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2019年11月30日 (土)

移動時間の時間外勤務認定基準

少し前の記事「定期大会を終えて、2019年秋」で紹介した私の挨拶の中で「移動時間の時間外勤務認定基準も労使対等原則のもとに協議を重ねた結果、今回の定期大会で一つの節目を迎えます」と伝えていました。時事の話題である桜を見る会について2回にわたって取り上げましたが、今回はローカルで地味な内容となります。

今年4月に「時間外勤務における移動時間の取扱い」という記事を投稿していました。その記事で触れているとおり事の発端は組合員からの相談です。当たり前なこととして組合員が労働条件の問題で迷ったり、困った時に組合役員に相談を持ちかけるケースは枚挙にいとまがありません。仮に組合役員に相談しても仕方ないと思われるようでは労働組合の存在意義が疑われてしまいます。

組合員の皆さんから相談を受けた際は可能な限り迅速に対応し、相談者から理解を得られる解決策を探るように努めています。今回の記事タイトルに掲げた移動時間の時間外勤務認定基準について、半年以上かかり、ようやく一つの節目を迎えていました。

今年3月、組合員から次のような問いかけがありました。時間外勤務(休日含む)における庁舎外での会議やイベント等に参加した際、会議等の開始と終了までの時間のみを時間外勤務手当として申請すべきという考え方が正しいのかどうかという質問でした。

会議等の開始と終了までの時間のみ申請すべきという考え方も間違いではありませんが、実際の拘束時間でとらえた勤務命令を発すべきという点が基本だと私から答えていました。

年に数回、時間外勤務の申請方法等を組合ニュースを通し、組合員の皆さんに周知しています。この問いかけがあったため、時間外勤務の申請方法に対する目安として次のような例示を組合ニュースに付け加えていました。

(例1) 平日の午後6時から8時まで庁舎外で会議があった際、その場所までの移動時間を含め、5時15分から時間外勤務とします。ただし、その45分間に個人的な買い物等を行なう自由時間があった場合、勤務時間に当たらなくなります。

(例2) 休日の朝、職場に集合し、当日2回以上の会議やイベントに出席した場合、出勤から退勤までが拘束時間であれば、その時間が時間外勤務となります。途中に昼食休憩等の時間があれば、その時間は除きます。

(例3) 休日、イベント等の会場に自宅から直行直帰だった場合、その移動時間は通勤時間に相当するため、当該の場所への集合時間から解散時間までが時間外勤務となります。

事前に市当局側とも確認した上で周知したはずでした。しかし、ニュースが配布された後、市当局から横浜地裁の裁判例(日本工業検査事件)を示し、上記(例1)の下線(下線は後から追加)の箇所が誤りであるという指摘を受けました。休日や遠方への出張時と同様、平日の夜であっても正規の勤務時間帯以外での移動時間は労働時間ではないという解釈でした。

裁判例は「出張の際の往復に要する時間は、労働者が日常出勤に費やす時間と同一性質であると考えられるから、右所要時間は労働時間に算入されず、したがってまた時間外労働の問題は起こり得ないと解するのが相当である」と記されています。

さらに「出張中に正規の勤務時間を超える時間に移動した場合、単なる移動時間については超過勤務手当は支給することはできない」という解説文も示していました。「移動時間中に、特に具体的な業務を命じられておらず、労働者が自由に活動できる状態にあれば、労働時間とはならないと解するのが相当」という解釈を組合も否定していません。

言うまでもありませんが、法令遵守は当然です。市側の指摘のとおり明らかに違法だと判断されてしまうのであれば素直に従わなければなりません。そのため、私どもの組合の考え方が移動時間に関する時間外勤務の認定基準として正当なのかどうか、4月下旬、顧問契約を交わしている法律事務所の弁護士と相談しました。

結論として、移動時間の取扱いについて様々な見方や解釈があることを前提にした所見でしたが、組合ニュースの上記(例1)に「自由時間があった場合、勤務時間に当たらなくなります」という但し書きもあるため、問題ないのではないかという説明を受けていました。

弁護士からは移動時間に関する資料のコピーをいただきました。その資料には移動時間について労働基準法・労働基準法施行規則に特段の定めがないため、1984年8月28日の労働基準法研究会第2部会中間報告で「次のような考え方に立って労働省令で定めるものとする」という提言のあったことが記されていました。

結局、これまで省令は定められていませんが、中間報告には移動時間の取扱いについて参考とすべき考え方が示されていました。「移動時間の取扱い」という項目の中には「労働時間の途中にある移動時間は労働時間として取り扱う」と明記されていました。この一文を参考にすれば組合ニュースの上記(例1)が必ずしも誤りではないため、市当局側に相談結果等を報告した上、労使で見解が相違した点について改めて協議を進めてきました。

組合の考え方

労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間です。移動時間について「通勤時間と同質であり、労働時間ではない」とする考え方がある一方、「使用者の支配管理下にある移動時間は労働時間である」という説があります。

取り上げられている横浜地裁の裁判例として、出張中の往復時間は労働時間ではない、出張中に正規の勤務時間を超えても時間外勤務手当は支給できないと示されています。そのため、休日に会議やイベント等に出席する場合、自宅から現地までの往復時間は労働時間に当たらないことは理解できます。

当たり前なこととして、上記(例1)に掲げているとおり午後6時の会議等の時間まで自由時間ということであれば労働時間ではありません。しかし、正規の勤務時間帯から連続した平日の夜、庁舎外に移動する時間まで「労働時間ではない」と見なすのは不合理だと言えます。あくまでも会議等の時間まで勤務命令を受けた拘束時間として必要な業務に当たり、移動は必要最低限の時間を想定しています。

市当局の解釈が正当なものと判断した場合、正規の勤務時間帯以外に災害や道路補修のため、庁舎から現場に向かうまでの時間も労働時間から除くべきという考え方に至ってしまいます。したがって、正規の勤務時間帯の移動時間が労働時間に当たるように正規の勤務時間帯から連続した平日の夜であれば、使用者の指揮命令下での拘束時間に当たるものと解釈することが妥当であるものと組合は考えています。

もともと労働時間の範囲を巡り、紛争になることがしばしば見られ、これまで様々な裁判例があります。労働基準法上の労働時間とは前述したとおり使用者の管理・監督の下にある時間です。一般的に次の時間が労働時間に当たります。

  1. 実労働時間(実際に仕事に従事している時間)
  2. 手待時間(いつでも就労できる状態にある時間)
  3. 準備時間や後始末の時間(更衣時間や片付けの時間)

休憩時間は労働時間に当たりませんが、何らかの事情で使用者の管理・監督の下に置かれていた場合(例えば電話や来客があった際にはすぐ対応するよう命令されていた場合)に労働時間に該当するという見方もあります。

最高裁の判例は労働時間の意義について「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」(三菱重工長崎造船所事件・最大判平12・3・19)としています。

最高裁が判示したとおり、どこまでを労働時間として扱うかは、実質的客観的に判断されなければなりません。法律相談を受けた多くの弁護士は、やはり移動時間について正面から規定した法律がないことを注釈した上、1984年8月の労働基準法研究会第2部会中間報告の下記の内容「イ 労働時間の途中にある移動時間は労働時間として取り扱う」を示しながら移動時間も労働時間になるケースが多いことを説明しています。

