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2019年8月24日 (土)

合理的な説明を巡り、労使で対立

少し前の記事「2019年夏の市長選」でお伝えしたとおり私どもの市の首長選挙が明日告示され、9月1日に投票日を迎えます。私たち職員にとって非常に重要な市長選に関しては前回までと同様に公開質問書に取り組みました。両候補から質問書の回答を得られ、組合員の皆さんに職場回覧しています。

その時の記事の中で、会計年度任用職員制度の課題が深刻な局面を迎えていることもお伝えし、詳細は改めて当ブログの新規記事で取り上げることを予告していました。組合の主張に沿った労使合意を得られた後、このブログで取り上げられれば望ましいことだと考えていました。しかしながら現時点までに朗報となる内容を綴れる段階には至っていません。

他団体の非常勤職員との均衡に固執する市当局に対し、公務における同一労働同一賃金に重点を置いた対応を求める組合の主張はぶつかり合っています。休暇制度等を都に準拠し、これまで有給だった病休の無給化、公募によらない再度の任用の回数制限、月収を軒並み1万円ほど下げる提案が示され、組合は猛反発しています。

後ほど詳述しますが、「合理的な説明」という解釈を巡り、真っ向から労使で対立しています。9月議会での条例化を市当局はめざしていましたが、労使の主張に隔たりは大きく、現時点までに合意には至らず、9月議会での条例化は見送ることになりました。今後、12月議会に向け、引き続き精力的に労使協議していくことを確認しています。

これまで当ブログでは2年前に「会計年度任用職員」、今年3月に「会計年度任用職員制度の労使協議を推進」、6月に「会計年度任用職員制度、労使協議の現況」という記事を投稿してきています。改めて経緯や労使協議における論点を書き進めてみます。

地方自治法と地方公務員法が一部改正され、来年4月から会計年度任用職員制度の導入が決まっているため、各自治体での条例化が求められています。同一労働同一賃金の理念のもとの制度化だったはずですが、財源の問題をはじめ、国や都に合わせなければならないという動きが目立ち始め、多くの自治体で労使協議が難航しています。

そのため、各組合は7月に自治労都本部統一要求書を提出し、労使協議を促進しています。7月16日に文書回答が示されましたが、3月15日の団体交渉で確認した内容から大きく後退するものでした。翌17日に市当局と団体交渉を開き、3月までの交渉の積み重ねをないがしろにし、休暇制度など現行の待遇を後退させる内容に対し、組合は強く抗議しました。

市当局側の説明として、3月に示した回答は現行の年収額で移行する場合、他の待遇もそのままとする考え方であり、期末手当2.6月を支給する場合は全体的な待遇を都準拠にしなければならないというものです。さらに他市に比べて現行の水準が高いという理由から月収を軒並み1万円ほど引き下げる案を示し、組合側の期末手当分の純増要求とは隔たりの大きい回答です。

組合は法改正時の国会附帯決議が公務における同一労働同一賃金に重点を置いた対応を求めている点を強く訴えています。国会における附帯決議とは、その法律の運用や将来の立法による改善についての希望などを表明するものです。法的な拘束力を有しませんが、政府として尊重することが求められ、無視はできません。

地方公務員法及び地方自治法の一部を改正する法律案に対する附帯決議

 政府は、次の事項について十分配慮すべきである。

  1. 会計年度任用職員及び臨時的任用職員について、地方公共団体に対して発出する通知等により再度の任用が可能である旨を明示すること
  2. 人材確保及び雇用の安定を図る観点から、公務の運営は任期の定めのない常勤職員を中心としていることに鑑み、会計年度任用職員についても、その趣旨に沿った任用の在り方の検討を引き続き行うこと。
  3. 現行の臨時的任用職員及び非常勤職員から会計年度任用職員への移行に当たっては、不利益が生じることなく適正な勤務条件の確保が行われるよう、地方公共団体に対して適切な助言を行うとともに、厳しい地方財政事情を踏まえつつ、制度改正により必要となる財源の十分な確保に努めること。併せて、各地方公共団体において、育児休業等に係る条例の整備のほか、休暇制度の整備が確実に行われるよう、地方公共団体に対して適切な助言を行うこと。
  4. 本法施行後、施行の状況について調査・検討を行い、その結果を踏まえて必要な措置を講ずること。その際、民間部門における同一労働同一賃金の議論の動向を注視しつつ、短時間勤務の会計年度任用職員に係る給付の在り方や臨時的任用職員及び非常勤職員に係る公務における同一労働同一賃金の在り方に重点を置いた対応に努めること。

以上が法改正時に決議された内容です。この附帯決議を承知していながらも、市当局は総務省から示されている「事務処理マニュアル」に基づき他団体の非常勤職員との均衡の必要性を強調しています。今回の法改正が大幅な待遇改善の機会となることを期待していた嘱託組合員の皆さんの思いを踏みにじる考え方だと言わざるを得ません。

そもそも総務省の「事務処理マニュアル」は非常勤職員の待遇の全体的な底上げをはかる目的で作成され、標準以上だった自治体職員の現行の待遇を切り下げる意図が総務省にはないという話を自治労本部の担当役員から伺っています。このような情報を組合から伝えていますが、マニュアル等と異なる取扱いとするのであれば合理的な説明が必要という指摘を東京都から受けていると市当局は答えています。

しかし、働き方改革関連法では正規と非正規の待遇に合理的な説明がつかなければ格差は認められません。格差に対する「合理的な説明」という言葉が、まったく違った意味合いで使われていることを非常に腹立たしく思っています。公務員連絡会との交渉の中で、人事院の審議官も非常勤職員の休暇制度に関して「合理的な説明のつかない差異がある場合については是正するという立場である」と答えています。

私どもの組合は休暇制度や雇止めの問題など現在の待遇は切り下げないことを大前提とし、年間期末手当2.6月支給の獲得をめざしています。この課題では市長とも直接話し、精力的に労使協議を重ねる中で組合の主張を受けとめる考え方が徐々に市当局から示され始めています。しかし、前述したとおり労使合意に至るまでには歩み寄っていないため、9月議会での条例化は見送ることになりました。

