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2018年2月11日 (日)

平昌オリンピック、強まる政治色

先週金曜の夜、平昌オリンピックが開幕しました。オリンピックは「平和の祭典」と呼ばれていますが、確かに戦争の影が現実味を帯びているようであれば開催は困難です。1940年の第12回大会は東京での開催が決まっていましたが、日中戦争の勃発によって見送られていました。結局、第2次世界大戦の影響で第12回と第13回の開催自体が中止に追い込まれていました。

戦後、ロンドンで開かれた第14回大会以降、4年ごとの開催が途切れることはありません。しかしながら東西冷戦の時代、ソ連軍のアフガニスタン侵攻への制裁措置として1980年のモスクワ大会の参加をアメリカや日本など西側の陣営がボイコットしました。その4年後のロサンゼルス大会はソ連側が不参加となり、西側の諸国だけの開催となっていました。

政治に翻弄され、選手生命のピークの時期に不参加を強いられた出場候補だった皆さんの無念さは計り知れません。「アスリートファースト」という言葉からは程遠い出来事でした。その後、選手の不参加という事態は避けられていますが、開催国の諸問題を抗議する意図を込め、各国首脳が開会式を欠席するという手法は頻繁に見受けられています。

4年前のソチ冬季大会の開会式には、欧米諸国の首脳がロシアの反同性愛法の問題に抗議し、揃って欠席しました。そのような中で、プーチン大統領との親密さを重視していた安倍首相は開会式に出席していました。今回の平昌大会の開会式も安倍首相をはじめ、各国首脳は政治的な思惑を錯綜させながら対応を判断していったようです。本来、オリンピックと政治は一線を画すべきところですが、よりいっそう平昌大会は政治色の強さを際立たせています。

9日夜に開会式がある平昌五輪は、北朝鮮が参加したことでスポーツの祭典という位置付けだけでなく、政治的な駆け引きの場としても注目を集める。「南北融和」を期待する声がある一方で、北朝鮮の管弦楽団入国に対する抗議行動が起こるなど、韓国内にはさまざまな受け止め方がある。地元の韓国メディアは北朝鮮の参加をどのように考え、何を伝えようとしているのか。

北朝鮮の選手団が、海外メディアの取材に応じることはほとんどない。雪上競技が行われる平昌と、氷上競技が開催される江陵に設けられた選手村でも、その姿勢は同じだ。6日にあった選手村の報道公開では、江陵のトレーニング施設に北朝鮮のジャージーを着た選手とコーチが姿を見せた。ランニングマシンで黙々と汗を流す選手らを、遠巻きに見つめる韓国の報道陣。トレーニングを終えて宿舎に戻る瞬間を待ち構え、一斉に近寄って質問を投げかけたが、選手らは足を止めなかった。

大手通信社・聯合ニュースの男性記者(29)は「五輪への参加で、北朝鮮関連の二ュースはより重要性を増した。社としても力を入れて北朝鮮選手らの動きを取材し、報道している」と話す。それでも、北朝鮮が朝鮮労働党内序列2位の金永南・最高人民会議常任委員長の派遣を決めたことなどを踏まえ、「北朝鮮の参加に意味はあるとは思うが、政治的な意味合いが強くなるのは五輪精神に反する」と、今後の動きに注目する。

大手新聞社の社会部の男性記者(32)も「国内には北朝鮮のPRの場になるのではないかという懸念があり、そうした観点で取材を進める」と説明する。一方で「北朝鮮関係者の宿泊するホテルには、どんなお菓子があるのか」「どんな携帯電話を使っているのか」といった読者の素朴な疑問に答えるような取材もしているという。韓国内には「過熱報道」との指摘もあるが、純粋にスポーツの祭典としての報道を心掛けるメディアもある。

スポーツ専門テレビの男性記者(32)は「北朝鮮の選手を特別視する報道はしない」と断言する。女子アイスホッケーが統一チーム「コリア」を結成したことについても、「統一チームを結成したことは過去のスポーツイベントでもあるし、そもそも政治とスポーツを100%切り離すことはできない」と冷静に話した。【毎日新聞2018年2月9日

このように平昌オリンピックは北朝鮮の参加で朝鮮半島を巡る政治色の強い大会となっています。男性記者の「そもそも政治とスポーツを100%切り離すことはできない」というコメントが示すとおり政治の動きと切り離すことができないのであれば、オリンピックの場が望ましい方向に進む好機になって欲しいものと願っています。

国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長の開会式のあいさつは政治色に満ちたものだった。IOCはリオデジャネイロ五輪で難民五輪選手団(ROT)を初めて結成したことで「希望のメッセージ」を発信し、今回の平昌五輪では韓国と北朝鮮が合同で入場行進したことで「平和のメッセージ」を発信したと自賛した。

五輪の政治利用を懸念する声に対してバッハ会長は、IOCの取り組みは政治的な意図に無縁であることを明確にしていると強調してきた。だが、五輪のたびにスポーツを政治的な課題に絡めて語る傾向が強くなっている。この日は「多様性の中での結束は、分断しようとする力よりも強い」とも訴えた。

バッハ会長は開会式で「スポーツは人々を一つにする力がある」と話した。全てのアスリートが選手村で寝食をともにすることで新たな交流が生まれ、五輪憲章にある「平和でよりよい世界の構築に貢献」につながる。だが、政治的な課題を解決するためにスポーツがあるわけではない。スポーツに力があるのはバッハ会長も認めるように、ルールを守る前提があるからだ。人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教などの違いを乗り越えられるのもこのためだ。

