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2019年2月23日 (土)

最近の安倍首相の言動から思うこと

このブログでは時事の話題、特に政治の話を取り上げる機会が多くなっています。自分自身の基本的な考え方や立場を明らかにした上、ブログのサブタイトルに掲げているとおり個人的な思いを気ままに「雑談放談」しています。その結果、安倍首相に対して厳しい意見や指摘が目立ってしまうようです。

一方で、多面的な情報を提供する一つの場になれることを願いながら当ブログを続けています。このような言葉が誤解を招く時もあるようですが、決して当ブログ単体で多面的な情報を提供している訳ではありません。不偏不党、中立的な立場を強調し、常に両論併記するような記事内容に努めている訳ではありません。

メディアやインターネット上に多種多様な情報があふれている中、「このような見方もあります」というニッチな情報や考え方の発信に心がけています。要するに当ブログの記事内容に限れば、ある意味で偏った一面的な見方だと言われても仕方ありません。とりわけ幅広い情報や多様な見方を紹介することを目的とし、他のサイトの内容をそのまま掲げる時も多くなっています。

明らかに不適切な言葉や表現が含まれている場合は紹介すること自体を控えているつもりですが、言葉を選ばない辛辣な批判意見が掲げられたサイトの内容に対して不快感を持たれる方も少なくないようです。ただ自分自身が綴る文章に関しては、基本的な考え方や視点の異なる立場の方々から感情的な反発を招かないように言葉や記述の仕方にいつも注意しています。

結果的に安倍首相の言動を批判することになったとしても、「批判ありき」や「批判のための批判」だと見なされるような書き方にはならないように心がけています。特にコメント投稿の際、皆さんにお願いしている関係上、私自身が率先垂範するためにも「安倍首相は戦争をしたがっている」「アメリカ大統領のポチ」「小学6年生並みだ」などという誹謗中傷の類いとなる言葉を使うことは一切ありません。

さらに多面的な情報を入手した上で安倍首相に対する評価は下すべきであり、日頃から幅広い立場から綴られている書籍にも目を通しています。以前の記事には「『総理』を読み終えて」があり、「Part2」にかけて投稿していました。安倍首相に近しい著者である山口敬之さんは『総理』の中で「立場の左右を超えて、これほど評価が分かれる首相はほかにはいないだろう」と述べられています。

私も以前の記事「改めて言葉の重さ」の中で、人によって「ドレスの色が変わる」という話題に接した時、安倍首相のことが頭に思い浮かんだ話を綴っていました。見る人によって、ドレスの色が白と金に見えたり、黒と青に見えてしまうという話を紹介し、安倍首相に対する評価や見方も人によって本当に大きく変わりがちなことを書き残していました。

最近、手にした著書として小川榮太郎さんの『約束の日』や阿比留瑠比さんの『だから安倍晋三政権は強い』があります。それぞれの書籍の中味について詳しく触れませんが、第1次政権から現在に至るまで安倍首相の資質や政策判断を絶賛している内容が綴られています。まさしく人によって「ドレスの色が変わる」という話を頭に思い浮かべながら読み進めていました。

ちなみに当ブログを通し、安倍首相に対して批判一辺倒な内容を書き残してきた訳ではありません。昨年夏、このブログを定期的に閲覧されている組合員から「安倍首相を評価できることがあれば、そのようなことを書き加えたほうが批判意見に説得力も増すのではないですか」という指摘を受けました。それまでも評価できる点は率直に評価した記述を残していましたので、新規記事の中で安倍首相を評価できる事例を改めて紹介していきました。

平和の話、サマリー Part2」では『「平和の話」の中で安倍首相を評価できること』という小見出しを付け、トランプ大統領との友好関係をはじめ、ロシアや中国と対話を進めている姿勢などについて肯定的な見方を示していました。その後の「ネット議論の悩ましさ」の中では、公務員賃金に対する安倍首相の対応について「デフレ脱却をめざす安倍政権の経済政策に照らし、一貫性のある判断であり、率直に評価できる点だと言えます」と記していました。

記事タイトルに掲げた本題に入る前までの内容が長くなって恐縮です。要するに安倍首相の言動について、すべて批判してきた訳ではありません。今回、最近の安倍首相の言動に対し、いろいろ個人的に思うことを書き進めてみます。当然、その内容に対して閲覧された皆さん個々の評価は大きく枝分かれしていくはずです。「答え」を押し付けるような意図はありませんので、「そのような見方もあるのか」と受けとめていただければ幸いです。

まず「自民党総裁として私にも言論の自由がありますから」という発言ですが、たいへん大きな違和感を持ちました。安倍首相の「悪夢のような民主党政権」という発言を巡り、下記のようなやり取りがあり、その中で発せられていました。「悪夢のような」という言い方もご自身の立場を踏まえれば、もっと他に適当な言葉があったものと思っています。しかし、それ以上に「言論の自由」発言には強い違和感を持たざるを得ませんでした。

