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2020年6月 6日 (土)

『首都感染』を読み終えて

1か月前の記事「最近、読んだ本」の中で緊急事態宣言が発出された後、外出を自粛しているため手にする書籍の数が増えていることを伝えていました。いつも立ち寄る書店の感染症関連書籍の特設コーナーでは『復活の日』と『ペスト』を購入し、その2冊をブログ記事で取り上げていました。

実は高嶋哲夫さんの小説『首都感染』に興味がありましたが、その日の特設コーナーでは見つけることができませんでした。現在の事態を予見したような内容が評判になっていたため、売れ切れていたのかも知れません。そのうち手にすることができるのだろうと思い、予約注文もせず、特に探し回ることもしませんでした。

先日、雑誌が並ぶコンビニの書架で『首都感染』を見かけ、すぐレジに持ち込みました。アマゾンのカスタマーレビューでは星4つ以上が9割近くを占めています。読み終えた私自身の感想としても期待を裏切らず、たいへん面白い書籍だったと言えます。とりわけ現在進行形の新型コロナウイルスの問題と対比し、いろいろな思いを巡らすことができました。

20××年、中国でサッカー・ワールドカップが開催された。しかし、スタジアムから遠く離れた雲南省で致死率60%の強毒性インフルエンザが出現! 中国当局の封じ込めも破綻し、恐怖のウイルスがついに日本へと向かった。検疫が破られ都内にも患者が発生。生き残りを賭け、空前絶後の“東京封鎖”作戦が始まった。

上記はブックカバーにも掲げられている書籍の紹介文です。後付けの説明には2010年12月に書き下ろし作品として刊行されたことが記されています。ただ本文中に東日本大震災の記述もありました。そのため、2013年の文庫本化にあたり、少し手を加えられたように見受けられます。

いずれにしても人々が感染症の怖さを忘れた頃に『首都感染』は執筆されていました。文庫本の解説で書評サイトHONZ代表の成毛眞さんが「高嶋哲夫さんはじつは小説家などではなく、予言者なのではないか」と語っています。私自身、高嶋さんの作品に詳しくなかったため、成毛さんの次の解説を読んで驚きました。

東日本大震災の6年前に『TSUNAMI』を発表したことは驚くべき先見性のあらわれです。この小説は東海大地震によって発生した津波をテーマにしているのですが、その津波の高さは20メートルに達し、小説のなかの架空の原発では冷却ポンプが停止、メルトダウンの直前まで事態は悪化するのです。

小説を読んだときにはそんなバカなことが起こるわけがないと思ったのですが、いまはそれ以上のことが現実に起こってしまったことを知っています。これだけを見ると高嶋さんが予言者に見えておかしくはありません。

そして今、新型コロナウイルスの脅威に全世界が覆い尽くされています。『首都感染』は小説という形を取っていますが、医学や科学的なデータをもとに想定された様々な出来事が描かれています。荒唐無稽な絵空事ではなく、いつ起きてもおかしくないという現実感のある物語に読者を引き込んでいます。

巨大津波による原発事故を予見した高嶋さんは10年前から新型ウイルスのパンデミックについて警鐘を鳴らしていたことになります。現実のコロナウイルスは致死率60%に及ばないため、今のところ不幸中の幸いなところもあります。しかしながら今後変異し、小説同様、あるいはそれ以上の猛威にさらされる恐れも決してゼロではありません。

小説を読み終えて印象に残った箇所をいくつか紹介していきます。2008年4月に投稿した「新型インフルエンザ」という当ブログの記事の中で、WHO(世界保健機構)が「新型インフルエンザは、起こるか起こらないのかの問題ではなく、いつ起こるかの問題だ。明日起こっても不思議ではない」と警告していることを紹介しました。

翌年5月の記事「憲法記念日に思うこと 2009」の冒頭では「あれから1年、予期していた鳥ではなく、豚を感染源としてパンデミック(世界的大流行)の一歩手前となる警戒レベル、フェーズ5の脅威に私たちは直面しています」と記していました。

豚インフルエンザのその後の顛末については『首都感染』の中で「世界を一巡したウイルス災害は50万人以上の死者を出して、終息した。これは季節性インフルエンザとほぼ同じ数だ」と綴られています。「日本での死者は約1万人、例年並みの被害で終わったわけですな。あの騒ぎは何だったのでしょうかな」と財務大臣が皮肉を込めて言い、大打撃を受けた経済の落ち込みを問題視した場面があります。

