移動時間の時間外勤務認定基準
少し前の記事「定期大会を終えて、2019年秋」で紹介した私の挨拶の中で「移動時間の時間外勤務認定基準も労使対等原則のもとに協議を重ねた結果、今回の定期大会で一つの節目を迎えます」と伝えていました。時事の話題である桜を見る会について2回にわたって取り上げましたが、今回はローカルで地味な内容となります。
今年4月に「時間外勤務における移動時間の取扱い」という記事を投稿していました。その記事で触れているとおり事の発端は組合員からの相談です。当たり前なこととして組合員が労働条件の問題で迷ったり、困った時に組合役員に相談を持ちかけるケースは枚挙にいとまがありません。仮に組合役員に相談しても仕方ないと思われるようでは労働組合の存在意義が疑われてしまいます。
組合員の皆さんから相談を受けた際は可能な限り迅速に対応し、相談者から理解を得られる解決策を探るように努めています。今回の記事タイトルに掲げた移動時間の時間外勤務認定基準について、半年以上かかり、ようやく一つの節目を迎えていました。
今年3月、組合員から次のような問いかけがありました。時間外勤務(休日含む)における庁舎外での会議やイベント等に参加した際、会議等の開始と終了までの時間のみを時間外勤務手当として申請すべきという考え方が正しいのかどうかという質問でした。
会議等の開始と終了までの時間のみ申請すべきという考え方も間違いではありませんが、実際の拘束時間でとらえた勤務命令を発すべきという点が基本だと私から答えていました。
年に数回、時間外勤務の申請方法等を組合ニュースを通し、組合員の皆さんに周知しています。この問いかけがあったため、時間外勤務の申請方法に対する目安として次のような例示を組合ニュースに付け加えていました。
(例1) 平日の午後6時から8時まで庁舎外で会議があった際、その場所までの移動時間を含め、5時15分から時間外勤務とします。ただし、その45分間に個人的な買い物等を行なう自由時間があった場合、勤務時間に当たらなくなります。
(例2) 休日の朝、職場に集合し、当日2回以上の会議やイベントに出席した場合、出勤から退勤までが拘束時間であれば、その時間が時間外勤務となります。途中に昼食休憩等の時間があれば、その時間は除きます。
(例3) 休日、イベント等の会場に自宅から直行直帰だった場合、その移動時間は通勤時間に相当するため、当該の場所への集合時間から解散時間までが時間外勤務となります。
事前に市当局側とも確認した上で周知したはずでした。しかし、ニュースが配布された後、市当局から横浜地裁の裁判例(日本工業検査事件)を示し、上記(例1)の下線(下線は後から追加)の箇所が誤りであるという指摘を受けました。休日や遠方への出張時と同様、平日の夜であっても正規の勤務時間帯以外での移動時間は労働時間ではないという解釈でした。
裁判例は「出張の際の往復に要する時間は、労働者が日常出勤に費やす時間と同一性質であると考えられるから、右所要時間は労働時間に算入されず、したがってまた時間外労働の問題は起こり得ないと解するのが相当である」と記されています。
さらに「出張中に正規の勤務時間を超える時間に移動した場合、単なる移動時間については超過勤務手当は支給することはできない」という解説文も示していました。「移動時間中に、特に具体的な業務を命じられておらず、労働者が自由に活動できる状態にあれば、労働時間とはならないと解するのが相当」という解釈を組合も否定していません。
言うまでもありませんが、法令遵守は当然です。市側の指摘のとおり明らかに違法だと判断されてしまうのであれば素直に従わなければなりません。そのため、私どもの組合の考え方が移動時間に関する時間外勤務の認定基準として正当なのかどうか、4月下旬、顧問契約を交わしている法律事務所の弁護士と相談しました。
結論として、移動時間の取扱いについて様々な見方や解釈があることを前提にした所見でしたが、組合ニュースの上記(例1)に「自由時間があった場合、勤務時間に当たらなくなります」という但し書きもあるため、問題ないのではないかという説明を受けていました。
弁護士からは移動時間に関する資料のコピーをいただきました。その資料には移動時間について労働基準法・労働基準法施行規則に特段の定めがないため、1984年8月28日の労働基準法研究会第2部会中間報告で「次のような考え方に立って労働省令で定めるものとする」という提言のあったことが記されていました。
