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2019年9月29日 (日)

メディアリテラシーの大切さ

5月に投稿した記事「多面的な情報を提供する場として」の冒頭で、今年3月にココログのシステムが全面リニューアルしたことを伝えていました。その際、このブログの閲覧者の皆さんにも戸惑わせている点が生じていることを書き添えていました。右サイドバーに新規コメント投稿者の名前が即時に反映されなくなっていた点です。

これまでと同様、投稿自体は即時に受け付けていますが、右サイドバーの名前とともに記事本文下のコメント数の表示も反映されるまで場合によって数時間単位の時間差が生じています。コメント欄を開くと新規投稿のコメント内容を閲覧できますが、トップ画面からは新規投稿があったこと自体を即時に把握できなくなっていました。

さらに数日前からコメント投稿後、実際に反映されるまで時間を要するケースが生じています。nagiさんのコメントの後、yamamotoさんのコメントは大丈夫でしたのでココログ側の一時的な不具合だと思っていました。それが金曜夜以降のAlberichさんと私自身のコメントも同様な不具合が生じています。管理画面から再投稿することで、ようやく画面に反映させることができています。

このブログのコメント欄は従前通り制約の少ない場としていますが、承認制になっているような違和感を与えてしまっていることをご容赦ください。これまで開設してから一貫して、受け付けるコメントを選別することはなく、即時に反映する仕組みとしています。どのような辛辣な言葉でも、そこに投稿された思いや意味をくみ取ろうと心がけています。

批判意見も含め、幅広い視点や立場からご意見をいただける貴重さを感じ取っているからです。事実誤認による批判や誹謗中傷の恐れのあるコメントだったとしても、そのまま受けとめながら記事本文等を通して適否について意見を交わしてきました。例外としてプロフィール欄に記しているとおり明らかなスパムや極端な商業目的の内容だった場合は適宜削除させていただいています。

ちなみに削除したコメントでもココログのシステム変更後、しばらく右サイドバーに投稿者の名前が残っていました。少し前に明らかな営利目的のコメントが投稿されたため、削除したところ右サイドバーに投稿者の名前だけ残るという不自然な現象が生じていました。その名前をクリックしても該当のコメントに行き着けなかった皆さん、たいへん失礼致しました。

記事タイトルに掲げた本題から離れたような内容から入りましたが、関連付けて考えるべき共通点に思いを巡らしています。コトバンクでメディアリテラシーとは「インターネットやテレビ、新聞などのメディアを使いこなし、メディアの伝える情報を理解する能力。また、メディアからの情報を見きわめる能力のこと」と解説されています。

このブログを通し、多面的な情報に触れていくことの大切さを頻繁に訴えさせていただいています。同じモノを見ていても、見る角度や位置によって得られる内容が極端に違ってきます。一つの角度から得られた情報から判断すれば明らかにクロとされたケースも、異なる角度から得られる情報を加味した時、クロとは言い切れなくなる場合も少なくありません。

クロかシロか、絶対的な正解を容易に見出せないケースも多いのかも知れませんが、より望ましい「答え」に近付くためにも多面的な情報をもとに判断していくことが非常に重要だと考えています。そのため、このブログも多面的な情報を提供する一つの場として、インターネット上で発信を続けています。

誤解を招く時もありますが、私自身の言葉で綴る記事本文自体が幅広い主張や情報を提供している訳ではありません。立ち位置を明確にしているため、基本的な考え方や視点が異なる方々からすれば「偏っている」という批判を受けがちです。あくまでも「そのような見方もあるのか」という多面的な情報の一つとして、このブログを通して不特定多数の皆さんに対しても届く言葉を探し続けているつもりです。

立ち位置の異なる方々から「なるほど」と共感を得られる時は皆無に近いのかも知れませんが、発信しなければ分かり合える機会自体訪れることはありません。また、発信を続けていても、まったく見向きもされないのであれば徒労に終わる試みです。幸いにも当ブログは幅広い立場の方々からご注目いただけているようです。それが冷ややかな目線のものだったとしてもご覧いただけていること自体に感謝しています。

その主張や情報が正しいのかどうか、その主張や情報に触れる機会がない限り、評価や検証する機会自体がなく、共感や賛同を得られる機会は皆無となります。お寄せいただくコメント一つ一つにも言えることであり、そのような意味合いから幅広い立場や視点からのご意見や情報提供に対し、いつも本当に感謝しているところです。

このような関係性は政治や行政に対して最も求められる点となります。政府にとって不都合な情報だったとしても主権者である国民に対し、包み隠さずに公開していかなければなりません。そのような関係性が不充分だった場合、政権与党に対する評価の正当性が問われることになります。仮に政府側が情報を取捨選択していた場合、報道の自由のもとに新聞やテレビなどマスメディアが不足している情報を広く伝えていく関係性も重要です。

さらに報道された情報に対し、前述したとおり理解する力や見極める力、つまりメディアリテラシーを高めていく大切さも強調しなければなりません。例えば最近、日米貿易協定が最終合意に至りました。安倍首相は「両国にとってウインウインの合意」と自賛しています。その言葉通りの論調で伝えるのか、「ウインウインとは言えない」という主張を展開するのか、新聞社によって立ち位置が違うことを理解した上、情報の受け手一人ひとりが主体的な評価を下せることが肝要です。

3年前の記事「自衛隊の新たな任務、駆けつけ警護」を通し、一般論の話として「物事の是非を判断するためには」という論点を提起していました。パン1個475円という値段を知った上で買うか買わないかを決める、つまり駆けつけ警護とはどういうものなのか、南スーダンの情勢はどういうものなのか、できる限り理解した上で自衛隊の新任務の是非を判断する、このような情報把握の必要性を訴えていました。

