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2018年4月29日 (日)

役に立たない組合はいらない?

土曜日、三多摩メーデーが催されました。今年もご家族の方を含め、私どもの組合だけで300人以上の参加者を得られています。組合員の皆さんに配布したチラシの中で、私からの挨拶文には今年も「組合員にとってどうなのか」という視点を大事にしながら組合活動を進めていく旨を記しています。

この言葉の重さや広がりを踏まえながら今回の記事を書き進めてみるつもりです。かなり前の記事「組合に入らないデメリットは?」のコメント欄にichiさんから「組合なんてあってもなくても一緒なんじゃないの?」という問いかけがありました。その問いかけに対し、私からは「組合は必要です」と即答し、組合役員を長く続けている中で組合の役割を体感してきていることをお伝えしていました。

ただ組合役員がそのように考えていても、組合員の皆さんと認識にズレがあるようでは問題であり、その「溝」をどうしたら埋められるか、いつも苦慮していることも書き添えていました。そのような思いのもとに当ブログを長く続けているため、ichiさんから前回記事「JR東労組の組合員が大量脱退」にも寄せられた下記のコメントを受けとめ、私自身の思いを改めて綴る機会とさせていただきます。

コメントありがとうございました。私も組合の必要性は感じているのですが、それでも組合の活動に納得がいかなかったので加入しませんでした。ぜひ私と同じような考えの人にも納得して入ってもらえるようなそんな組織になって欲しいと願っています。

私の友人の会社は組合はないですが、サービス残業は皆無、賃金の保証もしっかりしています。私が以前勤めていた会社も労働組合はありませんでしたが、残業代はしっかり出してもらっていましたし、上司の身勝手な判断でサービス残業をさせられることはありませんでした。自分としては働いた分の賃金がしっかり出ればいいわけです。賃上げはもちろん大事ですが、まずはサービス残業をなくしてもらいたいんです。

組合は労働環境の改善、賃上げ交渉さえしていれば十分なんです。組合主催の飲み会(組合費から補助有)、政治活動への借り出し、組合員強制加入の保険、自動車購入などのための金貸し等々。必要のないものまで組合でやって、そのせいで組合費等の負担が跳ね上がってしまうのに、本来やるべき仕事はやらない。自治労全体で決まっていることだから、変えられないという事情はあるのかもしれません。

組合費が月1500円くらいまで下がって、サービス残業がなくなるなら、たぶん私も組合に加入すると思います。そうはいかないんですよね。3000円、保険含めたら6000円は出さないといけないのに、サービス残業は残り続ける。組合活動という余計な活動は増えるのにね。

私も労働組合は必要だとは思います(ちゃんと機能するのが前提)し、金額に見合った働きをしているのならぜひ加入したいと思っています。ですが、今のうちの組合の活動を見るとなくても変わらないんじゃないかと思わずにはいられないのです。私には、非組合員の市長や課長のほうが労働環境の改善に熱心に見えます。

最近の記事の冒頭にも記しましたが、このブログを定期的に訪問されている方が必ずコメント欄をご覧になっているかどうかと言えば、そうとも限らないようです。そのため、今回の記事を書き進めるにあたり、まずichiさんから寄せられていたコメントの全文を掲げさせていただきました。

真っ先に指摘しなければならない点として、サービス残業が上司の身勝手な判断で強いられているようであれば大きな問題です。サービス残業は違法であり、撲滅させなければなりません。そのことの問題意識が希薄な労働組合や組合役員であれば、ただちに猛省し、考え方を改めていく必要があります。

したがって、ichiさんの前の職場や友人の会社には労働組合がなくても、サービス残業はなかったという話が当たり前な姿だろうと理解しています。サービス残業を当然視する会社があれば、いわゆる「ブラック企業」と認定されることになります。そうならないための労働組合の役割があるはずですが、ichiさんの現況は異例なことだと言わざるを得ません。

ちなみに私どもの職場でも結果的に時間外勤務を申請しなかった、もしくは申請しづらかったという事例が生じがちな点を危惧しています。そのため、昨年6月に投稿した記事「20時完全退庁宣言」の中でも紹介していましたが、組合ニュース等を通して次のとおり具体的な例示をもとに日頃から注意喚起しています。

「19時までの残業は残業とは認めない」などという誤った運用があった場合、即刻改めてください。短時間の時間外勤務となった場合、事後でも問題ありませんので必ず実施申請してください。午後8時までの予定が長引いた場合も同様です。翌日以降、実態に合わせた申請をしてください。実施申請しないとサービス残業に該当します。業務に関連した地域団体等との会議や出張も時間外勤務に当たります。必要な旅費等が自己負担だった場合は問題です。このような問題が強いられた場合、ただちに組合まで連絡してください。

続いて、組合の役割は賃上げ交渉など労働環境の改善に絞るべきという指摘についてです。どのような活動をどの範囲まで取り組むのか、それぞれの組合が加入されている組合員の皆さん同士の議論を通して決めていく問題だろうと考えています。その一つに自治労加盟の選択肢もある訳ですが、自治労に結集しているスケールメリットがあるため、多くの自治体単組や公共サービス関連の組合が自治労に加盟しています。

このような関係性や政治活動の必要性については少し前の記事「自治労の4つの目的」などを通して数多く説明してきています。今回の記事では詳述できませんが、自治労加盟という判断も先輩組合員の皆さんが「組合員にとってどうなのか」という議論のもとに導き出した結論だと言えます。その上で「組合員のため」になることを目的に自治労に結集していることは昔も今も変わっていないはずです。

なお、ichiさんが少し誤解されているような点も見受けられます。「組合員強制加入の保険、自動車購入などのための金貸し等々」という記述が気になりました。私どもの組合では任意の保険が強制加入と位置付けられているのであれば状況は異なってしまいますが、自治労組合員として加入する共済掛金は300円です。保険料3千円については誤解されている可能性がありますので改めて確認してみてください。

