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2020年8月29日 (土)

憲法9条の論点について

金曜の夕方、安倍首相が記者会見し、持病の潰瘍性大腸炎の悪化を理由に辞任する意向を表明しました。2週続けて慶応大病院に通い、健康不安説が取り沙汰されていましたが、大半の方は続投されるものと見ていたはずです。周囲が思っていた以上に持病の悪化は深刻なものだったようです。

13年前は持病が悪化しながらも、ぎりぎりまで続ける意思を示した結果、内閣改造後の唐突な退陣となっていました。その時の手痛い失敗を教訓化し、今回、より望ましい辞意表明のタイミングを探られていたとのことです。自分自身への後々の評判を意識した配慮だったとしても、任期途中の辞め方として賢明な判断だったのではないでしょうか。

以前の記事「改めて言葉の重さ」の中で、人によってドレスの色が変わるという話題に接した時、安倍首相のことが頭に思い浮かんだ近況を綴っていました。見る人によって、ドレスの色が白と金に見えたり、黒と青に見えてしまうという話を紹介し、安倍首相に対する評価や見方も人によって本当に大きく変わりがちなことを書き残していました。

これまで安倍首相のことを取り上げた書籍を数多く読んできました。同じ出来事や言動に対する評価が著者によって180度違うため、ますます上記のドレスの色のことが頭に浮かび続けていました。そもそも基本的な立ち位置が安倍首相と同じであれば評価する、相反すれば評価できない、当たり前なことかも知れません。

ただ安倍首相の場合は、その評価の落差が人によって極端に枝分かれしていたように思っています。特に憲法や安全保障に対する価値観に対し、評価の枝分かれが顕著だったものと見ています。これまでの憲法9条を支持している方々にとって安倍首相は警戒すべき「敵」であり、改めるべきものと考えている方々にとって安倍首相は頼もしい「味方」となります。

今月「平和を考える夏、いろいろ思うこと」「平和を考える夏、いろいろ思うこと Part2」という記事を投稿していました。その後の前回記事「例年より遅い人事院勧告」の冒頭でもyamamotoさんからのコメントを受け、憲法9条の解釈を巡る記述を掲げました。その記述に対しては、たろうさんから問いかけがありました。

前回記事のコメント欄で私自身の考え方を補足した上で「周辺国との関係性も踏まえ、どのような憲法が国民にとって望ましいのか、戦争を防ぐため、平和を築くためにどのような憲法や安全保障のあり方が望ましいのか」と記し、論点を明確にする一助になれることを願いながら憲法9条について引き続き取り上げていくことを付け加えていました。

さっそく今回の記事で改めて憲法9条について掘り下げてみます。大前提として安倍首相も、安倍首相を支持されている方々も戦争を防ぐため、平和を築くための方策として改憲の必要性を認識されているものと考えています。護憲派は平和主義者で、改憲派は戦争を肯定しているというような短絡的な二項対立の構図を問題視しています。

以前の記事「改めて安保関連法に対する問題意識」「憲法9条についての補足」などを通して私自身の問題意識を詳述していますが、いつも「何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか」という論点の提起に心がけています。仮に憲法9条を改め、いざという時に国際社会の中で認められた「普通に戦争ができる国」に近付けることで、より望ましい平和が築けるのであれば改憲の動きを積極的に支持したいものと考えています。

しかし、そのような軍事的な抑止力、いわわる「狭義の国防」やハードパワーを強める方向性よりも、外交関係や経済交流を活発化させるソフトパワーを強めて欲しいものと願っています。攻められたら反撃しても、攻められない限り戦争はしないという専守防衛の原則こそ「安心供与」という「広義の国防」につながっているものと理解しています。

かつて仮想敵国だったソ連、現在のロシアとは友好的な関係を築いています。北方領土の問題は無人島である尖閣諸島とは比べられないほどの主権や元島民の皆さんの強い思いがありながらも、対話を土台にした外交関係を築いています。その結果、ロシアの核ミサイルの射程範囲に日本も入っているはずですが、北朝鮮に対するような脅威が日本政府から煽られることはありません。

残念ながら北方領土の問題は膠着しています。とは言え、安倍首相がプーチン大統領と信頼関係を構築してきたこと自体は評価すべき点だろうと考えています。中国との関係では香港民主派への弾圧問題によって難しい局面を迎えていますが、国賓として招待することで安倍首相が習国家主席との信頼関係を高めようと努力していた姿勢も評価しています。

憲法9条について掘り下げる記事が、時節柄、安倍首相に絡む内容が多くなっています。今回、制定過程や解釈の変遷について改めて整理してみるつもりでした。さらに敵基地攻撃能力に関しても触れられればと思っていました。いろいろ話を広げながら書き進めてきたため、ここまでで相当な長さとなっています。

初めに想定した内容と大きく異なりますが、もともと「雑談放談」をサブタイトルに掲げたブログですのでご容赦ください。ここからは最も提起したかった内容を中心に書き進めていきます。その上で、さらに安倍首相に関わる話が論点として続きます。

  1. 安倍首相らがすすめる憲法9条などの改憲発議に反対します。
  2. 憲法を生かし、平和・人権・民主主義、生活の向上が実現する社会を求めます。

上記は「安倍9条改憲NO!改憲発議に反対する全国緊急署名」の請願事項です。「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」が呼びかけ、自治労も協力団体の一つです。請願事項の2番目は誰もが賛同できる内容ですが、1番目の文章は少し説明を要する気がしています。

