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2018年5月19日 (土)

等身大の組合活動として

「この人には何を言っても無駄だ」「このサイトでコメントしても意味がない」などと思われ、まったく反応がない場になるようではブログを続けている意義も薄れることになります。いつも申し上げていることですが、基本的な視点や立場が異なる方々から幅広いご意見を伺えることは貴重な機会だと思っています。

このブログにコメントをお寄せくださる皆さん、それぞれ何らかの思いを持って時間を割かれていただいていることに心から感謝しています。ただ私自身に対して「聞いているだけで変わろうとしない」という批判も受けがちであり、かみ合わない議論や「暖簾に腕押し」感に嫌気をさしてコメント欄から去られた方も少なくありません。

主張すべき点は主張するという目的で始めたブログでもあるため、意見対立を意図的に避けるような対応は考えていません。したがって、今回の記事内容が批判意見を繰り返されている方々の苛立ちをやわらげられるかどうか分かりませんが、前回記事「再び、ネット議論への雑感」に寄せられていたコメントを念頭に置きながら書き進めてみます。

まず土曜の朝、私からコメント欄に「組合が腐敗していくのも当然のことです」「執行委員長という立場が、本当は理解できるはずのことを曇らせてしまうのですかね」などという極めて不本意で残念なコメントが寄せられてしまっていることについて「決して容易な試みとは思っていませんが、新規記事を通して少しでも不名誉な見られ方が払拭できるように努めていければと考えています」と記していました。

すると早々に下っ端さんからは「>極めて不本意で残念なコメント そう受け止められることは想定したうえでのコメントです。では、私から。組合が本来の目的を逸脱した、組合と関係のなり活動をすることに対して、極めて不本意で残念と考えている組合員からのコメントとお受け止めください」というコメントが寄せられていました。

「組合と関係のない活動」というご指摘だと思いますが、関係のないと決め付けて「極めて不本意で残念」という下っ端さんの考え方を問題視するつもりはありません。繰り返し述べてきていますが、そのように考えている自治労組合員が少なくないことを認識すべき機会だととらえています。

私が「極めて不本意で残念」だと感じた点は「執行委員長という立場が、本当は理解できるはずのことを曇らせてしまうのですかね」というご指摘についてです。推測をもとに他者を蔑む言葉であり、まして不愉快に感じることを想定したコメントだと伺い、ますます残念に思います。それほど下っ端さんの目にしている組合活動は批判を受けざるを得ない実態なのでしょうか。

もう一つの残念な「組合が腐敗していくのも当然のことです」という言葉はnagiさんからのものですが、その前段に下っ端さんから次のようなコメントが寄せられていました。ここまで断定調に批判されてしまうと、見ている景色そのものが違うのではないかと考え始めています。これから掘り下げていく論点を明確化するため、その時に下っ端さんから寄せられたコメント全文をそのまま紹介させていただきます。

組合は、組合活動だけ行っていればよかったのに。いつの間にか組織は大きくなり、力を得た組織はもっと力を求めるようになり、政党を支持し、国政に進出も果たし、気が付いたらは必要のないほどの力を得てしまった。組織や権力は絶大な力を発揮し、自分達の発言力や影響力は目に見えて大きくなり、まるで、正義を貫く大きな力を天から授かったと過信するほどの、勘違いを生み出してしまった。

本当はただ、働く仲間達の明日に希望を灯す、助け合い運動でしかなかったのに・・・・・一度手にした権力は、力は、組織は、もう手放せませんよね。だって、力に酔いしれ、本来の目的も忘れ、「正義と平和」いう言葉に都合よく言い替えた、ただの過信と思い込みを振りかざすだけの結末。そんな滑稽な姿に見えてしまうのは、私だけでしょうか。そんな悲しい結末を想像してしまうのは、私だけでしょうか。

下っ端さんがとらえられている組合活動は職場課題に特化したものだと理解していますが、これまで組合活動の中に一定の政治活動も含まれていることを説明しています。職場内の労使交渉だけでは組合員の利益を守れない場面もあるため、労働組合が政治活動に関与することは歴史的にも国際的にもスタンダートな姿だと言えます。

確かに特定の政党や政治家と支持協力関係を築くことで、組合組織としての「政治力」を得ることができます。しかし、その力は「組合員のため」に活用することを目的にしています。仮に政治活動から距離を置いた時、組合員全体にマイナスの影響を及ぼすことも考えられます。いずれにしても一度手にした権力は手放せない、過信と思い込みを振りかざすというような見方こそ、思い込みが先走っているように感じがちです。

