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2018年6月 2日 (土)

言うべきことが言える組織の大切さ

前回の記事「組合民主主義について」は、前々回記事「等身大の組合活動として」に寄せられていた問いかけに答えることを目的に投稿していました。難しい問いかけや重要な論点が示されている場合、記事本文を通して対応するように努めています。前回、主に下っ端さんからの問いかけや指摘に対し、私自身が考えていることを改めて綴らせていただきました。

このブログは土曜日、もしくは日曜日に更新しています。記事の内容によっては更新した直後、日曜の夜のうちに複数の方からコメントが寄せられています。前回記事を投稿した後、現時点までに残念ながら下っ端さんからのコメントは寄せられていません。前回記事の内容を下っ端さんがどのように受けとめられたのか、率直な思いとして非常に興味がありました。

記事の内容に納得され、特に指摘すべき点がなくなったのか、あまりにご自身の「答え」からかけ離れていたため、あきれて告げるべき言葉を失っているのかどうか分かりません。過去の経験から前者である可能性は極めて少ないように思っています。もしかしたら何か他の事情からコメントするタイミングを逸していることも考えられます。

いずれにしても自分自身の「答え」の正しさを確信されている方にとって、その「答え」から程遠い内容の説明は容易に理解できないものとなります。お互い分かり合うことができるパターンとして、どちらかが相手側の「答え」の正しさを全面的に認めるか、お互いが納得できる新しい「答え」を見出せた時に限られます。

公務員組合の政治活動への関わり方について、下っ端さんと私自身の「答え」は平行線のままなのだろうと思っています。必ず「答え」を一つに絞らなければならない場面だった場合、引き続き徹底的に議論していかなければなりません。最終的に多数決など何らかの決める手段を取り入れることも必要です。

しかし、このブログの場面では「答え」を一つに絞ることを目的としていません。私自身は記事本文を通し、私自身が正しいと信じている「答え」を不特定多数の皆さんに発信しています。その「答え」が誤りだと考える方々からはコメント欄を通し、それぞれの言葉でご意見や多様な情報を提供いただいています。このような関係性の中で、閲覧されている皆さんが、それぞれの言葉をどのように受けとめられるのかどうかだろうと考えています。

このあたりは以前の記事「このコメント欄の限界と可能性」を通して詳しく綴っていました。過度な期待や思い入れを慎みながらも、幅広い立場や視点からの説得力ある主張は、閲覧されている皆さんの考え方や実生活での振る舞いにも影響を与えていく可能性があることも信じています。もちろん私自身の言葉がそのような影響を与えられれば何よりなことですが、それこそ過度な願望は抱かずに背伸びせず当ブログと向き合っています。

前々回記事のコメント欄では、KEIさんから「幸いなことに、OTSUさんは気に食わないコメントだからって削除したりはしないお方です」とし、ヴォルテールの名言「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」まで紹介されながら「言論の自由の原則が守られていることを高く評価し、また感謝しています」という過分な言葉を頂戴していました。

確かにいろいろな「答え」を認め合った場として長く続けているブログですので、寄せられたコメントは即時に反映され、明らかなスパムではない限り削除することも想定していません。私自身に対しては「暖簾に腕押し」感を強められる方が多いのかも知れませんが、ぜひ、不特定多数の皆さんを意識したパネルディスカッションのような位置付けであることのご理解をいただければ幸いです。

以上のような場であることを踏まえた上、コメント投稿するかどうかは当たり前な話ですが、閲覧されている方々、個々の自由な選択や判断となります。 その上で私自身、幅広いご意見を伺えることの貴重さを重視しているため、一人でも多くの方からコメントをいただけることを願っています。私の「答え」が変わらないことにさじを投げ、コメント欄から離れて行かれた方々も出入り自由な場として、機会がありましたら再び貴重なご意見等を伺えることを心待ちしています。

さて、今回の記事タイトルは「言うべきことが言える組織の大切さ」としています。前回記事の冒頭に「連日、注目すべきニュースや話題がメディアから伝えられています。このブログにとって、いろいろな思いを託しながら新規記事につなげられる題材が目白押しの昨今だと言えます」と記していました。事実関係は一つなのでしょうが、関係者の主張が大きく食い違う場面の多さを指摘し、次のような言葉につなげていました。