今後、12月議会での条例化に向け、法改正が待遇改善の好機となることを期待していた嘱託組合員の皆さんの切実な思いを背にし、さらに労使協議を積み重ねながら納得できる決着点を全力でめざしていきます。冒頭でも触れたとおり今回の課題では労使の信頼関係を問わざるを得ない局面が生じていました。交渉の積み重ねをないがしろにしたかどうかという問題でした。

3月までの労使交渉の結果、組合としては現行の待遇維持を確認した上で、月収と期末手当を合わせた年収額の水準に関しては労使の主張に大きな隔たりがあるという認識でした。それに対し、市当局は「期末手当2.6月を支給する場合は全体的な待遇を都準拠にしなければならない」という提案で一貫していたと説明しています。

このような説明に納得し、組合側の理解が不充分だったことを認め、労使協議での確認事項に対する詰め方が甘かったと反省している訳ではありません。しかし、これまでと同様、労使対等な立場で誠意をもって引き続き交渉に臨んでいきたいという市当局側の姿勢は7月17日の団体交渉を通して確認できました。

総務省から直接情報を得られないため、東京都からの説明を第一に考えなければならない市当局側の立場も理解しています。市当局の格差に関する「合理的な説明」の言い分も納得している訳ではありませんが、そのような考え方に至っている交渉相手の置かれた立場には理解を示さなければなりません。お互いの主張の正当性のみを強調し、感情的な対立を激化させてしまうようでは建設的な議論から程遠くなります。

その結果、組合員の皆さんの思いを形にできないようであれば組合の役割としては失格だと言えます。そもそも立場が異なるため、考え方が相違し、その溝を埋めるための話し合いが団体交渉です。労使で確認した内容に対する認識の齟齬は重大な問題でしたが、引き続き労使協議を尽くして合意をめざすという信頼関係のほうに重きを置いています。

また、直接相対せず、伝聞として間接的に伝わってくる情報に対し、微妙なニュアンスの理解の仕方一つで疑心暗鬼に陥る場合もあります。そのような意味合いからも複数対複数で臨む団体交渉の意義深さがあるものと考えています。強い口調で市当局側の姿勢を問いただす組合役員もいますが、そのような憤りの声を副市長らが直接受けとめる場面も大事なことだろうと思っています。

ちなみに当ブログを始めた頃の記事に「なぜ、労使対等なのか?」というものがあります。今回、労働条件の問題は労使対等な立場で協議し、合意に至らなければ一方的に実施しないという原則を守っています。当たり前なこととして大切な関係性ですが、最近、いろいろ気になる事例が目についています。機会があれば時事の話題から労働組合の役割等について取り上げてみるつもりです。

最後に、数日前、私どもの市の管理職の方から時事通信社の「非常勤の処遇改善、どう反映?」という見出しが付けられた記事のコピーをお寄せいただきました。ネット上では見つからないため、概要に絞って紹介します。会計年度任用職員制度への対応が総務省自治財政局の担当している2020年度地方財政計画の焦点の一つとなっています。財源の確保に向け、頭を悩まし、年末の財務省との折衝に向けて精査や分析を重ねていることが伝えられていました。

その上で、記事の最後は下記のような内容で結ばれています。総務省幹部の言葉は頼もしいものであり、法改正に基づき地方自治体に生じさせる財政負担であるため、まっとうな考え方だと言えます。さらに付け加えれば、このような課題において政治の示す方向性を忖度することは、私たち公務員に課せられている責務であるようにも受けとめています。

正規と非正規の不合理な待遇差を解消する「同一労働同一賃金」の実現は、安倍政権が進める働き方改革の柱の一つ。行政改革の一環として人件費抑制の流れが続く中、財源確保に不安を抱く自治体もあるようだが、他局の幹部は「ここでけちなことをすると働き方改革にもとる」と強調していた。(2019年8月13日/官庁速報)

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2019年8月18日 (日)

平和の築き方、それぞれの思い  Part2

74回目の終戦の日を迎えた木曜日、私どもの市庁舎でも正午に黙祷を捧げました。先の大戦での戦没者を悼み、二度と戦争の惨禍を繰り返さないことを誓う節目の日でした。毎年、8月に入ると戦争について取り上げるメディアが増えています。特に今年は後ほど紹介しますが、NHKスペシャルが貴重な資料をもとにした番組制作に力を注いでいました。

戦争を体験された方が少なくなる中、この時期だけでもメディアが力を注ぐことは意義深いものと受けとめています。このブログでも戦争や平和を顧みる機会とし、先週は「平和の築き方、それぞれの思い」という記事を綴っていました。今週も「Part2」を付け、平和への思いを託した内容の投稿を続けてみます。

まず前回記事に対し、yamamotoさん、おこさんからコメントがあり、少し補足していました。さらに今回の記事でも、一人ひとり「それぞれの思い」がある中、平和の築き方について私自身の思いを補足させていただきます。戦争は起こしたくない、総論として誰もが願うことです。一方で、各論となる具体的な安全保障に対する考え方は個々人によって差異が生じがちです。

憲法9条の解釈も完全に統一されていない現状を認めなければなりません。しかし、個別的自衛権まで認めた解釈までを合憲とする立場が主流だったはずであり、そのような立場を私自身は支持しています。その上で攻撃された場合は反撃するという抑止力の必要性を認めています。集団的自衛権の行使は国際法上問題ないため、国際社会の中で日本国憲法9条は異質だと言えます。

このような「異質さ」や「特別さ」には効用があり、私たち日本人にとって価値ある国の姿だったはずです。そのため、従来の憲法解釈を変更した安全保障関連法の成立を問題視しています。今後、改憲論議を深めるのであれば憲法9条の「特別さ」を重視するのか、国際標準の「普通の国」をめざすのかどうかという明確な論点を示して欲しいものと願っています。

