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2018年10月27日 (土)

再び、組合役員の担い手問題

シリアで武装組織に拘束されて3年4か月ぶりに解放されたジャーナリストの安田純平さん、日本の首相として7年ぶりに中国を公式訪問した安倍首相、注目すべき時事の話題は豊富にあります。そのような中で当ブログではマイナーな情報を提供する場として、あまり注目されていない話題を意識的に取り上げるように努めています。

大阪府の松井一郎知事が議会開会中の休憩時間に、公用車に乗って府庁舎周辺を巡回し、車内で喫煙していたことが分かった。11日の府議会総務委員会で取り上げられ、府秘書課は「コーヒーブレークとして段取りした。不適切ではない」と釈明したが、質問した府議は「あまりにもお粗末な使い方だ」と引き続き追及する方針だ。自民党の密城浩明府議が質問し、府の伊藤弘三秘書課長が答えた。委員会に松井知事は出席しておらず、22日に改めて直接質問する予定。

府によると、松井知事は府議会の休憩時間だった今月2日午後3時3分、府庁舎正面から公用車に乗り、府庁舎周辺を巡回して同9分に戻った。車内でたばこを吸って休憩したという。 府の規定では、職務の遂行や警護上の必要性がある場合に公用車を使用できる。車内禁煙の規定はない。一般職員は勤務時間中は禁煙で、抜け出して「一服」すると処分の対象になるが、地方公務員法上の特別職である知事は対象外だ。

松井知事は愛煙家で知られるが、府庁内は知事室も含め全館禁煙。また、府は国よりも厳しい内容で、受動喫煙防止に関する条例制定を目指している。委員会で密城府議は「休憩するなら知事室でできる。たばこを吸うために税金で動かしている車を用意するのはいかがなものか」と問題視した。伊藤課長は「警護上の必要性から休憩するために公用車を使用した。たばこを吸うためではない」と否定しつつ、「公用車の使用について府民から誤解を受けることがないよう心がけたい」と述べた。【毎日新聞2018年10月11日

このような情報は些末な話なのかも知れません。ただ些末なのかどうかの判断も含め、情報を得られたことによって、受けた側がそれぞれ評価できる関係性に至るものと考えています。そのため、これまで私自身が気になったニュースの中で、あまりマスメディアでは大きく扱っていなかった話題を数多く取り上げてきました。今回の話題もそのようなニュースの一つでした。

その後、委員会での直接的な質疑応答があり、松井知事は記者団の取材に対して「府民から誤解を受けないよう今後は短時間での公用車の利用はやめたい」と答えています。ただ「庁舎外の喫煙スペースに僕が行くと職員が気を遣う」とも説明していました。結局、誤解ではなくて喫煙するために公用車を利用していたようです。余計なコスト負担や運転手の受動喫煙の問題をはじめ、そもそも府職員に厳しい対応を求めている松井知事は率先垂範する立場であり、不適切な行動だったことは明らかです。

しかし、元アナウンサーの長谷川豊さんはブログ記事「毎日放送のバカ報道局に告げる いい加減にしておけ」を通し、質問した自民党の府議や報道した毎日放送に対して怒りをぶつけていました。その記事内容に賛同するコメントも多く、たいへん驚きました。33分間も追及したことについて府議側を批判していましたが、すぐに松井知事が不適切さを認めていれば33分間もかからなかったという見方もできます。

このように同じ事例に接していながら立場や視点によって、受けとめ方や評価が大きく分かれる場面は数多くあります。記事タイトルに掲げた本題から離れた話が長くなっていますが、労使関係において顕著な関係性だと言えます。使用者側と労働者側、やはり立場や視点によって様々な事例に対して評価が分かれる場面も多く、真摯な労使交渉を通して、より望ましい決着点を見出していくことになります。

健全なチェック機能を発揮できる労使関係は非常に重要なことだと考えています。組合役員を長く続ける中で実感してきた関係性です。だからこそ組合は大事、つぶしてはいけない、そのためには担い手が必要、ここ数年、そのような思いを強めながら持続可能な組合組織に向け、できる限りの努力を重ねています。前々回記事「組合役員の担い手問題」に記したとおり引き続き執行委員長に立候補しています。

組合役員を長く続ける中で「組合は必要」という思いを強めています。人事評価制度の本格実施や時間外勤務縮減の動きを受け、ますます職員一人一人の声を労使交渉に反映させていくことの大切さを認識しています。このような役割を果たせる組合組織を維持していくためには幅広い職場から多くの担い手が必要です。残念ながら次年度に向けては担い手の広がりを見出すことができていません。活動全般を見直しながら「ピンチをチャンス」に変えられるよう努力してきましたが、引き続き大きな課題として残されています。

このような中、様々な事情を抱えながらも組合役員に立候補された皆さんには本当に感謝しています。それぞれの力を合わせることで「組合があって良かった」と多くの方から評価されるような組合活動をめざしていきます。新たな一年、様々な難題に対し、引き続き組合運動の先頭に立ち、全力を尽くす決意ですので、よろしくお願いします。

◎ 毎週1回更新しているブログ『公務員のためいき』もご覧いただければ幸いです。

上記は立候補にあたり、組合員の皆さんに回覧し、お示ししている私自身の選挙広報に掲げた内容です。11月9日夜の定期大会に先がけて行なわれる組合役員選挙は定数内の立候補のため、現在、信任投票の実施期間となっています。今回、前々回記事「組合役員の担い手問題」の続きとして「再び」を付けた新規記事を書き進めています。たいへん残念ながら担い手の広がりは見出せず、ピンチは広がっていると言わなければなりません。

