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2019年1月27日 (日)

厚労省の不適切統計の問題

毎週1回、土曜か日曜に更新しているブログです。コメント欄に寄せられた難しい問いかけは記事本文を通してお答えしています。そのため、新規記事の題材選びに悩むことは滅多にありません。前回の記事「レーダー照射事件から思うこと」の冒頭で「厚労省の不適切統計の問題など注視すべき時事の話題は数多くあります」と記していました。

今週末に投稿する新規記事では厚労省の不適切統計の問題について、いろいろ思うことを書き進めてみます。この問題では不適切どころか統計法に対する違法行為だと断罪され、多くの関係者が処分されています。まず何が問題だったのか、分かりやすくまとめている新聞記事を紹介します。

賃金や労働時間の動向を把握する厚生労働省の「毎月勤労統計調査」について、全数調査が必要な対象事業所の一部を調べない不適切な調査が2004年から行われていたことが分かった。担当者間で15年間引き継がれてきた可能性があり、データを正しく装うため改変ソフトも作成していた。統計を基に算定する雇用保険などが過少に給付されていたことも判明し、厚労省は不足分を支払うことを検討する。

勤労統計は厚労省が毎月、都道府県を通じて調査し、従業員5人以上の事業所が対象で、従業員500人以上の場合は全てを調べるルール。しかし、東京都内では全数調査の対象が約1,400事業所あったが、実際には3分の1程度しか調べられていなかった。さらに、全数調査に近く見せかけるため、統計上の処理が自動的に行われるようプログラミングされたソフトも作成されていたという。

賃金が比較的高いとされる大企業の数が実際より少ないと、実態よりも金額が低く集計される可能性がある。勤労統計は月例経済報告といった政府の経済分析や、雇用保険や労災保険の算定基準など幅広い分野で用いられる国の「基幹統計」。雇用保険の失業給付の上限額は、勤労統計の平均給与額を踏まえて決まる。

仕事で病気やけがを負ったと労災認定された場合に支払われる休業補償給付も、平均給与額の変動に応じ見直される仕組みで、正しい手法で調査した結果、平均給与額が高くなれば、こうした保険が過少に給付されていたことになる。厚労省は近く、これまでに判明した事実関係について公表する。政府統計を所管する総務省も、17日に専門家らによる統計委員会を開催し、厚労省から今回の事態について説明を求める。【中日新聞2019年1月10日

定められたルールを勝手に変えて、やりやすいように運用してきた行為は決して許されるものではありません。ただ最初、抽出調査そのものは統計結果の精度を落とすものではない点について思いを巡らしていました。少し前の読売新聞の『編集手帳』では次のような事例を紹介していました。1936年のアメリカ大統領選で、ある有力誌は200万人以上を対象にした調査で「共和党のランドン氏勝利」を予想しました。

これに対し、3千人の調査で民主党のルーズベルト大統領の再選を的中させたのが、後に有名調査会社となるギャラップ社だったことを『編集手帳』の中で伝えていました。「抽出調査でも確度の高い結果が得られることは、もはや周知のことだろう」と続き、「大切なのは母集団の傾向をつかむ正しい手順であり、そんなイロハのイを国の統計を担う専門家がご存じないとは思えない」と厚労省のずさんな調査を批判していました。

つまり今回の問題は東京都内のみ抽出調査だったため、「賃金が比較的高いとされる大企業の数が実際より少ない」という母集団の不適切さが生じていました。さらに「全数調査に近く見せかけるため、統計上の処理が自動的に行われるようプログラミングされたソフトも作成されていた」という話まで耳にすると、厳しく批判されて然るべき問題が発覚したものと受けとめています。

この勤労統計は雇用保険や労災保険の算定基準など幅広い分野で用いられる国の「基幹統計」であり、雇用保険の失業給付の上限額等に影響を与えるため、追加給付に必要な経費は7,950億円に上ると見込まれています。国の「基幹統計」に対する信頼を失墜させ、誤ったデータをもとに進めてきたことになる政府の経済政策等の信憑性が疑われる事態を招いています。