このような端的な説明では言葉が不足しているかも知れません。詳しい説明としては以前の記事「平和の話、インデックスⅢ」「平和の話、サマリー」「平和の話、サマリー Part2」などをご覧いただければ誠に幸いです。また、一昨年夏の「平和への思い、自分史」という記事の中では次のような記述を残していました。

知り得た戦争の悲惨さを部員や組合員に伝える、このような広げ方が平和を築くための運動だと考えていました。青婦部を卒業してからも、しばらくは平和をアピールすることや軍事基地に反対することが大事な行動だろうと認識していました。もちろん多くの人が戦争の悲惨さや実相を知り、絶対起こしてはならないという思いを強めていくことは重要です。しかし、そのような思いだけでは決して戦争を抑止できないことを痛感するようになっています。

誰もが「戦争は起こしたくない」という思いがある中、平和を維持するために武力による抑止力や均衡がどうあるべきなのか、手法や具体策に対する評価の違いという関係性を認識するようになっています。安倍首相も決して戦争を肯定的にとらえている訳ではなく、どうしたら戦争を防げるのかという視点や立場から安保法制等を判断しているという見方を持てるようになっています。

その上で、安倍首相らの判断が正しいのかどうかという思考に重きを置くようになっています。そして、自分自身の「答え」が正しいと確信できるのであれば、その「答え」からかけ離れた考え方や立場の方々にも届くような言葉や伝え方が重要だと認識するようになっていました。そのため、このブログでは「答え」の正しさを押し付けるような書き方を避けながら、多様な考え方や情報を提供するように努めています。

今回の記事も多様な情報を提供する機会として、私自身が視聴したテレビ番組や最近読み終えた書籍の内容を紹介させていただきます。先ほど今年のNHKスペシャルのことに触れました。特に関心を持った2点の番組を録画しています。どのような内容だったのかはNHKのサイトでの番組紹介を掲げさせていただきます。1点目は『かくて“自由”は死せり ~ある新聞と戦争への道~』です。

なぜ日本人は、戦争への道を歩むことを選択したのか。これまで"空白"だった道程を浮かび上がらせる第一級の史料を入手した。治安維持法制定時の司法大臣・小川平吉が創刊した戦前最大の右派メディア「日本新聞」である。1925~35年に発行された約3千日分が今回発見された。発刊当時、言論界は大正デモクラシーの全盛期。マイナーな存在だった"国家主義者"は、「日本新聞」を舞台に「デモクラシー=自由主義」への攻撃を開始する。

同志の名簿には、後に総理大臣となる近衛文麿、右翼の源流と言われる頭山満などの実力者が名を連ねていた。国内に共産主義の思想が広まることを恐れた人たちが、日本新聞を支持したのである。さらに取材を重ねると、日本新聞は地方の読者に直接働きかける運動を展開していたことも明らかになってきた。そして、ロンドン海軍軍縮条約、天皇機関説排撃など、日本新聞が重視した事件がことごとく、社会から自由を失わせ軍の台頭を招く契機となっていく。知られざる日本新聞10年の活動をたどり、昭和の"裏面史"を浮かび上がらせる。

上記番組が報道された直後、BLOGOSに『欠陥NHKスペシャル放送される』という見出しが付けられた記事を目にし、自民党の和田正宗参院議員が強く批判していることを知りました。同じ時期のBLOGOSで、漫画家の小林よしのりさんの 『NHKスペシャル「日本新聞」のこと』というタイトルのブログも掲げられていました。

日本が大正デモクラシーで自由の空気を謳歌していた時代から、たった10年余りで一気に軍国主義に傾斜していったのは、「日本新聞」という国粋主義のメディアが重要な役割りを果たしたらしい、このように小林さんは記し、貴重な番組だったと評価しています。同じ番組を見ていながら人によって評価が大きく分かれることは珍しくありません。

特に今年夏のNHKスペシャルは賛否両論があることを覚悟した上、かなり踏み込んだ題材に切り込んでいるものと思っています。土曜の夜に放映された『昭和天皇は何を語ったのか ~初公開・秘録「拝謁記」~ 』は、そのような思いを際立たせた内容だったと言えます。「日本新聞」の時よりも視聴者一人ひとり、評価や感じることが大きく分かれたのではないでしょうか。

日本の占領期の第一級史料が発見された。初代宮内庁長官として昭和天皇のそばにあった田島道治の『拝謁記』である。1949(昭和24)年から4年10か月の記録には、昭和天皇の言動が、田島との対話形式で克明に記されていた。敗戦の道義的責任を感じていた昭和天皇は、当初「情勢ガ許セバ退位トカ譲位トカイフコトモ考ヘラルヽ」としていた。

さらに、1952年の独立記念式典の「おことば」で戦争への反省に言及しようとする。しかし、吉田茂首相からの要望で、最終的に敗戦への言及は削除されていく。その詳細な経緯が初めて明らかになった。番組では、昭和天皇と田島長官の対話を忠実に再現。戦争への悔恨、そして、新時代の日本への思い。昭和天皇が、戦争の時代を踏まえて象徴としてどのような一歩を踏み出そうとしたのか見つめる。

過去は変えられません。しかし、過去や歴史を振り返り、反省すべき点があれば率直に反省し、教訓化していかなければ同じ過ちを繰り返しかねません。今回のNHKスペシャルの内容のみで、日本が戦争の道に突入した背景などを短絡的に語ることは慎まなければなりません。しかし、その時々の国民の思いが世論を形成し、その世論に政治が縛られる場合もあり、軍部の独走を許す素地につながっていたことを考えさせられます。

そして、神格化された最高権力者だったとしても、時代の大きな流れに抗え切れなかったという史実に思いを巡らしています。また、戦争は避けたいという思いだけで戦争を回避できない理由として、冷徹な国際情勢があることも留意しなければなりません。それでも国民一人ひとりの思いが「戦争も辞さず」に傾くのか、為政者が国民の熱狂に左右されずに譲歩することも想定した外交交渉を重視していくのか、たいへん重要な立場性だと考えています。

