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2019年5月25日 (土)

多面的な情報を提供する場として

今年3月、ココログのシステムが全面リニューアルしました。リニューアル後、不具合が多く、苦情を受けながら徐々に修正をはかっているようです。不具合ではありませんが、記事の入力方法等の操作性も低下した点が見られています。例えばコピーペーストがマウスの右クリックで操作できず、Shiftキーを使わなければ対応できなくなっています。改良だったと言える点は、下書きの段階でのPCプレビューが実際の画面と同じになった程度かも知れません。

閲覧者の皆さんにも戸惑わせている点が生じています。右サイドバーに新規コメント投稿者の名前が即時に反映されなくなっていました。これまでと同様、投稿自体は即時に受け付けていますが、右サイドバーの名前とともに記事本文下のコメント数の表示も反映されるまで場合によって数時間単位の時間差が生じています。コメント欄を開くと新規投稿のコメント内容を閲覧できますが、トップ画面からは新規投稿があったこと自体を即時に把握できなくなっていました。

このブログのコメント欄は従前通り制約の少ない場としていますが、承認制になっているような違和感を与えてしまったかも知れません。ココログ側の問題とは言え、このような不具合が生じていたことをご容赦くださるようお願いします。前回記事「戦争を知らない私たち」には数名の方からコメントをお寄せいただいていました。これからも多くの方からのコメント投稿を願っているため、このような点について記事本文の冒頭で周知させていただきました。

多くの方からコメントをいただけるということは多面的な考え方や情報に触れられる機会につながります。このブログでは「多面的」という言葉を多用しています。同じモノを見ていても、見る角度や位置によって得られる内容が極端に違ってきます。一つの角度から得られた情報から判断すれば明らかにクロとされたケースも、異なる角度から得られる情報を加味した時、クロとは言い切れなくなる場合も少なくありません。

クロかシロか、真実は一つなのでしょうが、シロをクロと見誤らないためには多面的な情報をもとに判断していくことが非常に重要です。 このような傾向があることを認識しているため、私自身、いわゆる左や右の主張を問わず、なるべく幅広い情報や考え方に接するように努めています。これまで「多面的な情報への思い」「再び、多面的な情報への思い」「多面的な情報への思い、2012年春」 という記事などを投稿してきました。

個々人が積み重ねてきた知識や経験から基本的な考え方が培われ、その違いによって物事の見方や評価が大きく分かれがちとなります。信じている「答え」が必ずしも絶対的な「正解」とは限らない、この論点は「完璧な人間はいない」「人は過ちを犯す」という見方につながります。特に物事を判断する際の情報が少なかったり、偏っていた場合、より正確な「答え」を導き出せなくなるはずです。

そのような意味合いで言えば、たいへん便利な時代になっています。インターネットさえ利用できれば、幅広く詳しい情報を手軽に素早くコストをかけずに入手できます。ただ自分と同じ意見のサイトにしかアクセスしなければ、ますます極端な考え方に固まってしまう恐れがあります。そのため、より望ましい「答え」を見出すためには多面的な情報に触れていくことが欠かせないものと考えています。このような意義を踏まえ、多面的な情報を提供する一つのサイトとして当ブログもインターネット上の片隅に加わり、公務員やその組合側の言い分を発信しています。

とりわけ自治労や平和フォーラムへの手厳しい見方がインターネットを通して散見できますが、せめて思い込みや事実誤認による批判だけは控えて欲しいものと願いながらブログを続けています。誤解される場合がありますが、このブログの記事本文の内容そのものが多面的で、幅広い情報を提供しているものではありません。書き込まれた内容や主張は、いわゆる左に偏っているという指摘を受けてしまうはずです。

世の中には幅広く多面的な情報があふれている中、そのうちの一つとして当ブログも数えていただければ幸いなことだと考えています。このような点を説明した「多面的な情報の一つとして」という記事を過去に投稿していました。今回も同様な主旨の記事内容の投稿を考え、「多面的な情報を提供する場として」というタイトルを付けています。

なお、これまで当ブログのコメント欄は幅広い視点や立場からの書き込みが多く、記事本文とコメント欄をトータルで見ていただければ単体で多面的な情報を充分提供できるサイトだと言えます。私自身もコメント欄を通し、多面的な情報に触れられる貴重さを受けとめているため、幅広い視点や立場からのコメントが多数お寄せいただけることを心待ちしています。