選挙広報に記しているとおり人事評価制度の本格実施を受け、ますます「組合は必要」という思いを強めています。管理職からの評価結果が昇給額を左右し、生涯賃金に影響を与えていきます。冗談半分だったのか、もしくは奮起を促すためのものだったのか、真意は分かりませんが、「評価を下げるぞ」という管理職の言葉が部下からすれば場合によってハラスメントという関係性につながっています。

全職員に対して匿名で実施したハラスメントアンケートの結果が安全衛生委員会で示されました。5年前に同様のアンケートを実施していましたが、「セクハラを受けた」という比率は横ばいである一方、パワハラについては上昇しています。特に自由記載欄に書き込まれた内容は深刻なものが多数見受けられています。真偽は確認できませんが、管理職に対する不満の声が5年前に比べて増加していることは確かでした。

組合は査定昇給の実施にあたって慎重な労使協議を求めてきました。合意する際、第1次評価者と第2次評価者とのダブルチェック機能の強化など恣意的な評価を防ぐ手立てなどを取り入れさせてきました。管理職の皆さんが初めから恣意的な評価を下そうと考えていないものと思いますが、制度や運用面でのチェック機能を設けることは大切です。場合によって個々の管理職と直接話し、「気付き」の機会につなげていくことも組合役員の役割となっています。

時間外勤務縮減の課題に際し、市長らにとって20時完全退庁宣言は「職員のため」という意識からでした。しかし、組合員からは「残りたくて遅くまで残っている訳ではない」という声があり、組合はそのことを申し入れた上、20時に完全退庁できる職場体制の確立こそ急務という認識を労使で確認しています。一職員の立場であれば、市側が進めている制度や運用に修正をかけることは難しく、まして市長や副市長らに率直な意見を伝える機会も皆無に近いのだろうと考えています。

職員の大半が加入している労働組合があり、実際に活動を担う組合役員がいるからこそ発揮できる組合の大事な役割だと言えます。しかしながら担い手がいなくなれば充分な役割を果たせず、看板だけの組合になりかねません。そして、役に立たない組合であれば脱退する組合員が増えていく恐れもあります。立場上、このような危機感を誰よりも強く持ちながら、組合役員の改選期には多くの方々と接触をはかってきています。

直近の執行委員会の後、組合役員の一人から「委員長、危機感が薄いんじゃないですか」と問われました。耳を疑いましたが、執行委員会の中で私が示した「協力委員」の案について立ち上げる時期を不明確にしていたため、そのような印象を与えてしまったようです。定期大会後の新年度中に立ち上げようと考えていましたが、11月9日以降、早々に立ち上げられるような案を取り急ぎまとめることにしました。

発案者の私がまとめ、次の執行委員会で確認を得られれば定期大会当日に提起する議案とする予定です。「協力委員」という名称は仮称ですが、次のような問題意識から発案しています。現在、組合役員の担い手不足の問題が深刻化しています。信任投票の対象とされている執行委員長、副執行委員長、書記長、書記次長、会計幹事、会計監査は欠員とせず、充足してきているため、執行委員の欠員の多さが大きな課題となっています。

執行委員の立候補について個別に勧誘した際、任務の負担感の大きさが引き受けてもらえない主な理由となっていました。以前に比べれば執行委員の負担軽減ははかっていますが、そのように見られている現状は率直に受けとめなければなりません。そもそも隔週夕方に執行委員会があること自体、新たに担う方々にとって大きな負担であることも確かです。しかし、このまま担い手の減少が続くようであれば、前述したとおり組合活動そのものに支障を来すことになります。

現時点でも執行委員の減少は任期中の組合役員個々の役割に負担をかけています。その結果、きめ細かく迅速な対応をはかりにくくしています。そのことは組合員からの要望や期待に充分応え切れない場面につながりかねず、組合に対する結集力に悪影響を与えていくことになります。

個別に勧誘した際、「執行委員と職場委員との中間的な役割であれば引き受けることも考えられる」という趣旨の意見が複数寄せられていました。今後、組合役員の選出方法を各職場からの輪番制にすることの是非など抜本的な議論も必要ですが、次年度に向けた緊急的な対応として「協力委員」の創設を考えたところです。

創設する目的として「①組合規約上の役員の担い手不足という深刻な現状を踏まえ、組合活動の広がりや活性化を目的に協力委員制度を創設する。②執行委員までは担えないが、できることは協力したいという組合員の思いを受けとめ、幅広い職場から組合活動に関与できることを目的とする。③協力委員を引き受けることで、次年度以降、執行委員まで担えるかかどうか段階的な経験の機会につなげることを目的とする。④任期中の組合役員の負担軽減につなげることを目的とする」という点を考えています。

協力委員の役割として「①協力委員の申出や必要に応じ、執行委員会や団体交渉等にオブザーバーとして参加できる。②各種集会や学習会等の日程について個別に案内を受け、可能であれば参加する。③本庁の協力委員は分担した上、月2回、各職場委員あてにニュース等を配布する。④メーデー等の取り組みの際、必要に応じて応援の要請を受ける」という内容を想定しています。

あくまでも現時点での私案であり、今後の議論でどのような修正をはかるべきなのか、そもそも不要という判断に至るのか、まったく分かりません。毎週1回更新しているブログの場で私案とは言え、執行委員会前に示す手順は異例なことです。組合役員の担い手問題について、より望ましい方向性を探り当てていくためにも、取り急ぎ当ブログの場でお示ししています。私どもの組合員の皆さんに限らず、ご意見等がありましたらお気軽にコメントをいただければ幸いですのでよろしくお願いします。

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2018年10月20日 (土)