遠慮や忖度は必要なく、事実のみ語ろうとする言葉は重く、説得力を感じることができます。一方で、事実を知っていながら、事実とは異なる説明をしなければならない方々の言葉だった場合、「記憶がない、覚えがない」という曖昧な語尾が多くなりがちです。そして、事実とは異なる説明を加えていることを自覚していながら、断定調に事実関係を否定される方も中にはいるのかも知れません。そのような場合、「覚えがない」という歯切れの悪い弁明をされている方々のほうが、まだ良心の欠片が残っているのだろうと想像しています。

前回、あえて具体例は示しませんでしたが、今回の記事では具体的な事例を示しながら本題とした論点につなげていくつもりです。問題視すべき事件や不祥事が生じた際、まず正確な事実関係の解明が欠かせません。関係者を処分するために必要な手順ですが、生じた背景や理由が適確に把握できなければ、今後の再発防止に向けた対策や体質改善をはかれない恐れがあります。

真相究明や責任者の追及が疎かにされた場合、事件を引き起こしている原因が除去できず、あるいは張本人を居座り続けさせる最悪な事態を招きかねません。そうなった場合、事件や不祥事が繰り返される可能性は高くなります。最近の事例として、セクハラ問題で狛江市長が、悪質タックル問題でアメフト部の監督を務めていた日大の常務理事が辞任に追い込まれました。二人とも事実関係について全面的に認めた訳ではなく、当初、辞任まで考えていませんでした。

それに対し、狛江市では副市長以下が事実関係を毅然と指摘し、最後はセクハラ被害を受けた女性職員4人の実名告発が決め手となっていました。日大常務理事の場合、悪質タックルを指示されたと見られているアメフト部員の記者会見を皮切りに真相が明らかになり、前監督の言葉の信憑性のほうが問われ続けたからです。騒がれ始めた時点では、二人とも深手は負わずに逃げ切れるものと楽観視していたのでないでしょうか。

それぞれ悪質さが際立っていたことも確かです。ただ何よりも事実関係を偽らず、自分自身の知り得ることを語り始めた方々の多さが二人を辞任に至らせた大きな要因だろうと考えています。一方で、森友学園や加計学園の問題では事実関係が依然として不明瞭なままです。少し前の記事「再び、森友学園の問題から思うこと」の中で綴ったとおり金銭が絡まなくても行政に対して不当な圧力を加えること自体、罪に問われる場合もあります。

そして、何よりも「政府が正確な情報を包み隠さず国民に伝えているのかどうか」という論点のもと決して矮小化できない問題だと思っています。さらに部下が上司に意見具申しづらくなっている行政組織に陥っていないか、様々な論点が内包した問題であるのにも関わらず1年以上も迷走しています。追及している野党側の手法や世論喚起の工夫にも注文を付けたい点が多々あります。例えば官僚を高圧的な姿勢でなじる場面などは世論に対して逆効果なような気がしています。

国会質問で「あなたの記憶は、自在になくしたり、思い出したりするのか」という受けを狙ったようなフレーズも空回りしがちです。単なるスキャンダルではなく、贈収賄事件に至らなくも「絶対曖昧にしてはいけない」問題として、国民に向けて論点を提起できるような言葉を野党側には発信して欲しいものと願っています。加えて、与党内からも「問題視すべき点は問題提起する」という当たり前な姿勢を示せる政治家が増えることを望みたいところです。

組織に縛られ、自分自身の立場や生活を守るため、言うべきことが言えない時も多いのだろうと思っています。事実関係を知っていながら話せない、場合によって偽ったことを語らなくてはならない時、良心の呵責に苦しまられている方々も多いのではないでしょうか。そのような方々の弱さも責めるべき点なのかも知れませんが、強いている組織やトップの体質が最も問われるべき点だろうとも考えています。

学校法人「加計学園」(岡山市)の獣医学部新設をめぐり、学園が安倍晋三首相と加計孝太郎理事長の面会はなかったとのコメントを出したことについて、同学園の渡辺良人事務局長は31日、「架空の情報」を伝えていた愛媛県庁と今治市役所をそれぞれ訪れ、謝罪した。渡辺氏は県庁で「県に多大なご迷惑をおかけし、誠に申し訳ない」と述べた。台湾に出張した中村時広知事に代わって対応した西本牧史企画振興部長は「県に誤った情報を伝えていたことは重大と受け止めている」と語った。