また私自身の「目が曇っている」と言われてしまうのかも知れませんが、一定の政治活動の必要性を認めている立場からは違和感を抱かざるを得ないコメント内容でした。一方で、下っ端さんのように「政治活動から一切手を引くべき」と考えている自治労組合員が相当数に上ることは重く受けとめています。だからこそ政治活動の必要性や有益さを組合員の皆さんに対し、よりいっそう丁寧に周知していく試みが欠かせないものと考えています。

加えて、職場課題と政治活動に対する力点の置き方を主客逆転させないことはもちろん、組合ニュース等での周知の仕方にも注意を払っています。政治課題での各種集会は数多く取り組まれ、自治労都本部を通して通知が届きます。それらの情報を執行委員会の段階では共有化しますが、組合員の皆さんへの周知はメリハリを付けながら絞り込んでいます。

「参加希望者がいなくても、このような国会前での行動に取り組んでいることを組合ニュースを通して組合員に知らせるべきではないか」という意見を示す組合役員もいます。一人でも多くの参加者を募りたいレベルの集会ではない限り、掲載することで逆に印象を悪くしかねないケースを想定し、アピールを目的にニュースの紙面を割くことはありません。全面撤退を唱えている方々からすれば「その程度」という話かも知れませんが、以上のような判断に至る背景は当ブログのコメント欄での声を意識しているからです。

ここから実際の組合活動における話にもつなげていきます。4年前、「市議選まであと1か月」というブログ記事を投稿していました。今回も市議会議員選挙まで1か月を切るタイミングに差しかかり、火曜日に開いた職場委員会で私どもの組合の対応方針を確認しています。来月6月17日が投開票日で、定数28名に対し、50名ほどが立候補を予定し、かつてない激戦が見込まれています。

これまで私どもの組合の元委員長を推薦し、緊密な協力関係を築いてきました。今期で勇退されますが、市議会に緊密な連携をはかれる議員の存在の貴重さは変わりません。そのため、自治労都本部が推薦を決めた無所属での立候補を予定している候補者を私どもの組合も推薦します。その候補者は自治労方針を尊重し、私どもの組合と緊密に連携しながら政治活動を進めたい意向を示されています。

このような点を受けとめ、今後、その候補者を市議会に送り出せるよう可能な限りの力を尽くしていきます。ただ選挙に関わる方針は組合員の皆さんへ押し付けるべきものではなく、その重要性や意義を訴え続けることによって、ご理解やご協力を求めていくべきものだと考えています。今回の記事に関連した最近の動きとして、参考までに紹介させていただきました。

このブログを通しては「政治活動から一切手を引くべき」という強い訴えがある中、実際の場面では上記のような動きを進めています。とは言え、現在の私どもの組合の力量等を踏まえ、長年市議を務められた元委員長の後継者を組織内から送り出すという選択肢は早い段階で見送っていました。その上で等身大の組合活動として、市議選に臨む方針案を提起し、職場委員会で確認を得ることができています。

最後に、今回も長々と綴ってきましたが、組合の政治活動自体を批判されている方々に少しでも「なるほど」と思っていただけるのかどうか自信はありません。特に下っ端さんから寄せられたコメントに対してお答えしてきたつもりですが、場合によって失礼な記述箇所も散見しているかも知れません。容易に分かり合えないものと思いますが、閲覧されている不特定多数の方々を意識しながら、お互い言葉の「競い合い」ができれば幸いだと考えています。

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コメント

言葉が強すぎて不快に感じさせているのは、いいことではありません。その点については申し訳なく思っています。

組合推薦の議員、いわゆる組織内議員が、市議、都道府県議、国会議員にいること自体は、決して問題すべきことではありませんよ。
労働に関することや、福利厚生に関することなど、いくらでもやるべきことや、法整備すべきことがあるでしょうから。それ以上は、特定の思想になるので、控えるべきと申しているだけです。

百歩譲って、組織内議員がどこかの政党に所属している以上は、その政党の方針に従う必要もあるでしょう。
そこは、議員としての活動の範囲として、有権者の信任を得ていることで正当性も担保されることでしょう。

でもそれは、あくまでも政党に所属する議員としての活動の範囲。決して、組織内議員としての活動では無いのではないですか?