いずれにしても、その情報が適切なものなのかどうか、事実関係や論点を慎重に見極めていく心構えが大切です。最後に、そのような心構えが不足した最近の失敗談を紹介します。午後4時頃、コンビニで夕刊紙を購入しました。家に帰って紙面を開き、びっくりしました。昨日発行された1日遅れのものだったからです。当日分が届いていなかったからだと思われますが、前日の夕刊紙を翌日の4時頃まで店頭に並べて置く感覚に驚きました。

店側の非常識さに腹も立ちましたが、「午後4時に前日の夕刊紙は並んでいない」と決め付け、よく確かめずに購入した自分自身の落ち度にも思いを巡らしていました。150円程度の安い買い物だったことも幸いな話であり、この失敗談は慎重さが欠けた反省材料の一つとしてブログで取り上げてみようと考えていました。「メディアリテラシーの大切さ」というタイトルからは多少強引だったかも知れませんが、その機会を今回の記事とさせていただきました。

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2019年9月21日 (土)

さようなら原発に思うこと

先週の3連休の最終日は代々木公園で開かれた「さようなら原発全国集会」に参加しました。朝のうちは強い雨でしたが、昼前から晴れ間がのぞくようになっていました。7年前に「さようなら原発10万人集会」という記事を投稿したことがあるとおり以前は数万人単位で集まっていましたが、今回の参加者数は主催者発表で8千人にとどまっています。

原発のない暮らしを目指す「さようなら原発全国集会」が16日、東京都渋谷区の代々木公園で開かれた。核廃絶を目指して署名活動をしている高校生らも登壇し、老若男女がそれぞれ声を上げた。「さようなら原発」1千万署名市民の会が主催。市民ら約8千人(主催者発表)が集まった。

制服姿で壇上に上がった北豊島高2年の桜井かおりさん(17)は、2001年に始まった核廃絶を訴える「高校生1万人署名」について、国連に提出された署名数が今夏、計200万筆を超えたと報告。「多くの人に訴えても理解が得られず壁にぶつかることもあるが、核廃絶の思いが揺らいだことはない」と語り、来場者の拍手を浴びた。

福島第一原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東京電力旧経営陣の判決公判が19日にあるのを前に、訴訟支援団事務局長の地脇美和さん(49)が「無責任体制を許すことは絶対にできない」と訴える場面もあった。

呼びかけ人の一人でルポライター鎌田慧さん(81)は「震災から10年目の2021年には原発がなくなっているよう力を合わせよう」と強調し、締めくくった。集会後は、原宿と渋谷の2コースに分かれてデモ行進した。【東京新聞2019年9月17日

メディアが取り上げることも少なかったようで、ネット上では上記の報道を目にする程度です。集会の参加者数は一つの目安に過ぎませんが、脱原発に向けた機運は後退しているように感じています。私自身の問題意識として8年前に投稿した「さようなら原発5万人集会」という記事の中で下記のような記述を残していました。

近い将来、脱原発社会を実現させるためには拙速に結果を求めず、代替電力の確保などを緻密に計画していくことが欠かせないものと考えています。稼動中の原発の安全対策に万全を期すことは当然ですが、定期点検で停止中の原発の運転再開に向けても地元の意思を尊重しながら慎重に判断しなければなりません。停止中の原発の再稼動を一切認めないという声も上がりがちですが、そのようなスローガンは原発の即時廃止と同じ意味合いとなります。

1年ほど運転した後、原発は必ず停止し、定期点検に入らなければなりません。現実的に対応できるのであれば、来年中に脱原発社会が築けることに反対する立場ではありません。しかし、あまりにも拙速な目標を現時点で立てることは結果的に高いハードルを掲げることに繋がり、脱原発への風向きが変わってしまうような懸念を抱いていました。

原発の話、インデックスⅡ」で示しているとおり私自身は脱原発をめざしている立場です。そのことを表明した上で、2か月ほど前の記事「福島第一原発の現状」の中では「脱原発かどうかという二項対立的な図式ではなく、どのようにすれば原発に依存しない社会を築いていけるのかどうかという視点を大事にすべきだろうと考えています」と記していました。

原発事故後の福島」という記事も綴ってきましたが、連合地区協議会が取り組んだ現地視察は福島第一原発やその周辺自治体の現状を自分の目で確かめられる貴重な機会でした。先週月曜の集会に参加した後、原発に絡む話題が続いていたため、新規記事タイトルは「さようなら原発に思うこと 」とし、個人的な思いをいくつか書き進めてみます。

日本維新の会の松井一郎代表(大阪市長)は17日、東京電力福島第1原子力発電所で増え続ける有害放射性物質除去後の処理水に関し、「科学が風評に負けてはだめだ」と述べ、環境被害が生じないという国の確認を条件に、大阪湾での海洋放出に応じる考えを示した。大阪府と市は、東日本大震災の復興支援として、岩手県のがれき処理にも協力している。

松井氏は大阪市内で記者団に「自然界レベルの基準を下回っているのであれば海洋放出すべきだ。政府、環境相が丁寧に説明し、決断すべきだ」と述べた。海洋放出をめぐっては、原田義昭前環境相が「海洋放出しかない」と述べた直後、小泉進次郎環境相が11日の就任会見で“所管外”と前置きした上で「努力してきた方々の苦労をさらに大きくしてしまうことがあったとしたならば、大変申し訳ない」と語っている。

維新の橋下徹元代表はその後、ツイッターで海洋放出について「大阪湾だと兵庫や和歌山からクレームが来るというなら、(大阪の)道頓堀や中之島へ」と発信。小泉氏には「これまでのようにポエムを語るだけでは大臣の仕事は務まらない。吉村洋文大阪府知事と小泉氏のタッグで解決策を捻り出して欲しい」と注文をつけた。

吉村氏もツイッターに「誰かがやらないとこの問題は解決しない。国の小泉氏が腹をくくれば、腹をくくる地方の政治家もでてくるだろう」と記し、国と地方が連携し、被災地の負担を軽減していく必要性を訴えた。【産経新聞2019年9月17日