改憲議論そのものは必要と考えている方々に対しても「安倍首相らの進める改憲発議は問題が多いため、ともに反対しよう」という意味合いがあるのかも知れません。思いがけない時期に安倍首相は退任してしまいますが、反対する目的や趣旨は変わらないため、すでに集まっている署名自体が無効にはならないはずです。

憲法9条には様々な論点があるため、結果的に1番目の請願事項はシンプルな文章になったのだろうと推察しています。「戦力は、これを保持してはならない」の解釈の妥当性の議論があります。憲法の文言に沿って現状を合わせるべき、もしくは解釈ではなく、現状に合わせて憲法の文言を改めるべき、つまり自衛隊の位置付けの議論です。

どのように憲法を解釈しても集団的自衛権は一切認められない、一方で時代情勢の変化のもと解釈を変えることができ、限定的であれば集団的自衛権も認められる、つまり安保関連法が違憲かどうかという議論もあります。安保関連法が成立する前、個別的自衛権や自衛隊の位置付けを明記するための改憲発議であれば反対する声も少なかったかも知れません。

このような論点もあるため、集団的自衛権を認めた解釈のもとの自衛隊明記案に反対する「安倍9条改憲NO!」という訴えにつながっているものと理解しています。したがって、安倍首相が退陣した後、安倍首相以外の総理大臣であれば改憲発議に反対しないのかという問いかけがあった場合、集団的自衛権を追認した改憲案には反対していくと答えることになります。

最後に、憲法を変えるべきかどうかという世論調査を行なった際、質問の仕方で結果は大きく変動するはずです。現状に合わせて憲法の文言を改めますかと問われれば「はい」という答えが多くなり、日本国憲法の三大原則の一つである平和主義を改めますかと問われれば「いいえ」が多くなるのではないでしょうか。

いずれにしても憲法9条に沿って日本の安全保障はどのようなあり方が望ましいのか明確な姿を提示した上で、憲法の文言を変える必要性があるのかどうか、まぎれのない選択肢の設定が重要です。改正条項の96条があるのですから、いつかは国民投票を実施する時が訪れるはずです。その際は、国民一人一人の共通理解と覚悟のもとに日本の進むべき道が決められる国民投票であることを願っています。

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2020年8月22日 (土)

例年より遅い人事院勧告

2週にわたって「平和を考える夏、いろいろ思うこと」「平和を考える夏、いろいろ思うこと Part2」という戦争をテーマにした内容を投稿しました。 前回記事に対し、yamamotoさんから日本国憲法9条の解釈を巡るコメントをお寄せいただいていました。

「Part3」という記事タイトルも思い浮かびましたが、今回は公務員にとって関心の高い題材を選んでいます。ちなみにyamamotoさんのコメントには以前の記事「改めて安保関連法に対する問題意識」「憲法9条についての補足」などを振り返りながら次のようにお答えしていました。

確かに自衛権に「個別的も集団的もない」と考える方々も多いはずです。しかしながら私自身は以下のような経緯と解釈のもとの日本国憲法の「特別さ」とその効用を評価しています。

草案の段階で憲法9条に「前項の目的を達するため」という記述はなく、当時の自由党の芦田均委員長の修正によって一文が加えられていました。ただ一文が入った解釈について施行後の国会答弁で、吉田茂元首相は自衛権まで含め「戦争を放棄している」という見解を示していました。

1950年の朝鮮戦争が勃発した頃から憲法9条の解釈は変わり、自衛隊の創設までつながっています。「前項の目的を達するため」以外であれば国家固有の権能の行使として「必要最小限度の自衛権」は認められるという解釈への転換でした。

このような経緯も含め、私自身は個別的自衛権まで認めた憲法解釈を支持する立場です。GHQに押し付けられたというネガティブな気持ちもありません。明治の自由民権運動から連なる日本国内の下地があった点をはじめ、多くの国民から半世紀以上支持されてきた憲法9条の理念や効用を評価しています。

付け加えれば未来永劫、憲法を改めてはいけないと考えている訳ではありません。もし改憲するのかどうかを問うのであれば日本国憲法の「特別さ」を明確な論点にすべきものと考えています。

yamamotoさんの問いかけに的確に答えられたのかどうか分かりません。思った以上に長い説明を加えながら言葉が不足しているのかも知れません。できれば機会を見て、この問題についても記事本文を通して取り上げさせていただきます。

省みると直近2回の記事の中で個別的自衛権と集団的自衛権の峻別等については触れていませんでした。上記の説明も不充分な気がしています。なかなか一つの記事だけで私自身の問題意識をお伝えする「一期一会」の実践は難しいようですが、できる限り努力は尽くしていこうと考えています。

さて、「人事院勧告の話、インデックス」があるとおり毎年8月に人事院勧告に関する内容を取り上げてきています。人事院勧告の時期が例年8月上旬だからです。しかしながら今年は勧告時期が大幅に遅れる見通しです。下記報道のとおり新型コロナウイルス感染拡大の影響で人事院の調査が遅れています。

国家公務員の給与改定に関して例年8月に行う人事院の勧告が、10月以降にずれ込む見通しとなったことが3日、関係者への取材で分かった。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、勧告の根拠となる民間企業の月給に関する調査日程が大幅に遅れているため。

人事院勧告が10月以降となるのは、1960年からの現行制度下で初めて。勧告は都道府県人事委員会などが参考にするため、地方公務員の給与改定に関する自治体の動きにも遅れが出そうだ。関係者によると、今年の月給調査は今月17日~9月30日の日程で最終調整している。【共同通信2020年8月4日】 

