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2019年11月 2日 (土)

トヨタの労使交渉

昨年3月に「人事・給与制度見直しの労使協議」という記事を投稿していました。その中で長期主任職の選考方法の見直しが提案され、労使で見解が分かれていたことを伝えていました。前回記事「会計年度任用職員制度、労使合意」の冒頭に「労働条件の変更は労使協議を尽くし、合意が得られない限り一方的に実施しない」という確認について触れていました。

長期主任職の選考方法の見直し提案も昨年度中に合意は得られず、年度を越えた継続課題としてきました。今年度、改めて市側から見直したいという意向が示され、職場委員会資料等で組合の問題意識を組合員の皆さんに詳しく伝えながら労使協議を重ねてきました。

長期期主任職はベテラン職員を処遇するポストとして、能力評価を重視した短期主任職の選考とは峻別し、人物評価を基本としたレポート提出での選考が望ましいものと考えています。その考え方に変わりありませんが、試験会場方式に見直す提案に対しても強い反対意見が寄せられない中、市側の提案通り今年度から見直すことを労使合意する運びとしています。

合意するにあたり、これまでのレポート提出と同様、複数の設問を事前に示した上での作文試験のみとし、合格基準を上げるものではないことを確認しています。さらに受験日に病気等の事情で受けられなかった場合、救済措置を設けることも確認しています。

これまで「人事評価の話、インデックス」という記事があるとおり人事評価制度に関する記事を数多く投稿しています。労働組合は人事に関与できず、当局側の責任事項です。一方で、賃金水準に直結する人事や給与の制度面の問題は労使協議の対象としています。そのため、このブログで取り上げる機会も多くなっています。

労使協議に臨む組合の立場や考え方として、公務の中で個々人の業績評価は取り入れにくい、役職や職種に関わらず職員一人ひとりが職務に対する責任を自覚している、常にモチベーションを高めていけるような人事制度が欠かせない、仮に人事評価制度の導入によって多くの職員の士気を低下させるようでは問題である、このような点を訴えながら慎重な姿勢で人事制度の変更に対応してきました。

さらに組合員の生活を維持向上させる役割が求められているため、人事制度の見直しによって賃金水準が極端に下がらないような仕組みに向けて留意してきました。「頑張っても頑張らなくても同じ給料」という不本意な見られ方をされないように注意しなければなりませんが、このような立場や経緯のもとに長期主任職の導入を合意してきています。

記事タイトルに掲げた話題につながるため、まず私どもの組合活動の近況をお伝えしています。私どもの組合も含め、労働組合は組合員全体の賃金水準の底上げをはかることを重視するため、労働者間で競い合わせ、賃金に大きな格差を生じさせるような人事制度に消極的だと一般的には見られているはずです。

このような見方があるため、先日、同じ職場の組合員から「トヨタの労使交渉が面白いですよ。労使の立場が逆になっています」と声をかけられました。当ブログを定期的にご覧になっている方であり、私からは機会を見てブログで取り上げることを約束していました。面白いと評されたトヨタの労使交渉は日経ビジネスの特集『トヨタ前代未聞の労使交渉、「変われない社員」への警告』で詳しく伝えていました。

トヨタ自動車は10月9日、秋季労使交渉を開催した。「春季」の労使交渉で決着が付かず、延長戦を実施するという異例の事態だ。結果は、労働組合側が要求したボーナス(一時金)は満額回答となったが、その背景にはトヨタの大きな危機感がある。これまでトヨタは、年功序列や終身雇用といった「日本型雇用」の象徴的存在と見られていたが、その同社ですら今、雇用の在り方を大きく見直そうとしている。

日経ビジネスは10月14日号の特集「トヨタも悩む 新50代問題 もうリストラでは解決できない」で、抜本的な修正を迫られている日本型雇用の実態と、新たな雇用モデルをつくろうという日本企業の挑戦を取材している。あわせてお読みいただきたい。