最近の原発報道から思うこと

少し前の記事「横田基地にオスプレイが正式配備」のコメント欄で、北海道胆振東部地震による大規模停電に端を発した原発を巡る議論が交わされていました。管理人の私に対する直接的な問いかけがなかったため、閲覧者の一人として議論を見守らせていただいていました。今回、久しぶりに記事本文の中で原発の問題を取り上げてみます。

私自身の原発に対する問題意識は当ブログの記事本文を通して数多く発信してきています。「原発の話、インデックス」を投稿したのが2012年9月のことでした。それ以降も「原発ホワイトアウト」「東京ブラックアウト」などを投稿していますので、機会を見て「原発の話、インデックスⅡ」をまとめてみたいものと考えています。

最近の記事「多様な考え方を踏まえた場として」の中に残した言葉ですが、それまで培ってきた経験や吸収してきた知識をもとに個々人の基本的な考え方や視点が築かれていきます。そのようにして築いた基本的な考え方や視点に照らし、直面する様々な事象に対する評価や是非を判断していくことになります。北海道胆振東部地震の際、泊原発が稼働中ではなかったという事象から導き出されている原発そのものへの評価の分かれ方にもそのような傾向を感じ取っています。

これまで個々の事象に対し、私自身の立場や「答え」は明らかにしながら当ブログの記事を綴ってきています。しかし、自分自身の「答え」の正しさを前提にした上での結論を押し付けるような論調は控えています。いろいろな「答え」があることを尊重しながら、あくまでも「私はこう考えています」という訴え方を心がけています。

より望ましい「答え」を見出していくためには幅広く多面的な考え方や情報に触れ合うことが大切だと考えているからです。今回の記事を通しても、そのような趣旨のもとに他のサイトで閲覧できる論評やメディアの報道を紹介させていただきます。まず『震度2で電源喪失寸前だった北海道・泊原発「経産省と北電の災害対策はお粗末」地震学者』という見出しが付けられた記事を紹介します。

北海道を震度7の地震が襲った。気象庁によると、地震の発生は6日午前3時8分、地震の規模を示すマグニチュード(M)は6.7で、震源の深さは約40キロと推定されている。地震地質学が専門の岡村真・高知大名誉教授は、今回の地震について「石狩平野には馬追丘陵から南北に延びる地域に活断層が存在すると推定されていて、震源は石狩低地東縁断層帯の東側と思われる」と分析している。震源に近い厚真町などでは家屋の倒壊や土砂崩れが発生し、生き埋めの被害も出ている。

これまで北海道では、太平洋側に延びる千島海溝でM9クラスの地震が想定され、前回の発生から約400年が経過していたことから「切迫性が高い」と警戒されていた。だが、岡村氏によると「千島海溝との関連性は低い」という。「今回は内陸で起きた地震で、規模としてはそれほど大きなものではなかった。ただ、震源が深く、石狩低地帯は地盤が弱いところが多いため、地盤災害が広がったと思われます。余震も想定されることから、土砂崩れが起きる地域に住む人は警戒を続けてほしい。また、捜索活動を続ける人も、二次災害に気をつけてほしい」(岡村氏)

さらに、被災地を混乱させているのは295万戸におよぶ道内全域の停電だ。道内の信号機はストップし、固定電話や携帯電話がつながらない地域も出ている。「2003年のニューヨーク大停電のとき、日本では複数の系統から電源を確保しているから、1つの発電所のトラブルが原因で広範囲の停電は起こりにくいシステムになっていると言われてきた。なぜ、こんなことが起きたのか。訓練も行われていなかったのか。今後、徹底した調査による原因究明が必要です」(岡村氏)

なかでも驚かされたのが、北海道電力の泊原発(泊村)で外部電源がすべて失われたことだ。泊村の震度は2。にもかかわらず、現在は非常用ディーゼル発電機で、燃料プールにある使用済み核燃料1527体の冷却を続けている。幸いにも、3基の原子炉は運転停止中だった。2011年の東京電力福島第一原発事故による大きな教訓は、大規模災害が起きても「絶対に電源を切らさないこと」だったはずだ。それがなぜ、わずか震度2で電源喪失寸前まで追い込まれたのか。

「泊原発には3系統から外部電源が供給されていますが、北電の中で3つの変電所を分けていただけと思われる。北電全体がダウンしてしまえばバックアップにならないことがわかった。今回の地震で、揺れが小さくても外部電源の喪失が起きることを実証してしまった。『お粗末』と言うしかありません」(岡村氏)

北電によると、地震発生直後に同社最大の火力発電所、苫東厚真発電所が緊急停止。電力供給の需要と供給のバランスが崩れたことで周波数の低下が起き、他の発電所も運転が止まった。苫東厚真発電所の復旧は、少なくとも1週間かかるという。泊原発の非常用ディーゼル発電は最低7日間稼働できるというが、「事故にならなくてよかった」ではすまされない。

「北電だけの問題だけではなく、監督官庁である経産省や原子力規制委員会にも責任がある。このような事態が起きることを想定して、原発施設の電源確保の仕組みをチェックしていなかったということ。これは大問題です。近づく南海トラフ地震でも、すべての火力発電のブラックアウトを想定しておくべきです」(岡村氏)

現在、発電所の再稼働に向けて作業が行われているが、電力復旧のめどは立っていない。もし、泊原発で非常用のディーゼル発電が故障などで使えなかった場合は、“最後の砦”であるガスタービン電源車に頼らざるをえなかったことになる。今回の地震は「原発への電源供給」という災害対応の“基本中の基本”に問題があったことを明らかにした。【AERA dot. 2018年9月6日

今回の大規模停電は1か所の大規模火力発電所に依存することの脆弱さが浮き彫りになった結果であり、北海道電力が設備破損による長期間の運転停止という事態を想定していなかったことなども大きな混乱を生じさせていました。このような災害に備え、電力の供給元を分散させるという意味合いから「泊原発が動いていれば全停電なんて起きなかった」という声が上がっていました。