県文書には、学園から県に対し、2015年2月25日に加計氏と面会した首相が「新しい獣医大学の考えはいいね」と発言したとの報告があったと記載されている。これについて渡辺氏は記者団に「(獣医学部を)何とか一つの形にしたくて、私が言ったのだと思う」と説明した。ただ、渡辺氏は加計氏による指示については「全くない」と否定。「架空面会」について、加計氏から「紛らわしく不適切な言葉だ。言うものではない」と注意されたことも明らかにした。学園は26日に発表したコメントで「実際にはなかった面会を引き合いに出し、県と市に誤った情報を与えてしまったように思う」として、面会を否定した。【時事通信社2018年6月1日

「私が言ったのだと思う」と語尾を濁し、断言できないところに事務局長の良心の欠片を感じさせています。ちなみに私自身の職務として、これまで千人以上の方々と面談しています。それぞれの相談内容をすべて記憶していくことは困難です。そのため、必ず相談した内容は経過記録に残していきます。再度お会いする際、その記録を読み返すことで記憶を蘇らせています。まったく思い出せないケースもありますが、書かれている記録の正しさを前提に対応していくことになります。

定型的な相談内容の場合、数日前の面談でも記憶が曖昧になる時もあります。一方で、特異な折衝内容や印象深い言葉を記録に残していた場合、数年前の面談だったとしても記録を読み返すことで、その時の記憶が鮮明に蘇ります。首相が「新しい獣医大学の考えはいいね」と発言したという紹介は、なかなか特異で印象深い言葉です。普通に考えれば、記録を読み返した時、そのように説明したのかどうか記憶は鮮明に蘇っていたはずです。

森友学園や加計学園の問題では記憶の不鮮明な方が多く、たいへん残念なことです。言うべきことが言える組織は、より望ましい「答え」を見出すためにも、取り返しの付かない過ちを未然に防ぐためにも大切なことです。一人や一つの「答え」に縛られず、多面的な検証のできる関係性が望まれています。組織の上下関係から離れ、言うべきことが言える役割の一つを労働組合は担わなければなりません。

狛江市と日大の組合も大きな節目に一定の見解を表明されていました。このような動きに接し、以前、私どもの組合も同様な対応が求められていたことを思い出しています。「組織の力、大事な力」という記事の中で「一職員の立場では、いろいろな思いを市長に抱いても面と向かって口に出すことはあり得ないはずです。思ったことをストレートに伝えるというのは職場の上司に対しても簡単ではないかも知れません」と記し、 一人ひとりの力は弱くても、一人ひとりが組合という組織へ結集することの大切さを訴えていました。

いつものことですが、今回もたいへん長い記事になっています。もう少し続けますが、今回記事の論点の参考として、私どもの組合の取り組みの近況を報告させていただきます。今月17日に行なわれる市議選に向け、応援職員の従事方法等の見直しがはかられました。組合ニュースに掲げた内容を下記に示していますが、有無を言わせない職務命令での時間外勤務が強いられるような懸念もあったため、人事当局に申し入れながら確認した点です。

選挙事務の職員配置について、問題が生じた場合は労使協議の対象に 今回の市議選から選挙事務の従事に対し、事前の応援職員には兼務発令を行ない、投開票日についても人事課が職務命令として指名する方法に改められます。全市をあげて取り組むべき重要な公務であり、見直し自体は了解していますが、問題が生じた場合は労使協議の対象とすることを確認しています。なお、職員の指名に際し、絶対拒否できないような強権的な職務命令にならないよう申し入れています。

言うべきことが言える組織の大切さとして、職務における上下関係の風通しの良さも欠かせません。今年3月末の記事「人事・給与制度見直しの労使協議」で伝えているとおり今年度から査定昇給制度が本格実施されます。人事評価を気にし、上司に対して言うべきことを控えるようになっては問題だと考えています。今回の記事を通して訴えてきた論点を重視する上でも、労使確認した仕組みについて検証していく運びとしています。最後に、やはり組合ニュースに掲げた内容を紹介し、たいへん長くなった記事を終わらせていただきます。