現在の日本の為政者としてのトップリーダーは安倍首相です。最近、『安倍三代』という書籍を読み終えています。書籍を宣伝するサイトには「母方の祖父・岸信介を慕う安倍晋三首相には、もう一つの系譜がある。反戦の政治家として軍部と闘った父方の祖父・寛、その跡を継ぎ若くして政治の道に入った父・晋太郎だ。彼らの足跡から3代目の空虚さを照らすアエラ連載に大幅加筆」と記されています。なかなか興味深い事実関係に触れることができた書籍でした。

安倍首相の資質を批判する内容が目立ちますが、山口県での現地取材や史料をもとにした青木理さんのルポルタージュです。読者からの評価は分かれ、「なるほど安倍晋三の人生は凡庸なのかもしれない。しかし、なぜ、凡庸な男が、これほど権力を維持し続けられるのか。この二つの間にあるギャップは一体何なのか」という声に首肯しています。最後に、多様な情報を提供する機会として『週刊文春』に掲載された「祖父・寛や父・晋太郎にあって、安倍晋三にはないもの」という見出しが付けられた書評を紹介させていただきます。

あらゆる人物評伝は、史料や証言者の声が積もり、ページをめくればめくるほど濃厚になるものだが、本書は例外。残り3分の1、安倍晋三の軌跡を追い始めた途端、万事が薄味になる。彼について問われた誰しもが、語るべきことがあったろうか、と当惑する。晋三が通った成蹊大学名誉教授・加藤節は、彼を「二つの意味で『ムチ』だ」と評する。

「無知」と「無恥」。「芦部信喜さんという憲法学者、ご存知ですか?」と問われ、「私は憲法学の権威ではございませんので、存じ上げておりません」と答弁した彼を「無知であることをまったく恥じていない」と嘆く。手元の原稿に記された「訂正云々」を力強く「訂正でんでん」と読む宰相は無知を改めない。

憲法改正を悲願とする彼は、母方の祖父・岸信介への傾倒を頻繁に語るが、なぜかもう一方の父方の祖父・寛について語らない。反戦の政治家として軍部と闘い、貧者救済を訴えた寛。「戦争とファッショの泥沼」の中で立候補した“選挙マニフェスト"には「富の偏在は国家の危機を招く」とある。それはまるで「アベノミクスの果実を隅々まで……」と緩慢なスローガンを反復する孫に警鐘を鳴らすかのよう。平和憲法を擁護し、リベラルな姿勢を貫いた晋太郎は、その父・寛を終生誇りにした。

晋三いわく「公人ではなく私人」の昭恵夫人が、本書の取材に応じている。寛にも晋太郎にもあった気概や努力が晋三に感じられないのはなぜか、との不躾な問いに「天のはかりで、使命を負っているというか、天命であるとしか言えない」と述べる。呆然とする。安倍家の対岸に住まう古老、“政略入社"した神戸製鋼時代の上司、安倍家の菩提寺である長安寺の住職等々が、晋三をおぼろに語る。彼の存在感を力強く語れる人が、どこからも出てこないのだ。

政界を引退した、かつての自民党の古参議員・古賀誠に語らせれば「ツクシの坊やみたいにスーッと伸びていく」ような世襲議員が、現政権では閣僚の半分を占めている。「ツクシの坊や」のために変更された自民党総裁任期延長に異を唱える党内の声は極端に少なかった。支持する理由のトップが常に「他より良さそう」であっても、自由気ままな政権運営が続いていく。

「私の国際政治学(の授業)をちゃんと聞いていたのかな」と恩師を涙ぐませてしまう宰相は、その薄味と反比例するように、国の定規を強引に転換させている。周囲に募る虚無感と本人が投じる強権とが合致しない。その乖離に誰より彼自身が無頓着なのが末恐ろしい。 《評者:武田 砂鉄(週刊文春 2017.3.23号掲載)》

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2019年8月10日 (土)

平和の築き方、それぞれの思い

前回記事「2019年夏の市長選」の冒頭で「このブログの閲覧者は私どもの市役所の職員よりも外部の方のほうが多いものと思っています。そのため、なるべくローカルな話題は控える意識が働き、広く知られた時事や政治の話が多くなっています」と記していました。

他にも国政の話題が多くなる理由として、市政の話を取り上げる場合、自分自身も一職員として当事者であるという責任を負っているからです。第三者的な論評や批判意見を加える立場ではなく、至らない点があれば内部で声を上げ、改善に努める責務があることを自覚しています。

特に労働組合の役員でもあり、市長や副市長らに直接訴えられる機会も少なくありません。仮に問題視すべき事案があった場合、ネット上での情報発信よりも実際の行動を優先すべきものと考えています。さらに以前の記事「ブログでの発言の重さ」で綴っているとおりの心得があり、このブログでの話題の中心は国政となりがちです。

その上で、自分自身の思うことを不特定多数の方々に発信できる当ブログは自分なりの一つの運動として位置付けています。特に平和の築き方に対する思いについて、これまで数多くの記事を通して書き残してきています。とりわけ私たち日本人にとって、戦争と平和について考えを深める機会の多い夏の時期、このブログに自分自身の思いを託してきました。

一昨年の夏は「平和への思い、自分史」「平和への思い、自分史 Part2」という新たな切り口で、昨年は「平和の話、インデックスⅢ」「平和の話、サマリー」「平和の話、サマリー Part2」という総まとめ的な記事を連続して投稿していました。今年も74回目の広島と長崎の「原爆の日」を迎えた後、いろいろ個人的に思うことを書き進めてみます。