しかし、上記の記事のとおり地震による停電で泊原発は外部電源をすべて喪失していました。非常用電源による冷却が使用済みの核燃料だけで済んだのは、運転停止中の原子炉内に核燃料がなかったためであり、逆に「泊原発が動いていなくて良かった」と言うべき事態だったようです。このような見方は原発そのものに反対、もしくは容認、それぞれの立場に関係なく、押さえておくべき事実関係だろうと考えています。

そもそも地震や津波などの災害に備えることは原発に限らず、今回の事象のように火力発電所等においても重要なことです。その際、どこまで災害の規模を想定できるのかどうかが福島第1原発事故の大きな教訓だったはずです。いみじくも現在、その事故を巡り、東電の旧経営陣の責任を問う裁判が開かれています。巨大津波は本当に「想定外」だったのかどうかが大きな争点とされています。

東京電力福島第1原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された旧経営陣の公判は16日、東京地裁(永渕健一裁判長)で被告人質問が始まった。この日は武藤栄元副社長(68)への質問があり、東日本大震災の3年前に津波対策を「先送り」したとする検察官役の指定弁護士側の主張について「専門家への検討依頼が必要な手順だった。時間稼ぎの発想は全くなかった」と否定した。他の2被告は、勝俣恒久元会長(78)と武黒一郎元副社長(72)。武藤元副社長は公判で、対策の先送りを部下に指示したとして3被告の中で最も多く名前が挙がったキーマン。

武藤元副社長は東電原子力・立地本部の副本部長だった2008年6月、政府の地震調査研究推進本部の「長期評価」(02年)に基づき、第1原発への想定津波高が「最大15・7メートル」になるとの報告を部下から受けた。被告人質問で、武藤元副社長はこの時の状況について「(試算結果を)初めて知った。唐突感があった」と回顧。「長期評価」については「(部下の)担当者が『信頼性がない』と説明しており、私も信頼性がないと思った」と述べた。

その上で、同7月に部下から追加報告を受けた際も「根拠が分からない計算結果。(専門家の)土木学会に(長期評価の信頼性を)検討してもらう進め方が妥当と考え、(部下に)『研究しよう』と言った」と説明。「会社の決定のために必要な情報を集めるプロセスだった」と強調した。起訴状によると、3被告は第1原発に大津波が襲来して事故が発生する可能性を予見できたのに、対策を怠って事故を招き、福島県大熊町の双葉病院からの長時間の避難を余儀なくされた入院患者ら44人を死亡させるなどしたとされる。【毎日新聞2018年10月16日

最大15・7メートルの津波を想定し、的確な対応を迅速にはかって欲しかったと思います。もしかしたら取り返しのつかない悲惨な原発事故を防げていたのかも知れないとも思ってしまいます。一方で、武藤元副社長らに業務上過失致死傷罪まで負わせられるのかどうかで言えばためらいがあります。現実に起きるかどうか切迫感が乏しい中、大きな経営判断を伴う対策に二の足を踏んだことも強く責められない気持ちがあります。

四国電力伊方原子力発電所3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを命じた2017年12月の仮処分決定を巡り、広島高裁(三木昌之裁判長)は25日、四国電の異議申し立てを認め、再稼働を容認する決定をした。東京電力福島第1原発事故後、高裁レベルで初めて差し止めを命じた決定が取り消されたことで、四国電は伊方原発の運転再開に向けた準備を進める。

広島高裁の野々上友之裁判長(当時)は昨年12月の決定で「阿蘇山が過去最大規模の噴火をした場合、火砕流が敷地に到達する可能性が小さいとはいえず、伊方原発の立地は不適」と指摘。広島地裁で差し止め訴訟が係争中であることも考慮し、差し止め期限を18年9月末とした。今回の異議審で四国電は「過去最大規模の噴火時でも火砕流は原発の地点に到達していない」「3号機の運用期間中に巨大噴火がある可能性は低い」と主張。住民側は「火砕流が絶対に到達していないとはいえず、火山の長期予測の手法も確立していない」などと反論していた。

3号機は15年7月、原子力規制委員会が福島第1原発事故後に定めた新規制基準に基づく審査に合格。16年8月に再稼働し、17年10月から定期検査に入ったが、同年12月の仮処分決定を受け、運転を停止している。四国電は9月中をめどに、運転再開に向けた具体的なスケジュールを決める方針。

ただ、大分地裁で28日に、3号機運転差し止めの是非を巡る仮処分決定が出る予定。差し止めが認められれば、運転再開に向けた動きは再びストップする。広島高裁の昨年の仮処分決定が18年9月末とした運転差し止め期限の延長を求めた仮処分の申し立ては広島地裁で結審しており、近く決定が出る見込み。松山地裁での差し止め却下決定を受けた高松高裁の即時抗告審と、山口地裁岩国支部への申し立ては審理が続いている。【日本経済新聞2018年9月25日

同じ広島高裁の中で、昨年12月には「火砕流が敷地に到達する可能性が小さいとはいえず、伊方原発の立地は不適」と指摘していましたが、今回は「可能性は低い」という四国電力の主張に沿った司法判断に至っています。東電の旧経営陣に対して酌量の余地を感じていましたが、このような判決に接していくと福島第1原発の事故があまり教訓化されていないのではないかと憂慮しています。

再生可能エネルギーの主力の一つの太陽光発電が、九州では13日にあふれそうになった。大停電回避のために、発電事業者とつながる送電線を九州電力が一部切り離して発電量を抑えた。離島を除き国内初で、14日も行う予定。原発4基の再稼働も背景にある。他地域でも起こりそうで、知恵を絞る時期にきている。