安倍晋三首相の「悪夢のような民主党政権」発言をめぐり、12日の衆院予算委員会で立憲民主党会派の岡田克也元外相に発言撤回を求められた首相は「自民党総裁として言論の自由がある」と答弁し、撤回を拒否した。最高権力者が自身の言動を正当化する根拠としたことに「『言論の自由』の意味をはき違えている」と批判の声が上がっている。【毎日新聞2019年2月13日

安倍首相も「言論の自由」とは国民の側に保障されるべきものであり、新聞記事にも書かれているとおり最高権力者である総理大臣に与えられているものではないという認識は持たれているはずです。そのため、「自民党総裁として」という立場の使い分けを強調されたのだろうと思っています。しかしながら「自民党総裁=総理大臣」という現状の中、そのような使い分けが許されるのかどうかで言えば甚だ疑問です。

自民党総裁として、もしくは総理大臣として、ご自身としては立場を使い分けて発言していたとしても、結局のところ誰もが安倍首相の発言だと受けとめ、安倍首相の考えていることだと理解していくはずです。言うまでもなく、一国のトップリーダーの発言の重さははかり知れず、その影響力は絶大なものがあります。「忖度」という言葉も頭に思い浮かびますが、最高権力者が発する言葉の重みについて、よりいっそう自覚していただけるように願っています。

続いて「自衛隊募集に6割以上の自治体が協力拒否」という言葉が気になっていました。リンクをはった先のサイトは『LITERA』ですが、事実関係を詳述しながら率直な言葉で安倍首相を批判しています。実際は9割の自治体が協力しているため、安倍首相は事実誤認のもと「6割以上の自治体が協力拒否」と発言していた訳です。それでもご自身の認識の誤りを認めず、紙や電子媒体で提供しなければ「協力ではない」と強弁しているようです。

そもそも住民基本台帳法に基づく閲覧制度での協力が本来の姿であり、紙や電子媒体で個人情報を提供しているほうが問題視される可能性もあります。加えて、自衛隊を憲法に明記することと個人情報提供のあり方を関連付けることに論理の飛躍が見受けられます。防衛相経験者の石破茂元幹事長が「『憲法違反なんで自衛隊の募集に協力しない』と言った自治体を私は知らない」と語っているとおりだろうと思っています。

アメリカのトランプ大統領が「安倍総理大臣からノーベル平和賞に推薦された」と述べたことに関連し、安倍総理大臣は、衆議院予算委員会で、北朝鮮問題に対するトランプ大統領の指導力を評価する一方、実際に推薦したかどうかは明らかにしませんでした。トランプ大統領は15日、記者会見で、北朝鮮がかつてのようにミサイル発射実験を行わなくなった事態を受けて、「安倍総理大臣からノーベル平和賞に推薦された」と述べました。

これに関連して、安倍総理大臣は衆議院予算委員会で「トランプ大統領は北朝鮮の核・ミサイル問題の解決に向けて果断に対応しており、昨年、歴史的な米朝首脳会談を行った。その際には、拉致問題について私の考え方を直接、キム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長に伝えてもらい、その後も、拉致問題の解決にホワイトハウスを挙げて積極的に協力してもらっている。トランプ大統領のリーダーシップを高く評価している」と述べました。一方で、安倍総理大臣は「ノーベル委員会は推薦者と被推薦者を50年間は明らかにしないとしていることを踏まえ、この方針にのっとってコメントは差し控えたい」と述べ、実際に推薦したかどうかは明らかにしませんでした。【NHK NEWS WEB 2019年2月18日

最後に、最近明らかになった上記の報道について少しだけ触れてみます。安倍首相はノーベル委員会の方針を引き合いに「日本を代表して」推薦したという事実関係を曖昧にしています。ノーベル平和賞にトランプ大統領を推薦したという過去を隠したいと考えているのかも知れませんが、取って付けたような理由で明確化しないのはいかがなものかと思っています。

いずれにしても総合的に判断すればトランプ大統領がノーベル平和賞に相応しいとは思えません。しかし、北朝鮮との武力衝突を避け、対話の道を開いた点だけを評価すれば候補者の一人に目しても良いのかも知れません。このような点を踏まえ、安倍首相が推薦していたのであれば、北朝鮮との対話を強硬に忌避していた自分自身の過去の言動を総括した上での判断だったのだろうと推察しています。

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2019年2月17日 (日)

神戸市職労のヤミ専従問題

前回の記事は「沖縄の県民投票」でした。沖縄の県民投票は木曜日に告示され、来週日曜2月24日に投票日を迎えます。このブログを開設した趣旨を踏まえれば、神戸市職労のヤミ専従問題などは真っ先に取り上げていくべき話だと考えています。一方で、先送りしていた沖縄の県民投票に関しては告示日前までに取り上げようと考えていたため、ヤミ専従の問題が今週末の投稿となっています。

実は昨年9月に投稿した記事「多様な考え方を踏まえた場として」の冒頭でも神戸市職労のヤミ専従問題について触れていました。その後、調査を続けていた神戸市は2月6日に組合役員や市側の人事担当者ら189人を懲戒処分したことを発表しました。そのため、下記報道のとおり改めて全国的に注目を浴びるようになり、このブログの最近のコメント欄でも取り沙汰されていました。