そのような中で、ほぼ毎回、コメントをお寄せくださっているnagiさんには本当に感謝しています。ココログのリニューアル後、そのnagiさんからのコメントが途絶え、どなたからもコメント投稿のなかった時期が重なっていました。そのため、コメント投稿機能の不具合等を疑い、念のため、私自身が試験的なコメント投稿を行なった時もありました。

結局、管理機能の問題ではなかったため、nagiさんの問いかけにお答えした記事「組合の運動方針の決め方」が関係しているようにも考えていました。nagiさんの想定した範囲から大きく逸脱した内容だったのかも知れず、論点のかみ合わなさに徒労感を与えてしまっていたのかも知れません。このようなすれ違いから、これまで当ブログのコメント欄から離れて行かれた方も少なくありません。そのあたりの関係性については「出入り自由な場として」という記事の中で私自身の受けとめ方を綴っていました。

いずれにしても多様な考え方や視点に触れられる機会は貴重なことであり、いつもnagiさんのコメント投稿には興味深さを感じています。最近の記事「届く言葉、届かない言葉」のコメント欄でも多面的な情報の大切さを考えさせる事例が紹介されていました。雑誌のインタビューでの発言内容が取り沙汰され、俳優の佐藤浩市さんが批判を受けていた問題でした。

nagiさんのコメントを受け、私からは「佐藤浩市さんの件、いろいろな見方があるようです。参考までに下記サイトのURLを紹介させていただきます」という一言を添えていました。そのサイトは『佐藤浩市が難病・潰瘍性大腸炎を侮辱?「安倍首相を揶揄してない」の声も』というタイトルが付けられ、問題の経緯や様々な見方が詳述されていました。

かなり多くの人が、今回の佐藤浩市さんの役柄を難病で苦しむ安倍総理に結び付け、「揶揄している」「侮辱している」と感じていることが分かりました。一方で、インタビュー記事を読んでも「全然揶揄していない」と感じる人も多く、「結びつける方が難病を揶揄している」という意見も多く目立ちました。

端的な言葉で説明すると上記のような見方に尽きるようです。今回の問題は、どちらの見方が正しいのかどうか一概に決められないのかも知れません。しかし、同じモノを見ていても、見る角度や位置によって得られる内容が極端に違ってくるという分かりやすい事例だったため、多面的な情報を提供する場として、佐藤さんの発言騒動について今回の記事で取り上げさせていただきました。次回以降の記事でも個々人によって見方や評価が大きく分かれがちな事例について取り上げてみるつもりです。

ちなみに多面的な情報を提供する場という位置付けを踏まえ、私自身の言葉だけの記事内容にとどめず、他のサイトの記事をそのまま紹介する時が多々あります。そこに記された内容や言葉使いなど必ずしも全面的に賛同していない場合でも、今回訴えているような主旨のもとに多面的な情報の一つとして掲げています。最後に、佐藤さんの発言騒動に際し、落語家の桂春蝶さんが下記のように語っていたため、それこそ多面的な見方の一つとして参考までに紹介させていただきます。

私は「右翼」「左翼」というワードは大嫌いなのですが、分かりやすいので、今回あえてこの言葉で表現します。まず、左翼のみなさんは「決定される苦しみを抱えた人たち」側に多いように思います。会社の中で組織の決定を押し付けられ、自らに決定権がない方々。あるいは、それらの輪にも入れず、「この社会が悪いからだ」などと不満を抱えている人たちに多い。

一方、右翼のみなさんは「決定する苦しみを抱えた人たち」で、経営者や役員、自営業など…。自らの判断が大きく影響を与える重圧の中を生きる人たちに多く見られるように思います。ですから、実際は「右翼もつらいよ、左翼もつらいよ」で、抱える悩みの質量は同じぐらいある。悩みのマグマは、イデオロギーとなって現れる。そのなれの果てが右翼と左翼ではないですか。

さて、俳優の佐藤浩市さんが絶賛炎上中ですね。映画「空母いぶき」で、佐藤さんは総理大臣を演じた。佐藤さんは雑誌インタビューで、「最初は絶対やりたくないと思いました(笑)。いわゆる体制側の立場を演じることに対する抵抗感が、まだ僕らの世代の役者には残ってるんですね」といい、「すぐにお腹を下してしまうっていう設定にしてもらったんです」と裏話を披露しました。この発言が物議を醸しています。右翼の狙いどころは、「安倍晋三首相の揶揄とも取れる発言は、潰瘍性大腸炎で悩む人への侮辱だ!」というところですね。

