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2020年8月 8日 (土)

平和を考える夏、いろいろ思うこと

連日、新型コロナウイルスの感染拡大に絡む報道を耳にしています。そのような時期ですが、戦後75年を迎え、戦争と平和を考える特集記事や番組も多く見かけています。広島と長崎への原爆投下、敗戦が伝えられた8月15日、私たち日本人にとって様々な思いを巡らす季節だと言えます。

戦争体験者が少なくなる中、この時期だけでもメディアが力を注ぐことを肯定的にとらえています。このブログでも3年前の夏には「平和への思い、自分史」「平和への思い、自分史 Part2」という切り口で、一昨年は「平和の話、インデックスⅢ」「平和の話、サマリー」「平和の話、サマリー Part2」という総まとめ的な記事を連続して投稿していました。

昨年は「平和の築き方、それぞれの思い」「平和の築き方、それぞれの思い Part2」という記事を綴っています。それぞれの記事を通し、私自身の問題意識を訴え続けています。強調してきた点の一つとして、誰もが戦争は避けたいと願っているはずです。しかしながら戦争を防ぐため、平和を築くための考え方に相違が生じがちな現状について訴えてきました。

「安倍首相が改憲に固執するのは日本の軍事大国化を進め、戦争をする国に変えようという狙いからです」という危機感のもとに『安倍9条改憲NO!改憲発議に反対する全国緊急署名』が取り組まれています。運動の方向性を支持する立場ですが、安倍首相に対する認識や署名を呼びかける言葉としては少し違和感があります。

前述したとおり安倍首相も戦争そのものは避けたいと考えているはずです。さらに安倍首相の考え方を支持している方々も数多い中、署名の取り組みに幅広い支持を得るためには言葉や説明が不足している呼びかけだと思っています。基本的な立場性を問わず、できる限り共感を得られる訴え方の必要性を意識しています。

どれほど実践できているかどうか分かりませんが、このブログでは具体的な事例等を示しながら「何が問題なのか」という論点の提起に心がけています。私自身、憲法9条さえ変えなければ「ずっと平和が続く」と考えている訳ではありません。重視すべきは専守防衛を厳格化した日本国憲法の平和主義であり、その平和主義の効用こそ大切にすべきものと考えています。

国際社会の中で原則として戦争は認められていません。例外の一つに自衛のための戦争があります。集団的自衛権もその名のとおり自衛のための戦争に位置付けられます。国連加盟国は侵略戦争を放棄しているため、建前上は日本と同様、すべて「平和主義」を希求している国だろうと思っています。

そのような中で個別的自衛権しか認めてこなかった平和主義は国際社会の中で誇るべき「特別さ」であり、日本のブランドイメージを高めていました。とりまく情勢の厳しさから改憲の必要性を説く声も耳にします。しかし、あえて他国を刺激しないという「安心供与」や「広義の国防」を重視する道こそ、日本の進むべき道であって欲しいものと強く願っています。

安倍首相は「戦争をする国」をめざしていないはずですが、国際標準の「普通に戦争ができる国」に近付けたいと考えているのではないでしょうか。それに対し、戦争の悲惨さや過酷な歴史を教訓化し、平和を築くために日本国憲法はどうあるべきか、「特別さ」を維持すべきかどうかが問われているものと受けとめています。

最近、東京都知事だった猪瀬直樹さんの『昭和16年夏の敗戦』が新版の文庫として発売されたため、さっそく購入して読み終えていました。リンク先のサイトでは「緒戦、奇襲攻撃で勝利するが、 国力の差から劣勢となり敗戦に至る…。日米開戦直前の夏、総力戦研究所の若手エリートたちがシミュレーションを重ねて出した戦争の経過は、実際とほぼ同じだった」という内容を紹介しています。

裏表紙には「精鋭たちが導き出した日本必敗という結論は、なぜ葬られたのか。日本的組織の構造的欠陥に迫る、全国民必読の書」と書かれていました。 若手エリートたちが示した結論に対し、東條陸相は「日露戦争で勝てるとは思わなかった。勝てる戦争だからと思ってやったのではなかった。戦とは計画通りにいかない。意外裡なことが勝利につながっていく」と反論しています。

確かに専門家の意見や科学的なデータのみで判断できない場面は数多くあろうかと思います。最終的な決断を下すのは政治の責任であり、トップリーダーの役割です。しかし、専門家の意見やデータを軽視し、希望的観測のみで判断することは絶対避けなければなりません。まして「結論ありき」で突き進む過ちは論外だと言えます。

新型コロナウイルスの脅威に直面している今、著者の猪瀬さんは「新版あとがきにかえて」の中で現政権内の意思決定の不透明さを危惧しています。例えば安倍首相の一斉休校の決断がどのようなファクトとロジックに基づいたものだったのか不明瞭さを指摘しています。歴史から学び、教訓を得るためには現在起きていることを記録し、未来へ転送することの重要性を猪瀬さんは説かれていました。