自動車購入のためのローンも、あくまでも利用するかどうかは組合員本人の選択です。そのことを前提に労働金庫全労済と連携しています。そもそも労働金庫も全労済も、労働組合が「組合員のため」に設立しています。組合員にとって優位なローンや保障を受けられるため、各組合が積極的に組合員の皆さんに対して利用を勧めているという関係性です。決して特定の団体のために余計な組合活動があるのではなく、すべて「組合員のため」を目的としています。

組合の大切な役割の一つとして、組合員が何か困った時に様々な相談を受けています。労働条件の問題であれば労使間の窓口となって解決をはかり、生活支援であれば前述したとおり労働金庫や全労済と連携しながら対応し、法律相談であれば顧問契約している法律事務所を紹介しています。いわゆる「駆け込み寺」の役割があり、そのような役割が果たせないようであれば組合の存続意義を問われかねません。

以前「パワハラ防止に向けて」という記事を投稿していますが、私どもの組合はハラスメントの対策に力を注いでいます。パワハラやセクハラという事態が生じた際、組合員から「組合には頼れない」と思われるようでは問題です。ichiさんのコメントを踏まえ、「組合は必要」という説明を加えています。たいへん長い記事になりつつありますが、せっかくの機会ですので、もう少し続けさせていただきます。

残念ながら私どもの組合でも様々な事情で組合に加入されていない方がいます。今のところ「加入率は100%近く」と言って間違いではありませんが、JR東労組の事態を「対岸の火事」とは見れない危機意識を抱えています。そのため、これまで組合の定期大会や新年度を節目にした時期に未加入者の方々に組合加入について呼びかけさせていただいています。今年3月末、機関誌『市職労報』を謹呈した際には次のような言葉を添えていました。

特集記事「春闘期、情勢や諸課題について 役に立たない組合はいらない?」を通し、組合の役割や直近の交渉結果をまとめました。その中で、組合に加入されていない方々を頭に浮かべながら綴っている箇所が多々ありましたので、お読みいただければ誠に幸いです。特に今回、「ここ数年の主な労使交渉の成果」を掲げてみました。このように組合があり、労使交渉を行なえたからこそ、市職員全体の賃金水準等を抑制する動きに一定の歯止めをかけてくることができました。このような労使交渉の成果を出せるのも大半の職員の皆さんが組合に加入いただけているからです。

しかしながら特集記事の中でも触れていますが、組合への加入者が激減するようであれば、組合の存続自体が危うくなります。そして、パワハラや違法な長時間労働を常態化させるような職場は労働組合がない、もしくは組合の存在感が希薄な場合に生じがちです。ぜひ、このような関係性を真摯に受けとめていただければたいへん幸いなことだと願っています。つきましては、この機会に改めて組合加入についてご検討いただけますようよろしくお願いします。

最後に、参考までに未加入者の方々を意識しながら綴った特集記事「役に立たない組合はいらない?」の冒頭に掲げた関連箇所をそのまま紹介させていただきます。パワハラへの対応について事実であれば、ichiさんの働く職場の組合側が改めるべき点もあろうかと思います。それこそ役に立たない組合はいりません。しかし、今回の記事に綴ったとおり組合活動はすべて「組合員のため」を目的にしている点などにご理解くださり、組合加入について改めてご検討いただければ幸いなことです。            

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「組合は必要」という認識を広めるためには…

まったく役に立たなければ「いらない」

ここ数年、この特集記事のトップ見出しに「役に立たない組合はいらない?」と掲げています。一歩間違うと大きな誤解を招き、組合をつぶそうと考えているような言葉です。決してそうではなく、組合員の皆さんに「何だろう」と関心を持っていただくための見出しの付け方でした。そもそも組合員の皆さんに対し、まったく役に立たない組合であれば、私自身も「いらない」と思います。

しかし、いろいろ力不足な点もあろうかと思いますが、一定の役割を果たしていることを確信しているため、組合は必要という認識を持ち続けています。ただ組合役員がそのように考えていても、組合員の皆さんと認識にズレがあるようでは問題です。そのようなズレを少しでも解消するためには、組合役員と組合員の皆さんと直接対話できる機会が多ければ多いほど望ましいのですが、それほど多く持てない現状です。

一人は皆のために、皆は一人のために

組合は、一人ひとりが働き続ける上で困った時に支え合い、皆で助け合うための役割を負っています。いざという時の安心のため、つまり「保険」のような側面があります。中には組合加入を断る理由として「困ることはない」「困った時は自力で解決する」と話される方もいます。実際、ある程度「自助」だけで大きな支障がなく、過ごせる場合も多いのかも知れません。

それでも昔から「一人は皆のために、皆は一人のために」という組合を語る言葉があります。最近は「ワンフォーオール、オールフォーワン」と英語で強調される場面をよく見かけています。つまり一人の力には限りがあり、皆で支え合うことの大切さを表わした言葉です。特に労働条件を決める際は労使対等の原則が働きます。市役所の仕事において、一職員からすれば市長をはじめとした理事者の方々は「雲の上の存在」となります。

それが労使交渉の場では対等に物申すことができ、労使合意がなければ労働条件の問題は当局側の思惑で一方的に変更できないようになっています。このような原則のもとに労使交渉を積み重ね、現在の労働条件が築かれていることを機会あるごとに強調しています。仮に経営者の思惑だけで労働条件が決められていった場合、昨今、問題視されている「ブラック」を生み出す土壌につながりかねません。