だけど、文句を言ってる人たちは、本当に病気の方々のことを考えているのでしょうか。日ごろの左翼への不満を火薬にして大爆発させてるように聞こえます。これに対し、佐藤さんを擁護する左翼も「体制側」にあらがうという、昔、流行った「反体制」という熱病の後遺症に侵されている気がします。はっきり言って労咳…あ、「老害」ですね。総理大臣のどこが「体制」なんですか。安倍首相なんて、大衆からボコボコにされるサンドバッグじゃないですか(笑)。

日本はいま、どこもかしこもレールに少しでも外れたものを探しては放火する「炎上まつり」です。少し普通でない発言をした人をたたいて悦に入る大衆。日本人とはかくも美しくないものだったのでしょうか?私はそれがこの世からなくならない限り、身近なところでは「子供たちのイジメ」、大きく言えば「戦争」はなくならないと思います。誰かをイジメたり、人を貶めて優位に立とうとするのは、その人が弱いからですよ。優越感の正体は劣等感なのです。炎上も、イジメも、戦争も、「人間の弱さ」が生み出すもの。それを認めるところから始めることが大切でしょう。【ZAKZAK 2019年5月21日

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2019年5月18日 (土)

戦争を知らない私たち

1970年に『戦争を知らない子供たち』という曲が作られ、翌年、ジローズが歌ったレコードは30万枚以上売り上げるヒット曲となりました。「戦争が終わって僕らは生まれた…」という歌詞で始まる曲です。当時、日本の敗戦から25年ほどですので、戦争を実体験として語れる大人たちが多い中、戦後に生まれた若者たちの心情を歌詞に託していました。

その曲の歌詞を思い浮かべながら新規記事に「戦争を知らない私たち」というタイトルを付けてみました。ジローズの曲が発売されてから50年近くたちます。戦争を体験された方々の多くはお亡くなりになり、私たち日本人の大半は戦争を知らない世代となっています。そのような中、たいへん驚き、あきれた国会議員の言動が物議を醸しています。

北方四島ビザなし交流の訪問団の一員として国後島を訪問した日本維新の会の丸山穂高衆院議員(35)=大阪19区=が11日夜、滞在先の国後島古釜布で元島民の男性に対し、北方領土問題について「戦争をしないとどうしようもなくないか」「(戦争をしないと)取り返せない」などと発言し、トラブルになった。

同行記者団によると、丸山氏は11日午後8時ごろ、訪問団員との懇談中、元国後島民で訪問団長の大塚小弥太さん(89)に「ロシアと戦争で(北方領土を)取り返すのは賛成か反対か」と語りかけた。大塚団長が「戦争なんて言葉を使いたくない」と言ったところ、丸山氏は「でも取り返せない」と反論。続いて「戦争をしないとどうしようもなくないですか」などと発言した。

丸山氏はロシア人島民宅で飲酒した後で、訪問団員らの制止を聞かずに大声で騒いだり外出しようとしたりしたという。このため複数の団員が「日露友好の場にそぐわない」として丸山氏に抗議。丸山氏は12日、滞在先の古釜布で全団員の前で「ご迷惑をかけたことをおわび申し上げます」と謝罪した。

一方、13日に北海道・根室港に戻った後の記者会見では「(マスコミに)発言を切り取られており心外。団員の中では領土問題についてタブーが無く話せると聞いており、団長にも考えを聞いた」などと述べた。発言を受け、日本維新の会の松井一郎大阪市長は同日、大阪市内で記者団に「(丸山氏を)厳重注意した」と語った。丸山氏は当選3回。衆院沖縄北方問題特別委員会の委員を務めている。【毎日新聞2019年5月13日

報道は発言の切り取りではなく、酔って本音が出ただけなように思えます。もちろん思想や言論の自由は保障されなければなりませんので、人によって評価が大きく分かれる事例だったしても、そのような個人的な考えを持っていることまで全否定できません。しかし、丸山議員の公的な立場や日露友好という懇親の場での発言としては非常識な言動だったことが明らかです。

日本維新の会の丸山穂高衆院議員は13日夜、東京・赤坂の議員宿舎で記者団に対し、北方領土問題の解決方法を巡り「戦争」に言及した自らの発言について「政治家という立場でありながら、不適切な発言だった。元島民に配慮を欠いた」と非を認めた。問題の発言については「心から謝罪し、撤回させていただく」とし、責任の取り方については「党と話をして決めていきたい」と述べるにとどめた。