神戸市職員労働組合(市職労)の役員らが正規の手続きをせず組合活動をした「ヤミ専従」問題で、市は6日、労組役員や人事部門職員ら計189人を同日付で処分した。うち戒告以上の懲戒処分は、同市で過去最多の73人。市は過去約5年間に労組役員ら28人が不当に受け取った給与を算定し、約1億7560万円の返還請求も行った。189人のうち退職者の52人は「処分相当」として発表。懲戒処分(相当含む)の内訳は、停職4人(うち退職者2人)▽減給33人(同14人)▽戒告36人(同5人)。

停職には元市職労委員長や、人事部門責任者の元行財政局長を含む。労組役員らの上司109人(同31人)も管理責任を問い、訓戒とした。久元喜造市長は給与30%(3カ月)、岡口憲義副市長が給与25%(同)を減額。前市長の矢田立郎氏も久元市長の減額分と同等額を自主返納する。

ヤミ専従問題を巡って今年1月に市に提出された最終報告書では、人事部門の深い関与などを指摘。久元市長に加え、矢田氏ら歴代3市長について「管理責任を免れない」としていた。久元市長は「心からおわびする。要因として閉鎖的な組織風土や前例踏襲の風潮が挙げられる。信頼回復を図りたい」とのコメントを出した。【毎日新聞2019年2月6日

10年前の記事(農水省の「ヤミ専従」疑惑)の中でも、今回の問題と同様な論点について取り上げていました。その記事の中では下記のような記述を残した上、過去の遺物となるべきヤミ専従の問題が「今、批判の対象となる事態は非常に残念な話です」「これまでの組合側の認識の甘さなども厳しく総括し、改めるべき点は直ちに改めていくことが急務だろうと思っています」という言葉で記事を結んでいました。

「ヤミ専従」のような存在が昔は許されていたと述べるものではありません。違法なものは今も昔も違法であり、駄目なものは駄目であったことに変わりありません。しかしながら幅に対する解釈問題として、労使関係の中で「ヤミ専従」的な存在も暗黙の了解としてきた場合があったのかも知れません。言うまでもなく公務員に対する厳しい視線が強まる中、「ヤミ専従」は絶対許されるものではないはずです。仮にかつて存在していたとしても、過去の遺物となっているものと思っていました。

農水省のヤミ専従が取り沙汰されてから10年も経っていながら同じ問題で批判を受けている神戸市職労の感度の鈍さは非常に残念な話であり、改めるべき点は即刻改める必要があるものと考えています。なぜ、神戸市は今まで改められなかったのか、ここで農水省の時と同様な押さえるべき背景があるようです。農水省の組合は「霞が関最強組合」と呼ばれ、労使の力関係の対等さに問題があったように評されていました。

現代ビジネス」のサイトの記事『神戸市を揺るがすヤミ専従…なぜ「亡霊」はこの街で生き残ったのか』から神戸市職労の影響力の強さがうかがえます。現在、そこまで影響力を発揮できる組合は極めて稀だろうと考えています。以前、大阪市や社会保険庁も同じような構図だったようですが、使用者側よりも組合の力が強く、労使の自主的な判断のもとに改めるべき点を大胆に改めていく機会を逸していました。

外部から強く批判される事態に至り、労使協議を基礎にした自主的な解決をはかることが難しくなっていました。その結果、時間内活動の問題にとどまらず、労使関係において正当に認められている組合費のチェックオフ等の見直しまで取り沙汰されるようになっています。 さらに日頃から組合の政治活動を批判的な立場の方々からは、ますます活動そのものを否定するような声が上がりがちです。

もっと深刻な事態としては、このような機会に組合員の組合離れ、つまり脱退者が増えていくことに注意していかなければなりません。外部からの強い批判にさらされた事態に至った時、それこそ日常的な組合の活動全般が組合員の皆さんから、どのように評価されているのかどうかが試されていくのかも知れません。このような点について私どもの組合も常に意識し、よりいっそう内外から信任される組合活動に努めていくつもりです。

かなり昔は、私どもの市でも勤務時間内の組合活動が非常に幅を持って、労使慣行として認められていました。その当時も条例に定められていた時間内活動は労使交渉に限られていたはずですが、交渉のための準備行為という解釈が広がっていたようです。厳しい批判を受けるヤミ専従のような極端な問題も、この解釈の延長線上にあったものと見ています。

しかし、このような解釈の幅は時代の変遷とともに改まっていく場合があります。そのような時、「今までは許されていた」「皆が同じようにやっていた」というような言い訳は通用しなくなります。したがって、「ここまでは許される範囲」などという勝手な解釈は慎まなければならず、情勢や社会通念の変化にも適宜対応できる組織的な体質が求められているものと考えています。

地方公務員法第55条に「適法な交渉は、勤務時間内においても行うことができる」と記されています。同時に私どもの市をはじめ、「職員が給与を受けながら、職員団体のためその業務を行い、又は活動することができる」ことを大半の自治体が条例で定めています。前述したとおり「適法な交渉のため」という法的根拠が時間内活動の幅を広げ、例えば組合の会議も「交渉のため」に必要な準備行為だと解釈されていたことなども耳にしていました。