また、パワハラや違法な長時間労働を常態化させるような職場は労働組合がない、もしくは組合の存在感が希薄な場合に生じがちです。直接的なメリットが感じられないからと言って、組合への加入者が激減するようであれば、組合の存続自体が危うくなります。ぜひ、このような総論的な意味合いでの「組合は必要」という見方について、ご理解いただければ本当に幸いなことです。

公務員をとりまく情勢がたいへん厳しい中、直接的なメリット、いわゆるプラスの成果にかかわる話は多くありません。しかし、個別課題においても組合員の皆さんの生活を守るため、いつも全力で労使協議を尽くしています。ここ数年の主な労使交渉の成果は別記のとおりです。今回の特集では時間外勤務や人事評価制度、嘱託職員の課題などを報告します。これからも組合員一人一人の思いを代弁する立場で労使協議に臨み、職場課題で結果を出していくことが「組合は必要」という認識を広め、組合への結集力を高めていくものと考えています。

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2018年4月22日 (日)

JR東労組の組合員が大量脱退

前々回記事「突然、横田基地にオフプレイ」のコメント欄には様々な論点の提起や指摘がありました。まずnagiさんからの直接的な問いかけにお答えするため、前回は「放送法第4条撤廃の動き」という記事を投稿しました。今回も前々回記事のコメント欄で示されていた話題を踏まえ、新規記事を書き進めさせていただきます。

4月10日、「東洋経済ONLINE」のサイトに『JR東労組、組合員2.8万人「大量脱退」の衝撃 民営化から30年、大きな転機を迎えている』という記事が掲げられました。この動きに対し、組合が政治活動に関わっているため、大量脱退に至ったという見方を示したコメントが寄せられていました。下っ端さんからは「管理人さんはあれこれ理由を述べていますが、結果は出ましたね。そして、この流れは確実に他の組合にも波及することでしょう」という指摘を受けています。このようなコメントに対し、取り急ぎ私から次のようにレスしていました。

組合と政治との関係性は下記の記事などを通して、私なりの「答え」を明らかにしています。その「答え」が下っ端さんらからは賛同を得られないため、今回のような問いかけが続くこともやむを得ないことだと考えています。したがって、機会を見て改めて取り上げていくべき論点だろうとも認識しています。

下記の記事とは「自治労の4つの目的」であり、私なりの「答え」の詳細はリンク先の記事をご覧いただければ幸いだと考えていました。ただ「機会を見て」と記しながら、あまり間を置かないほうが望ましい題材であり、今週末に投稿する新規記事で取り上げることとしました。たいへん長い記事でしたが、まず「東洋経済ONLINE」のサイトに掲げられていた全文をそのまま紹介させていただきます。

JR東日本(東日本旅客鉄道)の最大労働組合「東日本旅客鉄道労働組合」(JR東労組、以下労組)に異変が起きている。今年2月中旬以降、この1カ月余りの間に約2万8000人もの組合員が脱退しているというのだ。今年1月時点では約4万6000人(社員の約8割が加入)もいた組合員が半減以下になるという、かつてない異常事態だ。昨年、30周年を迎えたJR東日本。ほぼ同時期に発足した労組。30年を節目に労使関係は大きな転換期を迎えている。

スト権行使の予告がきっかけ

大量脱退のきっかけとなったのは、労組による「スト権行使」の予告だ。労組関係者によると、昨年2月の臨時大会でスト権を確立した労組は、今年の春闘では「格差ベアの永久根絶」を求め、2月19日にスト権行使を予告。これは、本来の業務以外の研修などに参加しない「非協力スト」の予告だったが、要求が認められない場合は指名された組合員が業務を拒否する「指名スト」も計画していた。

労組の言う「格差ベア」とは、個々人の基準給の何%という定率での定期昇給を指す。この定率方式では組合員の給与格差が拡大していくとの理由から、すべての組合員一律に同じ金額にする「定額ベア」を求めていた。しかし会社側は20日、この労組の要求を拒否。「争議行為を実施することは、お客様にご心配や迷惑をかけ……また労使共同宣言の精神を否定するもの」として、争議行為の中止を申し入れた。同時に、経営幹部による職場訪問を順次実施。大量脱退が始まったのはこの時期からだ。

そして26日に労使対立が決定的になる。社長名で「労使共同宣言の失効」を労組に通知したのだ。この「労使共同宣言」は、1987年8月に締結され、その後2001年8月の第4次「21世紀労使共同宣言」まで3回再締結されている。ストライキによらず平和的手段で紛争を解決することを労使間で確認する内容。会社側は今回の事態によって、「会社との信頼関係を破棄し、『労使共同宣言』の趣旨・精神を否定」「すでに失効したものとみなさざるをえない」とした。

昨年まで4年連続でベア

労組側の動きに疑問を抱く関係者は少なくない。今回の要求は「格差ベアの廃止」だったが、その交渉手段としてスト権を立てる必要が本当にあったのか。実はJR東日本は昨年まで4年連続でベアを実施している。組合員の平均年収は600万円を超える水準。「いわば高給取りが、さらに高い給料を求めてストを実施し、お客様に迷惑をかけることなど到底認められない」。ある労組関係者はそう憤る。

そもそもJR東日本には、ストに対して大きなアレルギーがある。スト権は憲法で認められた労働組合の重要な権利。だが、旧国鉄は争議行為を連発して利用者が離反、それがもとで経営破綻に追い込まれた経緯がある。労組関係者の間では、労組の委員長、会長、顧問など、長きにわたり事実上のトップだった松嵜明氏(故人)が提唱した「いつでもたたかえる体制」を具現化する動きだったという見方がある。松嵜氏は革マル派(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)創設時の副議長でもあった人物だが、その松嵜理論に回帰する動きではないか、というのだ。

