憲法の話、インデックスⅡ
このブログで取り上げる題材に対し、実際の組合活動の中で占める割合が正比例していないことは機会あるごとにお伝えしています。日常的な組合活動の中で政治的な課題の占める割合はごくわずかで、それも背伸びしない範囲で取り組んでいる現状です。そのような中で組合の運動方針に照らしながら「憲法を生かす全国統一署名」などにも取り組んでいます。
労働組合が、まして公務員の組合が政治的な活動に関わること自体に疑義を示される方々も少なくありません。一方で、もっと力を注くべき、昔に比べて反戦平和の取り組みなどが減っている、そのように見ている方々も決して少数ではありません。私自身、両極端の声があることを受けとめた上で日々の活動に向き合っているつもりです。
その上で、できる限りの範囲内とは言え、自治労に結集している私どもの組合も平和や原発の課題に関わっていくのであれば、このブログを通して「なぜ、取り組むのか」「なぜ、反対しているのか」という趣旨の発信に努めていくことも大切な試みだろうと考えています。さらに不特定多数の方々に「働きかける」という自分なりの一つの運動として位置付けている側面もありました。
そのため、日常の組合活動の中で政治的な課題の占める割合は少ないのですが、このブログでは意識的に政治的な話題を数多く取り上げるようになっています。今回の題材選びも少し迷いましたが、「インデックス」記事が右サイドバーの「最近の記事」から消えている間隔となっていましたので過去の記事を紹介する機会としながら「憲法の話」を3週続けることにしました。
カテゴリー別に検索できる機能を使いこなせず、これまで「自治労の話、2012年夏」のように記事本文の中にインデックス(索引)代わりに関連した内容のバックナンバーを並べています。その発展形として「○○の話、インデックス」を始めていました。その記事の冒頭、インデックス記事のバックナンバーを並べることで「インデックス記事のインデックス」の役割を持たせています。カテゴリー別のバックナンバーを探す際、自分自身にとっても役に立つ整理の仕方であり、時々、そのような構成で新規記事をまとめています。
これまで投稿したインデックス記事は「職務の話、インデックス」「原発の話、インデックス「コメント欄の話、インデックス」「定期大会の話、インデックスⅡ」「年末の話、インデックスⅡ」「春闘の話、インデックスⅡ」「平和の話、インデックスⅡ」「組合役員の改選期、インデックス」「人事評価の話、インデックス」「図書館の話、インデックス」「旗びらきの話、インデックスⅡ」「憲法の話、インデックス」「人事院勧告の話、インデックス」「非正規雇用の話、インデックスⅡ」「いがみ合わないことの大切さ、インデックス」のとおりです。なお、今回から「Ⅱ」 がある場合は最初の記事は外しています。
- 2006年 5月 3日 憲法記念日に思うこと
- 2007年 4月15日 国民投票法案が衆議院を通過
- 2007年12月 2日 平和憲法と防衛利権問題
- 2007年12月 8日 平和憲法と防衛利権問題 Part2
- 2009年 5月 3日 憲法記念日に思うこと 2009
- 2013年 4月21日 改憲の動きに一言二言
- 2014年 5月 4日 憲法記念日に思うこと 2014
- 2014年 9月20日 思想信条の自由と問題発言
- 2014年 9月27日 思想信条の自由と問題発言 Part2
- 2015年11月 1日 憲法の平和主義と安保法制
- 2016年 3月 6日 精神的自由と経済的自由
- 2016年 3月12日 安倍首相の改憲発言
- 2016年 3月17日 『「憲法改正」の真実』を読み終えて
- 2016年 4月30日 改めて安保関連法に対する問題意識
- 2016年 5月 8日 憲法9条についての補足
- 2016年 5月14日 憲法9条についての補足 Par2
- 2016年 7月 3日 憲法の話、インデックス
- 2016年 7月 9日 平和主義の効用
- 2017年 5月 6日 憲法施行70年、安倍首相の改憲発言
- 2017年 7月 9日 改憲の動きに思うこと
- 2017年 7月16日 改憲の動きに思うこと Part2
- 2017年10月14日 広義の国防、安心供与の専守防衛
- 2018年 1月14日 憲法を生かす全国統一署名
- 2018年 1月21日 憲法を生かす全国統一署名 Part2
「憲法の話」に関わるバックナンバーは上記のとおりです。こちらのインデックスとしてのバックナンバーは検索しやすさを考えて、最初の記事からそのまま一覧として残しています。振り返ってみると「Ⅰ」にあたる「憲法の話、インデックス」は一昨年7月に投稿していました。そこから1年半の間に7点の憲法関連の記事を投稿してきた訳ですが、それほど改憲の動きが強まっている証しだと言えます。
