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2018年10月14日 (日)

組合役員の担い手問題

今回の記事内容はローカルな問題である一方、組合役員の担い手不足は全国の多くの自治体組合でも苦慮されている問題だろうと思っています。私どもの組合の定期大会は11月9日に開かれます。それに先がけ、組合役員選挙が行なわれます。ちょうど今、新たな担い手の立候補を受け付けている最中です。

組合役員の改選期、インデックス」という記事を投稿してから4年も経っていました。それ以降も、この時期に組合役員改選期に触れた記事を必ず投稿していました。「自治労都本部大会での発言」「持続可能な組合組織に向け」「衆院選と組合役員選挙」と続き、また今年も同様な趣旨の新規記事を書き進めようとしています。

たいへん残念ながら毎年掲げている問題意識が変わらない中、現状を大きく好転させる兆しを見出せていないまま改選期を迎えています。私自身、引き続き執行委員長に立候補します。本来、同じポストに同じ人物が長く務めることは好ましい話ではありません。自治労の機関紙には「同じ人が役員を長くやると経験が豊富ゆえに組織はしっかりするが、その人がいなくなると運動が次につながらない」という声も紹介されていました。

それでも今、退任することは責任ある対応に至らず、周囲からもそのように見られていることを受けとめ、結果的に毎年、留任する判断を下してきています。組合は大事、つぶしてはいけない、そのためには担い手が必要、ここ数年、そのような思いを強めながら委員長を続けています。持続可能な組合組織に向け、組織基盤を底上げすることに力を注ぎ、沈まずに大西洋を横断できるタイタニック号に整えた上、次走者に安心して「バトン」を渡せるタイミングを強く意識しています。

今年5月に投稿した記事「組合民主主義について」に対し、一市民さんから「民主主義の基本原則には多選の制限というのもあるはずですが」と問いかけられ、「職労委員長と執行部はいったい何期やってらっしゃるのでしょうね」というコメントが寄せられていました。この問いかけに対し、私がお答えする前にベンガルさんからは次のようなコメントをお寄せいただいていました。

労働組合役員の多選を奨励するものではありませんが、「多選=民主主義ではない」とはならないかと… 多選制限を取り入れようとする動きは、地方自治体の長についてはかなり前からぎろんされていますね。権限が集中する地方自治体の長が多選により腐敗の温床になるなどの問題提起ですね。もっともそれですら、民主主義に悖るとは必ずしもなっていないように思われます。労働組合の委員長なんて、権限は集中していませんから、組合員が認めれば問題ないかと。ただ、組織の新陳代謝のためには多選ではない方がよろしいとは思います。

私からは「組合の委員長を長く続けていることは望ましいことでありません。このあたりについては毎年、組合役員の改選期前後に記しているとおりです。一般論で言えば、ベンガルさんからの説明があったとおりだと私自身も考えています」と記し、組合役員を長く続けてきた中で「組合は必要」という思いを強めているため、持続可能な組合組織に向けて責任を果たさなければと考え、毎年、思い悩みながら続けていることをお伝えしていました。

確かに労働組合の委員長が首長のように幅広い分野で大きな権限は持っていません。ただ小さいながらも当該組織の進む方向性等に対し、大きな責任や役割を持っていることも念頭に置いていかなければなりません。この責任や役割に対し、当該組織の構成員から信頼を得られないようであれば早めに身を引くことが賢明な判断なのだろうと思っています。

幸いにも多選に対して私どもの組合員の皆さんから特に批判の声は上がらず、信任投票の結果も毎回最上位を得ているため、私自身の独りよがりな問題意識ではないものと理解しています。タイタニック号を例示しましたが、沈みそうな船から船長が真っ先に逃げてしまっては批判の対象になります。船長が逃げ出したことで沈没を免れなくなってしまうようであれば、もっと大きな批判の対象になりかねません。

それでも昨年までは私自身が退けば残されたメンバーに苦労をかけますが、しっかり組織は運営されていくものと思っていました。しかし、今回は四役人事から苦慮することになり、ますます私自身の退任するという選択肢が消し飛んだ中で改選期に突入していました。ようやく四役人事だけは固まりましたが、今回ほど苦慮し、悩ましかったことはありません。この場で具体的な話は記せませんが、少しだけ感謝の思いを添えさせていただきます。