国家公務員の賃金水準は毎年8月上旬に示される人事院勧告によって決まります。公務員は争議権など労働基本権の一部が制約されています。その代償措置として人事院や都道府県の人事委員会があり、民間賃金水準との均衡をはかるべく勧告を年に1回行なっています。

今年は新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、例年5月連休前後から始めている民間賃金の実態調査が遅れていました。賞与等の調査は訪問によらない方法で6月29日から先行実施していました。ようやく月例給の調査も8月17日から始まっています。

そのため、今年度の勧告は8月には示せず、10月以降に延びる見通しです。地方公務員賃金水準に直結する都道府県人事委員会の勧告も同様な事情を抱えています。緊急事態宣言が発出されるほどの非常時であり、勧告時期が遅れること自体はやむを得ません。

しかし、労働基本権の代償措置としての役割を負う人事院には客観的で公正な調査や判断が求められています。過去、政権の意向を「忖度」したような判断が見受けられた時もありました。たいへん厳しい社会経済情勢であることも確かですが、政治的な思惑を加味した恣意的な勧告内容であっては問題です。

このような懸念があるため、自治労など公務員・独立行政法人職員・政府関係企業職員の組合で構成する公務員連絡会は人事院総裁あての職場署名行動に取り組んでいました。公務員賃金水準維持や新型コロナウイルス感染症拡大に伴う職務・職場環境の改善を求めた要求事項は次のとおりです。

  1. 2020年の給与改定勧告に当たっては、職員の月例給与の水準の維持を最低として、公平・公正で客観的な官民比較に基づくこと。
  2. 一時金については、精確な民間実態の把握と官民比較を行い、職員の生活を守るために必要な支給月数を確保すること。
  3. 勧告に当たっては、公務員連絡会との交渉・協議、合意に基づき行うこと。
  4. 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、公務職場の実態を踏まえた感染防止や安全確保を強化するとともに、関連業務をはじめとする給与・労働条件を改善すること。また、この間の人事院の対応について、公務員連絡会との交渉・協議による検証と、それを踏まえて改善をはかること。

すでに私どもの組合員の皆さんに対しても署名用紙を職場回覧し、ご協力を求めていました。いったん締め切っていますが、提出漏れがあった場合は至急組合事務所までお送りください。

コロナ禍によって収入が激減し、あるいは仕事を失った方々も多いものと受けとめています。そのため、上記のような公務員連絡会の取り組みは否定的に見られてしまう懸念もあります。それでも労働組合として主張すべき点は主張しながら役割を発揮していければと考えています。

最後に、最低賃金に関する最新の情報が入っています。中央最低賃金審議会が「現行水準維持」という判断を示していたため、わずかな額とは言え、40県が引き上げを決めたことに安堵しています。これ以上内需を落ち込ませないためにも官民問わず、賃金水準の維持向上は欠かせないものと思っています。

厚生労働省は21日、都道府県ごとに決める2020年度の地域別最低賃金について、全国の改定額を公表した。中央最低賃金審議会(厚労相の諮問機関)は7月、「現行水準維持が適当」として引き上げの目安を示さなかったが、40県が1~3円引き上げた。全国平均の時給は現在より1円増の902円となった。10月から順次適用される。

最低賃金は16年度から4年連続で年率3%以上の大幅引き上げが続いてきたが、新型コロナの影響で足踏みした。40県が引き上げに踏み切ったのは「最低賃金の水準が低く、生活するので精いっぱい」といった労働側の意見が重視されたことが背景にあるとみられる。【共同通信2020年8月21日

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2020年8月16日 (日)

平和を考える夏、いろいろ思うこと Part2

前回記事「平和を考える夏、いろいろ思うこと」の中で、どれほど実践できているかどうか分かりませんが、基本的な立場性を問わず、できる限り共感を得られる訴え方の必要性に意識していることをお伝えしていました。一例として、安倍首相が「戦争をする国」をめざしているという決め付けた言い方は控えている点を上げていました。

誰もが戦争は避けたいと願っている中、戦争を防ぐため、平和を築くための考え方に相違が生じがちな現状について提起しています。その上で具体的な事例等を示しながら「何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか」という論点の提起に心がけています。

このような文脈のもと安倍首相は国際標準の「普通に戦争ができる国」に近付けたいと考えているのではないかという言葉につなげていました。私自身の頭の中では「戦争をする国」と「普通に戦争ができる国」の違いが明確に整理されています。

しかし、それぞれの言葉の違いは分かりにくいかも知れません。他国を刺激しないという「安心供与」や「広義の国防」を重視する道こそ、日本の進むべき道であって欲しいものと強く願っています、こちらの記述も同様に分かりにくかったかも知れません。

それぞれリンクをはった以前の記事を通して詳しい考え方を綴っていますが、皆さんが必ずしもリンク先の記事まで閲覧されるものではありません。そのため、できる限りリンク先の記事を参照しなくても分かりやすい記述に努力する必要があります。長い文章がいっそう長くなりがちな点にも注意しながら改めて「一期一会」の心得に努めていければと考えています。

実は前回記事のコメント欄で、おこさんから「安心供与の理論が腑に落ちず、相手に武力とか自分を脅かす脅威が無ければ安心して侵略することもありそうに思うんですが」というお尋ねがありました。先週日曜の夜、取り急ぎコメント欄で私自身の考え方をお答えしていました。

リンク先の記事と同様、記事本文をご覧になってもコメント欄まで目を通さない方も多いものと思っています。前述したとおり新規記事の本文に目を通すだけで伝えたい内容を分かりやすくするためにも、コメント欄でお答えした内容を再構成して今回の記事に掲げさせていただきます。