かつて私どもの労使交渉も条例に基づき勤務時間内で行なう機会を多く設けてきました。組合役員側が職場を離れづらくなってきたため、かなり前から現在は勤務時間終了後に行なっています。数年前、久しぶりに勤務時間内での開催を組合側から申し入れた際、事前に出席予定者を書面で提出するように求められました。今まで一度も求められたことはなく、条例で認められた交渉であり、不要ではないかと組合は反論していました。

人事課長からは総務省からの指示もあり、絶対必要という返答でした。このようなやり取りがあり、結局、いつものとおり時間外での開催となっていました。その時は「歴代の人事課長に比べ、杓子定規に受けとめすぎているのではないか」という印象を抱いたことを覚えています。確かに以前は口頭で済ましても問題ありませんでした。

しかし、2004年に大阪市のヤミ専従問題が批判された以降、総務省が条例適用の厳格化を求めるようになっていたようです。そのため、人事課長の対応が適切なものであり、「杓子定規」という印象を抱いた私のほうが情勢の変化に対応できていなかったことを反省しています。一方で、「これまでは口頭で認められていた」とゴリ押しして、強引に組合側の言い分を認めさせるような労使関係であれば、それはそれで問題だったのだろうと思っています。

神戸市職労のヤミ専従問題を受け、決して「対岸の火事」としないように自らの足元を見直す機会につなげています。今後、もし勤務時間内に労使交渉を行なう場合、当たり前なこととして事前に書面を提出していくつもりです。さらに「これまでは問題なかった」という幅についても情勢や社会通念の変化に対応できているのかどうか、これからも継続して検証していかなければなりません。公務員の組合活動そのものが全否定されないためにも、襟を正すべき点はしっかり正すという思いを改めて強めています。

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2019年2月10日 (日)

沖縄の県民投票

前回記事「コメント欄の話、インデックスⅡ」のコメント欄で、改めてnagiさんからの問いかけにお答えしていました。「特定の人物や団体を誹謗中傷するような書き込みは慎むようにお願いします」という従来からの「お願い」をもとにした注意喚起だったことを説明させていただいています。また、関係者からすれば誹謗中傷の類いと見なされるような揶揄した書き方は説得力を低下させ、感情的な反発を招く恐れがあることも申し添えていました。

さらに「この問題を新規記事で直接的な取り上げ方はしない予定ですが、少しだけ関連させながら私自身の問題意識を盛り込むことも考えています」と予告していました。その時点で新規記事は「沖縄の県民投票」を取り上げることを決めている中での予告でした。どのように関連するのかは後述させていただくつもりですが、まず下記の報道を紹介します。

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画をめぐる県民投票(14日告示、24日投開票)が1日、全県で実施されることに決まった。条例改正後、態度を表明していなかった沖縄、宜野湾、石垣の3市長が1日、実施する意向を表明した。これで全41市町村で足並みをそろえて実施される。

宜野湾市の松川正則市長は、市議会の会派代表者会議の後、記者会見して参加を表明した。「県議会で条例改正案が可決されたことが参加を決断した理由になった。会派代表者会議で説明し、理解をいただいた」と述べた。沖縄市議会は臨時会を開き、県民投票の経費を含む一般会計補正予算案を採決。賛成多数で可決した。桑江朝千夫市長は可決後、記者団に「議会の意思も、私の意思も同一。速やかに予算を執行するよう指示する」と述べた。

石垣市議会も臨時会を開き、補正予算案を賛成多数で可決した。中山義隆市長は休憩中、記者団に「市議会で可決されたので実施する。24日の投開票で準備している」と話した。県民投票をめぐっては、沖縄、宜野湾、石垣の3市と、うるま、宮古島の2市の市長が、不参加を表明していた。だが1月29日の県議会で「賛成」「反対」の選択肢に「どちらでもない」を加えた3択にする条例改正案が可決されたことなどから、既にうるま、宮古島両市が参加を表明し、方針を転じた。【朝日新聞2019年2月1日

全県での実施の見通しが明らかになった直後、ブックマークしている弁護士の澤藤統一郎さんのブログでは「沖縄全県での県民投票実施見通しを歓迎する。」という記事が投稿されていました。昨年5月、県民投票条例制定の直接請求署名運動が始まり、9月までに必要数(有権者の50分の1にあたる2万3千筆)の約4倍にあたる92,848筆の署名を集めて県議会に提出した経緯などが綴られています。

県議会では選択肢を「賛成」「反対」の2択とした県民投票の条例案に対し、県政野党である自民党と公明党は「賛成」「反対」に「やむを得ない」「どちらとも言えない」を加えた4択とする案を提出していました。結局、4択案は否決され、2択案が賛成多数で可決成立し、県民投票条例は10月31日公布、投開票日が2019年2月24日と決まっていました。

その後、選挙事務執行のための補正予算案が市議会で否決されたため、宮古島、宜野湾、沖縄、石垣、うるま、5市の市長が県民投票に不参加することを表明していました。沖縄県の全有権者の31%に当たる約36万7千人が投票の機会を失う事態に至っていました。このような経緯から上記報道のとおり全県での実施に足並みが揃うまでの動きを澤藤さんのブログでは分かりやすくまとめられていました。