二項対立の図式で見ることを避け、事実関係を冷静に見定めた上、福島の皆さんや私たち国民にとって望ましい「答え」を探っていく心構えが大切です。そのような心構えで処理水の問題を考えた時、松井市長の「自然界のレベルの基準を下回っているのであれば海洋放出すべきだ」という考え方に同意できます。2か月前の記事「福島第一原発の現状」の中で次のような説明を加えていました。

雨水や水道水、大気中にも存在しているトリチウムは今の技術では水から取り除くことができません。トリチウムだけを残した汚染水は科学的な観点から安全性が保障され、国内外の原発では海洋や大気などの環境に排出することが一般的であるようです。しかしながら事故収束の段階の福島第一原発では新たな風評被害を生んでしまう恐れがあるため、敷地内にタンクを増設しながら貯め続けている現状です。

福島の漁業関係者の方々が最も懸念しているのは新たな風評被害を生じさせるような事態だと考えています。言葉の使い方も重要であり、あくまでも汚染水ではなく、安全性が確認できた処理水の問題として想定しています。そのような処理水であれば、どこの海に放出しても問題はないはずです。そのため、風評被害を払拭する方策として、大阪湾に放出するという松井市長のアピールも肯定的にとらえています。

さらに風評被害を絶ち切り、処理水の海洋放出に向けた理解を求める効果的な方策として一案があります。福島第一原発敷地内に貯蔵されているタンクの水をプールに移し、そのプールに安全性を確信している責任ある立場の関係者が入るというアピールです。この処理水の問題で日本はIAEA総会の中で韓国から強く批判されていますが、このようなアピールができれば韓国に対する説得力も高まっていくのではないでしょうか。

東京電力福島第一原発事故を巡り、検察審査会の起訴議決に基づき業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電の勝俣恒久・元会長(79)ら旧経営陣3人について、東京地裁(永渕健一裁判長)は19日、いずれも無罪(求刑・いずれも禁錮5年)とする判決を言い渡した。3人が巨大津波の襲来を予見し、事故対策を取れたかどうかが争点だったが、同地裁は3人の刑事責任は問えないと判断した。

無罪となったのは、勝俣元会長のほか、原発担当役員だった武黒一郎(73)と武藤栄(69)の両元副社長。3人は、10メートルの高さの敷地を超える津波が同原発に押し寄せることを予見できたのに、対策を怠った結果、東日本大震災の津波で事故を招き、同原発近くの「双葉病院」(福島県大熊町)から避難した入院患者ら44人を死亡させたほか、爆発した原発のがれき片などで自衛官ら13人にけがを負わせたとして、検察官役の指定弁護士に強制起訴された。

指定弁護士は、武藤、武黒両被告は震災前の2008年6月~09年5月に、東電の子会社が算出した「福島第一原発に最大15・7メートルの津波が襲来する」との試算結果を把握し、勝俣被告も09年2月の会議で、部下から「14メートル程度の津波が来る可能性があると言う人もいる」と聞かされていた点を重視。これらの情報を基に津波を予見し、防潮堤の設置や原発の運転停止などの対策を講じていれば、事故を回避できたと主張した。

これに対し弁護側は、試算結果の基となった国の「長期評価」について「専門家から『根拠に乏しい』と指摘されており、信頼性がなかった」と主張。その上で「津波は誰も予想できなかった規模で、試算結果とは大きく異なる。試算結果に従って対策を講じていても、事故は防げなかった」などと反論していた。

3人については、東京地検が2度、不起訴としたが、東京第5検察審査会が「起訴すべきだ」と議決し、指定弁護士が16年2月に強制起訴した。初公判は17年6月に開かれ、計21人の証人尋問や被告人質問などを経て今年3月に結審していた。09年に強制起訴制度が導入されて以降、今回を含め、これまでに9件で13人が強制起訴されたが、有罪が確定したのは2件(2人)にとどまっている。【読売新聞2019年9月19日

この1週間、もう一つ原発に絡む大きなニュースに接していました。上記報道のとおり東電の元会長らに無罪判決が言い渡されました。14メートル程度の津波の可能性を深刻に受けとめ、万全な対策を講じて欲しかったという思いは誰もが抱えているはずです。旧経営陣の責任の重さははかり知れませんが、刑事罰まで問えないという見方もその通りなのかも知れません。ただ判決理由の中で、たいへん気になる説明がありました。

NHK NEWS WEBの『原発事故 東電旧経営陣に無罪判決「津波の予測可能性なし」』というサイトで「原発事故の結果は重大で取り返しがつかないことは言うまでもなく、何よりも安全性を最優先し、事故発生の可能性がゼロか限りなくゼロに近くなるように必要な措置を直ちに取ることも社会の選択肢として考えられないわけではない。しかし、当時の法令上の規制や国の審査は、絶対的な安全性の確保までを前提としておらず、3人が東京電力の取締役という責任を伴う立場にあったからといって刑事責任を負うことにはならない」という裁判長の言葉が確認できます。

二つの点で裁判長の認識に違和感があります。一つは事故当時も原発の「安全神話」が唱えられていたという点です。見せかけの「安全神話」だったという話が前提であれば、そのような点で旧経営陣を含めた政治や社会全体での責任を問わなければなりません。二つ目は「当時の法令上の規制や国の審査は」という言葉の裏返しとして、現在は絶対的な安全性が確保されていると認識しているように思える点です。

しかし、絶対的な安全性の確保は容易ではないという現実こそ、しっかり受けとめなければならないはずです。その上で、ありとあらゆる事態に対応できるような検討を絶やさないという姿勢や覚悟の必要性こそ、福島原発事故を通して得られた教訓だったように思っています。いずれにしても原発の「安全神話」が崩れている今、原発事故の深刻さを痛感している私たち日本人は原発に依存しない社会を本気でめざしていくべきものと考えています。