リンク先の記事「広義の国防、安心供与の専守防衛」等には「安心供与」について詳述していましたが、確かに前回記事の中では説明が不足していました。たいへん失礼致しました。

まず前提条件となる私自身の認識を改めて説明させていただきます。抑止力の大切さ、つまり個別的自衛権の必要性を認めている立場です。抑止力の対義語として「安心供与」があります。

ちなみに「広義の国防」の対義語は「狭義の国防」であり、ソフト・パワーとハード・パワーという対になる言葉も以前の記事の中で紹介していました。

また、防衛審議官だった柳沢協二さんは、脅威とは「能力」と「意思」の掛け算で決まるものだと話されています。このような点を踏まえ、以前の記事「平和の話、サマリー」には下記のような説明を加えていました。

安心供与はお互いの信頼関係が柱となり、場面によって寛容さが強く求められていきます。相手側の言い分が到底容認できないものだったとしても、最低限、武力衝突をカードとしない関係性を維持していくことが肝要です。

抑止力の強化を優先した場合、ますます強硬な姿勢に転じさせる口実を相手に与えてしまいがちです。外交交渉の場がなく、対話が途絶えている関係性であれば、疑心暗鬼が強まりながら際限のない軍拡競争のジレンマにつながります。

それこそ国家財政を疲弊させ、いつ攻められるか分からないため、攻められる前に先制攻撃すべきという発想になりかねません。そのような意味で、攻められない限り戦わないと決めている日本国憲法の専守防衛は、他国に対して安心を与える広義の国防の究極の姿だと私自身は考えています。

ヒトラーの試写室』という書籍を読み、このブログで紹介した記述があります。ナチスドイツが「武力侵攻すれば占領は困難ではないが、こちらの損害も大きい。戦争を継続する消耗は避けられず、スイス侵攻は得られる成果が見合わない」と判断し、スイス国内には「平和」が広がっていたことを記していました。

ここで付け加えるべき記述として、仮にスイスがドイツの敵対国だった場合、攻め込まれてスイス国民や国土は戦火に見舞われていたはずです。中立国という立場は広義の国防の一つであり、侵攻されない限り軍事力は行使しないという安心供与がスイス国内の「平和」を守ったと言えます。

その際、相手国を凌駕する軍事力がスイスにはありませんでしたが、個別的自衛権としての軍備も整えていたため、ナチスドイツ側の発言の通り一定の抑止力が働いたようです。

専守防衛を柱にした安心供与が日本国憲法の平和主義であり、私自身、必要最低限の自衛権の必要性とともにスイスと対比した日本の「特別さ」を感じ取る機会となっていました。

上記の赤字の箇所が前回記事のコメント欄に投稿した内容を少し再構成した私自身のお答えでした。今年の夏も「Part2」にわたりましたが、ここで終われば省力化をはかった記事となります。長々とした記事内容が歓迎される訳ではありませんが、もう少し書き進めながら前回記事の内容を補う機会とさせていただきます。

「普通に戦争ができる国」という言葉について私自身の考え方を改めて説明します。外交の延長線上として宣戦布告さえすれば合法だった戦争が、国連憲章によって第2次世界大戦後は国際社会の中で原則禁止されています。例外として、自衛のためと国連安全保障理事会が認めた場合の戦争だけを合法としています。

集団的自衛権は前者に当たり、同盟国などが武力攻撃を受けた際に共同で対処できるものです。後者は集団安全保障と呼ばれ、国連の枠組みで武力攻撃を行なった国を制裁する仕組みです。ちなみに国連安全保障理事会が「平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間」に限って、国連憲章第51条で集団的自衛権の行使を認めています。

日本国憲法は国際社会の中では異質なものに位置付けられます。これまで専守防衛、個別的自衛権に限って武力行使ができる「特別さ」を守り続けてきました。フルスペックではないという説明を加えているとは言え、安保関連法によって集団的自衛権が行使できるように改められています。

憲法の「特別さ」を維持することは問題であり、いざという時には国際社会で認められた戦争を行使できるように改めていく、このように安倍首相が考えているという見方自体は誤りではないはずです。そのため、安倍首相が戦争をすることを目的にした改革志向ではない点を理解しながらも徐々に「特別さ」を排し、「普通に戦争ができる国」をめざしているのだろうと見ています。

念のため、先ほどスイスの例を上げましたが、決して「自分の国だけ平和ならば良い」という考えではありません。平和国家というブランドイメージが定着できていれば平時において国際社会の場で戦争を抑止する役回りを担えるものと思っています。それこそ「広義の国防」につながり、ソフトパワーを重視した日本の進む道であって欲しいものと願っています。

最近『安倍晋三の真実』という書籍を読み終えています。安倍首相の「海外スピーチライター」であることを明らかにしている内閣官房参与の谷口智彦さんが綴った著書です。書籍の内容紹介には「モリカケ問題など、さまざまの逆風の中でも、〝国益〟を第一に進む安倍総理と、それを支えるチーム安倍の姿が何ひとつ隠すことなく語られている」と記されています。

谷口さんは「(この本を書くことは)安倍総理を失っては国益を害すと信じる強い動機のみによって、導かれてのことです」と語っていました。月に一度、必ず外国に行くと自らに課した安倍首相の「地球儀を俯瞰する外交」については、その使命感に裏打ちされた行動の有益さが子細に掲げられています。

集団的自衛権を行使できるようにした安保関連法の成立によって日米同盟が堅牢なものとなり、よりいっそう抑止力が高まったことを谷口さんは伝えています。安倍首相の動機や目的が「国民のため」であることを信じたいものと思っています。あくまでも冒頭に記したとおり「何が正しいのか、どの選択肢が正しいのか」という論点のもとに安倍首相の判断の是非を評価しています。