大きな病気を患いながらも前向きな姿勢で自ら執行委員だけは続ける意思を示された方、職場の課題を深刻に悩みながらも続投を決められた方、たいへんな重責だと受けとめながらも新たな任務に踏み出すことを決意された方々、本当にありがとうございます。組合役員の担い手の広がりは難しい中、お互い力を合わせて頑張っていきましょう。その上で、一人ひとりの心身の健康面にも留意した組織運営に努めていくつもりです。

ますますローカルな話になって恐縮です。これまでも明らかにしてきたことですが、組合役員を長く続けてきたこと、これからも続けることに対して自己犠牲のような気持ちは一切ありません。誰かに強要されたものではなく、その都度自分自身が判断してきたものであり、組合役員を担ったことで貴重な経験や交流を重ねられ、自己啓発の機会も数多く得られながら、やりがいのある任務だったものと振り返ることができます。

とは言え、「こんなのしか執行部になりたがらないんだから!」という言葉には感情的に反発してしまった時もあります。担っていることを否定的にとらえていませんが、やはり「なりたくて、なった訳ではない」という思いを秘めているからなのかも知れません。いずれにしても組合役員は専従者ではない限り、基本的に無報酬での活動となります。無報酬という共通項で考えた時、ボランティア活動やサークル活動を思い起こすことができます。こちらの担い手は自発的な方々が中心となり、その活動自体にやりがいや楽しさを感じ取れているはずです。

その他にPTAや自治会の活動を思い浮かべていますが、担い手の多くは任期ごとの輪番制なのだろうと思います。組合役員の担い手の選出方法として、前者のケースと後者のケースに分かれています。どちらの方法も長所があり、短所があり、いろいろ悩みを抱えているはずです。私どもの組合は前者であり、自発的に手を挙げていただける組合員を広く募っているところです。今後、後者の方法に改めることを想定した組織的な議論も必要だろうと考えています。

自治労都本部の機関紙の最新号に「単組枠超えた交流で次代の担い手の育成へ」という見出しを目にしました。ユニオンリーダーセミナーを報告した記事内容でした。セミナーでのグループワークの発表として「組合のイメージが悪い」「負担が大きい」「組合活動の成果が感じられない」という意見が示されています。このあたりが組合役員の担い手不足につながっているという提起だったようです。

このブログ「公務員のためいき」が組合のイメージアップにつながっているのかどうか自信はありません。平和の話を意図的に多く取り上げていますので、人によっては「逆にイメージを悪くしているのではないか」という指摘もあろうかと思います。それでも私自身は幅広い情報や考え方に触れていただくことで、それまでの見方を変える可能性があることも願いながら投稿を重ねています。

このような話を掘り下げていくと本題から離れながら、さらに長い記事になってしまいがちです。組合役員の担い手問題としても、もっと書き進めたい点がありますが、そろそろ一区切り付けさせていただきます。私どもの組合役員の立候補締切は17日水曜午後5時となるため、組合ニユースの裏面に掲げた「組合は大事、だから幅広く、多くの担い手が必要です!同時に貴重な経験を積める組合役員、ぜひ、手を上げてみませんか?」という呼びかけ文を当ブログの中でも紹介させていただきます。             

定期大会から定期大会までの1年間が組合役員の任期です。今年も11月9日に第73回定期大会が開かれるため、その直前に組合役員の選挙が行なわれます。詳しい日程等は選挙委員会から改めてお知らせしますが、あらかじめ組合役員、とりわけ執行委員の担い手の問題について、組合員の皆さん全体に呼びかけ、ご理解ご協力を訴えさせていただきます。

■ 執行委員長、副執行委員長2名、書記長、書記次長、執行委員が定例執行委員会の出席対象であり、様々な組合課題の進め方等を議論しています。ここ数年、執行委員会の開催は隔週水曜夕方が定着していますが、年度ごとに調整可能です。執行委員の定数は12名です。任務の重さやプライベートな時間が割かれる面もあり、執行委員の定数を満たせない現況が何年も続いています。

