子ども虐待のない社会をめざして
水曜の午後、主催者側のプロジェクトの一員として連合三多摩ブロック地協の政策・制度討論集会に参加しました。毎年、この時期に開かれ、これまで当ブログでは連合三多摩の政策・制度討論集会で得られた内容をもとに「子ども・子育て支援新制度について」「保育や介護現場の実情」「脱・雇用劣化社会」「子どもの貧困と社会的養護の現状」という記事を綴っていました。
三多摩の地で働き、三多摩の地で暮らす組合員の多い連合三多摩は、各自治体に向けた政策・制度要求の取り組みに力を注いでいます。今年も多岐にわたる要求書を全自治体に提出しています。その一環として討論集会を企画し、政策・制度要求に掲げている重点課題等について認識の共有化に努めています。
主催者を代表した議長挨拶は労使関係で解決できない課題を政策・制度要求につなげていることを説明し、「よく見る、よく知る、よく触れる」という心構えの大切さなどを訴えられていました。プロジェクトの主査からは「多摩の未来に夢を」というスローガンを掲げた政策・制度要求の取り組みについて全体会の中で報告を受けています。
■子ども虐待をなくすために
200名ほどが参加した全体会の後、二つの分科会があり、私は第1分科会「子どもが幸せに暮らせるために~虐待のない社会をめざして~」に参加しました。最初に課題提起として「子ども虐待をなくすために私たち一人ひとりに何ができるか」というテーマで子育てアドバイザーの高祖常子さんのお話がありました。
高祖さんは認定NPO法人児童虐待防止全国ネットワーク理事をはじめ、子育て支援の活動に幅広く関われている方です。まず高祖さんは子育て家庭の現状を説明しています。共働き世帯は1980年に600万世帯でした。それが今では1200万世帯を超えています。1100万を超えていた専業主婦世帯が600万を下回り、40年近くで比率が逆転しています。
働き方改革が叫ばれ始めていますが、早く家に帰りたくても帰れない労働者は少なくありません。さらに日本の家事育児時間は女性に大きく偏っています。仕事で疲れて帰った後、家で子どもが泣きわめくと落ち着かず、怒鳴ってばかりというBADサイクル、特に働く母親に見られがちな現状の多さを高祖さんは指摘しています。
共働き家庭の夫婦が家事育児を分担でき、帰宅後、子どもやパートナーと笑顔で過ごせる時間を増やせれば翌日の仕事にも前向きに取り組める、GOODサイクルにつながることの大切さを訴えられています。いずれにしても養育者がストレスを抱えると、子どもがストレスのはけ口になりがちな危うさを高祖さんは懸念されています。
続いて子ども虐待の現状について高祖さんからお話がありました。児童相談所の虐待対応件数は2000年まで1万件以下でした。それ移行、毎年増え続け、年間で16万件を超えています。通告件数が増え、表面化されるようになったという見方もありますが、増え続けていることは確かであるようです。
2018年度の統計で虐待による死亡事例の約8割が3歳以下です。加害者の48%が実母であり、実父は27%です。実母と実父が11%、実母の交際相手が2%、その他が12%となっています。子育て時間に対して実父の27%という比率は高いという分析を高祖さんは加えられていました。
児童虐待の定義として、身体虐待、性的虐待、ネグレクト、心理的虐待の4種類に分類されます。4年前から「叩く」という行為も身体虐待に加えられています。虐待を引き起こす要因や背景は複雑で、親や養育者が抱える事情がいくつも重なって起こります。高祖さんは大変な時、リストラや引っ越しなど大きな変化があった時に起こりやすいと話されていました。
目黒区で5歳の結愛ちゃん、野田市では10歳の心愛ちゃんが虐待によって命を落としています。「しつけのつもりだった」という父親の供述もありますが、高祖さんは「しつけと虐待は違います。子どもが耐え難い苦痛を感じれば、それは虐待です」と強調されています。厳しい体罰で前頭前野が委縮し、暴言で聴覚野が変形するなど、辛い体験記憶によって脳を傷付けていることが科学的に立証されているそうです。
影響力の高い国会議員は高齢男性が多く、親のしつけに対する認識に温度差があったようです。日本が子どもの権利条約を批准してから22年、ようやく2016年に児童福祉法を改正し、子どもが「権利の主体」として位置付けられました。さらに「しつけに際して体罰を加えてはならない」と明記されたのは今年6月のことでした。今後、「暴言の禁止」もガイドラインに含めて欲しいと高祖さんは訴えています。
感情的にならない子育てのためにはストレスの爆発を逃す自分なりの方法を見つけておくことを高祖さんは勧められています。「何やってんの!!」と怒鳴りそうになった時、深呼吸することや子どもの気持ちを言語化しながら「またそんなことして~」と笑顔で問いかけ、怒りを子どもにぶつけないことが重要です。このような心構えを書いたメモを冷蔵庫に貼っておくことも勧められていました。