首相式辞から「歴史」消える 今年も加害責任は言及せず』の報道のとおり昨日の全国戦没者追悼式で、安倍首相の式辞から昨年まで繰り返し用いてきた「歴史」という文言が消えました。近隣諸国への加害責任は8年連続で触れていません。ある省庁の幹部は「(来年9月の自民党総裁の)任期満了まで約1年で、政治信条を表現したかったのではないか」と語っています。

谷口さんは安倍首相から「戦前、戦中、父祖たちがなした行いに、いったい今を生きる我々が、なんの資格あって謝ることができるというのか。父祖の行為をいつでも謝れると考えるのは、歴史に対する傲慢である」という趣旨の話を聞いたことを著書の中で紹介しています。その章の結びには次のとおり記され、谷口さんは安倍首相の政治信条を絶賛していました。

安倍総理における潔癖は、謝罪によって自分の政治的株価を上げることよりも、内心の自己愛を満足させることも、いずれも決してよしとしません。これこそが、安倍総理が過去父祖たちの時代に起きたことに謝らない、いえ、謝るという行為をなし得ないと考えている理由なのです。安倍晋三という人の真実は、歴史に対するその謙虚さにある。まさにその意味において、安倍総理は、保守主義の真髄を身につけた人である。私は、そう思います。

個々人の思想信条の自由は保障されなければなりません。しかし、日本の総理大臣の信条や振る舞いとして私自身は強い違和感があります。歴史を教訓化し、被害者側の心情に想像力を巡らせば適切な考え方なのかどうか疑問に思います。加えて、安倍首相の周囲には多様な立ち位置の人材が少なく、多面的なチェックが働きづらくなっているような危惧を感じています。

たいへん長い記事になっていますが、最後にNHKスペシャル『渡辺恒雄 戦争と政治 ~戦後日本の自画像~』について触れさせていただきます。内容は下記の紹介のとおりですが、戦争の悲惨さや軍国主義の不条理さを体験してきた方々が、どのように現実の政治の場面に向き合ってきたのかどうかを克明に伝えた番組でした。戦後生まれの政治家が圧倒多数となっていますが、ぜひ、戦争に対する嫌悪感を継承する努力は尽くした上で平和を語って欲しいものと強く願っています。

70年にわたり戦後政治の表と裏を目の当たりにしてきた読売新聞グループのトップ・渡辺恒雄氏、94歳。今回、映像メディアによる初めてのロングインタビューが実現した。証言から浮かび上がるのは、歴代首相の“戦争体験”が、戦後日本に与えた影響である。戦争の記憶が薄れゆく戦後75年目の日本。戦後日本が戦争とのどのような距離感の中で形作られ、現在に何をもたらしているのか。渡辺氏の独占告白から立体的にひも解く。

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2020年8月 8日 (土)

平和を考える夏、いろいろ思うこと

連日、新型コロナウイルスの感染拡大に絡む報道を耳にしています。そのような時期ですが、戦後75年を迎え、戦争と平和を考える特集記事や番組も多く見かけています。広島と長崎への原爆投下、敗戦が伝えられた8月15日、私たち日本人にとって様々な思いを巡らす季節だと言えます。

戦争体験者が少なくなる中、この時期だけでもメディアが力を注ぐことを肯定的にとらえています。このブログでも3年前の夏には「平和への思い、自分史」「平和への思い、自分史 Part2」という切り口で、一昨年は「平和の話、インデックスⅢ」「平和の話、サマリー」「平和の話、サマリー Part2」という総まとめ的な記事を連続して投稿していました。

昨年は「平和の築き方、それぞれの思い」「平和の築き方、それぞれの思い Part2」という記事を綴っています。それぞれの記事を通し、私自身の問題意識を訴え続けています。強調してきた点の一つとして、誰もが戦争は避けたいと願っているはずです。しかしながら戦争を防ぐため、平和を築くための考え方に相違が生じがちな現状について訴えてきました。

「安倍首相が改憲に固執するのは日本の軍事大国化を進め、戦争をする国に変えようという狙いからです」という危機感のもとに『安倍9条改憲NO!改憲発議に反対する全国緊急署名』が取り組まれています。運動の方向性を支持する立場ですが、安倍首相に対する認識や署名を呼びかける言葉としては少し違和感があります。

前述したとおり安倍首相も戦争そのものは避けたいと考えているはずです。さらに安倍首相の考え方を支持している方々も数多い中、署名の取り組みに幅広い支持を得るためには言葉や説明が不足している呼びかけだと思っています。基本的な立場性を問わず、できる限り共感を得られる訴え方の必要性を意識しています。

どれほど実践できているかどうか分かりませんが、このブログでは具体的な事例等を示しながら「何が問題なのか」という論点の提起に心がけています。私自身、憲法9条さえ変えなければ「ずっと平和が続く」と考えている訳ではありません。重視すべきは専守防衛を厳格化した日本国憲法の平和主義であり、その平和主義の効用こそ大切にすべきものと考えています。

国際社会の中で原則として戦争は認められていません。例外の一つに自衛のための戦争があります。集団的自衛権もその名のとおり自衛のための戦争に位置付けられます。国連加盟国は侵略戦争を放棄しているため、建前上は日本と同様、すべて「平和主義」を希求している国だろうと思っています。

そのような中で個別的自衛権しか認めてこなかった平和主義は国際社会の中で誇るべき「特別さ」であり、日本のブランドイメージを高めていました。とりまく情勢の厳しさから改憲の必要性を説く声も耳にします。しかし、あえて他国を刺激しないという「安心供与」や「広義の国防」を重視する道こそ、日本の進むべき道であって欲しいものと強く願っています。