長崎は9日、74回目の原爆の日を迎えた。爆心地近くの長崎市の平和公園では平和祈念式典が開かれ、田上富久市長は平和宣言で、核兵器を巡る世界情勢を「危険な状況」と指摘。日本政府に対して「唯一の戦争被爆国の責任として一刻も早く核兵器禁止条約に署名、批准してほしい」と求めた。

令和最初の式典に出席したのは被爆者や遺族、66カ国の代表ら。参列者は原爆投下時刻の午前11時2分に黙とうし、犠牲者の冥福を祈った。この1年間で新たに3402人の原爆死没者の名簿が奉安され、長崎原爆の死没者は計18万2601人になった。

平和宣言で田上市長は初めて被爆者の詩を紹介した。「ケロイドだけを残してやっと戦争が終わった」「だけど…… 父も母も もういない 兄も妹ももどってはこない」「このことだけは忘れてはならない このことだけはくり返してはならない」。17歳で被爆し家族を失った女性がつづったもので、強い思いがこもった詩を通じ、改めて核廃絶を訴えた。

安倍晋三首相はあいさつで「核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努め、双方の協力を得ながら対話を粘り強く促し、国際社会の取り組みを主導していく」と述べた。核兵器禁止条約については言及しなかった。【日本経済新聞2019年8月9日

安倍首相は核兵器禁止条約に日本が加わることを否定しています。そのことで条約に参加していない核兵器保有国との橋渡し役を務められるという理由を説明しています。被爆者の思いからすれば乖離した立場だと言わざるを得ません。田上市長が訴えているとおり唯一の戦争被爆国として一刻も早く署名し、そのような立場から橋渡し役を務めることが望ましい選択ではないでしょうか。

ただ「アメリカの核の傘に入っていながら」という関係性があり、日本独自の判断として核兵器禁止条約に関与できないという見方があることも承知しています。そもそも核兵器も含めた武力による抑止力の必要性について、私たち日本人の中でも温度差があるように見ています。平和の築き方や安全保障に対する考え方自体、人によって大きく分かれがちです。

したがって、今回の記事のタイトルは「平和の築き方、それぞれの思い」としています。当り前なこととして、誰もが自分自身の「答え」の正しさを信じています。今回の記事に綴る内容も、あくまでも私自身が正しいと信じている「答え」であり、異論や反論を持たれる方々も多いのだろうと思っています。このような認識のもとに「平和の築き方、それぞれの思い」というタイトルを付けています。

抑止力の問題に対し、私自身は次のように考えています。武力による抑止力は狭義の国防であり、ハード・パワーを重視した考え方です。その一方で、広義の国防という言葉があり、ソフト・パワーという対になる考え方もあります。国際社会は軍事力や経済力などのハード・パワーで動かされる要素と核兵器禁止条約に代表されるような国際条約や制度などのソフト・パワーに従って動く要素の両面から成り立っています。

もう一つ、抑止に対し、安心供与という言葉があります。安心供与という言葉は「北朝鮮の核実験」の中で初めて紹介しました。安全保障は抑止と安心供与の両輪によって成立し、日本の場合の抑止は自衛隊と日米安保です。安心供与は憲法9条であり、集団的自衛権を認めない専守防衛だという講演で伺った話をお伝えしていました。

安心供与はお互いの信頼関係が柱となり、場面によって寛容さが強く求められていきます。相手側の言い分が到底容認できないものだったとしても、最低限、武力衝突をカードとしない関係性を維持していくことが肝要です。抑止力の強化を優先した場合、ますます強硬な姿勢に転じさせる口実を相手に与えてしまいがちです。

外交交渉の場がなく、対話が途絶えている関係性であれば、疑心暗鬼が強まりながら際限のない軍拡競争のジレンマにつながります。それこそ国家財政を疲弊させ、いつ攻められるか分からないため、攻められる前に先制攻撃すべきという発想になりかねません。そのような意味で、攻められない限り戦わないと決めている日本国憲法の専守防衛は、他国に対して安心を与える広義の国防の究極の姿だと私自身は考えています。

別な機会に「なるほど」と思った言葉に出会いました。防衛審議官だった柳沢協二さんが、脅威とは「能力」と「意思」の掛け算で決まるものだと話されていました。情勢が緊迫化していた最中、日本が考えるべきは「ミサイル発射に備える」ことではなく、「ミサイルを撃たせない」ことであり、米朝の緊張緩和に向けて働きかけることが何よりも重要であると柳沢さんは訴えていました。

残念ながら日本が橋渡し役を果たせませんでしたが、米朝での対話の扉が開かれました。その結果、北朝鮮の「意思」が変わりつつあり、将来的には「能力」を放棄することも約束しています。一触即発だった戦争の危機を回避できた動きを大半の方々は歓迎しているはずです。ここで脅威とは「能力」と「意思」の掛け算で決まるという象徴的なエピソードとして、あるメディアの記事を紹介します。

「わが国の安全保障に影響を与える事態でないことは確認している」――。安倍首相は25日、北朝鮮が同日早朝にミサイル2発を発射したことについてこう言い切ると、山梨県での静養を切り上げることなくゴルフを堪能。自分があおってきた“北の脅威”などすっかり忘れてしまったようだ。韓国軍などによると、北朝鮮は日本海に向け、短距離弾道ミサイルとみられる飛翔体2発を発射。2発目は日本の一部にも到達可能な新型ミサイルだったとみられる。

政府は正式に弾道ミサイルと断定していない。理由は、安倍首相が無条件での日朝会談の開催を求めているタイミングで対話ムードを損ないたくないからだ。しかし、安倍政権は今まで“北の脅威”を散々あおって国民を翻弄してきた。思い出すのは、周辺国からの弾道ミサイルの発射などを知らせる「Jアラート」を使った避難訓練(国民保護訓練)。

