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2018年7月28日 (土)

ギャンブル依存症の対策

気象庁は「命に危険があるような暑さで災害と認識している」とし、熱中症予防の必要性を強く訴え続けています。今では信じられないことですが、かつて運動部の活動中は真夏でも「水を飲むな」と言われていました。少し前までは就寝の際、冷房を朝まで付け放しにしておくことが、あまり推奨されていませんでした。このように今までの常識が時とともに変わっていく事例は数多くあります。

さて、競輪、地方競馬、ボートレース(競艇)、オートレース、この4種類の公営競技事業に従事する皆さんらは1961年に独自な産別組織として全国競走労働組合(全競労)を設立していました。単位組合の連合体だった全競労は組合員数減少の影響を踏まえ、2002年に自治労と組織統合しています。

私どもの自治体は競輪事業を営んでいます。そのため、私が所属する市職労と競輪労組の皆さんとは昔から友好的な関係を築いてきています。さらに同じ自治労の一員となってからは、よりいっそう連携を強めながら様々な課題に対処してきています。これまで「減収に苦しむ公営競技事業」「競輪労組の大きな成果」という記事を投稿し、その一端を紹介していました。

前回の記事は「カジノ法案が成立」でした。上記のような関係性がある自治体職員の一人として、機会があればギャンブル依存症の問題にも触れてみたい旨を前回記事の中に書き残していました。nagiさんからは前回記事を投稿した意図のお尋ねがありました。その問いかけにもお答えする機会としながら、さっそく今回の記事を通してギャンブル依存症の問題を取り上げてみることにしました。

まず前回の記事が単なる政権批判の内容だったのかどうかという補足です。西日本豪雨災害に見舞われた直後、国民の多くが反対している法案の成立を急いだことに関しては疑問を抱いています。その点で言えば今回の政権与党の判断を批判していたことになります。しかし、とにかく安倍政権を批判したいため、カジノ法案の審議のあり方などに疑義を示していた訳ではありません。

このブログでは安倍政権を批判的に論評することが多いため、「カジノ法案が成立」という記事も政権を批判するための記事内容だと理解されてしまったのかも知れません。逆な見方として支持している安倍政権だから、参院定数を6増とする公職選挙法改正案やカジノ法案に対する審議の進め方などに疑問を示さないという方がいた場合、それはそれで問題だろうと思っています。

いつも訴えていることですが、「誰が」や「どの政党が」という主語を外し、取沙汰されている案件の正否を判断していくことが大事な心得だと考えています。実際、IRやカジノの是非について民主党政権の時にも検討が加えられていました。その頃から民主党内も含め、カジノの合法化に対する賛否は分かれていました。今回のカジノ法案に関しても同様であり、自民党の山本一太参院議員は「成長戦略としては極めて筋の悪いカジノ法」などとご自身のブログの中で酷評されていました。

賛否が分かれているどころか、世論調査で先日閉幕した国会中にカジノ法案を成立させるべきかどうか尋ねたところ「必要ない」が76%に及んでいました。場合によって世論調査の動きに左右されず、国会が急いで判断しなければならない事例もあろうかと思います。しかし、カジノ法案がそのような性格のものなのか、まして西日本豪雨災害に見舞われた直後に国民との合意形成を置き去りにしたまま強行すべき法案だったのか、個人的には強く疑問に思っています。

加えて、個々の振る舞いに対する評価と内閣支持率との「ネジレ」を感じてしまいがちな点を前回記事の中で記しています。この言葉の底意は野党側の不甲斐なさを憂慮しながら、もっと多くの国民から期待される対抗軸になって欲しいという願いを込めています。最後に記した「来年の選挙戦のころには批判は消えている」という有権者が見下された言葉を忘れないためにも、という言葉の意味合いも補足させていただきます。

与党側の驕りや不誠実さを表わした不遜な言葉ですが、今回のカジノ法案に限らず、私たち国民はその時々に問題視した出来事を忘れないようにすべきという自省を込めた意味合いでもありました。長い文章で説明することで逆に分かりづらくしている傾向があるかも知れません。端的に表現すれば、前回記事を投稿した意図はカジノ法案自体の正否よりも、個別課題に対する民意を軽視した与党側の国会運営を疑問視したものです。

「取り沙汰されている案件の正否を判断していくことが大事」と言いながら、結局、法案の中味を二の次にした「政権批判のための批判ではないか」という指摘を受けてしまうのかも知れません。分かりづらい説明で恐縮ですが、安倍政権だから「批判ありき」という意識はありません。どのような政党の政権だったとしても「不人気な法案だから説明が不足していても大型選挙から離れたタイミングで成立させてしまおう」という振る舞いに対しては強く疑問視していくつもりです。