安倍首相は「戦争をする国」をめざしていないはずですが、国際標準の「普通に戦争ができる国」に近付けたいと考えているのではないでしょうか。それに対し、戦争の悲惨さや過酷な歴史を教訓化し、平和を築くために日本国憲法はどうあるべきか、「特別さ」を維持すべきかどうかが問われているものと受けとめています。

最近、東京都知事だった猪瀬直樹さんの『昭和16年夏の敗戦』が新版の文庫として発売されたため、さっそく購入して読み終えていました。リンク先のサイトでは「緒戦、奇襲攻撃で勝利するが、 国力の差から劣勢となり敗戦に至る…。日米開戦直前の夏、総力戦研究所の若手エリートたちがシミュレーションを重ねて出した戦争の経過は、実際とほぼ同じだった」という内容を紹介しています。

裏表紙には「精鋭たちが導き出した日本必敗という結論は、なぜ葬られたのか。日本的組織の構造的欠陥に迫る、全国民必読の書」と書かれていました。 若手エリートたちが示した結論に対し、東條陸相は「日露戦争で勝てるとは思わなかった。勝てる戦争だからと思ってやったのではなかった。戦とは計画通りにいかない。意外裡なことが勝利につながっていく」と反論しています。

確かに専門家の意見や科学的なデータのみで判断できない場面は数多くあろうかと思います。最終的な決断を下すのは政治の責任であり、トップリーダーの役割です。しかし、専門家の意見やデータを軽視し、希望的観測のみで判断することは絶対避けなければなりません。まして「結論ありき」で突き進む過ちは論外だと言えます。

新型コロナウイルスの脅威に直面している今、著者の猪瀬さんは「新版あとがきにかえて」の中で現政権内の意思決定の不透明さを危惧しています。例えば安倍首相の一斉休校の決断がどのようなファクトとロジックに基づいたものだったのか不明瞭さを指摘しています。歴史から学び、教訓を得るためには現在起きていることを記録し、未来へ転送することの重要性を猪瀬さんは説かれていました。

あの戦争がなぜ起こったのかを理解したうえで、「集団的自衛権」を口にしているのか?安倍さんの答弁は、残念ながら私には通り一遍のものにしか聞こえませんでした。ご自身の中で、戦前から戦後に至るまでの過程をきちんと検証され、そのうえでいろいろな発言をなさっておられるのか、どうにも確証が得られなかったのです。

巻末には猪瀬さんと自民党の石破茂さんの対談も掲げられていました。『中央公論』2010年10月号に掲載された内容で、上記は石破さんの発言です。第1次安倍政権の予算委員会で『昭和16年夏の敗戦』を紹介した上、安倍首相に「文民統制」に対する見解を質問した時の印象を上記のように語っていました。

話題は変わり、月曜の朝、JNNの世論調査の結果を『あさチャン!』で知りました。下記報道のとおり安倍内閣の支持率は35.4%で過去最低を記録していました。今後、他のメディアも世論調査結果を発表していくはずですが、安倍内閣の支持率は軒並み下がるのかも知れません。

最新のJNNの世論調査で、安倍内閣の支持率は35.4%と最低を記録しました。また、「GoToトラベル」キャンペーンについて聞いたところ、「使いたいと思わない」と答えた人が77%にのぼりました。

安倍内閣を支持できるという人は、先月の調査結果より2.8ポイント減って35.4%でした。一方、支持できないという人は2.4ポイント増加し、62.2%でした。

JNNでは2018年10月に調査方法を変更したため単純に比較はできませんが、先月に続いて第二次安倍政権発足後、最低の支持率を記録、不支持率が6割を超えたのも初めてです。

新型コロナウイルスの感染防止に向けた政府のこれまでの取り組みについて、「評価する」は26%と、今年2月以降で最低の数字となりました。

中でも、政府が先月22日から東京発着の旅行を対象外としてスタートさせた「GoToトラベル」キャンペーンの是非について聞きました。「評価する」が25%だったのに対し、「評価しない」は66%、キャンペーンを使いたいと思うかについては、「使いたい」は19%にとどまり、「使いたいと思わない」が77%に達しました。

感染者の増加を受けて政府が緊急事態宣言を再び出すべきか聞いたところ、「出すべきだ」は61%、コロナ対応などを話し合うため早期に臨時国会を「開くべき」との声は8割に達しています。

自民党の議員連盟は、動画投稿アプリ「TikTok」など中国企業が提供するアプリについて規制を求める提言を政府に提出する方向です。規制への賛否をたずねたところ、「賛成」が63%、「反対」は17%でした。

敵からミサイルなどによる攻撃を受ける前に敵の基地を攻撃する「敵基地攻撃能力」について、「保有すべきだ」と「保有すべきでない」との声は、それぞれ43%、41%と拮抗しています。【TBSニュース2020年8月3日

新型コロナウイルスの感染防止に向けた政府の取り組みを「評価する」は26%にとどまり、過去最低と言われながらも35.4%という支持率です。かつて20%を切った内閣が多くある中、根強い支持層の多さを感じ取っています。その背景には上記の報道内容に掲げられていませんが、政党支持率の調査結果に関連していることが読み取れます。

自民党が3.8%下げて32%ですが、野党第一党の立憲民主党も0.6%下げて4.5%にとどまっています。共産党のみが1.1パーセント上げて3.5パーセントとなり、それ以外の政党は軒並み支持率を前回より下げています。