つまり、特定の政党の考え方や方針を、議員は同調しても良いが、組合が加担する必要はどこにも無いと思うのです。それとも、そもそも組合がそういう考えを持ち、そういう活動をすべきと、自ら判断しているということなのですかね?だとしたら、やはり本来の活動を逸脱していませんか?

投稿: 下っ端 | 2018年5月19日 (土) 23時37分

政治に関わることが重要であるなら、マルクス主義と一切無関係の、現代社会における労働者の問題に特化した、全く新しい労働運動組織が、政治にも関与するようになる、というのが理想的かと思うのですが。

投稿: qur | 2018年5月20日 (日) 02時45分

最初にも同様なことを書きましたが、
OTSU氏は、「基本的な視点や立場が異なる方々から幅広いご意見を伺えることは貴重な機会」
と基本的理念を表明しながら、首相をロケットにくくりつけて中傷記事を貼り付ける多数の組合員の行為を黙認していますよね。

これって、それだけで「組合」に対して拒否反応を惹起し、対立と憎しみを生む行為であり、理解と対話を阻害する行為です。OTSU氏は、自分の基本的理念それを阻止あるいは諫言する立場にありながら、なぜそうしないのでしょう。
あるいは、そのな立場にないとしても、何故憎しみを生む行為を咎めないのか。

そこがどうしても理解できません。これ、OTSU氏がまさに組合に忖度していることを非常に強く示唆していますよね。

あるいは、そもそもOTSU氏にとって理解と対話はあまり重要ではないのかもしれません。

組合の暗黒面を隠すために口当たりの良い言葉を重ねる場がこのブログ、とも思えます。

また、権力者なら人権を無視してロケットにくくりつける行為が許される、とういのなら、どこまでが「権力者」ですかね?
野党の党首、与党の有力者、自治労のお偉いさん、大学教授、皆さんそれなりに権力がありますが、どこまでがロケットくくり付けが許されて、それは誰が判断するのですか?

結局、話し合いを最初から拒否するロケットくくり付けをなんとか肯定あるいは黙認しようと無理に無理を重ねるから、皆に呆れられるのではないでしょうか。

投稿: 三多摩すごいね(凄いね) | 2018年5月20日 (日) 19時13分

自分の基本的理念それを阻止あるいは諫言する立場にありながら、なぜそうしないのでしょう。

は、

それを阻止あるいは諫言する立場にありながら、なぜそうしないのでしょう。

でした。失礼しました。

投稿: 三多摩すごいね(凄いね) | 2018年5月20日 (日) 19時14分

下っ端さん、qurさん、三多摩すごいね(凄いね)さん、コメントありがとうございました。

「基本的な視点や立場が異なる方々から幅広いご意見を伺えることは貴重な機会」と記しているとおりコメント欄に寄せられる多様な見方や考え方に触れられることをいつも感謝しています。ただ誠に恐縮ながらコメント欄でのやり取りよりも、寄せられたご意見や情報を踏まえながら週1回更新する記事本文の内容につなげるような関係を専らとしています。

その上で少しだけ三多摩すごいね(凄いね)さんの問いかけに対し、取り急ぎレスさせていただきます。一つは私自身、三多摩メーデー全体に関与している立場ではありません。仮に全体を統括する立場だったとしても今回の事例は絶対的なNGと見ていないことを再三表明しています。したがって、今回のような推論での批判の仕方には非常に違和感があります。

ぜひ、三多摩すごいね(凄いね)さんにおかれましても、ご自身の「答え」だけが絶対的な正解ではないという寛容さで物事を評価していただければ幸いです。このような訴えも容易に受け入れていただけないのかも知れませんが、「基本的な視点や立場が異なる方々から幅広いご意見を伺えることは貴重な機会」という点からもご理解くださるようお願いします。

投稿: OTSU | 2018年5月20日 (日) 21時48分

>どこまでがロケットくくり付けが許されて、それは誰が判断するのですか?
これは「全部OK」という主張だと解釈してよいかと思います。
この件に限って言えばダブスタでは無いのでは、と。
(他の件もダブスタが無いとは言ってない)

…まあ対象が誰であれ、日本で「ロケットくくり付け」を喜ぶのはOTSUさんのお味方ばかりだという問題は何一つ解消されないんですけどね!