■ 組合員から人員アンケート等で寄せられる組合への期待は非常に大きなものがあり、よりいっそう労使交渉の大切さが高まっています。組合の責任や役割を充分に全うしていくためには日常的な組合活動を担う執行部の充実が欠かせません。逆に万が一、担い手がいなくなれば組合活動は停滞し、つぶれてしまいます。職場委員同様、職域ごとに選出する方法に切り替える他の組合もありますが、次年度に向けては従来通りの選出方法で組合役員の立候補を募っていく予定です。

■ 「たいへんだったけど、やって良かった」、現在管理職を務めている組合役員OBの皆さんも含め、よく耳にする言葉です。組合役員を担うことで、日常的な仕事だけでは経験できない貴重な機会や幅広い情報が得られます。団体交渉の場では副市長や教育長に対し、自分自身の考え方や思いを直接訴えることができます。自分の職場以外の組合員の皆さん、さらに市役所以外の方々と交流できる機会が増えます。貴重な組合費による限られた予算の範囲内とは言え、全国各地に出向く機会もあります。また、組合役員一人ひとりのアイデアや企画を形にしやすく、その成果や手応えを即時に実感できる経験を積んでいけます。何よりも組合員の皆さんから「組合があって助かりました。ありがとうございました」という声をかけられる時も少なくありません。

■ このような点について少しでも関心を持たれた方は気軽に組合役員までお声かけください。なお、こちらから個別にお話をさせていただくこともありますのでご理解ご協力よろしくお願いします。

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2018年10月 7日 (日)

子どもの貧困と社会的養護の現状

最近の記事「多様な考え方を踏まえた場として」や「横田基地にオスプレイが正式配備」のコメント欄に寄せられているご意見等を踏まえ、じっくり記事本文で取り上げたい論点が多く見受けられています。ただ最近、たいへん貴重な機会が得られ、そのことを少しでも多くの方にお知らせしたいものと思い直していました。

貴重な機会とは連合三多摩ブロック地協の政策・制度討論集会で得られていました。プロジェクトの一員として水曜の午後、休暇を取って参加した催しです。毎年、この時期に開かれ、これまで当ブログでは連合三多摩の政策・制度討論集会で得られた内容をもとに「子ども・子育て支援新制度について」「保育や介護現場の実情」「脱・雇用劣化社会」という記事を綴っていました。

三多摩の地で働き、三多摩の地で暮らす組合員の多い連合三多摩は、各自治体に向けた政策・制度要求の取り組みに力を注いでいます。今年も多岐にわたる要求書を全自治体に提出しています。その一環として討論集会を企画しているため、主催者を代表した議長挨拶は「課題認識の共有をはかるとともに政策・制度の実現に向け、運動を展開していこう」と結ばれていました。

「多摩の未来に夢を」というスローガンを掲げた政策・制度要求の取り組みについて、プロジェクトの主査から全体会の中で報告や提案がありました。224名が参加した全体会の後、二つの分科会があり、私は第1分科会「子どもが安心して暮らせる社会をめざして」の中で報告されたお話に触れることができました。

課題提起として「子どもの貧困 現状と課題~子どもたちが幸せに暮らせるために~」というテーマで「公益財団法人あすのば」の代表理事である小河光治さんからお話を伺いました。続いて事例報告として「「子どもはみんな幸せになりたくて生まれてくる」というテーマで「里親ひろば ほいっぷ」グループの代表である坂本洋子さんからのお話を伺いました。

お二人から伺ったお話は興味深く、たいへん貴重なものでした。今回、さらに貴重な機会として、それぞれのテーマに関わる当事者だった方から実際に経験してきたお話を伺うことができたことです。小河さんには「あすのば」の理事である石川昴さん、坂本洋子さんには「ほいっぷジュニア」の代表である坂本歩さんが同席され、それぞれ檀上から子どもの時の体験談を語っていただきました。