今回の県民投票の位置付けや実施方法などは沖縄県の公式サイトで詳しく説明されています。トップに「沖縄県では、普天間飛行場の代替施設として国が名護市辺野古に計画している米軍基地建設のための埋立てに対し、県民の意思を的確に反映させることを目的として、 県民投票を実施します」という目的が掲げられています。

公式サイトのQ&Aで、県民投票は地方自治法第74条に基づく住民の直接請求によって制定された「辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否を問う県民投票条例」に基づき、実施されるという説明が加えられています。また、市町村の事務の執行に要する経費については、地方財政法第28条の規定に基づいて全額、県が負担し、市町村に交付することを説明しています。

もともと国政選挙であれば国、都道府県レベルの選挙であれば都道府県が事務経費を負担しています。したがって、補正予算案の否決は各市の財政負担の問題ではなく、県民投票の実施そのものに異を唱えた表われでした。事務の実施主体は市町村であり、「名簿の調整」「投票の実施」「開票の実施」という全般的なものを担っています。そのため、県民投票という位置付けでありながら少し前まで3割ほどの有権者が意思表示の機会を奪われるという異例な事態を招いていました。

Q&Aの5問目には全国の住民投票の実施状況についても説明していました。市町村レベルでは、日本全国で市町村の統廃合等に関連する住民投票の実施事例は多数ありますが、都道府県レベルでの実施となりますと、沖縄県が22年前の平成8年9月に実施した「日米地位協定の見直し及び基地の整理縮小に関する県民投票」のみとなり、今回が2例目となります、と解説しています。

これまで市町村レベルでの住民投票ばかりだったため、このような混乱が生じていなかったようです。通常の選挙で個々の市町村の判断で事務を協力するかしないかという問題は考えられないため、今回のような県と市におけるネジレは極めて異例な事態だったと言えます。このような異例な事態を避けられたという点において、私自身、県民投票が全県での実施に決まり、本当に良かったものと思っています。

沖縄の県民投票について取り上げようと考えたのは、やはりnagiさんからのコメントが切っかけでした。先月中旬に投稿した記事「諸手当の見直し提案」のコメント欄で、nagiさんから次のような意見が寄せられていました。そのコメントに対し、私からは「この問題も様々な見方があるようです。投票日は2月24日であり、まだ先ですので機会があれば記事本文で取り上げてみたいものです」とお答えしていました。

週末だと言うのに、沖縄は混乱してますね。予想どおりと言いますが、やはり日本型リベラルあるいは革新と呼ばれる人々はなぜ、ダブスタばかりなんでしょうか。玉城知事も国会議員当時は、少数派の声を聞け、丁寧に話し合え、強硬するなと声高に主張していました。しかし自らが権力の座につくと、県民投票が2択では問題があるとの声を無視し、強引に結果ありきで進めていますね。さらに市町村に圧力をかけている。県が決めたことに市町村は従えというのは、日頃の発言と矛盾しないのか 辺野古の埋め立ては反対で、浦添の埋め立ては環境破壊ではないのか?本当に日本や韓国には人権派と呼ばれる人物にろくなのがいない。

このブログの記事本文で取り上げる機会を先送りしてきた結果、幸いにも前述したような歩み寄りがはかれたことを伝えるタイミングに恵まれました。このような歩み寄りに至るまで沖縄県は事務を行なう「法的義務」があるという助言や勧告を各市に発しながら、玉城知事や謝花副知事は直接足を運び、各市長へ協力の要請を重ねていたようです。

同時に全県実施を求める多くの県民の声が後押しし、沖縄県の各政党や当該首長らの姿勢にも影響を与えていったことが伝えられています。玉城知事を支持する政党が多数を占める沖縄県議会での多数決で2択となった訳ですが、少数意見にも配慮し、「どちらでもない」を付け加えることで事態を打開した関係者の皆さんの努力に敬意を表しています。

私自身、このブログの中で〇か×か、容易に選べない問題が多いことを表明しています。そのため、辺野古への米軍基地建設に対し、そのように思われている沖縄県民の方々が決して少数ではないことを推測しています。県民投票にあたり、そのような方々は棄権、もしくは白票や無効票を投じるという選択肢があるのではないかとも考えていました。

それでも明確な意思表示の選択肢として「どちらでもない」を付け加えたこと自体に大きな違和感はありません。二者択一を基本としてきた住民投票の実施方法としては異例な形となりましたが、仮に「どちらでもない」が多数を占めた場合、それはそれで沖縄県民の判断だろうと考えています。しかし、そのような結果に至った場合は、辺野古への新基地建設を沖縄県民が容認した訳ではないため、改めて次善の策に向けた仕切り直しが求められていくことになります。