さっそく野党は厚労委員会(閉会中審査)で「アベノクス偽装だ」という言葉を使って政権批判を強めていました。前述したとおり経済政策等に信頼性の揺らぎが生じたことは確かですが、ことさら安倍政権のイメージダウンにつなげる意図で批判した場合、問題の本質的な解明から遠ざかってしまうような懸念があります。そもそも15年近く放置されてきた問題であり、民主党政権も含め、複数の内閣の責任が問われているはずです。

もし現政権の責任に絞って批判するのであれば、次のような具体的な事例を示しながら追及しなければ単なる「批判のための批判だ」というそしりを免れないのではないでしょうか。『毎勤不正で新疑惑「数値上昇」の発端は麻生大臣の“大号令”』という扇情的な見出しの記事に興味を持たれた方はリンク先をご覧いただくこととし、事実関係を報じた下記の記事を紹介します。

「サンプルの入れ替え時に変動がある。改善策を早急に検討してほしい」。2015年10月16日、首相官邸であった政府の経済財政諮問会議。毎月勤労統計についてこう問題提起したのが麻生氏だった。同統計はもともと、調査対象となる比較的大きな事業所について3年ごとにサンプルを総入れ替えし、入れ替えに伴う誤差を補正して数字をはじいてきた。このため15年1月の入れ替えでも、過去にさかのぼって実績値を補正。ところがこの結果、安倍政権が発足した12年12月以降の数字が下振れしてしまった。

アベノミクスの旗振り役として賃金の動きを注視していた麻生氏。見直しに向けた議論は、この「鶴の一声」に歩調を合わせるように始まった。数字が変動する事後的な補正を避けるため、サンプルは総入れ替えでなく段階的な部分入れ替えとする-。こうした厚労省方針は17年に政府の統計委員会に承認され、18年から実行に移された。これにより、統計上の賃金上昇率は急伸する。「賃金伸び 21年ぶり高水準」。8月上旬、全国紙や通信社の記事にこんな見出しが躍った。6月の現金給与総額(速報値)は前年同月比3・6%の急上昇。力強い賃上げが実現したかのような数字だった。【西日本新聞2018年9月29日

そもそも客観的な現況を把握するための統計調査において、恣意的な操作によって数字が変動するようでは問題です。加えて、2015年10月の経済財政諮問会議の関係者が、このような問題を議論した際、500人以上の事業所は全数調査であるというルールを承知していたのかどうか、承知していた場合、なぜ、その時点で厚労省の不適切な調査手法が問題視されなかったのか、今から思えば残念なことです。

統計の専門家、弁護士等の外部有識者で構成される「毎月勤労統計調査等に関する特別監察委員会」の報告書の中では「継続調査(全数調査)の事業所については企業から特に苦情が多く、大都市圏の都道府県からの要望に配慮する必要があった」という始めた当時の事情が記されていました。担当課である統計情報部雇用統計課の当時の担当係長は「誤差計算しても大丈夫だという話だったと記憶している」と話しています。

結局、この調査結果は厚労省による「お手盛り調査」などという批判を受け、発表してからわずか3日後に再調査することを根本厚労相が明らかにしています。さらに国の基幹統計(56種類)のうち22統計で不適切な処理が確認されています。政策立案の重要な材料となる基幹統計をはじめ、公的統計全体に対する信頼を失墜させる事態に至っています。

このような問題が生じている背景として、日本はアメリカや中国などに比べて統計の専門家の育成が遅れ、深刻な人材不足に陥っていることが伝えられています。統計学の重要性に対する認識不足があり、統計を担当する部署の人材配置や予算措置等が軽視されているという現状につながっています。しかし、だからと言って勝手にルールをねじ曲げ、手を抜いて良いと言えるものではありません。

実は法律の条文と現状が必ずしも一致していない事案をいくつか頭に浮かべています。このブログの記事「再び、職務に対する心構え Part2」でも取り上げた国税徴収法第47条のことが真っ先に頭に浮かんでいました。条文では「滞納者が督促を受け、その督促に係る国税をその督促状を発した日から起算して10日を経過した日までに完納しないとき」は「差し押さえなければならない」と規定されています。

