老後に2000万円必要
このブログの更新は週に1回と決めているため、取り上げたい時事の話題が重なる場合も少なくありません。安倍首相のイラク訪問も基本的な立場の違いから評価が大きく分かれているようです。前回取り上げた「関西生コンの問題」と同様、両極端な見方を紹介することの興味深さも感じていました。
しかし、最近取り沙汰されている話題の中では「老後に2000万円の資金が必要」と書き込んだ金融審議会の報告書の問題を最も注目していました。その中でも下記の新聞記事にあるとおり自らが諮問した審議会の報告書を麻生大臣が受け取らなかったことに対し、たいへん驚き、強い違和感を覚えていました。
麻生太郎副総理兼金融担当相は11日の閣議後記者会見で、夫婦の老後資金として「30年間で約2000万円が必要」とする試算を盛り込んだ金融庁の報告書について、「政府の政策スタンスと異なる」として受け取らない意向を示した。麻生氏は「公的年金制度が崩壊するかのように受け止められたが、高齢者の生活は多様で、年金で足りる人もいればそうでない人もいる。公的年金は老後の生活をある程度賄うことができるという政治スタンスは変わらない」と強調。試算について「誤解を招く」と指摘した。
報告書は金融庁の審議会の下に設置されたワーキンググループがまとめたもので、通常は審議会で了承され、担当相に報告される。報告書の受け取りを拒否するのは異例だ。また、自民党の二階俊博幹事長は11日午前、党本部で記者団に「撤回を含め、党として厳重に抗議している」と述べ、同庁に抗議したことを明らかにした。
二階氏は「2000万円の話が独り歩きしている。国民に誤解を与えるだけではなく、不安を招いており、大変憂慮している」と強調。「(試算は)年金制度とは別問題で、将来にわたり、持続可能な年金制度を構築している」と述べた。試算を巡っては、野党が夏の参院選に向けて争点化しようとしており、10日の参院決算委員会でも追及。自民党内では、2007年参院選で「消えた年金問題」が大敗の一因となったことから危機感が高まっており、異例の抗議に踏み切った。【毎日新聞2019年6月11日】
文科省の事務次官だった前川喜平さんがご自身のツイッターで「まっとうに仕事をして、まっとうな報告書をまとめた金融庁の役人が、にわかに悪者にされている。政府内にも与党内にも事前説明はしてあったはずだ」と指摘しています。まったくそのとおりだろうと思っています。特に審議会のメンバーだった方から憤りの声が上がるものと見ていましたが、意外にも麻生大臣を強烈に批判するような話を耳にしていません。
そもそも報告書の内容が明らかになった直後、麻生大臣はそれほど否定的にとらえていなかったはずです。それが日増しに批判する声が高まり、与党内からも参院選挙への影響を懸念する動きが強まり、報告書自体をなかったものとする異例な経緯をたどっていました。とても信じられない非常識な対応でした。
私自身のブックマークしているサイトとして、多面的な情報や考え方に触れられるBLOGOSがあり、ほぼ毎日訪問しています。そのサイトの興味深さは掲げられている数々のブログ記事に対し、独自なコメントを受け付ける掲示板を備えていることです。幅広い立場の筆者の主張と合わせ、コメント欄に目を通していくと同じ事例に接していても本当に一人ひとり様々な見方があることを実感する機会となっています。
今回の問題でも、いくつかのブログが掲げられていました。その中で『不都合な真実から目をそらすな』という記事が目に留まっていました。衆院議員の青山雅幸さんのブログ記事ですが、基本的に共感できる内容でした。さらに私自身の問題意識につながる箇所もあるため、当該記事の全文をそのまま転載させていただきます。
弁護士の経験で,事実を直視できない方を何人も見てきた。債務が膨れ上がり,到底返済の見込もないのに破産などの法的処理に前向きになれず,自分や家族を苦しめ続けるのだ。「保証人に迷惑を掛けられない」という方も多く,心情的に忍びないこともあったが,多くは無理なローンで最初から維持できないことはわかっているようなマイホームにこだわり「家を手放せない」と言うパターンであった。
はては「ローンで買った新車をどうしても諦められない」という方もいた。中には悪質な業者に手を出し,追い込みを掛けられて石を投げ込まれるまでしてようやく整理を決意した,というケースもあった。その時に思ったのが日本人は現実を直視できない民族性があるのだろうか,ということであった。少し話は飛んでしまうが,第2次大戦も,現実を直視して日米の国力の差を比べれば,そもそも開戦などあり得ない選択だったろう。
なぜそんなことを思い返したかといえば,金融庁の「高齢社会における資産形成・管理」報告書のいわゆる「2000万円問題」に関するマスコミや与野党の取り上げ方がおかしいと思うからだ。毎日新聞によれば当初案であった下記表現を削除し,穏当な表現に書き直されたとのこと。