あの戦争がなぜ起こったのかを理解したうえで、「集団的自衛権」を口にしているのか?安倍さんの答弁は、残念ながら私には通り一遍のものにしか聞こえませんでした。ご自身の中で、戦前から戦後に至るまでの過程をきちんと検証され、そのうえでいろいろな発言をなさっておられるのか、どうにも確証が得られなかったのです。

巻末には猪瀬さんと自民党の石破茂さんの対談も掲げられていました。『中央公論』2010年10月号に掲載された内容で、上記は石破さんの発言です。第1次安倍政権の予算委員会で『昭和16年夏の敗戦』を紹介した上、安倍首相に「文民統制」に対する見解を質問した時の印象を上記のように語っていました。

話題は変わり、月曜の朝、JNNの世論調査の結果を『あさチャン!』で知りました。下記報道のとおり安倍内閣の支持率は35.4%で過去最低を記録していました。今後、他のメディアも世論調査結果を発表していくはずですが、安倍内閣の支持率は軒並み下がるのかも知れません。

最新のJNNの世論調査で、安倍内閣の支持率は35.4%と最低を記録しました。また、「GoToトラベル」キャンペーンについて聞いたところ、「使いたいと思わない」と答えた人が77%にのぼりました。

安倍内閣を支持できるという人は、先月の調査結果より2.8ポイント減って35.4%でした。一方、支持できないという人は2.4ポイント増加し、62.2%でした。

JNNでは2018年10月に調査方法を変更したため単純に比較はできませんが、先月に続いて第二次安倍政権発足後、最低の支持率を記録、不支持率が6割を超えたのも初めてです。

新型コロナウイルスの感染防止に向けた政府のこれまでの取り組みについて、「評価する」は26%と、今年2月以降で最低の数字となりました。

中でも、政府が先月22日から東京発着の旅行を対象外としてスタートさせた「GoToトラベル」キャンペーンの是非について聞きました。「評価する」が25%だったのに対し、「評価しない」は66%、キャンペーンを使いたいと思うかについては、「使いたい」は19%にとどまり、「使いたいと思わない」が77%に達しました。

感染者の増加を受けて政府が緊急事態宣言を再び出すべきか聞いたところ、「出すべきだ」は61%、コロナ対応などを話し合うため早期に臨時国会を「開くべき」との声は8割に達しています。

自民党の議員連盟は、動画投稿アプリ「TikTok」など中国企業が提供するアプリについて規制を求める提言を政府に提出する方向です。規制への賛否をたずねたところ、「賛成」が63%、「反対」は17%でした。

敵からミサイルなどによる攻撃を受ける前に敵の基地を攻撃する「敵基地攻撃能力」について、「保有すべきだ」と「保有すべきでない」との声は、それぞれ43%、41%と拮抗しています。【TBSニュース2020年8月3日

新型コロナウイルスの感染防止に向けた政府の取り組みを「評価する」は26%にとどまり、過去最低と言われながらも35.4%という支持率です。かつて20%を切った内閣が多くある中、根強い支持層の多さを感じ取っています。その背景には上記の報道内容に掲げられていませんが、政党支持率の調査結果に関連していることが読み取れます。

自民党が3.8%下げて32%ですが、野党第一党の立憲民主党も0.6%下げて4.5%にとどまっています。共産党のみが1.1パーセント上げて3.5パーセントとなり、それ以外の政党は軒並み支持率を前回より下げています。

より望ましい政治の実現のために「1強多弱」という構図は決して好ましいものではありません。今後の日本の進むべき道の選択肢として憲法の「特別さ」を維持するのかどうかを論点化し、野党が結集して欲しいものと願っています。政党名や護憲かどうかという外形的な問題に固執することなく、内実を重視した大きな方向性が一致した新党の誕生を期待しています。

長い記事になっていますが、もう少し続けます。上記の世論調査で「敵基地攻撃能力」について「保有すべきだ」と「保有すべきでない」との声は、それぞれ43%、41%と拮抗しています。専守防衛の延長戦上にとらえた「敵基地攻撃能力」という説明も加えられていますが、日本国憲法の「特別さ」と照らした時、適切な判断なのかどうか慎重な議論が必要です。

この問題で東京新聞の記者が河野防衛相に「防衛政策の見直しが中国や韓国から充分に理解を得られる状況ではないのではないか」と質問しています。この質問を受け、河野防衛相は表情を変えて「何で了解が必要なんですか。我が国の領土を防衛するのに」と質問した記者を問い詰めていました。

河野防衛相の反論も間違っていませんが、「安心供与」や「広義の国防」につながる日本国憲法の有益さを評価されていないのだろうと推察しています。さらに石破さんが安倍首相に抱いた印象と同様、戦前から戦後に至るまでの過程を充分検証されているのかどうか疑問視せざるを得ない危うさも感じています。