10月9日、トヨタ自動車で「秋季」労使交渉が開かれた。1969年に年間ボーナス(一時金)の労使交渉を導入してからこれまで、延長戦に突入したことは一度もない。 異常事態である。ふたを開ければ満額回答で、冬季の一時金を、基準内賃金の3.5カ月、2018年冬季比16%増の128万円にすると決めた。日経ビジネスは半年間にわたる延長戦の内実を取材。満額回答に至る裏側で、トヨタの人事制度がガラガラと音を立てて変わろうとしていた。

春の交渉では、労使のかみ合わなさがあらわになった。13年ぶりに3月13日の集中回答日まで決着がずれ込み、結局、一時金について年間協定が結べなかった。「夏季分のみ」という会社提案を組合がのみ、結論を先延ばしにした格好だ。きっかけは、その1週間前だった──。

3月6日に開かれた第3回の労使協議会は、異様な雰囲気に包まれていた。「今回ほどものすごく距離感を感じたことはない。こんなにかみ合っていないのか。組合、会社ともに生きるか死ぬかの状況が分かっていないのではないか?」。緊迫感のなさに対して、豊田章男社長がこう一喝したからだ。組合側からの「モチベーションが低い」などの意見を聞いての発言だが、重要なのはそのメッセージが、非組合員である会社側の幹部社員にも向けられた点にある。

労使交渉関係者は次のように証言する。「社長は、若手が多い組合側よりも、ベテランを含むマネジメント層に危機感を持っていたようだ」 豊田社長の発言を受けて急きょ、部長などの幹部側が集まった。危機感の不足を議論し共有するのに1週間を要した。これが、会社回答が集中日までずれ込んだ理由の一つだった。

10月9日、労使交渉を終えた後の説明会で、河合満副社長はこう述べた。「労使が『共通の基盤』に立てていなかった。春のみの回答というのは異例だったが、労使が共通の基盤に立つための苦渋の決断だった。今回の(労使での)やり取りの中で、労使それぞれが変わりつつあるのかを丁寧に確認した」

豊田章男社長や河合副社長が実際に現場をアポイントなしで訪れ、現場の実態を確認。そのうえで、トヨタの原点である「カイゼン」や「創意くふう」に改めて取り組んだ。5月には60%だった社員の参加率は9月には90%まで上昇したという。

「全員が変われるという期待が持てた。労使で100年に1度の大変革期を必ず越えられる点を確認し、回答は満額とした」(河合副社長) 豊田社長が危機感をあらわにし、トヨタが頭を悩ませているのは、「変わろうとしない」社員の存在だった。

トヨタ労組「機能していない人がたくさんいるのでは」 

事実、河合副社長も「取り組みはまだまだ道半ば。マネジメントも含め、変わりきれていない人も少なくとも存在する」と報道陣に述べ、トヨタ自動車労働組合の西野勝義執行委員長も労使交渉の場で「職場の中には、まだまだ意識が変わりきれていなかったり、行動に移せていないメンバーがいる」と会社側に伝えた。

この問題に対応するため、トヨタ労使は、春季交渉からの延長戦の中で、現場の意識の確認とは別に、評価制度の見直しに着手していた。労使交渉の関係者などへの取材によると、トヨタにはいまだ、年次による昇格枠が設定されている。総合職に当たる「事技職」では、40歳手前で課長、40代後半で部長というのが出世コースで、このコースから外れると挽回はほぼ不可能とされる。

労使交渉では、組合側から「機能していない人がたくさんいるのではないか」「組織に対して貢献が足りない人もいるのではないか」という率直な意見が出た。関係者は語る。「リーマン・ショックまでは拡大路線が続き、働いていなくても職場の中で隠れていられた。最近はそうはいかず、中高年の『働かない層』が目立ち始めた」

秋の労使交渉後に報道陣の取材に応じたトヨタ自動車総務・人事本部の桑田正規副本部長は、日経ビジネスの「年功序列をどう変えていくのか」との質問に対して「これまでは『何歳でこの資格に上がれる』という仕組みがあった」と認め、こう続けた。