その中間報告には「16移動時間 (1)移動時間 ①移動時間の取扱い」の項目に下記の内容が記載されています。

ア 始業前、終業後の移動時間

(a) 作業場所が通勤距離内にある場合は、労働時間として取り扱わない。

(b) 作業場所が通勤距離を著しく超えた場所にある場合は、通勤時聞を差し引いた残りの時間を労働時間として取り扱う。

イ 労働時間の途中にある移動時間は労働時間として取り扱う。

市当局は「ア 始業前、始業後の移動時間」の項目として「イ 労働時間の途中にある移動時間は労働時間として取り扱う」が並べられていないため、イは正規の勤務時間内の移動時間の説明だと解釈しています。しかし、そもそも正規の勤務時間内での移動時間を労働時間から除くべきかどうかという争点はなく、弁護士の一般的な説明のとおり理解すべきだろうと組合は考えています。

例えば会社の命令で作業現場に出動させられ、会社に戻ることを余儀なくされていた場合、指揮・監督化にある労働時間に当たり、残業時間の算定の基礎に含めるべきという考え方が妥当視されています。つまり正規の勤務時間内かどうかに関わらず、労働時間の途中にある移動時間は労働時間として取り扱うとしているため、あえて「ア 始業前、始業後の移動時間」の項目に含めなかったと解釈することが適切であるはずです。

したがって、通勤時間と同質とは言えない労働時間の途中にある移動時間は次のように理解すべきだと組合は考えています。労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれ、時間的場所的に拘束され、次の業務のために準備している行為であり、移動時間も労働時間に当たるものと考えています

勤務時間外に公用車で移動する際、運転手以外、労働時間に当たらないという市当局側の解釈もありましたが、組合は疑問を呈していました。上記の解釈に照らせば、勤務命令を受けた上、労働時間の途中に庁舎外の勤務場所に向かうまでの移動時間は労働時間として取り扱うべきであり、同乗者にも時間外勤務手当を支給すべきものと考えています。

この考え方を基本とすれば、道路、防災、課税、収納業務等の時間外勤務における移動時間の認定基準も明確化され、ケースバイケースで判断し、場合によって移動時間分を時間外勤務手当の算定基礎から外すような不合理な問題が解消されていきます。

前述したとおり出張中の往復時間については争点化していません。次の勤務場所に集まる時間まで自由時間とした場合、労働時間に当たらないことも理解しています。しかし、単なる移動時間かどうかというよりも、上記の赤字のような考え方に沿った解釈をもとに移動時間に関する時間外勤務を認定すべきものと組合は考えています。

労使協議を推進し、具体的な事例を整理

7月の団体交渉で、このような組合の考え方を市当局側に改めて訴えました。市当局側としても顧問弁護士と相談するという説明がありました。その上で、解釈が分かれがちな具体的な事例を労使で突き合わせた上、合理的で納得性の高い認定基準に向けて整理していくことを団体交渉の中で確認しました。

一方で、その日の団体交渉の中で課税課の現地調査や収納課の訪問催告における移動時間に関しては、これまでと同様、時間外勤務として認めていく事例であるという考え方を改めて確認していました。

その後、引き続き労使協議を重ねていき、ようやく11月の定期大会の当日配布議案の議題の一つとして下記内容の労使協議結果を報告できました。最後に、その内容を掲げ、地味でローカルな記事を終わらせていただきます。

組合は法律相談等を踏まえ、通勤時間と同質とは言えない労働時間の途中にある移動時間は次のように理解すべきだと考えています。労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれ、時間的場所的に拘束され、次の業務のために準備している行為であり、移動時間も労働時間に当たるものと考えています具体的な事例について、労使協議を重ねた結果、次のとおり整理をはかっています。

■ 時間外勤務として認定しない場合

(例1)平日の午後6時30分から始まる会議が庁舎外であり、会議開始時間まで自由時間とした場合は移動時間を含め、その時間帯は時間外勤務として認定しない。

(例2)休日に会議やイベント等に出席する場合、自宅から現地までの往復時間は時間外勤務として認定しない。

■ 時間外勤務として認定する場合

(例1) 平日の午後6時30分から始まる会議が庁舎外であり、引き続き5時15分以降も必要な業務として所属長の命令による指揮命令下にある場合、その場所まで要する移動時間も含めて連続した時間外勤務として認定する。

(例2) 自宅から出張先までの往復時間中でも「物品の監視などあらかじめ命じられた用務」があれば時間外勤務として認定する。

(例3) 休日の朝、職場に集合し、当日2回以上の会議やイベントに出席した場合、出勤から退勤までが所属長の命令による指揮命令下にあれば、その時間帯(休憩時間を除く)を時間外勤務として認定する。

(例4) 課税課、収納課、防災課、道路課など日常の職務として移動が伴う場合、平日の夜や休日の時間帯でも移動時間を時間外勤務として認定する。ただし、所属長の命令による指揮命令下にあることを条件とし、その都度判断する。

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2019年11月24日 (日)

桜を見る会、いろいろ思うこと Part2

少し前の記事「メディアリテラシーの大切さ」の冒頭で今年3月にココログのシステムが全面リニューアルしたことを伝えていました。リニューアル後、投稿したコメントが即時に反映されないなど、いくつか不具合が続いていることを記していました。そのような不具合も最近、ようやく修復されたようです。

このブログのコメント欄は制約の少ない場としています。承認制となっているような誤解を与えがちだったため、リニューアル前と同様、投稿されたコメントが即時に反映される仕組みに戻り、安堵しています。批判意見も含め、幅広い視点や立場からご意見をいただける貴重さを重視しているため、これからも寄せられたコメントはそのまま受けとめ、そこに投稿された思いをくみ取っていければと考えています。

一方で、実生活に過度な負担をかけず、このブログを長く続ける方策としてコメント欄も含めて平日の投稿は見合わせています。前回記事「桜を見る会、いろいろ思うこと」に対し、いくつかコメントをお寄せいただいていました。私自身のレスは週末と遅くなる中、 Alberichさんから私がお答えすべきことを適宜コメントいただき、たいへん感謝しています。

土曜夜に投稿したコメントで「私からも補足すべき点などについて、この週末に投稿する新規記事の中でまとめてみるつもりです」と一言添えていましたので、今週末の新規記事は「桜を見る会、いろいろ思うこと Part2」として書き進めていきます。私自身の問題意識は前回記事に託したとおりですが、寄せられた問いかけにお答えすることで的確に伝え切れなかった論点を補足させていただきます。

まず転勤中のT市民さんからの問いかけですが、前回記事を改めてお読みいただければお分かりのとおり桜を見る会に参加した方々を批判していません。その会の位置付けの問題性に疑問を持った方が政治家をはじめ、ほぼ皆無に近かったことの残念な経緯を感じていますが、参加された方がどなたであろうとも非難する考えはありません。

続いてyamamotoさんから 「限りなくクロでありながら」という言葉の意味のお尋ねがありました。直前に記した限りなく「クロ」に近付いた時という言葉のつながりから、そのような言葉を使ってしまいました。すでにAlberichさんから解説いただいたとおり「クロ」かどうか現段階では確定していないことを前提にした仮定形の文脈で記したつもりです。