以上のような問題意識を前面に出した上、カジノを合法化するのであれば次のような論点の掘り下げが不足しているものと考えていました。公営ギャンブルの違法性を阻却している8要件のような位置付けが不明確な点を指摘し、すでに合法化されているギャンブルにカジノが一つ加わるだけという見方に疑問を示した記事内容を綴っていました。既存のギャンブルとカジノとの対比を表現するため、「持って行ったお金がなくなり、自分の預金をATMから引き出さない限り、負けたら終わり」とも記していました。

この記述に対しては現状でも「自分のお金以外にいくらでも借りられる」という指摘を受けています。前段に紹介した大王製紙の井川前会長の言葉を踏まえ、「負けたら終わり」と表現していました。確かに現状でも身の丈以上に借金を重ねている方々が多いのだろうと思っています。ただカジノ法案で、事業者自身が利用客に直接賭け金を貸し付けられる仕組みを取り入れた点は従来の合法ギャンブルと一線を画しています。

前回記事を閲覧した組合員から「日本人は一定の預託金をカジノ事業者に預けないと借りられないようですよ」という情報提供がありました。貸金業法は返済能力を考慮し、利用者の借入金額を年収の3分の1に制限しています。それに対し、カジノの貸付は貸金業法の規制対象外となります。とは言え、その組合員はカジノ事業者も「貸し倒れになりそうな相手には必要以上に貸さないのではないですか」と指摘されていました。

確かにその通りです。ただ預託金の額は法成立後、カジノ管理委員会規則で定めることになります。額の設定次第では、借金ができる層が広がります。事業者は信用機関を通じて利用者の資産などを調査し、返済可能とみられる額を個々に設定でき、貸付金の額は預託金の額とは無関係に決められる見通しです。仮に年金収入しかない高齢者でも、退職金などのまとまった資産があれば、事業者が多額の賭け金を貸し付ける可能性もあります。

リスクの可能性を指摘していけば切りがありませんが、カジノ合法化が新たなギャンブル依存症の懸念を生じさせていることも間違いありません。そのような懸念を最小化し、カジノが解禁された後、いろいろ懸念したことが「杞憂だった」と安堵させるような手立てを講じていくことが政治の責任だろうと考えています。もともとギャンブル依存症の問題は深刻だったため、カジノ法案によって依存症対策の切実さが焦点化されたことは望ましい動きだったものと受けとめています。

その一つとして、カジノ法案に先立ちギャンブル等依存症対策基本法が成立しています。ここで改めて私自身のギャンブルに対する認識を説明させていただきます。実生活においてマージャンは昔からの趣味とし、今でも馴染みの人たちと交流をはかっています。JRAから地方競馬、競輪、ボートレース、totoまで、インターネットから購入できる環境を整えています。頻繁に利用しているのはJRAだけですが、それもローリスク・ハイリターンとなる楽しみ方に徹しています。

幸いにも依存症にまで至ったことはありませんが、「負けたら、負けた分を取り戻したい」という気持ちはよく分かります。いずれにしてもギャンブルそのものを害悪だと決め付けていません。以前の記事「減収に苦しむ公営競技事業」に記していましたが、連合地区協の政策要請書の中には「オリンピックの種目となっている競輪のイメージアップに努め、幅広い層をひき付けるための一つの集客施設への転換をめざすこと」という一文を掲げる立場です。

同じ記事の中で、組合機関誌のクイズの一つに「競輪グランプリ」という設問があったことで組合員からお叱りを受けた話を紹介していました。時は流れ、今、職場のイントラネットを通して競輪の開催をPRするチラシ等が掲げられています。公営競技事業を担当する部署の職員が全職員に向けて宣伝しているものです。このようなPRに対し、「ギャンブルを薦めているようであり、納得いかない」という批判の声は耳にしていません。

冒頭に記した通り「今までの常識が時とともに変わっていく事例」の一つとして数えられる話なのかも知れません。それでも私どもの市の特殊事情から許された話でもあり、まだまだギャンブルに対する視線は厳しいものがあるようです。自治労都本部の青年部が平和島競艇場を紹介するイベントを9月に企画しています。私どもの組合員に向けて組合ニュースを通して案内するかどうか直近の執行委員会で議論になり、やはりギャンブルに絡むイベントを宣伝することに懐疑的な意見も示されています。

アルコールやタバコも合法化されている嗜好品ですが、度が過ぎると健康を害します。アルコール中毒になると家庭生活そのものを壊すリスクまであります。ギャンブルも同様です。自制心を持って楽しむのであれば何も問題はないはずです。言うまでもありませんが、闇の資金源となる野球賭博などとは一線を画して論じています。これまで日本社会でカジノは闇の中でしたが、今回の法案成立によって合法化されたのですから公営ギャンブルと同じ視点で論じていかなければなりません。