朝から右肩上がりで伸びるグラフが急に横ばいになった。午前11時半。九電がホームページに載せる太陽光の受け入れ量だ。出力の小さな一般家庭を除く、約2万4千件の事業者のうちの9759件を遠隔操作で送電網から切り離した。作業は午後4時までの間に行われた。午後0時半からの30分間に最も電力が余り、需要の851万キロワットに対し、1200万キロワット超の供給力があった。九電によると3分の1が原発という。九電は火力の出力を絞ったり、公的機関の調整で別の大手電力管内へ送電をしたりした。それでも電力が余り、この日は最大で43万キロワットを抑制した。一方、原発4基は通常運転を続けた。

「原発は動かすのに、再生エネを抑えるのは順序が逆だ」。約40カ所の太陽光発電所を運営する芝浦グループホールディングス(北九州市)の新地洋和社長は話す。原則、金銭的な補償はない。「抑制回数が見通せず、事業計画が立てづらい」という事業者もいる。電力は発電量と使用量のバランスが崩れると周波数が乱れ、大規模停電につながりかねない。出力抑制は国に認められている。九州では、2012年に再生エネの固定価格買い取り制度(FIT)が始まると太陽光発電の設備が急増した。出力抑制は四国でも起きる可能性がある。今年5月5日、需要の8割を太陽光が一時担った。今月27日には原発が再稼働する。【朝日新聞2018年10月14日

上記の報道内容は、原発そのものに対する評価の違いによって受けとめ方が分かれていくのかも知れません。太陽光は天候悪化や日没で供給力が急低下します。これに対し、出力が安定している原発は基幹電源の主力として欠かせない、このように見た時、容易に止めやすい太陽光のほうで調整する措置はやむを得ないと考えられていくはずです。

今回、他のサイトの記事の転載が多くなったため、いつものことながら長い記事となりました。冒頭でも述べましたが、より望ましい「答え」を見出していくためには幅広く多面的な考え方や情報に触れ合うことが大切だと考えています。事実関係を中心にまとめたブログ記事ですが、閲覧された皆さん一人ひとりの印象は様々だろうと思っています。今回、ここで一区切り付けますが、「原発の話、インデックスⅡ」を投稿する機会があった時、もう少し個人的な考え方も添えさせていただくつもりです。

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2018年10月14日 (日)

組合役員の担い手問題

今回の記事内容はローカルな問題である一方、組合役員の担い手不足は全国の多くの自治体組合でも苦慮されている問題だろうと思っています。私どもの組合の定期大会は11月9日に開かれます。それに先がけ、組合役員選挙が行なわれます。ちょうど今、新たな担い手の立候補を受け付けている最中です。

組合役員の改選期、インデックス」という記事を投稿してから4年も経っていました。それ以降も、この時期に組合役員改選期に触れた記事を必ず投稿していました。「自治労都本部大会での発言」「持続可能な組合組織に向け」「衆院選と組合役員選挙」と続き、また今年も同様な趣旨の新規記事を書き進めようとしています。

たいへん残念ながら毎年掲げている問題意識が変わらない中、現状を大きく好転させる兆しを見出せていないまま改選期を迎えています。私自身、引き続き執行委員長に立候補します。本来、同じポストに同じ人物が長く務めることは好ましい話ではありません。自治労の機関紙には「同じ人が役員を長くやると経験が豊富ゆえに組織はしっかりするが、その人がいなくなると運動が次につながらない」という声も紹介されていました。

それでも今、退任することは責任ある対応に至らず、周囲からもそのように見られていることを受けとめ、結果的に毎年、留任する判断を下してきています。組合は大事、つぶしてはいけない、そのためには担い手が必要、ここ数年、そのような思いを強めながら委員長を続けています。持続可能な組合組織に向け、組織基盤を底上げすることに力を注ぎ、沈まずに大西洋を横断できるタイタニック号に整えた上、次走者に安心して「バトン」を渡せるタイミングを強く意識しています。

今年5月に投稿した記事「組合民主主義について」に対し、一市民さんから「民主主義の基本原則には多選の制限というのもあるはずですが」と問いかけられ、「職労委員長と執行部はいったい何期やってらっしゃるのでしょうね」というコメントが寄せられていました。この問いかけに対し、私がお答えする前にベンガルさんからは次のようなコメントをお寄せいただいていました。

労働組合役員の多選を奨励するものではありませんが、「多選=民主主義ではない」とはならないかと… 多選制限を取り入れようとする動きは、地方自治体の長についてはかなり前からぎろんされていますね。権限が集中する地方自治体の長が多選により腐敗の温床になるなどの問題提起ですね。もっともそれですら、民主主義に悖るとは必ずしもなっていないように思われます。労働組合の委員長なんて、権限は集中していませんから、組合員が認めれば問題ないかと。ただ、組織の新陳代謝のためには多選ではない方がよろしいとは思います。

私からは「組合の委員長を長く続けていることは望ましいことでありません。このあたりについては毎年、組合役員の改選期前後に記しているとおりです。一般論で言えば、ベンガルさんからの説明があったとおりだと私自身も考えています」と記し、組合役員を長く続けてきた中で「組合は必要」という思いを強めているため、持続可能な組合組織に向けて責任を果たさなければと考え、毎年、思い悩みながら続けていることをお伝えしていました。

確かに労働組合の委員長が首長のように幅広い分野で大きな権限は持っていません。ただ小さいながらも当該組織の進む方向性等に対し、大きな責任や役割を持っていることも念頭に置いていかなければなりません。この責任や役割に対し、当該組織の構成員から信頼を得られないようであれば早めに身を引くことが賢明な判断なのだろうと思っています。