「クロ」よりも「クロ」、真っ黒という意味合いで理解され、安倍首相の法違反を断定しているような言葉だととらえられてしまったとすれば申し訳ありません。より慎重に「仮にクロでありながら」という言葉を使えば良かったのかも知れません。不特定多数の方々に発信しているブログですので言葉の使い方に注意を払ってきているつもりでしたが、今後、よりいっそう注意していきます。

おこさんからは次のような問いかけがありました。民主党については「自主返納」で済む話のように考えておられるようなので、与党に対する責任追及もせいぜい「自主返納」が上限とお考えなのでしょう(でないと相手には厳しい一方で身内には甘いということになる)。その程度の問題なら他に議論すべき問題は山ほどあるように思うのですが、という問いかけでした。

桜を見る会に支援者を招待したことの問題性を指摘するのであれば民主党政権時代の顛末も検証し、真摯に総括すべきだろうと思っています。過去のことで民主党自体が存在していない、安倍首相の招待客数に比べれば規模が小さい、そのような言い分は正直なところ説得力を欠きがちです。

総括した結果、問題点が認められた場合は責任の所在を明らかにした上、招待客数分の経費を個々の国会議員が自主返納するような対応も検討すべきではないでしょうか。このような対応を同時に進めることで安倍首相に対する追及の迫力が増すはずであり、国民の多数から支持を得られていくように考えています。

前回記事では上記のような私自身の問題意識を示していました。野党側が安倍首相を追及するのであれば、民主党政権時代の桜を見る会のことを棚上げできないという問題意識です。その上で自主返納が上限なのかどうかは断定していません。しっかり総括し、問題点が認められた場合は責任の所在を明らかにすべきという点を主眼としています。

公職選挙法や政治資金規正法の疑いから閣僚の辞任が相次いでいます。個々の事例によって責任の処し方の軽重も問われていくのかも知れませんが、同様なケースで閣僚は辞任に相当しても総理大臣であれば許される、そのような関係性では問題だろうと考えています。

問題点を検証した結果、仮に辞任に相当する責任の処し方が必要とされる場合、鳩山元首相は公職から離れています。そのため、鳩山元首相を筆頭に支援者を招待した政治家は、せめて自主返納という責任の処し方を提起しながら追及すべきではないかという問題意識でした。

もし自主返納という責任の処し方が妥当だと判断された場合、それこそ招待客数に比例したケジメの付け方もあり得るのだろうとも考えています。いずれにしても第2次安倍政権以降、桜を見る会の参加者数が年々増えていたことは確かに問題ですが、選挙区の支援者を招待したことが法的な論点とされる場合は数を問わずに総括すべきものと思っています。

他に議論すべき問題は山ほどあるように思うのですが、という問いかけについては前回記事の中で記した「確かに優先順位の高い重要な課題の議論が疎かになるようでは問題ですが、行政府の最高責任者が定められたルールを守れているかどうかという問題を曖昧にすることはできません」という問題意識に変わりありません。

桜を見る会やその前夜祭の問題に対し、普段から安倍首相を支持されている方々との温度差が目立ちがちです。当たり前なことですが、安倍首相自身が最も「他に議論すべき問題は山ほどある」という認識を強め、とにかく幕引きを急がれているようです。しかしながら今回の問題が取り沙汰された後、たいへん残念な既視感のある場面を見聞きしています。

安倍首相は11月8日の参院予算委員会で「招待者の取りまとめ等には関与していない」と答弁していました。それが20日の参院本会議では「内閣官房や内閣府が行なう最終的な取りまとめプロセスには一切関与してない」と言い回しを軌道修正し、ご自身の事務所から相談を受ければ推薦者について意見を述べていたことを認めています。

内閣府は、安倍晋三首相が主催した今年4月の「桜を見る会」の招待客名簿を、野党議員が国会で関連質問をするために資料提供を求めた5月9日に、廃棄したことを明らかにした。野党側は、政府が会に関する詳しい説明を避けるため、意図的に捨てた可能性を指摘している。資料請求したのは、共産党の宮本徹衆院議員。宮本氏は5月9日に「委員会質問を念頭に置いた勉強用資料」として、内閣府などに桜を見る会の参加人数や選考基準、費用などに関する資料を要求した。

宮本氏は5月に国会でこの問題を追及し、内閣府は名簿などの関連資料を「破棄した」と説明。今月14日の野党会合で、5月9日に招待客名簿を廃棄したと明かした。内閣府は今月18日の野党会合では、招待客名簿の電子データを消去した時期を「把握できない」と話した。一方、招待客名簿を作成する基となる推薦人名簿のうち、内閣府分を一部保管していることを認めた。

内閣府は、招待客名簿の保存期間を「1年未満」と定めた経緯を巡っても、有識者から整合性を問われている。今月13日の野党会合では、1年未満にした時期を2018年4月からと説明。野党側にその根拠を問われると、今年10月28日に改定された規則を挙げた。行政文書の管理に詳しいNPO法人「情報公開クリアリングハウス」の三木由希子理事長が、こうした矛盾を指摘している。【東京新聞2019年11月19日

なぜ、名簿の廃棄が5月9日だったのかという質問に対しては「シュレッダーが空くまでに時間がかかった」と内閣府の担当者が説明しています。公文書の保存期間が「1年未満」という規定も釈然としませんが、廃棄したタイミングの理由がシュレッダーの順番を待ち、たまたまその日になったという説明に納得する人がいるのでしょうか。このような苦しい説明をしなければならない担当者も気の毒だと思っています。

もちろん安倍首相が政府関係者一人ひとりの言動を細かく指示している訳ではないことを承知しています。さらに国会での答弁や前夜祭の参加費の説明について安倍首相自身は真摯に対応しているつもりなのかも知れません。それでも違和感のある事案が目立ちすぎるため、桜を見る会の問題から「国民に対して正直であることが信頼できるトップリーダーの資質であって欲しいものと願っています」という政権全体に対する思いを強める機会につながっています。

ここまで前回記事に綴った言葉を赤字で改めて紹介しながら「Part2」をまとめてみました。桜を見る会そのものの問題性について、人によって評価が分かれていることを認識した上で綴らせていただいています。加えて、安倍首相一人の責任として批判することも筋違いな点もあろうかと思います。そもそも安倍首相のリーダーシップや自民党一強による「決められる政治」によって、より望ましい暮らしや社会に至っているとお考えの方も多いはずです。

そのような根強い評価があるからこそ、首相在職日数の歴代最長記録の更新につながっているものと受けとめています。ただ安倍首相を支持している、支持していないという立場性を超え、私自身も含め、個々の事案に対する問題点の有無を客観的に見定めていければと考えています。そのようなことを考えながら興味深い情報の一つとして、最後に『官邸官僚1強の礎 首相に忠誠、即断即決 安倍政権最長へ』という見出しが付けられた新聞記事を紹介させていただきます。

歴代最長となる長期政権を実現した安倍晋三首相の政権運営は、首相への忠誠心が厚い「官邸官僚」と呼ばれる側近たちの存在を抜きに語れない。彼らは菅義偉官房長官らとともに政局や世論に目を光らせ、政策立案から選挙戦略まであらゆる局面を主導。

その方針は「首相の意向」として発信され、迅速な意思決定につながっている。だが官邸官僚による側近政治は「異論封じ」や「忖度」といった弊害をもたらした。「桜を見る会」開催見送りのように、疑惑封じを狙って強引に幕引きを図る事例も後を絶たない。