まず「あすのば」ですが、代表の小河さん自身も父親を交通事故で亡くされ、貧困にあえぐ過酷な子ども生活を送られた方でした。中学2年の時、母親から「お金がなくなった。ガス栓をひねって死のう」と言われたことがあったほどです。その後、幸いにも地域の方々の「おせっかい」などに助けられ、奨学金で大学まで卒業でき、「あしなが育英会」に就職されたそうです。

遺児だけが苦しいのではないと思い、小河さんは26年間勤務した「あしなが育英会」を退職し、2015年6月19日に子どもの貧困対策センター「あすのば」を設立しました。その日は子どもの貧困対策法成立から満2年を迎えた日でした。子ども貧困対策法は子どもの将来が生まれ育った環境に左右されないという理念のもと、小河さんらの地道な運動が後押しして成立していました。

あすのばは、「明日の場」であるとともに「US(私たち)」と「NOVA(新しい・新星)」という意味もあります。子どもたちが「ひとりぼっちじゃない」と感じてほしいという「私たち」と一緒だよという願い。そして、多くの人に子どもの貧困問題が他人事ではなく自分事に感じてほしいという「私たち」でもあります。みんながつどう「場」であってほしいですし、すべての子どもたちが明日に希望を持って、輝く新星のような人生を送ってほしいという願いも込めています。

上記は「あすのば」を紹介するサイトに掲げられた言葉です。2009年10月、厚生労働省は初めて子どもの貧困率を発表しました。14.2%という数字の高さに驚き、その年の12月に危機感を強めた小河さんらが子どもの貧困対策法の制定を提唱しました。この法律が成立し、ひとり親家庭の児童扶養手当の第2子以降の加算額の引き上げ、給付型奨学金制度の創設など多様な施策が推進されるようになっています。

貧乏で困りごとの多い場合が貧困であり、「貧へのアプローチ」は世帯の所得増や教育費の負担減などを必要とし、「困へのアプローチ」は困った時に頼れる人を増やすことの必要性が小河さんから語られていました。子どもたちが将来、経済的・精神的に自立し、幸せな人生を歩むことができる人に育てるために「この子らに世の光を」ではなく、「この子らを世の光に」とも小河さんは訴えられていました。

小河さんの後、現在「あすのば」で活動する石川さんからのお話でした。石川さんのインタビュー記事を掲げたサイトがあり、参考までにリンクをはらせていただきました。そこに記されているとおり石川さんは、父親の暴力が原因で児童養護施設に2歳から入所していました。たいへん印象に残ったお話として、子どもの頃、週末は自宅に帰られていたとのことです。

そこで父親から暴力を振るわれてしまう訳ですが、それでも「親に会いたくて、好かれたくて」毎週末帰っていたそうです。両親は離婚され、親権は父親が持ち、その父親に認められたくて勉強もスポーツも必死に頑張られていました。オリンピックをめざせるような実力を付けながら「結局、父親からは認めてもらえなかった」という言葉が物凄く重く、切なく感じました。

児童養護施設は18歳になると出なければなりません。石川さんと一緒に暮らしてきた仲間は「普通の子」ばかりだったと話されています。しかし、独り立ちしてから男性は非行に走りがちとなり、女性は「夜の仕事」を余儀なくされがちな現状を悔しそうに語られていました。石川さんは奨学金を受けて大学に進みましたが、すぐ辞めてしまったそうです。いくつもの挫折を経験し、一度は「どん底に落とされた」と話されていました。

石川さんは養護施設出身の仲間に誘われ、「あすのば」と出会いました。「俺にも居場所ってあるんだなって」と思い、そのまま貧困支援の活動に関わることになっていました。印象に残ったお話を中心にまとめているつもりですが、長い記事になりつつあります。翌週にわたった記事になるよりも、このまま「子どもはみんな幸せになりたくて生まれてくる」というテーマでの坂本洋子さんからのお話も続けさせていただきます。

保護者のいない子どもや被虐待児など家庭環境の問題から養護を必要とする児童に対し、公的な責任として養護を行なうことを社会的養護と言います。日本における社会的養護対象児童数は約4万6千人です。家族のもとで暮らせなくなった子どもを自分の家庭に迎え入れて養育する里親制度ですが、社会的養護対象児童数に対する日本の里親委託率は16.5%です。