より望ましい政治の実現のために「1強多弱」という構図は決して好ましいものではありません。今後の日本の進むべき道の選択肢として憲法の「特別さ」を維持するのかどうかを論点化し、野党が結集して欲しいものと願っています。政党名や護憲かどうかという外形的な問題に固執することなく、内実を重視した大きな方向性が一致した新党の誕生を期待しています。

長い記事になっていますが、もう少し続けます。上記の世論調査で「敵基地攻撃能力」について「保有すべきだ」と「保有すべきでない」との声は、それぞれ43%、41%と拮抗しています。専守防衛の延長戦上にとらえた「敵基地攻撃能力」という説明も加えられていますが、日本国憲法の「特別さ」と照らした時、適切な判断なのかどうか慎重な議論が必要です。

この問題で東京新聞の記者が河野防衛相に「防衛政策の見直しが中国や韓国から充分に理解を得られる状況ではないのではないか」と質問しています。この質問を受け、河野防衛相は表情を変えて「何で了解が必要なんですか。我が国の領土を防衛するのに」と質問した記者を問い詰めていました。

河野防衛相の反論も間違っていませんが、「安心供与」や「広義の国防」につながる日本国憲法の有益さを評価されていないのだろうと推察しています。さらに石破さんが安倍首相に抱いた印象と同様、戦前から戦後に至るまでの過程を充分検証されているのかどうか疑問視せざるを得ない危うさも感じています。

最後に、中国企業が提供する動画投稿アプリ「TikTok」の規制を求める提言について「賛成」63%、「反対」17%で、ここまで賛否の差が広がった結果に驚いています。

中国に限らず、人道や人権を阻害する国は批判の対象とし、自制を求めなければなりません。しかしながら歴史から学び、過去の過ちを教訓化した時、対立を前提にした外交関係は最悪な事態を招きがちです。多面的な情報を把握した上、必要に応じて相手側の言い分にも耳を傾ける姿勢が求められているはずです。

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2020年8月 1日 (土)

コロナ禍での組合活動と役割の発揮

前回記事「ネット議論の現状と課題 Part2」の最後のほうで「積極的な情報開示は住民の皆さんとの信頼関係を高める手段だと考えています」と記していました。自治体行政に限らず、労働組合と住民の皆さんとの関係も同様なことだと考えています。

労使課題において組合の要求や主張が絶対的な誤りであれば再考しなければなりません。そのような意味合いから日常的に発行する組合ニュースの内容は誰が目にしても説明責任を果たせる前提で書かれています。ネット上で不特定多数の方々に発信している当ブログの内容も同様です。

基本的な立場や考え方の違いから批判を受ける場合もありますが、そのことも直近の記事の中で綴っているとおり貴重な機会だととらえています。どのような点が批判されるのか、どのように説明していけばご理解いただけるのか、いろいろな意味で「気付き」の機会につながるからです。

そのため、このブログに組合ニュースの内容をそのまま掲げる時があります。今回、私どもの組合員の皆さんに対する速報的な意味合いを踏まえ、週明けに発行するニュースの内容を紹介します。「コロナ禍での組合活動と役割の発揮に向け 諸課題の改善に向けた労使協議を推進」という見出しを付けた内容です。

新型コロナウイルス感染症が全国的に拡大しています。緊急事態宣言解除後、「新たな日常」に留意しながら組合活動を再開していますが、今後もいっそう感染防止に努めていかなければなりません。このような中、組合執行部はコロナ禍での活動と役割の発揮に向けて検討を重ねています。

12月の職員家族クリスマスパーティーは中止 12月に予定していた職員家族クリスマスパーティーは職員共済会とも相談し、キャンセル料の発生しない時期を考慮した上、残念ながら中止することを決めました。

今年度の職場委員会の開催は難しいものと見ています。11月6日に市民会館小ホールで開く定期大会は今のところ予定通りとしていますが、出席者数を絞ることも検討しています。

一方で、この機会に提起できる新たな制度や組合員の皆さんへの還元策の検討も進めています。第一弾として下記内容の「労働金庫口座開設推奨金振込制度」を創設します。

コロナ関連も協議の対象 現時点で感染防止のための勤務体制の見直しは検討されていません。職員の安全と住民サービスの維持に優劣を付けられませんが、組合は職員の安全面に最大限注意を払っていく立場です。今後の状況に応じては実効ある必要な感染防止の手立てを求めていきます。

以前から組合はリフレ休暇に関する運用改善を要求しています。コロナ禍で取得しづらい中、改めて改善を促しています。その他の課題として、会計年度任用職員制度の確立、36協定遵守の問題、新調理場等の行革計画に対する取り組みなどにも力を注いでいきます。

■ろうきん口座を開設すると2千円振り込みます。

労働金庫(ろうきん)の普通預金口座を開設した際、2,000円をその口座に振り込みます。労金口座開設推奨金振込制度をスタートする今年、すでに開設している組合員の労金口座にも2,000円を振り込みます。

振込を希望される組合員は12月末までに申込書に必要事項を記入し、組合事務所までご提出ください。申請後、1か月以内に振り込む予定です。なお、来年以降も新規開設した際に振り込む継続した制度です。

組合員の暮らしを守るため、労働組合の自主福祉活動の一環として労働金庫を設立しています。財形貯蓄のご案内をはじめ、組合員のために労金活動を推進しているため、これまでも労金口座の開設を推奨してきています。

さらに組合から組合員あてに慶弔見舞金等を振り込む際に労金口座であれば手数料(1件あたり330円以上)がかかりません。労金口座の普及は、このような組合財政面での利点があることもご理解いただければ幸いです。