確かに「ならない」とされていますので厳格に文言を解釈すれば、差押ができるのに見送っていた場合、行政の不作為を問われる可能性もあります。一方で、国税徴収法には換価の猶予など徴収における緩和制度も設けられています。さらに法律を目的論的な解釈でとらえた際、一定期間後に滞納金を徴収できるのであれば、機械的に差押を執行していくことの不合理さや非効率さがあるため、条文と現状とのミスマッチ感につながっています。

36協定について」という記事の中では「36協定は労働者が1人だった場合でも締結と届出を必ず行なわなければなりません。ただ厚労省の調査によると中小企業の56.6%は36協定を締結していません」と記し、そのうちの半数以上が「時間外労働や休日出勤があるにも関わらず労使協定を締結していない」、つまり「違法残業を課している」という実態であることを伝えていました。

後者の場合、法律の条文が適確に把握されていないため、生じている実態であるように見受けられます。厳格に取り締まりを受ければ「知らなかった」という言い訳は通用せず、法律違反を問われることになります。様々な事情や背景があったとしてもコンプライアンスの重要性が強調されている中、定められているルールは守る、とりわけ公務職場で率先垂範していかなければなりません。

条文と現状が乖離し、条文を杓子定規に解釈して遂行するほうが明らかに不合理だった場合、条文自体を見直していくことも責務の一つなのかも知れません。今回の厚労省における不適切統計の問題は「漫然と踏襲」という言葉で総括されています。勝手な解釈や理解不足のまま前例踏襲されている問題を抱えていないかどうか「対岸の火事」とせず、自らの足元を見つめ直す機会にすべきものと考えています。

最後に、下記のような見方があることも紹介させていただきます。『余計な仕事やらせた歴代大臣にも責任ある』という見出しが付けられた記事でした。実名を上げていませんが、何人かの元大臣の顔が思い浮かびます。厚労省は予算額や事業の範囲に比べ、下記記事のとおり人員不足が慢性化しています。人的な手立てが後回しにされているため、今回のような問題を生じさせている可能性が否めないのであれば、そのような問題を解決する視点も欠かせないものと思っています。

毎月勤労統計の不正調査問題をめぐり、厚生労働省の「闇」が深まっている。昨年12月に総務省統計委員会の指摘を受けながら、公表が遅れたうえ、いまだに原因も解明できていないのだ。厚労省が不正に手を染めた原因は何なのか、責任は誰にあるのか。中央省庁再編との関係とは。霞が関を熟知する元通産官僚の評論家、八幡和郎氏が読み解いた。「仕事のやり方もしっかりしていて、制度も安定的に運用されている国税庁などに比べると、厚労省は『できの悪い組織』といえる。人員も足りないし、仕事のやり方もコロコロ変わり、(2001年、厚生省と労働省の廃止・統合という)組織変更まで行われた」

八幡氏は「歴史的不祥事」を起こした厚労省について、こう指摘した。確かに、厚労省では「薬害エイズ事件」や「消えた年金問題」という不祥事が繰り返されている。その際の対応が、今回の不正調査の根本原因にあるという。八幡氏は「ミスや問題が発覚すると、政治家は『早急に調査して全部正す』と安請け合いして、費用対効果も何も考えずに作業をやらせる。(限られた人員のなか)役所は肝心な仕事ができなくなり、ごまかしたり、体系的に対策を立てずに適当にやってしまう。もともと無理なことをやらせているから、こういう事態になるのではないか」という。

不適切な手法による調査は04年から行われており、雇用保険の失業給付などの過少受給を受けた追加給付の対象は2015万人、額は564億円に上る。対象者からすれば、一刻も早い追加給付が望ましい。ただ、八幡氏は「能力のない組織に『ちゃんとしろ』と言っても、ロクなことがない。今回の補正作業もあまり慌てず、コストパフォーマンスのいい形でやらないと同じことになるだろう。組織として問題の多い役所を、どう改革していくのかをきちんと考えるべきだ」と警鐘を鳴らす。