既定路線と思われた政策に、官邸官僚が「待った」をかけた。1日に発表された大学入試の英語民間検定試験導入延期は、だれがどう安倍政権の意思決定を担っているのかを示す象徴的な出来事だった。

萩生田光一文部科学相の「身の丈」発言が飛び出したのは10月24日だった。受験の公平性への疑念が一気に広がったとはいえ、民間試験導入は政府の教育再生実行会議が2013年に提言し、文科省が粛々と準備してきた政策。

首相官邸はそれまでほとんど関与していなかった。官邸官僚の動きは早かった。菅氏と歩調を合わせ、杉田和博官房副長官と今井尚哉首相補佐官が10月末、それぞれ個別に文科省幹部を呼び出した。文科省は「延期すれば民間試験の実施団体から損害賠償請求される」と抵抗した。

3氏は「制度は穴が多すぎる」と一喝した。発言はインターネットで現役高校生らに拡散していた。「安倍政権を支える若い世代の支持が一気に離れかねない」。事態を収束させるため、文科省から政策判断の主導権を奪った。文教族議員だけでなく、岸田文雄政調会長ら与党幹部への「根回し」もない即断即決。首相は側近たちからの実施延期の進言を受け入れた。内閣支持率は横ばいを維持した。

   ◆    ◆

「官邸官僚」は第2次安倍政権で生まれた言葉だ。出身省庁と縁を切り、首相への忠誠を誓った官邸スタッフを指す。ときに高圧的になる振る舞いへの皮肉も込められた呼び方で、政権内では結束力の強さと役割分担の絶妙さを自賛し「チーム安倍」と呼ぶことが多い。その中核を担うのが首相補佐官の今井氏。経済産業省出身で、第1次政権では首相秘書官だった。

第2次政権では筆頭格の政務秘書官に就き、9月から補佐官を兼務する。「1億総活躍社会」などのスローガン政治を発案した。真骨頂は16年5月、主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)での働きだった。世界経済が「リーマン・ショック前夜に似ている」とする資料を用意。首相はこれを各国首脳に説明した。世界経済の危機を理由に、消費税増税の再延期を掲げて夏の参院選に挑む戦略を演出した。

外交・安全保障を担う国家安全保障局長の北村滋氏も重要な位置を占める。警察出身で、第1次政権では今井氏と同じく首相秘書官を務めた。第2次政権では内閣情報官を経て9月から現職。日朝首脳会談の実現に向け北朝鮮と水面下で接触しているとされ、その動きは外務省も知らされていない。官房副長官の杉田氏も警察出身だ。省庁の人事権を掌握し、官邸の力の源泉である内閣人事局の局長を兼務する。

   ◆    ◆

政局観を研ぎ澄まし、第1次政権の具体的な失敗例を挙げて「状況が似ている。気を付けなければ」などと語り合うという官邸官僚たち。ただ、こうした側近政治は政権の都合が優先され、政策が独善的になったり、先送りされたりする危うさをはらむ。政府が7月に発表した韓国向け輸出規制強化は、今井氏が主導した。古巣の経産省に具体案を出させ、融和策を訴える外務省を退けた。

首相は当時、「もう韓国に折れてはだめだ。どんなに強く出てもいい」と周囲に語り、今井氏の対韓強硬策に乗った。第2次政権は近く7年になるが、官邸が熱心でない財政健全化や社会保障改革は進んでいない。官邸官僚の一人は「官僚が指示待ちになり、主体的に仕事をしなくなった。自分たちが言うのも何だが、官邸主導が強まった弊害かもしれない」と話す。【西日本新聞2019年11月18日

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2019年11月16日 (土)

桜を見る会、いろいろ思うこと

今回もローカルで地味な職場課題を取り上げるつもりでした。それでも個人の責任で運営しているブログであり、その時々に最も取り上げたい旬な話題に触れる場合も少なくありません。ブログのザブタイトルに「雑談放談」を掲げているとおりですのでご容赦ください。今回、首相主催の桜を見る会について、いろいろ思うことを書き進めてみるつもりです。

自民党は12日、安倍晋三首相主催の「桜を見る会」を巡り、与党議員に招待客の枠が割り当てられていることを認めた。各界の功労者を中心に各省庁が人選するとした政府の説明と矛盾が鮮明になった。これを受け、政府は招待客の選定基準の見直しを検討する方針を示した。首相が地元支持者を多数招いて私物化しているとの批判が強まったため、沈静化を図る狙いがある。

自民党の二階俊博幹事長は12日の記者会見で、桜を見る会に与党議員が地元支持者を招待することについて「議員が選挙区の皆さんに配慮するのは当然のことだ」と述べた。招待客枠の割り当てに関し「あったって別にいい。何か問題があるか」と強調した。石破茂元幹事長も「党の役職をしている時にそんな枠があった」と認めている。

菅義偉官房長官は記者会見で、選定基準を明確にする必要性を問われ「政府として検討していく必要がある」と表明した。桜を見る会の開催要領には、招待客として皇族や各国大使、衆参両院議長、閣僚、国会議員と並び「その他各界の代表者等」が記されている。首相ら自民党議員は後援会関係者を「等」に含めているとみられる。

一方、立憲民主、国民民主、共産の野党3党は、追及チームの初会合を国会内で開き、政府側からヒアリングを実施した。立民の枝野幸男代表は党会合で「首相本人が公職選挙法や政治資金規正法に違反していると強く疑われる」と徹底追及する考えを強調した。

日本大の岩井奉信教授(政治学)は、自民党幹部による地元支持者の招待は「公選法の寄付禁止に触れる可能性もある」と指摘。二階氏の「当然」発言については「税金を特定の選挙区民へのサービスに使うことを認めており、感覚がずれている」と述べた。【東京新聞2019年11月13日

二階幹事長の「何か問題があるか」という問いかけに対し、岩井教授が公職選挙法の疑いのあることを端的に述べています。ブックマークし、定期的に訪問している澤藤統一郎弁護士のブログ「憲法日記」の中では次のとおり解説されていました。要点となる箇所のみご紹介します。

その選挙区の有権者を「参加費無料でアルコールなどをふるまう」会に招待し参加させたことが寄附に当たるか、が問われている。本来の「功労・功績者」への招待であれば公職選挙法条の犯罪とはならないが、欲しいままに予算を計上し、あるいは予算を大幅に上まわる人を招いて、事実上後援会員を「タダで飲み食いさせ」たのは,明らかに財産上の利益の供与であるから、寄附に当たる。

問題は、「寄附」とは、自腹を切っての供与だけをいうもので、権力者が税金を欲しいままに使っての選挙民に対する利益供与は除かれるのか、という点に収斂する。この寄附禁止規定は、「政治家が自分のカネでやる」ことを想定していたには違いない。しかし、身銭を切っての寄附の悪質性よりも、権力者がその地位を利用ないし悪用して、国民の財産を掠めとっての「寄附」がより悪質であることは、誰の目にも明らかではないか。

「選挙区の皆さんに配慮するのは当然のこと」という二階幹事長の認識が適切でないことは明らかだろうと思っています。しかし、二階幹事長に限らず、これまで政治家の大半は桜を見る会に選挙区の支援者を招待することの問題性を疑っていなかったようです。自分自身が発信しているSNSに堂々とそのような話を残していた政治家は少数ではありません。