沖縄県の玉城デニー知事は16日、同県浦添市の松本哲治市長と県庁で会談し、那覇市の米軍那覇港湾施設(那覇軍港)を浦添市の米軍牧港補給地区沿岸に移設するための埋め立て計画について、経済波及効果など将来性を考慮すれば自然破壊はやむを得ないことなど3項目を確認した。玉城、松本両氏はこのほか、新たな施設は「新基地」ではなく「代替施設」であることも確認。那覇軍港の浦添移設が「県内移設」ではなく「那覇港湾区域内の移動」であることでも一致した。

米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設をめぐり、県は「新基地建設」として批判し、環境破壊や県内移設は認められないとしている。辺野古移設と浦添移設の違いについて、玉城氏は16日、記者団に「那覇軍港(移設)は那覇市、浦添市双方にメリットがあり、県全体の産業振興にもつながる」などと述べた。那覇軍港の浦添移設をめぐっては、翁長雄志前知事も容認していた。玉城氏が昨年10月に知事に就任したことを受け、松本氏が改めて3項目の確認を求めた。【産経新聞2019年1月16日

nagiさんのコメントにあった浦添の埋め立てとは上記の件だと思います。このような事例から玉城知事や辺野古新基地反対派が「ダブスタだ」という批判を受けがちです。このような批判意見には重要な論点が内在している可能性もあります。両者の基地問題を客観的に比較しているブログもあるようです。ただ貴重な提起も「人権派と呼ばれる人物にろくなのがいない」とまで言い切ってしまっては建設的な議論につながりづらくなることを心配しています。

実は「沖縄の県民投票」という記事を取り上げるにあたり、前大阪市長の橋下徹さんの著書『沖縄問題、解決策はこれだ!』を購入していました。通勤帰りによく立ち寄る書店で、その本を手にしてパラパラと頁をめくっていました。すると第1章の冒頭「言いっ放しの沖縄問題」という小見出しが掲げられた箇所で、下記のような記述に目を留めていました。

沖縄の米軍基地の必要性を説く人たちは、日本の安全保障を強調し、米軍基地に反対している人たちのことを「暴力集団」「沖縄県民以外の活動家」「中国・韓国人が多い」「カネをもらって動いている」と口を揃えて罵ります。他方、米軍基地を絶対反対と説く人たちは、本土は沖縄のことをまったく考えていないと憤り、日本の安全保障上米軍基地が必要なのであれば、本土に基地を構えろ!と主張します。

前回記事のコメント欄に記した話として、それぞれの主張が思い込みや憶測で語られていた場合、その説得力や発信力が乏しくなるという問題意識を示していました。事実関係を正確に把握していなければ、より望ましい「答え」から離れがちとなるはずです。そのような問題意識があるため、橋下さんの上記のような言葉に興味を覚え、書籍をレジに運んでいました。

読み終えた感想ですが、沖縄の問題を語る前提として大阪での実績が頻繁に強調されていました。そのあたりは少し違和感がありましたが、沖縄の改革・活性化案や県民投票に対する大胆な提案など興味深い箇所も多く、一気に読み終えていました。今回、たいへん長い記事となっていますので書籍の内容について詳述しませんが、最後に、基地問題に対する思いとして比較的重なり合う箇所を紹介させていただきます。

国の安全保障政策が、地方の首長選挙の結果によって左右されることは避けなければなりませんが、しかし、米軍基地の問題は、日本の安全保障政策の問題であるにもかかわらず、その現実的な不利益は地元のみに大きく覆いかぶさります。したがって地元の意思を完全に無視するわけにもいきません。僕は、普天間基地の辺野古移設は賛成と言いましたけど、後で詳しく述べますが、辺野古移設を強行に進めることに対しては反対の考えにいたりました。

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2019年2月 2日 (土)

コメント欄の話、インデックスⅡ

前回記事は「厚労省の不適切統計の問題」でした。この問題は通常国会が始まり、ますます深刻な不祥事として取り沙汰されています。そのような中で東京地検特捜部の検事だった郷原信郎さんの『「第三者委員会」の明言が根本厚労大臣の“最大の失敗”』という解説に目を留めていました。今回の記事内容から離れるため詳しく触れませんが、興味を持たれた方はリンク先のサイトをご参照ください。

さて、今回「コメント欄の話、インデックスⅡ」というタイトルの新規記事を思い立ったのは前々回の記事「レーダー照射事件から思うこと」のコメント欄で常連のnagiさんと次のようなやり取りがあったからです。ポイントとなる箇所をそのまま紹介します。赤字が私のコメントで、青字がnagiさんからのものです。

nagiさん、幅広い意見の投稿や情報提供にいつも感謝しています。ただ以前からお願いしているとおり当事者や関係者(私も含め)が閲覧し、誹謗中傷の類いと見なされるような「本国からなんら指令が来てないのか、あるいは沈黙するよう指令がきてるのか」などという書き方にはご注意いただければ幸いです。よろしくお願いします。

OTSU氏に返答します。平和運動と言う名前の思想信条の活動する団体について、私は多くの事実を確認し評価を定めました。よってこの件でOTSU氏と意見交換することはありません。また、私の発言が、誹謗中傷、名誉棄損、ヘイトスピーチに該当すると言われるなら、それはどの単語、文言、どの言いまわしか、明示いただければ幸いです。

