐の深さを示されるよう切に願っています。

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