« 緊急事態から新たな日常へ | トップページ | 都政の現場、新知事へのお願い »

2020年6月27日 (土)

政治の現場での危機管理

前々回記事「スクープを追うマスコミの特性」の冒頭、突出したスクープを放てる読売新聞の連載記事『政治の現場 危機管理』は様々な意味で興味深く、このブログの題材として取り上げることを予告していました。先週は「緊急事態から新たな日常へ」としましたが、今週末に投稿する新規記事で予告した題材を取り上げてみます。

「総理大臣や官房長官、与党幹部に食い込んだごく一部の記者を指す」というトップリーグの存在はフィクションなのかも知れませんが、政府・与党関係者に知らされていない情報を読売新聞が頻繁にスクープしていることは事実です。そのため、首相官邸に深く食い込んでいる読売新聞の記者が存在していることは間違いないのだろうと見ています。

最近の記事「安倍首相へのお願い」「『首都感染』を読み終えて」を通し、現政権に対する辛口な感想をいくつか添えていました。いつもの述べているとおり決して「批判ありき」の論調とせず、具体的な言動や事例を示しながら問題点を指摘するという組み立てを心がけています。このような心構えのもと事実関係に沿って物事を評価していくためにも連載記事『政治の現場 危機管理』に注目していました。

読売新聞は政権に近く、「御用新聞」であるように見られがちです。スクープをつかむためには権力者の懐に入り込むことが有効です。 権力者が嫌がる記事ばかり書く記者は疎んじられ、遠ざかれてしまうはずです。なるべく嫌がる記事は書かない、もしくは表現に配慮する、トップリーグの一員には欠かせない権力者との距離感なのかも知れません。

このような関係性の記者が多ければ「御用新聞」と呼ばれがちとなりますが、特大のスクープや政権中枢の機微を的確に伝えるためには一定程度必要な方策だとも言えます。しかし、権力者から都合良く使われるだけの媒体になってしまうようであればマスメディアとしての存在意義を疑われることになります。

連載記事『政治の現場 危機管理』はトップリーグの一員に目されるような記者が中心となって綴っていることを前提に目を通していました。連載を通した全体的な感想として、政権批判につながるような「ありのまま」を伝えようとする記者の矜持が見受けられた一方、安倍首相のリーダーシップや奮闘ぶりを好意的に取り上げている記述も散見していました。

公明党や野党の動きについても『政治の現場 危機管理』の中で取り上げていました。今回のブログでは主に安倍首相の言動や判断に焦点を当てながら政権中枢の危機管理のあり方として、どのような動きや問題点があったのかどうか振り返ってみるつもりです。

連載第1回目の見出しは「首相の決断 菅氏不在」でした。4月7日に7都府県に緊急事態宣言を発令した直後、安倍首相は関係省庁との連絡会議で「宣言を全都道県に拡大すればいいじゃないか」と発言していました。この発言に菅官房長官をはじめ、出席者はあっけにとられたことを伝えています。

安倍首相が2月下旬に学校の一斉休校を打ち出した際も菅官房長官は蚊帳の外であり、減収世帯への30万円給付という政策にも菅官房長官を絡ませていませんでした。新型コロナウイルスという未知の脅威にさらされるまで官邸の危機管理は菅官房長官と事務方トップの杉田和博官房副長官が主に担ってきました。

政権の屋台骨である菅官房長官は「首相と判断が違ったことはない」と豪語していたそうです。新型コロナウイルスという危機管理の局面で、二人三脚だった安倍首相と菅官房長官との関係性から安倍首相の独壇場に官邸内力学が変化していました。この背景には「ポスト安倍」を巡る安倍首相と菅官房長官との温度差があるものと見られています。

第2回目の見出しは「読めぬ民意 発信不発」でした。 全戸への布マスク2枚配布は首相周辺が発案し、安倍首相自身も「いいと思った」とのことです。外出自粛を呼びかける動画を星野源さんのSNSに投稿した際は「若者に受けますよ」と首相秘書官の一人が持ちかけていました。