今、スポーツはそのルールが大きく侵害される危機にある。ロシアによる組織的なドーピングだ。この対策こそがバッハ会長が向き合うべき課題のはずだ。バッハ会長は「ルールを守り不正をしないことによってのみ、皆さんは心から五輪を楽しむことができる」と選手らに説いたが、説得力に欠ける。個人資格とはいえロシア選手が出場することに否定的な選手は少なくない。

南北融和ムードでの開催はバッハ会長が待ち望んだものだった。前回、ソチ五輪に北朝鮮が参加しなかったことでIOCは北朝鮮の選手が平昌五輪の出場資格を得られるように、特別支援プログラムの提供を申し出るなど働きかけてきた。「開会式をご覧になっている世界中の五輪ファンのみなさん、私たちはこの素晴らしい行進に感銘を受けました」と成果を強調した。スポーツは外交手段としては極めて有効だ。だからこそ慎重であるべきだ。あるIOC委員は「大会後に何が起きるのかは誰も分からない」と話している。【毎日新聞2018年2月10日

バッハ会長はIOCの取り組みが政治的な意図に無縁であることを強調していますが、「スポーツは人々を一つにする力がある」とし、「多様性の中での結束は、分断しようとする力よりも強い」と政治色もにじませた言葉を発しています。いずれにしても南北融和ムードでの開催はバッハ会長の待ち望んでいた姿であることが伝わってくる開会式での挨拶でした。

一方で、北朝鮮に配慮しすぎているような開催のあり方に対し、疑問や批判的な見方を示されている方々も多いはずです。IOC委員の「大会後に何が起きるのかは誰も分からない」という言葉はその通りなのかも知れませんが、オリンピックの後、戦争が始まる事態だけは絶対避けなければなりません。

日本人の半数近くがアメリカの北朝鮮に対する軍事力行使を「支持する」という調査結果もあります。ただ多くの人命が奪われる戦争自体の是非を問えば、圧倒多数が「非」と答えるのではないでしょうか。安倍首相に心から願うことです。戦争を避けられる選択肢が見出せるのであれば、その選択肢が実を結ぶように最大限の努力と英知を発揮して欲しいものと切望しています。

北朝鮮情勢を巡るキーパーソンが平昌オリンピックを通し、接触できる機会を得られています。文字通りオリンピックが「平和の祭典だった」と称賛されるような望ましい政治の動きにつながることを期待しています。最後に、個々人の考え方によって評価が大きく分かれるだろうと思われるメディア記事を紹介します。安倍首相が韓国の文大統領に伝えた言葉とその返答を報道した内容です。

9日に韓国の平昌で開いた日韓首脳会談で、安倍晋三首相が文在寅大統領に米韓合同軍事演習を冬季五輪後に予定通り実施するよう求め、文氏が不快感を示していたことが分かった。韓国大統領府と日本政府双方の関係者が明らかにした。首相は会談で、北朝鮮への対応を巡って文氏に「五輪後が正念場だ。米韓合同軍事演習を延期する段階ではない。演習は予定通り進めることが重要だ」と語った。これに文氏は「韓国の主権の問題であり、内政に関する問題だ。首相がこの問題を直接取り上げるのは困る」と答えたという。

会談では北朝鮮への対応を巡る両首脳の温度差が浮き彫りとなった。日本側によると首相は文氏を「北朝鮮のほほ笑み外交に目を奪われてはならない。対話のための対話では意味がない」などとけん制。一方、韓国側の説明によると文氏は「日本も積極的に対話に乗り出すことを願う」と語っていた。【日本経済新聞2018年2月10日

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コメント

文大統領とその取り巻きは親北派ばかりですから、北朝鮮
主導の赤化統一や連邦制に向かうのではないでしょうか。
そうなれば朝鮮戦争も終結ですし、不安定な状況は終了
でしょう。韓国の保守派は反対するでしょうが、南北得意の
弾圧でなんとかするでしょう。米軍は撤退し、日本の民間も
すべて撤退するしかありません。日本はより困った状況に
なりますが、どうにもなりません。
まあある種判りやすくなってよいのではないでしょうか。

投稿: nagi | 2018年2月13日 (火) 09時08分

nagiさん

困ったことに、このまま統一されてしまうと、かの国は核保有国になってしまうのですよ。

9条ウンヌンなんて、悠長な話をしている場合では無いですね。

投稿: 下っ端 | 2018年2月13日 (火) 19時47分

下っ端氏

それでも日本の国会でもっとも重要な議題は、もりかけスパ
らしいです。まあそれで良いのではないのでしょうか。
立憲民主党の支持率がそこそこですが、もはや政権を担う
ことを捨てて、かつての社会党のポジションを担うことに
決めたのでしょう。たしかにそうすれば一定の支持は確保
できますね。ただ、政権を取ることは永久にないだけです。
まあそれがかつて世界で唯一成功した共産主義国家とすら
言われた日本の一党独裁に相応しいでしょう。

たかだか憲法ですらまともに議論できないのなら、世界の
列強を相手に安全保障を語るなど笑止ですね。
いままでどおりアメリカ様に盛大に貢いで守ってもらうしか
方法はないのでしょう。それであと何年かの平和が保てたら
それでよしとしましょう。

今の私はそういう気分です。

投稿: nagi | 2018年2月14日 (水) 19時30分

nagiさん、下っ端さん、コメントありがとうございました。

どのような選択が果たして「正解」につながるのでしょうか。核ミサイルからの現実的な脅威を取り除けるのであれば、憲法9条を改めることも、北朝鮮に対して最大限の圧力を加え続けていくことも大歓迎ですが…。

いずれにしても少しでも「正解」に近付くため、このブログを通して私自身も自問自答しているつもりです。新規記事は興味深い史実を知り、自分なりに思うことを書き進めていきます。ぜひ、これからもご訪問いただければ幸いですので、よろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2018年2月17日 (土) 06時41分

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