言うまでもありませんが、憲法の話は9条に限ったものではありません。ただ当ブログでは結果的に憲法9条の平和主義に絡む話が多くなっています。現在、全国規模で取り組まれている署名の請願事項も9条に絞った論点となっています。これまでの経緯から考え、改憲論議が憲法9条を巡って争点化されていくことは必然的な流れだろうと思っています。
押し付けられた憲法という認識のもとに改めたいと考える側が最も改めたいのは憲法9条であり、護憲と言われる側の死守しようとしている条文が9条であることは衆目の一致するところです。このような流れの中で、憲法9条の3項として自衛隊、もしくは自衛権について付け加えるべきかどうかが論点化されつつあります。
自衛隊に対する認知度が高まっている中、現憲法で曖昧な位置付けである自衛隊を明記したいという選択肢であれば国民の多くは賛意を示すはずです。安保関連法施行前であれば私自身も含め、頭から否定しづらい選択肢だったことは確かです。しかし、限定的とは言え、集団的自衛権の行使を認めた自衛隊をそのまま憲法の中で追認していくことの危うさを感じています。
集団的自衛権のもとに海外での戦争に自衛隊も参加できるようになっています。直接的な戦闘には関わらず、後方支援が自衛隊の任務だと言われています。ただ後方支援も戦争参加であり、敵対する相手国からの標的になります。それにも関わらず、安倍首相は「戦闘が起こった時は、ただちに(後方支援活動を)一時中止、あるいは退避することを明確に定めている」と説明しています。
私自身の誤解なのか杞憂なのか分かりませんが、このような後方支援は「なぜ、日本の軍隊だけ安全な場所にいて、最前線に出てこないのか」「戦闘を前に撤退するのか」という批判の声にさらされてしまうことを危惧しています。加えて、一度改憲に踏み出せば片務性を解消したいアメリカ側からの声や外圧に抗し切れづらくなり、いずれフルスペックの集団的自衛権を行使できる国際標準の軍隊に改めざるを得なくなるものと見ています。
そもそも安倍首相は、そこまでのゴールを見据えた上での「自衛隊加憲」提案を示し、「蟻の一穴」を強く意識した手順を企図しているのではないでしょうか。ネット上の様々なサイトに触れていくと、中国や北朝鮮情勢をどのように見るかどうかという温度差の違いによって安倍政権への評価は分かれていくように感じています。北朝鮮の脅威が取り沙汰されればされるほど安倍政権の支持率は上昇に転じるようです。
安倍首相は「必要なのは対話ではない、圧力を最大限強めることだ」と繰り返します。国際社会の中でルールを破っているのは北朝鮮であり、各国が足並を揃えて一定の圧力を加えていくことは必要です。しかし、圧力は平和的に解決するための手段であり、あくまでも対話のテーブルに着かせるための手段だと言えます。それにも関わらず、安倍首相らは必要以上に強い言葉を発し、わざわざ日本が真っ先に標的になるリスクを高めているように思えてなりません。
ミサイル防衛によって「万全の態勢で国民を守る」と安倍首相は力をこめます。しかし、迎撃能力に100%の保障はありません。追い込まれて自暴自棄になった北朝鮮が東京を狙って核ミサイルを発射し、都心上空で爆発した場合、死傷者は400万人に達する見込みです。この400万人という試算の中に自分自身や家族、知人の姿を想像すれば北朝鮮を追い込みすぎることのリスク回避に全力を尽くす政府や政治家を最大限支持すべきなのではないでしょうか。
読売新聞の調査で、アメリカの北朝鮮に対する軍事力行使を「支持する」日本人が47%もいたことに軍事ジャーナリストの田岡俊次さんは唖然としたそうです。戦争体験が風化し、多くの日本人は72年間の平和に慣れて戦争の悲惨さを想像できないようになっています。アメリカの軍事力行使は甚大な被害をもたらす可能性が高いのにも関わらず、「支持する」日本人が多いことについて田岡さんは「平和ボケのタカ派」と表現しています。
憲法の話が広がり気味で恐縮ですが、とりまく情勢の厳しさから改憲の必要性を説く声も耳にします。ただ9条の見直しは周辺国を刺激する動きであることも押さえなければなりません。あえて他国を刺激しないという「安心供与」や「広義の国防」を重視する道こそ、日本の進むべき道であって欲しいものと強く願っています。決して「カエルの楽園」で揶揄されているような偏った論点ではなく、専守防衛を基軸にした平和主義の効用こそ改めて評価していくべき局面だろうと考えています。
最後に、憲法96条に沿った改正手続きの際、憲法9条の見直しは幅広く正しい情報をもとに判断できる環境を整えていくことが欠かせません。絶対避けるべきことは不誠実で不正確な選択肢のもとに国民投票が実施され、憲法の平和主義が変質していくような事態です。私自身、明解な選択肢は憲法9条の「特別さ」を維持するのか、改めるのかどうかだろうと考えています。そのような明解な選択肢が示された上、国際標準の「普通の国」に踏み出すことを国民が選択するのであれば、それはそれで厳粛な国民投票の結果として受けとめていかなければなりません。
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