最近、小泉環境相の発言は「ポエムを語るだけ」と揶揄されがちですが、大臣就任記者会見で原発について「どうやったら残せるかではなく、どうやったらなくせるかを考えたい」と述べた明解な言葉は今後も忘れないで欲しいものです。かつて脱原発の考え方を公けにしていた河野防衛相は記者からの「一政治家として」という質問に対しても「所管外です」を繰り返していました。ぜひ、小泉環境相には政治家としての信念や矜持を持ち続けて欲しいものと願っています。

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2019年9月14日 (土)

不人気なマイナンバーカード

台風15号の爪痕は各所に大きな被害をもたらしました。1週間近く経った今も千葉県を中心に大規模な停電が続き、日常生活に深刻な影響を及ぼしています。全面復旧までさらに2週間程度かかる見通しです。被災された方々に対し、心からお見舞い申し上げます。

かつてない記録的暴風雨の台風が関東を直撃するという予報でしたので、千葉の皆さんらの苦難を東京に住む私たちは本当に我が身のこととして考えなければなりません。昨年7月に投稿した「西日本豪雨の後に思うこと」という記事の冒頭で次のように記していました。

このような災害を未然に防げる対策が最も大事なことですが、科学が進歩している現在においても残念ながら自然災害を人間の手で制御できるようにはなっていません。したがって、「災害は起こる、災害は避けられない」ということを前提に様々な対策を講じる必要があります。

災害が起きた際、いかにダメージを軽減できるか、できる限り犠牲者を出さず、被害を少なくできるかどうかが欠かせません。つまり防災対策においては減災という視点が重視され、災害が発生しても被害を最小限にとどめるための対策を立て、日頃から準備することが求められています。

特に今回の台風災害では生活インフラのための電気の重要性が際立っています。停電の影響によって断水となり、通信網も支障を来しました。莫大な予算が必要ですが、防災の観点から改めて無電柱化の推進が具体的に検討されていくのではないでしょうか。

さて、このブログの6年前の記事「社会保障・税番号制度」の中で、マイナンバー制度の導入に際して効果の面や情報漏洩のリスクなどを問題提起していました。制度の根幹を揺るがすような漏洩事件は起こっていませんが、マイナンバーカードの取得状況は低迷したままです。そのため、下記報道のような動きが出ています。

政府が国・地方の公務員に、12桁の個人番号や住所、氏名、生年月日が記録されたマイナンバーカードを2019年度末までに取得するよう促していることが分かった。6~7月に、中央省庁や自治体などに対して、職員へ取得を促すことと、取得状況を報告することを指示した。カード取得は法律上の義務ではない。通知は事実上の強制だとの指摘もある。国・地方の公務員数は計約330万人。

政府は6月4日のデジタル・ガバメント閣僚会議で「国家公務員及び地方公務員等については、本年度内に、マイナンバーカードの一斉取得を推進する」と決めた。総務省は翌5日に、自治体や共済組合などへの通知で、職員らに取得を促し、その後、6月末時点の同カード取得状況と、10月末時点の取得・申請状況を報告するよう指示した。

中央省庁の各部局にも、内閣官房と財務省が7月に取得を「依頼」。今年10月末と12月末、来年3月末時点での申請・取得状況を財務省に報告するよう求めている。被扶養者の取得も促している。新規採用職員も、採用時に取得済みとなることを目指すよう求めている。一部の公務員共済組合は、職場を通じ、事前に氏名などを印字したカードの申請書を配布する。

自治労連は「カード申請書の配布や回収、取得状況の調査で拒否できない状況がつくり出される」と指摘。7月末に、カードの一斉取得推進を押しつけないよう求めた。総務省自治行政局公務員部福利課の担当者は「あくまで『勧奨』で強制ではない」と説明。

氏名など個人情報を使ったカード申請書の作成に関しては「マイナンバーカードは健康保険証として利用することになる。その取得支援という意味では、個人情報の利用目的の範囲内だといえる」と話している。

カード発行枚数は8月4日時点で約1751万枚で、人口の約13・7%にとどまる。マイナンバー制度に詳しい清水勉弁護士は「カードの取得率が低迷しているのは需要がないからだ。それを押しつけようとするのは無駄だし、煩わしいだけだ」と指摘する。

<マイナンバーカード> 国内に住む全ての人に割り当てられた12桁のマイナンバー(個人番号)のほか顔写真や氏名、住所、生年月日が載ったICカード。身分証明書になり、2016年1月から申請に応じて自治体が交付している。ICの電子認証機能により、住民票の写しをコンビニで受け取るサービスやオンライン確定申告が可能。健康保険証として使えるようにする改正健康保険法は今年5月に成立した。【東京新聞2019年8月20日

このような動きを受け、私どもの市でも7月に人事課から「地方公務員等のマイナンバーカードの一斉取得の推進について」という通知が発せられていました。労使の事務折衝窓口を通し、個々の職員が取得するかどうか強制されるものではないことを確認していました。この旨を組合ニュースで次のように組合員の皆さんに伝えています。

7月に人事課から「地方公務員等のマイナンバーカードの一斉取得の推進について」という通知が発せられています。もともと取得するかどうか強制されるものではなく、今回の一斉取得推進の扱いも任意であることを人事当局と確認しています。また、市町村共済組合事務局からはマイナンバーカードの取得の有無に関わらず、組合員証(保険証)は従来通りの方式で発行していくという情報を得ています。

以上のような内容を組合ニュースで周知することについて、組合員から「本当にありがたいです」と感謝されました。マイナンバーカードの取得に抵抗感を覚えていた方であり、建前上は任意としながら半強制的な雰囲気につながることを懸念されていたようです。そのため、不安感を抱えた職員の代弁者として組合が市側と確認し、その内容を全体に周知することについて率直に評価していただきました。

ちなみに毎年1回、市町村共済組合議員と事務局職員数名が各所属団体を訪問しています。組合は私と書記長、市側は人事課長、担当係長や担当職員が対応しています。共済組合の事業報告等を受けた後、私どもからの要望や意見を交わす場としています。