人事評価に基づく査定昇給が今年度から始まります。組合は生涯賃金に大きく影響する査定昇給の実施に向け、より望ましい制度とするよう慎重な姿勢で労使協議に臨んできました。一人ひとりのやる気を損ねず、組織そのものを活性化させていくため、従来通り4号給昇給していくB評価を基本とすべきという判断のもと様々な手立てを確認してきました。特に評価を気にし、上司に対して言うべきことを控えるようになっては問題です。また、部下との相性で結果が変わるような恣意的な評価を防ぐため、第2次評価者とのダブルチェック機能も重視しています。今後、このような仕組みが充分機能しているかどうか検証していかなければなりません。

人事評価制度が施行されているため、昨年度の業績評価の結果が一時金の率に反映されることになります。査定昇給も今年7月から本格実施されます。恣意的な評価結果が生じていないかどうか、労使確認した事項が実効ある運用がされているかどうか、労使協議を通して点検していきます。システム改修が伴っていたため、人事評価のコメントは6月に入ってから職員全員に開示されます。開示後、休日を除く20日以内に改めて苦情の申立ができますので、評価結果に疑義のある方は積極的に制度を活用してください。7月の昇給以降に異議が認められた場合、遡及して正当な評価結果に基づく差額を支給します。

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コメント

こんばんは。
先週は、敢てコメントをしませんでした。

今日は一つだけ申し上げます。
分かり合うことは、無理と思っています。
批判をしているのではありません。
そもそも、大きく方向性の違うことは、分かり合うことは無理と思ったということです。

例えば、管理人さんは安倍政権は認められないですよね?
安倍政権が取り組んでいる政策について、どんなに説明を受けたとしても、同意できないすなわち受け入れられないですよね。

それって、ある意味当たり前のことであり、そんなに簡単に信念や考えなんて変わらないのが普通。
そうであるならば、この場が分かり合うための場には、決してならないであろうということ。

それぞれの主張をして、それぞれを否定して。でも、それでいいのではないですか?
分かり合えればそれに越したことはないですが、基本的な主張は管理人さんも変わらないように、私も変わりません。

改めて申し上げますが、こちらに書かれていることは、基本的には私の考えとは違います。でもそれが良い、悪いとは言いません。本当は批判もしていません。日々の組合活動に尽力されていることについては、敬意を表します。組合の在り方についても、あくまでも私の考えですから、参考にして頂けるならそれで十分です。押しつけはしません。
それぞれの考え、道を信じて、行動していきましょう。

投稿: 下っ端 | 2018年6月 2日 (土) 19時47分

下っ端さん、コメントありがとうございました。

私自身の思いは今回の記事本文に綴ったとおりです。この場の位置付け等にご理解いただいていることに安堵しています。それぞれの信じている「答え」の正しさについて、それぞれの言葉で競い合っていければ何よりなことです。

その試みを通し、何かお互い「変化」が起きることもあり得るのかも知れません。ぜひ、これからもお時間等が許される際、コメントをお寄せいただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2018年6月 2日 (土) 21時00分

「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」
「言論の自由の原則が守られていることを高く評価し、また感謝しています」

確かに管理人氏がコメントを削除しない点は評価しますが、
「だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」
については懐疑的です。

先日の首相ロケットくくりつけに関しても、管理人氏は「権力者への批判なら黙認」しながら、「それを是とする人が沢山いる」ことを考えろ、と主張します。

しかし、「何故そのような人権侵害行為を是年得るのか」「権力者の定義は何か。誰でも「権力者たり得るのではないか」

については一切説明をせず「考えて下さい」と繰り返すのみです。

結局のところ、管理人氏及び自治労に「権力者」して認定されれば人権侵害され、管理人氏も、それを黙認するわけですよ。

「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」ではなく、気にいらない相手を「権力者」と断じたうえで、
「それを主張する権利が侵害されても黙認する」
というのが実際のところだと感じます。

「自分たちは正義だ。そして正義に与しない者に懲罰を与える権利がある。仮に懲罰が不当だと感じても「正義」に忖度して懲罰を黙認する」

首相ロケットを実行してしまう組合や管理人氏に↑のような危うさがある限り、私は管理人氏を信頼できないし、人権侵害を平気で黙認する怖い方だという認識は変わらないでしょう。