発言当時はロシア人島民宅で飲酒した後で、丸山氏は記者団に「自分のキャパシティー(許容量)をうまく制御できなかった。飲み過ぎになってしまったのではないか」と説明した。丸山氏は維新の前身のおおさか維新の会時代の2015年末に東京都内の居酒屋で飲酒した後、口論となった男性の手をかむトラブルを起こした。当時、党から厳重注意を受け、「公職にいる間は断酒する」と陳謝し、再度飲酒した場合は議員辞職する意向を示していた。トラブルを繰り返したことで、議員の資質が厳しく問われそうだ。【毎日新聞2019年5月13日

上記の毎日新聞の続報は今回のブログ記事の主旨と少し離れますが、参考までに掲げてみました。「再度飲酒した場合は議員辞職する」と丸山議員は誓っていたようです。1回だけの問題発言が取り沙汰され、議員辞職までの責任の処し方は厳しくすぎるという声も耳にします。ただ上記のような経緯もある丸山議員であれば、周囲から勧告される前に潔く辞職すべき事態を招いているように思います。

丸山議員の発言は身内だった日本維新の会からも厳しく批判されていますので、極端な事例なのかも知れません。それでも戦争への嫌悪感や問題意識は個々人によって大きく枝分かれしているようにも感じています。丸山議員は謝罪会見で「一般論として話を聞いたつもりだったが、私自身がそう考えていると誤解を与えてしまうような状況だった」と釈明しています。

この釈明を聞いた記者は「彼の周囲では北方領土を戦争で奪い返すような話が一般論として語られているのかも知れない」という感想を漏らしています。今回、すべての政党や発言している政治家は、こぞって丸山議員の発言を非難しています。ただ気になる話として、安倍首相も著書『美しい国へ』の中で次のような問題意識を示していたことをLITERAの記事が伝えています。

尖閣問題について、よく「外交交渉で解決していく」という人がいますが、この問題に外交交渉の余地などありません。尖閣海域で求められているのは、交渉ではなく、誤解を恐れずにいえば物理的な力です。

このような問題意識が一触即発の緊迫した北朝鮮情勢の最中、「必要なのは対話ではない、圧力を最大限強めることだ」と繰り返していた政治姿勢につながっているように見受けられます。対話を否定し、圧力を強め続けた結果、戦争に至るという最悪のシナリオまで想定していなかったのかも知れませんが、外交交渉よりも圧力を重視した姿勢には強い疑義の念を抱いていました。

安倍首相の具体的な発言を例示していますが、丸山議員の問題発言から強引に安倍首相批判に結び付ける意図がある訳ではありません。安倍首相を根強く支持される方々が多い現状は、外交交渉だけでは不充分で武力を整えて対抗するという発想を支持される方々も多いものと理解しています。その一方で、訪問団長の大塚さんの「戦争なんて言葉は使いたくない」という思いに共感する方々も多いはずです。

もちろん戦争を肯定する方は皆無に近いものと認識しています。さらに自衛権の発動としての武力行使は広く認められているものと考えています。しかしながら専守防衛を大原則とした日本国憲法の「特別さ」を重視している方、「特別さ」を問題視しながら国際標準の「普通の国をめざすべきだ」と考えている方、それぞれに枝分かれしているような気がしています。

以前の記事「荒地よりもお花畑」という記事の中で石原元都知事の「戦争を辞さず」という発言を紹介していました。このように「場合によって戦争は必要だ」と考える延長線上に「戦争をしないと取り返せない」という丸山議員の発言も位置しているように見ています。しかし、皮肉にも「戦争をしないと取り返せない」という言葉は北方領土を戦争で奪い取ったロシアの立場を認めるような底意が表われてしまっています。

そもそも領土問題の解決のため、国連憲章には「平和的手段による解決」「武力の不行使」の原則が掲げられ、紛争の当事者は武力によってではなく「交渉、審査、仲介、調停、仲裁裁判、司法的解決、地域的機関または地域的取極の利用その他当事者が選ぶ平和的手段による解決を求めなければならない」と書かれています。結局、外交交渉面でも丸山議員の発言はマイナスに働いているため、こぞって批判されてしまうのも頷けます。

丸山議員の問題で長くなっていますが、なぜ、戦争に対する嫌悪感や距離感が人によって分かれてしまうのか、少し考えてみます。前述したとおり戦争に徴兵された方、空襲や原爆投下などで甚大な被害を直接受けた日本人は減りつつあります。したがって、戦争を体験された方から直接お話を伺う機会自体も極めて少なくなっています。