結局、これまで省令は定められていませんが、中間報告には移動時間の取扱いについて参考とすべき考え方が示されていました。「移動時間の取扱い」という項目の中には「労働時間の途中にある移動時間は労働時間として取り扱う」と明記されていました。この一文を参考にすれば組合ニュースの上記(例1)が必ずしも誤りではないため、市当局側に相談結果等を報告した上、労使で見解が相違した点について改めて協議を進めてきました。
組合の考え方
労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間です。移動時間について「通勤時間と同質であり、労働時間ではない」とする考え方がある一方、「使用者の支配管理下にある移動時間は労働時間である」という説があります。
取り上げられている横浜地裁の裁判例として、出張中の往復時間は労働時間ではない、出張中に正規の勤務時間を超えても時間外勤務手当は支給できないと示されています。そのため、休日に会議やイベント等に出席する場合、自宅から現地までの往復時間は労働時間に当たらないことは理解できます。
当たり前なこととして、上記(例1)に掲げているとおり午後6時の会議等の時間まで自由時間ということであれば労働時間ではありません。しかし、正規の勤務時間帯から連続した平日の夜、庁舎外に移動する時間まで「労働時間ではない」と見なすのは不合理だと言えます。あくまでも会議等の時間まで勤務命令を受けた拘束時間として必要な業務に当たり、移動は必要最低限の時間を想定しています。
市当局の解釈が正当なものと判断した場合、正規の勤務時間帯以外に災害や道路補修のため、庁舎から現場に向かうまでの時間も労働時間から除くべきという考え方に至ってしまいます。したがって、正規の勤務時間帯の移動時間が労働時間に当たるように正規の勤務時間帯から連続した平日の夜であれば、使用者の指揮命令下での拘束時間に当たるものと解釈することが妥当であるものと組合は考えています。
もともと労働時間の範囲を巡り、紛争になることがしばしば見られ、これまで様々な裁判例があります。労働基準法上の労働時間とは前述したとおり使用者の管理・監督の下にある時間です。一般的に次の時間が労働時間に当たります。
- 実労働時間(実際に仕事に従事している時間)
- 手待時間(いつでも就労できる状態にある時間)
- 準備時間や後始末の時間(更衣時間や片付けの時間)
休憩時間は労働時間に当たりませんが、何らかの事情で使用者の管理・監督の下に置かれていた場合(例えば電話や来客があった際にはすぐ対応するよう命令されていた場合)に労働時間に該当するという見方もあります。
最高裁の判例は労働時間の意義について「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」(三菱重工長崎造船所事件・最大判平12・3・19)としています。
最高裁が判示したとおり、どこまでを労働時間として扱うかは、実質的客観的に判断されなければなりません。法律相談を受けた多くの弁護士は、やはり移動時間について正面から規定した法律がないことを注釈した上、1984年8月の労働基準法研究会第2部会中間報告の下記の内容「イ 労働時間の途中にある移動時間は労働時間として取り扱う」を示しながら移動時間も労働時間になるケースが多いことを説明しています。
その中間報告には「16移動時間 (1)移動時間 ①移動時間の取扱い」の項目に下記の内容が記載されています。
ア 始業前、終業後の移動時間
(a) 作業場所が通勤距離内にある場合は、労働時間として取り扱わない。
(b) 作業場所が通勤距離を著しく超えた場所にある場合は、通勤時聞を差し引いた残りの時間を労働時間として取り扱う。
イ 労働時間の途中にある移動時間は労働時間として取り扱う。
市当局は「ア 始業前、始業後の移動時間」の項目として「イ 労働時間の途中にある移動時間は労働時間として取り扱う」が並べられていないため、イは正規の勤務時間内の移動時間の説明だと解釈しています。しかし、そもそも正規の勤務時間内での移動時間を労働時間から除くべきかどうかという争点はなく、弁護士の一般的な説明のとおり理解すべきだろうと組合は考えています。