せっかくの機会でしたので、私からマイナンバーカードの一斉取得の問題について質問させていただきました。任意だったとしても健康保険を所管する共済組合側の立場からは、できれば取得推進を望んでいるのかどうかが一つ目の問いかけでした。二つ目として、マイナンバーカードを取得しなかった場合、その職員や家族にとって不都合が生じるのかどうかという質問でした。

そのような問いかけに対し、今のところ共済組合としても様々通知が示される中、受け身の立場であるという説明を受けています。ぜひ、取得して欲しいという言葉までは発せられていません。組合員証(保険証)も従来通りの方式で発行していく予定であり、不都合が生じることはないという見方も事務局職員から示されていました。

この話を取り上げた際、私から現金支給だった給与を口座振込に切り替えた時の事例を紹介していました。労働基準法第24条で賃金は通貨で支払うことが義務付けられています。労働組合と合意すれば、口座振込が認められるようになっています。30年近く前になるものと思いますが、市側から提案があって労使合意しました。

給与担当者の事務負担の軽減、出先職場への配送時における安全面などを考慮した判断です。それでも当時は「あくまでも任意であり、強制はしない」ということも確認した上、現給支給を継続できる選択肢を残しました。この選択肢がなければ現金支給を当然視する組合員が多い中、労使合意は難しい雰囲気だったことを覚えています。

私自身も含め、切り替えた時点で大半の職員は口座振込を選んでいました。その中で、しばらくは現金支給を選ぶ職員が一定の割合で見受けられていました。やはり社会情勢も変化していく中、現金支給を希望する職員も徐々に減っていきました。ごく少数になった以降は給与担当者に負担をかけることが気になり始めていたものと思われます。

そのような遠慮から口座振込に切り替える動きが続き、現在、現金支給に固執する職員は見受けられません。口座振込を合意した直後、組合は強制されないことを組合ニュース等で組合員の皆さんに広く周知しました。その後、組合から定期的に周知していくことはなく、組合員一人ひとりの判断に委ねてきていました。

もちろん現金支給を希望しながら口座振込を強制されるような事例があれば、労使確認した事項の履行を求めていく立場でした。そのような軋轢もなく、年月とともに現在の姿に至っているものと理解しています。様々な支払いが口座振替となり、よりいっそうキャッシュレス社会が進む中、今から振り返れば違和感のある話だったかも知れません。

このような過去の事例を紹介しながら、マイナンバーカードがどのような位置付けで必要とされていくのかどうか共済組合の皆さんに問いかけていました。その答えによって組合ニュースのトーンも考えてみるつもりでした。結局、組合ニュースは上記のような内容となり、現時点では到底推奨する必要のない位置付けにとどまっているものと理解しています。

不人気なマイナンバーカードですが、そもそも利便性の高さが認められれば自然と取得率は高まっていくはずです。クレジットカードはコンビニやドラッグストアでも利用できます。JR東日本のSuicaは福岡でも使えるようになっていました。しかし、マイナンバー制度は社会保障、税、防災に関する事務に限定して始まっていることも留意しなければなりません。

より厳重に扱うべき個人情報を載せたカードであることを常に意識していかなければならないはずです。ビッグデータという言葉が注目され始めていますが、マイナンバーカードの普及はそのような方向性での活用も期待されているのかも知れません。そのことは国民監視や管理社会が強まることの懸念につながり、桁違いな情報漏洩リスクなどマイナンバーカードに対する不信感は付きまといがちです。

このような危惧が杞憂であれば、推進する側の政府には払拭に努めていく説明責任が求められています。必ずしも杞憂と言えないのであれば、そのような点を充分伝えた上で取得を勧める公正さも欠かせないはずです。最後に、いろいろ長々と綴ってきましたが、私自身、今のところマイナンバーカードを取得しようとは考えていないことを一言添えさせていただきます。

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2019年9月 7日 (土)

吉本芸人と労働組合

水曜日の夕方、ターミナル駅の南北に分かれ、連合三多摩ブロック地域協議会と私が議長代行を務める地区協議会は労働基準月間に際した宣伝活動に取り組みました。72年前の1947年に労働基準法が施行されました。施行された9月を労働基準月間と定め、連合東京は都内各地で駅頭宣伝活動を進めています。呼びかけている趣旨は連合東京会長のメッセージ「働く者のための働き方改革に 、 まずは、労働基準遵守の環境づくりを!」のとおりです。

このような労働法制の重要性、もっと言えば働き方は様々な法律で規制されていることを発信しなければ、知らない方々が多数なのかも知れません。この労働基準月間のことを詳しく取り上げることも考えましたが、記事タイトルは「吉本芸人と労働組合」としています。前々回記事「合理的な説明を巡り、労使で対立」の中で次のように記していましたが、吉本芸人を巡る話題が気になる事例の一つだったからです。

ちなみに当ブログを始めた頃の記事に「なぜ、労使対等なのか?」というものがあります。今回、労働条件の問題は労使対等な立場で協議し、合意に至らなければ一方的に実施しないという原則を守っています。当たり前なこととして大切な関係性ですが、最近、いろいろ気になる事例が目についています。機会があれば時事の話題から労働組合の役割等について取り上げてみるつもりです。

実は吉本芸人の闇営業問題や社長らとの軋轢がメディアから伝わり始めた頃、同じ職場の組合員から「吉本の話をブログで取り上げてみたらどうですか」と声をかけられました。吉本興業にも労働組合があれば、このような問題も起こらなかったのではないかという問いかけでした。それまで吉本芸人と労働組合を結び付けて考えていなかったため、 「なるほど」と思う指摘に感謝していました。

数日後、地元の社会福祉協議会職員労組の定期大会に出席した際、自治労都本部の副委員長が来賓挨拶の中で吉本芸人の問題を同様な趣旨で取り上げていました。プロ野球選手も労働組合を結成していますので、現実味を帯びた問題として可能性は充分考えられます。さらにメディアでも吉本芸人と労働組合を結び付けた記事を掲げるようになっていました。