来年の開催中止が決まった首相主催の「桜を見る会」について、左派野党は幕引きは許されないと、安倍晋三首相の「公費私物化」疑惑を追及している。ただ、旧民主党政権時代にも同会は盛大に行われた。かつて民主党に所属した自民党の長尾敬衆院議員が、2010年4月に鳩山由紀夫首相が主催した会の実態を明かした。

「政権交代して初めての『桜を見る会』で、天気は悪かったが、参加者はみんな、お祭り気分だった」 長尾氏は振り返った。鳩山政権は09年9月に発足したが、半年がたち支持率低下に直面していた。桜を見る会の少し前、小沢一郎幹事長が陣取る党本部から「せっかくの機会だ。10人分の名簿を出すんだ。これで後援会を固めろ」という指令が出たという。

「本来は、各界で功績や功労があった方が招かれるべきだが、自民党政権時代から(後援会関係者を呼ぶのは)慣例のようで、民主党の同僚議員も党本部に従っていた。私は恥ずかしながら、地元・大阪の後援会では集まらず、東京の知人や元上司ら5、6人分を集めて、名簿を党に出した」

当日は、気温4度で雨だった。鳩山氏は1万人の招待客を前に「雨のときに集まってくれる友こそが真の友だ」とあいさつした。長尾氏はいう。「会場は足元がぬかるみ、人も多く、食べ物にもありつけず、大変だった。旧民主党の面々は、桜を見る会の実態をよく知っているはずなのに、一部メディアとともに『推薦枠があるのか』『どんな功績・功労があるのか!』などと追及している。しらじらしく、悲しくなる」【ZAKZAK 2019年11月16日

上記のように民主党政権時代も桜を見る会を「後援会固め」に利用していたようです。翌年、東日本大震災が発生したため、鳩山首相の時の一度限りとなっていましたが、民主党の国会議員もそれまでの政権の慣例に対して問題意識を抱いていませんでした。今、安倍首相を批判し、追及している国会議員の多くは民主党出身者です。

したがって、桜を見る会に支援者を招待したことの問題性を指摘するのであれば民主党政権時代の顛末も検証し、真摯に総括すべきだろうと思っています。過去のことで民主党自体が存在していない、安倍首相の招待客数に比べれば規模が小さい、そのような言い分は正直なところ説得力を欠きがちです。

総括した結果、問題点が認められた場合は責任の所在を明らかにした上、招待客数分の経費を個々の国会議員が自主返納するような対応も検討すべきではないでしょうか。このような対応を同時に進めることで安倍首相に対する追及の迫力が増すはずであり、国民の多数から支持を得られていくように考えています。

この問題は日々動きがあり、安倍首相は来年の桜を見る会を 「私の判断で中止することにした」と語っています。直前の国会質疑の中では「問題ない」と繰り返していたのにも関わらず、やはり問題性を認識した表われだろうと見られています。加えて、桜を見る会の前夜に催された安倍首相の後援会による懇親会の位置付けなどが取り沙汰されています。

総理大臣主催の「桜を見る会」をめぐり、安倍総理大臣は、前日夜の懇親会を含め、旅費などのすべての費用は参加者の自己負担であり、みずからの事務所や後援会の収支はないことを確認したとして、政治資金規正法違反にはあたらないという認識を示しました。

総理大臣主催の「桜を見る会」をめぐり、安倍総理大臣は15日夜、総理大臣官邸で記者団に対し、「さまざま報道があったので事務所から詳細について、きょう報告を受けた。夕食会を含めて、旅費・宿泊費等のすべての費用は、参加者の自己負担で支払われており、安倍事務所なり、安倍晋三後援会としての収入・支出は一切ないことを改めて確認した」と述べました。

そして、旅費や宿泊費は、参加者それぞれが旅行代理店に支払い、懇親会の会費は、会場の入り口で事務所の職員が集めてホテル側に渡す形をとっていたと説明しました。また、安倍総理大臣は、前日夜に開かれた懇親会について広い意味での後援会活動だという認識を示すとともに、「価格設定が安すぎるのではないかという指摘があるが、5000円という会費は、大多数がホテルの宿泊者だという事情を踏まえ、ホテル側が設定した価格だと報告を受けている」と述べました。

そのうえで「収支報告書への記載は、収支が発生して初めて義務が生じる。交通費や宿泊費などを直接、旅行代理店に支払っていれば後援会に収支は発生せず、前夜祭についても、お金をそのままホテルに渡していれば収支は発生しないので、政治資金規正法上の違反には全くあたらない」と述べました。【NHK NEWS WEB 2019年11月16日

安倍首相の説明のとおりで問題がないのかどうか、これから明らかになっていくはずです。いつものことですが、普段から安倍首相を支持されている有識者からは「もっと国民生活に直結した問題を議論すべき」という声が上がっています。確かに優先順位の高い重要な課題の議論が疎かになるようでは問題ですが、行政府の最高責任者が定められたルールを守れているかどうかという問題を曖昧にすることはできません。

ウグイス嬢への上限を超えた報酬支払や選挙区内で秘書が香典を渡したというルール違反を問われ、二人の大臣が辞めたのは最近のことです。5年前には小渕優子経産大臣が後援会の観劇費用を巡る問題で辞任していました。森田千葉県知事の「私的視察」に絡み、舛添前都知事は次のように問いかけています。

安倍総理が河口湖の別荘に行く。総理の公用車には前後護衛の警察車両がつく。ゴルフに行く時も同じだ。東京都知事というのは、およそ1400万人の都民の生命と財産を預かる立場だ。私も公用車で別荘に行ったが、叩かれた。ルールどおり使用したのに、なぜ叩かれたのか。『どこが違うのか』という説明が無い。

総理大臣は別格で何でも許されてしまうのでしょうか。ある程度の詭弁も仕方ないと認めていかなければならないのでしょうか。しかし、国民に対して正直であることが信頼できるトップリーダーの資質であって欲しいものと願っています。今回の問題が限りなく「クロ」に近付いた時、それでも支持率が急落しないケースも考えられます。

政権の受け皿として野党側が充分信頼されなかった場合、総選挙でも自民党が勝ち切るケースも想定できます。一連の問題に違法性がなく、攻めた野党の空振りだった場合、そのような結果も仕方ありません。しかし、限りなく「クロ」でありながら、支持率や選挙結果をもって許されていく場合は非常に残念な政治的な構図だと思っています。

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2019年11月 9日 (土)

定期大会を終えて、2019年秋

記事タイトルに悩む時がありますが、今回も悩まず「定期大会を終えて、2016年秋」「定期大会を終えて、2017年秋」「定期大会を終えて、2018年秋」という4年続けた同じパターンでの記事タイトルとしています。水曜の夜、私どもの組合の定期大会が開かれました。6年前の記事「定期大会の話、インデックスⅡ」の中で詳しく綴っていますが、組合員全員の出席を呼びかけるスタイルで続けています。