例えば会社の命令で作業現場に出動させられ、会社に戻ることを余儀なくされていた場合、指揮・監督化にある労働時間に当たり、残業時間の算定の基礎に含めるべきという考え方が妥当視されています。つまり正規の勤務時間内かどうかに関わらず、労働時間の途中にある移動時間は労働時間として取り扱うとしているため、あえて「ア 始業前、始業後の移動時間」の項目に含めなかったと解釈することが適切であるはずです。
したがって、通勤時間と同質とは言えない労働時間の途中にある移動時間は次のように理解すべきだと組合は考えています。労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれ、時間的場所的に拘束され、次の業務のために準備している行為であり、移動時間も労働時間に当たるものと考えています。
勤務時間外に公用車で移動する際、運転手以外、労働時間に当たらないという市当局側の解釈もありましたが、組合は疑問を呈していました。上記の解釈に照らせば、勤務命令を受けた上、労働時間の途中に庁舎外の勤務場所に向かうまでの移動時間は労働時間として取り扱うべきであり、同乗者にも時間外勤務手当を支給すべきものと考えています。
この考え方を基本とすれば、道路、防災、課税、収納業務等の時間外勤務における移動時間の認定基準も明確化され、ケースバイケースで判断し、場合によって移動時間分を時間外勤務手当の算定基礎から外すような不合理な問題が解消されていきます。
前述したとおり出張中の往復時間については争点化していません。次の勤務場所に集まる時間まで自由時間とした場合、労働時間に当たらないことも理解しています。しかし、単なる移動時間かどうかというよりも、上記の赤字のような考え方に沿った解釈をもとに移動時間に関する時間外勤務を認定すべきものと組合は考えています。
労使協議を推進し、具体的な事例を整理
7月の団体交渉で、このような組合の考え方を市当局側に改めて訴えました。市当局側としても顧問弁護士と相談するという説明がありました。その上で、解釈が分かれがちな具体的な事例を労使で突き合わせた上、合理的で納得性の高い認定基準に向けて整理していくことを団体交渉の中で確認しました。
一方で、その日の団体交渉の中で課税課の現地調査や収納課の訪問催告における移動時間に関しては、これまでと同様、時間外勤務として認めていく事例であるという考え方を改めて確認していました。
その後、引き続き労使協議を重ねていき、ようやく11月の定期大会の当日配布議案の議題の一つとして下記内容の労使協議結果を報告できました。最後に、その内容を掲げ、地味でローカルな記事を終わらせていただきます。
組合は法律相談等を踏まえ、通勤時間と同質とは言えない労働時間の途中にある移動時間は次のように理解すべきだと考えています。労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれ、時間的場所的に拘束され、次の業務のために準備している行為であり、移動時間も労働時間に当たるものと考えています。具体的な事例について、労使協議を重ねた結果、次のとおり整理をはかっています。
■ 時間外勤務として認定しない場合
(例1)平日の午後6時30分から始まる会議が庁舎外であり、会議開始時間まで自由時間とした場合は移動時間を含め、その時間帯は時間外勤務として認定しない。
(例2)休日に会議やイベント等に出席する場合、自宅から現地までの往復時間は時間外勤務として認定しない。
■ 時間外勤務として認定する場合
(例1) 平日の午後6時30分から始まる会議が庁舎外であり、引き続き5時15分以降も必要な業務として所属長の命令による指揮命令下にある場合、その場所まで要する移動時間も含めて連続した時間外勤務として認定する。
(例2) 自宅から出張先までの往復時間中でも「物品の監視などあらかじめ命じられた用務」があれば時間外勤務として認定する。
(例3) 休日の朝、職場に集合し、当日2回以上の会議やイベントに出席した場合、出勤から退勤までが所属長の命令による指揮命令下にあれば、その時間帯(休憩時間を除く)を時間外勤務として認定する。
(例4) 課税課、収納課、防災課、道路課など日常の職務として移動が伴う場合、平日の夜や休日の時間帯でも移動時間を時間外勤務として認定する。ただし、所属長の命令による指揮命令下にあることを条件とし、その都度判断する。
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