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2018年2月25日 (日)

裁量労働制拡大の問題点

労働組合の役員にとって多忙な日々、春闘の季節を迎えています。この時期には「春闘の話、インデックスⅡ」という記事があるとおり「忙しさが加速する春闘期」や「季節は春闘、多忙な日々」などの記事を投稿しています。公務員組合の春闘は具体的な賃金引き上げを決めるタイミングではありませんが、私どもの組合では新年度に向けた人員体制や制度見直しの労使協議の山場とし、連日何らかの対応に追われています。

そのような時期に私どもの組合にとって非常に厳しい現況が重なり合っています。この場で詳しい話を記すことは控えますが、私自身をはじめ、対応できる組合役員が手分けしながら喫緊の職場課題の解決に力を注いでいかなければなりません。その際、ますます任務に当たる組合役員一人ひとりの負荷が増し、心身を痛めないような目配りも欠かせないものと考えています。

本来、もっと早く、このような注意喚起にも努めるべきものであり、忸怩たる思いを強めています。組合役員として携わっている時間、正確に把握していけば膨大な時間数に及んでいくはずです。その中でも書記長という任務が最も長時間に及び、精神的な負担も大きくなりがちです。私自身も書記長を5年間務め、そのような実情を身に染みて分かってきているつもりでした。

一方で、心身のダメージに対する許容範囲は個人差が大きいことについて、必ずしも充分理解できていなかったのかも知れません。特に対応しなければならない諸課題に対し、優先順位の付け方や時間管理のさばき方は人それぞれであることを理解しているつもりでしたが、周囲にも一定レベルのマネジメントを求め、ある程度こなせて「当たり前」という意識があったことも省みています。

現在、自分自身の担っている組合業務における原稿2件の締切が2月末に重なっています。執筆や編集のための相応の作業時間を必要としていますが、全体的なスケジュールを管理できる立場であるため、切羽詰まった中で何とか対応する算段を頭の中で描いているところです。そのため、まずは毎週末に携わっている当ブログの投稿を優先し、更新後、自宅でできる原稿の編集作業等に集中できればと考えています。

このような日常が「当たり前」になっている中、幸いにも心身に対するダメージが蓄積することはそれほどありません。このブログをはじめ「過度な負担をかけるのであれば見直せる」という裁量があることもその理由の一つだろうと思います。一方で、組合員一人ひとりにとって非常に切実な課題を前にした時、「見直せば良い」という選択肢はあり得ず、ストレスを蓄積していく場面が多々あることも間違いありません。

今国会、そのような裁量労働制の拡大が大きな争点となりつつあります。働き方改革は安倍政権の最重要課題に位置付けられ、今国会では8本の改正法案を束ねたものが働き方改革関連法案として提出される見通しです。罰則付き時間外労働の上限規制や同一労働同一賃金に向けた関連法には異論が少ない中、長時間労働を助長、もしくは追認する恐れのある裁量労働制の適用拡大には批判の声が強まっています。

裁量労働制に関する厚生労働省の調査に不適切な点が見つかり、野党が反発を強めている。加藤勝信厚生労働相は19日の衆院予算委員会で、一般労働者の方が労働時間が長くなりがちな調査手法を用いていたと説明し、謝罪した。野党は裁量労働制の拡大を盛り込む「働き方改革関連法案」の提出を認めない方針で一致した。政府が目指す2月下旬の法案提出がずれこむ可能性がある。

問題となっている厚労省の「2013年度労働時間等総合実態調査」は、裁量労働制で働く人の労働時間は1日平均9時間16分、一般労働者は9時間37分と報告していた。安倍晋三首相も1月の衆院予算委で調査結果を挙げて、裁量労働制拡大による効果を強調した。ところが厚労省が調査結果を精査すると、一般労働者と裁量労働制で働く人の労働時間を異なる前提で集計していたことが判明。一般労働者には「1カ月で最も長く働いた日の残業時間」を尋ねていた一方、裁量労働制で働く人には単に1日の労働時間を聞いていたと19日に国会に報告した。