私の発言は私が考えた推論を披露したものです。それを当事者や関係者が疑問に思うなら、どうぞ反論していただければと思います。反論しなくてもかまいません。OTSU氏もいろんなサイトの記事を引用されてますね。そこにはいろんな推論や憶測、はては妄想まであります。だから特に問題はないと理解しています。ただし、ここはOTSU氏のサイトですから、今後この場でいかなる推論も憶測も妄想も禁止すると言われるなら喜んで従うことを明言致します。

大事な論点が含まれている問題であり、より丁寧に対応すべき問いかけだと考えましたので、じっくりお答えできる記事本文の主題として取り上げさせていただくことにしました。加えて、下記のような理由から時々「インデックス」記事を投稿しようと心がけています。ちょうど右サイドバーの「最近の記事」から「インデックス」記事が消えていましたので、その機会とさせていただいたところです。

カテゴリー別に検索できる機能を使いこなせず、これまで「自治労の話、2012年夏」のように記事本文の中にインデックス(索引)代わりに関連した内容のバックナンバーを並べていました。その発展形として「○○の話、インデックス」を始めています。その記事の冒頭、インデックス記事のバックナンバーを並べることで「インデックス記事のインデックス」の役割を持たせています。カテゴリー別のバックナンバーを探す際、自分自身にとっても役に立つ整理の仕方であり、時々、そのような構成で新規記事をまとめています。

これまで投稿したインデックス記事は「職務の話、インデックス」「コメント欄の話、インデックス」「定期大会の話、インデックスⅡ」「年末の話、インデックスⅡ」「春闘の話、インデックスⅡ」「組合役員の改選期、インデックス」「人事評価の話、インデックス」「図書館の話、インデックス」「旗びらきの話、インデックスⅡ」「人事院勧告の話、インデックス」「非正規雇用の話、インデックスⅡ」「いがみ合わないことの大切さ、インデックス」「憲法の話、インデックスⅡ」「平和の話、インデックスⅢ」「原発の話、インデックスⅡ」のとおりです。なお、「Ⅱ」 以降がある場合は最新のインデックス記事のみを紹介しています。

これまでコメント欄に関わる話は数多く投稿してきています。今回の記事に取りかかり、改めて確認してみると意外にも「Ⅱ」がなかったことに気付きました。そのため、2013年3月まで遡りながら関連記事を探すことになりました。間口を広げると対象記事は非常に多くなるため、なるべくコメント欄に引き付けた内容の記事に絞り込んでいます。それでも下記のとおり10以上の記事を追加していました。

具体的な事例としてのnagiさんからの問いかけにお答えする前に当ブログのコメント欄の性格や位置付けなどを改めて説明させていただきます。まず不特定多数の方々との接点を大事にしたいため、コメント欄における制約が極力少ないブログであることを強調できます。投稿されたコメントは即時に反映され、明らかなスパムや極端な商業目的の内容ではない限り、削除することはあり得ません。

どのような辛辣な言葉でも、そこに投稿された思いや意味をくみ取ろうと心がけてきました。とにかく批判意見も含め、幅広い視点や立場からご意見をいただける貴重さを感じ取ってきました。その意味で、これまで本当に多くの皆さんからコメントをお寄せいただき、たいへん感謝しています。その上で6年前に投稿した「コメント欄の話、インデックス」の中では次のような3点の「お願い」を掲げていました。

  1. コメント投稿の際、できる限り名前欄の記載を欠かさないようにお願いしています。意見交換をスムースに行なうためですが、匿名での投稿とは言え、その意見内容にある程度責任を持っていただくことも目的としています。したがって、繰り返し投稿される方の場合はハンドルネームを固定されるようお願いしています。
  2. 相反する意見の対立は平行線をたどりがちです。このコメント欄では結論を出すことを目的としていません。いろいろな「答え」を認め合った場として、攻撃的な言葉を並べることよりも対立する意見の相手方に「なるほど」と思わせるような言葉の競い合いができるようお願いしています。
  3. 特定の人物や団体を誹謗中傷するような書き込みは慎むようにお願いしています。特に「あいつ(あの団体)は犯罪者だ」と断定調に発言することを認めることはできません。「罪を犯していると思われる」は許容範囲となりますが、決して言葉使いの問題ではなく、断定調であれば管理人の責任として警告しなければならない発言となります。

大仰な言い方となって恐縮ですが、思想信条の自由、内心の自由、言論の自由、表現の自由などは最大限守られなければなりません。したがって、コメント欄における皆さんからの投稿内容を私から排除することはなく、前述したとおり一部の例外を除き、そのまま受け入れています。上記3番目の「誹謗中傷は慎む」に関しても、あくまでも「お願い」であり、その恐れがある投稿内容だったとしても削除していません。

誹謗中傷と判断するのかどうかも含め、閲覧された皆さんの受けとめ方に委ねています。極端な話として、もし誹謗中傷なのかどうか白黒の結論を出したい場合は司法の場に委ねなければなりません。そもそも中には「事実なのだから誹謗中傷ではない」という反論もあろうかと思います。しかしながら「事実だと断定する」こと自体が不明確であれば、そのような「思い込み」から繰り出す断定調の批判は誹謗中傷だろうと考えています。