>組合の暗黒面を隠すために口当たりの良い言葉を重ねる場がこのブログ、とも思えます。
そうならないように疑問を呈し続けるのがギャラリーの責務なのかもしれません。
幸いなことに、OTSUさんは気に食わないコメントだからって削除したりはしないお方です。
「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」言論の自由の原則が守られていることを高く評価し、また感謝しています。

投稿: KEI | 2018年5月21日 (月) 01時38分

あくまでも私の発言はOTSU氏を非難するものではなく
権力は腐敗するという一般論を引用したにすぎません。
組合と政府は異なると言われればその通りですが、
会社組織を例に考えると、会社という組織に会社員個人で
向き合うのは難しい、そして会社が組織として横暴になる
ことに対抗する為、労働組合という人と金を集めた組織を
形成し対抗する。組合も人と金を集めた有形力を持つわけ
です。だから組織は腐敗するとの一般論も適用されると
考えたわけです。かつての国労などの例を考えればよく
理解できることがらと思われます。

>下っ端さんのように「政治活動から一切手を引くべき」と考えている自治労組合員が相当数に上ることは重く受けとめています。だからこそ政治活動の必要性や有益さを組合員の皆さんに対し、よりいっそう丁寧に周知していく試みが欠かせないものと考えています。

以前に、あっしまった!氏が指摘していた内容ですが、
組合員に政治活動の必要性、有益さを完全に理解した上
で、反対している場合、どのような対応をとるのでしょう
か?
1、理解するまで説明を続ける。
2、そのような組合員は無視する。
3、反対する組合員は追放する。
4、理解されない活動を撤回する。
上記のような選択になると思うのですがどうでしょうか。

それと最近特に疑問に思うのですが、自治労の社会正義を
実現する行為と組合の活動はある種、相反する行為を含ん
でいると思うのですが。仮に公務員にスト権を認めたと
します。これは組合の正当な権利であり行使することは
なんら問題はありません。一方で組合はそこに所属する
組合員の為の活動であり、それ以外は無視して問題はあり
ません。どれほどエゴであってもかまいません。しかし
それにより迷惑を受ける他の人々にとってはどうでしょう
か。かつての国労の順法闘争などは最終的に国民の暴動に
まで発展しました。これは社会正義に反する行為ですね。
有形力のないストは意味はないし、有形力ゆえに人々に
多大な迷惑をかけては日頃の社会正義の実現に反してしま
いますね。

>労働組合が政治活動に関与することは歴史的にも国際的にもスタンダートな姿だと言えます。

日本だけの特別さをもった労働組合にすれば良いと思い
ます。

投稿: nagi | 2018年5月21日 (月) 09時36分

SNSで炎上したりバカな発言をしたりする例をよく見ますが
野党議員の発言ぶりがあまりにもひどい例が多いのでかな
り心配しています。
また政党の公式アカウントがバカな発言をして批判された
ら削除して知らんふりを決め込むのもあきれてしまいますね。
最近も立憲民主党の逢坂議員が質問主意書でセクハラ罪に
ついて提出をしました。質問主意書が出たら閣議決定をし
て回答する義務がある為、回答をした。
そうすると立憲民主党の公式SNSがそれをバカにするツイ
ートをした。そしてその発言に対する批判が大量にくると
ツイートを削除してだんまり。
最近の野党の劣化ぶりを如実に表しているのですが、この
ようなことはマスコミは報道しない自由で野党を守って
くれるのがよいところです。
わいせつ議員すらまともに処分しない答えない立憲民主党
を見ていると、まだ国民民主党のほうが期待できるかなあ
と思っています。

投稿: nagi | 2018年5月21日 (月) 11時26分

>下っ端さんのように「政治活動から一切手を引くべき」と考えている自治労組合員が相当数に上ることは重く受けとめています。だからこそ政治活動の必要性や有益さを組合員の皆さんに対し、よりいっそう丁寧に周知していく試みが欠かせないものと考えています。

>反対している場合、どのような対応をとるのでしょうか?
>1、理解するまで説明を続ける。
>2、そのような組合員は無視する。
>3、反対する組合員は追放する。
>4、理解されない活動を撤回する。

少数意見が反映されないということを、「野党の意見を聞かず、自民党が数の力で強行採決することは、民主主義の冒涜」という激しい言葉で批判されていますよね。この倫理から言えば、私の(少数かもしれない)意見を尊重して、一旦は平和活動や政治活動を保留したらどうでしょう。ぜひ、その期間に丁寧に説明して、そのような意見の人にも理解を得たうえで、そのような活動を行ってください。少数意見を抹殺しないでください。

>労働組合が政治活動に関与することは歴史的にも国際的にもスタンダートな姿だと言えます。

集団的自衛権を保持することは、歴史的にも国際的にもスタンダートな国家の姿だと言えますよね。
では、政治活動同様、集団的自衛権も憲法にしっかりと明記しましょうよ。

まさか、こっちはいいけどこっちはダメなんて、そんなご都合主義な考えはお持ちじゃないですよね?