「その仕組みが、現状を反映していない場合もあった。例えば、業務職では、ある程度の年齢にならないと上がれなかったが、その期間が長すぎた。明らかに時代に合っていないものは見直していきたい。それ以外(の職種)でも、できるだけ早めにいろんな経験をさせたい。大きく(年功序列の仕組みを)撤廃するということではなく、多少、幅を広げていきたいと思っている」

トヨタは今年1月、管理職制度を大幅に変更した。55人いた役員を23人に半減し、常務役員、役員待遇だった常務理事、部長級の基幹職1級、次長級の基幹職2級を「幹部職」として統合。「事実上の降格」を可能にした。ただし、幹部職の創設は人事制度改革の入り口にすぎない。

動き始めた評価制度見直し「年次による昇格枠を廃止」 

トヨタはさらに、評価制度の見直しを労使で議論し始めた。協議の場は月に1回で、これまでに計5回。会社側は人事本部長、組合側は副委員長をトップとし、ひざ詰めの議論が続く。8月21日の5回目の労使専門委員会で、トヨタは初めて総合職の評価制度見直しの具体案を組合に提示した。

目玉は、桑田副本部長が「見直していきたい」と発言した、年次による昇格枠の廃止である。曖昧だった評価基準を、トヨタの価値観の理解・実践による「人間力」と、能力をいかに発揮したかという「実行力」に照らし、昇格は是々非々で判断するとした。「ぶら下がっていただけの50代は評価されない。これから降格も視野に入るだろう」(先の関係者)

組合執行部は「勤続年数や年齢ではなく、それぞれの意欲や能力発揮の状況をより重視する方向だ」と好意的に受け止め、運用の詳細について引き続き議論していくとしている。評価制度だけでなく、一時金の成果反映分を変更する加点額の見直しや、中途採用の強化などを労使は議論している。トヨタは総合職に占める中途採用の割合を中長期的に5割に引き上げるとも報じられている。

桑田副本部長は人事制度の見直し全般について「試行錯誤しながらやっていきたい。長く議論しても意味がないので、よく考えながら進めたい」とした。前代未聞の労使交渉延長戦から見えてきたのは、変われない社員に対する警告ともいえる人事制度の再点検だった。幹部職の創設から中途採用強化まで、トヨタは100年に1度の大変革を乗り越えるべく、従来の雇用モデルを見直そうとしている。

長い記事をそのまま紹介させていただきましたが、取捨選択しないほうが望ましいものと考えました。特集記事の見出しには「前代未聞の労使交渉」と付けられています。協議している見直し対象の幅広さも注目に値しますが、冒頭に記した一般的な労使関係の見られ方とは真逆な構図も「前代未聞」と評しているのだろうと理解しています。

この話題を紹介された組合員も「労使の立場の逆転現象が面白い」と考え、私に伝えてくれたようです。特集記事の中に「社長は、若手が多い組合側よりも、ベテランを含むマネジメント層に危機感を持っていたようだ」という記述があります。改革に後ろ向きな幹部社員側に対し、トヨタ労組は「機能していない人がたくさんいるのでは」という指摘までされているようです。

若いから新しい試みや仕事に熱心で意欲的、50歳代は自己保身に走りがちでしっかり働いていない、このように決め付けてしまうのも早計だろうと思っています。労働組合に対するイメージも固定すべきものではなく、それぞれのカラーや活動方針も様々なのだろうと見ています。その上で当該の組合員からの幅広い声を受けとめ、どのように調和をはかれているかどうかが大事な点であるはずです。

私どもの組合は労使協議を通し、長期主任職の門戸は広く開かせるように努めています。その結果、「あの人が主任?」という疑念の声が上がってしまうようでは問題です。仕事に手を抜いても相応の待遇が保障されているような見られ方も避けなければなりません。このような問題意識を抱えながら以前「ベターをめざす人事制度」という記事の中で次のように綴っていました。