3年前の定期大会で特別議案「組合財政の確立に向けて」を確認し、経常的な収入に見合った支出構造に近付ける努力を重ねています。定期大会の会場の見直しもその一つでした。今回の大会当日の組合員数は1,147人です。組合員全員の出席を呼びかけているため、これまで千人以上収容できる市民会館の大ホールで催してきました。2階席は使用していませんでしたが、実際の出席者数に比べて大ホールは広すぎて、残念ながらガランとした雰囲気になりがちでした。

一人でも多くの出席を呼びかけながら300人も入らない会場で催した場合、初めから出席者をあまり集める気がないように思われてしまいます。このような点を考慮し、大ホールを定期大会の会場に定着させていました。しかしながら組合員数の減少に伴い、出席者数も漸減してきていました。そのため、一昨年から会場を1,201席の大ホールから246席の小ホールに移していました。

最終的な出席者数は一昨年が168人、昨年が162人でした。残念ながら「うれしい悲鳴」を上げることはなく、背伸びしない身の丈に合った小ホールの収容規模に見合った出席者数で推移しています。小ホールへの変更に合わせ、食事と出席記念品の配布をやめていました。そのため、300人前後で推移してきた出席者数の減少は、ある程度想定していました。

それぞれ160人台という数は大成功と喜べるものではありませんが、ことさら悲観するレベルのものでもなく、小ホールでの全員参加型の組合大会を維持していけるものと考えているところです。 今年の出席者数は176人でした。組合員数が減少している中、3年間で最も多い出席者数です。前々回記事でお伝えした会計年度任用職員制度の労使合意について嘱託組合員の皆さんが関心をお寄せいただいてた表われだと受けとめています。

さて、定期大会冒頭の執行委員長挨拶は例年通り簡潔な内容の挨拶に努めました。ちなみに人前で挨拶する機会が多いため、檀上で緊張するようなことはありません。原稿がなくても大丈夫ですが、いろいろ話を広げてしまい、割り当てられた5分という時間をオーバーしてしまう心配があるため、毎年、定期大会だけは必ず挨拶する内容の原稿を用意しています。ここ数年、挨拶原稿のほぼ全文をブログで紹介しています。今回の内容は下記のとおりでした。

八王子市を選挙区とする萩生田文部科学大臣の「身の丈」発言が批判を浴びました。ある意味で萩生田大臣の発言に感謝しなければならないように思っています。この発言によって問題点が注目されたため、大学に入るために必要な英語民間試験の導入が延期されることになりました。裕福な家庭との経済格差や試験会場等との絡みからの地域格差など様々な問題点がありながら見切り発車されるところを止めることができています。

このように様々な角度から検証した際、その「答え」が本当に最も望ましいものなのかどうか変わってくる場合もあります。本来、そのような意味合いから国会でのチェック機能が働き、萩生田大臣の「身の丈」発言よりも前に英語民間試験の導入は慎重な対応が求められていたはずです。一強多弱という国会の勢力図はこのような点から決して好ましい現状ではありません。

いずれにしても私たちの暮らしや働き方は政治の動きに左右されていきます。そのため、企業や自治体内の労使交渉だけでは解決できない社会的・政治的な問題に対処するため、多くの労働組合が集まって政府などへ大きな声を上げていくことも大切な運動の一つとなっています。私たち自治労の声を国会に届けるため、7月の参議院選挙で岸まき子さんを組織内候補として擁立し、おかげ様で当選を果たすことができました。ご支援くださった皆さんに改めて感謝申し上げます。

様々な角度からの検証やチェック機能の大切さは労使関係においても当てはまります。使用者の目線だけで労働条件を決められてしまった場合、「ブラック」な職場になりかねません。そのような事態を防ぐために様々な労働法制が整えられ、労働条件は労使対等な立場で決めていくという原則が確立しています。私どもの労使関係も、そのような原則のもとに幅広い労使課題の解決に向け、真摯な議論を尽くしています。

日付が10月25日に変わった深夜、会計年度任用職員制度の条例化を合意しました。他団体の非常勤職員との均衡に固執する市当局だったため、労使交渉という経路がなかった場合、病休の無給化など現行の待遇を大幅に切り下げる条例化に至っていたはずです。月額報酬の現行水準を確保できず、100%満足できる決着ではありませんが、嘱託組合員の皆さんの切実な声を背にしながら全力で労使協議を進めてきました。今後、この制度化を機会に学校事務や学童保育所など個々の職場の課題解決に向けて、さらに労使協議を進めていきます。

本日配布した「当面する闘争方針案」には賃金確定や人員確保の取り組みについて提起しています。私どもの市の独自課題として地域手当の引き上げは何としても実現したいものと考えています。また、職場アンケートを集約中ですが、人員確保要求に向け、切実な声が届いています。他に長期主任職選考方法の見直しや移動時間の時間外勤務認定基準も労使対等原則のもとに協議を重ねた結果、今回の定期大会で一つの節目を迎えます。

このように多岐にわたり、たいへん重要な職場課題に対応していくためには職員の大半が加入しているという結集力が欠かせず、活動を担う組合役員が必要です。昨年の大会で協力委員制度を創設しました。新たな年度に向けては数年ぶりに執行委員の数を増やすことができています。様々な事情を抱えながら立候補を決意された皆さんに心から感謝しています。

私自身、たいへん長く組合役員を務めている中、組合の必要性を人一倍強く感じています。そのため、引き続き執行委員長を担うことで、よりいっそう発展し、強固な組織基盤を整えた上、次走者にバトンを渡せるよう精一杯頑張る決意です。

出席者からの発言として、今回も保育士の方から「公立保育園の大切さ」のアピールがありました。市民課職員からはマイナンバー制度に伴う業務への負担が増している現状が訴えられました。また、その方からは全庁的にメンタル不調での病休者が増えているため、よりいっそう組合としても対策に力を注いで欲しいという要望が示されました。

他に前回記事「トヨタの労使交渉」の中でも触れた長期主任職の選考方法の見直しに関しての発言がありました。試験会場方式に見直しても、これまでのレポート提出と同様、複数の設問を事前に示した上での作文試験のみとし、合格基準を上げるものではないことを市側と確認しています。この確認が「なし崩し的に変えられていかないように」という趣旨の発言でした。

執行部からはそれぞれの発言をしっかり受けとめ、これからの組合活動に活かしていく旨を答えています。修正案の提出や反対意見はなく、執行部提案はすべて原案通り承認を得られました。今回の定期大会を区切りとして、会計監査を務められた方が退任されます。前年度よりも執行委員が5名増えるなど、久しぶりに新しい顔ぶれのメンバーが大勢加わった執行部体制となり、たいへん心強く感じています。

定期大会が終わった後、今年は水曜の夜だったのにも関わらず、遅くまで飲み語り合ってしまいました。それでも翌日仕事があることを意識できているためか、ひどい二日酔いにならずに済んでいました。いずれにしても今後の組合活動に対し、その夜は多くの方から様々な意見や問題意識を聞かせていただき、例年以上に貴重な交流の場となっていました。

最後に、組合員の皆さん、大会運営にご協力いただいた皆さん、ご来賓やメッセージをお寄せくださった皆さん、新旧の組合役員の皆さん、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

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2019年11月 2日 (土)

トヨタの労使交渉

昨年3月に「人事・給与制度見直しの労使協議」という記事を投稿していました。その中で長期主任職の選考方法の見直しが提案され、労使で見解が分かれていたことを伝えていました。前回記事「会計年度任用職員制度、労使合意」の冒頭に「労働条件の変更は労使協議を尽くし、合意が得られない限り一方的に実施しない」という確認について触れていました。