作家の村上春樹さん(70)が、10日発売の月刊誌「文芸春秋」6月号に「猫を棄てる――父親について語るときに僕の語ること」と題した原稿を寄せている。2008年に90歳で死去した父の中国での戦争体験に触れながら、村上文学の底流にある市井の個々人が歴史を受け継いで生きることへの思いをつづる。

京都の僧侶の家に生まれた村上さんの父は1938年、20歳で徴兵され、中国に送られた。自分の部隊が捕虜の中国兵を処刑したと、小さな村上さんに語ったことがあったという。その光景が心に焼き付いたことを「息子である僕が部分的に継承したということになるだろう」と記した。

父はその後2度の召集を受け、戦後、教員となってからは毎朝「前の戦争で死んでいった人たちのため」とお経を唱えていた。作家の道を選んだ村上さんとは、死の直前まで「絶縁に近い状態」だった。

村上さんは寄稿の最後で、「我々は、広大な大地に向けて降る膨大な数の雨粒の、名もなき一滴に過ぎない」と書き、「一滴の雨水なりの思いがある。一滴の雨水の歴史があり、それを受け継いでいくという一滴の雨水の責務がある」とした。【読売新聞2019年5月10日

上記の新聞記事を目にした時、村上さんの著書『騎士団長殺し』が頭に浮かびました。文庫本化された後に購入し、連休中に読み終えたところでした。その著書の中で南京虐殺事件のことが取り上げられるなど随所に戦争の理不尽さを伝えていました。「おびただしい数の市民が戦闘の巻き添えになって殺されたことは、打ち消しがたい事実です。中国人死者の数を四十万人というものもいれば、十万人というものもいます」と登場人物が語っていす。

この「四十万人」というセリフに対し、作家の百田尚樹さんが批判していたことを思い出しました。過去に「南京虐殺の問題から思うこと」という記事を投稿していましたが、この問題に対する考え方に個人差が大きいことを痛感しています。2016年10月にデンマークでアンデルセン文学賞を受賞した際、村上さんは「自らに合うように歴史をどんなに書き換えようとも、僕たち自身を傷つけ、苦しませるだけです」と述べていました。

父親の中国での戦争体験を聞かされたことで、村上さんの戦争に対する思いが培われていることを新聞記事から伝わってきました。戦争体験者から戦争の実相や悲惨さを伝え聞く機会があったかどうかで、やはり個々人の戦争に対する嫌悪感や距離感は枝分かれしていくのだろうと考えています。ちなみに私自身のことは「平和への思い、自分史」という記事を通して綴っていました。

海外に目を向ければ、戦争で人命が奪われている現実をリアルタイムで接してきています。しかし、自らの痛みや悲しみとして受けとめられず、遠い場所で起きている出来事にとどまりがちです。一方で、インターネットからは戦争に対する様々な情報や考え方に触れることができるようになっています。その際、意識的に幅広く、多面的な情報に接するように心がけないと自分自身が正しいと信じている「答え」を補強するだけにとどまり、ますます枝分かれが進むことになります。

SNSが普及した結果、人は自分と同じ意見や感性にしかアクセスしなくなった。異なる立場の人々の意見と接する機会がなくなり、人々は極端な意見をもつようになっている」という見方を紹介したことがありますが、より望ましい「答え」を見出すためには多面的な情報に触れていくことが欠かせないものと考えています。戦争を知らない私たちだからこそ、インターネットに限らず、書籍や映像などから意識的に戦争のもたらす悲劇や不条理さを知るように努め、その上で日本の進むべき道を判断していくことが求められているのではないでしょうか。

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2019年5月11日 (土)

届く言葉、届かない言葉

前回の記事は「憲法記念日に思うこと 2019」でした。その中で「主張が正しく、本気で実現をめざさなければならないのであれば、異なる考えを持っている方々に届く言葉を探し続けなければなりません」と記していました。また、前回の記事で有明防災公園で開かれた「平和といのちと人権を!5.3憲法集会2019」に参加したことも伝えていました。

すると奇遇にも憲法集会サブステージの一つ「自由に話そう!トークイベント」で元NHK記者の相澤冬樹さんが次のように語っていたことを後から知りました。相澤さんの発言要旨は「レイバーネット」というサイトの記事「元NHK記者 の相澤冬樹さん、“夢”を語れ」に掲げられていましたので、参考までにそのまま紹介させていただきます。