幸いにも多選に対して私どもの組合員の皆さんから特に批判の声は上がらず、信任投票の結果も毎回最上位を得ているため、私自身の独りよがりな問題意識ではないものと理解しています。タイタニック号を例示しましたが、沈みそうな船から船長が真っ先に逃げてしまっては批判の対象になります。船長が逃げ出したことで沈没を免れなくなってしまうようであれば、もっと大きな批判の対象になりかねません。

それでも昨年までは私自身が退けば残されたメンバーに苦労をかけますが、しっかり組織は運営されていくものと思っていました。しかし、今回は四役人事から苦慮することになり、ますます私自身の退任するという選択肢が消し飛んだ中で改選期に突入していました。ようやく四役人事だけは固まりましたが、今回ほど苦慮し、悩ましかったことはありません。この場で具体的な話は記せませんが、少しだけ感謝の思いを添えさせていただきます。

大きな病気を患いながらも前向きな姿勢で自ら執行委員だけは続ける意思を示された方、職場の課題を深刻に悩みながらも続投を決められた方、たいへんな重責だと受けとめながらも新たな任務に踏み出すことを決意された方々、本当にありがとうございます。組合役員の担い手の広がりは難しい中、お互い力を合わせて頑張っていきましょう。その上で、一人ひとりの心身の健康面にも留意した組織運営に努めていくつもりです。

ますますローカルな話になって恐縮です。これまでも明らかにしてきたことですが、組合役員を長く続けてきたこと、これからも続けることに対して自己犠牲のような気持ちは一切ありません。誰かに強要されたものではなく、その都度自分自身が判断してきたものであり、組合役員を担ったことで貴重な経験や交流を重ねられ、自己啓発の機会も数多く得られながら、やりがいのある任務だったものと振り返ることができます。

とは言え、「こんなのしか執行部になりたがらないんだから!」という言葉には感情的に反発してしまった時もあります。担っていることを否定的にとらえていませんが、やはり「なりたくて、なった訳ではない」という思いを秘めているからなのかも知れません。いずれにしても組合役員は専従者ではない限り、基本的に無報酬での活動となります。無報酬という共通項で考えた時、ボランティア活動やサークル活動を思い起こすことができます。こちらの担い手は自発的な方々が中心となり、その活動自体にやりがいや楽しさを感じ取れているはずです。

その他にPTAや自治会の活動を思い浮かべていますが、担い手の多くは任期ごとの輪番制なのだろうと思います。組合役員の担い手の選出方法として、前者のケースと後者のケースに分かれています。どちらの方法も長所があり、短所があり、いろいろ悩みを抱えているはずです。私どもの組合は前者であり、自発的に手を挙げていただける組合員を広く募っているところです。今後、後者の方法に改めることを想定した組織的な議論も必要だろうと考えています。

自治労都本部の機関紙の最新号に「単組枠超えた交流で次代の担い手の育成へ」という見出しを目にしました。ユニオンリーダーセミナーを報告した記事内容でした。セミナーでのグループワークの発表として「組合のイメージが悪い」「負担が大きい」「組合活動の成果が感じられない」という意見が示されています。このあたりが組合役員の担い手不足につながっているという提起だったようです。

このブログ「公務員のためいき」が組合のイメージアップにつながっているのかどうか自信はありません。平和の話を意図的に多く取り上げていますので、人によっては「逆にイメージを悪くしているのではないか」という指摘もあろうかと思います。それでも私自身は幅広い情報や考え方に触れていただくことで、それまでの見方を変える可能性があることも願いながら投稿を重ねています。

このような話を掘り下げていくと本題から離れながら、さらに長い記事になってしまいがちです。組合役員の担い手問題としても、もっと書き進めたい点がありますが、そろそろ一区切り付けさせていただきます。私どもの組合役員の立候補締切は17日水曜午後5時となるため、組合ニユースの裏面に掲げた「組合は大事、だから幅広く、多くの担い手が必要です!同時に貴重な経験を積める組合役員、ぜひ、手を上げてみませんか?」という呼びかけ文を当ブログの中でも紹介させていただきます。             

定期大会から定期大会までの1年間が組合役員の任期です。今年も11月9日に第73回定期大会が開かれるため、その直前に組合役員の選挙が行なわれます。詳しい日程等は選挙委員会から改めてお知らせしますが、あらかじめ組合役員、とりわけ執行委員の担い手の問題について、組合員の皆さん全体に呼びかけ、ご理解ご協力を訴えさせていただきます。

■ 執行委員長、副執行委員長2名、書記長、書記次長、執行委員が定例執行委員会の出席対象であり、様々な組合課題の進め方等を議論しています。ここ数年、執行委員会の開催は隔週水曜夕方が定着していますが、年度ごとに調整可能です。執行委員の定数は12名です。任務の重さやプライベートな時間が割かれる面もあり、執行委員の定数を満たせない現況が何年も続いています。

■ 組合員から人員アンケート等で寄せられる組合への期待は非常に大きなものがあり、よりいっそう労使交渉の大切さが高まっています。組合の責任や役割を充分に全うしていくためには日常的な組合活動を担う執行部の充実が欠かせません。逆に万が一、担い手がいなくなれば組合活動は停滞し、つぶれてしまいます。職場委員同様、職域ごとに選出する方法に切り替える他の組合もありますが、次年度に向けては従来通りの選出方法で組合役員の立候補を募っていく予定です。