そのため、前々回記事に書き残したとおり当ブログでも機会を見て取り上げてみようと考え始めていました。様々な情報を提供する場の一つとして、これまで興味深いメディア記事を頻繁に紹介してきています。今回、朝日新聞の『吉本芸人の問題「労組があれば」労働法専門の弁護士に聞く』という記事が興味深かったところですが、全文の転載は難しかったため、次の記事を紹介させていただきます。

雨上がり決死隊の宮迫博之さんら吉本興業所属の芸人が、振り込め詐欺グループなどの集まりに出て金銭を受け取った問題は、「芸人の働き方」が抱える不透明さも浮かび上がらせた。労働法が専門の佐々木亮弁護士は「芸人も労働組合を作るべきだ」と訴える。お笑い芸人による闇営業問題が、会社のあり方をめぐって芸人vs経営陣の抗争に舞台を移している。

そんな中、当事者である吉本興業は一日も早く事態を収拾し、クリーンな企業であることをアピールしたいところ。そのために水面下で進むのが芸人労働組合の設立だ。そして生放送で経営陣にかみついた加藤浩次(50)にも白羽の矢が立ちそうだ。「今回の騒動は、吉本の経営体制にまで話が及んでいることは、実はかなり打撃です。

吉本は2020年の東京五輪、2025年の大阪万博に向けて、官庁と一体となった事業に手を伸ばしている。ここに影響を及ぼしかねない事態につながるからです」と芸能文化評論家の肥留間正明氏は指摘する。今年4月、吉本はNTTグループと組み、教育関連コンテンツの配信を始めた。ここには官民ファンド「クールジャパン機構」が最大で100億円を段階的に出資する。

これを足がかりに教育分野に本格参入するプランもあった。「しかしテーマが教育関連のコンテンツだけに大幅な見直しも検討されているそうです」と肥留間氏。さらにクールジャパンをめぐって、吉本興業はアジア各国でエンタメ事業を展開しており、ここでも中央省庁と協業する事業に多く絡んでいる。「国がらみの仕事はよりコンプライアンス順守は厳しくなる。今回の件で先行きに赤信号が灯り始めている。

吉本はクールジャパン機構にも役員を送り込んでおりクリーンにならざるを得ないのです」と肥留間氏は続ける。そこで水面下で動きが進むのが芸人労働組合の設立だ。「たむらけんじ(46)がイベントで『僕らあたりが声を上げてつくったほうがいいのかな』と発言していましたが、実現の可能性は高い」と吉本の事情に詳しい演芸関係者。大崎洋会長(65)は芸人との専属契約について書面を交わしていないことについては「口頭の契約を変えない」との姿勢を示している。

「本来は6000人とされる芸人全員と契約書を結ぶべきです。しかし補償などを考慮すると契約を結んでもらえず切り捨てられる芸人が多数出かねない。むしろ待遇改善を進めるためにも労働組合を認めざるを得なくなるでしょう」と先の演芸関係者。そこで先頭に立つのが加藤というわけだ。「出過ぎた発言と眉をひそめる向きもありますが、大崎会長に直談判する行動力や交渉力が注目されています。後輩からの人望もあり、東の委員長に加藤、西にたむらという線が浮かんでいるそうです」とこの演芸関係者。【日刊ゲンダイ2019年7月26日

少し論点が拡散しているため、今回の主題にふさわしいのかどうか指摘を受けてしまうかも知れません。それでも吉本芸人の皆さんが労働組合を結成する可能性を紹介する記事であり、参考までに全文を掲げさせていただきました。いずれにしても労働基準法をはじめ、最低賃金制度や働き方改革関連法など「労働者のため」を主眼とした様々な労働法制が存在しています。

なぜ、労働法制が整えられてきたのか、このブログを開設した頃の記事「なぜ、労使対等なのか?」の中で下記のように綴っています。今回記事の要点となる説明につながる箇所を抜粋して紹介させていただきます。ちなみに当該の記事を懐かしく読み返しましたが、全体的に簡潔な内容であり、水曜日に投稿しています。現在のスタイルとは大きく違っていることを感慨深く思い出しています。

かなり昔、授業で使った有斐閣選書の「労働法を学ぶ」を引っ張り出し、必要な頁をおさらいしてみました。産業革命を経て工場制生産制度が確立すると使用者は多数の労働者を同時に雇用することになりました。使用者は経済的に優位な立場ですので企業にとって都合の良い条件を示し、労働者は受諾するか拒否するかの単純な形での労働契約を強いられました。そのため、低賃金と長時間労働の悲惨な労働者階級が出現することとなりました。

やがて忍耐の限度を超えた労働者は、一揆的な暴動やストライキに立ち上がり、団結することによって初めて使用者と対等な立場で話し合えることを知っていきました。使用者側も不正常な争議状態が続くより、労働者側の要求を受け入れ、しっかり働いてもらった方が得策だと考えるようになりました。また、国家としても国民の多数を占める労働者が豊かにならなければ、社会や経済の健全な発展ができないことに気付きました。

それら歴史的な経緯の中で、団結権など様々な労働法制が整備されてきました。したがって現在、労働条件に関する事項の変更は労使合意が前提だったり、労使関係では労使対等であるなどの原則が法的な面から確立しています。

つまり使用者と労働者それぞれがウインウインとなることを目的に労働法制は整えられてきたと言えます。また、かなり前に「労働ダンピング」という記事も投稿していました。上記のような歴史的な経緯がある中、労働が商品のように扱われながら買い叩かれ、労働力のダンピングが進んでいる現況を問題提起した内容です。

ILOのフィラデルフィア宣言で「労働は商品ではない」という原則を掲げています。労働は商品のように生産や在庫の調整ができず、市場原理にさらされた時、商品以上に値崩れしやすいからです。また、雇用や労働条件の劣化は貧困と暴力の蔓延を招き、経済社会が衰退していくことを国際社会は認識してきました。