最後に、中国企業が提供する動画投稿アプリ「TikTok」の規制を求める提言について「賛成」63%、「反対」17%で、ここまで賛否の差が広がった結果に驚いています。

中国に限らず、人道や人権を阻害する国は批判の対象とし、自制を求めなければなりません。しかしながら歴史から学び、過去の過ちを教訓化した時、対立を前提にした外交関係は最悪な事態を招きがちです。多面的な情報を把握した上、必要に応じて相手側の言い分にも耳を傾ける姿勢が求められているはずです。

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コメント

ドイツやフランスなどの憲法にも戦争放棄条項は置かれているが、日本の憲法は明らかに「絶対平和主義」を唱えていることが大きな違いですね。

投稿: yamamoto | 2020年8月 9日 (日) 09時57分

こんにちは。
ためいき様がここで提唱している「安心供与」の理論がわたしにはいまひとつ腑に落ちないです。
相手に武力とか自分を脅かす脅威が無ければ安心して侵略することもありそうに思うんですが。

投稿: おこ | 2020年8月 9日 (日) 16時01分

yamamotoさん、おこさん、コメントありがとうございました。

リンク先の下記の記事には「安心供与」等について詳述していましたが、確かに今回記事の中では説明が不足していました。たいへん失礼致しました。

2017年10月14日(土) 広義の国防、安心供与の専守防衛
http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2017/10/post-5dd5.html

まず前提条件となる私自身の認識を改めて説明させていただきます。抑止力の大切さ、つまり個別的自衛権の必要性を認めている立場です。抑止力の対義語として「安心供与」があります。

ちなみに「広義の国防」の対義語は「狭義の国防」であり、ソフト・パワーとハード・パワーという対になる言葉も以前の記事の中で紹介していました。

また、防衛審議官だった柳沢協二さんは、脅威とは「能力」と「意思」の掛け算で決まるものだと話されています。

このような点を踏まえ、以前の記事には下記のような説明を加えていました。お時間等が許される際、引用先の記事本文もご覧いただければ幸いです。

2018年8月11日(土)  平和の話、サマリー
http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2018/08/post-ec7a.html

★以下は上記の記事からの一部抜粋です。

安心供与はお互いの信頼関係が柱となり、場面によって寛容さが強く求められていきます。相手側の言い分が到底容認できないものだったとしても、最低限、武力衝突をカードとしない関係性を維持していくことが肝要です。

抑止力の強化を優先した場合、ますます強硬な姿勢に転じさせる口実を相手に与えてしまいがちです。外交交渉の場がなく、対話が途絶えている関係性であれば、疑心暗鬼が強まりながら際限のない軍拡競争のジレンマにつながります。

それこそ国家財政を疲弊させ、いつ攻められるか分からないため、攻められる前に先制攻撃すべきという発想になりかねません。そのような意味で、攻められない限り戦わないと決めている日本国憲法の専守防衛は、他国に対して安心を与える広義の国防の究極の姿だと私自身は考えています。

『ヒトラーの試写室』という書籍を読み、このブログで紹介した記述があります。ナチスドイツが「武力侵攻すれば占領は困難ではないが、こちらの損害も大きい。戦争を継続する消耗は避けられず、スイス侵攻は得られる成果が見合わない」と判断し、スイス国内には「平和」が広がっていたことを記していました。ここで付け加えるべき記述として、仮にスイスがドイツの敵対国だった場合、攻め込まれてスイス国民や国土は戦火に見舞われていたはずです。

中立国という立場は広義の国防の一つであり、侵攻されない限り軍事力は行使しないという安心供与がスイス国内の「平和」を守ったと言えます。その際、相手国を凌駕する軍事力がスイスにはありませんでしたが、個別的自衛権としての軍備も整えていたため、ナチスドイツ側の発言の通り一定の抑止力が働いたようです。

専守防衛を柱にした安心供与が日本国憲法の平和主義であり、私自身、必要最低限の自衛権の必要性とともにスイスと対比した日本の「特別さ」を感じ取る機会となっていました。

投稿: OTSU | 2020年8月 9日 (日) 20時19分

何があっても他国を攻撃することはないと宣言してるから、他国が攻めてくるなんて、そんなことがあるわけがないと自分に言い聞かせる、性善説に依存した「安心供与」でしょう。

たしかに日本国憲法は、平和的な外交手段が日本の安全保障に最大の効果があり、そのためには戦力の保持や交戦権自体が有害無益と言ってますね。

投稿: yamamoto | 2020年8月11日 (火) 11時56分

yamamotoさん、コメントありがとうございました。

今週末に投稿する記事は「Part2」を付け、今回の内容を少しでも補えればと考えています。ぜひ、これからもご訪問いただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2020年8月15日 (土) 06時06分

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