■ 「たいへんだったけど、やって良かった」、現在管理職を務めている組合役員OBの皆さんも含め、よく耳にする言葉です。組合役員を担うことで、日常的な仕事だけでは経験できない貴重な機会や幅広い情報が得られます。団体交渉の場では副市長や教育長に対し、自分自身の考え方や思いを直接訴えることができます。自分の職場以外の組合員の皆さん、さらに市役所以外の方々と交流できる機会が増えます。貴重な組合費による限られた予算の範囲内とは言え、全国各地に出向く機会もあります。また、組合役員一人ひとりのアイデアや企画を形にしやすく、その成果や手応えを即時に実感できる経験を積んでいけます。何よりも組合員の皆さんから「組合があって助かりました。ありがとうございました」という声をかけられる時も少なくありません。

■ このような点について少しでも関心を持たれた方は気軽に組合役員までお声かけください。なお、こちらから個別にお話をさせていただくこともありますのでご理解ご協力よろしくお願いします。

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2018年10月 7日 (日)

子どもの貧困と社会的養護の現状

最近の記事「多様な考え方を踏まえた場として」や「横田基地にオスプレイが正式配備」のコメント欄に寄せられているご意見等を踏まえ、じっくり記事本文で取り上げたい論点が多く見受けられています。ただ最近、たいへん貴重な機会が得られ、そのことを少しでも多くの方にお知らせしたいものと思い直していました。

貴重な機会とは連合三多摩ブロック地協の政策・制度討論集会で得られていました。プロジェクトの一員として水曜の午後、休暇を取って参加した催しです。毎年、この時期に開かれ、これまで当ブログでは連合三多摩の政策・制度討論集会で得られた内容をもとに「子ども・子育て支援新制度について」「保育や介護現場の実情」「脱・雇用劣化社会」という記事を綴っていました。

三多摩の地で働き、三多摩の地で暮らす組合員の多い連合三多摩は、各自治体に向けた政策・制度要求の取り組みに力を注いでいます。今年も多岐にわたる要求書を全自治体に提出しています。その一環として討論集会を企画しているため、主催者を代表した議長挨拶は「課題認識の共有をはかるとともに政策・制度の実現に向け、運動を展開していこう」と結ばれていました。

「多摩の未来に夢を」というスローガンを掲げた政策・制度要求の取り組みについて、プロジェクトの主査から全体会の中で報告や提案がありました。224名が参加した全体会の後、二つの分科会があり、私は第1分科会「子どもが安心して暮らせる社会をめざして」の中で報告されたお話に触れることができました。

課題提起として「子どもの貧困 現状と課題~子どもたちが幸せに暮らせるために~」というテーマで「公益財団法人あすのば」の代表理事である小河光治さんからお話を伺いました。続いて事例報告として「「子どもはみんな幸せになりたくて生まれてくる」というテーマで「里親ひろば ほいっぷ」グループの代表である坂本洋子さんからのお話を伺いました。

お二人から伺ったお話は興味深く、たいへん貴重なものでした。今回、さらに貴重な機会として、それぞれのテーマに関わる当事者だった方から実際に経験してきたお話を伺うことができたことです。小河さんには「あすのば」の理事である石川昴さん、坂本洋子さんには「ほいっぷジュニア」の代表である坂本歩さんが同席され、それぞれ檀上から子どもの時の体験談を語っていただきました。

まず「あすのば」ですが、代表の小河さん自身も父親を交通事故で亡くされ、貧困にあえぐ過酷な子ども生活を送られた方でした。中学2年の時、母親から「お金がなくなった。ガス栓をひねって死のう」と言われたことがあったほどです。その後、幸いにも地域の方々の「おせっかい」などに助けられ、奨学金で大学まで卒業でき、「あしなが育英会」に就職されたそうです。

遺児だけが苦しいのではないと思い、小河さんは26年間勤務した「あしなが育英会」を退職し、2015年6月19日に子どもの貧困対策センター「あすのば」を設立しました。その日は子どもの貧困対策法成立から満2年を迎えた日でした。子ども貧困対策法は子どもの将来が生まれ育った環境に左右されないという理念のもと、小河さんらの地道な運動が後押しして成立していました。

あすのばは、「明日の場」であるとともに「US(私たち)」と「NOVA(新しい・新星)」という意味もあります。子どもたちが「ひとりぼっちじゃない」と感じてほしいという「私たち」と一緒だよという願い。そして、多くの人に子どもの貧困問題が他人事ではなく自分事に感じてほしいという「私たち」でもあります。みんながつどう「場」であってほしいですし、すべての子どもたちが明日に希望を持って、輝く新星のような人生を送ってほしいという願いも込めています。

上記は「あすのば」を紹介するサイトに掲げられた言葉です。2009年10月、厚生労働省は初めて子どもの貧困率を発表しました。14.2%という数字の高さに驚き、その年の12月に危機感を強めた小河さんらが子どもの貧困対策法の制定を提唱しました。この法律が成立し、ひとり親家庭の児童扶養手当の第2子以降の加算額の引き上げ、給付型奨学金制度の創設など多様な施策が推進されるようになっています。

貧乏で困りごとの多い場合が貧困であり、「貧へのアプローチ」は世帯の所得増や教育費の負担減などを必要とし、「困へのアプローチ」は困った時に頼れる人を増やすことの必要性が小河さんから語られていました。子どもたちが将来、経済的・精神的に自立し、幸せな人生を歩むことができる人に育てるために「この子らに世の光を」ではなく、「この子らを世の光に」とも小河さんは訴えられていました。

小河さんの後、現在「あすのば」で活動する石川さんからのお話でした。石川さんのインタビュー記事を掲げたサイトがあり、参考までにリンクをはらせていただきました。そこに記されているとおり石川さんは、父親の暴力が原因で児童養護施設に2歳から入所していました。たいへん印象に残ったお話として、子どもの頃、週末は自宅に帰られていたとのことです。