ぜひ、お持ちでない方はこの機会に開設くださるようお願いします。口座を新規開設される組合員は下記申込書の「□労働金庫の普通預金口座の新規開設を希望します」にチェックしてください。開設に必要な書類をお送りします。ご不明な点は組合事務所までお問い合わせください。

新型コロナウイルス感染症の影響で今年度、上記ニュースに掲げた職員家族クリスマスパーティー以外に日帰りバス旅行や三多摩メーデーなども取りやめています。それらの取り組みに伴う支出がなくなる分について代替的な組合員への還元策の検討を執行委員会の中で進めていました。

中長期的に組合財政が厳しい中、一過性の還元策にとどめない検討を重視した結果、労働金庫の口座を開設した際に推奨金を振り込む制度が決まりました。もう少し大きな額も検討しましたが、この制度を利用しない方々のことを念頭に置き、2千円となりました。さらに第一弾と位置付け、引き続き別な切り口からの還元策の検討を進めています。

昨年11月の定期大会時に示していない制度創設であり、大きな額の予算の組み替えを伴うため、本来、職場委員会に諮りたい事案でした。ただ上記ニュースのとおり職場委員会の開催は見合わせています。会議室での開催になるため「密閉」「密集」「密接」という3密が避けづらいためです。

そのため、今回の制度創設にあたっては執行委員会段階で判断していることをご容赦ください。なお、今回の案は協力委員の皆さんにも提示し、いろいろご意見をいただいていました。ちなみに定期大会の会場は200人以上入れるため、3密に注意しながら予定通り開催できればと考えています。

組合予算の組み替え等の話から先に入りましたが、労使課題の改善に向けた取り組みがコロナ禍でも組合として最も発揮すべき役割です。上記ニュースに掲げた課題一つ一つ重要なものであり、補足説明を加えていくと相当な分量が必要となるため、今回の記事で詳述することは見合わせます。

その中でコロナ関連に絞り、もう少し書き進めてみます。実は前々回記事「ネット議論の現状と課題」のコメント欄で、ぱわさんから次のような問いかけがありました。2回に分かれたものですが、まとめて紹介した後、私自身の考え方を改めて掲げさせていただきます

コロナ感染者数が増え続けています。感染者が若い人で症状が軽いからとか重症者が少ないからとの理由で緊急事態宣言は出ていませんが、感染リスクは4月の緊急事態宣言時と同じかそれ以上だと思います。

組合としては交代制勤務再開などの提案はしないのでしょうか?夏場になり、マスクをしているだけで体力が失われます。また通勤時の感染リスクなどで精神的にも気を使います。安全衛生上からも交代制勤務の再開を希望します。よろしくお願いします。

どのような状況になったら勤務体系の変更を協議してもらえるのでしょうか?毎日のコロナ感染者数を聞くと増加ばかりで減る要素はないと思われます。緊急事態宣言のような国レベルからの通知がないと交渉できないのでしょうか?

職員の働き方や安全面の対策として、新型コロナウイルス感染症に絡む事項の多くは労使協議の対象だと言えます。6月に開いた安全衛生委員会で議題として取り上げ、緊急事態宣言期間中の勤務体制を検証することで今後の望ましい対応策を探っています。

もちろん感染拡大が収束した訳ではないため、緊急事態宣言の有無に関わらず必要な勤務体制のあり方について検討していくことも欠かせません。緊急事態宣言解除後も民間企業の一部では在宅勤務が継続していることを耳にしています。感染予防にとって一歩も外出しない勤務体制が望ましいことは間違いありません。

しかしながらエッセンシャルワーカーと呼ばれる方々の職場と同様、自治体職場としてそのような体制は想定できません。したがって、宣言解除後は時差勤務の拡大運用等、感染対策のための例外的な勤務体制を残している程度にとどまっています。再び感染者数が急増していますが、今のところ勤務体制の見直しは検討対象となっていません。

組合として感染リスクが低減する交代制勤務の意義を評価している立場ですが、「一歩も外出しない勤務体制」に比べれば絶対的な効果が期待できない点も認識しています。さらに「新しい日常」のもとに社会経済が動き出し、現時点で自治体業務の極端な縮小は難しいものと考えています。そのため、通常業務の範囲のまま半数の職員で対応していくことの負担等も重く見ています。

このような答えが交代制勤務の再開を切望されている方々の思いに反し、職員の安全よりも業務継続を優先しているように見られないかどうか懸念しています。誤解のないように強調させていただきますが、決して感染症対策を軽視している訳ではありません。このような懸念があるため、今回の記事本文や組合ニュースの中で取り上げています。

「職員の安全と住民サービスの維持に優劣を付けられませんが、組合は職員の安全面に最大限注意を払っていく立場です。今後の状況に応じては実効ある必要な感染防止の手立てを求めていきます」という言葉を少し補足します。職員の「安全」を「命」という言葉に置き換えれば当たり前な考え方だと言えます。

ただ医療従事者が患者と向き合う業務において、自分の「安全」「命」と患者の「命」に優劣を付けられません。つまり同例で比べられない重要性の中で、組合は業務継続と職員の安全面を並立で検討を求めていく立場です。さらに組合員の皆さんの切実な声を背にすることで、業務継続が優先されないように注視していきます。

組合としては交代制勤務も選択肢の一つとして、今後の感染状況を見定めながら組合員の皆さんの安全や安心のために絶対欠かせない感染防止の対策だと判断した場合、その実施を市側に強く迫っていくつもりです。最後に、このような対応こそがコロナ禍で期待されている組合の重要な役割だと考えています。

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