国から訓練を呼びかけられた自治体の住民が頭を抱えて地面にうずくまるマヌケな姿が、国内だけでなく海外メディアを通じて世界に報じられた。政府が先頭に立って国民保護訓練を呼びかけ、総務省消防庁は昨年、訓練関連予算として1.3億円を計上。ところが、今では「住民の避難訓練はしばらく前から行っていない」(内閣官房事態対処・危機管理担当)のが現実だ。加えて、弾道ミサイル発射を知らせるJアラートは、おととし9月15日を最後に鳴らされていない。

25日のミサイル発射については「日本に飛来・通過しないと判断したため鳴らさなかった」(内閣官房事態対処・危機管理担当)という。安倍首相はおととし9月21日の国連演説で「(北朝鮮の)脅威はかつてなく重大」と繰り返し強調。直後の25日に「北朝鮮問題への対応について国民に問いたい」と“国難突破解散”に踏み切った。

高千穂大教授の五野井郁夫氏(国際政治学)がこう言う。「北朝鮮の日本に対する態度は何も変わっていないので、解散当時と今の状況は変わっていません。それなのに、Jアラートは鳴らなかった。安倍首相が選挙期間中で夏休みに入っていなかったら、どうだったか分かりませんが、少なくとも、安倍政権の外交・安全保障政策が場当たり的で一貫性がないということが改めて証明されました」 やっぱり安倍首相には任せられない。 【日刊ゲンダイ2019年7月26日

安倍首相を支持されている方々にとって不愉快に感じる言葉が多い記事で恐縮です。しかし、事実関係として象徴的な報道だったため、多面的な情報や見方を提供する機会につなげています。北朝鮮のミサイル発射に際し、Jアラートを鳴らし続け、あれほど脅威を強調していた安倍首相や日本政府の対応が激変しています。

安倍首相がゴルフを続けられたことを私自身は肯定的にとらえています。北朝鮮の「意思」を確かめられたことで脅威が減少したという証しだと考えられるからです。このような外交努力、ソフト・パワーを尽くすことで脅威は変動する事例だと言えます。これまで「セトモノとセトモノ、そして、D案」をはじめ、数多くの記事を通して平和の築き方安全保障のあり方について自分なりの「答え」を綴ってきました。

私自身、憲法9条さえ守れば平和が維持できるとは思っていません。重視すべきは専守防衛を厳格化した日本国憲法の平和主義であり、その平和主義の効用こそ大切にすべきものと考えています。このような「答え」に対し、前述したとおり異論や反論を持たれる方々も多いのだろうと思っています。たいへん残念ながら個々人が正しいと信じている「答え」から、かけ離れた他者の考え方は容易に受け入れていただけるものではありません。

まったく理解し合えない高い壁が存在しがちであり、そのような異質な考え方を持つ相手を見下してしまうケースも見受けられます。もっと最悪なケースは誹謗中傷の応酬となり、暴力的な言葉まで発せられる時もあります。言論や表現の自由に対し、いわゆる左や右という立場を問わず、 批判すべき点は率直に批判したとしても一定の節度を持って対応しなければならないものと考えています。

愛知県警は7日、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で中止となった「表現の不自由展・その後」をめぐり、危害を予告するファクスを送ったとして、威力業務妨害の疑いで、同県稲沢市の50代の会社員の男を逮捕した。捜査関係者への取材で分かった。 逮捕容疑は、「(元慰安婦を象徴した)少女像を大至急撤去しろ。さもなくばガソリン携行缶を持っておじゃまする」などと書いたファクスを不自由展の会場だった県美術館(名古屋市東区)に送ったとしている。ファクスは2日午前9時ごろに届いているのが見つかった。【産経新聞2019年8月7日

上記のような事例は様々な意味で非常に残念なことです。以前から当ブログではいろいろな「答え」を認め合った場として、個々人の「答え」の正しさをそれぞれの言葉で競い合えることを願っています。そのような考え方もあるのかという認め合いであり、相手の立場や思想を尊重し合う寛容さが対人関係において欠かせないものと受けとめています。

その上で、誤りだと思う点について異質な「答え」を持つ他者にも届く言葉を駆使していくことが重要な試みだろうと考えています。つまり容易には分かり合えなくてもいがみ合わないことの大切さを当ブログの記事を通して訴え続けてきています。そして、対人関係に関わらず、国と国との関係においても相手の立場や言い分を気遣う寛容さが求められているはずです。

平和の築き方として、いがみ合わないことの大切さは真っ先に上げるべき点だろうと思っています。現在、日韓関係が悪化しています。このブログでは「徴用工判決の問題」「徴用工判決の問題 Part2」「レーダー照射事件から思うこと」という記事を投稿し、私自身の問題意識を綴っています。韓国側の問題点を指摘していくことの必要性を理解しながらも、ロシアとの関係に比べて韓国に対する安倍政権の接し方は極端に厳しい気がしています。

このような見方に関しても様々な声や批判が集まるのかも知れません。しかし、幅広く多様な「答え」を出し合うことで、より望ましい「答え」を見出す機会につながっていくものと考えています。そのため、最後に多面的な情報や見方の一つとして、日本総合研究所の主席研究員である藻谷浩介さんの『傍観 その先にある損失』というタイトルを付けたコラムを紹介させていただきます。

内心に募る否定的な感情を、他者にぶつけて憂さを晴らそうとする人が増えているように感じる。その最悪の例が、京都での無差別放火殺人かもしれない。もちろん、そういうところまでいってしまう人は、まだ社会のごく一部だろう。だが犯罪行為ではなく、政治的なトピックの場合には「自分たちだけが正しく、相手だけが間違っている」という一部の過激な主張に、その外側にいながら何となく同調してしまう人が、市井の普通の人にも増えている感じがする。

彼ら自身は否定的な感情を大人げなく他者にぶつけはしないのだが、誰かの排他的で視野の狭い行動を「そうはいっても相手の方がより悪いよな」と、何となく許してしまう。そういう人こそ気付かなければいけない。「相手側から自分たちがどう見えているか」についても考えないと、結局は自らの利益を損ねる可能性があることを。日本の韓国に対する、一部製品の輸出に関する優遇措置剥奪のニュースを、何となく肯定的に受け止めている人たちは典型例だろう。