そこで父親から暴力を振るわれてしまう訳ですが、それでも「親に会いたくて、好かれたくて」毎週末帰っていたそうです。両親は離婚され、親権は父親が持ち、その父親に認められたくて勉強もスポーツも必死に頑張られていました。オリンピックをめざせるような実力を付けながら「結局、父親からは認めてもらえなかった」という言葉が物凄く重く、切なく感じました。

児童養護施設は18歳になると出なければなりません。石川さんと一緒に暮らしてきた仲間は「普通の子」ばかりだったと話されています。しかし、独り立ちしてから男性は非行に走りがちとなり、女性は「夜の仕事」を余儀なくされがちな現状を悔しそうに語られていました。石川さんは奨学金を受けて大学に進みましたが、すぐ辞めてしまったそうです。いくつもの挫折を経験し、一度は「どん底に落とされた」と話されていました。

石川さんは養護施設出身の仲間に誘われ、「あすのば」と出会いました。「俺にも居場所ってあるんだなって」と思い、そのまま貧困支援の活動に関わることになっていました。印象に残ったお話を中心にまとめているつもりですが、長い記事になりつつあります。翌週にわたった記事になるよりも、このまま「子どもはみんな幸せになりたくて生まれてくる」というテーマでの坂本洋子さんからのお話も続けさせていただきます。

保護者のいない子どもや被虐待児など家庭環境の問題から養護を必要とする児童に対し、公的な責任として養護を行なうことを社会的養護と言います。日本における社会的養護対象児童数は約4万6千人です。家族のもとで暮らせなくなった子どもを自分の家庭に迎え入れて養育する里親制度ですが、社会的養護対象児童数に対する日本の里親委託率は16.5%です。

オーストラリアの里親委託率は93.5%、アメリカやイギリスは70%台、諸外国は軒並み50%前後であり、日本の16.5%という低さが際立っていることを坂本洋子さんは問題視されています。東京都内の里親家庭は510、委託児童は440人とのことです。その里親家庭の一つとして、坂本洋子さんは1985年から里親として18人の子どもたちを育ててきています。

坂本洋子さんが用意されたパワポの画面には「傷を持つ子ども達 ・親による虐待 ・手をかけてもらっていない ・人間不信 ・育てにくい子、抱かれ下手 ・大人の都合で人生を左右されている ⇒ 子どもに全く責任はない」と記されていました。さらに「当たり前」は当たり前ではないこととして、名前に込められた意味、親と子どもの名字が違う、母子手帳(生年月日、身長、体重)、幼少時の思い出や写真、親や親戚の存在などを上げ、里親に預けられる子どもたちの境遇を語られていました。

坂本洋子さんは里親家庭の良さを次のように説明しています。子どもにとって帰れる場所があり、24時間いつも一緒で、自分の味方であり、心からほめ、真剣に叱ってくれ、わがまま(甘え)を受けとめてくれ、自分を信じてくれる存在が里親です。里親家庭がいなければ、その子は一生「パパ」「ママ」と呼ぶことはなかったかも知れないと話されていました。

里親側からすれば「たやすくはないがこの世にたった一人の大切な大人にしてもらった有難さ」を上げられていました。養育上大切にしていることとして「・甘えとわがままを見極める ・自己肯定感を高める(自己受容) ・前向きになれる言葉をシャワーのようにかける ・自分も大切 みんなも大切 ・どうなってほしいか、ではなく子どもが何をしたいか ・養育者はぶれない」という言葉を掲げられています。

坂本洋子さんの報告の後、パワポの画面は坂本家の子どもたちが水族館などに出かけた時のスナップ写真を映し出していました。小学校低学年から高学年の子どもたち、みんな楽しそうな姿でした。恵まれた家庭環境ではなかった幼い子どもたちが坂本家で普通に暮らしている姿を垣間見た写真の数々でした。この写真の後、坂本家の10番目の子どもである坂本歩さんから当事者の声を伝えていただきました。

坂本歩さんの元の名字は「山之内」でしたが、2016年9月、養子縁組によって坂本姓となっていました。ここからは歩さんと記させていただきます。歩さんは生まれてから乳児院、幼児専門の児童養護施設、児童養護施設と転々とし、小学1年の夏から里親の坂本家で生活しています。20歳まで措置延長した後も、そのまま坂本家で暮らし、現在に至っています。

給付型の奨学金を受け取ることができ、明治大学総合数理学部現象数理学科に通い、数学の教師になることをめざしているとのことです。小学生の頃は里子であることへのいじめがあり、中学や高校に進んでも「親と名字が違うことでの周りの反応」が気になったそうです。歩さんは自らの体験を振り返る中で「里子であることは悪いことではない。子どもには何の罪はない。誰から生まれてくるかより、どうやって生きていくのかが大事」と強調されていました。

それぞれのお話を通し、共通して提起されていた問題意識をまとめてみます。子ども自身が選ぶことのできない家庭環境等によって、将来の可能性が閉ざされてしまうことは、その子どもにとって理不尽で不幸な話であり、社会的な損失にもつながります。今回のような現状を伝えたことで、すぐ何か行動を期待していく訳ではありません。まず何よりも多くの方々に子どもの貧困の問題などを知ってもらい、社会的養護のあり方がどうあるべきなのかを考えて欲しい、このような思いが伝わってきたお話の数々でした。

そのため、冒頭に記したとおり今回の記事タイトルは「子どもの貧困と社会的養護の現状」とし、私自身が知り得た情報を一人でも多くの皆さんに拡散する機会とさせていただきました。実は討論集会の当日の夕方、どうしても市役所に戻らなければならず、残念ながら日野市選出の都議会議員からの事例報告「子どもが安心して暮らせる社会をめざして」や質疑討論の時間帯には参加できませんでした。関係者の皆さん、たいへん失礼致しました。

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