何度も言いますが、明らかに特定の思想なんですよ。

必要か必要でないか、大事か大事でないか、そんなことは何一つ意味がないのです。
もはや、説明が支離滅裂になっていますよ。公務員なんですよね?説明責任は何よりも求められる仕事に従事しているのではなのですか?

だから、だからこそ、特定の思想に関わることは、控えるべきと申しているのです。
ぜひ、思う存分、個人でやってください。

投稿: 下っ端 | 2018年5月21日 (月) 20時14分

下っ端氏(2018年5月21日20時14分)のご見解は、かなり大事な論点だと思います。

職員団体(組織)の民主的な運営とは雖も、最終的には多数決にならざるを得ないわけで、それは政治の世界だって一緒な話ですからね。

すべての構成員が対等に1票をもっているという民主的な正当性を担保した上で、組織を動かすと言うことは、最後は方針が多数決で決まるって言うのは避けられないので。

そういう意味では、規模も及ぼす影響も桁違いですけど、国会も職員団体の大会も質的な違いは無いんですよね。

政治に対して少数派が文句を言うというのは、職員団体の組織内で、執行部と異なる思想の持ち主が執行部に反対の論陣を張るのと一緒で。

ただ、
国政の場合は、日本国民として日本国内に居る限りは逃れることは出来ない(無関心で居られても無関係では居られない)のに対して、
職員団体の場合は、加入しない(結成しない)とか脱退するとか、逃れる術があるということが決定的に違う。無関心で居られるし、形式的には無関係でも居られる。

その結果が、今の運動を取り巻く状況なんだと思います。

----

まぁ、その、
特定の職員団体のトップだと公言されてるわけなんで、職員団体としての組織としての方針(機関決定された内容)を全否定したり、覆したりするような言動はムリなのも事実でしょうからねぇ。

職員団体のトップが、機関決定された運動方針を否定したり覆したりということが一存で出来てしまうなら、それはそれで「職員団体(公務員の組合組織)」ではなくなってしまうので。

やはり、民主的な手続をへた組合組織としての意思決定というのは、その組織を代表する立場であれば、公式に方針の変更が機関決定されない限りは、維持しないといけないわけで。

批判的に論じているワタクシが申し上げるのもアレなんですけど、年度を通しての運動方針が正式に機関決定されている以上は、トップの一存で覆すこと(それに繋がるような意見を公開された場で公言すること)は、求めても詮無きことでしょうし。

基本的に、意見は言いっぱなしというのが、ワタクシのスタンスではあるんですけども。

もちろん、立場上発言できないのか、信条として強固なものなのかは、判りませんけど。

※職員団体であって労組法に言う労組でないとは雖、組合という形態の組織体の一類型ではあるので、一般論として「組合組織」と述べています。

投稿: あっしまった! | 2018年5月21日 (月) 20時40分

まぁ、その、
ある意味でダブルスタンダードというか、パラドックスではあるよなぁ。とおもうですよ、ワタクシなどは。

国政に対して「少数意見を無視するのは…」って言いながら、職員団体内で「少数意見は機関決定された活動方針の下では、少数派からすると少数意見が無かったことにされているのと同じ」って状況があるのは、事実なんで。

そうすると、「足下(組織内)の少数派を巡る状況に蓋をして、政治に対してだけきれい事を唱える」と見えなくもないんで。

ただ、これを言い出すと、組織運営というものが立ちゆかなくなるわけで、
まぁ、あれこれ論じたとしても、”最後は多数決で決める”し決まった方針には従う。
ただし、次に方針を決定する場では、覆すことが理論上は可能(執行部の交代とか、政権の交代とか)である。
ということになるしか落ち着く所はないんだろうと。

投稿: あっしまった! | 2018年5月21日 (月) 20時48分

正式な手続きを経て決まったこと。丁寧に説明を続ける。
OTSU氏の言ってる内容と安倍総理の答弁内容も同じなん
ですよね。規模は違えど組織のそれなりの立場になると
同じような発言になるのは興味深いですね。