今回、日本政府には「韓国から第三国へ不正輸出が行われている可能性が否定できない」という表向きの理屈がある。しかし、文在寅政権の経済失策で弱り切っている韓国国民の、心中の機微を理解しないままにさらにプライドを傷つけるのは、日本にとっておよそ得策とは思えない。日本だって自分が当事者でなければ「判官びいき」だ。だから分かると思うのだが、日本の理屈が世界から「弱い者いじめの自己正当化」とみなされる危険性は十分にある。

駆け引きにしてもやり過ぎに見えることから考えて、外務省ではなく首相官邸-経済産業省ラインが主導したのだろうが、それで世界貿易機関(WTO)は通るのか。韓国による東北産水産物の輸入規制をWTOが是認したのは記憶に新しい。連敗した場合、政権に責任を取る覚悟はあるのだろうか。もちろん、コアな嫌韓層はそれでも満足だ。彼らには「韓国を懲らしめてやれ」という強い処罰感情がある。だがその根っこにあるのは、ストレスに満ちた日本社会の中で抱え込んだ個人的な敗北感を、自分が「強者」の側に立って攻撃することで発散したいという欲求ではないか。

普通の国民は、嫌韓派の極論に「もっともな面もあるな」と何となく同調してしまってはいけない。そもそも嫌韓と反日の応酬で得をするのは誰なのか、考えてほしい。徴用工問題で被告にされている、日本企業の担当者は喜ぶだろうか。両国の関係がこじれるほど、いけにえにされていじめられるだけではないか。輸出規制の対象企業はどうか。韓国企業が日本に頼るリスクに気づき、独自の技術開発にまい進するほど、今の独占的地位を失う危険が大きい。それらに該当しないあるハイテクメーカー関係者も「韓国への輸出減で大損害だ」と漏らしていた。

さらにいえば、韓国人観光客が減って九州の誰が得をするのだろう。半年前の当欄で「日韓の対立をあおって得をするのは(国内の不満を隣国に向けさせることで延命を図る、日韓双方の)政治家」と指摘した通りだ。そのせいで損をするのは国際競争でもうかっている側、すなわち韓国から昨年だけで2兆円の経常収支黒字を稼いだ、日本のハイテクメーカーと観光関係者である。かかる金銭的損害をもたらしたとしても、官邸関係者も、嫌韓の人たちも、決してその責任を取りはしない。一般国民はいつまで、彼らのことを「何となく許し続ける」のだろうか。【西日本新聞2019年7月29日

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2019年8月 3日 (土)

2019年夏の市長選

少し前の記事「2019年夏の参院選」の書き出しは「7月に入りましたが、涼しい日が続いています」というものでした。7月末に梅雨が明け、一転して真夏日や猛暑日が続いています。体調管理に注意を要する気候の変化だと言えます。「夏」の実感が最初の頃と異なりますが、このブログの記事タイトルには連続して「2019年夏」を付けています。

前回記事「参院選が終えて、2019年夏」のコメント欄にイチ市民さんから「次の大きな選挙は市長選ですね」という指摘があり、私どもの組合の対応方針についてのお尋ねがありました。日曜の夜、私からは「先週火曜日に職場委員会を開き、市長選に臨む方針を確認しています。次回の記事では市長選について取り上げる予定でした。その記事を通し、私自身の考え方などを示させていただくつもりです」と予告させていただきました。

正確なデータを把握している訳ではありませんが、このブログの閲覧者は私どもの市役所の職員よりも外部の方のほうが多いものと思っています。そのため、なるべくローカルな話題は控える意識が働き、広く知られた時事や政治の話が多くなっています。イチ市民さんや私どもの組合にとって大きな選挙ですが、閲覧されている大半の皆さんにとってローカルな話題の一つに過ぎません。

それでも4年前には「8月9日に市長選と市議補選」、8年前には「過ぎ去る夏に市長選」、12年前には「市長選に向けた組合の対応」という記事を投稿してきました。投稿のタイミングが少し遅れた際に「組合の委員長としては、あくまでも国政が重点項目なのであって、地元の市長選挙などは関係ないということなのか」という辛口な指摘を受けた時もありました。

そもそも私たち市職員にとって最も身近で大事な首長選挙であり、このブログで取り上げないという選択肢はあり得ません。今回、直近の職場委員会で私どもの組合員の皆さんに市長選に臨む方針をお示しし、確認を得られたところですので当ブログの新規記事として取り上げています。

私どもの自治体の市長選挙は8月25日に告示され、9月1日に投開票されます。選挙日程から絞り込めば、私の所属している自治体がどこなのか少し調べればお分かりになるはずです。それでも一般的なインターネット上のルールにそって、今回もブログ上では実名を出さないように努めていきますのでご理解ください。

今回の市長選は前都議会議員が無所属で立候補を予定し、現職の市長に挑む構図となっています。選挙管理委員会の事前の説明会には、もう一人、他の陣営の関係者が出席されていたようですが、現時点までに正式な態度表明はされていません。

現市長も無所属ですが、自民党から推薦を受ける予定です。前都議は民主党(民進党)の議員だったため、以前から連合三多摩と緊密な支持協力関係のあった方です。そのため、前都議は市長選にあたり、連合三多摩に推薦を要請していました。

ただ連合三多摩は現市長を前回までの選挙戦で推薦し、メーデーや政策要請の取り組みなどで現市長と信頼関係を築いてきました。したがって、連合三多摩は現職が立候補するのであれば、これまでの関係を踏まえなければならないという立場であり、今回の市長選にあたっても引き続き現市長と政策協定を交わしています。

私どもの組合も前都議とは日常的な連携を深めてきていました。小学校給食単独校方式の見直しなど行革課題に対し、前都議の公約のほうが組合方針に近いため、前都議を推薦すべきではないかという声も耳にしています。しかしながら私どもの組合は以前から市長選において直接的な推薦判断を見合わせてきています。