上記も当該記事の中の一文です。どうしても使用者は利益を上げることに注力するため、人件費を抑え、労働者を効率よく働かせたいと考えます。使用者に雇用されているという関係で見れば労働者の立場は弱く、一人で経営者や管理職に対して物申すことも難しいものがあります。しかし、労働者一人ひとりの力は弱くても、労働組合を結成することで対等な立場で交渉の場につけます。

このような背景があることや労働法制そのものを充分理解していない使用者も増えているようです。同じように多くの労働者が労働法制を把握しないまま働かされている現況ではないでしょうか。そのため、連合をはじめ、労働組合側は駅頭等で宣伝活動に取り組み、このような労働法制の意義や大切さを訴えています。

今回の記事で吉本芸人の話を取り上げました。同じ頃、佐野サービスエリアのストライキについても報道されていました。この話題も「吉本芸人と労働組合」の論点につながるため、関連したサイトの内容をそのまま紹介することも考えました。ストライキを決行した当事者の声と法的な面を解説した2点の記事でしたが、それぞれ長い内容だったためリンクだけはらせていただきます。

「なぜ私は佐野SAストライキを始めたのか」渦中の“解雇部長”が真相を告発』と『東北道上り線佐野SA「スト」を報じるメディアに抱いた違和感』です。興味を持たれた方は、ぜひ、ご参照ください。

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2019年9月 1日 (日)

久しぶりの自治労大会

8月27日から29日にかけて自治労の第92回定期大会が福岡市で開かれました。日帰りで参加した千葉大会以来、実に11年ぶりの参加でした。連泊での参加は14年前の鹿児島大会以来となります。やはり実際に会場に足を運ぶことで自治労全体の現状や課題を体感できる機会につながっていました。

久しぶりの自治労大会、全体的な雰囲気や運営方法に大きな変化はなく、毎年参加してきたような感覚に陥るほどでした。その中で感じた変化として具体的な運動方針を巡り、今回の大会議論では大きく対立するような場面が見受けられなかったことです。

また、組織強化に向けた深刻な危機感が訴えられた大会でしたが、ここまで11年前には強調されていなかったように記憶しています。いずれにしても懐かしさや目新しさが交錯した意義深い3日間でした。後ほど個人的に感じたことを書き進めてみますが、その前に自治労のホームページ上に掲げられた大会の様子を伝える記事内容の一部を紹介します。

初日に執行部から提起のあった第1号議案「2020-2021年度運動方針(案)」、第2号議案「当面の闘争方針(案)」、第3号議案「『第4次組織強化・拡大のための推進計画』・新『組織拡大アクション21』の総括と『第5次組織強化・拡大のための推進計画(案)』」、第4号議案「2020年度一般会計・特別会計予算(案)」に対し、活発な議論が行われた。

代議員からは、2020年4月にスタートする会計年度任用職員制度の確立や脱原発社会の実現にむけた取り組みへの要望などが出され、中でも第1号から第3号議案で掲げる自治労運動の活性化と、そのために不可欠なさらなる組織強化に関する発言が多くみられた。

「一人では変えられないことも、みんなの力が集まれば変えられる」と労働組合の強みを思い起こさせる内容や、「若者の組合離れではなく、組合の若者離れがあるのではないか。若年層や女性が関心を持つことに組合が耳を傾けることで主体的な活動ができるのではないか」などの投げかけもあった。

最終日である3日目は、前日から続いて議案の質疑討論を実施。終了後、総括討論が行われ、長野県本部の小川代議員と島根県本部の須田代議員が発言した。小川代議員は2020年4月の会計年度任用職員制度の導入にあたり、同職員の常勤職員との賃金・労働条件の均衡・権衡の確保実現の取り組みなどを報告。

その上で単組のたたかいに際し、自治労産別としての明確な姿勢の必要性を訴えた。また、自治労21世紀宣言にある「市民と労使の協働で、有効で信頼される政府を確立し、市民の生活の質を保証する公共サービスを擁護・充実する」という理念をあらためて共有しながら、自治労としての運動の展開を要請した。

須田代議員は、島根県本部の取り組みの一端を紹介。「単組の強化」に焦点をあてて島根県本部が策定した具体的な行動計画を再度単組と共有し、「現状維持」ではなく「活動強化」のために県本部がその役割を果たしていく考えを表明した。県本部・単組・組合員がともに協力して諸課題の解決にむけて前進していく決意を述べた。

総括討論と今大会で出た多くの意見を踏まえ、川本自治労中央執行委員長が総括答弁を行った。川本委員長は、「総括討論の中では方針の補強を求める意見をしっかりと受け止め、今後の実際の運動の場、実践の場での豊富化と全国の仲間の皆さんからの取り組み報告をいただいて方針を補強していきたい。単組がすべての課題に向きあっていけるよう県本部、本部がある。

そして、全国に78万人の仲間が活動していることを今一度確認し、現状維持より半歩でも運動を前に進めていくことを皆さんと確認したい。メインスローガンの『原点、共感、躍動』を確認し、仲間として共感し合い、むこう2年間を躍動の年にするためにがんばろう」と訴えた。その後、定期大会で提起されたすべての議案の採決を行い、賛成多数で採択された。最後に川本委員長の団結がんばろうで閉会した。

自治労組織に対する危機感が全体を通し、大会議論の中で取り上げられていました。かつて100万人を超えていた自治労の組織人員は年々減少し、80万人を割り込みました。行政改革の推進による地方公務員総数そのものが減らされてきましたが、最近の傾向は新規採用者の加入率の落ち込みが主な要因となっているようです。

新規採用者の加入率100%を維持する単組(単位組合)がある一方、自治労全体の平均は2017年の調査で66.2%です。このままの傾向で推移すれば組織人員が70万人を下回ることも危惧され、自治労の財政面においても危機的な状況に至ります。

同時に次代の組合役員の担い手の問題が深刻化しています。こちらも単組によって事情が大きく違うようですが、経験の乏しい若年層のみで担う組合が増えているようです。さらに1年ごとに役員が交代するケースも見受けられ、定期的なニュース発行や執行委員会を行なえない組合があり、組織維持そのものが困難視されている単組も少なくありません。