虐待のない社会にするための大切な考え方として「子ども一人育てるのに村人全員が必要」というアフリカの諺を高祖さんは紹介されていました。パパとママで育児家事、周囲(じじばば、ママ友、パパ友、ご近所)の助けを借りる、受援力(「助けて!」と言える力)、「できる」ために考え工夫する力、おせっかい力、行政のサポート情報を知る力・使う力などの必要性を説かれています。
■児童相談所の実情
事例報告として「児童相談所の実情」を朝日新聞編集委員の大久保真紀さんからお話を伺いました。大久保さんは1か月間、ある児童相談所を朝から夜まで密着取材されていました。『ルポ 児童相談所』という著書があり、第1分科会の座長は事前に著書を読まれたそうです。その座長は私が所属する地区協の議長を務めている方ですが、電車の中で読んでいた時に涙を流していたことを話されていました。そのように興味深い著書であり、会場の受付で販売していた著書は完売していました。
今回の大久保さんの事例報告を通し、児童相談所の置かれた厳しい現状に触れることができました。頻発している痛ましい事件に接し、児童相談所が適切に対応していれば救える命を救えたのではないかという批判も示されがちです。猛省すべき点も認めていかなければなりませんが、蚊帳の外から批判だけすれば良いものではないという立場から大久保さんは児童相談所の取材に向き合っているそうです。
児童相談所は児童福祉法に基づき都道府県や政令指定都市に設置が義務付けられ、中核市にも置くことができるようになっています。ちなみに関係機関との連絡調整をはかる要保護児童対策地域協議会は基礎自治体である市町村が運営しているため、児童相談所も住民にとって最も身近な市町村に置くことが望ましいのではないかと大久保さんは語られていました。
児童相談所は親から養護や非行などの相談を受ける機関であり、仕事は多岐にわたっています。そのような中で虐待相談件数は2018年度に15万9850件で、児童虐待防止法施行前の1999年度に比べると13.7倍となっています。関係機関から虐待の通告があれば48時間以内に子どもの安全を確認しなければなりません。そのため、夜中の呼び出しや休日出勤は珍しくありません。
児童相談所には子どもの命を守るため、親の同意なくても預かる「職権保護」を判断できる役割があります。「職権保護」に向けては判断の難しさをはじめ、携わる人数や手間の問題、時には身の危険もあります。ちなみに小学生以上の場合、子ども本人の同意も必要とされているそうです。一時保護すれば終わりではなく、一時保護先の決定や抗議してくる親との対応などに追われます。
このような役割を負っている児童相談所の人材の質的・量的強化の必要性を大久保さんは強く訴えられています。ソーシャルワーカーといわれる児童福祉司を厚労省も増員していく方針です。ただ大久保さんは担当件数の緩和とともに専門性の確保が欠かせないという認識です。現在、全国で児童福祉司は約3600人ですが、専門職採用は77%、勤務年数3年未満が49%となっています。
大久保さんは児童相談所の質と量の確保は10年から15年かけた長期的な視点が必要だと話されています。その上で児童福祉司や児童心理司を国家資格とすることや弁護士の常勤化などの検討を求めています。さらに市町村の支援や機能分化について触れながら市町村側の態勢強化も提起されていました。要保護児童対策地域協議会の事務局職員の専任は36%にとどまっているそうです。
■西東京市の子ども条例
続いて事例報告「西東京市子ども条例の制定について」は西東京市子育て支援部の主幹からお話を伺いました。西東京市は昨年10月1日、「今と未来を生きる全ての子どもが健やかに育つ環境を整えるため、その理念を共有し、仕組みを整え、まち全体で子どもの育ちを支えていくこと」を目的とし、西東京市子ども条例を施行されていました。主幹から次のような六つの特徴があることの説明を受けています。
- 総合的な条例 ~ 西東京市の子どもがいっそう自分らしく生きていくことができるように、また、西東京市で生じた痛ましい事件を忘れないためにも、前文で条例の理念を示した「総合的な条例」です。
- 相談・救済機関の設置 ~ 子ども固有の悩み事等について、子どもに寄り添い、一緒に考え、安心・解決できるような相談・救済機関をつくることを定めています。
- 施策の原則を規定 ~ 子どもをめぐる今日的な問題(虐待、いじめ、子どもの貧困、子どもの居場所づくり等)に取り組むこと等について施策の原則を定めています。
- 関係者の支援 ~ 上述の施策が推進されるためにも、保護者・家庭、育ち学ぶ施設やその関係者、地域・住民が役割を十分に果たせるよう支援を受けられることを定めています。
- まち全体で育ちを支える ~ 市民をはじめ関係者の連携を強調し、まち全体で子どもの育ちを支えていくことを示しています。