インデックスに掲げているとおり断定調の批判に対する「お願い」を2回にわたって綴っていました。もちろん思うことは自由であり、推論を披露することも自由です。このブログのコメント欄においても同様であり、断定調の批判ではない限り、投稿者個々の表現方法や記述内容について注文を付けることは滅多にありません。滅多にない注文、つまり私からの「お願い」が前々回記事のコメント欄でnagiさんあてに発せられたことになります。

nagiさんが指摘している「平和運動と言う名前の思想信条の活動する団体」とは平和フォーラムのことです。正式名称は「フォーラム平和・人権・環境」であり、参加団体として自治労、日教組、私鉄総連など労働組合が中心となって構成している組織です。そのため、自治労に所属する市職労の執行委員長を務めている私自身も関係者の一人となります。平和フォーラムに対する直接的な責任者ではなく、当事者ではありませんが、現在の事務局長は昔からお付き合いのある方です。

nagiさんは一貫して平和フォーラムの方針や活動に対して批判的な立場で、このブログのコメント欄に辛辣な言葉で意見を投稿されている方です。当初は「売国反日フォーラム」という蔑称で書き込みを重ねていました。ただ「もう少し平和フォーラムについて」という記事などを通した私からの「お願い」にご理解いただき、そのような蔑称は控えてくださるようになっていました。

その際、私から「平和フォーラムは反日の組織だと思っている」と言われれば不本意ながらも仕方ありませんが、「売国反日フォーラム」という呼び方は誹謗中傷の類いだと考えています、という説明を加えていました。このような「お願い」にご理解をいただけているからこそ、今回、「私の発言は私が考えた推論を披露したものです」という言葉につながっているものと受けとめています。

nagiさんから「私の発言が、誹謗中傷、名誉棄損、ヘイトスピーチに該当すると言われるなら、それはどの単語、文言、どの言いまわしか、明示いただければ幸いです」というお尋ねがありました。前述したとおり誹謗中傷かどうか白黒を付けたい話ではなく、私からは「当事者や関係者(私も含め)が閲覧し、誹謗中傷の類いと見なされるような」記述を問題視しています。

該当箇所は私のコメントでそのまま示している「本国からなんら指令が来てないのか、あるいは沈黙するよう指令がきてるのか」などという書き方です。関係者の一人として、平和フォーラムが他国の指令のもとに活動しているような組織ではないことを証言できます。個々の役員の中に「スパイのような存在が絶対いない」とまでは言い切れませんが、組織そのものの意思決定や活動について指摘されるような実態がないことは「改めて平和フォーラムについて」などの記事に綴っているとおり自信を持って説明できます。

言葉尻をとらえている訳ではありませんが、平和フォーラムは「他国からの指令を受けて活動しているのではないか」という言葉で推論を示された場合、今回のような「お願い」を発していなかったはずです。この違い、お分かりいただけますか。今回、問題視したnagiさんの言葉は他国から指令を受けていることを前提に「来てないのか」どうかという書き方となっていました。

OTSU氏もいろんなサイトの記事を引用されてますね。そこにはいろんな推論や憶測、はては妄想まであります。だから特に問題はないと理解しています」という指摘ですが、多面的な見方や情報を提供する場として様々なサイトを紹介していることは確かです。しかし、完全にNGだと見なせる表現や記述が含まれたサイトは紹介していないはずです。それでも前述したとおり私なりの判断基準は許容範囲が広く、極めて低いハードルであるため、異質な「答え」の主張や表現方法が不愉快に感じられる方も少なくないのかも知れません。

幅広い意見の投稿や情報提供にいつも感謝しています」という私自身の思いも一貫しています。nagiさんをはじめ、一人でも多くの方から幅広いご意見が伺えることを望んでいます。例えば平和フォーラムの方針や活動に対し、手厳しい言葉で批判を受ける機会は貴重なことだと考えています。そのように思われている方が多いことを知る機会につながり、どのような言葉や行動によって共感を得られるのか、考えを深める機会につながるからです。

誹謗中傷ではないかという見られ方を意識せず、言葉や表現方法を選ばず、言いたいことを自由に書き込んでいる方々のサイトも少なくありません。注目されたいため、あえて挑発的な言葉を使う方、もしくは初めから他者を貶めることを目的に書き込む方もいるようです。ただ私自身が直接書き込む記事内容に関しては言葉や表現方法に注意を払い続けています。その延長線上として、このブログのコメント欄では「誹謗中傷は慎む」という「お願い」を皆さんに呼びかけさせていただいています。

nagiさんが他者を不愉快にさせることを目的にコメントを投稿されている方だとは思っていません。だからこそ、このような記事を綴らさせていただきました。決してコメント投稿の敷居を高くすることを望んでいる訳ではありません。以上のような「お願い」も私自身が正しいと信じている一つの「答え」に過ぎませんが、不特定多数の方々に訪れていただいている公衆の場として、ぜひ、多くの皆さんからご理解ご協力いただければ幸いです。

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