今回は、労組の上部団体「JR総連」が1990年にスト権を確立しようとした動きに似ているとの指摘もある。しかし、ある労組OBは「松嵜時代は結局、一度もスト権を確立していない。松嵜氏が言う『いつでもたたかえる体制』とは、スト権を指しているのかどうか」と疑問を呈する。別の労組元幹部は「今の執行部にはストの経験がない。組合員の多数意見を無視して、経験のないことをやろうとしてもダメだ。結局、読みを間違ってしまった」と指摘する。

組合員からは労組に対する不満の声も聞こえてくる。毎月給料から天引きされる組合費は「基本給×2.2%」で、年2回のボーナス月を含む14カ月分が徴収される。基本給30万円の場合、年間9万2400円。1カ月で7700円の計算になる。組合員平均は8000円程度で、上限はないという。一方、JR連合系のJR東海(東海旅客鉄道)は基本給30万円なら月5600円(上限は6000円)、JR西日本(西日本旅客鉄道)では月6500円(上限7000円)だ。

おカネの問題だけではない。休日にもかかわらず勉強会だ、デモだと駆り出され、参加しないと批判される。開かれる大会もJR総連のスローガンが色濃く反映されることがある。「憲法改悪反対」「安保法制廃止」「仲間とたたかい抜いた国鉄改革を再検証し・・」。確かに平和主義は大切なことだが、一部の組合員からは「これって労組?」と疑問の声も聞かれた。

平成29年版「治安の回顧と展望」(警察庁警備局)では、「革マル派が相当浸透しているとみられる」として、JR総連と労組は警察庁・公安調査庁の監視対象となっている。会社との対立が表面化していた今年2月23日には、参議院議員の質問に対して、政府が答弁書を閣議決定。「労組内には、影響力を行使し得る立場に革マル派活動家が相当浸透していると認識している」とした。

妥結後も組合員の脱退が止まらない

結局、スト権は行使されなかった。会社側は3月16日に、基本給に0.25%を乗じた額という定率ベアを回答(ほか初任給の引き上げなども実施)。一律定額ベアではなかったものの、労組側は「大きな成果を勝ち取る」「基準内賃金平均1328円の改善」と評価、即日妥結した。「労組側の主張はこの間、微妙に変わっていった」と会社側は振り返る。ただ、労組側には「大きな成果」と言わざるをえない事情があったのかもしれない。組合員の大量脱退は、労組側に大きな衝撃を与えたようだ。

止まらない組合員の脱退に対して労組は3月9日、会社側から組合員に対して脱退を働きかける不当な行為があったとして、各都県の労働委員会に不当労働行為からの救済を申し立てている(東京、八王子、水戸の各労組地方本部)。この申立書は、経営幹部が職場訪問を始めた直後から脱退者が出たと指摘。非協力ストは通常業務に影響を与えるようなものではないのに、あたかも列車運行に支障を来すかのような虚偽の喧伝をした、勤務時間内に個別に面談し、脅しと利益誘導で脱退を強要したなどとも申告している。会社側は「こうした事実はない」と否定している。

職場では組合員の不安・動揺が広がっており、ベア妥結後も「組合員の脱退は同じペースで続いている」(会社側)。4月12日、労組は35回目となる臨時大会を開催する予定だ。一方、会社側は、4月末に36協定(時間外・休日労働に関する協定届)が期限を迎える。そのため、事業所ごとの人数の把握とその代表者の確認など、運行に支障が起こらないよう対応に追われている。大量脱退の余波はまだ続きそうだ。

あらかじめ申し上げなければならないことがあります。他の産別組合の内情について詳しく知らない外部の立場から踏み込んだ論評は避けなければなりません。加えて、たいへんな局面を迎えている当該の組合役員の皆さんに対し、他産別の組合役員が「評論家」のような意見や感想を漏らすことは失礼なことに当たるものと考えています。

その上でメディアが取り上げ、インターネット上から把握できる上記の情報をもとに今回の記事を書き進めていくつもりです。下っ端さんの「この流れは確実に他の組合にも波及することでしょう」という指摘が現実化しないよう「対岸の火事」としない機会として、私なりの問題意識を綴ってみます。その際、客観的な事実として、私どもの組合の現状とJR東労組との違いを紹介していくことになります。

まず「対岸の火事」と記しましたが、オープンショップ制の労働組合にとって他人事にはできない憂慮すべき事態だと見なければなりません。「自分の組合はそうならない」とは決して言い切れないものと考えています。「組合は絶対必要。だから加入するのは当然」と思われている組合員の皆さんばかりではない現状が少なからず進んでいるのではないでしょうか。

組合によって差があるのかも知れませんが、「組合に入っているメリットが感じられない」という声が潜在化しているはずです。そのように思っていても組合を脱退しない大きな理由は「皆が入っているから」であり、組合に入っていないと「職場の中で少し浮いた存在になってしまう」という意識があるため、踏みとどまっている方も少なくないように見ています。

そのため、今回のJR東労組のような事態が生じた際、それこそ絶好の機会として脱退を考えた方々が続出してしまったのではないでしょうか。加入するかどうか本人の自由意思となるオープンショップ制の場合、どこの組合も大なり小なり抱えているリスクだろうと思っています。このようなリスクがあることを組合役員側は認識し、組合活動はどうあるべきかという自問自答を重ねていかなければならないはずです。

組合が政治活動に関わるから大量脱退に至ったという指摘を受けていましたが、切っかけは労働条件の改善を求めたストライキ予告でした。以前「ストライキ批准投票」という記事を投稿し、「ストライキは決行することが目的ではありませんが、労働組合の切実な要求を前進させるためには有効な手段であることも事実です」と記し、「一方で、バスや鉄道など公共サービスを提供する労働組合のストライキは地域社会に及ぼす影響もはかり知れません」とも綴っていました。