その一方で、私たち職員にとって市長選はたいへん重要であり、前回までと同じように公開質問書に取り組むことを決めています。下記内容の質問書を予定候補者の方々にお渡し、回答を得られた場合、原文のまま組合員の皆さんに公開する予定です。行革課題や非常勤職員の待遇改善に向けた考え方などをお示しいただくことで、組合員一人ひとりの投票行動の判断材料につなげられればと考えています。

  1. 地方分権の進め方や財源問題について考え方をお聞かせください。
  2. 厳しい財政状況の中、私たちも行政改革そのものを否定する立場ではなく、できる限り協力する姿勢で対応しています。一方で、公的責任や市民サービスの低下につながるようなアウトソーシングや職員数削減には懸念を示しています。行政改革の手法や考え方についてお聞かせください。
  3. 全国的には様々な自然災害に見舞われる中、よりいっそう災害に強いまちづくりに向けた考え方をお聞かせください。さらに避難所となる学校職員をはじめ、ひとたび大きな災害が発生した際、市職員は24時間態勢で対応にあたらなければなりません。そのような点も踏まえ、市職員確保に向けたお考えをお聞かせください。
  4. 市町村ごとに細分化して定めている地域手当の不合理さを私たちは問題視しています。都職員は20%、近隣市の大半は15%以上という中、私どもの市は12%であるため、人材確保や人材流出面での影響も見受けられています。このような現況についてのお考えをお聞かせください。
  5. 働き方改革の柱である長時間労働の是正が喫緊の課題です。課題解決に向けた手法や考え方をお聞かせください。
  6. 働き方改革の柱として同一労働同一賃金の実現も大きな課題とされ、公務においては来年4月から会計年度任用職員制度が導入されます。このような流れの中、私どもの市に働く非常勤職員の待遇改善に向けたお考えをお聞かせください。
  7. 行政や職場など様々な分野で男女平等参画の推進が欠かせません。今後、いっそう男女平等参画を進めるための手法や考え方をお聞かせください。
  8. 金額中心の競争ではなく、公正労働や環境基準の遵守などを義務付け、質の高い公共サービスの提供を目的とし、公契約条例を制定する自治体が増えています。このような公契約条例に対するお考えをお聞かせください。
  9. 横田基地にオスプレイが正式配備されていますが、市民の安全・安心に向け、横田基地の問題について考え方をお聞かせください。
  10. 市民サービスの維持向上のためにも、安定した労働条件の確保が欠かせません。その上で、労働条件の変更に際しては労使対等な立場で、お互い誠意を尽くした交渉が求められています。ぜひ、労使交渉に臨む基本姿勢についてお聞かせください。

私どもの組合も連合三多摩の一員であり、連合三多摩の判断をそのまま受け入れる選択肢も充分あり得ます。とは言え、労使交渉の当事者間となる関係性を踏まえ、単組独自の推薦判断しないという立場を連合三多摩には理解を求めてきています。必ずしも個別の労使課題に対する方向性が一致している訳ではありませんので、そのような距離感が適切だろうと判断していました。

もともと自治労に所属する組合の力量や政治活動に対する方針などは千差万別だと言えます。したがって、あくまでも私どもの組合は、このように考えながら対応してきたという一つのサンプルに過ぎません。以前「阿久根市のその後」という記事などを通し、労働組合を敵視したブログで有名な阿久根市長 のことを数多く取り上げていました。

この時の阿久根市のような事態に至った場合は、また違った対応を余儀なくされていくのかも知れません。幸いにも私どもの市においては、平行線をたどりがちな課題に際しても、真摯な交渉を重ねながら解決の糸口を探る労使関係を維持できています。万が一、このような点に齟齬があった場合は連合三多摩の推薦判断にも異論を唱える立場となり、場合によって対立候補を全力で応援していくことも考えられます。

実は今年6月に「会計年度任用職員制度、労使協議の現況」という記事を投稿していましたが、この課題が深刻な局面を迎えています。詳細は改めて当ブログの新規記事で取り上げることを考えていますが、労使の信頼関係にも関わるような齟齬が見受けられていました。それこそ市長選に臨む方針を改めて見直す必要があるのではないかという意見まで上がっていました。

副市長が同席する団体交渉を開いた際、市側の置かれた立場や考え方の説明を受け、労使交渉の積み重ねを決して軽視していない点については理解できました。そのため、執行委員会で確認した方針案をそのまま職場委員会に諮る運びとなっていました。しかし、会計年度任用職員制度の条例化に向け、労使の考え方に大きな隔たりのある局面が変わった訳ではありませんでした。

質問書は市長に直接お渡ししました。その際、私から質問書の6番目に掲げた会計年度任用職員制度の課題について補足しています。労使交渉が難航している論点について説明し、今回の法改正が待遇改善の好機となることを期待していた嘱託職員の皆さんの思いを訴えさせていただきました。このような切実な思いについて、しっかり市長に伝えられたものと受けとめています。

引き続き労使交渉を重ねながら納得できる決着点を組合は全力でめざしています。市長から感じ取った手応えが今後の労使交渉の行方を大きく動かす転機になることを強く期待しているところです。いずれにしても、このような質問書の取り組みも組合員のための活動の一つです。また、労働組合がその役割を発揮し、職員一人ひとりが活き活きと働き続けられる職場環境を整えることは良質な住民サービスの土台につながっていくものと考えています。

自治体の首長選挙においても国政における与野党の対立構図を持ち込み、来たるべき衆院選挙の前哨戦に位置付けるべきという考え方もあろうかと思います。今後、この市長選がどのような構図になるのかどうか分かりません。ただ私どもの組合の対応方針は今回の記事のとおりであり、すでに前都議と市長に質問書をお渡ししています。そして、どのような選挙結果が示されたとしても、私たち職員は市民の皆さんから選ばれた新市長を全力で支えていくことになります。

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