「ギャンブル依存症の対策」という記事タイトルを付けながら、具体策の話に入る前の内容が相当な長さとなりました。記事タイトルをそのままとするためにも、もう少し続けさせていただきます。ギャンブル等依存症策基本法の第1条で、ギャンブル依存症は「日常生活及び社会生活に様々な問題を生じさせるおそれのある疾患」とし、その対策のために国や自治体の責務を明らかにすることを目的としています。今後、都道府県がギャンブル等依存症対策推進基本計画を策定し、具体的な施策を検討していくことになります。

まだ基本法ですので理念的な内容にとどまっていますが、ギャンブル依存症の対策に向けて国としての一歩を踏み出したものと評価できます。正式な法律名に「等」が入っている訳は前回記事でも説明した通りパチンコやパチスロは「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」上の遊技であってギャンブル(賭博)ではないためです。マージャンも遊技であり、その遊び方やパチンコの景品買取システムなどは社会通念上の幅の中で認められる範囲があるようです。

前回記事の中でも繰り返していた問題意識ですが、カジノ法案の動きに関わらず、ギャンブル依存症の対策は求められていました。バランス良い食事を啓発していても、高血圧や糖尿病になる人が必ずいます。仮に法律で禁止すれば闇が横行することになるのかも知れません。完璧な防止策は難しく、ギャンブル依存症になる人は必ず現れることを前提に対策を講じていかなければなりません。

依存症は「否認の病」と言われ、本人にギャンブル依存症であることを自覚させることが容易ではありません。そのため、家族がいる場合、まず家族にギャンブル依存症に対する理解を深めてもらい、家族を支援していくことが欠かせないようです。本人が病気であることを自覚した後は専門の医療機関に受診し、同じ悩みを抱える人たちが相互に支え合う自助グループに参加することも必要です。

家族が借金の肩代わりすることは本人の立ち直りの機会を奪ってしまうと言われています。このような話はネット上の多くのサイトから確認でき、ギャンブル依存症を考える会の田中紀子代表の『「まるで覚せい剤のよう…」 どっぷりハマった夫婦の実話』などを参考にしながら綴っています。最後に、消費者庁のサイト『ギャンブル等依存症でお困りの皆様へ』の「本人にとって大切なこと」の一番目に掲げられた言葉を紹介させていただきます。

小さな目標を設定しながら、ギャンブル等をしない生活を続けるよう工夫し、ギャンブル等依存症からの「回復」、そして「再発防止」へとつなげていきましょう(まずは今日一日やめてみましょう)。

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コメント

結局、ギャンブル依存症対策が必要ということでよろしいでしょうか?

さて、朝日新聞の紙面に連日のように書かれていたのは、国会運営における与党の強行採決は少数意見を無視した民主主義の崩壊であるという主張でした。
その一方で、今回のIR法は国民の76%が必要無いとう統計があるのに、それを無視して成立させることはけしからんともいう。

はて、24%以下ということにはなりますが、IR法に賛成している少数意見は無視なんですか?
そもそも、国会は国で唯一の立法機関であり、言論の府ではないですけれどね。

結局、常に自分たちの主張に都合のいいことしか言わない。あれほど、依存症対策が整っていないIR法は反対と言っている朝日新聞の紙面で、パチンコを禁止にすべきと書いてあるのを見た記憶はありませんよ。
依存症に関連する団体の言葉もよく載っていましたが、そういった活動をしている団体が、パチンコの依存症に取り組んでいないわけはないと思われます。ここでも、都合よく一部の言葉しか引用していませんね。

水と油は交わらない。これ、自然の摂理です。この場も、結局は水と油の場であるが故に、永遠に交わることはない。それが私の結論。

まぁ、それぞれが言いたいことを自由に言い合えるという点では、良い場であると思っています。その中でも、投稿者が最低限のルールは守りながら、荒れることなく運営できているのは管理人さんの人柄が成せる業ですかね。

投稿: 下っ端 | 2018年7月28日 (土) 15時43分

下っ端さん、コメントありがとうございました。

少し前の記事「組合民主主義について」の中で少数意見の尊重に対して次のように記していました。「重要な点は多数派が少数意見にも耳を傾け、必要な見直しをはかりながら合意形成をはかることです」という記述です。

今回のカジノ法案や公職選挙法改正案は国民の中での多数意見も尊重せず、押し切っています。もっと好ましくないという意味で批判の仕方が矛盾しているようには感じませんが、人によって受けとめ方が異なるようです。