さらに組合員の中には「ストライキの配置自体が問題だ」とする見方から「ストライキも構えず、妥協するのか」というような対照的な意見があることも紹介していました。今回、JR東労組が労働条件向上のため、労働組合としての本来の趣旨に沿った「伝家の宝刀」を抜こうとした結果、大量脱退の事態に至っていることを非常に悩ましい構図だと感じています。

結局は脱退するタイミングを見計らっていた組合員が多かったという現状だったのかも知れません。私どもの組合費は常勤職員の場合、基本給の1.3%で上限が3,500円(別途自治労共済掛金300円)ですので、比較的低額な水準です。政治活動に関しては当ブログを通して情報を発信しているとおり一定の方針化をしているため、JR東労組の事態を踏まえて足元を検証していく機会につなげなければなりません。

たいへん長い記事になりつつありますので少し駆け足な記述となってしまいますが、政治活動も「組合員のため」につながることを目的に方針化しています。ただ「組合員のため」と説明しても、その関係性の共通理解が不充分であれば組合執行部と組合員との信頼関係を高めていくことは困難です。さらに万が一、ある特定の団体や政治家のためになることを第一義的な目的として組合活動が展開され、貴重な組合費が投入されるようであれば重大な問題だろうと思っています。

一定の範囲で必要とされている組合の政治活動とは言え、組合員の政治意識が多様化している中、例え組織的な手続きがはかられていたとしても運動の押し付けは避けなければなりません。「なぜ、取り組むのか」という呼びかけを基本とし、組合方針に対する理解を高めていくことに組合執行部側は注力すべきだろうと考えています。

「東洋経済ONLINE」の記事には「休日にもかかわらず勉強会だ、デモだと駆り出され、参加しないと批判される」と書かれています。そのようなことが事実だった場合、組合費を払いながら自分自身の意図に反した行動を休日にまで強要されるものであり、脱退する機会をうかがっていた組合員が相当数に上ることも分かるような話だと言えます。

JR東労組の関係者の方に直接確かめることなく、報道されている内容をもとに個人的な感想を掲げてしまいました。事実誤認があった場合はたいへん申し訳ありません。あくまでも一般論の話として、労働組合の政治活動について私自身が日頃から留意している点について一言添えさせていただいています。

実は私どもの組合も以前は「職場動員」という仕組みがあり、テーマを問わず学習会や反基地の集会などに各職場から割り当てた人数の参加を要請していました。このような組合執行部からの要請に対し、しっかり割り当てられた人数を送り出すことに努力されていた組合役員や職員委員も少なくありませんでした。その結果、嫌々参加していた組合員や参加しないと批判されていたケースも多かったかも知れません。

なお、すでに労働委員会に提訴されているようですが、経営幹部の職場訪問と組合員の大量脱退が関連しているのであれば不当労働行為そのものです。事実であれば、このような経営側の動きは絶対認められるものではありません。今回のスト権行使に関して組合員との意思疎通に問題があったのかどうか、組合執行側も反省すべき点は反省しなければなりませんが、経営側の対応も焦点化すべき重大な問題だと考えています。

思っていた以上に書き始めると書き残したい内容が頭に浮かび、まとまりのない記事内容となって恐縮です。いずれにしても組合員の皆さんから「組合は絶対必要」と思われ、組合費の負担に見合った日常活動が評価され、一定の政治活動の必要性に対する共通理解を進めることが重要な時代になっているものと受けとめています。

かなり前の記事「組合に入らないデメリットは?」に寄せられたichiさんからの「組合なんてあってもなくても一緒なんじゃないの?」という問いかけを意識した内容まで広げるつもりでしたが、ここで今回の記事は区切りを付けさせていただきます。疑問を持たれている皆さんに対し、スッキリ氷解できるような内容ではなく、論点自体がかみ合っていない点があるのかも知れません。

それでも分かり合えなくても 基本的な考え方や立場の異なる者同士が率直に意見交換できる機会は大切なことだと考えています。私自身、記事本文を通し、立場の異なる皆さんから「なるほど」と思っていただけるような言葉を探しています。ぜひ、このような関係性についてもご理解いただきながら、また何か指摘したい点がありましたらお気軽にコメント投稿をよろしくお願いします。

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2018年4月14日 (土)

放送法第4条撤廃の動き

前回記事「突然、横田基地にオフプレイ」のコメント欄には様々な論点の提起や指摘がありました。その中で、nagiさんから放送法第4条撤廃の動きについて次のような問いかけがありました。その全文を掲げた上、いろいろな意味でタイムリーな論点につながる問題ですので、私自身の思うところを書き進めさせていただきます。なお、2016年5月22日の記事は「報道の自由度、日本は72位」というものでした。

昨今、話題になりつつありますが、政府が現状の放送法第4条を撤廃し、放送とネットを融合し新規参入の促進を検討していると。既存のテレビ局にとっては巨大な権益を侵害される以上、大反対なのは当然ですが、この件に対してリベラルな人々の意見が聞こえてきません。以前、OTSU氏も2016年5月22日の記事で日本は報道の自由度が72位との記事をアップしてました。

国連特別報告者が放送法について言及し、政府の報道の圧力に対して多くのリベラル系の方々が同調し、政府を批判していました。ようやく政府が重い腰を上げて放送法4条の廃止に動きだしたのに、どうして応援しないのか不思議です。OTSU氏はどのように考えているのか是非意見を聞かせていただければと思います。くれぐれも批判的な意味で言ってるわけではないことを念押ししておきます。

ちなみに放送法第4条「国内放送等の放送番組の編集等」第1項の条文は下記のとおりです。第2項は視覚障害者や聴覚障害者に対する可能な限りの配慮を求めたものであり、今回、取沙汰されている主な論点は第1項に掲げられている「政治的に公平であること」の是非や必要性についてです。