加藤氏は19日の衆院予算委で「一般労働者と裁量労働制で異なる方法で選んだ数値を比較したことは不適切だった」と陳謝した。菅義偉官房長官は記者会見で「(同調査は)労働政策審議会の審議には影響していない」と釈明した。ただ、野党は「厚労省の労働政策審議会で同調査を一つの材料としていた」と批判を強めた。立憲民主、希望、民進など野党6党は国会内で国会対策委員長会談を開き、働き方改革関連法案への対応を協議し、今国会での法案提出は認められないとの考えで一致した。立憲民主党の辻元清美国対委員長は記者団に「自分たちの通したい法案に都合のいいようにデータをひっつけて答弁する。国民を欺く行為だ」と指摘した。

政府が法案を提出するうえで必要な自民党内の了承もまだ得ていない。自民党は19日に予定していた厚生労働部会などの合同会議の開催を取りやめた。同法案には、これまでも出席者から中小企業への対応を求める声が相次いでいる。19日の会議での了承を視野に入れていたが、次の会議を開くメドは立っていない。ただ、政府側は「働く方々にとっても極めて重要な改革だ。本国会での法案の提出、成立の方針には全く変わりはない」(菅氏)との姿勢を維持している。【日本経済新聞2018年2月19日

上記のとおり法案提出前の段階で、裁量労働制の拡大の動きは迷走しています。信じられない失態です。法案を評価するため根幹に関わる基礎データに大きな瑕疵があった、常識で考えれば裁量労働制の問題は仕切り直しが妥当なのではないでしょうか。意図的な示し方であれば不正行為ですが、誤りを3年間も気付かずに国会答弁で利用してきたというお粗末さも際立っています。今回の問題点を理解するため、法政大学の上西充子さんの『裁量労働制、政府の答弁を検証する』という記事の一部をご紹介します。

今回政府が改正法案の一つとして成立を目指している裁量労働制とは、実労働時間ではなく「みなし労働時間」で時間管理をする制度です。裁量労働制では、8時間、あるいは9時間といった「みなし」の労働時間に対し、賃金が決められます。本来であれば、8時間を超える労働には、割増賃金(残業代)の支払いが必要です。残業させる場合には、割増賃金の支払いが必要であること、また三六協定を締結しその範囲内での残業しか認めないこと、それらが、長時間労働を抑制しています。

しかし裁量労働制では、実際に9時間働こうが、10時間働こうが、当初決められたみなし労働時間に対する賃金だけ払えばよく、例えば「みなし労働時間」が8時間と定められていれば、実際には10時間の労働に対し、8時間分の賃金の支払いのみで済ませることが可能です。使用者側にとってはとてもお得で、労働者にとっては危険な制度です。それゆえ、これまで対象は厳格に絞り、かつ手続きを必要とすることで、その拡大を抑制してきました。今回の法案は、その対象を広げようとするものです。

裁量労働制は、2種類にわかれています。専門業務型と企画業務型です。専門業務型は弁護士や記者などが対象です。今回枠を広げようとしているのは、企画業務型になります。現在、企画業務型の裁量労働制は、企業の中枢部門で働いている人に限定し、企画立案などの業務を自律的に行う人にその適用を認めています。今回の改正では、その範囲を法人提案型営業などについても拡大しようとするものです。

法案要綱が定まる前の段階では、今回の拡大で裁量労働制が認められる営業職は、「非常に高度なコンサルティング営業」であるかのように、答弁では語られてきました。単なる商品の販売は対象外となっています。しかし、「単なる商品の販売」と「非常に高度なコンサルティング営業」の間には、大変幅の広い営業活動が含まれます。実際、営業には多くの場合、コンサルティングの要素が入ってきます。幅広い営業職のうち、どこまで対象範囲となるのか、どの程度の労働者が対象となりうるのか、政府は具体的に示していません。