権力者に対して人権侵害を行うことが何故許され、また、権力者の定義はいかなるものであるかを示さずに「考え直し」を迫るだけ、という事実からは、このような結論しか導き出せません。

最後に、あなたがいう「答えの正しさを確信している人」というのは巧妙なすり替えで、本当は「人権侵害に反対している人」なのですよ。

組合活動は人権侵害を実行しており、その言い訳に「権力者」を使っているわけです。そして管理人氏もそれを黙認しているのです。

まずは、「答えの正しさ」で誤魔化さずに、組合活動は「人権侵害をしている」ことを認めることが必要ではないですかね?

投稿: 三多摩すごいね(凄いね) | 2018年6月 3日 (日) 18時16分

三多摩すごいね(凄いね)さん、コメントありがとうございました。

三多摩すごいね(凄いね)さんが問題視されている事例を明確な「人権侵害行為」だと判断されていることについて否定や批判を加えるつもりはありません。しかし、私自身の「答え」は、権力者への批判だったとしても推奨できる手法ではないが、誰もが絶対非難しなければならないほどの「人権侵害行為」なのかどうかで言えば、そこまで決め付けられないというものです。

このような「答え」に対し、「自分たちは正義だ。そして正義に与しない者に懲罰を与える権利がある。仮に懲罰が不当だと感じても正義に忖度して懲罰を黙認する」「人権侵害を平気で黙認する怖い方」という結論は物凄く飛躍しているように感じています。まず前提とすべき評価基準の相違等をご理解いただかなければ議論がかみ合っていきません。

したがって、腑に落ちない推論から導き出している三多摩すごいね(凄いね)さんの私自身に対する批判は、たいへん不本意なことだと思っています。ぜひ、機会があれば記事本文を通し、不本意だと感じている点や議論がかみ合っていない点など、もっと詳しく掘り下げてみたいものと考えています。

投稿: OTSU | 2018年6月 3日 (日) 21時26分

この加計学園。仮に総理と理事長が面会していて、さらに
国会での答弁以前に知っていた。国会答弁を撤回して謝罪
したとして何か問題あるのですか?何か法律に違反してる
のですか。議員が陳情を受けて官僚にいろいろと働きかけ
るなど国や地方を問わず当たり前にあることですね。
いわば議員の通常業務にすぎない。総理は行政の長ですが
何か手続きにおいて不備はあったのですか?例え加計あり
きであったとしても何か違反があったのか?
あの援助交際事務次官も総理からの指示はないと証言して
ますよね。
安倍憎しでずーっと国会で1年以上騒いでますが、何か
明確な証拠を出してほしいですね。
昨日、梅田で福山議員が演説してましたが、官僚を恫喝
するなとヤジを飛ばしておきましたw

投稿: nagi | 2018年6月 4日 (月) 16時30分

>権力者への批判だったとしても推奨できる手法ではないが、誰もが絶対非難しなければならないほどの「人権侵害行為」なのかどうかで言えば、そこまで決め付けられないというものです。

最初から私はOTSU氏はこのような下品な行為に賛同する
ことは絶対にないと見ていました。もっとも立場ゆえに
明確に反対することも難しいとも思っていました。

どのような組織に所属しどのような立場であれ、簡単に
批判したりすることが難しいのであれば、本人がどのよう
に考えても、外から見れば非常に身動きができない、苦
しい組織に見えてしまいます。
小泉Jrが人気があるのは、自民党に所属していながら
軽快に自民党を批判するところにあるのでしょう。まあ
巧妙な人気とりかもしれませんが。

>まず前提とすべき評価基準の相違等をご理解いただかなければ議論がかみ合っていきません。

前提条件が違うのも事実ですが、内側から見てることと
外側から見てることが明確に違うのでしょう。
私が以前指摘したのですが、組合系の方が政権などを
批判してることがらが、自らに鑑みるときに矛盾してる
ことがあります。それを内側から見れば、批判するほど
でもないのでしょう。しかし外側から見れば明確におかし
いと考えます。
運動が内側でとどまるのならばそれで問題はないのです
が、外側に広げていくのならば、外側の目を意識して
その意見を聞き改善しなければ、外側には広がっていく
ことはないでしょう。