長期主任職の選考方法の見直し提案も昨年度中に合意は得られず、年度を越えた継続課題としてきました。今年度、改めて市側から見直したいという意向が示され、職場委員会資料等で組合の問題意識を組合員の皆さんに詳しく伝えながら労使協議を重ねてきました。

長期期主任職はベテラン職員を処遇するポストとして、能力評価を重視した短期主任職の選考とは峻別し、人物評価を基本としたレポート提出での選考が望ましいものと考えています。その考え方に変わりありませんが、試験会場方式に見直す提案に対しても強い反対意見が寄せられない中、市側の提案通り今年度から見直すことを労使合意する運びとしています。

合意するにあたり、これまでのレポート提出と同様、複数の設問を事前に示した上での作文試験のみとし、合格基準を上げるものではないことを確認しています。さらに受験日に病気等の事情で受けられなかった場合、救済措置を設けることも確認しています。

これまで「人事評価の話、インデックス」という記事があるとおり人事評価制度に関する記事を数多く投稿しています。労働組合は人事に関与できず、当局側の責任事項です。一方で、賃金水準に直結する人事や給与の制度面の問題は労使協議の対象としています。そのため、このブログで取り上げる機会も多くなっています。

労使協議に臨む組合の立場や考え方として、公務の中で個々人の業績評価は取り入れにくい、役職や職種に関わらず職員一人ひとりが職務に対する責任を自覚している、常にモチベーションを高めていけるような人事制度が欠かせない、仮に人事評価制度の導入によって多くの職員の士気を低下させるようでは問題である、このような点を訴えながら慎重な姿勢で人事制度の変更に対応してきました。

さらに組合員の生活を維持向上させる役割が求められているため、人事制度の見直しによって賃金水準が極端に下がらないような仕組みに向けて留意してきました。「頑張っても頑張らなくても同じ給料」という不本意な見られ方をされないように注意しなければなりませんが、このような立場や経緯のもとに長期主任職の導入を合意してきています。

記事タイトルに掲げた話題につながるため、まず私どもの組合活動の近況をお伝えしています。私どもの組合も含め、労働組合は組合員全体の賃金水準の底上げをはかることを重視するため、労働者間で競い合わせ、賃金に大きな格差を生じさせるような人事制度に消極的だと一般的には見られているはずです。

このような見方があるため、先日、同じ職場の組合員から「トヨタの労使交渉が面白いですよ。労使の立場が逆になっています」と声をかけられました。当ブログを定期的にご覧になっている方であり、私からは機会を見てブログで取り上げることを約束していました。面白いと評されたトヨタの労使交渉は日経ビジネスの特集『トヨタ前代未聞の労使交渉、「変われない社員」への警告』で詳しく伝えていました。

トヨタ自動車は10月9日、秋季労使交渉を開催した。「春季」の労使交渉で決着が付かず、延長戦を実施するという異例の事態だ。結果は、労働組合側が要求したボーナス(一時金)は満額回答となったが、その背景にはトヨタの大きな危機感がある。これまでトヨタは、年功序列や終身雇用といった「日本型雇用」の象徴的存在と見られていたが、その同社ですら今、雇用の在り方を大きく見直そうとしている。

日経ビジネスは10月14日号の特集「トヨタも悩む 新50代問題 もうリストラでは解決できない」で、抜本的な修正を迫られている日本型雇用の実態と、新たな雇用モデルをつくろうという日本企業の挑戦を取材している。あわせてお読みいただきたい。

10月9日、トヨタ自動車で「秋季」労使交渉が開かれた。1969年に年間ボーナス(一時金)の労使交渉を導入してからこれまで、延長戦に突入したことは一度もない。 異常事態である。ふたを開ければ満額回答で、冬季の一時金を、基準内賃金の3.5カ月、2018年冬季比16%増の128万円にすると決めた。日経ビジネスは半年間にわたる延長戦の内実を取材。満額回答に至る裏側で、トヨタの人事制度がガラガラと音を立てて変わろうとしていた。

春の交渉では、労使のかみ合わなさがあらわになった。13年ぶりに3月13日の集中回答日まで決着がずれ込み、結局、一時金について年間協定が結べなかった。「夏季分のみ」という会社提案を組合がのみ、結論を先延ばしにした格好だ。きっかけは、その1週間前だった──。

3月6日に開かれた第3回の労使協議会は、異様な雰囲気に包まれていた。「今回ほどものすごく距離感を感じたことはない。こんなにかみ合っていないのか。組合、会社ともに生きるか死ぬかの状況が分かっていないのではないか?」。緊迫感のなさに対して、豊田章男社長がこう一喝したからだ。組合側からの「モチベーションが低い」などの意見を聞いての発言だが、重要なのはそのメッセージが、非組合員である会社側の幹部社員にも向けられた点にある。

労使交渉関係者は次のように証言する。「社長は、若手が多い組合側よりも、ベテランを含むマネジメント層に危機感を持っていたようだ」 豊田社長の発言を受けて急きょ、部長などの幹部側が集まった。危機感の不足を議論し共有するのに1週間を要した。これが、会社回答が集中日までずれ込んだ理由の一つだった。

10月9日、労使交渉を終えた後の説明会で、河合満副社長はこう述べた。「労使が『共通の基盤』に立てていなかった。春のみの回答というのは異例だったが、労使が共通の基盤に立つための苦渋の決断だった。今回の(労使での)やり取りの中で、労使それぞれが変わりつつあるのかを丁寧に確認した」

豊田章男社長や河合副社長が実際に現場をアポイントなしで訪れ、現場の実態を確認。そのうえで、トヨタの原点である「カイゼン」や「創意くふう」に改めて取り組んだ。5月には60%だった社員の参加率は9月には90%まで上昇したという。

「全員が変われるという期待が持てた。労使で100年に1度の大変革期を必ず越えられる点を確認し、回答は満額とした」(河合副社長) 豊田社長が危機感をあらわにし、トヨタが頭を悩ませているのは、「変わろうとしない」社員の存在だった。

トヨタ労組「機能していない人がたくさんいるのでは」 

事実、河合副社長も「取り組みはまだまだ道半ば。マネジメントも含め、変わりきれていない人も少なくとも存在する」と報道陣に述べ、トヨタ自動車労働組合の西野勝義執行委員長も労使交渉の場で「職場の中には、まだまだ意識が変わりきれていなかったり、行動に移せていないメンバーがいる」と会社側に伝えた。

この問題に対応するため、トヨタ労使は、春季交渉からの延長戦の中で、現場の意識の確認とは別に、評価制度の見直しに着手していた。労使交渉の関係者などへの取材によると、トヨタにはいまだ、年次による昇格枠が設定されている。総合職に当たる「事技職」では、40歳手前で課長、40代後半で部長というのが出世コースで、このコースから外れると挽回はほぼ不可能とされる。

労使交渉では、組合側から「機能していない人がたくさんいるのではないか」「組織に対して貢献が足りない人もいるのではないか」という率直な意見が出た。関係者は語る。「リーマン・ショックまでは拡大路線が続き、働いていなくても職場の中で隠れていられた。最近はそうはいかず、中高年の『働かない層』が目立ち始めた」