そもそも試験制度の長所は、意欲のある人に手をあげさせる点、恣意的な登用を払拭する意味合いなどがあります。当然、短所もあり、もともと人事制度はベストと言い切れるものを簡単に見出せません。いろいろ試行錯誤を繰り返しながらベターな選択を模索していくことになります。いずれにしても最も重要な点は、どのような役職や職種の職員も職務に対する誇りと責任を自覚でき、常にモチベーションを高めていけるような人事制度が欠かせません。

全員が横並びとなるフラットな組織はあり得ないため、ピラミッド型の指揮命令系統も築かなければなりません。その際、ピラミッドの上下を問わず、士気を低下させない人事制度が理想であることは言うまでもありません。難しい話かも知れませんが、まず大事な点は、可能な限り公平・公正・納得性が担保された昇任制度の確立だろうと思います。合わせて、部長でも一職員でも担っている仕事の重さに大きな変わりがないという自負を持たせることも大事な点となります。

行政の行方を左右する判断を日々求められる部長の職責の重さも、子どもの命そのものを託されている保育士の責任の重さも、それぞれ優劣を付けられない重さがあります。市職員一人ひとり、そのような自覚と責任を持って務めているものと確信しています。実際、住民サービスの維持向上のためには、手を抜ける仕事など皆無です。したがって、そのような点が意識でき、積極的な動機付けとなる人事配置が非常に重要だろうと考えています。

上記のような考え方は今も変わりありません。したがって、長期主任職になって頑張ろうと意欲を示したベテラン職員が試験に落ちた場合、モチベーションが下がってしまうリスクのほうを懸念しています。それよりも主任職という肩書を得て、ベテラン職員がよりいっそう自分自身の職務に励む動機付けにつなげていけることのほうが組織にとっても大きなメリットだろうと考えています。

一方で、トヨタの労使交渉のような動きを決して批判的に見ている訳ではありません。それぞれの企業や自治体の労使が対等の立場で議論を尽くし、より望ましい当該組織の人事制度を確立していくことが大事な試みだと認識しています。なお、長期主任職選考方法の見直しに関しては水曜夜に開く定期大会当日に配布する「当面する闘争方針(案)」の議題の一つとしています。

最後に、トヨタと言えば『トヨトミの野望』という小説を最近読み終えていました。覆面作家の梶山三郎さんが「巨大自動車企業の真実を伝えたいから、私は、ノンフィクションではなく、小説を書きました」と述べているとおり登場人物の実名は容易に特定できます。文庫本化されて手にしていましたが、たいへん興味深い小説でした。トヨトミ自動車の御曹司である豊臣統一はトヨタの豊田章男社長のことだと分かります。

年長の幹部、管理職たちには「天下のトヨトミが潰れるはずがない、潰れるときは日本が沈没するとき、倒産などあり得ない」と呑気な面々が大勢を占めた、小説の中で豊臣統一が語っている言葉です。前述したとおり日経ビジネスの特集記事の中でも豊田章男社長が同じように見ていることを伝えていました。年功序列人事の弊害が焦点化されがちですが、あくまでも個々人の意識を高めていくための制度や組織のあり方が肝要なのだろうと考えています。

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コメント

豊田社長は労使協議、団体交渉では「行司役」との位置付けらしいです。使用者側の最高責任者がなんで行司役なのか?世間の感覚からは、ズレまくってる印象をうけます。

これを象徴するのが、3月の組合ニュース(緊急特集号)冒頭の社長&組合執行部のコメントです。
社長「組合、会社とも、生きるか死ぬかの状況がわかっていないのではないか」
執行部「トヨタがおかれている状況の認識の甘さを深く反省」
これから想像するに、社長は労使の上に君臨するお天道様のような存在でしょうか。執行部のコメに違和感アリアリの組合員もいるんじゃないかと思う次第です。

投稿: yamamoto | 2019年11月 4日 (月) 09時37分

yamamotoさん、コメントありがとうございました。

興味深い情報提供となる投稿にいつも感謝しています。新規記事はローカルな話題となりますが、引き続きご訪問いただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2019年11月 9日 (土) 06時12分

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