第4条  放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
 1  公安及び善良な風俗を害しないこと。
 2  政治的に公平であること。
 3  報道は事実をまげないですること。
 4  意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

ネット上を検索し、ライターの大山くまおさんの『テレビ制圧!放送法改正を本気で目指す安倍政権の暴言を総ざらいする』という記事を目にしました。記事のタイトルは扇情的ですが、放送法第4条撤廃の動きに対する関係者らの一連の発言や事実関係を分かりやすくまとめたものです。 そのサイトを閲覧することで、政府が放送法第4条撤廃という発想に至っている背景を次の文章から読み取れます。

放送法改正を主導していると見られているのが、安倍首相の信頼が厚い今井秘書官だ。4月6日付の毎日新聞は官邸関係者の「今でもテレビの政治的中立なんてあってないようなもの。米国みたいに視聴者が『このテレビ局はこの政党を支持している』と分かったほうがいい」という言葉を紹介している。テレビ局に「公正」さなど求めない、というわけだ。

官邸関係者から「米国みたいに」という言葉が示されていましたが、アメリカでは1987年にメディアに対する「公平原則」が廃止されています。それ以降、各局の政治的な立ち位置が顕著になっています。そのような経緯がある中、つい最近、ある騒動がアメリカで起こっていました。複数のテレビ局のニュース番組で、それぞれの局のキャスターが一言一句、まったく同じ内容のコメントを読み上げていました。

その騒動の詳しい様子や背景についてはハーバー・ビジネス・オンラインのサイト『”トランプのプロパガンダ”を地方TV局が一斉放送!? 背後に地方局を牛耳る企業「シンクレア」の存在』から把握できます。「フェイクニュース」を危惧した内容となっていますが、トランプ大統領がメディア批判で使う文言を含んでいます。そのため、「フェイクニュース」というのはトランプ大統領への批判を強めている「CNN」などのメディアを指していることが明白な報道でした。

全米各地の放送局を運営する保守系メディア企業シンクレア・ブロードキャスト・グループが「ニュースの枠を使う」「原稿を一言一句、正確に読み上げる」という指示書を出し、まったく同じ内容の報道が一斉に配信されたようです。このように報道した各局の様子を並べて紹介した日本のニュース番組を目にしましたが、たいへん異様な光景でした。アメリカの視聴者からは「全体主義のようだ」などという批判する声が上がっていました。

ハーバー・ビジネス・オンラインの記事は「放送制度が改革された場合、日本でもこういった問題が発生する可能性は充分にある。対岸の火事と考えずに、今後も注視してきたい」という言葉で結ばれています。「政治的に公平であること」の規制を外すということは資金力があるメディア企業によって、今回のアメリカの例のように情報を統制できる力を持てることになります。

そもそも放送法は、太平洋戦争時に戦意高揚のための政府宣伝にラジオが使われた反省から1950年に制定されたという経緯があります。政治的に中立であるという意味は国家権力から縛られず、批判すべき点があれば率直に批判できる立場性を保障したものだと言えます。政権にとって都合の良い情報だけを流す宣伝機関とならず、国民が時の政権を正当に評価するため、幅広い情報を提供していくという公益性が放送事業者には求められています。

野田総務相は参院総務委員会で「日本の放送が4条を守り、様々な情報を提供してくれたことには大きな意義がある」と述べています。岸田政調会長は「放送法の役割、この政治的な公平性とか、公序良俗の維持とか、様々な役割があると言われています」とし、政府与党内からも慎重に議論すべきという声が相次いでいます。

安倍首相のシンパとして有名な幻冬舎の見城社長は 「僕の想像ですが、安倍さんは報道ステーションやサンデーモーニングが気に食わないのでしょう。しかし、それとこれとは話が別だと思います」と語っています。やはり安倍首相に近いと見られている読売新聞も「政治的中立性の縛りを外せば、特定の党派色をむき出しにした番組が放送されかねない。番組の劣化と信頼失墜を招く」などと強い調子で批判を続けています。

nagiさんは放送法第4条を撤廃すれば放送の自由度が上がり、歓迎すべき動きのようにとらえられているのかも知れません。しかし、私自身は上記のような懸念する意見と同様、撤廃には慎重な考えです。撤廃の動きに対し、「政権寄りのメディアを誕生させる狙いがあるのではないか」と言われるような動機があるとすれば、もっての外だと思っています。

政権にとって耳の痛い批判意見ばかりだから「政治的中立が守られていない」という見方があるとすれば非常に問題です。ましてトランプ大統領のように自分に対する批判報道は「フェイクニュースだ」と決め付ける振る舞いは権力側の取るべき姿勢ではありません。明らかな誹謗中傷は論外ですが、事実無根でない限り、メディアからの批判や指摘は国民の思いを包みこんでいるため、政権側には謙虚に耳を傾ける姿勢が求められています。

報道の自由度、日本は72位の話ですが、もともと低い順位であれば判定する仕組み自体を問題視することも考えられます。ただ民主党政権時代は11位だったため、同じ基準のもとに自由度が下がっていることを率直に省みる機会にしなければなりません。安倍政権にとって都合の悪い情報はメディアが正面から取り上げられなかった、もしくは取り上げづらかった、このような構図が見受けられ、報道の自由度が下がっていた可能性も否めなかったはずです。

このところ森友学園や加計学園の問題をはじめ、防衛省の日報問題、さらに財務省事務次官らのセクハラ報道など行政の信頼を損ねる事態が立て続けに明らかになっています。ここで留意すべき点として、それぞれ最近起こった問題ではありません。スクープがなければ表面化しなかった情報も少なくありません。このような問題に対し、「スキャンダラスな話よりも、もっと重要な問題がある」と苛立っている方々も多いかも知れません。