木村・豊中市議は「維新は“変えます”とはっきりさせている。都構想はでたらめだが、わかりやすい」と言う。安倍も維新と似ている。“自分たちはこの国を(この大阪を)よくできる”という幻想を有権者に持たせることに成功している。

幻想かもしれないが、“夢”を持たせている。“夢”がないと政治はだめ。安倍政権の支持率は3割から下がらない。固定ファンが3割いる。こういう人たちに届くような言葉を発しないと野党はいつまでも勝てない。

安倍政権や維新を批判する人は、もっともなことを言うが、基本“否定形”だ。あれがいかん、これがいかん、と。きょうの集会のスローガンも「9条改憲発議は許しません」「戦争法の廃止を求めます」「辺野古新基地建設の即時中止を求めます」「共謀罪の廃止を求めます」「安倍政権の暴走にストップをかけます」。全部“否定形”。これは主義主張が同じ人には届くが、そうじゃない人には届かない。

自分たちはこうしたい、こうする、だからこのやり方がいいんだ、と夢を持たせることを言わないとだめだ。ここに「貧困のない社会をめざします」「差別のない社会をめざします」とあるが、やっぱり否定形。「みんなが豊かな社会」「みんなが平等な社会」と言えばいい。政治の究極の目的は、みんなが幸せな社会をつくること。

それをどういう言葉で表現し、どうやって実現できるかを有権者に信じてもらえるか。今の野党はこのことに失敗している。安倍政権を批判するみなさんも失敗している。安倍政権に批判的な人にしか届かない。安倍政権を支持している人、もしくはどっちでもいいと思っている人をこちら側に引き寄せることができたときに初めて勝てる。

大阪12区でも野党共闘は全く機能してないことが露呈した。共産党の基礎票にも届いていない。共産党の看板を捨てて無所属で出たため共産党の票は逃げ、他の野党の票は来なかった。どこへ行ったのか。かなり維新に行っている。今の世の中なんとかしてほしいと思う人の票が相当維新に行く。全国的にはこれが安倍政権が選挙に勝てる最大の理由だ。“夢”を語れ、と訴えていってほしい。

メイン集会のみの参加でしたので、当日、サブステージ上で相澤さんが上記のように提起されていたことは知りませんでした。さらに前回の記事を投稿した時点でも知りませんでした。投稿した後、相澤さんの上記のような言葉に触れることができたため、今回、前回記事の補足となるような内容を書き進めてみることにしました。

「主義主張が同じ人には届くが、そうじゃない人には届かない」という相澤さんの言葉、私自身の「異なる考えを持っている方々に届く言葉を探し続けなければなりません」という問題意識と一致しています。ただ“夢”を語れなくても、もしくは場合によって否定形の発言だったとしても、選ぶ言葉やその中味によって届く時と届かない時が分かれるのではないかと私自身は考えています。

社会党の委員長だった土井たか子さんの「ダメなものはダメ」という言葉が有名です。単刀直入な言葉が国民から支持され、社会党の議席を大きく伸ばした局面もありました。一方で今の野党に対し、対案を示さずに反対ばかりしているという批判の声を耳にしますが、否定形の訴えも現状のままのほうが望ましいという対案の一つだと思っています。

ただ政党に特化した話であれば、現状の問題点や閉塞感を打開するため、何かしらの対策を立てなければならないのにも関わらず、現状のままという訴えにとどまれば支持が広がらないことも確かです。したがって、政治を語る場面では相澤さんが提起するように否定形ではなく、“夢”を語れることが重要な心得となるはずです。もちろん画餅に過ぎない“夢”だった場合、それはそれで問題だろうと思います。

いずれにしても相澤さんの「安倍政権を支持している人、もしくはどっちでもいいと思っている人をこちら側に引き寄せる」という言葉こそ、「主張が正しく、本気で実現をめざさなければならないのであれば」という私自身の問題意識につながるものです。一票一票の積み重ねである選挙結果が国の行く末を左右していく訳ですから、当たり前と言えば当たり前な話です。

有明防災公園で開かれた憲法集会のメインステージ上で何人の方がそのような問題意識、つまり安倍政権を支持している方々にも届く言葉を念頭に置いていたかどうかで見た時、皆無に近かったように感じています。ただ同じような主張の方々が集まっている場ですので、TPOを踏まえた必然的な流れだったとも言えます。