今回の問題を受けて、政府は鈴木俊彦厚労事務次官ら関係者の懲戒処分を検討している。他に責任を取るべき人物はいないのか。八幡氏は「本当に誰が失敗したのかを究明すべきだ。不正調査を始めた当時の責任者をはっきりさせるとともに、問題に気づきながら直さなかった人もいるはずだ。そのあたりの事情を調べるべきだ。当然、組織改革をきちんとやらず、余計な仕事をやらせたという歴代厚労相の責任もあるだろう」と話した。【ZAKZAK2019年1月21日

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コメント

厚労省がらみの不祥事と言うと年金問題を思い出します
ね。あの当時は第一次安倍政権でしたが、行政改革を
しようとして官僚に潰されたと当時思いました。それから
はじまった政権交代の機運が始まり政権交代したわけです
もっとも政権交代後、官僚がどれほど苦労したかを考え
ると官僚発の政権交代はもうないでしょうね。
特にミスター年金と呼ばれた長妻昭議員は評判の悪さで
は一番でしたね。民主党政権時代の失政を象徴する一人
です。

とりあえず、お手盛りはやめてちゃんとした組織改編と
官僚には仕事に集中できる環境を与えてあげてほしいで
すね。国会が始まると野党の嫌がらせ質問でまた時間を
取られるわけですから。
もし野党でNHKが放送してる時に関西生コンの件を質問
する勇者が存在したらずっと応援します。

投稿: nagi | 2019年1月29日 (火) 15時47分

nagiさん、コメントありがとうございました。

新規記事は「コメント欄の話、インデックスⅡ」というタイトルで投稿します。私なりの考え方を改めてまとめています。ぜひ、ご覧いただければ幸いです。

投稿: OTSU | 2019年2月 2日 (土) 21時42分

いつも楽しみに拝見させていただいています。

今回の記事について、気になった点が一つありますので指摘させてください。

根本大臣への「批判のための批判」ではない理由として、以下が挙げられます。

根本大臣は、統計不正問題の事実報告を受け、統計不正を認識しながら、そのまま統計を確定値として公表しています。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019013000183&g=pol

この点から、統計不正の重大性への認識が欠如している疑義があるという点。

また、その後も首相への報告を怠っていたり、第三者委調査の中立公正さの欠落への監督指導責任(その後の再調査でも問題が出ており、税金の無駄遣いかつ、官僚を不必要な業務で働かせるという視点で問題ありです。)等、
厚労省トップとしての資質等について、代議士の一員たる野党議員から追及を受けるのは、過去のどの政権でも同じ、かつ必要なことと思いますし(与党議員が追及役となるのはレアケースでしょう)、これからもそうあるべきだと思います。


また、不正な郵送調査等については、2004年以降の自民党政権下に始まり、民主党政権下でも見つけられなかったものです。

しかしながら、今回の統計手法(事業所の全数入れ替え→3分の1入れ替え)の暗黙の変更に関しては、第4次安倍政権下で新たに起きたものです。その点において、現政権が厳しい追及を受けるのは当然であると思います。


最後に、政府側の答弁の質をより厳しくチェックすべきである理由を付記します。

理由としては、政府側には代議士の一員たる野党の意図する点を真摯に理解し誠実に答える義務がある。という点、有する情報量では政府側が遥かに有利であり、かつ、国民生活に直結する法案の成否を政府側が握っている、という点、成立後の法の執行を政府側が行うという点、などが挙げられます。

投稿: Qing | 2019年2月23日 (土) 18時32分

Qingさん、コメントありがとうございました。

この記事の中で「現政権の責任に絞って批判するのであれば、次のような具体的な事例を示しながら追及しなければ」と記していましたが、最近の野党の追及はそのような点を踏まえたものだと受けとめています。

そのため、全体を通し、Qingさんのご意見のとおりだと私自身も考えています。ぜひ、これからもお時間等が許される際、お気軽にコメント投稿いただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2019年2月23日 (土) 22時27分

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