オーストラリアの里親委託率は93.5%、アメリカやイギリスは70%台、諸外国は軒並み50%前後であり、日本の16.5%という低さが際立っていることを坂本洋子さんは問題視されています。東京都内の里親家庭は510、委託児童は440人とのことです。その里親家庭の一つとして、坂本洋子さんは1985年から里親として18人の子どもたちを育ててきています。

坂本洋子さんが用意されたパワポの画面には「傷を持つ子ども達 ・親による虐待 ・手をかけてもらっていない ・人間不信 ・育てにくい子、抱かれ下手 ・大人の都合で人生を左右されている ⇒ 子どもに全く責任はない」と記されていました。さらに「当たり前」は当たり前ではないこととして、名前に込められた意味、親と子どもの名字が違う、母子手帳(生年月日、身長、体重)、幼少時の思い出や写真、親や親戚の存在などを上げ、里親に預けられる子どもたちの境遇を語られていました。

坂本洋子さんは里親家庭の良さを次のように説明しています。子どもにとって帰れる場所があり、24時間いつも一緒で、自分の味方であり、心からほめ、真剣に叱ってくれ、わがまま(甘え)を受けとめてくれ、自分を信じてくれる存在が里親です。里親家庭がいなければ、その子は一生「パパ」「ママ」と呼ぶことはなかったかも知れないと話されていました。

里親側からすれば「たやすくはないがこの世にたった一人の大切な大人にしてもらった有難さ」を上げられていました。養育上大切にしていることとして「・甘えとわがままを見極める ・自己肯定感を高める(自己受容) ・前向きになれる言葉をシャワーのようにかける ・自分も大切 みんなも大切 ・どうなってほしいか、ではなく子どもが何をしたいか ・養育者はぶれない」という言葉を掲げられています。

坂本洋子さんの報告の後、パワポの画面は坂本家の子どもたちが水族館などに出かけた時のスナップ写真を映し出していました。小学校低学年から高学年の子どもたち、みんな楽しそうな姿でした。恵まれた家庭環境ではなかった幼い子どもたちが坂本家で普通に暮らしている姿を垣間見た写真の数々でした。この写真の後、坂本家の10番目の子どもである坂本歩さんから当事者の声を伝えていただきました。

坂本歩さんの元の名字は「山之内」でしたが、2016年9月、養子縁組によって坂本姓となっていました。ここからは歩さんと記させていただきます。歩さんは生まれてから乳児院、幼児専門の児童養護施設、児童養護施設と転々とし、小学1年の夏から里親の坂本家で生活しています。20歳まで措置延長した後も、そのまま坂本家で暮らし、現在に至っています。

給付型の奨学金を受け取ることができ、明治大学総合数理学部現象数理学科に通い、数学の教師になることをめざしているとのことです。小学生の頃は里子であることへのいじめがあり、中学や高校に進んでも「親と名字が違うことでの周りの反応」が気になったそうです。歩さんは自らの体験を振り返る中で「里子であることは悪いことではない。子どもには何の罪はない。誰から生まれてくるかより、どうやって生きていくのかが大事」と強調されていました。

それぞれのお話を通し、共通して提起されていた問題意識をまとめてみます。子ども自身が選ぶことのできない家庭環境等によって、将来の可能性が閉ざされてしまうことは、その子どもにとって理不尽で不幸な話であり、社会的な損失にもつながります。今回のような現状を伝えたことで、すぐ何か行動を期待していく訳ではありません。まず何よりも多くの方々に子どもの貧困の問題などを知ってもらい、社会的養護のあり方がどうあるべきなのかを考えて欲しい、このような思いが伝わってきたお話の数々でした。

そのため、冒頭に記したとおり今回の記事タイトルは「子どもの貧困と社会的養護の現状」とし、私自身が知り得た情報を一人でも多くの皆さんに拡散する機会とさせていただきました。実は討論集会の当日の夕方、どうしても市役所に戻らなければならず、残念ながら日野市選出の都議会議員からの事例報告「子どもが安心して暮らせる社会をめざして」や質疑討論の時間帯には参加できませんでした。関係者の皆さん、たいへん失礼致しました。

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