実際に振り返ってみても豚インフルエンザによって深刻な被害を受けたという記憶は刻まれず、今回、新型コロナウイルスが取り沙汰された初期の段階での危機意識の薄さにつながっていたように思っています。政府関係者も含め、大多数の日本人が同様であり、このような過去の経緯から認識が甘くなり、入国規制等の初動の遅れにつながっていたのではないでしょうか。

小説の中でも空港閉鎖等の是非を協議する場面では外交問題や経済損失を心配する閣僚が多く登場します。主人公はWHOのメディカル・オフィサーだった感染症の専門家である内科医です。政府の新型インフルエンザ対策本部の一員となり、踏み込んだ対策に消極的な閣僚たちを説得しながらウイルスの封じ込めに全力を尽くしていきます。

「国として最も有効な対策は何だね」という閣僚からの問いかけに対し、主人公は「感染経路を断つことです。感染経路としては、飛沫感染と接触感染、空気感染などがあります。今回の感染は主に前の二つです。この二つを断つことが第一です」と答え、次のような説明を加えています。

不特定多数の人が集まる所には行かない。それには、不要不急の外出を避けることがいちばんです。やむをえず人に会うときには、対人距離をしっかり保つことです。飛沫は1メートルから2メートル以内に飛び散ります。

それに、手洗い、うがいを徹底する。咳エチケットはご存知でしょう。くしゃみするときにはティッシュで覆うとか、マスクをするということです。マスクは自分のためでもありますが、他人のためでもあるのです。

上記の心得について感染症対策では以前から常識だったことが分かります。主人公の尽力によって国際社会の中で賞賛される徹底的なウイルスの封じ込めを続けます。中国から帰国した感染者はホテルに隔離していました。しかしながら感染経路の不明な感染者を都内で確認し、主人公は都市封鎖の必要性を提起します。

「大都市の封鎖など夢物語だ」という反対意見が多い中、封鎖しなかった場合は日本国内で2千7百万人の命が失われ、封鎖が完璧に行なわれると死者は3百万人という試算を示します。封じ込められた都民に犠牲を強いることになりますが、感染を拡大させない地方から必要な物資等を東京に送ることができる点も主人公は説明します。

都市封鎖、最近はロックダウンという言葉を耳にします。夢物語でも、小説の中の話ではなく、現実の世界で実際に行なわれています。ますます高嶋さんを「予言者」と呼ぶべき事態が進行していました。幸い日本はロックダウンまで至らず、今のところ医療崩壊を回避でき、緊急事態宣言も全面解除しています。

国際社会の中で日本の対策は「ミラクル」という評価を受けています。政府内に『首都感染』に登場するような傑出した知識と経験に裏付けされた提言を信念を持って繰り出す専門家も、専門家の提言に応える識見と決断力を備えたリーダーも見受けられず、的確な対策が迅速に打ち出されていた訳ではないのにも関わらず、一定の結果が表れていることに驚きと賞賛が集まっているようです。

小説は悲惨な場面が描かれながら都市封鎖の成果も伝えています。しかしながら都市封鎖自体は感染拡大を防ぐための手立てに過ぎず、パンデミックから抜け出すためには効果的なワクチンや治療薬の開発が欠かせないことを強調しています。

そのような流れで物語が進む中、心地良い読後感で終われることだけは申し添えさせていただきます。最後に、小説の中に登場するWHO事務局長がパンデミックの終息を宣言した時の言葉の一部を紹介します。ぜひとも、現実の世界での大国の指導者がしっかり受けとめて欲しい言葉だと思っています。

20世紀の戦争では世界を滅ぼす可能性のある爆弾も使用され、膨大な数の戦死者を出してきました。しかし、この数ヵ月間において人類は、その最大の戦争をも遙かに上まわる不幸な出来事を経験しました。人類の敵は人類ではなく、肉眼では見ることも出来ない、意思も持たずただひたすら自己の増殖を続けるウイルスでした。

このパンデミックは、私たちは私たち同士による愚かな争いに力を使い、心を悩ませるのではなく、心を一つにしてさらに強力な敵に向かう準備をすべきだという教訓を残してくれました。今後も人類はどのような試練が立ちふさがろうと、克服できると信じます。私たちは希望という言葉を人類共通の武器として進んでいくことでしょう。

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