それにしてもまた朝日新聞が嬉しそうに加計で新文書が
見つかったと騒いでますが、それでいつ検察は動いて
安倍総理は起訴されるのでしょうか。そしてどのような
罪名になるのか?いったいだれが利益を得てだれが不利益
を被ったのでしょうか。長年、獣医師会が既得権益を
守るために新しい学校をさんざん妨害している獣医師会
案件であることはよく知られた事実ですね。
それを総理案件である国家戦略特区で岩盤規制にようやく
穴をあけた。それがいかなる罪になるのか教えてほしい
ものです。やれ忖度や圧力や行政を歪めたなどと元援交
官僚が言っていますが、それが何?としか言いようがあり
ませんね。もう1年以上やってるのですから情報を切り貼り
して印象操作などやめてずばっと総理を起訴できる決定的
証拠を出してほしいですね。それがないのであれば丸1年
で何をしていたのか理解できません。

投稿: nagi | 2018年5月22日 (火) 09時54分

>ここまで断定調に批判されてしまうと、見ている景色そのものが違うのではないかと考え始めています。

とても興味深いですね。私は下っ端氏も私もOTSU氏も
間違いなく同じ景色を見た上で異なる意見を持っていると
考えていますが、もし見ている景色そのものが違うと
断じた場合、どうされるのですか? いわゆる言葉が通じ
ないから会話しても無駄、会話しない。との結論なの
でしょうか。それはそれで良いと思いますね。
そうなると結局のところ、判り合えなくても認め合うこと
は無理で、判り合えない関係性は互いに批判し、非難し
やがて憎悪を募らせて戦争に至る道に繋がる、というこ
となのかもしれませんね。

投稿: nagi | 2018年5月22日 (火) 14時05分

nagiさんが、代弁してくれました。

私も信念を持っているので、理解は出来ないし納得も出来ません。故に言い続けますよ。
その中で、時には強い言葉も使いますし、場合によっては「自治労ミサイル」もどきを作るかもしれません(笑)

でも、勘違いしないでくださいね。
私は管理人さん個人を批判しているのではありません。
公務員としてあるべき姿を、公務員皆さんに求めているだけです。

見ている景色が違うのかどうかなど、どうでもいいです。
公務員である以上、常に、いかなる時も、景色など関係なく、公務員である必要があるのです。私達は。

その一線は、例え労働組合であっても超えてはいけないのですよ。その信念は、公務員である限り、絶対に変わりませんので。

投稿: 下っ端 | 2018年5月22日 (火) 21時58分

一般論として、「平和運動家の思想の方が、よほど戦争を誘発しやすいし、親和性がある」ってのがワタクシの持論なんですけども。
もちろん、”教条主義的・原理主義的・独尊的な”という留保はつくんですけど。

それは、異見を「見ている景色そのものが違う」という様に斬って捨てる、あるいは、存在そのものを否定するっていう傾向から思う所でして。
存在そのものを否定するというか、存在しないものとしてしまうというのは、そうした存在を抹消するというのと近似した考え方に容易に繋がるんで。

そうして、行き着く所は、異論の排撃であり、容易に実力行使ヘのハードルを下げる。すなわち、争いを招くという。

「戦争に親和性がある」っていうと「戦争をしたがる誰かと一緒にするな」って反論が返ってくるんですけど、
「闘争が大好きで、しょっちゅう闘争・闘争って言ってるんだから、争いとか戦いが好きなんでしょ」って話でしかなくて、
「戦争」という用語を「闘争」に置き換えてるだけで、同根・同類ですよって言う話でしかなく。
寧ろ、左寄りの平和運動体の方が闘争(と言う名の戦争)が好きでしょう、右寄りの運動体よりもっていう側面が無いわけでもなく。

結局は「如鐶无端」ということであって、表裏一体というか紙一重というか、所詮は一つの輪でしかなくて、左向きに進もうが右向きに進もうが、突き進んでいけば、同じ所に到達するし、一周回って反対側と同じ場所に行き着くって言う話で。

投稿: あっしまった! | 2018年5月23日 (水) 14時51分

KEIさん、nagiさん、下っ端さん、あっしまった!さん、 コメントありがとうございました。

いつものことで恐縮ですが、寄せられているいくつかの論点に対し、記事本文を書き進める中でじっくり熟考しながらお答えさせていただきます。また、すべて網羅した対応に至らないかも知れませんが、重ねてご理解ご容赦くださるようよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2018年5月27日 (日) 07時01分

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