議案書には「自治労は、単位組合の集合体であり、単組の活動量が自治労総体の力量に直結します」と記されています。そのため、今回の大会では「第5次組織強化・拡大のための推進計画」を確認しています。各単組を支えていくため、自治労本部や県本部の役割を見直していくことが盛り込まれた計画です。自治労本部として組織の危機的な現状を的確に把握し、深刻な問題意識を抱えていることが伝わってくる大会でした。

新規採用者組織化に向けたマニュアルの整備やポータルサイトの開設、自治労共済の優位さのアピール、労働組合への理解と共感を広げるために報道機関との定期的な会見やインターネットを活用した広報戦略の必要性など様々な対応策が方針化されています。それぞれ必要な対応策ですが、そこに効果が期待できる具体的な内容をどのように盛り込めるかどうかが肝心なことだと考えています。

議案書の中で「昔ながらの組合活動に違和感を持ち、そこに関わりたくないとする若手役員、若年層組合員が存在する」状況が報告され、単組三役と若手役員に認識ギャップが見られているという記述も目にしています。このようなギャップを解消するためには単組全体で若年層組合員と意見交換し、一緒に考える機会を確保することが必要と記されています。

残念ながら悩ましい現状を率直に把握しながらも明解な処方箋が示されていないように受けとめています。全体的な大会議論を通して気になったことですが、若年層は政治に対する関心や意識が低いため、ギャップが生じるというような認識の多さです。このような認識を前提とした場合、新規採用者の組織化や次代の担い手問題も容易に解決できないように思えています。

先ほど紹介した大会参加者の発言で「若者の組合離れではなく、組合の若者離れがあるのではないか」という言葉があります。この後に「若者の政治離れではなく、政治の若者離れがあるのではないか」という言葉が続いていたことを覚えています。印象に残った言葉でしたが、もしかしたら発言者の意図とは違う意味で解釈しているかも知れません。

前述したギャップが生じる問題として「組合の若者離れ」「政治の若者離れ」という言葉をとらえています。若年層の多くが自民党を支持しているという関係性につながる話です。政権与党側のメディア戦略やSNSを駆使した情報伝達の巧妙さを指摘するだけでは不充分です。やはり実際の政策や政権運営を評価した上で、多くの若者が自民党を支持しているという関係性を認めていかなければなりません。

このような事実関係の認識が不充分なまま「安倍改憲に反対」という立ち位置で若年層に接していけば、それこそギャップが生じ、組合との距離は広がるだけだろうと思っています。念のため、若年層の政治意識にすり寄り、自治労の方針を改めるべきという主張ではありません。もちろん問題があり、改めるべき点があれば前例にとらわれず、大胆な見直しも必要だろうと考えています。

政治課題をはじめ、現在の方針が望ましいものだと確信できるのであれば、立ち位置が異なる方々にも届く言葉を探し続けなければならないはずです。このような心構えの大切さは若年層に限った話ではありません。最近の記事「平和の築き方、それぞれの思い」に綴ったとおり異なる考え方を認め合った上、具体的な事例ごとに「何が問題なのか」「なぜ、反対なのか」という丁寧な説明が非常に重要だと考えています。

自民党に対峙する野党側にも言えることであり、なぜ、安倍首相が進める改憲に反対なのか、的確な説明や言葉が不足するようであれば支持の広がりは期待できません。自治労の方針を通読した際、自民党を支持している若年層の皆さんとの距離を縮めるための具体的な方策が不足しているように感じていました。

自治労方針の正しさを前提とし、様々な対応策のもとに働きかけを強めても充分な結果を見出せない恐れがあります。「憲法を守り平和を確立する運動の推進」という項目で言えば、なぜ、憲法を守ることが平和につながるのか、そのような説明が欠けています。組織強化の課題は政治方針のあり方に絞って語れるものではありませんが、大きな要素が内在しているように認識しています。

かつて55年体制の時代、国民から一定の支持を得ていた社会党と労働組合が支持協力関係を結んでも、組合方針と組合員の政治意識とのネジレは今よりも少なかったはずです。自民党が30%以上の支持率を保つ一方、野党が細分化し、個々人の政治意識の多様化が進んでいる中、政治方針と組織強化の課題は綿密に絡み合っているものと思っています。

このような情勢の中、次代を担う青年部からの大会発言は生活実態の点検活動や中央大交流集会の重要性を強調するものでした。私が青年婦人部の役員として自治労大会に参加していた30年前と変わらない発言内容に驚きました。そのような取り組みの意義や役割を肯定的にとらえたとしても、交流集会が自治労運動に距離を置きたいと考えている若年層自ら手を挙げて参加したくなるようなコンテンツなのかどうかは疑問です。

組織強化の課題だけで長い記事になっていますが、他にも気になった点がいくつかありました。「脱原発社会の実現」の方針では引き続き連合の中で意見反映するという記述があります。脱原発に疑義を持たれる産別の考え方も認め合いながら率直に議論を進め、より望ましい「答え」を見出す努力こそ脱原発社会の実現が可能なのかどうか判断できる道筋だと思っています。この試みは衆院選での野党候補一本化議論にも直結するものだと理解しています。

最後にもう一つ、会計年度任用職員制度の課題です。前回の記事「合理的な説明を巡り、労使で対立」で伝えていましたが、多くの自治体で労使協議が難航していることを改めて認識する機会になっていました。大会での発言者の多くの方が取り上げた課題でした。全国的には見通しの立っていない財源の問題が大きなネックになっているようです。

そして、このような問題こそ自治労は本部機能を最大限発揮し、総務省や財務省との交渉に当たって欲しいという要望が示されていました。まったくそのとおりであり、総務省の事務処理マニュアルが最低基準を示すものであることの各自治体への周知の問題も含め、単組の労使交渉だけでは解決できない役割の発揮を強く期待しています。

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