そのため、不特定多数の方々と交流できるSNSの場でこそ、異なる考えを持っている方々にも届く言葉が重要視されていくものと考えています。まず次のような言葉には注意しなければなりません。例えば「安倍は嘘つきだ」という言葉です。前述したとおりTPOに応じ、許される場面があるのかも知れません。しかし、安倍首相を支持している方々にとって、たいへん不愉快に感じる言葉であるはずです。

呼び捨てにしていること、嘘つきだと決め付けていることに安倍首相を支持している方々から反発を招くことになります。そもそも嘘つきだと思っていない方々に伝える言葉であれば、具体的な事実関係を示した上で、このような安倍首相の言動が問題であるという訴え方に努めなければなりません。

「安倍は嘘つきだ」という言葉の後に続く安倍首相を批判する内容に妥当性があるものだったとしても、そのような言葉が添えられることで安倍首相を支持している方々には耳を傾けてもらいづらくなるはずです。 批判する内容も事実関係を前提とし、推論や思い込みからの決め付けた言葉は避ける必要があります。

そして、なぜ、そのような訴えに至っているのか、客観的かつ具体的な事例を示しながら説得力を備えた言葉を探さなければなりません。なぜ、憲法9条の改憲発議を許さないのか、改めるべきと考えている方々に対して「なるほど」と思わせるような言葉が駆使できなければ、反対運動に大きな広がりは期待できません。

届く言葉、届かない言葉、気を使いすぎて曖昧な表現が多くなり、あるいは明解な言葉が不足し、何を伝えたいのかまったく分からないという結果を招く恐れもあります。また、安倍首相を批判している方々からは腰が引けているように見られてしまうのかも知れません。それでも当ブログの場では異なる考えを持っている方々に届く言葉を今後も探し続けていくつもりです。

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2019年5月 4日 (土)

憲法記念日に思うこと 2019

5月3日の憲法記念日、今年も全国各地で憲法をテーマにした様々な集会が催されました。これまで私自身は地元の市民団体が主催した憲法集会を中心に参加していました。時間的に都合の付きやすかったことが大きな理由でした。ブックマークし、ほぼ毎日訪問しているブログの一つである「澤藤統一郎の憲法日記」の管理人であり、弁護士の澤藤さんの講演があったため、昨年も地元の集会のほうに顔を出していました。

集会に参加した後、澤藤さんの講演内容にも少し触れながら「日本国憲法が大きな岐路に」という記事を投稿しています。ちなみにブックマークしているブログ、イコール自分自身の考え方に近いという訳ではありません。いわゆる左や右という立場を問わず、意識的に幅広い主張のサイトの記事を定期的に閲覧しています。

澤藤さんの意見には「なるほど」と思う時が多いことも確かですが、問題意識がすべて一致するものでもありません。澤藤さんの最近の記事を閲覧し、天皇制や元号に対する距離感は少し異なるようです。ことさら違いを明らかにするものではありませんが、この機会に私自身の問題意識を書き進めてみます。

言うまでもなく、祝意が強要され、皇室を崇めないことで罰せられるような社会であっては問題です。一方で、元号や皇室に対して好意的な思いを持ち、お祝いムードに沸く方々が多いことも率直に認めていかなければなりません。そのような中、天皇制や元号制度に反対することも自由ですが、反対する理由に幅広く共感を得られる説得力を持たせられなければ「反対派」のほうが奇異な目で見られることになります。

もちろん奇異な目で見られようとも、多数派の声に臆せず、正しいと信じている主張を声高に訴えていく姿勢も大事なことだろうと思っています。ただ今回の新規記事の主題につながる話ですが、その主張が正しく、本気で実現をめざさなければならないのであれば、異なる考えを持っている方々に届く言葉を探し続けなければなりません。

そのためにも奇異な目で見られていないかどうかという振り返りも欠かせないはずです。特に多様な考え方を持つ組合員で構成している労働組合の場合、組合役員が組合員から奇異な目で見られてしまっては日常活動にも支障をきたしかねません。このブログでの主張が「すでに奇異な目で見られているのではないか」という指摘もあるのかも知れませんが、私自身、心構えの問題として常に努力しているつもりです。

ここで4月6日の記事「新入職員の皆さんへ 2019」の冒頭で詳しく触れることができなかった新元号「令和」に関する個人的な思いを書き添えます。まず新元号の発表時期、もっと早くできなかったのかという思いがあります。一例に過ぎませんが、システム変更の検証のため、この連休中、私の勤務先では多くの職員が出勤しています。やはりブックマークしている「内田樹の研究室」の記事「新元号について」には下記のような見方が示されていました。