「公的年金の水準が当面低下することが見込まれていること」 「公的年金だけでは望む生活水準に届かないリスク」 「年金の給付水準が今までと同等のものであると期待することは難しい。今後は,公的年金だけでは満足な生活水準に届かない可能性がある」
しかし,当初案に書き込まれていたのは,いずれもまごうことなき真実だ。人口構成の変化と経済の低迷,賦課方式であることが相俟って,年金が現在の水準を維持できないことが最初からわかっていたことは,前のブログ「「年金では暮らせない」は正直な事実。与野党共に国民に真実を告白すべき時が来ている。」で指摘した。
上記グラフが如実に示しているとおり,年金の支え手が急減し,支えられるものが急増する社会が進んでいくのであるから,当初案の指摘は,いずれも動かしがたい真実なのだ。ところが,マスコミも野党も,この不都合な真実から目を背け,これを単なる政権攻撃の手段としてとらえようとしている。例えば,朝のニュース番組というかワイドショーのキャスターが渾身の怒りを示したという。キャスターとして知っているべきことを自身が知らなかったのだから,ただの勉強不足だ。
また,わかりきっていた事実を正直に国民に提示したことを責めてどうするというのか?珍しく官庁が責任感を持って国民に呼びかけたことが批判されるなら,不都合な真実がまた闇に隠されるだけだ。野党党首から「それをどうするかが自身の仕事だ」との発言もあったが,その通りである。ではどうするかが問題なのだ。今回の金融庁の呼びかけは,行政レベルでできるそれへの対応として,まず金融資産形成を呼びかけたものだ。金融資産を形成しようと心かげることについては,早いことに越したことはない。時間という試算形成にとっての貴重な資源を十分に利用できるからだ。
問題は,政治レベルだ。もし,これを参院選の争点とするのであれば,財源も含め年金制度の大改革を議論すべきだ。財源を明示せず年金水準を上げるとだけ叫ぶ子どもだましはするべきでない。仮に年金水準を維持するとなれば,消費税を含めた国民負担率をEU並に引き上げ,積立方式に切り替えていくというのが根本的な解決策であろう。今がその時機なのだ。マスコミも,与野党もこの大問題を,単なる政争の具としてはならない。正面からの議論を期待する。
ちなみに青山さんはセクハラ疑惑で立憲民主党から無期限の党員資格停止処分を受けている方です。転載作業を終えた後、詳しい経歴等を調べたところ、そのような事実関係を把握していました。このブログを通し、いつも「誰が」ではなく、具体的な言動の一つ一つを色眼鏡を外して見ていくことの大切さを訴えています。したがって、上記の内容そのものを肯定的にとらえるのかどうかという関係性でご理解願えれば幸いです。
実は「老後に2000万円必要」という問題が取り沙汰された際、野党の対応の仕方も気になっていました。立憲民主党の辻元国対委員長は「100年安心詐欺」という言葉を使って政権を批判しています。扇情的な言葉を使い、注目を集めるという常套手段であることは理解しています。しかし、残念ながら強い言葉で政権を批判するだけでは広範な支持の広がりを期待できないように思えています。
青山さんの問題意識につながる話ですが、財源の問題を避け、単なる政権批判に終始していれば自民党に痛手を負わせることは難しいはずです。民主党が政権を取る前であれば自民党を強く批判していくことで着実に票は上積みできていました。民主党政権、全否定すべきものとは思っていませんが、世間一般の評価は「頼りなかった」という印象が刻まれてしまったようです。
第2次以降の安倍政権では個々の問題点が強い批判にさらされながらも、内閣や自民党の支持率自体は急降下することがありません。支持する理由としては「他よりもマシだから」が常に上位を占めています。金融審議会の報告書をなかったものにしている現政権の対応は強く批判すべきものです。しかしながら参院選挙で自民党が勝利すれば、このような問題も容認されたという不本意な構図になってしまうのではないでしょうか。
より望ましい「答え」を見出すためには多面的な視点や立場からのチェック機能を働かせることが重要です。問題があれば野党は政権を批判し、ブレーキ役を務めていかなければなりません。ダメなものはダメと指摘し、逐一対案を用意する必要もありません。ただ「老後に2000万円必要」という問題は前述したとおり批判だけにとどまっていては不充分だろうと考えています。
最近の記事「届く言葉、届かない言葉」の中で触れたとおり「安倍政権を支持している人、もしくはどっちでもいいと思っている人をこちら側に引き寄せる」ための言葉を野党の皆さんには探して欲しいものと願っています。深刻な財源の問題から目をそらさずに公的年金制度を検証する機会とし、私たち国民一人ひとりが老後の安心や夢を描ける具体的、かつ現実的な方向性を示してもらえれば何よりなことです。
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