安倍政権を批判するのに、安倍ミサイルを作って喜ぶのは
内側の方々だけで、外側の人は眉をひそめて遠ざかるだけです。どれほど批判内容が正しく、それを聞く価値があっ
ても、ひとつの下品な行為がすべてを台無しにしてしまう
ことになります。

そんなことは十分理解されてると思います。どれほど数は
力であっても、やはり価値観の違いを明確にし組織を峻別
する必要があるのでしょう。ワンイシューで同じ方向は
向けても乗る船はべつであるべきです。

投稿: nagi | 2018年6月 7日 (木) 17時10分

nagiさん、コメントありがとうございました。

加計学園の問題を補足させていただきます。過去のブログ記事の中で説明してきた話ですが、国家公務員の倫理法に基づく倫理規程で、許認可等の相手方や補助金等の交付を受ける者など国家公務員の職務と利害関係を有する者(利害関係者)から金銭・物品の贈与や接待を受けたりすることなどが禁止されています。割り勘の場合でも利害関係者と共にゴルフや旅行などに行くことも禁止されています。

特別職公務員である安倍首相は対象外ですが、大臣規範の中に一般職国家公務員と同じように関係業者との接触を禁止する項目が定められています。したがって、規範に対して違反行為を問わるかどうかとなります。この大臣規範があるため、安倍首相は「(獣医学部新設計画の事業主体が)加計学園と知ったのは今年(2017年)1月20日」という答弁に切り替えたのではないかと疑われています。

さらに今回の記事本文に綴ったとおり金銭が絡まなくても行政に対して不当な圧力を加えること自体、罪に問われる場合もあります。偽計業務妨害がその一つです。安倍首相自身は直接的な働きかけをしていないのかも知れませんが、周囲の関係者が「忖度」し、そのような動きがあったのかどうかという疑惑が拭えない実情だろうと見ています。

そして、何よりも「政府が正確な情報を包み隠さず国民に伝えているのかどうか」という論点のもと決して矮小化できない問題だと私自身は考えています。

なお、新規記事は「批判の仕方、その許容範囲」というタイトルで書き進めてみます。ぜひ、引き続きご注目いただければ幸いですので、よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2018年6月 9日 (土) 07時17分

では、野党が早く刑事告訴するべきですね。忖度って
どのように処罰が決まるのか注目ですね。

>金銭が絡まなくても行政に対して不当な圧力を加えること自体、罪に問われる場合もあります。

野党が18連休中に官僚に恫喝してましたね。これは明確に
不当な圧力ですね。早く罪に問われれば良いですね。

世論調査で加計問題で納得できないが8割近いですが、
その割には自民党の支持率は落ちませんね。1年以上
モリカケを追及してきて結果です。
国民が野党に求めているものを理解してないからこそ
野党の支持率が上がらないのではないのでしょう。

ちなみに民主党政権時代、マニュフェストを守らなかっ
た以上に、無茶苦茶な国会運営をしたことを国民は忘れ
てない。当時の仙谷官房長官は暴言吐きまくりでしたね。
特にOTSU氏にコメント求めてるわけではないので、気に
しないで下さい。

投稿: nagi | 2018年6月 9日 (土) 10時21分

組合ってなんのためにあるんでしょうか

前にも書かせてもらいましたが改めて書かせてもらいます。組合ってなんのためにあるんですか?
仕事がたまっているので残業させてくださいというと、課長から通常業務では残業代を出さないって言われたと。上司は労働組合幹部ですよ?金ばかり集めて何をやっているんですか。
存在意義ないですよね、圧力かけてくる人が組合内部の人、戦う気もない。

投稿: ichi | 2018年7月31日 (火) 17時59分

ichiさん、コメントありがとうございました。

そのようなことが事実であれば、その組合自体の存在意義は薄いものと言わざるを得ません。なお、私自身のichiさんからの問いかけに対する「答え」は下記の記事に綴った通りです。もしお時間等が許されるのであれば改めてご参照いただければ幸いです。

2018年4月29日(日) 役に立たない組合はいらない?
http://otsu.cocolog-nifty.com/tameiki/2018/04/post-cbca.html

投稿: OTSU | 2018年8月 4日 (土) 06時50分

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