2016年に天皇陛下が退位を表明されたが、それは改元という大仕事に全国民が早めに対応できるようにという配慮も含まれていたはずである。しかし、官邸は政権のコアな支持層である日本会議などの国粋主義勢力に対する配慮から、元号発表をここまで引き延ばしてきた。「国風」へのこだわりもこの支持層へのアピールに他ならない。

日本会議などは「代替わりと同時の元号発表」という慣例にこだわり、事前公表に猛反対していたようです。さすがに行政のシステム改修等の問題から政府としても受け入れられなかった訳ですが、事前公表で押し切るのであれば、もう少し余裕を持たせられなかったのかどうか残念なことです。

ちなみに「大化」から「平成」の247元号は、典拠がわかっているものはすべて『五経』や『史記』など中国の古書(漢書)から採られてきています。女性天皇や女系天皇の問題などで伝統を重視するという発言が目立つ中、前例のない国書からの採用に固執した点には違和感がありました。また、あえて「国書から」と強調し、排外主義の発想という批判を招かないかどうか心配していました。

一方で、私自身の思いとして、伝統を重視するという姿勢は大切ですが、どのような事例に対しても社会情勢の変化に沿った見直しがあり得ることを肯定的にとらえています。その際、国の問題であれば主権者である「国民にとってどうなのか」という視点を基軸に判断していくことが重要だろうと考えています。

話が広がり気味で恐縮です。昨日の憲法記念日の話題に戻します。今年の憲法記念日は地元の集会ではなく、ここ数年、有明防災公園で開かれている「平和といのちと人権を!5.3憲法集会2019」に初めて参加しました。主催者発表で昨年を上回る6万5千人が集まりました。私どもの組合は組合ニュースを見て参加した組合員とともに組合役員を中心に参加していました。

これまで当ブログでは「憲法の話、インデックスⅡ」があるとおり私自身の日本国憲法に対する思いを数多く書き残しています。今回と同様なタイトルの記事も「憲法記念日に思うこと」「憲法記念日に思うこと 2009」「憲法記念日に思うこと 2014」があります。今回の記事でも、有明防災公園の憲法集会に参加した感想をもとに改めて私自身の憲法に対する思いを書き進めてみるつもりでした。

最初に考えていたよりも前段の話を長く書いてしまったため、要点を絞って書きつないでいきます。前述したとおり異なる考えを持っている方々に届く言葉の大切さに思いを巡らしています。憲法9条の問題で言えば「憲法を護れば平和が続く」という言葉だった場合、日本をとりまく情勢に危機意識を持つ方々との議論が難しくなりがちです。

このあたりの問題意識は「『カエルの楽園』から思うこと」「『カエルの楽園』から思うこと Part2」などを通して詳述していました。短い言葉で伝えることは非常に難しいことですが、大切にすべきなのは専守防衛を柱にした日本国憲法の平和主義であり、その効用なのだろうと考えています。効用とは相手国に脅威を与えない広義の国防というべき「安心供与」であり、日本は「平和国家」であるという国際社会の中でのブランドイメージだったはずです。

具体的な局面で言えば、北朝鮮情勢が緊迫していた時、日本こそが率先して米朝対話の道筋に力を注いで欲しかったものと思っています。安倍首相は真逆の立場で「必要なのは対話ではない、圧力を最大限強めることだ」と繰り返していました。それが今、安倍首相は「金正恩委員長と直接向き合う用意がある」とし、無条件で会談する意思まで示しているようです。

防衛審議官だった柳沢協二さんは、脅威とは「能力」と「意思」の掛け算で決まるものだと話されています。日本が考えるべきは「ミサイル発射に備える」ことではなく、「ミサイルを撃たせない」ことであり、米朝の緊張緩和に向けて働きかけることが何よりも重要であると訴えていました。

上記は冒頭でも紹介した以前の記事「日本国憲法が大きな岐路に」の中の一文です。 以上のような総論としての平和主義の効用、各論における日本政府の判断などを示しながら、現在の憲法9条に手を加える必要があるのかどうか、有明防災公園に足を運んだ6万5千人以外の方々に問いかけていければと思っています。

言葉が不足した記事になっているのかも知れませんが、前述したとおりどのような事例に対しても社会情勢の変化に沿った見直しがあり得ることを肯定的にとらえています。その上で、主権者である私たち「国民にとってどうなのか」という視点を基軸に判断し、このままで良いのか、改めていくのか、理性的な議論のもとに今後の日本国憲法の望ましい姿が定まっていくことを心から願っています。

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