- 子どもたちにもわかりやすく ~ 子どもが条例に親しみを持てるよう、条文を「です・ます調」で記しています。
5年前、虐待による中学生の自死事件が西東京市内で発生していました。このことを重大かつ深刻な事態であると受けとめ、児童虐待防止の取り組みを改めて強化されたそうです。前述したとおり3年前には児童福祉法が改正され、子どもの権利擁護が明確化されていました。このような経緯があり、市長の制定に向けた明確な意思のもとに条例づくりが進みました。
2017年8月に庁内検討委員会が設置された後、子ども子育て審議会専門部会で議論を重ね、子ども条例制定要綱案をまとめています。その要綱案について2018年6月から7月までパブリックコメントを実施し、その年の9月、市議会定例会に条例案が上程されていました。条例の制定後、子ども条例の普及啓発、子ども施策推進本部の設置、子どもの相談・救済機関の設置に取り組まれています。
特に普及啓発に際し、子ども自身が「権利主体」であることに気付かせていくことを重視されているそうです。子ども条例副読本等の制作にあたっては、より子どもに近い大学ゼミの学生から意見を聞かれていました。子ども相談室は「ほっとルーム」、子どもの権利擁護委員会は「CPT(children protect team~子どもの笑顔を守るため~)」という愛称は中学生から募集し、小学生の投票で決めたそうです。
■虐待の社会的損失1.6兆円
たいへん中味の濃い課題提起と事例報告でしたので、主な要点をまとめたつもりでしたが長い記事になっています。もう少し続けさせていただきますが、質疑討論の時間も非常に充実したものでした。会場からの質問者にマイクを渡す係でしたが、私からも質問させていただいています。すべて網羅した報告はできませんが、より印象に残った話をいくつかご紹介します。
子ども虐待によって生じる社会的な経費や損失は年間1.6兆円になるという試算があります。虐待に対応する直接費用は1千億円にとどまり、虐待を受けた子どもが将来納税者になるのか、税金を使う側になるのかどうかという間接費用が大半を占めています。日本より人口の少ないオーストラリアの直接費用は3千億円であり、他国に比べて日本の直接的な費用は少ないそうです。将来の膨大な損失を防ぐためには、もっと予算を投入する必要があることを知り得る機会となっていました。
貧困の連鎖という言葉がありますが、親から子どもへの虐待の連鎖があることも否めません。辛い体験記憶が脳を傷付けていくことを前述していましたが、今、子どもを虐待しているその親も子どもの時、親から虐待を受けていた可能性があります。「加害者は被害者」という言葉が印象に残っています。
私たち一人ひとりができること、心がけるべきこととして、子ども虐待のサインに気付き、サインが見られたら、ためらわず児童相談所等に通報することが求められています。不自然な傷や打撲の後、着衣や髪がいつも汚れている、表情が乏しい、夜遅くまで一人で遊んでいる、1時間以上泣いている、毎日泣いている、「痛い」「やめて」という声が聞こえる、親を避けようとする、勘違いだったとしてもサインに気付いたら通報するよう講師の皆さんそれぞれが要請されていました。
■最後に、それぞれのポジションからできること
以上のような話について、もともと熟知されていた方も多いのかも知れません。それでも今回の政策・制度討論集会に参加し、いろいろ感慨を深められた方も多いはずです。この集会には連合に所属する組合役員の他に自治体議員や自治体担当者の皆さんも参加されていました。それぞれのポジションに戻り、冒頭の議長の挨拶のとおり「よく見て、よく知った」ことを伝えていき、具体的な施策につながるようであれば、よりいっそう今回の集会が意義深いものとなります。
このような意味合いからも、さっそく今週末に更新するブログの題材として取り上げていました。児童虐待をなくすことは当事者の子どもを真っ先に救うことであり、場合によって当該の家族を救うことにもなります。児童相談所に関わってもらえたことを後から感謝する親も少なくないようです。社会的損失の問題も含め、私たち一人ひとりは決して傍観者ではないことを認識する機会となっていました。改めて講師の皆さん、ありがとうございました。
なお、第2分科会は「外国人の労働者施策の現状と課題~共生社会の実現に向けて~」というテーマでした。昨年12月には「入管法改正案が衆院通過」という記事を投稿していましたので、こちらのテーマにも興味がありました。分科会は同時並行で開かれていますので直接お話を伺うことはできませんでした。ただ参考となる資料は持ち帰っていますので、機会があれば当ブログの題材として取り上げられればと考えています。
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