しかし、政府が情報を隠蔽や偽装する行為は民主主義国家として、絶対あってはならないことです。過去、ミッドウェー海戦の大敗を隠すため、沈没した空母「赤城」「飛龍」の2隻を編成表に残す細工まであったそうです。事実を事実として包み隠さず国民に知らせない限り、国民は正当な評価や判断を下すことができません。そのような意味で今回の一連の問題は各論である一方、総論としての政府の体質を検証する機会につなげるべき問題だろうと受けとめています。

物事を適切に評価していくためには、より正確な情報に触れていくことが欠かせません。誤った情報にしか触れていなかった場合は適切な評価を導き出せません。また、情報そのものに触れることができなかった場合、問題があるのか、ないのか、評価や判断を下す機会さえ与えられません。

このブログの中で、たびたび上記のような問題意識を掲げてきています。そのためには報道の自由度が重要であり、放送事業者が時の政権の宣伝機関に陥らないという意味の政治的な中立性が欠かせないはずです。放送法第4条の「報道は事実をまげないですること」はもちろん、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」は非常に大事な点だろうと思っています。もし新規参入を認めていくのであれば放送法第4条の順守を前提に検討すべきものと考えています。

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2018年4月 7日 (土)

突然、横田基地にオスプレイ

このブログを定期的に訪問されている方が必ずコメント欄をご覧になっているかどうかと言えば、そうとも限らないようです。そのため、投稿した記事本文の内容を補足するレスをコメント欄で行なった際、その内容を直後の新規記事に掲げる場合があります。前回記事「人事・給与制度見直しの労使協議」のコメント欄で、下っ端さんから「誰が?が、大事なのでは。では、なぜ森友問題は誰?が問題になるのか」という問いかけがありました。この問いかけに対し、私から取り急ぎ次のようにレスしていました。

私自身の文章力や表現力が拙いためか、提起している趣旨が充分伝え切れていないようです。総理大臣、財務大臣、財務省高官、総理夫人、それぞれの立場において大なり小なり影響力があり、それに伴う結果に対する責任の処し方があります。そのような意味で匿名の人物の振る舞いと同列視できないため、森友学園の問題では「誰が」が重要な要素となります。

一方で、このような場合でも安倍首相ではなく、つまり「誰が」ではなく、仮に民主党政権時代の首相が同じような対応にとどまっていれば不充分であると指摘しなければなりません。このような関係性における「誰が」という記述を多用しているつもりです。その上で、これまでの一連の政府の対応や説明で充分であるという下っ端さんのような方も少なくないのかも知れませんが、私自身の思いは最近の記事に綴ったとおりです。

実は上記の文章を読み返してみて、やはり私自身の問題意識がしっかり伝え切れていないような気がしています。補足したつもりのレスの補足として、少しだけ言葉を書き足してみます。ポジショントークについて説明する際、「誰が」に関する記述を加えています。したがって、すべて固有名詞を外して物事を評価すべきという主張ではありません。

もともと安倍政権を支持されている方は安倍首相の肩を持ちすぎていませんか、野党の訴えに耳を貸すことをハナから拒んでいませんか、その逆に初めから安倍政権に批判的な方は具体的な理由を上げないまま倒閣を目的化していませんか、このような問題意識のもとに「誰が」ではなく、個々の言動や振る舞い自体を評価し、物事の是非を判断していくべきではないかと考えています。

その上で、私の立ち位置は明確にしているつもりです。NHKのような立場とは異なり、必ず両論併記するような記事内容としていません。あくまでも事実関係を重視し、憶測による誹謗中傷に当たるような言葉は避け、「何が問題なのか、なぜ、反対するのか」という記述に心がけています。このような心構えのもとにポジショントークと見られないように自分自身を注意喚起してきているつもりです。

言うまでもありませんが、私自身の正しいと信じている主張がすべて正しいとは限りません。そのため、異論や反論があって当然だろうと思っています。率直な意見を交わせることが大事な関係性であり、幅広い見方や考え方に触れ合うことで、何が正しいのか、何が問題なのか、お互いの理解や認識を深めながら、より望ましい「答え」に近付けていければと考えています。

本題に入る前の話が長くなってしまいましたが、ここから記事タイトル「突然、横田基地にオスプレイ」の内容に入らせていただきます。さて、私が勤める自治体の西北の一部に在日米軍の横田基地が隣接しています。今回の記事はローカルな話題であり、かつ現在、全国的に注目を浴びている話題だと言えます。

3年前、2015年5月に「横田基地にオスプレイ」という記事を投稿していました。これまでのパターンにならい、今回の新規記事はタイトルに「再び」を付けて書き進めようとも考えました。ただオスプレイが初めて横田基地に飛来したのは2014年7月のことであり、その後も時々、横田基地に降り立っていました。正式配備の計画自体が見送られてきた訳であり、「再び」というタイトルは少し紛らわしく、それこそ唐突感を前面に出した「突然、横田基地にオスプレイ」としてみました。

米空軍の輸送機CV22オスプレイが横田基地に夏ごろに正式配備される見通しになった。米国防総省は昨年3月、当初予定の昨年後半から、2019年10月以降に延期すると発表していた。本土では初めてとなる首都圏への配備が突然、前倒しされたことに対し、基地周辺の住民からは怒りと不安の声が上がった。

在日米軍司令部がある横田基地は都心から西に約40キロに位置し、総面積は約7平方キロ。東京都福生市や立川市、昭島市など5市1町にまたがり、周辺には住宅が密集する。「こんなに方針をころころ変えるなんて」。米軍機の飛行ルート直下の昭島市緑町に住む大野芳一さん(78)は驚きと憤りをあらわにした。

「パイロットや整備士不足でいったん延期したのに、それが解決したとは思えない。なぜ今、配備するのか。日本政府からも明確な説明がない」 大野さんは基地周辺の約1000人が米軍機の夜間・早朝飛行の停止を国に求める訴訟の原告団長を務めており、改めて、オスプレイの配備中止を求める署名や街頭活動に取り組むという。