荒れることのない運営を評価いただき、ありがとうございます。これも下っ端さんをはじめ、コメント欄常連の皆さんのご理解ご協力のおかげだと感謝しています。

私自身にとっても今回寄せられたコメントのように幅広い見方や感想に触れられることについて、たいへん貴重な場だと思っています。基本的なとらえ方が分かれる場面も増えているようですが、ぜひ、これからもお時間等が許される際、コメント願えれば幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2018年7月28日 (土) 20時48分

依存症は本当に怖いものです。対策が進むことを望んで
おります。

依存症を前面に押し出して反対すると、既存のギャンブル
にも批判が殺到しますね。それを考慮すると、依存症を
問題としてカジノを責めるのは難しい。よって成立する
までの流れを批判することになります。

>カジノ法案自体の正否よりも、個別課題に対する民意を軽視した与党側の国会運営を疑問視したものです。

OTSU氏は否定されるかもしれませんが、私から見れば
発言内容を修正したなと受け止めています。国会議員でも
よく発言修正をするので特に問題はなく、政権を批判する
ことも全く問題はありません。
無理筋な批判より、筋の通った批判のほうが聞く耳を持て
ると思ったしだいでした。

そういえば最近はモリカケばかりで平和安全法制について
あまり聞きませんね。やはり時間がたてば忘れてしまうの
はしかたありませんし、肝心の野党がもう興味を無くした
ようなのでしかたありませんね。

投稿: nagi | 2018年8月 1日 (水) 12時11分

最近、LGBT問題に関する発言で自民党の国会議員がバッシ
ングされているのを見て思ったのですが、バッシングして
る側には本当に差別意識が無いのか?と言う疑問です。

例えば、大阪の阿倍野区で知的障害者向け施設や、京都の
薬物患者支援施設の反対運動を見てると、本当の本年は
どう思っているのか。

日本でもいわゆるポリコレがうるさく言われ始めていま
すね。結局は人目があるところではきれいごとを言って
本音はどう思ってるのか。すぐに差別だと言って相手を
攻撃し、議論をさせないように封じた結果がトランプ
大統領の誕生を促したように思えます。

日本はどのような道をたどるのでしょうか。

>https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/072600152/

参照の記事を紹介しときます。

投稿: nagi | 2018年8月 3日 (金) 16時41分

こんばんは。
結局、”仲間の既得権益は守る”という事ですか。
どのようにして、ギャンブル依存症を減らすか、などの具体策がまったく語られていませんね。

町の駅前にあって誰でも簡単に入り、ギャンブルが出来る事をおかしいと思いませんか?

投稿: す33 | 2018年8月 3日 (金) 22時39分

nagiさん、す33さん、コメントありがとうございました。

ギャンブルに対する認識は過去の記事にも綴っていた通りであり、私自身が何を問題視していたのかは前回と今回の記事の内容の通りです。

>結局、”仲間の既得権益は守る”という事ですか。

したがって、このような問いかけには戸惑うだけです。特に競輪事業に対する思いも上記の通りです。常に取り沙汰されるパチンコについて廃止すべきという考えはありません。今回、合法化されたカジノと同様、健全な楽しみ方が大切であり、そのための依存症対策の深化を期待している立場です。

投稿: OTSU | 2018年8月 4日 (土) 06時44分

>依存症対策の深化を期待している立場です

では、そのことだけ書けばよいのでは。
なぜ、いつも政権の話を混ぜるのですか?
故に、政権批判なのか、何なんのか、よくわからなくなる。

少なくとも、「安倍政権への批判を大いに含めた、依存症対策の深化を期待している立場です」が正しいと思われます。

投稿: 下っ端 | 2018年8月 4日 (土) 19時33分

下っ端さん、コメントありがとうございました。

たいへん恐縮ながら私からすれば「なぜ、そのような問いかけになるのか」残念なことです。すでに私自身の考えは記しているとおりであり、「個別課題に対する民意を軽視した与党側の国会運営を疑問視」したものです。その上でギャンブル依存症に対する問題意識も綴っています。

ネットを介した議論の難しさをはじめ、基本的な視点が異なる方との悩ましさを改めて感じる機会となっています。しかし、いつも申し上げていることですが、このような主張に対し、下っ端さんのような反応を示される方がいらっしゃるということを知り得る機会としての貴重さには感謝しています。

もしかしたら、このようなレスは不遜な印象を与えてしまうのかも知れません。ただ私自身の正直な思いですので、ぜひ、これからも何か気になる点が目に付きましたらお気軽にコメントをお寄せいただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2018年8月 5日 (日) 06時58分

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