秋の労使交渉後に報道陣の取材に応じたトヨタ自動車総務・人事本部の桑田正規副本部長は、日経ビジネスの「年功序列をどう変えていくのか」との質問に対して「これまでは『何歳でこの資格に上がれる』という仕組みがあった」と認め、こう続けた。

「その仕組みが、現状を反映していない場合もあった。例えば、業務職では、ある程度の年齢にならないと上がれなかったが、その期間が長すぎた。明らかに時代に合っていないものは見直していきたい。それ以外(の職種)でも、できるだけ早めにいろんな経験をさせたい。大きく(年功序列の仕組みを)撤廃するということではなく、多少、幅を広げていきたいと思っている」

トヨタは今年1月、管理職制度を大幅に変更した。55人いた役員を23人に半減し、常務役員、役員待遇だった常務理事、部長級の基幹職1級、次長級の基幹職2級を「幹部職」として統合。「事実上の降格」を可能にした。ただし、幹部職の創設は人事制度改革の入り口にすぎない。

動き始めた評価制度見直し「年次による昇格枠を廃止」 

トヨタはさらに、評価制度の見直しを労使で議論し始めた。協議の場は月に1回で、これまでに計5回。会社側は人事本部長、組合側は副委員長をトップとし、ひざ詰めの議論が続く。8月21日の5回目の労使専門委員会で、トヨタは初めて総合職の評価制度見直しの具体案を組合に提示した。

目玉は、桑田副本部長が「見直していきたい」と発言した、年次による昇格枠の廃止である。曖昧だった評価基準を、トヨタの価値観の理解・実践による「人間力」と、能力をいかに発揮したかという「実行力」に照らし、昇格は是々非々で判断するとした。「ぶら下がっていただけの50代は評価されない。これから降格も視野に入るだろう」(先の関係者)

組合執行部は「勤続年数や年齢ではなく、それぞれの意欲や能力発揮の状況をより重視する方向だ」と好意的に受け止め、運用の詳細について引き続き議論していくとしている。評価制度だけでなく、一時金の成果反映分を変更する加点額の見直しや、中途採用の強化などを労使は議論している。トヨタは総合職に占める中途採用の割合を中長期的に5割に引き上げるとも報じられている。

桑田副本部長は人事制度の見直し全般について「試行錯誤しながらやっていきたい。長く議論しても意味がないので、よく考えながら進めたい」とした。前代未聞の労使交渉延長戦から見えてきたのは、変われない社員に対する警告ともいえる人事制度の再点検だった。幹部職の創設から中途採用強化まで、トヨタは100年に1度の大変革を乗り越えるべく、従来の雇用モデルを見直そうとしている。

長い記事をそのまま紹介させていただきましたが、取捨選択しないほうが望ましいものと考えました。特集記事の見出しには「前代未聞の労使交渉」と付けられています。協議している見直し対象の幅広さも注目に値しますが、冒頭に記した一般的な労使関係の見られ方とは真逆な構図も「前代未聞」と評しているのだろうと理解しています。

この話題を紹介された組合員も「労使の立場の逆転現象が面白い」と考え、私に伝えてくれたようです。特集記事の中に「社長は、若手が多い組合側よりも、ベテランを含むマネジメント層に危機感を持っていたようだ」という記述があります。改革に後ろ向きな幹部社員側に対し、トヨタ労組は「機能していない人がたくさんいるのでは」という指摘までされているようです。

若いから新しい試みや仕事に熱心で意欲的、50歳代は自己保身に走りがちでしっかり働いていない、このように決め付けてしまうのも早計だろうと思っています。労働組合に対するイメージも固定すべきものではなく、それぞれのカラーや活動方針も様々なのだろうと見ています。その上で当該の組合員からの幅広い声を受けとめ、どのように調和をはかれているかどうかが大事な点であるはずです。

私どもの組合は労使協議を通し、長期主任職の門戸は広く開かせるように努めています。その結果、「あの人が主任?」という疑念の声が上がってしまうようでは問題です。仕事に手を抜いても相応の待遇が保障されているような見られ方も避けなければなりません。このような問題意識を抱えながら以前「ベターをめざす人事制度」という記事の中で次のように綴っていました。

そもそも試験制度の長所は、意欲のある人に手をあげさせる点、恣意的な登用を払拭する意味合いなどがあります。当然、短所もあり、もともと人事制度はベストと言い切れるものを簡単に見出せません。いろいろ試行錯誤を繰り返しながらベターな選択を模索していくことになります。いずれにしても最も重要な点は、どのような役職や職種の職員も職務に対する誇りと責任を自覚でき、常にモチベーションを高めていけるような人事制度が欠かせません。

全員が横並びとなるフラットな組織はあり得ないため、ピラミッド型の指揮命令系統も築かなければなりません。その際、ピラミッドの上下を問わず、士気を低下させない人事制度が理想であることは言うまでもありません。難しい話かも知れませんが、まず大事な点は、可能な限り公平・公正・納得性が担保された昇任制度の確立だろうと思います。合わせて、部長でも一職員でも担っている仕事の重さに大きな変わりがないという自負を持たせることも大事な点となります。

行政の行方を左右する判断を日々求められる部長の職責の重さも、子どもの命そのものを託されている保育士の責任の重さも、それぞれ優劣を付けられない重さがあります。市職員一人ひとり、そのような自覚と責任を持って務めているものと確信しています。実際、住民サービスの維持向上のためには、手を抜ける仕事など皆無です。したがって、そのような点が意識でき、積極的な動機付けとなる人事配置が非常に重要だろうと考えています。

上記のような考え方は今も変わりありません。したがって、長期主任職になって頑張ろうと意欲を示したベテラン職員が試験に落ちた場合、モチベーションが下がってしまうリスクのほうを懸念しています。それよりも主任職という肩書を得て、ベテラン職員がよりいっそう自分自身の職務に励む動機付けにつなげていけることのほうが組織にとっても大きなメリットだろうと考えています。

一方で、トヨタの労使交渉のような動きを決して批判的に見ている訳ではありません。それぞれの企業や自治体の労使が対等の立場で議論を尽くし、より望ましい当該組織の人事制度を確立していくことが大事な試みだと認識しています。なお、長期主任職選考方法の見直しに関しては水曜夜に開く定期大会当日に配布する「当面する闘争方針(案)」の議題の一つとしています。

最後に、トヨタと言えば『トヨトミの野望』という小説を最近読み終えていました。覆面作家の梶山三郎さんが「巨大自動車企業の真実を伝えたいから、私は、ノンフィクションではなく、小説を書きました」と述べているとおり登場人物の実名は容易に特定できます。文庫本化されて手にしていましたが、たいへん興味深い小説でした。トヨトミ自動車の御曹司である豊臣統一はトヨタの豊田章男社長のことだと分かります。

年長の幹部、管理職たちには「天下のトヨトミが潰れるはずがない、潰れるときは日本が沈没するとき、倒産などあり得ない」と呑気な面々が大勢を占めた、小説の中で豊臣統一が語っている言葉です。前述したとおり日経ビジネスの特集記事の中でも豊田章男社長が同じように見ていることを伝えていました。年功序列人事の弊害が焦点化されがちですが、あくまでも個々人の意識を高めていくための制度や組織のあり方が肝要なのだろうと考えています。

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