さらに今回、法人提案型営業に対して裁量労働制が適用可能となると、今度はなぜ個人への提案型営業ではだめなのか、という議論になるでしょう。相手が法人だから高度で、個人だから高度ではないといった区分けは困難でしょう。結果、法改正がいったん行われれば、裁量労働制がどんどん拡大してしまう可能性があります。

「働き方改革」と言えば時間外労働の上限規制が行われるイメージがありますが、裁量労働制の場合は、「みなし労働時間」がその上限規制の対象となるだけで、実際の労働時間はその上限規制の対象外です。実は、「働き方改革」とは、上限規制を設ける一方で、その上限規制の抜け穴を拡大させようとしているのです。「多様で柔軟な働き方」という言葉の裏で、労働者の健康がおざなりになってしまいかねません。

裁量労働制の問題点は上西さんの解説のとおり「どんどん拡大してしまう」という懸念が拭えないことです。これまで当ブログでは電通の高橋まつりさんの事件を取り上げた「電通社員が過労自殺」以降、「働き方改革の行方」や「36協定について」「20時完全退庁宣言」など長時間労働に関する記事を投稿しています。それらの記事を通し、様々な労働法制を整えていく重要な目的は労働者が健康を害さないよう長時間労働を規制するためのものであるという点を綴っていました。

使用者側だけの都合による恣意的な時間外労働を防ぐため、決められたルールを職場の中で守っていくという当たり前な意識を使用者側も労働者側も徹底し、労働組合を有名無実化させないことが重要であることを記してきました。どのような法律を作っても「抜け穴」を探されては論外ですが、そもそも企画業務型裁量労働制の適用拡大は長時間労働規制と逆行した発想でのラインナップであることも留意しなければなりません。

土曜の夕方、TBSの『報道特集』でも裁量労働制について取り上げていました。その中で、NHKの記者として働いていた娘さんを過労死で亡くしたご両親がインタビューを受けていました。夜、帰宅した後、録画した番組を再生していた際、沈痛な思いを語られていた母親の次のような言葉が印象に残りました。最後に、その言葉を紹介させていただきます。

安倍首相がさかんに裁量労働は、希望する方には裁量労働を、そして何時間超えたら医者の診断を受けると。いいことばかりおっしゃってます。耳触りがとてもいいです。だけど現実に現場で働く人間にとっては、自分から「もう無理です」とかは決して言えないんです。

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コメント

私は裁量労働制を導入すれば良いと思っていますが、
重要なのは、この法案の可否ではなく、現在の労基法も
含めて違反をどのように防ぐか。違反した場合の処罰を
どうすれば良いかではないでしょうか。
残業手当の不払いは労働者まかせではなく、行政が懲罰金
も含めて法的手段を迅速にできるように改める。
あらゆるハラスメントや過労死等は、経営者の使用者責任を
厳格に適用し、厳しい処罰を行う。
実際に、使用者責任で刑務所行きになることを理解できれば
すぐに企業も本気で取り組むでしょうね。
電通の件も、経営陣をまとめて刑務所にぶち込めたら今後、
企業も変わるでしょう。
そのあたりが機能してないなら、どんな働き方改革も無意味
でしかありません。
このあたりの運用をどうして野党は指摘しないのか、はたまた
指摘してるが、報道で流れないのか。とても重要なことで
あると思うのですがね。今の労働基準局はまったく労働者の
味方ではないですよね。本当に無気力な対応ですよね。

投稿: nagi | 2018年2月26日 (月) 11時55分

nagiさん、コメントありがとうございました。

今回の記事の中でも触れていますが、罰則を強めても「抜け穴」を探されては論外です。決められたルールを職場の中で守っていくという当たり前な意識を使用者側も労働者側も徹底していくことが何よりも大事な点だろうと思っています。

その上で労働組合がある場合、有名無実化させないことも重要であるものと考えています。このような趣旨の内容の記事は引き続き取り上げていくつもりです。ぜひ、これからもご注目いただければ幸いですのでよろしくお願いします。

投稿: OTSU | 2018年3月 3日 (土) 06時51分

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