旬外れの布マスクは「アベノマスク」と揶揄され、動画は休業や自宅待機で先の見えない生活に苛立つ多くの人々の神経を逆なでしたと記されています。国民の多くが「新型コロナウイルス対策は後手に回っている」と不満を募らせていることを連載記事の中で伝えていました。

安倍を前面に出せば批判の矛先が集中し、安倍の露出を抑えようとすれば「トップの顔が見えない」とたたかれる。首相官邸のリスクコントロールは、袋小路に迷い込んだ感すらある。

上記の記述の後、安倍首相が「民意」のありかをつかみ損ねた危うさを自覚し、「世の中の声が官邸に伝わりにくくなっている。真剣に反省しないといけない」と側近の一人につぶやいていたことを明かしています。第2回目までの連載記事を読み、新型コロナウイルスに対する官邸の危機管理の迷走ぶりや問題点を率直に伝えているという印象を持ちました。

さらに危機管理における菅官房長官の力量に比べ、安倍首相の独壇場の危うさを浮き彫りにしているような底意も感じ取っていました。それでも連載記事全体で見れば、肯定的な評価につながる安倍首相の言動を紹介する記述も随所に目立っていました。

安倍首相自身は情報発信に意欲的で、記者会見の司会役の長谷川栄一内閣広報官に「どんどん質問者を当てればいい。自分が倒れるまで、質問に答える」と漏らしていたことを伝えています。しかし、周囲のスタッフが他の公務との兼ね合いを考慮し、記者会見の時間を区切っていると説明していました。

新規感染者が増加し、病床確保の動きが鈍かった際、安倍首相自ら軽症者の受け入れ先となるホテルの確保に動いていたことも伝えています。どこのホテルも風評被害を恐れて自発的に手を挙げてくれるとは思えなかったため、アパホテル・グループの元谷外志雄代表に直談判したとのことです。

一方で、事実関係としてその通りなのかも知れませんが、厚生労働省の判断の甘さや対応の不手際に関する記述が連載記事の中で目に付きました。当初、厚生労働省が「ウイルスはインフルエンザみたいなもの」という甘い見立てを上げていたため、官邸の水際対策が立ち遅れたと伝えています。

厚生労働省が新型インフルエンザ対策特別措置法に基づく「新感染症」に指定できないと結論付けたことをはじめ、中国武漢からの帰国者の検疫時の停留に猛反発していたことも明かしています。厚生労働省が停留に及び腰だったのはマンパワー不足のため、手間のかかる仕事に労力は割けないという事情があったようです。

政府関係者が「厚労省は何をやるにせよ、今までと違うことを極度に嫌がる」と半ばあきらめ顔で語っていたことを伝えていました。どのレベルの政府関係者なのか分かりませんが、そもそも平時から限られた人員で膨大な厚労行政に追われて「強制労働省」と呼ばれている実情を重く認識しなければならないはずです。

連載の最終回では新型コロナウイルス感染症対策の総合調整にあたる行政組織が事実上なかったことを伝えています。武漢からの帰国者対応に内閣官房の危機管理の事態室が成り行きで当たることになり、感染症の知見を持つ医系技官もいない中、戸惑いながら職員は忙殺されていました。このような不充分さが事態室の職員の自殺を招いていたとしたら痛恨の極みです。

『政治の現場 危機管理』は問題視すべき点をしっかり取り上げているため、読売新聞の取材チーム自体は政権との距離感やバランス感覚に留意していることがうかがえました。そのような連載記事の中でも首相官邸からの情報が手厚く、前述したとおりトップリーグの一員に目されるような記者の姿も想像しながら目を通していました。

最後に、水曜日に専門家会議の廃止が唐突に発表されましたが、この判断が正しかったのかどうか疑問です。いずれにしても新型コロナウイルスに対する危機管理は道半ばです。今後より望ましい判断や対策がはかられていくことを強く願っています。

|

« 緊急事態から新たな日常へ | トップページ | 都政の現場、新知事へのお願い »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 緊急事態から新たな日常へ | トップページ | 都政の現場、新知事へのお願い »