同じく飛行ルートにあたる東京都瑞穂町箱根ケ崎地区。畑仕事をしていた60代の男性は「沖縄で事故が起きているし、できれば来ない方がいい」と思いを打ち明けた。「『町が基地で補助金をもらっているのに配備に反対するなんて』と近所の人に思われたくない」。地元では声高に反対を言いづらいという。

福生市の加藤育男市長は「配備の前倒しに大変、驚いている。地域住民のオスプレイの安全性への懸念は払拭されていない」とのコメントを出した。小池百合子都知事が会長を務める「横田基地に関する東京都と周辺市町連絡協議会」は防衛省北関東防衛局に対し、迅速な情報提供を求めるとともに、米国に安全対策の徹底などを働きかけるよう申し入れた。【毎日新聞2018年4月3日

上記の報道があった直後、4月5日には5機が横田基地に到着しています。三多摩平和運動センターは4月4日に小野寺防衛大臣あてに「CV22オスプレイの横田基地配備に強く反対する」抗議文を送っています。外務省・防衛省は「配備は日米同盟の抑止力・対処力を向上させ、日本の防衛力及びアジア太平洋地域の安定に資する」と説明していますが、逆に近隣諸国との緊張関係を高め、横田基地が攻撃の標的になりかねません。加えて、オスプレイの墜落事故が続く中、住民の安全を脅かし、騒音被害を拡大させる横田基地への配備を強く反対する抗議内容としています。

私どもの組合も同様な立場でオスプレイの横田基地の配備に反対していきます。さしあたり、4月13日午後6時30分からRISURUホールで開かれる「オスプレイの横田基地配備反対!学習決起集会」の参加を組合員の皆さんに呼びかけています。東京平和運動センターと三多摩平和運動センターが主催し、東京新聞論説・編集委員の半田滋さんの講演を中心にした集会です。

正式配備の計画が大幅に前倒しされた理由として、5月に予定されている米朝首脳会談をにらんだものだと言われています。朝鮮半島情勢で想定される使用方法について、評論家で軍事ジャーナリストの潮匡人さんは「在韓米国人らの輸送に大きな役割を果たすことが期待されている。米軍が特殊部隊を投入する際の使用も考えられる」と語っています。

潮さんは「米朝首脳会談で米国側が実を得る形(北朝鮮の核・ミサイル開発完全放棄)で成功するためにも、最大の圧力を維持すべくスケジュールを前倒しした」とも解説しています。このような背景が説明されると「やむを得ない」と思われる方も少なくないのかも知れません。しかし、地元住民の大半は容易に受け入れられないという思いであり、オスプレイの安全性に対する疑念を強めています。

最後に、今さらという話なのかも知れませんが、主権という意味合いからも問題視する声が上がっています。外務官僚だった天木直人さんがご自身のブログで下記のような記事「主権放棄を国会で認めた河野外相の外相失格」を投稿していました。冒頭に述べたとおり「誰が」記しているかは横に置き、その事実関係に対して「問題があるのか、ないのか」、閲覧された皆さん一人ひとりがそれぞれの思いを巡らしていただければと考えています。

外務省が劣化しているのも無理もない。なにしろトップである河野外相が外交を放棄しているからだ。そして、その事を国会で悪びれることなく認め、平然としているからだ。あり得ない事である。何も知らされないまま、突然オスプレイが横田基地に配備される事を報道で知った住民は猛反発している。当然だろう。住民ならずとも、日本国民は怒らなければいけない。なにしろ、日本国民の安全を脅かすオスプレイの配備について、主権者である国民が何も知らされないまま配備されたからだ。

これこそ主権放棄の日米同盟関係を象徴する事件だ。そして、いつもの私ならこう続ける。日本政府に怒って見ても仕方がない。なにしろ日本政府でさえ何も知らされないのに、どうして日本政府が住民に事前に知らせることが出来るのかと。日本政府に文句を言うよりも、主権放棄の日米同盟関係を見直さなくてはいけない。その不平等さの元凶である日米地位協定の一日も早い改正こそ、国民は日本政府に要請しなければいけないのだと。

ところが、今回ばかりは違っていた。外務省は事前に知らされていたというのだ。共産党の志位委員長がきのう4月5日記者会見で明らかにした。すなわち、外務省が3月16日に在日米軍司令部から通報を受けていた事を明らかにした上で、「3週間、外務省が隠していた。(国会に対してはもとより)国民、自治体、にも一切知らせなかった。隠ぺいの態度だ」と非難したのだ。もしこれが事実ならとんでもない外務省だ。徹底的に吊し上げなければいけない。

そう思っていたら驚いた。隠ぺいを追及された河野外相は4月4日の衆院外務委員会で次のように答えたというのだ。「米側からは調整が整うまで公表を控えるよう要請されていた」と。なんという外務大臣だ。米軍から3週間も前に知らされておきながら、米軍の命令に従って国民に隠したというのだ。しかもそれを当たり前のように国会答弁で明らかにして、恬として恥じない。私は外務省に35年間いたがこんな主権放棄の外相ははじめてだ。

いや、外務省を辞めてからも15年間の間、さまざまな主権放棄の外務大臣を見てきたが、国会答弁で、米側に命令され、それに従って国民に隠しました、と公言して、申し訳ないと思うどころか、平然と開き直った外相は見た事がない。まさしく国民に背を向けた主権放棄の河野外務大臣だ。外務官僚の劣化どころではない。魚は頭から腐るというが、外務大臣の劣化の極みだ。そして、そんな河野外務大臣を任命したのは安倍首相である。安倍外交が行き詰まるはずである。

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